2011-05-27

自分を知る。

今日は暑かったです。
33度くらいまで上がりました。


そして、明後日の日曜日は晴ですね。
暑いですね。運動会は大変だ。
熱中症対策万全にしないと、おかしくなりますよ〜。


今日は教会のニュースレターのための原稿書き。
そのために、地震が起こった日からの記録をずっと読んでいました。
のんちももうすぐ帰ってくることだし、振り返りながら読んでいました。
ああ、そうだったなあ、そんなこともあったなあ、と。


その中のリンクも確認しながら。


そして、その中で、3月24日にご紹介した、カルフォルニアの三羽先生が最近こんな文章を書いておられることを知りました。


「援助と自己満足や偽善」

「援助者が自分の中に自己満足の気持ちがあることを知って、それを受け入れることの大切さ」について書いておられます。


確かにそうだなあと思いながら読みました。
つまり自分が自己満足のためにこれをやっているということを認められない=相手の為にやっている=相手が感謝してくれないことを受け入れられない・・・「あれ、これって究極の実際自己満足?」
そんなサイクルに陥ってしまう場合ってあるかなと。


まあ、自己満足に終わる時って、自分が自己満足に陥りやすい存在であることを認められない時なんでしょうね。自分がわかっていないと言うか。恩着せがましくなってしまう、なんてのもそうなんでしょうね。


反対にいい働きをしておられる方々ほど、「ああ、自己満足かもしれない」「それでもいいんじゃないかな」など、そんな声を上げておられますね。


クリスチャンは「自己満足」を否定する傾向があるから、そして、「人のため」という気持ちが強いから、いつの間にか、自分の中にそのようなものがあっても、それに気がつかないことがあるし、気がついても否定したり、抑圧したり、無視したりして、「自分の弱さ」として受け入れることができない場合もあると思う。


そんなことを覚悟しながら、今日も山元町のファンとして、
一つ情報を。


内村宣教師も、のんちも、そして、たくさんの大物の皆さんも出演された「りんごラジオ」を世界中どこででも、インターネット経由で聞くことができるようになりました。


りんごラジオブログ/さいまるラジオ開設

早速何回かアクセスして聞きながら過ごしています。
もうちょっと早くこれができていれば・・・と思いますが、
またこれからでも、いろんな情報を聞くことができればいいな、と思います。

2011-05-26

8年目の・・・。

はい、今日は8年目のマツイ記念日でした。


「え?何それ?」という方はこちらを

今日はまた感謝なことがありました。
それはまたこんど。公表できる段階になった時に。

今日も山元町情報を一つ。
ペンシルベニアから行っておられる英語の先生が、
募金を集めておられます。

アンドラス山元基金。

日本を愛し、山元町を愛しておられる先生だって、よくわかりますね。

お祈りに感謝。

のんちは、3週間半ぶりに東京に戻ってきました。
3月28日にアメリカを出る時には何も決まっていなかったのですが、
9週間の滞在の中で、6週間あまりの働き場が与えられて、
来週の火曜日に無事に帰ってきそうです。


一つ一つのことに皆さんのお祈りを覚え感謝します。
また、どこの馬の骨かもわからない「おばちゃん」を受け入れてくださった皆さんお一人一人に心から感謝します。


続けて山元町応援モードの私は、
「山元町」で検索を続け、
のんちの前に同じ救護所でボランティアをされていたカナダの方の報告に出会いました。


http://canadamom.babymilk.jp/Firstreportpage.htm


まだ、5月の写真は全く見ていない(かろうじて内村宣教師のページで見ただけ)の私は、ああ、「ここでのんちはボランティアをしていたんだなあ」と感無量になりながら、読ませていただきました。



2011-05-24

人生の重さ。

日曜日、ミズーリ州のJoplinを襲った竜巻は、市の中心部を直撃して、
一つの竜巻としては、史上最大の120人以上の犠牲者を出しています。
そして、今も連絡が取れない人々が1500人もいるそうです。
その中の多くの方々はただ「連絡が取れない」だけであると信じられているのですが、
更に多くの方々が犠牲になった可能性もあります。
今日、明日と、オクラホマ州を中心に竜巻の起こりやすい天気が続くようです。
これ以上大きな被害が出ませんように。


昨日、ここに書いて「祈ってください」とお願いした訪問ですが、
本当に幸いなひとときでした。
お祈りしてくださった皆さん、心から感謝します。


日本でアメリカの兵隊さんと結婚されて、60年前にアメリカに来られた84歳の女性。
でも、そんな年齢に見えない若いおばあちゃんでした。
1ヶ月くらい前にheart attackを経験されて、
心配したクリスチャンのお孫さんが日本語のわかる牧師をさがして、
連絡をしてくださいました。


お孫さんとお電話で話した時には、
とにかく「神様がイエスさまを通して救ってくださることを話してほしい」という感じだったので、わたしもそうなんだなあ、「神様と罪と十字架と・・・」と思っていたのですが、
でも、今日いろいろ考えて祈っている時に、「聞かせていただこう」と思わされたのです。


