2006-08-05

いつも共にいて下さるイエス

今日の朝は爽やかでした。
でも昼間はそれなりに暑かったです。
でもまた夜は爽やかです。

明日はもう少し湿度が上がるようです。
そして月曜日は湿度が上がり、その後雷雨と共に涼しくなる、
と予報が出ています。
JOYJOYキャンプが始まりますから、
本当にいい天気であって欲しいものです。

今日は朝の祈り会があって、
その後10時から夜の8時までJOYJOYキャンプの準備でした。
いよいよです。
今日一日でだいぶ進みました。
明日の礼拝後仕上げて、
月曜日65名の元気な子達を迎えます。
だから、今日はゆっくり休みます。

今年のテーマは「ジャングルぐるぐる探検隊」
テーマソングもできて、
教会のジムもジャングルになって、
気分が盛り上がってきました。

今日はマタイによる福音書28章。
マタイによる福音書の最後まで読みました。
イエスの復活の記事です。
復活のイエスが弟子たちに語る言葉の最後が心に留りました。
「見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである」
28章20節の言葉です。

復活されたイエスは今も私と共にいて下さる。
今も、私と共に歩んで下さる。

あさってからのJOYJOYキャンプのために祈らないではおられません。
何回やっても、始まる前は不安です。
でも、主が共にいて下さる。
主が共にいて下さって、支えて下さる。感謝。

今回のJOYJOYキャンプとも主が共にいて下さって、守って下さるようにと願います。

イエスさま、
あなたが私たちと共にて下さること、感謝します。
JOYJOYキャンプとともいて下さる、という約束を感謝します。
どうか私の歩みを支えて下さい。
キャンプを大きく祝福して下さいますように。
そしてこのキャンプを通して、続けて教会に来られる方が起こされますように。

2006-08-04

バカにされたイエス

今日も暑かったですが、
夕方からずいぶん楽になってきました。
湿度がぐっと下がってきているみたいです。

さて、今日からジョイジョイキャンプモードに入っています。
今日は朝から段ボールの引き取りと公園の使用許可証と買い物で時間が過ぎていってしまいました。
これから、今夜寝るまでの間に日曜日の説教の原稿を担当の方に送らなければいけません。
ちょっと焦っておりますが、神様が与えて下さった時間の中で、助けて下さるでしょう。

明日の朝は6時半からハドソン川のほとりで朝の祈り会です。
きっと気持ちのいい朝になるでしょう。

明日以降、キャンプのため、(毎日通うキャンプなのが救いですが)
もしかしたら、毎日更新は無理かもしれません。
ご了承下さい。

時間が限られていてもどうしても書きたいこと、
うーん、アメリカの役場だよなあ、という出来事。

2週間以上前にキャンプのために公園のフィールドを使う許可を申請しようと
電話を入れておきました。
担当者が留守だったので、メッセージを残したのですが、
1週間経っても返事がない。
それで、先週の頭にもう一回電話。
今度は留守番の人が出て、「伝えるから・・・」ということで、
珍しく、その日のうちに返信あり。
それで、申請書を提出。
これが先週の火曜日。

ユースのキャンプをやっている間に許可証が届いていると期待したのですが、
昨日オフィスに行っても何にもない。
で、役場に足を運びました。
「担当者に聞いたら、許可は出せるみたいだから、明日来て」と言われて、
今日行きました。

そしたら、

窓口の人、ちょっと戸惑った顔。


「ない・・・」



先方も申し訳ないと思ったのか、担当者と連絡を取ってくださいました。
それで、担当者が今、手が離せないから、担当者のいるところまで行くか?と言われ、
こっちもそんなに時間ないんだけどなあ、と思いつつ、
月曜日からのキャンプに必要だったので、
今日しかない、と行きましたよ。


そして、言われたところに行ったら、そこに本当に担当者がおられました。


よかった。


でも、その担当者の方、
慌てて書類を出してのたまわった。


「ほら、見て、7月28日にはサインしたのよ。
でも、忙しくてコピーする時間もなくて・・・
申し訳ないけど、役場に戻ってコピーを取ってもらってくれる?」


ここまで来たら、「お安いご用」ですよね。


月曜日からフィールドを使わせて頂けるなら、何でもしますよ。


でも、ちょっとね。そこまでお願いされるとはびっくり。


役場に戻って説明したら、役場の窓口の方、
アメリカの役場の窓口ではありえないくらい、やたら恐縮しておられました。

でも、めでたしめでたし。この30分を返して欲しかったけど。

って書きながら、でも、それって、
役場の方が約束守らなかったんだから、
誰かがその担当者のところに行って、書類を受け取って、
コピーを取って、渡してくれれば、すむんじゃなかったのかなあ、と思い始めてしまいました。
それで、それを私が走り回ってやっていたかと思うと、
うーん、ちょっと悔しいですねえ。
ガソリン代高騰の折、
エアコンもかけないではいられない暑い日、
ちょっと損した気分ですねえ。



夕方の買い物でもちょっとした手続きのために待たされる待たされる。

この国では日本のせっかちの人は生き残れない。そう思います。

今日はマタイによる福音書27章、イエスの十字架の記事を読みました。
イエスが十字架にかけられたとき、
人々はイエスをバカにし続けました。
それをイエスは黙って耐えられました。
でも、今日はイエスが死なれて墓に葬られた後の、
祭司や学者達のイエスに対する言葉に目が留りました。

「あの、人をだます男」
なんてひどい言葉だろうかと思いました。

私がそんなことを言われていたら、どんなに頭に来るだろうかと思わされました。

そして、日曜日の聖書の言葉が心にもう一度浮かんできました。
「あなたが人々から迫害されたり、バカにされたりする時に、喜び踊りなさい」

自分は果たしてできるだろうか?

本当に侮辱された時に、「喜び踊る」ことができるだろうか?

