2008-01-18

安息

今日起きたら、ちょっと雨が残っていましたが、
昼は穏やかに晴れて、10度近くまで上がりました。
でも、この暖かさは今日限り。
明日の昼間まではまだいいのですが、
夜から冷え込んで、数日寒い日が続くようです。

雪は南部が中心のようで、
こちらは小雪が舞う程度ですむようです。
アトランタは5-10センチの予想が出ています。

ホッとしたような、ちょっとさびしいような・・・

東京も日曜日の夜から月曜日が雪のようですね。

さて、どれくらい積もるのでしょうか。
センター試験は終わったあとのようですが、
私の頃も、「共通一次」でしたけど、
毎年のように雪になっていましたね。

二十四節季の中でも「大寒」が20日頃ですよね。

一年の中で一番寒い頃です。

先日旭川の郊外で-33度まで下がったとありましたが、
わたしの知っている「士別」では、-27度くらいまで下がったようです。
確か、-20度以下に下がると学校が1時間遅れるとか、聞いたような気がしますが、
すごい世界です。

こちらも来週の一番寒い朝は-13度くらいまでは下がるかもです。

先日の6歳の娘の歯の話の続きなんですが、
今日、なんだかぐらぐらしてきたみたいで、
ちょっと興奮しています。(娘が・・・ですよ。念のため。)

で、こちらでは抜けた歯を枕の下に入れておくと、
翌朝にはお金に替わっている、という話があります。
tooth fairyという妖精のしわざだそうな。

で、今日、そんな話になった時の、
長男ハジの10年目の告白。

実は彼は、歯が抜けた時、それをとても楽しみにしていたらしい。
友達がみんな先に歯が抜けて、枕の下に置いておいたら、
お金に替わっていた、という話をしていたんでしょう、
やっと自分の歯が抜けて、さあ、明日の朝はお金に替わっているんだ、と、
わくわくして寝て、翌朝、起きて、枕の下を見たら、なんと歯のまま・・・。

どうしてボクのだけ、歯のままなんだろう、と悔しくて、悲しくて、
1日泣いていたらしい。

3回くらいそんなことが続いて、
ああ、これは・・・と気がついたようだ。

親はな~んにも知らなかった。10年間。

13歳のユキにも聞いてみた。

「歯を枕の下に入れたことなんかない・・・。」
とこちらは全くそんなこと考えたこともなかったようだ。

親はというと、サンタと同じで、あんまり気が進まない。

ちょっと思っているのは、
たとえ子供だとしても、神様とサンタやtooth fairyを同じレベルで信じてほしくない、ということ。

大人になっても本当におられると信じて生きていく神様と、
大人が子供のために手を回してあげるサンタやtooth fairyは
同じじゃないから、どうしても、「夢があっていい」とは思えないんですよねえ。
どこかで、大人になっていくプロセスの中で、
サンタやtooth fairyの実在を信じなくなる時に、
神の実在も同じようなモノであるかのような勘違いをしてもらいたくないから、
「いない」ものを「いる」ということに抵抗があるんです。

目に見えないものを信じることは大切なことだと思います。
愛や友情、信仰や勇気、そして神様ご自身。
聖書の中にも、

「わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠につづくのである。」第2コリント4章18節。

という言葉があります。
神様は大切なモノは私たちの目に見えないように造られたんだと思います。

でも、それと、サンタやtooth fairyの話はちょっと違う。

神を真剣に信じているからこそ、
サンタやtooth fairyの話は余り好きになれないんです。

大人が手を回しますからね。それがちょっと・・・。
日本の「丈夫な歯が生えてくることを願って、下の歯は屋根の上に投げる、上の歯は縁の下に投げる」という方がいいかな。

でも、今日はハジがちょっとかわいそうだったかな、とは思いました・・・。

さて、サキの歯が抜けた時にはどうするか???
考えてしまいました・・・。

さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書6章1-11節。

「人の子は、安息日の主です。」5節。

神様が私たちに安息の日を与えて下さっていることに感謝しました。
本当に主の前に安らぐことの大切さを思わされます。

主が今日も私たちを安息に招いていて下さる、
そのことに感謝しました。

教会が集う方々に安息の場となりますように、
癒しと平安を与える場となりますように、
祈らされます。

主よ、
あなたがわたしに安息を与えようとしておられることに、
感謝します。
毎週毎週あなたの前に出て、
安息のうちに1週間を始められることを、
心から感謝します。

どうか、教会がもっともっとあなたの安息を味わう場となりますように。
あなたの平安で満たして下さい。
聖霊様が守って下さい

2008-01-17

爆発する心!

今日は朝は-4度。
予想していたほど冷えませんでしたが、
一日曇る、肌寒い日でした。
そして、日が沈んだ5時頃から、雪。

気温が2度くらいと高い温度で降っていたので、
ほとんど積もりませんでしたが、
ちょっと白くなっています。
でも、今は夜の11時で、1.1度でみぞれが降っています。

あんなに「雪だ!」と大騒ぎしていた時は
雨で、「ほとんど雨ですよ」といっていた今回は雪。
まあ、これから雨になるようですが、
ほとんど雪かみぞれでした。

天気予報は奥が深いです。

で、今週の土曜日の雪ですが
まだ、東海上にそれる可能性もありますので、
40パーセントと微妙な確率で、
チョイ雪となりそうです。

今日はRidgewoodでのJOYJOYキッズクラブでした。
JOYJOY相撲Ridgewood場所。

今日はちゃんと写真を撮って頂きました。



力士の重心の問題か、
ちゃんと組まないで、背中を向けてしまうことも多いのですが、
今日は「寄り倒し」という大技もでて、かなり盛り上がりました。

来週はLeonia場所です。(^^)

さて、今日の聖書。

今日はルカによる福音書5章27-39節を読みました。

「 また、だれも新しいぶどう酒を古い皮袋に入れるようなことはしません。そんなことをすれば、新しいぶどう酒は皮袋を張り裂き、ぶどう酒は流れ出て、皮袋もだめになってしまいます。」37節。

この新しいブドウ酒の爆発的な力を思わされました。
キリストによる新しい生き方が、
キリストによりあふれる喜びの力が、
古い皮袋を張り裂いてしまうほどなのだ、
ということです。

私の信仰生活はどうだろうかと
思わされました。
このように喜びと力にあふれているだろうかと。

この力を与えて頂きたいと思いました。
このような喜びを満たして頂きたいと。

聖霊様の力によって満たして頂いて、
古い皮袋を張り裂くような、
経験をさせて頂きたいと思いました。

そして、そのことを祈っている中で、
ああ、自分がイエスの十字架の意味を本当に自分のモノとして、
受け取った時に、
どれほど大きな愛で愛されているか知った時に、
自分の中に起こったことを思い出しました。

本当にあれは、「古い皮袋」が張り裂けるような、
経験でした。

その喜びをまた新しく感じました。

日々の歩みの中で、
この喜びに生きようと思いました。

主よ、
あなたの与えてくださった喜びに感謝します。
心から感謝します。
もっともっと喜びにあふれて生きることができますように。
この喜びを証する者としてくださいますように。

2008-01-16

東京、アトランタ、初雪?

今日はスカッと晴れましたが、
朝晩は冷えました。
朝の最低は-3度くらい。

今は夜の12時前で、やはり-3度です。

明日の朝は、久しぶりに-5度以下に下がるでしょう。

そして、夕方から雨か雪。

実は今日南部アトランタでは雪が降ったようです。
初雪だったのでしょうか?

今でも北の郊外では雪やFreezing Rainです。
Ashville, NCでは15センチくらい積もる予報が出ています。

でも、こちらでは雨がメインです。

最初にちょっと雪が混じるかも・・・という程度のようです。

それに変わって、今度は土曜日の午後から夜にかけて、
チョイ雪の可能性が出てきました。

ちょっと要注目です。

あ、そうそう、東京でも初雪だったようですね。
ちらほら、で、気象庁の方も、
「これ、ホントに雪かな」という感じだったそうですが、
とにかく観測上は「初雪」。

20年前頃は降る時は降る、って感じでしたけどね。
よく覚えているのは1986年2月19日だったかな。
20日が締め切りの
大学の卒論の清書を徹夜で仕上げたのがその日だったような。

ちょっとずれているかもしれませんが・・・。

あと3月の終わりごろも・・・
聖書学院に入る直前。
深川では雨だったのに、
テレビ中継の原宿は雪。

これはかなりショックでしたね。

私のイメージの中では、
都心の雨が多摩地区で雪になるのは、
一つの大きな境目は「三鷹」
そして、その次は「立川」だってもんですから、

深川と原宿の間に境目があるなんて・・・。

そりゃ文化的にはかなり違いますが・・・。

それから1984年も多かったような記憶があります。
1月に大雪が降って、ふつうはすぐびしょびしょになる東京もまるで雪国。
パウダースノーが降った記憶があります。
調べてみたら1月19日ですね。

東京郊外の小平の大学で授業中に雪が降り始めて、
授業に集中できず、外ばかり見ていた記憶があります。
(いつでも・・・ですがね)
本当に大雪になって、
「すげーなあ、でも、東京に帰ったら、絶対に大したことないんだよ」
と思っていたのですが、
深川でも十分すごかったです。

