2011-06-20

三世代総出。

今日は下の娘の小学校のコンサート。
コンサートと言っても、小学生のレベルなんで、
それほど期待はしていない。
でも、親はそれなりに楽しみに見に集まってくる。


で、ホントは、このコンサート、6月2日の予定だったのだが、
音楽の先生が、直前に学校で転んで骨折して、延期になっていたもの。
でも、おかげで、学年末直前+高校のFinalの期間中+両親の滞在中+月曜日で自分の休日になった。


ということで、今日は自分も行けたし、のんちもハジも、日本から来ている両親も、そして、学年末試験で12時半頃に帰ってくるユキも、一家総出で三世代6人で見に行った。(笑)


コンサート自体も楽しませてもらったし、
JOYJOYシンガーズのためにヒントになるものもいろいろあったけど、
親にとって一番心に残ったのは、
4年生の最後の曲と一緒にスライドショーが流れたこと。
今までなかったので、ちょっとしたサプライズでした。


Kindergartenの時から5年間通った小学校もあと3日。
ウチの町は、5年生から中学校なので、今週の木曜日に卒業します。


スライドを見ながら、ああ、この子もがんばったな、そして、自分もハジの頃から15年間小学生の親をするのもこれで終わりだろうな(たぶん・・・)、としみじみ思ってしまいました。


その後、最近寝不足がたまっていたので、寝てしまったのですが、
起きてみたら、のんちが大きな魚を買ってきて、
それを父がさばいているじゃないですか。
なんだか、母と3人で楽しそうでした。


レッドスナッパーのハニーマスタード


自分はあとで起き出してきて、「またそんなの買ってきて、どうするの?」とかぶつぶつ言っていたのですが(これは最近の自分の口癖になっているかも?)、なんだか、おいしく料理できて、みんなご満悦でした。わたしがいない方がこの3人は楽しそうかも・・・。(笑)


今日ののんちの一言。
「こう言うのをちゃんと写真に撮ってブログに載せてくれないと・・・」


そうですね。いつもあなたのボケ話ですみません。
ほんとは、いつも心から感謝しています。

6月13日の聖書から。
第一テサロニケ4:13-5:11を読みました。


「ですから、他の人々のように眠っていないで、目をさまして、慎み深くしていましょう。」5章6節

これはもう1週間前に読んだところです。
これを読んだのは月曜日だったのですが、
「目を覚ましなさい」と言われたと思いました。

直接、ここで書かれている「キリストの再臨」ということについてというよりも、
でも、ここでも言われているのですが、
日々の生活の中で自分はちゃんと目を覚ましていただろうか、
そのように思わされたのです。

月曜日、前日の役員会のことを思い出しながら、
そして、その日、朝からそれぞれ、仕事や学校に行く皆さんのことを思いながら、
自分はちゃんと目を覚まして、一人一人の闘いのために祈っているだろうかと思わされたのです。

眠っていたかな、と。
自分は眠っていたんじゃないかと。

そこで祈らせていただきました。
一人一人の歩みが守られるように、
聖書のことばの通りに生きようとすると、
いろいろな闘いのある社会の中で、
一人一人が世と調子を合わせることなく、
そして、世から乖離してしまうことなく、
世の中に、神様の恵みを流しこむ突破口として用いられるように、
祈らされました。

主よ、
今日も、今週も、
一人一人の歩みをお支えください。
わたしを目覚めさせてくださってありがとうございます。
どうか、祈らせてください。
教会の一人一人がその与えられたところで、
主の恵みのながれる突破口として用いられますように。

2011-06-19

まだまだ。

今夜の我が家の会話。

GP「でも、あの桑田も大変だよねえ。」
M「え?」
GP「いや、あの手術するの、桑田じゃなかった?」
GM「桑田じゃないでしょ。」
M「それは松坂でしょう・・・」
N「え、松坂ってRed Crossの?」

のんちさん、今回の日本の被災地での働きのおかげで、頭の中はすっかり25年前の看護師時代にトリップしているようです。

2011-06-16

神様の近くに。


日本から両親が来訪しておりまして、
それなりに、いろいろしております。

いろいろ話が盛り上がり、
気がつけば眠くなっているという感じでしょうか。

で、なかなか更新ができなくなっています。・・・が、今日はちょっとがんばってみましょう。

昨日は午前中からクロッキー教室に一緒に行って、
夕方からは、NYCのダウンタウンのWater Taxiで1時間のクルーズをするというヤツに行ってきました。Goldstar.comというサービスで、半額+手数料。この「手数料」というのが買う直前までわからなかったので、「な〜んだ」という感じですが、それでも、ずっと安いので、お勧めです。

7時45分出港で、6時15分に家を出た、というのがちょっと無謀だったかもしれませんが、あっちもこっちも渋滞で、ダウンタウンの船着き場に着いたのが、2分前。「出港30分前に着いてください」と書いてあるので、もうダメだ、と思いましたが、奇跡的に出航前に着いて、事前の下見もなかったのですが、すぐに乗り場も見つかり、無事に乗り込みました。

思ったよりも猛スピードで走っていましたが、自由の女神の前ではちょっと停泊して写真タイム、ちょうど西の空に沈む太陽をバックにシルエットが浮かびます。



島に上陸するのもそれなりにいいですが、
涼しい時間帯に近くまで行ってしばらく停泊というのもなかなかです。

その後ブルックリンブリッジの下をぐるっと回って戻る・・・1時間って短いね、という程度がまたちょうどいいのかも。


さて、日曜日の聖書。
日曜日はテサロニケ第一4:1-12。

「神のみこころは、あなたがたが聖くなることです。」3節。

神様はありのままの私たちを受け入れてくださるけれども、
いつまでも、そのままにはしておかれない。

そして、私たちを、神様ご自身のきよさに招いておられる。
いろいろな試練を通して、御言葉を通して・・・。

私も神様がきよくなそうとしておられるのだ、と思わされます。

主よ、
あなたが私をきよくしようとしておられること、
感謝します。
どうか、私をあなたの近くに導いてください。

2011-06-13

人生の重さ。

今日は曇り時々晴くらい。
昼間も25度止まりで、過ごしやすかったです。
夜になって冷えてきています。
12時前ですが、16度Cです。
そして、これから雨のようです。


明日一日ぐずついて、肌寒い日となりそうです。


先週の金曜日には、
一人のご婦人を訪問させていただきました。
84歳の方なのですが、
その方の人生の歩みをお伺いしながら、
その人生の重さを感じました。
60年前に日本からやってきて、
若くして夫を亡くし、
自分の力で踏ん張って行きていたその人生。
簡単に評価を下したりできないものを感じていました。
もちろん、その方も、私に会うのは聖書の話を聞くためなので、最後には聖書を読んで神様の話をして、お祈りをするのですが、簡単にものを言うことははばかられます。


その経験を通して、自分の聖書の読み方も反省させられました。
例えば、アブラハムが神様から声をかけられて、「自分の故郷を離れて、私が示す地にいきなさい」と言われたのは、75歳の時でした。


また、モーセが神様から声をかけられて、イスラエルのリーダーとしてエジプトでの奴隷状態から解放する働きを任せられたのは80歳でした。


そのような信仰者たちの人生の重さを考えていませんでした。
特にモーセが80歳で指導者に立てられたこと、
40歳の時に一度はリーダーとして自ら立とうと思ったこともありました。
でも、神はそれを許されませんでした。
なのに、ここでリーダーに立て、と言われても・・・という感じだったと思います。


でも、それだけではなくて、本当に語り始めたらきりがなかっただろう40年の日々。その重さに思いを馳せることがどれほど必要かと思います。そこで見えてくる聖書のメッセージ。聖書は真空の中で読むものではないな、と思わされます。


