2009-02-23
ホント、再建がんばって。
今、夜の10時半。
-5度。
この寒さの中、車のブレーキランプ、交換しました。
もう、死ぬかと思いました。(大げさですが・・・)
だいたい、ブレーキランプを交換するのは、
普通は、ちょっとどこかを開けて、手を突っ込んで電球を取り替えられるようになっているんじゃないんですか?今まで、いくつも車乗ってきましたが、こんなに面倒な車は初めてです。
星形のねじ回しを買って、
後ろのランプのユニットを外そうと思っても、どっちに引っ張ったらいいかわからない。
結局、まっすぐ引き出せば良かったのですが、
それも固くてなかなか出てくれない。
やっと出せたところで、そのふたを開けるのが一苦労。
寒い中でぶるぶる震えながら、やっているから、
手も痛くなるし、逃げ出したくなる。
やっと外しても、4つ電球がある中で
どれがブレーキランプかわからない。
もういい加減にしてくれ~、でした。
英語での説明はここで見ることができます。
http://wiki.answers.com/Q/How_do_you_change_the_brake_light_bulb_on_a_Chevy_Venture
それも、うっかり、ブレーキランプがつかない方の車で、
工具を買いにいってしまったので(何のためにもう一台の車の帰りを待っていたんだ!?)、
Home Depotの駐車場で電球交換を決断。(捕まりたくないし・・・)
だから、終わっても直ったかどうか、確認できない。
後ろの車に反射する光で確認していました。
駐車場なので、吹きさらしで、風は冷たいし、
泣きそうでした。(はい、半べそかいていました)
あ、それで、家に帰る途中、右のウインカーの挙動がおかしい。
着いてから、確認したら、やっぱり右の後ろのウインカーが切れていました。
もう、しらない。もういやだあ。とにかくまた明日電球買ってきて、
今日と同じ作業、もう一度ですね。ふう。
いやあ、GMさんの再建。
もっと簡単に電球が変えられる車を作るって、大切なんじゃないでしょうか。
もっともっと消費者サイド、運転して、大切に自分でメンテナンスをしようとしている人の立場に立った車を作って欲しいと思います。ハイ。応援しています。(きっと自分ではGMの車、買わないけど・・・ね。)
さて、土曜日の聖書。
土曜日は伝道者の書9章11-18節。
「ひとりの罪人は多くの良いことを打ちこわす。」18節。
ほんとにそうだなあと思います。
だから、小さなことにも気をつけていようと思います。
まず、自分自身がきよめられなければ・・・と思います。
どれだけ、多くの良いことが打ち壊されてきたか。
私たちの罪故に・・・。
私たちが神さまに従わなかったが故に・・・。
主に対して真実に従っていきたいと思いました。
罪に対して、はっきりとした態度で歩もうと思いました。
主よ、
どうか私をきよめてください。
私の罪故に、あなたの働きが止められることがありませんように。
多くの良いことが打ち壊されることがありませんように。
クライシスの中での傲慢さ。
今日は寒いですねえ。
さっき車を運転していて、信号で止まったら、
後ろの車の人が、つかつかと歩いてきて、
「ブレーキランプが両方消えてるよ」と、
すごいことを教えてくれました。
あわてて、電球を買ったのですが、
自分で取り付けようと、切れた電球を外そうと思ったら、
特別なドライバーが必要なことがわかって、一時断念。
そんな車で工具を買いに行くのもチケットが怖くていけません。
「電球切れているの知っているけど、今工具を買いに行くところだから・・・」と言えば、
見逃してくれるでしょうかねえ、ParamusのPoliceは・・・。
で、何が言いたかったかというと、そんな作業をしている時に、
ちょー寒かった、ということ。
今、夜の7時前。
外の気温は、-3度です。
今夜は、本当に冷えそうです。
もう一台の車が帰ってきたら、そっちの車で工具を買いに行こうと思います。
で、昨日書いた、みっどらいふくらいしす云々ですが、
今日、もう一回、そんなことを考えている時に、
思わされたのは、
「自分の人生を受け入れる」というのは、
確かに大切なのですが、
40代半ばの人間にとっては、
「まだまだ、わからないことがたくさんあるから、人生まだまだ未知数」
という思いを失ってはいけない、ということです。
「自分の人生を受け入れる」という時に、
もしも、それが「人生なんてのはこんなもんだ」なんて、
わかったような気になってしまったら、ものすごい傲慢なんじゃないかと。
今日も、先週の「プロフェッショナル」を見ていて、
日本では2月10日放送の分だったようですが、
メキシコで遺跡の発掘をしている考古学の先生の姿 を見ながら、
自分はまだまだチャレンジャーなんだと思わされました。
さて、金曜日の聖書。
金曜日は伝道者の書9章1-10節でした。
「というのは、私はこのいっさいを心に留め、正しい人も、知恵のある者も、彼らの働きも、神の御手の中にあることを確かめたからである。」1節。
神の御手の中にある。
今、神の御手の中に置かれている。
神の御手の中に生かされている。
そのことを感謝します。
そして、そのことを、単に言葉だけではなく、
本当にそうだ、と実感をもって歩ませて頂きたいです。
闘いもあり、痛みもあるでしょう。
でも、その中で、確かに主が守ってくださっている、
そのことを経験させて頂きたいです。
主よ、
あなたの御手の中に置かれていることに感謝します。
どうか、あなたの御手の中で歩ませて頂いていること、
あなたの御手の中にいることを、
もっともっと、肌で感じることができますように。
2009-02-22
リスク分散も必要?
もう一ついっちゃいましょう。
11時になりますが、気温は-0.5度。
下がり方が鈍くなりましたね。
風が強いと、体感温度は下がるのですが、
冷え込み自体は弱くなります。
風が弱い時の方が放射冷却が効く。
どうして?
うーん、知りません。
で、調べてみました。
どうやら、同じように放射冷却は起る。
それは地表の熱が宇宙に逃げていく現象。
風がない時は、冷えた地面に冷やされた空気が
地表にとどまるために、地表近くの気温は下がる。
でも、風で、冷えた空気がすぐに攪拌されてしまうので、
空気自体はそれほど冷えない。
ってなところでしょうか?
もうちょっと勉強しようかな、このテーマも、
「みっどらいふくらいしす」と「放射冷却」2つの宿題です。
今朝、お祈りの後、教会でいろいろ仕事して、
9時頃に家に帰ったのですが、
電話が通じない、という。
で、なんと、インターネットも通じない。
テレビも映らない。
そう、Cablevisionで電話とテレビとインターネット、3つのサービスにはいると、
2年間は合わせて月100ドル以内ですむ。
(+1年間のTV Japan付き)
で、去年の秋に契約しているので、
全部Cablevisionなんですね。
で、一気に何もなくなると、すごい不安になる。
幸い、携帯電話は不通に使えたので、
連絡はできたのですが、
Cablevisionに電話するのにも、
一々連絡先を保管していない。
「どうせ、インターネットで探せばすぐ見つかるから・・・」
その理由の一言に尽きます。
紙で取っておいてもそれで探すのは一苦労。
だから、インターネットで探すから・・・といろんなインフォーメーションを捨てているんですよね。
でも、そのインターネットがダウンすると、
もう、どうしていいのかわからない。
ちょっとしたOutageでしたが、
すごく不安になりました。
ちょっとリスクの分散を検討したいです。
さて、木曜日の聖書。
木曜日は伝道者の書8章9-17節。
「しかし私は、神を恐れる者も、神を敬って、しあわせであることを知っている。」12節。
なにがしあわせなんだろうか?
神と共に歩むこと。
平安の中に歩むこと。
幸せな歩みを与えられている、と思う。
主がおられるから。
ただ、主がいてくださって、
私に時間を与えてくださっているから。
その時をどのように用いるか、
それだけを考えて生きていけばいいから。
感謝。
主よ、
どうか、あなたと共に歩む喜びに生かしてください。
幸せな歩みを感謝します。
あなたと共に歩むことのすばらしさを伝えるすべを与えてください。
11時になりますが、気温は-0.5度。
下がり方が鈍くなりましたね。
風が強いと、体感温度は下がるのですが、
冷え込み自体は弱くなります。
風が弱い時の方が放射冷却が効く。
どうして?
うーん、知りません。
で、調べてみました。
どうやら、同じように放射冷却は起る。
それは地表の熱が宇宙に逃げていく現象。
風がない時は、冷えた地面に冷やされた空気が
地表にとどまるために、地表近くの気温は下がる。
でも、風で、冷えた空気がすぐに攪拌されてしまうので、
空気自体はそれほど冷えない。
ってなところでしょうか?
もうちょっと勉強しようかな、このテーマも、
「みっどらいふくらいしす」と「放射冷却」2つの宿題です。
今朝、お祈りの後、教会でいろいろ仕事して、
9時頃に家に帰ったのですが、
電話が通じない、という。
で、なんと、インターネットも通じない。
テレビも映らない。
そう、Cablevisionで電話とテレビとインターネット、3つのサービスにはいると、
2年間は合わせて月100ドル以内ですむ。
(+1年間のTV Japan付き)
で、去年の秋に契約しているので、
全部Cablevisionなんですね。
で、一気に何もなくなると、すごい不安になる。
幸い、携帯電話は不通に使えたので、
連絡はできたのですが、
Cablevisionに電話するのにも、
一々連絡先を保管していない。
「どうせ、インターネットで探せばすぐ見つかるから・・・」
その理由の一言に尽きます。
紙で取っておいてもそれで探すのは一苦労。
だから、インターネットで探すから・・・といろんなインフォーメーションを捨てているんですよね。
でも、そのインターネットがダウンすると、
もう、どうしていいのかわからない。
ちょっとしたOutageでしたが、
すごく不安になりました。
ちょっとリスクの分散を検討したいです。
さて、木曜日の聖書。
木曜日は伝道者の書8章9-17節。
「しかし私は、神を恐れる者も、神を敬って、しあわせであることを知っている。」12節。
なにがしあわせなんだろうか?
神と共に歩むこと。
平安の中に歩むこと。
幸せな歩みを与えられている、と思う。
主がおられるから。
ただ、主がいてくださって、
私に時間を与えてくださっているから。
その時をどのように用いるか、
それだけを考えて生きていけばいいから。
感謝。
主よ、
どうか、あなたと共に歩む喜びに生かしてください。
幸せな歩みを感謝します。
あなたと共に歩むことのすばらしさを伝えるすべを与えてください。
みっどらいふくらいしす?
