2007-11-17
感謝。
昼間も曇ってきて、8度止まり。
夜になって、曇っているせいか、
昨日ほど冷え込みはきつくないようですが、
今、夜の10時半で、4.5度。
これから雨か雪みたいです。
明日の昼間は雨ですが、
また夜には雪に変わるかもしれません。
今日は早く休んで
明日の朝、早く起きて備えようと思います。
さて、明日はサンクスギビングの礼拝。
感謝祭の礼拝です。
NJ周辺の皆様、是非おいで下さい。
1年を主に感謝する日です。
今日、教会の写真を見ながら、
一つ一つのことを思い出しながら、
感謝をしていましたが、
夜の祈り会では、「アメリカに来てからの一つ一つのこと・・・」
という話も出て、自分もいろいろ考えさせられました。
15年と4ヶ月前、3人でアメリカにやってきて、
それから、ぎりぎりの留学生生活を5年。
節約のためには何でもする、って感じでした。
どれほど多くの人々の助けによって支えられてきたか。
「お返しはいらないから、自分の後に来る人たちにやって上げて・・・」
と言われてきたことを思い出しました。
JCCNJの牧師になって10年。
たくさん受けてきたことを思い出すと、
自分たちは、
今、新しく来る人たち、
特に留学生の人たちのために何かやっているだろうかと、
考えさせられます。
「受けるより与える方が幸いである」ですよね。
感謝します。
たくさん与えられて、たくさん愛されて。
たくさん与えて、たくさん愛する者となることができますように。
たとえ、それが伝わらなくても、めげない強さを与えてください。
さて、今日の聖書。
今日はヤコブの手紙の3章1-12節です。
「私たちは、舌をもって、主であり父である方をほめたたえ、同じ舌をもって、神にかたどって造られた人をのろいます。」9節の言葉です。
特に後半の「神にかたどって造られた人をのろいます」という言葉、
心の深いところに届きました。
「人はみな、神の形に造られた。」
いつも洗礼を受ける前の人たちに必ず話すこの話を、
本当に自分はどこまで真剣に受け取っているだろうかと思いました。
罪によって支配されている人間。
でも、その人間は神の形に造られている。
だったら、神様を賛美しているなら、
人のことをも悪く言ったり、思ったりできないはず。
祈ろう。
一人一人のことを覚えて祈ろうと思いました。
もっともっと神の形が回復しますようにと。
もっともっと人の中に隠れている、神の形に目を留めさせてくださいと。
主よ、
私の舌を守って、
あなたのすばらしさをたたえる言葉で満たしてください。
私の心を守って、
あなたの形に造られた人々のために祈る者とならせてください。
受けるより与える者とならせてください。
明日はヤコブの手紙の3章13-18節です。
2007-11-16
初雪
昼間も風は強くて、気温は余り上がらずに、
寒い一日でした。
そして、午後には、雪がちらほら降りました。
今年の初雪です。
11月16日というのはかなり早いほうだと思います。
そして、明日の夜からあさっての明け方、もうちょっと高い確率で、
雪が降る可能性があります。
大したことはないですが・・・。
今は夜の11時半頃で、2度。
明日の朝は0度くらいまで下がるでしょう。
今日は、朝集会があって、
午後は人にお会いする予定があって、
夜は月に一回の我が家での集会です。
今夜は子供たちを入れて30人の方々が集まりました。
自分が話しすぎたかなあ、とは思いますが、
やはり、自分が神様の愛にふれた時の話をしていると、
本当に心が躍ってきて、話が止まらなくなります。
朝の集会でも、午後の個人的なお話でも、
やはり、その話になりました。
神様の愛に生かされていることを、
心から感謝しています。
やはり、これが私の歩みの土台なんだなあと思います。
今日の聖書。
今日はヤコブの手紙の2章20-26節です。
「私たちの父アブラハムは、その子イサクを祭壇にささげた」
21節の言葉です。
イサクをささげたアブラハム。
神から与えられた約束の子イサク。
「どうして」という声が心に何度も響いたのではないだろうか。
でも、聖書は、ただ、彼が従ったこと、
神様を信頼して従っていったことだけが、
書かれている。
信仰とは、従うこと。
信じているから、従うことができる。
従うことができないとしたら、
それはやはり信じていない、ということなんだろうなあと思う。
信じているから、そこに自分の人生をかけることができる。
それができないとするならば、それはやはり本当の意味で、
信じているわけではないということなんだろうと思う。
信じることは
「神様にはできる」と神様のなさることを、
周りで見て、喝采を浴びせることではなくて、
神様のなさることに参加すること。
そこに自分の人生を与えていくことだと思う。
そのように生きようと思う。
主よ、
踏み出すことは怖いことです。
でも、あなたを信じていきます。
どうか、私の足を守り、
心を守ってください。
あなたを信頼して歩み続けることができますように。
あなたのなさることに人生をかけています。
よろしくお願いします。
私が、恐れて身を引いてしまうことがありませんように。
明日はヤコブ3章の1-12節です。
2007-11-15
行いに反映する信仰
午前中はかなり降っていました。
そして、午後からは雨は小降りになりましたが、
気温がどんどん下がってきています。
今、夜の9時過ぎですが、5.8度。
明日の朝はまた0度近くまで下がってくるでしょう。
明日は風も強く、寒い一日になりそうです。
そして、土曜日の夜には、初雪の可能性も・・・。
大したことはないようですが、
可能性はあります。
Thanksgiving前の初雪は早いほうだと思います。
さて、どうなることでしょうか。
今日の聖書はヤコブの手紙の2章14-19節でした。
「行いのないあなたの信仰を、私に見せてください。」
18節の言葉です。
信仰か行いか・・・。
ローマ人への手紙やガラテヤ人への手紙では、
「信仰だけだ」と言われています。
でも、考えてみれば、あることを信じていたら、
そのように生きるのが当たり前のことです。
そうでなければ、「口で言っているけど、本当は信じていないんだ」
と言うことになるでしょう。
「明日は雨だ」と信じていたら、
傘を準備するでしょう。
「晴れるに決まっている」と信じていながら、
傘を持っているなら、「口で言っているけど、本当はそうは思っていない」
と思われても当然です。
「神様が必要をすべてが与えてくださる」
と信じるなら、そのような行動が出てくるはずです。
神様に愛され、赦されている、と信じるなら、
それを土台とした、人生観や、生き方が生まれるはずなのです。
どうでなければ、やはり、「信仰」の方に問題がある。
ヤコブはそれが言いたかったんだろうなあと思います。
自分はどうだろうかと思わされました。
自分は信じたように生きているだろうか?
