2011-01-22

さむい!

いやあ、寒いです。
そりゃあ、世の中には、上には上っていうか、下には下っていうか、もっとすごいところがあることは知っています。アメリカ全体で今一番寒い、ミネソタの北の端では-40度だといいます。-40度になってしまうと、C?F?って聞くこと自体がナンセンスになってしまう世界です。-40度台はだいたいCでもFでも同じです。


そこに比べれば、NJなんて大したことない、と言われてしまうこともわかります。逆にbalmyなんて言葉も使われてしまうかもしれません。


でも、さむい!


今朝は-12.4度Cでした。
昼間は-3度くらいまで行きました。
そして、今、まだよるの9時半ですが、既に-11度Cまで下がってきています。
明日の朝は-15度くらいのようです。


そして、明日一日-5度以下。
明日の夜は我が人生最低の-20度C(Fでもマイナス)も夢ではありません。
月曜日は昼間も-7〜8度と寒い一日になりそうです。


そして、今は火〜水曜日のstormにみんな注目しています。
いろんな可能性があって、何とも言えません。
ドンピシャで来たら、50センチ以上ですが、
「何もない」〜「雨」までいろんな可能性があります。


さて、今日の聖書。
今日はマルコ7:24−37でした。


すると彼の耳が開き、舌のもつれもすぐに解け、はっきりと話せる  ようになった。」35節。


これも象徴的な出来事にメッセージが込められていると思う。
つまり、自分が聞くことによって、はっきりと語ることができるようになる。


自分が聞くことの大切さを語られていると思いました。


どんな世界でも、自分がちゃんと消化していないことは、他の人にわかるように語ることはできない。


神様と共に歩む歩みはそれを超えて、主が語ってくださることもあります。でも、まず自分が語られることですよね。


主が私自身に語ってくださいますように。聞く耳を持つことができますように。


主よ、
私の耳を開いて、あなたの語ることを聞かせてください。
あなたの語られることに耳を傾けて、聞く者とならせてください。

2011-01-20

ちょい雪。駆け抜け雪。

今夜はこれから雪です。
今、夜の10時半ですが、12時頃からかな。
10センチくらいのちょい雪みたいです。
そして、明日の朝起きた頃にはもう終わっている、
駆け抜けて行く雪です。


明日は5時に「今日は2時間遅れですよ」なんて、起こされませんように・・・。


あ、でも朝起きたらまだ降っていて、20センチ積もっていても、怒らないでくださいね。


そーんな感じの予報です。


14年前の昨日、天に召されて行った仲間のことを思い出していました。
私はまだこの教会の牧師になる前、大学院の宗教学部の学生の一人としてこの教会に集っていたときでした。
日曜日、いつものように教会に行ったら、そこで、姉妹が急に召されたことを聞かされました。
私よりも若かったですから、そして、お元気そうに見えましたから、ほんとに信じられませんでした。
でも、驚く神様の御業だと思うのですが、それからご両親が教会に導かれ、輝いて歩んでおられます。
息子を大学に送ったり、迎えに行ったり、その途中のところに住んでおられるので、最近、何度か、お世話になっています。ハミングバードが窓際に飛んでくるすてきなところです。


一昨年、ご両親からお証を聞いたときの文章を読み直していました。


http://www.jccofnj.org/main/testimony/akashi_1009.html


読みながら、思わされたこと。
ご両親がこのように自分のことを思い出して、お証しをしている場面、そんな風景を、生前の彼女は想像できただろうか?
できなかっただろうなあ。考えられなかっただろうなあ。
だったら、私たちも自分の生きている間に、自分の知っている範囲で、考える必要も全然ないんだろうなあと。自分の見極められることの限界を認めること。そして、それを超えて働いてくださる神様を信頼すること。あ、最近、ちょっとまた肩に力が入り始めていたかな、と思わされるひとときでした。


感謝。

さて、昨日の聖書。
昨日はマルコ6:45-56。


「イエスは強いて弟子たちを船に乗り込ませ・・・」45節。

この日の「日々のみことば」は厳しかったねえ。
イエスはあえて、嵐が来るとわかっていて、弟子たちをそこに送られたと。

そして、そばを通り過ぎようとした、と。
イエスはあえて、安易な慰めや安心感を与えようとしたのではなくて、
イエスに従って行く歩みへと招かれていたのだと。

でも、そうだよねえ。
嵐が来る。あえて嵐の中に送られる。
それも、船を出してすぐだったら、戻るってのもあったかもしれないけど、
それはなくて、
湖の真ん中に来た頃に嵐が来るってんだからたまったもんじゃないよね。

ってゆうか、元々、イエスに従うならば、無理矢理送り出されるんだったら、
嵐なんて勘弁してほしい。万事順調にいってほしい。
こっちは従ってんだから・・・。(って恩着せがましい・・・かな)

でもほんとに嵐が来る。突然の嵐が。
でも、そんな中で、ほんとのことがわかる。
ほんとの自分の弱さがわかり、神の強さがわかる。
ほんとの自分の姿が見えてきて、神が必要だと言うことがわかる。
必要とか、なんとか以前に、神とともに歩むように造られたってこと。

だから、嵐の中に送り込まれるのは、
必要なんだな。

主よ、
あなたが強いて送り出してくださるところ。
そこで、私たちは、ほんとの姿がわかる。
あなたが必要であることがわかる。
従う喜びを与えてください。
嵐がやってきたときに、あなたを信頼して歩めますように。


ハジからのメールで、ユキがもうすぐミッドタームだってわかった。
そういえば、そんな話を聞いたような気がする。
ヤツはほんとに大切なこと、言わないからなあ。
かみさま、守ってください。

