2011-02-13

Winter Is Over.

今日は暖かくなりました。
夜の11時になろうとしているのに、
2.7度もあります。


で、ここでまた大胆に預言しますが、
もう今年の冬は終わりました!


雪が降ったり、氷点下になったりは
これからもちょっとはあるかもしれませんが、
もう冬ではありません。


春の雪だったり、春の中に「寒の戻り」がある感じです。


やったね。春だね。


今週の後半はもう15度くらいまで上がるかもですよ。


今日頂いた平安。
本当に神様に従っている平安。
今までの人生の中でなかったような感覚。
主に従うことはこんなことのなのか、とわかる。
人に動かされるのではなくて、
主に動かされる。


逆風が吹いて来ても、
思い通りにならなくても、
主がしてくださることを信頼して歩める。


主の前に畏れつつ。


さて、早速今日の聖書。
アモス書の5:1-17。


「わたしを求めて生きよ。ベテルを求めるな。ギルガルに行くな。」4-5節。

他のところに答えを求めるな。
他のところに救いを求めるな。
神様に答えがある。
神様にいのちがある。

そこに歩んで行けば大丈夫。

そうなんだなあと思う。

危機に、きついときに、つらいときに、
私たちは神以外のものに目が向く時がある。
神以外のものに救いを求めたくなる時がある。

だからこそ、いつもいつも主に目を向ける。

主よ、あなたを求めます。
あなたにいのちを求めます。
救いを求めます。

2011-02-10

TV Japan is back!

今朝はちょっと曇っていたおかげか、
それほど冷え込まないで-6度C。
でも、一日氷点下で、今夜は晴れて、今は夜の12時前ですが、-9度Cくらいまで下がっています。明日の朝は、やっぱりマイナス二桁かな。
でも、明日もう一日真冬日の後、ちょっと暖かくなりそうです。
来週にかけて10度を超える日も出てくるのでは・・・と期待しています。


東京は雪のようですね。


結構降る予報が出ていますが・・・。


さて、ウチの近所では、
二つのケーブルテレビ会社がしのぎを削っており、
おかげで、大バーゲン中です。
テレビとインターネットと電話、全部使い放題で、ちょっと前まで、100ドル(=だいたい8000円)位だったのが、今は70−80ドルくらいに落ちて来ています。今日は、それに、無料でTV Japan(一日中日本語放送をしている。普通は月に25ドル)をつけて、DVRをつけて、無料の国際電話をつけるよ、と言われて、あっさり陥落。実は2年半くらい前にTV Japan無料キャンペーンあって、最初は「1年間」と言われたのを、2年間楽しませていただいて、昨年の秋に残念ながらそれが終わりになって、もっと安い会社に変えたのですが、今度はその安い値段でTV JapanやDVRや国際電話がみんなタダにするから帰って来いと。もしも、ライバル会社に契約中途解約のペナルティーを課せられたら350ドルまでは持ってやるとも。それにこの会社、毎週火曜日に映画のチケット2枚タダ。すごいですねえ。そこまでして、お客さんが欲しいんですね。こっちは助かるけど。


ということで、来週後半には24時間日本語放送が帰って来ます。
ま、そんなに見ないんだけど・・・ね。でも、タダだから。


ご近所の皆さん、もしかしたら、そちらでもプロモーションをやっているかもしれません。ぜひ、「ダメもと」で交渉してみてください。何でも交渉した者勝ちの社会ですから・・・。


今日の聖書はアモス書3:1-8。


「まことに、神である主は、そのはかりごとを、ご自分のしもべ、預言者たちに示さないでは、何事もなさらない。」7節。

神様は、ご自分のなそうとされていることを、私たちに示そうとされている。示して、そして行動される。だったら、やはり、私たちは、神様が何をなそうとされているかを教えていただけるように、その待ち望んで行く、聞いて行く、姿勢を持って行きたい。

神様は語ろうとされているんだから、あのサムエルのように「主をお語りください。しもべは聞きます」という姿勢で聞くのだ。

そして、そんな神様との距離、神様との関係を作らせていただきたい。

神様が語ろうとされたんだけど、いや、語っておられるんだけど、私たちが聞こうとしない、鈍感で気がつかない、そんなことになりませんように。

主よ、
あなたが私たちに語ろうとされているそのことに気がつきました。
だから、私たちのチューニングを合わせて、あなたの語られることに、
耳を傾けることができますように。

2011-02-09

自分は何者か?

いいオヤジが何を青いことを・・・みたいな、題ですが。
でも、お気づきの方もおられるかもしれませんが、
このページは何ヶ月か前に
「NJお天気牧師 日々の祈り」から
「NJお天気オヤジ 日々の祈りと日々の遊び」に変わりました。


「日々の遊び」はとりあえず置いておいて、「お天気牧師」から「お天気オヤジ」になったのは、自分にとって「牧師である」というアイデンティティーは大切だけど、その前に一人の40代半ばのオヤジであるという事が大切だと思ったからです。「牧師」はなくなって「お天気」は残るってどういうこと?という突っ込みもあるかと思いますが、ま、それはご愛嬌ってことで・・・(何の説明にもなってない?)


