2006-05-22

主が喜んでくださる

最初にニュースから。
土曜日にJOYJOYキャンプの申し込み受付が締め切られて、
昨日話し合いを致しましたが、その結果、
ちょっと(かなり?)定員を超えるのですが、皆さんをお迎えすることに決定しました。
安全と楽しさを両方求めていきますが、身が引き締まる思いです。

昨日のコメントにも書きましたが、
日曜日の礼拝は、本当にすばらしい一時となりました。
多くの場合、ゲストの方が来られると、
教会の私たちは、
「お話を聞く」「歌を聴く」という姿勢になってしまうことが多いのですが、
今回の工藤さんをお迎えしての賛美礼拝は
一緒に神様を賛美する、礼拝する、という思いで守ることができました。
「わたしもそう思った!」ということを他の方から聞いて、
「やっぱそうか!」と思いましたねえ。
感謝。

今日は何か風は強いし、寒かったですよね。朝は8.2度。
昼間は21度ですから、そこそこ暖かかったのですが、
風が強くて、なんだか、木枯らしみたいでした。

今日JFK Air Portに行ってきたのですが、
その帰りが混んでいること、1時間半以上かかりました。
その間、ラジオで何回も言っていましたが、
今年はまた大きなハリケーンが来るだろうということです。
他のニュースでは、北東部をハリケーンが直撃するかもしれない、
ということです。
私がこちらに来てからは、大体、ハリケーンは南部に上陸して、
こちらの方に上がってくるまでには、ずいぶん弱まっているか、
ノースキャロライナをかすめて東にそれるか、どちらかなのですが、
今年はロングアイランドあたりに向かってまっすぐ上ってくるハリケーンがあるかも、
だそうです。
まあ「かも・・・」はいつでも言えるんですけどね。

過去には1938年のLong Island Expressという名前が付いたハリケーンがあります。
まだ、衛星もレーダーも海上ブイもない時代です。
北東にそれると予想されていたハリケーンが時速100キロもの猛スピードで北上して、
Long Islandを襲うのです。どんなに大変だったかと思います。
興味のある方、詳しくはこちら(英語)。
今年のハリケーンシーズンが予想に反して、穏やかな時となるように心から祈ります。

今日はゼパニヤ書とハガイ書を読みました。
その中で心に留ったのはハガイ書の1:8です。
「山に登り、木を切り出して、神殿を建てよ。わたしはそれを喜び、栄光を受ける」
すべては神様のものだから、
私たちがささげるものを喜んでくださる、
ということは筋違いのような気もする。
教会堂のために祈っているけれども、
教会堂をささげたからといって、神様が喜んでくださる、という感覚は
私の中にあまりなかった。
何か、神様を喜ばせるために会堂を・・・というのには抵抗があった。
でもここでは、神様はこの時代の人々が神殿を建てるのを喜んでくださる、とはっきりと書いてある。
主は私たちのささげものを喜んでくださる。
主のために建て上げるものを喜んでくださるのだ。
もっともっと主にささげる喜びを経験していきたい。
ささげる喜びを語っていきたい。
そのように思わされた。

先ほど、明日日本に一時帰国する若者Kくん到着。
一泊して、明日の朝7時の路線バスでNYに出て、
そこからJFKへ。
僕らが来た頃は中学生だったかな?いや、小学生?
まあ、頼もしくなったもんだ・・・。

神様、
あなたが私たちのささげものを喜んでくださることを感謝します。
それらも、元々あなたから与えられたものであるのに、
それを忘れて、自分が神様のためにささげてあげているような、
気持ちになっているなら、悔い改めます。
あなたの願うように、与えられたものを用いることができますように。


2006-05-21

主の許で休む

自分は周りの人に影響を受けやすい人間だなあ、と思います。
頑固なところもありますがねえ。
特にゲスト・メッセンジャーの姿に影響を受けます。
さすがに元ヤクザの牧師さんの時には、経験の違い、キャラクターの違いで、
あんまり考えませんでしたが、
昨日の集会でお話ししてくださった先生の姿を見ながら、
あのように語りたいなあ、と思いました。
今日の礼拝の中で、あのようには語れないなあ、と焦っている自分がいました。

ちょっといろんなことに追われすぎていたのかもしれません。
時間がないわけではないのに、自分で勝手に焦っていたのかもしれません。
一生懸命、人の心に届く牧師になろうと焦っていたのかもしれません。
今朝、静まって祈っている中で、
「すべて重荷を負って疲れている者は、わたしのもとに来なさい。
あなたがたを休ませてあげよう」との言葉が心に響いてきました。
イエスが私の心に語りかけてくださいました。
不思議と焦りが消えて、ただ、神様のすばらしさを見たい、
神様の奇跡を見たい、イエスによって造りかえられる人の姿を見たい、
その場に居合わせる祝福を与えてください、その祈りだけが残りました。

今日の礼拝もすばらしい神様の祝福の溢れるところとなりますように。

今日はナホム書とハバクク書を読みました。
ハバクク書は「神への疑問」が投げかけられていて、興味深いです。
心に留ったのはハバクク1:5の言葉です。
昨日、東欧の話を聞いたからでしょうか?
「おまえ達の時代に一つのことが行われる」という言葉が心に残りました。
自分は毎日毎日平和であるかのような歩みをしている、
それはそれで感謝すべきことだと思う。
でも、主は大きなことをなさろうとしておれる、時代を動かそうとされている。
その大きな流れの中に生かされているのだ。
また、何か起るんだろうなあ。
でも、そこで動かされないものを持っていたい。
主がすべてを御手の中に収めておられることを信頼して歩んでいきたい。

主よ、
あなたのもとで安らぐことができたことに心から感謝します。
今日の礼拝を祝福してください。
あなたのすばらしさを見ることができますように。

嵐&寒波

久しぶりの朝の更新です。
今日の礼拝は工藤さんが歌を歌ってくださり、
またお証をしてくださいます。
説教はショートに・・・と思っておりますが・・・。

そして、ちょうどそのころ、今日は雷雨がありそうです。
雹も降るかも・・・と言っています。
雹が降る、というと昔は興奮していましたが、
農家の方は大変ですよね。
降らないことを願います。
アトランタではゴルフボールサイズ、ピンポン球くらいの雹が降ったことがあります。
降ったあと、よく見ると、車に小さなへこみが無数についていました。
時々、Weather Channelで、”softball size hail”が降った、と言っていることがありますが、
どんなんだろうなあ、と思います。

そして涼しくなるようです。
今日の朝も十分冷えました。
8.7度。でも、明日の朝はもう少し寒いみたいです。

とりあえず。

2006-05-20

暗闇の光

今日はまあまあかな。
朝晩はちょっと寒いくらい。10度を切りました。
でも、昼間は晴れて22度。
ちょうど良かったです。

今日は夜、NYの教会で、旧共産圏のことを良く知っておられる
牧師さんのお話を聞きました。
その中の実話には、本当に心動かされました。
信仰をもっているがゆえに、
神を信じるがゆえに投獄された旧共産圏のクリスチャン達。
その彼らがその中で輝いて、歩んでおられたことをお話ししてくださいました。

10年間独房に入れられた人、
3ヶ月間、「おまえの家族はおまえを捨てた」「おまえの教会の仲間はみんないなくなった」
といわれ続けた人。
でも、そのような中で、神様から力をいただいて、光をいただいて歩んでいた、
喜びに溢れて賛美をしていた、そんな話をいくつか話してくださった。

想像出来ない。自分の信仰がどれほど安直か、
どれほど甘いか、思わされる。

そして、今日読んだ聖書、ミカ書の5-7章の中でも、
7:8の「たとえ闇の中に座っていても、主こそわが光」という言葉が心に留った。
苦しみの中で、孤独の中で、自分は本当に光である神様を見いだしているだろうか?
そのように思わされた。
いろんなものが与えられ、恵まれている中で、
そのことだけで安住してしまっていないだろうか?
主に答えを求めて、主から答えをいただいて、
歩んでいるだろうか?
暗闇の中でも、真っ暗闇のような中でも、主は私の力。私の光。私の生き甲斐。

明日は工藤さんが歌ってくださる。
礼拝の中でたくさん歌ってくださる。

その中で主が一人一人の心の闇に、光を照らしてくださいますように。

神様、
あなたが、今日、私に与えてくださった励ましに感謝します。
あなたから語って頂いて、ありがとうございます。
どうか、明日の礼拝を祝福してください。
あなたに語られた喜びを持ちながら、前に立てますように。
愛されている喜び、赦された喜びに溢れさせてください。

あなたの光で照らしてください。

JOYJOYキャンプ受付終了。
抽選ありかなしか、微妙な線、(とわたしは思った)
たくさんの子ども達を受け入れることができたらいいな。
でも、大丈夫かな。

2006-05-19

神の言葉を語る者

今日はどんより+一時雨+たまに晴れ。
ちょっと肌寒い一日となりました。
なんだか今年の5月は寒いですね。
まだ暖かなモコモコのスリッパが脱げません。

昨日撮ったさやえんどうの写真です。
こちらもあまり暖かいのより、ちょっと涼しい方がいいのだと思います。
これから、ちょっと咲きそうですが、どれくらい穫れるか。あまり期待しないで楽しみにしています。

JOYJOYキャンプの申し込み、いよいよ明日が最終日。
昨日、今日で11通。明日の最終日は何通来るでしょうか?
抽選しなきゃいけないかなあ。本当は申し込んでくださった方、みんなお迎えしたいのですが・・・。

今日の聖書。
今日はミカ書1-4章を読みました。
一気に最後までいけるかとも思ったのですが、
ちょっと引っかかった言葉があり、途中まで。
それは2:11の言葉。
「誰かが歩き回って、むなしい偽りを語り、『ぶどう酒と濃い酒を飲みながら、お前にとくと預言を聞かせよう』と言えば、その者は、この民にたわごとを言う者とされる」
うーん。本当にどきっとする言葉。
神様の御言葉を語る者が、いい加減な思いで歩んではいけない、という警告だ。
調子のいいことを言って、楽しく過ごしている、のではいけない、と主は言われる。
本当に主に語って頂こう。
主の奇跡を見せて頂こう。
主が私に語り、私は誠実にその言葉を人々に語る。
そのような主の僕とならせて頂こう。

主よ、
あなたの奇跡を見せてください。
主よ、あなたが私に語ってください。
そして、主に語られた喜びを持って、
日曜日、礼拝で語ることができますように。
あなたからのメッセージを語る者でありますように。

2006-05-18

あわれみ

今日はまたいい天気でした。
夕立がありましたが、それもまたいいですね。

昼間の温度は27度まで上がりました。
そして、今日の朝の集会がキャンセルになってしまったので、
久しぶりにゆっくり過ごすことができました。
気になっていた芝刈りもすることができました。
その後の雨ですから、とても気持ちが良かったです。

そして、食べる前にちゃんと撮っておこうと、
こちらが再利用のサラダ菜。一ヶ月足らずでこんなに大きくなります。
なんだかサラダ菜っぽくなってきました。
たぶん、「これこそサラダ菜!」となる前に外側から食べちゃうと思うけど。

植木鉢もそのサラダ菜が入っていたパックの再利用。

こちらは種から育てたレタス。1ヶ月半前に種を蒔きました。
こちらもいいかんじになってきました。


種から育てるのは何かワクワクして楽しいのですが、
普通だったらゴミに捨ててしまうものを育てるのもいいですねえ。
元手はかからないし、育つのも、種からよりも早いし・・・。

午後はJOYJOYキッズクラブ in Ridgewood でした。
24人の元気なみんなが来てくれました。
今日も楽しかったです。
もっとゆっくり一人一人と触れ合いたいなあ、と思いつつ、
でも、結構名前を覚えられるようになってきました。
今月のテーマは「神様は見捨てないよ」ですね。
僕たちが失敗しても、神様は見捨てない。

そう、今日読んだところもそんなことが書かれていました。
オバデヤ書とヨナ書を読んだんですが、
ヨナ書の最後は、神様の憐れみが書かれています。
敵国の首都であるニネベに神のメッセージを伝えることから逃げるヨナを、
神様は首根っこを捕まえるようにして、つかまえて、
ニネベに送ります。
そこで人々が悔い改めて、ニネベが滅びなくなった時に、
ヨナはへそを曲げてしまうんですね。
ニネベが敵の国の首都だからか、
「この町は滅びる」というヨナの言葉が実現しないのが頭に来るのか、
どっちだかわかりませんが、
ヨナはニネベが赦されることが我慢ならないんですね。
そんなヨナに対する神様からのメッセージ。
「私はこの町を惜しむんだよ」。
ありがたいなあ、と思いました。
私のことも、そのように見ていて下さる。
失敗した時も、神様以外のものに心が奪われてしまった時も、
神様は見捨てないで、引き戻して下さる。

神様は見捨てない。

ありがとう、神様。

神様、
ありがとうございます。
あなたがわたしをお見捨てにならないことに感謝します。
どうか、この感謝を忘れることがありませんように。
あなたにしっかり目を向けて歩む者とならせてください。



2006-05-17

神の語りかけを求めて

今日は久しぶりの晴れ。
最高気温も24度まで上がりました。
いいですねえ。
5月はこうでないと・・・。
ちょっともやっていましたが、青い空に心はわくわくです。

さやえんどうが初めての花を咲かせました。
何かあまり育ち方が良くないんですが、何ででしょうかねえ。
種が古いのか、蒔いたのが遅いのか。
大体豆類は古い種はダメですよね。
これもあんまりこちらでは売っていない野菜なので、うまくいって欲しいのですが・・・。
あと、ずっと芽が出ないので「こりやダメだ」とあきらめていたミツバがやっと芽を出しました。
でも、まだ双葉なので、本当にミツバかどうかわかりません。
本葉が出てくるとミツバかどうかわかるんですね、これが。
でも、きっとそうです。本葉が出るのを楽しみにしながら・・・。

今日は朝、ベツレヘム教会で15分メッセージ。
その後、午前と午後、人にお会いして、聖書勉強会。
夜はNYで集会でした。
昨日リサイタルをしてくださった工藤さんがお話をしてくださいました。
とっても良かったです。
個人的には大きなホールのリサイタルよりも、
小さなグループでゆっくりお話を伺って、質問をして、会話をして、
という方がいいなあ、と思います。
何がいいって、この方とお話をしていると、
「神様ってすごいなあ」と思わされるからです。
ああ、私もそのようなものになりたいと思います。
私と話していると「神様ってすごいなあ」と思って頂けるような、
ただ、人々の前に立って説教をしている中だけではなくて、
個人的にゆっくりお話ししている時に、「神様ってすごいなあ」ということが伝わるような、
そのような人間になりたいと思います。

今日はアモス書を読みました。
1-9章まで一気に行きました。
心に留ったのは3:7の言葉です。
「主なる神はその定められたことを僕なる預言者に示さずには何事もなされない」
そのように神様に秘密を語って頂けるような、
親しい関係を持ちたいと思いました。
そのために本当に神様の前に静まる時を大切にしたいと思いました。
とにかく神様の前に静まって待ち望む、
聖書の御言葉を通して語ってくださることを待ち望む時を大切にしたいと思いました。
忙しさに飲み込まれないで、
とにかく神様の前に静まる、そのような歩みをしたいと思いました。

主よ、
語ってください。
私に語ってください。
あなたの御心を教えてください。
時を聖別して、聖書を読み、祈る時を
大切にします。
語ってください。
あなたの語りかけを待ち望みながら、
時を過ごします。
どうか、語ってください。

2006-05-16

心を裂いて

今日はこれからリサイタルのなので、
帰りは遅くなるので、今のうちにスタート。
今日は朝と昼に雨。
時々晴れ。
晴れるとぐーんと暖かくなります。それでも、今日は18度くらい。
明日からはもう少し安定して、もう少し暖かくなりそうです。

ボストンの方は70年ぶりの大雨だそうで、
大変なことになっているようです。
大雨といえば、ここら辺ではHurricane Floydeでした。
300mmくらいの雨が降って、前に住んでいた家ですが、ガレージまでは水が入ってきました。
そして、電話が通じないのがしばらく続きましたね。
交換機が地下で水につかってしまったかなんだかで・・・。

今日はヨエル書を読みました。
心に留ったのは2章の12-13節。
「衣を裂くのではなく、おまえ達の心を引き裂け」
という言葉です。

この続きはまたゆっくり書きたいので、またリサイタルのあとに。

-----------------------------------------------------------

帰ってきました。日付は変わっていますが。
リサイタル、感謝でした。130-140人くらいの方々が来られました。
お一人一人の心に神様が今夜休んでいる中でも語ってくださいますように。
スペイン歌曲はさすがに専門だなあ、と感じました。
そして、一番心動かされたのはアンコールに歌われた「神だけが」でした。
本当に工藤さんが、「自分が注目されるのではなくて、神様だけがほめたたえられて欲しい」
という思いで賛美しておられることを、感じました。
個人的にお話をするとまたすてきな方です。
日曜日は礼拝の中で賛美してくださいますが、また礼拝後もゆっくりして頂けます。
その時、いろいろお話し出来たらいいですね。

