2011-11-16

どこに祝福を求める?

また前回の更新から1週間経ってしまいました。
今夜もすべきことはたくさんあるし、
最近ちょっと朝きついので、早寝早起きに生活のリズムを戻したいし。


でも、今日はちょっと更新。


今日は一日雨。
ちょっとまとまった雨になりました。
あの季節外れの雪の日から、2週間あまり。
初めてのまとまった雨です。


明日もう少しぐずつきそうです。


その後、ちょっと冷え込みますが、
サンクスギビングまでというか、12月初めまでというか、
しばらくは基本的にはあまり冷え込まず、
過ごしやすい日々が続きそうです。


ここのところ、
礼拝で、アブラハムの生涯から、
神の与えられる祝福について、教えられています。
先日の日曜日は、
わたしたちに祝福を与える人はどんな人か、
それは、「祝福の源である神様に目を向けさせてくれる人」ということができると思います。
なんだかわからないんだけど、この人と話をしていると、いつの間にか、心が神様に向いていく。別に「神様が、神様が」というわけではない。聖書の言葉ばかりが口をついて出てくるわけでもない。


でも、なんだかわからないんだけど、その人と話していると、祈っていると、心が主に向いていく。多分、その人自身は意識していないんだと思う。そういうのとは違う。自然な感じ。


自分の今までの歩みの中で、そういう人たちが何人かいた。
そういう人たちの存在に支えられて、神様を近く知ることができるようになってきた。


自分も誰かにとって、そのような存在になったらいいな、と思う。


それとともに、最近思っていることがある。
それはクリスチャンは、聖書や信仰書以外の本をもっともっと読むべきだということ。


自分もなかなかゆっくりというのは難しいのだが、
信仰書と、カジュアルに読める信仰書以外の本を交互に読むようにと心がけている。
自分の場合は、本当にもっともっと読むべきだろうな。


不思議と神様はそういう人たちを通して、
神様に目を向けさせてくださる。


最近読んでいるのは、「がんばらない」
これはもうこの題が、脱力系の自分のツボにはまりましたね。
「いいねえ」
だから、古本屋の1冊1ドルセールで見つけたとき、迷わず買いました


でも、題は肩の力を抜いてくれる題だけど、
この本の中に出てくる人たちは、肩に力を入れないで、
でも、精一杯生きた人たち、生きている人たち。
題が想像させるよりも内容の詰まった本でした。


で、著者は今、原発の事故のせいで、メディアへの露出が今まで以上に頻繁になっている鎌田實先生。諏訪の病院の再建に尽力しつつ、放射能の問題に取り組んで、チェルノブイリの原発事故や、湾岸戦争の時に使われた劣化ウラン弾で、病を負った人たちのサポートをしておられます。


のんちが、今年の4月に先生の団体でボランティアをさせていただいたので、よけい親近感をもちました。


何度も何度も涙しています。


この本も、わたしにとっては、わたしに祝福を運んでくれる、そう、「祝福の源である神様に目を向けさせてくれる」本です。


いろいろ調べてみたら、この先生、「空気は読まない」って本も出しているんだね。ちょっとそそられる・・・。


さて、最近の聖書から。
エゼキエル書の8章、これは先週の後半に読んだところですが、
その中からこの言葉が心に留まりました。


「はいって行き、彼らがそこでしている悪い忌みきらうべきことを見よ」9節。

エゼキエルもそうだったと思いますが、
わたしたちは人を悪く見たくはないものです。
まさか、そんなひどいことはないだろう・・・、
そう思います。

確かに、人を疑ってかからない方がいいことが多いです。
でも、しばしば、自分もそうなんですが、自分が見ていることさえも、
「そんなつもりではないだろう」「そこまでひどくはないだろう」と思ってしまいます。
そう思いたいのです。

そして、現実から目を背けてしまい、
見ていることさえも否定してしまって、
語るべき言葉を語らないで、
逃げてしまうことがあるのです。

だから、自分にとって、これは本当に大切なことだと思いました。
人々の罪の深さから目を背けない。対決することを恐れない。

現実を現実として受け止めて、
そのために祈り、とりなしをして、
そして、警告と福音を語る者とならせていただきたいです。

主よ、
助けてください。
わたしが現実から目を背けることがないように。
わたしが現実を否定してしまうことがないように。
そして、はっきりと恐れないで、聖書のメッセージを語る者とならせてください。



2011-11-08

大きな犠牲。

今日はホントに暖かく、午後には20度Cを超えました。
明日ももう一日暖かい日が続きそうです。
木曜日はちょっと雨が降り、
金曜日はちょっと冷えそうですが、
その後は11月にしては穏やかな日が続きそうです。


1ヶ月くらい前になりましたが、
アシュラムの集いに参加してから、
ずっと感じている感覚なのですが、


自分はいったい、聖書を読む時に、
人に伝えることを前提に読んでいないか、
いつもそれを意識して読んでいないかと。


もっともっと自分で味わうべきで、
もっともっと自分の中で沈潜すべきなのに。


あまりにも人との関係の方に目がいって、
神様との関係を深く持っていないのではないだろうか、と。


このブログやTwitterやFBの方に何かをアップすることを
神様とのひとときを楽しみにしているよりも考えているのではないかと。


だから、ちょっと意識して、
もっともっと神様とのひとときを大切にしたいと思います。


さて、今日は早速今日の聖書。
今日はエゼキエル書の6章。


「こうしてわたしは彼らに対して怒りを注ぎ尽くす」12節。

この章は読んでいて、本当に恐ろしくなりました。
神様の怒りが注がれるとはこういうことなのかと。

でも、読んでいる中で、この怒りは今はどうなっているのか、
そのことを思った時に、それをイエスがあの十字架の上で負ったのだと、
気がつかされたのです。
イエスは大きな犠牲を払われたのだと思わされたのです。

この神の怒りは、新約時代の私たちにとっては、
イエスの上に注がれている。
100パーセント注がれている。
本当は私が受けるべき、私の上に注がれるべきものなのに。

そう思った時に、イエスが血の汗を流して「私がこれを避けることができれば・・・」と祈られたのが少しわかったような気がしました。あの十字架の上で「我が神、我が神、どうして私をお見捨てになったのですか?」と叫んだことも。

イエスはすべてわかっていた。
自分が十字架にかかるのは使命であることも、
そして、何よりも3日目にご自分がよみがえることも。

それでも、とんでもなく恐ろしかった。
叫ばないでいられなかった。

それはこの神の怒りがどれほど恐ろしいものであるか、
それを覚えた時に、そうだったんだと思いました。

まだまだ十字架の意味が分かっていない、
そんな自分を感じました。

主よ、
イエスの十字架の大きさ、重さを感謝します。
どうか、もっともっとそのことをわからせてください。
もっともっと深いところで味わわせてください。

2011-11-07

逃げるのか?自由なのか?

