2007-09-01

NYでもないのかな?

さて、今日は朝も涼しかったし、
昼間もさわやかだったし、
夜は寒いくらい。

今11時ですが、すでに16.5度まで下がっています。
そして、明日の朝は10度くらいまで下がるようです。

窓を開けて寝る人、風邪に注意。っていうか、
たぶん、今夜は寝る前に閉めなきゃダメ。in NJ。
荒浜はまだまだみたいですが・・・。

San Diegoの教会のパスターマックのところを訪問したら、
パドレスの試合の後に、クリスチャンの選手たちが
信仰について語る時間があったって?
記事はこちら。
すごい。

こういうのはNYではないんでしょうかねえ。
Yankeesのアンディやマリアーノ、
Metsのペドロ
なんかは、みんな、「ジーザスきちがい」なんだから・・・。
・・・もっといたよね。
ぜひ、NYでもやってほしいなあと思いますが、
できないんでしょうかねえ。
情報があったら、おしえてください。


さて、今日の聖書。
今日は箴言の11章。

いろいろ心にとまって、いろいろ考えさせられたのですが、
ここでご紹介するのは、1節。

「欺きのはかりは主に忌みきらわれる。  
正しいおもりは主に喜ばれる。」

この章は主に商売のことを言っているようです。
ですから、この言葉も文字通り、商売における正直さを
勧めているところでしょう。

でも、今日はここを読みながら、
倫理的、道徳的、信仰的にも、
自分のためのはかりと、人のためのはかりが違う、
ということがないだろうかと思わされたのです。

自分をはかるはかりと、
人をはかるはかりが違わないかと・・・。

同じことでも、人がしていることはやたら気になる。
自分がしていることは、「しょうがないかな」と思う。

三浦綾子さんが「道ありき」の中で、
自分が信仰を持つきっかけとなったことが、
それだったと書いておられます。

人をはかるはかりと、自分をはかるはかりが違う。
人がしていると、ものすごい嫌なことを、
自分は平気でしていた。
そのことを感じた綾子さんは、
自分の罪がわかって、
信仰を持つようになったそうです。

でも、本当にそうだなあ、と思います。
公正なはかりを持つことできるように祈ると共に、
そんなしょうもない罪人を、赦し、受け入れてるために、
十字架で死なれたイエスにもう一度感謝します。

主よ、
人のことではない。
自分のことだと思いました。
私も、二つのはかりを使い分けていないでしょうか。
あなたが今日も私の心を探ってくださったことに感謝します。
もう一度あなたの恵みを知る時を与えられたことに感謝します。

どうか、一つのはかりを持つ者としてください。
自分の、自分勝手なはかりではなくて、
自分流のはかりではなくて、
あなたがはかってくださるはかりの目盛りを読む者としてください。

2007-08-31

満たされている中で

今日は一日どんよりとして、
気温もまあまあ涼しく、27度くらい。
夜になったら、また一段と涼しくなってきました。
今、夜の11時半になるところですが、20度を切るところまで下がってきています。

明日はすかっと、さわやかに晴れそうです。

いよいよ夏休みもあと数日。
新学期のための宿題の追い込みや、
買い物や書類の準備もばたばた始まっていますが、

そんな中で、まだウガンダモードの余韻が残っています。

水、木、と書いている中で、
よかった部分ばかり書いてきたかもしれませんが、
やはり衛生状態や、
環境はかなり厳しいものがあったようです。

村に一つの井戸まで1キロ歩くとか、
一人80-160Kgの水を子供たちが運ぶとか、
シャワーが一人3リットルまでとか・・・つまり、おけ2杯。
ひねるとジャーと水が出ることが当たり前になっているのが、
いいことなのでしょうか。
もちろん電気もない、そんなところだそうです。
もちろん都市は違うようですが・・・。
その恩恵を忘れてしまって、当たり前になってしまっているのが、
本当にいいのかなあ、と思います。
身体能力も全然違うみたいです。
そりゃそうです。
体を動かすのは楽しいスポーツしかない日本やアメリカの子供たちと、
農作業を手伝い、毎日水汲みで何十キロから百何十キロの水を運んでいる向こうの子供たちと、
そりゃ精神的にも、肉体的にも全然違うでしょうね。

でも、また何時間もかけて学校に通っても、
別にたくさんのお金が入ってくるようになるのでもない。
もう通うことが面倒になって、
手軽にお金が手に入る売春に身をゆだねる若い女の子もいるそうです。

また北部の反政府ゲリラが活動する地域では、
誘拐されて兵士にされたり、性的虐待を受ける子供たちもいるそうです。
その人たちが解放されたり、逃げてきたり、しても、心の傷は深く、
リハビリがなかなか難しいそうです。

だから、その厳しい環境が、絶対肯定されるべきだとは思わないです。
でも、今の私たちのようなすべてが与えられている環境が本当にいいのかわからなくなってきます。
水も電気も、ガスも、電話も、何でも、すぐ手に届くところにある。
あるのがあたりまえ。

あるのに我慢して使わないとか、それも変だし・・・。なにより、これがまたきつい。
でも、せめてシャワーの水は「3リットル」までは行かなくても、できるだけ、節約しよう、
なんてちょっとだけ思っています。

どうすればいいんでしょう・・・。

さてさて、今日の聖書。
今日は箴言の10章でした。

「正しい者のくちびるは多くの人を養い・・・」
21節の言葉です。

この章は「言葉」についてですよね。
言葉に出さなければいいかというと、
そうでもないようで、

18節には
「憎しみを隠す者は偽りのくちびるを持ち、  
そしりを口に出す者は愚かな者である。」
とあります。

口に出さなければ偽りの唇で、
口に出せば愚かな者だ、

というのですから、どちらにしても、心に抱いた段階で、
それは愚かなことなのだというのでしょう。

だったら、やはり、最終的には、
口の問題ではなくて、
心の問題ですよね。

がんばって言わないようにしようとか、
そういうことではなくて、
心がそういう憎しみとか、そしりに支配されてしまうことがないようにという、
そのような戒めなんだろうと思います。

心を守ってください、と祈らされます。

主よ、
私の唇を守ってください。
でも、それよりも何よりも、
私の心を守ってください。
いつもあなたが見ておられるように、
人を見ることができますように。
怒り、憎しみ、そしり、そういうものから、
私の心をいつもいつも守ってくださいますように。

2007-08-30

本当に必要なものは

今日は蒸し暑かったですね。
32度くらいまで上がりました。
そして、夜になっても昨日までとは違って、
温度も余り下がらず、
また湿気も多くて、べたべたします。

でも、11時で23度くらいですから、
まあ、文句は言えませんね!荒浜のJ兄?