イエスは本当に私たちのためにそれをして下さった。

そのことに感謝すると共に、
もしも、自分が侮辱された時に、この言葉を思い出すことができればと思わされた。

主よ、
私は何とプライドの高い人間なんでしょうか?
侮辱されたら、怒る人間です。怒らないではいられない人間です。
あなたはわたしのためにどんなにバカにされても、
それを黙って受けられました。
そして、「あなた方もそのような仕打ちを受けることがあるかもしれない」を言われました。
助けて下さい。
私が侮辱される時に、あなたの言葉を思い出させて下さい。

2006-08-03

いのちをこえるいのち

今日も暑かったです。
朝の気温が27度。 バリバリ熱帯夜でした。
そして、昼間の気温は37.4度。(うちの温度計)
午後にはにわか雨がありました。思ったほど激しくはありませんでしたが、
とにかく降りました。
そして、それから気温はぐんぐん下がって、今は夜の11時で24.8度です。
熱帯夜ではなくなりましたが、湿度は高いです。
べたーっとしています。

明日は31度くらいで湿度は高めだそうです。
でも夜からは湿度も下がり、
土曜日からはカラッとするそうです。
是非、当たって欲しいです。

今日はまたいつものような生活に戻り、朝と夜に個人的にお話をする方々が来られて、
日曜日の準備をして・・・でも今週は+JOYJOYキャンプの準備があります。
明日は段ボールを集めに回ります。
教会のジムにはJOYJOYキャンプ名物、段ボール迷路が建設されます。
今年はまたすごいのになりそうです。

かなりワクワクしてきました。

最初の日の聖書のお話の担当にもなっているので、
それも考え中・・・

今日の聖書。
今日はマタイによる福音書の26章を読みました。
今日は最後の晩餐から、ゲッセマネの祈り、そしてユダの裏切り、逮捕、そしてペテロの否認、とたくさんの出来事が出てきます。
その中で心に留った言葉が、イエスが逮捕される時に抵抗しようとした弟子たちに語った言葉です。
「剣を取る者はみな剣で滅びます」

あたっているかどうか確信はないのですが、
9/11以降のアメリカを見ていて、
世界を見ていて、
そしてその中で聖書を読んでいて、
だんだん自分の心の中で「絶対非暴力主義」に傾きつつあります。

たぶん、武力は、「いのち」が一番大切だから、持たなければいけないと思うのだと思います。

攻められたら守れない、だから、強い武力を持たなければいけない、
敵の隠れているところを攻撃しなければいけない、
大量破壊兵器を秘密裏に持っている国はつぶさなければいけない、
そういうことを考えるのは、「いのち」が一番大切なんだ、という世界観に基づいているのだと思います。
もしも、そうでなかったら、恐れる必要なんかないんですから・・・。

でも、「いのち」を守るために持つ武力が、他の国の人々のいのちを踏みつぶしていきます。
自分たちの「いのち」を守るためには、他の国々の人々の「いのち」が犠牲になってもしょうがないのです。市民が犠牲になっても「遺憾の意」くらいで終わってしまいます。
ものすごい矛盾を感じます。

イエスはここで捕まれば、殺される、それはわかっていました。
でも、剣を抜こうとしませんでした。
「いのち」を超える「いのち」を知っていたからです。
そして、自分のいのちが取り去れることが、私たちに「いのち」を与えることを意味していると知っていたからです。

私には難しいことはわかりません。
自分が守るべき、家族、仲間、そのためにいのちを捧げる、という人々の思いもわかります。
自分が守らなければ、誰が守ってくれるんだ?というのもわかります。

でも、私はこの地上のいのちを超える「いのち」を知っています。

そちらを守ることの方に、そちらを語ることの方に使命を感じています。
この地上の肉体のいのちよりも大切なものがあることを語ることに使命を感じています。

イエスがここで剣を取らずに、自分のいのちを与えたことによって、
私たちにいのちを超えるいのちを与えて下さったことに感謝しています。
そして、私自身もそのように、生きるとしても、死ぬにしても、とにかく、この神様の愛が伝わって欲しい、そう思わされています。


イエスさま、
あなたが剣を取らないで、
自分のいのちを私たちに与えて下さったことに感謝します。
それによって私たちに、この世のいのちを超えた「いのち」を与えて下さったことに感謝します。
私もあなたと同じように恐れない心を与えて下さい。
そして、生きる時も、死ぬ時も、あなたのすばらしさを表すものとして用いて下さい。
そのために私を整えて下さい。

2006-08-02

喜びを共にして下さる神

そして、
これが水曜日、そう、今日の分です。
いやあ、暑いです。
言いたかないですが、暑いです。
今は夜の10時を過ぎていますが、
30度以上あります。

明日までこの暑さが続くようです。
月曜日、キャンプに出る時には、この暑さは水曜日まで、と言っていたのですが、
一日延びました。
まあ、是非、明日まで、ということでお願いしたいです。

今日はマタイによる福音書25章を読みました。
この章は、世の終わりまでの間の私たちの生き方、はどんなものが要求されるのか、
ということをイエスがたとえ話を使って、話されたところです。

3つのたとえ話が出てきますが、
その真ん中の話は「タラントのたとえ」と呼ばれるものです。
ある人がしもべ達にある人には5タラント、ある人には2タラント、そしてある人には1タラントを預けて、旅に出るという話です。旅に出る人、それはイエスのことを指しています。そしてそのしもべは、私たちのことを指しています。
5タラント、と2タラントの人はそれぞれそれを元手に商売をして、儲けました。
しかし、1タラントの人は、恐れて、その1タラントがなくならないようにと、
その1タラントを土の中に隠していました。

主人が帰ってきた時に、
最初の2人はほめられたのに、
最後の一人は叱られた、と言うのがイエスの話です。
「与えられたタラント(才能)を、神様のために使いなさい」というのが、イエスの語りたかった主旨だろうと言われています。
その中で、今日は21節の言葉「主人の喜びを共に喜んでくれ」が心に留りました。
日本語としてはおかしな日本語です。直訳調なんでしょう。
でも、その言葉が何だか心に留りました。
神様の喜びを共に喜ぶことができる、
そのように招かれている、
その幸いを覚えました。

神様が喜んでくださる、
それを共有することできる、
それはなんてすばらしいことなんだろうかと思いました。
私たちの喜びを主が喜んでくださるだけではなくて、
主の喜びを、私たちに分ち合ってくださる。
それは本当にうれしいことだと思いました。

あなたが私のために喜んでくださり、
その喜びをも感じることができる幸いを感謝します。
どうか、あなたの喜びを共有することができますように。
私のうちに喜びを満たし、あなたの喜びを教えてください。
人々との交わりをも祝福してくださって、それが神様の愛と守りとによって、
支えられていきますように。


思いがけない時に

そして、これが火曜日の分。
丸一日ユースのキャンプで過ごしました。
夜はキャンプファイヤー。
火って不思議ですよね。
特に、燃え上がった後に小さくなった火。
ずっとずっと見つめていたい気持ちになります。

そして、この日は、特に一対一で中高生達と祈る時を持ちました。
純粋な、熱い思い、そして、まるで大人と話しているかのような、
しっかりした考えを持ち始めた彼らの成長の姿に、
熱いものがこみ上げてくるのを感じました。
12年前にNJに来た時には、9年前にJCCNJの牧師になった時には
考えられなかったような祝福を頂いているなあ、と思いました。

この日、
留守番をしていた娘にきゅうりのカウントをお願いしてあったのですが、
この日の5本で、とうとう100本達成!
先週末に用事があって、○ツワで「特売!」というきゅうりの値段を見て、びっくり。

約1本1ドル!