10時を過ぎました。
気温は-0.2度。
どんどん気温は下がってきています。
そう、表題の言葉、最近よく聞きます。
自分に関係があるから、気がつくようになったのか、
最近、よく使われるから耳にするのか、
どちらなのか、よくわからない部分もあるのですが、
とにかく、人ごとでなく、感じています。
中年期の危機。
ホルモンバランスよりも、
どちらかというと、
自分の人生を受け入れる、という意味で、
通ってきているかなあと思います。
20代はもちろん、30代の頃までは、
何でも可能なような気がしている。
男なんてのはそんなもんです。
自分の人生ではなくて、
「坂本龍馬の人生」・・・それも「司馬遼太郎が書いたような」坂本龍馬あたりを描いていたりする。
(まあ、実際龍馬は31歳で暗殺されるわけで、みっどらいふくらいしすもへったくれもないんですがね。)
でも、40代も半ばになり、いや後半になると、
逆にリミットを感じるというか、
それよりも、リミットを受け入れることが、
平安に過ごす秘訣であるかのように感じることが多い。
逆に、この時に、「こんなはずじゃない」と、
背伸びをして、強行突破する方も多いという。
人生の先輩から、「40代後半は一番いい時でしょう」といわれて、
もうちょっと無理しようかなあ、と思ったりもするのですが、
たぶん、「一番いい時」にするためには、
龍馬の人生じゃなくて、
自分の人生を受け入れる、リミットを受け入れる、
そのプロセスをちゃんと通ることかなあ、と思っています。
いろいろ葛藤はありますが、
たぶん、平和に受け入れつつある方かなあ、と思います。
このテーマ、これからちょこちょこ考えていきたいと思っています。
さて、水曜日の聖書。
水曜日は伝道者の書8章1-8節。
「風を支配し、風を止めることのできる人はいない。死の日も支配することはできない。この戦いから放免される者はいない。」8節。
そうですよねえ。
自分でコントロールできるものがどれだけあるか?
自分でどうにもならないこともどれだけあるだろうかと思います。
それを受け入れて、
主の支配の中に生かされていくことが、
どれほど大切なことだろうかと思います。
じぶんもそう。
いつの間にか、いろんなことを自分の手で支配しようとしているのかもしれません。
風がどこからきてどこへ行くのかわからない。
今、ちょうどゴミを出しに外に出た時に、
強い風が吹いていました。
その風がどこから吹いてきて、最後はどこに行き着くのか、わからない。
それと同じように、神さまのなさることも、
私たちはどこから始まって、どこへ行くのか、わからない。
だから、主の最善を信じて、
歩んでいこうと思います。
主よ、
あなたの支配の中に生きていることに、感謝します。
あなたに身を委ね、あなたの導かれるところに歩む者とならせてください。
あなたの御業を見せてください。
雪降りませんでした。
日曜日の夕方。
6時過ぎです。
この時間に更新ができるなんて、
すごすぎます。
今日の雪は完璧に外れましたね。
雨がちょっと降っただけです。
今、6時過ぎに帰ってきたら、ちらほらと小雪が舞っていましたが・・・。
こういう天気の予報は本当に難しいです。
明日からは晴れますが、すごく寒くなりそうです。
最低気温は氷点下10度くらいまで下がって、最高気温も0度くらいまでしか上がりません。
木曜日からは暖かくなるようです。
今夜はちょっとまとめて更新しないと、と思っています。
まずは、火曜日の聖書。
火曜日は伝道者の書7章15-29節。
「人の語ることばにいちいち心を留めてはならない。あなたのしもべがあなたをのろうのを聞かないためだ。」21節。
これは悪意のある悪口のようなものを心に留めるな、ということであって、
何にも聞かないで耳をふさげ、ということではないことは明らか。
本当にそうだなあと思う。
勿論、謙虚に耳を傾けるべき言葉はある。
大切なことがある。
でも、それと共に、
気に留めてはいけない言葉もたくさんある。
そこをきちんと見分けて、
思い煩わないで、
聞くべき言葉を聞き、
忘れるべき言葉を忘れる、
そのことによって前進していきたいと思いました。
主よ、
どうか、あなたの知恵を与えてください。
聞くべき言葉を聞く謙虚さを与え、
忘れるべき言葉を忘れる強さを与えてください。
それを見分ける知恵を与えてください。
6時過ぎです。
この時間に更新ができるなんて、
すごすぎます。
今日の雪は完璧に外れましたね。
雨がちょっと降っただけです。
今、6時過ぎに帰ってきたら、ちらほらと小雪が舞っていましたが・・・。
こういう天気の予報は本当に難しいです。
明日からは晴れますが、すごく寒くなりそうです。
最低気温は氷点下10度くらいまで下がって、最高気温も0度くらいまでしか上がりません。
木曜日からは暖かくなるようです。
今夜はちょっとまとめて更新しないと、と思っています。
まずは、火曜日の聖書。
火曜日は伝道者の書7章15-29節。
「人の語ることばにいちいち心を留めてはならない。あなたのしもべがあなたをのろうのを聞かないためだ。」21節。
これは悪意のある悪口のようなものを心に留めるな、ということであって、
何にも聞かないで耳をふさげ、ということではないことは明らか。
本当にそうだなあと思う。
勿論、謙虚に耳を傾けるべき言葉はある。
大切なことがある。
でも、それと共に、
気に留めてはいけない言葉もたくさんある。
そこをきちんと見分けて、
思い煩わないで、
聞くべき言葉を聞き、
忘れるべき言葉を忘れる、
そのことによって前進していきたいと思いました。
主よ、
どうか、あなたの知恵を与えてください。
聞くべき言葉を聞く謙虚さを与え、
忘れるべき言葉を忘れる強さを与えてください。
それを見分ける知恵を与えてください。
2009-02-20
日曜日は雪?
いやあ、ここに来て、日曜日の雪が、
どうなるかわからなくなってきました。
気温が高めだと思うので、
積もらないかもしれませんが、
結構「降りしきる」という時間帯があるかもしれません。
皆さんがちゃんと教会に来られるようにと、
行き帰りも守られますようにと祈らされます。
今日は早速聖書。
ずいぶんBehindになってしまいました。
今日は月曜日に読んだ分の更新。
時間が経つと感じたこと、思わされたこと、
忘れてしまうこともあります。
でも月曜日の伝道の書の7章1-14節では、
いろいろ考えさせられたことがあるので、
よく覚えています。
「祝宴の家に行くよりは、喪中の家に行くほうがよい。そこには、すべての人の終わりがあり、生きている者がそれを心に留めるようになるからだ。」2節。
自分は楽しいことの方が好きです。
そして、伝道もいつも「楽しくなければ・・・」と思います。
でも、月曜日の聖書の箇所の中では、
その自分の足りない部分を見せつけられたように思います。
痛みの中にある人、
悲しみの中にある人に、
寄り添っている中で見えてくるもの、
それがもっともっと大切なのではないだろうかと。
それが人としてとても大切なのではないだろうかと。
祈らされました。
悲しみの中にある人に近づいていくことができますようにと。
痛みの中にある人の傍らにたたずむことができますようにと。
主よ、
私の心を守り、
あなたの愛を満たしてください。
あなたが私を愛した愛、
あなたが人々を、軽んじられた人々を愛された愛を、
私にも与えてください。
日進月歩。
夜になってぐっと冷えてきました。
今は夜中の12時頃ですが、-4.4度。
明日の朝はかなり寒くなりそうです。
そして、明日一日氷点下の寒い日でしょう。
週末の雪の予報ですが、
まあうっすらと雪化粧、というところのようです。
一部にはBig Surpriseを期待する向きもありますが、
週末ですから、私的にはまあ、勘弁して欲しいです・・・。
さて、今日はPCの話題ですが、
最近、あちらこちらで評判になっている
「Dropbox」 を使い始めました。
オンラインで2GBもファイルを置いておけるスペースがもらえます。
そして、そこに自動でアクセスして、ファイルを更新したら、
自動でアップデートしてくれる、という優れもののサービスです。
たとえば、家のコンピューターで週報の原稿を打って、
それをDropboxに入れておくと、教会のコンピューターを開く時に、
そのファイルが自動的に教会のコンピューターにあらわれるのです。
そして、教会のコンピューターで中身を書き換えて、
また家に帰ると、家のコンピューターでも書き換えた内容が最新版になって出てくるのです。
説明下手なんですが、これはとっても便利。
昔はフロッピーディスク(といっても私は3.5インチからしか知りませんが・・・)で、
800KBのディスクを持ち運んで、データの交換をしていました。
その後1.4MBのフロッピーが出て、
100MBのZipDiskとかも出て、
CDに焼いたり、DVDに焼いたりしましたが、
最近は普通で2GBとか、大きいのでは64GBまであるUSBメモリーとかに、
入れてデータを持ち歩く、ということもあるでしょう。
でも、これがあると、もうそういう「持ち歩くもの」はいらなくなる。
それもコンピューター1の中にあるファイルと
コンピューター2の中にあるファイルと、
ネット上のファイルと、どれが一番最新版だ?
なんてことは考えなくてもいい。
ちょっと編集前のデータが見たくても、
簡単に引っ張ってこられる。
特にこの10年くらいはものすごいスピードで変わっていますね。
恩恵を受けるのはありがたいことですが、
何か踊らされているのではと不安になったりします。
これがなくても、ちゃんと生きていけるはずなのに、
いつのまにか、「これがなかったら、自分はどうなるんだろう」という風に思ったりします。
大切なことを見失ってしまうことがないようにと、
心から祈らされます。
さて、日曜日の聖書。
伝道者の書6章でした。
「彼が千年の倍も生きても、──しあわせな目に会わなければ──両者とも同じ所に行くのではないか。
」6節。
そうですよねえ。
本当にそう思います。
だから、自分がもしもキリストに出会ってなかったら、
どんな厭世的な歩みをしていただろうかなあと思います。
または、そういうことにはとりあえず目をつむって、
日々に楽しいことを求めて生きていっただろうかと。
神によって、
この世に生かされていることの意味を知って、
この世で与えられた使命を果たして、
主の許に帰っていく、
その幸いを思わされます。
生かされていることの喜びを感じます。
決して無駄じゃない、無益じゃない、
自分の歩み。
失敗ばかり、周りの人に迷惑をかけてばかりですが、
生かされていることが間違いではない、
ということを知っていることはどれほどの力だろうかと思います。
主よ、
感謝します。
あなたがいてくださること、
あなたが私を生かしてくださっていること。
私が生きることがあなたの御思いの中にあることを、
覚えて感謝します。
どうか、あなたの使命に生きることができますように。
明日も、一つ一つの出会いを祝福してくださいますように。
あした、スペシャルゲストが来られます。
楽しみ、楽しみ。
2009-02-18
いのちがけ。
今朝は寒かったです。
といっても-5度くらいですが・・・。
夜、また氷点下に下がってきています。
夜の12時頃で-3度。
明日は午後雪が降るようですが、
夜には雨に変わって、積もることはないようです。
週末にもう一度雪の可能性があります。
そして、次の週末にも・・・。
でも、いずれにせよ、春の雪。
1月の寒さが厳しかったので、
これからは寒くなっても、
「まあ、こんなもんか・・・」です。
昨日、夕方には、航空・宇宙博物館に。
そこでハジは「ライト兄弟」の物理の計算にいたく驚いていたようですが、
私は、子供の頃、わくわくしながら見ていた「アポロ」を一生懸命見ていました。
すごろくみたいな「アポロゲーム」で遊んだ記憶があります。
でも、今見ると、いかにも「ソ連」との覇権争いですよね。
月に「星条旗」立てちゃうんだから。
「ここ、俺たちの領土だよ」みたいな。
でも、飛行士たちは命がけだった。
いま考えると原始的な機材と、技術で宇宙に飛び立っていった。
その時培った技術に、今、どれほどお世話になっているのかは、
よくわかりませんが、
天気予報なんかは特に恩恵を受けているんでしょうね。
先人たちのいのちをかけた働き。
どれだけ恩恵を受けているのでしょうか?
