2013-01-06

挑戦続く。

今朝の雪は大したことはありませんでした。
ちょっとゴミのように雪のかけらが落ちているかな、という感じ。

で、今日はいい天気になりました。
このあと、ちょっと暖かいみたいですね。
朝は-2度Cくらい昼間も運が良ければ10度Cくらいいくかも。
庭に残った雪も今週すっかり消えそうです。

「走るぜ」と書いてから、なかなか走れなかったけれども、
今夜走らないと、明日は献血をする日で、走れないので、ちょっとがんばった。
5Kで28分。自己ベスト!これで、高校生の自分に勝負が挑めるかと思って、
荷物をあさって見たら出てきた。高校1年生の時の記録。




速いじゃん。単純に5Kに直すと22分台だね。
全然勝負にならない・・・。やはりこの頃から20kgくらい体重増えているからなあ。
まずそれをなんとかしないと・・・って、体重落とすために運動している面もあるんで、どっちが先かわからないけど、とにかく勝負になるくらい、走って、体重落として、記録が良くなって・・・と相乗効果を期待!
ま、この1年で5分くらい速くなったから、来年の今頃をお楽しみに。

てなことで、今日の「日々のみことば」。
今日は創世記6章でした。

「ノアはその時代の人々の中で正しく、かつ全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。」9節。

世の中の人々が「はなはだ悪かった」という中で、ノアは周りの人々とは全く違う生き方をした。ピアプレッシャーとかなかったんだろうか?あったんだろうなあ、でも、ノアはそれにも負けなくて、神様と共に歩んで、正しい歩みをした。

自分もそのような強さが欲しい。
神様の前に歩んで、周りに流されないで、神様に従っていくような強さ。
弱い私に神様の力が注がれますように。

神様、
私を助けてください。
周りに流されないで、あなたの声を聞いて歩んでいくことができますように。


2013-01-05

神と共に歩む。

なんだか、昨日あたりから、今夜はちょっと雪かも、と言っていたが、
やはりちょっと降るかもしれません。
でも、大した量ではなく、うっすらと白くなるかも、という程度です。
この後もしばらく雪の気配はなく、
今年もなんだか雪の少ない冬になりそうな感じです。

早速今日の「日々のみことば」。
今日は創世記の5章。
波瀾万丈の4章までと打って変わって、
なにか、語られることあるかなあ・・・と思わされる第5章。

ま、系図のところですから。

でも、みんな「生んで、死んだ・・・」と繰り返されていく、系図の中に一人だけ、特別なことが書かれている人がいます。それがエノク。

「エノクはメトセラを生んだ後、三百年、神とともに歩み、男子と女子を生んだ。エノクの年は合わせて三百六十五歳であった。エノクは神とともに歩み、神が彼を取られたので、いなくなった。」22-24節。

2回も「神と共に歩んだ」と言われている。

誰から見ても「彼は神と共に歩んだからなあ」と言われるのはすごいなあと思う。自分で「わたしは神と共に歩んでいます」なんて自己主張しなくてもいいから、「彼は神と共に歩んでいる」と言われるような歩みをさせていただきたい。
あいつ、天気予報好きだったけど、キノコも育ててたけど、やっぱり何と言っても、「神と共に歩んでいた」よな、ってね。

神様、
あなたと共に歩むことを喜びとする者でありますように。

心の中に響く警告。

昨夜は8時から1時間で終わらせるはずだった作業が夜中までかかってしまいました。

大切だけれども、期限のはっきりしない仕事と、大切さはそれほどでもないのだけれども、期限がある仕事、どっちを優先するのか、いつも迷わされます。そして、何度も何度も失敗します。

そして、どうしても自分が牧師としてすべき仕事なのか、ただ、都合がいいから自分がしている仕事なのか、ちょっと気をつけて見極めることも大切ですね。

さて、そんなこんなで一晩遅れた、昨日の「日々のみことば」。

創世記4章。アダムとエバに二人の子供たちが与えられたのに、兄カインが弟アベルを殺してしまうところです。

「正しい事をしているのでしたら、顔をあげたらよいでしょう。もし正しい事をして いないのでしたら、罪が門口に待ち伏せています。それはあなたを慕い求めますが、 あなたはそれを治めなければなりません」7節。

神様はカインが罪を犯さないように、ねたみに支配されないように、語られます。警告を与えられます。でも、彼はそれを無視しました。神様に対する怒りもあったのだと思います。

神様が私たちの心の中に与えられる警告。良心のささやきだったり、聖霊様の語りかけだったりすると思いますが、それを無視してしまうことがどれだけあるだろうかと思います。そこには罪に対する甘い認識があったり、神様は悔い改めた時に赦してくださるから、という神様に対する甘えの気持ちがあったりすると思います。でも、本当にいつもいつも無視しているならば、その結果は刈り取らなければならなくなることを思わされます。