しっかり元を取りました。

苗からではなくて種から、それも2年前に買った種が残っていたヤツ。

そこにはあまり投資していないのですが、
土や肥料、動物よけの柵、いろいろ考えたら、結構トントンかも。
でも、楽しいです。
とにかく、いろいろ動物にやられても、カリカリしないこと。
ナスなんかはなかなか収穫出来ないでいるのですが、
それでも、「ま、いいか」みたいな気持ちでいようと思っています。
今年は本当に守られています。

ということで「聖書」。
今日はマタイによる福音書24章を読みました。
これはイエスが世の終わりにどんなことが起るかを、話された時の言葉です。
その中で心に留ったのは、44節、「だからあなたがたも用心していなさい。なぜなら、人の子は、思いがけない時に来るのですから」という言葉です。

イエスがもう一度来られる時、それが世の終わりです。
どんな時にイエスが来られても喜んで迎えることができるように準備していなさい、というのがこのイエスの言葉の意味です。

この世の終わりは、誰も経験した人はいないので、どんなのかはわかりません。
でも、人生の終わり、は誰にでも来るのです。

それはある意味、「イエスがもう一度来られる」時ということが出来るのではないかと思います。
ならば、それがいつであっても、喜んでイエスを迎えることができるように、と思います。

今年は9/11に飛行機に乗ります。
日本に行く飛行機です。
いろんな事情を考えて、この日のチケットを取りましたが、
やはり、単なる事情以上の気持ちがあります。

あの日、飛行機に乗り合わせた人々も、
職場に向かっていった人々も、
今日が、自分の人生の最後の日だとはまさか思っていなかったでしょう。

私も、今日も、今日が人生の最後の日だとなんて思っていません。
でも、もしかしたらそうかもしれないんですよね。
日々にそうなんですよね。一瞬一瞬がそうなんですよね。

そして、決して、「今日であっては困る」生き方をしてもいけないし、
反対に、「今日でなければ困る」生き方をしてもいけない。

そのような気持ちを大切にしたいと思いました。

主よ、
私の人生にいつ終止符が打たれようとも、
いつ、あなたが私をお迎えに来て下さったとしても、
喜んで、あなたが来られるのを迎えることができるように、
歩みたいと思います。
どうか、私の心を守り、支えて下さい。
今年の日本帰国の予定も守って下さい。
その飛行機に乗ることを通して、何かが見えるように、なりますように。


あつーい!

暑い時に「暑い!」って言うな!
という乱暴な話がありますが、
そんなことをもものともしない暑さです。
前回の熱波もすごかったですが、
今回もすごいです。

今日、ユースのキャンプから帰ってきました。
キャンプの施設ですが、
一カ所だけエアコンのある部屋があって、
その部屋の存在は「救い」でした。

暑かったですが、
本当にいいキャンプでした。
もっとずっとそこにいたくなるキャンプでした。
来年はきっともっと長くなるでしょう!
いや、「たぶん」、いや「もしかしたら・・・」かな。

9人の新6年生から新12年生までが参加しました。
みんな本当に成長しているなあ、と思います。
どんどん大人の会話ができるようになってきました。
またこれからが楽しみです。

で、まず月曜日の分。
月曜日はマタイによる福音書23章を読みました。
この章はイエスが偽善者達を非難される箇所です。
その中の26節が心に留りました。
「まず、杯の内側をきよめなさい。そうすれば、外側もきよくなります。」
外側ばかり気にする自分。
でも、何よりも気にすべきなのは内側であり、
内側が整えられていく時に、
外側も整えられていく、
出る言葉、行動、態度、
それを何とかコントロールしようとすることがある。
でも、聖書はここの内側に注目しなさい、注意しなさい、
そうするならば、外側は整えられていくのだ、というのです。

何か気持ちが楽になりました。
先ず、内側に注目していこうと思いました。
そして、そこから出てくる、自然に出てくるもので十分だと思いました。
立派でなくてもいい、
やたらにポジティブではなくてもいい、
ただ、心にあるものが出てくるだけでいいと思いました。

主よ、
私の心を守って下さい。
わたしの心をきよめて下さい。
私の心を整えて下さい。
それが自然と外に出てくるような、そんな働き人にして下さい。
今はやりの方法ではないかもしれない。
でも、私はこちらの方に魅力を感じます。
聖霊様によって、聖書の方法によって、私の心を整えて下さい。

2006-07-31

ユースのキャンプ

今日、これからユースのキャンプですので、
次の更新は水曜日の夜です。

暑い日が続きそうです。
熱いキャンプになりますようにお祈り下さい。

ではでは。

2006-07-30

神のものは神に

今日も暑かったですね。
最高気温は33.2度C。
今も8時半ですが、29度くらいあります。

この後熱波の予報が出ています。
明日は今日と同じくらいのようですが、
火曜日と水曜日は37度Cです。

でも、来週、JOYJOYキャンプの頃には30度以下に下がるみたいです。ホッ。
まあ、いつも8月になると秋風が吹き始めるので、今年も平年並みというところでしょうか。

JOYJOYが涼しくなると助かります。

今日、もう眠くなってきています。
早く休んで明日の朝、早起きしようかと思います。

今日の礼拝、だんだん皆さんが日本への里帰りや旅行から帰ってこられて、
戻ってきました。
来週、再来週とどんどん平常に戻ってくるでしょう。

今日の聖書はマタイによる福音書22章でした。
その中の22節の言葉が心に留りました。
「神のものは神に返しなさい」。
この言葉はそのころユダヤを支配していたローマ帝国に税金を納めるかどうかを、
イエスに聞きに来た人々に対して、イエスが語られた言葉です。
民衆はイエスが自分たちをローマ帝国から解放してくれる救い主であることを期待していました。
ですから、ここでイエスが「税金を納めなさい」と言ったら、人々を失望させることになる、
もしも、「納める必要がない」と言ったら、イエスを反逆罪でローマ帝国に訴えようと思っていたようです。
だから、どっちに答えても、イエスをおとしめられる、と思ったようです。
でも、イエスはそのコインの肖像を見て、「皇帝の肖像があるものは皇帝に返しなさい、そして、神の肖像がある自分自身を神に返しなさい」と言われたのでした。
そう、私たちには神の肖像が刻み込まれている。
その神のものである自分自身を神に返す、そのように招かれているのです。
私はまた今日もこれをパーソナルに受け取りました。
私自身に対して、神が「あなたは私のものなんだから、自分のために生きるのではない、わたしのもとにあなたのすべてを持ってきなさい」と言われたように思ったのです。
そのようにしたいと思って祈りました。
昨日、今日と、本当に主が私を近くに引き寄せようとしておられることを感じます。