と、なんだか際限なく思い出が出てきてしまいますが、
ここら辺で聖書。

今日はルカによる福音書5章12-26節でした。

「主よ。お心一つで、私をきよくしていただけます。」12節。

この人は病気の癒しを求めましたが、
私は同じ言葉で、心のきよめを求めました。

本当にその通りに願いました。
そして、主もそのことを望んでおられることに感謝しました。

「わたしの心だ。きよくなれ」13節。

日々、その願いを持ちつつ、
日々、戦いを覚えつつ、
歩みたいと思いました。

Purify My Heartという歌がありますが、
本当にその通りです。
心の叫びです。

主よ、
私の心をきよめてください。
日々、守ってください。
あなたのみ声を聞かせて下さい。
間違った道に行こうとした時は、
とどめてください。

そして、あなたの願う道に導いてください。

2008-01-15

網を下ろしてごらん

今日は朝から夜までずーっと肌寒い一日でした。
朝も1度くらい、昼間は5度くらい。
そして、今、夜の10時前ですが、0.4度。
まもなく氷点下です。

でも、もっと寒く感じます。
ちょっと気温が高めの日が多いせいか、
0度くらいがとっても寒く感じます。

つい、このあいだ、最高気温が-6度とか、経験したんですがね。

明日はよく晴れた一日となりそうです。
そして明日の夜は-7度くらいまで、ぐっと下がりそうです。

そのあとのStormですが、
天気予報は一斉に「雨が中心」との予報を打ってきています。
学校のSnow Dayは今回もお預けのようです。

2週間先までの予報が出るサイトがありますが、
それを見ていると、私が日本に出発する日が出てくるようになりました。
早いもので、あと2週間ほどで日本に出発します。
予定は右のリンクで「日本の日程」をクリックすると出てきます。

まだまだこれから調整することがたくさんあります。

お祈り下さい。

さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書5章1-11節。

「深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい」
4節の言葉が心に留りました。

一晩一生懸命仕事をして、
漁をして、何も獲れないで、
がっかりして、網を洗っていた彼ら。
イエスに声をかけられて、
手伝っていた。

そこまでは良かっただろう。

でも、イエスは漁にまで口を出してこられた。

イエスが話をするのを手伝うのはいい、
でも、自分の専門の分野まで口を出されるのはどうだっただろうか。

でも、ペテロは従った。
いろいろ言いながらも、結局従った。

そして奇跡を見た。

このあと、弟子たちが行き詰まった時に、
伝道が行き詰まった時に、
いつもいつもこのことを思い出していただろう。
思い出しては、跪いて祈り、
神の導きを求めただろう。

私にも主はそのことを語られているように感じました。
「さあ、沖へ出て、網を下ろしてご覧なさい。」

私は今までの経験を振り回して、
こう言うのです。
「イエスさま、それはやりました。でもダメなんですよねえ」

イエスは言われるのです。
「私の方法でやりなさい。私に従いなさい」と。

人生のすべての場面で、
主のリーダーシップを認めたいと思いました。
すべての場面で、
主の支配を認めたいと思いました。

「この分野だけはあなたは口を出さないで下さい」
というところにこそ、
主の介入をいただきたいと思いました。

主よ、
あなたに従います。
どこまでも従います。
ですから、あなたが導いて下さい。
あなたの方法に従います。
すべての分野で、すべての場面で、
あなたの主導権を認めます。
あなたの主導権を信じます。
網を下ろすべき所、
網を下ろすべき時を教えて下さい。

2008-01-14

寂しいところに出て行く

いやあ、「学校休み」「家族総出の雪かき休日」は大はずれでした。
昨日、ちょっと夫婦のバトル「会話」が盛り上がって、
休むのが遅くなったのですが、
3時頃、みぞれみたいな雪みたいなのが降っていましたが、
レーダーを見たら、もうほとんど終わり、
天気予報はまだその時点で、結構強気の予報をしていましたが、
もしかしたら、このまま終わるかも・・・と思いながら寝ました。

で、今朝、起きたら、ばっちり「ただの薄化粧」。
前の晩の父親の言葉を信じて、
学校がないもんだと思って寝坊していた子供たちをたたき起こして、
「ダメだよ、一応起きなきゃ」と、言い訳とも、謝罪とも、お説教とも
言えないような言葉で送り出しました。

一日曇っていましたが、そのあとも雪は降らず、降っても霧雨程度。

今は夜の12時で、2.3度。
明日の朝はもう少し冷えそうで、
明日も寒い一日でしょう。
雪もちらつくようです。

で、もう大騒ぎするのは止めようと心に誓いましたが、
今度の雪は木曜日の夜。
静かに見守りたいと思います。
なんだかまた雨みたいですけどね。
そのあとは冷え込むようです。

さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書の4章31-44節。

「朝になって、イエスは寂しい所に出て行かれた。」42節。

イエスはたくさんの人々の期待、
たくさんの仕事、
時間を使っておられた。

そして、「権威ある言葉」を語っておられた。

でも、それと共に「寂しいところに行かれる」ことを大切にしておられた。
これは、祈るため。

ここのところ、月曜日の休日返上の週が続いたので、
無理をしちゃいけないと、
今までもちょくちょく時間を作って休むようにしていたのですが、
一日ちゃんと休めるのは1ヶ月ぶりくらいでした。

で、どうして時間を過ごしたらいいか、戸惑う自分がいました。
何かをしていないと不安になる自分がいました。
人がそのような生活をしていると心配になるのですが、
自分は大丈夫なようなつもりになっています。

主の元に安らぐ、
寂しいところに行って、
主と共に過ごす。

何かをしていることで自分の存在意義を確認しているような世の中で、
何もしない中にも、主の恵みの中に生かされていることを、
感謝してすごす。

それがどれほど大切なことかと思わされます。

主よ、
どうか、あなたとの時間を楽しむ者でありますように。
私自身があなたとsweetな時間を過ごせますように。
守って下さい。

明日から、一つ一つのことを、
感謝のうちに果たしていくことができますように。
一つ一つの出会いを祝福し、
一人一人にあなたからいただいた愛をもって接することができますように。

2008-01-13

Everyone is different

今日はよく晴れました。
そして気温もそこそこ上がりました。

でも、今夜は雪の予報が出ています。
Heavy Snow Warningも出ています。

でも、今は夜の10時半ですが、
まだ雨です。
気温は3.1度。8時半で5.4度でしたから、
2時間で2度以上下がりました。
この調子で下がるとやはり雪に変わるのは、
真夜中以降になると思います。

今日、教会でも、
「明日は雪で学校休みだねえ」なんて言って回ったし、
うちの子たちも休みモードなので、
予言が当たってくれるといいのですが・・・。

今日、教会で、6歳の娘と、
他の子たちが一緒に遊んでいました。
その中には、もうすぐ6歳のMちゃんと、Pちゃんもいました。
日本だったら3人とも同級生なのですが、
娘は8月で7歳なので、
こちらの学校では1年生、
二人はKindergartenです。

ところが、娘はおくてで、
まだ、まだ乳歯が一本も抜けません。
こちらの学校の同級生はみんな抜けて生え替わってきているのに・・・
でも、8月生れで、学年で一番遅いから、しょうがないよ、
と思っていました。

でも、今日、そのKの二人に聞いてみました。
(よせばいいのに・・・)
「ねえ、子供の歯抜けた?」
そしたら、まずMちゃんが見せてくれました。
抜けただけじゃなくて、
大人の歯が2本。
そしてPちゃんも、やっぱり大人の歯が2本。

娘と目が合って、「ありゃ、おまえはまだ全部子供の歯なのにねえ・・・」と
話していたら、
Mちゃん曰く、

Jesus made everyone different.
イエスさまは一人一人を違う風に造って下さったんだよ。

参りました。

ほんとですよね。

さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書4章14-30節

「きょう、聖書のこのみことばが、あなたがたが聞いたとおり実現しました。」
21節

実現した言葉は
「わたしの上に主の御霊がおられる。   
主が、貧しい人々に福音を伝えるようにと、   
わたしに油をそそがれたのだから。   
主はわたしを遣わされた。   
捕らわれ人には赦免を、   
盲人には目の開かれることを告げるために。   
しいたげられている人々を自由にし、
主の恵みの年を告げ知らせるために。」
という言葉。

イエスが来られた時に、
その言葉が実現した。

私の人生にイエスが来て下さった時に、
そのことが起こった。

確かにそうだった、
イエスの十字架の愛を知った時に、
私は自由を得た、
解放をいただいた。

その自由を、その解放を、
もっともっと分かち合って、
多くの方々と共有したいと思いました。

語り続けたいと思いました。
いつもいつもその喜びを満たし続けて下さいますように。

主よ、
私に与えて下さった自由の故に感謝します。
あなたの解放の御業に感謝します。

どうか、これからの歩みの中で、
もっともっとその深さを味わっていけますように。
多くの方々と分かち合っていくことができますように。
共有することができますように。

さて、これを書き始めたのは10時ごろ、
「ガリレオ」を見ながらだったので、
最後の部分を書いたのは見終わった12過ぎ。

「実におもしろい」(^^)番組でした。

今12時15分で、みぞれが降っています。2度です。

学校あるかも・・・。

2008-01-12

雪、来ます

今日はどんな天気だったのか、
よくわかりません。
一日教会の中にいましたから・・・。

今は夜の10時半で1度。
このあと余り冷えないようですが、
明日は夜には雪。

夜半頃には激しく降って、
15-30センチ積もる、という予報が出ています。

月曜日の学校が休みになるかどうか?
私は「休みになる!」派です。

まあ、うちの町は他の町が休みになっても、
結構ふつうにあったりしますし、
家庭によっては親の仕事に支障が出たりしますから、
休みにならない選択をするかもしれませんが、
決断をする、夜明け前は結構まだ降っている時間帯だと思うので、
学校は休みを決断すると思います。

私も月曜日は久しぶりの完全なお休みになると思うので、
家族総出の雪かき休日になるかと思います。

今日の教師研修会で、
「安息日」の意味について考えました。
それはやはり、「何もしない中で主を喜ぶ」
ということなのかと思います。

私たちは「何かをする」ことによって、
意味を見いだすことが多い世の中に生きています。

そして、週に1日か2日の休みも、
「また月曜日から元気で働くことができるように」
という意味での休みになっています。

でも、日曜日の礼拝は、
「何かをすることによってではなくて、
ただただ、そこにたたずむことの中に、
神の恵みを覚えていく、
神の恵みの支配の中に、
自らを合わせていく」
その時だと思います。

そして復活のイエスにお会いする喜び、
その前にひれ伏す喜びです。

明日の礼拝がそのような意味での、
幸いな礼拝となりますように。

さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書4章1-13節です。

「御霊に導かれて荒野におり・・・」1節。

今日は、「日々のみことば」の中の、
「平穏な生活をあなたは求めていませんか」
という言葉に、この聖書の言葉に引き戻されました。

やはり、平穏な生活を求めている自分がいます。
嵐が過ぎ、静かな生活を送りたいと思います。
だから、この問いかけが心をとらえました。

波風の立たないことではなく、
波風の中でも、平安をいただくことができる
自分では言う時がありますが、
それを他の人の言葉として読むと、
本当にそれは厳しい言葉にも読めます。

でも、そのような平安がほしいと思いました。
波風の中でも平安をいただいて歩んでいくことができたら、
そんな中で平安をいただいて歩んでいくことができたら、
それは本当に素晴らしいだろうなあと思います。

それをいただいて歩んでいきたいと思います。

主よ、
私はやはり平穏を願います。
でも、平穏な中では得られない祝福もあるんですよね。
波風の立つ中で、平安をいただいて歩んでいく、
そこに生かして下さい。
今日私にその平安を満たし、
明日の礼拝の中で、
その平安に生きることができますように。

あなたの前に安らぐ礼拝として下さいますように。

試練

日付が変わってしまいました。
今夜は深夜祈祷会で、
礼拝の準備と今日の教師研修会の準備で、
ちょっと遅くなりましたが、今のところ元気!

