今日の昼頃、
名古屋駅で一人の方にお会いした後、
夕方からは関東。
なんだか、関西の方が、電車に乗っていても、
エキサイティングでしたねえ。
関東の方がみんなおとなしいのか、とも思いましたが、
私が関西に行くと旅行気分になるンでしょうねえ。
電車に乗っていても、
エスカレーターに乗っていても、
見るもの聞くものが新鮮ですから。
明日は朝7時からの礼拝に出席してみます。
あと6時間半?
11時からの普通の礼拝の時間は子供プログラムの見学です。
たのしみたのしみ・・・。
ゆっくり更新は日本時間の日曜日の夜か、月曜日の朝になりそうです。
ではでは。
2006-09-23
2006-09-21
いのちのパン
大阪は金曜日の朝です。
今日は昨日よりもワンランク涼しくなって過ごしやすい日になりそうです。
今年は関西に今までで最長の4泊。
なにを隠そう、大阪生まれで4歳までこちらにいた自分、楽しく過ごしています。
エスカレーターに乗る時に、
「立つ」人は右側、
「歩く」人は左側、
というのもずいぶん慣れました。
東京は逆ですよね。
ついつい左側に立ってしまって、
周りの邪魔になっていることもあります。
時間帯によるのかもしれませんが、
東京よりもエスカレーターで歩く人が少なく感じます。
「関西の人の方がガンガン歩く」と思っておりましたが、
意外とそうでもないですね。
まあ元々「江戸っ子」はせっかちでしたから、東京の方がセカセカしているのでしょうか?
あと、高校の修学旅行の時の経験から、
「関西の人は電車に乗る時に、降りる人を待たない」
というイメージができあがっていたのですが、
どうしてどうして、そんなことはありません。
「△印1?8番のところで2列になってお待ち下さい」とアナウンスが入って、
みんなそこで待っています。
まあ、電車がホームに入ってくると微妙にその列が乱れるのは否定できませんが・・・。(^_^)
そして、みんなが降りるのを待ってから乗ります。
25年くらい前の記憶でイメージを作り上げてしまっていた自分に反省。
水曜日の聖書。
あと一歩で追いつくのですが・・・。
水曜日はヨハネによる福音書6章でした。
イエスが5000人の人々を5つのパンと2つの魚で養われたところです。
その後にイエスは「私はいのちのパンである」と言われました。
そしてこう言われました。
「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠のいのちを持っています。」
54節の言葉です。
その言葉でつまずいた人々がたくさんいた、と書かれていますが、
まあ、確かにそうだろうなあ、と思います。
この言葉の意味を知らされている私たちは恵まれていると思います。
イエスの十字架の意味を知り、それを信じて、
それを自分の生きる糧として歩んでいる者は、
永遠のいのちを持っている、ということです。
聖餐式でもイエスのみからだであるパンを食べ、イエスの血潮であるぶどうジュースを頂きます。
でも、それだけではなくて、
その十字架の恵みを自分のものとして、
自分に与えられたものとして、
歩んでいくことの大切さを思わされます。
それを自分のうちで消化して、
それによって生きていく。感謝して生きていく。
その力であると思います。
何かをやりとげた達成感や、
目的意識よりも、
イエスの十字架の愛の大きさに感動して、歩んでいく、
それがイエスの肉を食べ、血を飲む、ということの意味です。
自分はどうだろうかと思いました。
やはりどこかで「達成感」で生きていたり、
「使命感」で生きていないだろうかと。
もちろん、それらも主が与えて下さることだろうけれども、
何よりも愛されている喜びに生かされていきたいと思います。
主よ、
あなたに愛されている恵みを感謝します。
イエスさまの十字架の恵みを感謝します。
何よりもそれを生きる糧に歩んでいくことができますように。
今日の一日の一つ一つの出会いを祝福して下さい。
今日は昨日よりもワンランク涼しくなって過ごしやすい日になりそうです。
今年は関西に今までで最長の4泊。
なにを隠そう、大阪生まれで4歳までこちらにいた自分、楽しく過ごしています。
エスカレーターに乗る時に、
「立つ」人は右側、
「歩く」人は左側、
というのもずいぶん慣れました。
東京は逆ですよね。
ついつい左側に立ってしまって、
周りの邪魔になっていることもあります。
時間帯によるのかもしれませんが、
東京よりもエスカレーターで歩く人が少なく感じます。
「関西の人の方がガンガン歩く」と思っておりましたが、
意外とそうでもないですね。
まあ元々「江戸っ子」はせっかちでしたから、東京の方がセカセカしているのでしょうか?
あと、高校の修学旅行の時の経験から、
「関西の人は電車に乗る時に、降りる人を待たない」
というイメージができあがっていたのですが、
どうしてどうして、そんなことはありません。
「△印1?8番のところで2列になってお待ち下さい」とアナウンスが入って、
みんなそこで待っています。
まあ、電車がホームに入ってくると微妙にその列が乱れるのは否定できませんが・・・。(^_^)
そして、みんなが降りるのを待ってから乗ります。
25年くらい前の記憶でイメージを作り上げてしまっていた自分に反省。
水曜日の聖書。
あと一歩で追いつくのですが・・・。
水曜日はヨハネによる福音書6章でした。
イエスが5000人の人々を5つのパンと2つの魚で養われたところです。
その後にイエスは「私はいのちのパンである」と言われました。
そしてこう言われました。
「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠のいのちを持っています。」
54節の言葉です。
その言葉でつまずいた人々がたくさんいた、と書かれていますが、
まあ、確かにそうだろうなあ、と思います。
この言葉の意味を知らされている私たちは恵まれていると思います。
イエスの十字架の意味を知り、それを信じて、
それを自分の生きる糧として歩んでいる者は、
永遠のいのちを持っている、ということです。
聖餐式でもイエスのみからだであるパンを食べ、イエスの血潮であるぶどうジュースを頂きます。
でも、それだけではなくて、
その十字架の恵みを自分のものとして、
自分に与えられたものとして、
歩んでいくことの大切さを思わされます。
それを自分のうちで消化して、
それによって生きていく。感謝して生きていく。
その力であると思います。
何かをやりとげた達成感や、
目的意識よりも、
イエスの十字架の愛の大きさに感動して、歩んでいく、
それがイエスの肉を食べ、血を飲む、ということの意味です。
自分はどうだろうかと思いました。
やはりどこかで「達成感」で生きていたり、
「使命感」で生きていないだろうかと。
もちろん、それらも主が与えて下さることだろうけれども、
何よりも愛されている喜びに生かされていきたいと思います。
主よ、
あなたに愛されている恵みを感謝します。
イエスさまの十字架の恵みを感謝します。
何よりもそれを生きる糧に歩んでいくことができますように。
今日の一日の一つ一つの出会いを祝福して下さい。
起きて、床を取り上げて歩きなさい。
また「おおかみがきたぞー」少年の危機です。
結構眠いです。でも一言だけ更新。
今日は昼から神戸、明石方面を訪問しました。
明日、もう一度明石です。
関西最終日です。
とてもいい3日間でした。
何か、今まで「何か成果を」みたいな気負いがありましたが、
平常心で、いつものように主の恵みを楽しみ、
主の恵みを伝えたいと思いました。
いつの間にか成果主義になりかけていたように思います。
あと1週間足らず。
一つ一つの出会いが幸いなものとなりますように。
おっ、深夜の1時45分、テレビをつけると、
教育テレビで母校の制服。
理科の研究発表をしています。
僕らの頃はこんなのなかったなあ。
「パイナップルとトタン板と銅版とで電池を作る」ってやつです。
なかなかおもしろくて、寝るのを忘れて見てしまいました。
制服を着た高校生と、肩まる出しの司会者とがかなりミスマッチです。
でも楽しそうですね。
こういう授業をどんどんやって欲しいものです。
火曜日の聖書。
火曜日はヨハネによる福音書5章でした。
「起きて、床を取り上げて歩きなさい。」
8節のイエスの言葉です。
これは「直りたいのか」というイエスの質問に対して、
「私を水に入れてくれる人がいません。自分で入ろうとすると他の人が入ってしまうのです」
(池の水が動いた時にそこにはいると癒やされるという言い伝えがあった)
と泣き言を言ったこの人へのイエスの言葉です。
「さあ、立って歩きなさい」とイエスは言われたのです。
私たちも泣き言を言います。
泣き言を言わせて欲しい、場面もあります。
でも、イエスはそんな私たちに、
さあ。立ち上がりなさい、と言われるのです。
いろいろ事情はあるでしょう。
言い訳をしたくなるときもあります。
でも、それらを全部ご存じで、
「さあ、立って歩きなさい」
と言われるのです。
私にも言われているように思いました。
「さあ、立って歩きなさい」と。
主よ、
私もいろいろ言い訳をしたくなる時があります。
あなたのみことばに感謝します。
立って歩きなさい、と言われた時に、
「いや、神さまできません」なとど言わないで、
従っていくことのできる者としてください。
結構眠いです。でも一言だけ更新。
今日は昼から神戸、明石方面を訪問しました。
明日、もう一度明石です。
関西最終日です。
とてもいい3日間でした。
何か、今まで「何か成果を」みたいな気負いがありましたが、
平常心で、いつものように主の恵みを楽しみ、
主の恵みを伝えたいと思いました。
いつの間にか成果主義になりかけていたように思います。
あと1週間足らず。
一つ一つの出会いが幸いなものとなりますように。
おっ、深夜の1時45分、テレビをつけると、
教育テレビで母校の制服。
理科の研究発表をしています。
僕らの頃はこんなのなかったなあ。
「パイナップルとトタン板と銅版とで電池を作る」ってやつです。
なかなかおもしろくて、寝るのを忘れて見てしまいました。
制服を着た高校生と、肩まる出しの司会者とがかなりミスマッチです。
でも楽しそうですね。
こういう授業をどんどんやって欲しいものです。
火曜日の聖書。
火曜日はヨハネによる福音書5章でした。
「起きて、床を取り上げて歩きなさい。」
8節のイエスの言葉です。
これは「直りたいのか」というイエスの質問に対して、
「私を水に入れてくれる人がいません。自分で入ろうとすると他の人が入ってしまうのです」
(池の水が動いた時にそこにはいると癒やされるという言い伝えがあった)
と泣き言を言ったこの人へのイエスの言葉です。
「さあ、立って歩きなさい」とイエスは言われたのです。
私たちも泣き言を言います。
泣き言を言わせて欲しい、場面もあります。
でも、イエスはそんな私たちに、
さあ。立ち上がりなさい、と言われるのです。
いろいろ事情はあるでしょう。
言い訳をしたくなるときもあります。
でも、それらを全部ご存じで、
「さあ、立って歩きなさい」
と言われるのです。
私にも言われているように思いました。
「さあ、立って歩きなさい」と。
主よ、
私もいろいろ言い訳をしたくなる時があります。
あなたのみことばに感謝します。
立って歩きなさい、と言われた時に、
「いや、神さまできません」なとど言わないで、
従っていくことのできる者としてください。
2006-09-20
霊とまこととをもって
「おおかみがきたぞー」の少年にならないように、
ここで更新しておきます。
NJは寒いくらいの夜になるようですね。
10度を切るようです。
今日の大阪は28度だそうです。
半袖でちょうどいい感じですね。
昨年まで3年連続で7月に日本を訪問しておりましたが、
今年は、体力的には9月で正解です。
いろいろ書きたいことはあるのですが、
また今夜ゆっくり・・・ということで。
月曜日の聖書。
ヨハネによる福音書4章を読みました。
「真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。」
23節のイエスの言葉です。
自分が神さまの前に出る時の姿勢を考えさせられる一節でした。
「霊とまこと」って何だろうなあ、と思います。
解釈でいろいろ問題があるかとも思いますが、
私は読みながら、自分の心がほんとうに主に向かっているだろうかと言うことだけを考えていました。
「礼拝」
牧師である私にとって、
礼拝は「説教を語る場」でもあります。
その中で、私は心から、真剣に、真実に、
主を礼拝しているだろうかと問われるような気がしました。
会衆の皆さんにとっては
「説教を聞く」ということが、礼拝の中の大切な要素ですが、
それが、「主への礼拝」となっているでしょうか?