明日は朝はベツレヘム教会、夜はNYの日系人会館。そして人に会う予定が2つ。
これから準備しなきゃ。

で、朝の聖書の話の続き。
今日の朝はNJのビジネスマン祈祷会。
でも、最近は皆さん都合が悪いようで、牧師祈祷会、って「会」ではないけど、そんな感じ。
でも、そんな中で、一人で神様の前に出て、一人一人の名前を挙げて祈る、
教会のオフィスで祈るとまた気持ちが違います。
今朝は、とにかく、ここに書くことなんかも全然考えなくて、
ただただ、神様の前に出ている自分がいました。
そして、このようなことを本当に大切にしなければならないなあと思います。
もう、何回か書いているテーマかもしれませんが、
どうしても、「ブログに何て書こう?」とか「これって説教のここに入るなあ」とか、
考えながら聖書を読んでいる自分がいます。
そうじゃなくて、ただ、神様の前にでて、
自分自身に語られることを聞くことが第一で、
説教もブログも、その結果としてできてくるものであるべきだともう一度引き戻されたのです。
だから、感謝でした。
「衣を裂くのではなくて、心を裂きなさい」という言葉を、
そのような意味で読みました。
人に見られることを気にするのではなくて、神の前に出なさい。
今日の工藤さんの語りの中にもありましたね。
「神様見ている」って。
人の前よりも、神様の前に歩む者となりたいです。

神様、
あなたが今日語ってくださったことに心から感謝します。
人に見えるところを気にするのではなくて、
神様の前に、いつも神様の前に歩む者としてください。
今日来られた方々に今も語り続けてください。

2006-05-15

神様のたからもの

昨日の記録で24度は間違いですね。
16度くらいまでしか行かなかったようです。
たぶん土曜日の記録が残っていたのでしょう。
今日は昼頃、すごい雨でしたね。
どうなるかと思いましたよ。ちょうどリハーサルのために、
カーネギーホールに向かおうと家を出る時はすごかったです。
そして夜もちょい雨。
でも昼間は日も差して、17度くらい。
まあまあでしたね。

明日はもうちょっとよくなると思うし、そう願うのですが・・・。

今日は昼前に出てリハーサル。
そして、それが終わってから今度は日本からのツアー!を迎えて、
帰ったら暗くなっていました。

その合間に教会に行ってJOYJOYキャンプの申し込み来てるかなあ、と思ったのですが、
何と今日はゼロ!え、いいんですかー?もうあと5日しかありませんよー。
来週になってから、「申し込みはまだなんですか?」なんてとぼけたことにならないように、
日曜日になってから、「間に合いますか?」なんてことにならないようにしてくださいねー。

そんなんで、あれえ?と思った郵便の束の中に、
去年の5月、シカゴであったJCFNの中西部の集会に講師として招かれて行った時に、
そこに来られていた方からのお便りがありました。
神様に心に触れて頂いたこと、語って頂いたこと、
分ち合ってくださいました。
励まされます。
神様がメッセンジャーとして用いてくださったこと、単純に感謝します。
神様がお一人一人の心に触れてくださることに感謝します。
メモリアルデーウィークエンドなので、
今年ももうすぐですね。
行こうかなあ?って無理だよね。

明日は祈ってきたリサイタル。
たくさんの方々とお会い出来ますように。

で、聖書。
今日はホセア書後半、8-14章。
心に留った言葉は、9章の10節。
「荒れ野でぶどうを見いだすように、わたしはイスラエルを見いだした。」
ということば。
何年か前にキャンプでやったよね。
私たちは神様の宝物なんだって。
今日、本当に感謝しました。
私のことを神様はそのように見てくださっていること、
そのように私を喜んでくださっていること、
感謝しました。
そして、喜んでくださっているのだから、
それに応えて生きたいと思います。
大切にされていることを、感謝して、歩みたいと思いました。

主よ、
あなたが私のことをそのような喜びを持って見ていてくださることに、
感謝します。
本当にうれしく思います。
そのあなたの愛の中に歩む者としてください。
明日のリサイタルのために、あなたの祝福を注いでください。
そして、たくさんの方々を送って下さい。
そして、あなたがその一人一人の心に触れて下さい。



2006-05-14

本当の悔い改め

今日もあと12分です。
今12度。昼間は結構暖かく24度まで行ったようです。
そういえば教会はエアコンが入っていましたね。
でも、今日みたいな日はエアコン必要なのかな。
アメリカ人の教会堂をおかりしているんですが、
時々、その「省エネ感覚」の違いに驚いたりしますね。
大体、エアコン効き過ぎ。

それで、夏にスーツを着て、ネクタイをして、
それでエアコンをガンガンかけるのって、
ものすごい違和感がありますね。
伝統とかそんなのに縛られるよりも、
やっぱり気候にあった服装をすべきだと思います。
また6月になったら、ノージャケット、ノーネクタイ運動をしなきゃ・・・。

エアコン設定は80度F。

今日は母の日でしたね。
母を与えてくださった神様に感謝。
単純に感謝。
ホント真面目すぎるくらい真面目な母で、
苦労した面もあるけど、
今日も、礼拝の中で祈りつつ、本当に神様に感謝しました。

夜はある集会で、おもしろかったです。
時間を忘れて、話をしました。
「牧師」の肩書きも忘れて話をしました。
必要だと思う、そういう時。

JOYJOYキャンプ受付、あと6日。
来週の日曜日に申し込めばいいや、なんて思っている教会の人、
ダメですよー。
来週の日曜日は締め切りすぎていますよー。


ということで、今日はホセア書に進みました。
ホセア書の1-7章、前半を読みました。
このホセアという人は奥さんが不倫を働くのですが、
その奥さんを呼び戻すように、神様に言われる中で、
神様がどんな思いでイスラエルの人々に対する愛と忍耐を持っておられるか、
どんな痛みを感じておられるかを語る預言者です。

心に留ったのは6章の最初に出てくる「悔い改め」の言葉。
でも、新共同訳で読んでいると、最初に主題として、
「偽りの悔い改め」と書かれているんですね。
牧師になるための学校でも勉強しました。
これは表面的な、偽りの悔い改めの言葉なんだって。
4節からあとには「あなたの言葉はすぐに消える露のようだ」と神様は言われます。

でも、1-3節の言葉は「どこが偽りなのか」わからない、言葉です。
私たちも人のことはわかりません。
でも、神様にはわかります。
そして、自分でもわかっています。
「偽りの悔い改め」の時には、本当にわかっています。自分では。

だから、真実に主の前に歩みたいと思います。
偽りのない歩みをしたいと思います。
人には違いがわからないかもしれない、
でも、主の前に真実に歩みたいと思いました。
人がどう思うかではなく、
あなたの前に真実に歩みたいと思いました。

神様、
真実な歩みをさせてください。
あなたの前に、あなたの前に真実に歩ませてください。
人がどう思うかではなく、
あなたがどう思われるかに目を向けることができますように。
人が見ているかどうかで態度が変わるのではなく、
あなたはいつもごらんになっているのですから、
それをいつも頭に置きながら、歩む者としてください。


2006-05-13

トウモロコシの思い出+不安な時代の中で

今日は午後から晴れてきて、
本当に暖かな一日です。
24度くらいまで上がりました。
いいですねえ。

トウモロコシの種を蒔きました。
こっちではいくらでも安く売っているんで、
キュウリやナスみたいに「自分で作る!」ってやらなくてもいいんですけどね。

ちょっとした原体験があるんです。

今から20年前の夏、
北海道の士別という小さな町で2ヶ月間過ごしました。
とてもいいところです。
塩狩峠を挟んで旭川の反対側。
冬はとっても厳しいところだそうです。
7月のはじめはストーブをたきました。

牧師になるための学校の1年生。
夏の2ヶ月間は全国の教会に派遣されて、訓練を受けます。
それで私はそこの小さな教会に派遣されたのでした。
本当に小さな小さな教会で、
一家族、農家の方がメンバーでした。
そのご主人が、ある日、教会にやってきて
(って言っても、建物は長屋の一軒、ちょっと傾いていた)、
トウモロコシを下さった。
北海道のトウモロコシですよ。
おいしい、と思うでしょ。
でも、それ茹でてあったんですよ。
東京のシティーボーイというかダウンタウンボーイだった私の頭の中では、
北海道のトウモロコシはやっぱり醤油かけて焼いたやつでしょう。
だから、茹でたトウモロコシに、えっ、と思ったんですね。
でも、それが食べてみたらびっくり仰天(死語?)。超甘い。
そして、そのおじさん曰く、
「穫ってから30分以内に茹でるとおいしいんだよ」とのこと。

それから、私の頭の中には、「トウモロコシは穫ってから30分以内に茹でる」
という固定観念ができてしまっている。

ここニュージャージーは地元でトウモロコシが穫れる。
でも、やっぱりトウモロコシ狩り農園(ん?こんなのあるのかな)で穫っても、
30分以内に茹でるのは無理。
で、家の庭でやってみることに・・・。

でも、種を買って、良く読むと、
「Sugary enhancer hybrids」という言葉が書かれているんですね。
何だ?ということで、その言葉でググってみると、どうやら、品種改良で、
甘みがすぐに落ちない品種ができているようですね。

近くのスーパーで「これはsugary enhancer hybridsか?」と聞いても、
わからんとは思うが、もしかしたら、20年前の北海道と、
今のニュージャージーでは全然違うのかもしれない、そう思いつつ、でも蒔きました。

さてさて、今から教会に出かけて、PPH(Praise & Prayer Hour)です。
讃美歌を歌って、お祈りをする集会。
心を神様に向けて祈る一時です。
いい集まりです。

では行って参ります。そして、御言葉の更新は帰ってきてから。

-------------------------------------
帰ってきました。
今9時半ですね。
良かったですよ。
神様が私たちを招いてくださった。
そして、明日のために祈るように
明日の礼拝のために祈るように導いていてくださることを感じました。

で、聖書。
今日はダニエル書の7-12章を読みました。
そこには、ギリシャ帝国の時代のことと、世の終わりに起ることが書かれています。
そこにはいろんなことが起ること、
特に戦争や、迫害が起ることがはっきりと書かれています。
9/11以来、「平和だなあ」という時代は終わったように思います。
本当に不安定な時代にいかされていると思います。
またあのようなテロが起るかもしれません。
イラクやイランは不安定な状態が続いています。
イランの核開発を止めさせるために、
核を使うかもしれない、なんて、悪い冗談みたいな話だってあります。
でも、そういう不安な時代がやってくることは、
聖書ははっきりと言っています。
そのことを思った時に、ちょっと不安が和らいだように思いました。
だって、私たちのいのちは神様の御手の中にあるのだから、
神様は私たちの危険をもすべてご存じで、
許しておられるのだから・・・。
だから、すべてはin controlですね。

主よ、
あなたの御言葉に感謝します。
この時代に生きると言うことは、
ちょっと恐いように思います。
私が生まれる20年くらい前、
そんな時代があったのに、それから
ずっと「平和」かと思える時代が続いていました。
でも、今「不安」な時代です。
いつ何があるかわかりません。
あの9/11の朝には知りませんでした。
こんな時代がやってくるとは・・・。
でも、すべてはあなたを超えたことではないんですね。
あなたは何千年も前から、ご承知だった。
だから、私のいのちはあなたの御手の中にあることを信じて、
安心します。
どうか、今夜の休みも守ってください。

そして、明日の日曜日、
すばらしい礼拝を与えてください。
あなたのご臨在を表してください。
あのヤクザの親分に涙を流させたあなたのいのちを、
明日のJCCNJの礼拝に満たしてください。

2006-05-12

神の許しの中で

昨日の夜は降りましたね。
雷も鳴っていました。
でも、今朝には上がって、暖かな一日となりました。
良かった良かった。
そして、花粉もしっかり流れて、良かったです。
出口はもうそこです。

種から育てているレタスが、
ずいぶん大きくなってきました。
ここまで約1ヶ月半。
小さな種でよくも大きくなるものです。
ナスなんかは今は本当にひょろひょろの細い茎ですが、
これが夏には太くなり、秋に枯れても、
翌年まで残る本当にしっかりとした茎になります。
不思議なものを感じます。

今日はこれから教会に行って祈り会です。
シンデレラのように12時までの祈り会です。
時々眠くなります。
でも、あまり時間を気にしないでお祈り出来るので、
いいなあと感じる時もあります。

今日の朝の集まりもいい集まりでした。
聖書を中心にして学びをします。
今日は使徒行伝でサウロがイエスに語られて、
生まれかわるところでした。
そのような「幻」を見る経験、というのはいいなあ、と思う時があります。
でも、私たちに与えられている「新約聖書」が、
当時の人たちには与えられていなかったことを考えると、
私たちの方がずっと恵まれているんだろうな、と思います。
だから、聖書をもっともっと読みたいと思いました。

JOYJOYキャンプ好評受付中。
この2日間でどーんと増えました。
あと8日間ですよー。
まだの方は遅れないようにしてくださいね。
21日になってから、「まだ大丈夫ですか?」って言われても、
絶対、「無理」とお答えしますからね。マジですよ。例外なしですよ。

で、今日の聖書。
ダニエル書の3-6章を読みました。
4章の記事が心に留りました。
ここではネブカデネザル王が「わたしはなんてすごいんだろう」と思った時に、
神様が「何を言うか、あなたもわたしの許しのもとでそのような権力が与えられているのだぞ」
と言うところです。
今もいろんな国のいろんな指導者が権力をふるっています。
その中には国として横暴だなあ、と思う国もあり、
指導者がおうぼうだなあ、と思う国もあります。
でも、そのような国も、神様の許しなくしては、あり得ないのだと思うと、
主の支配のもとにあると思うと、
ちょっとほっとします。
もちろん、「どうして・・・」と思うこともあります。
ヒットラーがあんな残虐なことをすることを、どうして神は許されたんだろうかと。
でも、私たちにわからないこともすべて主の御手の中にある。
それを信頼していくことの大切さを思います。
また自分がJCCNJの牧師として奉仕させて頂いているのも、
ただ、主のみ許しによるものであることを思わされます。
謙虚に歩みたいと思いました。

主よ、
わたしをあなたのもとに謙虚に歩む者としてください。
あなたの使命に生きる者としてください。

2006-05-11

久しぶりの雨

今夜から雨です。
そして、ずっと雨みたいです。
梅雨のように雨が続くようです。
そして、花粉を洗い流してくれたらいいなあ、と思います。

夜の11時半頃、今の気温は14度。
大体これからずっと10度以上20度以下の日が続くようです。
芝生やレタスにはいい天気でしょうね。
ナスやキュウリ、トマトにはつらいかも。
キュウリやトマトはあまり雨に濡れるのは良くないみたいです。
ナスはとにかく暖かいのがいいので、
どうかなあ、と思います。

今日はヤンキースのマツイ君が怪我をしました。
骨折だそうで、明日の朝手術するようです。
心配ですね。
かきごおり家の「マツイ記念日」ももうすぐなのに、残念です。
あれ以来、もう他人とは思えません。
早く直して、帰ってきてくれることを心から祈っています。

今日はキッズクラブin Maywoodでした。
ちょっといつもよりも少なかったかな。
でも、楽しかったです。
久しぶりの子達も来てくれました。
そして、終わったら、たくさんの申込書がありました。
JOYJOYキャンプ申し込み締め切りまであと9日。
まだ大丈夫ですよ。いえ、最終日まで大丈夫なんですが、
遅れないように申し込んでください。
「申し込まないんですかぁ?」みたいな勧誘はしませんからねえ。

で、今日の聖書。
今日はダニエル書の1-2章。
ああ、ここも濃いところなので、あんまり進めません。
今日は2章が心に留りました。
なんたって、王様のリクエストが横暴。
自分が見た夢の意味がわからなくて、
それを人に聞くのはいいのだけれども、
夢自体を話さないで、夢の意味を教えろってったってねえ。
それで、「それは王様無理でございます、夢をお話下さい」と言った賢者達に腹を立てて、
「賢者といわれるものは皆殺しだ」って言うわけですから。
いやあ、横暴。
でも、ダニエルがすごい。「お待ち下さい、祈りますから」ってなことで・・・。
心に留ったのは、そのあとのダニエルの行動。
3人の仲間に「祈ってくれ」と言っているんですね。
その後、神様は祈りにこたえてくださって、ダニエルにその王様の夢を教えてくださるわけです。

とにかく、そういう仲間がいること、それはすばらしいなあと思いました。
そして、「祈ってくれ」と言えること。
このような仲間、このような関係、大切にしていきたいと思います。
自分もそのように言える仲間、そのように言ってくれる仲間、
大切にしていきたいと思いますし、求めていきたいと思います。

神様、
ダニエルに「祈ってくれ」と言える仲間がいたように、
私たち一人一人にそのような仲間を与えてください。
わたしがそれを言われるような存在になることができるように、
またそれを言える仲間を大切にしていくことができるように、
またそれを言える人をもっともっと持つことができるように、
主よお助け下さい。
あなたがいてくださることを感謝します。
でも、それと共に祈ってくれる仲間がいることを感謝します。

2006-05-10

教会ってなによ?