2011-01-18

「熱波」。

今日のiceは昼前が一番きれいだった。
そう、iceは歩いたり、車に乗ったりするのは、気をつけなければいけないし、
雪が降った後だと、雪が重くなってたまらないんだけど、
あまりひどくなければ、木の枝がキラキラ光って、きれいだ。
あまりたくさん降ると、木の枝が重くなりすぎて、木が倒れたり、
枝が電線を切ったりして、たいへんなんだけど、
今日はそんなことはなかった。


そして、午後には気温がプラスに。
ここら辺の天気予報は実に正確だ。


夜になっても氷点下にならない。
今は夜の11時だけれども、1.6度。
これはちょっとした熱波。
この時間に氷点下になっていないって、ちょとうれしい。
明日も40度になるって。これはもう熱波!(あ、華氏だけど。摂氏だと4度)


でも、木曜日の夜から金曜日にかけては雪の可能性が高くなってきました。


今のところ15センチくらいの予想が主流ですが、
今年は何回も、それじゃすまないことが続いているので、
またもうちょっと本格的な雪になるかもしれません。


さて、今日の聖書。
今日はマルコ6:30-44でした。


「あなたがたで、あの人たちに何か食べ物をあげなさい」37節。

このとき、イエスと弟子たちは「休む」予定だったんですよね。
でも、そんな中で、飼う者のない羊のような、人々の姿を見て、
彼らにメッセージを語り、癒しの御業をなさった。

そして、弟子たちに、「あなた方の手で」と言われた。

休むはずの弟子たちは休むどころではない、
大変な課題を与えられるのだ。

私たちもイエスの弟子だ。

休むはずのときに、主から課題を与えられる、
そういうことがあるのだと、いう覚悟を求められているのだろう。

どんなときにも、主の与えられる使命にお応えできますように。

でも、実際には、人々に食べ物を与えられたのはイエスだった。
そう、「神様の使命」と言っていても、
実際に、御業をなさるのは、神様。
私たちはそれを見せていただくだけなんだ。

主よ、
あなたの与えられる使命にいつでも、どんなときでも、
お応えすることができますように。
どんなときにも、あなたを見上げて歩めますように。
どんなときにも、あなたの御力を信じて、お応えできますように。

2011-01-17

Ice Stormかな。

今夜はこれから雪が降ってきます。
夜の9時前ですが、今、ワシントンDCーボルチモアくらいまで、
SleetやFreezing Rain、そして、雪が降ってきています。
12時頃までにはこっちまで上がってくるでしょう。


問題は、今、五大湖地方にももう一つの低気圧が進んできていて、
上空には暖かい空気が入ってきていること。


地表付近は-4度くらいと今も冷え込んでいるのですが、
上空が0度以降になるので、朝にはSleetやFreezing Rainに変わりそうです。


でも冷たい空気は密度が高くて、重いです。(熱気球は暖かい空気が暖かいことを利用して空に上がります)だから、なかなか、動かなくて、そこに居座って、雨なのに凍る、という怖いことが起こります。学校はまだ「お休み」や「Delay」の連絡はありませんが、多分、朝5時頃に電話がかかってくるんでしょう。


どうしても運転しなければならない皆さんはお気をつけて。


Youtubeで、EC2010のカウントダウンのときに流れたビデオを見ることができます。



すごいですね。すごい力作。
贅沢を言うと、最後のカウントダウン10秒は短かった。
1分くらい前から、盛り上げて行ってほしかったな。

ECのビデオを見ていたと思ったら、急に、10, 9, 8, 7・・・ですからね。
もう2週間以上たったんですが、
まだまだ、つい先日のような気がします。

あと、自分って、こんなに白髪があるの?

やっぱり染めようかな。ってところ。

では、Happy Ice Day!

2011-01-16

Vulnerability

今日は朝はそれほど冷えていなかったけど、
夜になって冷えてきた。


10時半で-4.4度。
明日の朝はまた-10度くらいまで冷えそうだ。
(金曜日の朝が-13度で、土曜日の朝が-11度)


今日のメッセージの中で分かち合ったこと。
人間関係のvulnerabilityの大切さ。
だいたい、この言葉はネガティブな言葉だ。
「脆弱性」と訳されることが多い。

でも、これが互いの関係の中では大切なものであることが多い。

だいたい、私たちは互いの関係の中で鎧を着ている。
神がアダムとエバを造られたときに、
彼らは裸でも気にならなかった。

でも、彼らが罪を犯したときに、
裸を恥ずかしく思って、腰の周りにイチジクの葉を綴り合わせて巻いた。

これは体のことよりも、心のことを言っている。
裸の心で関係を築けるようにと神は私たちを造られた。
でも、罪によって、互いに心に鎧をつけるようになった。

他者の攻撃から心を守り、
人々が本当の自分の姿を知ったら、
みんながっかりするだろうと、
自分の心を見せないでいる。
弱さを認めないでいようとする。

そこから一歩外に出て、鎧を外すことが、
vulnerableであるということ。

それがお互いのためにどれほど大切なことだろうかと思う。

自分の心について、ある程度傷つくことを赦す態度かな。
心を開く時に傷つくリスクを負って行くこと。
勇気を与えてほしい。

誰かが始めるのを待っているのではなくて、
自分が勇気を持って始めることができますように。

明日の夜は雪、のようです。
そして、火曜日の午前中くらいまで、ice。
そのあと、雨に変わりそうです。


金曜日と、日曜日にも雪の可能性あり。
ころころ天気が変わる一週間みたいです。

2011-01-14

イエスから流れる力。

今朝はほんとに寒かったです。
-13度C。華氏でも8度くらい。一桁。
自分的には、華氏で一桁は「激寒(げきさむ)!」って感じです。


そして一日氷点下。最高気温が-0.8度と、
あと少しで真冬日脱出だったのですが、惜しかったですね。
明日はもうちょっと気温が上がりそうですが、
その一方で雪もちらつくと思います。
そして、明日の夜はまたぐっと冷えます。


今、夜の9時で氷点下6.7度。ぐんぐん下がっています。


さて、今日の聖書。
今日はマルコによる福音書5:21-34でした。


「イエスも、すぐに、自分のうちから力が外に出て行ったことに気づいて・・・」30節。

イエスが「自分から力が出て行った」と気づくようなことがある。
後ろから触られただけなのに、それに気づかれることがある。

自分の祈りはそのようなものになっているだろうか?
イエスの力を引き出しているだろうか?
イエスが「あ、私から力が流れ出て行った!」と感じておられるだろうか?