本当に信じて歩んでいるだろうか?と。
主よ、
信仰を与えてください。
行いを生み出すような、信仰を与えてください。
そのように生きる者としてください。
あなたの最善を信じ
あなたの守りを信じる信仰に生かしてください。
明日はヤコブ2:20-26です。
2007-11-14
あわれみ
1度くらい。
でも、すぐ暖かくなりました。
13度くらいまで上がりました。
NYでは歩いていたら汗ばむほど。
そして、今も同じくらいの気温です。
これから雨。
明日も雨でしょう。
夜には上がるみたいですが、
結構まとまった雨になるようです。
そして、週末にかけて冷えます。
朝は氷点下、昼間も10度以下の、
東京の真冬並みの寒さになりそうです。
さて、今日の聖書。
今日はヤコブの手紙の2章1-13節。
「あわれみは、さばきに向かって勝ち誇るのです。」
13節の言葉が心に語られました。
昨日のみことばパンチに続いて、
今日も、心に深く語られています。
裁こうと思えば、いくらでも裁ける。
正当な裁きだと思っている。
でも、それじゃダメだ、と主に言われたようです。
おまえに必要なのは「あわれみ」だよ、と。
「無関心」や「逃げ」に捕らわれていた時もありました。
でも、そこから解放されたのはよくても、
今度は「裁き」に捕らわれていたのかもしれません。
勝利を経験したいと思いました。
憐れみの勝利を味わわせて頂きたいと思いました。
逃げではなくて、
事なかれ主義ではなくて、
憐れみの勝利を味わいたいです。
主よ、
憐れみは裁きに勝ち誇る。とありますが、
その「勝利の誇示」を感じたいと思いました。
そのような誇りを持ちたいと思いました。
そのためにいつもいつも愛に満たされていたいと思います。
見せかけの愛、表面的な愛ではなくて、
愛に見せかけた「事なかれ主義」ではなくて、
心にあふれる愛に満たされて歩んでいきたいと思います。
どうか、あなたの愛を満たしてください。
明日はヤコブ2:14-19です。
2007-11-13
みことばパンチ
朝は10度くらいで雨が降っていましたが、
午後はちょっと晴れ間も出て、
本当に暖かかったです。
15.5度まで上がりました。
ホッとしますよね。
今は夜の8時で6.8度。
思ったより下がってきています。
予想では3-5度くらいと出ていますが、
0度くらいまで下がるかもしれません。
明日の朝は6時頃に出てNYに行くので、
暖かい方がありがたいのですが・・・。
さて、今日も早速聖書。
今日はヤコブの手紙の1章19-27節を読みました。
「人の怒りは、神の義を実現するものではありません。」
20節の言葉です。
これは「みことばパンチ」でした。
ストレートをもろに食らいました。
誰でもそうなのかもしれませんが、
人が怒っているのを見ると、
「何怒ってるんだろう?」
から始まって、
「そんなことで怒らなくてもいいのに」
「気持ちはわかるけど、そんなに怒らない方がいいのになぁ・・・」
程度ですよね。
でも、自分が怒っている時は、
神様の代理になっているかのような気分です。
「イエスさまだって、神殿で人々が商売をしていた時に、怒った」
なんて、引用したりします。
まさに、「神様の義を実現するために・・・」という感じです。
とんでもない傲慢ですよね。
そんな気持ちが見透かされているのでしょう。
聖書はストレートに語るんですね。
「人の怒りは神の義を実現するものではない」と。
まさに自分への神様からの「みことばパンチ」でした。
神様、
ストレートなみことばに感謝します。
私の怒りがあなたの義を実現するかのように、
思っていました。
とんでもない傲慢を赦してください。
私を怒りから守ってください。
すべてをあなたにゆだねて、
あなたの御手に委ねて、
「裁くのは私の仕事だよ、あなたの仕事じゃない」と言われる、
あなたの御手に委ねて、歩ませてください。
あなたの私に望まれることを、
することができますように。
明日はヤコブの手紙の2章1-13節です。
2007-11-12
忍耐
今朝は、あのあと気温が少しずつ上がってきたみたいで、
2度くらいありました。
でも、それ以上に、今日は教会の泊まりがけの集会の場所探しに、
山の方に行っていたので、
本当に寒かったです。
なんと雪が残っていました。
先週、こっちで冷たい雨が降っていた日に、
あちらの方では雪だったみたいですね。
車で1時間くらいですが、寒さが違います。
これから、雨。
でも、この雨は暖かさを運んでくる雨のようです。
週半ばは暖かくなって、
後半はまた冷え込んでくるようです。
もう来週はThanksgivingですから、
まあ、寒いのは当たり前かな、ということで。
今日は、早速聖書。
今日はヤコブの手紙の1章12-18節を読みました。
「 試練に耐える人は幸いです。耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約束された、いのちの冠を受けるからです。」