もっともっと聖書を読ませていただきたい、語っていただきたい、そのように思わされます。


さて、土曜日の聖書。
土曜日はテサロニケ人への第1の手紙3:1-13。


「私たちはこのような苦難に会うように定められているのです」3節。

苦しみに会うことは、
それも、信仰を持っているが故の苦しみに会うことは、
もう最初から決まっている、という。

だから驚くな、たじろぐな、
そういうのであろう。

なかなか難しいのだけれども、
織り込み済み、って気持ちは必要なんだと思う。

自分がこれから歩んでいく道、
楽しいことばかり、すべてが順調、なんてことはない。
「神様を信じているのにどうして・・・」という声も聞くけど、
ホントは反対なんだろうな、
神様を信じているから、苦しいこともある。
でも、神様がおられるから、大丈夫。

主よ、
あなたがおられるからありがとうございます。
私たちの歩む道には闘いや痛みもあることを教えてくださってありがとうございます。
どうか、次に苦しみが襲ってきた時に、この聖書のことばを思い出すことができますように。
そして、その苦しみの中であなたの平安に満たされて歩めますように。

2011-06-12

同じ方がおられる。

ちょっと更新できませんでしたが、
ちょっと涼しい日が続いています。
今も夜の11時過ぎですが、18度C台。


今、雷雲が西から近づいています。
そして、更に涼しくなりそうです。


明日の最高気温は25度。
気持ちのいい1日になりそうです。


今日は半年ぶりの洗礼式。
近所に住む男性が、洗礼を受けられました。
自分のよりも年上の男性の洗礼式は数年ぶりでしょうか。


また、今回は始まったばかりのスモールグループで男性同士で集まっておられる方々もおられて、その方々にとっても、特別な喜びの時になりました。


そして、ペンテコステ、聖霊様が弟子たちにくだられて、
弟子たちを作り替え、新しい人々が導かれて、
教会がスタートした教会の誕生日。


毎年、1回お祝いする日ですが、
今年は特に、その同じ聖霊様が今もわたしたちと共にいてくださる、
そのことを特別に覚える礼拝となりました。
同じように、わたしたち自身を新しくしてくださり、
多くの新しい方々が導かれるようにと祈らされます。


さて、ちょっと前ですが、金曜日の聖書。
金曜日はテサロニケ人への第一の手紙2:13-20を読みました。


「この神のことばは、信じているあなたがたのうちに働いているのです」13節。

神のことばは信じる者の中に働く。
やはり信じることが大切なんだ。
信じても信じなくても同じではなくて、
信じる時に初めて力を持っていく。
神様の御業が働く。

だから、信じていこうと思う。
信じようと思う。
御言葉を信じて、神のことばを信じて、
その力が私のうちに働くことを経験させていただこう。

主よ、
今日の一日を感謝します。
どうか、聖霊様に導かれてこの一週間を歩めますように。
あなたの御力を拝させてください。
御言葉を信じて、その力を経験できますように。

2011-06-09

人ではなくて神を見る。

今日も暑い1日でした。
車の温度計は105度Fを表示していました。
ウチの庭の最高気温も38.6度C。
つまり101.5度F。


でも、夕方から空が暗くなって、雷鳴が轟き、
一瞬停電になって、だんだん気温が下がってきて、
お、雷雨かな、と思ったのですが、
まあ、我が家のあたりは大したことはなくて、
ちょっと雨が降って、涼しくなってよかったという感じ。


そして、今は夜の12時前ですが、
21度Cくらいまで下がってきています。


明日は30度止まり。
今日までの暑さを考えると、ちょっと過ごしやすくなるでしょう。


今日のシニアセンターでののんちの報告は、
とてもよかったです。(「長くならないように」「ポイントを絞れ」「聞く人のことを考えろ」など、いろいろうるさく言いましたから・・・)
それでも、昨日準備している時は「写真は一枚2秒でいいかな?」なんて、「フラッシュカードかい?」というようなことを言っていたのが、実際は1枚10秒くらいかけて話していて、巻きを入れなければいけないほど。でも、それでちょうど良かったかな、という感じでした。


本人も、「伝える使命」ということを感じているので、
ちょっとこの先、教会内外、あちらこちらでそのような機会が与えられるようにと願っています。


明日以降も、週末にかけて、
牧師館と、プリンストンの教会と、自分たちの教会、の3回の報告会があります。
疲れすぎてしまわないように、お祈りください。


さて、今日の聖書。
今日は第1テサロニケ2章1−12節。


「私たちは神に認められて福音をゆだねられた者ですから、それにふさわしく、人を喜ばせようとしてではなく、私たちの心をお調べになる神を喜ばせようとして語るのです。」4節。

やはり、自分はどうだろうかと問われました。
神様をしっかり見ているだろうか?
見上げているだろうか?

人を恐れないで、神を畏れる、
そして、神の願われること、
神が語りなさいと言われることを、
語らせていただこうと、改めて思わされました。

今日のシニアセンターもそうですが、
明日は、またおばあちゃんを訪問します。

その心からの叫びにしっかりと耳を傾けるとともに、
そのここまで歩んでこられた人生の重さをしっかりと受け止めるとともに、
神様のメッセージをしっかりと伝えることができますように。

主よ、
私がいつもいつもあなたの声に耳を傾け、
あなたに聞いて行くことができますように。
あなたの願われる道に歩むことができますように。

聖霊さまを待ち望む。

テサロニケ人への手紙に入って、毎日更新しようと思いつつ、早速つまずいています。ベッドの中でiPhoneで更新中。

明日…日付が変わったので今日ですね、シニアの集まりでのんちがお話をすることになり、500枚くらいある写真から、60枚くらいを選ぶのに12時を回ってしまいました。帰米後、最初の報告の機会です。お祈り下さい。

昨日は暑かったですね。うちの庭の最高気温は37.1度Cでした。今日は、もう少し上がりそうです。

さて、今日の聖書、テサロニケ人への第一の手紙の1章。






「わたしたちの福音があなたがたに伝えられたとき、それは言葉だけによらず、力と聖霊と強い確信とによったからである。」5節。

本当に伝道しようとするときに、自分の弱さ、足りなさを感じさせられる。

だからこそ、聖霊さまの御業が必要なのだ。自分の力ではない、人の力を超えた、神様の働きが必要。

今日も、そのことを思わされていた。

神様の招きを感じる。

主よ、
聖霊さまを私のうちに満たしてください。
そして、人々があなたを信じる、という奇跡を見せて下さい。 BlogBooster-The most productive way for mobile blogging. BlogBooster is a multi-service blog editor for iPhone, Android, WebOs and your desktop

2011-06-07

民数記を読み終えて。

今日は暑くなってきました。
33度くらいまで行ったでしょうか?
明日からは酷暑です。36-7度の予報が出ています。
でも、今は、夜10時で25.7度C。
これが助かります。
東京のように夜まで暑いと大変ですが、
ここでは熱帯夜も年に2-3日、特別多い年でも10日以内です。


この熱波、2日くらいで、週末はぐっと暑さも和らぐようです。


来週は日本の梅雨のような天気になる・・・かな。
やめてほしいですが・・・。


さて、このところしばらく民数記を読んできましたが、
今日で最後。
一つ一つの言葉よりも、
自分の来し方を思い出す、そんな思いで最後の日を迎えました。

民数記は荒野の40年の記録。
その一番最後のところから旅を振り返って書いたのだろう。

自分も記憶を辿ってさかのぼると4歳くらいまでは思い出す。
だから、45年くらいの記憶があるわけだ。
その一歩一歩が失敗だらけの、傲慢な思いのいっぱい詰まった歩みだったと思う。
自分の責任から逃げたことも何回もあった、
自分のしたことをごまかそうとしたこともあった。
そんなことばかり思い出す。

だから、民数記の民の失敗の歩みは、
まるで自分の歩みを見ているようだった。

だから、人の失敗と神の憐れみの歴史。
その中にちらほら見える、信仰の勝利。

神様の憐れみの中に生かされていることを、思わされる。

主よ、あなたの憐れみの中に生かしてくださってありがとうございます。
責任から逃げたり、傲慢になったり、ごまかそうとする思いから、
守ってください。
聖霊様、私をあなたの思いで満たし、
あなたが持っておられるへりくだりと、
人々への愛を、私のうちに与えてください。