今日の祈りはどうだっただろうか?

イエスの力が流れてくる、
そういうことがあることに希望があふれる。

そのような関係をイエスとの間にもっていこう。

主よ、
私が祈るときに、あなたの力が私に流れてくることに感謝します。
あなたの力を私のうちに満たしてください。

2011-01-12

突然の嵐。

朝起きたら、雪はすっかり上がっていました。
そして、新しく降った雪は30センチくらい。
今までのとあわせて50センチくらいでしょうか?
教会の駐車場は朝6時にはまだ除雪終わっていないよね〜。
でも、なんとか、バスは動いているようだったので、
朝のNYでの祈祷会のために、歩いて最寄りのバス停まで行って(いつもは朝6時に教会に行って、ひと祈りして、6時40分に教会の前から出るバスに乗る・・・)、バスを待つことに・・・。でも、時間になっても来ない。歩道も車道もガードレールもポールもないバス停なので、時々通る雪かきの車にplowされるんじゃないかとビクビクしながら、待っていました。そしたら、ちょっと明るくなってきた空には、明けの明星が!雪のつもった枝の間から見えていました。

ボストンの方はとんでもない雪だったみたいですが、
こちらは「ま、そこそこ」の雪だったので、きれいでした。


で、問題は、昨日キャンセルになった大学生二人のアトランタへのフライト。今夜の6時と7時の予定でした。
JFKからとEWRからの二つのフライト、今、夜の11時前ですが、共にあと数十分で着きそうです。


道路状況のあまり良くない雪のあとのアトランタですが、
無事大学まで着いてくれるでしょうか?


ま、明日も休みみたいですが・・・。
ここまで来たら、金曜日も休んで、来週火曜日から新学期にすればいいのに・・・。


こちらは、今氷点下5度。
明日からずっと晴れますが、ずっと氷点下の真冬日。
土曜日か、日曜日にはちょっとプラス、程度の寒い日が続きそうです。


さて、今日の聖書。
今日はマルコによる福音書4:35-41。


「すると激しい突風が起こり・・・」37節。

今日はバスの中で読んでいたんだけど、
36節までは平和だった。
イエスが「向こう岸へわたろう!」と言われるんだから、大丈夫。って感じ。
でも、36節でいきなり「激しい突風」。
突風ってのは今回の雪みたいに、
「雪が降るぞ〜」ってわかるヤツじゃない。

突然やってくる。

そして激しい風。

漁師であった弟子たちも、「溺れ死んじゃう」と思うような嵐。

でも、そんな中でも、イエスは寝ていた。

自分の人生じゃん。

イエスが言われるんだから、大丈夫、って思って、進みだす。
でも、そこにやってくるのは突然の激しいあらし。

そこで「溺れ死んじゃう」と思う自分。
でも、イエスは「なんで信仰がないんだ」と言われる。

信仰って、そういう中でも、
イエスがいるから大丈夫、と眠れること。

でも、こうとも思う。
信仰って、「なんで信仰がないんだ」と言われながら、悔い改めながら、歩んで歩み。

信仰がほしい。


主よ、
私に信仰を与えてください。
いえ、自分はいいです。
自分の信仰の状態に目を留めるのではなく、
あなたに目を向けて、あなたから目を離さないで、歩ませてください。
そして、あなたと一緒に、嵐の中で、眠れるようになりますように。

2011-01-11

さて。

今日の夜はVIP-NYの集会の後、
ウチにいた大学生2人と、待ち合わせて、ガタガタ震えながら、夜景見物。NJ最後の夜に、アトランタにはないよねーと。




でも、落ち合う直前にハジの友達くんのフライトがキャンセルになったと連絡が入ったそうだ。南部の悪天候の影響。彼のフライトはNC州のシャーロット経由というのがやばかった。今、Freezing Rainの真っ最中。


それで、ただいま、夜の11時半現在、変更のために電話中。
NJ最後の夜にならないかもしれない・・・。


ハジのフライトの方は、今のところon schedule。
NewarkからAtlantaに飛ぶ11便のうち飛ぶのは今のところ、4便だけ。


明日の夜はまた大雪の予報。20−30センチまたはそれ以上。
だから、明日飛べないと、多分、次は木曜日。

さて、先週土曜日の聖書から。
先週土曜日はマルコ3:20-35。


「神のみこころを行う人はだれでも、兄弟、姉妹、また母なのです。」35節。

イエスは私たちを新しい共同体に招いておられる。
イエスに従う者たちは、新しい、イエスを主とする共同体へと、
新しい家族の一員として迎えられる。

私たちは新しい家族とされているのだ。

「福音」とは何か、ということの一つは、
「新しい家族に招き入れられる」ということなのだ。

家族なんだ・・・ということを、
もっともっと経験させていただきたい。

そのことの意味を、もっと教えてもらいたい。

主よ、
あなたが、私たちのことを家族と呼んでくださることを心から感謝します。
そして、私たちが互いに家族であることを、もっともっと深く教えてください。

2011-01-09

砂糖菓子

これは、昨日の朝の様子。
一昨日の雪はしめった雪だったから木々の枝も、クリスマスカードのよう。
今夜は南部にwinter storm。
こちらは火曜日の夜にやって来るらしい。
ハジとその友人のフライトは火曜日。
しーらないっと。

2011-01-07

福音に立つ教会。

今日は結構降った。
朝から昼前までがピークで15センチくらい。
でも、早い時間にピークを過ぎてくれたし、
気温も2度くらいまで上がったので、
本当に穏やかな午後になった。


夜になって、冷え込んできて、夜の10時前だけど、
今の外の気温は−4.8度。
シャーベットに残った雪は
ガチガチに凍っています。


明日の朝は6時半から今年はじめての祈祷会。
どなたかいらっしゃれるだろうか?