よく言われるんですが、男は肩書きがなくなったら何が残る?って。名刺が使えなくなったらどうする?って。「牧師」って一般企業の肩書きよりももうちょっと人格と深く結びついていると思うし、「生涯伝道者」って生きて来た先輩たちから見ると腑抜けに見えるかもしれないけど、でも、自分は何だろう?ということを、「牧師」ということを抜きにしても何かが残るような生き方があるんじゃないかな、いや、そういう生き方をしたいと思うんです。


そうですね、「牧師」を抜きにしても、やはり「キリスト」抜きにはできないなあ。「キリストによって表された神の愛に圧倒されて生きているガキんちょみたいなオヤジ」かな。


今日読んでいたコミュニケーション論の本の中で、名刺を渡す以上の自己紹介をしなさい、という課題を読んで、そんなことを考えています。


また、ゆっくり消化します。このテーマ、なんか書きたくなったらまた書きます。(笑)


今朝は寒かった。
温度計見て来なかったけど、多分、氷点下10度C以下。
昼間もずっと氷点下。
NYCに来ていますが、朝バスを待っている時間、寒かったあ。
そして、今夜も昨夜ほどじゃないですが、寒い夜になりそうです。
天気はずっと晴れですが、冷えます。
でも、この寒波、明後日くらいまでで、そのあとは、しばらく緩んでるみたいですよ。
NJでマイナス二桁はこれがこの冬最後くらいかも・・・。
何てまた大胆な・・・・。


さて、今日の聖書。
今日はアモス書の2:9-16。


「預言者には、命じて、預言するな、と言った。」12節。

預言者、それは神の言葉を預かって語るもの。
だから、自分も今は預言者なんだと思う。
でも、本当に主の言葉を語っているだろうか?

それを阻もうとする力が働くことがある。
主の言葉ではなく、聖書のメッセージではなく、
人の喜ぶメッセージ、人の欲求を満たそうとするメッセージ、
それを語らせようとする力が働くことがある。
それは誰か周りの人が働く時もあれば、
自分の心の中の恐れがそれをさせようとすることもある。

今の自分の課題、
ただ、神様の声を聞くこと。
神様の導きを受け取ること。
自分へのメッセージを聞くこと。

かみさま、
あなたのみ声を聞かせてください。
そして、あなたの言葉を語る預言者とならせてください。


さて、これから祈り会。

2011-02-08

20年。

さっき書くの忘れてたけど、
今日はハジの20歳の誕生日。

大学に出すときに、もうなんだか責任終えちゃったような気がしていたし、アメリカでは20歳で変わることあるのかなあ?という感じなんですが、まあとにかく、「もうそんなになるのか?」と思います。

思い出すこと、いいこと、楽しかったことが多くて、めんどくさいことは忘れてしまっているのですが、いくつかのバトルも思い出します。

中学生のときかな、夕飯のときにコンピューターから離れられなくて、無視して来たことがあって、「ここで譲っちゃいけない」と思って、必死になって、しつこく、「飯だ、すぐ止めて来い!」と言い続けたこと。その日はもうボロボロだったので、「こんな気持ちじゃ一緒に食べられない!」というのを許して、でも翌日から、メシの時間にはちゃんと一緒に食事ができるようになったな。

あと、「いいからお前が謝れ!」と、ハジにある人に対して理不尽な謝罪をさせたこと。あれは、牧師としての自分の都合を優先させたな。親としてやっちゃいけないことだった。悪かった。

そして、同じ頃だけど、あいつが「マジで神様なんか信じているの?ボクは信じないから!!洗礼なんて受けないから!」とつっぱっていたこと。こっちも負けずに「ああ俺は信じているよ!洗礼なんて頼んで受けてもらうもんじゃないから!」と言い返した・・・んじゃないかな?

どちらかというと、あんまり向き合わないでずるく逃げて来た親かもしれない。

でも、多くの人々に愛されて、支えられて、この日を迎えた。何よりも神様に感謝。20年共に歩むことが許されたこのその時間に心から感謝。

気づくことから始まるから。

今日はNJは雨だったようですが、
Poconoは雪が降っていました。
5センチくらい積もっていたかな。


午後にはNJに戻って来たのですが、
だいぶ冷えて来ました。
今は夜の9時過ぎですが、
-7.3度C。
明日の朝はまたマイナス二桁コースですね。


この寒さ、3日ほど続いて、
でも、来週はぐっと春めいて来そうです。
乞うご期待!


一泊二日のリトリート。
いろんなことを語り合い、祈り合いました。
何かが解決したというよりも、
気がつかされたいくつもの心の動き。


理屈ではわかっているのに、
心が変に反応してしまうことなど、
あるんですよね。


解決は神様の手の中にあるとして、
自分で「あ、自分はこういう反応してしまうんだよね」
と、それに気がついていると、ちょっと違うこともあるんじゃないかな。


そして、そういう自分の心の反応に
大切な決断が振り回されないこと、
それを思わされています。


神様との関係の中で、物事を見て行くことができるように、
主に従って行くことができるようにと思わされた2日間でした。


相棒の先生にはホントに感謝!