レーダーを見ると、雷雲すぐそこまで来ています。
おそらく12時か1時頃には雷雨になるのでは・・・。

明日からはまた涼しくなるようです。
月曜日のLabor Dayだけはちょっと暑くなるようですが・・・。

今日の朝は教会の祈り会。
そこで、息子がウガンダの話をいろいろしてくれました。
昨日すでに聞いていた話も多かったのですが、
改めて、いろんなことを思わされました。

私がその中で一番心動かされたのは、
「本当に必要なものはそれほど多くないのではないか」
ということでした。
お金もない、家族もいない、孤児の言葉の中に、
その表情の中に、息子はそんなことを思わされたそうです。
そんな中でも、神様を信じて、自分は恵まれている、と語る孤児の子の姿に、
神様がここにもおられると感じたそうです。

先日の礼拝の聖書箇所の、
「なくてならぬものは多くはない、いや一つだけである」という
イエスの言葉がもう一度心に語られました。

シンプルライフもかけ声だけじゃダメですよね。
新しく、具体的に、そのように生きたいと思いました。

今日の聖書。
今日は箴言の9章。

「あざける者を責めるな。  
おそらく、彼はあなたを憎むだろう。  
知恵のある者を責めよ。  
そうすれば、彼はあなたを愛するだろう。」
8節の言葉です。

な~るほど、と思いました。
と共に、自分はどちらだろうかと思いました。
責められたときに、責める人を憎むか、
それとも、責める人を愛するか。

ちょっと読んだとき、
自分を「責める」側の立場において読みました。
そして、「責めてもそれを受け止めることのできない人」は
おろかなんだなあ、と、
そして、「責めたときに、それを受け止める人は、すばらしいよなあ」と思ったりしました。
でも、思いめぐらしている中で、
自分が責められたときに、どう反応しているか、問われているように感じました。

それを受け止められる、
責める人に感謝して、愛することのできる、
そういう者になりたいと思いました。

責める人は・・・いろんなケースがあるでしょうが、
でも、まともな人の場合、
よっぽど悩んで、迷って、祈って、
それで相手のことを考えて責めるわけで、
本当は感謝すべきなんですよね。

お店にクレームをつけに来る人は、
対応してくれることを期待して、
もっと言うならば、もっとよい商売をすることを期待して、
言いに来てくれる。
そして、そのときに、クレームをつけられた方が、
クレームをつけてきた人に対して、誠実な対応をするならば、
その誠実な対応の方が相手の心に残って、
周りの人にも、そのことを話す。

でも、不満があるのに直接クレームをつけに来ない人は、
他のところで、その不満をこぼす。

だから、お店にとって、ありがたいのは
直接クレームをつけに来てくれる人なんだ、

そんな話を聞いたことがあります。

「知恵のある者」になりたいと思います。

主よ、
人に責めてもらえるような、
「知恵のある者」にならせてください。
そして、それを愛を持って受け取ることができる、
感謝を持って受け取ることができる「知恵のある者」にならせてください。
なかなか、難しいです。
だから、あなたが助けてください。

2007-08-29

言葉にできないことも・・・

今日はまた昨日よりはワンランク蒸し暑い感じがしました。
30度は行きました。

でも、また夜になってからは涼しくなっています。
11時で21度。

明日はまたもうワンランク蒸し暑くなって、
そして、雷雨もあるようです。

週末にかけて、また涼しくなるみたいです。

お祈り頂いた息子ですが、
今日、昼過ぎに無事に帰ってきました。

カメラが壊れたのはちょうど真ん中くらいのときみたいで、
撮れていた写真もちょっと。



現地は雨期で毎日夕立があって、
でも、その後またカラッと晴れる、
という毎日だったようです。

たくさんたくさんのいい体験をしてきたようで、
帰りの車の中でも、
帰ってからも、
しゃべり通しで、
トイレのこと、ゲリラのこと、子供たちのこと、
人々の暖かさのこと、蟻のこと、動物のこと、
食べ物のこと・・・いろいろ聞きました。

でも、さすがに疲れたようで、
野球も最後まで見ずに、 早く寝てしまいました。

その中で、一言、
「言葉にできないこともたくさんある・・・」と言っていました。

そうだろうなあと思います。
私も「どうだった」と聞かれて、
言葉にできないものをどのようにして伝えたらいいのか、
戸惑うことも多くあります。
言葉にすればするほど、自分の感じているものとは別のものになってしまう・・・。
でも、その中で一生懸命言葉にする努力を怠らない。
でも、やっぱり、言葉にできないものが残る、そういうものかと思います。
そんな「言葉にできないもの」がたくさんあることはとっても豊かだ、ってことですよね。

来年はJCCNJだけで、ひとツアーなんてことはできないでしょうかねえ。
現地のFHIは大歓迎みたいですが・・・。

さて、今日の聖書。
今日は箴言の8章でした。

「銀を受けるよりも、わたしの懲らしめを受けよ。」
10節の言葉です。

英語ではChooseが使われています。
銀よりも、私の懲らしめを選び取れ!ということでしょう。

私たちは自然にしていたら、
絶対銀を取るでしょうね。
いやあ、絶対取りますよ。

だから、あえてChooseすることが大切なんじゃないでしょうか。
そうしなかったら、絶対神様の懲らしめの方は取らないでしょう。

それくらいの価値があるんだと言うことを忘れないでいたいと思います。
あえて神の懲らしめ、instructionを選び取る、「大馬鹿者」でいたいと思います。

「馬鹿じゃない?」と言われるくらいでありたいと思います。

主よ、
あなたの与えられる懲らしめを、
喜んで受け取るものでありますように。
もしも喜べなかったとしても、
それをあえてChooseする者でありますように。
ひとに「大馬鹿者」と言われるくらい、
あなたを、あなたの戒め、あなたの教え、あなたの懲らしめを、
あえて選び取る者でありますように。

2007-08-28

脱帽

今日は30度まで上がって、
また、昨日よりもちょっとだけ、湿度も上がって、
ちょっと夏っぽかったです。

でも、夜にはさわやかな風が入ってきます。
12時前ですが、19度まで下がってきました。
明日も今日みたいな天気でしょう。

8月はかきごおり家の娘たちの誕生日が続きましたが、
今度は、明日は日本のオヤジの誕生日で、
先ほど、29日になった日本に、Skypeでテレビ電話をしました。

ちょっと勝手がわからないところがあったみたいで、
・・・向こうの絵は写らなかったし、
声も出なかったんで、
結局、こっちの画像を送りながら、
電話で話す、というちょっと情けない状態でしたが、
久しぶりにゆっくりこちらの子供たちの顔も見せながら、話ができました。

15年前、来たばかりの頃は、
1分間50セントとか、70セントでも、特別な時間が決まっている料金で、
10分話したら、もうやばい、って感じでしたが、
今は10分の1以下。
Skypeがうまくいけばタダですからね。
近くなりました。

で、「私+30」歳のオヤジの口から出てくるのは、
もっぱら教会の中で病気の方々のこと。
牧師としての大先輩のオヤジの心の中は、
まあ、こんな日も、やっぱり教会の方々の中で
弱さを覚えておられる方々のことなんですね。
・・・脱帽です。