さて、今日は「教会とは」を考えていました。
聖書を読みながら、祈りながら、
聖書学院やこちらの大学での勉強を思い出しながら・・・。


やはり、それはもう聖書に戻るしかないですね。
私たちのイメージや、私たちの願望ではない、
そうしたところ、導かれたのが、
福音に立つところ。
達成感や一体感や目的意識で集まっているというよりも、
イエスの十字架と復活の福音に動かされた者たちの集まり。
そこに希望を持つ者たちの集まり。


人の集まりの中で、
何かを達成した喜びが、
イエスの福音に触れた喜びよりも大きくなったり、
何かのために一致して頑張っている喜びが、
十字架によって赦された喜びよりも大きくなったり、
復活の力に満たされる力よりも、大切になったら、
やっぱりどこかが違うんだと思います。


いろんな本の中で、「奉仕した人たちをappreciateしなさい」みたいに書いてあるのを読んだりします。間違いじゃないし、牧師としていつも心に留めておくべきなんだろうけど、それが人々の奉仕の動機になったり、誰も気づかなかったときに、「何で?」と思うようなメンタリティーを育んでしまったら違うと思うんですよね。(自分もそういう弱さ[appreciateしてもらいたいみたいな思いに捕らわれている]を感じる時があるから・・・でもそれは焦点がずれている時だと思う)


すべての奉仕は主への奉仕だし、主の恵みに対する応答でしかないわけで、決して、認めてもらうためのものではなくて、すでに何かをする前に認めてもらっているのだから、そこに感謝をして歩んでいくんだと思うんです。


私たちの教会の2010年12月号の月報に掲載されていた証、(このリンクは毎月更新されるので、もしもリンクが違う証につながっていたら、こちらもトライしてみてください。今はまだリンク切れですが、まもなく、最初のリンクには最新の証がリンクされ、後の方に2010年12月号がリンクされます。)その中で、ホスピスにはいられた方が、「ここで主のお役に立つ」事を願ったんだけれども、そこで示されたのは、「何もできなくても自分の存在が愛されているんだ」ということだったという、そこに福音の根本的なメッセージがあるんだと思うのです。


何かをすることではなくて、
主に愛されている、ひとり子を与えるほどの愛によって愛されている自分を生きることに喜びを見出していく、そのような者たちの集まりとしての教会。
「受洗者〇〇人!」とか「礼拝出席〇〇人!」とか、
「伝道集会決心者〇〇人!」とかという「目標達成の喜び」ではなくて、
福音によって盛り上がっていく教会。
そういう教会形成をと願っています。


で、今日の聖書。
今日はマルコ3:1−19。


「それは彼らを身近に置き、また彼らを遣わして福音を宣べさせ・・・」14節。

福音のメッセージ、それは彼ら自身がこれからのイエスとの歩みの中で見せられること。
近くに歩むことが許されて、イエスと共に歩んだ弟子たち。

今、自分もそのように生かされていることに感謝。

そこに福音がある。

私のような者が、主と共に歩む事ができる。
元々、イエスの一番嫌いなタイプの人間である私のような存在が、
イエスに招かれている。

だから、感謝して歩んでいこうと思う。

福音に生きることをもっともっと教えていただきたい。

さて、明日は早い。
早く休もう。

主よ、
あなたと共に歩める幸い、
あなたの近くにおいていただける幸いを感謝します。
どうか、私の中に喜びを満たし、
その喜びによって歩んでいく者とならせてください。

2011-01-06

一致ということ。

昨日しっかり休んだら、
今日はすっかり元気になりました。
お祈りくださった皆さん、ありがとうございます。


明日は雪の予報です。
もうちょっと北東のほうが中心の予報が増えてきましたが、
まあ、とにかく5−10センチくらいは降るみたいです。


で、子どもたちの学校は早々と午前中での授業の打ち切りを決めて連絡してきました。


そして、来週の火水あたりに次のが来る可能性ひき続いてささやかれています。


今日からハジは近くの教会でもたれているユースリーダー・トレーニングに行っています。
昨日、それに関わっている先生と電話で話したときに、こんな話をされていました。


「ホントの一致は、私たちが砕かれてイエスの元にへりくだるところにしかあり得ない」


ずーっと、ほんとにずーっと心のなかにあったもやもやが晴れたような感じがしました。


私は今まで「一致」という言葉があまり好きになれずにいました。
9-11の時のUnited We Standという言葉に対して感じた違和感と、それを口にしてはいけない様な風潮。結局一致なんて誰かが黙らされているだけなんじゃないかとか、誰かが我慢して保たれているだけなんじゃないかとか、妥協の産物じゃないかとか、表面的な一致に嫌気がさしていたのだと思います。


だから、聖書の中の「一致」を強調するような箇所から語ることは殆ど無かったと思います。


でも、その先生の言葉を聞いて、わかりました。一致がある、一致を求めていい。一人ひとりが神の前に、イエスの十字架のもとに砕かれるところに起こりうる、ほんとうの一致がある。それを求めていこう、と。


簡単ではないことは分かっていますが、本気で求めていきたいと思わされています。


昨日の聖書箇所から、きょうもずっと「屋根をはがす、天井に穴をあける」ってどういう事だろうと思わされ続けていました。

そんな中で読んだ今日の聖書箇所は、
マルコ2:13−28。


「新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れるのです。」22節。

イエスの福音は、
当時の文化や先入観を打ち砕くものだった。

罪人と言われるような人たちと一緒に食事をしていたイエス。
そのような人たちを惹きつけるものを持っていたイエス。

今の教会はどうだろうか。
やはり屋根を剥がさなければならないのではないだろうか?
天井に穴をあけなければならないのではないだろうか?