今度の日曜日、
私は久しぶりに、メッセージもなく、何の責任もなく、
ただ、ひとりの参加者として礼拝に出席する幸いを経験します。
本当に久しぶりだと思います。
ゲストスピーカーが来られても、
9月3日のように、ファミリーキャンプで、司会や説教に当たっていなくても、
やはり何かの責任を持っていました。
だから、たぶん、8年ぶりくらいの経験だと思います。
本当に心から主を礼拝することを経験させて頂きたいと思います。
その中で、説教のご奉仕をしながら、でも、「礼拝者」としてそこに立つ、ことの
意味を考えてみたいと思います。
こころからの礼拝を主にささげる、
そのような説教者でありたいと思いました。
そして、その姿勢が教会全体に広がっていく、
そのような礼拝を守っていきたいと思います。
主よ、
礼拝の中心はあなたです。
いつもいつもそのように祈ってきました。
でも、今も本当にそうでしょうか?
私はそのように礼拝を守ってきたでしょうか?
どうか、私を「霊とまこととを持って礼拝する真の礼拝者」として下さい。
ここで更新しておきます。
NJは寒いくらいの夜になるようですね。
10度を切るようです。
今日の大阪は28度だそうです。
半袖でちょうどいい感じですね。
昨年まで3年連続で7月に日本を訪問しておりましたが、
今年は、体力的には9月で正解です。
いろいろ書きたいことはあるのですが、
また今夜ゆっくり・・・ということで。
月曜日の聖書。
ヨハネによる福音書4章を読みました。
「真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。」
23節のイエスの言葉です。
自分が神さまの前に出る時の姿勢を考えさせられる一節でした。
「霊とまこと」って何だろうなあ、と思います。
解釈でいろいろ問題があるかとも思いますが、
私は読みながら、自分の心がほんとうに主に向かっているだろうかと言うことだけを考えていました。
「礼拝」
牧師である私にとって、
礼拝は「説教を語る場」でもあります。
その中で、私は心から、真剣に、真実に、
主を礼拝しているだろうかと問われるような気がしました。
会衆の皆さんにとっては
「説教を聞く」ということが、礼拝の中の大切な要素ですが、
それが、「主への礼拝」となっているでしょうか?
今度の日曜日、
私は久しぶりに、メッセージもなく、何の責任もなく、
ただ、ひとりの参加者として礼拝に出席する幸いを経験します。
本当に久しぶりだと思います。
ゲストスピーカーが来られても、
9月3日のように、ファミリーキャンプで、司会や説教に当たっていなくても、
やはり何かの責任を持っていました。
だから、たぶん、8年ぶりくらいの経験だと思います。
本当に心から主を礼拝することを経験させて頂きたいと思います。
その中で、説教のご奉仕をしながら、でも、「礼拝者」としてそこに立つ、ことの
意味を考えてみたいと思います。
こころからの礼拝を主にささげる、
そのような説教者でありたいと思いました。
そして、その姿勢が教会全体に広がっていく、
そのような礼拝を守っていきたいと思います。
主よ、
礼拝の中心はあなたです。
いつもいつもそのように祈ってきました。
でも、今も本当にそうでしょうか?
私はそのように礼拝を守ってきたでしょうか?
どうか、私を「霊とまこととを持って礼拝する真の礼拝者」として下さい。
関西滞在中・・・
17日に追いついたのですが、
18日、19日と更新することができなかったので、
またちょっとたまってしまいました。
こちらは水曜日の夜。
木曜日の午前中は原稿書きの予定です。
午後から神戸、明石方面出動。
明日の朝、こちらもちょっと更新できるでしょう。
きっと。
ではでは。
18日、19日と更新することができなかったので、
またちょっとたまってしまいました。
こちらは水曜日の夜。
木曜日の午前中は原稿書きの予定です。
午後から神戸、明石方面出動。
明日の朝、こちらもちょっと更新できるでしょう。
きっと。
ではでは。
2006-09-17
霊から生まれる者
月曜日の朝ですが、
一日一章追いつくために、昨日の夜に続いて更新。
心配されていた台風、確かに大きな被害が出ましたが、
九州以外は直撃を免れました。
土曜日の集会、
帰国後半年、1年半、2年半と3つのレベルの方々がおられて、
帰国後の心の動き、なるほど・・・と思わされました。
第1段階
日本のコンビニやスーパーや100円ショップに感動する。
帰国後の立ち上げのために100円ショップに50回くらい買い物に行ったという例もあり。
興奮して毎日のように買い物に行ってしまう。
24時間営業のスーパーなどもあり、
夜な夜な食品売り場を徘徊してしまう。
300円の社員食堂のランチだって感動する。
こんなに安く、こんなにおいしいものが食べられるなんてと、日本への帰国がうれしい。
第2段階
コンビニ、100円ショップなどに行くことに飽きる。
アメリカの天井の高さ、
空間の広さ、
人間関係のおおらかさなどが妙に懐かしくなる。
一番きつい頃。
第3段階
社宅に住めるのも、あと2,3年、ということもあり、
日本がどうとか、アメリカがどうとか、ということを超えて、
マンションを買わなきゃなあ、とか、
何だかとっても現実的な問題に取り組むようになってくる。
帰国されたたくさんの方々が、
このようなところを通って、
それと共に新しい教会に入っていくために闘いをおぼえて、
歩んでおられることを思うと、
どれほど祈りのサポートが必要かと思わされます。
日曜日の聖書。
ヨハネ3章でした。
6節の言葉が心に留りました。
「肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です。」
「肉」は自己中心的な生き方、ということがよく言われます。
じゃあ、「霊」とは何だろうか?
正反対だとすると「悔い砕かれた魂」ということができるのでしょうか?
確かに聖霊様の働きは、
「罪を示し、キリストを証しする」ことですから、
その聖霊様によって生まれた者、というのは、
砕かれた、整えられた者、と言うことができるでしょう。
自分はどうだろうか?
自分は自己中心的な歩みをしていないだろうか?
自分中心的な歩みで、人々を傷つけていないだろうか?
人がそのように歩んでいると気になります。
人がそのように傍若無人の歩みをしていると頭にきます。
でも、自分は本当のところどうなんだろうか?と問われました。
聖霊様によって歩みたい。
聖霊様によって砕かれた、御霊の実を結ぶ、
品性のきよめられた、
そのような者となりたいと思いました。
主よ、
私をきよめ、
霊によって生まれた者としてください。
聖霊によって私を取り扱い、
キリストの御姿を映す者としてください。
聖霊によって歩ませてください。
一日一章追いつくために、昨日の夜に続いて更新。
心配されていた台風、確かに大きな被害が出ましたが、
九州以外は直撃を免れました。
土曜日の集会、
帰国後半年、1年半、2年半と3つのレベルの方々がおられて、
帰国後の心の動き、なるほど・・・と思わされました。
第1段階
日本のコンビニやスーパーや100円ショップに感動する。
帰国後の立ち上げのために100円ショップに50回くらい買い物に行ったという例もあり。
興奮して毎日のように買い物に行ってしまう。
24時間営業のスーパーなどもあり、
夜な夜な食品売り場を徘徊してしまう。
300円の社員食堂のランチだって感動する。
こんなに安く、こんなにおいしいものが食べられるなんてと、日本への帰国がうれしい。
第2段階
コンビニ、100円ショップなどに行くことに飽きる。
アメリカの天井の高さ、
空間の広さ、
人間関係のおおらかさなどが妙に懐かしくなる。
一番きつい頃。
第3段階
社宅に住めるのも、あと2,3年、ということもあり、
日本がどうとか、アメリカがどうとか、ということを超えて、
マンションを買わなきゃなあ、とか、
何だかとっても現実的な問題に取り組むようになってくる。
帰国されたたくさんの方々が、
このようなところを通って、
それと共に新しい教会に入っていくために闘いをおぼえて、
歩んでおられることを思うと、
どれほど祈りのサポートが必要かと思わされます。
日曜日の聖書。
ヨハネ3章でした。
6節の言葉が心に留りました。
「肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です。」
「肉」は自己中心的な生き方、ということがよく言われます。
じゃあ、「霊」とは何だろうか?
正反対だとすると「悔い砕かれた魂」ということができるのでしょうか?
確かに聖霊様の働きは、
「罪を示し、キリストを証しする」ことですから、
その聖霊様によって生まれた者、というのは、
砕かれた、整えられた者、と言うことができるでしょう。
自分はどうだろうか?
自分は自己中心的な歩みをしていないだろうか?
自分中心的な歩みで、人々を傷つけていないだろうか?
人がそのように歩んでいると気になります。
人がそのように傍若無人の歩みをしていると頭にきます。
でも、自分は本当のところどうなんだろうか?と問われました。
聖霊様によって歩みたい。
聖霊様によって砕かれた、御霊の実を結ぶ、
品性のきよめられた、
そのような者となりたいと思いました。
主よ、
私をきよめ、
霊によって生まれた者としてください。
聖霊によって私を取り扱い、
キリストの御姿を映す者としてください。
聖霊によって歩ませてください。
最高のものをとっておかれる主
日曜日の夜です。
今までで一番ゆっくりと過ごす夜です。
疲れもとれて、明日からの日々に備えられそうです。
感謝。
自分が4歳の頃から育った木場深川キリスト教会での礼拝でした。
例年、この木場深川キリスト教会での礼拝で、たくさんのNJの関係の方々にもお会いできるのですが、
今年は3連休の中日ということもあるのでしょうか、
ほとんどの方がご都合が悪かったようです。
それでも、ひとりの方がお母様と一緒にご出席下さいました。
お会いするのは4年ぶりくらいでしょうか?
幸いな再会でした。
また夕方にはもう一人の方が面談に来られて、共に祈りました。
今回の訪日のテーマは1週間ほど前の一日一章の言葉、
「私が来たのは、失われた者を捜しだして救うためである」
です。
いつもよりも少なくても、
ひとりでも、
神さまのところに導かれることを祈っています。
明日の夕方はまた東京での集会です。
そして、火曜日の朝出て、関西に向かいます。
土曜日の聖書。
ヨハネによる福音書の2章です。
心に留ったのは、
10節の料理長の言葉です。
「あなたは今まで良いものをとっておかれました」
神さまが準備してくださっているものは最高のものです。
世の常では、最初がいいもので、酔いが回った頃に、悪いものを出していたそうですが、
神さまは最後に最高のものを準備しておられるのです。
何だかわくわくしてきますね。
これから、神さまがどんなにすばらしいものを準備して下さっているかと思うと・・・。
考えてみると、私の人生ももう後半戦。
常識的に考えて、「今までの延長上」にこれからのものがあるのでしょうが、
神さまのなさることはそれを超えている、
最高のものをこれから準備しておられる。
それを大胆に求めて、歩んでいきたいと思いました。
楽しみに歩んでいきたいと思いました。
主よ、
どうかあなたの準備してくださっている最高のものを与えて下さい。
それを楽しみに歩んでいきます。
感謝します。
これから始まろうとしているNJの礼拝の上に、
あなたの祝福をいっぱいに満たして下さい。
今までで一番ゆっくりと過ごす夜です。
疲れもとれて、明日からの日々に備えられそうです。
感謝。
自分が4歳の頃から育った木場深川キリスト教会での礼拝でした。
例年、この木場深川キリスト教会での礼拝で、たくさんのNJの関係の方々にもお会いできるのですが、
今年は3連休の中日ということもあるのでしょうか、
ほとんどの方がご都合が悪かったようです。
それでも、ひとりの方がお母様と一緒にご出席下さいました。
お会いするのは4年ぶりくらいでしょうか?
