2007-11-28
聖霊の助けで聖書を読む。
個人的にはバスに遅れないように、ちょっと家から走ったので、
寒さは感じませんでしたが、ちょうど0度くらいだったのでしょうか。
昼間はやはり7度くらい。
そして、今は南風が入ってきていますので、
余り冷えなくて、4.9度。
まあ、明日の朝は3-4度でしょう。
週末のStormですが、日曜日の朝に降り始めそうですが、
初めは雪で、後から雨に変わる、というパターンになりそうです。
日曜日の朝、というのが気になるところ。
礼拝が始まる頃には雨に変わっているでしょうが、
「行くかどうかを決める」時間帯に雪だとちょっと出足が鈍りますね。
中、長期予報のコンピューターモデルの代表的なモノに、
GFSというのがあります。
これによると低気圧の進路がちょっとまた変わってきていて、
もしかしたら、もっと雪にシフトするかもしれません。
そうなると、礼拝どころではなくなってしまいます。
そんなことにならないようにと、願いつつ。
まだ4日もありますから・・・。
そして、来週はちょっと寒さが厳しくなりそうです。
さて、今日はすぐに聖書。
今日はペテロの第2の手紙の1章を読みました。
「それには何よりも次のことを知っていなければいけません。すなわち、聖書の預言はみな、人の私的解釈を施してはならない、ということです。 なぜなら、預言は決して人間の意志によってもたらされたのではなく、聖霊に動かされた人たちが、神からのことばを語ったのだからです。」
20-21節の言葉です。
何が「私的解釈」で、何がそうでないかは難しい気がしますが、
とにかく、ここを読みながら、「聖霊様、教えてください」と祈らされました。
聖霊様が聖書の言葉を書かせたなら、
そして、「私的解釈をしないように」と言われているなら、
それは「聖霊様に教えて頂かないと・・・」と思ったわけです。
ここでも聖霊様の働きが本当に大切なんですね。
今日も、何回もいろんな誘惑や、
神様に喜ばれない考えが浮かんできた時に、
「聖霊様助けてください」と何度祈ったことでしょうか?
私たちはちょっと隙があると、
すぐにつけ込まれるなあと思います。
いつもいつも聖霊様が心に住んで、
心を守り続けてくださらないと、
ダメだと思います。
でも、そんな戦いの中だけではなくて、
聖書を読んでいる中で、どれほど聖霊様の助けが必要かと、
教えられました。
祈りつつ、求めつつ、聖霊様に聞きつつ、
聖書を読んでいきたい、聖書に聞いていきたいと思いました。
主よ、
どうか、私が聖書を開く時、
自分勝手な読み方、
自分に都合のいい読み方から、守ってください。
あなたが語ってください。
聖霊様が教えてください。
私の目を開いて、
聖書の言葉のくすしきことを見せてください。
2007-11-27
充電。
って気温はまだ5.8度Cもありますが、
朝から13度くらいありましたから、
そこから下がってくると、寒く感じます。
そして、風もあります。だからよけい寒く感じます。
明日の朝も0度くらいみたいです。
明日は朝からNYの日なので、あまり寒くならないで欲しいのですが・・・。
で、問題は週末から月曜日にかけてのStormです。
せいぜい木曜日くらいにならないと見えてこないと思いますが、
今のところ、こちらは雨が中心になりそうで、
雪の可能性もありますが、
中西部も北の方から、カナダにかけての方がインパクト大きそうです。
今日はたぶんほぼ1年ぶりでしょうか、
Brooklyn TabernacleのPrayer Meetingに行ってきました。
今日はPastor Cymbalaがおられてリードされましたが、
私は今から10年前にJCCNJの牧会を始める時に、
著書の"Fresh Wind, Fresh Fire"を読んで、
心震われて、何度か祈祷会にお邪魔しています。
今日は15分ほど遅れて入ったのですが、
Pastor Cymbalaが、
「皆さんはフットボールやバスケットボールや野球のひいきのチームが
いいプレーをした時には、どうですか?大喜びするでしょう。
主を喜ぶことは、もっと大きな喜びであるべきです。
さあ、手をたたきましょう。声を上げましょう。」
と言っておられました。
ちなみにPastor Cymbalaは大学まではバスケットをやっておられたそうです。
私はというと決して熱狂的な方ではないと思いますが、
今は野球のYankeesとバスケのNetsのファンです。
で、やっぱり、いいプレーが出た時は立ち上がって、
手をたたいて、大きな声を出して喜びます。
それを思って、
本当に手をたたいて、声を出して、
「神様、あなたはイエスさまを与えてくださいました。
イエスさま、あなたは十字架の上で私の罪を代わりに負ってくださいました!」
と叫んでいたら、本当に心が熱くなってくるんですね。
不思議な経験でした。
ですよね。
ひいきのチームのプレーを喜ぶのよりも、
もっと大きく喜びを表したい、そのように思いました。
そして、なんと、祈り会の中で結婚式。
教会の会場係の奉仕を通して知り合い、導かれたそうです。
私も今日はのんちも是非行きたい!ということで、
私たち二人も並んで賛美をして、並んで祈ったのですが、
至福の時でした。
いつも私は前に立ち、のんちは礼拝に来られている方々に心を配っているので、
自分たち夫婦が一緒になって、養われ、満たされることを求めて主の前に出る、
それは貴重な一時でした。
そして、聖霊様の満たしを求めて、
共に祈りました。
この間の日曜日の説教で語ったことが、
本当に大切だと思いました。
イエスさまに、聖霊様に守って頂かなければ、
サタンは私たちの心に、いろいろな攻撃をしてきます。
憎しみや不信や誤解、恨みなどの気持ちを、
私たちの心に植え付けて回ります。
いつもいつも聖霊様に満たされ続けることの大切さを感じ、祈らされました。
でも、本当に幸いな充電の時でした。
感謝。
さて、長くなりました。
今日の聖書。
今日はペテロ第1の手紙の5章を読みました。
「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。」
7節の言葉です。
今日はとにかく、
「主が心配してくださる」
ということに慰めをいただきました。
私なんかが心配してもしょうがないこと、
でも、心配になってしまうことがあります。
そんな私の心配事も、
主が心配してくださるから、大丈夫、と思わされました。
それも、こんな小さな小さな者の心の中にある、
心配事も、主が心にかけてくださっている。
どれほど大きな慰めになったことでしょうか?
そして振り返ってみた時に、
今、考えると「ああ、あのとき、あそこで主が働いてくださった、御業を示してくださった」
ということがあるんですね。
だから、いろいろ考えるのはやめまよう、
見るべき方をしっかり見つめて歩こう、と思います。
主よ、
あなたのみことば、
みことばによる慰めに感謝します。
「私が心配しているから、大丈夫」と言ってくださって、
ありがとうございます。
どうか、私の心を守ってください。
私の心を聖霊様によって満たしてくださり、
悪しき思いが入ってこないように、
守ってください。
2007-11-26
さあクリスマス!
一日中7度くらいでしたが、
寒くは感じない、穏やかな雨でした。
夜になってから、ちょっと本降りになってきたでしょうか。
明日の明け方にかけて雨で、
西風が強く、朝は10度以上ある気温が、
午後にはだんだん下がってくるでしょう。
その後、週末にかけてそこそこ寒いようですが、
日曜日から月曜日、雪の可能性も出てきています。
ま、例の「一週間先はわかるわけがない」の法則がありますので、
何とも言えませんが・・・。
久しぶりの何もない月曜日。
教会のクリスマスのチラシを貼りにミツワと大道さんへ、
ついでに買い物。
どっちが「ついでに」かわかりませんが・・・。
11月は月曜から木曜はMitsuwa JCBのカードを使えば、
全品10パーセントOFFの月ですからねえ。
来週はもう12月。月曜日としては今日がラストチャンス。
もちろん、セールの品をねらって、+10パーセントOffで、
Han Ah Reumよりも安いかどうか、考えながらの買い物です。
そこそこの戦果があったと思います。
で、帰ってきたら、ポストに12月5日(水)は全品20パーセントOFFの葉書が・・・。
微妙・・・。
でも、今日の目的はチラシ貼りでしたから・・・ま、いいか。
でも、チラシとか貼りに行くと、
本当にクリスマスがやってくるんだなあ、と思います。
毎週の礼拝説教の予定を祈りつつ準備しながら、
イエスが来られた恵みをお話しできるかと思うと、
本当にわくわくしてきます。
たくさんの新しい方々に教会に足を運んで頂ければいいなあと思います。
さて、今日の聖書。
今日はペテロ第1の手紙の4章でした。
「愛する者たち。あなたがたを試みるためにあなたがたの間に燃えさかる火の試練を、何か思いがけないことが起こったかのように驚き怪しむことなく、むしろ、キリストの苦しみにあずかれるのですから、喜んでいなさい。」
12-13節です。
ペテロの時代は信仰を持っているというだけで迫害されたこともありました。
まさに「火の試練」というものだったと思います。
それに備えていなさい、というメッセージです。
自分が出会う試練はそれに比べると甘いのかもしれません。
でも、やはり試練に出会うと、「どうして・・・」と思います。
試練のまっただ中で、喜べるかというと、やはり喜べない自分がいます。
試練に出会うと、早くそこから抜け出したいと思います。
早く時間に進んで欲しいと思います。
逃げ出したいです。
泣き言を言いたくなります。
「喜びなさい」と言われても、「そう言われても・・・」と感じる自分がいます。
でも、もし「試練のただ中で喜びなさい」と言われなかったら、
そのような世界があることも知らなかったでしょう。
そのような生き方があることもしれなかったでしょう。
そのような神の恵み、神の力があることも知らなかったでしょう。
だから、「試練のただ中で喜びなさい」と語られてよかったと思います。
そのような生き方をしたいです。
試練の中で喜ぶ生き方をしたいです。
そのような生き方をする人々と共に歩みたいです。
試練の中にこの世の天国があること、本当に経験したいと思いました。
主よ、
どうかあなたの力を与えてください。
あなたが、「試練の中でも喜びなさい」と言われているのですから、
そのような生き方ができますように。
喜びを日々与えてくださいますように。
私が水の上に踏み出したその時から、
嵐が来ることはわかっていました。
嵐の中で嵐に驚いて戸惑うことから守ってください。
嵐の中でもあなただけを見つめて歩むことができますように。
2007-11-25
祝福を受け継ぐ者
最近の寒さに慣れた体には、
暖かく感じるくらいでした。
そして、今は夜の10時半で2.2度。
これから雨のようですが、
南西の風が入ってきていますので、
これ以上温度が下がって雪になるということはなさそうです。
明日は雨の一日となりそうです。
今日の礼拝、
聖霊様を求めるチャレンジをしました。
そのように祈り始めた方々もおられると思います。
主が応えてくださいますように。
主が一人一人の上に、
教会の上に、聖霊様を与えてくださいますように。
総会も守られて感謝。
多くの祈りに支えられていることを思います。
それと共に、いろいろな課題があります。
でも、一つ一つ、主によって乗り越えさせて頂けるかと思うと、
主がこれからどんなことをしてくださるのか、楽しみです。
期待しつつ。
さて、今日の聖書。
今日はペテロの第1の手紙の3章でした。
「悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなさい。あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのだからです。」
9節の言葉です。
祝福を受け継ぐ者とされていること、
その意味を考えさせられます。
自分が祝福されるならば、
祝福することは簡単でしょう。
でも、侮辱されている中で、
祝福を与えることができるとはどんなことでしょうか?