神様の警告は愛であり、恵みであることを覚えて、神様に従うものでありたいと思います。

主よ、
どうか、心の中に響いてくる、細い声に耳を傾けることができますように。
あなたの導きに従う者でありますように。



2013-01-04

明日の朝に。

JCCNJ版「日々のみことば」をやっているみなさんのためには
毎日アップデートしないといけないのでしょうが、
今日はちょっと訳ありで、明日の朝、アップします。

おやすみなさい。

2013-01-03

砕かれた心。

今朝はやっぱり冷えましたね。
-7度くらい。昼間もやはり2度くらいだったでしょうか。

で、今夜こそ、ちょっと冷え込みはゆるみそうで、今、夜の11時過ぎで-0.3度C。明日の朝は-3〜-4度Cくらいかと思います。

でも、お天気的にはしばらく何もなさそうです。

今日は、ある方とお話をしていて、本当にこのために牧師をしているのかなあと思うような、幸いなひと時を持たせていただきました。心がふれあうのも感じましたし、砕かれた心で悔い改めて神様に従おうとされる姿勢に感動しました。

「神よ、あなたは砕かれた悔いた心をかろしめられません。」(詩篇51:16)

人の弱さの中に、神様がその力を表してくださいますように!


さて、今日の聖書。
今日は創世記の第3章。罪の始まりのところです。

「それを食べると、あなたがたの目が開け、神のようになることを、神は知っておられるのです。」創世記3:5

この聖書の箇所から、罪の始まりは「神を神としないで、自分が神になること」ということがわかる。神に従うのではなくて、自分で何でも決めて、自分で好きなことをしていこうということが罪だという。

今朝はこれを読みながら、本当のところ、私は神を神とする生き方、どこまでも神様に従って神様を第一としようとしているか、問われているように感じた。

神様を第一とする。人ではなく神を恐れ、神の前に歩む。
自分の思いではなく、神が私に何を求めておられるかを求めながら歩む。

そのことを具体的に生かせていただこうと思った。

主よ、
あなたのみ思いを教えてください。
そして、そのあなたの思いがわかった時にそれに従える従順さを与えてください。




2013-01-02

神のもとに休む。

今日は寒かったです。
朝は-8度Cまで下がりました。
昼間も2度Cくらいまで。
そして、今は夜の10時半。
昨日よりも高めですが、-2.5度です。
気温の下がり方がゆっくりなのでもしかしたら、今朝よりも冷え込みがゆるむかもしれませんが、でも、−5度くらいには下がるでしょう。でも、天気はこの先を含めてしばらく良さそうです。

さて、今夜はもう何十年ぶりかに「書き初め」をしました。
昨日は教会から帰ってから「書き初め」かな、「走り初め」かな、と思ったのですが、やはり去年からハマっている走る方を取りました。タイムはダメダメでしたが、気持ちよかったです。

で、今日は「書き初め」。これも楽しいですね。
子供の頃は正座で「お習字」をしていましたので、ちょっとしんどくて、あまりいい思いでがないですが、大人になると、紙全体を見ながら、バランスを考えて書くことができます。正座しなくていいし・・・。
いろいろ書いたのですが、内容と全体のバランスと両方を考えて、一番気に入ったのが、これ。



今年も文字通り、走ろうと思います。
去年は3Kも走るのも大変だったし、5K35分くらいからスタートしたと思うのですが、最後には5K28分35秒までいきました。今年は10Kへの挑戦と、5Kで27分を目標に!と思っています。

さて、今日の聖書。
今日は創世記の2章。

「神はその第七日を祝福して、これを聖別された。神がこの日に、そのすべての創造のわざを終わって休まれたからである。」3節。

神様ご自身が休まれた。
疲れを知らないはずの神様が休まれた。
そして、休みを含めて神の業の完成、この世界の完成を見る。

だから、私たちが休むことを含めて一人前の人間なのだ。
でも、私たちは今や、仕事がなによりも大切だ、
自分はどうかと考えたら、仕事がたまってたり、
他の人に迷惑がかかる、自分が信頼を失う、と思うと、
休日も返上でやらなければいけないような気がする。

それくらい、わたしたちにとっては仕事が大切になってきている。

でも、神様は休まれた。

私たちも休むことによって、私たちが完成することを語っている。
それは神の恵みを知るとき、自分ががんばる以前から、神様が受け入れてくださり、導いてくださり、御業を始めていてくださっている、ということを示している。

神様の平安のうちに休むものであることができますように。

ちゃんと休むことができますように。

神様、
私の休みを守ってください。
あなたの恵みの中にやすらうことができますように。

2013-01-01

3つの「新しい出発」。

元旦の夜です。
昨日の夜から今朝にかけてはずっと曇り空。

なので新年の写真も撮れませんでしたね。
今夜は晴れていると思いますが、冷えこんできました。
夜の10時半で-3度C。
明日の朝は-7〜-9度Cくらいかな。
NJの冬らしい寒さになりそうです。
そして、今週末まで、ほぼ氷点下の毎日となりそうです。