幸いな再会でした。
また夕方にはもう一人の方が面談に来られて、共に祈りました。
今回の訪日のテーマは1週間ほど前の一日一章の言葉、
「私が来たのは、失われた者を捜しだして救うためである」
です。
いつもよりも少なくても、
ひとりでも、
神さまのところに導かれることを祈っています。
明日の夕方はまた東京での集会です。
そして、火曜日の朝出て、関西に向かいます。
土曜日の聖書。
ヨハネによる福音書の2章です。
心に留ったのは、
10節の料理長の言葉です。
「あなたは今まで良いものをとっておかれました」
神さまが準備してくださっているものは最高のものです。
世の常では、最初がいいもので、酔いが回った頃に、悪いものを出していたそうですが、
神さまは最後に最高のものを準備しておられるのです。
何だかわくわくしてきますね。
これから、神さまがどんなにすばらしいものを準備して下さっているかと思うと・・・。
考えてみると、私の人生ももう後半戦。
常識的に考えて、「今までの延長上」にこれからのものがあるのでしょうが、
神さまのなさることはそれを超えている、
最高のものをこれから準備しておられる。
それを大胆に求めて、歩んでいきたいと思いました。
楽しみに歩んでいきたいと思いました。
主よ、
どうかあなたの準備してくださっている最高のものを与えて下さい。
それを楽しみに歩んでいきます。
感謝します。
これから始まろうとしているNJの礼拝の上に、
あなたの祝福をいっぱいに満たして下さい。
2006-09-16
今度こそ、「来て、そして、見なさい」
何か、今朝は、中途半端な終わり方をしましたが、
土曜日の夜、書いています。
NJから来た目で見た東京ウォッチ。
1.電車の中で、携帯メールをプチプチやっている人の数は激減。
・・・去年の7月の来日時は半分以上、6割くらいの皆さんがやっていました。でも、今回はがくんと減って、2割くらい。もっと少ないかもしれません。
2.白いイヤホンがすごい勢い。
・・・これも去年の7月に比べての話ですが、NYでもそうなんでしょうが、白いイヤホンをしている人がホントに多いです。愛ぽっどのせいでしょう。でも、ここまで「みんながしている」とちょっと個性を主張したい人がいるようで、でかいヘッドフォンが復活です。ノイズキャンセレーションの機能がついているヤツでしょうか?とにかく1日歩き回っていると、ちょくちょく見ます。でかいヘッドフォン。
3.地下鉄至れり尽くせり。
・・・地下鉄を使うことが多いのですが、「ここまでやるか」と思うのが、このポスター。

今年初めて見る訳ではないのですが、NYで地下鉄では考えられないことだよなあ、と思い、紹介します。
はっきりと写っていませんが、このポスターの場合、地下鉄東西線の駅の名前が全部左側に書かれていて、それぞれの駅で降りる場合、何両目に乗れば、「乗り換え口」や「出口」にちょうどいいか、書かれているんですね。
特に日本橋駅とかは複雑なので、これは助かります。
でも、その一方で、「そんなの下りてから捜せばいいじゃん」と思ったりもします。
毎日使っている人はそんなのは知っているでしょうし・・・。
さて、土曜日の午後、渋谷で人と会う約束をしました。
渋谷で待ち合わせと言ったら、もちろん、

「ハチ公」
でも、うっかり今回は「ハチ公」とだけ伝えました。
そして着いて、たくさんの人々を前にして気がつきました。
高校時代、「ハチ公」で待ち合わせをする時には、
「ハチ公のしっぽ」とか
「ハチ公の頭」とか、
指定していたことを。
慌てて電話しました。
でも、考えてみたら、
「頭」とか「しっぽ」とか指定していたのは、
この「携帯電話」というものがない時代でしたね。
携帯があれば、大体の約束をしておけば大丈夫ですね。
携帯文化の恩恵に感謝した1日でした。
そして、その後、ハチ公前広場は大変な状況に・・・

犯人は晋三さんでした!
携帯で写真を撮っている人が結構いました。
自分も・・・。
夜は集会。
6人の方々が集まり、楽しい一時を送りました。
さて、金曜日の聖書。
ヨハネによる福音書にはいって、1章。
最後の方の、イエスに出会った人の言葉が心に留りました。
「来て、そして、見なさい。」
私もそれをいいたいと思いました。
とにかく来てご覧よ、と。
ひとりの人が神さまに出会うのは、説明ではなくて、説得ではなくて、
神さまが触れて下さることしかないのだと思います。
とにかく、イエスさまのところに、
教会に来てご覧よ、
そしたらわかるから・・・。
胸を張って教会のみんながそう言えるような、教会となりますように、と祈ります。
明日の日曜日もそのような1日となりますように。
主よ、
あなたのもとに、人々を連れて参ります。
人々をお招きします。
どうか、あなたご自身がひとりひとりに触れて下さいますように。
教会に「とにかく来てご覧よ」と言えるような、
霊的な雰囲気を与えて下さい。
明日の日曜日も、
そのような1日として下さい。
土曜日の夜、書いています。
NJから来た目で見た東京ウォッチ。
1.電車の中で、携帯メールをプチプチやっている人の数は激減。
・・・去年の7月の来日時は半分以上、6割くらいの皆さんがやっていました。でも、今回はがくんと減って、2割くらい。もっと少ないかもしれません。
2.白いイヤホンがすごい勢い。
・・・これも去年の7月に比べての話ですが、NYでもそうなんでしょうが、白いイヤホンをしている人がホントに多いです。愛ぽっどのせいでしょう。でも、ここまで「みんながしている」とちょっと個性を主張したい人がいるようで、でかいヘッドフォンが復活です。ノイズキャンセレーションの機能がついているヤツでしょうか?とにかく1日歩き回っていると、ちょくちょく見ます。でかいヘッドフォン。
3.地下鉄至れり尽くせり。
・・・地下鉄を使うことが多いのですが、「ここまでやるか」と思うのが、このポスター。

今年初めて見る訳ではないのですが、NYで地下鉄では考えられないことだよなあ、と思い、紹介します。
はっきりと写っていませんが、このポスターの場合、地下鉄東西線の駅の名前が全部左側に書かれていて、それぞれの駅で降りる場合、何両目に乗れば、「乗り換え口」や「出口」にちょうどいいか、書かれているんですね。
特に日本橋駅とかは複雑なので、これは助かります。
でも、その一方で、「そんなの下りてから捜せばいいじゃん」と思ったりもします。
毎日使っている人はそんなのは知っているでしょうし・・・。
さて、土曜日の午後、渋谷で人と会う約束をしました。
渋谷で待ち合わせと言ったら、もちろん、

「ハチ公」
でも、うっかり今回は「ハチ公」とだけ伝えました。
そして着いて、たくさんの人々を前にして気がつきました。
高校時代、「ハチ公」で待ち合わせをする時には、
「ハチ公のしっぽ」とか
「ハチ公の頭」とか、
指定していたことを。
慌てて電話しました。
でも、考えてみたら、
「頭」とか「しっぽ」とか指定していたのは、
この「携帯電話」というものがない時代でしたね。
携帯があれば、大体の約束をしておけば大丈夫ですね。
携帯文化の恩恵に感謝した1日でした。
そして、その後、ハチ公前広場は大変な状況に・・・

犯人は晋三さんでした!
携帯で写真を撮っている人が結構いました。
自分も・・・。
夜は集会。
6人の方々が集まり、楽しい一時を送りました。
さて、金曜日の聖書。
ヨハネによる福音書にはいって、1章。
最後の方の、イエスに出会った人の言葉が心に留りました。
「来て、そして、見なさい。」
私もそれをいいたいと思いました。
とにかく来てご覧よ、と。
ひとりの人が神さまに出会うのは、説明ではなくて、説得ではなくて、
神さまが触れて下さることしかないのだと思います。
とにかく、イエスさまのところに、
教会に来てご覧よ、
そしたらわかるから・・・。
胸を張って教会のみんながそう言えるような、教会となりますように、と祈ります。
明日の日曜日もそのような1日となりますように。
主よ、
あなたのもとに、人々を連れて参ります。
人々をお招きします。
どうか、あなたご自身がひとりひとりに触れて下さいますように。
教会に「とにかく来てご覧よ」と言えるような、
霊的な雰囲気を与えて下さい。
明日の日曜日も、
そのような1日として下さい。
2006-09-15
来て、そして、見なさい
これを書いているのは土曜日の朝です。
でも、NJ時間ではまだ金曜日ですね。
NJゼロの時間ですね。
みんな楽しくやっているのかなあ、と思いつつ、お祈りしています。
NJにいるとわからない、テレビやインターネットでもわからない今の日本、
ちょっとだけ、ご紹介。
1.電車の中で、・・・
と思いましたが、もう出る時間になってしまいました。
今日はお二人の方にお会いした後、
夕方は家庭集会です。
次の更新のチャンスは今晩遅くです。
ではでは。
でも、NJ時間ではまだ金曜日ですね。
NJゼロの時間ですね。
みんな楽しくやっているのかなあ、と思いつつ、お祈りしています。
NJにいるとわからない、テレビやインターネットでもわからない今の日本、
ちょっとだけ、ご紹介。
1.電車の中で、・・・
と思いましたが、もう出る時間になってしまいました。
今日はお二人の方にお会いした後、
夕方は家庭集会です。
次の更新のチャンスは今晩遅くです。
ではでは。
2006-09-14
イエスご自身が近づいて
こちらの金曜日の朝ですが、
このHPはNJ時間なので赦してもらいましょう。
木曜日、昼頃、やっと雨が上がりました。
でも、まだまだ寒いです。
台風が沖縄の南にあって、
北に向かって来るみたいです。
来週の火曜日、関西に向かう頃にはもう通り過ぎているかと思いますが、
大きな被害が出ないようにと願います。
台風なんて10年ぶりくらいでしょうか?
木曜日、一番の用事は、
ファミリーキャンプで販売した書籍の売れ残りと代金を持って、
販売を委託してくださったところに持っていくことでした。
そこはJR信濃町から徒歩五分。
東京シテーボーイの私も、この駅で降りるのは初めて。
ちょっと「おのぼりさん」状態でした。

煉瓦館と書いてありましたが、
この裏にはKO大学病院があったり、
明治神宮があったり、
神宮球場があったりするところです。
ヤクルトファンの方はここら辺はもうばっちりなんでしょうね。
現在、阪神が中日を猛追撃中。
元近鉄ファンで、今や応援するチームのない私としては、
やっぱ阪神応援しちゃいます。
来週関西行くし・・・。
今回、その信濃町の用件のあるところに行くと、
何と、ちょうどその時間、「横田早紀江さんを囲んで祈る会」やっているではありませんか。
横田早紀江さんは、北朝鮮に拉致されためぐみさんのお母さんですが、
娘が行方不明になって、まだ、拉致だとわからない、
何がどうなったのかわからない中で、キリストに出会って、
今も敬虔なクリスチャンです。
少なからず関心があり、またちょうど時間も空いていたので、
祈り会に出席して参りました。
今度の日曜日は金正日が拉致を認めてちょうど4年になるそうです。
拉致被害者家族会が発足してから9年。
最初の5年間は、家族会の方から、「問題をわかって欲しい」と講演や記者会見を開いてください、
とお願いして回ったそうです。
でも、北朝鮮が拉致を認めてからの4年間で横田さん達だけで1000回の講演依頼を受けて、
なさってきたそうです。
もう、体力的にも限界、だそうです。
今から30年近く前、13歳だった娘が急に行方不明になって、
「家出じゃないの」なんて言われたりもして、
・・・それが10年前に北朝鮮に拉致されたとわかって、
でも、それから、「亡くなった」と言われたり、
偽の「遺骨」を出されたり、
孫から「北朝鮮に来て」と言われたり、
いろんなことで揺さぶられて・・・。
想像ができません。
どんなに苦しい、悲しい、不安な、年月を過ごしてこられたかと思います。
祈りのサポートの必要を感じました。
何よりも、1日も早く、無事に解放されますように。
神さまがこの時間にこの場所に導かれたことに心から感謝します。
木曜日の聖書。
ルカによる福音書24章。最後の章。復活の章です。
「イエスご自身が近づいて、彼らとともに道を歩いておられた。」
15節の言葉です。
エマオへの道を歩いていた2人、
エルサレムを後ろに、
とぼとぼと歩いていた2人。
希望に溢れて、
やる気に満ちていた訳ではありませんでした。
どちらかというと、
失望して、困惑して、肩を落として歩いていたのでした。
イエスはそんな彼らを叱咤激励したのではありませんでした。
共に歩いて行かれたのです。
その中で、彼らの目が開かれて、
彼らが走り出すまで、
ずっと一緒に歩まれたのです。
ありがたいなあ、と思いました。
この方は「成功者」の神ではない。
調子に乗っている者たちの救い主ではない。
落ち込んでとぼとぼと道を歩む者と共に歩み、
でも、どこかで彼らの目を開いて、力を与えて、
走り出すようにしてくださる。
今の私とも、共に歩んでくださる。
それが感謝。
主よ、
あなたが共に歩んでくださること、
元気な時だけではなくて、
確信に溢れた時だけではなくて、
とぼとぼと歩む時にも、
共に歩んでくださることに感謝します。
どうか、私の目も開き、走り出すことができますように。
今日の1日もお守り下さい。
このHPはNJ時間なので赦してもらいましょう。
木曜日、昼頃、やっと雨が上がりました。
でも、まだまだ寒いです。
台風が沖縄の南にあって、
北に向かって来るみたいです。
来週の火曜日、関西に向かう頃にはもう通り過ぎているかと思いますが、
大きな被害が出ないようにと願います。
台風なんて10年ぶりくらいでしょうか?