息子は・・・というと、さっき、無事にアムステルダムに着いたみたいです(未確認)。
Flight Informationを見ると、5:50am Arrivedになっています。
こっちの11時50分。
このあと、4時間半乗り継ぎ時間があって、
明日の昼過ぎにこちらに到着します。

お祈りに感謝します。

今日の聖書。
今日は箴言の7章でした。

「私のおしえを、あなたのひとみのように守れ。
それをあなたの指に結び、  
あなたの心の板に書きしるせ。」
2-3節の言葉です。
この章は誘惑してくる人妻に対して、
身を清く守るようにとの若者たちへの戒めが書かれています。
「魚心あれば水心」と言いますが、
誘惑してくる者を責めることは簡単ですが、
誘惑される側にも、それを期待しているかの様な思いがあるのでしょう。
それに対して、堅く立っていくために必要なのは、
神の戒め、警告、教えであるのだと思います。
瞳のように守り、
指に結んで、
心の板に書き記す。
それくらいの真剣さがなくて、
どうして誘惑に対して堅く立っていくことができるでしょう。
自分の弱さを知っているからこそ、
自分が罪深い、弱い、
誘惑に負けやすい者であることを感じるからこそ、
戒めや警告の大切さを思わされるのです。
主よ、
あなたの愛に感謝します。
御言葉による警告や戒めも、
あなたの愛であることに感謝します。
あなたの戒め、警告、教えを
瞳のように大切にし、
指に結びつけるようにいつも目にはいるところにおいておき、
心の中に刻みつけることができますように。

2007-08-27

写真よりも大切なもの

今日は快適な一日でした。
天気もまあまあ、
気温も29度くらい。
湿度も高くなく、気持ちのいい一日でした。

夜になって、また涼しくなって、
20度くらいまで下がってきています。

明日も引き続き、さわやかな一日となりそうです。

実は、今日の朝、
ワークをしていた村から、
町に戻っているだろうという息子の携帯に、
テキストメッセージを送りました。

「何もなかったら何にも連絡しなくていいから・・・」
と言っていたのですが、
ちょっとこっちが我慢できませんでしたね。ちょっとくやしい。

「元気?」

と。

しばらくして返事が届きました。
そう、携帯の電波の届く範囲にいたんですね。

元気みたいです。

皆さんのお祈りに心から感謝します。

いい経験をたくさんもらって、
「2週間じゃ短い~」という感じだそうです。
だろうなあ、と思います。

その中に、
「今のうちに言っておくけど、カメラを落として壊れた。だから、写真は余り撮れてない。ごめん。」とありました。
カメラは100ドルもしないヤツで、全然いいんですが、
写真はちょっと期待してたからなあ。ちょっと残念。

でも、思いました。
自分が経験して、頭の中に、いろんなことを焼き付けておくこと、
それが写真を撮ることよりもずっと大切なこと。
わたしも、時々、これ、写真に撮りたいけど、このタイミングでカメラを出すのは、
何かもったいない、と感じることがあります。

カメラを落としたのはたぶん本人の不注意だと思いますが、
でも、それを許された神様には何か他の意図があったのでしょう。
たくさんのことを、心に焼き付けて帰ってきてくれたらいいな、と思います。
もう20時間後くらいには機上の人になって、
あさってには帰ってきます。
土産話が楽しみです。

さてさて、今日の聖書。
今日は箴言の6章。

「主の憎むものが六つある。  
いや、主ご自身の忌みきらうものが七つある。
高ぶる目、偽りの舌・・・」
16-17節です。

「高ぶる目」と言うことをもう一度思わされました。
「唇」「態度」じゃないんですね。
高ぶりは「目」に出る。

ものの見方、
見え方が変わってくる。

そして、人を見る目が変わってくる。
そして、目つきが変わってくる。

本当に注意したいと思いました。
自分がいつもいつも高ぶりの罪に近い存在であることを、
思わされます。
それでどれだけ失敗をしてきたかも、
思い知らされます。

だから、高ぶりの罪から、守って頂きたいと思います。

私の目が守られますように。

主よ、
私の目を守ってください。
私が高ぶりの目を持つことがありませんように。
そのような目で物事を見たり、
人のことを見たりすることがありませんように。

もしもそのようなところに陥りそうになったときには、
どうか、教えてください。
示してください。
戒めてください。
あなたの警告に、従順でありますように。




2007-08-26

わくわく

今日も暑い朝でしたが、
その後だんだんいい感じなってきて、
夜になったら涼しいです。
今は夜の11時半ですが、21度です。

16度くらいまで下がりそうです。
助かります。

明日も28度くらいの、まあまあの天気でしょう。

今日は礼拝の後、
外部から先生をお招きして、
教会学校の先生方の研修会をしました。

よかったです。
いろいろ刺激を受けました。

「絵本から学べ!」・・・先生はもっと暖かく、穏やかに言われたのですが、
かきごおり語に翻訳するとそういうことです。

早速実践。
下の娘にねだられて、お休み前の絵本タイム。
「そらいろのたね」を読みながら、
「繰り返しの楽しさ」
「この先どうなっていくんだろうというわくわく感」
味わわせて頂きました。
そらいろのたねをまいて水をやったら、あるものが生えてきて、
どんどん大きくなる・・・。
すごーい、とわくわくしながら、
自分の中の冷静な大人の部分が、
「え、これでお話の最後はどのようにしめるわけ?」
「オチはどうなるの?」
と考えています。
それもまたわくわくするんですね。

3週間後には子供たちのためのお話が回ってきますが、
どうやって生かすか、これからちょっとわくわくしながら準備です。

今日の聖書。
今日は箴言の5章でした。

「あなたの水ためから、水を飲め。  
豊かな水をあなたの井戸から。」
15節。

この章は直接的には、
夫婦の大切さを説き、
他の関係によって満たされることを求めるな、
ということを勧めている章です。

特に娼婦に目をとめるな、と勧めています。

そのコンテキストで、結婚している私がこの節を読むと、
あなたが与えられている夫婦関係の中で、
そこに本当に喜びを見いだして、
その中で満たされることを学びなさい、と言われているように感じました。

そのことを思うと、単なる「娼婦」を避けることだけの問題ではないと思います。
もっともっと豊かにさせてください、もっと豊かな関係を与えてください、
と祈らされます。
でも、もしも相手にその「豊かさ」を求めると、お互い疲れてしまいます。

そのために、もっともっと主からの喜びをいただきたいと思いました。
今日の礼拝の聖書箇所のように、
主から語られて、力をいただいて、
もっともっと愛することのできる者になりたいと思いました。

主よ、
愛することを教えてください。
もっと相手を理解することができるように。
そのために、あなたが日々、御言葉と力を与えてください。
私が涸れてしまうことがないように、
相手を枯らしてしまうことがないように。
あなたの満たしを日々与えてください。