12節の言葉です。
忍耐の大切さ、最近、特に思わされています。
ヘブル人への手紙にも「あなた方に必要なのは忍耐です」とありますよね。
自分は忍耐がないなあと思うのです。
手っ取り早い解決を求めたりします。
下手な我慢はすることがあっても、
本当の忍耐ってするのだろうかと。
3節にも、「信仰が試されると忍耐を生みます」とあります。
ということは、信仰が「ためされなければいけない」のでしょうね。
信仰があれば、すべてにトントン拍子にうまくいく、
だったら、忍耐は生まれないんですよね。
だったら、トントン拍子に行かないことの方がいい。
いいかどうかわからないけど、
少なくとも忍耐は生まれていく。
それがいいんだろうと思います。
主に鍛えて頂きたいと思います。
みことばの力を感じます。
みことばによって元気をもらいました。
主よ、
あなたが試練を与えてくださって、
信じて進んでいく時にも、
すべてがトントン拍子に行かないようにしてくださることを、
心から感謝します。
トントン拍子に行かない時に、
忍耐することを教えてください。
勝手にあきらめたり、
勝手に投げ出したりすることがありませんように。
あなたの訓練に感謝します。
喜び
11日のことを書きます。
今日も寒い一日でした。
朝の最低気温が-2.3度。
今年2番目の冷え込みです。
昼間は8.4度止まり。
そして、今は夜中の12時過ぎ。
今の気温は-0.4度です。
明日の朝もまた-2度くらいかと思います。
明日の夕方からまた雨で、今度はそのあと暖かくなるようです。
さて、今日のメインイベントは、
洗礼式。
今年まだ2回目ですが、
一人の高校生(日本では中3?)が洗礼を受けました。
彼女は12年前、お母さんとお姉さんと一緒に教会に来て、
ずっと一緒に歩んできた子です。
教会の皆さんの喜びもひとしおでした。
天では、また大きな歓声が上がっていたかと思うと、
本当にうれしい一時でした。
また、礼拝後には、久しぶりの会堂候補についてのアピール。
時間が与えられて、祈らされていること、思わされていることを
お話しする時が与えられました。
時間がかかるかもしれませんし、
時間をかけていたら、
また他の団体に先を越されてしまうかもしれませんし、
また、結局見送ることになるかもしれません。
でも、とにかく皆さんと共に祈りたいと思いました。
共に夢を見ていきたいと思いました。
謙虚に、また勇気と情熱を持って、与えられた思いを分かち合っていきたいと思いました。
そして、それと共に、会堂以上に、
そこに集う一人一人との交わりをもっともっと持たせて頂きたい、
主に与えられた恵みを分かち合い、
新しい方々との出会いを求めていきたいと思わされた日曜日でした。
長い一日で、終わったら、「ふ~」という感じですし、
私も明日は週一度の休日は返上ですが、
当たり前のように明日お仕事がある方々で、遅くまで教会におられた方は
大変だなあと思いますが、
本当にいろんなことを考えさせられた、中身の濃い一日でした。
感謝。
さて、今日の聖書。
今日はヤコブの手紙の1章9-11節、5章1-6節でした。
貧しい人への言葉、富んでいる人への言葉です。
「貧しい境遇にある兄弟は、自分の高い身分を誇りとしなさい。富んでいる人は、自分が低くされることに誇りを持ちなさい。」
1章9-10節です。
私はいったい富んでいるのか、貧しいのか・・・。
相対的ですよね。
世界全体から見たら、やっぱり富んでいるんだろうと思います。
でも、周りを見て、決して富んでいる方だとは思いません。
だからいったいどっちなんだろうかと。
貧しい中にあったら、それを誇りと思いなさいと。
富んでいたら、自分が低くされることを誇りとしなさいと。
富んでいるのかなあと思います。
だから、これからどんどん失っていくことになるんだろうかと思います。
よく、人生の先輩方に言われるのは、
「年を重ねていくと、いろんなものを手放していくんだよ」ということです。
まず、健康、当たり前にできていたこと、
そういうものを手放していく。
もうすでに膝が痛かったりするので、階段を一段飛ばしで上っていくとか、
それはできません。
(90代の日野原先生は、何年か前に「やっている」とおっしゃっていましたが・・・)
だんだん、できることができなくなっていくんだろうと思います。
だから、その時に、一つ一つのことを手放していく時に、
それを誇りとすることができる、
そんな心を持っていたいと思いました。
一つ一つの大切にしているものを、手放していくことを、
誇りとすることができればいいな、と思います。
主よ、
あなたがわたしのために貧しくなって下さったのですから、
あなたの愛の故に、あなたに愛されているが故に、
手の中にしっかり握っているものを、
あなたの手にお返しすることを、
喜びとすることができますように。
ただただ、あなたと共に歩む豊かさに生かしてください。
聖霊様に満たしてください。
その喜びに生かしてください。
