今日は久しぶりに青空も見えた。
やっぱりうれしい。
雨も降ったし、夜になって冷え込んで来たけれども、
やはり、晴れるとうれしい。
今は真夜中の12時頃で5.9度C。思ったよりも高い。
明日の朝は0度くらいかな。
明日は一日晴れて、あさってはまた雨。(涙)
ここのところ、いろいろ大切な祈りの課題が寄せられて、祈らされています。
「祈っていますよ」とメッセージを書いて、直接話して、電話で話して、それだけにならないように、本当に祈ります。自分のことも「神様、どうしたらいいんでしょうかね。」「困っちゃいました」「わかりません」「なんとかしてください。信じています」と、祈るのですが、他の人のために祈る時には、もうちょっと集中して、手を合わせて、祈ります。いえ、聖書の中でイエスは「祈ることなんて見せるもんじゃない、戸を閉じて隠れたところを見ておられる神様に祈りなさい」と言われたので、「私はほんとに祈っているんですから」なんて言うのは違うんでしょうね。そりゃ自慢なんかするもんじゃない。
でも、なんで、そんなこと書くかというと、こんなことを感じたんですよ。
一つ一つ、丁寧に祈っていたら、すごい時間がかかるよなあ、でも、私はこのためにここにいるんだろうな、と。
牧師の働きも活動的な見える部分ではかられる時もあります。スケジュールが詰まっているとか、何件訪問したとか、何回集会があって、何人集まったかとか、何人洗礼を受けたかとか・・・。
でも、使徒行伝の中では伝道者の働きは「祈りと御言葉」なんだとあります。
だから、あんまり活動は見えないし、書斎に閉じこもっているかのように見えるかもしれないし、発信もちゃんとしていないように感じられるかもしれないけれども、もっともっと祈ることに、もっともっと聖書の御言葉に聞くことに時間を使っていく、それを大切にしていこうと思います。
明日は今のところ、3人の方に個別にお会いする予定がありますが、それも幸いな時となりますように。共に神様の前に出ることができますように。
さて、アドベントの聖書日課。
ヨハネ2:1-11。
あんまりアドベントらしくないところですが、
イエスが私たちに与えてくださった喜び、ということを思う時に、真っ先に思い出すのがこの聖書の箇所です。
「それだのに、あなたはよいぶどう酒を今までとっておかれました」10節。
喜びの象徴としてのぶどう酒。
その最高のものを、神様はとっておかれた。
他のものによってはえられない喜び。
混ぜ物でごまかそうなんてのとは全然違うレベルの喜び。
それをイエスは与えてくださるのだとう。
イエスの喜び、もっともっと味わわせていただきたい。
イエスがくださると約束してくださっている喜びをもっと味わい、そして、まわりの人々にもそれを分かち合う者でありたい。
主よ、
あなたが私に与えてくださった祈るという使命に、もっともっと生かしてください。
あなたと共に歩む喜びに満たしてください。
そして、あなたのことを伝える者とならせてください。
2012-12-19
2012-12-17
時を取り分ける:アドベント聖書日課12/17
今日の朝、ある方の葬儀に参列してきました。
最近、葬儀を司式することがしばらくないのですが、
自分が一参列者として参列することが今年になってから、確か3回目。
いつも思うのですが、このように参列して、そこで語られるメッセージからは本当に教えられることが多いです。今日もカトリックの教会だったのですが、とても明るい会堂で、音楽も、とても暖かい音楽を使っていました。賛美歌のリードを専門になさっているんだろう、という方がおられて、そのリードもすばらしかったです。その中で語られたメッセージの中に、このような言葉がありました。「姉妹の召天によって、私たちはこの忙しい、慌ただしい時間の中で、ひと時、このように集められて、愛し合い支え合うことの大切さを思い出させられています。」本当にそうだなあと思いました。あえて時をとり分けることの大切さ、無理やりにでも、そのような時をもつことがどれだけ大切だろうかと思わされます。私もそのようなところに導かれて感謝しました。
でも、やはり、ご遺族の方々の痛みや寂しさは、喪失感はこれからも引いては押し寄せ襲ってくると思います。主の慰めがありますように。
今日のアドベント聖書日課。
ピリピ2:1-11。
「おのれをむなしうして僕のかたちをとり、人間の姿になられた。その有様は人と異ならず、おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた。」7-8節。
(プリント版、PDF版では「1:8」と書かれていますが、これは「2:8」の誤りです。
イエスがこの世に来られた。その喜びは、一つはやはり、昨日の記事のところに書いたように、私たちと共に歩まれた、それも、私たちの成功の場所を歩まれたのではなく、失敗と見えるような、軽く見られるような、侮辱されるようなところを歩まれた、ということ。
そして、なによりも、イエスが私たちのために十字架の上で罪を背負ってくださったこと。それによって私たちは罪赦され、義と認められること。
もう一度イエスのしてくださったことを思わされました。
今回の銃乱射事件で、命を失った先生方は、自分の命をもって、子供たちを守ろうとしました。自分はできるだろうかと思わされました。イエスはそれをもっと大きなレベルでしてくださったのです。軽く喜べることではなく、感謝をもって受け取ることだと思います。
主よ、
イエスが今日も、そして、明日も、私と共に歩んでくださることに、感謝します。
最近、葬儀を司式することがしばらくないのですが、
自分が一参列者として参列することが今年になってから、確か3回目。
いつも思うのですが、このように参列して、そこで語られるメッセージからは本当に教えられることが多いです。今日もカトリックの教会だったのですが、とても明るい会堂で、音楽も、とても暖かい音楽を使っていました。賛美歌のリードを専門になさっているんだろう、という方がおられて、そのリードもすばらしかったです。その中で語られたメッセージの中に、このような言葉がありました。「姉妹の召天によって、私たちはこの忙しい、慌ただしい時間の中で、ひと時、このように集められて、愛し合い支え合うことの大切さを思い出させられています。」本当にそうだなあと思いました。あえて時をとり分けることの大切さ、無理やりにでも、そのような時をもつことがどれだけ大切だろうかと思わされます。私もそのようなところに導かれて感謝しました。
でも、やはり、ご遺族の方々の痛みや寂しさは、喪失感はこれからも引いては押し寄せ襲ってくると思います。主の慰めがありますように。
今日のアドベント聖書日課。
ピリピ2:1-11。
「おのれをむなしうして僕のかたちをとり、人間の姿になられた。その有様は人と異ならず、おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた。」7-8節。
(プリント版、PDF版では「1:8」と書かれていますが、これは「2:8」の誤りです。
イエスがこの世に来られた。その喜びは、一つはやはり、昨日の記事のところに書いたように、私たちと共に歩まれた、それも、私たちの成功の場所を歩まれたのではなく、失敗と見えるような、軽く見られるような、侮辱されるようなところを歩まれた、ということ。
そして、なによりも、イエスが私たちのために十字架の上で罪を背負ってくださったこと。それによって私たちは罪赦され、義と認められること。
もう一度イエスのしてくださったことを思わされました。
今回の銃乱射事件で、命を失った先生方は、自分の命をもって、子供たちを守ろうとしました。自分はできるだろうかと思わされました。イエスはそれをもっと大きなレベルでしてくださったのです。軽く喜べることではなく、感謝をもって受け取ることだと思います。
主よ、
イエスが今日も、そして、明日も、私と共に歩んでくださることに、感謝します。
JOY JOY クリスマス:アドベント聖書日課12/16
昨日は子供たちのためのJOY JOY クリスマスでした。
もっともっとたくさんのみんなに来てほしかったですが、
それでも、初めての子や、楽しみにして来た子達が何人もいて、うれしかったです。
ゲームも楽しかったし、サンタもよかったし。
シンガーズもがんばりました。
今回、ちょっと準備不足でフルで劇をするのもなあ、ということで、この人形を使って、少しずつ人形を動かして、ビデオを作りました。
ちょっとだけ紹介すると、こんなの。5秒のクリップですが。
何人か登場人物は人間に登場いただいて、劇をしました。
準備をしている私は楽しかったのですが、見ていた子供にはどうだったんでしょう?
子供たちの心に、イエス様を私たちのために与えてくださった神様の愛が届きますように。
さて、昨日、12月16日のアドベント聖書日課。
ヨハネ1:1-18。
礼拝の中でも、この箇所からお話ししました。
礼拝の説教はこちらから。
http://www.jccofnj.org/main/message/message.html
「そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。わたしたちはその栄光を見た。」14節。
暗闇の中に輝く光。
本当に絶望的な闇の力。
私は先週、何かに取り憑かれたかのように、
過去のいくつかの凶悪事件の記事を読んでいました。
その中で、本当に心の闇を見せつけられるような思いがしました。
そのタイミングで起こった今回の銃乱射事件。
闇の深さを見せつけられました。
そして、その中で輝く光として来られたイエス。
それは決して、私たちの苦しみや悩みとは無縁の超越した光として来られたのではなく、私たちと共に歩むことによって、私たちの重荷を担うことによって、私たちの罪を身代わりに背負うことによって、私たちの光となられたのです。
だからこそ、光なのです。
主よ、
あなたの光を私に照らしてください。
私のうちにあなたの光を与え、私も光として輝かせてください。
もっともっとたくさんのみんなに来てほしかったですが、
それでも、初めての子や、楽しみにして来た子達が何人もいて、うれしかったです。
ゲームも楽しかったし、サンタもよかったし。
シンガーズもがんばりました。
今回、ちょっと準備不足でフルで劇をするのもなあ、ということで、この人形を使って、少しずつ人形を動かして、ビデオを作りました。
ちょっとだけ紹介すると、こんなの。5秒のクリップですが。
何人か登場人物は人間に登場いただいて、劇をしました。
準備をしている私は楽しかったのですが、見ていた子供にはどうだったんでしょう?