神様にはその力がある、と語られました。
神様にはその力がある。
自分にはないけれども、
神様にはある。
神様の力を信頼します。
祝福を受け継ぐ使命をいただいているとは、
何という幸いかと思います。
このみことばを、次に人間関係で悲しい思いをした時に、
思い出すことができますように。
そして、無理ではなくて、
主の奇跡によって、祝福を与えることができますように。
主よ、
私のような者を、
祝福を受け継ぐ者としてくださったことに
感謝します。
この祝福を、周りの人々に、
それも、侮辱をする人々にも、
与えることができるとは、何という幸いでしょうか。
どうか、このみことばの通りに生かしてください。
2007-11-24
謙虚に。
最低気温は-5.5度。
昼間も5度まで行きませんでした。
でも、今夜は冷え込みもゆるむようです。
そして明日は10度くらいまで上がるようですね。
でもその後、12月上旬には本格的な寒気が来るようです。
暖冬が予想されているこの冬はこれが一番かも・・・
と思っている専門家もいるくらいです。
さて、標題ですが・・・、
昨日、もうテレホンショッピングなんかで、「これはいいなあ」と思うようなことは
なくなったなんて、豪語していましたが、
そんなこと言うと、やっぱり、神様は聞いておられるんですね。
今日ちょっと見ていたヤツで、
「室内野菜栽培セット」みたいなのに、
「あ、これいいかも・・・」と思っている自分に気がつきました。
GrowNow.com
ってやつ。
いやあ、弱いですね、本当に。
「36日間、タダでお試し!その後、気に入ったら、たったの49.99ドルを3回!」
と言うのを聞いて、さっと引きましたけどね。
これが「19.99ドルを3回!今から30分間の申し込みに限り、1回の支払いを免除して、2回でOK!」
なんて言われたら、ヤバかったかもしれません・・・。(^^;)
つくづく、謙虚じゃなきゃダメだなあと思いました。
「立っていると思っている者は、倒れないように注意しなさい」とありますから・・・。
さて、今日の聖書。
今日はペテロ第1の手紙の2章でした。
「旅人であり寄留者であるあなたがたは、たましいに戦いをいどむ肉の欲を遠ざけなさい。」
11節の言葉です。
地上では旅人。
どこまで行っても旅人でしかない。
寄留者でしかない。
そして、たましいのふるさとがある。
神様が最高のものを用意して待っていてくださるところがある。
その道を邪魔する、肉の欲の攻撃。
それはたましいに対して戦いを挑んでくる。
それを遠ざける。
今日は、自分の戦いに目を留めるだけではなくて、
主が待っていてくださる、
主が備えていてくださる、
天国のすばらしさを思い見る歩みをしたいと思いました。
そこに焦点を当てて、
歩んでいきたいと思いました。
そうしたら、この地上のいろんなものも、
本当に相対的なものでしかないんだと思いますよね。
天国に宝を積んで、
地上ではできるだけ身軽でいたいと思いました。
主よ、
天国のすばらしさを見上げます。
そこに焦点を当てて生きていく者であらせてください。
明日の日曜日の教会を祝福してください。
聖霊様の特別な満たしを求めます。
礼拝を豊かなものにし、
総会も、祝福にあふれた、
前向きに立ち上がっていくような総会としてください。
あなたの最善を信頼しています。
2007-11-23
Black Fridayだけど
最高気温は5度止まり。
今は夜の10時ですが、すでに-1.1度まで下がっています。
明日の朝は-5度くらいという予報になっています。
そして、明日も寒い一日だそうです。
で、今日はサンクスギビングデーの翌日で、
いろんなものが安く売られる日です。
特に朝早くから10時頃まで・・・。
Black Friday・・・お店が黒字になるからblackと言われていますが、
Wikipediaによると、起源は「車が混んで気分が暗くなるから」だそうですね。
まあ、お店がたくさんある我が家の周辺は、
確かに、これからが一年で一番混んで大変な時期です。
10分でいける教会まで30分かかったりします。
で、今日はゆっくり寝てました。
そして、家族誰も今日はお金を使わないで終わった一日でした。
以前は、よく6時頃に並んだものですが、
まあ、今年は別にいいかな・・・と。
特別に「これは買わなきゃ・・・」というものもなく、
どっちでもいいけど、安いから買っておこうという程度のものに使える元手もなく、
おとなしくしていました。
そして、一日じっくりと礼拝説教の準備をしておりました。
お店関係の皆さんは朝早くから、お疲れ様でした。
さて、今日の聖書。
今日からペテロの手紙を一日一章で。
今日はペテロ第1の手紙1章でした。
「あなたがたを召してくださった聖なる方にならって、あなたがた自身も、あらゆる行いにおいて聖なるものとされなさい。」15節の言葉です。
13節にも「救われたんだから安心しなさい」じゃなくて、
「心を引き締め、身を慎み・・・」とありますよね。
そして、聖なる者となりなさいと、語られました。
それも神様の聖を求めて、
神様が聖なる方だから、と。
そのようにして頂きたいと思いました。
それを求めていきたいと思いました。
神様のように、イエスさまのように、
させられるということはすごいことですよね。
もう、心の中すべてを、主に支配して頂きたいです。
今日ものんちと「聖霊に満たされること」ということを話していました。
他のものではなくて、
神様が心のすべてを支配してくださるように、
他のものが入り込めないくらい、
聖霊様が満たしてくださるようにと祈ります。
主よ、
私は聖なる者となりたい。
世離れしていると言われても、
とにかく、神様のきよさにあずかりたい。
イエスさまが歩まれたように歩みたい。
聖霊様が心を支配してくださいますように。
聖霊様の御声に従順で歩んでいきたい。
どうか、助けてください。
いつもいつも御声を聞かせてください。
御思いを教えてください。
神様に感謝。
また22日のつもりで書きます。
今朝は暖かな朝で、
一日暖かかったです。
もっと早く雨が降ってくるかと思いましたが、
夕方5時頃に雨になりました。
そしてそれから気温が下がって、
今は真夜中の12時過ぎですが、
4度です。
明日の朝は0度くらいまで下がるようです。
そして、日曜日くらいまでは寒い日が続くようです。
今日はThanksgiving Dayでした。
主に感謝すべきことを数える時も持ちました。
自分のこともさることながら、
教会の方々、一人一人のことを覚えて、
主の守りに感謝します。
そして、個人的には、
新しい夢が与えられていることが、
今本当に感謝したいことです。
そして、先ほどNYに行く用事があって、
帰り道、George Washington Bridgeを渡ったら、
ライトアップされていました。
つい、2日前、見た時には、
2本のタワーはライトアップされていなかったので、
あれ、Thanksgiving Dayだからかなあ、と思いましたが、
どうなんでしょうか?
とてもきれいでした。
さて、今日の聖書。
今日はヤコブの手紙の5章13-20節を読みました。
「義人の祈りは働くと、大きな力があります。」
16節です。
NIVでは
"The prayer of a righteous man is powerful and effective."