<新しい出発1>
今日は元旦の礼拝。
元旦の礼拝にはここ数年、多くの方々が来られるようになりました。
今日は本当に多くの方々が集い、まず神様の前に出て一年をスタート。

<新しい出発2>
そして、一人の方が、洗礼を受けられました。
奥様が19年前にクリスチャンになられ、
それから山形とニュージャージーでずっと教会に通っておられましたが、
多くの方々の祈りに支えられて、今日新しいスタートをされました。
写真はこちら。

その中から一枚。


本当にうれしいですね。
天ではもっと大きな歓声が上がっていることを思いつつ。

<新しい出発3>
さて、今日の聖書。
実は昨年末まで団体購読をしていた「日々のみことば」誌の購読を打ち切り、今日からは、JCCNJ独自の「日々のみことば」を始めました。

今日から毎日1章ずつ読んでいきます。
でも、毎日1章ずつ読むと聖書全体を読むのには4年くらいかかります。
ですから、今年は1年で聖書全体のストーリーが大体わかるように考えて、飛ばし飛ばしで読んでいくスケジュールを組みました。今月は創世記をそのまま1日1章です。

ぜひ、おつきあい下さい。

今日は創世記の1章。

「神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。」27節。

神様は私たちのことを神のかたちに創造された。
神のかたちに創造されたということは、神と共に歩むために造られた、神を愛したり、神を礼拝したり、祈ったり、従ったりすることのできる存在として造られた、ということ。

だから、私たちが神様と共に歩む時に、本当の自分らしく歩ける。

神様と共に歩む・・・ということの意味を思わされています。
何でもかんでも「神様」「神様」と口に出せばいいわけじゃないですよね。
そんな箇所聖書の中にありましたね。
マタイの7章あたり。

心の中で意識する・・・だけでもないでしょうね。
最初の一歩でしょうが。
いつも讃美歌を口ずさんでいる、ってのもいいでしょうが、
それもやっぱり最初の一歩でしょうね。

神と共に歩む、語り合いながら、イエスの十字架の救いに感謝しながら、そして、神の願っていることを求めながら、そして、なによりも神のみ声に従いながら、歩むことなんだろうと思います。

神様、
どうか、私が本来の自分の生き方、本当の生き方に生きることができますように。

2012-12-31

JCCNJ版「日々のみことば」スタート。

今まで、日本から「日々のみことば」誌を取り寄せていましたが、
今年、思い切って、自分でJCCNJ版「日々のみことば」をスタートします。

とりあえず、元旦から毎日創世記を1章ずつ読んでいきます。
よろしかったら、ぜひご一緒に。
明日、元旦は創世記1章です。

2012年の感謝。

クリスマスの後、ちょっと長い休みになってしまいましたが、
本当に時間に追われて過ごしていました。

実際、走ることができたのもクリスマスの日以来、今日が6日ぶり。

でも、大晦日に、休日返上でやるべきことをやっていて、
なんとか、時間を取って、一年を振り返る時も持てました。

家族で夕食を食べながら、
どんなことがあったかねえと話している中で、
思い出すのは我が家においで下さったみなさんの数々。

お一人一人、本当に楽しいひと時でした。

その中でも、大きかったのは岩手の宮古から来られた岩塚先生ご夫妻。
こんなにゆっくり聖書学院時代の仲間とゆっくり過ごすことができたのは初めてでした。


これは先生ご夫妻とウチの夫婦で4人で行った6月のハドソン河の遊覧船。
夕日がNJ側に沈んでいきます。
先生は宮古に戻られて、また忙しく支援活動をしておられます。
そして、このクリスマスには仮設住宅から教会に通う2人の方々が洗礼を受けられたとのニュースも御伺いしました。感謝。

そして、お泊まりと言えば、7月の教会ミニキャンプもめちゃ楽しかったです。
10人くらい泊まったんでしょうか?
夜は帰る・・・と言っていた子達も楽しくて「泊まりたい」ということで。


東海岸合同ファミリーキャンプのためにお泊まり下さった「摂さん」から聞いた話、個人的には大ヒットでしたね。

ある日本の方が飛行機の中で、ドリンクのサービスにきた客室乗務員の人から、「What would you like?(何にいたしましょうか?)」と聞かれて、「I am orange juice.」と答えたそうです。説明したくはないですが、念のために説明すると「私はオレンジジュースです」です。それだけでも、爆笑ものなんですが、その隣に座っていた同僚の方、「Me, too!(オレも!)」と続いたそうで・・・。



もちろん、ハリケーンサンディーの6日間の停電も本当に大事件でした。
月曜日の夕方、「停電にならないかね、大丈夫かね」と言いながら、作ったアップルムース。カラメルで焼いたリンゴがベーコンにしか見えないと笑われていましたが・・・。
それから間もなく電気が落ち、それから日曜日まで停電が続くとは思ってもいませんでした。ガソリンの行列もすごかったです。