明日(実は今日ですが・・・)はヤコブの手紙1:12-18です。
2007-11-10
神の力を求めて
底冷えのする一日でした。
昼間の気温は10度まで行かず、
今、夜の9時ですが、2.4度まで下がってきています。
明日の朝は確実に氷点下です。
明日は日曜日ですが、
本当に私たちに必要なのは、
聖霊様であり、
神様の力であり、
十字架の恵みが一人一人のうちに根付くことです。
そのような日曜日となるように、
そのような飢え渇きが教会の一人一人に与えられる日曜日になるように、
求め、共に祈る日曜日になるようにと祈ります。
今日からヤコブの手紙を読もうと思いました。
それも、一日一章以下、
少しずつ読んでいこうと思います。
今日は1章1-8節。
「私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。」
2節の言葉です。
短い挨拶の言葉に続いて、いきなり出てくるのが、この言葉です。
いきなり先制パンチを食らった気分です。
試練に出会う時に、「この上もない喜び」だなんて思えるだろうかと、
そんなこと思えるだろうかと思います。
でも、その中で学ぶことは本当にたくさんあると思います。
忍耐を学び、神様の最善を信頼することを学びます。
神様の聖さに近づけられます。
本当にそうだなと思います。
試練はつらくないと言ったら嘘です。
トンネルにはいった時はいつでも、
早くトンネルを抜けたいと思います。
でも、ここで逃げたら、神様のすごいことを見逃してしまうんだろうなあと思います。
だから、嵐の中で水の上を歩いたペテロのように、
風に目を奪われ、心を奪われないように、
イエスをまっすぐ見つめながら、歩んでいきたいと思います。
神様、
あなたの与えられる試練を感謝します。
そこで、忍耐を学ぶことができますように。
そこで、あなたを信頼することを学ぶことができますように。
あなたに信頼して歩ませてください。
明日の日曜日のために、あなたの特別な御業を待ち望みます。
どうか、あなたが圧倒的な力を持って臨んでください。
明日は1章9-11節と5章1-6節を読みます。
おたふく王子
9日のことを書きます。
今日は朝の冷え込みは大したことはなく、
プラスの1度くらい。
そして、午後からは冷たい雨になりました。
山の方では雪も混じるだろう、と言っていました。
今、夜の1時半ですが、
2.7度まで下がってきています。
確かに、明日の朝、雪になっているかもですね。
そう、今日は深夜祈祷会があって、
そのあとに説教の原稿を仕上げて・・・。
この時間になると、ちょっと明日の朝の早起きには自信がありません。
「起きたら7時」、ひょっとすると「起きたら8時」とかかもですね。
うちのおたふく王子、かなり腫れていますねえ。
これでも、精一杯笑顔だそうです。(^^;)
抜歯後48時間が一番腫れているそうですが、
ということは、明日の午前中がピークなんでしょうか。
さて、今日の聖書。
今日は使徒の働きの28章、最後の所でした。
「こうして、彼らは、お互いの意見が一致せずに帰りかけたので、パウロは一言、次のように言った。『聖霊が預言者イザヤを通してあなたがたの父祖たちに語られたことは、まさにそのとおりでした。』」
25節の言葉です。
ずっと、使徒行伝を通しての思いなのですが、
弟子たちやパウロは、
本当にいつも大胆に語るなあと感じます。
この箇所も、人々に、
厳しいことを語っています。
でも、福音は前進していった。
人間的な優しさではなくて、
みことばが語られて、
時にはそれが厳しい言葉だったりするけれども、
それによって、福音が前進していった、
人々が救われていったのは、本当にすごいことだと思います。
福音のそのような力を見せて頂きたいと思いました。
聖霊様に満たして頂きたいと思いました。
主よ、
どうか、聖霊様を満たしてください。
私の心に、満ちあふれてください。
そして、教会に満ちあふれてください。
日曜日はエポックメイキングな日になりますように。
聖霊様が圧倒的に働く日となりますように。
2007-11-08
wisdom teeth
しっかり今年初の氷点下の朝でした。
昼間も10度以下。
寒い一日です。
今は夜の10時過ぎ、3.4度ですが、
昨日の夜よりもちょっと冷え込みがゆるんでいるように思います。
明日の朝は氷点下に行かないかもしれませんね。
明日は曇りがちで、少し雨も降るかもしれません。
表題の「wisdom teeth」は「親知らず」の複数形ですが、
私ではなくて、うちの茶髪王子が今日4本(思いっきり複数)いっぺんに抜きました。
こちらでは、日本の10倍くらいのお金がかかって、
歯の保険がないので、目が飛び出ます。
まあ、一生に一回のことですから、いいのですが、
今日は王子様、痛みと不快感でかなり参っています。
これから数日はきついんでしょうね。
ちょうど子供たちは今日から4連休なので、
それをねらってこの日にしたのですが、
さすがに痛々しいです。