さて、今日の聖書。
今日はアモス書の2章1−8節。


「ユダの犯した三つのそむきの罪・・・」4節。
「イスラエルの犯した三つのそむきの罪・・・」6節。

1章から、イスラエルの周辺の国々の罪について語って来たアモス。
でも、ここでついに、ユダとイスラエルについても、罪を指摘して、裁きを語る。

どんな思いで語ったんだろうなあ。

人の罪にはすぐ気がつく。
でも、自分のことはなかなかわからない。
いや、わかって苦しんでいる人もいるだろう。
それは、もう救いに近い。

でも、わからないことが問題。
自分は大丈夫だと。
それが一番問題なのに、人の罪には気がつき、
自分の問題には気がつかない。

そして、ここでアモスがイスラエルについて取り扱っている問題は、「弱い者を守る使命」を果たしていない、という罪だった。

教会もどうだろうか?
強い人の教会になってしまっていないだろうか?

神様、
私たちはなかなか自分の問題には気がつかない者です。
どうか示してください。
教会はどうでしょうか?
強い人の教会になっていないでしょうか?
「いい人」の教会になっていないでしょうか?
気がつかせてください。



一夜開けて

雪の朝。
こんなところです。
静かな静かな朝です。

2011-02-07

Personal Retreat

自分たち以外、誰もいない、静かに雪の降るリトリートセンターで、同労者と本音で語り合い、祈り合って、過ごしています。

与えられた特別なひとときに、感謝。

2011-02-06

助けられて。

昨日の昼前に氷点下を脱出してから、
さっきまで、今日の夕方まで、24時間以上ずっとプラスの気温でした。
ちょっと寒波も緩んだ感じ。


でも、この後、明日の夜はまた雨から雪で、
大したことはないのですが、
その後はかなり寒くなるみたいです。
水、木、金、と氷点下の日々が続きそうです。


明日の夕方から、明後日の午後まで
Poconoにある、クリスチャンのリトリートセンター
personal retreatに行って行きます。


ここは、夏以外の時期、平日は牧師の個人的なリトリートのために、
無料で施設を使わせてくださいます。


今回ぜひ、そのようなプログラムをと思っていたところに、
もう一人の牧師と意気投合して、二人で、リトリートをして来ます。
彼はいつも、私のために祈り、励ましてくれる同労者です。
共に祈れる仲間が与えられていることに感謝します。


ここから2時間ほどの山の中。
こっちでは大したことがない雪が、
向こうでは積もるんだろうなあと思います。
でも、またそれも楽しみかな。


あと、アトランタの教会では、
ハジのために20歳の誕生日パーティーをしてくれたみたいです。
多くの方々に励まされて、支えられて、助けられて、
明後日、誕生日を迎えます。
こちらからも親バカメッセージと、
親バカスライドショーを送りました。


ハジの子供の頃からの写真を準備しながら、そして、自分のリトリートのことを思いながら、皆さんが愛によって受け入れてくださり、祈ってくださり、励ましてくださっていることに心から感謝しました。

さて、今日の聖書。
今日からアモス書です。


1章1−8節。


「主はシオンから叫び、エルサレムから声を出される」2節。

アモス書は、神の裁きを語っている書物だと言われますが、
「日々のみことば」誌を読むと、
繁栄している人々の姿の中に、
神の祝福を見るのではなくて、
罪の中にある人々の姿を見るのです。

今日の礼拝の中で祈ってくださった方も、
そのような祈りをささげておられました。
すべてが順調に進んでいるような中で、
神様を見失ってしまうことがある・・・と。

苦しみの中の方が、神様に近くあるのではないかと。

自分も、本当に気をつけたいと思いました。

主よ、
物事が順調に進むときに、
気をつけさせてください。
あなたを見失うことがありませんように。
あなたに祈ることをやめることがありませんように。


明日のリトリートを祝福してください。
幸いなひとときとなりますように。

2011-02-03

天の賛美。

久しぶりに月と明けの明星のランデブー。
でも、実はこの写真は先週末。
今は月は夕方、木星と一緒に輝いています。



今朝は予想通り、-5度C。
昼間は0度をちょっと超えたようで、
太陽の熱もあり、ちょっと雪解けが進みました。


今夜は冷えています。
今11時で-6.8度C。
明日の朝は-10度C以下に下がるようです。


そして、焦点はあさって土曜日の雪。
明け方から降り始めて、昼頃に一度雨に変わって、
でも、また夕方から雪。


5−10センチくらいの積雪が予想されています。


まあ、今年の冬の天気に慣れている私たちにとっては「全然大丈夫」だと思います。


まだ3日目ですが、
集会をお休みにして、祈るときを持っていますが、
ホントに幸いを感じさせていただいています。
どうして、今までこれをして来なかったんだろうか?とまで思います。


本当に帰るべきところに帰って来たというか。
「なくてはならないものは多くはない」と言われたイエスの言葉を思い出させられた。


ここ何年か、25年前に通った自動車教習所でクランクやS字走行をさせられたときに、「お前は車を運転しているんじゃない、車に振り回されている!」と怒鳴られたことを思い出すくらい、自分の生活をコントロールできないでいました。
特に牧会について、また礼拝や他の集会の準備について、いつも何かに追われていたように思います。
そして、教会の方向性とか、大切な軸とか、そういうことについてしっかりと確信を持って進んで行くということができないでいました。