2011-06-06

赦されるはずのない者が。

今日も割合涼しかったですね。
27度くらいまでは行きましたが。


でも、明日からは熱波です。
明日はまあ32度くらい。
そして、水曜日と木曜日は36度くらいまで上がる予報が出ています。


かなり体に堪えそうです。
お気をつけて。


さて、昨日の「野外礼拝」にはたくさんの方々が来られました。
楽しかったですね〜。
いや、楽しかった、の前に、耳を澄ますと鳥たちの声が聞こえるような中で、
礼拝を守るっていいですね。自然の賛美に心を合わせる、という感じです。
で、そのあとは、BBQとゲームとソフトと、スイカ割り。思いっきり遊びました。


写真は例によって、教会のHP(http://jccofnj.org)から「イベントフォト」へ行っていただくと、出てきます。


返す返すも、何年ぶりかのスイカ割りで、外してしまったことはとても悔しかったです。


でも、この野外礼拝、今までも、これをきっかけに教会に来るようになった、という方々がおられます。今年もそういう方々が起こされますように。


さて、ここしばらくずっと「日々のみことば」についてはあまり触れないで来ましたが、ずっと民数記の最後の方を読んでいました。その中から。

民数記35章「逃れの町」について。

「逃れの町」は、「故意ではなく過失で人を死なせてしまった」場合に復讐しようとする者の手から守るために作れた町。でも、「故意」で殺人を犯した者は「逃れの町」も守ることはありませんでした。

イエスは「人を憎んだり、あざけった者は人を殺したのと同じ罪を犯している」と言われた。「過失」ではない。言い訳はできない。「故意」に人を殺したのと同じ罪を犯している。だから、本当は自分は赦されるべき者ではなかった。

その罪の深刻さがわかっているのだろうか。

「罪」それも「故意の罪」は赦されるものではなかった。
イエスはそのわたしたちを赦すために十字架にかかられた。
本当はそれは赦されるはずがなかった、ということを知る時に、
そのことを心の深くで知る時に、
神様の愛が見えてくる。
神様の情熱が見えてくる。

本来赦されるはずがない者が赦されている。

なんと言う幸いなんだろうか?

神様、
あなたの愛に感謝します。
私を救ってくださる、赦してくださる愛に感謝します。
私がそのことを軽く考えることがないように、
守ってください。

2011-06-04

主の肯定に感謝。

48回目の誕生日を過ごしました。
FBでは互いの誕生日のお知らせが来るので、
人生で一番たくさんの方々に声をかけていただいた誕生日になったと思います。
感謝します。

いつからか、「誕生日はその人の存在を喜ぶ日だ」ということを思わされている。
今日は自分の存在が神様から肯定されているんだという事を思う日。
心から主に感謝しよう。

そういえば、同じ誕生日の2歳になる子、
昨日、のんちの日本での写真を見た時に、出てきたな。
郡山で歩んでいるご一家。
主の守りがあるように祈らされる。
君の存在も、神様によって肯定されている。
私も、その神様の肯定を喜ぼう。
祝福を祈りつつ。

「受けるよりも与える方が幸いである」使徒行伝20:35。
「受ける喜び」をいっぱい経験させていただいたのだから、それにまさる「与える喜び」をもっともっと味わう事ができますように。

あ、でも、今日はもっともっと大きなイベントがハワイであったんだよね〜。

せっちゃん&まおくん、おめでとう!
君たちの結婚記念日は忘れないな・・・。

新しく、また心を向ける。

昨日の夜は写真を整理しながら、
いろいろな話をしていて遅くなった。

31日の写真。
おつかれさま。



「何が食べたい?」と聞いたら、
「麺類・・・」とまったく作らなかった分野のもののリクエスト。

そばにかき揚げ、
あと月曜日にミツワで安く売っていた、なし割りにした鯛の頭をごぼうと一緒にたく、
というすべて初挑戦メニュー。

かき揚げが見事に玉砕。こういうときは、なれないものに挑戦しない方がいい。
あ、鯛はおいしかったです。一緒に炊いたごぼうもうまい。
かき揚げがうまく行かないのはみんなが手伝わないからだ、と子どもたちに当たり散らしながら、でも、家族で囲む食卓に感謝しながら・・・。

日本で経験した事の話もあまりゆっくりと聞かないで、
2、3日がすぎてゆきました。

でも、昨日はカメラから写真をMacに取り込んで、
写真の説明をひとつひとつ聞きながら、
いただいてきた地図を見たり、新聞記事を読みながら、
ネット上の情報も見ながら、夜が更けて行きました。

日本で聞いてきた話は「しっかり見て、アメリカにいる人たちにも、伝えてほしい」「大統領にも伝えてほしい」(!)・・・。どのように伝えたらいいのか、祈らされます。

メッセージを受けて、わたしたちも、こちらからのメッセージを被災地におられる方々にお返しする事の大切さを感じます。「わたしたちの心は今も、あなたがたと共にある」と。

2011-05-31

無事・・・

のんちが到着しました。
空港では指紋が合わなくて手間取ったり(本人2回目)、
荷物の中に肉製品がないかと徹底的に調べられたり(私がブラックリスト載り)、
なかなか出てこないで、「ああ、また手間取っているなあ」と思っていましたが、
1時間30分ほどで出てきました。

本当に皆さんのお祈りに感謝します。

明日から6月です。
新しい気持ちで新しく歩み始めます。

日本の事をいつも祈りながら、
いつもそこに心を向けながら。

2011-05-30

祈りにささえられて。

先ほど、のんちの乗った飛行機が日本を離れました。
明日の昼にはこちらにつく予定です。

2ヶ月間、多くの方々の祈りにささえられて、
日本の方々によくしていただいて、
働きを終えて帰ってきます。

感謝します。

明日から、家族の時間や、教会の皆さんとの時間を大切にしたいので、
更新はちょっとスローになると思います。

祈りつつ、気まぐれになされる更新を見守ってください。

2011-05-29

遣わされている。

今日も暑かったですね。
明日92度F、あさって、93度Fです。
つまり33度くらい?
熱波と一緒にのんちの帰りを待ちます。


今日はサキの運動会でした。
徒競走は一口かつの祈りも届かず、今年は5人中3位。
うーん、だんだん順位が下がってきているような・・・。
走り方も女の子っぽくなっているのでねえ。
のんちの血を引いているのですが・・・。
私の血のせいでしょうか。


今年は教会の用事をこなしている間に、
「4年生は3年生のあとだろうから、まだだろ」と思っていたら、
うかつにも、4年生が先だったことに気づかす、
走っている姿には気がつきませんでした。


ま、しょうがないですね。運動会が日曜日になるとこうなります。ハイ。
午後は兄貴が行ってくれて、親子競技にも出てくれて、
最後は白組が勝ったので、大満足だったようです。
それでよしとしましょう。


のんちは日本の最後の日を過ごしています。
日曜日の夜には17人の方があちらこちらから集まられて、
幸いなひとときをもつことができたそうです。
大雨だったようですが、
東京都内だけではなく、神奈川県や埼玉県からも。


久しぶり、の方もおられたでしょうね。
私は毎年日本に行っては集会をしていますが、
のんちが日本に行く時にはあまり皆さんにお会いできないので。


所沢から、片道1時間半くらいかかるでしょうね、
おいでくださった、ありゅさんからは、こんなお言葉を


感謝します。


ところで、今日も運動会で思ったんですが、
たくさん日本語を使う方々がおられるんですね。


でも、なんだか、最近知っている方々が少ないような。
ちょっと反省。もっと世界を広げないといけませんね。


そして、やはり、今朝もう一度思いました。
私はここに派遣されているんだと。
私はこの8月から次の3年の任期が始まります。
それは昨年の11月頃にだいたい形ができた話です。


もしも、震災がもっと早くその任期が固まる前に起こっていたなら、
日本に目が向いていたかもしれません。
でも、実際に起こったタイミングに、やはり、私は今与えられたところで生きるようにと導かれていることを感じます。そして、今日の運動会で、多くの人々と挨拶を交わす中に、それを確信させられています。