そしたら、今日会った高校生は親知らず4本+前歯2本、計6本いっぺんにぬいたそうで、
それは大変だっただろうなあと思います。
私自身は10年以上前に日本で抜いたかな。
1本だけ。
そんなに大変ではなかったです。
そして、まだ3本残っています。
時々痛みます。
先日も、息子と同じ歯医者さんに言ったのですが、
「まあ、いいでしょう」だって。
年を取ると、どうでもいいらしい・・・。
さて、今日の聖書。
今日は使徒の働きの26章。
「しかし、今、お勧めします。元気を出しなさい。」
22節のパウロの言葉です。
ここの前の言葉は、「私の言うとおりにしておけばよかったのに・・・」という言葉です。
私も「ああすればよかった」と思うことが時々あります。
確かにそうだったんだと思います。
でも、いつまでもそこにとらわれていてはいけないのです。
主は前に進むことを求めておられることを感じました。
口語訳では「この際、お勧めする」になっていました。
いろんなことがあります。
振り返れば、「こうしておけば、こんなことにはならなかった」ということは、
たくさんあります。
でも、恨み言を言ってもしょうがありません。
私たちは主の声に従って、
前に進んでいくべき何でしょう。
「この際、お勧めする」
大切なことだと思いました。
主よ、
あなたの導きを見つめて歩むことができますように。
過去の失敗、過ち、
あなたの許に悔い改め、
前に進んでいくことができますように。
捕らわれているものから解放して下さい。
自由を与えて下さい。
2007-11-07
恩恵
特に夜になってから・・・。
今、夜の12時頃ですが、0.3度。
いよいよ、この秋初めて氷点下に突入するようです。
明日の朝は-2度くらいでしょうか。
週末まで、ずっと10度未満の毎日となりそうです。
ぴーんと冷えた空気が気持ちいいです。
足元が冷えるのはつらいですが、
この空気の感じ、決して嫌いではありません。
昨日、日本の兄から、こんなサイトを教えてもらいました。
CGNTVという韓国の教会が主催するテレビ局のHPです。
本人も出演しているようですが・・・。
我が親分のコバ先生も・・・。
韓国の教会の層の厚さ、懐の深さを感じます。
このHPで、ずいぶんいろいろな学びができると思いました。
最近、今後の教会のあり方について、
また私自身の学びの必要性について、
考えることが多くて、
そんなときに、このHPの存在を知ったことは、
偶然じゃないなと思います。
日本にいたらもっと学びのチャンスがあると思うのですが、
(もっと英語が平気だったら、こっちの方がいいでしょうが・・・)
今はインターネットで、本当にいろんな学びができるんだな、と思います。
この恩恵を、無駄にしてはいけないと思いました。
でも、字幕の番組は、聞きながら・・・と言うわけにはいかず、
しっかり画面を見ながら理解しなければならないので、
コンピューターに30分、1時間釘付け・・・はキツイです。
さて、今日の聖書。
今日は使徒の働きの26章を読みました。
「それは彼らの目を開いて、暗やみから光に、サタンの支配から神に立ち返らせ・・・」
18節の言葉です。
イエスがパウロに与えた使命についての言葉ですが、
特に、その中の「サタンの支配から神に・・・」の部分が心に留まったのです。
最近、「自分は何をしているんだろう・・・」と思う時がありました。
この言葉はそれに対する答えのように感じました。
ものすごい大きなことが起こっている。
一人の人が「サタンの支配から神の支配の許に導かれた」
それは本当に大きなことなんですね。
使命の大きさ、大切さを感じました。
そして、一人一人の救いのすばらしさを再確認させられました。
今度の日曜日は洗礼式があります。
また、他にも洗礼を希望されている方々が、おられます。
もっともっと、このNJで、たくさんの方々が、
「サタンの支配から神の支配の許に導かれるように」
祈りつつ、励んでいきたいと思います。
主よ、
あなたの御業を見せて頂けること、
本当に幸いです。
もっともっと、あなたの救いのために用いてください。
さらにあなたの許に導かれる方々が、
多く起こされますように。
2007-11-06
人が語る時と神が語る時
つまり体は、1時間早く起きるようになっていて、
日曜日は6時まで眠れていましたが、
月、火と5時半にはめざましなしでも目が覚めます。
朝、ゆっくり過ごせるのは、本当にいいですね。
夜は、やはり、11時、12時は当たり前なので、
朝も、いつまで続くかわかりませんが、
楽しんでいこうと思います。
今日は火曜礼拝が始まって1ヶ月。
今日、本当に久しぶりの方が来られました。
教会のニュースレターを見て、
火曜日に礼拝をやっていることを知られて、
「私はやはり聖書を開かなければダメなんです・・・」
と来られました。
私も、個人的に、いろんな方に声をかけてきましたが、
それが伝わることもあるでしょう、
人に覚えていてもらって、声をかけてもらって、