それは誰かがそのように要求したというよりも、
自分があえてそのようにしていたんでしょうね。
悔い改めます。


さて、今日の聖書。
今日は詩篇103:14-22。


「しかし、主の恵みはとこしえからとこしえまで、主を恐れる者の上にある。」17節。

神は賛美されるにふさわしい方。
永遠に恵みを注いでくださる方。

月から地球までは光が1.3秒で届くのですが、
金星と地球が今どんな関係にあるのかわかりませんが、
太陽の向こう側に行っているときなど最大で15分くらいかかるときもあるでしょうね。

でも、その光が何億年、何十億年、百億年以上も旅をして、地球に届くというものもある。その光が百億年ずっとずっと神様を賛美して来た、賛美していたと思うとすごいですよね。

その歴史の一番最後のほんのちょっとのところに人間が造られて、今、自分がそこに生きている。50年なのか、60年なのか、70年なのか、80、90年なのか、時が与えられて、その神への賛美をちょっとシェアさせていただいている。

私ももっともっと賛美したいと思う。
この月よりも、この金星よりも、
100億年かけて地球に届く光を放つ銀河よりも、
すべての光を飲み込んでしまうブラックホールよりも、
神様を賛美したいと思う。

神様、
あなたへの賛美をこの宇宙の星々とシェアできることを感謝します。
この歴史の一こまに、私の存在を置いてくださったことに感謝します。
どうか、私の使命を果たすことができますように。
あなたの願っておられるように生きることができますように。

2011-02-02

静まって。

今朝起きたらやっぱりfreezing rain。
バスが止まっていたので、もう今日の朝のNYでの祈り会はパスかな、と思ったのですが、「やっぱり車で行こう!」と決心して、朝の6時過ぎから、車の氷はがし。
気温が-1.6度Cまで上がって来ていたので、思っていたよりも簡単にはがせて、早速NYCへ。
途中、対向車線からシャーベットの山が飛んで来て、前が見えなくなってひやっとしましたが、その他は特に大きな問題もなく、7時半前にはNYに着いていました。


感謝、感謝。


昼間は暖かくなっていましたが、夜は風もでて気温も下がり、寒くなって来ています。
今は夜の11時45分ですが、まだプラスの0.7度C。
でも、この後冷えて、明日の朝は-5度くらいかな。


そして、次の天気イベントは、土曜日の雪。
うーん、降ることはほぼ確実ですが、
どこまで雨になるか、どれだけ積もるかですね。
大したことはないと思いますが・・・。


この同じ低気圧の影響で、
明日はHousetonでも雪だそうですよ。
積雪もあるかも。


昨日から、日曜日と祈り会以外のすべての集会を休んで、
教会のこれからの歩みのために祈っていますが、
この2日間でわかったことは、
これは私自身が主の前に整えられることが必要で、
御言葉によって取り扱われることが必要だと言うこと。


まさに「リトリート」です。
戦いのさなか、一度退却して、体勢を整えて次の戦いのために備える、
そんなときです。
NJでの牧会の歩みの中でどんどんスケジュールに振り回されるようになって来ているように感じています。
だから、今日、詩篇46:10の「静まって、私こそ神であることを知れ」という言葉のThe Messageという訳の言葉、


“Step out of the traffic! Take a long,
loving look at me, your High God,
above politics, above everything.”



に出会ったときには、ああ、私のためのメッセージだなと思いました。


trafficからstep outしなさいと。


この祈りのときを通して、焦点がしっかり合った働きをさせていただけるようになりたいと思います。


さて、今日の聖書。
今日は詩篇103:1-13。
「主の御計らいを何一つ忘れてはならない」2節。

私はこの3節の「主はすべての病を癒し」という言葉に引っかかってしまうんですよね。
すべてを癒すことはおできになるけれども、神様はしばしば癒しの御業をなされない。
今日も一人の方が召されたことをお伺いしました。

「主はすべての病を癒し・・・」ということはどういうことなんだろうかと思います。

いや、こう聖書に書いてあるのに、癒されない人もいることは何なんだろうかと思います。

だから、新改訳で「主の良くしてくださったこと」と訳されている言葉が、「主のお計らい」と訳されていることに、心が留ったのです。

すべては主の御計らいの中にある。
私たちがそれを「良きこと」と思えないようなことの中にも、
主の御計らいがある。

だから、それに心を向けているならば、受け入れられるのかな。

未だに納得いっていない「人の死」がいくつもある。
癒されなかった人たちがいる。

本当に栄光の中に、「主に召されたんだなあ」という場合もある。
すばらしいと思う。主をほめたたえたい。
でも、どうしても、どうしても、納得できない場合もやっぱりある。

ある人は信仰が強ければ癒されると言うかもしれない。
でも、そんなことはなかった、十分強かった、そう言える。
もっと祈れば・・・と言うかもしれない。
とんでもない、必死に祈った!