子供たちの心に、イエス様を私たちのために与えてくださった神様の愛が届きますように。
さて、昨日、12月16日のアドベント聖書日課。
ヨハネ1:1-18。
礼拝の中でも、この箇所からお話ししました。
礼拝の説教はこちらから。
http://www.jccofnj.org/main/message/message.html
「そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。わたしたちはその栄光を見た。」14節。
暗闇の中に輝く光。
本当に絶望的な闇の力。
私は先週、何かに取り憑かれたかのように、
過去のいくつかの凶悪事件の記事を読んでいました。
その中で、本当に心の闇を見せつけられるような思いがしました。
そのタイミングで起こった今回の銃乱射事件。
闇の深さを見せつけられました。
そして、その中で輝く光として来られたイエス。
それは決して、私たちの苦しみや悩みとは無縁の超越した光として来られたのではなく、私たちと共に歩むことによって、私たちの重荷を担うことによって、私たちの罪を身代わりに背負うことによって、私たちの光となられたのです。
だからこそ、光なのです。
主よ、
あなたの光を私に照らしてください。
私のうちにあなたの光を与え、私も光として輝かせてください。
アドベント聖書日課12/15:自分の使命への徹底
今日は月曜日。雨が一日降ったりやんだり。
明日にはこの雨も上がるようです。
なかなか雪にならないですね。
金曜日も雨のようです。
さて、おととい、12月15日のアドベント聖書日課。
ヨハネ1:19-28。
「彼は告白して否まず・・・」20節。
バプテスマのヨハネが、「あなたはキリストか」と聞かれた時のこの姿勢は、本当にはっきりしていた。つまり「私はキリストではなく、キリストを紹介する、指し示す者だ」と。
私達の使命も同じだ。
自分ではなく、イエスを証しすること。
自分の名前がどうこうではなく、
イエスが崇められること、それが私たちの願い、私たちの使命。
そこにはっきり立っていくことができればと思う。
ヨハネと同じ明確な使命感をもって、歩みたいと思う。
明日にはこの雨も上がるようです。
なかなか雪にならないですね。
金曜日も雨のようです。
さて、おととい、12月15日のアドベント聖書日課。
ヨハネ1:19-28。
「彼は告白して否まず・・・」20節。
バプテスマのヨハネが、「あなたはキリストか」と聞かれた時のこの姿勢は、本当にはっきりしていた。つまり「私はキリストではなく、キリストを紹介する、指し示す者だ」と。
私達の使命も同じだ。
自分ではなく、イエスを証しすること。
自分の名前がどうこうではなく、
イエスが崇められること、それが私たちの願い、私たちの使命。
そこにはっきり立っていくことができればと思う。
ヨハネと同じ明確な使命感をもって、歩みたいと思う。
2012-12-16
今日はちょっとお休み。
昨日も、遅くまで準備をしていて、
今日も一日だったので、ちょっと、2日連続のお休み。
今日のJOY JOY クリスマスにおいで下さったみなさんと、
表で裏で、奉仕してくださったみなさんと、
お祈り下さったみなさんと、
神様の祝福に感謝しつつ。
今日も一日だったので、ちょっと、2日連続のお休み。
今日のJOY JOY クリスマスにおいで下さったみなさんと、
表で裏で、奉仕してくださったみなさんと、
お祈り下さったみなさんと、
神様の祝福に感謝しつつ。
2012-12-14
暗闇の中の光:アドベント聖書日課12/14
今朝は-5度Cまで下がりました。
昼間は昨日よりはまだ暖かかったですが、
冬らしい、底冷えのする日でした。
明日までは天気がもちそうですが、
日曜日からはまたしばらくぐずつきそうです。
今日は私たちのいるところから車で1時間半くらいのコネチカット州のNewtownという小さな町の小学校で惨劇が起こりました。若者の銃の乱射で20人の子供を含む26人が亡くなったというのです。
昼にそのニュースに気がついて、その後ずっと心が捕われていました。
怒りや悲しみ、やりきれない思いで、涙が止まりませんでした。
朝は元気に家を出て行った子供たちの身にこんなことが起こるとは。
コロンバインの時の遺族の方が、親でごった返したホールで子供たちと再会して、ほっと胸を撫で下ろして帰っていく家族が続く中で、ほんの一握りの親だけが残る。そして、そこで、一番聞きたくないニュースを聞かなければいけない家族の思いを書いているのを読んだことがあります。今日も、そのようなことがいくつもの家族に起こったかと思うと、胸が張り裂けそうです。
オバマ大統領も会見で涙を拭いていましたが、みんな同じ思いだと思います。
今日は礼拝説教の準備をしていました。
「光はやみの中に輝いている」という聖書の言葉から準備をしていました。
まるでそれをあざ笑うかのような今日の出来事。
祈らされています。
お祈り下さい。
今日のアドベント聖書日課。今日はマルコ2:1-8
「見よ、わたしは使をあなたの先につかわし、あなたの道を整えさせるであろう。」2節。
今週のテーマは「救い主を迎える準備」・・・でも、繰り返し繰り返し思わされるのは、この準備を一番しておられたのは神様だったのだということ。
今年のクリスマスのための準備も、神様が私たちの準備を導いてくださることを信頼して歩もうと思います。
昼間は昨日よりはまだ暖かかったですが、
冬らしい、底冷えのする日でした。
明日までは天気がもちそうですが、
日曜日からはまたしばらくぐずつきそうです。
今日は私たちのいるところから車で1時間半くらいのコネチカット州のNewtownという小さな町の小学校で惨劇が起こりました。若者の銃の乱射で20人の子供を含む26人が亡くなったというのです。
昼にそのニュースに気がついて、その後ずっと心が捕われていました。
怒りや悲しみ、やりきれない思いで、涙が止まりませんでした。
朝は元気に家を出て行った子供たちの身にこんなことが起こるとは。
コロンバインの時の遺族の方が、親でごった返したホールで子供たちと再会して、ほっと胸を撫で下ろして帰っていく家族が続く中で、ほんの一握りの親だけが残る。そして、そこで、一番聞きたくないニュースを聞かなければいけない家族の思いを書いているのを読んだことがあります。今日も、そのようなことがいくつもの家族に起こったかと思うと、胸が張り裂けそうです。
オバマ大統領も会見で涙を拭いていましたが、みんな同じ思いだと思います。
今日は礼拝説教の準備をしていました。
「光はやみの中に輝いている」という聖書の言葉から準備をしていました。
まるでそれをあざ笑うかのような今日の出来事。
祈らされています。
お祈り下さい。
今日のアドベント聖書日課。今日はマルコ2:1-8
「見よ、わたしは使をあなたの先につかわし、あなたの道を整えさせるであろう。」2節。
今週のテーマは「救い主を迎える準備」・・・でも、繰り返し繰り返し思わされるのは、この準備を一番しておられたのは神様だったのだということ。
今年のクリスマスのための準備も、神様が私たちの準備を導いてくださることを信頼して歩もうと思います。
流星群の夜2:アドベント聖書日課12/13
きれいに晴れて、-3度ですが冷え込みもまあ、それほど厳しくなくて、
流星群を見ていました。
1時半過ぎに外に出て、2時半前まで見ていたのですが、
10個くらいかな。もっと流れているのかもしれませんが、
写真撮りたくて、カメラ見たりしていたので・・・。
でも、ちょうどいいタイミングで明るいのがちょうどいいところに流れてくれました。
明るいのが木星。
その右下のたくさん星が集まっているのがすばる。
そして、その右にかなり長く、明るく流れました。
さて、アドベント聖書日課の12/13日分。
ルカ 1:57-80でした。
「また、そのあわれみによって、日の光が上からわたしたちに臨み、暗黒と死の陰とに住む者を照し、わたしたちの足を平和の道へ導くであろう。」78-79節
これはバプテスマのヨハネのお父さんだった、ザカリヤが、口がきけるようになって最初に語った賛美の言葉。
本当に神様の救いのすばらしさを歌っている姿に、心動かされました。
彼が口がきけなかった間、どんなことを考えて、どんなことに心を向けていたのか、本当によくわかります。
私が口を開く時に出てくる言葉が、私の心の中にあることを表しているんですね。
いつもいつも神様の恵み深さを思っていることができますように。
それから力をいただいて歩んでいくことができますように。
流星群を見ていました。
1時半過ぎに外に出て、2時半前まで見ていたのですが、
10個くらいかな。もっと流れているのかもしれませんが、
写真撮りたくて、カメラ見たりしていたので・・・。
でも、ちょうどいいタイミングで明るいのがちょうどいいところに流れてくれました。
明るいのが木星。
その右下のたくさん星が集まっているのがすばる。
そして、その右にかなり長く、明るく流れました。
さて、アドベント聖書日課の12/13日分。
ルカ 1:57-80でした。