信仰者たちもそうだった時代もありました。
信仰を守ることは命がけだった時代。
忘れないでいたいと思います。
さて、今日2回目。土曜日の聖書。
土曜日は伝道者の書5章8-20節。
「母の胎から出て来たときのように、また裸でもとの所に帰る。彼は、自分の労苦によって得たものを、何一つ手に携えて行くことができない。これも痛ましいことだ。」15-16節。
この間、教会でヨブ記を読んだから、
この落差に驚く。
「裸で来て、裸で帰っていく、主が与え、主が取られる、主の御名はほむべきかな」というヨブの言葉とどれほど違うことでしょうか?
神さまの御手を信じていくことの力、
その主を信頼して歩むことの力を、感じさせられました。
一生懸命働いて、
それにこだわって、それを握りしめていたら、
それを持っていけないことがわかった時に、
どんなに痛ましい思いがするのか、
最初から、預けられているもの、
まかされたもの、
いつかはお返しするものとして、
持っていることの大切さを思わされます。
主がまかせてくださったものだから、
大切にして、大切にして、
感謝してお返しする、
そのような思いを持っていきたいと思います。
主よ、
あなたが、私に任せてくださっている、
多くものに感謝します。
あなたが、私に任せてくださっている、
多くの人々の存在に感謝します。
大切にすることを教えてください。
といっても-5度くらいですが・・・。
夜、また氷点下に下がってきています。
夜の12時頃で-3度。
明日は午後雪が降るようですが、
夜には雨に変わって、積もることはないようです。
週末にもう一度雪の可能性があります。
そして、次の週末にも・・・。
でも、いずれにせよ、春の雪。
1月の寒さが厳しかったので、
これからは寒くなっても、
「まあ、こんなもんか・・・」です。
昨日、夕方には、航空・宇宙博物館に。
そこでハジは「ライト兄弟」の物理の計算にいたく驚いていたようですが、
私は、子供の頃、わくわくしながら見ていた「アポロ」を一生懸命見ていました。
すごろくみたいな「アポロゲーム」で遊んだ記憶があります。
でも、今見ると、いかにも「ソ連」との覇権争いですよね。
月に「星条旗」立てちゃうんだから。
「ここ、俺たちの領土だよ」みたいな。
でも、飛行士たちは命がけだった。
いま考えると原始的な機材と、技術で宇宙に飛び立っていった。
その時培った技術に、今、どれほどお世話になっているのかは、
よくわかりませんが、
天気予報なんかは特に恩恵を受けているんでしょうね。
先人たちのいのちをかけた働き。
どれだけ恩恵を受けているのでしょうか?
信仰者たちもそうだった時代もありました。
信仰を守ることは命がけだった時代。
忘れないでいたいと思います。
さて、今日2回目。土曜日の聖書。
土曜日は伝道者の書5章8-20節。
「母の胎から出て来たときのように、また裸でもとの所に帰る。彼は、自分の労苦によって得たものを、何一つ手に携えて行くことができない。これも痛ましいことだ。」15-16節。
この間、教会でヨブ記を読んだから、
この落差に驚く。
「裸で来て、裸で帰っていく、主が与え、主が取られる、主の御名はほむべきかな」というヨブの言葉とどれほど違うことでしょうか?
神さまの御手を信じていくことの力、
その主を信頼して歩むことの力を、感じさせられました。
一生懸命働いて、
それにこだわって、それを握りしめていたら、
それを持っていけないことがわかった時に、
どんなに痛ましい思いがするのか、
最初から、預けられているもの、
まかされたもの、
いつかはお返しするものとして、
持っていることの大切さを思わされます。
主がまかせてくださったものだから、
大切にして、大切にして、
感謝してお返しする、
そのような思いを持っていきたいと思います。
主よ、
あなたが、私に任せてくださっている、
多くものに感謝します。
あなたが、私に任せてくださっている、
多くの人々の存在に感謝します。
大切にすることを教えてください。
2009-02-17
知っていました?
17日の朝です。
末娘のたっての希望で実現したショットガン式のワシントン訪問。
でも、今回、私自身いろんなことを考えさせられました。
思っていたよりも、ただの「記念館」というよりも、
リンカーンの巨像の前に花が手向けられているなど、宗教色の強い「記念堂」だったことは意外でしたが、「アメリカの宗教はキリスト教ではなくて”Civil Religion”だ」と言われるのがわかるような気がしました。
でも、厳粛な思いにされる場でした。
何よりも、彼の演説や一つ一つの言葉にあふれ出てくる、
人々に対する献身の姿勢に心を打たれました。
大統領の働きに使命を感じて、人々にとって、国にとって何が大切なのかを
いつもいつも見据えていた姿を見させられて、
自分自身の使命と献身についても考えさせられました。
でも、それと共に、
アメリカがどうして南北戦争を遂行したのか、
特に北側がどうして戦争をしたのか、
考えさせられました。
「奴隷解放」
「国の統一」
この二つの大きな理由があるのだと思いますが
(あ、勉強していないので、ここから間違っているかもしれません、でも、リンカーン記念堂に書かれていることはそういう大義名分を思わせるものでした)
どちらも、戦争をしてまで守るべきなものなのでしょうか?
もちろん、一人の人間の尊厳を奪ってしまう奴隷制が容認されるべきではありません。
でも、
正義のための戦争、
一致のための戦争、
どちらも「自己矛盾」ではないだろうか、そんな気持ちになります。
命をかけてでも守る、というものがあるのはわかります。
でも、その一方で、敵の命を奪ってでも守るものがある、
というのは考え込んでしまいます。
強盗が入った時はそうかもしれません。
誰かの命が危機に瀕している時はそうなのでしょう。
でも、そのほかの時はどうなんだろうか・・・。
でも、この国は、国の独立を勝ち取った時から、
それを肯定してきたんですよね。
この国で生きることについて、いろいろ考えさせられました。
で、知ってました?
このリンカーン記念堂、
ペニー(1セント玉)の裏面(どっちが表か知りませんが・・・)に、
刻印されています。
こんな感じ。
で、よーく見ると、
真ん中にリンカーンがいます。
ほら。
知ってました?
ちなみに我が家は5人とも知りませんでした。
さて、ずっと遡って、金曜日の聖書。
ちょっとたまってしまいました。
あとで、まとめて更新しますが、
とりあえず1日分。
金曜日は伝道者の書5章1-7節。
「神の前では、軽々しく、心あせってことばを出すな。神は天におられ、あなたは地にいるからだ。だから、ことばを少なくせよ。」2節。
これは本当に大切なことだと思いました。
主を畏れて、主の前にひざまずいて、
主の答えを待ち望むことの大切さを思いました。
自分はどうだろうか?
自分は本当に主の前にひざまずいているだろうか。
主に聞くことに熱心だろうか?
人に対しても、神に対しても、
軽々しく言葉を発していることが多くないだろうか?
聞くことに心と時間を使う、
特に神さまに聞いていく、神さまに従っていく、
そのことに心を時間を使って行こうと思わされました。
主よ、
あなたの声を聞かせてください。
あなたが主であり、私はあなたに従う者であることを、
忘れないように、守り、導いてください。
2009-02-16
Presidents Dayだからね。
月曜日の未明。
今日、早く目が覚めてしまって手持ち無沙汰だったら、
更新しますが、そうじゃなければ、深夜か火曜日に。
Columbia, MDで書いています。
日曜日、全部終わった後、7時半頃出発。
2時間くらい、NJ州内をハジが運転して、
そのあと、州外に出る直前に交代したんですが、
宿まであと10分のところで、ポリスに止められました。
はい、お約束のあれで・・・。
でも、丁寧に、Politeに「Yes, Sir」で対応していたら、
警告だけで見逃してくださいました。
ずっと65マイル道路だったところから、
55マイル道路に変わったところだったので、
注意しなさい、ということだったんでしょう。
でも、時々警告必要ですね。
気をつけます。
で、今回はPresident Dayということで、
うちのオバマニアのたっての希望で、
オバマくんを励ましに行ってきます。
今日の夜までにはまたNJに戻り、
大人は平常の生活、子供たちは1週間のお休みです。
今日、早く目が覚めてしまって手持ち無沙汰だったら、
更新しますが、そうじゃなければ、深夜か火曜日に。
2009-02-14
与えられた時。
今日もどちらかというと暖かい一日でしたが、
夜になって、久々の氷点下。
今は11時半ですが、-1.6度。
明日の朝は-5度くらいまで下がりそうです。
で、しばらくは晴れ。
ついこの間までの寒さを考えれば大したことはありませんが、
一度暖かいのを経験した身としては、
ちょっと冷えるかも・・・。
昨日の飛行機事故、
やはり自分が生かされているのは、
当たり前ではないんだと、思わされる出来事でした。
昨年の新年には、
聖書学院時代にお世話になった先輩が、
半年前に急に天に召されていたことを知りました。
・・・緑の牧場教会
そして、そのころ、同じ聖書学院時代の同窓生の同世代の姉妹が、
命の危機を経験されました。本当に祈らされました。
そして、主はまた命を与えてくださっていることをお読みしました。
・・・Servants ミュージックミニストリー
同じ仲間で、10年前NJの教会にも来て頂いた先生も
今闘病生活を送っておられます。
闘いの中で生まれた賛美は心に響きます。
・・・ハワイでハレルヤ!