今も山元町のりんごラジオさいまるラジオで聞きながらですがね。


あと、イトイさんも更新しておられました。


あと、カナダの看護師さんものんちが来るところまで更新


このカナダの方の記事の最後に出てくる簡易トイレですがね、紙を流してはいけません。この山元町の下水道はまだまだで、完全復旧は1年後ということです。それで、どうしてもからだの弱い方を除いては簡易トイレを使っておられるのですが、処理の問題なのでしょう、使った紙はビニール袋に入れておきます。で、のんちは、山元町から、東京に戻った時には、あれ、これ捨てていいのかな・・・と戸惑うこともしばしばらしいです。でも、自分が大学にいたときの指導教官はインドの専門家で、しきりに「水洗トイレが普及するかどうかで水の使用量が全然違ってくる」と言っておられました。水洗トイレ、確かにありがたいですが、考えさせられます。


今日は礼拝から。
わたしたちは月曜日から仕事をして、
疲れて土曜日、日曜日と休む。
そして、月曜日「ああ、また仕事だ」と重いからだを起こして働き始める。

でも、聖書はそんな生活のリズムに、
パラダイムシフトを起こさせる。
聖書の世界観はこうだ。
日曜日、週の初めの日、教会に集まり、
復活のイエスに出会う。
そして、そこから派遣されて行く、一人一人の神様から与えられた場所へ。

コペルニクス的転回。

多くの人々の心に、そのような出来事起こりますように。

運動会の朝。

運動会の朝です。
牧師をしていると日曜日に運動会をするのは、
何とかならないかなあ、と思いながら、
そして、なんとカミさんがいないと、お弁当も作って・・・となるが、
記念すべき、この2ヶ月の最後のお弁当。
最後までキャラ弁とまでは行きませんでしたが、

なにをかくそう、最初のころに作ったハンバーグを冷凍したやつを、
毎週一個ずつ焼いて、持って行っていた。
(本人がそれがいいというので・・・)

それが昨日でなくなったので、今日は一口カツ。
これで運動会、徒競走で勝つ!


・・・・って、徒競走はランチの前だけどね。

庭で取れたもいよいよ最後のアスパラと、
トマトと人参って・・・今日は彩りも考えて・・・。

おにぎりはしおにぎりのりなし。

これも本人の希望。
こっちは卵焼きでも入れようかと思ったら、
これも本人が却下。

ブログにお弁当の写真のせる奥様方って、
すごいなあと思っていたのですが、
最初で最後だと思って、がさつなオヤジの盛りつけをご紹介。



今、一瞬、日本に電話したのですが、
のんちの報告と祈りの時、
大雨の中、各地からたくさんの方々が来られたそうです。
皆さんのお祈りに感謝。

でも、自分の心は礼拝のことでいっぱい。
でも、自分ががんばるのではなくて、
神様の愛と命の注がれる礼拝となりますように!

2011-05-27

自分を知る。

今日は暑かったです。
33度くらいまで上がりました。


そして、明後日の日曜日は晴ですね。
暑いですね。運動会は大変だ。
熱中症対策万全にしないと、おかしくなりますよ〜。


今日は教会のニュースレターのための原稿書き。
そのために、地震が起こった日からの記録をずっと読んでいました。
のんちももうすぐ帰ってくることだし、振り返りながら読んでいました。
ああ、そうだったなあ、そんなこともあったなあ、と。


その中のリンクも確認しながら。


そして、その中で、3月24日にご紹介した、カルフォルニアの三羽先生が最近こんな文章を書いておられることを知りました。


「援助と自己満足や偽善」

「援助者が自分の中に自己満足の気持ちがあることを知って、それを受け入れることの大切さ」について書いておられます。


確かにそうだなあと思いながら読みました。
つまり自分が自己満足のためにこれをやっているということを認められない=相手の為にやっている=相手が感謝してくれないことを受け入れられない・・・「あれ、これって究極の実際自己満足?」
そんなサイクルに陥ってしまう場合ってあるかなと。


まあ、自己満足に終わる時って、自分が自己満足に陥りやすい存在であることを認められない時なんでしょうね。自分がわかっていないと言うか。恩着せがましくなってしまう、なんてのもそうなんでしょうね。


反対にいい働きをしておられる方々ほど、「ああ、自己満足かもしれない」「それでもいいんじゃないかな」など、そんな声を上げておられますね。


クリスチャンは「自己満足」を否定する傾向があるから、そして、「人のため」という気持ちが強いから、いつの間にか、自分の中にそのようなものがあっても、それに気がつかないことがあるし、気がついても否定したり、抑圧したり、無視したりして、「自分の弱さ」として受け入れることができない場合もあると思う。


そんなことを覚悟しながら、今日も山元町のファンとして、
一つ情報を。


内村宣教師も、のんちも、そして、たくさんの大物の皆さんも出演された「りんごラジオ」を世界中どこででも、インターネット経由で聞くことができるようになりました。


りんごラジオブログ/さいまるラジオ開設

早速何回かアクセスして聞きながら過ごしています。
もうちょっと早くこれができていれば・・・と思いますが、
またこれからでも、いろんな情報を聞くことができればいいな、と思います。

2011-05-26

8年目の・・・。

はい、今日は8年目のマツイ記念日でした。


「え?何それ?」という方はこちらを

今日はまた感謝なことがありました。
それはまたこんど。公表できる段階になった時に。

今日も山元町情報を一つ。
ペンシルベニアから行っておられる英語の先生が、
募金を集めておられます。

アンドラス山元基金。

日本を愛し、山元町を愛しておられる先生だって、よくわかりますね。

お祈りに感謝。

のんちは、3週間半ぶりに東京に戻ってきました。
3月28日にアメリカを出る時には何も決まっていなかったのですが、
9週間の滞在の中で、6週間あまりの働き場が与えられて、
来週の火曜日に無事に帰ってきそうです。


一つ一つのことに皆さんのお祈りを覚え感謝します。
また、どこの馬の骨かもわからない「おばちゃん」を受け入れてくださった皆さんお一人一人に心から感謝します。


続けて山元町応援モードの私は、
「山元町」で検索を続け、
のんちの前に同じ救護所でボランティアをされていたカナダの方の報告に出会いました。


http://canadamom.babymilk.jp/Firstreportpage.htm


まだ、5月の写真は全く見ていない(かろうじて内村宣教師のページで見ただけ)の私は、ああ、「ここでのんちはボランティアをしていたんだなあ」と感無量になりながら、読ませていただきました。



2011-05-24

人生の重さ。

日曜日、ミズーリ州のJoplinを襲った竜巻は、市の中心部を直撃して、
一つの竜巻としては、史上最大の120人以上の犠牲者を出しています。
そして、今も連絡が取れない人々が1500人もいるそうです。
その中の多くの方々はただ「連絡が取れない」だけであると信じられているのですが、
更に多くの方々が犠牲になった可能性もあります。
今日、明日と、オクラホマ州を中心に竜巻の起こりやすい天気が続くようです。
これ以上大きな被害が出ませんように。


昨日、ここに書いて「祈ってください」とお願いした訪問ですが、
本当に幸いなひとときでした。
お祈りしてくださった皆さん、心から感謝します。


日本でアメリカの兵隊さんと結婚されて、60年前にアメリカに来られた84歳の女性。
でも、そんな年齢に見えない若いおばあちゃんでした。
1ヶ月くらい前にheart attackを経験されて、
心配したクリスチャンのお孫さんが日本語のわかる牧師をさがして、
連絡をしてくださいました。


お孫さんとお電話で話した時には、
とにかく「神様がイエスさまを通して救ってくださることを話してほしい」という感じだったので、わたしもそうなんだなあ、「神様と罪と十字架と・・・」と思っていたのですが、
でも、今日いろいろ考えて祈っている時に、「聞かせていただこう」と思わされたのです。