いつかも書いたのですが、
いつだったか、映画の「タイタニック」を見た時に、
しょうもない話をドラマにしていることに腹立たしさを感じて、
でも、それだけじゃなくて、背景でたくさんの人々が海に落ちていく、
その場面を見ながら、ここにはもっともっとたくさんの人生があって、
同じ重さの人生があって、そして、もっと分かち合うべきドラマがあるのに、
主人公以外の人々はただの「数」になってしまっていることに、
嫌悪感を覚えたのでした。


そして、日本で人々の話に耳を傾けてきたのんちの話を聞きながら、
わたしももっと「聞こう」と思ったのでした。
少なくとのおばあちゃんにはわたしが出会ったことがないような、
重い話があることは分かっていたから、
とにかく、その人生に敬意を表して、
軽々しく、「キリスト教教理」を語ることはしまい、
と思ったのです。


楽しかったです・・・。
ホントに意気投合!でした。


また、お会いする約束をして失礼しました。
続けてお祈りください。


神様、
あなたの与えてくださった出会いに感謝します。
あなたの導かれた人生の重みを思わされます。
それに敬意を持ち続けることができますように。


一つ一つの人生に敬意を表すことをもっともっと学ばせてください。

2011-05-23

感謝。

今日も涼しい一日でした。
でも、夜になって雷雨があって、
一発、「おおお」というのがありました。


明日は蒸し暑くなって、また雷雨がありそうです。


さて、のんちと3日ぶりくらいに話をしたのですが、
今は石巻の河北にいます。
ここは2005年の石巻市への合併前は
「河北町」だったんですね。
「雄勝」も「雄勝町」。
だから、地元の方々にとっては、
「石巻」と一緒にされるよりも、
「河北」「雄勝」とちゃんと言ってほしいんだろうなと思います。


昨日は河北の大川小学校や雄勝に行ってきた、と言っていましたが、
大川小学校では避難する途中に津波が襲ってきて多くの子どもたちが亡くなり、
雄勝病院は屋上まで津波に飲まれ、患者さんは全員亡くなられ、職員も数人しか助からなかったところです。


「震災うつ」のことを考えると、気をつけなければいけないのですが、「アメリカにいる方々にも伝えてほしい」その叫びをきくと、やはり目を背けてはいけないのだな、と思います。


先日の内村先生の言葉にもありましたが、
その叫びを受け取ったわたしたちがどのようにお応えするか、
問われているように思います。


これから仙台に戻って、ベースで一泊させてもらって、
「半額の新幹線」に乗って、水曜日には東京に戻ります。


来週の火曜日にはいよいよ帰米です。


その前に、今度の日曜日は、先日の「アナウンス」どおり、
4時から木場の教会で報告と祈りの時を持ちます。


本当に皆さんのお祈りに感謝します。
2ヶ月、本当に支えられました。


m(._.)m



あ、先日ボランティアをしていた山元町のこと、
糸井重里さんがフォローされるようですね。
「山元町と手をつなぐ」
なんだか、温かい思いを感じます。


糸井さんと言えば、最近になって、
「ほぼ日」で、吉本隆明さんが「親鸞」について語っている、
この部分、これをもっと大きなスケールでやったのがイエスじゃないか、と思わされています。「宗教(浄土教)のほうから、普通の人の生活のところへ、逆に近づいていけばいい。」神はわたしたちに、わたしたちの普通の生活に近づいてくださった。どこまでも、共に歩もうとされた、それがイエスの受肉。


・・・決して我田引水じゃないと思います。


ちょっと深く考えてみたいテーマです。


話を戻しましょう。山元町のこと、
あと、「クリスチャン新聞」でも紹介されていました。

山元町中学校・新人クリスチャン教員の思い

「アメリカから来た看護師で、牧師夫人と会った」とありますが、のんちはこの先生と、この前日、9日にお会いしていたんですね。


先生が、その地で豊かに用いられますように。こちらからも心から祈っています。

さて、今日の聖書。
今日は民数記27:12-23を読みました。


「ツィンの荒野で会衆が争ったとき、あなたがたがわたしの命令に逆らい、その水のほとりで、彼らの目の前に、わたしを聖なる者としなかったからである。」14節。

この出来事が起こったところを読んだ時も、同じようなことを書いていると思うんだけど、「神様の聖なることを示す」「神様を聖なる方として人々に表す」その使命を果たせているだろうか。主の力を指し示しているだろうか?主の愛を、主の大きさを、主の豊かさを、主がわたしたちを超えて果てしなく大きな方であることを示しているだろうか。

わたしの使命を思わされた。

本当にそのように歩ませていただきたい。

主が聖なる方なのだから、
主の聖なることをそのまま表すことができますように。

主よ、
あなたのきよさを覚えます。
そのあなたの大きさ、あなたの愛の深さ、
あなたの豊かさ、それを示すことができますように。


明日は、初めての方をご訪問します。
そこで、主の聖なる方であることを、
主の愛がどれほど豊かであるかを、
分かち合うことができますようにどうかお祈りください。

JOYJOYキャンプ締め切り近づく。

今年のJOYJOYキャンプは、

「JOY JOY ファクトリー」



さて、どんな内容になるか、楽しみです。

そして、申し込み締め切りは28日(土)です。
ここだけの話を内緒でお伝えすると、

今年は、申し込みのペースがすごくスローで、
もしかしたら・・・申し込み締め切りまでに定員に満たない・・・という、
もう10年以上なかったことが、起こるかもしれません。