今日も雲が多かったですね。
でも、時々日が差して、
雨は降りませんでしたね。
本当はガンガン降って、
花粉を全部流してしまって欲しいところなのですが・・・。


ナスとピーマンの違い、もう確実になってきました。
これがナス。


茎も葉っぱもかなり紫です。
そして本葉の先っぽが丸いです。

そして、こっちがピーマン。
そう日本の小さいピーマンです。


こちらは茎も葉っぱも緑色で、
本葉の先っぽがとがっています。
園芸やさんに並ぶものは、温室でちゃんと育てて、
今頃はもうしっかり大きな苗になっているのでしょうが、
これはまだまだ。
でも、去年よりもいいペースです。
1ヶ月後くらいには花が咲くようになると思います。

今夜は10時半でもまだ16度もあります。
明日の夜からまとまった雨になる予報が出ています。
水不足注意報が出ていますから、
ちゃんと降って欲しいです。

今日は午後から人にお会いして、聖書の学び。
そして、明日のキッズクラブの準備です。
明日もまた朝は人にお会いして、午後はキッズクラブ。
楽しいです。

JOYJOYキャンプ申し込み受付中。
あと10日で締め切り!
申し込み、現在のところ24名。

今日の聖書はエゼキエル書44-48章でした。
昨日続きで、「神殿のあるべき姿」が書かれていて、
それを「教会のあるべき姿」に読み替えて読んでいました。
そういう思いで読んでいると、そうかあ、と思います。

まず、「信仰」が中心であること。
そうですよね。もちろん、教会に初めてはいる時に、
もうすでにクリスチャンになっている人はいないわけで、
「私はクリスチャンになるぞー」という思いで教会に来られる方も、
そんなにはいないわけで、
皆さんを歓迎するわけですが、
教会の中心はやっぱり「信仰」なんですよね。
「なんでもいいよー」じゃないんですよね。

そして、指導者が真実であること。
ハイ。これは本当に祈らされます。
神様守ってください。

そして、そこにいのちの水が流れていること。
これは47章に書かれています。
教会って形でもなく、
人数の多い少ないでもなく、
元気さでもなく、
そこに何とも言い難い「いのちの水」が流れていること、
そこにいる者たちが生かされていくこと、
それが大切なんだと思います。
神様がそこにおられて、
理屈を超えた私たちを生かすものがそこにある、
と言うことでしょうか。
何か説明すればするほど、わからなくなるかも・・・。
ちょうど、風って、目に見えないし、説明されてもわからないけど、
そこに身を置くと、風を体全体で感じることができるように、
神様の「いのちの水」もそんなもんじゃないかと。
そのいのちが今の自分にも、教会にも、もっともっと溢れるように、
と思います。

神様、
あなたのいのちの水を与えてください。
私を生かしてください。
教会を満たしてください。
そこに触れた人が感じることができるような、
いのちの水の流れを溢れさせてください。
あしたのキッズクラブも楽しく、
そして、心を満たすものとなりますように。


2006-05-09

ああ、明日になる

また遅くなりました。
今日はピアニスト到着。
若い方ですが、
すばらしい感性を持った方とのこと。
ちょっとだけ、調律もしたことがない
我が家のピアノをポロンポロンと弾いてくださいましたが、
ファンになりそう。
なんだか、ずいぶん小さい時から、自由にいろんなのを弾いておられたそうで、
天性のものなのでしょう。

空港へのお迎えの前には午後の集会。
こちらもいろんな方が集まられています。
そして、楽しく学びをしています。
「聞く」という題の本を読んでいますが、
いろいろ考えさせられます。
自分がいかに聞いていないか、
大切なことを話していないか。
自分は「言ってくれないとわからない」と言っておきながら、
いかに聞く耳を持っていないことか、
そして、人には「言わなくてもわかるだろう!」なんて
絶対あり得ないことを要求する
横暴を働いていることか・・・。

そして、まずは他人に求めることではなくて、
与えること、先ず自分が聞く耳を持つこと、
そのことの大切さを思わされます。
なかなかできないんですけどね。

今日はほとんど曇りで、時々にわか雨。
明日もこんな感じなのかな。
そして、あさってからはちょっとぐずつくようです。
でも、朝の冷え込みはあまりきつくないので、
苗も外に出しっぱなしです。
そろそろ植え替えたいものもあるのですが、
畑を耕して、そして、グランドホッグ対策を施しておかないと、
今までの努力が水の泡ですから・・・。
ま、そのうち・・・。

今日の聖書。
今日はエゼキエル書の40-43章を読みました。
その中で心に留ったのが、
43:10の言葉「神殿のあるべき姿を示しなさい」という言葉です。
もちろん、それを「教会のあるべき姿を示しなさい」という意味で読みました。
単純に、「神様教えてください」と思いました。
人々に、教会の本来の姿を伝えることができる様に、
私にもこのエゼキエルに示してくださった様に、
示してくださいと思いました。
そして、そこに向かって進んでいく、お互いでありたいと思いました。
共に歩んでいきたいと思いました。
祈りながら、励まし合いながら、共に進んでいきたいと思いました。

神様、
あなたの願われる教会の姿を教えてください。
そして、そこに生かしてください。
そこに進んでいくことができる様に、
私に、私たちに教会の姿を示してください。
エゼキエルに示された様に、
私にも見せてください。
聖書をもっともっと学んでいきたいと思います。
もっともっとそのような目で読んでいきます。
どうか、語ってください。教えてください。


2006-05-08

一つになること

今日はなんだか肌寒かったですね。
一度30度みたいなのを経験すると、
今日みたいな日は20度近くまで行ったのですが、
なんだか、寒く感じますね。
厚手の長袖を着て一日過ごしました。

今日はリサイタルの工藤さんが、
NY到着。
いやあ、なかなか出てこられないので、
何か入国審査でトラブルでも・・・と心配しました。
でも、無事に出てこられました。
お元気そうでした。
そして、とても楽しい、エネルギッシュな方です。
ますます16日と21日が楽しみになりました。
明日にはピアニストの方が到着。
いよいよ調整に入られます。

今日の聖書。
今日はエゼキエル書の35-39章。
今日は37章の後半が心に留りました。
イスラエルとユダが一つにされる、という言葉です。

そして一人の王が立ち、一人の牧者の許に一つになる、という言葉です。
一つになる、ってどういうことなのかなあ、と今年になってから
何度も何度も考えさせられています。
やはり教会のことを思うからかな。
結局のところ、イエスを主として、イエスにいつもいつも従おうという思いを持っていくこと、
それが本当に大切なんだと思います。
聖書に出てくる「一つになる」という言葉は、
全部そこにつながって来るみたいです。

主よ、
あなたを中心として、
私たちを一つにしてください。
具体的にどうしたらいいのか、
まだまだわかりません。
ですから、祈ります。
祈った時に、
「不思議だけどみんなが一つになった」
という奇跡をなしてくださいますように。

2006-05-07

羊をやしなう

今朝はやはり冷えました。
4.8度でした。
なんだかねえ。そういう朝があると、
苗が枯れるんじゃないかとヒヤヒヤもんです。
今夜も早めにキュウリとナスとピーマンは中に入れました。
ナスとピーマンも本葉が出てきて、
「あ、これナスだ」とか、「これはピーマン」とわかるようになってきました。
ホント植物によって成長の仕方が違うので、
なかなかおもしろいです。
同じ頃に植えたナスとキュウリの育ち方は全然違います。
インゲン豆なんて、あっという間に芽が出て、
芽が出るとほとんど同時に本葉が開きます。
ナスは芽が出るまで時間がかかって、
「もうダメだわ」って頃に芽が出てきて、
本葉が姿を現すまでそれから数日。
園芸店なんかに売っている苗の大きさになるまで、
更に何週間かかかります。

それぞれの個性ですね。
人間の世界だったら、焦るだろうな。ナス君。
キュウリ君はあんなに大きくなったのに、どうして僕はこんなんだろう。
インゲン君なんてあっという間に本葉が出てくるのに、僕はまだまだだ、ってね。
僕ら、そんなレベルなのかな、って思います。
全然違うものだから、比べるなんてバカみたいだと思うのですが、
お互いはそれをやっているんですよね。

一人一人違う存在。それでいいんだって。

今日、元親分、来られましたよ。
何か、やっぱ大物って感じでしたね。
迫力も、大きさも感じました。
メッセージもとても力強くて、
ご自分が変えられたことの中に「祈りの力」を感じられているというお話に
「ああ、祈りたいなあ」という思いに導かれる様な説教でした。
たっぷり1時間お話ししてくださって、
でも、その長さを感じさせない様な熱いお話でした。
感謝、感謝。
たくさんの方々が来られて、それもうれしかったです。

今日もJOYJOYキャンプ受付中。
申込書はこちら
締め切りまであと13日!

明日にはリサイタルの工藤さんが来られます。
こちらも楽しみ楽しみです。

今朝はエゼキエル書の30-34章を読みました。
34章には「羊飼いよ、羊を養え」という言葉があります。
私も牧師としてこの言葉を本当に自分に対するメッセージとして
聞きました。
一人一人の方々の霊的な状態に関心を持ち、
神様に養われていくことを願っていく、
その責任を感じさせられました。
主は私にその責任を、使命を与えられました。
本当にその責任をどのように果たしたらいいのか、祈らされます。
そして、「彼らは群れを養わないで、自分を養っている」という言葉にどきっとしました。
自分はどうだろうかと。
本気で自分のことよりも、教会の一人一人のことに心を配る様な働き人になりたいと願います。

主よ、
今日の一日も感謝します。
お一人一人との出会いに感謝します。
共に祈ったり、語り合ったりすることのできた
方々のゆえに感謝をします。
どうか、お一人一人の心が導かれます様に。

2006-05-06

誰が造ったのか

今日も暖かな一日でした。
でも、夕方から風が出て、
今はもう10度を切りそうな勢いです。
明日の朝は冷え込みそうです。
キュウリの苗を家の中に入れておこうかな。
今本葉が2枚。
あと1週間くらいポットで育てて、
その後植えようと思っています。

それから家の前の街路樹のoak treeがたくさんの花をつけていたのですが、
今日の午後の風でガンガン落ちています。
ほとんど「積っている」という感じです。
これが大変なんですよね。
掃除も大変です。
これを片づけていると、花粉症にならない人がいること自体が不思議なくらいです。
oak treeの花粉症は日本ではシラカバ花粉症と言われていて、
これとフルーツアレルギーは因果関係がある様なんですね。

この街路樹何とかして欲しいです。マジで。

でも、今年もトンネルの出口が見えてきました。

で、JOYJOYキャンプ申し込み受付中。
現在のところ、申し込み殺到。11名。
「申し込み少ないじゃん。大丈夫、入れるじゃん」と思っている皆さん。
まだまだこれからですよ。
まだ申込書を送っていないみなさん、20日必着。遅れないでくださいね。

で、聖書。
今日はエゼキエル書の22-29章を読みました。
考えさせられたのは29章の9節の言葉。
エジプト人の言葉で
「ナイル川は私のもの、私が造ったものだ」という言葉です。
日本人だったら、やっぱ、富士山でしょうかねえ。
本当に誇りに思います。
アメリカだとどこでしょう。
グランドキャニオン?ヨセミテ?ナイアガラ?
でも、それは私たちが造ったものではない。
たまたま、本当にたまたま、自分がそこに生まれただけ。
誇りに思うのはいいんだけど、自分がエライのでも何でもない。
どちらかというと、自分がそこに生を与えられたことを、
神様に感謝したらいい。
仕事だってそう。才能だってそう。
与えられていることを感謝したらいい。
よくスポーツで活躍している人とかが、
「夢を捨てないで欲しい」なんてことを言ってくれたりします。
いいことだと思います。子ども達へのすばらしいメッセージだと思います。
でも、それと共に、あまのじゃくな私は思います。
その活躍、その名声の陰に、
たくさんの「夢をかなえられなかった人たち」がいることを。
「自分は夢を捨てなかったから、ここまで来れた」と思うのもいいでしょう。
でも、それだけではなくて、そのような才能が与えられたことを、健康が与えられたことを、
いいコーチや家族、仲間が与えられてきたことを、感謝したらいい、と思います。
神様に感謝したらいい、と思います。

そうだよ、自分。
そうだね、感謝。

主よ、
あなたに感謝します。
今この場が当たられていることを、
教会が与えられていることを、
仲間が与えられていることを、
家族が与えられていることを、
祈ってくださる方々が与えられていることを。
感謝します。

2006-05-05

どちらが正しい?

今日もJOYJOYキャンプ受付中
今年は例年よりも1週間早いので、
都合が悪くなる方も多いかも。
逆に都合がよくなる方もね・・・。

今日は午前中、人にお会いして、聖書を学び祈りました。
午後は生まれたばかりのベビーを訪問。
その合間を縫って、印刷屋に行ったり、
デスクワークをしたり、
電話をしたり。
でも、こういう個人的な働きが本当に大切だと思います。
「集会」も大切。
でも、それだけではなく、個人的にお会いして、
いろんな話をする中で見えてくることもあります。

今朝は12.5度、
昼間は28.5度。
とても暖かな一日でした。
そして、今晩はanniversaryの私たちは二人で出かけました。
本当に久しぶりです。
でも、息子が大きいので、
もう子ども達だけで留守番もできます。
詳しくは書きませんが、
ウケたのは、食べに行ったレストランで勧められたデザートの数々。
いっぱい食べたあとに、
これは無理でしょう、というものばかり。
チョコレートの固まりの様なケーキや
ピーナッツバターの固まりの様なケーキ。

公立学校で、ソーダが売られなくなるとニュースで言っていましたが、
うーん、この国、ちょっと食生活狂ってるかなあ。

14年も住んでると、こっちのケーキの甘さにも慣れて、
日本のケーキが物足りなく感じたりするんですけどね。
それでも、今日のデザートの数々にはウケた。

花粉症、きっと峠を越えたのだと思います。
きっと。
でも、いろいろ考えさせられます。
花粉症は「もう少しで、終わる」という先が見えているもんですよね。
これが、先が見えなかったらどうなんだろうと思います。
今日は一日「目の玉を出して洗いたい」って感じです。
でも、こんな程度じゃない、本当につらい体の不調が、
「先が見えない」「どんどん進行する」ような病気だったら・・・。
病の方々のことを思わされます。祈らされます。

今日はエゼキエル書の17-21章を読みました。
心に残ったのは18章29節の言葉です。
私たちは「神は不公平だ」「神がいるならどうしてこんなことが・・・」と言うけれども、
それが身勝手なのではないか、正しくないのは私たちの方ではないか、との言葉です。
私も、いろいろな出来事の中で、
納得のいかないことがあります。
「こんなに祈ったのに・・・」ということもあります。
神様が何を考えておられるのか、わからない時があります。
でも、それでいいのかな、と思います。
わかったら、私たちの頭でわかったら、神様もその程度のお方ということでしょう。
私たちにはわからない様なお考えがあるのだろうと思います。
ただただ、謙虚に歩んでいきたいと思います。

主よ、
あなたの思いは私の思いを超えています。
それを受け止める謙虚さを与えて下さい。
それを受け入れる強さを与えて下さい。
そして、あなたの御心を求める熱さを与えて下さい。

今日はもう休みます。
明日は6時半から教会で祈り会。

2006-05-04

本当の平和

今日もJOYJOYキャンプ受付中
そして、元ヤクザの牧師が教会に来るまであと3日。
日曜日の午後1時半からです。

今日の朝の集まりもたくさんの方々が来られました。
新しい方々、いつも大歓迎です。
みんな最初は「初めて」です。
「ずっと来てます」みたいな顔をしている方々も、最初はやっぱり「初めて」でした。
私たちにもとても刺激になります。
うれしいです。

で、明日はとくに集会はありませんが、
個人的にお会いする方や、訪問するところ、行くところ、とかいろいろです。

そして、16回目の私たち夫婦のanniversaryです。
「こどもの日でしょ」と一番下は申しておりましたが、
我が家はこどもの日ではなく、夫婦の日です。
主役は子供ではなく、夫婦です。

やっと16年という感じです。
今年、教会には50周年の方がおられましたが、
「16年の3倍かぁ、どんなんだろうねえ」と、カミさんとしみじみしていました。

で、今日は今年初めて30度記念日でした。
我が家の温度計で最低が10度、最高が30度ちょうど。
昼夜の差がちょうど20度。
明日も暖かいようです。
でもそれも明日までで、
また涼しくなるみたいです。


庭でイチゴが咲いていました。

この花の真ん中の部分がイチゴになるんですよね。
そして、そこに付いているぶつぶつしているのが、
イチゴの実についているぶつぶつになるってわけ。
このイチゴ、4年くらい前に苗を買って、植えて、それが増え広がったもので、
ろくに手入れもしていませんが、厳しい冬を生き延びて、毎年5月にはプチイチゴ狩りができます。
今年は結構花芽がついているかな。