主よ、
私自身を、私の存在を、
私の時間を、私の趣味を、私のお金を、あなたの喜ばれるように用いたいと思います。
主よ、どうか教えてください。私の存在すべてをあなたにゆだねます。捧げます。
どうかなすべきことを教え、導いてください。
私の夢や希望もあなたの御手にゆだねます。
生き方を教えてください。

2006-07-29

山は動く

今日も暑かったですね。
うちの温度計は最高が33.9度。
今も25度以上あります。

これから水曜日くらいまで熱波のようです。
特に水曜日はまた100度F、37度Cくらいまで行きそうです。

それに今回の特徴は、夜の温度が下がらない
熱帯夜も何日かあるみたいです。

お体に気をつけて。
無理はしない。
たっぷり休む・・・うーん、中高生のキャンプが月曜日から泊まりがけ3日間。
ちょっと心配。

今日もさっそく聖書。
今日は、イエスさまのこの言葉が私に語られました。
「たとい、この山に向かって、『動いて、海にはいれ。』と言っても、そのとおりになります。」
それは今日読んだマタイの21章の21節の言葉です。

この言葉が私に語られたように感じました。
特に、この「山」が、自分の心にあるように思ったのです。
自分の心の中に山があるのではないだろうか、
絶対に動くことがない、と思っていることがあるのではないだろうかと感じました。
本当に、変わらないのでは、もうこれはいつまでもついてくるのではないだろうか、
と感じていることがありました。
でも、今日、この聖書の言葉で、「あなたは、この山も動くことを信じるか?」と語られたように思ったのです。
すぐに、ハイ、信じます。山を動かして下さい。と祈りました。
そして、信じて疑わないことが大切、とあります。
単純に信じていきたいと思いました。
神様が山を動かして下さる、
私の心の中の山も動かして下さる、
そう信じることができました。
自分の力ではなく、神様にはそれができると信じることができました。

主よ、
あなたが私のうちにある「山」をも動かして下さる方であることを、
信じます。
私が信じ続けることができますように、
そしてあなたの御業を見ることができますように。
どうか助けて下さい。
私は弱いのです。
どうか、山を動かして下さい。

2006-07-28

気前のいい神

遅くなりました。
今日は午後になって、
急にYの応援に行く話が出てきて、
慌てて、やらなければいけないことを片づけて、行って参りました。
普通行けない、とってもいい席でしたよ。下さった方に感謝。

試合はWangの好投で完封勝利。
前回も彼でしたね。
今日は全く危なげのない試合でした。

試合は10時前に終わったのですが、
その後の駐車場から出るのが大変。
ウチにつくまで1時間40分以上かかりました。

で、今、夜中の12時前。

今日も蒸し暑くて、午後は雷雨がありましたが、
おかげで少し温度が下がったように思います。
でも、明日以降もっと蒸し暑さがパワーアップするみたいです。

早速、今日の聖書。
今日はマタイによる福音書の20章でした。
心に留ったのは、「私が気前がいいので・・・」という15節の言葉です。
この20章前半のたとえ話は「なんだこりゃ」と思う話ですが、
また私の好きな話でもあります。

日雇いで働いてもらう農園の主人の話です。
朝早く、働いてくれる人を探しに行って、一人一日1デナリで、人を集めます。
でも、9時にも12時にも3時にも5時にも探しに行くのです。
そして、自分の農園で働いてもらうのです。
6時になって、賃金を払う時になって、
夕方きた人たちから始めて、みんな賃金をもらっていきました。
見ていると、何と夕方来た人にも、1デナリ渡しているではありませんか。
朝に来た人は色めきだちます。
「じゃあ、俺たちはどんなにたくさんもらえるだろうか。」と。
でも、実際もらってみると、彼らにも1デナリ。
「不公平だ!」と文句を言った彼らに、
「私は一日1デナリの約束をしたじゃないか、あなた方に何の不当なこともしていないよ、
私はその上で、あの夕方に来た人たちにも同じようにしてやりたいんだ。
私が気前がいいので、ねたましく思うのか?」
と主人が言ったという話です。

神様は気前のいい方。
それが今日はとてもありがたく感じました。
わたしのようなものにも1デナリ準備して下さるんだなあと。

神様には借金があるような私たちです。
自分が働いた分だけ手にしようとしたら、何にももらえることのできないような者です。
神様が気前がいいから、初めて救いを頂くことができるのです。

その気前の良さ、に感謝。
それがなかったら自分は受け入れられなかったんだろうなあ、と思いました。

主よ、
あなたの大きさに感謝します。
あなたを信頼して、あなたの大きさの中にどっぷりつかって、
安心して歩んでいくことができますように。
あなたの気前の良さのゆえに、今の自分がいることを忘れることがありませんように。


2006-07-27

初「ふるさと」体験

「ふるさと」といえば、
「うさぎ追いしかの山・・・」と始まる歌。

でも、何を隠そう、シテーボーイだったかきごおり牧師は、ウサギなんて追っかけたことはなかった。
もちろん小鮒も釣ったことはない。

それどころか、
ずっとあの歌は「うさぎ、おいしい、かの山」とウサギを食ってウマカッタという思い出を歌った歌だとばっかりおもっていた、結構大人になるまで・・・。

でも、あの歌にはジーンと来るから不思議だ。

しかし、今日は、とうとうそれを経験してしまった。
ウサギを追いかけたのである。

この写真を見たらわかりますよね。

今日、何の気なしに庭を見たら、ちょうど何者かによって食い荒らされているあたりに、ぐたっと横になっているウサ公
(もしかしたらウサ子)を発見。

ナスはぼろぼろ、ミニトマトも日に日に株が小さくなってくる、一本だけ路地植えしたモロヘイヤは丸裸。犯人はコイツか!と短絡的に考え逆上した私は庭に出て、思いっきり脅かして差し上げました。

まさにウサギを追いかけたのである。
「ふるさと」体験である。
・・・でも、アメリカで経験してしまったのはまずかったかもしれない。

自分の中で今度から「ふるさと」を聞く(または歌う)時に、ウチの庭の風景が浮かんできてしまうかも・・・ますます日本人ではなくなってしまうかもである。

しかし、このウサ公(子?)は今日ので学習していただいただろうか?
「あそこには近づいてはならない・・・」と。

それから、こちらも今日の夕方、

インゲンを収穫していたら、
おばけを発見。
写真の一番右のヤツ。
普通のモノの4倍くらいあり。
このままほっておいたら、ほんとのお豆が取れるんだろうなあ、と思いながら、収穫。
インゲンは葉っぱの陰に隠れて実がなっていると、わからなくなって、こんなことになることもあります。