あの季節外れの雪での停電から1週間。
うちは1週間前の月曜日の夕方に電気が戻ったのですが、
その後、いろんな方々にお会いしている中で、
火曜日まで、水曜日まで、木曜日まで・・・金曜日でもまだ・・・
など、もっともっと大変な方々がおられたようです。
庭の枝が落ちて、窓ガラスを突き破って、


3日間でもほんとうに大変だったのに・・・。


その後、天気が落ち着いているのは本当に助かります。
冷え込む朝はあったのですが、
毎日いい天気で、今日はすっかり乾いたところで、落ち葉集め。
あの雪が嘘のような平和な冬支度の一日です。


さて、昨日の礼拝で、
神様との関係で満たされる中で、
他のものから自由になる、
いろんなこだわりや、人からどう評価されるかとか、
仕事が認められることなどから・・・
振り回されないで済む、
支配されないで済む。
そんなことを語らせていただいた。


本当にそうだと思う。
そこで与えられる勝利も何度も経験して来た。


詩篇37篇の言葉。
「悪をなす者のゆえに、心を悩ますな。
・・・・・・
主を信頼して善を行え。」


でも、今日一つの出来事の中で、
自分が直面しなければならない問題から逃げるために、
神様を利用している場面はないだろうかと思わされた。


結局は恐れて、直面したくなくて、
「神様との関係・・・」というところに逃避していないだろうか?


本当は自分が愛がないだけなのに、
問題をちゃんと見据えて、解決のために自分のできることはないだろうか、と求めなければいけないのに、逃げていることはないだろうかと。


熟成中・・・だな。


さて、ここ数日の聖書から。
実は、「日々のみことば」誌を読んでいる方はご存知だと思いますが、
11月に入ってから、なんと「エゼキエル書」を読んでいます。
難解なところもたくさんありますが、本当に教えられることの多い書物です。


そんな1週間の中から。


「彼らが聞いても、聞かなくても、あなたはわたしのことばを彼らに語れ」2章7節。

本当に大切なことですね。
「聞いてくれそうなこと」を語りたい、
という誘惑もあります。

「聞かれないなら語りたくない」
と思う気持ちもあると思います。

でも、人のことばではなく、神様が聖書を通して、
どのように語ってくださっているのか、
それを忠実に語ることのできる者になりたいと思います。

そのためにはやはり神様との関係をもっともっと豊かに。
もっともっと、日々の祈りの中で力を頂いて、
聖書から語っていただいて、その語られたことを分かち合うことが
必要なんだと思います。

主よ、
あなたのみ言葉を語ってください。
わたしの心に、あなたのみ思いを教えてください。
そして、大胆に語ることのできる者となれますように。


そして、勇気をもって、あなたにゆだねるべきことと、
あなたからわたしにゆだねられて、勇気をもって直面すべきこととを
見分ける力を与えてください。

2011-11-01

停電の中で。

お久しぶりです。
前回の更新から、今日までの間、
たくさんたくさん書きたいことがあったのですが、
あまりに早すぎた雪で、更新できないでいました。


予告通り、今、嵐が過ぎ去った後で読むと、本当に予告通り、
土曜日は大変なことになりました。


予想の積雪量は15-30センチ。
でも、実際は15センチと一番下の値。
でも、それで、この地域を混乱させるのには十分な量でした。


普段は15センチの雪なんて、屁でもありません。
もちろん、気をつけて運転しなければなりませんが、
普通タイヤで走りますし、すぐに除雪が進んで、何もなかったように
普段の生活を送って行きます。


でも、今回の問題は紅葉がまだ終わっていなかったこと。
例年よりも紅葉が遅かったようにも感じます。
まだまだ青々とした木々もありました。


そこに湿った重い雪が降ったのですから、
ひとたまりもありません。


それも予想では、もう少し遅い時間が深刻だと思っていたのですが、
2時頃、激しく雪が降っていました。


それで、私も車で5分もかからないところにある郵便局まで、
3時までの土曜日の受付が終わらないうちに・・・と走ったのですが、
家の前の通りを走っている時にも前で、後ろで、枝がドン、ドンと落ちていきます。
地面に落ちた枝をよけながら、また上から降ってくる枝におびえながら、
(一度は「ドン」と何かが落ちて来たのでびくっとしましたが、雪の固まりだけで、枝はなかったようです)
郵便局まで無事に着けるか・・・と思いながら走っていました。
後で考えてみると、月曜日に送っても別に何の違いもない郵便物だったんで、滑稽なんですが、なんだか、「命がけ」って感じでした。


びくびくしながら、後で考えてみれば停電直前の郵便局から帰ってきたら、ウチは停電していました。それから停電が50時間も続くとは考えてもいませんでしたが・・・。


落ちた枝や、倒れた木で、送電施設は寸断されて、
広い範囲で停電となりました。


ウチの庭の木の枝も、屋根を直撃しないか(実際一本屋根に乗っかっていましたし、何本ももたれかかっていました)と、それ以上に隣の家を直撃しないかとヒヤヒヤしました。

ウチの裏庭からの全景
よく見ると屋根の上にも枝が。

上の写真の右側のデッキの上に落ちた枝。
屋根の上に乗っている枝の何倍の大きさ。
今度は左側の隣との間の木。
この木の枝は隣の家にも何本も落ちていた。


昨日も枝の片付けをしていましたが、
雪の付いたままの枝はものすごく重かったです。
これだけ重くなったら、バキバキ折れるのも無理はないなあ、と思います。
そして、折れてくれたからこそ、幹ごと倒れることがなかったのでしょう。


でも、落ちる枝の中でのドライブは、ホントに「マジ怖かった」です。

前回のハリケーンアイリーンの時は、我が家は26時間の停電だったのですが、
教会は大丈夫で、電気が必要な時は教会に行けばよかったのですが、
今回は教会も電気がダウン。

ここら辺の暖房は燃料がガスだろうが、重油だろうが、電気がないと動かない。

で、教会も寒かったです。

礼拝は守りました。
電気が復活することを祈りながら。
でも、結局復活せず、子供を入れると40人以上の方々が集まりましたが、
ほとんどは自宅には電気があるし、自宅は暖かい、という方々、
でも、共に礼拝を守るために、電気が消えていて、寒いとわかっている教会に集まりました。(でも、ホントに寒かったので、同じことが次にあったら、「無理はしないでください」と言うでしょうね)

でも、その礼拝は「本当に礼拝になくてはならないものは何か?」が問われるひとときとなりました。

暗い中で、寒い中で、「週報」もない、楽器もいつもの半分以下、マイクもない、プロジェクターもない・・・そんな中で、でも礼拝を守っている、という実感はありました。

礼拝前の成人科の小さな集まりでも、共に語り合いました。
週報がなくても、楽器がなくても、礼拝ではある、
 でも、例えば、説教はどうだろうか? 