うれしくて来られる方もあるでしょう。
でも、神様が直接声をかけてくださって、
人に誘われたわけではない、
人に声をかけてもらったわけでもない、
でも、神様に導かれてこられる方もおられるですね。
その方の言葉を通して、主から励まされました。
これからも祈っていきたいと思います。
さて、今日は使徒の働きの25章を読みました。
「翌日、アグリッパとベルニケは、大いに威儀を整えて到着し・・・」
23節の言葉です。
「ユダヤ人の歓心を買おうとしたフェストは・・・」
「アグリッパ王とベルニケが、フェストに敬意を表するためにカイザリヤに来た。」
などの言葉と並んで、パウロの姿と、パウロを取り巻く権力者たちの姿が、
対照的に見えてきました。
うんざりするくらい、この権力者たちが、
人におもねたり、見栄をはったり・・・。
いつの時代も人間は本質的に変わっていない、と思います。
私はもしも、自分の生き方を、誰かに客観的に書かれたら、
どう書かれるのかと、考え込まされました。
ここに気を遣って・・・
これをうまくやろうと思って・・・
自分の力を誇示しようと・・・
そんな書かれ方をしたくない、と思いました。
本当に、真実に、主の与えてくださる使命に生かして頂きたい、
主の導きをまっすぐ見つめつつ歩んでいきたいと思いました。
その歩みを支えてくださる主に感謝しました。
主よ、
いつもあなたの導きを見せてください。
あなたの御声を聞かせてください。
人にどう見られるか、人がどのように反応するか、
それに振り回されないで、
あなたの導きに信頼して歩んでいく者であり続けることができますように。
私の弱いところに、ふれてください。
自由を与えてください。
2007-11-05
私たちの国籍は天にある
昼間は穏やかな一日でした。
でも、それも今日まで。
今、夜の10時ですが、もうすぐ雨が降ってきます。
そして、明日の朝には上がって、
それから寒くなるようです。
今朝は我が家で地区の牧師会だったのですが、
そんな、バタバタしていた朝早く、15年前、日本で副牧師をしていた時の、
若者仲間が長い闘病を終えて、天に召されていったニュースを聞きました。
あのころ成人式を迎えた頃だったかな、元気で、
でも、体の弱さを抱えたお母様が、倒れたり、
大変なことがたくさんあった、
そんな中でも、祈りながら、明るく歩んでいた、
スポーツの得意な女の子でした。
うちの息子が生まれた時にも、真っ先に会いに来てくれたのも彼女でした。
そんな彼女の病気がわかったのは、
僕らがアメリカに来てからだったと思います。
慢性的な病気だと知りつつ、
やっぱり同じ教会の仲間で一緒に歩んでいた若者と
結婚したのは7年前。
彼は、よく、月曜日の朝、寝坊している私たちの家に、
「よお、会社さぼって遊びに来ちゃった!」と、
話をしに来る、楽しいヤツでした。
とても、優しい夫になったみたいです。
結婚してからも、ほとんど入院生活のような中で、
仕事も変えて、彼女を支えていました。
毎年、一番にクリスマスカードをくれました。
それも、一つ一つ手作りの。
このサンタも、折り紙です。
この雲は脱脂綿。
画用紙を切って、シールを貼って・・・
毎年送ってくれていました。
去年も、私の一時帰国の時に、
病室で大喜びで迎えてくれました。
そして、どれだけ、ご主人が、周りの人たちが、
よくしてくれているか、いろいろ話してくれました。
「うれしいねえ」を連発していました。
夜、去年のクリスマスカードの山から
探し出しました。
このカードもう来ないんだな。
と何度も手にとってはテーブルに置いて・・・。
でも、「私たちの国籍は天にある」です。
天にお送りしたお一人一人を思い出しています。
天国がまたちょっと近くなった一日でした。
彼の上に神様の慰めがありますように祈ります。
そして、学院教会で一緒に歩んだ仲間たちにも・・・。
さて、今日の聖書です。
今日は使徒の働きの24章でした。
「数日後、ペリクスはユダヤ人である妻ドルシラを連れて来て、パウロを呼び出し、キリスト・イエスを信じる信仰について話を聞いた。 しかし、パウロが正義と節制とやがて来る審判とを論じたので、ペリクスは恐れを感じ、「今は帰ってよい。おりを見て、また呼び出そう」と言った。」
24-25節。
パウロのメッセージに恐れを感じて、
逃げたペリクス。
無理もないよなあと思います。
自分もそんなに得意な分野ではありません。
その話になったら、耳をふさぎたくなるのもわかります。
「もう、いいよ、その話は・・・」という感じだったのでしょうか。
でも、耳をふさがなくていい、
それが福音です。
耳をふさがなくていい、
イエスが十字架で私たちの罪を負われたから・・・。
耳をふさがなくていい、
神様は信じる者に、その力を与えるから・・・。
逃げなくてもいい。大丈夫。主は私たちを受け入れてくださるから。
福音のメッセンジャーであるとは何という幸いでしょうか。
主よ、
私たちは「正義」とか「やがて来る審判」とか、
苦手です。