「また、そのあわれみによって、日の光が上からわたしたちに臨み、暗黒と死の陰とに住む者を照し、わたしたちの足を平和の道へ導くであろう。」78-79節
これはバプテスマのヨハネのお父さんだった、ザカリヤが、口がきけるようになって最初に語った賛美の言葉。
本当に神様の救いのすばらしさを歌っている姿に、心動かされました。
彼が口がきけなかった間、どんなことを考えて、どんなことに心を向けていたのか、本当によくわかります。
私が口を開く時に出てくる言葉が、私の心の中にあることを表しているんですね。
いつもいつも神様の恵み深さを思っていることができますように。
それから力をいただいて歩んでいくことができますように。
2012-12-13
流星群の夜:アドベント聖書日課12/12
昨日はNYへ行って、行きもそうだったのですが、
帰りのバスで久しぶりに車酔いをしたようで、
帰って来て、そのまま休んで、更新できませんでした。
で、今は13日ですが、今夜はふたご座流星群のピークです。
日本でもずいぶん見れたみたいですね。
こちらもそろそろ夜半にさしかかるので、
ちょっと様子を見て来ようと思います。今頃はふたご座は東から天頂に向かって昇って来ていますから、そっち方面の空をずっと見ているといいです。
で、10分後に復帰。
真上を見ていたので、首が疲れましたが、
1個見えました。
ちなみに今は-1.8度C。
この時期にしては冷え込みが厳しくなくて救われます。
北海道の友人は-15度Cで見たみたいですから。
でも、やっぱりここら辺の空は明るすぎ。
ピークは2時以降みたいなんで、
もうちょっと後でもう一度行ってみます。
さて、昨日のアドベント聖書日課。ルカ1:39-56。
「力あるかたが、わたしに大きな事をしてくださったからです。」49節。
マリヤはエリサベツのところに急いで行って、再会(?多分・・・)を喜びます。
それ以上に、同じ神様の御業を経験する者として、主のはしためとしての役割を果たす思いを共有するのです。
その中で、マリヤは「ああ、心配だ」とか、「いろいろ大変だけど、しっかりしなきゃ」なんて言わないで、本当に心から「神様の恵み」「神様の力」「救いの御業のすばらしさ」を歌うんですね。
そこには、私なんかが心配するようなこれからの困難に対する恐れとか、大きな使命に対する戸惑いとか、表れてないんですよね。
主の恵みを絶対的に信頼している姿を見ます。そのように主に目を向けさせてくれる関係、ってすばらしいなあと思います。そのような交わりを生み出す者となりたいと思います。
主よ、
あなたに目を向けて歩めますように。
私に出会った人たちが、自然と、神様、あなたに目を向けることができるような、そんな者にしてください。
帰りのバスで久しぶりに車酔いをしたようで、
帰って来て、そのまま休んで、更新できませんでした。
で、今は13日ですが、今夜はふたご座流星群のピークです。
日本でもずいぶん見れたみたいですね。
こちらもそろそろ夜半にさしかかるので、
ちょっと様子を見て来ようと思います。今頃はふたご座は東から天頂に向かって昇って来ていますから、そっち方面の空をずっと見ているといいです。
で、10分後に復帰。
真上を見ていたので、首が疲れましたが、
1個見えました。
ちなみに今は-1.8度C。
この時期にしては冷え込みが厳しくなくて救われます。
北海道の友人は-15度Cで見たみたいですから。
でも、やっぱりここら辺の空は明るすぎ。
ピークは2時以降みたいなんで、
もうちょっと後でもう一度行ってみます。
さて、昨日のアドベント聖書日課。ルカ1:39-56。
「力あるかたが、わたしに大きな事をしてくださったからです。」49節。
マリヤはエリサベツのところに急いで行って、再会(?多分・・・)を喜びます。
それ以上に、同じ神様の御業を経験する者として、主のはしためとしての役割を果たす思いを共有するのです。
その中で、マリヤは「ああ、心配だ」とか、「いろいろ大変だけど、しっかりしなきゃ」なんて言わないで、本当に心から「神様の恵み」「神様の力」「救いの御業のすばらしさ」を歌うんですね。
そこには、私なんかが心配するようなこれからの困難に対する恐れとか、大きな使命に対する戸惑いとか、表れてないんですよね。
主の恵みを絶対的に信頼している姿を見ます。そのように主に目を向けさせてくれる関係、ってすばらしいなあと思います。そのような交わりを生み出す者となりたいと思います。
主よ、
あなたに目を向けて歩めますように。
私に出会った人たちが、自然と、神様、あなたに目を向けることができるような、そんな者にしてください。
2012-12-12
アドベント聖書日課12/11
今朝にはすっかり雨も上がっていて、
今日は気持ちのいい晴れの日になりました。
そして、夜になってからは久しぶりに冷え込んでいます。
今は11時過ぎで2.8度C。
明日の朝は久しぶりに氷点下になります。
朝、車のフロントガラスを「ガリガリ」です。
今度の日曜日はJOY JOY クリスマス。
ちょっと遅れ気味ですが、クリスマスのお話の準備中。
子供たちの心に神様の愛が届きますように。
さて、今日もアドベントの聖書日課。
今日はルカ1:5−25です。
「時が来れば成就するわたしの言葉を信じなかったから・・・」20節。
子供が与えられるようにと祈っていたザカリヤとエリサベツ。
しかし、神は彼らに子供をお与えにならなかった。
「この祈りはかなえられなかったんだなあ」と思っていたザカリヤに、もうとっくに諦めていたザカリヤに「あなたの祈りは聞かれています」と天使ガブリエルが告げる。
信じられない彼が口がきけなくなってしまうのは「罰」のような印象を受ける。
リビングバイブルはそういう解釈で、「罰として」と書かれている。
「私のことば」を信じなかったから「言葉が話せなくなる」。
確かに罰であったと言ってもいいかもしれないけれども、
でも、もっと意味がありそうな気もする。
彼が言葉を語れない中で、何を学んだだろうかと思わされる。
自分がもし語ることができなくなったならば、
どうやって過ごすだろうか。
語ることができる自分は何を語っているだろうか。
神の言葉を聞き、神の言葉を語る者として、整えていただきたいと思った。
神さま、
このクリスマスの時、
もっともっとあなたの声に耳を澄ませて、聞く者とならせてください。
そして、あなたに聞いたことを、感謝して語る者とならせてください。
今日は気持ちのいい晴れの日になりました。
そして、夜になってからは久しぶりに冷え込んでいます。
今は11時過ぎで2.8度C。
明日の朝は久しぶりに氷点下になります。
朝、車のフロントガラスを「ガリガリ」です。
今度の日曜日はJOY JOY クリスマス。
ちょっと遅れ気味ですが、クリスマスのお話の準備中。
子供たちの心に神様の愛が届きますように。
さて、今日もアドベントの聖書日課。
今日はルカ1:5−25です。
「時が来れば成就するわたしの言葉を信じなかったから・・・」20節。
子供が与えられるようにと祈っていたザカリヤとエリサベツ。
しかし、神は彼らに子供をお与えにならなかった。
「この祈りはかなえられなかったんだなあ」と思っていたザカリヤに、もうとっくに諦めていたザカリヤに「あなたの祈りは聞かれています」と天使ガブリエルが告げる。
信じられない彼が口がきけなくなってしまうのは「罰」のような印象を受ける。
リビングバイブルはそういう解釈で、「罰として」と書かれている。
「私のことば」を信じなかったから「言葉が話せなくなる」。
確かに罰であったと言ってもいいかもしれないけれども、
でも、もっと意味がありそうな気もする。
彼が言葉を語れない中で、何を学んだだろうかと思わされる。
自分がもし語ることができなくなったならば、
どうやって過ごすだろうか。
語ることができる自分は何を語っているだろうか。
神の言葉を聞き、神の言葉を語る者として、整えていただきたいと思った。
神さま、
このクリスマスの時、
もっともっとあなたの声に耳を澄ませて、聞く者とならせてください。
そして、あなたに聞いたことを、感謝して語る者とならせてください。
2012-12-10
アドベント聖書日課12/10:「関係」
今日も雨。
午前中は霧も深かったですね。
午後は霧は消えて、気温も上がりました。
この雨も、間もなく寒冷前線が通過して、終わり。
明日は、だんだん晴れてくるでしょう。
さて、クリスマスまであと2週間ほど。
我が家も、のんちががんばって、ツリーが飾られました。
「ああ、あれも」「これも」と焦る気持ちもだんだん募ってきました。
でも、本当に一番大切な心の準備をさせていただきたいですね。
で、今日もアドベント聖書日課ニュージャージー日本語キリスト教会版から。
今日はマタイ1:18-25でした。
「ダビデの子ヨセフよ、心配しないでマリヤを妻として迎えるがよい。」20節。
やはり、同じ男として、ヨセフのことが気になります。
どんな気持ちだっただろうかと。
マリヤからどんなことを聞いていたのだろうか、
何を聞いても信じられなくて、「何言っているんだこの人は」と思っていたのではないだろうか、
