今日こそ、追いつこうと思っていたのですが、
たまっていたファミリーキャンプの仕事をやっていたら、
あっという間に一日が過ぎてしまいました。
340人くらいの方々が集まる予定のこのキャンプ、
ワシントンからボストンまでの日本語教会の合同企画です。
電話しまくり。
受けたのとかけたの合わせて30本以上。
メールも受けたのと出したの合わせて、70本近く。
まあ、直前にならないとやらない人間ですから・・・私。
ここで、またメールが70本を超える・・・。
きゅうり・・・「もう終わり」宣言を何回したでしょうか?
でも、この3日で、13本穫れました。
一本あたり平均が46本まで来ました。
ここまで来たら、3株で150本も夢じゃない。
あと、今日はピーマン5個穫れました。
一人一個ずつ、焼いて食べました。
ピーマンは「洗わないで」「丸まま」焼くのが一番おいしい、と思います。
「洗っちゃダメ」・・・板前さんに聞いた話。
では、日曜日、8月13日の聖書。
マルコによる福音書8章を読みました。
最後の38節の言葉、
「このような姦淫と罪の時代にあって、わたしとわたしの言葉を恥じるような者なら・・・」
という言葉が心に留りました。
イエスの時代も「姦淫と罪の時代」と呼ばれていたのですね。
私たちの時代もそうでしょう。
テレビを見ても、映画を見ても、
「なんだこりゃ」みたいな話があります。
途中までいい番組だと思ってみていても、
そんな場面が出てきたらがっかりです。
そのような時代のなかで、福音を恥としない、
クリスチャンの生き方を恥としない、
そのような堂々とした生き方を主は求めておられると感じました。
イエスが存在をかけて、
命を張って語ってくださり、与えて下さった福音、救い、
それを恥じるわけがない、と思います。
堂々と、福音を語り、
救われた者として、感謝しながら歩んでいきたいと思いました。
そして、特に若い人々に、そのように生きて欲しいと思いました。
主よ、
わたしも福音を恥としません。
自分の姿は恥ずかしくなることがあります。
それでも牧師か、とか、それでもクリスチャンか、という声が、
自分の外からも、自分の中からも聞こえてくるように感じます。
でも、福音は恥になり得ません。
誇りです。
自慢です。
神様が愛して下さったこと、
そのすばらしさ、大きさに感謝します。
どうか、もっともっとそのすばらしさに目が開かれていくように、
導いて下さい。
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