2007-08-25

大丈夫。

今日は本当に暑い日でした。
我が家の温度計の最高気温が33.4度C。


で、今は夜の10時半ですが、
この時間でも、まだ28度以上あります。


レーダーを見ると雨雲が西から近づいているので、
11時頃には雨になりそうです。


でも、蒸し暑さはその雨でも解消されず、
明日もう一日暑い日が続きそうです。
また一雨あって、明日の夜にはやっと涼しくなりそうです。


今日は下の娘が寝るときに、
久しぶりに本を一緒に読みました。

ひらがなが読めるようになってきたので、

1ページ交代で読むことにしたのですが、

最初に彼女曰く「上手に読めないから・・・」だって。


そんなのこちらは百も承知。
少しずつ読めればそれでいい、と言う感じなんですが、
それなりに恥ずかしいとか、プライドとか、あるんでしょうね。


でも、そんな娘の姿を見ながら、
自分が神様に対して同じようなこと言っていないだろうかと思いました。


「そんなに上手にできないから・・・」

神様はそんなことを百も承知で、
私たちに使命を与えておられるのに、
逃げていることがないだろうかと思いました。


上手にできなくてもいい、
ただ、主の僕として、主の導かれること、
主の与えられることをさせて頂きたいと思いました。


昨日の夜の信徒勉強会の中で、私の心に響いた言葉、
民数記11:21-23です。


モーセは言った、「わたしと共におる民は徒歩の男子だけでも六十万です。ところがあなたは、『わたしは彼らに肉を与えて一か月のあいだ食べさせよう』と言われます。 羊と牛の群れを彼らのためにほふって、彼らを飽きさせるというのですか。海のすべての魚を彼らのために集めて、彼らを飽きさせるというのですか」。 主はモーセに言われた、「主の手は短かろうか。あなたは、いま、わたしの言葉の成るかどうかを見るであろう」。


「主の手は短かろうか。」

語られました。


主の全能を信じて、祈って進んでいこうと思います。


今日の聖書。
今日は箴言の4章でした。


「力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。  
いのちの泉はこれからわく。」
23節の言葉です。


「力の限り、見張って」という言葉が心にとまりました。
どれほど、「心を守る」と言うことが大切なのか、
サタンの攻撃に対して、
またいろいろな、心を弱らせようとする力に対して、
「心を守ること」がどんなに大切か、思わされました。

弱いです。
そして、弱いところに、つけ込んできます。
そして、落ち込ませようとします。

だから、気をつけていたいと思いました。

いつもいつも自分の心の状態に、
目をとめていきたいと思います。
そこを気をつけて、
サタンにつけ込まれたりしないように、
そんなことを思わされました。

主よ、
私の心を守ってください。
あなたに真実であることができますように。
弱ってしまうときに、
サタンの思うつぼにはまってしまうことがないように。
あなたの御力を、強さを知るときとしてくださいますように。

2007-08-24

旅立ち

今日は一転蒸し暑くなりました。
最高気温が30度くらいというのはまあ、いいとして、
湿度が高い。

夜になっても今、10時半ですが、
25度。でも、湿度が高いので、もっと暑く感じます。

明日は35度くらいまで上がり、湿度も高いので、
体をこわさないように要注意です。

明日、教会の子が一人大学に出発します。
今日の朝、「お祈りしてください」と一人で来られて、共に祈りました。

帰っていく後ろ姿を見送りながら、
最初に会った頃のことを思い出していました。
ここまで守ってくださった主に感謝しながら、
これから神様はどんなにすばらしいことをしてくださるか、
楽しみです。

自分の信仰の歩みを振り返ってみても、
大学に入ってから、経験したこと、学んだことがどれほど多く、
そして、一つ一つがどれほど大きかったかということを思い出します。
だから、神様はこれからたくさんのことを教えてくださるでしょう。

親元を離れて、頼るものも、本当に何よりも神様。
○○さんのところのお嬢さんではなく、
一人の人間として、みんなに見てもらう。
どれほど大切なことかと思います。
信仰的にも自立して、思いっきり大きくなるのでは、
と大きく期待しています。

さて、今日の聖書。
今日は箴言の3章。

「あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。  
そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。」
6節の言葉です。

どこでも、
どこにいても、
しゅをその歩みの中で認めていく、
そのときに道がまっすぐになっていく。

自分がまっすぐかどうか気にするよりも、
主を見ているか、
主を第一にしているか、
それが大切なのだと思わされました。

「主を認める」とはどういうこと?
「主がいつも見ておられるので、主が何を望んでおられるか、考えながら歩む」?
「どのような中でも、主の御手があることを信頼して歩む」?
「主の存在を計算に入れて決断をしていく」?

そういうことすべてなんだろうなあと思います。

そのように歩ませて頂きたいと思います。

今日の集会前に一つの大きな祈りの課題が寄せられて、
どう祈るべきなのか、どのように願うべきなのか、
いろいろ思わされています。

「どんなときにも御霊によって祈りなさい」エペソ6:18

昨日の祈祷会で与えられた御言葉です。
聖霊様が、私にどのように祈るべきか、教えてくださるように、
求めつつ、御霊に導かれて祈っていきたいと思います。

主よ、
どうか、私の目が、
いつもあなたを見つめていけますように。
あなたを見上げていけますように、
あなたを認めていけますように。

祈るときにも、
どのように祈ったらいいか、わからない中にも、
祈ることを、教えてください。
聖霊様、導いてください。

2007-08-23

届かないところに届かせる

夜、予定があるので、
今日は早めに更新・・・。

今日は夕方から外が明るくなってきましたね。
おかげで気温も25度くらいまで上がってきました。
明日はもっと晴れて、もっと気温が上がるでしょう。
30度くらい。

そして、土、日と夏が帰ってきそうです。
32、3度。

でも、その後、暑い日とましな日が交互にやってきて、
来週後半からは秋になるようですね。

我が家のインターネット接続は
Verizon Fios。
光ファイバーです。
去年の終わり頃にケーブルから、テレビも含めて、
ちょっとだけ安いこちらに乗り換えました。

そのときに無線ルータもついてきて、
それを使っているのですが、
ちょっと電波が弱い。

で、私の勉強部屋では、時々遅くなったり、つながらなくなったりします。
それが結構イライラします。
無線ルータとコンピューターの間にたくさんの壁があり、
台所まである、ので、仕方がありません。

何とかならないかなあと、ケーブルでつなげることも考えていました。
でも、配線をあちらこちら引き回して、つなげるのは、
美しくやるのが素人にはすごく難しい。

しょうがないから、アンテナを強力なのに換えようかと思っていました。
50ドルくらい投資しなければいけません。

そんなんで、いろいろ探していたときに見つけたのが、
このコメント。

Turning a Linksys WRT54G Router into a Wireless Client Access Point

まあ、何を言っているか、さっぱりわからん、という方も多いかと思いますが、
インターネットにつながっている無線ルータから電波を飛ばして、
もう一つの無線ルータを「受信機」にして、
そこからコンピューターにつなげるという方法です。