説教者がいなくても、聖書があれば、聖書朗読があれば、礼拝だろう。

 でも、旧約時代のように、聖書が与えられていなかった時代には、
礼拝は何だったんだろう。

神様の恵みと、応答としてのささげもの、いけにえ、献身、だっただろう。 

私たちにはイエスの十字架が、罪の赦しのために与えられて、
その前に献身をする者たちが集まる、
それが礼拝なのではないだろうかと思わされていました。

神がイエスの十字架を通して開いてくださった道。
神の私たちへの招き。
私たちの応答としての、神を神とする者たちの集まり、
それが礼拝の「なくてならぬもの」。 

「兄弟たちよ、そういうわけで、神のあわれみによってあなたがたに勧める。あなたがたのからだを、神に喜ばれる、生きた、聖なる供え物としてささげなさい。それが、あなたがたのなすべき霊的な礼拝である。」ローマ12:1

今回の礼拝でなかった「週報」も、電子楽器も、マイクも、プロジェクターも、すべて、もっと心からの礼拝を・・・という目的のために用いられています。でも、今回のように、すべてが取り除かれた時に残るもの、それに目を留めることが時々必要なんだろうなと思います。

1年半前にも書きましたが、Heart of Worshipという歌が作られた由来、思い出していました。

でもね、ホントにホントに寒かったので、
体調を崩した方はおられないかとちょっと心配です。
電気がなくても、何とかなりますが、暖かさは本当に必要です。

礼拝の後、停電しなかったお宅に呼んでくださる方があって、
お言葉に甘えて、お伺いしました。
心も体も暖まりました。

だから、改めて祈らされます。
これから寒い冬を迎える震災の被災地の方々の
心と体が守られますようにと。

2011-10-28

あまりに早い大雪に警戒。

今日は天気のことだけ書きますが、
明日は大雪です。
特に夕方から夜にかけて。
15センチから30センチ積もるようです。

この季節にこんな雪が降るのはホントになかったようで、
記録を取り始めてから初めてだそうです。

何よりも問題なのは、木々にまだ葉っぱが残っていること。
この葉っぱに雪が積もると、木々の枝が折れたり、
木が根こそぎ倒れたりします。

停電の準備をしっかりしないと。
あと、車で出かける時には路面の問題以上に電線が垂れたり、木が倒れたり、という問題に注意です。

2011-10-27

それぞれの役割。

今日は冷たい雨です。
朝はそんなに冷たくなかったのですが、
昼頃に10度を切って、その後も気温が下がり続け、
夕方には5度。
もう雨は上がりましたが、
午後9時で外は4.5度C。
明日の朝は1度くらいまで下がるようです。
霜注意報も発令中。


でも、今、注目は土曜日の午後から夜にかけての雪です。


まだまだ不確定要素が多いのですが、
今日の夕方のGFSやNAMが当たったら、いきなり積雪です。


それはマジやばい(昔の意味で)。


今の時期の積雪のヤバいのは、まだ木々から葉っぱが落ちていないから。
落ちていない葉っぱにたくさん雪が積もると、重みで木が倒れたり、
枝が折れたり、それで電線が切れたり。


要注意です。


今年の夏頃から、ずっと考えて来たことがあります。
今回、うちの教会でも9-11の集会の献金をお持ちしたオアシスライフ・ケア。
そのオアシスライフ・ケアが応援している鮫浦湾のホヤの養殖。
ここで一般の人々からの投資を募集しているのです。
いや、正確に言うと支援基金かな。
詳しくはこちら。


金華ほや・帆立復興支援プロジェクト


ホヤは食べたこともないですし、
特別な思い入れがある訳ではないのですが、
応援したい・・・とずっと思ってきました。


で、「武士は食わねど高楊枝」の文化の中で生きて来たのですが、
この際、バラしますが、どうしてもこの1万円がひねり出せません。
まず、自分で一口募金してから、そのあと皆さんにアピールしよう、と思っていたのですが、その一口がとっても難しいんですねえ。


3月末にのんちが日本に行った時に、
たくさんの皆さんが応援してくださいました。
日本でもサポートがありました。
でも、もちろん、ほとんどは家計からの持ち出しです。


病院派遣で行かれたり、
お仕事として行かれる場合もあるんでしょうが、
うちの場合は、そこまでの交通費を含めて、100パーセント自腹のボランティアです。


仕事もスパッとやめて行きましたし。


そんなこんなで、


なんとかひねり出そうと、かなりがんばってるのですが・・・。



すべては自分の責任ですし、
自分で決めたことですし、
判断が間違っていたとは思いません。

これからもなんとかひねり出せる日が来るのを待ち望みながら、がんばって行きます。


で、ホントに思ったのです。
人にはそれぞれ役割があると。
自分はやっぱりどこかで、足りないものは自分で埋めようとして来た。
資金の問題でも、労力の問題でも、
みんなにアピールすることよりも、自分や自分の家族で、なんとかしようとしてきた。


でも、それもつまらないプライドだったり、
人を心から信じていない証拠だったり、
するんじゃないかなあ、と思ったのです。


自分はこのことについては、少なくとも今は、お金を出す役割を与えられていない。
PRをする、紹介をする働きを与えられているのだと。
経済的に与えられていて、意味のあるところに使いたいと思っている誰かにつなげる働きをさせていただくのだと。


ですから、今日は堂々と紹介します。


どうか、元手が与えられている皆さん、それをどこに使うか、で悩んでいるみなさん、ここも、それを「投資」する先として、考えてみてください。


いや、厳密な金融商品としての投資ではないのですが、
この地域の将来のために投資してください。
「夢」とかじゃなくて、「日常」を取り戻すために大切な一歩です。
2万口が目標ですが、目下、531口だそうです。






ドネーションを求めているところはたくさんあって、
いくら元手があっても足りない・・・というのが本当かもしれませんね。
だから、祈っている中で、示されて、元手が与えられた皆さん、


ぜひこちらにも一口!

2011-10-26

冬が来るよ。

今日は雨は降りませんでしたね。
でも、明日は雨です。
降水確率100パーセントの予報が出ています。
そして、北や西の方は雪の予報です。
今日はデンバーではいきなり大雪だったみたいですね。
そこまではいかないでしょうが、5センチくらいの積雪の予報が出ているところがあります。


金曜日は一時持ち直しますが、
土曜日はまた雨の可能性があります。
そして、土曜日は気温も低いので、ここら辺でも雪の可能性があります。
雪が降らなくても、日曜日の朝は氷点下に下がるかも。


ホントに一気に冬!です。


ダラスは月曜日の夕方に出発したのですが、
それはちょっと人に会う用事ができるかも・・・ということで、
時間を余分に取っていたのですが、
その方は、日曜日の礼拝に来られたので(そちらの方がうれしかった!)、
夕方まで時間ができました。


そこに飛び込んで来た南カルフォルニア在住のある方からのメール。
ちょうど、今日、ダラスに行くので、会いましょう!というお誘い。


1年4ヶ月ぶりにお会いする自タイの付き人氏でした。


初めてお会いした時はとっても怪しかったですが、
実は実績のあるスポーツライター。


こんな写真付きでこんな名文を書く方なんです。


で、スポーツキチガイのP教会のK牧師がうらやむだろうという、
本職の解説付きのスタジアム巡り(ただし外から)です。


まずはハイテクを駆使した、新しいカウボーイズのスタジアム。






全景はこちら。






そして、まさにその夜もワールドシリーズの第5戦が開かれたレンジャーズのスタジアム。




品格のあるとってもかっこいい球場です。






私は、今、にわかレンジャーズファンです。
今夜は試合が中止になったので、明日、レンジャーズに優勝を決めてもらいたいです。


ちなみに、お昼は教会のテキサス生まれ、テキサス育ち、日本では横田基地で飛行機の整備をしておられたボビーさんが、「テキサスならではのものを・・・」と(Tex-Mexじゃない)
authenticなメキシコ料理をごちそうしてくださいました。


メキシカン・コークも初めて知りました。コーンシロップじゃなくて砂糖を使ったコーラです。ここら辺でもどこかで買えるんだろうか?