とあります。
今日は、本当にわたしを「義人」として下さい、
祈る時にpowerfulでeffectiveな祈りを捧げさせてください、と願いました。
自分の心を探って頂きたい、
そして罪があるならば示して頂きたい。
そして、イエスによって「義人」とならせて頂きたい。
祈る時に、聞かれる祈り、
力強い祈りをする者でありたいと思います。
自分のためにではなく、
自分が「彼の祈りは聞かれる」と言われるためにではなく、
ただただ、主に祈りを聞いて頂きたい。
祈りに応えて、主の御業をして頂きたい。
あの方を、この方を癒して頂きたい、
そのように願いました。
主よ、
わたしをきよめてください。
「義人」にして下さい。
そして、powerful and effectiveな祈りをさせてください。
癒してください。
語ってください。
きよめてください。
目を開いてください。
造り変えてください。
明日からは続けて第1ペテロの手紙を1章ずつ読んでいきます。
2007-11-21
「主」の意味
それほど暖かい、というほどではありませんでしたが、
昼間はほどほどだったと思います。
夜になって霧が深くなりました。
気温は夜の11時半で9.5度と妙に暖かです。
明日も暖かい雨でしょう。
そして、夜になって冷えてきて、
金、土と寒い日が続きそうです。
今日はお休みをいただいていたので、
明日の朝日本に帰られる先生方と、
Lancaster, PAまで行ってきました。
電気と車を使わない、Amishの人々の生活。
でも、ガスやガソリンとかは使うんですね。
洗濯機はガソリンで、
冷蔵庫はガスを使うみたいです。
「どうして?」と思います。
できるだけ「便利」に振り回されないでいたいと願いながら、
でも、どうしても現代の一般の人々の生き方に影響されないではいられない、
彼らの生き方。
でも、私たちは、あまりにこの世にどっぷりつかっているのかもしれません。
なかったらなかったで済んでしまうものを手に入れて、
いつの間にか、それに支配されてしまって、
なかったらなかったで済まなくなってしまう。
電気なんかはその代表的なものでしょう。
今、私たちは停電の時、どれほど不安になるでしょうか?
サバイバルできるでしょうか?
インターネットが通じない時、
どれだけ社会から切り離されてしまっていると感じるでしょうか?
納得できないものはあるのですが、
それでも、真剣に、神様に従うことを考えている
彼らの生き方に、熱いものを感じました。
先日、読んでいた本で、
20世紀の初めに中国に来た宣教師の方が、
「あなた方はキリストのことを主と告白するけれども、そのように生きているだろうか?あなた方は偽善的だ!」と語り続けたことを読みました。
実際、自分は本当に完全にキリストを主とする生活をしているだろうか?と問われました。
電気を使ってもいいでしょう。
コンピューターの恩恵を受けることが悪いことではないと思います。
でも、本当にキリストを主とする生き方をさせて頂きたいと思います。
さて、今日の聖書。
今日はヤコブの手紙の5章7-11節を読みました。
「兄弟たち。互いにつぶやき合ってはいけません。」
9節の言葉です。
もう単純に主のみことばに従っていこう、
というモードです。
いろいろ考えないで、
とにかく、みことば通りに生きようと思います。
できる、できない、ではなくて、
みことばがこう言っているんだから、
そのように生きよう、
生かして頂こう、
そのように思いました。
もっともっと満たして頂きたいと、
もっともっと輝かして頂きたいと、
ただ、それだけです。
それがどんな牧会方針よりも、
どんな弟子訓練よりも大切なことだと
目が覚まされた思いです。
主よ、
私の口から、
私の心から、
すべてのつぶやきを取り除き、
焼き尽くし、
あなたへの賛美で満たしてください。
あなたと人々への愛で満たしてください。
みことばに生きる者にしてください。
あなたを主として生きることを教えてください。
明日は5章12-20節、最後まで読みます。
燃えるもの
20日のつもりで書きます。
今日は午前中は雨も降る、
肌寒い一日でした。
午後は天気も持ち直しましたが、
夜になってまた霧が出てきています。
夜の1時過ぎで、4.2度。
今夜もほとんどこのままの気温で朝を迎えるでしょう。
明日、あさってと気温は高め。
サンクスギビングデーは暖かな雨ですが、
その後、ぐっと冷え込みそうです。
お客さんの来訪の話、
落ち着いて書く時間がないのが残念ですが、
私たちにとって本当に大きな神様からのプレゼントでした。
たくさんのことを分かち合い、
励まし合い、
そして、何よりも神様に心が向く交わりを与えられています。
悔い改めさせられることもありました。
本当に、私自身が何よりも、
神様から恵まれて、
神様からいのちをいただいて、
燃えるものをいただいて、
歩んでいくことの大切さを思わされます。
先生の奉仕しておられる「大島泉の家」。
私自身がそこで、どれほど、神様からの取り扱いを受けたことでしょうか。
自分自身、牧師になって、教会が成長の場となることの大切さを痛感させられていますが、
実際、自分が多くを学んだのは、教会でもそうなんですが、
泉の家でもたれたキャンプという場であり、
大学生になってからは、キリスト者学生会(KGK)という超教派のクリスチャン学生の集まりという場でした。
同世代の仲間と語り合う中で、
日常の生活から離れて、いつもと違う場で、
どれほどたくさんのエポックメーキングな経験をしてきたことでしょうか。
そのキャンプ場ができたのはちょうど私が中学に上がる頃。
30年ちょっと前でした。
去年の今頃、父が出した本に、
その時の様子が出てきて、
どんなに熱い思いで、いろんな意見のある中、
次の世代を担う者たちのために、
時間と労力と財とをささげた人々がいたか、
思わされました。
ちょうど父が私くらいの年齢の時の話です。
私も主から力をいただいて、歩ませて頂きたいと思わされた夜でした。
さて、20日の聖書は
ヤコブの手紙の4章11-17節でした。
「自分の兄弟の悪口を言い、自分の兄弟をさばく者は、律法の悪口を言い、律法をさばいているのです。あなたが、もし律法をさばくなら、律法を守る者ではなくて、さばく者です。」
11節の言葉です。
私の使命は神様のみことばに従うこと。
人を裁くことではなくて、
自分自身、神様のみことばに従うことです。
自分自身が大切なんだと思いました。
私たちは、
人のことが気になります。
人のことばかり目につきます。
でも、大切なのは自分のことですよね。
自分自身が主の前にどのように歩んでいるか、
それなんですよね。
とにかく、自分が神様のいのちに生きること、
自分があのモーセが輝いていたように、輝くこと。
それを求めていこうと思いました。
主よ、
私をあなたの臨在の中に、
あなたとの生きた関係の中に、
あなたがわたしの中に生きてくださっている、
という信仰の中に生かしてください。
人のことよりも、
自分自身があなたによって満たされて、
あなたの輝きを映す者として、
歩むことができますように。
明日は、ヤコブの手紙5章7-12節です。(1-6節は前に1章を読んだ時に一緒に読みました)
2007-11-19
来客感謝。
昼頃には雨に変わって、
そして、午後は曇り。
明日もスッキリしない天気のようですが、
だんだん暖かくなるようです。
今、夜の12時頃で気温は4.6度。
朝にかけてもこれ以上あまり下がらないようです。
今日は夜に日本からのお客さんが来られました。
自分が中高生の頃にお世話になった、教会関係のキャンプ場、
大島泉の家のチャプレンをされている先生ご夫妻。
カミさんも、私も大変お世話になった先生方です。
ウィスコンシンまで来られると言うことで、
せっかくそこまでこられるなら・・・ということで、
NJにまで回ってくださいました。
でも、乗り継ぎ便で、それから飛行機が遅れたとかで
昼頃向こうを出られて、こちらに着かれたのが10時頃。
「ちょっと寄る」って感じではないですよね。
ですから、こちらに回って頂いたのは、
とてもうれしいです。
去年の年末にフロリダに行った時に、
本当にそこまで来たからと、
ご挨拶のつもりでお伺いした方が、
とっても喜んで、歓迎してくださったことを、
思い出しました。
本当にうれしいんですよね。
遠くからお客さんが来られること。
また、いろんな日本の共通の知り合いの情報とか、
いろいろ伺えて、最初の夜から、とても楽しいです。
さて、今日の聖書。
予告を忘れていましたが、
今日はヤコブの手紙の4章の1-10節でした。
「世を愛することは神に敵することであることがわからないのですか。世の友となりたいと思ったら、その人は自分を神の敵としているのです。」4節の言葉です。
主を愛しているだろうか、
本当に心から主を愛し、
主に心のすべてをささげているだろうかと思いました。
主は私が他の所に目を向ける時に、
ねたまれる、とあります。
主ではなくて、世の方に注目し、
世に喜ばれることを、求めていくならば、
ねたまれるんですね。
祈りの中で、
本当にもっともっと主を愛する者となりたいと思いました。
祈ることが神様と語り合う時であるならば、
もっともっと祈ることに喜びを感じる者でありたいと思いました。
結局、心にあるものが、外側に出てくる。
主を愛しているならば、そのような歩みをするようになるのだろうと思います。
心を尽くして、主を愛する、とはどういうことなのか、教えて頂きたいと思います。
もっともっと「ああ、こういうことなんだ」と経験させて頂きたいと思います。
主よ、
あなたを愛することを教えてください。
私の心は今、どこにあるでしょうか。