それとも何も聞いていなくて、絶望的になっていたのだろうか、
そんなことを思います。
そんな彼らを救ったのは、コミュニケーションではなく、
腹を割っていろいろ話したからではなく、
神様ご自身がそこに介入されたからでした。
神様ご自身との関係でした。
最近、互いの信頼関係の構築のために、
正しいコミュニケーションの大切さを思わされることが多いです。
でも、それとともに必要なのは、同じ神様を信頼して、
その神様の前に出て、神様の声を聞くこと。
本当に主を信頼していくこと。
神様を神様としてそこに従っていくことなんだと思います。
主よ、
互いの信頼関係のために、
あなたの声を聞いていくことができますように。
互いの声を聞くことだけでは乗り越えることのできない問題が出て来た時に、
あなたの声を聞くことができますように。
午前中は霧も深かったですね。
午後は霧は消えて、気温も上がりました。
この雨も、間もなく寒冷前線が通過して、終わり。
明日は、だんだん晴れてくるでしょう。
さて、クリスマスまであと2週間ほど。
我が家も、のんちががんばって、ツリーが飾られました。
「ああ、あれも」「これも」と焦る気持ちもだんだん募ってきました。
でも、本当に一番大切な心の準備をさせていただきたいですね。
で、今日もアドベント聖書日課ニュージャージー日本語キリスト教会版から。
今日はマタイ1:18-25でした。
「ダビデの子ヨセフよ、心配しないでマリヤを妻として迎えるがよい。」20節。
やはり、同じ男として、ヨセフのことが気になります。
どんな気持ちだっただろうかと。
マリヤからどんなことを聞いていたのだろうか、
何を聞いても信じられなくて、「何言っているんだこの人は」と思っていたのではないだろうか、
それとも何も聞いていなくて、絶望的になっていたのだろうか、
そんなことを思います。
そんな彼らを救ったのは、コミュニケーションではなく、
腹を割っていろいろ話したからではなく、
神様ご自身がそこに介入されたからでした。
神様ご自身との関係でした。
最近、互いの信頼関係の構築のために、
正しいコミュニケーションの大切さを思わされることが多いです。
でも、それとともに必要なのは、同じ神様を信頼して、
その神様の前に出て、神様の声を聞くこと。
本当に主を信頼していくこと。
神様を神様としてそこに従っていくことなんだと思います。
主よ、
互いの信頼関係のために、
あなたの声を聞いていくことができますように。
互いの声を聞くことだけでは乗り越えることのできない問題が出て来た時に、
あなたの声を聞くことができますように。
2012-12-09
アドベント聖書日課12/9:「信頼」
今日も雨が続いています。
これで3日目。
もう一日、明日まで雨が続きそうです。
気温は明日は高め。その後は雨が上がって、平年並みか、ちょっとゆるめの冷え込みになりそうです。
さて、今日のアドベント聖書日課。
今日はルカ1:26-38。
「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身になりますように。」38節。
今週は「準備」に目を留めます。
マリヤの準備、それはもうこの言葉に尽きます。
自分を神様のservantとしてその身を差し出しているその言葉。
最初は戸惑い、信じられない気持ちでいたマリヤが、
最後にはこのように「お言葉どおりにこの身になりますように」と祈っています。
でも、それを支えたのは神様ご自身。
今日の礼拝の中でもそのことを分かち合わせてくださったのですが、
マリヤの心の準備を導き、支えたのは神様ご自身。
その方が今も私たちと共にいてくださる、それが感謝。
神様、
今週のクリスマスのための準備を導いてください。
どうか、あなたのみこころに従う者とならせてください。
これで3日目。
もう一日、明日まで雨が続きそうです。
気温は明日は高め。その後は雨が上がって、平年並みか、ちょっとゆるめの冷え込みになりそうです。
さて、今日のアドベント聖書日課。
今日はルカ1:26-38。
「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身になりますように。」38節。
今週は「準備」に目を留めます。
マリヤの準備、それはもうこの言葉に尽きます。
自分を神様のservantとしてその身を差し出しているその言葉。
最初は戸惑い、信じられない気持ちでいたマリヤが、
最後にはこのように「お言葉どおりにこの身になりますように」と祈っています。
でも、それを支えたのは神様ご自身。
今日の礼拝の中でもそのことを分かち合わせてくださったのですが、
マリヤの心の準備を導き、支えたのは神様ご自身。
その方が今も私たちと共にいてくださる、それが感謝。
神様、
今週のクリスマスのための準備を導いてください。
どうか、あなたのみこころに従う者とならせてください。
アドベント聖書日課12/8:「ほんとのものが見えてくる」
ついに更新できないうちに日付が変わってしまいましたが、
12月8日(土)のアドベント聖書日課。
今日はルカによる福音書2:22-38でした。
「この幼な子は、イスラエルの多くの人を倒れさせたり立ちあがらせたりするために、また反対を受けるしるしとして、定められています。そして、あなた自身もつるぎで胸を刺し貫かれるでしょう。それは多くの人の心にある思いが、現れるようになるためです。」34-35節
イエスの存在は、人々を居心地のいいところに置いておくものではなかった。イエスによって、人々は心の中にあるものがあばかれることになった。
それまで立派に見えていた人々が単なる偽善者であったことが明らかになった。
人々は救い主を待っていた。
でも、ほとんどの人々は自分にとっての都合のいい救い主を求めていた。
しかし、神が準備して送られた救い主は、人々の心の中にある思いが現れてくるようになるために送られたのだった。シメオンにはそれがわかっていた。
クリスマスを待ち望む思い。
居心地のいい、気のおけない仲間や家族とのクリスマスを思い見るのもいい。
でも、神が一人子を送られたのは、私たちの安穏とした歩みにくさびを打ち込むためだったのではなかったのだろうか?
神さま、
あなたが送られる救い主、それを心から待ち望む者でありますように。
自分の願い、自分の都合、そのようなものを救い主に押し付けることがありませんように。
12月8日(土)のアドベント聖書日課。
今日はルカによる福音書2:22-38でした。
「この幼な子は、イスラエルの多くの人を倒れさせたり立ちあがらせたりするために、また反対を受けるしるしとして、定められています。そして、あなた自身もつるぎで胸を刺し貫かれるでしょう。それは多くの人の心にある思いが、現れるようになるためです。」34-35節
イエスの存在は、人々を居心地のいいところに置いておくものではなかった。イエスによって、人々は心の中にあるものがあばかれることになった。
それまで立派に見えていた人々が単なる偽善者であったことが明らかになった。
人々は救い主を待っていた。
でも、ほとんどの人々は自分にとっての都合のいい救い主を求めていた。
しかし、神が準備して送られた救い主は、人々の心の中にある思いが現れてくるようになるために送られたのだった。シメオンにはそれがわかっていた。
クリスマスを待ち望む思い。
居心地のいい、気のおけない仲間や家族とのクリスマスを思い見るのもいい。
でも、神が一人子を送られたのは、私たちの安穏とした歩みにくさびを打ち込むためだったのではなかったのだろうか?
神さま、
あなたが送られる救い主、それを心から待ち望む者でありますように。
自分の願い、自分の都合、そのようなものを救い主に押し付けることがありませんように。
2012-12-07
アドベント聖書日課12/7:「自由への招き」
今朝起きたら、日本でまた大きな地震があったことがニュースに。
心配しています。今回はそれほど被害はないようですが、
フラッシュバックをはじめ、精神的なダメージを受けておられる方もいるのでは、と。
どんなことがあっても大丈夫なように準備することも大切でしょうが、また大きな地震が起こりませんように、と祈ります。
今朝は-4度Cまで下がりました。
これで予報どおり雨が降って来たら、iceが怖いな、と思ったのですが、9時頃に雨が降り始める時には、もう0度を超えていて、freezing rainにはなりませんでした。
よかったです。
そして、この雨は降ったりやんだりで、火曜日くらいまで続きます。
なんだか、クリスマスが近いというのに雪ではなくて雨。
その先を見ても、しばらくは雪の予報はありません。
喜んでいいんでしょうが、ちょっとさびしいかも。
さて、今日のアドベント聖書日課はイザヤ書61:1-3。
「捕われ人に放免を告げ、縛られている者に解放を告げ・・・」1節。
イエスは自由を与えるために来られたという。
解放を告げるために。
でも、解放をしていただくためには、自分を縛っているものを知らなければいけないのだろうと思う。
私を縛っているのは何だろうか?