自分で受け取ることも苦手です。
語ることも苦手です。
でも、恐れる必要がないことを感謝します。
イエスの十字架の故に、
「正義」も「最後の審判」も恐れる必要がないことを、
感謝します。
それについて語る時も、それが「十字架への道」ですから、
逃げないで語ることができますように。
2007-11-04
何を見るか
いいですねえ。今日一日だけかもしれませんが・・・。
そして、朝からグリニッチの教会に行きました。
その教会は前半は子供たちへのメッセージ。
旧約聖書に出てくるナアマン将軍の話だったので、
燃えてしまいました。楽しかったです。
そして、午後、NJの教会に帰りましたが、
そっちの礼拝は、フィラデルフィアの李先生。
すばらしい、大胆な、メッセージでした。
心が燃やされました。感謝。
W燃やされた一日でした。
そして、今日思わされたこと。
ペテロが水の上を歩いた時に、
イエスを見つめていた時は大丈夫だったけれども、
風を見た時に、嵐を見た時に、恐れが来て、不安になって、
ずぶずぶと沈んでいった。
嵐が来ることはわかっていたはず。
いや、元々嵐の中にいた。
でも、見るべきものを見ないで、
見なくてもいいところに目を留めるから、恐れが生まれる。
でも、嵐の中で嵐に気を取られない、って、
ほんと、難しいですね。
さて、今日の聖書。
今日は使徒の働きの23章でした。
「勇気を出しなさい。あなたは、エルサレムでわたしのことをあかししたように、ローマでもあかしをしなければならない」11節の言葉です。
とらわれの身であったパウロ。
危険といつも隣り合わせだったパウロ。
その彼に、イエスの言葉はどれほど力強く聞こえたでしょうか。
私にも「語り続けなさい」と言われているように思います。
勇気を出すように言われているように思います。
神様が示してくださっていること、
神様が与えてくださっていること、
神様の力、神様の愛、
今までの歩みの中で教えられていること、
日々、語られていること、
語りなさい、と言われているように思います。
いつもいつも語る言葉を与えて頂きたいと思いました。
そして、与えられたことを、
言葉にする勇気を与えて頂きたいと思いました。
主よ、
今日の一日を感謝します。
どうか、私の口をきよめ、
あなたのすばらしさを証する者としてください。
2007-11-03
長い夜
風の強い朝でした。
温度は最低が7度くらいで、
それほど冷えなかったのですが、
昼間は風が強い中で、曇り空で気温は上がらず、
10度くらいの寒い日になりました。
Cape Codの方はもろにノエル崩れの低気圧の直撃で、
風と、雨が強かったのでは・・・。
メイン州の北の方では、40センチくらいの雪になる警報も出ています。
今は夜の10時頃で、8度。
明日の朝はまた2度くらいまで下がるでしょう。
日、月と、ちょっと暖かくなるみたいです。
でも、この時を楽しんでおかないと、
火曜日からはぐんと冷えます。
そして、今夜はいよいよ長い夜です。
でも、間違っても、明日の時間で今夜を過ごしてはいけません。
今夜はいつも通りに寝て、
明日の朝、間違って1時間早く起きて、
そして、朝の祈りですよ~。
7時に起きたつもりでも6時。
8時に起きたつもりでも7時。
これはでかい。
明日の朝が楽しみです。
さて、今日の聖書。
今日は使徒の働きの22章でした。
「人々は、彼の話をここまで聞いていたが、このとき声を張り上げて、「こんな男は、地上から除いてしまえ。生かしておくべきではない」と言った。」
22節の言葉が心に留まりました。
人々をこんなに怒らせた言葉は何だろうと思います。
それは「イエスは私に異邦人の所にあなたを遣わすと言われた」ということでした。
それを、パウロはユダヤ人の真ん中で語ったのです。
この勇気。
自分にも必要だと思いました。
人々の反応に振り回されずに語る勇気。
はっきりと自分に与えられた使命について語る勇気。
確かにユダヤ人にとっては頭に来る話だったと思います。
それをはっきりと、きっぱりと語った。
すごい、と思います。
主よ、
確信と平安、それを下さい。
あなたに従う謙遜さを与えてください。
そして、その中で確信と平安を与えてください。
語るべきことを語る勇気を与えてください。
明日の礼拝を祝福してください。
聖霊様を満たしてください。
2007-11-02
さあ、早起きへシフト!
明日の朝は月に1度の土曜日の早朝祈祷会です。
今、外は7.6度。
今朝は2度くらいまで下がりましたが
明日はもうちょっと寒さはゆるむようです。
今、東海上を、ハリケーン・ノエル崩れの低気圧が通過中で、
あしたのあさにかけて風が強くなりそうです。
来週の半ばからは本格的に寒くなりそうです。
ミシガンでは雪だとか・・・。
そして、日曜日の朝、夏時間が終わります。
1時間長い夜をエンジョイできます。
でも、それは1時間早起きするチャンスです。
この機会に、是非!1時間早く起きて、
聖書を読む習慣をつけましょう!