でも癒されなかった。
何年経っても納得いっていない。

でも、それは多分、一生「納得」がいかないんだろうな。
でもいい。私よりも大きな方の御計らいの中にあるのだから。
このちっぽけな頭で納得できなければおかしいなんて、それはとんでもない、傲慢なんだから。

主よ、
私のこれからの歩みの中でも、
たくさんの癒しの御業をなしてください。
どんな病をも癒すことのできるあなたを信頼します。
だから、癒さないであなたのもとに召されるとき、
それが私の納得いかないことであったとしても、
あなたを信頼することが、できますように。

2011-02-01

自然の力の前に。

今日は割合早くfreezing rainになって、
午後早い時間には小康状態に。
今もまだやんでいる。


でも、次の雨雲がペンシルベニアの東部まで広がって来ている。
だから、真夜中の12時頃には雨が降り出すだろう。
でも、気温は一日−4度Cくらいで固まったまま。


確実にfreezing rainになります。


かなり降るんじゃないかな。
今のところ、明日は子供たちの学校は2時間遅れスタート。
でも、もしかしたら、朝5時に電話が来て、休校になるかも。


あと、停電も心配。
重くなった木の枝が電線を切ります。
明日、起きたら、電気が生きていることを祈りながら。


さて、今日の聖書。
今日は詩篇102篇の後半、12-28節。


「あなたははるか以前に地の基を据えられました。天も、あなたの御手のわざです。これらのものは滅びるでしょう。しかし、あなたはながらえます。」25-26節

最近、ホントに自然界や、天気や、宇宙やそれから日本で噴火している火山、そんなものに目が向きます。そして、その前に自分の小ささを思われます。

どんなに天気の予報のためにコンピューターモデルが正確に計算するようになっても、不確定要素はたくさんあって、実際にどんなことが起こるかは、私たちの考えを超えています。

そして、この宇宙の大きさ!
宇宙を旅をして120億年かけて届く光。
なんだか、私たちの考えを完璧に超えています。

そんな大きな自然、そんな大きな宇宙。

しかし、それも、やがて滅んで行く。変わって行く。
でも、いつまでも変わらない、いつも同じ方がおられる。

その宇宙を、自然を造られた神様だ。

その神様、変わらない神様を見つめて、
信頼して、歩んで行けるとは、なんという幸いだろうか。

神様、
あなたはいつも変わらない方であること、
それは喜びです。
それは平安を与えるものです。
あなたを信頼します。
そして、私自身も動かされない者となりますように。

Update。

今日は雪よりもsleetやfreezing rainが中心みたいです。
午後には一度峠を越えそうです。


そして、夜から明日の明け方にかけて、
freezing rainが激しく降りそうです。


明日の午後には気温も上がって峠を越えそうですが、
今夜から明日の朝は注意が必要です。


あと、もう一つ。
昨日の詩篇102篇は前半だけだったんですね。
後半は神への信頼に満ちた賛美がわき上がっています。

それについては、また後ほど。

2011-01-31

守りか攻めか。

先週の水曜日のstormは
「外れたらゴメン」という気持ちで大胆な予想をした。
そして、ほとんどの天気予報よりも正確だった。


でも、今回は明らかに「守り」の姿勢にはいっていることがわかる。
無難な予想をしている自分がいる。


これって、だけどすべての面について言えるんだろうなあと思う。


趣味の天気予報でもそうなんだから、
本当の使命である牧師としての働きではどんなに守りの姿勢にはいってしまいやすいだろうかと思う。


主を信頼して大胆な歩みをすることができるか、問われていると思う。


明日から2月。
2月は初めての試みで、すべての集会を休んで、
いつも追われている、走り回っている生活を見直して、
とにかく、祈って主の導きを求める。


この1ヶ月の祈りの中で、
守りの姿勢ではなくて、主にあって大胆に歩むための備えができますように。


今日の聖書。
「日々のみことば」では、マルコによる福音書を少し休んで、
昨日と今日は詩篇から、
今日は詩篇の102篇。


「私が苦しんでいるときに、御顔を私に隠さないでください。私に耳を傾けてください。私が呼ぶときに、早く私に答えてください。」2節。

この詩篇はなんだか、救いがないというか、
最後まで嘆きで終わっている。
ものすごい励まされるとか、
そういう詩でもない。

でも、読んでいる中で、
「ああ、自分もこんな風に感じていることがあるなあ」
と思わされて行く。

そして、この2節の言葉に目が留った。
この詩人は本当に苦しい中で、
とにかく主に嘆いた。
とにかく主に心を向けた。

それでいいんだろうな。
今日も、私が神様に叫ぶことができますように。
今日も、教会に連なる一人一人が神に声を上げることができますように。

主よ、
あなたに目を向けます。
あなたに声を上げます。
どうか、あなたが応えてください。
あなたとともに歩むことを教えてください。
はっきりとした答えがないときにも、
そこでも、あなたを信頼して歩めますように。


あ、最後に大胆な予想。
明日の朝、起きたら10センチは雪が積もっている。
そして、昼までが一つの山かな。


午後はsleetや雨。


そして、本番は火曜日の夜から水曜日の朝。
先週と同じで、夜になってから雪に変わって結構積もるかな。
さて、どうなるか。

Storm for the Record Book

先週のstormをかなり的確にあててからというもの、
ちょっと「今度のはどうですか?」と聞かれることも増え、
使命を感じちゃったり、プレッシャーを感じちゃったり、
正直、明日からのstormの予報は結構緊張しています。(笑)