皆さんのお申し込みを心からお待ちしております。

2011-05-22

仕える。

今日は曇り空で涼しい一日でした。
運動会だった皆さんに、夜お会いして、
「よかったですね、暑くならなくて・・・」と申し上げたら、
「いやあ、逆に寒かったんですよ〜」ということ。
それもまた大変だったでしょうね。


明後日の火曜日は30度を超える予報が出ています。
湿度も高そう。
今日の日曜日も体調を崩されている方々がちらほら。
みなさんのお体が守られますように。


先週の木曜日5月19日、のんちのことを紹介してくださった山元町のりんごラジオのブログの、次の日、5月20日(金)の話題は「トイレの神様」でした。短いエントリーだったので、そのまま引用させていただくと、



役場周辺にある2ヶ所の仮説トイレ。
いつもキレイなのは、掃除をしてくれている方たちのおかげです。
ありがとうございます。皆でキレイに使いましょう!

ホントに大切な働きですよね。


今日、わたしたちの教会のゲストで来てくださった
ポール鈴木宣教師。昨日の夜、我が家に泊まっていただいて、
いろいろ話をしていました。


あちらこちらのブログに散見される悲しい話ですが、
海外から来られるボランティアの方々の中には、
頼まれたことを、するのではなくて、
とにかく自分のしたいことをさせてくれ、というかたがたもおられるそうです。


ポール鈴木宣教師の話では、あるところで、
「トイレ掃除をしてください」と言われた海外からのボランティアの方、
「私はトイレ掃除をするためにわざわざ来たわけではない」とそれを断ったんだ、ということです。
私はそれを聞いて、本当に悲しい思いになりました。


でも、今朝、祈っている時に、
私自身がそこに置かれたら、
多くの犠牲を払って、多くの人々に祈ってもらって、
たぶん誰かと心がふれあうような経験を願いながら、
遠い日本にやってきて、いきなり「トイレ掃除をしてください」と言われたら、
自分がその立場だったら、どう感じるだろうか。本当に心からその働きを感謝して受け取れるだろうか、そんなことを問われました。
他人のことをとやかく言うことなんかできない、自分勝手な自分の姿を見せつけられるような、気がしました。


最近は「トイレの神様」の歌を利用して、
子どもたちにトイレの掃除をさせている父親ですが、
今日は時間が限られて「丁寧に」とはいかなかったのですが、
せめて自分の家のトイレは感謝しながら、掃除させていただこうと、
そして、もしも、公共のトイレを掃除する場面ができたら、
(子どもの頃、日本にいた頃は結構ありましたけどね、アメリカに来ると、教会のトイレ掃除も、業者の方に頼むケースが多いです)
心から仕える者にないたいと思わされました。


今日のポースポール鈴木宣教師のメッセージはすばらしかったです。
まだ教会のHPにはアップされていません(許可が出るかどうかもわかりませんが)が、「私のナイキの上下は何だろうか?それがどんなに高価な、自分にとって大切なものでも、見つめるべき目標、目指すべきゴールへの邪魔になるならば、かなぐり捨てることの大切だ」と思わされました。

かみさま、
仕えることを教えてください。
仕える者とならせてください。
自分のやりたい方法でなかったとしても、
自分の思った通りの働きでなかったとしても、
仕えること、従うことを教えてください。

2011-05-21

ミラノの内村先生から。

イタリア・ミラノの内村牧師が、先週の月曜日に山元町を訪問された時のことをアップされています。

その中にのんちが写真入りで登場。

被災地 山元町へ

写真の一枚一枚に、言葉の一つ一つの選び方に内村牧師の真摯さと温かさが伝わってきます。

届けてくださった内村牧師に感謝します。

ありがとうございます。

2011-05-20

途方にくれても。

のんちは金曜日は郡山だった。
今回はNJの教会の関係の方々お二人の訪問。
何としてでもお会いしたくて、
前の晩はインマヌエル教団の郡山教会に
面識もないのに、本当にお忙しいだろうし、
多くの方々からの問い合わせで、戸惑っておられるだろうけれども、
祈り会があるから、とにかく祈り会に伺って、
そこに泊めていただいたそうだ。


本当に先生方にはよくしていただいたみたいです。
夫として、心から感謝します。


でも、わかっていなかったわけではないのだけれども、
福島の方々の痛みはとても深い。
のんちも電話の向こうで何度も涙声になっていた。
私もこちら側で涙が止まらなかった。


立ち上がれない、立ち上がることのできないということが、
先が見えないということが、どんなに不安で途方に暮れることなのか。


「震災うつ」の問題もあり、このようなページに、のんちから聞いたことの中でも、あまり読んだ方が気が重くなるようなことは書かないでいようとも思ってもいるのですが、あまりに先が見えない。あまりに悲しい。