土曜日の昼前に着いたのですが、ランチはご婦人方がご一緒下さいました。それから月曜日まで、ノーステキサス日本語バプテスト教会の皆さんは、牧師が留守だった中で、担当を決めて、入れ替わり、立ち替わり、おもてなし下さいました。


「遊んでばかりだったんじゃないの?」と誤解されるかもしれないなあ・・・と思いつつ、「そんなことないですよ、こんなことも、あんなこともしました」なんて野暮な反論の練習はしないことにします。おもてなし下さった皆さんに心からの感謝を込めて・・・。お祈りで支えてくださったNJの仲間たちにも感謝しつつ。


さて、日曜日から今日までは、1日1章ずつで一気にヨナ書を読みました。
その中で一番心に留まった言葉。
ヨナ書の中で、中心的な言葉ですが、


「まして、わたしは、この大きな町ニネベを惜しまないでいられようか」ヨナ4:11

主が裁きを宣言される時も、
それは悔い改めて帰ってくるための招きでもある。
主が裁きをなさる時も、
惜しんでおられる。痛みを覚えておられる。

主のみ思いを少し教えていただいたような、
そんな気がする朝でした。

主よ、
私はあなたの思いはわかりません。
私の思いを遥かに超えていて、想像できません。
でも、その思いを少し教えてくださって、
ありがとうございます。
もっともっと、あなたの思いを知ることができますように。

2011-10-25

35年。・・・あれ?

しばらくNJから離れていたので、天気の変化はよくわからないのですが、
今日はいい天気でしたね。寒すぎない、秋らしい一日でした。


でも、明日からは雨。
そして、木曜日からはぐっと冷えてきそうです。
この週末か来週にはもう初霜、初氷となりそうです。


今日は受洗記念日。35年前の今日、1976年10月25日に三浦半島の油壺海岸で、洗礼を受けました。
・・・と書いてから、ちょっと気になって、調べてみたら、1976年の10月25日は月曜日!うーん記憶違いで、私の受洗記念日はホントは10月24日だったのでした!


今まで、ちゃんと毎年間違いなく書いていたかなあ、と調べてみたら、毎年何も触れていなくて、前回、受洗記念日のことを書いていたのは5年前、30周年の時。そして、この時はしっかり24日って書いています。恐るべし、自分の記憶力の衰え・・・。


でも、勘違いのおかげで、今日一日、35年間の歩みをいろいろ思い出しながら過ごしていました。ホントに、今思うと何もわかっていなかった自分を神様は育み、たくさんの失敗をしましたし、言わなくてもいいことをたくさん言って来て、たくさんの勘違いをして・・・って失敗ばかり思い出すのですが、たくさんの方々に赦されながら今ここに生かされているのだと思わされます。


まだ、ここには書いていませんでしたが、先週の金曜日には洗礼式があって、本当に主の御名をあがめました。それはそれは大きな喜びです。でも、それと同時に洗礼はスタート。日々の歩みの中で一人一人を主が祝福してくださいますように。「ぶどうがぶちゅ!」って感じの祝福が一人一人のうちにありますように。



2011-10-24

JFK

土曜日からダラスに来ています。
ダラスのノーステキサス日本語バプテスト教会の礼拝と夕拝のメッセージのためにお招きいただいてのご奉仕です。


ノーステキサス日本語バプテスト教会

すばらしい教会で、暖かい皆さんに励まされる一日でした。


ちょっと考えるところがあって、
土曜日には早めに着いたのですが、
結局、土曜日には時間が空きました。
ホテルのチェックインまでに時間があって、
ご案内下さった皆さんが、「ダウンタウンに行きますか?」
と誘ってくださったので、「ぜひ」と、行って参りました。


観光のことは全く頭になかったので、
忘れていましたが、
ダラスと言えば、JFKが暗殺されたところ。


NYではJFKと言えば、空港ですが、
ダラスではThe Sixth Floor。直訳すると「6階」です。
Texas School Book Depositoryという建物の6階から
ケネディ大統領を暗殺した犯人がライフルを撃ったということになっているので、
そこが博物館になっているんですね。




このビルの上から2番目、一番右の窓、ちょっと形も違うし、ちょっと開いている窓です。
この博物館は長蛇の列だったので、入場しませんでしたが、
その現場を歩きました。


この窓から左下の方に進んでいたJFKの車が狙撃されました。
30度近くまで気温の上がった秋の日。
みんな半袖半ズボンでした。
自分は5度まで下がったNYからですから、汗がにじんできます。




この道の、青い服を着たおじさんの右で一発目。
道路に×印が着いています。拡大すると・・・。




そして、少し進んで、致命傷となった2発目です。




こちらも拡大。


悲しい出来事ではありますが、
歴史上の大事件の現場に立つのは、不思議な感覚があります。
私はあのとき・・・って覚えてないけど、生後5ヶ月でした。


世界がひっくり返る歴史的事件が起こったあの十字架の場所に立ったら、
私はどんなことを感じるのでしょうか・・・。
悲しい出来事でありながら、勝利の出来事、
痛みの出来事でありながら、私たちに圧倒的な喜びを与える出来事、
イエスはおとぎ話の中で十字架にかかったのではなくて、
この歴史の中で、生身の人間として十字架にかかった、
その重さを自分はどこまでわかっているのだろうか・・・。


ここのところ、ずっと使徒行伝を読みながら、
ずっとここにはアップできないでいましたが、
パウロのうちにあふれる力、その中にみなぎる使命感に驚かされていました。
どこの言葉が・・・というのは最近なかったのですが、
最近の礼拝の中で教えられた、
「祝福は、ぶどうの粒から中の果汁があふれてくるようなもの」(イザヤ65:8)というペデルセンの描写をパウロの生涯の中に見てきました。

苦難の中でも、迫害の中でも、囚われの身になっても、
その内側からあふれてくる力。

私の人生にも、
私の力ではなくて、
神様の祝福があふれますように。

日本的には「私なんか・・・」なんでしょうが、
神様からもらった人生であり、神様から与えられている祝福なんだから、
「こんなもの・・・」なんて思ったり、言ったりしてはいけませんよね。

神様が私のうちに満たしてくださっている祝福を、多くの人々に見ていただくことができますように!!!