先生方のために祈りながら、
神さまの癒しを祈りながら、
そして、支えてくださっている神さまの恵みを見ながら、
振り返って自分の姿を見つめてみると、
本当に与えられた命、
与えられている健康、
当たり前ではなくて、
与えられた時間、
特別なことであることを思わされます。
神さまに託された時間。
ちゃんと正しく使っているか、
反省させられています。
さて、昨日の聖書。
昨日は伝道者の書4章4-16節。
「三つ撚りの糸は簡単には切れない。」12節。
何でここで三つよりなのか、
二つじゃなくて、三つなのか、
直前には、困難にも2人なら立ち向かえる、とあるのに、
何でここで三つよりなのか。
それはおそらく、三つよりには、
神さまという糸も撚られている、ということなんだろう。
私と誰かではなく、
そこには必ず、神さまという存在が、共にいてくださる。
その神さまと共に歩んでいく。
それによって強くされる。
その恵みを感じました。
主が共にいてくださるから大丈夫。
主がそこに共に歩んでくださるから。
主よ、
三つよりの糸はたやすく切れない。
それを本当に経験させてください。
もう、既に与えてくださっていることに、
私の目を開いてください。
夜になって、久々の氷点下。
今は11時半ですが、-1.6度。
明日の朝は-5度くらいまで下がりそうです。
で、しばらくは晴れ。
ついこの間までの寒さを考えれば大したことはありませんが、
一度暖かいのを経験した身としては、
ちょっと冷えるかも・・・。
昨日の飛行機事故、
やはり自分が生かされているのは、
当たり前ではないんだと、思わされる出来事でした。
昨年の新年には、
聖書学院時代にお世話になった先輩が、
半年前に急に天に召されていたことを知りました。
・・・緑の牧場教会
そして、そのころ、同じ聖書学院時代の同窓生の同世代の姉妹が、
命の危機を経験されました。本当に祈らされました。
そして、主はまた命を与えてくださっていることをお読みしました。
・・・Servants ミュージックミニストリー
同じ仲間で、10年前NJの教会にも来て頂いた先生も
今闘病生活を送っておられます。
闘いの中で生まれた賛美は心に響きます。
・・・ハワイでハレルヤ!
先生方のために祈りながら、
神さまの癒しを祈りながら、
そして、支えてくださっている神さまの恵みを見ながら、
振り返って自分の姿を見つめてみると、
本当に与えられた命、
与えられている健康、
当たり前ではなくて、
与えられた時間、
特別なことであることを思わされます。
神さまに託された時間。
ちゃんと正しく使っているか、
反省させられています。
さて、昨日の聖書。
昨日は伝道者の書4章4-16節。
「三つ撚りの糸は簡単には切れない。」12節。
何でここで三つよりなのか、
二つじゃなくて、三つなのか、
直前には、困難にも2人なら立ち向かえる、とあるのに、
何でここで三つよりなのか。
それはおそらく、三つよりには、
神さまという糸も撚られている、ということなんだろう。
私と誰かではなく、
そこには必ず、神さまという存在が、共にいてくださる。
その神さまと共に歩んでいく。
それによって強くされる。
その恵みを感じました。
主が共にいてくださるから大丈夫。
主がそこに共に歩んでくださるから。
主よ、
三つよりの糸はたやすく切れない。
それを本当に経験させてください。
もう、既に与えてくださっていることに、
私の目を開いてください。
2009-02-13
ろくむし。
日付変わっちゃいましたが、
12日(木曜日)の記録。
いやあ、今日はすごい風でしたねえ。
寒さの面で現実にはまだ引き戻されていないようですが、
とにかく風がすごかったです。
あちらこちらで枝が落ちてきて、3人の亡くなった方がおられたようです。
さて、明日からはホントに現実が待っています。
朝は0度くらい。昼間も5度くらい。
夜はバリバリ氷点下です。
今日はJOYJOYキッズクラブだったのですが、
始まる前、人数がそろうまでの間、「ろくむし」をやりました。
どんな遊びかというと、
こんな遊び。
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/boxbox/rokumushi.html
いまだに「ろくむし、やったよねえ」という方にはお会いしたことはないのですが、
ググルと結構たくさんヒットするので、全国区だったみたいですね。
そして、この手のゲームによくある地方ルールがいっぱい。
私が知っているのは基本ルールだけです。
いやあ、ちょっとやっただけなんですが、
汗をかきました。
パッチはいていて後悔しました。
でも、つくづく思いましたが、
やっぱり体を動かすっていいですね。
自分の中で眠っていた何かが動き出すのを感じました。
帰る時に、ある男の子が「ろくむし、またやりたい」と言っていました。
はい、またやります。
JOYJOYシンガーズでもやろうかな。
からだを動かすのは今の子供たちにホントに必要だから、
JOYJOY体を動かすクラブとか、
もっと思い切って、
JOYJOYろくむしクラブ、みたいな、ニッチな活動もいいかも。
もっとオヤジっぽく、
JOYJOY「俺は子供の頃、こんなことして遊んだぞ」クラブとか。
聖書のメッセージと共に、「遊び」を伝承していくのも大切な使命かも・・・。
さて、昨日(11日)の聖書。
11日は伝道者の書3:16-4:3でした。
「神は彼らを試み、彼らが獣にすぎないことを、彼らが気づくようにされたのだ。」3:18
神さまが与えられる試練にはどんな意味があるか、わからない。
いろんな可能性がある。意味がわからない場合もある。
でも、ある時には、自分の真相が見せつけられる。
普段はもっといい人間だと思っていたのに、
本当はとんでもない自己中心的な、
醜い思いを持った存在かということを見せつけられることもある。
そして、そっちの方が本当であることに愕然とする。
でも、それも、私たちが神さまに出会うための第一歩。
ほんとうの姿を知ることこそ、
ほんものになるための第一歩。
本当の自分を押さえ込むのではなくて、
認めていく中で、主が取り扱ってくださるのです。
主よ、
あなたが与えてくださる試練の中で、
本当の姿を見せつけられること、
とてもきついことです。
でも、それが恵みでもあります。
いつもいつも、つらくても、
自分の本当の姿を直視して、
そこからあなたを見上げていく者とならせてください。
今、
飛行機の事故のニュースが入ってきました。
前回はみんな助かりましたが、
今回は炎に包まれている映像が流れています。
どうか、犠牲になられた方々、家族の皆様に、
慰めと癒しを与えてください。
もう一度、私が今生かされているのは、
当たり前ではないことを、忘れないように守ってください。
12日(木曜日)の記録。
いやあ、今日はすごい風でしたねえ。
寒さの面で現実にはまだ引き戻されていないようですが、
とにかく風がすごかったです。
あちらこちらで枝が落ちてきて、3人の亡くなった方がおられたようです。
さて、明日からはホントに現実が待っています。
朝は0度くらい。昼間も5度くらい。
夜はバリバリ氷点下です。
今日はJOYJOYキッズクラブだったのですが、
始まる前、人数がそろうまでの間、「ろくむし」をやりました。
どんな遊びかというと、
こんな遊び。
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/boxbox/rokumushi.html
いまだに「ろくむし、やったよねえ」という方にはお会いしたことはないのですが、
ググルと結構たくさんヒットするので、全国区だったみたいですね。
そして、この手のゲームによくある地方ルールがいっぱい。
私が知っているのは基本ルールだけです。
いやあ、ちょっとやっただけなんですが、
汗をかきました。
パッチはいていて後悔しました。
でも、つくづく思いましたが、
やっぱり体を動かすっていいですね。
自分の中で眠っていた何かが動き出すのを感じました。
帰る時に、ある男の子が「ろくむし、またやりたい」と言っていました。
はい、またやります。
JOYJOYシンガーズでもやろうかな。
からだを動かすのは今の子供たちにホントに必要だから、
JOYJOY体を動かすクラブとか、
もっと思い切って、
JOYJOYろくむしクラブ、みたいな、ニッチな活動もいいかも。
もっとオヤジっぽく、
JOYJOY「俺は子供の頃、こんなことして遊んだぞ」クラブとか。
聖書のメッセージと共に、「遊び」を伝承していくのも大切な使命かも・・・。
さて、昨日(11日)の聖書。
11日は伝道者の書3:16-4:3でした。
「神は彼らを試み、彼らが獣にすぎないことを、彼らが気づくようにされたのだ。」3:18
神さまが与えられる試練にはどんな意味があるか、わからない。
いろんな可能性がある。意味がわからない場合もある。
でも、ある時には、自分の真相が見せつけられる。
普段はもっといい人間だと思っていたのに、
本当はとんでもない自己中心的な、
醜い思いを持った存在かということを見せつけられることもある。
そして、そっちの方が本当であることに愕然とする。
でも、それも、私たちが神さまに出会うための第一歩。
ほんとうの姿を知ることこそ、
ほんものになるための第一歩。
本当の自分を押さえ込むのではなくて、
認めていく中で、主が取り扱ってくださるのです。
主よ、
あなたが与えてくださる試練の中で、
本当の姿を見せつけられること、
とてもきついことです。
でも、それが恵みでもあります。
いつもいつも、つらくても、
自分の本当の姿を直視して、
そこからあなたを見上げていく者とならせてください。
今、
飛行機の事故のニュースが入ってきました。
前回はみんな助かりましたが、
今回は炎に包まれている映像が流れています。
どうか、犠牲になられた方々、家族の皆様に、
慰めと癒しを与えてください。
もう一度、私が今生かされているのは、
当たり前ではないことを、忘れないように守ってください。
2009-02-11
ご~じゃすな一日。
いや、特別なことがあったわけではありません、念のため。
いえ、ホントは毎日が特別な日ですが・・・。
でも、本当に暖かかったですね。
朝NYに行くバスの中では着るものを暖かくしていたので、
よく眠れた・・・という感じで、
初めて、NYに着いて、周りのお客さんが降りていくので、その物音で起きた、
という経験をしました。