研修会の中で居眠り、とかにならないように注意、ですね。

今日は雨が降ったり止んだりの一日でした。
夕方になって晴れてきましたが、
よく雨が降りました。
雷も鳴りました。

そして、今は夜の2時半ですが、4.8度、
まだまだ、この時期としては暖かめです。

でも、このあと、少し冷えてきて、
日曜日の夜は雨が雪に変わるでしょう。

10センチくらい積もるかもしれません。
学校が休みになるほどではないかもしれませんね。

先日、日本からお便りをいただきました。
クリスマスと新年のご挨拶をお送りした、
聖書学院の1年先輩の方の奥様から。

実はその方、昨年の夏、大動脈瘤破裂で、
突然召天されたとのことでした。

私より20歳くらい上の方ですが、
まるで少年のような瞳をされた、
とても純粋な伝道者でした。

40歳くらいになってから、
仕事を辞められて、
私たちのような20代の修養生たちの中に入って、
一緒に奉仕し、学んだ先輩です。
ディーゼルエンジンのいすずのジェミニだったと思いますが、
車を持っておられたので、
よく外に連れ出して下さいました。
いろんなアドバイスを下さいました。
楽しい方でした。
私にとってとても大切な先輩でした。
ああ、自分の言葉の貧しさにいらだちを覚えます。

本当に暖かい方だったんです。

教会にとって、
また特に奥様にとって、
どれほど大きな痛みがあっただろうかと思います。

「クリスマスの逆転」という題で、
奥様が礼拝説教の中で語っておられたこと、心に留まりました。
試練の中で、神様が与えて下さる逆転の恵みについて語り、最後にこのように締めくくっておられました。
「最後に私のとっての大逆転は、来年に向かい、牧師代理から牧師へと神様の御言葉に従って生きたいと願い、祈っています。」

どうして・・・と思いながら、
この決意を夫人に与えて下さって、
それを教会が受け止められることの中に、
主が教会を祝福して下さっていることを感じました。

祈り続けようと思いました。

さて、昨日の聖書。
昨日はルカによる福音書3章18-38節。

「教えを始められたとき、イエスはおよそ三十歳で、人々からヨセフの子と思われていた。」23節です。

人々の中に混じって洗礼を受けられたイエス。
そして、人々から「ヨセフの子」と思われることを受け入れられたイエス。

イエスが人として歩まれたことを思いめぐらされました。

人の中に入り、
「あれはヨセフの子じゃないか」ということばを、
ある時には侮蔑の気持ちを込めて投げかけられる中で、
イエスは歩まれました。

そこに、イエスの強さを感じました。
どのように思われるか、
どのように言われるかに、
動かされない、
イエスの強さを感じました。

そして、人の中にあえて入って行かれるイエスの中に、
大きな愛を感じました。

イエスの愛をいただきたいと思いました。
イエスの愛に満たされて歩みたいと思いました。

主よ、
あなたの愛を与えて下さい。
あなたの強さを与えて下さい。
あなたが歩まれたように歩ませて下さい。
あなたの大きさを、もっともっと経験して、
あなたの大きさのほんの少しでも、
自然に持てるようにして下さい。

あなたの大きさを指し示す者にして下さい。

2008-01-10

ジャンボ紙相撲

今日はまあまあ。
昨日までの暖かさはもう終わりになって、
朝は1.3度。
でも、昼間はそこそこ上がって、11度。

今は夜の10時で7度です。

これから明日にかけて雨です。
ちょっとまとまった雨になりそうです。

そして週末にかけて気温は下がって、
どうやら、日曜日の夜から月曜日の朝にかけて、
雪になりそうです。

あ、まだわかりませんがね。
今回の確信度はかなり低く、今夜のNAMでは、
弱い低気圧が東の海上を進むだけで、
雨も雪も何もないと、予想してきています。
夕方のGFSでは雨から雪に変わる予想。
あと2時間くらいで次のGFSが出てくるので、
それが注目されます。

今日はJOYJOYキッズクラブ。
先月、雪で中止になったMaywoodは2ヶ月ぶり。
今月のゲームは「ジャンボ紙相撲」です。

だいたい80センチくらいのお相撲さんをつくって、
土俵を書いた板の上に立たせて、みんなで板をたたきます。
写真を撮っておきたかったのですが、
忘れました。
始まると興奮して、写真どころではなくなってしまいます、自分。

もうちょっとお相撲さんががっぷり組む様に作ったら、
また楽しいと思うのですが、
まあ、そうではなくても、みんなで板をたたいて、
自分の力士を応援するだけで、楽しいです。

もっとやりたいかなあ、と思いました。

来週のRidgewoodの時には写真を撮ってアップしますね。

さて、今日の聖書。
今日はルカ3章1-17節です。

「その方は、あなたがたに聖霊と火とのバプテスマをお授けになります。」
16節。

毎日のように「聖霊様」の働きに目が留まります。
今日も、イエスさまが聖霊様を私たちに満たしてくださる、
そして、それがまた「火のバプテスマ」であることを覚えます。

焼き尽くす火。
私の中にある不純なものを焼き尽くし、
人々の中にある不純なものを焼き尽くす炎なる聖霊。

その御業を待ち望みます。
私自身のうちに、
教会の中に、
人々の中に熱く働いて頂きたいと思いました。

人の言葉の限界を感じる中で、
聖霊様が一人一人のうちに働いてくださることを、
心から願います。

聖書を読んで祈っている中で、
机においてあった、
「Fresh Faith」を手に取りました。
これも、Brooklyn Tabernacleの
Jim Cymbala牧師の本です。

そこに教会の祈りによって、
不思議なようにドラッグ中毒から救われた
一人の人の話が載っていました。

教会でみんなで彼のために涙を流して祈っていた時に、
家族がみんな教会に行って自分一人のはずの家の中で、
すすり泣きを聞いて、「家族が本当に教会に行ったのか」
確かめたくて、教会に行って、
そこで、心が砕かれて、溶かされて、
生まれ変わったそうです。
今は世界中を駆け回るクリスチャン・ミュージシャンとして
活躍しているそうです。

カルヴィン・ハントという方です。

そのような御業を待ち望みました。
祈りました。

聖霊様、
どうか私のうちに、
私たちのうちに熱く臨んでください。
焼き尽くす炎として、不純なものを燃やし尽くしてください。
あなたの御業をなしてください。
あなたの奇跡をなしてください。

カルヴィンのうちにあなたがなしてくださった、
御業を、どうか、私のうちに、
教会の一人一人のうちに、
なしてください。

2008-01-09

神の家

今日は今年初めてのNYだったのですが、
とても暖かでした。
自宅の最高気温は17.7度。
昨日よりもちょっと上がりました。

でも、本当に、これでおしまい。
今、夜の11時ですが、5.2度まで下がってきています。
(その後、12分にはもう4.9度です。ぐんぐん下がっています)
明日の朝はぎりぎり氷点下になってしまうかもしれません。

明日は10度くらいでしょう。
決して寒くはないのですが、
一度17度を経験してしまうと・・・。

で、来週の雪ですが、
一つの可能性は日曜日の夜から、月曜日。
もう一つは週の半ば過ぎ、木曜日か、金曜日。

いずれにせよ、4日~1週間後なので、
全くどうなるかわかりません。
でも、よい子の皆さんは、
この冬初めて学校が休みになるチャンスです。

さて、今日の聖書。
今日はバスの中で読みました。
「日々のみことば」は聖書の本文も印刷されているので、
バスの中で読んで祈る時などはぴったりですね。

今日はルカによる福音書2章39-52節。

「わたしが必ず自分の父の家にいることを、ご存じなかったのですか。」
49節。

私はイエスをどこに探しているだろうか、
それを思いめぐらさせられました。

「父の家」・・・それは神の家ということですよね。

で、昨年の教会の御言葉である
「私の家は祈りの家ととなえられるべきである」という言葉を思い出しました。
その「私の家」=「神の家」は、
教会、神を信じる者たちの集まりとしての
教会を指しています。

イエスは神を信じる者たちの集まりの中に、
その交わりの中におられる。
その神の家におられる。

その神の家の形成が急務であると思いました。

その神の家を形作ろうと思いました。
そのために自分がすることは、
まず、人々を愛すること。

「あなたが語りかけるのは、
あなたが恐れるべき対象ではなく、
あなたが愛するべき対象である」
というリック・ウォレンの言葉を思い出しました。

愛することをもっともっと教えて頂きたいと思いました。

その力を与えて頂きたいと思いました。

主よ、
どうか、お住まい下さい。
私たちの教会に・・・いえ、この教会はあなたのものです。
あなたの教会の中にお住まい下さい。
そのために、私が愛することがもっとできますように。
愛を増して下さい。