でも、今回のstormはNY/NJではそれほどでもないかもしれませんが、
全米的に見るとhistoric stormになる可能性があります。


特に中西部やNYの北の方は大きな影響を受けそうです。


NJ/PAは ice stormの可能性が騒がれています。
freezing rainはスリップの危険とともに、
木が倒れたり、電線が切れたり、停電のおそれがあります。


明日、NJ北部は15センチくらいの雪。そして、sleetも降りそうです。
その先のことはわかりません。
降水の中心は水曜日なのですが、それが雪だったら30センチ、でもsleetかな、と思っています。


なんだか、プレッシャーで真面目な文章になってしまいました。^^;


ま、とりあえず・・・。

2011-01-28

仕えること。

どうしても更新、夜になりますね。
でも、寝る時間は大切なので、今日もショートバージョン。


今日の雪も、大したことはありませんでした。
明日の雪もそうです。


でも、来週の水曜日。またちょっと心配。
ってゆうか、今度はやたら天気予報が「big storm」と騒いでいる。


なんだかね。


自分的には月曜日くらいまで様子見。


さて、今日の聖書。
今日はマルコによる福音書9:30-37。


「みなに仕える人になりなさい」35節。

EC10の2回目のメッセージの中で、
「牧師の働きは仕えることだ。そのことが牧師になるまではわからなかった」と語りました。ほんとにそうです。

でも、今日またこの聖書の箇所を読む中で、
自分はホントに仕えることがわかっているんだろうか。
ホントに仕えているんだろうかと、
問われているように感じました。

チャック・スウィンドルの「仕える喜び」を何度読んだことでしょうか。
どれほど多くのことを学んだことでしょう。
どれほど、そこから語ったことでしょう。

1年半ほど前の「家の教会セミナー」の中で、
「相手が恥ずかしくなるくらい仕えなさい」と言われました。
おお、そうか、と思いました。

でも、どれほど仕えたか?
どれほど仕えているのか?

祈りにおいて、御言葉において、
具体的な働きにおいて、
自分はどこまで仕えているだろうか。

仕えるレッスン、まだまだこれからだと思います。

主よ、
仕えることを教えてください。
仕える者とならせてください。

2011-01-27

なおりたいのか?

いやあ、朝起きたら、「結構降ったなあ」と思いましたが、
うちの近所よりも、ハドソン川沿いの方がかなり大雪だったみたいですね。


Mitsuwaのすぐそばの一本上の道を人を迎えに行ったら、
もう雪国のようでしたよ。


うちの方は昨日のうちに1回雪かきをしていた朝の分と合わせて30センチくらいだったでしょうか。でも、湿った重い雪を、自分の背の高さよりも高く放り投げて、雪かきをしていたら、肩の痛みは全くなくなっていました。単なる「PCのキーボードたたき過ぎ病」だったんでしょう。


ちなみに明日、明後日と小雪があります。
そして、来週の水曜日くらいにはまた次のstormです。
今回みたいなことはありませんが、
まあ、それなりに降ると思います。


昨日の宿題の「直りたいのか?」ですね。
火曜日にはこの言葉が「あ、自分は直りたいのだ」という38年間の時の長さ故になんだか、どこまで本気だったのかわからなくなっていた彼の気持ちが、最初のポイントに引き戻されるようなそんな言葉だったのではないだろうか、と思いました。
言葉では「だれも助けてくれない」なんて言い訳をしていたのですが、そんな中にも「ああ、直りたいんです」という思いが湧いて来たのではないでしょうか。


そんな、彼の気持ちを引き出すような、彼を原点に引き戻すようなイエスの言葉だと思いました。


そして、個人的には教会の会堂のことを思わされました。


「本当に、あなたは求めているのか?」「欲しいのか?」と問われたように思ったのです。


38年までは行きませんが、23年間、ずっと求め続けて、でもずっと与えられない中で、


「私たちはそこまで力はありません」
「いい物件が出てくると、他の教会が買ってしまうんです」


そんな言い訳をしながら、
いつの間にか、また、今の状況が居心地が良くなってしまったのではないかと思わされました。


そんな中で「直りたいのか?」と聞かれたイエスの言葉が、
私の心には「あなたはホントに会堂を求めているのか?」と聞こえて来ました。


「そうです、イエス様」と、そのように祈らされました。


さて、今日の聖書。
マルコ9:14−29。


「信じます。不信仰な私をお助けください。」24節。

この言葉も私の心からの言葉です。

自分の経験だとか、自分のイメージだとか、そんなものに縛られている私たちが神様を信じることは、イエスを信じることは、この言葉で表すしかないんじゃないかと思う。

私も自分の経験だけだと、語れないこともある。
でも、聖書の言葉は私の経験を超えている。
自分のちっぽけな経験よりも神様の言葉は大きいし確かだ。

自分から出る信仰ではなくて、
神様の与えられる信仰。
それを信じて行こう。自分の経験よりも、神のみ言葉を信頼していこう。

主よ、
あなたを信頼して行きます。
自分の経験や、自分の考えが砕かれなければ、あなたはお用いになれません。というか、自分の考えにとどまっているのは信仰ではありません。
自分の思いや経験を超えた神の言葉を信じよう。