今年は今まで230本ほどの収穫あり。
きゅうりも74本まで行きました。
3株で100本も夢ではなくなりました。

ナスは8本。実が大きくなり始めると何者かが持っていきます。コイツも犯人は不明。

今日の午前中は祈り会。
久しぶりの方々が2名来られて、共に祈ることができました。
とても幸いな祈り会でした。感謝。

そして、午後から夜は電話をしたり、デスクワークをしたり、個人的に人にお会いしたり・・・。

あ、その中で、
ある方々とちょっと庭で立ち話。
その時、どこかでゴロゴロと始まり、
風で木がザワザワしてきたなあ、と思ったら、
突然、木の枝が一本折れて、飛んできました。

私の頭に当たったのですが、マジ痛かったです。
小枝だったんですがね。

簡単に手でポキッと折れるような細い枝でも、これだけ痛かったら、
太い枝だったらどうなるかと思いました。
時々、落ちてきた枝で亡くなる方もおられますが、
これはそういうこともあるだろうと思いました。

雷雨の前の「ザワザワ」にはくれぐれもご注意下さい。

今日の聖書はマタイによる福音書19章。
イエスが言われた言葉、「それは人にはできないことです。しかし、神にはどんなことでもできます。」が心に留りました。
この言葉は弟子たちが、「そしたら誰が救われることができるでしょうか?」と聞いた時に、言われた言葉です。
ここ何週間かの間に洗礼を受けた方、信仰を持つようになられた方、洗礼を受ける決心をされた方々一人一人のことを思い出していました。そして、一人一人皆さんを、「神様が導いてくださった」と思わされました。本当に奇跡だと思いました。人の力ではない、神様の力が注がれているのだと思いました。
ですから、これからもそのことを求めていきたいと思います。
人の知恵や特別な方法ではなくて、
ただただ、神様を信頼して、神様が語ってくださるように、
その心に触れてくださるように、
その心に語ってくださるように、
そのように求めていきたい、と思います。
これからも日々、新しくイエスを救い主として受け入れて歩み始める方々が起こされるようにと、願います。

主よ、
一人一人を導いてくださっていること、
一人一人の心に触れてくださっていることに心から感謝します。
これからのお一人一人の信仰の歩みを導いてください。
そして、あなたの奇跡によって、一人でも多くの方々が、
導かれ、あなたの愛に突き動かされて歩む、信仰の歩みをスタートすることができますように。

2006-07-26

同じしもべ仲間

今日は久しぶりにNYの早朝祈祷会に出席。
3人で心を合わせて教会のこと、教会の方々のこと、
そして、特にNYで働いておられる方々のことを覚えてお祈りしました。

午前中はいろいろな連絡や仕事をNYPublic LibraryのMidtown Branchでしています。
まるでNYにオフィスを持っているかのような気分です。
図書館なので、電話がかかってきても、その場では出られないこと、
たくさんの人がいるので、コンピューターを起きっぱなしにして席を立てないこと、
などはありますが、全然不便とは思わないです。
安上がりなJCCNJ-NY Officeですね。

NJの郊外に住んでいる私にはNYに出てくると、人の多さに圧倒されます。
もっともっとここで伝道したいなあ、と夢は広がります。
そのこともお祈り中です。
神様がどんなビジョンを与えて下さるか、今は「待ち」です。

今朝はマタイによる福音書18章を読みました。
今日のところの最後の方では、「赦しなさい」という話が出てきます。
私の好きな話の一つです。
1万タラント・・・日雇いで働く人が5000回人生をして、稼げるお金・・・の借金を主人に帳消しにしてもらった人が、同じ主人の下で働く人に貸していた100デナリ・・・同じく100日働いて稼げるお金・・・を赦せなかった、そしたら、彼を赦した主人が怒って、彼のことを牢獄に入れてしまった、という話です。

100デナリなんて「はした金」だ、と説明してある本もあります。
でも、待って下さい。100デナリって、すごいお金ですよね。
100日働いて・・・ってことは週休1日で大体4ヶ月。週休2日だと5ヶ月くらい働いて稼げるお金です。
「簡単に赦せる」って人がおられたら、私はマジで借りたい。無利子無期限で・・・。

そんな赦せるもんじゃない。
だから、このお話は意味がある。
だから赦すことに意味がある。

お互い様じゃない。
一方的に向こうに貸しがある。
だから、赦すことに意味がある。

自分が赦されたこと、ものすごい大きな借りを神様から赦されたこと、
そのことに心を向けることです。

それはいつも思うことです。
今日はもう一つ、この100デナリを貸していた人が、
「同じしもべ仲間」と書かれているところに心が留りました。

私たちお互いは「主のしもべ仲間」なのだと。

お互いをとても近く感じました。
私たちは主のしもべ仲間なのだ。

うーん、教会でもっと使おう。この言葉。

主よ、
私にたくさんの「しもべ仲間」を与えて下さっていることに感謝します。
共に歩む喜び、共に労する喜びを与えて下さい。
どうかお互いをあなたに愛されている者、
あなたに受け入れられ、支えられている者として、
感謝して受け入れることができますように。
あなたに愛され、赦されている喜びに満たして下さい。
今日の出会い、今日の働きのために助けを与えて下さい。

2006-07-25

できないことはない

今日は昨日よりも蒸し暑さちょっとアップ。
明日はまたもうちょっとアップするみたいです。

そして、今日もちょっとだけ雨と雷がありましたが、
明日もそうかもしれません。

まあ、先週の暑さと雷を経験したら、ちょっとやそっとのことでは驚きません。
そして、今週はその驚くようなことは起らない予想が出ています。

でも、

天気ではなくて・・・

今日もまた「あいつ」が驚かせてくださいました。

昨日のようなセンセーショナルな遭遇ではなかったのですが、

きょうもまた8時すぎ、
散歩に出た(私たち家族?15歳息子)の4人が、
ウチの玄関をゆっくり横切って行く「あいつ」を目撃。

いやあ、あっちも同じ時間に散歩をするのが日課になっているのか、
そして散歩コースにウチの庭が入っているのか・・・

ぞっとしますねえ。


いつ、
「じゃ、ちょっと買い物行ってくるわ・・・」と出かけた誰かが、
玄関を開けたとたんに、たまたまそこを散歩中の「あいつ」に遭遇して、
びっくりした「あいつ」に一発スプレーを食らう、みたいなことが
起こらないとも限らないじゃないですか。

きっと。


そして、記念写真ですが
さすがに今日も「あいつ」が横切っている玄関からうちに入って、
カメラを持って来ることもできず・・・。
カメラはいつも肌身離さず持っているべし・・・ですね。