2008-01-08

ナチュラル。

今日は本当に暖かかったです。
朝はそこそこ冷えて2.7度。
でも、そのあと気温がぐんぐん上がって、
最高は17.2度でした。

20度以上の予想を出しているところもありましたが、
結局そこまでは行きませんでした。

で、今、ミシガン州を寒冷前線が通過中。
これがもうすでに通過したシカゴやホランドは5度以下に下がっていますが、
それがまだ通過していないバトルクリークでは12度くらいあります。

そして、その寒冷前線が明日、こちらを通過します。
たぶん、昼頃。
そして、そのあとこちらも、この暖かさとはお別れです。
でも、まあ、10度くらいまでは上がるようで、
本当に寒くなるのは来週になってからのようです。

クリスマス、元旦、と2回続けて「火曜礼拝」がお休みだったので、
今日は久しぶりの火曜礼拝でした。

日曜日来られなかった方々が、
時間を作って来られるのを迎えるのは、
とてもうれしいことです。

もっともっと多くの方々が来られる礼拝になればいいと願います。

今日は何ヶ月ぶりかの
バーバーのんち。
(「ババー」じゃないですよ、念のため。)

のんちとかきごおりの会話。
「お客さん、××くなってきたねえ」
「え~、まじっスか?」

さあ、××は何でしょうか?
って、「城」だったら、まあ、驚かないというか、
「まじっスか」じゃなくて「だよね~」って感じなんですが、
今日は「臼」だったんですよね。

まあ、「城」は同世代の中でも、
そこそこ進んでいる方だったのですが、
「臼」まで来ているとは・・・。

で、その後シャワーを浴びてスカッとして、
鏡を見て、「城」の方の問題をどうしようかと・・・。

数年前からは、ちょくちょく黒いインクの助けをいただいていたのですが、
今は、もうしばらく「ナチュラルグレー」で行こうかと。

最初に「ナチュラル」を脱皮した時には、
それまでは、「ナチュラル」でなくなることに
ちょっと心理的な抵抗があったのですが、
いざ、本当にやってみて、
初めて鏡の前に立った時に、
「わあ!本当の自分に戻った!」
と思ったものです。

さて、どっちが「本当の自分」なのか、
いや、いったい、何が「本当の自分」なのか、
考えさせられる経験でした。

とりあえず、今のところ、
しばらく「城」も「臼」も自然派で行こうと思います。

さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書2章21-38節。

「彼が御霊に感じて宮に入ると・・・」
27節。

最近、ずっとこれですが、
神様が、聖霊様が、教えてくださる人、
聖霊によって、感じて、わかる人、
そのような者になりたいと思いました。

このシメオンもアンナも、
聖霊様によって、示されて、導かれて、
イエスが救い主だと見えてくる・・・。
そのような感覚を与えられたいと思います。

そのためにはどうすればいいのでしょう。

本当に聖霊様の語りかけ、
聖霊様の導きに敏感でありたいと思います。
その声に焦点を当てたい、
チューニングを合わせたい、
そう思いました。

主よ、
どうか、あなたの御声を聞き分ける耳を与えてください。
聖霊様の静かな語りかけを、
聞く耳を与えてください。

聖霊様との親しい関係に私を導いてください。

2008-01-07

しるし。

今日は暖かい一日でした。
最高気温は15.5度。
今は夜の12時前ですが、5.5度まで下がってきています。

でも、これ以上は余り下がらないでしょう。
明日は17度くらい行きます。
Enjoy the 「暖波」。
いつまでも続きませんから・・・。

そして一回こういう暖かさを経験してしまうと、
次に寒くなった時に身にしみます・・・。

今夜のGFSを見ると、
明後日の朝くらいが一番暖かくて、
そのあと、下がっていって、
日曜日くらいから氷点下に戻るようです。

さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書2章1-20節。
クリスマスのところです。

「これが、あなたがたのためのしるしです。」12節。

この「しるし」というのは、
「徴」であって、この救い主は「飼い葉桶の中に寝かされてあるような救い主だよ」
という意味だといわれています。

しかし、今日、ここを読んでいて、
「羊飼いたちは、見聞きしたことが、全部御使いの話のとおりだったので・・・」
という言葉と一緒に考えると、
このしるし、とは、
「私の言っていることが本当だ」という「しるし」なのかも、
と思わされました。

聖書の中にそのようなしるしがたくさん出てきます。
代表的なのは、モーセの杖が蛇になる、という奇跡で、
それが「神がモーセと共にいる」というしるしでした。

私の心の中に「しるし」を求めてはいけないような気持ちがあります。

「ユダヤ人はしるしを要求し、ギリシヤ人は知恵を追求します。しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。」という言葉が、コリント第1の手紙の1章にありますし、イエスも、「しるしを与えてください」と言われた時に、それに対して、「おまえたちはそう言うけど・・・」と答えられたので、しるしを求めることはいけないような気がしているのです。

でも、とにかく求めてみようと思いました。
「ダメだ」と神様に言われたらその時はその時だ。
とにかくどのように応えてくださるか、求めようと思いました。

神様が共にいて下さるというしるし、
神様が導いてくださっているのだというしるし、
今進もうとしている方向が正しいのだというしるし、

主に与えて頂きたいと思いました。

そして、祈りました。

一つ、与えられた答えは、
「私が共にいるしるしは、イエスの十字架だ」ということです。
イエスの十字架の中に、イエスが人としてきて下さったことの中に、
神様が共にいて下さるしるしがあるのだと、答えが与えられました。

まさに、今日の「飼い葉桶のしるし」に通じるしるしです。

続けて答えを求めていきたいと思います。

主よ、
しるしを与えてください。
あなたがわたしと共にいるしるしを、
あなたが導いてくださるのだというしるしを、
私に与えてください。

もしも、悔い改めるべきことがあるならば、
それも教えてください。

2008-01-06

聖霊に満たされるということ

今日は朝起きたら、1.2度、
そして昼間は8.4度。
どんよりはしていましたが、
穏やかな一日でした。

明日は13度、火曜日は17度。
しばらくは朝も氷点下にはならないで、
暖かい日が続きそうです。

1週間のつかの間の「暖冬」を楽しみましょう。

今日は日本でいう「寒の入り」です。
これから2月の初めの立春までの間が、
「寒中」で平年値を取ると一番寒い季節です。

ここら辺でも平均値を取ると
14日から28日が一番寒い時期です。

史上最低も1961年1月22日の-24度。
ちなみにこの年はとても寒い冬だったようで、
日別の最低記録を見ても、
1月24日、25日、31日、2月2日は、
この年が最低です。

1994年も寒い冬だったようですね。
その時にはアトランタにいました。
確かにアトランタでも、華氏でひとケタの日がありました。

最近はそのような寒い冬はありません。


さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書1章67-80節です。

「さて父ザカリヤは、聖霊に満たされて、預言して言った。」67節の言葉です。

本題はこのザカリヤの預言の中にある言葉なのでしょうが、
なぜか、この言葉が心に留まりました。

それは、
1.私の中に「聖霊に満たされたい」という渇望がある。
のか、それとも、
2.神様が私をそこに招いておられる
のか。

まあ、どちらでもいい。
たぶん両方。

とにかく、この御言葉が与えられていることに意味があるのだとも思いました。私もこのザカリヤのように、聖霊様に満たされて、賛美にあふれる歩みをしたいと思いました。
そのために何が必要なのか、何が求められているのか、もっと知りたい。そのためにできることは何でもしたいと思いました。今日も悔い改めるべきことを示されました。

主よ、
ザカリヤに賛美を与えた聖霊様を、
マリヤをおおい、守り、
イエスの母とならしめた聖霊様を、
私にも与えてください。

『イエスが、これらのことを話しておられると、群衆の中から、ひとりの女が声を張り上げてイエスに言った。「あなたを産んだ腹、あなたが吸った乳房は幸いです。」 しかし、イエスは言われた。「いや、幸いなのは、神のことばを聞いてそれを守る人たちです。」』ルカ11章27-28節

明日はNY/NJ/CT/PA地区の日本語教会の牧師会です。
お祈り下さい。

2008-01-05

「暖波」トーンダウン?

今日も穏やかな一日でした。
朝は-5.5度と天気予報通り冷え込みましたが、
昼間は6.4度まで上がりました。

今、夜の11時で、2.3度で雨が降っています。
でも、この雨もまもなく上がるようです。

2日前は最高気温が-6度だったのに、
今日は「雪」じゃなくて、「雨」だったりするのが、
こちらの天気ですよねえ。

今年はこういうパターンが多いようですね。
冷える時は冷えるけど、
降る時はみぞれか雨。

まだ本格的な雪は一度もありません。

で、今回の「暖波」ですが、
だんだん、「大して暖かくならない」という感じになってきました。
とても残念です。

「暖かくなるんだ」ととても楽しみにしていた分だけ、
「プチ暖波」では、ちょっと物足りなくて仕方がありません。

でも、それでも、明日は10度くらいまで上がるようです。
そして、火曜日くらいまでは暖かいようです。
そのあとはだんだん下り坂・・・。

15-18日くらいのどこかで雪が降るかもです。

今朝は月に一度の土曜日の早朝祈祷会。
「土曜日だけはゆっくり寝かしてほしい」という方の多い中で、
なかなか大人数とはいきませんが、
今日も祈るために集まりました。

その中で、今年JCCNJでまとめて購読している
「日々のみことば」について、
思わされたこと、励まされたこと、
分かち合ってくださる方々がおられて、
とてもうれしかったです。

そのような場が(このブログを含めて・・・)、
もっともっと起されていきますように。

さて、今日の「日々のみことば」
今日はルカによる福音書1:57-66でした。

「いいえ、そうではなくて、ヨハネという名にしなければなりません」60節の言葉です。

この「きっぱり」とした言い方に、心が留まりました。
その前後の「人々」の行動にもびっくりします。
時代と文化なんでしょうね。
親よりも「人々」が「ザカリヤという名前にしようとした」なんて。
そして、お母さんが「ヨハネでなければなりません」
と言うのに、人々が「そんな名前親戚一族にもおらんぞ」と反対するとか。

でも、それでも二人は神様に従った。

文化の中で、軋轢がある中で、
神様に従った二人。
そして、その時に、神様はザカリヤの口をもう一度きけるようにしてくださいました。
そして、彼は賛美にあふれました。