木曜日、一番の用事は、
ファミリーキャンプで販売した書籍の売れ残りと代金を持って、
販売を委託してくださったところに持っていくことでした。
そこはJR信濃町から徒歩五分。
東京シテーボーイの私も、この駅で降りるのは初めて。
ちょっと「おのぼりさん」状態でした。

煉瓦館と書いてありましたが、
この裏にはKO大学病院があったり、
明治神宮があったり、
神宮球場があったりするところです。
ヤクルトファンの方はここら辺はもうばっちりなんでしょうね。
現在、阪神が中日を猛追撃中。
元近鉄ファンで、今や応援するチームのない私としては、
やっぱ阪神応援しちゃいます。
来週関西行くし・・・。
今回、その信濃町の用件のあるところに行くと、
何と、ちょうどその時間、「横田早紀江さんを囲んで祈る会」やっているではありませんか。
横田早紀江さんは、北朝鮮に拉致されためぐみさんのお母さんですが、
娘が行方不明になって、まだ、拉致だとわからない、
何がどうなったのかわからない中で、キリストに出会って、
今も敬虔なクリスチャンです。
少なからず関心があり、またちょうど時間も空いていたので、
祈り会に出席して参りました。
今度の日曜日は金正日が拉致を認めてちょうど4年になるそうです。
拉致被害者家族会が発足してから9年。
最初の5年間は、家族会の方から、「問題をわかって欲しい」と講演や記者会見を開いてください、
とお願いして回ったそうです。
でも、北朝鮮が拉致を認めてからの4年間で横田さん達だけで1000回の講演依頼を受けて、
なさってきたそうです。
もう、体力的にも限界、だそうです。
今から30年近く前、13歳だった娘が急に行方不明になって、
「家出じゃないの」なんて言われたりもして、
・・・それが10年前に北朝鮮に拉致されたとわかって、
でも、それから、「亡くなった」と言われたり、
偽の「遺骨」を出されたり、
孫から「北朝鮮に来て」と言われたり、
いろんなことで揺さぶられて・・・。
想像ができません。
どんなに苦しい、悲しい、不安な、年月を過ごしてこられたかと思います。
祈りのサポートの必要を感じました。
何よりも、1日も早く、無事に解放されますように。
神さまがこの時間にこの場所に導かれたことに心から感謝します。
木曜日の聖書。
ルカによる福音書24章。最後の章。復活の章です。
「イエスご自身が近づいて、彼らとともに道を歩いておられた。」
15節の言葉です。
エマオへの道を歩いていた2人、
エルサレムを後ろに、
とぼとぼと歩いていた2人。
希望に溢れて、
やる気に満ちていた訳ではありませんでした。
どちらかというと、
失望して、困惑して、肩を落として歩いていたのでした。
イエスはそんな彼らを叱咤激励したのではありませんでした。
共に歩いて行かれたのです。
その中で、彼らの目が開かれて、
彼らが走り出すまで、
ずっと一緒に歩まれたのです。
ありがたいなあ、と思いました。
この方は「成功者」の神ではない。
調子に乗っている者たちの救い主ではない。
落ち込んでとぼとぼと道を歩む者と共に歩み、
でも、どこかで彼らの目を開いて、力を与えて、
走り出すようにしてくださる。
今の私とも、共に歩んでくださる。
それが感謝。
主よ、
あなたが共に歩んでくださること、
元気な時だけではなくて、
確信に溢れた時だけではなくて、
とぼとぼと歩む時にも、
共に歩んでくださることに感謝します。
どうか、私の目も開き、走り出すことができますように。
今日の1日もお守り下さい。
2006-09-13
きょう!
今日はまた昨日よりももう一歩肌寒い日になりました。
日曜日には34度くらいあったそうです。
それが今日は19度。雨がしとしと降っています。
今日は、東村山にある私の出身母体の教団の本部にご挨拶に行って、
お世話になった先生にお会いしてきました。
父の世代の先生で、2年前にはNJにもおいでいただきましたが、
楽しくお話をして、あっという間に2時間がたってしまいました。
昨日連絡して今日お会いできないかとずうずうしいお願いにもかかわらず、
温かく迎えてくださった先生に感謝。
そのあと、ちょっと予定が空いたので、
日本で副牧師をしていたときの若者で、
今は奥さんになった方ですが、ずっと寝たきりの生活をしておられる方を、
ご主人に連れて行っていただいて、病院に訪問しました。
とても喜んで迎えてくださって、
語り合い、お祈りしてきました。
どんなに大きな闘いがあるか、私の知らない部分がたくさんあると思います。
でも、彼女は笑顔を絶やさず、「うれしいねえ」と何度も繰り返しながら、
話をしていました。
日本に着いてまだ24時間。
でも、とてもいいときを過ごさせていただいています。
あと、マツイ君は、12日の復帰戦で4打数4安打だったそうですね。
今日の7時からのNHKニュースでも、
トップはさすがに「ひさひとちゃま」にゆずりましたが、
2番目のニュースでした。
NYではどれくらい騒がれてるんだろうなあ、と思いながら、
日本でのフィーバーぶりにはちょっと驚き。
でも、マツイファンの我が家にとってはちょっといいニュース。
今日の聖書はルカによる福音書23章でした。
イエスの十字架のところです。
今日心に留まったのは34節の
「あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」
というイエスの十字架上の言葉でした。
「あなたが御国の権威を持ってこられるときには・・・」といっていた、
イエスと一緒に十字架にかけられていた強盗のひとりに対して、
イエスは「あなたはきょう・・・」と言われました。
「いつの日にか」ではなく、「やがての日に」でもなく、
「今日」と言われた。
今までは、「御国の権威を持ってこられるとき」ではなくて、「今日」だと思っていました。
でも、今日は思わされました。
「御国の権威を持ってこられるとき」=「今日」なのではないかと。
イエス様が十字架にかかられたとき、
それこそがイエスが御国の権威を持ってこられるときであり、
パラダイスの門が開かれたときなのではないだろうかと。
主の恵みの注がれる日は「いつか」「やがて」ではなくて、
「今日」なんだ、と思わされました。
与えられている恵みを感謝して、
今すでに与えられているパラダイスのあゆみをこの地上でさせていただきたい、
とそのように思いました。
主よ、
あなたの天国の門が大きく開かれていることに感謝します。
イエス様の十字架によって開かれていることに感謝します。
どうか、あなたの与えてくださっている天国の歩みをこの地上でもすることが出来ますように。
今日の一つ一つの出会いに感謝しつつ。
明日の一日の祝福を大きく期待しつつ。
日曜日には34度くらいあったそうです。
それが今日は19度。雨がしとしと降っています。
今日は、東村山にある私の出身母体の教団の本部にご挨拶に行って、
お世話になった先生にお会いしてきました。
父の世代の先生で、2年前にはNJにもおいでいただきましたが、
楽しくお話をして、あっという間に2時間がたってしまいました。
昨日連絡して今日お会いできないかとずうずうしいお願いにもかかわらず、
温かく迎えてくださった先生に感謝。
そのあと、ちょっと予定が空いたので、
日本で副牧師をしていたときの若者で、
今は奥さんになった方ですが、ずっと寝たきりの生活をしておられる方を、
ご主人に連れて行っていただいて、病院に訪問しました。
とても喜んで迎えてくださって、
語り合い、お祈りしてきました。
どんなに大きな闘いがあるか、私の知らない部分がたくさんあると思います。
でも、彼女は笑顔を絶やさず、「うれしいねえ」と何度も繰り返しながら、
話をしていました。
日本に着いてまだ24時間。
でも、とてもいいときを過ごさせていただいています。
あと、マツイ君は、12日の復帰戦で4打数4安打だったそうですね。
今日の7時からのNHKニュースでも、
トップはさすがに「ひさひとちゃま」にゆずりましたが、
2番目のニュースでした。
NYではどれくらい騒がれてるんだろうなあ、と思いながら、
日本でのフィーバーぶりにはちょっと驚き。
でも、マツイファンの我が家にとってはちょっといいニュース。
今日の聖書はルカによる福音書23章でした。
イエスの十字架のところです。
今日心に留まったのは34節の
「あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」
というイエスの十字架上の言葉でした。
「あなたが御国の権威を持ってこられるときには・・・」といっていた、
イエスと一緒に十字架にかけられていた強盗のひとりに対して、
イエスは「あなたはきょう・・・」と言われました。
「いつの日にか」ではなく、「やがての日に」でもなく、
「今日」と言われた。
今までは、「御国の権威を持ってこられるとき」ではなくて、「今日」だと思っていました。
でも、今日は思わされました。
「御国の権威を持ってこられるとき」=「今日」なのではないかと。
イエス様が十字架にかかられたとき、
それこそがイエスが御国の権威を持ってこられるときであり、
パラダイスの門が開かれたときなのではないだろうかと。
主の恵みの注がれる日は「いつか」「やがて」ではなくて、
「今日」なんだ、と思わされました。
与えられている恵みを感謝して、
今すでに与えられているパラダイスのあゆみをこの地上でさせていただきたい、
とそのように思いました。
主よ、
あなたの天国の門が大きく開かれていることに感謝します。
イエス様の十字架によって開かれていることに感謝します。
どうか、あなたの与えてくださっている天国の歩みをこの地上でもすることが出来ますように。
今日の一つ一つの出会いに感謝しつつ。
明日の一日の祝福を大きく期待しつつ。
2006-09-12
勇気
あれから、5年。
月曜日の朝のその時間はNewarkの空港のロビーで
CNNを見ながら、黙祷に心を合わせながら、一つ一つ読み上げられる名前を聞きながら、
過ごしました。
名前を読み上げるだけで3時間。
そして、その名前の一つ一つに特別な、他の人とは違った、人生があった。
そのことを考えるともう私の頭の中がいっぱいいっぱいになります。
そして、生きている私たちの中でもあの出来事のストーリーはひとりひとり特別なもの。
まだ、そのストーリーをここに書けるほどにはなっていない自分があります。
個人的に聞いて下さる方、がおられたら、お話しできるかも、です。
今回、飛行機が上昇していく中で、
5年前のある飛行機の中では、
ほんとうに恐ろしい出来事が起っていたのだ、
ということをも考えていました。
私も「まさか自分の乗った飛行機で・・・」と
思って、乗っていました。
数え切れないほどの飛行機が飛び交う中で、
自分が乗っている飛行機がそんなことにあう確率はものすごく低いものです。
でも、
人生は確率で生きていくモノではありません。
99%大丈夫です、と言われても、
自分がその1%になることもあります。
私たちの人生、いつもいつも危険や困難と隣り合わせであることを、
いつもいつも忘れないでいたいと思います。
普通はそんなこと考えて生きていったら、重くて、暗い歩みになってしまう、でしょう。
でも、神さまがそんな中でも共にいて下さるから、
どんなに大きな試練が襲ってきても、
この方がおられるから大丈夫、と思います。
今日の1日も与えられた特別な1日。
今日本時間で朝の3時ですから、
ちょっと長い1日になりそうですが、
それも神さまの祝福。
感謝して過ごしたいと思います。
火曜日の聖書。
ルカによる福音書22章です。
イエスが逮捕されて裁判を受けます。
その中で、イエスは堂々と自分が神の子であることを語ります。
それが「死」を意味しているのに・・・。
イエスは十字架に向かって進んでいたのです。
その一方で、ペテロは自分がイエスの弟子であることを、
否定してしまいます。
この対比が心に留りました。
イエスの大胆さ、イエスの勇気に心から感謝しました。
それがなかったら、私たちの救いはなかったと。