福音の力を自分は小さなものの中に閉じ込めていないだろうか?
その大きさを十分に経験して、
それだけではなくて、十分に示しているだろうか?
表しているだろうか?

なにか大きな宿題をもらったような気がする。

主よ、
天井に穴をあけることが何を意味しているのか、
屋根をはがすことが何を意味しているのか、
私にも教えてください。
そして、それを実行する力を与えてください。

2011-01-05

NORLUN Troughで雪が降る?

今日も普通に寒い日です。
朝は−4度くらいで、昼間は4度くらいまで上がったけど、
夜はまた冷え込んでいます。今は夜の9時で−4度。
明日の朝は−6度くらいかな。


で、やっと雪が消えかかっているNJ北部ですが、
明日の夜からまた雪の予報。


今度は前回のようなStormが来るのではなくて、
海上に発達する低気圧と、陸上に残る上空の低気圧を結ぶように、
NORLUN Troughというのが伸びて、
それがNJ北部からNYCあたりにしばらく停滞するという可能性が出てきているのです。


これはもっと北のメイン州とかで時々起こるそうですが、
私は今回、はじめてこの言葉を聞きました。


この予報があたった場合、フィラデルフィアでは全く雪がふらず、
NYCでは30センチ以上、そして、北のコネチカット州の中部まで行くと何も無い、
そういう特異な現象が起こるみたいです。


そして、来週の火曜日もまだまだ目が離せません。


昨日、今日と体調がすぐれず、休みながら祈る日々を過ごしました。
その中で、昨日の夜は、夕方にバイスタに来た若者達と、
一緒に食事をして、楽しく過ごしました。


帰りがけ、ロンドンの青年が嬉しいことを話してくれました。
ちょうど1年前に洗礼を受けた青年なのですが、
この1年で一番嬉しかったことは、バイブルスタディーを友人4人で始めたんだけど、そのなかの自分を含めて2人がクリスチャンで、他の2人は違った、でも、その2人が、1年の間にクリスチャンになったことなんだ、と。


一人の人が神を信じる者となって、
その人の影響が周りに広がっていく、
まさに「あなたは祝福の基となる」という約束の通り。


遠く離れていて、十分にケアできないでいましたが、
そんな中で、たしかに主が守り、励ましてくださっているのを
見せていただいて、感謝。


明日からは何とか復活して普通の生活を・・・と思っています。


ちらほらと、EC2010の恵みが聞こえてきますが、
もっともっと聞きたいなあ、です。
どっかに、そういうページはないのかしらん。


さて、今日の聖書。
今日はマルコによる福音書の2章1−12節。


「その人々はイエスのおられるあたりの屋根をはがし、穴をあけて、中風の人を寝かせたままその床をつり下ろした。」4節。

チャレンジを受けた。
自分は誰かのために屋根をはがし、穴をあけることをしているだろうか。
入り口まで来て、人がいっぱいだったら、
諦めて「また出直そう」と帰っていっていないか。

当たり前の、常識的な、上品な(?)、紳士的な(??)、
そんな生き方だけをしているのではないだろうか?
そんな伝道だけをしていないだろうか?

屋根をはがそう。
穴をあけよう。

自分の常識の屋根をはがそう。
教会の常識に穴をあけよう。

「誰だ!そんなことをするのは!」と怒鳴られるかもしれない。
パラパラ落ちてくる砂やホコリに「やめてくれ!」という人もいるだろう。

でも、屋根をはがそう。穴をあけよう。

一人の人がイエスに出会うために。

主よ、
一人の人のために、
屋根をはがす事ができますように。
穴をあけることができますように。
勇気と情熱を与えてください。

2011-01-03

権威ある者と共に歩む。

土日の暖かさに慣れてしまって、
今朝は寒かった。


今は夜の12時で、-4.3度。
明日の朝は-6度くらい。
ま、典型的な1月の朝でしょう。


そして、次の雪の可能性は金曜日。
これは、ここらへんはなんともなく、
ボストンの方にドカンと行くかもしれません。


そして、13日と17日にもデカイのが来る可能性があります。
はい、今年の冬は去年に続いて雪の多い冬になるかも。


さて、今日は地区の日本語牧師会。
日本から「父の学校」のスタッフの方が来られて、
活動について説明を伺いました。
本当に熱く話してくださる姿に本当に励まされました。


3月にはハワイで日本語のセミナーがあるそうです。
行きたいなあ。まだ行ったことないなあ・・・と言ってみる。(笑)


ということで、クリスマス前からの怒涛のような日々が、
一応今日で一区切り。ふう。


この後、今週は土曜日の祈り会以外の集会をお休みにして、
これからの教会のために祈る一週間とします。


でも、明日は、夕方に大学生とかが、集まってバイスタをするそうです。
(自分はノータッチ。ただ、その後の夕食に鍋を準備。)
いつもはアトランタとロンドンとニューヘイブンにバラバラになっていますが、このチャンスに・・・ということで、いいですね。こんな波がどんどん広がっていきますように。


さて、今日の聖書。
今日はマルコによる福音書の1章21−34節でした。


「イエスが・・・権威ある者のように教えられたからである。」22節。

今日の箇所、メッセージを語る中で、悪霊を追い出す中で、そして、病を癒す中で、イエスの権威がはっきりと示されています。

「福音」について、語っているマルコ。
その福音はたしかに「権威あるお方」が私と共にいてくださる、という福音ですね。

私は普通の人間だし、私は根性なしだし、脱力系だけど、(笑)
でも、この「権威あるお方」が共にいてくださるから、大丈夫。

それが福音。Good News。

心配しなくていい。
恐れなくていい。

主よ、
あなたがいてくださるからありがとうございます。
あなたの権威のもとに従います。
あなたの権威の中で守ってください。
あなたが共にいてくださるから安心です。


一週間の歩みの中で、祈りの中で、あなたの導きを示してください。


2011-01-02

You will be a blessing!