(うーん、次は「お客さん!終点ですよ!」と運転手さんに起こされる or いつの間にか車庫に入っている、だろうと思います。)
でも、その重装備が後になっては「暑くてしょうがない」状態。
特にNYの図書館はめちゃくちゃ暑かったです。
帰りのバスは冷房かけていたかも・・・。
家に帰って見たら、今日のかきごおり家の庭の最高気温は17.8度。
これは4月下旬並の陽気です。
でも、夕方から順調に気温が下がって、今は11時過ぎですが、
6.8度。
今、まさに雨雲が来ています。
気温が下がってきているので、それほどではないと思いますが、
雷が鳴るかもしれません。
明日は現実に戻ります。
気温はまあまあ、高めだと思いますが、
風が強い一日になりそうです。
今日は早速聖書。
昨日、火曜日の聖書は伝道者の書3章1-15節。
「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし人は、神が行われるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。」11節。
多くの人に愛されている言葉。
でも、それは前半だけ。
でも、本当にこの人が言いたかったことは、
この後半なんだろうと思う。
後半が私たちの実感に寄り添う。
前半は信仰の告白。
わからないことはある。
でも、主のなさることはいつも最善。
それをバカのように、単純に信頼して、
そこに身を委ねて歩んでいく。
それでいいんだと思う。
わからないことがあっていいんだと。
でも、主の最善を信頼して、ついていく。
それが大切なんだと思います。
主よ、
あなたを信頼して歩みます。
いつもすばらしいことをしてくださるあなたを。
どうか、私の心が揺らぐことがないように守ってください。
いえ、ホントは毎日が特別な日ですが・・・。
でも、本当に暖かかったですね。
朝NYに行くバスの中では着るものを暖かくしていたので、
よく眠れた・・・という感じで、
初めて、NYに着いて、周りのお客さんが降りていくので、その物音で起きた、
という経験をしました。
(うーん、次は「お客さん!終点ですよ!」と運転手さんに起こされる or いつの間にか車庫に入っている、だろうと思います。)
でも、その重装備が後になっては「暑くてしょうがない」状態。
特にNYの図書館はめちゃくちゃ暑かったです。
帰りのバスは冷房かけていたかも・・・。
家に帰って見たら、今日のかきごおり家の庭の最高気温は17.8度。
これは4月下旬並の陽気です。
でも、夕方から順調に気温が下がって、今は11時過ぎですが、
6.8度。
今、まさに雨雲が来ています。
気温が下がってきているので、それほどではないと思いますが、
雷が鳴るかもしれません。
明日は現実に戻ります。
気温はまあまあ、高めだと思いますが、
風が強い一日になりそうです。
今日は早速聖書。
昨日、火曜日の聖書は伝道者の書3章1-15節。
「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし人は、神が行われるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。」11節。
多くの人に愛されている言葉。
でも、それは前半だけ。
でも、本当にこの人が言いたかったことは、
この後半なんだろうと思う。
後半が私たちの実感に寄り添う。
前半は信仰の告白。
わからないことはある。
でも、主のなさることはいつも最善。
それをバカのように、単純に信頼して、
そこに身を委ねて歩んでいく。
それでいいんだと思う。
わからないことがあっていいんだと。
でも、主の最善を信頼して、ついていく。
それが大切なんだと思います。
主よ、
あなたを信頼して歩みます。
いつもすばらしいことをしてくださるあなたを。
どうか、私の心が揺らぐことがないように守ってください。
一人の人として。
日付が変わって、水曜日になってしまった。
火曜日の夜は8時頃からTaxのファイルから、
ハジの大学のFinancial Aidの書類の準備まで、どーっと進めた。
今週いっぱいにファイルしなければいけないところがいくつかあって、
水曜日、木曜日と時間が取れないので、
もう絶対今日やらないとまずい・・・と必死に進めた。
何だか頭が痛い。
いや、気持ちの問題じゃなくて、physicalに。
どういう訳か、自分のW-2が見つからなくて、
1時間くらい探していた。
数字はわかっていたのだけれども、
2つの大学がW-2のコピーを送れ!というので、
結構必死に探した。
他のTAX関係の書類と一緒に置いておいたつもりだったのだけれども、
去年のレシートに紛れてShoe Boxに入っていた。
自分の整理力のなさにつくづくあきれる。
でも、まあ、見つかったんだから、ましな方かな。
机の上に積み上がっている資料の中じゃなくて、
一応「家計に関するものが入っている箱」の中に入っていたんだから・・・。
月曜日はハジの誕生日祝いで外に食べに行ったのですが、
「行き帰り運転するか?」と聞いたら、
「する」というので、ほぼ2週間ぶりにハジの運転に乗せてもらった。
結構いけるかも・・・。
時々助手席側を縁石ぎりぎりまで寄せるので、
ちょっと怖いこともあったけど、のんちに言わせると、わたしもそうらしい。
ほんと、こういう一つ一つのことの中に、
ああ、もう旅立っていくんだなあ、と思わされる。
それ以上に、言うこと、態度など、一つ一つ、
親の願い通りにして欲しい、と思っている自分の気持ちの方を見せつけられる。
本人に任せること、
そして神さまに任せること、
その大切さを思わされます。
正直なところ、
わたし自身の子供の頃満たされなかったことを、
たくさん投影してきたと思います。
そして、それにハジは答えてくれてきたと思います。
特に、スポーツができなくて悔しい思いをした
自分は、息子が生まれた時に、
とにかくスポーツをやって欲しいと思いました。
別に親の期待がどうと言うことがあったかどうかわかりませんが、
一生懸命スポーツをやってくれました。
それが一番大きなことでしたが、
それだけではなくて、
たくさんたくさん、いろんなこと、
期待に応えてきたと思います。
大学を選ぶ時にも、少し、そんな感じもあるのかもしれません。
決してプレッシャーをかけてはいないと思いますし、
口に出して「ここに行け!」とか、
「こういう仕事に就け!」と言ったことはありません。
でも、結構、無言の期待を鋭く察知する方なのかもしれません。
いい選択をしていると思います。
神さまがハジの人生にとって最高の道を開いてくださいますように。
火曜日、ちょっと肌寒かったですが、
プラスの8度くらい。
今は水曜日の午前1時過ぎですが、4.5度。
夜になってからずっとこれくらいで一定しています。
今日は15度くらいまで上がって、
「ゴージャス」な日になるみたいですよ。
ラジオで言っていました。
「水曜日はゴージャスな日」だって。
でも、夜には雷雨があって、
木曜日は気温は高いけど、風が冷たくなってきて、
夜からはまた冬に戻るみたいです。
ゴージャスな一日を楽しみたいですね。
ということで、月曜日の聖書箇所。
月曜日は伝道者の書2:18-26
「どんなに人が知恵と知識と才能をもって労苦しても、何の労苦もしなかった者に、自分の分け前を譲らなければならない。これもまた、むなしく、非常に悪いことだ。」21節。
正直言って、この感覚はわからない。
「自分の分け前」が本当に大きなものだったら、
そんなことをも思うのだろうか?
自分の働きが自分だけで終わらない、ってなんてすばらしいことだろうか?って逆に思うんですよね。
次の世代に手渡していけるものは何か?
次の世代に何を伝えていくのか?
これからもこれにこだわっていくのだと思います。
時には「うまく伝わらない」と苦しみながら。
こんなはずじゃないのに・・・と思うこともあるでしょうね。
でも、それでいい、
私たちが種を蒔けば、
誰か他の人が刈り取ってもいい。
いや、刈り取ってもらえれば本当にうれしい。
そのことに気がつけばうれしいけど、
最後までそれを知らないでいるかもしれない。
それでもいい。
神さまからもらった自分の使命を果たせばいいのだ。
主よ、
あなたを知っていることが、
生きるためにどれほど力になっているか、
「伝道者の書」を読んでいて、本当に深く知らされます。
感謝します。
あなたの与えてくださっている使命に歩ませてください。
2009-02-09
プライド。
今日の朝は-2.4度。
まあ、思ったほどは冷えませんでした。
そして、昼間もそこそこ暖かくなり、
庭に残っていた雪も一気に消えました。
日陰や雪かきをしてたまったところだけに残っています。
今夜もそれほど冷えていません。
明日はまた暖かくなるようです。
週末まで冷え込みはゆるんだままみたいです。
今日はひとりの同労の牧師が訪問してくださり、
共に祈る一時を持ちました。
語り合い、祈り合う中に、
自分自身の問題が明らかにされていきました。
最終的にはプライドなのでしょう。
それでどれだけ時間や労力を使っている部分があるかと思います。
簡単な話が複雑になることもどれだけ多いかと思います。
本当に祈らされます。
やっぱり主に期待して、主に祈って、
主が教会(教会堂じゃなくて教会)を建ててくださるんだ、ということを
信頼していくことの大切さを思わされます。
教会の土台はイエスであり、信仰です。
「この教会は音楽がすばらしい」とか、
「この教会は盛り上がっている」とか、
そういうことが教会に集うことの決め手になる時に、
そこでは、教会の土台がキリストではなくなり、
違う何かになってしまっています。
盛り上がっていようがいまいが、
賛美の時に手を挙げようが挙げまいが、
神さまがイエスを私たちのために十字架にかけて、
救いの道を開いてくださった事実は何にも変わらない。
自分の祈りが自分の願ったように聞かれようとも、
願ったようにはならなくても、
神さまの私たちへの愛は全然変わらない。
私たちが神さまの愛を感じようが、感じまいが、
神さまが私たちを愛してくださったという事実には、何の変わりはない。
主を見上げていこうと思いました。
昨日、日曜日の聖書。
昨日は伝道者の書2:12-18
「事実、知恵ある者も愚かな者も、いつまでも記憶されることはない。」16節。
何日か前の聖書箇所でも同じようなことを感じましたが、
死んだ後も、人々の心の中に生き続ける、
それを信じている人々がどれだけいるでしょうか?