しかし自分はどうかというと、
やはりペテロかと思います。
逃げる。
失敗したペテロに自分が重なり合います。
でも、そのペテロのためにイエスは祈って下さった。
「しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」
ペテロは失敗して終わらなかった。
失敗で終わることはなかった。
イエスもゲッセマネの園でお祈りになってから、十字架に進んで行かれた。
私も祈りが与えられていることに感謝。
祈りによって力を与えられて進んでいきたい。
神さま、
あなたに祈れることを感謝します。
祈りによって力を頂いて歩んでいくことができますように。
あなたの力によって歩んでいくことができますように。
今日も、祈ることを教えてください。
月曜日の朝のその時間はNewarkの空港のロビーで
CNNを見ながら、黙祷に心を合わせながら、一つ一つ読み上げられる名前を聞きながら、
過ごしました。
名前を読み上げるだけで3時間。
そして、その名前の一つ一つに特別な、他の人とは違った、人生があった。
そのことを考えるともう私の頭の中がいっぱいいっぱいになります。
そして、生きている私たちの中でもあの出来事のストーリーはひとりひとり特別なもの。
まだ、そのストーリーをここに書けるほどにはなっていない自分があります。
個人的に聞いて下さる方、がおられたら、お話しできるかも、です。
今回、飛行機が上昇していく中で、
5年前のある飛行機の中では、
ほんとうに恐ろしい出来事が起っていたのだ、
ということをも考えていました。
私も「まさか自分の乗った飛行機で・・・」と
思って、乗っていました。
数え切れないほどの飛行機が飛び交う中で、
自分が乗っている飛行機がそんなことにあう確率はものすごく低いものです。
でも、
人生は確率で生きていくモノではありません。
99%大丈夫です、と言われても、
自分がその1%になることもあります。
私たちの人生、いつもいつも危険や困難と隣り合わせであることを、
いつもいつも忘れないでいたいと思います。
普通はそんなこと考えて生きていったら、重くて、暗い歩みになってしまう、でしょう。
でも、神さまがそんな中でも共にいて下さるから、
どんなに大きな試練が襲ってきても、
この方がおられるから大丈夫、と思います。
今日の1日も与えられた特別な1日。
今日本時間で朝の3時ですから、
ちょっと長い1日になりそうですが、
それも神さまの祝福。
感謝して過ごしたいと思います。
火曜日の聖書。
ルカによる福音書22章です。
イエスが逮捕されて裁判を受けます。
その中で、イエスは堂々と自分が神の子であることを語ります。
それが「死」を意味しているのに・・・。
イエスは十字架に向かって進んでいたのです。
その一方で、ペテロは自分がイエスの弟子であることを、
否定してしまいます。
この対比が心に留りました。
イエスの大胆さ、イエスの勇気に心から感謝しました。
それがなかったら、私たちの救いはなかったと。
しかし自分はどうかというと、
やはりペテロかと思います。
逃げる。
失敗したペテロに自分が重なり合います。
でも、そのペテロのためにイエスは祈って下さった。
「しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」
ペテロは失敗して終わらなかった。
失敗で終わることはなかった。
イエスもゲッセマネの園でお祈りになってから、十字架に進んで行かれた。
私も祈りが与えられていることに感謝。
祈りによって力を与えられて進んでいきたい。
神さま、
あなたに祈れることを感謝します。
祈りによって力を頂いて歩んでいくことができますように。
あなたの力によって歩んでいくことができますように。
今日も、祈ることを教えてください。
わたしがあなた方に与える
日本です。
NJは寒いくらいの朝だったようですが、
こちらもちょっとひんやりする夜です。雨がしとしと降っています。
やっぱり雨男かな。
今火曜日の夜になりました。
NJ時間だと火曜日の朝ですね。
すぽっと月曜日の夜が抜けた感じですね。
今回のフライトは、
映画のストーリーがわからなくなるくらい、
ウトウトしたり、目が覚めたり・・・でした。
いつもはばっちりで、寝ても1時間とか2時間とかで、
機内の映画をぜーんぶ見て、
訳のわからない番組まで見て・・・
(以前、コンチネンタルで、「風雲○○○城」やっていましたね。そこまで見てました。今は変な編集したものをアメリカでもやっていますが・・・)
それでも、時間が余っていたのですが、
今回はさすがに眠くなって、ウトウト。
でも、熟睡はできないので、結構退屈感はありました。
「だ・びんち・コード」もやってたので、見てしまいました。寝てしまいました。
うーん、ちょっと論理の展開が「ずるいっ!」って感じでしたね。
「そういう説もある・・・」「こういうことも考えられる」とか言いながら、
結局はイエスには子供がいたとか、教会は大切な秘密を歴史の中で隠蔽してきたとか、
まあ、しょっちゅう耳にするような珍説ですが、それを「えー、ほんとはそうだったの?」みたいに感じさせるように出してくるんですよね。
サスペンスとしても、何だか、いろいろ複雑に絡み合いすぎてよくわかりませんでした。
ま、いいか。でも、もうちょっといい映画はなかったんでしょうか?
そして日本といえば、「コンビニ」でしょう、やっぱり。

日本に来た!って感じはします。
宿泊先(実家)の徒歩圏内に何軒もあります。
ちょっと用事があって寄ったんですが、
いろんなもの売っています。
あんまりゆっくりは見てなかったんですが、
たとえば、カップ麻婆豆腐とか・・・。
そう、カップ麻婆豆腐・・・調べてみたら、カップ春雨の麻婆豆腐味と言ったらいいのか、
「ロングセラー」と書かれていますが、初めて見ました。
ま、そんな話ばかりで盛り上がってもしょうがないので、
月曜日の聖書。
ルカによる福音書21章を読みました。
その中の15節のこの言葉にものすごい力強さを感じました。
「どんな反対者も、反論もできず、反証もできないようなことばと知恵を、わたしがあなたがたに与えます。」
私たちが一生懸命心配して考える言葉よりも、
神さまが与えて下さる、
イエスが与えて下さるその言葉に信頼したらいい、
そのように感じました。
自分の歩み、いつもそうだったと思います。
一生懸命考えて、立派に整えて、お話しすることよりも、
自分が「この御言葉によって語って頂いた」と感じるところ、
主によって自分自身が取り扱われるところ、
そこに力の源を感じます。
そのような語り手でありたい、あり続けたいと思います。
主よ、
どうか、あなたのみことばを語ってください。
私に語ってください。
あなたが語ってくださったことを、
私自身が教えられたことを
分ち合っていくような、
みことばを料理するのではなく、
みことばに料理されるような
語り手でありたいと思いました。
どうかみことばを与えて下さい。
これからの17日間の日本での歩みを祝福して下さい。
一つ一つの出会いを祝福して下さい。
NJは寒いくらいの朝だったようですが、
こちらもちょっとひんやりする夜です。雨がしとしと降っています。
やっぱり雨男かな。
今火曜日の夜になりました。
NJ時間だと火曜日の朝ですね。
すぽっと月曜日の夜が抜けた感じですね。
今回のフライトは、
映画のストーリーがわからなくなるくらい、
ウトウトしたり、目が覚めたり・・・でした。
いつもはばっちりで、寝ても1時間とか2時間とかで、
機内の映画をぜーんぶ見て、
訳のわからない番組まで見て・・・
(以前、コンチネンタルで、「風雲○○○城」やっていましたね。そこまで見てました。今は変な編集したものをアメリカでもやっていますが・・・)
それでも、時間が余っていたのですが、
今回はさすがに眠くなって、ウトウト。
でも、熟睡はできないので、結構退屈感はありました。
「だ・びんち・コード」もやってたので、見てしまいました。寝てしまいました。
うーん、ちょっと論理の展開が「ずるいっ!」って感じでしたね。
「そういう説もある・・・」「こういうことも考えられる」とか言いながら、
結局はイエスには子供がいたとか、教会は大切な秘密を歴史の中で隠蔽してきたとか、
まあ、しょっちゅう耳にするような珍説ですが、それを「えー、ほんとはそうだったの?」みたいに感じさせるように出してくるんですよね。
サスペンスとしても、何だか、いろいろ複雑に絡み合いすぎてよくわかりませんでした。
ま、いいか。でも、もうちょっといい映画はなかったんでしょうか?
そして日本といえば、「コンビニ」でしょう、やっぱり。

日本に来た!って感じはします。
宿泊先(実家)の徒歩圏内に何軒もあります。
ちょっと用事があって寄ったんですが、
いろんなもの売っています。
あんまりゆっくりは見てなかったんですが、
たとえば、カップ麻婆豆腐とか・・・。
そう、カップ麻婆豆腐・・・調べてみたら、カップ春雨の麻婆豆腐味と言ったらいいのか、
「ロングセラー」と書かれていますが、初めて見ました。
ま、そんな話ばかりで盛り上がってもしょうがないので、
月曜日の聖書。
ルカによる福音書21章を読みました。
その中の15節のこの言葉にものすごい力強さを感じました。
「どんな反対者も、反論もできず、反証もできないようなことばと知恵を、わたしがあなたがたに与えます。」
私たちが一生懸命心配して考える言葉よりも、
神さまが与えて下さる、
イエスが与えて下さるその言葉に信頼したらいい、
そのように感じました。
自分の歩み、いつもそうだったと思います。
一生懸命考えて、立派に整えて、お話しすることよりも、
自分が「この御言葉によって語って頂いた」と感じるところ、
主によって自分自身が取り扱われるところ、
そこに力の源を感じます。
そのような語り手でありたい、あり続けたいと思います。
主よ、
どうか、あなたのみことばを語ってください。
私に語ってください。
あなたが語ってくださったことを、
私自身が教えられたことを
分ち合っていくような、
みことばを料理するのではなく、
みことばに料理されるような
語り手でありたいと思いました。
どうかみことばを与えて下さい。
これからの17日間の日本での歩みを祝福して下さい。
一つ一つの出会いを祝福して下さい。
2006-09-11
誰の肖像が刻まれているか
今日もすばらしい日曜日でした。
新しい方々もたくさん来られて、
子ども達もたくさん来て、
JOYJOYキャンプの子達も何人か来て、
とてもにぎやかでした。
いよいよ明日から日本です。
楽しみになってきました。
でも、こちらを3週間近く離れるのはまた心配。
心配以上に、机の周りの整理もできてなくて、
やるべきこともやってなくて、
あとで「あー!」と思うのではないかとかなり心配。
帰ってきた時に、「あー!」と気がついて
その時にはもう遅くなってしまっていることがあるのではないかと、
かなり心配。
でも、出発しちゃったらもうしょうがないから、
ちょっと机の周りを、人に見られても恥ずかしくないくらいにしておこうっと。
今日の聖書の箇所は、
ルカによる福音書20章でした。
24節のイエスの問いかけが、私に対する問いかけになりました。
「これはだれの肖像ですか。」
これが私に対して、
「あなたは誰の肖像を頂いていると思うのですか?」と主が問いかけておられるように感じました。
「神さま、あなたの肖像です」とお答えしました。
神さまの肖像を頂いていることがどれほど光栄なことかと思いました。
だから、次の節に「神のものは神に返しなさい」という言葉も感謝を持って受け取りました。
主よ、
わたしはあなたのものです。
あなたが私の主であって下さることに感謝します。
あなたに私の存在をお返しします。
あなたのご用のためにどうにでも使ってください。
今回の日本訪問にも、あなたが先立っていってくださって、
用いてくださいますように、
あなたの思いのままに用いてくださいますように。
あと少しでDVDの作業がやっと完了。
感謝!