今日の午後は一人の方と個人的にお会いして、
その前後はずっとデスクワーク+電話+メール、
結構いろいろあります。

キャンプもあと2週間を切りました。
楽しみ+やらなきゃいけないこと山積み。

明日は月に一度のNY Dayです。

暑くなりそうです。

ん、でも今月こそ、長袖持っていかないと・・・。
バスのエアコンで凍えてしまわないように。


今日の聖書。
今日読んだのはマタイによる福音書17章でした。
ここで弟子たちが癒せなかった子供を主が癒やされた時に、
イエスが言われた言葉が心に刺さりました。
「信仰が薄いからだ。・・・どんなことでもあなた方にできないことはない」と。
「そうなのかな」という思いもあったわけですが、
それ以上に心に語られたのは、
「神様によってあなたにできないことはない、なのに、あなたは自分でできないと思いこんでいる」ということでした。
自分の力を信じるのではない。
主の力をどこまで信じるのか、それが問われているように感じました。
主を信じていきたいと思いました。
そして、いろんなことにぶつかっていきたいと思いました。
計算高くなりたくないと思いました。
「あなたがたにはできないことはない」・・・感謝。
今年のJOYJOYキャンプに対するメッセージとも思いました。

主よ、
どうか私の信仰を増してください。
信仰を与えて下さい。
そして、あなたの奇跡を見ていくことができますように。
あなたの不思議を見ていくことができますように。
信じます。不信仰な私をお赦しください。


2006-07-24

獣害再び、そしてあいつも再び

いやあ、今もまだドキドキしています。


40代のオヤジの「ドキドキ」は
「ちょっと不気味」
または
「発作が心配」

かもしれませんが、
まだ落ち着きません。


ホントに危なかったです。

先ほど、暗くなってきた8時20分頃、下の娘にねだられて、
庭の様子を見に行きました。


そこで、「獣害」発見!


ミニトマトの芽と葉っぱが食われています。
しばらく、獣害がなかったので、良かったなあ、と思っていた矢先。

この食われ方は、タダモノではない、
グランドホッグに違いない・・・と思って、
悔しさの余り写真を撮っていたら、
そこにホタルが何匹か・・・。

そして、今度はホタルの撮影に挑戦。
ただのコンパクトカメラですから、まあ、ちゃんとは撮れないのですが、
光った瞬間をキャッチ。


わからないかもしれませんが、
手前右が食われたミニトマトの茎。
そして真ん中の上の方の黄色い光がホタルの光です。


そして、もうちょっといい写真が撮れないかなと思いつつ。
次のシャッターチャンスをねらっていると・・・
そこにゴソゴソ・・・と歩いてくる何者かの足音が・・・。


ん、グランドホッグのヤツ、こんな時間にのこのことやってきたか・・・
脅かしてやろうと、顔を上げた時、
私の目に飛び込んできたのは、



黒い体に一本だか二本だかの白い筋・・・



そう、そいつはあいつだったんです。
愛読者の皆さんだったらわかりますよね。
あいつ。


だめ、絶対脅かしてはいけない。
脅かし体勢に入っていた自分の体の暴走を何とか食い止め、
次の瞬間にはヤツに背中を向けていました。


山で熊に出会ったら、一発で襲われるタイプです。自分。


でも、焦ったのなんのって、ぶっ飛んで慌てて家の中に駆け込みました。
もう二度とあのスプレーを浴びたくありませんからね。
去年はちゃんと臨戦態勢を整えてから浴びたのですが、
出会い頭の一発はたまったもんじゃありません。

一目散」という言葉がありますが、
それがぴったり当てはまる慌て方でした。

でも今思うと、せっかく手にカメラを持っていたんだから、
記念に一枚くらい撮っておけば良かったなあと悔やまれます。

でも、やっぱり無理だったかな。

家に入って窓から庭を見ると、
向こうも慌てて来た方向に戻っていきます。
去年ワナにかかったのを放したヤツが戻っていったのと
同じ方向に歩いていきました。

ウチの軒下に向かっていかなかったのがせめてもの救い・・・。

深呼吸。

でも、まだ、心臓のドキドキが止まりません。


止まりませんが、聖書の話に進んでいきます。
今日読んだのはマタイによる福音書16章
イエスが弟子たちに聞きます。
「あなたはわたしを誰と呼ぶか?」
それに対するペテロの答えは
「あなたこそ、生ける神の子キリストです」
でした。
イエスはそれを喜ばれて、自分の使命について語り始められます。
「自分はこれから苦しめられて、殺されるのだ」と。

でも、弟子たちはもちろん、そんなこと受け入れられません。
さっき、イエスに喜ばれたペテロは、今度は
「イエスさま、そんなことがあっていいわけはありません」と言うのです。

その時、ペテロをしかったイエスの言葉が心に留りました。

「あなたは神のことではなく、人のことを考えている」

自分の心が探られるような思いがしました。
本当に自分は神様のことを考えているだろうか、
自分の考え、自分の願い。
それも、神様を計算に入れるのではなくて、
神様の思いを考えるのではなくて、
人の考え、人の顔色、を見て、判断していないだろうか?

いつもいつも神様の御心を求めていくものでありたいと思いました。

主よ、
どうか、あなたのことを思う者として下さい。
あなたの御心を求める者としてください。
自分の思い、人の顔色、
それよりも、
あなたの御心を求める者としてください。
あなたのお考え、あなたの方法を教えてください。

2006-07-23

それをここに持ってきなさい

今日は一転涼しく、また夕方からは爽やかになりました。
最高気温は26度くらいまで行ったようですが、
今は夜の12時前で20度を切っています。
いいですね。
こういう天気が続いて欲しいものです。
でも、「そうは問屋が卸さない」。
明日までは湿度も低いみたいですが、
あさってからはまた蒸し暑い日が週末にかけて続くようです。

JOYJOYキャンプまであと2週間になって、
キャンプ自体はほとんど建物の中なのであんまり心配していないのですが、
午後上級生の男の子を外に連れ出すので、
雨やめちゃくちゃ暑いのだけは、何とか避けて欲しいです。
大体毎年大丈夫で、ちょうどいいか、「今年は暑いよね」くらいですむのですが、
先週の月火みたいな暑さや
木金土みたいな雨が続くとそれはお手上げです。

これからは天気予報が趣味の世界ではなくって、
マジに見るようになります。

今日の礼拝もたくさんの方々と守ることができました。
初めての方々や久しぶりの方々もおられて、うれしかったです。
そして、何よりもうれしいのは心からの賛美。
ただの音楽じゃないんですよね。賛美なんです。賛美。
賛美しました!もっと賛美したいと思いました。

今日の聖書は昨日の間違いにより本来昨日読むはずだった、
マタイによる福音書14章。
特に18節の「それを、ここに持って来なさい。」という言葉がもう一度語られました。
そう、この言葉は、今から9年前に私がこの教会の牧師として立つ時に与えられた言葉。
ちょうど今から9年前の今頃でしたね、就任式。
早いものです。
自分の手の中にあるものがどれほどちっぽけに思えたでしょうか?
周りの状況がどれほど大変に見えたでしょうか?
そんな中で、主が語ってくださった言葉でした。
弱くていい。小さくていい。情けなくていい。
ただ、この方のところに自分の手の中にあるものを持っていく勇気さえあればいい。
「持ってきなさい」というお方の声に、「ハイ」と言える気持ちさえあればいい。
「こんなもの・・・」と思いつつも、従う単純さだけがあればいい。
そう信じて、従いました。