亡くなった方々もおられ、浸水の被害があった方々もおられた訳で、比べるならば、ずっとマシだったのですが、やはり停電が長引く中で、それなりにしんどかったです。準備の大切さ、また電気なしでも生き延びれる強さを持ちたいと思わされました。


そして、今年、別れも経験しました。
篤い信仰に生きた大切な方を天に送りました。
神様が背中を押してくださって、葬儀の会場までの10時間のドライブは全然長く感じなかったです。


故人の思い出の品が飾られたテーブルを見た時には、「彼は死んだが信仰によって今も語っている」(ヘブル11:4)の言葉が心にひびいてきました。

そんなこといろいろ思い出しながら、やはり大きな感謝は、今年教会やまた他の場所で与えられた新しい出会いです。神様が導いてくださる一つ一つの出会いに感謝。

そして、神様ご自身に感謝。
年末にかけて本当に深くそれを思わされています。

「その力があなたにあり、その心がシオンの大路にある人はさいわいです。」(詩篇84:5)

番外編ですが、今年の5月にSonyのミラーレスカメラを買ってもらって(買わせてもらって)、楽しんでいます。直後にカルフォルニアに行った時にハミングバードに遭遇。初心者の一枚。

2012-12-25

二人の王さま:アドベント聖書日課12/25。

メリークリスマス!

昨日のキャンドルサービス、すばらしい音楽と踊りでイエスの誕生をお祝いしました。
本番は写真が撮れないので、リハーサルから。

こちらは2時からのバレエの賛美のリハーサル。
まだ外が明るいので、ステンドグラスがよく見えます。



そして、こちらは直前のコワイアのリハーサル。
すっかり暗くなってステンドグラスは見えなくなりました。



本当にすばらしいキャンドルライトサービスでした。
聖歌隊の賛美もすばらしかったです。
そして、バレエも1曲だけの賛美だったのですが、とても美しく、神様に心を向けさせられるひと時でした。

そして、私はいつも感動するのですが、聖歌隊とみなさんとの歌が前と後ろから、一つに溶け合う会衆賛美。賛美の中に浸っている・・・という感じでした。

子供を入れて80人くらいの方々が来られていたと思いますが、もっともっとたくさんの方々とお祝いしたい、そんな夜でした。

さて、クリスマスの朝のアドベント聖書日課

今日はマタイ2:1-12。
「ユダヤ人の王としてお生れになったかたは、どこにおられますか。」2節。

昨日のキャンドルライトサービスでの聖書箇所でもありました。

その頃、その地域を支配していたヘロデ王と、幼子イエス。
二人の王がここにはいた。

一人は恐れで人々を支配していた。それは彼自身が恐れでいっぱいになっていたから。
もう一人は愛で人々を支配している。それは、彼自身が愛でいっぱいになっていたから。

一人は自分を守ろうとした。そして、まわりの人々を殺していった。
もう一人は自分を与えた。そして、まわりの人々を生かしていった。

一人が死んだとき、彼の支配は終わった。そして、人々は解放された。
もう一人が死んだとき、彼の支配は明らかにされた。そして、その彼の支配によって人々は解放されていった。

一人の支配は、パレスチナ地方の小さな地域にとどまった。そして、わずか50年ほどで終わった。
もう一人の支配は、世界に広がっていった。そして、2000年を超えて更に永遠の世界にまで続いている。

イエスの愛が私を満たし、私からあふれていきますように。
イエスの愛がお一人一人の心を満たし、お一人一人からあふれていきますように。

プチホワイトクリスマス:アドベント聖書日課12/24

クリスマスの朝、青空がきれいです。
外は1.6度C。
昨日のキャンドルライトサービスが終わったとき、外に出たら、雪が舞っていました。
そしてうっすらと白くなって、ちょっとだけホワイトクリスマスのプレゼントをしてくれて、夜遅くなって、帰りの道がすべらないようにと、雨に変わってくれました。


なんだか身勝手かもしれないけど、大雪は大変なんですが、やっぱりクリスマスにはちょっと雪があった方がいいですね。

昨日のアドベント聖書日課。ルカ2:8-20。

「さあ、ベツレヘムへ行って、主がお知らせ下さったその出来事を見てこようではないか」15節。

羊飼いたちはクリスマスのメッセージを聞いて、ベツレヘムまで走っていった。
今、私たちは羊飼いよりもたくさんのものを聞かせてもらって、見せてもらっている。
旧約聖書から全部、神様の救いの歴史を見せてもらっている。
イエスの生涯も、イエスの十字架も、イエスの復活も、そして、その後の教会の歩みも。