ふつうはコンピューターに内蔵されている受信機で無線を受け取るのですが、
それだとどうしても電波が弱い。
その内蔵受信機を停止して、2つのルータ同士の間で交信させて、
コンピューターはケーブルで机の上に置かれたルータにつなぐのです。

うちにも一つこの人と同じ機種の無線ルータが余っていたので、
実際にやってみました。
そしたら、すごい\(^_^)/
ものすごい安定して、ものすごい早いです。
さすがに台所で電子レンジを使われると、止まっちゃいますが・・・。

届かないところに届く。
うれしいですね。
それも、それまで棚で眠っていた機械の再利用。

人とのこともそうですね。
届かないように思えるところに、
何とかして届いていく。
それも、眠っている賜物が生かされて、
今まで届かなかったところに届いていく。
そのような働きが広がっていくようにと祈ります。

今日の聖書。
今日は箴言の第2章。

「正直な人は地に住みつき、  
潔白な人は地に生き残る。」
21節の言葉です。

正直な者でありたいと思いました。
いろんな誘惑、いろんなわがままな思いの中で、
本当に主の前に真実に歩む者でありたいと思います。

そのために、主を見つめて歩みたい、
主の戒めに対して、
主の警告に対して、
素直でありたいと思いました。

なかなか自分では気がつかないのでしょう。
わからないのでしょう。

だから、人の忠告に対して、耳を傾ける、
心の柔らかさも持っていたいと思いました。

主よ、
私を守ってください。
私の心を守ってください。
真実な歩みをさせてください。

どうか、柔らかい心と、
しっかりとあなたに目を向けて歩む頑固さと、
強さを与えてください。

誘惑から守ってください。
誘惑の中でも、あなたを見失うことがありませんように。

2007-08-22

うちにあるもの

今日も肌寒い一日でした。
時々霧雨も降ったでしょうか。

でも、昨日よりもずいぶん暖かく、
今は夜12時で17度くらいあります。

明日の午後から晴れ間が出てくるようです。

そして、あさっては30度を超えるとか!
この気温の変動には体がついて行かないですよね。

お気をつけください。

今日はNYの日だったので、昼に、
NYCooでもたれている写真展に行って来ました。

よかったですよお。

友人のToru Mimuraさんの作品も
とっても味があって、
プラス一つ一つの作品につけられた名前がまたよかったですね。
「頑固な亭主」とか「尊大な父」とか・・・。
うんうん、とうなずきながら見てしまいました。

今回は4人の方の作品が展示されているのですが、
それぞれ個性があって、
写真は何か外にあるものを写しながら、
その人の中にあるものを、表現するんだなあ、と思いました。

私は子供の時に「自分は絵が下手だ」と思いこんでしまったので、
ずっと「苦手意識」がありました。今でもあります。
でも、NYCooのKeicoさんといろいろお話をしていると、
「私にも何かできるかもしれない・・・」という気になってくるんですよね。
それでいいんですよね。
「うまい」「へた」じゃなくて、その人の中にあるなにかが表れる。
その中身を豊かにしていくこと、
そして、その表現の方法を磨いていくこと、
それですよね。
何かやってみようかな・・・という気になったひとときでした。

その前、朝には、半休をいただいて、
先日のいただき物のお礼にCourtに行ってきました。
自分の用事でCourtに行くなんて初めて。
この手のいただき物だってParking以外では15年でまだ2枚目かな。

経験豊かな皆さんにいろいろお伺いして、
「それくらいなら行かなくてもいいんじゃない」
「行った方がいい、そしてまずprosecutorのところに行って、guiltyって言うからポイント下げて、とお願いする」
「行くならnot guiltyでしょ」
と、いろんなアドバイスを受けましたが、
結局、よくわからないままに、「とにかくまずprosecutorのところに行こう」だけ決めていきました。

で、すぐにそのprosecutorのところに行く行列に並んで、
いただき物を見せたら、「guiltyを認めたら、4ポイントのところ、2ポイントにするよ」と言われて、
もう一声、と思ったのですが、ぐっと飲み込んで、そのままサイン。
裁判官のところで、「guilty」と言って、罰金と追徴金、裁判費用、合計260ドルを言い渡されて終わり。
元々105ドルでしたから、ちょっと痛い出費ですが、
保険やら、これからまた失敗をするかもしれないことを考えたら、まあ、いいかな、と。

でも、今回のことでは懲りて、気をつけていますよお。
制限速度、厳しく守っております。ハイ。

こんなこと、ここに書くのもはばかられたのですが、
アメリカでの生活の中でのトラブルで「どうしよう」と思われている皆さんの参考にもなるかなと思い報告。

さて、今日から始まる箴言の通読。
31章ありますから、ちょうど1ヶ月かかります。

箴言は、知恵の言葉、格言集、と言うべき書物ですが、
単なる知恵ではなくて、
「主を恐れることは知識のはじめである」と1:7にあるように、
神様を恐れる中で育つ知恵、知識、格言の書物です。

今日は1章でした。

「あなたがたはわたしのすべての忠告を無視し、  
わたしの叱責を受け入れなかった。」
25節の言葉です。

これは愚かな人に対する言葉ですが、
主の忠告や叱責を受け入れなかったことが責められています。

私たちはいかに神からの警告や忠告を
受け入れることが難しいでしょうか?
いろいろ言い訳をしたり、
「人間だからしょうがない」と開き直ったり・・・。

でも、主からの警告を甘く見ないこと、
どれほど大切なことかと思います。
逆に主からの警告がどれくらいありがたいことなのか、
気がつくことのできる者でありたいと思います。

主よ、

あなたからの警告に対して、
素直に悔い改めることのできる者としてください。

あなたの警告に敏感である者でいることができますように。

あなたからの警告の一つ一つに感謝しつつ。


2007-08-21

詩篇読了。

今日は本当に肌寒い一日でした。
そして冷たい雨がしとしと降る日でした。
昼間の気温も15度くらいまで。

今は夜の12時ですが、やはり14度。

明日は今日よりは天気がよくなるようですが、
それでも、10度台の肌寒い一日となりそうです。

さて、今日で5ヶ月かかった詩篇の通読も終わりました。
こんなにゆっくり読んだのは初めてだと思います。
たくさんの「嘆きの歌」の中で、
「困難」「敵の迫害」「嫌がらせ」の中で、
自分のなすべきことをしっかりと見つつ、
神の助けを求めていった信仰者の姿が、
今回の通読ではとても心にとまりました。