さて、今日の聖書。
今日は使徒の働きの21章です。
「ですから、私たちの言うとおりにしてください。」
23節。
このヤコブの言葉、いつも心に引っかかります。
どうも、神を見つめて、祈って、その中から出てきたものではないように感じます。
人の目を恐れて、波風が立たないように、一生懸命になっているように見えます。
そして、その通りにしたパウロは、
またそれがきっかけで、逮捕されてしまうのです。
もちろん、そこにも神様の深い計画があったことがあとでわかるわけですが・・・。
「人を恐れると、わなに陥る、主に信頼する者は安らかである。」
箴言29:25
本当に主を恐れて、主を信頼して、
人を恐れることがないようにと思います。
主よ、
感謝します。
人を恐れることがありませんように。
あなたを信頼する者であり続けられますように。
堅く立っていくことができますように。
明日の朝の祈り会を、祝福してください。
聖霊の注がれる時としてください。
2007-11-01
謙虚と言われる人
でも、午後からは風が出て、
気温も下がってきました。
今、夜の9時半ですが、8度。
明日の朝はまた3度くらいまで下がるようです。
そして、週末もそこそこ冷えるのですが、
来週の水曜日からが、冷えて、再来週また冷える。
なんだか、どんどん冷蔵庫に入っていくようです。
11月ですからね。
昨日の夜はNJのNBA(バスケット)のチームの開幕戦。
白星スタート。親子でバスケット観戦が好きな我が家は
やっと野球が終わったのですが、2週間でまた「シーズン」が始まってしまいました。
さて、野球と言えば、こちら時間の今朝、日本シリーズで中日が勝ちましたね。
それでなんと言っても大きなことは中村紀洋がMVPを取ったこと。
中村と言えば、メジャー挑戦も、Metsに入るはずが、ちょっとしたボタンの掛け違いでうまくいかず、
オリックスともトラブルで退団。中日がテスト生として拾ってくれた、という、あまりいい評判はなかったと思うのですが、近鉄ファンのわたしは近鉄時代からいつも応援していました。
ですから、育成選手から、一軍へ、そして、レギュラーを勝ち取り、日本シリーズでは大活躍、と、本当にうれしかったです。
それ以上にうれしかったのが、今日の朝日新聞で「謙虚さが一年変わらなかった」と書かれていたこと。個人的に、どんな方かは存じませんが、どちらかというとフルスイングをしてバットを投げ上げる派手なイメージや、自分の信念を通すところで「わがまま」と言われることも多かったと思いますが、そんな彼が一転「謙虚だ」と言われるとは、すごいな、と思います。偉そうなことを言いますが、年俸2億を稼いでいた彼のままでは、得ることのできなかったものを得たのでは・・・。自分自身の生き方も考えさせられます。これからも活躍して欲しいです。
さて、今日の聖書。
今日は使徒の働きの20章。
ここには、後半、エペソの人々へのパウロの最後の説教が書かれています。
「あなたがたは自分自身と群れの全体とに気を配りなさい。」
28節。
この言葉、いつも「群れの全体」に目が留まっていました。
一人一人を心にかけること、今日も、そのことの大切さを感じさせられました。
でも、それ以上に、その前の「自分自身と・・・」ということにはっとさせられました。
自分は大丈夫だと思っている。思いこんでいる。
でも、本当に自分も気をつけなければいけないのだ。
自分もどうなのか気を配っていなければいけないのだ。
自分が神様に守られ、整えられて、
喜びにあふれて歩んでいること、
感謝にあふれて歩んでいること、
どれほど大切なことだろうか。
自分の霊的な整えにもっともっと心を配る、
エネルギーを使う、
本当に大切にしていきたいと思いました。
主よ、
あなたを見上げます。
あなたを待ち望みます。
あなたが、教会の一人一人に、
また、誰よりもわたしに、
あなたが神であることを見せてください。
あなたが私たちを聖霊で満たしてください。
御言葉によって歩む者であり続けられますように。
2007-10-31
Happy何の日?
ちょっと冷え込みはゆるみましたし、
昼間は19度くらいまで上がりました。
そして、今、夜の12時で、12度あります。
明日も暖かいようですが、
明日の夜からまた冷え込みが戻ってくるようです。
日曜日にかけてちょっと寒くなりそうです。
さて、今日はハローウィーンでしたね。
Trick or Treatingに来る子供たちに
Happy Halloween!と愛想よく答えながら、
素朴に「何でHappyなのかなあ・・・」と思います。
元々、11月1日が「聖人の日」だから、
その前の晩に悪いスピリットがいたずらして騒げる最後の夜、
という、このHalloween。
南部の敬虔なクリスチャンの多い地域では、
あんまりやりません。
今や、クリスマスの次にお店が儲かる日だそうで、それもなあ・・・と思ったりします。
サンディエゴの時も、教会では「ハローウィーンに行かなくてもすむように」と「子供たちのプログラム」を考えていたし、アトランタでも、そんな感じでした。
それがNJに来たら、全然違ったから、ちょっと違和感がありました。
みんなで楽しんでいるんだから、そんなこと言っていたら、野暮みたいな・・・。
まあ、娘も楽しんでいたようで、お化け系でなければ、わたしもOKになりましたが・・・。
で、野暮ついでに、申し上げると、
10月31日は「宗教改革記念日」。
今から490年前、ルターがドイツで教会の中で起こっていることに疑問を感じて立ち上がった日です。
命をかけて信仰を守っていった先輩たちのことを思わされます。
さて、今日の聖書。
今日は使徒の働きの19章を読みました。
「このことがエペソに住むユダヤ人とギリシヤ人の全部に知れ渡ったので、みな恐れを感じて、主イエスの御名をあがめるようになった。」
17節の言葉です。
今日は、この19章全体、そして、エペソの教会で起こったことを読みながら、
本当に主の奇跡を求めました。
知的な議論ではなくて、
説得されるような話ではなくて、
神様が力をもって、
私たちのうちに働いてくださるようにと願いました。
私たちの信仰はあまりにも理論的で、
あまりにも常識的になりすぎていないだろうか、
主の前に恐れを感じるような、
そんな力があるだろうかと。
主よ、
あなたの前の畏れを取り戻させてください。
あなたの御力を表し、
あなたの前にへりくだって歩む者とならせてください。
主よ、あなたを求めます。
信仰が「常識」の枠の中にとどまってしまうことがありませんように。
2007-10-30
秋は駆け足・・・
今日は早く休みます。
今朝も1.7度。