でも、この羊飼いたちのような情熱を持って、クリスマスのイエスにお会いして来ただろうか、そんな思いで、イエスの誕生に思いを馳せた。

ありがとう、イエスさま。
ありがとう、神様、イエスさまを送ってくださって。

2012-12-23

平和の主:アドベント聖書日課12/23

今日はいい天気でしたが、気温は低め。
夜、きれいな星空のもと走りましたが、9時半頃で-2度。
今は真夜中の12時で気温は-3度Cです。

明日の夜の雪は、結構微妙っぽい。
そんなに降らないし、雨も混じりそう。

そして、今週の水、木あたりも雪の予報もあったんですが、
結構気温が上がりそうで、雨かもしれません。

なんだか、冬らしくないですね。

今日はクリスマスの直前の日曜日の礼拝。
私たちの教会では「クリスマス礼拝」として祝います。
帰省したり、旅行で来られたり、また久しぶりに来られた方もあり、
本当に多くの方々とともに礼拝を守りました。

今日のメッセージはイエスが「平和の主」としてこられたというメッセージ。
皇帝アウグストゥスの時代から200年間「ローマの平和」と言われる時代が始まる訳ですが、それはやはり皇帝の権力、軍事力による平和で、例えば、ユダヤ人たちはその「ローマの平和」の時代に反乱を起こして、エルサレムは徹底的に破壊されてしまう訳です。その後、ユダヤ人国家は1900年近くこの世界に存在しなくなります。そのような犠牲の上に存在する「平和」。何なんだろうと思います。

でも、本当に、私たちのまわりにある多くの平和がそのような平和ではないだろうかと思います。大きな声を出す人がいて、周りの人は面倒だから、その言うことを聞いているが故の平和。経済力のある人の言うことを聞いて、従っているが故の平和。でも、それは人の内側に平和ではないものがくすぶり続ける、表面的な平和なんじゃないかと思います。

そんな時代のただ中に、そんな状況のただ中に、イエスは「平和の君」として来られました。

私たちの内側に神との平和をもたらして、それによって私たちのまわりに平和を広げていこうとする平和の主です。

そのためには「見せかけの平和」を壊す場面もあります。
イエスは「私は平和をもたらすために来たのではありません。私は剣を投げ込むために来たのです」と言われたのです。血がつながっているから、同じ民族だから、なんてそんなことでつながっているような平和ではなく、私たちが神様との関係の中で生かされているが故に生み出していくような平和を与えようとしてくださるのです。

そんなメッセージでした。

終わった後に、一人の久しぶりの方が、「本当に私に必要なメッセージだった」とレスポンスをくださいました。おいでになった一人一人にイエスによる平和が生まれますように。

さて、今日のアドベント聖書日課。
今日はルカ2:1-7でした。

「ヨセフもダビデの家系であり、またその血統であったので、ガリラヤの町ナザレを出て、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。」4節。

これを読むと、本当に勘弁してほしかっただろうなあと思う。

そして思い出す、2年前の「想定外のクリスマス」のメッセージ。
そして、その後に経験した、想定外の出来事。そして、状況がどうなっていったか
そして、結末

でも、本当に想定外の出来事、自分の願いとは全然違う出来事の中で、語ってくださること、それは本当に大切なメッセージだと思わされます。

明日のキャンドルライトサービスは午後6時から。
神様の祝福があふれますように。


2012-12-22

かみさまのプレゼント:アドベント聖書日課12/22

今日は時々小雪の舞う風の強い寒い一日でした。
明日も寒さが続きそうです。
そして、クリスマスイブからクリスマスにかけての雪ですが、
降っても大したことはないのですが、
やっぱりホワイトクリスマスは楽しみですからね、
ちょっと注目です。

さて、今日は3日連続のクリスマス集会の初日。
中高生のクリスマス会でした。



歌を歌ったり(教会の歌も、そうじゃないのも)、
みんなでピザを焼いたり、
プレゼント交換をしたり・・・。

楽しく過ごしましたが、その中で、私も聖書の話をしました。
クリスマスと言えば「プレゼント」。
ワクワクしながら、いろいろ悩みながら、プレゼントを考える。
そして、もったいないと思わない。
喜んでくれる顔を思って、楽しみにする。

神様は私たちにイエスさまを与えてくださった時に、
どんな気持ちだったんだろうかと。
ワクワクしながら、喜びにあふれて、私たちのためにイエスを贈ってくださった。

それは私たちと神様との関係を回復するため。

中高生たちに話をしながら、自分の方が胸がいっぱいになってきました。
かみさまありがとう。

「神は実にそのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。」ヨハネ3:16

さて、今日のアドベント聖書日課
今日はマルコ14:3-9。

「この女はできる限りの事をしたのだ。すなわち、わたしのからだに油を注いで、あらかじめ葬りの用意をしてくれたのである。」8節。

イエスのもたらした喜び・・・今日の箇所で、他の人が「もったいない」と思うことをした、この女の人の愛について、いろいろ考えさせられた。今まで、この女の人の一途さ、一生懸命さ、犠牲を厭わない姿に目が留っていたが、今日は、この聖書の箇所から、この女の人は、単に一生懸命だっただけじゃなくて、イエスを良く見て、イエスにとっての一番ふさわしいことをしたんだなあと思いました。