いつかも書いたのですが、
いつだったか、映画の「タイタニック」を見た時に、
しょうもない話をドラマにしていることに腹立たしさを感じて、
でも、それだけじゃなくて、背景でたくさんの人々が海に落ちていく、
その場面を見ながら、ここにはもっともっとたくさんの人生があって、
同じ重さの人生があって、そして、もっと分かち合うべきドラマがあるのに、
主人公以外の人々はただの「数」になってしまっていることに、
嫌悪感を覚えたのでした。


そして、日本で人々の話に耳を傾けてきたのんちの話を聞きながら、
わたしももっと「聞こう」と思ったのでした。
少なくとのおばあちゃんにはわたしが出会ったことがないような、
重い話があることは分かっていたから、
とにかく、その人生に敬意を表して、
軽々しく、「キリスト教教理」を語ることはしまい、
と思ったのです。


楽しかったです・・・。
ホントに意気投合!でした。


また、お会いする約束をして失礼しました。
続けてお祈りください。


神様、
あなたの与えてくださった出会いに感謝します。
あなたの導かれた人生の重みを思わされます。
それに敬意を持ち続けることができますように。


一つ一つの人生に敬意を表すことをもっともっと学ばせてください。

2011-05-23

感謝。

今日も涼しい一日でした。
でも、夜になって雷雨があって、
一発、「おおお」というのがありました。


明日は蒸し暑くなって、また雷雨がありそうです。


さて、のんちと3日ぶりくらいに話をしたのですが、
今は石巻の河北にいます。
ここは2005年の石巻市への合併前は
「河北町」だったんですね。
「雄勝」も「雄勝町」。
だから、地元の方々にとっては、
「石巻」と一緒にされるよりも、
「河北」「雄勝」とちゃんと言ってほしいんだろうなと思います。


昨日は河北の大川小学校や雄勝に行ってきた、と言っていましたが、
大川小学校では避難する途中に津波が襲ってきて多くの子どもたちが亡くなり、
雄勝病院は屋上まで津波に飲まれ、患者さんは全員亡くなられ、職員も数人しか助からなかったところです。


「震災うつ」のことを考えると、気をつけなければいけないのですが、「アメリカにいる方々にも伝えてほしい」その叫びをきくと、やはり目を背けてはいけないのだな、と思います。


先日の内村先生の言葉にもありましたが、
その叫びを受け取ったわたしたちがどのようにお応えするか、
問われているように思います。


これから仙台に戻って、ベースで一泊させてもらって、
「半額の新幹線」に乗って、水曜日には東京に戻ります。


来週の火曜日にはいよいよ帰米です。


その前に、今度の日曜日は、先日の「アナウンス」どおり、
4時から木場の教会で報告と祈りの時を持ちます。


本当に皆さんのお祈りに感謝します。
2ヶ月、本当に支えられました。


m(._.)m



あ、先日ボランティアをしていた山元町のこと、
糸井重里さんがフォローされるようですね。
「山元町と手をつなぐ」
なんだか、温かい思いを感じます。


糸井さんと言えば、最近になって、
「ほぼ日」で、吉本隆明さんが「親鸞」について語っている、
この部分、これをもっと大きなスケールでやったのがイエスじゃないか、と思わされています。「宗教(浄土教)のほうから、普通の人の生活のところへ、逆に近づいていけばいい。」神はわたしたちに、わたしたちの普通の生活に近づいてくださった。どこまでも、共に歩もうとされた、それがイエスの受肉。


・・・決して我田引水じゃないと思います。


ちょっと深く考えてみたいテーマです。


話を戻しましょう。山元町のこと、
あと、「クリスチャン新聞」でも紹介されていました。

山元町中学校・新人クリスチャン教員の思い

「アメリカから来た看護師で、牧師夫人と会った」とありますが、のんちはこの先生と、この前日、9日にお会いしていたんですね。


先生が、その地で豊かに用いられますように。こちらからも心から祈っています。

さて、今日の聖書。
今日は民数記27:12-23を読みました。


「ツィンの荒野で会衆が争ったとき、あなたがたがわたしの命令に逆らい、その水のほとりで、彼らの目の前に、わたしを聖なる者としなかったからである。」14節。

この出来事が起こったところを読んだ時も、同じようなことを書いていると思うんだけど、「神様の聖なることを示す」「神様を聖なる方として人々に表す」その使命を果たせているだろうか。主の力を指し示しているだろうか?主の愛を、主の大きさを、主の豊かさを、主がわたしたちを超えて果てしなく大きな方であることを示しているだろうか。

わたしの使命を思わされた。

本当にそのように歩ませていただきたい。

主が聖なる方なのだから、
主の聖なることをそのまま表すことができますように。

主よ、
あなたのきよさを覚えます。
そのあなたの大きさ、あなたの愛の深さ、
あなたの豊かさ、それを示すことができますように。


明日は、初めての方をご訪問します。
そこで、主の聖なる方であることを、
主の愛がどれほど豊かであるかを、
分かち合うことができますようにどうかお祈りください。

JOYJOYキャンプ締め切り近づく。

今年のJOYJOYキャンプは、

「JOY JOY ファクトリー」



さて、どんな内容になるか、楽しみです。

そして、申し込み締め切りは28日(土)です。
ここだけの話を内緒でお伝えすると、

今年は、申し込みのペースがすごくスローで、
もしかしたら・・・申し込み締め切りまでに定員に満たない・・・という、
もう10年以上なかったことが、起こるかもしれません。

皆さんのお申し込みを心からお待ちしております。

2011-05-22

仕える。

今日は曇り空で涼しい一日でした。
運動会だった皆さんに、夜お会いして、
「よかったですね、暑くならなくて・・・」と申し上げたら、
「いやあ、逆に寒かったんですよ〜」ということ。
それもまた大変だったでしょうね。


明後日の火曜日は30度を超える予報が出ています。
湿度も高そう。
今日の日曜日も体調を崩されている方々がちらほら。
みなさんのお体が守られますように。


先週の木曜日5月19日、のんちのことを紹介してくださった山元町のりんごラジオのブログの、次の日、5月20日(金)の話題は「トイレの神様」でした。短いエントリーだったので、そのまま引用させていただくと、



役場周辺にある2ヶ所の仮説トイレ。
いつもキレイなのは、掃除をしてくれている方たちのおかげです。
ありがとうございます。皆でキレイに使いましょう!

ホントに大切な働きですよね。


今日、わたしたちの教会のゲストで来てくださった
ポール鈴木宣教師。昨日の夜、我が家に泊まっていただいて、
いろいろ話をしていました。


あちらこちらのブログに散見される悲しい話ですが、
海外から来られるボランティアの方々の中には、
頼まれたことを、するのではなくて、
とにかく自分のしたいことをさせてくれ、というかたがたもおられるそうです。


ポール鈴木宣教師の話では、あるところで、
「トイレ掃除をしてください」と言われた海外からのボランティアの方、
「私はトイレ掃除をするためにわざわざ来たわけではない」とそれを断ったんだ、ということです。
私はそれを聞いて、本当に悲しい思いになりました。


でも、今朝、祈っている時に、
私自身がそこに置かれたら、
多くの犠牲を払って、多くの人々に祈ってもらって、
たぶん誰かと心がふれあうような経験を願いながら、
遠い日本にやってきて、いきなり「トイレ掃除をしてください」と言われたら、
自分がその立場だったら、どう感じるだろうか。本当に心からその働きを感謝して受け取れるだろうか、そんなことを問われました。
他人のことをとやかく言うことなんかできない、自分勝手な自分の姿を見せつけられるような、気がしました。


最近は「トイレの神様」の歌を利用して、
子どもたちにトイレの掃除をさせている父親ですが、
今日は時間が限られて「丁寧に」とはいかなかったのですが、
せめて自分の家のトイレは感謝しながら、掃除させていただこうと、
そして、もしも、公共のトイレを掃除する場面ができたら、
(子どもの頃、日本にいた頃は結構ありましたけどね、アメリカに来ると、教会のトイレ掃除も、業者の方に頼むケースが多いです)
心から仕える者にないたいと思わされました。