イエスの復活さえ、「イエスは弟子たちの心の中によみがえった」なんて、
噴飯ものの解釈をする人もいるくらいです。
信じていると言うよりは、それを支えにしている、
つまり、誰かに覚えてもらっているから、淋しくない。
誰かの心の中に生き続けることが生きたことの証、みたいな。
だって、神さまを信じなかったら、
どうやって死の問題に折り合いをつけて生きていくのか、
わたしにはどうしても想像できません。
よく聞く一つの解決が、
その「人の心の中に生き続ける」という論理です。
でも、この「伝道者」は思いっきり否定するのです。
「すぐに忘れられる」と、
善人も悪人も同じように、
勤勉な人も怠惰な人も同じように、
忘れられていくのだと。
でも「日々のみことば」にあったように、
主は忘れない。
主は私たちのことを心に留めていてくださる。
主との関係があるから、
神さまが心に留めていてくださるから、
生きる使命を与えてくださっているから、
私たちは生きることができる。
主よ、
あなたがいてくださるから。
あなたがわたしを心に留めていてくださるから感謝します。
あなたが与えてくださっている使命に生かしてください。
まあ、思ったほどは冷えませんでした。
そして、昼間もそこそこ暖かくなり、
庭に残っていた雪も一気に消えました。
日陰や雪かきをしてたまったところだけに残っています。
今夜もそれほど冷えていません。
明日はまた暖かくなるようです。
週末まで冷え込みはゆるんだままみたいです。
今日はひとりの同労の牧師が訪問してくださり、
共に祈る一時を持ちました。
語り合い、祈り合う中に、
自分自身の問題が明らかにされていきました。
最終的にはプライドなのでしょう。
それでどれだけ時間や労力を使っている部分があるかと思います。
簡単な話が複雑になることもどれだけ多いかと思います。
本当に祈らされます。
やっぱり主に期待して、主に祈って、
主が教会(教会堂じゃなくて教会)を建ててくださるんだ、ということを
信頼していくことの大切さを思わされます。
教会の土台はイエスであり、信仰です。
「この教会は音楽がすばらしい」とか、
「この教会は盛り上がっている」とか、
そういうことが教会に集うことの決め手になる時に、
そこでは、教会の土台がキリストではなくなり、
違う何かになってしまっています。
盛り上がっていようがいまいが、
賛美の時に手を挙げようが挙げまいが、
神さまがイエスを私たちのために十字架にかけて、
救いの道を開いてくださった事実は何にも変わらない。
自分の祈りが自分の願ったように聞かれようとも、
願ったようにはならなくても、
神さまの私たちへの愛は全然変わらない。
私たちが神さまの愛を感じようが、感じまいが、
神さまが私たちを愛してくださったという事実には、何の変わりはない。
主を見上げていこうと思いました。
昨日、日曜日の聖書。
昨日は伝道者の書2:12-18
「事実、知恵ある者も愚かな者も、いつまでも記憶されることはない。」16節。
何日か前の聖書箇所でも同じようなことを感じましたが、
死んだ後も、人々の心の中に生き続ける、
それを信じている人々がどれだけいるでしょうか?
イエスの復活さえ、「イエスは弟子たちの心の中によみがえった」なんて、
噴飯ものの解釈をする人もいるくらいです。
信じていると言うよりは、それを支えにしている、
つまり、誰かに覚えてもらっているから、淋しくない。
誰かの心の中に生き続けることが生きたことの証、みたいな。
だって、神さまを信じなかったら、
どうやって死の問題に折り合いをつけて生きていくのか、
わたしにはどうしても想像できません。
よく聞く一つの解決が、
その「人の心の中に生き続ける」という論理です。
でも、この「伝道者」は思いっきり否定するのです。
「すぐに忘れられる」と、
善人も悪人も同じように、
勤勉な人も怠惰な人も同じように、
忘れられていくのだと。
でも「日々のみことば」にあったように、
主は忘れない。
主は私たちのことを心に留めていてくださる。
主との関係があるから、
神さまが心に留めていてくださるから、
生きる使命を与えてくださっているから、
私たちは生きることができる。
主よ、
あなたがいてくださるから。
あなたがわたしを心に留めていてくださるから感謝します。
あなたが与えてくださっている使命に生かしてください。
2009-02-08
18年。
今日はハジが生まれて18年の日。
今日は何にもしてやれなかったけど、
日曜日だからしょうがない。
去年なんか、日本行ってたから、それよりはまし、か。
去年のブログを見ると、息子の誕生日のこと、なーんにも書いていない。
日本での日々のことだけ。
今年は、とりあえず、明日ですね。
でも、個人的には、18年間、あの息子を預けてくださった、神さまに感謝。
責任を持って育てられたかというと・・・「???」ですが、
私たちが励まされ、助けられ、支えられて来たと思います。
そして、同じ2月8日誕生日のカルフォルニアに引っ越して行かれた「教会のおかあさん」に電話。
こんな時は時差がありがたい。11時に電話してもあちらは8時。
「夜分遅く・・・」なんて挨拶はいらない。
懐かしく、お話しをさせて頂きました。
世界中の仲間たちに祈られ、支えられています。
でも、今日は暖かでした。
あさから10度あって、ホント、春の陽気でした。
そして昨日の予想最高気温を大きく上回る14.7度。
本当に気持ちのいい一日でした。
でも、夜の11時半には0.5度まで下がってきています。
このあと、氷点下に下がって、明日の朝は-5度くらい。
でも、今週は先週までに比べると、ぐっと暖かくなりそうです。
もう、2月も中旬になりますから・・・。
さて、昨日、土曜日の聖書。
昨日は伝道者の書2:1-11。
「私は心の中で言った。『さあ、快楽を味わってみるがよい。楽しんでみるがよい。』しかし、これもまた、なんとむなしいことか。」1節。
そうきたか!と思った。
知恵を求めることがむなしいと知った時に、
今度は「快楽を求めた」か。
それはむなしいだろうなあ。
うーん、それはむなしいだろう。
楽しいものは楽しい。
楽しいことがたくさんある。
でも、それは生きる意味がわかっているから。
自分の使命がわかっているから、
楽しいことは他愛のないことでも楽しい。
でも、楽しいこと自体を生きる目的にしたら、
それ自体で心が満たされることを求めたら、
それはむなしいだろうなあ、と思う。
主にある「楽しさ」これを求めていきたい、
そして経験させて頂きたい、
そのように思いました。
主よ、
あなたに感謝します。
あなたが喜びと楽しみを与えてくださることに感謝します。
あなたにある楽しみをもっともっと知っていくことができますように。
今日は何にもしてやれなかったけど、
日曜日だからしょうがない。
去年なんか、日本行ってたから、それよりはまし、か。
去年のブログを見ると、息子の誕生日のこと、なーんにも書いていない。
日本での日々のことだけ。
今年は、とりあえず、明日ですね。
でも、個人的には、18年間、あの息子を預けてくださった、神さまに感謝。
責任を持って育てられたかというと・・・「???」ですが、
私たちが励まされ、助けられ、支えられて来たと思います。
そして、同じ2月8日誕生日のカルフォルニアに引っ越して行かれた「教会のおかあさん」に電話。
こんな時は時差がありがたい。11時に電話してもあちらは8時。
「夜分遅く・・・」なんて挨拶はいらない。
懐かしく、お話しをさせて頂きました。
世界中の仲間たちに祈られ、支えられています。
でも、今日は暖かでした。
あさから10度あって、ホント、春の陽気でした。
そして昨日の予想最高気温を大きく上回る14.7度。
本当に気持ちのいい一日でした。
でも、夜の11時半には0.5度まで下がってきています。
このあと、氷点下に下がって、明日の朝は-5度くらい。
でも、今週は先週までに比べると、ぐっと暖かくなりそうです。
もう、2月も中旬になりますから・・・。
さて、昨日、土曜日の聖書。
昨日は伝道者の書2:1-11。
「私は心の中で言った。『さあ、快楽を味わってみるがよい。楽しんでみるがよい。』しかし、これもまた、なんとむなしいことか。」1節。
そうきたか!と思った。
知恵を求めることがむなしいと知った時に、
今度は「快楽を求めた」か。
それはむなしいだろうなあ。
うーん、それはむなしいだろう。
楽しいものは楽しい。
楽しいことがたくさんある。
でも、それは生きる意味がわかっているから。
自分の使命がわかっているから、
楽しいことは他愛のないことでも楽しい。
でも、楽しいこと自体を生きる目的にしたら、
それ自体で心が満たされることを求めたら、
それはむなしいだろうなあ、と思う。
主にある「楽しさ」これを求めていきたい、
そして経験させて頂きたい、
そのように思いました。
主よ、
あなたに感謝します。
あなたが喜びと楽しみを与えてくださることに感謝します。
あなたにある楽しみをもっともっと知っていくことができますように。
2009-02-07
なんだかあったかい。
そうなんです。
今夜は暖かいんです。
さっき、あと1時間で終わる、というタイミングで、
1パウンド=99セントの豚肉をもう一度買いに
24時間営業のShopriteに行ってきたのですが、
ずっとこのところ「さみい」と肩をすくめながら、
ポケットに手を突っ込んで買い物していたのですが、
今夜は何だか暖かかったです。
そこで気温を見ると、夜の11時半現在、5.7度「も」あります。
明日の予想最高気温は・・・ん?10度。
昨日の段階では13度くらいと言っていたので、
ちょっとトーンダウンですね。
まあ、あと1週間くらい暖かい日が続くようです。
でも、15日頃からはまたぐーんと寒くなるようです。
春の足音も聞こえますが、
まだまだ冬将軍も元気みたいです。
で、月曜日に買った豚肉は「ほぼ」昨日までに食べ終わりました。
あと、みそ漬けにしたのが3枚くらい残っていますが・・・。
結構食べるんですね。
一日「5人で」1キロくらい。
今日買ったのは19日までに食べるか冷凍しなさい、と書いてありました。
今日はまだ7日ですから、
あと10日くらいは大丈夫。
まだまだ豚肉が主食の毎日が続きます。
来週の、というか、あと15分くらいで始まる新しい週のShopriteのお買い得は、
たぶん、「卵」。12個で1.49ドル。
1年半前くらいまでは、それが当たり前の値段ですが、
今では、この値段は貴重なチャンスです。・・・たぶん。
さて、昨日の聖書。
昨日は伝道者の書1章12-18節。
「実に、知恵が多くなれば悩みも多くなり・・・」18節。
だよねえ。
考えれば考えるほど訳わからなくなることや、
悩んでしまうことも多いと思う。
で、どうしても考えるのが面倒になってしまうことも多い。
で、理詰めで攻めてくる人に上手に説明できなかったりする。
そうすると、どうしても負けず嫌いの性格がむくむくと姿を現わす。
反対に、自分が「理詰めで攻めてくる人」になることもある。
そして、理詰めで押し切ったりすることもある。
でも、それがまた悩みの種になる。