新しい方々もたくさん来られて、
子ども達もたくさん来て、
JOYJOYキャンプの子達も何人か来て、
とてもにぎやかでした。
いよいよ明日から日本です。
楽しみになってきました。
でも、こちらを3週間近く離れるのはまた心配。
心配以上に、机の周りの整理もできてなくて、
やるべきこともやってなくて、
あとで「あー!」と思うのではないかとかなり心配。
帰ってきた時に、「あー!」と気がついて
その時にはもう遅くなってしまっていることがあるのではないかと、
かなり心配。
でも、出発しちゃったらもうしょうがないから、
ちょっと机の周りを、人に見られても恥ずかしくないくらいにしておこうっと。
今日の聖書の箇所は、
ルカによる福音書20章でした。
24節のイエスの問いかけが、私に対する問いかけになりました。
「これはだれの肖像ですか。」
これが私に対して、
「あなたは誰の肖像を頂いていると思うのですか?」と主が問いかけておられるように感じました。
「神さま、あなたの肖像です」とお答えしました。
神さまの肖像を頂いていることがどれほど光栄なことかと思いました。
だから、次の節に「神のものは神に返しなさい」という言葉も感謝を持って受け取りました。
主よ、
わたしはあなたのものです。
あなたが私の主であって下さることに感謝します。
あなたに私の存在をお返しします。
あなたのご用のためにどうにでも使ってください。
今回の日本訪問にも、あなたが先立っていってくださって、
用いてくださいますように、
あなたの思いのままに用いてくださいますように。
あと少しでDVDの作業がやっと完了。
感謝!
2006-09-09
失われた人を捜す
今日も暑いくらいの日でした。
でも、これも今日まで。
明日からはひんやりしそうです。
月曜日の夜なんか10度くらいに下がりそうです。
日本はどうなんだろう・・・と思って見てみたら、
東京はずっと曇りマーク。
曇りで27-8度は蒸し暑そうですね。
こちらの涼しさに慣れたカラダには、ちょっときつそうです。
そういえば、自分、結構雨男かもしれません。
日本にいた頃、まだ20代の副牧師だったころ、
教会の若者6人と北海道にフェリーと車で行ったことがありました。
「伝道旅行」と名前だけはちょっと真面目にして・・・。
でも、結局のところ、ちょっと旅行で行ったところで、「伝道」ができるわけもなく、
北海道の教会の皆さんにごちそうになり、励まされ、おだてられ、
楽しく旅行させて頂きました。(^_^;)
その時も10日間ほとんど太陽を見ませんでした。
確か7月か8月か、いい時だったんですがね・・・。
うーん、9月の日本、カラッと秋晴れといってほしいものです。
今日は、ずっとJOYJOYキャンプの写真集とスライドショーを作っていて、
1日が過ぎました。というか、まだやっています。
写真集の方は、できあがって、ラベルのプリントも終わって、ケースにも入れました。
スライドショーも今20枚くらいDVDができています。あと50枚。
何とか日本に行く前に仕上げることができそうです。
今日の聖書はルカによる福音書19章でした。
19章の9節のイエスの言葉が心に留りました。
「人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。」
「捜して」という一言が特に自分に問いかけられました。
自分は失われた人を捜しているだろうか?
ただ、「待っている」だけではないだろうか?
ほんとうに、本気で、「失われた人を捜している」だろうか?
ただ、待っていて、教会に来たい人、
自分の牧会している教会を気に入ってくれる人、
そんな人が現われるのを待っているだけなのではないだろうか、
そんなことを問われました。
あさってから日本。全然実感は湧きません。
でも、とにかく、この言葉は、「待っていないで捜しに出て行きなさい」といわれた言葉のように感じました。
日本に訪問した時に、喜んで会いに来てくださる方々を待っているのではなく、
多少疎まれても、失われた人を探しに行きなさい、
そのように語られました。
神さま、
あなたの私への熱い思い、私たちへの熱い思いを感じました。
私もそんな熱い思いを持って、出ていきたいと思います。
どうか、明日の日曜日の出会いを祝福してください。
そして来週からの3週間の日本での歩みを助けてください。
みことばどおり、失われた人たちを捜し出すような働きをすることができますように。
主よ、私を用いてください。
語ってくださってありがとうございます。
でも、これも今日まで。
明日からはひんやりしそうです。
月曜日の夜なんか10度くらいに下がりそうです。
日本はどうなんだろう・・・と思って見てみたら、
東京はずっと曇りマーク。
曇りで27-8度は蒸し暑そうですね。
こちらの涼しさに慣れたカラダには、ちょっときつそうです。
そういえば、自分、結構雨男かもしれません。
日本にいた頃、まだ20代の副牧師だったころ、
教会の若者6人と北海道にフェリーと車で行ったことがありました。
「伝道旅行」と名前だけはちょっと真面目にして・・・。
でも、結局のところ、ちょっと旅行で行ったところで、「伝道」ができるわけもなく、
北海道の教会の皆さんにごちそうになり、励まされ、おだてられ、
楽しく旅行させて頂きました。(^_^;)
その時も10日間ほとんど太陽を見ませんでした。
確か7月か8月か、いい時だったんですがね・・・。
うーん、9月の日本、カラッと秋晴れといってほしいものです。
今日は、ずっとJOYJOYキャンプの写真集とスライドショーを作っていて、
1日が過ぎました。というか、まだやっています。
写真集の方は、できあがって、ラベルのプリントも終わって、ケースにも入れました。
スライドショーも今20枚くらいDVDができています。あと50枚。
何とか日本に行く前に仕上げることができそうです。
今日の聖書はルカによる福音書19章でした。
19章の9節のイエスの言葉が心に留りました。
「人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。」
「捜して」という一言が特に自分に問いかけられました。
自分は失われた人を捜しているだろうか?
ただ、「待っている」だけではないだろうか?
ほんとうに、本気で、「失われた人を捜している」だろうか?
ただ、待っていて、教会に来たい人、
自分の牧会している教会を気に入ってくれる人、
そんな人が現われるのを待っているだけなのではないだろうか、
そんなことを問われました。
あさってから日本。全然実感は湧きません。
でも、とにかく、この言葉は、「待っていないで捜しに出て行きなさい」といわれた言葉のように感じました。
日本に訪問した時に、喜んで会いに来てくださる方々を待っているのではなく、
多少疎まれても、失われた人を探しに行きなさい、
そのように語られました。
神さま、
あなたの私への熱い思い、私たちへの熱い思いを感じました。
私もそんな熱い思いを持って、出ていきたいと思います。
どうか、明日の日曜日の出会いを祝福してください。
そして来週からの3週間の日本での歩みを助けてください。
みことばどおり、失われた人たちを捜し出すような働きをすることができますように。
主よ、私を用いてください。
語ってくださってありがとうございます。
2006-09-08
絶えず祈る
これで追いつきますね。やった!
でも、また来週から日本なので、
更新が不定期になってしまうかもしれません。
日本、楽しみです。
多くの方々にお会いできることが楽しみです。
去年まで3回は7月に訪問していましたので、
暑かったです。
でも、今年は9月。ちょっとは涼しくなっていることを期待しています。
天気予報を見ると、東京では大体最高気温が28度くらい。
最低気温が21度くらい。
まあ、「熱帯夜+真夏日」ではないことを感謝。
今からでも、訪問や集会のご希望があったらお知らせ下さい。
数日前から、tropical stormのFlorenceが騒がれています。
「強いハリケーンになるぞ」「東海岸を襲うぞ」
といわれていましたが、
どちらも外れました。全然強くなりませんし、また東にそれそうです。めでたしめでたし。
でも、明日あたり、とうとうハリケーンになって、バミューダを襲いそうです。
思うんですが、
今年、ハリケーンが発達しませんよね。
この間来た、アーネストも「キューバからフロリダに進む中で発達する」と予想されていましたが、
外れました。
また今回のフローレンスもそうです。
神さまが特別に守って下さっているのでは・・・と思いました。
去年、カトリーナが来た時には、「神なんかいるもんか」みたいな声もありました。
単なる自然現象と割り切ることもむずかしいことです。
でも、このように特別に守られている時には「神」を持ち出す人はいません。
単なる自然現象で片づけられます。
おかしな話です。
今年のハリケーンシーズンを神さまが続けて守って下さるように祈ります。
今日の聖書箇所はルカによる福音書18章でした。
心に留ったのは1節の言葉です。
「 いつでも祈るべきであり、失望してはならないことを教えるために、イエスは彼らにたとえを話された。」
「いつでも祈る」
「失望してはならない」
本当に大切なことだと思いました。
そして、「まして神はあなた方のことを愛しているのだから祈りなさい」という言葉がありがたく響きました。
私たちは無理矢理神さまを説得したり、
こっちを向いてもらおうと一生懸命になるのではない、
神さまが愛しておられるんだから、祈りなさい、と。
やはりどこかで祈りが陳情になっていないか。
請願になっていないだろうか。
「祈りは会話だ」とよく言われる。
楽しい仲間と会話を楽しむように、
神さまと会話を楽しもう。その懐に飛び込もう。
今日はこれから深夜祈祷会。
主の前に出て、会話を楽しむような祈りの時となりますように。
神さま、
イエスさまの十字架のゆえに、
私もあなたと会話を楽しむことができるような者としてくださったことを感謝します。
今夜の深夜祈祷会も、
そのようにあなたと過ごすことのできる一時としてくださいますように。
いつも祈り、あきらめないで祈り続けることができますように。
でも、また来週から日本なので、
更新が不定期になってしまうかもしれません。
日本、楽しみです。
多くの方々にお会いできることが楽しみです。
去年まで3回は7月に訪問していましたので、
暑かったです。
でも、今年は9月。ちょっとは涼しくなっていることを期待しています。
天気予報を見ると、東京では大体最高気温が28度くらい。
最低気温が21度くらい。
まあ、「熱帯夜+真夏日」ではないことを感謝。
今からでも、訪問や集会のご希望があったらお知らせ下さい。
数日前から、tropical stormのFlorenceが騒がれています。
「強いハリケーンになるぞ」「東海岸を襲うぞ」
といわれていましたが、
どちらも外れました。全然強くなりませんし、また東にそれそうです。めでたしめでたし。
でも、明日あたり、とうとうハリケーンになって、バミューダを襲いそうです。
思うんですが、
今年、ハリケーンが発達しませんよね。
この間来た、アーネストも「キューバからフロリダに進む中で発達する」と予想されていましたが、
外れました。
また今回のフローレンスもそうです。
神さまが特別に守って下さっているのでは・・・と思いました。
去年、カトリーナが来た時には、「神なんかいるもんか」みたいな声もありました。
単なる自然現象と割り切ることもむずかしいことです。
でも、このように特別に守られている時には「神」を持ち出す人はいません。
単なる自然現象で片づけられます。
おかしな話です。
今年のハリケーンシーズンを神さまが続けて守って下さるように祈ります。
今日の聖書箇所はルカによる福音書18章でした。
心に留ったのは1節の言葉です。
「 いつでも祈るべきであり、失望してはならないことを教えるために、イエスは彼らにたとえを話された。」
「いつでも祈る」
「失望してはならない」
本当に大切なことだと思いました。
そして、「まして神はあなた方のことを愛しているのだから祈りなさい」という言葉がありがたく響きました。
私たちは無理矢理神さまを説得したり、
こっちを向いてもらおうと一生懸命になるのではない、
神さまが愛しておられるんだから、祈りなさい、と。
やはりどこかで祈りが陳情になっていないか。
請願になっていないだろうか。
「祈りは会話だ」とよく言われる。
楽しい仲間と会話を楽しむように、
神さまと会話を楽しもう。その懐に飛び込もう。
今日はこれから深夜祈祷会。
主の前に出て、会話を楽しむような祈りの時となりますように。
神さま、
イエスさまの十字架のゆえに、
私もあなたと会話を楽しむことができるような者としてくださったことを感謝します。
今夜の深夜祈祷会も、
そのようにあなたと過ごすことのできる一時としてくださいますように。
いつも祈り、あきらめないで祈り続けることができますように。
感謝する心
今日も汗ばむほどの陽気になりました。
でも、「霧」の予報は外れましたね。
少なくともうちのほうでは、霧は出ませんでした。
ちょっと月曜日から日本に行く、ということをなめてかかっていたようで、
ちょっと今頃になって焦っております。
スライドショーはぼちぼちやっておりますが、
今夜はちょっとがんばらないと・・・。
それから、写真の方も今年はもうCD1枚には収まらないくらいたくさんあって、
それをDVDに焼こうと思って、今日の午後スタートしました。
これが甘かった。
1枚に15分。1時間に4枚ですよね。
子ども達1家に1枚としても、スタッフの分を入れると70枚くらい。
1時間4枚だと70枚焼くのに22時間半かかってしまうではありませんか!?