神様に従うってこういうことなんだと思わされました。

私たちは神様に従う時に、
このような戦いがあるだろうかと。

そのような時に本気で主に従えるか、
問われているように感じました。

主に従うものでありたいと思います。
明日の礼拝説教の聖書箇所もつながってきました。

「幸いなのは、神のことばを聞いてそれを守る人たちです。」ルカ11:28

神様、
あなたに従ったこの二人のように、
私もあなたに従う者でありますように。

軋轢を恐れないであなたに従う者でありますように。
口を開く時に、賛美があふれる者でありますように。

2008-01-04

熱心になっていい

今日は晴れて氷点下脱出。
1.4度まで上がりました。
昨日の最高気温が-6.1度でしたから、
ぐーんと上がったわけですね。

でも、やっぱり寒かったです。

今は夜の10時で、-0.4度。
明日の朝はまた-7度くらいまで下がる予想が出ていますが、
さあ、どうなるでしょう。

で、明日の昼間は7度くらい。
日曜日は10度くらい。
月曜日は13度くらい、とだんだん上がってくるようです。

でも、この「暖波」、残念ながら、
思ったより短くて、
1週間くらいのようですね。
来週の週末か、再来週の初めには、
雪になるかもしれません。
そして、再来週はちょっと寒いみたいです。

冬は冬らしくあってほしいと思う一方で、
やっぱり暖冬は助かります。

さて、明日の朝は早朝祈祷会なので、
今日は早速「日々のみことば」を書いて、速攻で休みます。

今日はルカによる福音書1章39-56節。

「主によって語られたことは必ず実現すると信じきった人は、何と幸いなことでしょう。」
45節の言葉です。

ここを読みながら、
マリヤにとって、エリサベツはものすごい励ましの存在だったし、
エリサベツにとっても、マリヤはものすごい励ましになったのではないだろうかと思いました。

実は、自分は子供の頃から教会で育ってきて、
心のどこかで、「熱心になりすぎる」ことに反発を感じていました。
いつもどこかで醒めていた自分がいました。

信仰をちょっと斜に構えて見ている自分がいました。

「クリスチャンぽくない」とか
「牧師ぽくない」とか言われる時に、
「いいのかなあ」と思いながら、喜んでいる自分がいました。

そうでなければいけないのではないか、
それでなければ、この世の人々との接点ができないのではないか、
そう思っている自分がいました。

でも、このところを読んで、
エリサベツの熱さ、
またマリヤの熱さ、
その信仰の姿勢に、打たれました。

私もマリヤにとってのエリサベツのような存在になりたい。
エリサベツにとってのマリヤのような存在になりたいと思いました。

世離れしていると思われても、
ついていけないなあ、と思われても、

主を思い切り信じて歩んでいきたいと思いました。

熱心であってもいい、
神様の御言葉をまともに信じて歩んでいこうと思いました。

主よ、
あなたの僕としてください。
あなたの言葉を、まともに信じる者でありますように。
斜に構えていた私を赦してください。
あなたをまっすぐに前に見つつ歩む者とならせてください。

単純なまっすぐな、熱い信仰を与えてください。

2008-01-03

今日は寒い!

いやあ、今日は寒いですねえ。
朝は-11.3度。
そして、最高気温も-6.1度です。
さすがに寒い!と思いました。
別に外を歩くわけではなくて、
すぐ車に乗るのですが、
それでも、外に出るのがおっくうになります。

今、夜の10時ですが、-9度。
明日の朝はまた-12度前後でしょう。

フロリダの方まで氷点下の予報です。

でも、昼間はぐんぐん温度が上がって、
氷点下を脱出する予想が出ています。
すでに西の方から寒さがゆるんでいるようで、

昨日の11時に-13度だったシカゴも、
-17度だったミネアポリスも、
共に今は-6度と、こちらより暖かくなっています。

来週の「暖波」が楽しみです。

でも、去年の1月の記事を読むと、
「チューリップの芽が出た」とかありますから、
去年は「大暖冬」だったんですね。
それに比べると、
今年は、「プチ暖冬」といったところでしょうか。
今日はそんなこと忘れるくらい寒いですが・・・。

今日は、CGNTVより
「セミナー」の中から、
「QTの分かち合いと証し(2)」を見ました。
これは元々韓国語のセミナーを日本語字幕で見るので、
画面をしっかり見ていなければいけません。
つまりコンピューターの前に1時間座っていなければいけないわけです。
それが難しくて、なかなか見ることができない、と言う方もおられるでしょう。
でも、これ早回しができます。
1.5倍速くらい。つまり1時間番組を40分で見ることができます。
画面を右クリックして「Play Speed」からFastを選ぶと、
速くなります。

それから、やはり画面を右クリックして
ZoomからFull Screenを選ぶと、
画面いっぱいに広がるので、字幕が読みやすくなります。

「聖書を読んで、教えられたことを分かち合うこと」の大切さ、
また、それによって与えられる力について、
お話をしてくださっています。

「最近、聖書を読めないんですよねえ」ということさえ、
安心して分かち合える関係の大切さも語られます。

さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書の1章26節から38節です。

「 神にとって不可能なことは一つもありません。」
37節。

今日は、当事者であること・・・について思わされました。
私たちはどこまで行っても、この記事は、昔のことです。

「神にとって不可能なことは一つもありません」ということも、
当事者でない立場で言うことは、やはり簡単なんだろうと。
誰か他の人のこと、として聞いたり、言ったりすることは
簡単なんだろうと。

でも、それが自分のことだったら、
そんなに簡単に聞いて受け入れることもできないだろうし、
そこにかけて生きていくことも簡単にはできないだろうと思う。

私たちにとっては、
この出来事は「イエスの誕生」だけれども、
マリヤにとっては「イエスの出産」なのだ。

さあ、自分にとって
「神様には何一つ不可能なことはない」とは、
具体的には何のことを言われているのだろうか。
それも問われたし、黙想に導かれた。

主の全能を信頼して、
そこにかけて歩む者でありたい。

主よ、
マリヤのように、
私もあなたの僕です。
あなたの願われるように導いてください。
あなたの全能を信頼します。
私の信仰を守ってください。

2008-01-02

沈黙の恵み

今日は寒い一日でした。
朝からずっと氷点下。
最高はちょうど0度くらいでしたが、
今は夜の11時で-9.1度です。

ちなみにシカゴは-13度。
ミネアポリスは-17度です。

明日の朝は-10度から12度くらい。
華氏で1ケタになるかもしれません。

そして明日の最高気温の予想は-4度くらいです。

寒い一日となるでしょう。

でも、その寒さも、金曜日にはゆるんで、
週末からは冬らしくないくらい暖かくなるようです。

そして、それが1週間以上続くようです。
助かります。

さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書1章18-25節。

「やがて彼は出て来たが、人々に話すことができなかった。」22節。

ザカリヤが口がきけなくなったことは、
「信じないことに対する罰」というイメージが強かったのですが、
今日、ここを読みながら、
「沈黙」の大切さを思いめぐらしていました。

私もコミュニケーションの大切さを感じていますし、
このように聖書を読んで感じたことを分かち合うようにと、
皆さんに勧めています。

腹を割って話し合うこと、
感じたことを腹の中にしまっておかないで、
話すことの大切さが、いつも語られています。

でも、というか、だからこそ、
「沈黙」がどれほど大切なのだろうかと思います。

ヨシュア記でエリコの町を攻略する時に、
話をすることが禁じられたのはどうしてだろうか、
と考えたことがあります。

おそらく、「何のためにこんなことしているんだろうなあ」という、
思いになって、そういう話が盛り上がることを、
神様は禁じられたのではないだろうかと思います。

沈黙を守っている中で、
自分が神様との関係の中で、
解決を頂けることも、
人に話す中で、
大きくなってしまうこともあります。

こう書きながら、「話をすることの大切さ」を
やっぱり感じている自分がいます。

でも、いや、だからこそ、
沈黙が与えられる時がある。
沈黙を守らなければならない時がある。

そう思いました。

ちょっと先のことを書きますが、
ザカリヤが再び口がきけるようになった時、
そこから出てきたのは神への賛美でした。

私もそのような者でありたいと思いました。

沈黙の中で神に向かい、
沈黙の中で、神と語り、
神に教えられ、
御言葉によって語られて、
解決をいただいていく、
そのようなことも必要だと思いました。

主よ、
沈黙の大切さを教えてくださりありがとうございます。
語るべき時と、黙るべき時、
あなたが教えてください。
あなたが導いてください。

そして、私があなたの導きに対して、
いつも敏感であることができますように。

2008-01-01

今日は何の日?