主よ、
あなたの与えてくださってる祝福を感謝します。
私の生涯を通して、あなたの祝福がどんなものかをあらわしてください。

2011-10-18

ないちゃうよ。

またまたちょっと間が空きましたね。
「無理しない」がテーマだから、
もうすっかり日常は戻っているのですが、
なかなか更新までは・・・です。


明日は大雨です。
川があふれるようなことはないと思いますが、
道路の冠水とか、ご注意を。


自分はP教会のK先生みたいに、
礼拝の説教の中で感極まって涙ぐむ・・・ということはあんまりないのですが、
時々妙に涙もろくなるときがあります。


昨日もそうでした。


朝のニュースで気仙沼で「来て見てください」というツアーをしているというニュースを見たり、Facebookで松田先生がおそば屋さんのお父さんと話したことを書いているのを読んだり・・・


それで、ボロボロだったんですが、
それも、このところ、ずっと福島のことを考えているからかな、と思います。


日本訪問の報告の中でも、
あまりに悲しくて、そのことに触れるのがためらわれて、
書いてきませんでしたが、日曜日の週報にやっと思いを綴りました。


昨日の夕方にトロントから訪問してくださった方も、
福島出身で、ご家族が今も住んでおられて、いろいろお話を伺いました。


本当に先の見えない、何が起こっているか見えない、
何を信じていいかわからない、
「立ち上がろう」と思うにも土台もまだ作れない、
そんな戦いの中におられる方々。


遠いところにいる私のような者が、そのことに触れるのもためらわれる、
でも、ちゃんと発信していかなければいけない、
決して無関心ではない、できる限りのことをしたい、
そのことを伝えていかなければいけないと思わされています。


だから、一つリンクを。


朝日新聞の連載だったようですね。


〈プロメテウスの罠〉防護服の男


このような中で逃げてこられた皆さんがおられたことを、
今まで「知らなかった」「知ろうとしなかった」罪を告白します。
このようなことに怒ってこなかった自分を恥じます。


イラク戦争の開戦のときも、自分は「大統領は自分の知らないことを知っていて判断しているんだから・・・」と思っていましたが、今回も、それと同じように思っていて、そういう考え方の愚かさをも思い知らされました。


情報を持っている人たちが正しいことをするとは限らない、反対に、それを自分の身を守るために、利用しているだけかもしれない、ということを覚悟しなければならないと思わされました。


大学の時に今は死語のようになってしまった「解放の神学」も読んでいましたが、その頃、冷めた目で見ていたその言葉が迫力を持って迫ってきます。


「声を上げないことは、政治的な中立、なんかではない。権力者に味方しているのと同じだ」



2011-10-13

contagiousなクリスチャンになる。

昨日から雨の予報だったのですが、
ほとんど降らずに、夜になってから降ったみたいです。
そして、今日もほとんど降らずに曇りがち。


今夜もこれから降ってくるようです。
そして、暖かかった日々も終わって、
この先は秋らしい日が続くようです。


さて、今日は早速「日々のみことば」から。
昨日の聖書の箇所、使徒行伝24章前半から。


「この男は、まるでペストのような存在で・・・」5節。

これは言われてうれしいことではありませんよね。
「伝染病のような、疫病のようなヤツで・・・」なんて言われて。

でも、考えてみたら、これはすごいことです。
パウロの存在が、当時の権力者たちにとって、脅威になっていた。

今、教会がそんな存在になっているだろうか?
別にわざと嫌われる必要はないかもしれないけれど、
毒にも薬にもならない、社会にとって何の影響も与えないものになっていないだろうか?

そして、何よりも、contagiousな存在だろうか?
昨日も、今朝も、教会に集う方々のことを覚えて、
主に「新しい方を送ってください」と祈らされた。
でも、それ以前に、自分たちが周りの人々を引きつける存在になっているか、
新しい方々を主から任されるような存在になっているか、
問われているように思わされた。

主よ、
私をcontagiousなクリスチャンにしてください。
そのために、まず、私にあなたのメッセージを語ってください。
私があなたに聞いて、それを人々に伝えることができますように。
強力な伝染力を持った存在になりますように。

2011-10-11

聞くこと。

ここ数日暖かい日が続いています。
特に、日曜日、月曜日は30度くらいまで上がって、
暑いくらいでしたね。


でも、そのいい天気も今日まで。
明日の午後からは雨のようです。
そして、また金曜日くらいまでぐずつくようです。


日曜日の夕方から、月曜日にかけて、
グリニッチの教会で3ヶ月ご奉仕をされた黒田先生が導いてくださって、
「米国東海岸アシュラムの集い」がもたれました。


3ヶ月前、こちらに来られてすぐに、
その集まりをしたい、ということをおっしゃっておられたのを伺って、
ぜひ、参加したいと思いました。


名前は聞いていた「アシュラムの集い」。
ただただ、御言葉に聞く、
誰に教えられるのでもない、個人的に聖書を読んで、
それを分かち合うだけの集まり。


教会の集まりではいつも主催者側で、
集う方々に配慮をして過ごしてばかりいる中で、
今回は、自分が養われることだけを求めて参加しました。


ですから、ウチの教会の方々には「こんな集会があるよ」と案内こそすれ、
「一緒に行きましょう」とは誰も誘いませんでした。
申し込まない方に「どうですか?」ということも聞きませんでした。


それが淋しかったとか、誘ってほしかったとか、
そういう方々もおられるかもしれませんが、
それはしょうがありません。
今回は、とにかく自分が一参加者として行きたかったので。


のんちは「行きたい」と言っても、
「それはよかった」と答えることもなく、
「自分が行きたければ、行けば?」という感じ。
「あの人を誘おうかな?」と言って来ても、
「自分が誘いたければ誘えば?」とつれない夫をしていました。


で、どうだったかというと、
あまりに短かったので、「こういう答えが与えられた!」ということはなかったのですが、黒田先生が言っておられたように、「これがスタート」という感じでした。


これから、一昨日、昨日と神様の前に時を過ごしたように、
ただ、自分が養われるために時間を過ごすことを大切にしていきたいと思いました。


黒田先生は、バッチリ、昨日のうちにブログを更新しておられました・・・。
早!