2011年の最初の日曜日。
昨日は朝7時に会場を出て、
10時半の飛行機。
無事に時間通り飛んでくれたのですが、
時差のせいでとても短い一日でした。
うちに着いて、夕食を家族で食べた後、
バタンキューで、寝てしまいました。


たくさんやるべきことはあったんですが、
「明日できることは明日に回す」主義で、
無事、今朝は5時に元気に起きました。


そして、1年の最初の日曜日。


聖書箇所は創世記の12章1−2節。
「冒険へ招く神」


主は私たちを冒険に招いておられる。
その招きに答える者を、
「祝福の基」として用いられる。
英語では「You will be a blessing」。
この「祝福の基」という言葉も好きだったのですが、
(ちなみにハジの名前はここから来ている)
この英語の表現もまた好きになってしまいました。


あなたの存在が誰かのblessingになる!


EC2010の中でも、今日の礼拝の中でも、
その幸いを経験させていただきました。


たくさんの方々が来られて、
賑やかな一時でした。
日曜日の礼拝としては12月19日のクリスマス礼拝や
11月21日の感謝祭礼拝よりも沢山の方々が来られたかも。


でも、ちょっと夕方から、「マズイなあ」という感じ。
珍しく喉がちょっと・・・です。
たくさん賛美したからかも知れませんが・・・。
明日は我が家で地区日本語教会の牧師会。
もうひとガンバリかな。


でも、早く寝よう。


さて、昨日と今日の聖書。
昨日からマルコによる福音書。
2日かけて、マルコ1:1−20を読みました。


「神の子イエス・キリストの福音の初め。」1節。
「すると彼らはすぐに網を捨て置いて従った。」18節。

1節を読んで、
「福音って何だ?」と思った。
これからマルコが「これが福音だよ!」というのが
何なんだろうか?心を空っぽにして、先入観を真っ白にして(っていっても限界はあるでしょうが)、読んでみようと思った。

そして、今日、出てきた言葉。
「網を捨て置いて従った」

福音を知るためには、「従う」ことも必要。
そういう事なんだろうと思う。

従うときに見えてくるものがある。
自分の大切にしているものを手放して初めて見えてくるものがある。

これから「福音」がどんなふうに浮き出てくるのか、
今年の「日々のみことば」が楽しみ。

主よ、
どうか、わたしが冒険にでていくことができますように。
あなたの招かれる冒険にでていくことができますように。
そして、そこで見えてくる福音の深さ、
「祝福」の豊かさ、それを教えてください。

2011-01-01

明けましておめでとうございます。

今、自分がいるカルフォルニアではあと1時間半ほどでカウントダウンですが、
一応、NJ時間に自分の気持を戻して、

明けまして、おめでとうございます!
2011年もどうぞ、よろしくお願い致します。

「時に主はアブラムに言われた、『あなたは国を出て、親族に別れ、父の家を離れ、わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう。あなたは祝福の基となるであろう。』」
創世記12章1−2節。

神さまの祝福の中で、神さまの祝福を運ぶ者として用いられますように。

みなさんのお祈りとサポートに感謝します。

この1週間の歩み、本当にみなさんに愛され、祈られていることを感じさせていただきました。
それが一番の神さまからのプレゼントだったと思います。

このサイトが一人の方でも、励ましとなり、神に目が向くきっかけとして用いられることを、2011年も祈りながら。

2010-12-29

畏れの中で。

今日のムリエッタ, CAは雨。
ここに来ても、NJほどではありませんが、
肌寒いです。


こちらの今夜の最低予想が1度Cで、
明日の夜は氷点下に下がる予想が出ています。


昨日は6時25分のフライトのために朝4時に出ました。
「国際便に乗るのかよ!」という感じもしますが、
何があるかわかりません。
とにかく早く出ました。


そしたら・・・やっぱりありましたねえ。
空港の周辺の雪かきが全然終わってない!
NJ TurnpikeからI-78に乗り換えて、Airportに行く道が
しっかり閉鎖されているではありませんか・・・。


もちろん、迂回路の表示も何もありません。
この道大丈夫かなあ、という「閉鎖されてはいないけど、雪かきは終っていない」という道をうろうろしながら、迷いながら、雪かきのトラックに「お前ジャマだ!」と言われているんじゃないか、という恐れを感じながら、何とか1時間後の5時には空港入り。


で、建物の中に入ったら、大大行列。
朝5時でこれかい!ってくらい、めちゃくちゃ混んでいて、
一番すいている列に並んだら、ウンともスンとも動かない。
「やべえ〜」と思っていたら、アナウンスが・・・。


「念の為にアナウンスしますが、外のチェックイン(curbside check-in)は開いています。飛ぶ便のチケットを持っている方は、そちらでチェックインが出来ます。」と言っているではありませんか。「念のためじゃない!ちゃんと言ってくれないとわからない!」と、国内線なんて何年に1回しか乗らない自分は、とにかく「Thank you!」とつぶやきながら、無事チェックインを済ませたことでした。そして、やたら人が少なく、行列にもなっていないセキュリティをゆっくり通って(いつもは靴を脱いだり、ベルトを取ったり、PCを出したり、財布を出したり、ポケットの中を確認したり、すべて後ろの人の「早くしてよ!」オーラを気にしながらやっている)、中に入ってほっとして、パネルを見たら、