今日は午前中は雨。
昨日寝る時には氷点下だったのですが、
今日は朝からどんどん気温が上がって、
降り出しから雨でした。

そして、昼頃には上がりました。
これから、どんどん冷えてくるようです。
今は夜の9時頃ですが、
まだ4.0度あります。

でも、明日から金曜日の昼頃までずっと氷点下です。

お気をつけて・・・。

今日は教会での元旦礼拝。
子供までみんなで一緒に礼拝を守りました。
100人ほどの方々が共に新年、神様の前に出てスタートしました。

「静まって、わたしこそ神であることを知れ。」(詩篇46:10)

主が私たちの思いを超えて、素晴らしいことをしてくださいますように。

さて、新年早々、親ばかネタを一つ。

3時頃に教会を片づけて、
車2台で行っていたので、
1台が男車、1台が女車で、帰りました。

着くなり、下の娘が泣いています。

何で泣いているのかと聞くと、お姉ちゃんとママが悪いそうで・・・。

もうちょっとつっこんで聞いてみると、
「『今日はサキのわんちゃんの誕生日だ』って言ったら、
ママとユキは笑った・・・」とのこと。

まあ、笑うはな、それは・・・。
そんなことでいちいち泣くな!という感じでしたが、
思いっきり優しいパパをやってしまいました。

実は今朝起きたら、「あけましておめでとう」も言う前から、
「今日は何の日だ?」って聞くんですよね。
「お正月でしょ」と答えたのですが、
「サキのわんちゃんの誕生日」

うーん、うちのペットはヤドカリ2匹・・・。

でも、サキはぬいぐるみの犬をペットのようにかわいがっています。

で、「どうして?」って聞くと、
「ワン、ワン」だから・・・だそうです。



幸せもんだなあ、おまえは・・・。

(2日連続で、サキ、ハジ、私の3人でUNO。
昨日はサキが勝ち、今日はハジが勝ちました。
ホントは強いはずなんですがねえ・・・)

さて、今日の聖書。今日から「日々のみことば」を使って読みます。


いろんな、「デボーションガイド」があります。
これは毎日聖書を読むために励みになるように、
「今日はここを読みましょう、ここはこう言うところで・・・」
と説明が書かれているものです。

そんなデボーションガイドの中には、
「ちょっといい話」が書いてあるのもあります。


それもいいのですが、
それを使っていると、
なんだか、その「ちょっといい話」の方ばっかりに心が行って、
聖書の言葉から聞こうとする姿勢が育たないような気がします。


ですから、今年はこれを選びました。

これだけ読んでも、ちっともおもしろくない本です。

聖書と一緒に読むと、いろいろ目が開かれていきます。

少しでもお互いの励みになればいいなと思います。

手許に「日々のみことば」がない方のために、
毎日の聖書の箇所が、
このページの右の上の方に書いてあります。

今日はルカによる福音書1章1-17節。

最初は、神様が、その大きな働きを始めようとされる時には、
そのことを予告される、ということを思わされました。

アブラハムは神に、「わたしがしようとしていることを、アブラハムに隠しておくべきだろうか。」(創世記18:17)と言われます。

また、アモス書の3章7節には、「まことに、神である主は、そのはかりごとを、ご自分のしもべ、預言者たちに示さないでは、何事もなさらない。」とあります。

是非、主にその心の中を開いて頂けるような、そんな関係を持たせて頂きたいと思いました。

また一番心に留まった言葉は「逆らう者を義人の心に立ち戻らせ・・・」17節の言葉です。


主はそのことをなされる。
そのことをされる力を持っておられる。

あの日曜日のJim Cymbala牧師のお嬢さんの話も思い出させられる。
主はそのことをしてくださる。

そのことをもっともっと祈っていこうと思いました。

神に逆らって歩んでいる人々に、
主が語ってくださるように。

どんなに神様に逆らっている人々も、
主に帰ってくることができる、

そのことを信じて、また見せて頂きたいと思いました。

今年の一年を通して、そのことを経験させて頂きたいと思いました。

主よ、
新しい年、歩みをスタートすることができて感謝します。
どうか、共にあって導いてください。
一歩一歩御言葉によって語られて歩む、私でありますように、
一歩一歩御言葉によって語られて歩む、教会のひとりひとりでありますように。

謹賀新年

あけましておめでとうございます。

米国東部時間も新しい年になりました。

本年もよろしくお願いします。

「静まって、わたしこそ神であることを知れ。」詩篇46:10

神の御業を見せて頂く一年でありますように。

今日は11時から教会で元旦礼拝です。

2007-12-31

感謝。

昨日の予報はずれましたね。

昨日寝る時には2度で雨。
そして、朝起きたら1.2度で晴れ。

その間に何があったかはわかりませんが、
雪化粧はしていませんでした。

そして、今日は一日晴れ。
このあと曇ってきて、
明日は雨になるようです。

今は夜の10時45分。
今年もあと1時間あまりの時点ですでに
氷点下0.9度です。

今年一年を振り返って
やっぱり今日、感謝が湧いてきます。
もちろん、きついことや悲しいこと、
「どうして・・・」ということもありました。
まだ解決を見ていなかったり、
どのようにしたらいいか迷うこともあります。

でも、やはり感謝が湧いてきますね。

なんだろうと、
今日、車の中で、家族と話しながら、考えたら、
やはり新しい方向性が見えてきたことでしょうか。
何が教会にとって大切なことか、
見えてきたことでしょうか。

「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。」
ヘブル12章2節。

そのことの大切さが見えてきて、
何か本当に平安です。

だから、感謝します。
そして礼拝でお話ししたように、
主に祈りつつ進んでいきたいと思います。

やはり教会は神様の奇跡を見ながら歩まないと・・・。

それから、今年はちょっと健康のことも曲がり角。
基本的には元気なのですが、
今年は元旦から1週間、
それから5月の修養会の時、
1年で2回もかなりひどく体調を崩して、
教会の皆さんにご迷惑をかけました。

それから、膝の痛みがとにかく手すりがなければ階段が上れないくらいになってきました。
こんな小さないくつかの弱さも、なってみないとわからないものですね。

ちょっとくやしいというか、
でも、大切なことですよね、
その小さな弱さを受け入れていくこと。

(ホントは、明日教会でバレーボールができるように着替えと靴を持っていこうかと思っているのですが・・・。)

アレルギー以外でお医者さんに行くことも余り無かったのですが、
これからは、ちょくちょく、お世話にならないと・・・です。


さて、今年最後の聖書。
今日はガラテヤ人への手紙の6章を読みました。

「しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。この十字架によって、世界は私に対して十字架につけられ、私も世界に対して十字架につけられたのです。」14節。

私の好きな聖書の言葉の一つですが、
今日はその一番最後の「私も世界に対して十字架につけられた」という言葉も心に深く留まりました。

私と世界との関係にも、十字架が、イエスの十字架がそこに立っている。
そして、私もすでにこの世界に対して死んでいる。

世界に対して何か自分がアピールする必要もない。
何か認められる必要もない。
ただ、イエスの十字架が見られてほしい。
イエスの十字架に感動する人々が起されてほしい。

本当にそこに生きる、徹底的にそこに生きる者でありたいと思います。

主よ、
この一年に感謝します。
一つ一つの出会いに感謝します。
一つ一つの出来事に感謝します。
あなたとの関係がもっと深くなったことに感謝します。

どうか、これからも、あなたとの関係の中に
生きることができますように。

出会った一人一人のうちに神様、あなたの守りと祝福がありますように。

明日から、「日々のみことば」を使って、
聖書を読みます。
聖書箇所はこのページの右の上の方に出ています。

今11時24分・・・今年もあと36分です。

2007-12-30

あと1日。

今日は夕方からみぞれ、
でも、夜になって雪になるどころか雨になりました。
今、夜の10時で1.9度。
雨が降っています。

このあと、雪に変わる予報が出ていますが・・・。
10センチは行かないでしょう。

そして、明日は一日どんよりで、
夜はまた雨か雪。

今年も明日一日で終わりです。

元旦の朝も雨か雪。

今年の元旦は暖かかったですからねえ。
去年の大晦日は雨。
その前の年は雪。
3年連続の雨か雪の年越しみたいですね。

今日の礼拝、祝福の中で守られました。
語る中での自由も感じました。

その中でお話ししたBrooklyn Tabernacleの
Jim Cymbala牧師のお話がGoogle Videoにありました。

ちょっと長いですが、大晦日、新年で、
時間がある方は是非、ごらんになって下さい。

残念ながら英語のみなんですが、素晴らしいメッセージです。
このビデオ、直接頂いたので、
個人的に
コンピューターで日本語の字幕を入れて
教会の皆さん用にDVDにしようかとも思ったのですが、くじけました。

日本では出回っていないのでしょうか。

さて、今日の聖書。
今日はガラテヤ人への手紙5章を読みました。

「御霊によって歩みなさい。」16節。

ずーっと読んでいると、
神様に喜ばれるためには・・・と「律法」に縛られることと、
「なんでもいいや」と身勝手な生き方になるのと、
どちらに対する警戒も書かれているんですね。

で、最終的には、
「御霊によって歩む」ということが、
大切なんだと思います。

で、その結果は・・・
「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制」
なんですね。

一つ一つの項目が心に留まりました。

聖霊様によってこのような歩みがしたいです。

逃げではない寛容。
我慢ではない自制。
軽薄ではない喜び。

聖霊様によってこれらの実を実らす者でありたいです。

主よ、
どうか、私を聖霊によって満たしてください。
どうか、御霊の実を結ばせてください。
御霊によって生きることを経験させてください。

元旦からは「日々のみことば」を読みます。
中身は著作権の問題があるので、
書けませんが、その日その日の聖書箇所は、
明日、表にしてアップしておきます。

2007-12-29

神の力

今日は暖かくなりました。
昨日の夜の雨も上がって、
晴れたせいか、暖かでした。

ほぼ一日教会オフィスでしたが・・・。

今は夜の11時半ですが、
1.7度。
今夜は氷点下でしょう。

そして、明日の夜は雪。
雨も混じるようですが、
まあ、雪のようです。

どれくらい降るか・・・。
まあ、10センチ以下だと思います。
でも、一瞬「降りしきる」ポイントがあると思います。
そして、大晦日の朝には上がります。

でも、またその夜から、元旦にかけては雪や雨。
こっちは大したことないみたいです。

そして、そのあと、2日から5日くらいは、
久しぶりの冷え込みになるようです。
朝晩は-10度近くまで下がって、
昼間も氷点下。

でも、でもですよ。
そのあとは、暖かくなるようです。
しばらく暖かいです。
「暖冬」の預言が実現する予感です(ちょっとあいまい)。

で、今日は教会に一つのDVDが届いていました。
アメリカの爆撃機で日本を空爆して、その後捕虜になり、
その収容所の中で、聖書によって、生まれ変わって、
日本に宣教師としてやってきた
デシェーザー氏のドキュメンタリーです。
英語なのが、残念ですが、
家族とか、戦友たちが出てきていろいろ証言をします。
私も何度か文章で読んでいましたが、
これはまた映像になるといいですね。

From Vegeance To Forgiveness
インターネット上で見れるみたいです。

日本語版はないのでしょうか。

でも、日本軍の捕虜として、ひどい目にあって、
戦友たちが何人も処刑されたり、
待遇の悪さに獄死したりという経験のある
彼が、日本を愛して、日本のために一生をささげたことは、
本当に信じられない思いです。