私も自分のことではなく、相手のことを考えられる愛を持たせていただきたい、そのように思いました。ハイ、教会でも、家庭でも、その他の場所でも・・・。

主よ、
イエスによって救われて、イエスのことをいつも思っていたこの女の人、そのような愛を与えてくださいますように。自分のことで精一杯の私の心にあふれ流れ出る愛を、相手のことを考える愛を与えてください。




2012-12-21

話に聞いていたことが・・・:アドベント聖書日課12/21

今日は一日雨かと思っていたら、夜は雨風共に強かったですが、それも朝のうちに上がって、ちょっと晴れ間も出ました。
でも、あとはどんより。今は夜の11時半で、外は2.3度C。レーダーを見ていたら、これから小雪が舞いそうです。

今まで、日本時代を含めたら20年以上、そして、アメリカでも、15年以上、そしてポイント魔なので、10枚以上をジャグルして使っているクレジットカード。聞いたことはあったのですが、今日初めて、「不正使用」に出会いました。

それも、それほど遠くないお店で400ドルほど・・・。

すぐにカード会社の担当者から「怪しい使い方がありました」と連絡があって、ストップしたので良かったのですが、地球の反対側のアフリカとかじゃなくて、生活圏の地域で。ちなみにカードは紛失していません・・・。あるんですねえ。これ、30ドルとかだったら、なかなか気がつかないかもしれませんね。最近、あんまりちゃんとレシートとの付け合わせもちゃんとしていないし。(汗)

悪いヤツがいるもんだと思います。私たちは互いの善意を信じて生きたいのですが、そうとも限らないのが世の常。先日の銃乱射事件を挙げるまでもなく、悪意を持った人のいる世の中で、自分を守ることの大切さ、悪意を持った人もいることを前提にしたリスク管理、リスク回避の知恵の必要も感じました。

さて、今日のアドベント聖書日課。
今日はルカ19:1-10。イエスが与える喜び・・・ザアカイの救いのところでした。

「そこでザアカイは急いでおりてきて、よろこんでイエスを迎え入れた。 」6節。

ザアカイは喜んで降りて来た。
そして、イエスを迎えた。
何が彼の喜びだったんだろうか?

それは受け入れられたことだろう。
「あいつが?」と思われるような者が受け入れられたことだろう。

自分がそのような者であるのに受け入れられていること、
それを知ることが大切だと思った。
私も、ザアカイなのだ、私こそが、ザアカイなのだ、とわかると、
本当にうれしい。

そして、私も同じように人を受け入れる者とならせていただきたいと思った。

神様、
あなたが私を受け入れてくださったことに感謝します。
あなたに受け入れられなくて当然の者であったのに、受け入れてくださったから感謝します。どうか、私も同じように、人々を受け入れる者でありますように。

2012-12-20

受けるより与える方が:アドベント聖書日課12/20

今日は中西部は暴風雪に襲われたところもあるようですが、
こちらは今日も穏やかな一日でした。
朝はさすがに-3度Cまで下がり、車のフロントガラスをガリガリしましたが、午前中は晴れて、午後には曇り、夕方には雨が降り始めました。

明日も雨のようです。

来週はクリスマスの日にちょっと、
そして、27日はもっと、
雪が降るかもです。

今日はいつもお借りしているMaywoodの教会ではなくて、
LeoniaにあるPresbyterian Churchで、JOY JOY キッズクラブ。

またまた、楽しいひと時でした。



この中、私も入って、競争に参加しましたが、ホント、キツかったです。

そして、工作。キャンディーで作ったリース。


最近、ここのキッズクラブ、毎回のように新しい方が来られます。
どんどん盛り上がって来ています。

いつも礼拝や他の集会にも使わせていただているMaywoodの教会も本当にそうなんですが、このLeoniaの教会も、快く私たちのために場所を提供してくださいます。そして、時々、様子を見て、応援してくれます。

私たちも「自分たちの会堂を与えてください」と祈りつつ、献金を募り、積み立てていますが、もしも、私たちがやがて会堂をもてるようになった時には、それはそれは本当に大切な大切なものだと思うんですよね。ですから、他の方々にお貸しするのには、ちょっと勇気がいるんじゃないかと想像します。多くの祈りと多くの犠牲がささげられて、やっと建て上げられた教会堂、気持ちがこもっていればいるほど、いろいろなこだわりがあるんじゃないかと思います。それを貸していただける、愛に感謝します。