今日のポースポール鈴木宣教師のメッセージはすばらしかったです。
まだ教会のHPにはアップされていません(許可が出るかどうかもわかりませんが)が、「私のナイキの上下は何だろうか?それがどんなに高価な、自分にとって大切なものでも、見つめるべき目標、目指すべきゴールへの邪魔になるならば、かなぐり捨てることの大切だ」と思わされました。

かみさま、
仕えることを教えてください。
仕える者とならせてください。
自分のやりたい方法でなかったとしても、
自分の思った通りの働きでなかったとしても、
仕えること、従うことを教えてください。

2011-05-21

ミラノの内村先生から。

イタリア・ミラノの内村牧師が、先週の月曜日に山元町を訪問された時のことをアップされています。

その中にのんちが写真入りで登場。

被災地 山元町へ

写真の一枚一枚に、言葉の一つ一つの選び方に内村牧師の真摯さと温かさが伝わってきます。

届けてくださった内村牧師に感謝します。

ありがとうございます。

2011-05-20

途方にくれても。

のんちは金曜日は郡山だった。
今回はNJの教会の関係の方々お二人の訪問。
何としてでもお会いしたくて、
前の晩はインマヌエル教団の郡山教会に
面識もないのに、本当にお忙しいだろうし、
多くの方々からの問い合わせで、戸惑っておられるだろうけれども、
祈り会があるから、とにかく祈り会に伺って、
そこに泊めていただいたそうだ。


本当に先生方にはよくしていただいたみたいです。
夫として、心から感謝します。


でも、わかっていなかったわけではないのだけれども、
福島の方々の痛みはとても深い。
のんちも電話の向こうで何度も涙声になっていた。
私もこちら側で涙が止まらなかった。


立ち上がれない、立ち上がることのできないということが、
先が見えないということが、どんなに不安で途方に暮れることなのか。


「震災うつ」の問題もあり、このようなページに、のんちから聞いたことの中でも、あまり読んだ方が気が重くなるようなことは書かないでいようとも思ってもいるのですが、あまりに先が見えない。あまりに悲しい。


その問題についてあまり詳しくない者が、何かを言うことには気をつけなければいけないと思いますし、いろんな立場があることも承知していますし、牧師は政治的な発言はしない方がいい、という方もおられるでしょうが、私は、今まで原発の問題についてあまりに無関心だったことを恥じます。無関心を通して、また、より快適な生活を求めて、福島の被害に加担したことの罪を認め、悔い改めます。これ以上、無関心の罪を犯し続けたり、「賢く」黙っている卑怯な生き方をしたくない。教会、聖書の名をかたり、「どうせ人は罪人だから」とか「どうせ、この世はいつか終わるのだから」と達観したかのような人たちの言動にははっきりとNOをつきつけたい。


神様がわたしたちに管理を任されたこの地を、預けてくださったこの地を、わたしたちは正しく治める責任があるのです。ちょうど、神様が与えてくださったこのからだを、わたしたち個人個人が正しく健康管理していくのと同じように。


一度トラブルが起こったら、人間の力ではどうにもならなくなってしまう危険があるものの開発を続けることは愚かだと思います。特攻隊のような志願者を募ったり、チェルノブイリの時のように、どんな危険があるかを隠して人に働いてもらわなければ、止められないものを作ったのは愚かです。それにどんな経済効果があり、地元の振興に役立つとも。そこに何重のセーフティーネットを張ったとしても。


これからは原発反対の立場から、もっと積極的に発言し、積極的に関わっていこうと思います。明日も近所でイベントがあるようです。

講演会「未来を担う子供たちへのメッセージ」



ちょっと私自身は伺えそうにないのですが、多くの方々がおいでになりますように。


「わたしたちは・・・途方にくれても、行き詰まらない。」(コリント第二の手紙4章8節)


途方に暮れている方々に、「それでも、行き詰まらない」という神の恵みが、人々の愛を通して、また聖書を通して、その人々の愛と聖書との両方によって、具体的に現されていきますように。


土曜日からのんちは石巻のビッグバンにいる、と思います。


主よ、
今日も、あの福島の地で、途方にくれておられる方々に、
あなたが共にいてください。
今、私自身が行くことがあなたの導きだとは思えませんが、
今、導きをいただいて、そこに赴いている一人一人の愛を用いてください。
わたしたちの届かないところにまで届くあなたの御手で、
その心にあなたの平安を満たしてください。
無関心の罪、黙っていたことの罪、現状を肯定してきたことの罪を悔い改めます。
このような大きな被害が出るまで、それを続けてきたことを悔い改めます。
為政者や実業界のリーダーが言うことを無批判に黙って聞いてきたことを悔い改めます。
悔い改めた者の生き方へと導いてください。
悔い改めた者の生き方を教えてください。
無知を赦してください。
深い知識を求める歩みをさせてください。

2011-05-19

アナウンス。

アナウンスです。

5月29日(日)午後4時より6時まで、
東京/木場の木場深川キリスト教会で、
のんちのこの2ヶ月の働きの報告と、祈りのときを持ちます。

ぜひ、関東周辺の皆さん、おいで下さい。

場所は東西線の木場駅下車徒歩7分くらい。
住所は東京都江東区木場3−7−12です。

教会ホームページ:
http://www.geocities.jp/kmsakaijp/

目を開いてください。

大雨、ちょっと大雨程度ですんでいます。
昨日の夜12時頃はざーっと降っていましたが、
今日の日中はほとんど上がっています。
夕方は日が射していました。


明日も曇り時々晴れで、にわか雨と雷雨、という感じでしょう。


のんちの水曜日の山元町の訪問、
看護師としてのボランティアの時は時間的制約でできなかったことをしたようです。
自転車を貸していただいて、津波で襲われたところを訪問したり、
(消防の人に「こっちへ行ってごらん」と言われたり、自衛隊の方に「ダメ」と止められたり、いろいろ事情を説明したら「じゃあ、ちゃんと見て、写真に撮って、アメリカの大統領に伝えてくれ!」と言われたり、だったそうです)
お世話になった方々にご挨拶に行ったり、お電話をしたり、
必要な一日だったようです。


そして、役場の中にある「りんごラジオ」にご挨拶に行った時に、
どうしてアメリカから?という話になり、そのまま収録となったそうです。


そして、金曜日の「りんごラジオのブログ」に実名で登場
写真は一緒に働いた看護師さんですが。


りんごラジオがこれからも山元町の皆さんに勇気と力を与えてくれますように!


のんちは木曜日の夜から郡山。
木曜日の夜は郡山のインマヌエル教会に泊めていただいたそうで、
今夜は仙台に戻り、この土曜日から火曜日まで、
石巻で倒れてしまった看護師さんの代わりに入るそうです。


あと、今日はサキの小学校で、日本の震災復興支援のためのベークセール。
お母さんたちのパワーと、先生たちのご協力で、大成功でした。




お母さんたちの中に入って、ご奉仕させていただきました。
でも、子どもたちの目には、私はどう映っているんでしょうかね。
ほぼ毎日迎えに来て、昼時のベークセールでも働いているって。


さて、ここ数日の聖書。
民数記の23−24章を読んでいます。


「バラムは・・・これまでのように、まじないを求めに行くことをせず・・・神の霊が彼の上に臨んだ。」24章2節。


バラムはまじないや占いをしていたのですね。
そんな者も、神のメッセージを語る者として用いられるときがある。

でも、ここでは、もうまじないを捨てて、
神からのメッセージを受けるのです。

私はまじないはしていないけれども、
神からのメッセージよりも他のものを頼ることがどれほどあるかと思います。
もっともっと神との関係を強くしていただいて、
聖書のメッセージによって語っていただいて、
そのことを語る者とならせていただきたいと思います。

もっと神様と近く歩ませていただきたい。

そのように思います。

主よ、
どうか、あなたのメッセージを聞かせてください。
御言葉を通して語ってください。

2011-05-17

大雨?