人がどう思うかということだろうか?
「こうあらねばならない」という気持ちだろうか?
人の期待に応えたいという気持ちだろうか?
本当にイエスにある自由を満喫させていただきたい。
主が与えてくださる自由の中に歩みたいと思う。
主よ、
あなたは私を自由にするためにイエスを送ってくださいました。
私を自由にしてください。あなたの願われる自由を与えてください。
心配しています。今回はそれほど被害はないようですが、
フラッシュバックをはじめ、精神的なダメージを受けておられる方もいるのでは、と。
どんなことがあっても大丈夫なように準備することも大切でしょうが、また大きな地震が起こりませんように、と祈ります。
今朝は-4度Cまで下がりました。
これで予報どおり雨が降って来たら、iceが怖いな、と思ったのですが、9時頃に雨が降り始める時には、もう0度を超えていて、freezing rainにはなりませんでした。
よかったです。
そして、この雨は降ったりやんだりで、火曜日くらいまで続きます。
なんだか、クリスマスが近いというのに雪ではなくて雨。
その先を見ても、しばらくは雪の予報はありません。
喜んでいいんでしょうが、ちょっとさびしいかも。
さて、今日のアドベント聖書日課はイザヤ書61:1-3。
「捕われ人に放免を告げ、縛られている者に解放を告げ・・・」1節。
イエスは自由を与えるために来られたという。
解放を告げるために。
でも、解放をしていただくためには、自分を縛っているものを知らなければいけないのだろうと思う。
私を縛っているのは何だろうか?
人がどう思うかということだろうか?
「こうあらねばならない」という気持ちだろうか?
人の期待に応えたいという気持ちだろうか?
本当にイエスにある自由を満喫させていただきたい。
主が与えてくださる自由の中に歩みたいと思う。
主よ、
あなたは私を自由にするためにイエスを送ってくださいました。
私を自由にしてください。あなたの願われる自由を与えてください。
2012-12-06
足が冷えたら頭を覆え:アドベント聖書日課12/6
今朝は-3.6度Cまで下がりました。
そして昼間も5度どまり。
冬らしい一日でした。
今は夜の11時過ぎですが、また、-3.3度Cまで下がって来ています。
今夜は初めての経験ですが、暗くなってからのrunningをしました。
-3度の中走るのは、やっぱり寒いです。
で、数日前に毛糸の帽子を買いました。
そしたら、それが暖かいこと暖かいこと。
こちらでは「足が冷えたら頭を覆え」ということを言います。
それで、昼間、家の中でも足が冷えたら、毛糸の帽子です。
ホント、これ、効果覿面です。ぜひお試しあれ!
冷え込みはここまで。
明日はだんだん気温が上がって、雨が降ってくる予報です。
そして、次にお天道様を見るのは、多分火曜日。
ずっとぐずついた天気が続きそうです。
さて、アドベント聖書日課、今日はイザヤ書42:1-4。
「真実をもって道をしめす。」3節。
神の僕である救い主は、大きな声を上げたり、人々をびっくりさせて注目を浴びたり、そんなことによって、救いの業をするのではない。真実の歩みの中に、道を示す方。
真実に歩むことの大切さを思わされる。
議論に勝つことではなく、「正しい」教えを振り回すのではなく、真実な歩みをする中で、救いの道を開かれた。
私たちの歩みもそうでありたいと思う。
議論に勝ったり、「正統性」を主張することによってではなく、ただただ真実に僕として歩む中で、本当のことを表していく、それでいいんだろうと思う。
主よ、
大胆に、真実な歩みができますように。
何も心配しないで、真実に歩むことができますように。
そして昼間も5度どまり。
冬らしい一日でした。
今は夜の11時過ぎですが、また、-3.3度Cまで下がって来ています。
今夜は初めての経験ですが、暗くなってからのrunningをしました。
-3度の中走るのは、やっぱり寒いです。
で、数日前に毛糸の帽子を買いました。
そしたら、それが暖かいこと暖かいこと。
こちらでは「足が冷えたら頭を覆え」ということを言います。
それで、昼間、家の中でも足が冷えたら、毛糸の帽子です。
ホント、これ、効果覿面です。ぜひお試しあれ!
冷え込みはここまで。
明日はだんだん気温が上がって、雨が降ってくる予報です。
そして、次にお天道様を見るのは、多分火曜日。
ずっとぐずついた天気が続きそうです。
さて、アドベント聖書日課、今日はイザヤ書42:1-4。
「真実をもって道をしめす。」3節。
神の僕である救い主は、大きな声を上げたり、人々をびっくりさせて注目を浴びたり、そんなことによって、救いの業をするのではない。真実の歩みの中に、道を示す方。
真実に歩むことの大切さを思わされる。
議論に勝つことではなく、「正しい」教えを振り回すのではなく、真実な歩みをする中で、救いの道を開かれた。
私たちの歩みもそうでありたいと思う。
議論に勝ったり、「正統性」を主張することによってではなく、ただただ真実に僕として歩む中で、本当のことを表していく、それでいいんだろうと思う。
主よ、
大胆に、真実な歩みができますように。
何も心配しないで、真実に歩むことができますように。
2012-12-05
アドベント聖書日課12/5
暖かい日々が終わりを告げて、冷えてきました。
今、夜の11時過ぎですが、0.8度Cです。
明日の朝は-4度Cくらいまで下がりそうです。
でも、冷え込みは一時的で、今週末は天気がぐずつきそうですが、雪ではなくて雨のようです。
さて、アドベント聖書日課第4日目。
今日はエレミヤ書31:31-34節。
今日は機能紹介した「リビングバイブル」でも読んでみました。
「わたしは彼らの罪を赦すだけでなく、それをすっかり忘れる。」34節の言葉が心に留まりました。
私たちは、いろいろ覚えている。
あんなことされた、あんなこと言われた・・・と。
でも、神様は、私は忘れる、と言われる。
本当にありがたいことだと思います。
神様、
あなたがすべてを覚えておられたら、私は本当に居場所がないと思います。本当に恥ずかしくてしょうがないです。でも、あなたが忘れてくださって、感謝します。
私も忘れることができますように。
今、夜の11時過ぎですが、0.8度Cです。
明日の朝は-4度Cくらいまで下がりそうです。
でも、冷え込みは一時的で、今週末は天気がぐずつきそうですが、雪ではなくて雨のようです。
さて、アドベント聖書日課第4日目。
今日はエレミヤ書31:31-34節。
今日は機能紹介した「リビングバイブル」でも読んでみました。
「わたしは彼らの罪を赦すだけでなく、それをすっかり忘れる。」34節の言葉が心に留まりました。
私たちは、いろいろ覚えている。
あんなことされた、あんなこと言われた・・・と。
でも、神様は、私は忘れる、と言われる。
本当にありがたいことだと思います。
神様、
あなたがすべてを覚えておられたら、私は本当に居場所がないと思います。本当に恥ずかしくてしょうがないです。でも、あなたが忘れてくださって、感謝します。
私も忘れることができますように。
2012-12-04
現実へ戻る:アドベント聖書日課12/4
現実に戻る・・・って天気の話題です。
こちらの天気予報で、冬に暖かい日が何日か続いて、
平年並みの気温に戻ると、「back to reality(現実に戻る)」という言い方をします。
日本の天気予報ではそんなこと言わないですよね。
でも、よく聞くので、つい頭の中で日本語に直して、自分は普通に使ってしまいます。
で、今日までの暖かい日は今日で終わって、現実に戻ります。
今日も16.4度Cまで上がりました。
今は寒冷前線がペンシルベニア州の西の方を通過中ですので、
明日の朝には通過して、明日の午後にはグンと冷えてきそうです。
そして、明日の夜は氷点下です。
でも、まだ最低この先1週間は特別に寒くはならないみたいです。
さて、アドベント聖書日課の3日目。
今日はイザヤ書11:1-12:1。
あ、今頃なんですが、聖書をお持ちでない方がおられたら、こちらから読むことができます。日本語の聖書を選んで聖書箇所を開くといつでも読めます。
https://www.youversion.com/ja/bible/81/isa.11.ja1955
上の方から選べば「リビングバイブル」という読んでて意味が分かりやすい訳も読めます。この訳はあるアメリカの牧師さんが英語に訳された聖書をわかりやすい言葉に訳し直し、それから日本語に訳されていて、まあ、3回のプロセスを経ているので、原語の意味をちゃんと伝えているかどうか?というところもあるので、気をつけないといけないのですが。
その今日の聖書箇所の中で、「おおかみは小羊と共にやどり、ひょうは子やぎと共に伏し、子牛、若じし、肥えたる家畜は共にいて、小さいわらべに導かれ、 雌牛と熊とは食い物を共にし、牛の子と熊の子と共に伏し、ししは牛のようにわらを食い、 乳のみ子は毒蛇のほらに戯れ、乳離れの子は手をまむしの穴に入れる。」(6-8節)を読んでいて、最近見た、映像を思い出しました。
自分は動物ネタとか、あまり反応しないのですが、こいつにはやられました。
この聖書の言葉は「あの世の天国」の様子を描いているんだ、と思っていますが、もしかしたら、「この世の天国」の様子を象徴的に描いているのかもしれません。
どちらにせよ、「あの世はいいところだけど、この世はねえ・・・」というのは違うみたいです。もちろん、あの世のほうがずっといい、ということは聖書に何回も出てきます。でも、この地上でも「天国」を味わうことができることも聖書は何度も語っています。だから、この「羊とおおかみがいっしょ」というのも、象徴的な意味で、この地上でも経験できるようになる、それが救い主の福音なのだと言っているのだと思います。
強い人と弱い人、ってことでしょうかね。
恐れなくていいということでしょうかね。
そのような関係に生きることができるようにと、祈ります。
いえ、聖書が、神様が与えてくださると約束してくださっているならば、大丈夫なのでしょうね。「ああ、まさに聖書が言っている『羊とオオカミが一緒に楽しんでいる』ような感じだ!」って、場面を経験できますように。・・・でも、誰がオオカミで誰が羊だ???