で、今日の聖書。
今日はエゼキエル書の12-16章を読みました。
心に留ったのは13章の「偽りの預言者が平和ではないのに平和だと言っている」という神の言葉です。
平和って何だろうと思いました。
あの9/11の朝のことを、それに続く日々のことを思い出していました。
私もあの朝、「平和」な朝だと思っていました。
他の多くの人々と同じように、そう思っていました。
でも、本当は平和なんかじゃなかった。
表面的には平和に見えたけれども、
世界の多くの人々の中に憎しみが満ちていた。
富める国の人々への憎しみが満ちていた。
自分たちの文化を一方的に輸出してきた人々に対する怒りが、
人々の中に満ちていた。
そして、ほんの一部だったかもしれないけれども、
その怒りを、憎しみを、人々を無差別に殺すことによって、
表そうとしていた人々がいた。
何年もかけて準備した計画を実行しようとしていた人々がいた。

それでも、私は「平和」だと思っていた。
もし、あの「終身刑」を言い渡された被告が、
計画を当局に自白していたら、
そして、FBIとCIAが、テロの計画を未然に防いでいたら、
今も、たぶん、私は何も知らずに「平和」だと思っているだろう。

平和って何だろうと思う。

ホントに。

人間関係だってそう。
自分の夫婦関係だってそう。
一方に無理強いをして、
黙らせて、
ある時には大きな声を出して、
ある時には理屈で説き伏せて、
平和な家庭に見えるものを作っているなら、
それは何だろうと思う。

ホントの平和を求めていきたい。

平和でもないのに、「平和だ」と言うのはやめよう。

主よ、
あなたが与えてくださる平和。
あなたが与えようとしてくださる平和。
それを教えてください。
それを経験させてください。
無理矢理の平和。
人を黙らせての平和。
一部の人だけが自分の願い通りに物事を進められる平和。

・・・ではなく、本当に喜びの溢れる平和を与えてください。
明日の一日が喜びに溢れた日となります様に。

2006-05-03

新しく力を与えられて

JOYJOYキャンプ受付中
今度の日曜日は元ヤクザの牧師さんがJCCNJに来られる。
そして、その次の週の火曜日、16日はリサイタル@カーネギーホール
僕がやる訳じゃないけど・・・。あたりまえか。
でもいろいろある。
楽しくもあり、また、追われるのは心配でもあり・・・。
うっかりしていることがあって、「あっ」と焦ったりすることもあったりする。
生まれつきの(・・・って責任逃れ?)泥縄性格なので、しょうもない。

今日の朝も一つ集会。
そして、そのあと、一つ学び会。
明日はまた朝に一つ集会。
午後はキッズクラブの作戦会議。
今月も楽しくするぞおってやつ。
「脱力系」牧師を目指しているのだから、あんまり気合いを入れてはいけないんだが、
どうしても、子供向けプログラムでは、肩に力が入る。いかんいかん。
子供の肩をつかんで「これでも楽しくないかぁ!」みたいな感じになってはいかん。

そういえば、去年の秋には、
「来年こそ、JOYJOYお茶のみ『まったり』系キャンプにするぞ」
と思ったものだが、つい、力が入ってしまいそうだ。
ま、いいか。

今日は朝も10度、昼は23度、そして夜にはパラパラ雨が降ってきた。
ひさしぶりの雨。
もっともっと降って、花粉を全部流してしまえばいいのに。
明日は暖かい日になりそうです。
それで、かなり花粉が飛びそうです。
そうそう、どんどんとばして早く花粉の季節を終わらせて欲しいものです。

今日から聖書はエゼキエル書に入りました。
1-11章を読みました。
これはまた難解な書物ですよね。
わからないことだらけです。
そんな中でほっとする言葉がいくつかあります。
11:19には「わたしは彼らに一つの心を与え、彼らの中に新しい霊を授ける」
という言葉がありました。
新しい霊。新しい内実ってことでしょうか。
新しい力ということでしょうか。
私たちに与えられると。
内側から新しくされて、
燃やされて、立ち上がる、そのような歩みをさせて頂きたいです。
この御言葉通りに私の中に、教会の中に、
「新しい霊」が注がれるようにと願います。
今まで通り、いつもそのようにやってきたから、
これが慣例だから・・・ということではなく、
freshな思いで歩んでいきたいと思います。

神様、
私に新しい力を与えてください。
新しい思いを、
新しい情熱を与えてください。
そして、あなたの力をいただいて、
立ち上がっていくことができますように。
明日の集会で出会う方々にも祝福があります様に。

2006-05-02

心を挙げよう

ちょっと雲が多かったですが、
それでも23度まで上がりました。
朝は6.7度。高原の朝の様でした。

今日は気をつけて、
花粉に実をさらさない様に一日おとなしくしておりましたが、
ずいぶんましになりました。

どんどんいろんな花が咲きます。
一気に咲いています。
まだチューリップがいくつか残っているのに、
もうツツジが満開になっています。


あと、アスパラガスがお約束の2週間になってしまいました。
昨日2本収穫して合計21本でした。
うーん、先週ちょっと寒い日も多かったので、
これから!という感じですが、まあ、おとなしく、マニュアルに従いましょう。
夏に新しい芽が出てきたらそれをいただくことにして・・・。

あと、ナスが発芽している様なんですが、
まあ、どれがナスでどれがピーマンかわからない状態なんです。
それで、本葉が出てこないことにはどうにもなりません。

で、あのナスはやっぱりかなり高温が必要な様で、
それも温度変化も必要な様で、
夜が20度、昼が30度がいいようです。
今頃昼間日に当てて、夜は中に取り込むと、
ちょうどそんな感じなんでしょう。

今日の聖書。
今日は哀歌を読みました。
エルサレムが新バビロニア帝国によって滅ぼされてしまう中で、
エレミヤが嘆いて祈った言葉です。
特に心に留ったのは、3章41節の言葉です。
「天にいます神に向かって、両手を上げ心も挙げて言おう。」
御言葉通りに手を上げて祈りました。
声を挙げて祈りました。
心を挙げて祈りました。
いつもは頭を垂れて祈るので、
いつの間にか、神様が下の方にいるかの様な祈り方をしていた様に思います。
でも、手を上に挙げると、神様が上におられる様な思いになります。
形から入るのではないのでしょうが、
手を上げるのは、心も挙げる助けになりますね。
神様が聞いてくださることを思い出す助けになります。
特に大きな問題があって、
神様に訴えなければいけないことがある時には、
そうなります。

神様、
私はいつも手を組んで祈っています。
頭を垂れて祈っています。
でも、時には手を挙げて祈りたい。
どうしても手を上げないではいられない。
今日もあなたに手を挙げます。
どうかわたしの挙げた手が清い手であります様に。
心から祈ることができます様に。
そして、主よ、あなたが祈りにこたえてくださいます様に。

2006-05-01

うわさを恐れるな

いやあ、きついです。
花粉症。
今日の夕方ちょっと水まきしただけなんですがねえ。
それからガンガン来ています。
まずいかも・・・。

今日はまた暖かかったです。
温度計の設定を忘れていたので、
最高はわかりませんでしたが・・・。
でも、夜はまた涼しいです。

今日は我が家で地区の日本語教会の牧師が集まりました。
ミーティングもよかったのですが、
その後の、語り合いが、本当に励まされるものでした。
みんな、教会を愛し、人々を愛しているんだなあ、と思いました。

いよいよJOYJOYキャンプの申し込み受付が始まりました。
ここに申込書があります。
「早い者勝ち」というのもむずかしいので、
今回は申し込み多数の場合は、「抽選」と考えました。
賛否あるでしょうが、
「電話を1時間かけ続ける」というのはなくなったので、
ちょっと負担が軽くなったかな・・・と。

目がかゆくて、鼻が詰まっているので、
今日はあっさりと聖書へ。
エレミヤ50-52章を読みました。
51:46には、「噂を恐れるな」という言葉があります。
私たちは噂に振り回されることもあります。
「みんな言ってたよ」・・・これは怖い言葉ですね。
大体、そういうことを誰かが言う時には、
その人自身の意見なんでしょうが、
自分でその言葉に責任を負うことが恐いので、
「みんなが言っているよ」と言ってしまうのだと思います。
大体3人くらいから「みんな」が始まるのでしょうが、
その3つくらいのルートをたどっていくと、
結局は一人の人に行き着いてしまう時もあります。

頭で考えるのは簡単なんですが、
やっぱり私たちはいろんな言葉に振り回されやすい。
だから、神様にしっかりと目を向けていきたいと思います。
聖書の言葉から学んでいきたいと思います。

神様、
どうか、私の心を守ってください。
噂を恐れることがありません様に。
振り回されることがありません様に。
花粉症、楽にしてください。
また、いろんな病気で苦しんでいる方のことを
考える時としてください。

2006-04-30

神の王座

今朝は昨日より冷え込んで、2.7度。
東京だったら、冬だね。
さすがに昼間の暖かさは助かるけど。
今日は24度。
昼夜の温度差が摂氏で20度を超えた。
今晩もそこそこ冷えそう。
今12時前で8.8度。

今日の日曜日、
出張中の方、旅行中の方、遠足の中高生、が多くて
ちょっと寂しかったかな。
でも、みんな守られているので感謝。

夜は元ヤクザの牧師さんがお話しされたのを聞きに行ってきました。
よかったですよ。
私みたいな「牧師の子供に生まれた」というのも、
守られているなあ、と思いますが、
ああやって、世の中の闇の部分を見てこられた方が
話される言葉にはまた迫力があります。
とってもパワフルでした。
だいたい、歯を見せて笑ってはいけないヤクザさんが、
今は牧師になって、ニコニコして穏やかな顔でお話をされている、

それだけで、まさに奇跡です。
神様のなさることはすごいって思います。

そして急遽、5月7日、私たちの教会の礼拝で説教をしてくださることになりました。
是非是非、たくさんの方々においでいただきたいです。
なかなか聞けないお話です。
5月7日、日曜日の午後1時半からです。

今日の聖書。
今日はエレミヤ書の44-49章を読みました。
その中で心に留った言葉は、49:38の「そこに私の王座をすえる」という言葉です。
主は私たちの心の中でも、
邪魔なものを取り去って、
ご自分の王座をすえてくださる方なんだと思いました。
そして、「王座」という言葉についてずっと思いめぐらしていました。
何日か前にもあったでしょうか?
自分の心の王座は何が占めているだろうかと、考えました。

昨夜遅く、今朝早く、ちょっと目がしょぼしょぼしてきたので、
老眼の入ってきたオヤジはこのくらいで今夜は休みます。

主よ、
あなたが私の心の王座を占めてくださいます様に。
お休みなさい。
明日また新しい力に満たされます様に。



聞き従うことの難しさ

いやあ、昨日中に更新出来ませんでしたね。
とうとう1日穴が空いてしまいました。
今日は教会の子ども達もたくさん出演するダンス・チームの発表会がありました。
すごくよかったです。刺激を受けました。
こんなまとまったことを私自身も「やりたい」と思いました。
いえ、ダンスじゃないですよ。ダンスじゃなくても、どんなことでも、
いいもの、を提供していきたいなあ、と思ったわけです。
ま、「シルバー・ダンス・チーム」もいいですけどね。

今朝は「霜」までは行きませんでしたが、3.4度Cまで下がりました。
そして、昼間はやっぱり20度。何で?と思う昼と夜の温度差です。
そして、今午前2時ですが、4.8度で、今も下がり続けています。
今夜は「霜」かも。

で、今日はあっさりと聖書に入ります。
今日読んだのはエレミヤ書39-43章です。
その中で42章21節の言葉にどきっとしました。
「あなたがたが神の言葉を聞かせてくれと言ったのに、それを聞いても、従おうとはしない」とエレミヤが人々を責めている言葉です。
私たち、人に意見を求めても、それが自分の考えと違ったら、それは聞き流して、自分の考えをサポートしてくれる人々の言葉を聞きたくなるものです。
私たちはしばしば、神様に対しても同じことをしているのではないでしょうか?
神様の言葉を求めておきながら、
実際神様の言葉を聞いた時には、従うことができない。
自分の考えと違う時に、その前にひれ伏すことができない。
でも、自分の考えを超えているから、自分の考えと違うから、
神の言葉には意味があるのではないだろうか?
本当に神の言葉の前にひれ伏すものでありたいと思った。
神の前に謙虚になって出たいと思った。

神様、
どうかわたしが本当にあなたの前に
謙遜になって出ることのできる者としてください。
あなたの御言葉に聞き従うことのできる者としてください。
御言葉をお語りください。
私は聞きます。
従うことを教えてください。

2006-04-28

神が隠される

今朝はそれほど冷えなかったですね。
7度くらい。でも、午前中は風が冷たかったです。
昼間は19度まで上がりました。
そして、今、夜の11時にもう9度まで下がっています。
今夜は霜が降りるかも、と言っていましたね。
まあ、そうかもなあと思います。
風が止んで、天気がよくて、
湿度もそこそこ低い。霜もあり得るでしょう。
キュウリ、ナス、ピーマンなど寒さに弱いものは夜は家の中です。
でも、来週には朝の冷え込みも終わって、
また春らしい日が続くみたいです。

どんどん暖かくなって、早く、花粉が終わって欲しいものです。
今、車の窓が黄色になるくらい、花粉が降っています。
うん、花粉が飛んでるのではなくて、「降っている」という感じです。

今日は午前中集会があって、午後はたまっていたいろんな仕事をやっていました。
その中に、5月のニュースレターの原稿ってのがあって、
今度の日曜日に出るんですが、
いろいろ考えさせられました。
教会ってなんだろうって。
いや、牧師が、改めて考えていること自体が、
日頃のプロ意識が足りない、ということなんでしょうが、
ホント、日々のプログラムに追われて、
大切なことが見えなくなってしまっていないかって、思うことがよくあります。
いつもいつも「教会が教会であるように」ってことを考えて歩んでいきたいと思います。

で、聖書。
今日はエレミヤ書の33-38章を読みました。
その中で目が留った言葉が、
36:26の、「しかし、主は二人を隠された」という言葉。
神の言葉をストレートに語るエレミヤ。
彼は王様にも「負けます」「滅びます」と語るから、
とても嫌がられる。
タダ嫌がられるだけではなく、
時にはいのちをねらわれる。
これはそんな時のこと、
神様は彼ともう一人の彼と共に歩んでいた者を守られた。
王様の権力も、軍事力も、
届かないところ、それが神の守りの中。
神様が「渡さない」と決められたら、
大丈夫なんだ。

だから、何度も出てきているテーマだけど、
すべては神の御手の中。
どんなことも、神のみ許しなしには、起こりえない。
だから、じたばたしなくていい。
私たちが気が付かないだけで、神様のなさることは最善なんだから。

主よ、
すべてはあなたの御手の中にあります。
いろんなことに振り回されることもあります。
でも、それもあなたの許されていることの範囲の中。
恐れないで、歩んでいくことができますように。
明日の土曜日も、
その次の日曜日も一つ一つのこと、
お守り下さい。

2006-04-27

主の力の及ばないところはない!