明日からは続けて詩篇の次の、「箴言」を一日一章ずつ読んでいきます。

是非、おつきあいください。

さて、今日の聖書。
今日は詩篇の150篇でした。
「その大能のみわざのゆえに、  
神をほめたたえよ。」
2節の言葉です。

神様の「大能」ということを思わされました。
神様が大きな力を持っておられる。
神様には何にもできないことはない。

本気でそれを信じて、
本当に、実際にそれを経験して、
自分は賛美を捧げているだろうか、
問われました。

もっともっと神様の大能を信頼して、
神様の力をあてにして、
そして、その力を経験させて頂きたいと祈らされました。

特に、出会う一人一人に、
福音の奇跡が起こるように、
救いのみ業がなされるように、
神様の愛が伝わるように、
祈ります。

主よ、
あなたの大いなること、
あなたの御力の強さ、
もっともっと教えてください。
私の人生に表してください。
経験させてください。
そして、それを大胆に証する者とならせてください。

「神の子になりたい」

さて、今日6歳になった娘。

先日の日曜日に教会学校で
「神様の子供になる」という話がいたく心にとまったようで、
日曜日、寝る時に、もう眠くてもうろうとしながらも、
「神様の子供になりたい」と言っていたそうな。

で、のんちが聞いたら、
JOYJOYキャンプの時の話も心に残っていたようで、
先週か、その前か、一人で「神様ごめんなさい」とお祈りしたそうです。
何をごめんなさいかというと
「お姉ちゃんに意地悪をしたり、ウソをついたこと・・・」だったそうです。

月曜日の朝、5歳の最後の日に、
一緒にお祈りをして、
第2コリントの5章17節を読んで、
「もう大丈夫だよ、神様の子供なんだよ」とお話をしました。

教会学校の先生たちや、JOYJOYキャンプのスタッフの皆さんのご奉仕に心から感謝!

でも、これからが本番。
一歩一歩の彼女の歩みが神様に支えられて、
神様の愛に感動して歩む人生となりますように祈ります。

教会学校の先生方、これからもヨロシク!

息子ですが、
ま、相変わらず何も連絡はありません。
たぶん、何にも通じない村でワークをしているのでしょうから、
連絡がないのは元気でやっているということでしょう。
明日が折り返し点です。

さて、昨日の聖書。
昨日は詩篇の149篇を読みました。

「 主は、ご自分の民を愛し、  
救いをもって貧しい者を飾られる。」
4節の言葉です。

「貧しい」かどうかは別として、
自分が何で飾られているか、それが心にとまりました。

笑われるかもしれませんが、
私も「イケメン」であったらなあ、
と思わないわけではありません。やっぱり。

もう少し足が長かったり、
鼻が高かったらなあ、と思わないことはありません。
っていうか、思います。

でも、「救いで飾られている」かどうか、
それが大切だと思わされました。
そのことをもっともっと求めていきたいと思いました。

神様に救われている喜び、
それが私のセールスポイントになるような、
そのようなものでありたいと思います。
人が私を見るときに、
神様の救いのすばらしさを感じるような、
そんな者になりたいと思いました。

神様、

私の飾りがあなたの救いでありますように。
何よりも、私を見て、
神様のすばらしさを感じてくださる方々が与えられますように。
私自身、何よりも、それを求める者でありますように。

6歳!

最近、親ばかサイトになりつつある、という指摘もありますが、
そんな指摘にめげずに書きます。

今日は一番下の子の誕生日でした。
朝、教会での祈りから帰ったら、
「6歳だよ!」と抱きついてきました。

ここまで守ってくださった神様に感謝。

「これがほしい!」と言われて、
のんちが、カメラもどきのおもちゃを買ってあげたつもりが、
実はよく見たら、「フィルムカメラ」でした。
デジカメだったら、写真を写して、スクリーンで見て満足なんでしょうが、
フィルムカメラだったら、現像してあげなきゃいけないじゃないですか、
そして、失敗したから消してやり直し・・・とかもできないし・・・。

でも、今までデジカメしか知らなかった彼女ですから、
「これはおもちゃなんだよ」と言ってごまかせるかと思ったのですが・・・。

なんと、彼女、あとで説明書を自分で読んで、
「ねえ、ここにフィルムを入れなきゃいけないんだって・・・」って持ってきました。
おい、マジかい。
負けたね。ママ。

さて、今日、詩篇を読み終わったので、
何とか、今日追いつこうと思いますが、
おととい、日曜日の聖書。
詩篇の148篇でした。

「みことばを行うあらしよ。」
8節の言葉です。

ほかのものは、ただ「火よ。雹よ。雪よ。煙よ。」と書いてあるのに、
なぜか、「あらし」だけは、「御言葉を行う」という言葉が着いているんですよね。
そこでいろんなことを思わされました。

主が御言葉を成就しようとするときに、
嵐を用いられるのではないだろうかと。

私たちは人生に「嵐」がやってきたら、
それは「サタンの攻撃」「惑わし」と思うこともあります。

でも、それは「御言葉を実現するため」に主が私たちの人生に送られたものかもしれません。

だから、私は思わされました。
これからの歩みの中で、
嵐がやってきたときには、
それは主が私たちのために、
御言葉を成就するために送られているのではないだろうかと。

主が今、私の人生に何をなさろうとしているのかを、
見極める目を与えてほしいと。

主よ、
どうか、嵐の中で、
あなたの声を聞くことができますように。
嵐の中で、あなたが何をなさろうとしてるのか、
見極める目を与えてくださいますように。
どうか、嵐の中で、この御言葉を思い出させてくださいますように。

2007-08-20

JOYJOY後遺症

今日は雨は大したことはありませんでしたが、
涼しい一日でした。
涼しいと言うよりも、肌寒い・・・。
今、夜の9時半ですが、
17.3度。

明日も雨で肌寒い日となりそうです。

最高気温も20度止まりでしょう。

MITSUWAのJCBカード(無料)を持っていると、
2,5,8,11月の月曜日から木曜日(いつでもにすればいいのに・・・ちょっとセコイ)は、
10パーセントOFFなので、セールのものとか、Han Ah Reumにないものとか、買いに出ました。
滅多に見ない「鮭のアラ」とかも出ていて、ご機嫌で買い物をしていました。

そしたら、去年のJOYJOYキャンプに参加した、3人兄弟の家族に遭遇。
今年はちょうど他の用事が重なって、参加できなかったんですよね。
そしたら、その中の一人が「JOYJOYキャンプがぼくたちをPassした!」とのたまわれました。
楽しみにしていたんですね。
うん、その子、去年も「宝物を探しに行くんだ!」って大張り切りの子でしたから・・・。
いやあ、申し訳ない。

今年はいつもと時期がずれて、
「え~、もっと遅いと思って帰国の予定を立てちゃった」という声をたくさん伺いました。

返す返すも申し訳ない。

JOYJOYと言えば、今年はJOYJOYキャンプが終わった後、
すぐに中高生のキャンプがあって、
ミシガンに行っていたので、
私自身はすぐに気持ちの切り替えができて、
PJSD(Post-JOYJOYCamp Syndrome Disorder)
が出ないかなあ、と思っていたのですが、
ミシガンからの飛行機がNewarkの空港に着いたとたんに、
フラッシュバックが来ました。