「父よ、彼らをお赦しください。彼らは何をしているのか、わからないでいるのです」という十字架の上でのイエスの言葉が彼の心をとらえたのですが、それと共に、最後に奥さんが言っておられたのは、「赦す、ということでも最初の一歩を踏み出せば、あとは神様がやってくださる」んですね。神様の力はすごいなあと思います。

さて、今日の聖書。
今日はガラテヤ人への手紙4章でした。

「神は『アバ、父』と呼ぶ、御子の御霊を、私たちの心に遣わしてくださいました。」
6節。

聖霊様の働きに目が留まります。
聖霊様が、私たちの心に神様のもとで、安心して休める、
信頼して安らぐことのできる平安を与えてくださる。

私たちは一生懸命、一生懸命、
神様に喜ばれようとしたり、
神様のために・・・とがんばったりするけど、
聖霊様は、私たちが安心して、主のもとで過ごすことができるように、
助けてくださる。

聖霊様をもっともっと求めたい気持ちになりました。
聖霊様に満たして頂きたいと思います。

今日見たそのデシェーザー宣教師の話の中にも、
彼に導かれた日本の方々が、
彼の中に何かがあふれていた、と話していました。

私の中に、聖霊様による平安があふれますように。

聖霊様、

どうか、私のうちにあふれ、
主の前に平安のうちに歩むことができるようにしてください。
安心して、主の御許で過ごすことができますように。

主よ、
感謝します。
あなたを父と呼べることのできる者としてくださったことを。

2007-12-28

ちゃんと寝ないと・・・

さて、今日はどんよりじゃなかったですね。
昼過ぎまで結構スカッと晴れていました。

朝は1度くらい。
そして昼間は8度くらいまで上がりました。

そして、夜は雨。

12時過ぎまで降り出さない、という話だったので、
休みなのにどこにも連れて行けない娘たちを、
今日の夜、先日、車の中で寝ていて見れなかった時のリベンジで、
ロックフェラーセンターのクリスマスツリーを見に、
連れ出しました。

ちょっと離れたところの路上に
車を停めて、歩いたのですが、
近くに行ったらまるで年の瀬のアメ横。
はぐれちゃいけないと、
6歳の娘の手をしっかり握って歩いていたら、
自分が子供時代を思い出しました。

マンハッタンのミッドタウンととアメ横。
全然違うのですが・・・。
グッチとか、カルチエとか、アメ横にはないし・・・。
おいてあったら、ちょっと怪しいし・・・。

でも、自分の印象の中ではなんだか重なっちゃいますねえ。

で、着いたら、いきなり雨。
ちょっとだけ見て、写真とって、
ちょっとだけ、Saksの外側見て、
(外側だけ。中はちょっとね・・・)
30分くらいで帰ってきてしまいました。

で、今度の大晦日Stormというか、
Sunday Night Stormというか、
やっぱり来るみたいです。

でも、まだ東にそれる可能性も残っていて、
確率は60パーセントくらいのようです。

来ても、雪は6-9時間で終わる、
3インチくらいの、「ちょいStorm」みたいです。

詳しくはまた明日・・・

さて、昨夜は9時台に更新して、10時頃にはもう寝てしまいましたが、
今朝もしっかり6時台まで休んでいて、
「いやあ、よく寝た」という感じでした。

先日などは、3時間睡眠とか続けていたら、
人と聖書研究をしている最中に
睡魔に襲われて、
宿題を出しておいて、自分は、
「ちょっと休んでいいかな」と5分間だけ、
座ったままうとうととさせて頂きました。
そして、スカッと目が覚めて、
聖書研究を続けました。
人生初めてです。
人と聖書研究をしている最中に休ませて頂いたなんて。

つくづく、「寝不足はいかん」と思った次第です。

で、「寝る」つながりで、

最近聞いたH氏の話。

ちょっとのどを痛めたH氏。
咳き込んで、家族を起しちゃいけないと、
一人居間で寝たそうです。
ところが、ホットカーペットをつけていた。
本当に気持ちよく寝たそうな。
気持ちはわかります。
ホットカーペットは幸せな気分にしてくれます。
こたつなんかもそうですよね。

で、起きたら、背中がひりひり痛む。
なんだろうと思ったけど、
ホットカーペットのせいだなんて思ってもいなかったH氏。

なんと、こともあろうに、次の夜、
やはりホットカーペットの上でねたそうな。
今度は、ひりひり痛む背中をかばい、お腹を下にして・・・。

翌朝・・・そうです。
お腹もひりひりしていたそうです。

1週間両面ひりひり状態だったそうです。

でも、怖いんですよ、低温やけど。

お気をつけ下さい。

まあ、お元気そうですけどね。H氏。

長くなりました。
聖書に行きます。

今日はガラテヤ人への手紙の3章を読みました。

「あなたがたが御霊を受けたのは、律法を行ったからですか。それとも信仰をもって聞いたからですか。」
2節。

何度も何度も読み返しているうちに、
この言葉が響いてきました。

今、また聖霊様を与えられるためには、
たくさん条件があるような気がしている。

熱心さ、罪から離れること、祈ること、求め続けること・・・
どれも大切なことだと思うし、
またパウロが言うところの「律法を守る」ということとは全然レベルの違うことかもしれない。

でも、いつの間にか、自分のがんばりが大切であるかのような、
信仰になってしまいやすいことを感じる。

めぐみによる救い、
一方的な憐れみによる救いを忘れていないだろうか。

主のめぐみに心を留めて、
信じる者に、求める者に、
聖霊を下さる神様に祈り求めていきたいと思いました。

本当に聖霊様に満たして頂きたいです。
もっともっと喜びに満たし、
力に満ちあふれて歩みたいです。

主よ、
あなたを信頼します。
信頼して求めます。
どうか、私を聖霊様で満たしてください。
そして、そのことを私に、
そして、周りの人々に、
わかるように表してください。

めぐみに感動して、
歩む者にしてください。

2007-12-27

愚かになる

今日はまたどんよりな一日でした。
朝は2度くらい、昼間は5度くらい。

明日の朝は氷点下の予想が出ていますが、
今は夜の9時過ぎで4度あります。

明日の昼間は曇りのようですが、
夜にはまとまった雨になりそうです。

ところで、今、天気予報の世界では、
大晦日がどうなるかが、話題になり始めています。
Stormが東海岸に雪を降らせるかどうかです。

私は余り期待していないのですが、
可能性はあります。

さあ、どうなることでしょうか?
詳しくはまた明日に。

日本も年末年始は寒気みたいですね。

来年1月末から2月半ばまで日本を訪問します。
まだ詳しくは何も決まっていませんが、
東京圏と関西圏を中心に回ると思います。
また、詳しく決まり次第、予定をUPします。

余り寒くない2月となりますように。

今日、時間を作って、
(つまり、また後回しになってしまった仕事はあるのですが・・・)
右のリンクにあるCGNTVで、三浦綾子さんの特集を見ました。

その最後の方で、綾子さんが神を求め始める大きな転機となった
出来事を紹介しながら、「道ありき」から引用していた言葉が
心に深く留まりました。

「結局は、人間は死んでいく虚しい存在なのに、またしても何かを信じようとするのは、愚かだと思った。しかし、わたしはあえて愚かになってもいいと思った。」

彼女を導いた前川正さんの姿に綾子さんが「信じる」ことを取り戻すことができた出来事でした。

「愚かになってもいい」

そのように人に思わせるものがこの人の中にあった。それはまたその人のうちにある「愚かさ」だった。理屈は通らないんだけれども、信じてみようと思わせるものがあった。
そして、それはもっとさかのぼると、イエスの中にある、神の中にある「愚かさ」なのではないだろうか。

今、自分はもしかしたら、この愚かさを見失っているのかもしれない。
その神の愚かさに支えられて、造り替えられたのに、自分自身は愚かにならないようにがんばっているのかもしれない。損をしないように、バカを見ないように、愚かにならないようにがんばっているのかもしれない。

愚かになっていい。

いや、

愚かになりなさい。

そんな声を聞いたような気がしました。

さて、今日の聖書。

今日はガラテヤ人への手紙2章を読みました。

「いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。」20節

自分の信仰が、いつもいつも十字架のめぐみに根ざしているようにと願いました。

時には、「~らしい」ということを求めている自分を感じるからです。
「牧師らしく」とか「クリスチャンらしく」とか。
そのように生きているだろうかと考えている自分がいます。

それが私自身の歩みの土台にすり替わっていないだろうかと。
それが自分の生活の原動力になっていないだろうかと。

ただただ、十字架のめぐみが自分を生かしている、
自分の生活を導いている、
そのような歩みをしたいと思います。

その中で、「どうせ赦されるから・・・」と神様の愛をなめる者ではなく、
主の喜ばれる歩みを求めていく者でありたいと思います。

主よ、
どうか、あなたの愛を、
あなたの十字架のめぐみを、
もっともっと味わわせてください。
そして、そのめぐみに心満たされて、
喜びにあふれて歩む者でありますように。

2007-12-26

NYのクリスマス

今日は朝出る時は-3度でした。
でも、それほど寒く感じませんでした。
風がなかったからでしょうか。

昼間は逆に肌寒く感じました。

そして、夕方からは雨やみぞれ。
今、昨日の記事を読むと
「ちょっと雨が降るかもしれません」なんて書いていましたが、
かなりザーザー降っています。
今も夜の11時で、1.6度で雨が降っています。
明日も曇り一時雨か雪です。
今日は今年最後のNYの日。
一日いろんな方々とお話をする時が与えられましたが、
NJだったら、我が家でも、教会のオフィスでも、と思いますが、
NYの場合は、「どこでお会いしましょうか」と迷うことがあります。
マクドナルドだったり、
スタバだったり、
ING Directカフェ(穴場)だったりするのですが、
夕方、ある方と待ち合わせに使ったのが、
Grand Central駅の隣の
Grand Hyattというホテルのロビー。