2011-01-26

ほらね。だから言ったでしょ。

昨日の夜の段階で、いくつの天気予報が30センチを予想していたでしょうか?
結構みんな10センチとか、15センチとか、控えめだなあと思っていたのでした。
そして、今日になってからみんな慌てて、30センチ以上を予想して来ました。
ハハハ!あたるも八卦、あたらぬも八卦のような、かきごおり天気予報でしたが、
見事あたりましたねえ。いやあ、ホントは昨日からわかっていたんだよ、こうなることは。


実際、午前中も10センチくらい。
夜には場所によってはthundersnowだったみたいです。


まだ激しく降っています。
合わせて30センチは堅いでしょう。
ハハハ、鼻高々です。


明日の朝にはすっかり上がって、晴れているでしょう。
金曜日、土曜日とも、ちょい雪の可能性はあります。


あと、来週の火曜日も・・・。


ふう。


昨日の集会で思わされたこと。
昨日の集会はヨハネによる福音書5章。
「ベテスダの池」の回廊に住み着いていた38年間病気だった人の癒しの記事。


イエスはなぜこの人に「直りたいのか?」と聞いたのか?


うーん、またゆっくり書きます。
今日はちょっと肩が痛いので・・・。
ん?40肩か!?


なぜイエスはそんなことを言われたのか、皆さんも考えてみてください。


さて、今日の聖書。
今日はマルコ9:2-13。


「ペテロが口出ししてイエスに言った・・・」5節。

この「口出し」という言葉が心に引っかかりました。
へえ、ペテロは「口出し」したんだと。

それに対する神様の答えは、
7節の「彼の言うことを聞きなさい」だった。

聞くことよりも口出しをしたい私たち、
でも、神様は「聞きなさい」と言われる。

聞くことだなあ。
とにかく聞くこと。

「自分のビジョン」「自分の考え」「自分の経験」・・・
そんなものの方が、主の前に静まって聞くことよりも大切になりやすい。

主の前に静まって、聞くことをしたい。

主よ、
あなたの前に静まる者とならせてください。
私があなたに口出しするのではなく、あなたに聞く者にならせてください。

2011-01-25

嵐が来るぞ〜。

明日の雪ですが、
オオカミおじさんになることを覚悟で発表すると、
はい、大雪です。
明日の夕方から、夜にかけて、
ドーッと降りしきって、30センチになります!


・・・外れたらごめん。


というか、明日のstormは、
どんな行動をするか、予測ができない、
ホントに複雑なstormです。
説明はうまくできないのですが、
一つのまとまった低気圧というよりは、
上空のいろんな力が、影響し合って、
発達途中の若者的低気圧が通って行くのです。


だから、若者的エネルギー爆発であえて30センチ。
でも、そういうのですから、「やってらんないよ」って、
バラバラになってしまうかもしれません。


東海上で大人の低気圧になりそうです。


あんまり論理的裏付けのない話で申し訳ないのですが、
そこまでちゃんと天気予報を勉強していないし、
勉強しても、もういろんな可能性が出ているので、
ま、そんな言い方でいいかな、と思いつつ・・・。


雪の話題で、もう4−5日前の話ですが、
ブータンでは初雪の日は祝日になるそうです。


http://d.hatena.ne.jp/Bhutan_Tamako/20110120


これはいい!
「初雪の日、おめでとう!」ってこのノリがいいです。
私もそういうタイプの人間なので・・・。


ぜひ、次の冬からNJでも取り入れてほしいです。
NJの場合は「10回目の雪おめでとう!」とか、
「積雪30センチおめでとう!」とか、
「華氏一けたおめでとう!」とか、
そういうのやってほしいですね。


さて、今日の聖書。
今日はマルコ8:27−9:1でした。


「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い・・・」34節。

ペテロが「あなたこそ神のキリストです」という信仰告白をしてから、
イエスは自分が苦しむことを、十字架にかけられることを語り始めます。
それに対して、ペテロはどうしても納得できなくて、
イエスを諌めるのです。
おそらくペテロはイエスより年長。
「そんなんじゃ困ります」と、諌めたのでしょう。

でも、イエスははっきり言われます。

「あなたは神のことを思わないで人のことを思っている」と。

そして、十字架を負って歩む道を示されたのです。

ここまで考えると、1章1節の「イエス・キリストの福音の初め」ということの意味を思わされます。

イエスの福音にとって、「あなたのこそ、救い主、我が主、神の子キリスト」というのは入り口なんだなあ、と思います。自分の十字架を負っていくことなしに福音の全体像はわからないんだ、と。

福音をあまりに小さなパッケージの中に押し込めていることが多いな、と思います。
福音の広さ、深さ、奥行き、教えていただきたいと思います。

自分の十字架を負って、歩んでいる中で、
福音の大きさを教えていただきたいと思います。

主よ、
わたしはもしかしたら、福音の入り口でうろうろしているのかもしれません。
福音の広さ、大きさ、深さ、奥行き、もっともっと味わわせてください。

2011-01-24

さむい(終わり)!