それでも始めてはみたものの、
3年前のDVD Burner、そのころは200ドルもしたと思うんだけど、
4倍速で、今の8倍速のメディアを焼くと、うまくいきません。
ここで時は金なりと、
大決断をして、あたらしいDVD Burnerを買いに走りました。
一生懸命捜せば安く買えるんでしょうが、
それでも、coupon で10ドル引き、 MIRで30ドル引き、
で、値段的にはまあまあかな。
そして使ってみたら・・・
・・・正解。
3年前よりも値段は半分くらい。
外付けだから、どのコンピューターでも使える。(今までのは家族のコンピューターに内蔵だったから、みんなが寝静まってからorみんなを押しのけてやらなければいけなかった)
そして、何よりも、とにかくスピードが速い。
16倍速まで行けるのですが、
メディアが8倍速なので、
8倍速で焼いています。
でも、古い4倍速の2倍どころではなく、
3倍以上です。
1枚5分以内。
これで、6時間あれば70枚焼けます。
でも、もう2,3日早く始めておくんでしたね。
今日、また1人の人が神さまを信じて歩み始めました。
というか、本人にしてみると、昨日歩み始めたそうです。
今日、私はその話をお伺いして、共に祈りました。
感謝。
昨日の聖書はルカによる福音書17章でした。
その中で心に留ったのは11?19節の話です。
イエスが10人の病気の人を癒やされたのに、
その中で、喜び溢れて、感謝を捧げに帰ってきたのは、
1人だったというところです。
自分も感謝を忘れやすい方だなあと思います。
人に対してもそうだし、
また神さまに対してもそう。
お祈りして、聞かれたら、すごいうれしいのに、
それをほんとうに神さまの前に出て感謝しているだろうか、
日常的に神さまから与えられているものも、
ほんとうに神さまに感謝しているだろうか、
考えさせられました。
祈る時は必死に祈って、
道が開かれたら、自分の力であるかのように受け取ったりする、
そんなことがあると思いました。
感謝しようと思いました。
神様
感謝します。
あなたが私をここで生かしてくださっていることに感謝します。
家族のゆえに感謝します。
教会の仲間のゆえに感謝します。
すばらしい仲間を与えて下さったあなたに感謝します。
ファミリーキャンプを守ってくださってありがとうございます。
祝福を感謝します。
そして、1人の人を信仰に導いてくださったことを感謝します。
これからの歩みを守ってください。
感謝します。
でも、「霧」の予報は外れましたね。
少なくともうちのほうでは、霧は出ませんでした。
ちょっと月曜日から日本に行く、ということをなめてかかっていたようで、
ちょっと今頃になって焦っております。
スライドショーはぼちぼちやっておりますが、
今夜はちょっとがんばらないと・・・。
それから、写真の方も今年はもうCD1枚には収まらないくらいたくさんあって、
それをDVDに焼こうと思って、今日の午後スタートしました。
これが甘かった。
1枚に15分。1時間に4枚ですよね。
子ども達1家に1枚としても、スタッフの分を入れると70枚くらい。
1時間4枚だと70枚焼くのに22時間半かかってしまうではありませんか!?
それでも始めてはみたものの、
3年前のDVD Burner、そのころは200ドルもしたと思うんだけど、
4倍速で、今の8倍速のメディアを焼くと、うまくいきません。
ここで時は金なりと、
大決断をして、あたらしいDVD Burnerを買いに走りました。
一生懸命捜せば安く買えるんでしょうが、
それでも、coupon で10ドル引き、 MIRで30ドル引き、
で、値段的にはまあまあかな。
そして使ってみたら・・・
・・・正解。
3年前よりも値段は半分くらい。
外付けだから、どのコンピューターでも使える。(今までのは家族のコンピューターに内蔵だったから、みんなが寝静まってからorみんなを押しのけてやらなければいけなかった)
そして、何よりも、とにかくスピードが速い。
16倍速まで行けるのですが、
メディアが8倍速なので、
8倍速で焼いています。
でも、古い4倍速の2倍どころではなく、
3倍以上です。
1枚5分以内。
これで、6時間あれば70枚焼けます。
でも、もう2,3日早く始めておくんでしたね。
今日、また1人の人が神さまを信じて歩み始めました。
というか、本人にしてみると、昨日歩み始めたそうです。
今日、私はその話をお伺いして、共に祈りました。
感謝。
昨日の聖書はルカによる福音書17章でした。
その中で心に留ったのは11?19節の話です。
イエスが10人の病気の人を癒やされたのに、
その中で、喜び溢れて、感謝を捧げに帰ってきたのは、
1人だったというところです。
自分も感謝を忘れやすい方だなあと思います。
人に対してもそうだし、
また神さまに対してもそう。
お祈りして、聞かれたら、すごいうれしいのに、
それをほんとうに神さまの前に出て感謝しているだろうか、
日常的に神さまから与えられているものも、
ほんとうに神さまに感謝しているだろうか、
考えさせられました。
祈る時は必死に祈って、
道が開かれたら、自分の力であるかのように受け取ったりする、
そんなことがあると思いました。
感謝しようと思いました。
神様
感謝します。
あなたが私をここで生かしてくださっていることに感謝します。
家族のゆえに感謝します。
教会の仲間のゆえに感謝します。
すばらしい仲間を与えて下さったあなたに感謝します。
ファミリーキャンプを守ってくださってありがとうございます。
祝福を感謝します。
そして、1人の人を信仰に導いてくださったことを感謝します。
これからの歩みを守ってください。
感謝します。
よみがえるよ
最近、夜は弱いはずなんですが、
今夜は目がさえてしまっています。
何でかというと、
JOYJOYキャンプのスライドショーの完成版を、
日本に行く前に作ってしまおうと思っているからです。
ていうか、今やらないと10月になってしまいますから・・・。
最終日に流したスライドショーは4日目までしか入っていなかったので、
最終日の写真も入れて、5日間読んだ聖書の言葉も入れて、
・・・なんて思っています。
そうするといろんなことを思い出して、また後遺症がぶり返してきてしまっています。
テーマソングが頭の中を巡っています。
ついでに2005年の「カラダだからダ」も口ずさんだりしてしまいます。
そうするとその前の年はなんだったっけ?と考え始めて、
1996年までさかのぼってしまいます。
2006 ジャングルぐるぐる探検隊
2005 カラダだからダ
2004 おもかじいっぱい、おもしろいっぱい
2003 ギャラクシーエクスプレス
2002 めっちゃ好き地球
2001 わくわくタウン
2000 宝物探検隊
1999 不思議チャレンジ
1998 タイムマシンに乗ろう
1997 宇宙はでかいぞ
1996 神さまの船に乗ろう
なんかもっといろいろやったような気がするのですが・・・。
私も11回連続でスタッフをしていますが、
中高生達の中にも3人かな?キャンパーからスタッフへ、ずっと11回連続で参加している子がいますよね。すごい!!
とにかく、スライドショーは土曜日までに完成させて、
発送は皆さんにお願いする、ということで・・・。
テーマソングCDもできるんですよね!
きっと。
水曜日の聖書箇所はルカによる福音書の16章でした。
最後の言葉が心に留りました。
「彼らにはモーセと預言者がある」と。
この「モーセと預言者」は聖書のことを指します。
「彼らには聖書があるじゃないか」「奇跡よりも聖書の方が大切」
「聖書を信じられなければ、奇跡が起っても信じられない」
これはイエスの言葉です。
逆を言えば、
私たちは聖書の言葉に集中していていい、
私たちは聖書の言葉を忠実に語っていることが大切、
ということでしょう。
今回のファミリーキャンプの佐藤先生も、
そのことを大切にしている、とお話下さいました。
とにかく、私たちの使命は、
聖書を語ること、聖書を味わうこと、聖書に聞くこと、ですね。
奇をてらうことよりも、
何か人の心を惹こうと考えるよりも、
聖書に感動させられて、
聖書に教えられて、
語る者でありたいと思いました。
主よ、
どうかわたしに御言葉を与えて下さい。
聖書のみことばに守られ、支えられて歩むことができますように。
御言葉を語ってください。
御言葉によって取り扱ってください。
でも今日のところはもう寝ます。
今夜は目がさえてしまっています。
何でかというと、
JOYJOYキャンプのスライドショーの完成版を、
日本に行く前に作ってしまおうと思っているからです。
ていうか、今やらないと10月になってしまいますから・・・。
最終日に流したスライドショーは4日目までしか入っていなかったので、
最終日の写真も入れて、5日間読んだ聖書の言葉も入れて、
・・・なんて思っています。
そうするといろんなことを思い出して、また後遺症がぶり返してきてしまっています。
テーマソングが頭の中を巡っています。
ついでに2005年の「カラダだからダ」も口ずさんだりしてしまいます。
そうするとその前の年はなんだったっけ?と考え始めて、
1996年までさかのぼってしまいます。
2006 ジャングルぐるぐる探検隊
2005 カラダだからダ
2004 おもかじいっぱい、おもしろいっぱい
2003 ギャラクシーエクスプレス
2002 めっちゃ好き地球
2001 わくわくタウン
2000 宝物探検隊
1999 不思議チャレンジ
1998 タイムマシンに乗ろう
1997 宇宙はでかいぞ
1996 神さまの船に乗ろう
なんかもっといろいろやったような気がするのですが・・・。
私も11回連続でスタッフをしていますが、
中高生達の中にも3人かな?キャンパーからスタッフへ、ずっと11回連続で参加している子がいますよね。すごい!!
とにかく、スライドショーは土曜日までに完成させて、
発送は皆さんにお願いする、ということで・・・。
テーマソングCDもできるんですよね!