その問題についてあまり詳しくない者が、何かを言うことには気をつけなければいけないと思いますし、いろんな立場があることも承知していますし、牧師は政治的な発言はしない方がいい、という方もおられるでしょうが、私は、今まで原発の問題についてあまりに無関心だったことを恥じます。無関心を通して、また、より快適な生活を求めて、福島の被害に加担したことの罪を認め、悔い改めます。これ以上、無関心の罪を犯し続けたり、「賢く」黙っている卑怯な生き方をしたくない。教会、聖書の名をかたり、「どうせ人は罪人だから」とか「どうせ、この世はいつか終わるのだから」と達観したかのような人たちの言動にははっきりとNOをつきつけたい。


神様がわたしたちに管理を任されたこの地を、預けてくださったこの地を、わたしたちは正しく治める責任があるのです。ちょうど、神様が与えてくださったこのからだを、わたしたち個人個人が正しく健康管理していくのと同じように。


一度トラブルが起こったら、人間の力ではどうにもならなくなってしまう危険があるものの開発を続けることは愚かだと思います。特攻隊のような志願者を募ったり、チェルノブイリの時のように、どんな危険があるかを隠して人に働いてもらわなければ、止められないものを作ったのは愚かです。それにどんな経済効果があり、地元の振興に役立つとも。そこに何重のセーフティーネットを張ったとしても。


これからは原発反対の立場から、もっと積極的に発言し、積極的に関わっていこうと思います。明日も近所でイベントがあるようです。

講演会「未来を担う子供たちへのメッセージ」



ちょっと私自身は伺えそうにないのですが、多くの方々がおいでになりますように。


「わたしたちは・・・途方にくれても、行き詰まらない。」(コリント第二の手紙4章8節)


途方に暮れている方々に、「それでも、行き詰まらない」という神の恵みが、人々の愛を通して、また聖書を通して、その人々の愛と聖書との両方によって、具体的に現されていきますように。


土曜日からのんちは石巻のビッグバンにいる、と思います。


主よ、
今日も、あの福島の地で、途方にくれておられる方々に、
あなたが共にいてください。
今、私自身が行くことがあなたの導きだとは思えませんが、
今、導きをいただいて、そこに赴いている一人一人の愛を用いてください。
わたしたちの届かないところにまで届くあなたの御手で、
その心にあなたの平安を満たしてください。
無関心の罪、黙っていたことの罪、現状を肯定してきたことの罪を悔い改めます。
このような大きな被害が出るまで、それを続けてきたことを悔い改めます。
為政者や実業界のリーダーが言うことを無批判に黙って聞いてきたことを悔い改めます。
悔い改めた者の生き方へと導いてください。
悔い改めた者の生き方を教えてください。
無知を赦してください。
深い知識を求める歩みをさせてください。

2011-05-19

アナウンス。

アナウンスです。

5月29日(日)午後4時より6時まで、
東京/木場の木場深川キリスト教会で、
のんちのこの2ヶ月の働きの報告と、祈りのときを持ちます。

ぜひ、関東周辺の皆さん、おいで下さい。

場所は東西線の木場駅下車徒歩7分くらい。
住所は東京都江東区木場3−7−12です。

教会ホームページ:
http://www.geocities.jp/kmsakaijp/

目を開いてください。

大雨、ちょっと大雨程度ですんでいます。
昨日の夜12時頃はざーっと降っていましたが、
今日の日中はほとんど上がっています。
夕方は日が射していました。


明日も曇り時々晴れで、にわか雨と雷雨、という感じでしょう。


のんちの水曜日の山元町の訪問、
看護師としてのボランティアの時は時間的制約でできなかったことをしたようです。
自転車を貸していただいて、津波で襲われたところを訪問したり、
(消防の人に「こっちへ行ってごらん」と言われたり、自衛隊の方に「ダメ」と止められたり、いろいろ事情を説明したら「じゃあ、ちゃんと見て、写真に撮って、アメリカの大統領に伝えてくれ!」と言われたり、だったそうです)
お世話になった方々にご挨拶に行ったり、お電話をしたり、
必要な一日だったようです。


そして、役場の中にある「りんごラジオ」にご挨拶に行った時に、
どうしてアメリカから?という話になり、そのまま収録となったそうです。


そして、金曜日の「りんごラジオのブログ」に実名で登場
写真は一緒に働いた看護師さんですが。


りんごラジオがこれからも山元町の皆さんに勇気と力を与えてくれますように!


のんちは木曜日の夜から郡山。
木曜日の夜は郡山のインマヌエル教会に泊めていただいたそうで、
今夜は仙台に戻り、この土曜日から火曜日まで、
石巻で倒れてしまった看護師さんの代わりに入るそうです。


あと、今日はサキの小学校で、日本の震災復興支援のためのベークセール。
お母さんたちのパワーと、先生たちのご協力で、大成功でした。




お母さんたちの中に入って、ご奉仕させていただきました。
でも、子どもたちの目には、私はどう映っているんでしょうかね。
ほぼ毎日迎えに来て、昼時のベークセールでも働いているって。


さて、ここ数日の聖書。
民数記の23−24章を読んでいます。


「バラムは・・・これまでのように、まじないを求めに行くことをせず・・・神の霊が彼の上に臨んだ。」24章2節。


バラムはまじないや占いをしていたのですね。
そんな者も、神のメッセージを語る者として用いられるときがある。

でも、ここでは、もうまじないを捨てて、
神からのメッセージを受けるのです。

私はまじないはしていないけれども、
神からのメッセージよりも他のものを頼ることがどれほどあるかと思います。
もっともっと神との関係を強くしていただいて、
聖書のメッセージによって語っていただいて、
そのことを語る者とならせていただきたいと思います。

もっと神様と近く歩ませていただきたい。

そのように思います。

主よ、
どうか、あなたのメッセージを聞かせてください。
御言葉を通して語ってください。

2011-05-17

大雨?