私の心は今、どこに向いているでしょうか。
詩篇1編にあるように、あなたのことを昼も夜も、思い、
あなたの言葉を口ずさむ者でありますように。
明日はヤコブの手紙の4章11-17節です。
上からの知恵
やっぱり雪が降っていました。
ちょっとだけですが・・・。
そして、気温も1.3度。
雪化粧するにはちょっと高いですね。
この後、木曜日のサンクスギビングデーまでは、
暖かくなるみたいです。
さて、昨日の聖書。
ヤコブの手紙の3章の13-18節でした。
「しかし、上からの知恵は、第一に純真であり、次に平和、寛容、温順であり、また、あわれみと良い実とに満ち、えこひいきがなく、見せかけのないものです。」
17節の言葉です。
時々、神様からの知恵は厳しいけれども、
人間的な妥協で、「寛容」というか、「いいじゃないか・・・」モードに入っていることはないかなあ、と思うことがあります。
でも、ここを見ると、神様からの知恵は「純真、平和、寛容、温順」だそうです。
傲慢になってはいけないなと思わされます。
その一方で、「妥協」「いいじゃないか・・・」という
ちょっと世渡り上手な、
ちょっと逃げが入ったレベルの気持ちと、
神様の与えてくださる「寛容」とはどのように違うのか、
教えて頂きたいと思いました。
たぶん自分にとっては、本当の「寛容」をもつことが一番難しいんだと思います。
厳しい態度は簡単です。(いえ、それなりに難しいですが・・・)
そして、「まあまあ・・・」と逃げるのはもっと簡単です。
でも、神様の知恵の中にある「寛容」はどんなのだろうかと思います。
ガラテヤ人への手紙の5章に出てくる「御霊の実」の一つなので、
是非、聖霊様に教えて頂きたいと思いました。
主よ、
どうか、「寛容」という実を結ぶ者とならせてください。
大きな心を持たせてください。
それが決して「ホントはおかしいんだけど、まあいいか・・・」
という事なかれ主義ではなくて、
逃げの気持ちから来るものではなくて、
聖霊様の与えてくださる「寛容」を教えてください。
2007-11-18
サンクスギビング礼拝
サンクスギビング礼拝でした。
子供を入れると120人くらいの方々と、
共に礼拝を守りました。
幸いな一時でした。
新しい出会いもいくつか与えられて、
いろいろな方とお話をする時間も与えられて、
神様に、感謝します。
さて、今夜は雪が降るみたいですね。
今11時半過ぎですが、4.4度。
曇りです。気温はこの30分くらいで0.7度下がっています。
これからみぞれが降り始めて、雪に変わるようです。
今朝は「どうかな」と思って起きましたが、
何にもなっていませんでした。タダの曇り空。
でも、明日の朝は違うでしょう。きっと。
で、聖書の通読の更新は、また明日の朝にします。
ではでは。
2007-11-17
感謝。
昼間も曇ってきて、8度止まり。
夜になって、曇っているせいか、
昨日ほど冷え込みはきつくないようですが、
今、夜の10時半で、4.5度。
これから雨か雪みたいです。
明日の昼間は雨ですが、
また夜には雪に変わるかもしれません。
今日は早く休んで
明日の朝、早く起きて備えようと思います。
さて、明日はサンクスギビングの礼拝。
感謝祭の礼拝です。
NJ周辺の皆様、是非おいで下さい。
1年を主に感謝する日です。
今日、教会の写真を見ながら、
一つ一つのことを思い出しながら、
感謝をしていましたが、
夜の祈り会では、「アメリカに来てからの一つ一つのこと・・・」
という話も出て、自分もいろいろ考えさせられました。
15年と4ヶ月前、3人でアメリカにやってきて、
それから、ぎりぎりの留学生生活を5年。
節約のためには何でもする、って感じでした。
どれほど多くの人々の助けによって支えられてきたか。
「お返しはいらないから、自分の後に来る人たちにやって上げて・・・」
と言われてきたことを思い出しました。
JCCNJの牧師になって10年。
たくさん受けてきたことを思い出すと、
自分たちは、
今、新しく来る人たち、
特に留学生の人たちのために何かやっているだろうかと、
考えさせられます。
「受けるより与える方が幸いである」ですよね。
感謝します。
たくさん与えられて、たくさん愛されて。
たくさん与えて、たくさん愛する者となることができますように。
たとえ、それが伝わらなくても、めげない強さを与えてください。
さて、今日の聖書。
今日はヤコブの手紙の3章1-12節です。
「私たちは、舌をもって、主であり父である方をほめたたえ、同じ舌をもって、神にかたどって造られた人をのろいます。」9節の言葉です。
特に後半の「神にかたどって造られた人をのろいます」という言葉、
心の深いところに届きました。
「人はみな、神の形に造られた。」
いつも洗礼を受ける前の人たちに必ず話すこの話を、
本当に自分はどこまで真剣に受け取っているだろうかと思いました。
罪によって支配されている人間。
でも、その人間は神の形に造られている。
だったら、神様を賛美しているなら、
人のことをも悪く言ったり、思ったりできないはず。
祈ろう。
一人一人のことを覚えて祈ろうと思いました。
もっともっと神の形が回復しますようにと。
もっともっと人の中に隠れている、神の形に目を留めさせてくださいと。
主よ、
私の舌を守って、
あなたのすばらしさをたたえる言葉で満たしてください。
私の心を守って、
あなたの形に造られた人々のために祈る者とならせてください。
受けるより与える者とならせてください。
明日はヤコブの手紙の3章13-18節です。
2007-11-16
初雪
昼間も風は強くて、気温は余り上がらずに、
寒い一日でした。
そして、午後には、雪がちらほら降りました。
今年の初雪です。
11月16日というのはかなり早いほうだと思います。
そして、明日の夜からあさっての明け方、もうちょっと高い確率で、
雪が降る可能性があります。
大したことはないですが・・・。
今は夜の11時半頃で、2度。
明日の朝は0度くらいまで下がるでしょう。
今日は、朝集会があって、
午後は人にお会いする予定があって、
夜は月に一回の我が家での集会です。
今夜は子供たちを入れて30人の方々が集まりました。
自分が話しすぎたかなあ、とは思いますが、
やはり、自分が神様の愛にふれた時の話をしていると、
本当に心が躍ってきて、話が止まらなくなります。
朝の集会でも、午後の個人的なお話でも、
やはり、その話になりました。
神様の愛に生かされていることを、
心から感謝しています。
やはり、これが私の歩みの土台なんだなあと思います。
今日の聖書。
今日はヤコブの手紙の2章20-26節です。
「私たちの父アブラハムは、その子イサクを祭壇にささげた」
21節の言葉です。
イサクをささげたアブラハム。
神から与えられた約束の子イサク。
「どうして」という声が心に何度も響いたのではないだろうか。
でも、聖書は、ただ、彼が従ったこと、
神様を信頼して従っていったことだけが、
書かれている。
信仰とは、従うこと。
信じているから、従うことができる。
従うことができないとしたら、
それはやはり信じていない、ということなんだろうなあと思う。
信じているから、そこに自分の人生をかけることができる。
それができないとするならば、それはやはり本当の意味で、
信じているわけではないということなんだろうと思う。
信じることは
「神様にはできる」と神様のなさることを、
周りで見て、喝采を浴びせることではなくて、
神様のなさることに参加すること。
そこに自分の人生を与えていくことだと思う。
そのように生きようと思う。
主よ、
踏み出すことは怖いことです。
でも、あなたを信じていきます。
どうか、私の足を守り、
心を守ってください。
あなたを信頼して歩み続けることができますように。
あなたのなさることに人生をかけています。
よろしくお願いします。
私が、恐れて身を引いてしまうことがありませんように。
明日はヤコブ3章の1-12節です。
2007-11-15
行いに反映する信仰
午前中はかなり降っていました。
そして、午後からは雨は小降りになりましたが、
気温がどんどん下がってきています。
今、夜の9時過ぎですが、5.8度。
明日の朝はまた0度近くまで下がってくるでしょう。
明日は風も強く、寒い一日になりそうです。
そして、土曜日の夜には、初雪の可能性も・・・。
大したことはないようですが、
可能性はあります。
Thanksgiving前の初雪は早いほうだと思います。
さて、どうなることでしょうか。
今日の聖書はヤコブの手紙の2章14-19節でした。
「行いのないあなたの信仰を、私に見せてください。」
18節の言葉です。
信仰か行いか・・・。
ローマ人への手紙やガラテヤ人への手紙では、
「信仰だけだ」と言われています。
でも、考えてみれば、あることを信じていたら、
そのように生きるのが当たり前のことです。
そうでなければ、「口で言っているけど、本当は信じていないんだ」
と言うことになるでしょう。
「明日は雨だ」と信じていたら、
傘を準備するでしょう。
「晴れるに決まっている」と信じていながら、
傘を持っているなら、「口で言っているけど、本当はそうは思っていない」
と思われても当然です。
「神様が必要をすべてが与えてくださる」
と信じるなら、そのような行動が出てくるはずです。
神様に愛され、赦されている、と信じるなら、
それを土台とした、人生観や、生き方が生まれるはずなのです。
どうでなければ、やはり、「信仰」の方に問題がある。
ヤコブはそれが言いたかったんだろうなあと思います。
自分はどうだろうかと思わされました。
自分は信じたように生きているだろうか?