神様、
聖書の言葉を信頼して、あなたに大きなことを期待するものでありますように。
羊とオオカミが一緒に楽しむような経験を、この地上でも味わわせてください。
こちらの天気予報で、冬に暖かい日が何日か続いて、
平年並みの気温に戻ると、「back to reality(現実に戻る)」という言い方をします。
日本の天気予報ではそんなこと言わないですよね。
でも、よく聞くので、つい頭の中で日本語に直して、自分は普通に使ってしまいます。
で、今日までの暖かい日は今日で終わって、現実に戻ります。
今日も16.4度Cまで上がりました。
今は寒冷前線がペンシルベニア州の西の方を通過中ですので、
明日の朝には通過して、明日の午後にはグンと冷えてきそうです。
そして、明日の夜は氷点下です。
でも、まだ最低この先1週間は特別に寒くはならないみたいです。
さて、アドベント聖書日課の3日目。
今日はイザヤ書11:1-12:1。
あ、今頃なんですが、聖書をお持ちでない方がおられたら、こちらから読むことができます。日本語の聖書を選んで聖書箇所を開くといつでも読めます。
https://www.youversion.com/ja/bible/81/isa.11.ja1955
上の方から選べば「リビングバイブル」という読んでて意味が分かりやすい訳も読めます。この訳はあるアメリカの牧師さんが英語に訳された聖書をわかりやすい言葉に訳し直し、それから日本語に訳されていて、まあ、3回のプロセスを経ているので、原語の意味をちゃんと伝えているかどうか?というところもあるので、気をつけないといけないのですが。
その今日の聖書箇所の中で、「おおかみは小羊と共にやどり、ひょうは子やぎと共に伏し、子牛、若じし、肥えたる家畜は共にいて、小さいわらべに導かれ、 雌牛と熊とは食い物を共にし、牛の子と熊の子と共に伏し、ししは牛のようにわらを食い、 乳のみ子は毒蛇のほらに戯れ、乳離れの子は手をまむしの穴に入れる。」(6-8節)を読んでいて、最近見た、映像を思い出しました。
自分は動物ネタとか、あまり反応しないのですが、こいつにはやられました。
この聖書の言葉は「あの世の天国」の様子を描いているんだ、と思っていますが、もしかしたら、「この世の天国」の様子を象徴的に描いているのかもしれません。
どちらにせよ、「あの世はいいところだけど、この世はねえ・・・」というのは違うみたいです。もちろん、あの世のほうがずっといい、ということは聖書に何回も出てきます。でも、この地上でも「天国」を味わうことができることも聖書は何度も語っています。だから、この「羊とおおかみがいっしょ」というのも、象徴的な意味で、この地上でも経験できるようになる、それが救い主の福音なのだと言っているのだと思います。
強い人と弱い人、ってことでしょうかね。
恐れなくていいということでしょうかね。
そのような関係に生きることができるようにと、祈ります。
いえ、聖書が、神様が与えてくださると約束してくださっているならば、大丈夫なのでしょうね。「ああ、まさに聖書が言っている『羊とオオカミが一緒に楽しんでいる』ような感じだ!」って、場面を経験できますように。・・・でも、誰がオオカミで誰が羊だ???
神様、
聖書の言葉を信頼して、あなたに大きなことを期待するものでありますように。
羊とオオカミが一緒に楽しむような経験を、この地上でも味わわせてください。
2012-12-03
小春日和:アドベント聖書日課12/3「主の熱心」
今日は「小春日和」というのにふさわしい暖かい日でした。
最高気温は16.4度Cまで上がりました。
明日はもう一日15度Cを超えて、その後は10度くらいの比較的穏やかな日が続きそうです。
さて、アドベント聖書日課、今日はイザヤ書9:1-7を読みました。
心に留まったのは、最後の「主の熱心」という言葉です。
暗闇の中にいる人々に光が照るのも、希望を持って歩めるのも、神の子救い主が送られたのも、その方が、私たちと共に歩んでくださるのも、ただ、神様の情熱ゆえなんだというんですよね。
神様が熱い思いを持って私を愛してくださっていることをとてもうれしく思います。
私も、熱い思いを持って、神様にお応えできますように。
私も、熱い思いを持って、人々を愛することができますように。
最高気温は16.4度Cまで上がりました。
明日はもう一日15度Cを超えて、その後は10度くらいの比較的穏やかな日が続きそうです。
さて、アドベント聖書日課、今日はイザヤ書9:1-7を読みました。
心に留まったのは、最後の「主の熱心」という言葉です。
暗闇の中にいる人々に光が照るのも、希望を持って歩めるのも、神の子救い主が送られたのも、その方が、私たちと共に歩んでくださるのも、ただ、神様の情熱ゆえなんだというんですよね。
神様が熱い思いを持って私を愛してくださっていることをとてもうれしく思います。
私も、熱い思いを持って、神様にお応えできますように。
私も、熱い思いを持って、人々を愛することができますように。
2012-12-02
アドベント聖書日課12/2
教会のために作ったアドベント聖書日課はこちら。
http://www.jccofnj.org/main/advent2012/advent2012.pdf
アドベント第一日。
今日はイザヤ書の40章1-11節を読みました。
今日の礼拝の中で、ここからメッセージをしながら、
神様に期待すること・・・ということをお話ししていました。
その中で、もしも自分が「あなたのことなんて期待していない、期待して裏切られて、がっかりするのはイヤだし、傷つくのもイヤだ」と言われたら、どうだろうか、と思わされた。
そのとき、「でも、同じことを神様にしているのではないだろうか?」という思いがわいて来た。「神様がわたしの人生にすばらしいことをしてくださると期待するのは傷つきたくないからもうしない」とか、「神様の祝福はこんなもんだろう」とか、そんなことを言って来なかっただろうかと。
神様の愛を、神様の力を、神様のご好意を信頼して、大胆に期待して歩んでいきたい。
http://www.jccofnj.org/main/advent2012/advent2012.pdf
アドベント第一日。
今日はイザヤ書の40章1-11節を読みました。
今日の礼拝の中で、ここからメッセージをしながら、
神様に期待すること・・・ということをお話ししていました。
その中で、もしも自分が「あなたのことなんて期待していない、期待して裏切られて、がっかりするのはイヤだし、傷つくのもイヤだ」と言われたら、どうだろうか、と思わされた。
そのとき、「でも、同じことを神様にしているのではないだろうか?」という思いがわいて来た。「神様がわたしの人生にすばらしいことをしてくださると期待するのは傷つきたくないからもうしない」とか、「神様の祝福はこんなもんだろう」とか、そんなことを言って来なかっただろうかと。
神様の愛を、神様の力を、神様のご好意を信頼して、大胆に期待して歩んでいきたい。
2012-12-01
2012年アドベント聖書日課。
日本はもう2日になっているので、
アドベントが始まっていますね。
クリスマスを待ち望むアドベントの時期。
やはり、クリスマスにまつわる聖書の言葉を味わいたくて、
教会のみなさんとともに味わいたくて、
聖書日課を作りました。
あくまでもニュージャージー日本語キリスト教会のみなさんのことを考えながら準備したものですが、ここでも分かち合おうと思います。
http://www.jccofnj.org/main/advent2012/advent2012.pdf
幸いな3週間余りの歩みになりますように。
アドベントが始まっていますね。
クリスマスを待ち望むアドベントの時期。
やはり、クリスマスにまつわる聖書の言葉を味わいたくて、