本当にそれで良かったのかと。
何だかよくわからない。
「考えた方がいいのか、あんまり考えない方がいいのか」
この伝道者の書は考えることを勧めているのかなあ。
でも、やっぱり「考えて、何かがわかったり、知恵が増えることも、最終的にはむなしい」というのです。
これもやっぱり・・・
神さまを計算に入れないならば、
神さま抜きの人生ならば、
考えて、何かを極めることもむなしい。
でも、反対に、
神さまと共に歩むならば、
考えて、何かを極めることはすばらしい。
って、ことなんでしょうね。
主よ、
あなたがいてくださることに感謝します。
考えることも、
ものごとを極めることも、
意味を持つ、意味が生まれる、あなたと共に歩む歩みの故に感謝します。
早朝祈祷会に備えて・・・。
金曜日も寒かったです。
朝は-10.3度、最高気温は何とかプラスになって、0.8度。
でも、夜また冷えています。
今、午前1:45ですが、-8.6度。
あと5時間足らずで早朝祈祷会ですが、
寒い朝になりそうです。
でも、明日の日中はちょっと暖かくなるようです。
で、日曜日の説教の原稿が仕上がったので、
更新は後に回して、早く(・・・もないけど)休みます。
ではでは~。
朝は-10.3度、最高気温は何とかプラスになって、0.8度。
でも、夜また冷えています。
今、午前1:45ですが、-8.6度。
あと5時間足らずで早朝祈祷会ですが、
寒い朝になりそうです。
でも、明日の日中はちょっと暖かくなるようです。
で、日曜日の説教の原稿が仕上がったので、
更新は後に回して、早く(・・・もないけど)休みます。
ではでは~。
2009-02-05
むなしく・・・ない。
今日はホントに寒かったですね。
朝はバリバリ寒くて、車の中で、手がかじかんでたいへんだったんで、
ポケットに入れたまま運転しました。(・・・なわけない。)
いやあ、ホント、「さみ~~~」と叫びながら、走りましたよ。(これはホント)
で、昼間も-5度くらいでしたよねえ。
今、夜の10時前で-9.5度です。
明日の朝も-10度を下回るのは確実です。
でも、寒さも明日の朝が峠。
昼間は0度くらいまで上がり、
土曜日、日曜日と暖かくなります。
さあ、春がやってきます。
・・・ちょっとだけ。
今日はJOYJOYキッズクラブの作戦会議。
今後の働きのためにいろんなことが話し合われました。
何よりも私たちの願いは、
一人でも多くの子供たちとの出会いであり、
神さまの愛を伝えることであり、
子供たちの心が守られることであり、
それはまたお父さんお母さんたちの心が守られることでもあります。
今年もたくさんの出会いが与えられますように。
今まで愛し、支えてくださった皆さんに感謝しつつ、
また新しい広がりが与えられるように願っています。
2月も楽しい、Exitingなキッズクラブとなりますように。
さて、今日の聖書。
今日から伝道者の書という旧約聖書の書物を読みます。
ヨハネによる福音書、続けて読みたかったような気もしますが、
予定表では3月8日までお預けのようです。
で、今日は伝道者の書1章1-11節。
「先にあったことは記憶に残っていない。これから後に起こることも、それから後の時代の人々には記憶されないであろう。」11節。
人がこの世を去った後も、
その人の存在が、周りの人々の心の中に、
そして記憶の中に生き続ける、ということが、
慰めになることがある。
それを慰めにして、支えにして歩む人もいるだろう。
でも、今日の聖書箇所は、
そんな私たちを淋しい気持ちにさせる。
「すべてはむなしい」
「やがては忘れ去られる」
この伝道者の書は最後の結論を知らないで読むと、
ちょっといたたまれなくなる。
「空の空、一切は空である・・・」
読んでいるのがつらくなる。
だから、12章を前提にして読むことにしている。
もしも、12章がなかったら・・・という仮定で・・・。
「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。」12章1節。
「結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。」12章13節。
もしもこれがなかったら、むなしいし、恐ろしい。
自分の存在が誰かが覚えてくれていたら、
それはありがたい。
でも、それもやがて忘れられていく、
何もなかったかのような日常が続いていく。
でも、神さまが私の創造者として、わたしを造り、
ここに生かしてくださったことを覚えると、
生きる意味があると思う。
そして、この世を去る時はその使命を負えて、
主のもとに召される時。
だから、人生は「空の空」ではない。
主よ、
あなたが与えてくださった時。
感謝します。
この与えられた時を、用いさせて頂きます。
どうか、明日も、あなたが与えてくださった時を、
あなたが願われるように、用いることができますように。
何事も無駄にはならない。
昨日はものすごい水泳選手が来て、
別世界に連れて行かれました。
夜中の2時頃と4時頃には一度戻ってきたのですが、
間もなく、また引きずり込まれて、
更新まではできずに、朝になってしまいました。
昨日は神さまの御業を見ることができて、
本当に感謝することがありました。
人間の力ではなくて、
私たちの努力ではなくて、
神さまが働かれる時ってこうなんだなあと思いました。
もちろん、主に従って歩んでいく中にも、
「何だかうまくいかないなあ」という時もあります。
でも、聖書にあるように、
「だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである。」(コリント人への第1の手紙15章58節)
すべては無駄にならない。
水の上にパンを投げるように感じる時にも、主は「無駄じゃないよ」と言ってくださる。
感謝。
昨日は寒い一日でした。
朝は氷点下10度。昼間も氷点下の真冬日。
でも、今朝はもっと寒かったです。
-12.6度。
最高気温もー5度くらいの予報が出ています。
さて、昨日の聖書。
昨日はヨハネ9章35-41節。
「イエスは、彼らが彼を追放したことを聞き、彼を見つけ出して・・・」35節。
イエスが、癒された人を人々が共同体から追放したことを聞いて、
それを聞いて、彼を捜し出したことが心に留まりました。
何度も呼んでいるところですが、
昨日は新鮮にそれを感じました。
主の愛を感じました。
私たちも探してくださる。
私たちが寂しさを感じる時に、
私たちが孤独を感じる時に、
共同体から切り離されたと感じる時に、
主は私たちを捜してくださる。
見つけ出してくださる。
主よ、
あなたが私たちを捜してくださることに、
私たちを見つけ出してくださることに感謝します。
私もまたあなたの僕として、あなたがしてくださったように生きることができますように。
教会が「キリストのからだ」として、あなたがなさったように歩むことができますように。
2009-02-03
豚肉祭り。
今日はやはり5センチくらいでしたね。
気温も高めで、大したことではありませんでした。
でも、気温が下がってきています。
今は夜の11時過ぎですが、-3.8度です。
この後、明日、あさってと真冬日が続き、
次に気温が氷点下を脱するのは金曜日です。
でも、それを過ぎると、1週間くらい暖かい日が続くようです。
春はもうそこまで・・・かな。
昨日、中間試験で早く帰ってきていた高校生の2人に、
「何が食べたい?」と聞いたら、ハジが「豚のショウガ焼き」だって。
かわいいもんです。
そこで「うにいくら丼」とか「トロ」とか言われたらどうしようかと思いますが、
そこら辺はわきまえているようで・・・。
そこで、Shopriteの広告を見ると、豚のかたまり肉が1パウンドで、99セント。
1パウンドはだいたい450グラムくらいですから、
100グラム22セントくらい。
円に直すと20円くらい。
早速買ってきました。
最低で5キロくらいですが、
それでも10ドルです。
100キロ買っても220ドル。
いえ、勿論買ったのは5キロくらいのですが・・・。
で、ショウガ焼きを作りましたよ。
いや、準備だけしてNYに行って、
夜帰ってきて食べました。
おいしゅうございました。
そうそう、ショウガの酵素はタンパク質を分解してくれるそうで、
柔らかくなっていました。
で、今日はトンカツ。(byのんち)
食べ過ぎはいけませんが、ビタミンBもたっぷりの豚肉。
まだ5キロのかたまり、半分くらい残っています。
10ドルでこんなに楽しめるなんて・・・。
今週ずっと特売でしょうから、
また買って、しばらく豚肉祭りになると思います。
Thank you, Shoprite!
さて、今日の聖書。
今日はヨハネによる福音書9章24-34節。
「もしあの方が神から出ておられるのでなかったら、何もできないはずです」33節。
腰が引けていた両親に対して、
この癒された人は、はっきりと自分の信仰の姿勢を表しました。
彼はこの言葉が決定的になって、
会堂から追い出されてしまいます。
でも、彼はそれを甘んじて受けました。
そうとわかっていても、
彼は自分の信仰の姿勢を表しました。
自分の立場を、
自分の旗幟を鮮明にしました。
私たちも、人からどう思われるかに縛られないで、
神さまから頂いた恵み、
神さまから受けた喜びを、
大胆に証するものでありたいと思います。
主よ、
あなたがしてくださったこと、
あなたが与えてくださったこと、
ありのまま、そして、大胆に語る者でありますように。
気温も高めで、大したことではありませんでした。
でも、気温が下がってきています。
今は夜の11時過ぎですが、-3.8度です。
この後、明日、あさってと真冬日が続き、
次に気温が氷点下を脱するのは金曜日です。
でも、それを過ぎると、1週間くらい暖かい日が続くようです。
春はもうそこまで・・・かな。
昨日、中間試験で早く帰ってきていた高校生の2人に、
「何が食べたい?」と聞いたら、ハジが「豚のショウガ焼き」だって。
かわいいもんです。
そこで「うにいくら丼」とか「トロ」とか言われたらどうしようかと思いますが、
そこら辺はわきまえているようで・・・。
そこで、Shopriteの広告を見ると、豚のかたまり肉が1パウンドで、99セント。
1パウンドはだいたい450グラムくらいですから、
100グラム22セントくらい。
円に直すと20円くらい。
早速買ってきました。
最低で5キロくらいですが、
それでも10ドルです。
100キロ買っても220ドル。
いえ、勿論買ったのは5キロくらいのですが・・・。
で、ショウガ焼きを作りましたよ。
いや、準備だけしてNYに行って、
夜帰ってきて食べました。
おいしゅうございました。
そうそう、ショウガの酵素はタンパク質を分解してくれるそうで、
柔らかくなっていました。
で、今日はトンカツ。(byのんち)
食べ過ぎはいけませんが、ビタミンBもたっぷりの豚肉。
まだ5キロのかたまり、半分くらい残っています。
10ドルでこんなに楽しめるなんて・・・。
今週ずっと特売でしょうから、
また買って、しばらく豚肉祭りになると思います。
Thank you, Shoprite!