この7月。本当に主はたくさんの奇跡を見せてくださって、
今、本当にここに生かされている喜びを感じています。

でも、主のなさる奇跡はもっと大きいんだろうと思います。
もっともっとたくさんの方々が神様に出会って、
人生が変えられて、喜びに溢れて歩んで行かれる姿、
それを見たい、見せて頂きたいと思います。
「人々は食べて満腹した」とあります。
その奇跡を見せて頂きたいと祈ります。

主よ、
もう一度、語ってくださってありがとうございます。
あなたの手に、わたしの「5つのパンと2匹の魚」が渡される時、
あなたは人々が満腹するほどまでの大きなことをしてくださると語ってくださいました。
それを信じて、信頼して、ここまで歩んできました。
その中には、「どうして・・・」と思うようなこともありました。
未だに納得いかないことだってあります。
でも、今も信頼しています。
あなたは人々を満腹にしてくださる方だと。
あなたはこの地域に住む方々、出会う方々に豊かに与えて下さる方だと。
どうか、あなたの奇跡をもっと見せてください。
人がイエスに出会って、変えられる奇跡を。
主よ、もっともっとたくさんの御業をなしてください。
もう一度、このパンと魚とをあなたに捧げます。

2006-07-22

いったいどこから

右の方にカレンダーをつけました。
この日付をクリックするとその日の記事に飛びます。
マタイによる福音書1章が7月9日でしたから、
マタイ4章の場合は8+4で7月12日に出てきます。
今のうちはいいのですが、そのうち、計算が面倒になるでしょうから、
聖書のどこの箇所を何月何日に読んだか、読む予定か、
一覧表のリンクも作っておこうと思います。

今日もたくさん雨が降りました。
2日で100ミリくらい降ったのではないでしょうか?
庭に出しっぱなしになっている洗面器は水がいっぱいにたまっています。
ちなみに昨日は38.4mmの降水量。今日も同じかそれ以上降っているでしょう。
でも何だかやっと峠を越したようです。
今、夜の10時半ですが、これからはもう余り降らないでしょう。
そして明日からあさっては湿度もちょっと下がり、
ちょっと過ごしやすくなると思います。ちょっと。
期待も込めて・・・。

今日はマタイによる福音書15章を読みました。
最後の方にイエスが人々に食べ物を与えようとなさる様子が出てきます。
その時に弟子たちは、「こんなへんぴなところで、いったいどこから食べ物を調達するんですか」
というのです。
自分もそんなタイプだなと思います。
いったい、どこにそんな人材がいるのか、
いったい、どこにそんなお金があるのか、
いったい、どこから・・・と。
自分を見ても、周りを見ても、「無理をしない」ということが先ず頭にきます。
でも、イエスは他の供給源を見ておられた。
手許にあるパンを見ていたのではなかった。
手許にあるパンを用いて、
でも、それを何倍にもする力のある方であった。

私も自分の手の中にあるもの、
自分の周りにあるもの、
それを見るのではなくて、
神様を見ていこうと思った。
神様の奇跡を見せて頂きたいと思った。
「いったいどこから・・・」
それは神様から!
私たちの手の中にある小さなものも、
主の御手の中におちいる時には、
大きく用いて頂ける!
それを信頼していこうと思う。それを信じていこうと思う。

主よ、
あなたの御手にあれば、
私のこの手の中にある少しのものも、
ちいさなものも、
人々の心を、魂を満たすために用いられることを、信じます。
あなたの奇跡をなして下さい。
明日も、明日の礼拝でもあなたの奇跡を見せてください。

2006-07-21

大喜びで・・・

今日は朝も夕方もすごい雨でした。
そして今また夜11時50分ですが、
雷雲が南から上がってきています。
そして、温度は高くはないのですが、
蒸し暑いです。
今も23度くらい何ですが、とにかく湿度が飽和状態。
空気が肌にねっとりまつわりつく感じです。

明日も今日と同じような天気になりそうです。

大雨にご注意。

今日はさっそく聖書の話。
マタイによる福音書13章を読みました。
ここには「神の国のたとえ」がまとめて出てきます。
その中で今日心に残ったのは、その44節の宝物の話です。
ある人が畑を耕していて、宝物を見つけたら、
大喜びで全財産を投げ出して、その畑を買って、
宝物を手に入れる、という話です。
これは2通りの読み方があります。
一つは、この宝物は「福音」すなわち、
キリストの十字架の救いを表していて、
見つけた人は私たちです。
私たちはこの福音を見つけた時に、
すべてを犠牲にしても惜しくはない。
そして、それを「いやいや」ではなくて、
「大喜びで」するのです。
それくらい「神の国」「福音」には価値があるのです。

もう一つの読み方は、
この宝物は「私たち」です。
私たちのために、私たちをご自分の物とされるために、
イエスはすべてを犠牲にされた。
それも大喜びで・・・。

どちらもそうだなあ、と思います。
でも、今日は、この2つ目の読み方をして、感謝しました。
私たちのために大喜びですべてを投げ出してくださったイエスに感謝しました。

主よ、
あなたが私を宝物としてくださることに感謝します。
あなたが私のために、すべてを投げ出してくださったことに感謝します。
私も福音のために、すべてを投げ出していきたいです。
私の心の中をご覧になって、私がまだ投げ出していないもの、教えてください。

2006-07-20

ただただ単純に語る

今日は午前中は風もあり、
気温も低く涼しいスタートでしたが、
午後は蒸し暑く、夜になってますますむっとしてきたように感じます。
最高気温は30.7度。
今も24度ありますが、それ以上に湿度が高いと思います。
明日から、日曜日までは雷雨もあり、ムシムシした天気、
月曜日からやっとカラッとするみたいです。

今日の夜9時頃、
カミさんが、みんなに見せたいものがあると、
散歩に誘いました。

何々?人面木かなにか?
と聞いたら、「いい線行ってるねえ」とほめられて、
連れて来られたのがこの木のところ。
「人面木」は多分、自然にできた模様が人間の顔みたいになっているんでしょうが、これはまさに、
「人面木キット」
木に釘を打って、そこに引っかけるようになっているので、
鼻水とよだれのように樹液が出てきて、ますますアブナイ感じですね。
写真を撮っていたら、この家の奥さんが、窓から、
「もう一セットあるから、持っていく?」と聞いてくださいました。
もちろん、「いいんですかあ?」(もちろん英語なので、Yes, thank you!と答えましたが、気持ちは「いいんですかぁ?」でした)と頂いてしまいました。