携帯の着信音をこちらにしているので、
空港について、携帯のスイッチを入れたとたんに、
迎えに来ていた家族からの電話が入って、
その着信音で発症してしまいました。
今年の場合は、不思議なことに、
ここ3年間くらいのテーマソングがランダムに頭をめぐるという、症例も報告されています。

また、劇症化するケースは非常にまれであるものの、
慢性化するケースが増えていて、より問題が深刻化しているようです。
どちらのケースも、現在の仕事を退職して、フルタイムのJOYJOYスタッフ(今のところボランティアのポジションのみ)になる以外に根本的な解決法はありません。覚悟のほどを・・・。

さて、土曜日の聖書。
土曜日は詩篇の147篇を読みました。

「主は氷をパンくずのように投げつける。  
だれがその寒さに耐ええようか。
主が、みことばを送って、これらを溶かし、  
ご自分の風を吹かせると、水は流れる。」
17-18節です。

硬い氷が溶かされるのも、
御言葉による。
春が来るのも、夏が来るのも、神の口から出る言葉による。

私の心もそうだ。
私の心が溶かされたり、
頑固に思っていたことを、
「もっと大きく構えよう」と思えるのも、
悔い改めに導かれるのも、
御言葉によることを感じました。

もっともっと御言葉によって歩みたい。
御言葉を日々与えらて歩みたい、
そのように思いました。

今度の礼拝の時の聖書箇所でもありますが、
「なくてならぬただ一つのもの」
それは御言葉に聞くことであり、
御言葉に聞きつつ歩むことである、
そのことを本当に深く思わされました。

主よ、
日々の歩みの中で、
御言葉を語ってください。
御言葉によって歩ませてください。
あなたの御言葉こそが、
私の力であり、
私の活力の源です。
あなたを待ち望みます。

2007-08-19

収穫

今日は涼しく、雨も降る一日でした。
本当に秋が来たかのような感じです。
明日もまたすずしい雨となりそうです。
そして、また夏が来るならば、「木曜日」という予報が出ています。

今日は久しぶりの野菜ネタ。

モロヘイヤは先日までの暑さで、結構元気です。
そして、今年3回目の収穫。
さっとゆでて、刻んで醤油と鰹節でいただきます。
粘りがあって、ご飯が進みます。
納豆の苦手な人でも、こっちのネバネバは、大丈夫みたいです。




そして、今年は発芽が遅かった上に、
謎の動物に食い荒らされたナスが、やっと初収穫。


つやつやです。
季節はもう秋。
教会もいろいろな意味で、収穫の多い秋となりますように、祈っています。
さて、金曜日の聖書。
金曜日は詩篇の146篇でした。
「主はかがんでいる者を起こされる。」
8節の言葉です。
ハレルヤ!という賛美から始まる詩です。
何が「ハレルヤ」、どうして「ハレルヤ」、どのような神様が「ハレルヤ」かというと、
弱い者、かがんでいる者、しえたげられている者、
そのような者に目をとめて、
立ち上がる力を与えてくださる神に「ハレルヤ」と賛美を捧げているのです。
主はどんな方か、
弱い者、うちしおれている者、
苦しんでいる者に、目をとめてくださる方。
だから、安心して、信頼して歩んでいこう。
主は守り、支えてくださる、立ち上がる力を与えてくださる。
そこに信頼して、揺るがされない歩みをしていこうと思う。
主よ、
あなたが弱い者たちに目をとめられる方であることに、
感謝します。
ムキにならなくていい。
力を抜いて、主のなさる救いを信頼して歩みます。
どうか、あなたの御業を拝させてください。

2007-08-18

warning

今日は、本当にすかっと晴れて、
さわやかで、
朝晩は寒いくらいで、
やっぱり8月後半だなあ、と思うような一日でした。

でも、このさわやかさも一時的みたいですね。
来週の水曜日くらいから、また夏が帰って来るみたいです。

今日、主からwarningをもらったように思いました。
やはり人間は・・・というか、私は、
自然にしていると、というか、無意識でいると、
というか、放っておくと、
よくない方に行ってしまうんだと思いました。

だから、主のwarningはありがたいと思いました。

このwarningを「気にしない、気にしない」と思っていると、
とんでもない失敗をしてしまうんだろうと思います。

具体的に書かないと心配なさる方もあると思いますが、
大丈夫です。
あんまり想像をたくましくしないでくださいね。

とにかく、聖書の中のいろいろな戒めも、
警告も、人の言葉も、謙虚に聞いて、
忠実に守ることの大切さを思わされます。

さて、木曜日の聖書。
ちゃんと毎日読んでいるのですが、
更新がどうも夜遅くなってしまって、
なかなか追いつけません。

木曜日は145篇を読みました。
「また主を恐れる者の願いをかなえ、  
彼らの叫びを聞いて、救われる。」
19節が心にとまりました。

主をおそれる者の願いは叶えられる。
それはすごいと思いました。
時々思わされるのですが、
単純に求めること、
単純に祈って、主が与えてくださることを信じて歩んでいくこと、
忘れていないだろうかと思います。

「主は私たちのわがままを聞かれない」
と言いながら、実は、本気で主に祈っていないこともあるのではないとかと思います。

本気で主を恐れ、主の前にへりくだって、
主に従っていくものたちに、
主は答えて、願いを聞いてくださる。

だったら、本気で主を恐れようと思います。
主を恐れて、歩もうと思います。
主の前にひれ伏し、主に聞いて、歩んでいこうと思います。

そして、単純に求めていこうと思います。
単純に信じていこうと思います。
主が約束してくださっているのですから。

主よ、
あなたを恐れます。
あなたに祈ります。
あなたが与えてくださる、という約束を信じます。
単純に求めます。
御言葉通り、私の人生になしてください。

2007-08-17

ウガンダ着いたかな?