今朝はまた寒かったですね。
最低気温は-16.9度Cでした。


昼間は-6度どまりでしたが、
その後、-9度くらいまで下がった気温が上がり始めて、
今は夜の10時過ぎですが、-7度まで上がってきています。


この寒さも今朝がピークで、
明日はついに氷点下脱出確実です。
明日の天気は小雪。


ま、全然大丈夫です。


午後には晴れてくるでしょう。


で、問題は水曜日の夜から木曜日の朝。
このstormがどうなるか、本当に振り回されています。
(いや、振り回されなくていいんで、勝手に振り回されているんですが)


はい、「何にもない」のも、「雨だけ」もなくなりました。
確率的には、「大雪」が50パーセント以上じゃないかな。


もしかしたら、クリスマスの時のを超えるような
大雪になるかもしれません。


まだ、2日先なので、はっきりしないのですが、
明日には見えてくるでしょう。


さて、今日の聖書。
今日はマルコの8章14−26節でした。


「そして、彼が見つめていると、すっかり直り、すべての者がはっきり見えるようになった。」25節。

この人は一気に見えるようになった訳ではなかった。
他には一気に見えるようになった人もいた。
瞬間的にいやされた人もいた。

でも、イエスも、あるときには時間をかけていやされた。
段階を踏んでいやされた。

だれもが「瞬間的」な御業を見たい。
あり得ないくらい、一気に解決することを見たい。
そういう人の証しを聞くと、なんか自分は半端なような気がすることがある。
神様の奇跡を経験していないような気がする。

でも、この聖書の箇所を読むと、そんなことはないようだ。
神様は時々、時間をかけて御業をなさる。

それは神様の自由だ。

私が何を望もうと、それは神の領域だ。

それを信頼して歩んで行きたいと思った。
主がなさることを信頼して行こうと思った。

時間がかかっても、それは神のなさることだ。
自分が焦る必要も何もない。

信頼して行こう。

主よ、
あなたが瞬間的に、人を造りかえるときに、
それを人は「神業だ」「奇跡だ」と呼びます。
でも、あなたが奇跡をなさるときには、
私たちが見てどう感じるかではなくて、
あなたの方法でなさるんですよね。
あなたにゆだねます。
あなたの方法で、私を造りかえ、あなたの方法で教会の一人一人を造りかえてください。あなたを信頼します。

2011-01-23

さむい2。

もう遅いので、ショートバージョンで行きますが、
今日は寒かったです。
朝の最低気温は-16.2度Cでした。
そして、最高気温が-4度C。
昨日サキが車の中に置きっぱなしにした、お弁当の残り、カチカチに凍っていました。
朝、6時に教会に行く車の中は、「息をしたら、肺の細胞が30個くらい壊れる」って実感があって、しばらく息止めていましたよ。
やっぱり、確実に-10度よりも-16度は寒いですね。
体感気温違いました・・・。


そして、今は夜の11時20分くらいですが、既に-12.7度Cまで下がってきています。


明日の朝は−18度、華氏でもサブゼロにいくんじゃないかと思います。


この寒波の底は明日。
昼間も-5度C以下の寒さでしょう。
火曜日からはこの寒さも緩んで、水曜日は雪みたいです。


これがまたどれくらい降るのかで、天気予報フリークは今大騒ぎです。


ホントにモンスターみたいな低気圧が進んでくる可能性もあり。
コースによっては、NYC直撃ですから・・・。
でも、なんで大騒ぎかって言うと、たくさんのコンピューターモデルが、みんな違う予想を出してくるから。「これはおかしい!」とか、「このモデルは無視する!」といか、「このモデルが最高だ!」とか。理由を説明するのも、ほとんど「希望的観測」みたいなのが結構多くて・・・。


たのしいです。


今日の礼拝はたくさんの新しい方々が来られて、また新しい風が吹いてきそうです。
ペンテコステの教会は120人で3000人の新メンバーを迎えた、といいます。
どんなに大変だっただろうかと思います。聖霊様の守りですね。


神様に祈って期待して、守っていただきたいです。


感謝しつつ。

さて、ショートバージョン、と言いながら長くなりました。今日の聖書。
今日はマルコの8章1−13節でした。


「いったいどこからパン を手に入れて・・・」4節。

弟子たちはイエスの奇跡をたくさん見てきて、
5000人の人々が5つのパンと2匹の魚で満腹になる奇跡も見ているのに、またここでも、「どうやって・・・」なんて話をしている。私もいくつも神様の御業を見ているのに、いつまでも、神様のことを本気で信じられないでいる。

馬鹿みたいに単純に、
阿呆みたいに愚直に、
神様の真実を信じて、単純に信じて、歩んで行きたいと思う。

主のしてくださった良いことを何一つ忘れるな、
それをほんとうに実践して行こうと思う。

主よ、
あなたを信頼して歩ませてください。
あなたの御業を忘れないで、
これからもあなたの御業を信じて歩ませてください。