おたすけマンブログ


で、一昨日の夜はキャンプファイアー。






でも、なんだか、ただ、スモアをやっただけでしたねえ。
スモアをやるのにはちょっと火が強すぎましたねえ。
めっちゃ熱かったです。


スモアのためにはもっと小さな火の方が、外はこんがり、中はとろとろの最高の焼きマシュマロができるんだけどなあ、と・・・星空を見ながら思ったのでした・・・。


さて、久しぶりですが、「日々のみことば」から。
9月の後半、日本で読んだところですが、
使徒の働き15章。


「そしてパウロやバルナバと彼らとの間に激しい対立と論争が生じたので・・・」2節。
「激しい論争があって後・・・」7節。


初代教会の人々は、激しい議論、激しい論争をいとわなかった。
そして、聖霊様によって導かれて、正しい決断をした。

自分の姿勢を問われているように思いました。
事なかれ主義になってしまったり、
ただ波風を立てるのが面倒になってしまったり。
「まあまあまあ・・・」で済ませたくなったり。

恐れない心を与えていただきたいと思いました。
そのためにもっともっと主と深い関係を持たせていただきたいと思います。

主よ、
もっともっと確信を持って歩むことができるように。
そのために、もっともっと近くあなたとともに歩むことができますように。
人を恐れないで、主を恐れる心を与えてください。

2011-10-05

生きること。

夕方、スティーブ・ジョブズ氏が亡くなったというニュースが流れて、
FacebookもTwitterもその話題一色になった。

世界中のブロガーたちも追悼の文章を書いていることだろう。

自分もいろんなことを考えさせられていた。

今日の午前中は、ちょっと久しぶりに、のんちが被災地でのボランティアの経験の報告をする予定があったので、昨日の夜遅くまで、それを準備したり、いろんなことを思い出していた。

なので、おなじ一人の人の死でありながら、
ここまで世界中の人が悲しみ悼む死ってなんだろう、
ということも考えさせられていた。

でも、自分自身も惹き付けられていた。

ま、84年にマックが世に登場した時には、
それともまだ無縁の世界に行きていて、
日本で「ワープロ」とか一家に一台あればいい?
って感じの時だったので、何も知らなかった。
もちろんApple II とかは今見ても「これ何?」だ。

初めてアップル社の製品を手に入れたのは1992年だから、
スティーブはアップル社にはいない時代だ。
その後、進んだ大学は「マックなんて小学生じゃないんだから・・・。PCじゃないと論文書けないだろう!」という偏見の固まりのようなところだったし、その後のマックのマイナー化の波に乗り、ウィンドウズマシンを遍歴して来た。

そしてその次に手にするのは2008年まで下る。

だから、TwitterやFacebookで思い出を語る人々とは
ちょっと思い入れが違うことは確かだ。

でも、自分自身も彼には惹き付けられていた。

特にあの有名なスタンフォード大学でのスピーチは時々思い出しては聞いている。

その中の「もし今日が自分の人生の最後の日だとしたら、今日やろうとしていることを私は本当にやりたいだろうか?」という問いかけを、時々、自分に対して投げかけている。もちろん、クリスチャンである私にとってはそこに、「そして、それが神が私に対して求めておられることだろうか?」という問いかけも含まれるわけだが・・・。

だから、自分にとっては、彼の死は、「自分は生きているだろうか?」というチャレンジを与える。

それは、日本の震災の中で亡くなった方々や、またそこから立ち上がろうとしている方々から問いかけられていることでもあると思わされる。もちろん、神様からも。

「オマエは生かされて、そこに置かれている。オマエは『生きている』か?」と。

青空の中に。

・・・やはり、昼夜逆転中です。

昼間はぼーっとして効率が上がらず、
夜は元気で、寝るのがもったいないです。

ま、寝ますけど。

今までの経験では、がんばりすぎないでやらないとつぶれる、ので、少しずつ日常を取り戻そうと思っています。

この間の日曜日は午前中は近くの牧師不在となった教会の礼拝のメッセージのご奉仕をして、午後にはJCCNJの礼拝のメッセージ。

その午後のメッセージで最後のポイント、「神に聞くことの大切さ」を話しながら、自分はどこまで聞くことをしてきたか、と問われているように思いました。

やはり、じっとしているよりも動いている方が何かしている気分になる。
時間的な余裕なく動いていた方が、自分に価値があるような気持ちになる。

そんな中で、主に聞くことを大切にして、
主の許に休むことを大切にして、
そこから立ち上がって、いくことができるようにと、
自分の価値は、ただ、主に愛されていることの中にある、
そこから立ち上がって行くことができるようにと、
心から願わされます。

今回、ご訪問した方々の中に、
教会も自宅も流されてしまった牧師がおられました。
ご一家で他の場所に会堂を借りて、働きを続けておられます。

仙台市内の「その場所」に連れて行っていただきました。

初めてお会いした先生。
しばらくお話をした後、
遠慮がちに「行きますか?」と聞かれました。
私もお忙しい先生に運転手のようなことをお願いするのは申し訳ないと思いながら、それ以上に見物でもするかのように行くのは申し訳ないと思いながら、「もしよろしければ・・・」とお願いしました。お互いに心の距離感をはかりながら・・・。

「僕も久しぶりに行くんです。台風の後は初めてかな・・・」と言いながら、車の中で、二人きりで少しずつ少しずつ、思いを語ってくださいました。

わかっていました。
映像でいろいろ見ていました。
宮古でも壊滅的な被害を受けた町を訪問していました。
でも、山が海岸まで迫っている宮古と違い、
平野が広がる仙台の海岸部では、
「ここらへんは床上浸水」「ここは一階が水につかった」「ここは二階まで来た」・・・と少しずつ、海に向かって少しずつ被害が大きくなっていき、半壊の建物があちらこちらに残っているのが、リアルに津波の恐ろしさを感じさせられます。何百人も人々が避難した小学校も2階までガラスが割れたまま残っています。

正直に告白しますが、ちょっとだけ、「自分はまだあの余震の続いている中で、妻をこういうところに送っていたのか」と、何もわかっていなかったんだな、と思いました。

・・・そして、その先は草むらの中に家の土台だけが残った土地が広がっていました。

先生はいくつかの思い出を語られた後、言われました。

「私は、ここにお連れしたみなさんにお願いしているのですが、ここで一言、祈ってくださいますか?」

単なる巡礼地や、シンボルのように受け止めてはいけない、
ここには生活があり、宝物があり、思い出が詰まっていたところ、
それがなくなってしまったんだから・・・。
そのように思います。

でも、そのように思うからこそ、青空の中に高く掲げられた十字架こそが、
人々の希望となりますように、と祈らされました。祈っている中で熱い思いがこみ上げて来ました。

連れて来ていただいて、ありがとうございます。


シーサイドバイブルチャペルの内藤牧師と、教会のために、大きな痛みの中にある地区の皆さんのために祈ります。そして、この十字架が多くの人々の希望となりますように。この十字架によって立ち上がる方々が起こされますように。

2011-09-30

「宝のあるところに心もある」

昨日、無事にNJに帰ってきました。
昨夜はよく眠れたのですが、
今夜は9時過ぎあたりから元気になって来ました。
ま、ちょっとした時差ぼけでしょうか。

火曜日には仙台に行ってきました。
最初に伺ったのが、仙台の隣りの利府町にある
オアシスチャペル利府キリスト教会

ここの教会はオアシスライフケアという被災地支援の団体を作り、活動をしておられます。この教会の松田牧師の弟さんが何年か前にNYに来られた時に、縁あって家に泊まってくださって、その彼が震災の直前にTwitterでフォローしてくれていたことがきっかけでつながっていました。そこに起こった震災。4月の初めには、のんちが派遣されて行った病院でその弟さんの奥さんが出産されるなど、特別な神様の導きを感じて、松田牧師と教会の皆さんの働きに注目していました。