今日から水曜日にかけて大雨の予報。
でも、今日は朝のうちだけで、その後はずっと曇り。
夜になってから降る、と言っていましたが、
まだパラパラのようです。


でも、金曜日くらいまでぐずついているようですので、
まだまだ大雨の可能性はなくなっていません。
気をつけましょう。


お祈りいただいた、ミラノの内村牧師の山元町訪問、
本当に幸いなひとときになったようです。
避難所に先生をご案内した時には、
皆さんが先生に話を聞いていただきたくて、
話が止まらなかったそうです。


元気な話、前向きな話もいいけれども、
受け止めてくれる人、
支えてくれる人が、
今、必要なんだ・・・というのがのんちの感想。


さて、のんちはというと、火曜日で2週間の山元町の働きを終えて、
仙台に戻ったようです。
でも、水曜日は、こんどは看護師としてではなくて、
一人の訪問者として、山元町に日帰りで訪問する、ということです。


そして、今週のどこかで、郡山を訪問して、
土曜日から火曜日まで石巻にもう一度行くようです。


後2週間の日本の滞在、すべて神様の導きの中で歩めますように。


お祈りください。


さて、最近の聖書から。
ここ2、3日、民数記22−23章を読んでいます。


「神は祝福される」20節。

このイスラエルへの祝福は、
今、私達、教会が受け継いでいる。
なのに、私達は教会の問題、歴史の中で犯した失敗、
足りないところ、欠けだらけのところばかりに目がいく。

でも、私達は神に祝福された存在なのだ。

傲慢になってはいけない、
でも、祝福されていることを見失ってもいけない。

感謝すべきことがたくさんあるのに、
それを見失っていることがどれほどあるだろうか。

主の祝福をいただていることを感謝しながら歩んでいきたい。

主よ、
あなたの祝福に感謝します。
あなたの祝福に目を留めて、祝福が与えられている使命を確認しながら歩めますように。
祝福を持ち運ぶ器として用いてください。


ハジが帰ってきて、ハジの友達が遊びに来て、
娘たちも大はしゃぎです。

ヘビメタバンドの皆さんは、1週間の東海岸での活動を終えて、
次の目的地、シアトルに行かれました。

時間のあるときは、いつもお食事を作ってくださいました。
もてなそうと思っていたのに、もてなされてしまいました・・・感謝!!

2011-05-15

世界を巡る輪。

最近、日本に電話する度に、のんちが言っていることがありました。

「りんごラジオ」というFM放送を山元町の役場で流しているんだけど、
ミラノの内村牧師、野菜ジュース持って来られる時に、出演できないかなあ・・・。

あのね、それは僕に言うんじゃなくて、
内村牧師と、放送流している方に相談したら?

って感じだったのですが、
とうとう動いたみたいです。

16日月曜日の、午後4時半から出演決定。FM80.7
先生は未だ東北道を走っているようですが、
先生のメッセージが一人でも多くの山元町の方々に届くようにお祈りください。

こうやって、山元町と、ニュージャージーと、ミラノがつながるって、
なんだかね、神様の御業に感謝します。

聞ける方が読者のみなさんの中におられるかどうか、わかりませんが、
聞ける方は、お楽しみに!


あ、我が家はハジが帰ってきました。

明日はハジの大学の友達が遊びに来ます。
あさってはヘビメタバンドが帰ります。
金曜日にはもう一人大学の友達が遊びに来ます。
土曜日には日本に行かれる宣教師の友人が泊まられます。

のんちはあと2週間あまりです。

2011-05-14

自分の心の動きに・・・。

今日は夕方から時々ぽつぽつと。
これで花粉が終わってくれるといいのですが。
明日は雨の予報です。
この地域の日本語学校、運動会の季節ですが、
明日、運動会の皆さんは延期は残念かもしれません。


うちの子は29日です。
本人は一日出たいと言っていますが、
「パパも他の先生にメッセージ頼んで教会休めばいい」
とまで言われましたが、「何を言っているんだ」と即答で拒否りました。


でも、一生に一回くらいそんなことをしてみてもいいかな、
とまで思うようになりました。
休暇をいただいて、どこかの教会の朝早い礼拝に出て、
運動会を一緒に過ごす。


神さま、そういうの「けしからん!」とか言われるのかなあ。
神様を第一にして、運動会をたのしむ、というのはないのかなあ?


甘いのかな。


ちょっと、スッキリとした答えを出そうと、
考え始めると寝る時間がなくなりそうなので、
もうちょっと時間の取れる時に・・・。


さて、今日の聖書。
今日は民数記の22章1-20節。


「主がわたしに何か他のことをお告げになるかどうかを確かめましょう」19節。

これはいかにも信仰的な言葉のように感じるけれども、
そうではなかった。

神様の答えはもう決まっていた。
もう聞いていた。
でも、バラムの心は揺れていた。
お金をたくさん積まれて、
いい待遇を受ける約束をもらって、
地位のより高い人の訪問を受けて、

「じゃあ、もう一回神様に聞いてみようか」と、
心が動いたのだ。

自分もこういうことがないだろうかと思う。

ホントに弱い人間だ。

神様の答えをしっかり握って、
そこに立っていく者でありたいと思う。

自分に都合のいいことに心動かされるのではなく、
ただ、主に従う者でありたいと思う。

かみさま、


あなたの言葉を信頼して、
そこに生きていく者でありますように。
明日の礼拝を祝福してください。
主の前に出ることの意味を、
共に経験することができますように。

2011-05-13

神の前の畏れ。

1週間以上ずっといい天気で花粉が飛びまくってきましたが、
今日はどんよりしていました。
そして、明日からはしばらく、1週間以上でしょうか、ずっとぐずつく日が続きそうです。
これで、ちょっと花粉が落ち着いてくれるといいのでしょうか?
今日も朝方と、夕方に外に出る用事があったので、
今頃、かなりきついです。


のんちは、木曜日に、一つの小学校を訪問しました。
この小学校は津波で水につかってしまったので、
隣の小学校を間借りしておられます。
その間借りしている学校に先生方をご訪問しました。


本当にお忙しい中の先生方に時間を取っていただいて、
暖かく受け入れていただいたようです。
子どもたちも礼儀正しく、明るくて、人なつっこくて、
幸いなひとときだったようです。


こちらのサキの行っている小学校との関係が築ければ、と思いますが、
やはり、世界各地からそのような申し出があるようで、
その対応だけでも大変のようです。
私達は顔の見える働きをしたい、関係を作りたい、と感じます。
でも、本当にそう思うなら、現地の皆さんの思いをちゃんと受け止めることの大切さを思わされます。


十字架の聖書の箇所からは、
一緒に十字架に付けられた強盗が感じた「おそれ」を思わされました。

復活の聖書箇所からは、
トマスがイエスにお会いした時に感じた、「おそれ」を思わされました。

そして、今度の日曜日のために、
復活されたイエスがガリラヤ湖でペテロに出会われた時に、
ペテロの感じた「おそれ」を思わされています。

私自身がその十字架と復活のイエスの前に立つおそれを知り、
礼拝で、みなさんを、十字架と復活のイエスにもとにお招きできますように、
そのように今から祈らされています。

日曜日の礼拝を楽しみにしています。

主よ、
あなたの前に立つ者のおそれがどんなものか、
私をそこに導き、経験させてください。
そして、私自身も礼拝において、皆さんをあなたの許にお招きできますように。

2011-05-10

立ち上がるために。

間もなく、あの地震から2ヶ月。
本当に世界が変わりました。
私自身もこのような思いで過ごしているとか、
このような生活をしているとか、
想像もできませんでした。


直接の被害に遭われた方々、
生活が変わってしまった方々、
大切な方々がいなくなってしまった方々、
もっとそうだと思います。


10年前に9/11の時に、更なるテロの不安と、ナショナリズムの高揚という二つの空気の中で、私は「早く元の生活に戻ってほしい」「元の、自分が知っていたアメリカはどこへ行ってしまったんだろうか」「元のアメリカに戻ってほしい」と思っていました。


でも、2ヶ月くらい経ったある日に出席したセミナーで、「私達はもうあの9/11より前には帰れません」ということばを聞いた時に、「ああ、そうなんだ」「もう自分たちは戻れないんだ」と気がついて、そのことを受け入れることができました。それは、立ち上がるために、前に進むためにとても大切な気づきでした。