本当に信じて歩んでいるだろうか?と。
主よ、
信仰を与えてください。
行いを生み出すような、信仰を与えてください。
そのように生きる者としてください。
あなたの最善を信じ
あなたの守りを信じる信仰に生かしてください。
明日はヤコブ2:20-26です。
2007-11-14
あわれみ
1度くらい。
でも、すぐ暖かくなりました。
13度くらいまで上がりました。
NYでは歩いていたら汗ばむほど。
そして、今も同じくらいの気温です。
これから雨。
明日も雨でしょう。
夜には上がるみたいですが、
結構まとまった雨になるようです。
そして、週末にかけて冷えます。
朝は氷点下、昼間も10度以下の、
東京の真冬並みの寒さになりそうです。
さて、今日の聖書。
今日はヤコブの手紙の2章1-13節。
「あわれみは、さばきに向かって勝ち誇るのです。」
13節の言葉が心に語られました。
昨日のみことばパンチに続いて、
今日も、心に深く語られています。
裁こうと思えば、いくらでも裁ける。
正当な裁きだと思っている。
でも、それじゃダメだ、と主に言われたようです。
おまえに必要なのは「あわれみ」だよ、と。
「無関心」や「逃げ」に捕らわれていた時もありました。
でも、そこから解放されたのはよくても、
今度は「裁き」に捕らわれていたのかもしれません。
勝利を経験したいと思いました。
憐れみの勝利を味わわせて頂きたいと思いました。
逃げではなくて、
事なかれ主義ではなくて、
憐れみの勝利を味わいたいです。
主よ、
憐れみは裁きに勝ち誇る。とありますが、
その「勝利の誇示」を感じたいと思いました。
そのような誇りを持ちたいと思いました。
そのためにいつもいつも愛に満たされていたいと思います。
見せかけの愛、表面的な愛ではなくて、
愛に見せかけた「事なかれ主義」ではなくて、
心にあふれる愛に満たされて歩んでいきたいと思います。
どうか、あなたの愛を満たしてください。
明日はヤコブ2:14-19です。
2007-11-13
みことばパンチ
朝は10度くらいで雨が降っていましたが、
午後はちょっと晴れ間も出て、
本当に暖かかったです。
15.5度まで上がりました。
ホッとしますよね。
今は夜の8時で6.8度。
思ったより下がってきています。
予想では3-5度くらいと出ていますが、
0度くらいまで下がるかもしれません。
明日の朝は6時頃に出てNYに行くので、
暖かい方がありがたいのですが・・・。
さて、今日も早速聖書。
今日はヤコブの手紙の1章19-27節を読みました。
「人の怒りは、神の義を実現するものではありません。」
20節の言葉です。
これは「みことばパンチ」でした。
ストレートをもろに食らいました。
誰でもそうなのかもしれませんが、
人が怒っているのを見ると、
「何怒ってるんだろう?」
から始まって、
「そんなことで怒らなくてもいいのに」
「気持ちはわかるけど、そんなに怒らない方がいいのになぁ・・・」
程度ですよね。
でも、自分が怒っている時は、
神様の代理になっているかのような気分です。
「イエスさまだって、神殿で人々が商売をしていた時に、怒った」
なんて、引用したりします。
まさに、「神様の義を実現するために・・・」という感じです。
とんでもない傲慢ですよね。
そんな気持ちが見透かされているのでしょう。
聖書はストレートに語るんですね。
「人の怒りは神の義を実現するものではない」と。
まさに自分への神様からの「みことばパンチ」でした。
神様、
ストレートなみことばに感謝します。
私の怒りがあなたの義を実現するかのように、
思っていました。
とんでもない傲慢を赦してください。
私を怒りから守ってください。
すべてをあなたにゆだねて、
あなたの御手に委ねて、
「裁くのは私の仕事だよ、あなたの仕事じゃない」と言われる、
あなたの御手に委ねて、歩ませてください。
あなたの私に望まれることを、
することができますように。
明日はヤコブの手紙の2章1-13節です。
2007-11-12
忍耐
今朝は、あのあと気温が少しずつ上がってきたみたいで、
2度くらいありました。
でも、それ以上に、今日は教会の泊まりがけの集会の場所探しに、
山の方に行っていたので、
本当に寒かったです。
なんと雪が残っていました。
先週、こっちで冷たい雨が降っていた日に、
あちらの方では雪だったみたいですね。
車で1時間くらいですが、寒さが違います。
これから、雨。
でも、この雨は暖かさを運んでくる雨のようです。
週半ばは暖かくなって、
後半はまた冷え込んでくるようです。
もう来週はThanksgivingですから、
まあ、寒いのは当たり前かな、ということで。
今日は、早速聖書。
今日はヤコブの手紙の1章12-18節を読みました。
「 試練に耐える人は幸いです。耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約束された、いのちの冠を受けるからです。」
12節の言葉です。
忍耐の大切さ、最近、特に思わされています。
ヘブル人への手紙にも「あなた方に必要なのは忍耐です」とありますよね。
自分は忍耐がないなあと思うのです。
手っ取り早い解決を求めたりします。
下手な我慢はすることがあっても、
本当の忍耐ってするのだろうかと。
3節にも、「信仰が試されると忍耐を生みます」とあります。
ということは、信仰が「ためされなければいけない」のでしょうね。
信仰があれば、すべてにトントン拍子にうまくいく、
だったら、忍耐は生まれないんですよね。
だったら、トントン拍子に行かないことの方がいい。
いいかどうかわからないけど、
少なくとも忍耐は生まれていく。
それがいいんだろうと思います。
主に鍛えて頂きたいと思います。
みことばの力を感じます。
みことばによって元気をもらいました。
主よ、
あなたが試練を与えてくださって、
信じて進んでいく時にも、
すべてがトントン拍子に行かないようにしてくださることを、
心から感謝します。
トントン拍子に行かない時に、
忍耐することを教えてください。
勝手にあきらめたり、
勝手に投げ出したりすることがありませんように。
あなたの訓練に感謝します。
喜び
11日のことを書きます。
今日も寒い一日でした。
朝の最低気温が-2.3度。
今年2番目の冷え込みです。
昼間は8.4度止まり。
そして、今は夜中の12時過ぎ。
今の気温は-0.4度です。
明日の朝もまた-2度くらいかと思います。
明日の夕方からまた雨で、今度はそのあと暖かくなるようです。
さて、今日のメインイベントは、
洗礼式。
今年まだ2回目ですが、
一人の高校生(日本では中3?)が洗礼を受けました。
彼女は12年前、お母さんとお姉さんと一緒に教会に来て、
ずっと一緒に歩んできた子です。
教会の皆さんの喜びもひとしおでした。
天では、また大きな歓声が上がっていたかと思うと、
本当にうれしい一時でした。
また、礼拝後には、久しぶりの会堂候補についてのアピール。
時間が与えられて、祈らされていること、思わされていることを
お話しする時が与えられました。
時間がかかるかもしれませんし、
時間をかけていたら、
また他の団体に先を越されてしまうかもしれませんし、
また、結局見送ることになるかもしれません。
でも、とにかく皆さんと共に祈りたいと思いました。
共に夢を見ていきたいと思いました。
謙虚に、また勇気と情熱を持って、与えられた思いを分かち合っていきたいと思いました。
そして、それと共に、会堂以上に、
そこに集う一人一人との交わりをもっともっと持たせて頂きたい、
主に与えられた恵みを分かち合い、
新しい方々との出会いを求めていきたいと思わされた日曜日でした。
長い一日で、終わったら、「ふ~」という感じですし、
私も明日は週一度の休日は返上ですが、
当たり前のように明日お仕事がある方々で、遅くまで教会におられた方は
大変だなあと思いますが、
本当にいろんなことを考えさせられた、中身の濃い一日でした。
感謝。
さて、今日の聖書。
今日はヤコブの手紙の1章9-11節、5章1-6節でした。
貧しい人への言葉、富んでいる人への言葉です。
「貧しい境遇にある兄弟は、自分の高い身分を誇りとしなさい。富んでいる人は、自分が低くされることに誇りを持ちなさい。」
1章9-10節です。
私はいったい富んでいるのか、貧しいのか・・・。
相対的ですよね。
世界全体から見たら、やっぱり富んでいるんだろうと思います。
でも、周りを見て、決して富んでいる方だとは思いません。
だからいったいどっちなんだろうかと。
貧しい中にあったら、それを誇りと思いなさいと。
富んでいたら、自分が低くされることを誇りとしなさいと。
富んでいるのかなあと思います。
だから、これからどんどん失っていくことになるんだろうかと思います。
よく、人生の先輩方に言われるのは、
「年を重ねていくと、いろんなものを手放していくんだよ」ということです。
まず、健康、当たり前にできていたこと、
そういうものを手放していく。
もうすでに膝が痛かったりするので、階段を一段飛ばしで上っていくとか、
それはできません。
(90代の日野原先生は、何年か前に「やっている」とおっしゃっていましたが・・・)
だんだん、できることができなくなっていくんだろうと思います。
だから、その時に、一つ一つのことを手放していく時に、
それを誇りとすることができる、
そんな心を持っていたいと思いました。
一つ一つの大切にしているものを、手放していくことを、
誇りとすることができればいいな、と思います。
主よ、
あなたがわたしのために貧しくなって下さったのですから、
あなたの愛の故に、あなたに愛されているが故に、
手の中にしっかり握っているものを、
あなたの手にお返しすることを、
喜びとすることができますように。
ただただ、あなたと共に歩む豊かさに生かしてください。
聖霊様に満たしてください。
その喜びに生かしてください。