さて、今日の聖書。
今日はヨハネによる福音書9章24-34節。
「もしあの方が神から出ておられるのでなかったら、何もできないはずです」33節。
腰が引けていた両親に対して、
この癒された人は、はっきりと自分の信仰の姿勢を表しました。
彼はこの言葉が決定的になって、
会堂から追い出されてしまいます。
でも、彼はそれを甘んじて受けました。
そうとわかっていても、
彼は自分の信仰の姿勢を表しました。
自分の立場を、
自分の旗幟を鮮明にしました。
私たちも、人からどう思われるかに縛られないで、
神さまから頂いた恵み、
神さまから受けた喜びを、
大胆に証するものでありたいと思います。
主よ、
あなたがしてくださったこと、
あなたが与えてくださったこと、
ありのまま、そして、大胆に語る者でありますように。
2009-02-02
最後まで微妙。
明日の雪ですが、
最後まで微妙ですね。
「何もない」からBig Surpriseまでいろんな可能性があります。
月曜日の夕方の段階で、
2-7センチ位の幅で予報を出しているところがほとんどです。
でも、つくづく予報の難しさを感じさせられます。
これを仕事としてやっている方々がうらやましくもありますが、
やはり、かなりのストレスなんだろうなあと思います。
今やコンピューターモデルに頼った予報が主流ですから、
コンピューターが出した結果がぶれると、
予報も振り回されます。
「大騒ぎしておいて、何だ!」という気持ちから、
かなり人を傷つけるようなメールを送りつけている人たちがいるみたいです。
「もうWeather Blogにはしばらく何も書かない・・・」とだんまりを決め込んでいる方もおられるようです。
どこの世界もネットでのエチケットが問題ですよね。
まあ、プロだったら、そんなことでめげないで頂きたいですが・・・。
というか、素人予報ファンにとっては、やはりプロの皆さんの予想を見て、
あーだ、こーだ、いうのが楽しい、というのもあるんで・・・。
で、明日はどうなるかわかりませんので、ドライブの方は気をつけて。
学校もEarly Dissmissalの可能性が全くないわけではないですから、
きをつけて・・・。
--------------------------------------------------------------
と、ここまでが5時頃。
そして、NYで集会があって、
10時半頃帰ってきました。
帰り道で雪が降ってきました。
「なにもない」という選択肢はなくなりました。
たぶん10センチくらい。
内心Big Surpriseを期待しているのは変わらないんですが・・・。
さて、今日の聖書。
・・・いいですねえ、この「今日の聖書」という響き。
しばらく、「今日」じゃなくて、「昨日」でしたから・・・。
今日はヨハネによる福音書9章13-23節。
「すでにユダヤ人たちは、イエスをキリストであると告白する者があれば、その者を会堂から追放すると決めていたからである。」22節。
イエスのことを「悪霊」と呼んだユダヤ人たちは、
イエスを信じる者を排斥することを決めていた。
それを両親は恐れていた。
共同体から追い出される。
どんなに恐ろしかっただろうかと思う。
当時の文化の中で、
会堂がすべてであるかのような当時の文化にあって、
どんなに恐ろしかったことだろうかと思う。
でも、10章に出てくるように、
イエスこそ、私たちが頼るところ。
共同体ではなくて、
イエスこそ、私たちが頼ることのできるところ。
私たちを養ってくださる方。
この主が受け入れてくださる、
この主が私を支えてくださることを信じて、
主に従っていく者でありたい。
そして、その主が支えてくださることを、
人々に語っていきたい。伝えていきたい。
共同体から追い出されることを恐れているが故に、
主に従えないでいる人々に、
主が支えてくださることの祝福を伝えていきたいと思わされた。
主よ、
あなたがいてくださるからありがとうございます。
あなたが守ってくださるからありがとうございます。
私を支えるのは共同体ではなく、
あなたです。
あなたの信頼して歩むことができますように。
最後まで微妙ですね。
「何もない」からBig Surpriseまでいろんな可能性があります。
月曜日の夕方の段階で、
2-7センチ位の幅で予報を出しているところがほとんどです。
でも、つくづく予報の難しさを感じさせられます。
これを仕事としてやっている方々がうらやましくもありますが、
やはり、かなりのストレスなんだろうなあと思います。
今やコンピューターモデルに頼った予報が主流ですから、
コンピューターが出した結果がぶれると、
予報も振り回されます。
「大騒ぎしておいて、何だ!」という気持ちから、
かなり人を傷つけるようなメールを送りつけている人たちがいるみたいです。
「もうWeather Blogにはしばらく何も書かない・・・」とだんまりを決め込んでいる方もおられるようです。
どこの世界もネットでのエチケットが問題ですよね。
まあ、プロだったら、そんなことでめげないで頂きたいですが・・・。
というか、素人予報ファンにとっては、やはりプロの皆さんの予想を見て、
あーだ、こーだ、いうのが楽しい、というのもあるんで・・・。
で、明日はどうなるかわかりませんので、ドライブの方は気をつけて。
学校もEarly Dissmissalの可能性が全くないわけではないですから、
きをつけて・・・。
--------------------------------------------------------------
と、ここまでが5時頃。
そして、NYで集会があって、
10時半頃帰ってきました。
帰り道で雪が降ってきました。
「なにもない」という選択肢はなくなりました。
たぶん10センチくらい。
内心Big Surpriseを期待しているのは変わらないんですが・・・。
さて、今日の聖書。
・・・いいですねえ、この「今日の聖書」という響き。
しばらく、「今日」じゃなくて、「昨日」でしたから・・・。
今日はヨハネによる福音書9章13-23節。
「すでにユダヤ人たちは、イエスをキリストであると告白する者があれば、その者を会堂から追放すると決めていたからである。」22節。
イエスのことを「悪霊」と呼んだユダヤ人たちは、
イエスを信じる者を排斥することを決めていた。
それを両親は恐れていた。
共同体から追い出される。
どんなに恐ろしかっただろうかと思う。
当時の文化の中で、
会堂がすべてであるかのような当時の文化にあって、
どんなに恐ろしかったことだろうかと思う。
でも、10章に出てくるように、
イエスこそ、私たちが頼るところ。
共同体ではなくて、
イエスこそ、私たちが頼ることのできるところ。
私たちを養ってくださる方。
この主が受け入れてくださる、
この主が私を支えてくださることを信じて、
主に従っていく者でありたい。
そして、その主が支えてくださることを、
人々に語っていきたい。伝えていきたい。
共同体から追い出されることを恐れているが故に、
主に従えないでいる人々に、
主が支えてくださることの祝福を伝えていきたいと思わされた。
主よ、
あなたがいてくださるからありがとうございます。
あなたが守ってくださるからありがとうございます。
私を支えるのは共同体ではなく、
あなたです。
あなたの信頼して歩むことができますように。
2009-02-01
GFS 00Z
GFS 00Zも出てきました。
うーん、こっちもなんだか、ぱっとしません。
やはり火曜日の昼ごろから、ちょっと降るかな、という感じですね。
3月4日から27日の予定で日本を訪問します。
日本の予定がこれからどんどん決まっていくと思います。
集会等の予定、右の「日本の予定」というリンクで見ることができます。
去年同様、たくさんのすばらしい出会いがありますように。
さて、今日、日曜日の聖書。
そう、2月になって「日々のみことば」も2月号になりました。
今日はヨハネ9章1-12節。
「そこで、彼は行って、洗った。」7節。
イエスの言葉に従って、
彼はすぐに言って、目を洗いました。
そして、彼の目は見えるようになりました。
彼がすぐにそれに従ったことが心に留まりました。
自分はどれくらい、神様の導きに単純に、すぐに従っていることだろうか、
そのことを考えさせられました。
信じたように行動していないことがどれほどあるだろうかと。
信じても行動までにものすごい時間をかけていることがあるだろうかと。
信じて、すぐに従う信仰を与えていただきたいです。
信じて、従うものでありたいと思います。
主よ、
あなたのみ声にすぐに従うことができますように。
あなたの導きに素直に従うことができますように。
NAM 00z
夜10時ごろにNAM 00Zが出てきました。
火曜日の昼間では何にもなくて、
午後から、ちょっと雪、という感じです。
10センチ以下ですね。
おお、Super Bowl、大変なことになっていますね。
最後3分くらいでArizonaが逆転したんですが、
終了40秒前くらいにPittsburghが再逆転。
・・・そして、試合終了。
最後の最後、かなり盛り上がりましたねえ。
まだまだ火曜日の天気わかりませんねえ。
あと1時間くらいで
GFSの00Zが出てきますから、
それでどうなることか。
さて、土曜日の聖書。
土曜日はヨハネ8章52-59節。
「あなたがたの父アブラハムは、わたしの日を見ることを思って大いに喜びました。彼はそれを見て、喜んだのです。」56節。
イエスよりも1500年以上も前の人であるアブラハムが
イエスを楽しみにして、イエスを見て喜んだという。
わたしたちはイエスを知っているのに、
どれほど、それを感謝しているだろうか?
そのことの意味をどれだけ知っているだろうか?
ペテロの手紙を見ると、
ほかの預言者たちもみんな知りたかったのだったと書いている。
この歴史を超えたイエスの価値、
イエスを知った恵みを、
もっともっと感謝していきたいと思いました。
もっともっと、祈りのときも豊かなときとなりますようにと、
願いました。
主よ、
あなたのすばらしさをもっと教えてください。
イエスを知ったことの価値をもっと感謝できますように。
もっともっとそれを伝えることができますように。
何にもないかも?
日曜日が終わって、Super Bowlのハーフタイムです。
早速いろんな天気予報や、コンピューターモデルをチェックしていますが、
NAMもGFSも、「なんにもない」という可能性を示唆しています。
各天気予報ももう24時間先の話なんですが、
確率が60パーセントだと出しています。
つまり、何も起らない確率が40パーセント。
ちょっと笑っちゃいます。
これで何も起らなかったら、この1週間は何だったんだ?という感じですし、
10センチくらいでも、「何だったの?」ってかんじですよね~。
天気予報の世界に対する不信感が募ってしまうと心配です。
もう、私もお手上げです。
でも、期待して裏切られるとつらいので、
もう「何にもない」つもりですごそうと思います。
(天気キチガイの中では、そういう人、きっと多いと思います!)
3日分もたまってしまいましたので、
今日は一気に更新です。
まず、金曜日、1月30日の聖書。
ヨハネ8:42-51でした。
「私たちが、あなたはサマリヤ人で、悪霊につかれていると言うのは当然ではありませんか。」48節。
これはイエスと話をしていた元々「イエスを信じた」人々の言葉。
彼らはイエスがはっきりと自分の使命について、
また彼らの罪について、
語り始めると、今まで「信じていた」のに、
がらっと態度を変えて、イエスのことを「悪霊につかれている」という。
そのきっかけは、イエスが「真理はあなた方を自由にする」と言ったことだった。
イエスが「あなた方は自由にされなければいけない」と言ったことで、
彼らはカチンと来たのだった。
カチンと来る信仰、
本当のことをいわれてカチンと来るならば、
それは結局自分中心の信仰だということなんだろう。
自分はどうだろうか、
自分がカチンと来るポイントはどこだろうか?
自分の信仰が探られる。
主よ、
あなたの語りかけを、
サタンの働きにしてしまうことがないように守ってください。
私がカチンと来るところ、そこに持っているプライドを、
あなたが砕き、溶かし、取り除いてください。
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