2ヶ月間はずっとこの話は発信しないでおこうと思っていました。
そして、2ヶ月がたとうとしているこのとき、分かち合いたいと思いました。


日本も、世界も、3/11以前には戻りません。
あなたの生活も、私の生活も。
元のところには戻らない、新しい歩みをしているのです。


「宝のあるところに心もある」ということで、
すっかり山元町ファンになったので、
心に残った山元町の方からのメッセージを一つご紹介。


被災地 山元町から 被災者として思うこと


現地の皆さんのために心から祈っています。
アメリカから来ていた風変わりな中年看護師さん、
気がついたら、声をかけてやってください。
あと1週間くらい滞在するみたいです。


あ、今日はもう一つの話題。
和製ゴスペルヘヴィメタバンドのご一行様が、
無事NJにとうちゃく。
今日は「食事作りますから」と、
ちょうどあった食材で、ぱぱっと食事を作ってくださいました。
おまけに片付けも、バッチリ、最後まで丁寧にやってくださっています。


「旅人をもてなしなさい」と聖書にはありますが、
「旅人にもてなされて」しまいました。


感謝。



Music Player web

JCCNJでのご奉仕はありませんが、
英語の教会等でもご奉仕されるようです。
日曜日も朝から英語の教会に行かれるとのことで、
教会の皆さんにご紹介できないのは残念です。


こちらのためにも祈りつつ。


さて、今日の聖書。
今日は民数記20:1-13。


「あなたがたはわたしを信ぜず、わたしをイスラエルの人々の前に聖なる者としなかった。」12節。

モーセとアロンは「水がない」という人々に対し、「岩に命じて水を出させなさい」と神様からの命令を受けます。しかし、モーセは怒りに任せて、「どうして、私達があなた方のために水を出さなければいけないのだ!!」と岩を打ってしまうのです。

水は出るのですが、神さまは、この言葉をモーセに語られます。

神様の聖なることを表さなかった。

モーセは指導者として、人々にそのことを教える責任があった、その使命があった。

わたしも牧師として、同じ使命をいただいていると思います。
人々に神様の聖なることを示す。
もちろん、神様の愛を示す。

その責任を果たしているだろうか?

とわれていると思いました。

本当にそのことを表す者でありたいと思います。
その責任を果たさせていただきたいと思います。

主よ、
あなたの栄光を表す者とならせてください。
あなたの聖なることをはっきりと示す者とならせてください。
そのためにわたし自身が神様のきよさに触れることができますように。

2011-05-09

言葉で伝えるのが難しいもの。

ここ数日、とってもいい天気です。
これ、花粉さえなければ、本当に気持ちのいい日々ですよね。
私もなんだか、出口が見えてきたのかなあと思います。
今日はずいぶん調子が良かったです。

そして、この後もしばらく、木曜日くらいまではこの天気が続きそうです。

さて、今日はひき肉を買ったので(高くなりましたねえ、びっくり)、
いつか作っておいしかった別冊Esse夕食ばんざい肉のおかず(1993年版!)にある「韓国風肉みそ」作りました。
2倍量作ったのですが・・・ちょっと多かったですねえ。
その材料の中に「木の芽」ってのがあります。
お、それうちの「ほったらかし畑」に生えている、と取ってきたんですね。
ちょうど、新芽が出ているところです。
それを摘んできたんですが、


これ、すごい、いい香り。
なんというか、言葉では表せないものです。
よく、料理番組や旅番組でおいしいものを食べて、
一生懸命、どんなにおいしいかを言葉で説明しなければならない姿に苦笑することがあります。無理なんですよね。この木の芽の鮮烈な香りを言葉で表すのは・・・。タケノコが生える庭が欲しい・・・。

でも、やっぱり言葉にする努力、って大切ですね。
私も言葉に関わる働きをしているわけですから、
もっともっと言葉を大切にして、
もっともっと心にあることを言葉にする努力をすべきことを思います。

のんちが日本に行っていて、
日本で経験していること、見ていること、感じていることを、
夫として、もっともっと発信すべき立場にいるんだと思うのですが、
でも、言葉にしようと思えば思うほどおそれが湧いてくる。
一つは、自分の経験ではないことを、
私という地球の反対側にいる者が言葉にする時に、その闘いのただ中にいる方々を傷つけてしまう危険性があるということ。
もう一つは、このような場所で発信する時に、言葉が思いを離れて一人歩きしてしまうことがあること。
そう、ネットというのは、礼拝や集会でお話しすることとはレベルの違う「怖さ」があります。自分の言葉が自分という人間を離れて伝わって行くかもしれない、という怖さです。

ですから、本当に慎重になります。

でも、そのような危険を超えて情報を発信しておられる方々がおられて、そのおかげで伝わって行く事実もあるんですよね。それで、人の目が集まり、差し出される手がある。

情報発信の大切さを思わされています。
恐れないで、でも、本当に心を配りながら、発信することの大切さを思わされます。

のんちは、教会のない山元町にお仕事で行かれている方と、
月曜日に会って、共に祈ることができたと連絡がありました。
きっかけは、twitterです。
これがなかったらつながらなかったでしょう。

あと、先の週末、Facebookで、大学以来の友人や数年前から連絡が取れなくなっていた元JCCNJの方とつながりました。これはまたすごい。

一つ一つのつながりが生かされていきますように。

2011-05-08

方針変更。

今日は礼拝後、役員会があって、子どもたちだけ先に家に帰ってもらっていました。
ある方にお願いして、帰りに送っていただいたのですが、
ちょうど着いたかなあ?と思った頃(そして、役員会の始まったころ)、私の携帯が鳴りました。見たら、「自宅」から。自分のそのときの反応は「あ、鍵渡すの忘れた!」でしたが、なんだか、そうじゃなかったみたいで、考えてみたら、鍵がなかったら、「自宅」からは電話かけられませんよね。渡してはいないのですが、持っていたようで、ま、入れたんでしょうね。で、内容は「アリがすごい!」でした。

まあ、悲鳴を上げる下の娘に、「しょうがないじゃん、自分でやっつけなさい」と言い聞かせて、「だってすごいんだよ、たくさんいるんだよ」「殺虫をかけてちゃんとお皿を洗って・・・」

そうです。のんちが日本に行ってからというもの、「明日でもいいことは明日する」主義の私は何でも後回し。洗いモノも、次の料理をする必要に迫られて、やっている調子でした。

それで、アリだらけになっちゃったんですね。
特にレンジ周りとレンジの上に起きっぱなしになっていた昨日使って洗っていなかったナベにアリがたかっていたようで・・・。

さすがにこれには私も反省。

また、三日坊主だし、すぐ忘れてしまう決断ですが、

今日できることは今日する」主義に方針転換!!!

今夜はシンクがバッチリきれいな夜です。
レンジ周りもピカピカ・・・まではいかなくても、バッチリきれいです。

「日々のみことば」は明日にでも・・・と思いましたが、
やはりここでしっかり「今日できることは今日する!」、ということで、今日の聖書から。


今日は民数記18:21-32でした。
「それぞれ最上の部分で・・・」29節。

最高のものを主にささげる。
それが大切ですよね。
余り物ではなく、
新しいのを自分のために買ったから、古いヤツをではなく、
最高のものを主の許に持ってくる。

でも、人間はいつも自分を最初に持って来たくなる。
1/10を主の許に・・・と言っても、
「余裕がない」となってしまう。
自分のためが第一で神様は余裕があったら・・・だ。

神様は私達が捧げものをしなければ困ってしまうわけではない。
ただ、私達の心の問題だ。それを気持ちだけにしておくのではなくて、
具体的に表して行くことだ。

私もいつも最高のものを主の許に持って行こう。
時間も、ものも、才能も、情熱も。

主よ、
あなたの許に最高のものを持って行かせてください。
そのために、あなたが示す必要なことがあったら、お示しください。
そして、それに従うことができますように。


あ、のんちは日曜日、ちゃんと教会に行けたみたいです。
仙台まで出て、帰りは物資とともに送っていただいたそうです。

感謝。