教会のみなさんとともに味わいたくて、
聖書日課を作りました。
あくまでもニュージャージー日本語キリスト教会のみなさんのことを考えながら準備したものですが、ここでも分かち合おうと思います。
http://www.jccofnj.org/main/advent2012/advent2012.pdf
幸いな3週間余りの歩みになりますように。
2012-11-27
再会、そしてチャレンジ。
更新していないわりには、アクセスが多かったのは、雪だったからでしょうか。
「お天気おやじ」を名乗っているんだから、雪の前にはちゃんと予報を出さないといけませんね。反省。
今日の雪は、量もそれほど多くなく、気温も高めで、融けながら降る雪でした。
でも、明日の朝は氷点下に下がりそうなので、ちょっと凍結するところもあるかもしれませんね。お気をつけて。
でも、この先また穏やかな日々が続きそうです。
先週は、NYに来られていた、三浦綾子さんの秘書をされていた方と9年ぶりの再会。
前回は綾子さんのご主人である光世さんのNY地区の講演会に付き添っておいでになりました。それが2003年ですから、本当に久しぶりだったのですが、連絡をいただいて、再会がかないました。
高校時代からのお友達とご一緒に、ご訪問下さいました。いやあ、たのしかったです。
限られた時間のNY滞在の中で、貴重な時間を割いて、NJまでおいで下さって、本当にうれしかったです。そして、ほんとうにあっという間に時間が経っていました。
そして、いただいたご著書を早速読ませていただいていますが、生前の綾子さんにしろ、今もお元気で「背筋がすうっ」のご主人の光世さんも、そして、秘書をされていたこの方も、本当に神様に用いられることから逃げない、聖書のイエスのたとえ話を使うと「任せられたものを土の中に埋めておかない」姿に自分の生き方が問われるような思いがしました。また、その教会の牧師がそれを正しく導きながら、励ましていった姿からも学ばされます。
綾子さんが書いたものによって、聖書と出会ったり、信仰に導かれた方々がどれほどおられることでしょうか?勇気や力が与えられたり、自分の姿に光があてられた方々がどれだけおられることでしょうか?それを考えると、一人の人が神様に与えられたものを「こんなもの」と言わないで、大胆に用いていただくことがどれほど大切なことかと思います。
この出会いで、そして、またご著書を読みながら、本当にそのチャレンジが与えられました。教会に連なる一人一人が、神様から任されたものを、大胆に用いていただくことができますように。そのために私が牧師として、すべきことをさせてください!と祈られます。
感謝。
「お天気おやじ」を名乗っているんだから、雪の前にはちゃんと予報を出さないといけませんね。反省。
今日の雪は、量もそれほど多くなく、気温も高めで、融けながら降る雪でした。
でも、明日の朝は氷点下に下がりそうなので、ちょっと凍結するところもあるかもしれませんね。お気をつけて。
でも、この先また穏やかな日々が続きそうです。
先週は、NYに来られていた、三浦綾子さんの秘書をされていた方と9年ぶりの再会。
前回は綾子さんのご主人である光世さんのNY地区の講演会に付き添っておいでになりました。それが2003年ですから、本当に久しぶりだったのですが、連絡をいただいて、再会がかないました。
高校時代からのお友達とご一緒に、ご訪問下さいました。いやあ、たのしかったです。
限られた時間のNY滞在の中で、貴重な時間を割いて、NJまでおいで下さって、本当にうれしかったです。そして、ほんとうにあっという間に時間が経っていました。
そして、いただいたご著書を早速読ませていただいていますが、生前の綾子さんにしろ、今もお元気で「背筋がすうっ」のご主人の光世さんも、そして、秘書をされていたこの方も、本当に神様に用いられることから逃げない、聖書のイエスのたとえ話を使うと「任せられたものを土の中に埋めておかない」姿に自分の生き方が問われるような思いがしました。また、その教会の牧師がそれを正しく導きながら、励ましていった姿からも学ばされます。
綾子さんが書いたものによって、聖書と出会ったり、信仰に導かれた方々がどれほどおられることでしょうか?勇気や力が与えられたり、自分の姿に光があてられた方々がどれだけおられることでしょうか?それを考えると、一人の人が神様に与えられたものを「こんなもの」と言わないで、大胆に用いていただくことがどれほど大切なことかと思います。
この出会いで、そして、またご著書を読みながら、本当にそのチャレンジが与えられました。教会に連なる一人一人が、神様から任されたものを、大胆に用いていただくことができますように。そのために私が牧師として、すべきことをさせてください!と祈られます。
感謝。
2012-11-23
Thanksgiving 2012
Thanksgiving Dayは11月の第4の木曜日と決まっている。
今日のTurkeyは21.5パウンド。約10Kg。
自画自賛ですが、とっても美味しく焼けました。
今年は11月の第4木曜日は22日なので、一番早いパターン。
まず、朝祈りながら、散歩。
真っ青な空に感謝。
新しい朝に感謝。
今日も太陽が昇ってくる。
明るい光に感謝。
渡り鳥の群れの姿に感謝。
神様の創造の業に感謝。
もしかしたら、自分は思ったよりも足が長いんじゃないかと、私のからだを造ってくださった神様に感謝。
でも、自分は神様が造られたものの中でも、「霜」ってすごいと思う。
「氷はだれの胎から出たか。空の霜はだれが生んだか。」ヨブ記38:29
今日も、太陽が与えてくれる暖かさに感謝。
氷点下の朝でも、ちゃんと水やりをするおばあちゃんに感謝(?)。
一つの聖書の言葉が心に留りました。
「わたしは主に言う、『あなたはわたしの主、あなたのほかにわたしの幸はない』と。」詩篇16:2。
一つ一つのことに感謝しながら、でも、なによりも、神様がいてくださること、神様ご自身が共にいてくださることを感謝したいと。そのような歩みを自分はしているだろうかと。
そして、今日は教会のみなさん、それぞれ、お友達や家族と過ごされたと思いますが、我が家も、「どなたでもどうぞ」のオープンなディナー。全部で20人くらいだったでしょうか。やばおいしく、やばたのしい、ひとときでした。
今日のTurkeyは21.5パウンド。約10Kg。
自画自賛ですが、とっても美味しく焼けました。
他にもいろいろ。デザートの写真忘れました。残念。
でも、楽しいひと時に感謝。
2012-11-08
雪化粧。
昨日の夜の雪は、ウチの庭では10センチの積雪でした。
場所によっては30センチを超えたそうです。
11月上旬としてはかなりの積雪だったようです。
場所によっては停電などいろいろ被害があったと思いますが、
この辺りでは、きれいな雪化粧が見られました。
いつか書こうと思って、メモしていたこと。
ハリケーンで停電になった夜に書き留めておきました。
------
教会は「嵐が来ませんように」と祈って来たように思う。「進路が変わって『それ』ますように」と。予想が外れて『それる』ことによって、危機にさらされる海の男たちのことなどさらさら考えないで。そして、実際に「それる」と「神様が守ってくださった」とも言う。
でも、本当に私たちが祈ることは、「嵐の中で守られますように」ということであり、「嵐の中で痛みを覚えている人々を支えることができますように」であり、「嵐が去ったあとに真っ先に立ち上がることができるように、真っ先に人々のサポートができますように十分な準備をさせてください、知恵を与えてください」ではないだろうか?
そして、被害がなかった時には、「神様ありがとうございます」の次には「私が守られたことは何のためだったのでしょうか?私が守られたことの意味、使命を教えてください」ではないだろうか?