そして、立ち上げられた援助団体。
オアシスライフケアのミッションステートメント、


わたしたちの使命は、
宮城県をはじめとする東日本大震災被災地域において
キリスト教精神に基づく慈善活動を行い
 人々の心と人生に「あなたはひとりじゃない」という
メッセージを届けることです。

そして、ビジョン、


この東北の地において 
 今日(いま)の必要が満たされますように 
明日(みらい)の必要が満たされますように 
永遠(とこしえ)の必要が満たされますように

この両方に心から共感しました。
具体的な支援はできないでいましたが、祈りつつ、注目していました。

そして、ニュージャージーの教会の皆さんにお願いして、
9月11日の特別な礼拝では、ささげられた献金をオアシスライフケアの働きのために献金することにしました。礼拝の中では松田牧師がビデオメッセージを私たちの教会のために送ってくださいました。そして、今回の日本訪問では、松田牧師に忙しい中、時間を割いていただいて、ご訪問させていただきました。初対面だったのですが、それを感じさせないほど、胸襟を開いてお交わりをさせていただきました。

やはり、行ってみないと、お会いしてみないとわからない、
その闘い、苦悩がある、でも、その中で、主を信頼して立っておられました。

お会いして、本当に先生はビジョンの人であり、
神様がこの時のために時間をかけて備えて立ててくださっているリーダーであることを感じました。

しかし、それだけではなく、本当に人を愛し、人に仕え、配慮を持って人に寄り添って来られたんだろうな、と思わされる温かさも感じました。

これからも祈って支えていきたいと思います。

そして、今日、改めて思わされたこと、

「宝のあるところに心もある」

イエスの言葉ですが、本当にそうだなと思わされます。
のんちが日本に行っていた時、私の心は日本に向かっていました。
教会の一人一人は、宝物ですから、私の心はそこに向いています。

そして、今回の松田先生ご夫妻との出会いは、私の中で本当に「宝」の経験です。
だから、また、私の心がそこに向いていることを感じます。

今回、日本でお会いした東北の方々の多くが、「忘れないでほしい」ということを訴えておられました。そこに私の心を引き戻すために、与えてくださった宝物の出会いであったことを思わされます。

世界を回っておられる援助団体の方が言われていたことだそうですが、援助団体は次の必要なところに移って行く、そんな中で、現地の人たちと10年、20年、共に歩む人たちが必要だ、その働きを世界の多くのところでは「教会」が担っている、と。教会の使命は大切ですね。私たちはそのような現地の教会をサポートして行くことの必要性を強く感じました。

利府キリスト教会のために、
オアシスライフケアのために、
松田牧師とご一家のために、

神様の守りと支えがありますように。

2011-09-25

集まる力

東京で過ごす月曜日の朝です。

土曜日の朝に新大阪を出て、
関東に戻って来ました。

そして、土曜日の午前中は2回目の帰国された方々の集まり。
関西では今年は何人かで集まるのがむずかしく、
個別に皆さんにお会いするときを持ったのですが、
それはそれで、個人的に状況をお伺いし、
お祈りをさせていただく特別なときとなりました。

でも、それとともに今回思わされたのは、
共に集まる時に起こる、不思議なダイナミズム。

東京と横浜で1回ずつもたれた集まりには、
決して多くはありませんでしたが、10数名ずつの方々が集われて、
語り合う時、祈るときを持ちました。
その中で、私一人でお会いしてお話ししている中では起こらない、
励ましや一体感が与えられていきました。
聖書が共に集まることを勧めているのも、
やはり特別な意味があるのだと思います。
理屈を超えた神の力が働いていることを感じます。

写真はFacebookの方で。
実名で検索してくださればヒットしますので友達になってやってください。
実名をご存じない方は教会のHPから。
jccofnj.org

祈られていることにも心から感謝。

今日も間もなく出発して、一日歩き回ります。
明日は仙台方面です。

2011-09-23

不思議なことたくさん。


ちょっと久しぶりになりました。

先週の函館訪問の後、弘前、東京、名古屋、岐阜、京都、大阪、神戸、下関、福岡とあちらこちらで、個人的にいろんな方々にお会いしてきました。

今回、どうしてもお会いしたかったのですが、どうしてもお会いできなくなってしまった方々もおられます。どうしても連絡がつかない方々も。

その一方で本当に不思議なように、東海/関東を直撃した台風の影響も受けずに、ここまですべてが順調に進んできました。
火曜日の昼過ぎ、名古屋である方にお会いしていた時には、その方のところに「大丈夫?」と電話がかかって来ましたが、まさにその方の住んでおられたあたりには避難勧告が出ていたようです。でも、名古屋駅周辺は全く混乱はありませんでした。そして、その日のうちに大阪に着きましたし、木曜日の夜は再度「大阪→名古屋→大阪」の予定が入っていたのですが、台風が来た水曜日は関西周辺の予定だけで、問題はありませんでした。台風が来るのが一日早くなっても、遅くなっても、予定が大きく狂うところでした。

でも、私の心には「予定通りに行って感謝」と言うことにちょっと抵抗があります。というのは、「想定外」の中に神様の特別な恵みやメッセージがあることを経験してきたからです。

昨年末のEC2010の時に経験したように、ある人はそこに行けて、ある人は行けない。それは決して、行ける人が祈り深かったのでも、行けなかった人の祈りが足りなかったのでもない。主がそのように導かれたのだ、そのように思いました。

予定が狂う中にも主の恵みとメッセージがあり、予定通りに進むことに中にも主の導きがある。
だから、今回の一つ一つの出会いも、神様が特別に導いてくださったもの。

いくつもの不思議な出来事がありました。

具体的に書くようなことではないのですが、どうしても、今、ここで、そして、ある時には「この順番で」(!)会うことができるように主が導いてくださったのだと思います。

土曜日は横浜市金沢区六浦での集会、
水曜日には大森での祈り会。

そして、日曜日、木場の教会の礼拝でお会いできそうな方々との一時も祝福されますように。更に多くの皆さんとお会いできますように。

詳しくはこちら。

2011-09-20

警戒。


火曜日には名古屋から大阪へ。
ちょうど、台風が接近中です。

名古屋で人にお会いしている間に、
その方の携帯に「大丈夫?」と問い合わせが入るほど、
深刻な状況だったようです。

100万人以上に避難勧告というのですから、
大変だったと思いますが、
名古屋市の決断に敬意を表します。

これ以上被害が大きくならないようにと祈りますが、
レーダー画面を見ると、台風の目が紀伊半島の南を北東に進んでいます。
和歌山県南部ではまた激しい雨になっています。
12号の時に大きな被害が出た地域も心配です。



そして、この台風は志摩半島から伊勢湾に入ります。

先週からずっといろいろな皆さんに個人的にお会いするときを持っていますが、
一つ一つの語り合いの中に、主の導きを感じないでいられません。
クリスチャンの方々もおられますし、そうでない方々もたくさんおられます。
一人一人の方々がその語り合いの中で、主を見ることができますように。
主に目を向けるときとなりますように。


皆さんの祈りのサポートに心から感謝します。

2011-09-18

どこを見ている?