明日(実は今日ですが・・・)はヤコブの手紙1:12-18です。
2007-11-10
神の力を求めて
底冷えのする一日でした。
昼間の気温は10度まで行かず、
今、夜の9時ですが、2.4度まで下がってきています。
明日の朝は確実に氷点下です。
明日は日曜日ですが、
本当に私たちに必要なのは、
聖霊様であり、
神様の力であり、
十字架の恵みが一人一人のうちに根付くことです。
そのような日曜日となるように、
そのような飢え渇きが教会の一人一人に与えられる日曜日になるように、
求め、共に祈る日曜日になるようにと祈ります。
今日からヤコブの手紙を読もうと思いました。
それも、一日一章以下、
少しずつ読んでいこうと思います。
今日は1章1-8節。
「私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。」
2節の言葉です。
短い挨拶の言葉に続いて、いきなり出てくるのが、この言葉です。
いきなり先制パンチを食らった気分です。
試練に出会う時に、「この上もない喜び」だなんて思えるだろうかと、
そんなこと思えるだろうかと思います。
でも、その中で学ぶことは本当にたくさんあると思います。
忍耐を学び、神様の最善を信頼することを学びます。
神様の聖さに近づけられます。
本当にそうだなと思います。
試練はつらくないと言ったら嘘です。
トンネルにはいった時はいつでも、
早くトンネルを抜けたいと思います。
でも、ここで逃げたら、神様のすごいことを見逃してしまうんだろうなあと思います。
だから、嵐の中で水の上を歩いたペテロのように、
風に目を奪われ、心を奪われないように、
イエスをまっすぐ見つめながら、歩んでいきたいと思います。
神様、
あなたの与えられる試練を感謝します。
そこで、忍耐を学ぶことができますように。
そこで、あなたを信頼することを学ぶことができますように。
あなたに信頼して歩ませてください。
明日の日曜日のために、あなたの特別な御業を待ち望みます。
どうか、あなたが圧倒的な力を持って臨んでください。
明日は1章9-11節と5章1-6節を読みます。
おたふく王子
9日のことを書きます。
今日は朝の冷え込みは大したことはなく、
プラスの1度くらい。
そして、午後からは冷たい雨になりました。
山の方では雪も混じるだろう、と言っていました。
今、夜の1時半ですが、
2.7度まで下がってきています。
確かに、明日の朝、雪になっているかもですね。
そう、今日は深夜祈祷会があって、
そのあとに説教の原稿を仕上げて・・・。
この時間になると、ちょっと明日の朝の早起きには自信がありません。
「起きたら7時」、ひょっとすると「起きたら8時」とかかもですね。
うちのおたふく王子、かなり腫れていますねえ。
これでも、精一杯笑顔だそうです。(^^;)
抜歯後48時間が一番腫れているそうですが、
ということは、明日の午前中がピークなんでしょうか。
さて、今日の聖書。
今日は使徒の働きの28章、最後の所でした。
「こうして、彼らは、お互いの意見が一致せずに帰りかけたので、パウロは一言、次のように言った。『聖霊が預言者イザヤを通してあなたがたの父祖たちに語られたことは、まさにそのとおりでした。』」
25節の言葉です。
ずっと、使徒行伝を通しての思いなのですが、
弟子たちやパウロは、
本当にいつも大胆に語るなあと感じます。
この箇所も、人々に、
厳しいことを語っています。
でも、福音は前進していった。
人間的な優しさではなくて、
みことばが語られて、
時にはそれが厳しい言葉だったりするけれども、
それによって、福音が前進していった、
人々が救われていったのは、本当にすごいことだと思います。
福音のそのような力を見せて頂きたいと思いました。
聖霊様に満たして頂きたいと思いました。
主よ、
どうか、聖霊様を満たしてください。
私の心に、満ちあふれてください。
そして、教会に満ちあふれてください。
日曜日はエポックメイキングな日になりますように。
聖霊様が圧倒的に働く日となりますように。
2007-11-08
wisdom teeth
しっかり今年初の氷点下の朝でした。
昼間も10度以下。
寒い一日です。
今は夜の10時過ぎ、3.4度ですが、
昨日の夜よりもちょっと冷え込みがゆるんでいるように思います。
明日の朝は氷点下に行かないかもしれませんね。
明日は曇りがちで、少し雨も降るかもしれません。
表題の「wisdom teeth」は「親知らず」の複数形ですが、
私ではなくて、うちの茶髪王子が今日4本(思いっきり複数)いっぺんに抜きました。
こちらでは、日本の10倍くらいのお金がかかって、
歯の保険がないので、目が飛び出ます。
まあ、一生に一回のことですから、いいのですが、
今日は王子様、痛みと不快感でかなり参っています。
これから数日はきついんでしょうね。
ちょうど子供たちは今日から4連休なので、
それをねらってこの日にしたのですが、
さすがに痛々しいです。
そしたら、今日会った高校生は親知らず4本+前歯2本、計6本いっぺんにぬいたそうで、
それは大変だっただろうなあと思います。
私自身は10年以上前に日本で抜いたかな。
1本だけ。
そんなに大変ではなかったです。
そして、まだ3本残っています。
時々痛みます。
先日も、息子と同じ歯医者さんに言ったのですが、
「まあ、いいでしょう」だって。
年を取ると、どうでもいいらしい・・・。
さて、今日の聖書。
今日は使徒の働きの26章。
「しかし、今、お勧めします。元気を出しなさい。」
22節のパウロの言葉です。
ここの前の言葉は、「私の言うとおりにしておけばよかったのに・・・」という言葉です。
私も「ああすればよかった」と思うことが時々あります。
確かにそうだったんだと思います。
でも、いつまでもそこにとらわれていてはいけないのです。
主は前に進むことを求めておられることを感じました。
口語訳では「この際、お勧めする」になっていました。
いろんなことがあります。
振り返れば、「こうしておけば、こんなことにはならなかった」ということは、
たくさんあります。
でも、恨み言を言ってもしょうがありません。
私たちは主の声に従って、
前に進んでいくべき何でしょう。
「この際、お勧めする」
大切なことだと思いました。
主よ、
あなたの導きを見つめて歩むことができますように。
過去の失敗、過ち、
あなたの許に悔い改め、
前に進んでいくことができますように。
捕らわれているものから解放して下さい。
自由を与えて下さい。
2007-11-07
恩恵
特に夜になってから・・・。
今、夜の12時頃ですが、0.3度。
いよいよ、この秋初めて氷点下に突入するようです。
明日の朝は-2度くらいでしょうか。
週末まで、ずっと10度未満の毎日となりそうです。
ぴーんと冷えた空気が気持ちいいです。
足元が冷えるのはつらいですが、
この空気の感じ、決して嫌いではありません。
昨日、日本の兄から、こんなサイトを教えてもらいました。
CGNTVという韓国の教会が主催するテレビ局のHPです。
本人も出演しているようですが・・・。
我が親分のコバ先生も・・・。
韓国の教会の層の厚さ、懐の深さを感じます。
このHPで、ずいぶんいろいろな学びができると思いました。
最近、今後の教会のあり方について、
また私自身の学びの必要性について、
考えることが多くて、
そんなときに、このHPの存在を知ったことは、
偶然じゃないなと思います。
日本にいたらもっと学びのチャンスがあると思うのですが、
(もっと英語が平気だったら、こっちの方がいいでしょうが・・・)
今はインターネットで、本当にいろんな学びができるんだな、と思います。
この恩恵を、無駄にしてはいけないと思いました。
でも、字幕の番組は、聞きながら・・・と言うわけにはいかず、
しっかり画面を見ながら理解しなければならないので、
コンピューターに30分、1時間釘付け・・・はキツイです。
さて、今日の聖書。
今日は使徒の働きの26章を読みました。
「それは彼らの目を開いて、暗やみから光に、サタンの支配から神に立ち返らせ・・・」
18節の言葉です。
イエスがパウロに与えた使命についての言葉ですが、
特に、その中の「サタンの支配から神に・・・」の部分が心に留まったのです。
最近、「自分は何をしているんだろう・・・」と思う時がありました。
この言葉はそれに対する答えのように感じました。
ものすごい大きなことが起こっている。
一人の人が「サタンの支配から神の支配の許に導かれた」
それは本当に大きなことなんですね。
使命の大きさ、大切さを感じました。
そして、一人一人の救いのすばらしさを再確認させられました。
今度の日曜日は洗礼式があります。
また、他にも洗礼を希望されている方々が、おられます。
もっともっと、このNJで、たくさんの方々が、
「サタンの支配から神の支配の許に導かれるように」
祈りつつ、励んでいきたいと思います。
主よ、
あなたの御業を見せて頂けること、
本当に幸いです。
もっともっと、あなたの救いのために用いてください。
さらにあなたの許に導かれる方々が、
多く起こされますように。
2007-11-06
人が語る時と神が語る時
つまり体は、1時間早く起きるようになっていて、
日曜日は6時まで眠れていましたが、
月、火と5時半にはめざましなしでも目が覚めます。
朝、ゆっくり過ごせるのは、本当にいいですね。
夜は、やはり、11時、12時は当たり前なので、
朝も、いつまで続くかわかりませんが、
楽しんでいこうと思います。
今日は火曜礼拝が始まって1ヶ月。
今日、本当に久しぶりの方が来られました。
教会のニュースレターを見て、
火曜日に礼拝をやっていることを知られて、
「私はやはり聖書を開かなければダメなんです・・・」
と来られました。
私も、個人的に、いろんな方に声をかけてきましたが、
それが伝わることもあるでしょう、
人に覚えていてもらって、声をかけてもらって、