------
実際に1週間停電が続いた時には、私自身、「真っ先に人々のサポートができますように」という思いはすっかり消えていました。そのような気持ちにはならなかったです。もちろん、仲間同士の励まし合い、支え合い、助け合いはあっても、自分のことと、教会のメンバーのことで精一杯。だから、昨日書いたように遠くからサポートに来てくれる存在がとてもうれしいのだと思います。
続けてお祈りして行こうと思います。
私が更に強められて、嵐の中で痛みを覚えておられる人々を支えるエネルギーや時間や知恵や心配りがもっともっとできますようにと。
2012-11-07
いい顔してるねえ。
いい笑顔でしょう。
彼は、今日、今回の高潮で大きな被害を受けたLittle Ferryという町のRecovery Assistance Centerで出会ったジョセフくんと言う8歳の少年。彼は、お母さんとインディアナから13時間かけて来たそうです。
「どうして?」と聞くと、「最近、愛ということについて本を読んだんだ、そしたら、ハリケーンがやって来て洪水になったと聞いたので・・・」と話をしてくれました。そして、しばらく話をしたあと、「あ、もう1つ、ボクの家も洪水にあったことがあるんだ、だから、洪水がどんなことかわかるから・・・」と。一生懸命荷物を運んでいました。
そのセンターでボランティアをされているのは、他にもカナダやミシガンから来られた方々。本当に頭が下がります。
待っているだけでいいのかなあ、出て行かなくていいのかなあ、こんな日は炊き出しとかあったらいいのになあ、と思いながら、でも、今まで1週間このセンターを運営して来られたみなさんに、いきなり行って、「こうすべき!」なんてとんでもない話ですよね。学ぶ姿勢を忘れないでいたいと思います。このセンターのために場所を提供している教会も浸水して修理が続いています。自分が傷ついていながら、人々に仕える姿勢にただただ、脱帽です。
今日は初雪。
予報よりも本格的な雪になりました。
明日の朝まで降って、10センチくらい積もるかもしれません。
明日は学校あるのかなあ・・・。
電線切れないといいけどなあ・・・。
電線切れないといいけどなあ・・・。
2012-11-05
電気復旧・・・そしてこれから。
結局停電は月曜日の夕方から、日曜日の夕方まで6日間にわたりました。
このような時にこそ、日々、状況を発信し、また励ましの聖書の言葉を送るべきなのでしょうが、電気の都合、通信の都合、そして、自分のエネルギーの問題でなかなかできませんでした。自分の弱さを思い知らされます。
土曜日の昼の段階で、お借りしている教会堂は電気がついていませんでした。
教会堂の持ち主である英語の教会は礼拝のキャンセルを決めましたが、私たちは電気がなくても礼拝をしよう、ということになりました。
でも、去年の10月の最後の日曜日、季節外れの雪で停電となった底冷えのする教会堂での礼拝は、本当に冷えてしんどかったので、今年はロビーでみんなで肩を寄せ合いながら、礼拝を守ろうと思っていました。
電気も週報も、バンドもPAもプロジェクターもない礼拝。でも、神様がそこにいてくだされば、私たちの心が研ぎすまされて、神様に向けば、それでいい、という思いで準備をしていました。
しかし、夜、教会に行ったら、
じゃーん。
このような時にこそ、日々、状況を発信し、また励ましの聖書の言葉を送るべきなのでしょうが、電気の都合、通信の都合、そして、自分のエネルギーの問題でなかなかできませんでした。自分の弱さを思い知らされます。
土曜日の昼の段階で、お借りしている教会堂は電気がついていませんでした。
教会堂の持ち主である英語の教会は礼拝のキャンセルを決めましたが、私たちは電気がなくても礼拝をしよう、ということになりました。
でも、去年の10月の最後の日曜日、季節外れの雪で停電となった底冷えのする教会堂での礼拝は、本当に冷えてしんどかったので、今年はロビーでみんなで肩を寄せ合いながら、礼拝を守ろうと思っていました。
電気も週報も、バンドもPAもプロジェクターもない礼拝。でも、神様がそこにいてくだされば、私たちの心が研ぎすまされて、神様に向けば、それでいい、という思いで準備をしていました。
しかし、夜、教会に行ったら、
じゃーん。
こんな風に電気が戻っていたわけです。
素直に感謝しましたね!
そして、完璧に普通通りではありませんでしたが、暖かい礼拝堂で、感謝しつつ、礼拝を守ることができました。
昨日の礼拝、10家族くらいの方々が停電の中から教会に来られました。
だから、教会が暖かくて、本当にホッとしたと思います。
そして、先週の日曜日、礼拝が終わる時に、その日の7時からNYの地下鉄が止まるからと(賢明な判断!)、みんなで「気をつけて!」と早く帰って、そのあとの1週間。共に戦って、帰って来た、という感じで、ほんとうに「どうだった?」と確認し合うような感じでした。礼拝で、主が共におられたこと、これからまた嵐があっても、「私だ、恐れるな!」と言ってくださる主がいらっしゃることを信頼して、祈り合い、また改めて出発しました。
そして、帰って来た時に、牧師館にも電気が戻っていました。本当にホッとしました。そして、昨日から今日にかけて、いくつも「電気がつきました!」というニュースが入って来ています。
でも、ウチの前の通りは相変わらず電線が垂れ下がり、その電線から奥のほうにつながる道にはまだ電気が来ていません。教会の方々も、昨夜から多くの「電気が戻りました!」のニュースが届くのですが、まだ停電の中におられる方々もいます。
そして、海沿いの地域は高潮によって本当に大きな被害を受けました。続けて、祈り続けていきたいと思います。祈りながら、何をすべきなのか、求めていきたいと思います。
これもウチの前の通りで、家を直撃した木もありました。
この辺りはまだ停電が続いています。
木は片付けられましたが、電線は地面に這ったままです。
今夜は冷えています。今は夜の12時で-1度。
今も停電の中で寒い夜を迎えている方々にも、早く電気が届きますように!
2012-11-01
停電中。
ハリケーン/ストームの警告までで終わっていましたが、
本当にその通りのものが来ました。
そして、4回目の夜を迎えましたが、まだ電気が戻りません。
でも、generatorのおかげで、1日数時間、電気を使って、
今日から、インターネットもつながるようになりました。
私たちは無事ですが、周囲はあちらこちらに木が倒れ、電線が寸断されています。
以下の写真はすべて我が家の前の通りの別々の木です。
そして、最後の写真はその通りの一番奥にある公園の中の木が2本折り重なるように倒れているところです。
500メートルくらいの通りで6本、公園でも3本の木が倒れていました。
電線は寸断、家にダメージを受けているお宅が何軒かあります。
「甘く見ないこと」という題で前回の文章を書きましたが、
避難命令の中で、海の方を見物している人がいて、「避難命令が出ているのに、どうして逃げないんですか?」とレポーターに聞かれて、「It's just water!」と言っている人がいた。ホントにはったおしてやりたかった。その水がどんなに怖いものなのか、1年半前にその水で何万人の人が命を奪われたのか・・・。
嵐が去った翌朝、11時頃にラジオで流れていたのは、避難命令の出ていなかった町で、高潮で川をさかのぼった水で堤防が決壊して何百人という人たちが孤立して、一晩経ってから、救出されている、という様子でした。
本当に大きな大きな被害が出ました。
思わされることはいろいろあるのですが、またゆっくり少しずつ分かち合わせていただきたいと思います。
そんな中で、いつもいつも、「私が守られたから感謝」ではなくて、私たちがここに生かされている意味、ここでこのような出来事の中で、何人もの人が命を失うような出来事の中で、守られ、生かされている意味を、問いながら歩みたいと思います。
「あなたがこの国に迎え入れられたのは、このような時のためでなかったとだれが知りましょう。」エステル4:14
本当にその通りのものが来ました。
そして、4回目の夜を迎えましたが、まだ電気が戻りません。
でも、generatorのおかげで、1日数時間、電気を使って、
今日から、インターネットもつながるようになりました。
私たちは無事ですが、周囲はあちらこちらに木が倒れ、電線が寸断されています。
以下の写真はすべて我が家の前の通りの別々の木です。
そして、最後の写真はその通りの一番奥にある公園の中の木が2本折り重なるように倒れているところです。
500メートルくらいの通りで6本、公園でも3本の木が倒れていました。
電線は寸断、家にダメージを受けているお宅が何軒かあります。
「甘く見ないこと」という題で前回の文章を書きましたが、
避難命令の中で、海の方を見物している人がいて、「避難命令が出ているのに、どうして逃げないんですか?」とレポーターに聞かれて、「It's just water!」と言っている人がいた。ホントにはったおしてやりたかった。その水がどんなに怖いものなのか、1年半前にその水で何万人の人が命を奪われたのか・・・。
嵐が去った翌朝、11時頃にラジオで流れていたのは、避難命令の出ていなかった町で、高潮で川をさかのぼった水で堤防が決壊して何百人という人たちが孤立して、一晩経ってから、救出されている、という様子でした。
本当に大きな大きな被害が出ました。
思わされることはいろいろあるのですが、またゆっくり少しずつ分かち合わせていただきたいと思います。
そんな中で、いつもいつも、「私が守られたから感謝」ではなくて、私たちがここに生かされている意味、ここでこのような出来事の中で、何人もの人が命を失うような出来事の中で、守られ、生かされている意味を、問いながら歩みたいと思います。
「あなたがこの国に迎え入れられたのは、このような時のためでなかったとだれが知りましょう。」エステル4:14
2012-10-28
甘く見ないこと。
去年はIreneと10月の雪、2回も24時間以上の停電を経験しました。
そして、今年はSandy。
今回は、特に暴風と高潮に注意が必要のようです。
停電は大変だと思いますが、
でも、今回のstormは甘く見ていると命に関わると思います。
明日の午後以降は外出をしないこと、そして、特に海岸の近くの方は避難すること、水がたまっているところには車で入って行かないこと、高層ビルでは東側の窓に近づかないことなど、常識的なところかもしれませんが、最低限のことを守ることが大切だと思います。
ピークは明日の午後〜夜。今のところの予報ではここら辺は雨は50-150ミリと、大したことはなさそうですが、風が30m/sを超えます。くれぐれもご注意を。
こんな時に、人間の弱さを覚えて、主の前にへりくだるときとなりますように。
そして、今年はSandy。
今回は、特に暴風と高潮に注意が必要のようです。
停電は大変だと思いますが、
でも、今回のstormは甘く見ていると命に関わると思います。
明日の午後以降は外出をしないこと、そして、特に海岸の近くの方は避難すること、水がたまっているところには車で入って行かないこと、高層ビルでは東側の窓に近づかないことなど、常識的なところかもしれませんが、最低限のことを守ることが大切だと思います。
ピークは明日の午後〜夜。今のところの予報ではここら辺は雨は50-150ミリと、大したことはなさそうですが、風が30m/sを超えます。くれぐれもご注意を。
こんな時に、人間の弱さを覚えて、主の前にへりくだるときとなりますように。
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