今日から水曜日にかけて大雨の予報。
でも、今日は朝のうちだけで、その後はずっと曇り。
夜になってから降る、と言っていましたが、
まだパラパラのようです。


でも、金曜日くらいまでぐずついているようですので、
まだまだ大雨の可能性はなくなっていません。
気をつけましょう。


お祈りいただいた、ミラノの内村牧師の山元町訪問、
本当に幸いなひとときになったようです。
避難所に先生をご案内した時には、
皆さんが先生に話を聞いていただきたくて、
話が止まらなかったそうです。


元気な話、前向きな話もいいけれども、
受け止めてくれる人、
支えてくれる人が、
今、必要なんだ・・・というのがのんちの感想。


さて、のんちはというと、火曜日で2週間の山元町の働きを終えて、
仙台に戻ったようです。
でも、水曜日は、こんどは看護師としてではなくて、
一人の訪問者として、山元町に日帰りで訪問する、ということです。


そして、今週のどこかで、郡山を訪問して、
土曜日から火曜日まで石巻にもう一度行くようです。


後2週間の日本の滞在、すべて神様の導きの中で歩めますように。


お祈りください。


さて、最近の聖書から。
ここ2、3日、民数記22−23章を読んでいます。


「神は祝福される」20節。

このイスラエルへの祝福は、
今、私達、教会が受け継いでいる。
なのに、私達は教会の問題、歴史の中で犯した失敗、
足りないところ、欠けだらけのところばかりに目がいく。

でも、私達は神に祝福された存在なのだ。

傲慢になってはいけない、
でも、祝福されていることを見失ってもいけない。

感謝すべきことがたくさんあるのに、
それを見失っていることがどれほどあるだろうか。

主の祝福をいただていることを感謝しながら歩んでいきたい。

主よ、
あなたの祝福に感謝します。
あなたの祝福に目を留めて、祝福が与えられている使命を確認しながら歩めますように。
祝福を持ち運ぶ器として用いてください。


ハジが帰ってきて、ハジの友達が遊びに来て、
娘たちも大はしゃぎです。

ヘビメタバンドの皆さんは、1週間の東海岸での活動を終えて、
次の目的地、シアトルに行かれました。

時間のあるときは、いつもお食事を作ってくださいました。
もてなそうと思っていたのに、もてなされてしまいました・・・感謝!!

2011-05-15

世界を巡る輪。

最近、日本に電話する度に、のんちが言っていることがありました。

「りんごラジオ」というFM放送を山元町の役場で流しているんだけど、
ミラノの内村牧師、野菜ジュース持って来られる時に、出演できないかなあ・・・。

あのね、それは僕に言うんじゃなくて、
内村牧師と、放送流している方に相談したら?

って感じだったのですが、
とうとう動いたみたいです。

16日月曜日の、午後4時半から出演決定。FM80.7
先生は未だ東北道を走っているようですが、
先生のメッセージが一人でも多くの山元町の方々に届くようにお祈りください。

こうやって、山元町と、ニュージャージーと、ミラノがつながるって、
なんだかね、神様の御業に感謝します。

聞ける方が読者のみなさんの中におられるかどうか、わかりませんが、
聞ける方は、お楽しみに!


あ、我が家はハジが帰ってきました。

明日はハジの大学の友達が遊びに来ます。
あさってはヘビメタバンドが帰ります。
金曜日にはもう一人大学の友達が遊びに来ます。
土曜日には日本に行かれる宣教師の友人が泊まられます。

のんちはあと2週間あまりです。

2011-05-14

自分の心の動きに・・・。

今日は夕方から時々ぽつぽつと。
これで花粉が終わってくれるといいのですが。
明日は雨の予報です。
この地域の日本語学校、運動会の季節ですが、
明日、運動会の皆さんは延期は残念かもしれません。


うちの子は29日です。
本人は一日出たいと言っていますが、
「パパも他の先生にメッセージ頼んで教会休めばいい」
とまで言われましたが、「何を言っているんだ」と即答で拒否りました。


でも、一生に一回くらいそんなことをしてみてもいいかな、
とまで思うようになりました。
休暇をいただいて、どこかの教会の朝早い礼拝に出て、
運動会を一緒に過ごす。


神さま、そういうの「けしからん!」とか言われるのかなあ。
神様を第一にして、運動会をたのしむ、というのはないのかなあ?