きっと。
水曜日の聖書箇所はルカによる福音書の16章でした。
最後の言葉が心に留りました。
「彼らにはモーセと預言者がある」と。
この「モーセと預言者」は聖書のことを指します。
「彼らには聖書があるじゃないか」「奇跡よりも聖書の方が大切」
「聖書を信じられなければ、奇跡が起っても信じられない」
これはイエスの言葉です。
逆を言えば、
私たちは聖書の言葉に集中していていい、
私たちは聖書の言葉を忠実に語っていることが大切、
ということでしょう。
今回のファミリーキャンプの佐藤先生も、
そのことを大切にしている、とお話下さいました。
とにかく、私たちの使命は、
聖書を語ること、聖書を味わうこと、聖書に聞くこと、ですね。
奇をてらうことよりも、
何か人の心を惹こうと考えるよりも、
聖書に感動させられて、
聖書に教えられて、
語る者でありたいと思いました。
主よ、
どうかわたしに御言葉を与えて下さい。
聖書のみことばに守られ、支えられて歩むことができますように。
御言葉を語ってください。
御言葉によって取り扱ってください。
でも今日のところはもう寝ます。
2006-09-07
イエスの魅力
今日は汗ばむくらいの陽気になりましたね。
でも、今夜は冷え込むようです。
12度Cくらい。
それで霧が出るみたいです。
明日の朝はお気をつけて。
ファミリーキャンプの話その5。
今回は子供集会も力を入れました。
1人の子供大好き牧師さんが、
責任を持ってリードしてくださいました。
私は全体の責任があったので、
全く見ることはできなかったのですが、
とても良かったようです。
子ども達に個人的に話をしたり、
お祈りを一緒にしたり、
そんな時もあったみたいです。
お話を聞きながら、
来年は!(ってまたイベントを増やすかなあ。俺。)
教会に来ている子ども達のための、
お泊まりキャンプをこの地域の教会の合同でやりたいと思いました。
2泊かなあ、3泊かなあ、2年生以上とかで。
日本では良くやっていました。
バイブルキャンプ。
私もその中で育って、その中で信仰を持って、育ててもらいました。
JOYJOYキャンプもいいですが、
それは教会の入り口のキャンプ。
たくさんの子ども達、5歳からの子ども達が集まって、
教会は楽しいところだって、知ってもらいたい、
神さまに愛されていること、知ってもらいたい、
そんなキャンプです。
でも、それだけではなくて、
教会に来ている子ども達が、
いつもの教会ではなかなか話せないような話もして、
信仰をもって立ち上がっていくような、キャンプもあったらいいな、と思います。
何でもかんでもはできないのですがね。
火曜日の聖書箇所。
ルカによる福音書の15章です。
教会の中では良く読まれるところです。
100匹の羊の話や
放蕩息子の話も出てきます。
でも、今日は、その話のきっかけになったことに心が留りました。
イエスの周りにはたくさんの「罪人」と呼ばれている人たちが集まっていたのです。
ちょっと道を踏み外したような人たちが・・・。
イエスの話を聞こうとやってきていたのです。
今の教会はどうだろうかと思いました。
イエスのように「罪人」と呼ばれるような人が「話を聞いてみたいなあ」
と思うようなモノを持っているだろうかと。
自分はどうだろうかと思いました。
イエスさまにはその魅力があるのに、
私という人間が、その魅力を見えなくしてはいないだろうかと・・・。
自分のうちにはそれはない。
でも、自分のうちにあるイエスさまにはその魅力がある。
何とか、その魅力が輝き出て、
人々のところに届くようにと願いました。
今年、教会が掲げている聖書の言葉が心に浮かびました。
「私たちはこの宝を、土の器の中に持っている」
この宝を指し示して歩いていきたいと思います。
神さま、
どうかあなたの魅力が、
あなたの輝きが、
あなたの愛が、
私という土の器を通して、
輝き出ますように。
人間的な魅力ではなく、
あなたの魅力によって、
人々があなたの御言葉を聞きに来るように、
あなたの輝きが届きますように。
人間的な魅力では勝負ができないことはわかっています。
ですから、そんなことを気にしたり、
人をうらやんだりする弱さから、私を守ってください。
「自分は教会なんか行ける者ではない」と思っている方々も、
「行ってみようか」と思えるような、魅力を教会に与えて下さい。
でも、今夜は冷え込むようです。
12度Cくらい。
それで霧が出るみたいです。
明日の朝はお気をつけて。
ファミリーキャンプの話その5。
今回は子供集会も力を入れました。
1人の子供大好き牧師さんが、
責任を持ってリードしてくださいました。
私は全体の責任があったので、
全く見ることはできなかったのですが、
とても良かったようです。
子ども達に個人的に話をしたり、
お祈りを一緒にしたり、
そんな時もあったみたいです。
お話を聞きながら、
来年は!(ってまたイベントを増やすかなあ。俺。)
教会に来ている子ども達のための、
お泊まりキャンプをこの地域の教会の合同でやりたいと思いました。
2泊かなあ、3泊かなあ、2年生以上とかで。
日本では良くやっていました。
バイブルキャンプ。
私もその中で育って、その中で信仰を持って、育ててもらいました。
JOYJOYキャンプもいいですが、
それは教会の入り口のキャンプ。
たくさんの子ども達、5歳からの子ども達が集まって、
教会は楽しいところだって、知ってもらいたい、
神さまに愛されていること、知ってもらいたい、
そんなキャンプです。
でも、それだけではなくて、
教会に来ている子ども達が、
いつもの教会ではなかなか話せないような話もして、
信仰をもって立ち上がっていくような、キャンプもあったらいいな、と思います。
何でもかんでもはできないのですがね。
火曜日の聖書箇所。
ルカによる福音書の15章です。
教会の中では良く読まれるところです。
100匹の羊の話や
放蕩息子の話も出てきます。
でも、今日は、その話のきっかけになったことに心が留りました。
イエスの周りにはたくさんの「罪人」と呼ばれている人たちが集まっていたのです。
ちょっと道を踏み外したような人たちが・・・。
イエスの話を聞こうとやってきていたのです。
今の教会はどうだろうかと思いました。
イエスのように「罪人」と呼ばれるような人が「話を聞いてみたいなあ」
と思うようなモノを持っているだろうかと。
自分はどうだろうかと思いました。
イエスさまにはその魅力があるのに、
私という人間が、その魅力を見えなくしてはいないだろうかと・・・。
自分のうちにはそれはない。
でも、自分のうちにあるイエスさまにはその魅力がある。
何とか、その魅力が輝き出て、
人々のところに届くようにと願いました。
今年、教会が掲げている聖書の言葉が心に浮かびました。
「私たちはこの宝を、土の器の中に持っている」
この宝を指し示して歩いていきたいと思います。
神さま、
どうかあなたの魅力が、
あなたの輝きが、
あなたの愛が、
私という土の器を通して、
輝き出ますように。
人間的な魅力ではなく、
あなたの魅力によって、
人々があなたの御言葉を聞きに来るように、
あなたの輝きが届きますように。
人間的な魅力では勝負ができないことはわかっています。
ですから、そんなことを気にしたり、
人をうらやんだりする弱さから、私を守ってください。
「自分は教会なんか行ける者ではない」と思っている方々も、
「行ってみようか」と思えるような、魅力を教会に与えて下さい。
2006-09-06
報いを期待しないで
今日から子ども達はそれぞれ学校に行き始めました。
キンダーとミドルとハイスクール。
それぞれ成長したんだなあ・・・
・・・つまり自分はそれなりに年をとってきたんだなあと。
そして、午後は晴れ。
日曜日、月曜日とそれほど外にも出ていなかったので、
何かすごく久しぶりのおてんとさまのような気がします。
ファミリーキャンプの話その4。
とにかく中高生の元気なこと・・・。
最後の夜は半分くらいの子達が「完徹」で「証し会」だったそうです。
「証し会」・・・神さまが自分にどんなすばらしいことをして下さったか、
自分が今どんな思いで歩んでいるかを話す一時です。
今回はもう完全に私は別世界でした。
まあ、「親子」の世代のギャップですからねえ。
いつも若者達と元気にやっている、JCFNのスタッフのせっちゃんも、
とことんまでつきあって下さって、
さすがにお疲れになったようです。
そろそろカルフォルニアに帰られるのでしょうか?
とっても助かりました。ありがとうございます。
でも、ほんとうに中高生達も励まされたみたいです。
彼らは、熱く、まじめに、楽しく、神さまを愛している連中です。
今回も30分、賛美をリードしてくれたのですが、
とても楽しく、とても元気の出る、そしてあたたかい、メッセージに富んだ30分でした。
自分が中高生の時を思い出して、
ほんとうにうらやましい限りです。
そして、これからの彼らの成長が楽しみです。
4ヶ月ぶりくらいの、アスパラガスの収穫。1本。
夏の間はのびるのを伸び放題にしておいて、
秋には少しだけ収穫できます。
これからしばらく、にょきにょきと生えて来るみたいです。
きゅうり・インゲンは終わり。
ナスは何だか、たくさん花は咲くのですが、
実がなり始めると喰われてしまうので、
ろくに食べていません。
ピーマンはたくさんできましたが、
そろそろ終わりかな。
そう、ニュージャージーの秋はほんとうに駆け足です。
9月の11日から28日まで日本ですが、
帰ってくる頃には、もう朝晩の冷え込みは厳しくなっているのでしょう。
このあとちょっといい天気が続くみたいです。
月曜日の聖書箇所。
ルカによる福音書14章でした。
「その人たちはお返しができないので、あなたは幸いです。義人の復活のときお返しを受けるからです。」
14節のイエスの言葉です。
報いを期待しないで与えなさい、お返しを期待してはいけません。ということでしょう。
そして、どうせ期待するなら、天国での報いを期待しなさい、ということです。
与える方が幸い。
今度の日曜日の説教のテーマでもあります。
そうですよね、与える方が幸いだって本当に思います。
でも、その一方で枯れてしまうこともある。
だから、いつもいつも神さまから満たされていること、
人に期待するのではなく、神さまに期待すること、
そのことの大切さを思わされます。
でも、ほんとうに「与える」チャンスが与えられているってすごい幸いですよね。
神さま、
あなたが私に多くのものを与えて下さっていること、
あなたが私を愛し、力を満たし、喜びを与えて下さっていることに
こころから感謝します。
どうか、あなたがもっともっと私を喜びで溢れさせて下さって、
周りの人に愛を、時間を、こころを癒やす言葉を、
与えることのできる者にして下さい。
最近、夜がめっきり弱くなったので、
今日はここで終わり。
キンダーとミドルとハイスクール。
それぞれ成長したんだなあ・・・
・・・つまり自分はそれなりに年をとってきたんだなあと。
そして、午後は晴れ。
日曜日、月曜日とそれほど外にも出ていなかったので、
何かすごく久しぶりのおてんとさまのような気がします。
ファミリーキャンプの話その4。
とにかく中高生の元気なこと・・・。
最後の夜は半分くらいの子達が「完徹」で「証し会」だったそうです。
「証し会」・・・神さまが自分にどんなすばらしいことをして下さったか、
自分が今どんな思いで歩んでいるかを話す一時です。
今回はもう完全に私は別世界でした。
まあ、「親子」の世代のギャップですからねえ。
いつも若者達と元気にやっている、JCFNのスタッフのせっちゃんも、
とことんまでつきあって下さって、
さすがにお疲れになったようです。
そろそろカルフォルニアに帰られるのでしょうか?
とっても助かりました。ありがとうございます。
でも、ほんとうに中高生達も励まされたみたいです。
彼らは、熱く、まじめに、楽しく、神さまを愛している連中です。
今回も30分、賛美をリードしてくれたのですが、
とても楽しく、とても元気の出る、そしてあたたかい、メッセージに富んだ30分でした。
自分が中高生の時を思い出して、
ほんとうにうらやましい限りです。
そして、これからの彼らの成長が楽しみです。
4ヶ月ぶりくらいの、アスパラガスの収穫。1本。
夏の間はのびるのを伸び放題にしておいて、
秋には少しだけ収穫できます。
これからしばらく、にょきにょきと生えて来るみたいです。
きゅうり・インゲンは終わり。
ナスは何だか、たくさん花は咲くのですが、
実がなり始めると喰われてしまうので、
ろくに食べていません。
ピーマンはたくさんできましたが、
そろそろ終わりかな。
そう、ニュージャージーの秋はほんとうに駆け足です。
9月の11日から28日まで日本ですが、
帰ってくる頃には、もう朝晩の冷え込みは厳しくなっているのでしょう。
このあとちょっといい天気が続くみたいです。
月曜日の聖書箇所。
ルカによる福音書14章でした。
「その人たちはお返しができないので、あなたは幸いです。義人の復活のときお返しを受けるからです。」
14節のイエスの言葉です。
報いを期待しないで与えなさい、お返しを期待してはいけません。ということでしょう。
そして、どうせ期待するなら、天国での報いを期待しなさい、ということです。
与える方が幸い。
今度の日曜日の説教のテーマでもあります。
そうですよね、与える方が幸いだって本当に思います。
でも、その一方で枯れてしまうこともある。
だから、いつもいつも神さまから満たされていること、
人に期待するのではなく、神さまに期待すること、
そのことの大切さを思わされます。
でも、ほんとうに「与える」チャンスが与えられているってすごい幸いですよね。
神さま、
あなたが私に多くのものを与えて下さっていること、
あなたが私を愛し、力を満たし、喜びを与えて下さっていることに
こころから感謝します。
どうか、あなたがもっともっと私を喜びで溢れさせて下さって、
周りの人に愛を、時間を、こころを癒やす言葉を、
与えることのできる者にして下さい。
最近、夜がめっきり弱くなったので、
今日はここで終わり。
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