今日も遅くなってしまいました。
でも、今日も更新出来ます。感謝。

昨日の夜は遅くまでNYにいました。
空いた時間には日曜日の準備をしたり、
また、人と会って共に祈り合ったり、
幸いな一日でした。
16000歩、歩きました。
やっぱり健康のためにはそれくらい必要でしょうね。
それも感謝。

今朝は3度まで冷え込みました。
昼間は25度くらいまで上がりました。
花粉、満開です。
でも、今年は例年より楽かな。
今晩も霜が降りるくらい冷え込むと言っていましたが、どうでしょうか?
今はまだ14度あります。
天気は来週初めまでは晴れ!
一気に花粉が終わって欲しいです。

今朝、アスパラ5本収穫。太いのも2本ありました。
甘かったです。累計19本。(^_^)
まあまあですね。
ホントは一遍に10本くらい収穫出来るといいのでしょうが・・・。

それから、ピーマンとなすの種がやっと発芽。
うーん、やっぱり温度管理が難しいですね。
ホントは5月には苗にしておきたかったのですが・・・。
そして、ものによっては、先になすの種をまいていたところに、
「ダメだこりゃ」と思って、ピーマンの種を蒔いたので、
どっちが生えてきたのかわからない!
双葉じゃわかりません。
トマトは蒔いていないけど(好きなんですが、アレルギーが・・・)、
トマトも同じですよね。
本葉が出てきたらわかるでしょう。ゆっくり待ちます。

今日の午前中は祈り会。
午後はキッズクラブでした。
Leoniaです。
新しい方々も来られ、常連も定着して、
いい感じです。15人くらいだったかな。

で、今日の聖書。
エレミヤ書の24-32章を読みました。
32章の27節の言葉が心に留りました。
「私の力の及ばないところが、一つでもあるだろうか」
ノックアウトですね。参りました。
じたばたしなくていい。
恐れなくていい。
八方手を尽くして走り回らなくていい。
すべては主の御手の中にあるのです。
祈りましょう。
ゆだねましょう。
そして、本気で主を信頼しましょう。
言葉だけではなく、
本気で信頼しましょう。

主よ、
今日も、もう休みます。
あなたを信頼します。
あなたがすべてを御手の中に収めておられることを、
本気で信頼します。
お休みなさい。また明日、新しい力に満たして、用いてください。






2006-04-26

「休む」ということについて思い知らされたこと。

昨日のところで(書いたのは今日だけれども・・・)
「仕事をしたい」と思うほどリフレッシュされるのがいい休暇・・・という話を紹介した。

でも、今、日曜日の礼拝の準備をしていて、思った。
やはり今でも自分の中に、
「休暇」に対する後ろめたい思いみたいなのがあって、
「牧師としての働きのために役に立つんだから許して・・・」
みたいな気持ちが働いているのか、と思い知らされた。
「牧師は365日、24時間です」みたいな先輩の言葉がある。
確かに、そうだと思う。いつでも、連絡があったら動く。
いつでも心にかかる人がいたら動く。
でも、それは牧師だけではないだろう。
どんな人でも、「今とても大変なことが起ったんだ、すぐ来てくれ」と言われたら、
昼も夜もない。
心にかかる人がいたら、休みの日でも動く。いや、仕事が休みの日にこそ動く。
だから、それはどんな仕事をしていても、勉強をしている学生でも、主婦でも、親でも、
みんな365日、24時間態勢なんだと思う。

でも、思わされたのは、
やっぱり人間、「自分はこんなにやっています、認めてください」みたいな世界に生きている。
そして、やっていないように見られるのは怖い。
あの牧師暇なんじゃない?と思われるのは怖い。
スケジュールが詰まっていることが、自分の存在価値を支えているような。

でも、それって聖書のメッセージの真逆じゃないのか!
ある本で読んだ。本当にそう思った。
安息の日、それは
「仕事をしている時だけではなくて、
何もしていない自分にも価値があることをエンジョイする時」なんだと。
一週間の初めの日に、その「恵み」から出発するんだと。
今や休暇も「もっといい仕事ができるためにリフレッシュする時」になっている。
それはやっぱり仕事中心主義。

「何かをする」ことによって生きている日常から離れて、
「聞く」こと、「与えられる」ことによって生きていく、
そのような時なんだと思う。

しっかり休ませて頂きました。(^_^)v

神様、
あなたが語ってくださってありがとうございます。
気が付かせてくださってありがとうございます。
あなたに「そのままで、存在自体」受け入れられていること、感謝します。
神様、あなたの「恵み」を語る者としてください。

御言葉が語られて

今日は朝からNYの日です。
いやあ、4月の初めに朝が1時間早くなったはずなんですが、
6時過ぎで、もう明るい明るい。
いいですねえ。
もう1時間早くしたらどうかなあ、と思います。
朝はちょっと涼しかったです。
3度くらい。
でも、寒いとは思いませんでした。
パッチ履いてたけどね。

基本的にNYみたいなコンクリートに囲まれたところ、
いいみたいです。
子供の頃、下町に住んでいたからでしょうか?
全然OK。
花粉が少なくて助かります。

でも、初めてお昼のアポイントがなくて、
自分で「どこで食べよかな」と思って、
1時頃出てみたら、まあ、すごい人。
さすがに、「やーめた。2時か3時頃にしよ。」と思いました。
皆さんどうしているんでしょうか?お弁当?
あ、お弁当を売りに来るという話も聞きましたね。

話は変わって、今朝歩きながら思ったんですが、
野菜とか育てていると、
水をいっぱいやりたいですよね。
さるかに合戦のカニのように、まだ芽が出ないかなあって。
でも、種類によってはやってはいけないのもある。
そして、いずれにしろ、やりすぎないことによって、
水を求めて根が張るようになる。
そして上も立派になると、聞いたことがあります。

自分はどうかな、と。
昨日読んだ「生ける水の源」という言葉と一緒に思いめぐらしていました。
自分は深く深く、御言葉から味わっているだろうかと。
自分で神様の前に御言葉を求めて、頂いているだろうかと。
ともすると、手っ取り早い説明書や、他の方の証し、他の方の説教を頼っていないかと。
自分で御言葉をいただいて、語られて立ち上がる、そのような歩みをしたいと思いました。
渇きを覚える、そのような中で、もっともっと深く取り扱われるような経験が必要だと思います。
手っ取り早いのは、根をダメにしてしまうんだなあ、と思いました。

そして、今日は目が疲れていたので、
バスの中では聖書を読まないで、
図書館に来てから読みました。
エレミヤ書の18-23章を読みました。
そこにもありました。
「主の名を口にすまい、もうその名によって語るまい、と思っても、
主の言葉は、わたしの心の中、骨の中に閉じ込められて、
火のように燃え上がります。
押さえつけておこうとして、わたしは疲れ果てました。
わたしの負けです。」
20章9節の言葉です。
ああ、私はこのように御言葉を語られて、
「黙っていられない」という思いで、
毎週講壇に立っているだろうか?
そう問われる思いがしました。
やはり御言葉を味わうこと、本当に深く深く根を張る木のように、
主の恵みの中に生かして頂いて、
時には「水が断たれているんだろうか」と思うほどに渇きを覚える経験をする中で、
主に深く深く触れて頂きたい、深く深く恵みを味わわせて頂きたい、
そのように思いました。

神様、
あなたを求めます。
あなたが語ってください。
あなたの御言葉を与えてください。
心の深みまで、私を取り扱ってください。
そして、恵みの深みまで私を連れて行ってください。
いのちを与えてください。


2006-04-25

生ける水の源

今日は休暇をいただいた2日目。
今日の午後と夜とそれぞれ出かけて、
ゆっくり過ごさせて頂きました。
聖書も読んだのですが、
今日はもう休みます。
明日また朝早く出てNYの早朝祈祷会です。

NYで時間があれば図書館からアップデートします。

ではでは。

-----------------------------------------------------
ということで、ここから、MidtownのNew York Public Libraryから。

某牧師のブログにあったのですが、
その先生にとって休暇がいい休暇だったかどうかの指標は、
そのバケーションの終わりが近づくにつれてどれだけ
「仕事に戻りたい」という気持ちが高まってきているか、ということだそうです。
なるほど、と思います。

そういう風に考えると、ホンの2日でしたが、
いい休暇だったんですねこれが・・・。

というのは昨日の午後、念願の「お風呂」に行ってきました。
裸でみんなと風呂に入るのが嫌なお年頃の息子と、
病み上がりの長女と
年齢制限で入れない次女の3人を置いて、
カミさんと2人で行きました。
何もせっかく子供が学校休みの時に行かなくても・・・と思いつつ、
行きましたよ。

女風呂は混んでいて大変だったようですが、
平日の日中と言うことで、男風呂はがらがら。
めちゃめちゃリフレッシュしました。
まさに「非日常」空間でしたよ。
旅行したってなかなか味わえないですね。
肩までつかって足をのばすなんて、
3年前の伊豆大島の温泉以来かな。

これは、是非とも「非日常」のまま取っておきたいと思いました。
それでいいんだと思います。それがいいんだと思います。
だから、しばらくは行くまい、と思いました。マジで。

そして、夜は男2人と女3人で分れてお出かけ。
そして、それぞれ楽しかったです。Let's Go Nets!

そして聖書。
25日はエレミヤ書の17章。
13節の「生ける水の源」という言葉が心に留りました。
実は25日の朝は「神様、今日も助けてください」との祈りで目が覚めました。
やはり、私もこの方にしっかりつながっていないと自分の中が涸れてきてしまうんだ、
と思います。
そして、それはバケーションをとることによって解決するものではないと思わされました。
もちろん、多くの場合、バケーションの中で、ただ、一人の人間として、
神の前に出て、祈らされて、そして、立ち上がる、そういう時が与えられる、
だから、本当に必要な時だと思います。
でも、いくら時間があっても、自分が神様の前に出なければ、
神様の前に出て、生ける水の源である方からいのちをいただかなければ、
やっぱり時間は無為に過ぎていく。
だから、忙しくても、時間がたっぷりあっても、
この方につながって、この方からいのちの泉をいただいて、
歩んでいきたいと思いました。
感謝。

神様、
2日間の時をありがとうございます。
これからの歩みの中でこの2日間が生かされていきますように。
その分内容の濃い週の後半となりますように。

2006-04-24

神の言葉を伝える者

やっぱり家におります。大事をとって。
娘に至っては先週の水曜日から6日連続家の中で過ごしています。
だいぶいいんですけど、まだまだ咳が止らず、ハスキーボイスです。
でもゆっくり過ごさせて頂いております。
明日ももう一日お休み。
感謝、感謝。

今日は午前中は雨、
午後は雨も上がり少し日も出ました。
暖かくなりました。
17度まで上がりました。
明日は反対に午前中がいいみたいです。
午後はまた雨。

そして、その後は天気がいいのですが、朝晩は5度くらいまで下がりそうです。
キュウリの芽が出て苗になりかけているのですが、
寒さにあまり強くないということで、
朝晩が冷えると中に取り込む、という日が続きそうです。

今朝は3日ぶりのアスパラガス1本。(全部で14本)
2年目の収穫は2週間、ということですので、あと1週間くらいです。
3年目からはどんどん穫っていいということです。
早く来年にならないかなってか。

で、今日はさっそく聖書。
エレミヤ書の12-16章を読みました。
15章の19節が心に留りました。
特にその真ん中へん、
「もし、あなたが軽率に言葉を吐かず、熟慮して語るなら、
わたしはあなたを、私の口とする。」
という言葉です。
神の言葉を語る者とされている、そのことの畏れおおさ、
その大切な働きを託されていることの深刻さを思わされました。
熟慮して語る。そのような者になりたいと思わされました。

主よ、
あなたの御言葉を語る者としてくださったその恵みに感謝します。
その恵みにふさわしく、熟慮して語る者としてください。
おやすみなさい、神様。


2006-04-23

主を知ることを誇る

今日も雨でした。
特に教会に行く時間帯、めちゃくちゃ降っていましたね。

でも、感謝なことに、たくさんの方々が来られました。
いつもはイースターの次の日曜日は100人から50人に半減するのですが、
今回は80人から65人とちょっと減。
イースターは教会で守って、
イースターが終わってから旅行に行く、出張に行く、という方が多いのでそうなるんですが、
今日はたくさんの方々と共に礼拝を守れました。
聖書でも、イースターの日にイエスさまに会えなかったトマスは
イースターの次の日曜日にイエスさまに会えました。
来週はまた休暇明けで帰ってこられる方々もおられるでしょう。楽しみです。

明日もまだ雷雨だそうです。

で、月火と休暇で出かけられるかな、と思っていたのですが、
娘が体調を崩して、やっとよくなってきたかな、と言うところなので、
難しいでしょう。
11歳なんですが、とってもハスキーないい声になってしまいました。
ということで家でゆっくり休暇を取ります。
天気も不安定みたいだし・・・。
でも、その日になって「行くか」みたいなことをいつもしているので、
明日更新がなければ、「行ったんだなあ」と思ってください。

今日は私たちがお借りしているアメリカの教会の会堂が建って50周年。
記念集会でした。
立派なパイプオルガンがあって、
そして、すごいオルガニストが来て、
すごかったです。
長かったです(3時間以上)が、すごかったです。
よかったです。
そして改めて、貸して頂いていることのありがたさを感じました。
集会の後のお茶の時間に、50年前のことを知っておられる方と話しました。
お金を貯めて、建てた時の苦労、もちろん、その方もそのころまだ大学生で、
あまりわからなかったかもしれませんが、でも、一生懸命ささげたことをお話ししてくださいました。
そのささげ物によって、私たちの教会も存在していることを忘れないようにと思います。

今日の聖書。
今日はエレミヤ書の7-11章を読みました。
9章の23節が心に留りました。
知恵や力や富を誇るのではなく、
神を知ることを誇れ、という言葉です。
神を知ること、
それは自分の小ささを知ることでもあり、
自分の弱さを知ることでもあり、
自分の愚かさを知ることでもあると思います。
なぜなら、神の前に立つ時に、神だけが見えるのではなくて、
自分も見えてくるからです。
イザヤという預言者が神の栄光を見た時に、
ああ、私は滅びるばかりだと言いました。
神様がわかると、自分がわかる、
そう思います。
でも、その神様が私たちを赦し、受け入れてくださることがわかる時に、
イエスの十字架によって赦されることが本当に心の底でわかった時に、
今度は自分のことはどうでもよくなり、神様のすばらしさ、
神様の愛の大きさに目が留るようになります。
これは私自身の経験でもありました。
神様に愛されていることに気が付くと、
今度は自分の弱さ、愚かさ、小ささ、そういうものばかり見る必要はなくなるのです。
神様の愛のありがたさ、かたじけなさ、
そればかりに目が留るようになりました。
だから、その神様の愛のゆえに、私は神を誇ります。
神を知っていることを、神の愛を知っていることを誇りに思います。
そして、語っていきたいと思います。
どう受け取られるかは二の次の問題です。

主よ、
あなたに愛されていることを、
それを知らされていることを、
心から感謝します。
あなたの愛を伝える者としてください。
あなたの愛を誇りとして、
語る者としてください。

2006-04-22

立ち帰れ

今日は寒い一日でした。
雨も降りました。
特に夜は運転していてヒヤッとするほど、降りましたね。
温度は5度まで下がり、
今、夜の11時半ですが、少しずつ上がっています。
明日は今日よりずっと暖かくなるようです。

ということで今日の収穫はなし。
でも、雨の後ですから、来週が楽しみです。

今日の夕方は中学生、高校生の集まり、
いつも彼らのエネルギーと、熱い思いには感心させられます。
教会にいつも来ているのは10人前後なのですが、
この月1回の土曜日の集まりは大体20人以上集まります。
そして、ほとんど大人は任せっぱなし。
一応スーパーバイザーなんですが、
まあ、正直、オブザーバーですね。

今週は、3年ぶりにめがねを新しくしました。
韓国人の眼医者さんなんですが、
「ちょっと近視、進みましたね、乱視も・・・そして、ちょっと老眼・・・」と、
いつも英語なのに、診断を出す時は日本語が混じります。
「ちょっとろうがん」
ああ、自覚はしていたのですが、
やっぱりそうか、と思いました。
できあがっためがねは遠近両用ではないようですが・・・。
40を超えて、さすがに「鍛えればのびる」という感覚はなくなりました。
「どうしたら、何とか衰えをゆっくりにできるか・・・」ですね。

でも、内なる人はますます豊かになる、そう信じて楽しみにしています。
主の御業を信頼して・・・

今日の聖書。
エレミヤ書の1-6章を読みました。
心に留ったのは3章に繰り返される、
「立ち帰れ」という言葉。
自分自身、主の元に帰って、
主から命と力とをいただいて歩んでいきたいと思います。
また、教会も主の元に帰って行くことができるようにと祈ります。
「教会はいつも楽しいところ」そう信じています。
それは単なる表面的な楽しさではなく、
心の深みにまで届く楽しさ、
心の底まで解放される楽しさ、を与えてくれることを期待しています。
そのためには教会が、礼拝が、一人一人が、また牧師である私自身が、
神様のもとに、命の泉を見いだしていくこと、
他の何かではなく、神様ご自身に語って頂くこと、
それが必要なんだなあ、と思います。

主よ、
あなたの元に帰ります。
私自身、先頭に立って帰ります。
主よ、もう一度新しくしてください。
新しい命を与えてください。
そして、主にある喜び、主にある楽しさ、を満たしてください。
私の人生の中に満たしてください。
私たちの家庭の中に、
私たちの教会の中に満たしてください。

2006-04-21

御言葉におののく

今日ももっと涼しい日になるかもと思っていましたが、
結構暖かく20度くらい。
朝も9度くらいでした。
でも今夜から雨で、明日は肌寒いみたいです。


最近、カミさんがCostcoで、サラダ菜を買ってきます。
とっても新鮮で、柔らかいです。
それもそのはず、根っこがついているんです。
そこで、食べた後、根っこの着いた芯を植えてみました。
これが植えたばかりのやつ。

3,4日経っているかな。少し芽が伸びていますね。
植えた時は、てっぺんが真っ平らだったんです。
そして、下の写真が、2週間くらい前に植えたもの。
こんなに大きくなりました。

でも、まあ、食べるにはもう後1週間くらいかかるかな。
でも、1週間おきに、「買って食べて植える」「育ったのを食べる」「買って食べたのを植える」「育ったのを植える」とか繰り返せば、ちょっと節約?

今日もアスパラ2本収穫。夕方にはもう一本大きくなっていました。
明日の朝は冷たい雨でしょうが、果たして収穫出来ますでしょうか?
2本、親指よりも太いのがのびてきています。
楽しみです。

今日は朝が祈り会。
夜は我が家で集会がある予定だったのですが、娘が熱が出ているので、お休み。

祈り会って、教会に来られたことのない方や来られて間もない方にとっては、
「どんなことやるの?」みたいな怖さがあるかもしれません。
でも、本当に大切な集まり+私の好きな集まりです。
いろんな生活の中での課題、教会の中での課題を出し合って、
語り合い、聖書に聞き、そして、心にあるままを祈る時です。
人の祈っているのを聞く、というのも意味のあることです。
私の好きなBTでは、祈り会はERのようなものだと言っています。
緊急の助けが必要な人がそこで神に出会って、生かされていく、そんなところだと言います。
私たちの祈り会も、お互いが新しく力をいただいて、立ち上がっていくような集まりになるように願っています。

で、今日の聖書。
今日はイザヤ書の61-66章を読みました。
イザヤ書が終わってしまいました。
心に留ったのは66章5節の言葉です。
「御言葉におののく人々よ」という神からの語りかけです。
自分は御言葉におののいているだろうか、と思わされました。
ストレートに問われました。
自分は御言葉を研究したり、意味を考えたり、説明したり、
それも大切な働きだけれども、
御言葉におののいているだろうか、と。
御言葉におののく者でありたいと思った。
その前にひれ伏し、そこに立ちつくし、
それに聞いて、従う、そのような姿勢を絶対に失わないようにしようと思った。
研究者になってはいけない、御言葉に従う者になりたい。
聖書の言葉を宣伝する者になってはいけない、
聖書の言葉に聞いて、そこに生きる者になりたい。

主よ、
御言葉に感謝します。
私の姿勢を正してくださったことに感謝します。
御言葉の前に立ちます。
御言葉を語ってください。
そして、そこに生きる者としてください。

2006-04-20

光を照らされて

ああ、今日はあと5分。
また間際の更新です。
昨日の鼻の話。誰からも「私も見えなかった!」という話がありませんねえ。
やっぱり私だけなのでしょうか?