このところ毎日、4、5本ずつきゅうりが穫れていたのですが、今日はお休み。明日は多分2本。
ちょっと暑さで参ってしまったようです。ずいぶん枯れてきてしまいました。
3株で60本は行くと思うのですが、その後はどうかな。

今日の聖書はマタイによる福音書12章でした。
その中に人々がイエスに「何か奇跡を見せてくれ」と言います。
その要求に対して、イエスは、「メッセージを聞いて信じないならば、奇跡を見てもしょうがない」と言われます。
そして、旧約聖書の中でヨナという人がニネベという町の人々に、
メッセージを語った時に、彼らがそれに聞き従ったことを例に挙げています。
彼らは特に奇跡を見たわけではない。
でも、ヨナの警告のメッセージを聞いた時に、
自分の人生を方向転換をして、神に従って歩み始めた様子が書かれています。
ここを読んで、
自分の使命もこれだなあ、と思いました。
何か物珍しいことをするわけではない。
人が喜ぶような話をするわけでもない。
ただただ、聖書に書かれていることを愚直に語っていく、
それが自分の使命であり、
それが本当に大切なことであり、
それによって神の許に帰っていく人々がいることを、
思わされました。
人の影響を受けることも気をつけなければいけないと思いました。
今いろんな目新しい方法がはやってきています。
でも、そんなことに振り回されない、
単純な福音を語ること、
十字架の救いを語ること、の大切さを教えられます。

主よ、
ヨナが単純に警告の言葉を語った時に、
人々はあなたの元に帰っていきました。
私もそのような単純な者でありたいと思います。
神様が語れと言われたことを、単純に語る者でありたいと思います。
どうか、先ず私自身に語ってください。
そして、あなたによって語られたことを、
分ち合う者としてください。
日曜日のために、メッセージを与えて下さい。
あなたのメッセンジャーとして語らせてください。

2006-07-19

負いやすいくびき

今日も結構暑くなっています。
湿度もそんなに低くありません。
期待していた分だけ、暑く感じます。
最高気温は31.8度C。
それとも、昨日までエアコンがフル回転状態だったのが、
今日はそれほどでもないので、
湿度の分だけ家の中が暑く感じるのでしょうか?

今日、娘達がつけた巣箱に小鳥のヒナを発見。
わかります?巣箱の中の口ふたつ?
娘達大喜び。


去年のクリスマスに6年生の娘に「何が欲しい?」と聞いたら、
×ポッドとか、携×電話とかではなく、
「小鳥の巣箱」・・・と。
なんて経済的かわいいんでしょう!と喜んで買ってあげた巣箱、
カミさんと妹と一緒に色を塗って、パパと木に縛り付けておきました。
その後、しばらく「来ないねえ」と言っていたのですが、
春になってから、枯れ草が運び込まれている様子。
「巣を作ったみたいだよ・・・」
でも、親鳥の姿もヒナの姿もなく、「どうしたのかねえ」みたいな感じでした。
それが7月になってから、「ヒナ誕生!」ですから大喜び。
ヒナがしきりに口を開けて待っている様子、
親鳥が一生懸命エサを運ぶ姿、
人間社会とだぶります。ハイ。

それと共に私たちが神様に求める時に、
このように求めていいんだと思いました。
「あなたの口を広く開けよ、私はそれを満たそう。」詩篇91:10

今日の聖書はマタイによる福音書11章でした。
その最後にこんな言葉があります。
「私が与えるくびきは負いやすく、わたしが与える荷は軽い」
イエスは私たちいろんなストレスで重い荷を負って苦労している者たちに、
「わたしの所に来て休みなさい」と招かれます。
でも、それと共に、「私が与える荷を負いなさい」と言われるのです。
どっちなんだと思いますが、
両方なんでしょう。
イエスの下に休む歩みは、
イエスの与える荷を負って歩む歩み。
それは私のために特別に作られた、
カスタムメードの使命。
他の誰かではなく、私のために準備された荷物がある。
でも、それを負う歩みは、
負いやすい、軽い荷なのだと・・・。
喜びを感じる、平安を感じる荷なのだと・・・。

主よ、
あなたが私のために特別な使命を与えて下さっていることに、
心から感謝します。
その荷を喜んで負いたいと思います。
どうか、あなたが守り支えて下さい。
道を外れそうになる時に、教えて下さい。
逃げたくなる時に、「おまえ、違うよ」と語ってください。
あなたの与えて下さる荷なら、負うことができます。
私のためによく考えて、与えて下さる荷だから。

主のために

これは7月18日の分。
更新遅れました。
何でかというと、停電。
昨日の夜はすごい雷でした。
雨自体はそんなにたくさんではなかったのだと思いますが、
とにかく風と雷で、10時半頃停電してしまいました。
何時に復旧したかは不明。

ちょうどYがMに追いついたところ、
その後向こうも雨で中断になった頃でした。
「今日見に行った人は盛り上がっただろうなあ、でもこの雨で大変だろうなあ・・・、延長戦は明日に響くだろうなあ」と思っていた矢先、ぶちっと切れました。
「もう早く寝なさい」という神様からのメッセージだったのかも・・・。
その後すぐ家族みんなで寝てしまいました。

YがMに11回までやって勝ったことも、朝になってから知りました・・・、

昨日はその雨まではめちゃくちゃ暑かったです。
連日の37度台。
でも、今日からは何とか涼しくなるみたいです。
これは天気予報当たって欲しいです。

昨日は朝教会でお祈りの日。
午前中も、午後も個人的にお話をしました。
そして、一人の方に昨日の御言葉「あなたの罪は赦された」の祈りをする幸いを経験しました。
そして夜にも「洗礼を受ける決心をしました!」ともう一人の方からメールを頂いて、
本当に心から感謝をしました。

昨日はマタイによる福音書10章を読みました。
その中で、39節の言葉が心に留りました。
「自分のいのちを自分のものにする者は、それを失い、わたしのために自分のいのちを失った者は、それを自分のものとします」という言葉です。
「自分のいのちを自分のものとしていないだろうか」と問われたように思ったのです。
本当に自分は自分の命を主のために捧げているだろうか、
結局は自分のために使っているのではないだろうか・・・と。
求めていきたいと思いました。
もっともっと主のために生きるとは、主のために自分のいのちを与えるとはどういうことなのかを、
求めていきたいと思いました。
一つ、ヒントはイエスがこの後に語っていること、
人のためにすることはイエスのためにすること・・・。
人に仕えること、それを求めていこうと思いました。

主よ、
あなたに私のいのちを与えることを教えて下さい。
自分のために生きるのではなく、
あなたのために生きることができますように。
人に仕えることができますように。
仕えることを教えて下さい。