甘いのかな。


ちょっと、スッキリとした答えを出そうと、
考え始めると寝る時間がなくなりそうなので、
もうちょっと時間の取れる時に・・・。


さて、今日の聖書。
今日は民数記の22章1-20節。


「主がわたしに何か他のことをお告げになるかどうかを確かめましょう」19節。

これはいかにも信仰的な言葉のように感じるけれども、
そうではなかった。

神様の答えはもう決まっていた。
もう聞いていた。
でも、バラムの心は揺れていた。
お金をたくさん積まれて、
いい待遇を受ける約束をもらって、
地位のより高い人の訪問を受けて、

「じゃあ、もう一回神様に聞いてみようか」と、
心が動いたのだ。

自分もこういうことがないだろうかと思う。

ホントに弱い人間だ。

神様の答えをしっかり握って、
そこに立っていく者でありたいと思う。

自分に都合のいいことに心動かされるのではなく、
ただ、主に従う者でありたいと思う。

かみさま、


あなたの言葉を信頼して、
そこに生きていく者でありますように。
明日の礼拝を祝福してください。
主の前に出ることの意味を、
共に経験することができますように。

2011-05-13

神の前の畏れ。

1週間以上ずっといい天気で花粉が飛びまくってきましたが、
今日はどんよりしていました。
そして、明日からはしばらく、1週間以上でしょうか、ずっとぐずつく日が続きそうです。
これで、ちょっと花粉が落ち着いてくれるといいのでしょうか?
今日も朝方と、夕方に外に出る用事があったので、
今頃、かなりきついです。


のんちは、木曜日に、一つの小学校を訪問しました。
この小学校は津波で水につかってしまったので、
隣の小学校を間借りしておられます。
その間借りしている学校に先生方をご訪問しました。


本当にお忙しい中の先生方に時間を取っていただいて、
暖かく受け入れていただいたようです。
子どもたちも礼儀正しく、明るくて、人なつっこくて、
幸いなひとときだったようです。


こちらのサキの行っている小学校との関係が築ければ、と思いますが、
やはり、世界各地からそのような申し出があるようで、
その対応だけでも大変のようです。
私達は顔の見える働きをしたい、関係を作りたい、と感じます。
でも、本当にそう思うなら、現地の皆さんの思いをちゃんと受け止めることの大切さを思わされます。


十字架の聖書の箇所からは、
一緒に十字架に付けられた強盗が感じた「おそれ」を思わされました。

復活の聖書箇所からは、
トマスがイエスにお会いした時に感じた、「おそれ」を思わされました。

そして、今度の日曜日のために、
復活されたイエスがガリラヤ湖でペテロに出会われた時に、
ペテロの感じた「おそれ」を思わされています。

私自身がその十字架と復活のイエスの前に立つおそれを知り、
礼拝で、みなさんを、十字架と復活のイエスにもとにお招きできますように、
そのように今から祈らされています。

日曜日の礼拝を楽しみにしています。

主よ、
あなたの前に立つ者のおそれがどんなものか、
私をそこに導き、経験させてください。
そして、私自身も礼拝において、皆さんをあなたの許にお招きできますように。

2011-05-10

立ち上がるために。

間もなく、あの地震から2ヶ月。
本当に世界が変わりました。
私自身もこのような思いで過ごしているとか、
このような生活をしているとか、
想像もできませんでした。


直接の被害に遭われた方々、
生活が変わってしまった方々、
大切な方々がいなくなってしまった方々、
もっとそうだと思います。


10年前に9/11の時に、更なるテロの不安と、ナショナリズムの高揚という二つの空気の中で、私は「早く元の生活に戻ってほしい」「元の、自分が知っていたアメリカはどこへ行ってしまったんだろうか」「元のアメリカに戻ってほしい」と思っていました。


でも、2ヶ月くらい経ったある日に出席したセミナーで、「私達はもうあの9/11より前には帰れません」ということばを聞いた時に、「ああ、そうなんだ」「もう自分たちは戻れないんだ」と気がついて、そのことを受け入れることができました。それは、立ち上がるために、前に進むためにとても大切な気づきでした。


2ヶ月間はずっとこの話は発信しないでおこうと思っていました。
そして、2ヶ月がたとうとしているこのとき、分かち合いたいと思いました。


日本も、世界も、3/11以前には戻りません。
あなたの生活も、私の生活も。
元のところには戻らない、新しい歩みをしているのです。


「宝のあるところに心もある」ということで、
すっかり山元町ファンになったので、
心に残った山元町の方からのメッセージを一つご紹介。


被災地 山元町から 被災者として思うこと


現地の皆さんのために心から祈っています。
アメリカから来ていた風変わりな中年看護師さん、
気がついたら、声をかけてやってください。
あと1週間くらい滞在するみたいです。


あ、今日はもう一つの話題。
和製ゴスペルヘヴィメタバンドのご一行様が、
無事NJにとうちゃく。
今日は「食事作りますから」と、
ちょうどあった食材で、ぱぱっと食事を作ってくださいました。
おまけに片付けも、バッチリ、最後まで丁寧にやってくださっています。


「旅人をもてなしなさい」と聖書にはありますが、
「旅人にもてなされて」しまいました。


感謝。



Music Player web

JCCNJでのご奉仕はありませんが、
英語の教会等でもご奉仕されるようです。
日曜日も朝から英語の教会に行かれるとのことで、
教会の皆さんにご紹介できないのは残念です。


こちらのためにも祈りつつ。


さて、今日の聖書。
今日は民数記20:1-13。


「あなたがたはわたしを信ぜず、わたしをイスラエルの人々の前に聖なる者としなかった。」12節。

モーセとアロンは「水がない」という人々に対し、「岩に命じて水を出させなさい」と神様からの命令を受けます。しかし、モーセは怒りに任せて、「どうして、私達があなた方のために水を出さなければいけないのだ!!」と岩を打ってしまうのです。

水は出るのですが、神さまは、この言葉をモーセに語られます。

神様の聖なることを表さなかった。

モーセは指導者として、人々にそのことを教える責任があった、その使命があった。

わたしも牧師として、同じ使命をいただいていると思います。
人々に神様の聖なることを示す。
もちろん、神様の愛を示す。

その責任を果たしているだろうか?