今日は朝から家庭集会、その後キッズクラブと飛び回っておりました。
夜は金魚のために買い物と、水道の水がポタポタとたれるやつの修理。

そう、実は金魚を買い始めたのでした。
というのは、イースターの日曜日のエッグハントの景品で、
娘が「金魚鉢」をゲット。
大喜びだったので、親バカさんは、金魚を買ってあげたのでした。

で、金魚鉢はタダ。
金魚は一匹19セント。
3匹で57セントですよ。
すごい安い。

でも、でもですよ。
まず、水道水をそのまま入れられないので、塩素を抜く薬3ドルくらい。
それから、えさ、2ドルくらい。
それから、やっぱり金魚が酸素が足りないみたいで水面でパクパクはじめたので、
ポンプが12ドルくらい。
なんだか、安く買ったプリンターのインクが高くて大変なのと同じじゃん、て感じです。
タダで譲ってもらったコンピューターのためにソフトを買って大変になったり、みんな同じシステム。

そして、2人の娘達が大喜びでガンガンえさをあげまくっているので、
毎日のように水を換えなければいけなくなってしまっています。
フィルターが必要になるかも・・・。
で、今度はもっと大きな水槽が欲しい、熱帯魚がいいねえ、そのためにはヒーターも・・・
なんて話になるんではないかと恐ろしく思っております。

今朝、アスパラ5本。
暖かいので、すごい勢いで伸びました。
早くのびた分、柔らかく、おいしかったです。

キッズクラブはRidgewoodにしては少なめの20人くらい。
今日はみんな静かにお話を聞いてくれました。
でも、本当に子ども達に接していると、幸せな気持ちになってきますね。
あ、もちろん、大人の皆さんもそうですよ。
マジで、人と会うのは大好きです。
自分からどんどん話題を出して盛り上がるっていう人間ではないんですがね。

花粉症、始まったかもです。
かなり飛んでますよね。
でも、明日から急に涼しくなって、
土日は雨も降るので、楽になるでしょう。

ということで、聖書。
今日はイザヤ書の51-60章を読みました。
心に留ったのは60章の2節の言葉。
どんなに闇が地を覆っていても、
あなたには光が与えられているのだから、
その光をもって、世を照らしなさい、という言葉。
傲慢だと思われるかもしれない。
でも、あえて誤解を恐れないで、
照らされた光を輝かせる使命を果たしていきたいと思う。
光は私の中にあるのではない。
私が輝いているのではない。
ただ、私を照らしてくださる方がいる。
私を輝かせてくださる方がいる。
その方を指し示す働きをしたいと思う。

今日も、子ども達にお話をしながら、
本当にこの子ども達が、孤独を感じた時や、
いじめられて、もう生きるのが嫌になった時に、
大人になって行き詰まった時に、
思い出して欲しいと思った。
「私は世の終わりまでいつもあなたがたと共にいる」と言われた方がいることを。
そのことを伝えることが使命なんだと思った。
今すぐに答えが出なくてもいい。
何か目に見える成果がなくてもいい。

私を照らしてくださる光を紹介したいと思った。

神様、
あなたが与えてくださる光を感謝します。
あなたが照らしてくださることに感謝します。
あなたを指し示す道具として、私を使ってください。
そして、一人の人の人生に光を与える働きをさせてください。





2006-04-19

水がほとばしる

いやあ、今日もあと20分で終わりです。
遅くなりました。
めちゃくちゃ忙しい一日という訳ではなかったのですが、
タイミングが難しかったですね。

今朝は8度、そして、晴れて風の強い日でした。
暖かく23度まで上がりました。
でも、穏やかと言うより、渇いた熱風に近い風が吹く一日でした。
夕方には「バチバチ」と電気が切れる
「瞬間停電」みたいになりました。

明日はもっと暖かいようです。
そしてあさってからはぐんと肌寒くなるようです。
そして週末は雨。
来週初めは休暇なんですが、
天気はどうなんでしょう。
ぽかぽか陽気になって欲しいのですが、
それは無理かも・・・。

今朝、またアスパラガスを2本収穫。
一本は細かったのですが、
もう一本はまずまずの太さ、鉛筆くらいかな。
まあ、おいしかったです。
でも、本当に「おいしかったあ!」となるためには
一遍に10本くらい収穫出来ないとねえ。
ちょっとせこいですよね。

今日はまたうれしいことがありました。
夜のNYの集会で、一人の方が、「洗礼を受けますよ、私は」宣言。
以前一緒にお祈りして、キリストを救い主として受け入れておられたので、
その後どうなっちゃったのかなあ、と思っておりましたが、
今日また、「私はイエスを信じております」ときっぱり。
いいですねえ。月曜日といい、今日といい、
日々、信仰をもつ方が起こされていくのはうれしいです。

朝は隣の教会のプログラムの最初に15分の入門コース・ショートメッセージ。
「私たちは神様に造られたんだ!」とお話ししました。
お話ししながら、子供の時のことを思い出して、紹介しました。
皆さん、鼻の頭っていつから見えるようになりました?
小学校の3年生くらいの時に、女の子に、
「ベビー(これ、当時の私のあだ名)、自分の鼻見えないだろう?」って言われました。
私は、「何いってんだこいつ、見えないのが当たり前だろ」と思いました。
中学生くらいの時に、だんだん鼻が大きくなって(高くなって・・・じゃなくてね)、
ちょびっと見えるようになった時、初めてその女の子が何を言っていたのかわかりました。
皆さんはどうでした?
自分の鼻って見えますか?いつから?

今日の聖書はイザヤ書48-50章。
ここもいろんな言葉が心に留る中で、
あんまり進めません。
特に48章の21節の「岩が裂け、水がほとばしる」という言葉に、
目が釘付けになりました。
神様は砂漠の中で、岩を裂いてくださる、
厳しい状況の中で、一番大きな障害、その大きな障害自体から、
水をほとばしらせてくださる。
涙は賛美の泉、と歌うけれども
自分はやっぱり苦しみは苦手だ。
逃げたくなるし、ため息が出てくる。
でも、そこがまた泉のわくところとなるのだ。
今度、次に砂漠の中の岩に出会う時に、
涙の谷を行く時に、
そのことを思い出して祈ろう。
そのことを感謝して祈ろう。
それが本当なんだと、経験させて頂こう。

神様、
今日の一日を感謝します。
今日も一人の方が、洗礼を決意されたことに心から感謝します。
更に信仰に導かれる方々を起こしてください。
強制ではなく、喜んでそのようにする方々を起こしてください。
そして、次に私の人生の砂漠を通る時に、
岩にぶち当たる時に、そこが泉のわくところとなることを、
経験させてください。
この御言葉を思い出させてください。



2006-04-18

私を造った方

昨日の興奮冷めやらないうちに、
今日になりました。
今日は朝から集会がありました。

いつもは金曜日なんですが、
子ども達の学校の都合もあり、今回は火曜日。
とてもいい集まりでした。
今ここに生かされていることの意味をもう一度思わされています。
誰かと出会うために、ここに生かされているんだなあと思います。

今朝は、8度くらい。
ずいぶん冷え込みは弱くなりました。

そして昼は22度。
どんどん花が咲いています。
薬は飲んではいるのですが、
今年は今のところ花粉症がひどくならないで済んでいます。
まだこれからかもしれませんが・・・。

あした、あさってとどんどん暖かくなる予報。

そしてとうとうアスパラガスの初収穫してしまいました。
写真はあまりよく撮れませんでしたが、一応それっぽいですよね。
でも、「細い!」
4本中一番太いのでも鉛筆くらい。
さっそくいただきましたが、
もうちょっと太くないと、「おいしい!」とは言えないですね。

でも、これから伸びてくる芽は、ちょっと太めのがいくつかあります。
これから・・・そして、来年以降に期待。
でも、教会は会堂買いたいので、あんまりいつまでもこの家に住むとは考えていないのですが、
まあ、その時はその時、掘り返して、持っていきましょう。

今日の聖書、
今日はイザヤ書の43章から47章を読みました。
いきなり43章の最初の言葉が心を捕らえました。
「あなたを創造した主」。
私は主によって作られた。
そしたら、主が私の人生に意味を与えて下さる、
必要とされて造られた存在なんだ、
と思わされました。
使命が与えられている、
出会いが与えられている、
そのように思いました。
一つ一つの出会いや出来事が、
与えられて、そして、その中で、自分の役割があるんだと思いました。
自分の内側を見ると、落ち込むこともあります。
でも、聖書を読むと、もう一度、立ち上がる力を与えられます。

主よ、
今日も朝から、このように元気が与えられていること、
感謝します。
どうか、自分の内側を見ることばかりに縛られないで、
あなたの語って下さることを聞くことができますように。
自分は弱い者です。
でも、あなたには力がある。
そして、あなたはわたしに使命を与えた。
使命を果たす力をも注いで下さい。
一つ一つの出会いに感謝しつつ。


2006-04-17

一番の喜び

今日はうれしいことがありました。
野菜の収穫じゃないですよ。
もっとすばらしいこと。

そう、一人の方がイエス・キリストを救い主として信じてスタートされました!
ハレルヤ!!!

「一人の人が悔い改めるなら、天では大きな喜びがあるだろう」とイエスは言われましたが、
その喜びにあずかることができて、本当にうれしい日でした。
喜んでおられるご本人のゆえにまた感謝。
ホント感謝、感謝、大感謝!
教会が用いられていること、
一人一人が用いられていることをも感謝しました。
自分を見たら、弱いし、失敗ばかり。でも、主は用いてくださるんですね。

チューリップ2号、3号が喜びを共にしてくれました。

昨日のイースターは80人くらいの大人(中学生以上)、
30人くらいの子どもたちが集まって、
楽しいイースターとなりました。
初めての方々もたくさん来られて、にぎやかでした。
大人だけで100人を超えることもあったので、
今年はいつもより少なかったかもしれません。
でも、内容はいつもにまさって、充実していたと思います。

朝は4度まで下がり、暖房が入るほどでした。
でも昼間は18度。昨日も19度ですから、
快適な気候です。

今晩も同じくらい冷えるようです。

あと、庭に生えてきたニラも初収穫。

こちらは食べたいなあ、と思うたびに収穫してもまたのびてきます。

アスパラは明日までお預け。基準の27センチに達したのが一本。
あと、もう少しなのが2,3本。なので明日まとめて収穫しようかなあ、なんて思っています。

今日の聖書はイザヤ40-42章を読みました。
ここら辺は内容が濃くて、一気に読み進むことなどできません。
やっと3章読みました。
40:8が一番心に留りました。

どんなに魅力的な、力のある存在があっても、
それが一つの国であっても、会社であっても、団体であっても、
「やがて草は枯れ、花はしぼむ」
でも、「神の言葉はとこしえに変わることがない」

本当にすごい約束だと思いました。

そして、戒めだと思いました。
神様を信頼していこう、土台にしていこうと思いました。
他のものをあてにしないで、神様をあてにしていこうと思いました。

神様、
あなたを信頼して、
あなたを、あなたの御言葉を信頼して歩みます。
他のものが魅力的に感じる時に、
あなたのところに引き戻してください。
他のものではなく、あなたを信頼して歩むことができますように。
御言葉の確かさを教えてください。
今日はすばらしい出来事に感謝します。
更に信仰に導かれる方々が起こされていきますように。


2006-04-16

熱い神

Happy Easter!
今日もいい天気ですね。
朝は10度くらい。今10時半で15度です。
昨日はなんと27度まで行って、初夏のようでしたが、
今日は普通の春の日です。
ちょっとだけ風があるようですね。
さわやかな朝です。これから教会でイースターの礼拝です。

昨日の夜、教会での祈り会の後、帰ろうと思って車に乗ったら、
なんか、おかしい、まさか、と思いつつ出てみると、
右の前輪がパンクしているではありませんか・・・。
でも、雨でもなく、寒くもなく、暑くもなく、
駐車場でそこそこ明るく、
おまけに車の中にはそこそこ頼りになる高校生の男が2人。
今まで経験したパンクの中で一番楽勝のパターンでした。
「君たちがこれから、車を運転するようになったときに困らないように、
タイヤ交換を経験させてあげよう!」と言いながら、3人で交換しました。
スペアタイヤのちっちゃいこと。それに空気もイマイチ抜けてたし・・・。
でも、無事交換して、近所のガソリンスタンドで空気入れて、
無事帰りました。
水曜日のミラーはかきごおり家の車だったのですが、
今回は教会の車、金曜日の夜は携帯電話のアンテナが「ポロッ」と取れるし、
いろんなことが続きますが、守られていることは感謝。感謝。

でも、タイヤにはスペアがあっていいですよね。
これがなかったら、ホントに困ると思います。
備えあって憂いなし。
でも、人生にはスペアがない。
いつからでも、もう一度やりなおしはきく。でも、リセットはできない。
与えられた時を、大切にしたいと思う。

やり直しで思い出した。
元ヤクザの牧師さんがまたNY/NJに来る。
うちの教会には来られないんだけれども、是非、お話を聞いてみたい。


今日はさっそく聖書。
今日はイザヤ書の34-39章を読みました。
今日は37章35節の言葉、
「わたしはこの都を守り抜いて救う」
という神様の言葉に心が留りました。
32節には「主の情熱」と言う言葉があります。
主は、「何としてでも守る!」という熱い思いを持っておられたのです。

その神様の熱さは、イエスの十字架のうちに頂点に達します。
そう、神様の熱い思いは、イエスの十字架のうちに一番表されているのです。
今も、私に対して、主は熱い思いを持っていてくださる。
主は熱い思いを持っていてくださる。
私に対して。
それを今日は感じました。
「断固として守る!」と今日の私にも語られているのだと思います。
感謝しました。

主よ、
あなたの愛を感謝します。
あなたの熱さを感謝します。
あなたの情熱を思わされました。
私もあなたに対して、
教会の一人一人に対して、
そして、出会う一人一人の方々に対して、
そのような熱さを持つことができますように。


2006-04-15

目が開かれますように

昨日はよく雨が降りましたね。
おかげで芝生に蒔いた種も目を出し始めました。
今日はまたいい天気で、
暖かくなりそうです。
朝は12度、深い霧でした。

そして、今は11時21分、21.6度です。

今日は教会のある方のために、
みんなで祈る日です。
病気の癒しのために、
朝6時から夜12時までみんな20分ずつ手分けして、
一日中誰かが祈っている日です。
「連鎖祈祷」と呼んでいます。

本当は私は夕方の4時20分からと40分からの2ユニットだったのですが、
4時40分からの20分は家に泊まっている高校生に譲って、
そして、朝11時からの方から「代って欲しい」と連絡があったので、
交代したので、11時から先ほどまでお祈りしていました。
賛美を歌ったり、聖書を読んだり、お祈りしたり、
その中で、お祈りしたのは、
その方の病が癒されることと、このことを通して、
神様がその方の心にもっともっと深く触れてくださること。


そんなことを祈っている中で、
その方のことを祈りながら、
また自分自身のことも思わされました。
「私のspiritualなvisionは見えているだろうか?」と。
ある人が、北アメリカの教会の牧師の多くが、
あまりに「企業経営者」「商店経営者」になっている、と書いていた。
どうしたら、顧客が喜ぶパッケージを提供できるか、
顧客を競争相手の店から自分の店に引き寄せるか、

そんなことに心を奪われている、と。

自分はそんなことに支配されていない、
と自分では思っている。
でも、本当にそうだろうか?と思った。
数日前に毎月500人の子供達に神様の話をしたい、
とうことを書いた。
祈り始めた時は、本当にそんなにたくさんの子供達がいるんだから、
という思いで祈り始めた。
JOYJOYキャンプに迎えられるのはせいぜい50人。

こんなにたくさん、「キャンプに送りたい」という声がありながら、
「ごめんなさい、もういっぱいです」と言わなければいけない。
ならば、そのプログラムを少しでも、多くの子ども達にと思って、
キッズクラブを始めた。