私たちもやがての日、会堂が与えられた時には、そのように「受けるよりは与える方が幸いである」というイエスの言葉の通りにできますように。

さて、今日のアドベント聖書日課。
今日はマタイ13:44-46。

「喜びのあまり、行って持ち物をみな売りはらい、そしてその畑を買うのである。」44節

イエスを信じる喜びは、すべてを投げ出してもいい、と思えるような喜び。
本当だなあと思う。
これがあればいい、それだけでいい、と、今朝は思った。

そして、なによりも、まず第一に、イエスさまご自身が私たちを手に入れるために、すべてを投げ出してくださったんだなあ、と。もう一度そのことに感謝。

この喜びを原動力に歩ませていただけることに感謝。

主よ、
あなたの与えてくださる喜びのゆえに感謝します。
この喜びに生きる者とならせてください。

2012-12-19

夜は寝る:アドベント聖書日課12/19

今日はちょっと風があったので、肌寒かったですが、
まあ、12月のニュージャージーとしては、かなりマシな、冬の一日でした。
今は夜中の12時で1.2度Cなので、今夜はさすがに氷点下に下がると思いますが、本格的な冷え込みは土曜日の夜からになりそうです。その先はちょっと冬らしい天気になりそうです。

ここ数年、朝の目覚ましは携帯を使っていました。
特にこの4年間はiPhoneだったのですが、
最近気がついたのは、夜中に目が覚めると、どうしてもメールを見てしまう。
そして、場合によってはニュースまで見てしまう。
そうすると、なんだかちゃんと夜寝ていない・・・と気がつきました。

これはよくない、と一念発起。
ずっと電池が切れていた目覚ましの電池を替えて、
携帯は枕元におかない。
・・・ということにしました。

そしたら、今朝の気持ちのいいこと。

簡単なことなんですし、
多くの方々には当たり前のことなんですが、
夜はちゃんと寝る、って大切ですね。

「携帯があったら、もう目覚ましいらないじゃん」なんですが、
意外と落とし穴でしたね。反省して、今後目覚まし使います。

ということで、今日のアドベント聖書日課
今日はマタイ9:14-17。

「だれも、新しいぶどう酒を古い皮袋に入れはしない。もしそんなことをしたら、その皮袋は張り裂け、酒は流れ出る」17節。

イエスがもたらした喜び。
今日もそのテーマですぐに思いついたところです。
イエスの福音はまだ発酵中の生きている新しいぶどう酒のよう。

内側からあふれて外に流れ出る。

今日もある方とお話をしている中で、
本当にそうだと思わされていました。

その力はどこにあるんだろうなあと思いました。
聖霊様の力。十字架の愛の力。
神様と共に歩むという本当の人間のあり方に戻った時に内側からあふれてくる力。
そのどれもなんでしょうね。

「わたしが与える水を飲む者はいつまでも渇くことがないばかりか、わたしが与える水はその人のうちで泉となり、永遠の命への水がわき上がる」ヨハネ4:14

その命の水が与えられていることに感謝。

主よ、
今晩ぐっすり眠れますように。
そして、あなたの命によって、明日も元気に歩むことができますように。


祈りと御言葉に:アドベント聖書日課12/18

今日は久しぶりに青空も見えた。
やっぱりうれしい。
雨も降ったし、夜になって冷え込んで来たけれども、
やはり、晴れるとうれしい。

今は真夜中の12時頃で5.9度C。思ったよりも高い。
明日の朝は0度くらいかな。

明日は一日晴れて、あさってはまた雨。(涙)

ここのところ、いろいろ大切な祈りの課題が寄せられて、祈らされています。
「祈っていますよ」とメッセージを書いて、直接話して、電話で話して、それだけにならないように、本当に祈ります。自分のことも「神様、どうしたらいいんでしょうかね。」「困っちゃいました」「わかりません」「なんとかしてください。信じています」と、祈るのですが、他の人のために祈る時には、もうちょっと集中して、手を合わせて、祈ります。いえ、聖書の中でイエスは「祈ることなんて見せるもんじゃない、戸を閉じて隠れたところを見ておられる神様に祈りなさい」と言われたので、「私はほんとに祈っているんですから」なんて言うのは違うんでしょうね。そりゃ自慢なんかするもんじゃない。

でも、なんで、そんなこと書くかというと、こんなことを感じたんですよ。
一つ一つ、丁寧に祈っていたら、すごい時間がかかるよなあ、でも、私はこのためにここにいるんだろうな、と。

牧師の働きも活動的な見える部分ではかられる時もあります。スケジュールが詰まっているとか、何件訪問したとか、何回集会があって、何人集まったかとか、何人洗礼を受けたかとか・・・。

でも、使徒行伝の中では伝道者の働きは「祈りと御言葉」なんだとあります。

だから、あんまり活動は見えないし、書斎に閉じこもっているかのように見えるかもしれないし、発信もちゃんとしていないように感じられるかもしれないけれども、もっともっと祈ることに、もっともっと聖書の御言葉に聞くことに時間を使っていく、それを大切にしていこうと思います。