今日は息子がウガンダに着いたはずです。
ウガンダの空港からでも電話はできるはずですが、
何も連絡はありません。
まあ、「特に何もなかったら電話はいらないから・・・」ということを
申し渡しているので、
出迎えのスタッフからも問い合わせがないところを見ると、
なにもなく、無事に日本からのグループに合流できたのでしょう。

時々、今ウガンダは何時だ?とか考えます。

「あなたがたの宝のあるところに心もある」というイエスの言葉を思い出します。

でも、向こうは家族のことを考えたりしないで、
向こうでいろんな経験をしてほしいし、
いろんなものを見て、吸収して帰ってきてほしいと思います。

それは大丈夫かな。

だいたい、子供の親離れよりも、親の子離れの方が問題だというのも、
ちょっとわかるような気がします。

今日は昨日よりもずいぶんドライになりましたが、
夕方雨が降って、夜にももう一雨あって、
気温が20度を切ってきました。
これから3日間、涼しい日が続くようです。
「秋」を満喫できそうです。

さて、水曜日の聖書。
水曜日は詩篇の144篇でした。

心にとまったのは5節の言葉。
「主よ。あなたの天を押し曲げて降りて来てください。」

天を押し曲げる・・・
これは特別な気象現象を指すのかもしれませんが、
私は詩人が、「あなたが決めた自然の法則を破ってでも、来てください」
という気持ちが表れているように感じました。

主がご自分で決めた、法則。
でも、それを主があえて破るようにして、
私たちのところに来てくださる。
私たちに目をとめて、
私たちのところに介入してくださる。
そのような特別な助けを必要としていると思いました。

あたりまえことではなくて、
神様が特別に働いてくださる、
それを求めて、
それを与えられたい。
経験させて頂きたい、
そのように思います。

主よ、
どうか、私を助けてください。
私のためにもあなたが天を曲げて下ってください。
もう、すでにイエス様の救いのうちに、
そのような御業がなされたことを覚えます。
主よ、続けて、あなたの奇跡を見せてください。
ご介入を与えてください。

息子アフリカ出発

日付が変わってしまいました。

息子がアフリカのウガンダに向けて出発しました。
2週間なんですがね。
向こうの空港までの間だけは一人。
向こうの空港で日本人の方が迎えに来てくれます。
今アムステルダムで乗り継ぎ便を待っているようです。

実は・・・
携帯からのテキストメッセージでPINって何?
と聞いてきたので、
何じゃそりゃ?と思って、
携帯がつながるうちに電話をして、
解決しておこうと、電話しちゃいました。

そしたら、ことの顛末はこんなかんじらしい。

のどが渇いた。(飛行機の中でちゃんとたくさん飲んでおけばいいのに・・・)
なんか飲みたい。
あ、でもドルしか持っていない・・・。(だよなあ)
買えるのかな?
あ、でもこれ自動販売機だ。
ユーロしか使えないじゃないか。(あ、それはお父さんも考えていなかったよ)
こっちは世界のドルだぞ。(おいおい)

・・・ユーロに両替しよう。

あ、両替機が壊れてる・・・。(ほんとかなあ、だいたいドルを入れたらユーロが出てくるなんて、そんな両替機あるんか?)

じゃあ、このクレジットカードで下ろそう。(ああ、そんなことをしたら利息がでかい)

ん?PIN?

なんだそりゃ。
親父起きてるかな?
そうだ、携帯でテキストメールを送ろう。

ということらしい。
こんなんで、アフリカで役に立つんだろうか?
緊急の時用に、海外でも使えるように携帯の設定をしておいたのですが、
あるとやっぱりちょっとしたことで頼ってしまいますね。

でも、ミシガンで聞いた話だけど、
日本には、
自動販売機のコインを入れるところに、
小銭の持ち合わせがなかったからと、
1000円札を一生懸命折って入れようとした人がいるらしい・・・。
まあ、それを考えれば、家の息子のおぼっちゃま度も、大したことないかと。

ちなみに、
親父の答えは、
「そんな、16歳の息子のクレジットカードで現金がおろせるなんて恐ろしい設定はしていない」
(だいたい、アフリカ行くなんて言い出さなければ、カード自体作らなかったよ)
「クレジットカードなんだから、現金をおろすなんて面倒なことしないで、お店で水買えるだろう」
「そこら辺に両替してくれそうな人はいないか?20ドル札を出して、これで3ユーロくださいと言えば、たくさん集まってくる」(これは冗談)
「両替してくれる窓口もあるんじゃないの?」(現地は6時AM)

ウガンダ行きの飛行機が飛ぶまであと5時間ほど。
何とか無事に過ごしてほしいものです。

昨日も蒸し暑い日でした。
夜になっても、蒸し暑いです。
雨も降りませんでしたね。
予告した「秋」は明日の夜までお預けのようです。

さて、火曜日の聖書。
火曜日は詩篇の143篇。

「あなたのみこころを行うことを教えてください。」
10節の言葉です。

この詩人も、苦しみの中にありました。
悪意のある人々に苦しめられていました。
その中で、彼が願ったことが、
「御心を行わせてください」
ということであったことに、教えられました。

いつもいつも主の御心を、
主の御心だけを求めて、
それが自分が納得するとか、
そういうことを超えて、
従っていく者、従っていける者となれますようにと、
願いました。

従うことの大切さ、
仕えることの大切さを、
最近、教えられています。

主よ、
あなたに感謝します。
御言葉に感謝します。

どうか、あなたの御心を行わせてください。
あなたの御心を教えてください。

今日出発した息子を守ってください。
たくさんのいい経験を与えてください。




2007-08-15

ウガンダ行き準備の日

昨日帰ってきたのですが、
明日から息子がウガンダに行きます。
みんな自分でしっかり準備したほしい気持ちが半分、
心配で、中身を全部チェックしたい気持ちが半分、

走り回って、必要な物を買い出し。
「これはいらないのか?」と聞くと、
そうだね、持っていこうかな・・・というノリ。
なんだか心配でもあります。
でも、何事でも自分で気がつかないと身にならないので、
なるったけ、口を出さないようにと。

最終的には、「ま、いいか・・・」です。
どんな忘れ物があってもいいので、
とにかく元気でいろんなものを吸収してきてほしいと思います。

今日は暑い一日でした。
蒸し暑い夜です。
でも、23度くらいまで下がってきました。
明日の夕方から夜にかけて雷雨があって、
あさってからは「秋」になるようです。
8月も後半になります。

月曜日は、Battle Creekでの家庭集会。
15人くらいの方々が来られました。
いつも来られていない方々もたくさんおられたようで、
雰囲気から「この方はクリスチャンかなあ」という方々で、
まだの方々もたくさんおられました。

で、みなさん、この家庭を開放してくださったご夫妻が
大好きで、とても居心地がよいみたいで、
朝の集会だったのですが、夜の12時まで、ゆっくりされた方々もおられました。
時には「帰るときは鍵はかけなくていいから、私は寝るわ。」とお休みになることさえあるとか。

とってもすてきなご夫妻です。

さて、月曜日の聖書。
月曜日のところは詩篇の142篇です。

「私の霊が私のうちで衰え果てたとき、  
あなたこそ、私の道を知っておられる方です。」
3節の言葉です。

自分の霊が衰え果てるとき、って、
そういうのはきついなあと思います。
ただ「休みたい」「逃げ出したい」ってやつですよね。

でも、そんなときにも、主が私の道を知っていてくださるとすれば、
それは力だなあと思います。

主がともにいてくださるのはうれしいです。
特に疲れを覚えたり、
傷ついたりしたときに、
主がともにいてくださるのは、とてもうれしいです。

主よ、
あなたがともにいてくださるから、
ありがとうございます。
私が疲れ果ててしまうときにも、
その道を知っていてくださるから、
大丈夫です。

どうか、守り導いてください。
力を与えてください。