でも、毎月のプログラムを持ちながら、
またいつの間にか、人数に捕らわれていないだろうか?と反省させられた。

もう20年前になる。
聖書学院に入って、最初の派遣教会が、
東京の山の手にある立地も抜群、建物も立派な教会。
でも、教会学校には2人の子どもが、
ちょこんと座っていただけだった。
それもミッションスクールの課題で「出なければいけない」
子ども達。
別に楽しそうでもない。
そこで、「何とかして欲しい」と頼まれて、
必死に子ども達に接した。
「あやしいお兄ちゃん」と思われたらどうしよう、なんてそんなことも考えずに、
街に、公園に、出ていって教会の案内をした。
そして、楽しい子供会を何回もやった。
スタッフの皆さんと祈りあい、励まし合い、
1年終わる頃には20人の子ども達が毎週集うようになっていた。

その最後に、
元々来ていた、2人の子ども達に話しかけた。
「たくさんの友達が来るようになってよかったね」
もちろん、「うん!」という元気な答えが返ってくることを期待して・・・。
でも、その子達の反応は意外なものだった。
「前の方がよかった・・・今は、多すぎて、先生も遊んでくれない・・・」
自分は何にもわかっていなかった。

今、自分は同じ過ちを繰り返しているのではないかと思わされた。
年齢がほぼ2倍になっているのに、何にも変わってやしない。

人数を求めるのをやめよう。
ただ、ただ、神様に聞き、神様の声に耳を傾けよう。
子どもたち、一人一人を愛して、その声に耳を傾けよう。
数はその結果だけでいい。

さあ、明日はイースター。
イエスの復活の力に満たされる礼拝となりますように。

で、我が家のチューリップ1号
黄色でした。
アスパラ君達も順調に成長。
この暖かさだと月曜日には初収穫かな。
キュウリ、レタス、さやえんどう、ブロッコリー発芽。
なすはやっぱりもっと暖かくなければダメなのかな。
家の中で20度はキープしていたと思うのですが、
25度くらいをキープしなければいけないのでしょうか、発芽せず。
日本のなすの苗は結構高いからねえ。
もしも、どこかでお買い得の苗があったら教えてください。

で、聖書。
今日はイザヤ書の29-33章を読みました。
心に留ったのは30章15節。
「安らかに信頼していることにこそ力がある」
主を信頼していく中にこそ私たちの力がある。
あわてるんだよね。
昨日の聖書の箇所にもあったけど。
あわてて、どうしよう、どうしようと走り回るんだよね。
でも、主を信頼して、どっしり構えていること、
なすべきことはなすべきだけど、
神様に祈りつつ、答えをもらいつつ進んでいく、
それが大切なんだろう。
今日も祈りつつ、静まりつつ過ごしたい。
主が与えてくださった時を、大切に使いながら。

主よ、
この日をありがとうございます。
とてもいい天気をありがとうございます。
あなたを信頼して、
私の人生をあなたの御手におゆだねして
歩みます。
導いてください。
平安と喜びを日々満たしてください。
今日の夜の祈り会。
そして、明日のイースターの礼拝とその後のパーティーを祝福してください。



2006-04-14

あわてることはない

今朝は6時前に起きて、
ちょっと庭に出ました。
キツツキが木をつつく音。
何種類もの野鳥の声。
7度というちょっとひんやりした気温。
ちょうど日の出の頃で、
高原のキャンプ場にでもいるかのようでした。
静かな、朝の一時でした。
これからの季節、ちょっと着込んで、
時には朝の祈りを外でするのもいいかも、と思いました。

今日はGood Friday。
イエスが十字架にかけられた日です。
朝9時に十字架にかけられたといいますから、
ちょうど今頃です。
イエスの十字架に思いを馳せながら、
でも、夜は牧師館で集会ですから、
片づけも視野に入れつつ、
一日を過ごしていきたいと思います。

ところで、昨日はMaundy Thursdayでした。
ついこのあいだ、この言葉について、質問されたのですが、
その時は知りませんでした。
アメリカで迎える14回目のMaundy Thursdayなのでしたが、
始めて辞書を開いて意味を調べました。
そしたら、Maundyとは最後の晩餐の時に
イエスが弟子たちの足を洗った出来事のことを指すんですね。
ですから、直訳すると「洗足の木曜日」。

足を洗い合う日。
最後の晩餐の時にイエスが無言で立ち上がり、
弟子たちの足を一つ一つ洗われました。
一人一人への愛を込めて、
もうその段階で裏切っていたユダの足も。
でも、そこで、「イエスさま、私の足は洗わないで下さい」と
申し訳ない思いで満たされて、言った男がいました。
私の好きなペテロです。
いろんな失敗をしますが、失敗を通して、神の愛、イエスの力を経験していく男です。
そのペテロに、イエスは
「もしもわたしがあなたを洗わなければあなたはわたしと何の関わりもなくなる」
と言うのです。
「足を洗う」
「足を洗ってもらう」
このことの意味の深さを思わされます。

もしも、今晩の集まりで、「じゃあ、ここでお互いの足を洗いましょう」
と私が言い出したらどうでしょうか?
「そんな集まりには行けない」
「きれいにしておけば良かった」
「私は日頃手入れしているから大丈夫」

私たちの心もそうなんですよね。
きれいな部分だけ見せてもいい。
もう少しきれいになったら、もう少し立派になったら教会にも行けるけど・・・。
ここまでは見られたくない・・・。

本当のことを言うと、
「足を洗う」ことよりも、「足を洗ってもらう」ことの方が、ずっと勇気がいって、
ずっと相手に対する信頼がいるかって思います。

だから、私たちはイエスに「足を洗ってもらう」ことが大切なんではないかと。
足を洗い合うことのできるような友がいたらどんなに支えられるかと。

さて、今日の聖書。
今日はイザヤ書13章から28章まで一気に行ってしまいました。
あんまり引っかからなかったから、ここまで行ったと言うこともできるでしょう。
そして、最後に心に留ったのは、28章の16節。
「信じる者はあわてることはない」
最近、自分の怠慢で押せ押せになっていることがあって、
そして、あてにしていた当てが外れて、
「ああ、神様には他の計画があったんだなあ」と思っていることがあるのですが、
ちょっと焦ってはおります。
でも、今日、この聖書の言葉を読んで、
神様が他の計画をお持ちならば、必ずいいタイミングで道が開かれる、
そのように感じました。
信じる者はあわてることがない。
もちろん、自分の怠慢は反省しますし、
恥じておるのですが、
あわてなくても大丈夫。神様が必ず最善の道を備えて下さるから・・・。
そのように信じています。

神様、
あなたを信頼します。
あなたがすべてを御手の中に収めておられること、
あなたの御許しの中に、
すべてがあること、
どうして・・・と思うようなことさえ、
あなたのみ許しなしにはあり得ないこと、覚えます。
ですから、信頼します。
あなたがすべてを最善に導いて下さいますように。
すべてをお守り下さいますように。
道を開いて下さいますように。



2006-04-13

何を頼るか・・・

今日は暖かな日だった。
最高気温が26.6度。
朝も10度以上あった。
いやあ、こんな日が続くといいなあ、
と思う一日。
夕方には一雨あって、
芝生に水をやらなくてもいいし。

昨日、妻が店(某チャイニーズのお店)で買い物をしている間に、

右のサイドミラーが割れていた・・・と。
そんなのあり?

ありえなくない?
だって、右のミラーを他の車でぶつけるなんてないでしょう。
その車にとっては左のミラーなんだぜ。

だから、いたずらかな?
ということで、

自分で交換。
近くのホンダのディーラーでパーツを18ドルで買って、
交換。パーツって、鏡だけ。
交換の仕方知らなかったから、って、普通換えないよね。
それで、悪戦苦闘30分。
でも、無事完了。工賃節約。
ホント言うと、ちょっと失敗して、部品の一部が欠けてしまって、

もしかしたら頼んだ方が安かったかも・・・ということになりそうだったけれども、
なんとかOK。よかったよかった。

で、午後はJOYJOYキッズクラブ in Maywood.
Maywood史上最高の27名かな。
30枚あった御言葉カードが3枚しか残らなかったから。

たくさん来たよー。

目標は毎月全部で500人の子供達に神様の話をする、っていうのだから、
この調子で行けば、今3カ所だから、目標の15パーセントくらいクリアかな。

で、先週の今頃芽が出始めたアスパラガス。
少しずつ大きくなって、今5センチくらい。写真のは4センチ足らず。
色もほんのり緑になってきて、
グリーンアスパラっぽくなってきました。
ちなみにここには最初はイチゴが植わっていました。
その後、トマトが植わったこともありました。
でも、今やイチゴも、トマトも、アレルギーでのどがかゆくなるようになってしまって、
食べられません。両方好きだったのになあ。
アスパラガスはさすがに大丈夫だろうと思っておりますが・・・。

さあ、そろそろ本題の聖書です。
今日はイザヤ書の7-12章を読みました。
心に残ったのは8章の5節からの預言の言葉です。
その中に「あなたたちはこの民が同盟と呼ぶものを何一つ同盟と呼んではならない」
という言葉があります。
他の国と同盟を結んでそれで的から身を守ろうと思ってはいけない、
ただ、神を信頼しなさい。
他の国を信頼するより、
神を信頼しなさい、
そのようにイザヤは神からメッセージを聞いて、語っているのです。

今朝は私はこの言葉を教会堂のことと重ね合わせて読みました。
本当にこのことにおいて私たちは神様を第一としているだろうか、
神様に本気で求め、神様を本気で信頼しているだろうか、
それが問われているような気がしました。
一つ一つ祈って進んでいきたいと思います。
一つ一つ確認しながら前に進みたいと思います。
神様の願われる道、認めてくださる道、
それを歩んでいきたいと思います。

主よ、
あなたは、私たちの教会にどんなことを願っておられるのでしょうか?
会堂について、どんな道を備えておられるのでしょうか?
どうか、私たちがあなたを信頼して、あなただけを信頼して、
歩んでいくことができますように。
求めていくことができますように。
いつでもあなたを中心にして、
あなたを第一にして、
教会堂を求めていくことができますように。
先ず、外側の教会堂の前に、
内側の教会自体を建て上げさせて下さい。


2006-04-12

わたしがここにおります

今日も暖かい日。
朝は5度くらい。午後は22.5度まで行った。
でもだんだん曇ってきましたね。
今夜から明日の朝にかけては一時雨。
土曜日にみぞれが降ってから降っていないので、ちょうどいいでしょう。
そして、明日は西風なのでもっと暖かくなると思います。
西風はここら辺では山を降ってくる風。
どこでもそうなんですが、山を風が降ってくる時に、
空気は暖かくなります。
断熱膨張の反対なので、断熱圧縮?
標高が低くなると気圧が上がるので、
その空気は圧縮されるので、温度は上がる。
いわゆるフェーン現象です。

日本で有名なフェーン現象は、
夏とか秋に強い低気圧や台風が日本海にはいると、
その低気圧に向かって南から風が入って、
フェーン現象が日本海側で起って気温が上がります。

新潟や山形で40度近くまで行くのは、この場合が多いようです。

で、聖書。
今日からイザヤ書です。
今朝はイザヤ書1-6章を読みました。
心に留ったのはやはり6章。今回は8節の「ここにわたしがおります」
というイザヤの言葉。
すごいなあ、と思う。
尻込みしなかったのだろうか、
自分で大丈夫だろうかと思わなかったのだろうか?

でも、神様の前に立って、
自分の姿を見せつけられて、
それで、神様に触れてもらったイザヤ。
どんなにありがたいなあ、うれしいなあ、
と思っただろうかと思う。
だから、すぐに「私がここにおります」と言えたのだろうか?

私もこのように言いたいと思った。
誰がじゃなくて、神様が声をかけてくださる時に、
「私がここにおります」
と言いたいと思った。

神様が声をかけてくださるから、
イエスが私たちのために命を投げ出してくださったら、
「私がここにおります」そのように言いたいと思った。
受難週。明日が、いよいよ洗足の夜。
晩餐の夜。
ゲッセマネの夜。
イエスがどのような思いで迎えられたか、思いながら過ごそう。

主よ、
あなたが私にも声をかけてくださって、
あなたのものとしてくださったことを心から感謝します。
どうか私を用いてください。
私のようなものもあなたのために用いてください。
あなたの栄光のために、
ただ、あなたの栄光のために用いてください。

2006-04-11

愛を支配するなんて

何か最近、夜の更新が当たり前になってしまいました。
でも、夜が一番時間がゆっくり取れるというのは確かですね。
聖書を読むのは朝なんですが、
ここにそれをアップするのは、夜の方が落ち着きます。

今朝は1.6度Cまで下がりましたが、
昼間は久しぶりの20度以上。
22.3度まで上がりました。
暖かな一日でした。

午後集会があったので、午前中は聖書を読んで、
集会の準備、日曜日の残務、
午後、集会で、帰ってきてから、もの探しと、
夕方は庭掃除・・・。
あっという間の一日でした。
明日も多分あっという間でしょう。
でも、こんな天気の時は本当に気持ちがいいですね。
なんだか、今日も花粉は大丈夫。
このまま一気に花粉の季節が終わって、
「いい天気でいいなあ」という気持ちに影を落とすものが、
なくなってくれればいいと思います。

でも、ホント、人間、つらい時の気持ちは、
つらくない時にはわからない。忘れている。
天気のことで一喜一憂するなんて、
脳天気な日々を送っている、ということなんだろうか・・・。
それとも、本当は悩むべきことを、
神様が忘れさせてくださっているのか・・・。

いずれにせよ、今日の日を感謝して過ごしたいと思いました。
与えられているものに感謝して歩みたいと思いました。
体が動くこと自体、すごい特権なんだなあ、と思います。
そんな今だからできることをしたい、させて頂きたいと思います。

今日読んだのは雅歌5-8章でした。
とっても熱い恋歌ですね。
その最後の8章7節にはこのようにあります。
「愛を支配しようと財宝などを差し出す人があれば、その人は必ずさげすまれる」
「愛を支配する」・・・そんなことを考えること自体、
おかしなことです。
愛が私たちを支配するならわかります。
でも、私たちが愛を支配しようなんて、
それもお金や財産で支配しようなんて。
それでなんか心に引っかかりました。
愛を支配する、
うーん、やっぱりなんだかよくわかりません。
でも、愛に支配される、
うん、これはしっくり来る、と思います。
それでいいんだな、と。
そう、この「愛」は神様の愛。
神様の愛に支配されている、
そうだな、と。
でも、本当にそうか?と自分の心に聞いてみたくなりました。
それこそ、自分の心、状況や環境や、
人の言葉や、人の反応にどんなに簡単に反応するか、
そう思うと、本当に自分は神様の愛に支配されているか?
それが問われているような感じがしました。

パウロはピリピ人への手紙の中で、
「私はキリストに捕らえられているから・・・」と言っています。
そう、イエスさまの愛を思うと、十字架を思うと、
ああ、そうだなあ、と思わされます。
そう、今週は受難週。
イエスの十字架の愛を思いながら、
愛に支配されているってこういうことなんだなあ、と思いながら過ごしたい、と思います。

神様、
愛を支配しようというのではなく、
愛に支配されたい、と思えることに感謝します。
あなたの愛に満たされたいです。
あなたに愛されている喜びに溢れて、
それが私の行動を支配している、
そんな日々を送りたいです。
どうか、あなたの愛を日ごとに、より深く、
今日より明日の方が、もうちょっと深く、
感じることができますように。


2006-04-10

主を慕って

今日は月曜日。
毎週月曜日は原則お休みをいただいております。
時々返上するんですが、まあ、それはどんなお仕事でもそうでしょうが、
今日は、しっかり、ゆっくり過ごさせて頂きました。
返事すべきメールにもろくに返事せずに、
あれー?と思っておられる方もいるかも・・・。

でも、本当に暖かな日でした。
穏やかな日でした。
朝は0.8度C。
午後は18.5度C。
一日の温度差が本当に大きいです。
でも、本当に春らしくなって、
花盛りです。
全く手入れしていない庭のチューリップ、
4年くらい前に植えて、そのままのチューリップが
つぼみをふくらませています。
あさってくらいには咲くでしょう。

植えた年は、植えたそばからリスにほじくり返されて、
頭に来たものです。
で、翌年からは、新しく植えてもまたほじくり返されるのは
頭に来るので、ストレスになるので、
もう、そのまま放ったままです。
どんどん分球するので立派な花は咲かないのですが、
それでも、ストレスも感じさせずに花を咲かせてくれるので、
ありがたく感じています。

ガンガン花が咲いていますが、
今年はまだ花粉症はひどくなっていません。
このまま5月までいってくれるといいのですが・・・。

今日は、雅歌の1-4章を読みました。
新共同訳になって、雅歌がますますなまめかしくなって、
こまるかなあ、と思いましたが、どうしてどうして、
自分と神様の関係に置き換えてみると、ああそうだなあ、という感じがします。
特に心に留ったのは、最初の言葉。
「どうかあの方が、その口のくちづけをもって、わたしにくちづけしてくださるように」
この言葉を読んだ時に、心の底から、
ああ、神様に対して、自分もこんな思いを持っている、と感じました。
共感するものが心の中にありました。
神様に近くありたい。
神様に触れて頂きたい。
そのように思います。
包まれて、守られて、いたい。
そのように感じました。
語って頂いて、手を取って頂いて、
抱きしめて頂きたい。
そう思いました。