うれしくて来られる方もあるでしょう。
でも、神様が直接声をかけてくださって、
人に誘われたわけではない、
人に声をかけてもらったわけでもない、
でも、神様に導かれてこられる方もおられるですね。
その方の言葉を通して、主から励まされました。
これからも祈っていきたいと思います。
さて、今日は使徒の働きの25章を読みました。
「翌日、アグリッパとベルニケは、大いに威儀を整えて到着し・・・」
23節の言葉です。
「ユダヤ人の歓心を買おうとしたフェストは・・・」
「アグリッパ王とベルニケが、フェストに敬意を表するためにカイザリヤに来た。」
などの言葉と並んで、パウロの姿と、パウロを取り巻く権力者たちの姿が、
対照的に見えてきました。
うんざりするくらい、この権力者たちが、
人におもねたり、見栄をはったり・・・。
いつの時代も人間は本質的に変わっていない、と思います。
私はもしも、自分の生き方を、誰かに客観的に書かれたら、
どう書かれるのかと、考え込まされました。
ここに気を遣って・・・
これをうまくやろうと思って・・・
自分の力を誇示しようと・・・
そんな書かれ方をしたくない、と思いました。
本当に、真実に、主の与えてくださる使命に生かして頂きたい、
主の導きをまっすぐ見つめつつ歩んでいきたいと思いました。
その歩みを支えてくださる主に感謝しました。
主よ、
いつもあなたの導きを見せてください。
あなたの御声を聞かせてください。
人にどう見られるか、人がどのように反応するか、
それに振り回されないで、
あなたの導きに信頼して歩んでいく者であり続けることができますように。
私の弱いところに、ふれてください。
自由を与えてください。
2007-11-05
私たちの国籍は天にある
昼間は穏やかな一日でした。
でも、それも今日まで。
今、夜の10時ですが、もうすぐ雨が降ってきます。
そして、明日の朝には上がって、
それから寒くなるようです。
今朝は我が家で地区の牧師会だったのですが、
そんな、バタバタしていた朝早く、15年前、日本で副牧師をしていた時の、
若者仲間が長い闘病を終えて、天に召されていったニュースを聞きました。
あのころ成人式を迎えた頃だったかな、元気で、
でも、体の弱さを抱えたお母様が、倒れたり、
大変なことがたくさんあった、
そんな中でも、祈りながら、明るく歩んでいた、
スポーツの得意な女の子でした。
うちの息子が生まれた時にも、真っ先に会いに来てくれたのも彼女でした。
そんな彼女の病気がわかったのは、
僕らがアメリカに来てからだったと思います。
慢性的な病気だと知りつつ、
やっぱり同じ教会の仲間で一緒に歩んでいた若者と
結婚したのは7年前。
彼は、よく、月曜日の朝、寝坊している私たちの家に、
「よお、会社さぼって遊びに来ちゃった!」と、
話をしに来る、楽しいヤツでした。
とても、優しい夫になったみたいです。
結婚してからも、ほとんど入院生活のような中で、
仕事も変えて、彼女を支えていました。
毎年、一番にクリスマスカードをくれました。
それも、一つ一つ手作りの。
このサンタも、折り紙です。
この雲は脱脂綿。
画用紙を切って、シールを貼って・・・
毎年送ってくれていました。
去年も、私の一時帰国の時に、
病室で大喜びで迎えてくれました。
そして、どれだけ、ご主人が、周りの人たちが、
よくしてくれているか、いろいろ話してくれました。
「うれしいねえ」を連発していました。
夜、去年のクリスマスカードの山から
探し出しました。
このカードもう来ないんだな。
と何度も手にとってはテーブルに置いて・・・。
でも、「私たちの国籍は天にある」です。
天にお送りしたお一人一人を思い出しています。
天国がまたちょっと近くなった一日でした。
彼の上に神様の慰めがありますように祈ります。
そして、学院教会で一緒に歩んだ仲間たちにも・・・。
さて、今日の聖書です。
今日は使徒の働きの24章でした。
「数日後、ペリクスはユダヤ人である妻ドルシラを連れて来て、パウロを呼び出し、キリスト・イエスを信じる信仰について話を聞いた。 しかし、パウロが正義と節制とやがて来る審判とを論じたので、ペリクスは恐れを感じ、「今は帰ってよい。おりを見て、また呼び出そう」と言った。」
24-25節。
パウロのメッセージに恐れを感じて、
逃げたペリクス。
無理もないよなあと思います。
自分もそんなに得意な分野ではありません。
その話になったら、耳をふさぎたくなるのもわかります。
「もう、いいよ、その話は・・・」という感じだったのでしょうか。
でも、耳をふさがなくていい、
それが福音です。
耳をふさがなくていい、
イエスが十字架で私たちの罪を負われたから・・・。
耳をふさがなくていい、
神様は信じる者に、その力を与えるから・・・。
逃げなくてもいい。大丈夫。主は私たちを受け入れてくださるから。
福音のメッセンジャーであるとは何という幸いでしょうか。
主よ、
私たちは「正義」とか「やがて来る審判」とか、
苦手です。
自分で受け取ることも苦手です。
語ることも苦手です。
でも、恐れる必要がないことを感謝します。
イエスの十字架の故に、
「正義」も「最後の審判」も恐れる必要がないことを、
感謝します。
それについて語る時も、それが「十字架への道」ですから、
逃げないで語ることができますように。
2007-11-04
何を見るか
いいですねえ。今日一日だけかもしれませんが・・・。
そして、朝からグリニッチの教会に行きました。
その教会は前半は子供たちへのメッセージ。
旧約聖書に出てくるナアマン将軍の話だったので、
燃えてしまいました。楽しかったです。
そして、午後、NJの教会に帰りましたが、
そっちの礼拝は、フィラデルフィアの李先生。
すばらしい、大胆な、メッセージでした。
心が燃やされました。感謝。
W燃やされた一日でした。
そして、今日思わされたこと。
ペテロが水の上を歩いた時に、
イエスを見つめていた時は大丈夫だったけれども、
風を見た時に、嵐を見た時に、恐れが来て、不安になって、
ずぶずぶと沈んでいった。
嵐が来ることはわかっていたはず。
いや、元々嵐の中にいた。
でも、見るべきものを見ないで、
見なくてもいいところに目を留めるから、恐れが生まれる。
でも、嵐の中で嵐に気を取られない、って、
ほんと、難しいですね。
さて、今日の聖書。
今日は使徒の働きの23章でした。
「勇気を出しなさい。あなたは、エルサレムでわたしのことをあかししたように、ローマでもあかしをしなければならない」11節の言葉です。
とらわれの身であったパウロ。
危険といつも隣り合わせだったパウロ。
その彼に、イエスの言葉はどれほど力強く聞こえたでしょうか。
私にも「語り続けなさい」と言われているように思います。
勇気を出すように言われているように思います。
神様が示してくださっていること、
神様が与えてくださっていること、
神様の力、神様の愛、
今までの歩みの中で教えられていること、
日々、語られていること、
語りなさい、と言われているように思います。
いつもいつも語る言葉を与えて頂きたいと思いました。
そして、与えられたことを、
言葉にする勇気を与えて頂きたいと思いました。
主よ、
今日の一日を感謝します。
どうか、私の口をきよめ、
あなたのすばらしさを証する者としてください。
2007-11-03
長い夜
風の強い朝でした。
温度は最低が7度くらいで、
それほど冷えなかったのですが、
昼間は風が強い中で、曇り空で気温は上がらず、
10度くらいの寒い日になりました。
Cape Codの方はもろにノエル崩れの低気圧の直撃で、
風と、雨が強かったのでは・・・。
メイン州の北の方では、40センチくらいの雪になる警報も出ています。
今は夜の10時頃で、8度。
明日の朝はまた2度くらいまで下がるでしょう。
日、月と、ちょっと暖かくなるみたいです。
でも、この時を楽しんでおかないと、
火曜日からはぐんと冷えます。
そして、今夜はいよいよ長い夜です。
でも、間違っても、明日の時間で今夜を過ごしてはいけません。
今夜はいつも通りに寝て、
明日の朝、間違って1時間早く起きて、
そして、朝の祈りですよ~。
7時に起きたつもりでも6時。
8時に起きたつもりでも7時。
これはでかい。
明日の朝が楽しみです。
さて、今日の聖書。
今日は使徒の働きの22章でした。
「人々は、彼の話をここまで聞いていたが、このとき声を張り上げて、「こんな男は、地上から除いてしまえ。生かしておくべきではない」と言った。」
22節の言葉が心に留まりました。
人々をこんなに怒らせた言葉は何だろうと思います。
それは「イエスは私に異邦人の所にあなたを遣わすと言われた」ということでした。
それを、パウロはユダヤ人の真ん中で語ったのです。
この勇気。
自分にも必要だと思いました。
人々の反応に振り回されずに語る勇気。
はっきりと自分に与えられた使命について語る勇気。
確かにユダヤ人にとっては頭に来る話だったと思います。
それをはっきりと、きっぱりと語った。
すごい、と思います。
主よ、
確信と平安、それを下さい。
あなたに従う謙遜さを与えてください。
そして、その中で確信と平安を与えてください。
語るべきことを語る勇気を与えてください。
明日の礼拝を祝福してください。
聖霊様を満たしてください。
2007-11-02
さあ、早起きへシフト!
明日の朝は月に1度の土曜日の早朝祈祷会です。
今、外は7.6度。
今朝は2度くらいまで下がりましたが
明日はもうちょっと寒さはゆるむようです。
今、東海上を、ハリケーン・ノエル崩れの低気圧が通過中で、
あしたのあさにかけて風が強くなりそうです。
来週の半ばからは本格的に寒くなりそうです。
ミシガンでは雪だとか・・・。
そして、日曜日の朝、夏時間が終わります。
1時間長い夜をエンジョイできます。
でも、それは1時間早起きするチャンスです。
この機会に、是非!1時間早く起きて、
聖書を読む習慣をつけましょう!