日曜日の夜ですが、 
金曜日のこと。

17日(土)朝に書き留めておきました。

昨日も暑い一日。
岩塚先生が青森まで送ってくださって、
車の中でもいろいろなことを分かち合ってくださった。
この6ヶ月の間の働きの中で、どれだけ多くの経済的、物質的サポート、人的サポート(ボランティア)、そして、祈りのサポートを受けたか、を心から感謝しておられた。
でも、そんな中で私自身が思わされたこと。

行政もボランティアも援助団体も、
被災者の立場から見ることがいかにむずかしいことか。

市は県や国の意向に目を向けている。これはかなり断定的に言えるらしい。
援助団体の中には支援者に目を向けているんじゃないかと思うこともある。・・・これからどれだけ献金/募金が集まるか、献金/募金をささげてくださった皆さんが納得するか?ってこと。
そして、ボランティアも「何か結果を出さなければ」という思いが強かったりする。

でも、現地で長い間かかわっておられる皆さんは感じておられるそうです。

20年支援して行こう、と。

その中で自分はこの3日間で何をするのか?
この1週間で何をするのか?
1ヶ月で何をするのか?

そういう視点が必要だと。

多くの人に祈られ、サポートされて、「何か報告すべきことを」という気持ちが強すぎることもあるようです。

いつか書いたような気もするのですが、私自身、この日本の滞在もうっかりすると「教会/役員会に報告することを」(「出張」なんで、しょうがないのですが)という気持ちが強くなりすぎて、日本で出会う方々との一時を大切にすることを忘れないようにしないと、と思わされます。

その後、青函トンネルを通って函館に。
NJの教会の方のご家族と初めてお会いしたのが、3年半前のこの訪問のとき。
私が初対面の方にお会いするのでどんなに緊張して、恐れていたか、皆さん想像できないと思います。でも、それゆえに祈って、御言葉をいただいて、確信を持ってお話をさせていただきました。主はそこからすばらしいことをたくさんしてくださいました。

今回は、去年の春に洗礼を受けられて初めての再会でした。
改めて、主のしてくださった奇跡に感謝。
そして、主が一歩一歩導いてくださることに、導かれている教会の働きに感謝。

2011-09-16

6ヶ月。


今は金曜日の夜@函館です。
朝、書き留めたことをアップ。 

金曜日の朝@宮古です。
ネット環境がないのでアップできるのがいつになるかわかりませんが、忘れないうちに・・・。

昨日の朝の東京は6時前でも「何で〜?」と思うくらい暑かったです。
そして昼頃に着いた宮古も暑い。じっとしていても汗が噴き出して来ます。
前日は雨も降って涼しかったようですが。

そんな中、宮古で牧師をしておられる聖書学院時代の先輩である岩塚先生が、先生や岩手各地また全国、いや、全世界から来られるボランティアの方々の働きを見せてくださいました。

今宮古周辺の20の仮設住宅を州に1回程度ずつ回って、物資を届けて、その時にご様子を伺ったり、テントを張ってカフェを開設して、憩いの場に使ってもらったり、子供たちのためのプログラムを持ったりしているそうです。宮古周辺の67割くらいの仮設にかかわっておられるそうです。

昨日伺ったのは、被害の大きかった田老地区の2つのカフェ。世界から研究者が集まって来て見学する、そして地元の方々にとっても誇りであった、X字型の大堤防。その外側の部分は破壊され、まさかの内側の堤防も乗り越えて40mの津波が押し寄せて来たと言います。そしてすべてを海に引きずり込んで行った。堤防の外は瓦礫も残っていなかったそうです。

6ヶ月。

宮古は片付けが進んでいる方で、瓦礫の分別が進んでいました。

そこから立ち上がりつつある方々と、立ち上がれない方々。

「こういうカフェがないと、互いに話すこともない、という方々もおられる。カフェで『隣りの○○です』と互いに挨拶をする方々もおられる。だから大切な働きだと思う。でも、カフェに来れて、そこで人々と話ができる人はいい。もっと目を向けなければいけないのは、ここにも来れない方々だ。」と先生は言われます。

本当に地域の方々と寄り添い、出会う方々一人一人に声をかけて、共に生きようとする先生の働きに頭が下がりました。

そして、お伺いしました。「何が一番大変でしたか?」と。

「最初の10日間。」

電話もなかなか通じず、経済力もマンパワーもなく、何かしようと思うんだけれども、何もできない。それがきつかった。そんな中で、ガソリンを積んで来てくれた方々がおられたし、トラックいっぱい荷物を積んで来てくれた方々がいた。そして、その多くはアメリカ人の宣教師だった、と。どうやってガソリンを手配したのか、でも、とにかく動いた結果、動けたのでしょうね。

やはり機動力の大切さを感じました。
                                                                                                                               
何かが起こってから動くのではなく、いつでも動けるようにしておくこと。
そして、会議をしていないで、逡巡していないので動くこと。
みんなが行きたかったのだと思います。なんとかしたかった。
海の向こう側で、地球の反対側でもみんなそう思っていました。
ですから、日本の方々はどれほどだったかと思います。
そして、邪魔になってはいけないとか、ガソリンがないからとか、
それで時を待っていた方々も多かった。
その判断が間違っていたとは思えません。

でもやはりその一方で機動力を生かして動いた方々によって助けられた方々がどれだけおられたか。

そして、6ヶ月が経ったこれから・・・。

忘れられてしまうのではないか、と。
夏休み明け、ボランティアの方々が減るのでは、と心配しておられましたが、それでも与えられているそうです。でも、この先どうなるのか、そして、厳しい冬がやって来ます。外に出ることもままならない中で、冷え込む仮設の中で、もっともっと多くの働きが必要とされています。

6ヶ月の間に起こったことを、24時間の滞在の中でどれだけ知ることができるのだろうか、と思います。大切なもの、大切な人を失った方々の痛みに寄り添おう、共に生きて行こうという先生の持っておられる思いと、訪問者である私の思いにはどれだけの違いがあるかと思います。

でも、先生は発信して行くことの大切さをしきりに語っておられました。
今は時の人となって、メディアからも「こういう記事が欲しい」という予断を持って取材を受けているな、と感じるときもある。
インタビューが記事になる時には、自分の意図と違うことが書かれることもある。

でも、そんなリスクがあっても、ちょっと「あれ?」と思うことがあっても、発信して行くことが自分の使命だと。その先生の働きに少しでも共に歩むことができれば、と思います。