こんな感じ。




セキュリティがすいているわけです。
これって、いくつもあるパネルのうちの一つで、Cで始まる空港行きが並んでいるパネルですが、見事にCancelの列が・・・。


その中で、ポツポツと「On Time」の文字。私が乗る飛行機は下から5番目の6:25発のクリーブランド行き。ちなみに離陸の時にパイロットが「私たちの飛行機が今朝最初に飛ぶ飛行機です」と言っていたので、上のパネルの中で6:00発シカゴ行はキャンセルか遅延か、どっちかだったんでしょう。そして、特に目に止まったのは私のあとの便、9時45分発のクリーブランド行きもキャンセルになったこと。rebookの時に「念のためにもう一便遅い飛行機のほうがいいかも。何とか集会前に会場に入れるし・・・」と一瞬思ったのですが、「いやいや、少しでも早い方が・・・」と6時25分の便にしたのでした。


そんな中で無事乗り継ぎも1時間余りの予定が40分となったのですが、まあ、問題なくすんで、LAXに到着したのでした。


会場に着いて聞いたのは、NY周辺から8人が飛行機の便が取れなくて来れなくなったとのこと。


そんな中で、道が開かれたことに畏れを感じながら、昨日の夜のメッセージをさせていただきました。


テーマは「どん底での恵み」


私たちの本当の姿は嵐の中で見えてくる。見せつけられる。すべてが順調なときに、みんな仲良くやっているときに、しっかり立っていられて当然。でも、嵐が来たときに私たちはほんとうの自分の弱さや愚かさ、身勝手さを見せつけられる。でも、その時こそ、神さまの恵みを知るチャンスなんだ、自分のほんとうの姿が見えてきたときにこそ、神さまの愛を知ることができるのだ、ということを、自分自身の証しを交えながら、語らせていただきました。


私の証しはもうここで過去に書いているので、
まだの方はこちら。
証し第7章
証し第8章
証し第9章
証し第10章

昨日、終わった直後、そして今日も、皆さんが声をかけてくださって、
思わされたことを分かち合ってくださいましたが、
一人ひとり、神さまから触れられたところは違っていて、
その事の中にも主の御業を感じました。


みなさんのお祈りに心から感謝します。


今日のことも、朝はアメリカ人で日本の学生のために伝道しておられる方々、やがて日本に宣教師で行こうと思っている方々との交わりの時が与えられて、また午後には大倉信先生の分科会に出席させていただいて、いろいろ考えさせられて、書きたいことはいろいろあるんですが、明日の夜の集会のために準備をしたいので、これくらいにして、また今度。


今日の聖書。
今日はヘブル12:14−29を読みました。


「この『もう一度』ということばは、決して揺り動かされることのないものが残るために、すべての造られた、揺り動かされるものが取り除かれることを示しています。こういうわけで、私たちは揺り動かされない御国を受けているのですから、感謝しようではありませんか。」27−28節。


私たちは動かされないものを持っている。
これは実感の話ではなくて、
神の約束の言葉。

神さまが約束されてるのは、
揺り動かされないものなのだと、
だから、他のものが揺り動かされて、取り除かれても大丈夫。

本当にホンモノが与えられているから。

そんなモノが与えられているんだということに、
単純に感謝しました。

主よ、
あなたが与えてくださったこの時に感謝します。
あなたの与えてくださっているものが、
確かなものであることに心から感謝します。
ここに立って歩むことができますように。

思いっきり感謝。

みなさんのお祈りに感謝します。
今日、無事にEquipper Conferenceの会場に着きました。
3時頃に着いて、集会は7時から。
少しゆっくりする時間も与えられて、
夕食もガッツリ食べて、
心から賛美をして
大胆にメッセージを語らせていただきました。

主がお一人ひとりの心に触れてくださったことに感謝。

色々感謝したいんですが、
もう、ちょっとへろへろなので、
今夜はこのへんで。

2010-12-27

雪かき完了。

はい、昨夜の「想定外」の結果はこんな感じ。




車のタイヤを見ると大したことはないかなと思いましたが、
実際、タイヤの周りはちょっと雪が少なくて、
他のところのほうが深かったです。
ですから、やっぱり45−50センチくらいだったかなと思います。


さて、下の写真はなんでしょう?
車です。


車種は?
コレでわかったらスゴイ。








正解はHonda Civicです。
上の写真の右のほうの車を前から見たところです。



はい、コレはお約束の "snow angel" を作っている下の娘です。
それなりに雪かきを助けてくれました。


マジ疲れました。


ちなみにこのビデオは、NJのもうちょっと南の方に住んでる方が、
5分おきにシャッターを切ったこまどり撮影。
こんな感じでどんどん降ってました。



December 2010 Blizzard Timelapse from Michael Black on Vimeo.