さて、今日の聖書。
今日は使徒の働きの21章です。
「ですから、私たちの言うとおりにしてください。」
23節。
このヤコブの言葉、いつも心に引っかかります。
どうも、神を見つめて、祈って、その中から出てきたものではないように感じます。
人の目を恐れて、波風が立たないように、一生懸命になっているように見えます。
そして、その通りにしたパウロは、
またそれがきっかけで、逮捕されてしまうのです。
もちろん、そこにも神様の深い計画があったことがあとでわかるわけですが・・・。
「人を恐れると、わなに陥る、主に信頼する者は安らかである。」
箴言29:25
本当に主を恐れて、主を信頼して、
人を恐れることがないようにと思います。
主よ、
感謝します。
人を恐れることがありませんように。
あなたを信頼する者であり続けられますように。
堅く立っていくことができますように。
明日の朝の祈り会を、祝福してください。
聖霊の注がれる時としてください。
2007-11-01
謙虚と言われる人
でも、午後からは風が出て、
気温も下がってきました。
今、夜の9時半ですが、8度。
明日の朝はまた3度くらいまで下がるようです。
そして、週末もそこそこ冷えるのですが、
来週の水曜日からが、冷えて、再来週また冷える。
なんだか、どんどん冷蔵庫に入っていくようです。
11月ですからね。
昨日の夜はNJのNBA(バスケット)のチームの開幕戦。
白星スタート。親子でバスケット観戦が好きな我が家は
やっと野球が終わったのですが、2週間でまた「シーズン」が始まってしまいました。
さて、野球と言えば、こちら時間の今朝、日本シリーズで中日が勝ちましたね。
それでなんと言っても大きなことは中村紀洋がMVPを取ったこと。
中村と言えば、メジャー挑戦も、Metsに入るはずが、ちょっとしたボタンの掛け違いでうまくいかず、
オリックスともトラブルで退団。中日がテスト生として拾ってくれた、という、あまりいい評判はなかったと思うのですが、近鉄ファンのわたしは近鉄時代からいつも応援していました。
ですから、育成選手から、一軍へ、そして、レギュラーを勝ち取り、日本シリーズでは大活躍、と、本当にうれしかったです。
それ以上にうれしかったのが、今日の朝日新聞で「謙虚さが一年変わらなかった」と書かれていたこと。個人的に、どんな方かは存じませんが、どちらかというとフルスイングをしてバットを投げ上げる派手なイメージや、自分の信念を通すところで「わがまま」と言われることも多かったと思いますが、そんな彼が一転「謙虚だ」と言われるとは、すごいな、と思います。偉そうなことを言いますが、年俸2億を稼いでいた彼のままでは、得ることのできなかったものを得たのでは・・・。自分自身の生き方も考えさせられます。これからも活躍して欲しいです。
さて、今日の聖書。
今日は使徒の働きの20章。
ここには、後半、エペソの人々へのパウロの最後の説教が書かれています。
「あなたがたは自分自身と群れの全体とに気を配りなさい。」
28節。
この言葉、いつも「群れの全体」に目が留まっていました。
一人一人を心にかけること、今日も、そのことの大切さを感じさせられました。
でも、それ以上に、その前の「自分自身と・・・」ということにはっとさせられました。
自分は大丈夫だと思っている。思いこんでいる。
でも、本当に自分も気をつけなければいけないのだ。
自分もどうなのか気を配っていなければいけないのだ。
自分が神様に守られ、整えられて、
喜びにあふれて歩んでいること、
感謝にあふれて歩んでいること、
どれほど大切なことだろうか。
自分の霊的な整えにもっともっと心を配る、
エネルギーを使う、
本当に大切にしていきたいと思いました。
主よ、
あなたを見上げます。
あなたを待ち望みます。
あなたが、教会の一人一人に、
また、誰よりもわたしに、
あなたが神であることを見せてください。
あなたが私たちを聖霊で満たしてください。
御言葉によって歩む者であり続けられますように。
2007-10-31
Happy何の日?
ちょっと冷え込みはゆるみましたし、
昼間は19度くらいまで上がりました。
そして、今、夜の12時で、12度あります。
明日も暖かいようですが、
明日の夜からまた冷え込みが戻ってくるようです。
日曜日にかけてちょっと寒くなりそうです。
さて、今日はハローウィーンでしたね。
Trick or Treatingに来る子供たちに
Happy Halloween!と愛想よく答えながら、
素朴に「何でHappyなのかなあ・・・」と思います。
元々、11月1日が「聖人の日」だから、
その前の晩に悪いスピリットがいたずらして騒げる最後の夜、
という、このHalloween。
南部の敬虔なクリスチャンの多い地域では、
あんまりやりません。
今や、クリスマスの次にお店が儲かる日だそうで、それもなあ・・・と思ったりします。
サンディエゴの時も、教会では「ハローウィーンに行かなくてもすむように」と「子供たちのプログラム」を考えていたし、アトランタでも、そんな感じでした。
それがNJに来たら、全然違ったから、ちょっと違和感がありました。
みんなで楽しんでいるんだから、そんなこと言っていたら、野暮みたいな・・・。
まあ、娘も楽しんでいたようで、お化け系でなければ、わたしもOKになりましたが・・・。
で、野暮ついでに、申し上げると、
10月31日は「宗教改革記念日」。
今から490年前、ルターがドイツで教会の中で起こっていることに疑問を感じて立ち上がった日です。
命をかけて信仰を守っていった先輩たちのことを思わされます。
さて、今日の聖書。
今日は使徒の働きの19章を読みました。
「このことがエペソに住むユダヤ人とギリシヤ人の全部に知れ渡ったので、みな恐れを感じて、主イエスの御名をあがめるようになった。」
17節の言葉です。
今日は、この19章全体、そして、エペソの教会で起こったことを読みながら、
本当に主の奇跡を求めました。
知的な議論ではなくて、
説得されるような話ではなくて、
神様が力をもって、
私たちのうちに働いてくださるようにと願いました。
私たちの信仰はあまりにも理論的で、
あまりにも常識的になりすぎていないだろうか、
主の前に恐れを感じるような、
そんな力があるだろうかと。
主よ、
あなたの前の畏れを取り戻させてください。
あなたの御力を表し、
あなたの前にへりくだって歩む者とならせてください。
主よ、あなたを求めます。
信仰が「常識」の枠の中にとどまってしまうことがありませんように。
2007-10-30
秋は駆け足・・・
今日は早く休みます。
今朝も1.7度。

2007-10-29
初霜だ!
プラスの1.6度。
朝の6時半頃教会に祈りに行く時には霜は降りてなかったのですが、
7時半過ぎ、うちに帰ってきた時には降りていました。
昼間の最高気温は14度まで上がったのですが、
今、夜の11時で、4度くらいまで下がっています。
明日の朝も今朝と同じくらいかな。
だんだん寒さはゆるんで来るみたいですが、
もう今週の木曜日から11月ですからね。
11月と言えば、雪が降ってもおかしくない月ですからね。
お天気牧師的には「わくわく」の季節です。
この週末からの私のテーマ。
「変えようとしないでわかろうとしなさい」
「理解されるよりも、理解することを」
いやあ、これが自然にできる人ってすごいと思います。
いないのかなあ。そんな人。
私もうっかりすると「理解されること」を求めています。
それで落とし穴にはまることがあります。
理解することができる者となれるようにとマジで願います。
でも、がんばりだけで「理解しよう」とやってると疲れちゃいますよね。
私をわかってくださる神様を忘れないように。
私をわかってくださる信仰的なメンターを与えてください。
さて、今日の聖書。
今日は使徒の働きの17章でした。
「世界中を騒がせて来た者たちが、ここにも入り込んでいます。」
6節。
「死者の復活のことを聞くと、ある者たちはあざ笑い、ほかの者たちは、「このことについては、またいつか聞くことにしよう」と言った。」
32節。
御言葉は世界を騒がせ、人々をあざ笑わせ、
怒りを買い、問題を起こす。
自分が語るメッセージはどうだろうかと思いました。
聖書の言葉はスキャンダラスで、
人々を怒らせたり、バカにしたくならせたり、
騒がせたりするのに、
自分がそこから語ろうとすると、
なんだか、毒にも薬にもならぬものになってしまってはいないだろうか。
人に喜ばれようとしていないだろうか。
その心に届いているだろうか?
それが怒りを起こさせるほど、力強く、深く届いているだろうか。
主よ、
毎週の礼拝の中で、
あなたの御言葉をストレートに語らせてください。
人々にわかる言葉で語らせてください。
人々の心深くに届く言葉で語らせてください。
世をひっくり返すようなメッセージを語らせてください。
2007-10-28
初霜か?
そして、昼間も晴れても14度どまり。
今は夜の11時ですが、5.6度まで下がっています。
明日の朝は初霜がおりる予想が出ています。
たぶん0度前後まで下がるでしょう。
TV Japanを取っておられる皆さんは、いいですが、
うちは、Fuji-sankei派(というか、月々25ドルにちょっと躊躇・・・)なのですが、
ドラマ枠がなくなってしまいましたねえ。
どうでもいいようなドラマも多かったので、見てなかったのもあったのですが・・・。
でも、うちが1月から入っているVerizon fios TVには
AZNがあるので、Fuji-sankeiのドラマ枠があります。
今週から医龍2なので、楽しみにしています。
でも、なんだか、このAZN、CMが多いような・・・。
そして、夜の9時から12時。
遅すぎ。途中で眠くなる。
ということで、今日はもう途中で見るのはやめて、
明日、CMを飛ばしながら見ようということになりました。
朝のニュースもそうですが、
CM、これからどんどん飛ばされる時代になりますね。
業界の人もいろいろ苦労があるだろうなあと思います。
さて、今日の聖書。
今日は使徒の働きの16章でした。
「主は彼女の心を開いて・・・」
14節です。
今日は日曜日でしたので、
とにかく、神様が一人一人の心を開いてくださるようにとお祈りしました。
心にふれてくださるように、
心に語ってくださり、
それを受け止める力も与えてくださるようにと祈りました。
主よ、
教会に連なるお一人一人の心を開いてください。
お一人一人が神様のメッセージをストレートに聞くことができますように。
素直に受け取ることができますように、
ただただ、祈ります。
議論の末に
今日はスカッと晴れています。
今夜は冷え込むようで、
霜注意報が出ています。
さて、早速昨日の聖書。
昨日は使徒の働きの15章を読みました。
「激しい論争があって後」7節
「衆議一決しました。」25節
「聖霊と私たちは・・・」28節
「そして激しい反目となり」39節
エルサレムでの議論はどんな激しさだったんだろうかと思います。
また、バルナバとパウロの反目はどんなものだったんだろうかと思います。
片や、「衆議一決」を見たわけですが、
もう一方は結局二手に分かれてしまいました。
この議論に出てくるマルコはまた聖書に出てきますが、
バルナバの方は出てきません。
でも、自分の使命を果たしたんだろうと思います。
私も決して「激しい議論」が好きな方ではありません。
「まあまあ・・・」と丸く収めたい方です。
激しい議論の末、聖霊様に導かれて、
衆議一決になることもあるんだと信じて、
また、たとえ決別のようなことになったとしても、
主はそれぞれの歩みを、それぞれのところで祝福してくださることを、
信じて歩みたいと思いました。
主よ、
最初の教会の会議が、
本当に真剣なものであったことを、
心から感謝します。
福音が立つか倒れるかのところで真剣に
議論を戦わせた信仰の先輩たちの故に、
今の私たちがいることを覚えます。
聖霊様、
どうか、私たちを守り、導いてください。