広々としたロビーで、ソファーがいくつも置いてあるし、
宿泊客じゃないからと文句を言われることもないので、
数年前から、たびたび待ち合わせなどに使わせて頂いています。
(毎週1回1時間で計7回、受洗準備クラスをやったことも・・・)

携帯カメラの映像なので、余りはっきりしないのですが、
冬の国のイメージで飾り付けがなされていました。

そして観光客でごった返していました。

試しに明日の宿泊はいくらか調べてみました。
今からでも予約を入れることができます。
一部屋479ドルです。

来年のクリスマスイブだったら200ドル台で予約できます。

でも、そんなお客様たちが払ってくださった宿泊費の一部で、
ちょっと申し訳ないような気持ちもしますが、
私の様な者も、ロビーのきれいな装飾を楽しむことができます。

昨日の夜は写真は撮れませんでしたが、
11時50分ぐらいにロックフェラーセンターのクリスマスツリーの前を
車で通ってきました。
女の子2人はもう寝ていましたが、
のんちとハジと私で「すげー」とか歓声を上げていました。
NYのクリスマスをちょっとだけ味わいました。

さて、今日から大晦日まではガラテヤ人への手紙を読みます。
ちょうど6日間で一日1章で読めるから・・・というのが、
選んだ理由です。

今日はガラテヤ人への手紙の1章を読みました。

「私が使徒となったのは、人間から出たことでなく、また人間の手を通したことでもなく、イエス・キリストと、キリストを死者の中からよみがえらせた父なる神によったのです」1節。

パウロが使徒として歩んでいたのは、
人によってではなくて、
イエス・キリストと父なる神によって任命された、
ということによりました。

ここを読みながら、私自身のここでの働きのことも振り返っていました。
人によってではなく、人間から出たことでもなく、
主によって「頼むよ」と言われたような思いです。

おそらく、それがなかったら、本当にできなくなってしまうと思います。

人から頼まれたから、皆さんにそう言われたから・・・
ということだけでやっていたら、行き詰まってしまうと思います。

主がそのように任命されたから・・・。

自分自身の召命を再確認させられました。

主の召しに対して、従順であり続けたいと思いました。

主よ、
いつもあなたの声を聞いていくことができますように。
いつもあなたの導きに従っていくことができますように。
私を守り、導いてください。

2007-12-25

ほっぺたが落ちるのはこわい

今日は朝ちょっと冷え込みましたね。
確認するのはうっかり忘れていましたが、
朝、教会で祈るために外に出たら、空気がひんやりして、
残っていた雪もしまっていました。

でも、昼間は7度くらいまで行ったようです。

今は-1.5度。
明日の朝はこのまま-3度くらいまで下がるでしょう。

そして、明日は東の海上を低気圧が通ります。
ちょっと雨が降るかもしれません。

今日は朝教会でお祈りしたあと、
うちに帰ってまた一休みと思ったら、
昼前まで寝てしまいました。
そして、昼食を家族で食べていた時に、
「おいしいね」ということをどう表したらいいかと思って、
今風で言えば「これヤバイ」と言うことなんでしょうが、
昔はなんて言っていたかなあ思い出していたんですね。

そしたら、「おいしくてほっぺたが落ちる」という言葉を思い出したんですよ。

それはまだ私が大阪にいる頃ですから、
3歳か、4歳くらいの時だったのですが、
父がおやつに何か粉を溶いて・・・
考えるとホットケーキかクレープみたいなもんだと思うのですが、
何か作ってくれたんですよね。

でも、その時、父がつくりながら言った、
「これはおいしくてほっぺたが落ちるぞ」といった言葉で、
ものすごく怖くなってしまって、
「それなら、ボクは食べない」と言って、
兄や弟が食べているのをホラー映画でも見ているような気持ちで、
自分のほっぺたを押さえながら、柱の陰から見ていた記憶があります。

いや、本当に怖かったんです。

それから、しばらく甘いものとかほしくなかったですね。
マジでほっぺたが落ちる場面を想像していました。

でも、それを考えると、
いまの「これ、ヤバイ」というのは、
ちょっと表現としては余り内容がないですね。
自分も言葉が貧しいなあと思わされることが多いですが、
豊かな表現を身につけたいなあと思います。
子供に誤解されるのはまずいですが、
「誤解された時にコワイくらいの気持ちがする」言葉は貴重なんだと思います。

日本語を磨きたいなあ、と思わされた一時でした。

今日の聖書。

今日はアドベントの聖書日課の最終日。
マタイによる福音書2:1-15を読みました。

「そしてその家に入って、母マリヤとともにおられる幼子を見、ひれ伏して拝んだ。」
11節の言葉です。

この「拝んだ」という言葉が心に留まりました。

自分は本当に主を拝むような歩みをしているだろうかと。
イエスを礼拝しているだろうかと。
この博士たちは、十字架も知らなかった、
イエスのメッセージも知らなかった、
ただ、赤ん坊の、何もできない、とても弱い赤ん坊のイエスを
礼拝した。

自分は知っているのに、
自分はわかっているのに、
本当に礼拝しているだろうかと。

主を拝む、
本当に文字通り跪いて拝む歩みをしたいと思いました。

主よ、
今年のクリスマスをありがとうございます。
あなたの前に出て、
あなたと共に歩むことができたこと、
教えられた一つ一つのことに感謝します。
どうか、あなたを本当の意味で拝む者とならせてください。

このクリスマスの喜びを日々の歩みの喜びとしてください。

明日から大晦日までの6日間は
ガラテヤ人への手紙を一日1章ずつ読みます。

2007-12-24

メリークリスマス!

ここNJでは、今ちょうど夜の12時。
クリスマスの日を迎えました。

イブのキャンドルライトサービスには、
子供たちを入れると100人を超える方々が集われました。

特にJOYJOYキッズクラブや、
JOYJOYキャンプに来られているご家族が
たくさん来られました。

幸いな一時でした。

JCCNJのクリスマスのプログラムは
これですべて終わりました。
明日はそれぞれの家庭などで、
ゆっくりクリスマスを過ごすことになります。

今朝、優先順位を考えた時に、
どうしてもやはり他のことを後回しにしてでも
時間を作って、行きたいところがありました。
近所の老人ホームに入所しておられる
日本人のご婦人です。
90歳くらいで、ホームにも日本の方はおられません。

ですから、私の訪問を本当に全身で喜んでくださいました。
ほとんど寝たきりのような状態で、
車いすに乗せてもらって、動く程度です。

でも、ベッドに寝たまま、
何回もハグしてくださいました。
ずっと、いとおしそうに手を握ってくださいました。
「うれしいよお」と何回も言ってくださいました。

こちらの方が、元気をもらいました。

もっといつも来れなくてゴメンね、と心の中で繰り返していました。

近所なのに、時間も作らなければいけないのに、
ついつい、締め切りのあることに追われて、
大切なことが後回しになる。

大切なことは、本当に大切にしていこうと思わされました。

今日の聖書。
今日はルカの2章1-20節でした。

「さあ、ベツレヘムに行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見て来よう。」15節。

聞いただけじゃダメ。
行かないと。
考えているだけがじゃダメ。
踏み出さないと。

ああ、主のなさる御業を見せて頂きたい。
主がなさる奇跡をもっともっと見せて頂きたい。
そのために信じて踏み出す者でありたいと思う。

主を信頼して、
そこに生きていこうと思わされました。
信頼したならば、そこにかけていこうと思わされました。

主よ、
あなたを信頼します。
あなたを信じます。

私の踏み出す一歩を守り、
そこに起こる嵐の中で、
あなただけを見つめて歩めますように。
あなたを信頼して歩めますように。

さて、明日はいよいよクリスマスの朝。

いのち

今夜は午後6時半から
キャンドルライトサービスです。
どうぞ、皆さんおいで下さい。

120 East Pleasant Ave.
Maywood, NJ 07607

201-712-9833

今朝は1.2度。
ずいぶん下がって、場所によっては
やはりblack iceでした。

今日は久しぶりに晴れて、
ちょっと風は強いようですが、気温は割合高くて、
日差しの分だけ、暖かく感じると思います。

昨日のクリスマス礼拝は、
新しい方々よりも、
久しぶりの方や、クリスチャンの方で
教会を探しておられる方が来られました。
70名あまり。

電話でお話ししていると、今晩来られる方々のほうが、
多いようですね。
やはり「イブを教会で・・・」なんでしょう。
会堂を使わせて頂いている英語の教会も、
この時は本当にたくさんの方々が来られるようです。

で、昨日は英語の方が多かったです。
中国系の方々で初めての方々が2人。
毎週来られるアフガニスタンの方や、
休みごとに来られる大学生や、
日本人の奥さんを持つ男性と、
そのお姉さん夫婦。

通訳の英語を電波で飛ばす機械が足りなくて、
通訳の奉仕の方の周りにたくさんの方々が集まる、
といううれしい悲鳴でした。

さて、昨日の聖書。
昨日はヨハネ3章16-21節でした。

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」
16節。

「永遠の命」のことを、思いめぐらしていました。
永遠の命は天国のことだけではありません。
この地上の天国もあるんです。
神様と共に歩む生涯。
4章に出てくる「いのちの水をいただいて、心の中に泉を持つ歩み」。

自分はどうだろうかと。

いろいろな戦いや、悩み、悲しみ、痛みもあるけれども、
その中で、主と共に歩んで、平安をいただいて、勇気をいただいて、
歩んでいくことができる。

それが永遠の命。

本当にその命に満たして頂きたいと思いました。
そのようないのちをいただく方々が起されるクリスマスとなるようにと、
お祈りしました。

神様、
昨日の礼拝にも感謝します。
集われたお一人一人に、
今日もみことばを通して語ってください。

今晩のキャンドルライトサービスを祝福してください。
会堂を聖霊で満たし、集う方々の心に触れてくださいますように。


また後ほど・・・

今夜は明日のイブのために一仕事していたら、
こんな時間になってしまったので、
また明日の朝更新します。

夜は暖かくて13度くらいありましたが、
今1時半で5度まで急激に下がってきています。

明日の朝は路面の凍結に注意かも。

では、お休みなさい。