さて、私のEC会場入りは、明日の午後の予定です。
ニューアークを朝早く出る予定です。


そして、ハジは残念ながら、今日もキャンセル。
もうちょっと早く空港が開くと思っていたのですが、
午後1時の便でもアウトでした。
(というか、今ちょっと車を出して回ってきたのですが、ラジオでは午後5時にやっとLGAだけ開いたと言っていました。)
変更のために策を尽くしましたし、
航空会社の日本語サービスの方もいろいろな可能性を探ってくださったのですが、
結局今回は断念でした。


一度はエアチケットの高さに諦めながら、
でも、なんとか予算内のチケットを見つけて、
どんなに楽しみにしていたか、見てきたし、
アトランタで一生懸命ファンドレイズをしていたことを知っていたので、
今回も何とか道が開かれるようにと願っていたのですが、
一つ一つ自分で交渉して、自分で決断してきたこと、
残念ですが、これも、主が祝福としてくださるようにと祈ります。


親バカとしては、自分の席を譲れるなら、譲ってやりたいところですが、
(もうすぐヤツも二十歳になるんですが、何だか・・・ですね)
さすがに講師としてお招きいただいているのに、
「代わりに息子に行かせます」ってわけにもいかず。
自分に神さまから任された働きを果たして来ようと思います。


さて、今日の聖書。
今日はヘブル11:27−40でした。


「この人々はみな、その信仰によってあかしされましたが、約束されたものは得ませんでした。」39節。


自分は最近「この世の天国」を強調しすぎてきたのかもしれない。
つまり、「あの世」を待ち望むのではなくて、
この世で神様と共に歩む歩みは天国なんだ、
闘いはあり、悩みはあるけれど、
神様が共におられるから、喜びを持って歩んでいくことができるのだ、
それを強調してきました。

でも、ここでは、「約束されたものは得なかった」、つまり、この世では本当に約束されたものを完全に得ることができるわけではないのだ、ということがはっきりと言われているのです。

そこに希望を持っていく事の意味も考えさせられました。

どれほど豊かなものを準備しておられるのか、
楽しみにしながら、歩んでいきたいと思います。

神さま、
あなたがわたしのためにこの世だけではなくて、
もっとスゴイ天国を準備してくださっていることに心から感謝します。
希望を持って歩んでいくことができますように。


明日の飛行機が守られますように。
まもなく始まるEC2010に豊かな御業をなしてください。

2010-12-26

こんな感じ。

5時半。
6時半。
8時半。

8時半頃はちょっと小康状態でしたが、また9時前からHeavy Bandがかかってきました。

聖書による支え。

やあ、来てしまいましたねえ。
Blizzard Warningです。
今、夕方の5時半ですが、激しく降っています。
帰宅して2時間ほどですが、
この2時間で5センチくらい行っているのでしょうか?


こんな感じ。


明日の朝まで吹雪になって、
40センチから60センチだそうです。
ほんと?という感じもしますが、
この降り方が朝まで続いたら行っちゃいますね。


ご勘弁いただきたいです。


そう、本来、自分は今ごろ空港でCA行の飛行にの搭乗時刻を待っていたはず。
でも、飛行機はもちろんキャンセル。
火曜日の朝の乗り継ぎ便でCAに向かいます。


ハジは、今日の午後の飛行機がキャンセルになりましたが、
何とかして、明日、ECが始まるまでに会場に入りたくて、
今朝4時半に家を出て、空港で早い便への変更への直接交渉。
しかし、あえなく、明日の昼過ぎの便に。


昨日の夜から、今日の朝にかけては、本当にそれに振り回され、
あっちこっちに電話をかけたり、走りまわったり・・・。
さすがに疲れました。


昨日の朝、書いたとおり、今年のクリスマスは、
「想定外」がキーワード。


・・・まさに・・・という感じです。


でも、イブに語らせていただいていただけあって、
こんなことの中でも、神さまのメッセージを聞こうという思いが湧いてきます。
自分にとって想定外、予定外のことも、
神さまが許されたこと。


神さまのメッセージを運ぶために用いられるのだと信じます。


個人的には前の日に会場に入って、
最初から参加して、どんな集会なのか、雰囲気を知っておいて、
火曜日の夜の自分のメッセージの奉仕に備えようと思っていたのですが、
それがままならない中で、それなりにプレッシャーです。
でも、だからこそ、祈らされる。霊的な備えをしっかりしようと思わされる。
またそれまでの雰囲気に振り回されない、主のメッセージを語るようにとも導かれているように感じます。


とにかく、このことが、主によって最善にされる確信があるから、感謝です。


でも、1年以上前から準備を進めてこられた皆さんは、東海岸の多くの参加者の予定変更の続出で、今本当に大変な中におられると思います。主がその思いを守ってくださいますように。


そして、今日は礼拝は各自家庭で・・・。
私はハジと一緒に教会に行って、留守番をしておりました。

礼拝の時間、そこに来られた方々とお祈りをして、
皆さんをお送りした後、ハジと二人で賛美集会でした。
ハジがキーボードを弾いてくれて、リードしてくれて、
祈りを共にしました。

今日の在宅礼拝の聖書の箇所はマタイ6:33。
「神の国と神の義とをまず求めなさい。そうすれば、これらのものはみな、添えて与えられるであろう。」

この1年、教会で掲げて歩んできた言葉です。

「神の国と神の義」私たちが求めるのはそれだけ。
神の愛の支配と十字架に表された神の救い。
それがあれば十分です。
ほかのものは、神さまの愛の支配の中で生きるときに、
みんな添えて与えられる「おまけ」です。

だから、ハジの存在もホントは「おまけ」(ゴメン!「宝」でもあるんだけどな・・・)。
声の質似てるなあと思いながら、おまけくんと賛美をしながら、
おまけくんとこのように同じ思いで神さまを賛美できる、
神さまからのおまけに感謝しました。

でも、時々、自分たちはホンモノよりもおまけのほうを大切にしやすい。
神さまよりも神さまが与えてくださる「もの」の方を大切にしやすい。
神さまの愛よりも、気の利いたプログラムやイベントの方に注目しやすい。

神さまに愛されている喜びにあふれて、
歩ませていただきたいと思いました。

でもやっぱり、「おまけ」もうれしい。(笑)

でも、最終的におまけを求めるんじゃないですよね。
そこらへんがむずかしい・・・。

さて、今夜はコレくらいで、与えられたクリスマス明けの時間を家族と過ごします。