とわれていると思いました。

本当にそのことを表す者でありたいと思います。
その責任を果たさせていただきたいと思います。

主よ、
あなたの栄光を表す者とならせてください。
あなたの聖なることをはっきりと示す者とならせてください。
そのためにわたし自身が神様のきよさに触れることができますように。

2011-05-09

言葉で伝えるのが難しいもの。

ここ数日、とってもいい天気です。
これ、花粉さえなければ、本当に気持ちのいい日々ですよね。
私もなんだか、出口が見えてきたのかなあと思います。
今日はずいぶん調子が良かったです。

そして、この後もしばらく、木曜日くらいまではこの天気が続きそうです。

さて、今日はひき肉を買ったので(高くなりましたねえ、びっくり)、
いつか作っておいしかった別冊Esse夕食ばんざい肉のおかず(1993年版!)にある「韓国風肉みそ」作りました。
2倍量作ったのですが・・・ちょっと多かったですねえ。
その材料の中に「木の芽」ってのがあります。
お、それうちの「ほったらかし畑」に生えている、と取ってきたんですね。
ちょうど、新芽が出ているところです。
それを摘んできたんですが、


これ、すごい、いい香り。
なんというか、言葉では表せないものです。
よく、料理番組や旅番組でおいしいものを食べて、
一生懸命、どんなにおいしいかを言葉で説明しなければならない姿に苦笑することがあります。無理なんですよね。この木の芽の鮮烈な香りを言葉で表すのは・・・。タケノコが生える庭が欲しい・・・。

でも、やっぱり言葉にする努力、って大切ですね。
私も言葉に関わる働きをしているわけですから、
もっともっと言葉を大切にして、
もっともっと心にあることを言葉にする努力をすべきことを思います。

のんちが日本に行っていて、
日本で経験していること、見ていること、感じていることを、
夫として、もっともっと発信すべき立場にいるんだと思うのですが、
でも、言葉にしようと思えば思うほどおそれが湧いてくる。
一つは、自分の経験ではないことを、
私という地球の反対側にいる者が言葉にする時に、その闘いのただ中にいる方々を傷つけてしまう危険性があるということ。
もう一つは、このような場所で発信する時に、言葉が思いを離れて一人歩きしてしまうことがあること。
そう、ネットというのは、礼拝や集会でお話しすることとはレベルの違う「怖さ」があります。自分の言葉が自分という人間を離れて伝わって行くかもしれない、という怖さです。

ですから、本当に慎重になります。

でも、そのような危険を超えて情報を発信しておられる方々がおられて、そのおかげで伝わって行く事実もあるんですよね。それで、人の目が集まり、差し出される手がある。

情報発信の大切さを思わされています。
恐れないで、でも、本当に心を配りながら、発信することの大切さを思わされます。

のんちは、教会のない山元町にお仕事で行かれている方と、
月曜日に会って、共に祈ることができたと連絡がありました。
きっかけは、twitterです。
これがなかったらつながらなかったでしょう。

あと、先の週末、Facebookで、大学以来の友人や数年前から連絡が取れなくなっていた元JCCNJの方とつながりました。これはまたすごい。

一つ一つのつながりが生かされていきますように。

2011-05-08

方針変更。

今日は礼拝後、役員会があって、子どもたちだけ先に家に帰ってもらっていました。
ある方にお願いして、帰りに送っていただいたのですが、
ちょうど着いたかなあ?と思った頃(そして、役員会の始まったころ)、私の携帯が鳴りました。見たら、「自宅」から。自分のそのときの反応は「あ、鍵渡すの忘れた!」でしたが、なんだか、そうじゃなかったみたいで、考えてみたら、鍵がなかったら、「自宅」からは電話かけられませんよね。渡してはいないのですが、持っていたようで、ま、入れたんでしょうね。で、内容は「アリがすごい!」でした。

まあ、悲鳴を上げる下の娘に、「しょうがないじゃん、自分でやっつけなさい」と言い聞かせて、「だってすごいんだよ、たくさんいるんだよ」「殺虫をかけてちゃんとお皿を洗って・・・」

そうです。のんちが日本に行ってからというもの、「明日でもいいことは明日する」主義の私は何でも後回し。洗いモノも、次の料理をする必要に迫られて、やっている調子でした。

それで、アリだらけになっちゃったんですね。
特にレンジ周りとレンジの上に起きっぱなしになっていた昨日使って洗っていなかったナベにアリがたかっていたようで・・・。

さすがにこれには私も反省。

また、三日坊主だし、すぐ忘れてしまう決断ですが、

今日できることは今日する」主義に方針転換!!!