神様、
あなたが愛してくださっていること、
イエスを与えるほど愛してくださっていること、
心から感謝します。
どうか、あなたの愛をもっともっと感じる、
そういう経験をお与え下さい。
あなたの愛の中に包まれる、
語られて、平安をいただいて、立ち上がる、
そういう経験を与えてください。

2006-04-09

神を畏れ、その戒めを守れ

今日は朝から役員会、午後も役員会。
そして、帰ってきて、ちょっとTV観て、
その後うっかり娘を寝かしながら寝てしまいそうになったけど、
ちょっとやることがあって、
やっていたら、
あ、更新忘れてる!
みたいな感じで、2日連続夜の更新です。
娘?もう一人で寝てしまいました。

聖書は朝読んで、祈ったのですが、
ここにアップするのには気持ちの余裕がありませんでした。
それでいいのだと思っています。
先ず、神様の前に出る。
神様に祈る。
アップするのはまた時間が与えられた時。
それでいいんだと思っています。

今日の朝は1.2度C。昼間は15度まで上がりました。
今は夜の10時で8.4度Cです。
いよいよ、今度こそ春です。
明日から、この先しばらく毎日15度以上まで上がります。
20度以上の日もあるでしょう。

今日読んだのは旧約聖書・コヘレトの言葉7-12章です。
心に留ったのは最後の言葉「神を畏れ、そのすべての戒めを守れ」です。
とにかく、神を畏れること、
神の前に出ること、
それが今日、自分に与えられていることだと信じました。
人の声を聞くことと、
自分が神の前に出て感じた、聞いたことを重んじること、
その狭間で、揺れることがたくさんあります。
決して、「自分は神にこれを語られた」と人の声を聞かない人間にはなりたくないと思います。
でも、また、決して、人の顔色を見て、人の意見に振り回される人間にはなりたくないと思います。
自分はわがままかな、それとも自分は優柔不断なのかな、と思います。
だから、一つ一つの聖書の言葉が毎日毎日意味があるんだと思います。

主よ、あなたに感謝します。
あなたが語ってくださっていることに感謝します。
どうか、御言葉によって生かされ、支えられていることを
実感出来ますように。

あなたの前に静まります。
あなたご自身が私を導いてください。

2006-04-08

静まる

今日は朝は10度くらいで雨が降っていましたが、
気温はどんどん下がって、
午後にはみぞれ。
午後の最低気温は3.1度でした。
今、夜の8時半ですが、
4.3度(も)あります。

きょうのJOYJOYイースター予報は
「すかっと晴れて、いい天気」
のはずだったのですが・・・無理やり。

激みぞれの中、
JOYJOYイースターやりました。
51人の元気な子供達が集まりました!
さすがにこの天気もあり、
去年よりちょっと減ったかな。
でも、プログラムはますます充実。
楽しい集会でした。・・・よね。
個人的には某パパの「らっこ」のまねが最優秀賞でしょう。

そして、なんと、「絶対このみぞれはもうすぐ上がる」と断言していた、
「かきごおり流その場で天気予報」は、見事に当たり、
(って、本当は2時頃上がることを期待していたのですが・・・)
3時半には上がり、4時50分からのエッグハントは無事、外でできました!
(^^)/

めでたし、めでたし。

やっぱ、エッグハントは庭でやらなきゃねえ。

ということで、明日からは天気も回復して、
だんだん春らしくなっていきます。

あと、今期待しているのは、
去年植えたアスパラ。
今年は2年目なので、ぼちぼちなのでしょうが、
もう小さな芽が出始めています。
暖かくなったら、どんどんかなあ。
あれは、トウモロコシと同じで、
とってからすぐ食べたらいいんだそうです。

さあ、明日のために祈りつつ。

今日の聖書は伝道の書、もとい、新共同訳を読んでいるので、
「コヘレトの言葉」1-6章を読みました。
共同訳だと、口語訳で「主のなさることは時にかなって美しい」と訳されている言葉も、
後の「それでもなお、神のなさる業を始めから終わりまで見極めることはできない」という結論の前言となっていて、わかりやすいです。
つまり、神様はすべての時を美しく作られたとわかっているし、私たちは永遠を思う思いを持っている。でも、それでも、私たちは、神様のなさることをすべて納得出来るわけではない、ととてもわかりやすい話になるんですね。
だって、どんなに神様は最善をなしてくださるって頭でわかっていても、
本当にそうだと思えない時もあるから・・・人間の限界として。
でも、今日心に留ったのはここではなくて、5章1節の
「焦って口を開き、心せいて神の前に言葉を出そうとするな。
神は天にいまし、あなたは地上にいる。言葉数を少なくせよ。」
という言葉です。
祈る時に、自分は何を祈ろうかと一生懸命になっていたりする。
でも、静まって、神の前に、天の神の前に、
この世界を造られた神の前に、口を閉じている、
それがどれほど大切か、
そのことを思わされました。
静まっていること。
神の前に静まっていること。
ただ、口を閉じて静まっていること、
自分にとってどれほど大切なことかと思わされました。

神様。



今日の一日を感謝します。
明日のために、溢れるばかりの喜びと、
ほーっとさせるあなたの平安を満たしてください。

感謝。


2006-04-07

若いライオンのように

今朝は意外と冷えたんですね。
朝の最低気温は0.3度、
確認はしませんでしたが、遅霜が降りたでしょうか?
昼間はまあまあの13度。
今も上がり続けています。
雨も降って、助かります。
明日のJOYJOYイースターですが、
きっと、午前中雨が残っても、
午後は上がるでしょう。ハイ。

昨日の夜は真ん中の娘と妻が夜出かけたので、
一番下の娘(4歳)を風呂に入れて寝かす、ということをしました。
なかなか一人で寝ない。
長男の時には1歳くらいから、
「いいから一人で寝なさい」と寝かしたもんですが、
40近くになって生まれた末っ子には、それほど強く出られない。
どういう訳か・・・。

そして、いつの間にか自分も爆睡。
11時前に二人が帰ってきた時にはちょっと起きましたが、すぐ寝てしまいました。
でも、一緒に寝ていた娘、垂直に回転してけっ飛ばしてくるんですね。
夜中に何回起きたことか・・・。
世のお母さん方のご苦労を少しはわかった夜でした。

不思議なんですが、別々に寝ている時も、
夜中に泣き出した時に気がつくのはいつも妻の方。
私は翌朝「そんなことあったの?」みたいな感じです。

何でもそうなんですが、
いつでも「自分の方が苦労している」と思う私たちです。
人の痛みはなかなかわからない。
自分で経験してみないとわからない。
もちろん、経験したくてもできないものもたくさんありますが、
それを自分で経験していないのだから、勝手に決めない大きさを持ちたいと思わされます。
自分、ちっちゃいから。

今日の聖書は箴言の24-31章でした。
心に留った言葉いくつかあったのですが、
ここでご紹介したいのは、
28章1節。
「神に逆らう者は追う者もないのに逃げる。
神に従う人は若いライオンのように自信がある。」
若いライオンに対するあこがれのようなものを感じました。
でも、それを私も持つことができる、それは、
「がんばろう」じゃなくて、
「そうなるように強くなろう」じゃなくて、
「神に従おう」だと。
自分の中に迷いがあったり、
自分の中に恐れがある時は、
やっぱり神様との関係がちょっとおかしくなっている、
そんな時だと感じます。
いいんだ、神様に従ってゆけば・・・、
みたいな確信を持って歩んでいきたいと思いました。

主よ、
あなたの平安、
あなたによる自信、
それを私に与えてください。
今日も、
明日も、
日曜日も、
あなたと共に歩んでいる喜び、力、平安、
与えてください。
満たされて歩んでいくことができますように。
何かをして満たされていくのではなくて、
あなたご自身のゆえに満たされて歩んでいくことができますように。

2006-04-06

何に心を燃やすか?

今朝は思ったほど寒くならないで、3度くらい。
それで、明るかったので、すごく暖かくなるかと思ったら、
そうでもなく12度くらい。
で、まあ、良くもなく、悪くもない、
穏やかな春の日です。
お天気的にはなんてことはない日です。
でも、こんな日が一番いいなあ、と思うのは、
寒い冬に疲れ始めてきたからでしょうか?

老後はハワイで、カルフォルニアで、フロリダで、
という方が多いのが、この北東部。
隣のおじいちゃんおばあちゃんは、
我が家との間の垣根が伸びすぎているとしょっちゅう言ってくる、
クレーマーさん、いえいえ、私の怠慢が悪いんですが・・・とにかくそのご夫妻、
ユダヤ人のご夫妻で、奥さんの方だけかな、強制収容所にもいたことがある、
というお方。
でも、冬の間はフロリダなんですねえ。
春になると帰ってこられるので、
あ、垣根をそろえとかなければ・・・と思ったりする今日のこのごろなのです。

そんなことを思い出して、みんな、やはり冬の厳しさには閉口して避寒するのかなあ、
なんて思ったわけです。

それから、ちょっと時間がある時に、
友人の在外日本人伝道をしている牧師達の様子を見に行ってきて、
オーストラリアのKばけん先生とか、
サンディエゴのOくら先生とか、
おもしろい!と感心してしまいました。

Oくら先生は5月のメモリアルデーウィークエンドに、JCFNのCentral Conferenceの講師ですね。
昨年、私も講師としてお招き頂いて、中西部の皆さんの熱い思いに、励まされてきました。
充電のために、私もこのような集会に今度は「一参加者」としていきたいなあ、と思っております。
でも、今年は無理かな。

で、今日の聖書。
今日は箴言18-23章を読みました。
心に留った言葉は23:17。
「主を畏れることに心を燃やすがよい。」
「伝道のために心を燃やす」というのはとてもよくわかります。
脱力牧師を自認している私にはそのような瞬間がたくさんあるようには思えないのですが、
そうなっている時もあるでしょう。
でも、「主を畏れることに心を燃やす」ということは、ちょっとよくわかりません。
新鮮です。
ですから、経験したいと思いました。
「主の前に主の聖さを覚えてただずむ」ことでしょうか。
やはり祈りのことでしょうか。
神を神とすること、主を主としてあがめること、
なんでしょうか。
ちょっと課題。

神様、
あなたの前に畏れること、
教えてください。
そのことに心を燃やす、
切に求める、
そのような者としてください。
人前に出ていく前に、
あなたから、メッセージをいただいて、
あなたに出会って、それから出ていく者としてください。

2006-04-05

富よりも愛

いろいろあって更新はまた夜になってしまいました。
今日は降りましたねえ、雪。
雪を写真に撮るって難しいですね。
今回みたいに時間が限られていると、
慣れてないと、全然ダメ。
でも、降ってるのわかりますよね。
これは今日の昼過ぎ12時半頃です。
もちろん、「うっすら」ともなりませんでした。
これ、大体3度くらいで降っていました。
今も夜10時前ですが、やはり3度くらい。
明日の朝は0度前後に下がりそうです。

明日は少し晴れるでしょうが、
あさってから土曜日はまた雨。
でも、土曜日JOYJOYイースターの時(午後3時頃)はすかっといい天気になるでしょう。
きっと。

来週からはまた春、再スタートです。

今日の聖書は箴言の12-17章。
15章の17節の言葉に心が留りました。
豊かな生活をしながら憎しみ合うより、
貧しい歩みの中でも愛がある方がいい。
本当にそう思います。
誰でもそう思うと思います。
でも、現実は、なかなかそうも行きません。
やはり富の方に心をとられてしまいやすいのだと思います。
それが幸せにつながると思うのです。
富よりも愛だ、とわかっているのですが、
それでも、富というのは魅力です。
また、愛は簡単にはぐくむことができません。
でも、富はそれに比べるとずっと手っ取り早く手にすることができます。
愛はどんなに注いでも、それが報われるかどうかわかりません。
でも、富を得ることも、決して簡単ではないでしょうが、
ある程度計算をすることもできます。

愛をはぐくむ。
単純なことではないことだと思うので、
これを大切にしていきたいと思います。

主よ、
愛することを教えてください。
愛することを、
与えることを、
理解することを
教えてください。
人を変えようとするのではなく、
人をわかろうとすることができますように。
愛することが私にもわかりますように。
愛するということがどういうことか、
自分の経験として、
自分のものとして、
わかりますように。

2006-04-04

とてもパーソナルな祈り

今朝から涼しくなりました。
最低は5.5度とあまり冷え込んだわけではないのですが、
その後温度があまり上がらずに、
昼前で7度。
明日いっぱいは寒いようです。
そして、その後も来週にはいるまでは肌寒い日が多いようです。

もう一つ、今夜から明日の朝にかけて
雪が降るか、という問題ですが、
私は降るかなあ、と思っております。
どうして、って、
「何となく・・・」です。
真面目に調べていると他のことが何もできなくなってしまいます。
ですから、「何となく・・・」今年最後の雪が降るかなあ、と思っております。
日曜日あたりも???なんですが。

それから、
今週土曜日のJOYJOYイースターですが、
そうですね。
とってもいい天気になるでしょう。
どの天気予報もそんなことを言っていないのですが、
いい天気になるように祈っております。
だから、いい天気になるでしょう。

今日の聖書。
今日は箴言の5-11章を読みました。
個人的に神様から語られたことはあったのですが、
今日はあまりにパーソナルなことなので、
ここには書きません。
主が語ってくださったことに、
心から感謝しました。
今日は教会のオフィスでの祈り会だったのですが、
一人でお祈りしました。
教会のお一人一人の今日の歩みのために、
魂の守りのために祈りました。

神様、
今日の一日も守ってください。
私の歩みを支え、
あなたの恵みの中に生かしてください。
教会の一人一人の歩みを、
またその方々につながる一人一人の歩みを、
守ってくださいますように。
心を守ってくださりますように。

2006-04-03

自分の心を守れ

今朝は2.7度C。
昨日までに比べるとぐっと肌寒い日になりました。
最高も12度くらい。
でも、時々雨が降る恵みの雨の日となりました。
そして、長袖を着て、ジャケットを着れば、
「春雨じゃ・・・」みたいな気持ちにならせてくれる雨です。

明日は、また、雨。
それで、夜は雪も降るかもです。
降ったら「なごり雪」ですね。

ブロッコリーとレタスは芽が出ました。
徒長するといやなので、外に出してありますが、
今晩から水曜日くらいまで家の中に入れなければ・・・です。

あとサヤエンドウも発芽率50パーセントほどですが、芽を出しました。

今日は箴言に進んで箴言1-4章を読みました。
そして、「語られた」言葉は、
「何を守るより、自分の心を守れ。そこに命の源がある」という言葉です。
本当にそうだなあ、と思います。
自分自身の心が守られていること、
支えられていること、
それが本当に大切だと思いました。

そして、祈られていることも感じました。
夢うつつの中に、
一人の大人と、一人の子供が、
私の心に水をかけてくれている情景を見ました。
おばさんだったのか、おじさんだったのか、
子供も、男の子だったのか、女の子だったのか、
わかりません。
わからない方がいいんでしょうね。
神様がそのようにして下さったんだと思います。

その時に、何とも言えない暖かいモノを感じました。
そして、祈られていることを感じました。

そして、わたしも祈りたいと思いましたし、
人の心に触れたいと思いました。

神様、
私の心を守って下さってありがとうございます。
わたしを遣わしてくださり、
あなたからの癒しをいただくことができるように、
人々の心に触れる働きができますように。
視線が神様から離れることがありませんように。
またそのようになっている方々のところに、
わたしを遣わしてくださって、
神様を向くための助けの働きをさせてください。


2006-04-02

主のご計画は・・・

一日が終わりました。
祈らされますが、
神様が私たち一人一人の日々を、
御心の中に守って下さっていると、
信頼しています。

祈ること、
神様の前に出ること、
神様の前に跪くこと、
それが大切だと思わされます。

人間の頭で、
正しいことなんてわかると思ってはいけない、
本当にそう思わされています。
だから、いつも聞く耳を持つこと、
人の声に耳を傾けること、
そして、神の前にひれ伏すことの大切さを思わされます。

今朝は7.6度。午後は19.7度まで上がりました。
明日は寒い日になると予報が出ていますが、
どうなるでしょうか?
何といっても大陸ですから、
冷え込む時は冷え込みます。
火曜日の夜には雪が舞うかも、と予想されています。

で、聖書。
今日は詩篇137-150篇。
とうとう詩篇が終わってしまいました。
で、心に留ったのが139:17
私たちのこの人生の一日一日、
神様のご計画の中にあって、
神様の守りの中にあって、
あるということです。
「あなたの御計らいは、わたしにとっていかに貴いことか」
この言葉がわたしの今日の一日も支えてくれたように思います。
主がきょうの一日も、
納得いかない出来事も、
守りの中において下さっている、
そのことを心から感謝しました。

今日からサマータイムで明日の朝はちょっときついかもしれませんが、
祈りを持って始められますように。

主よ、
あなたの御名をほめたたえます。
どんなに心騒ぐ時にも、
あなたはいつも私たちに最善のことをして下さる方であることを
感謝します。
どうか、私の心をいつも守り、
あなたの導きを信じて歩んでいくことができますように。
今日の一日のいろいろな出来事もあなたの御手に
ゆだねます。
今晩も一人一人を訪れて下さいますように。