今夜はシンクがバッチリきれいな夜です。
レンジ周りもピカピカ・・・まではいかなくても、バッチリきれいです。

「日々のみことば」は明日にでも・・・と思いましたが、
やはりここでしっかり「今日できることは今日する!」、ということで、今日の聖書から。


今日は民数記18:21-32でした。
「それぞれ最上の部分で・・・」29節。

最高のものを主にささげる。
それが大切ですよね。
余り物ではなく、
新しいのを自分のために買ったから、古いヤツをではなく、
最高のものを主の許に持ってくる。

でも、人間はいつも自分を最初に持って来たくなる。
1/10を主の許に・・・と言っても、
「余裕がない」となってしまう。
自分のためが第一で神様は余裕があったら・・・だ。

神様は私達が捧げものをしなければ困ってしまうわけではない。
ただ、私達の心の問題だ。それを気持ちだけにしておくのではなくて、
具体的に表して行くことだ。

私もいつも最高のものを主の許に持って行こう。
時間も、ものも、才能も、情熱も。

主よ、
あなたの許に最高のものを持って行かせてください。
そのために、あなたが示す必要なことがあったら、お示しください。
そして、それに従うことができますように。


あ、のんちは日曜日、ちゃんと教会に行けたみたいです。
仙台まで出て、帰りは物資とともに送っていただいたそうです。

感謝。

2011-05-07

バランスが大事。

最近、ほとんど、花粉症のことと日本にいるのんちのことなんですが、


やっぱり今日もそうなります。


今日の午前中なんか、もうこのまま終わりなのかも〜と思うくらい調子が良かったのですが、午後からどんどんひどくなって、夕方は、目が開けていられなくて、車の運転が怖いくらいでした。家に帰って、目薬を差して、1時間横になっていたら、なんとか台所に立てるくらいに戻っていましたが、うーん、今年はキツイ。

そして今日はのんちのリクエストもあり、書きますが、
山元町の保健センターでボランティアをしているのんち、
自衛隊の方々の炊き出しがあるそうですが、
それは避難生活をしている方々のためのもの。
ボランティアは自分で調達するのが基本。

2、3日の短期の方々はもちろん、持ち込みですし、
のんちもバワーバーとか、レトルト食品とか、缶詰とか持ち込んでいますが、
それだけではどうしても栄養が偏りがち。

ということで、時々歩いて15分くらいのところにあるお店に買い出しに行くそうです。
そんな時、他のみなさんはおべんとうとか、お惣菜とか、買うそうですが、
のんちは、キャベツ一個とか、大根一本とか、カボチャ一つとか、
買うそうです。「それどうすんの?」と笑われながら・・・。

で、どうしたかというと、
自衛隊の炊き出しの方々のところから、包丁とか借りてきて、
キャベツと大根は千切り。
カボチャは薄く切って電子レンジにかける。
(そう、電子レンジはあるそうです)

そして、キャベツは塩昆布と混ぜて、
大根はちくわとマヨネーズあえ、または「ゆかり」あえ。
カボチャはマヨネーズだったかな。

あ、それで、その野菜を刻んでいる時に、
自衛隊の炊き出し班の偉い方でOさんが、
「やりましょうか?」と声をかけて助けてくださったそうです。

Oさん、ありがとうございます。
なんだか、皆さんに迷惑をかけていないかと、ちょっと心配になってきましたが、許してやってください。

感謝。 m(_ _)m

あと、日本の携帯の使い方を知らなくて、「しょうがないなあ」と思われたり、日本を離れて19年、日本的な「和」を重んじたり、空気を読んだり全然してなくて、周りを戸惑わせたりしているんだろうな、と思いますが、なんだか、本人は「かわいがられている」と思っているようなので、まあ、最後まで勘違いしておいてもらいましょう。

明日は母の日。
感謝しつつ。

2011-05-06

JOY JOY キャンプ受付開始。

2011年のJOY JOY Camp、受付が開始しています。
今年のテーマは「JOY JOY ファクトリー」。
何を作るんでしょうか?何が出来上がるんでしょうか?
これから、みんなで頭を寄せ合っての苦闘が始まります・・・。


受付は今月の28日までです。

今年も最高に楽しいキャンプになるぞ!!

今朝は寒いくらいでしたね。
今夜から日曜日くらいまで、
晴れたり曇ったり雨が降ったり、って、何があっても、「あたり」という天気予報になっています。


花粉は・・・しっかり飛んでいます。


まだまだ、目が開きませんが、更新はしようと思うくらい元気になりました。


でも、明日は補習校とか、SATとかあるので、
今夜はちょっと忙しめです。


のんちもさっき電話したら、
「ごめん、仕事が入った。」「あ、そ」「ガチャン」とまではいかなかったですが、まあ、忙しそうでした。向こうが終わる頃にはこちらはもう夢の国。さて、明日は教会に行けるか、「ビミョウ」だそうです。


今ひとつしっかり見えなくなってきたので、今夜はこれくらいで。


去年は花粉症はどうだったっけ?と思って、
去年の記録を見ていて、
去年は今頃NCでworship seminarに出ていたことを思い出しました。

その時に感じていたこと。

「礼拝は神の主権を宣言すること」

不安と混乱の時代だからこそ、そのような礼拝を持たせていただこうと思わされています。