明日は今のところ、3人の方に個別にお会いする予定がありますが、それも幸いな時となりますように。共に神様の前に出ることができますように。

さて、アドベントの聖書日課
ヨハネ2:1-11。

あんまりアドベントらしくないところですが、
イエスが私たちに与えてくださった喜び、ということを思う時に、真っ先に思い出すのがこの聖書の箇所です。

「それだのに、あなたはよいぶどう酒を今までとっておかれました」10節。


喜びの象徴としてのぶどう酒。
その最高のものを、神様はとっておかれた。
他のものによってはえられない喜び。
混ぜ物でごまかそうなんてのとは全然違うレベルの喜び。
それをイエスは与えてくださるのだとう。

イエスの喜び、もっともっと味わわせていただきたい。
イエスがくださると約束してくださっている喜びをもっと味わい、そして、まわりの人々にもそれを分かち合う者でありたい。

主よ、
あなたが私に与えてくださった祈るという使命に、もっともっと生かしてください。
あなたと共に歩む喜びに満たしてください。
そして、あなたのことを伝える者とならせてください。

2012-12-17

時を取り分ける:アドベント聖書日課12/17

今日の朝、ある方の葬儀に参列してきました。

最近、葬儀を司式することがしばらくないのですが、
自分が一参列者として参列することが今年になってから、確か3回目。

いつも思うのですが、このように参列して、そこで語られるメッセージからは本当に教えられることが多いです。今日もカトリックの教会だったのですが、とても明るい会堂で、音楽も、とても暖かい音楽を使っていました。賛美歌のリードを専門になさっているんだろう、という方がおられて、そのリードもすばらしかったです。その中で語られたメッセージの中に、このような言葉がありました。「姉妹の召天によって、私たちはこの忙しい、慌ただしい時間の中で、ひと時、このように集められて、愛し合い支え合うことの大切さを思い出させられています。」本当にそうだなあと思いました。あえて時をとり分けることの大切さ、無理やりにでも、そのような時をもつことがどれだけ大切だろうかと思わされます。私もそのようなところに導かれて感謝しました。

でも、やはり、ご遺族の方々の痛みや寂しさは、喪失感はこれからも引いては押し寄せ襲ってくると思います。主の慰めがありますように。


今日のアドベント聖書日課
ピリピ2:1-11。

「おのれをむなしうして僕のかたちをとり、人間の姿になられた。その有様は人と異ならず、おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた。」7-8節。
(プリント版、PDF版では「1:8」と書かれていますが、これは「2:8」の誤りです。

イエスがこの世に来られた。その喜びは、一つはやはり、昨日の記事のところに書いたように、私たちと共に歩まれた、それも、私たちの成功の場所を歩まれたのではなく、失敗と見えるような、軽く見られるような、侮辱されるようなところを歩まれた、ということ。

そして、なによりも、イエスが私たちのために十字架の上で罪を背負ってくださったこと。それによって私たちは罪赦され、義と認められること。

もう一度イエスのしてくださったことを思わされました。

今回の銃乱射事件で、命を失った先生方は、自分の命をもって、子供たちを守ろうとしました。自分はできるだろうかと思わされました。イエスはそれをもっと大きなレベルでしてくださったのです。軽く喜べることではなく、感謝をもって受け取ることだと思います。

主よ、
イエスが今日も、そして、明日も、私と共に歩んでくださることに、感謝します。


JOY JOY クリスマス:アドベント聖書日課12/16

昨日は子供たちのためのJOY JOY クリスマスでした。
もっともっとたくさんのみんなに来てほしかったですが、
それでも、初めての子や、楽しみにして来た子達が何人もいて、うれしかったです。
ゲームも楽しかったし、サンタもよかったし。
シンガーズもがんばりました。



今回、ちょっと準備不足でフルで劇をするのもなあ、ということで、この人形を使って、少しずつ人形を動かして、ビデオを作りました。

ちょっとだけ紹介すると、こんなの。5秒のクリップですが。




何人か登場人物は人間に登場いただいて、劇をしました。
準備をしている私は楽しかったのですが、見ていた子供にはどうだったんでしょう?
子供たちの心に、イエス様を私たちのために与えてくださった神様の愛が届きますように。

さて、昨日、12月16日のアドベント聖書日課。
ヨハネ1:1-18。
礼拝の中でも、この箇所からお話ししました。
礼拝の説教はこちらから。
http://www.jccofnj.org/main/message/message.html

「そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。わたしたちはその栄光を見た。」14節。


暗闇の中に輝く光。
本当に絶望的な闇の力。
私は先週、何かに取り憑かれたかのように、
過去のいくつかの凶悪事件の記事を読んでいました。
その中で、本当に心の闇を見せつけられるような思いがしました。

そのタイミングで起こった今回の銃乱射事件。

闇の深さを見せつけられました。

そして、その中で輝く光として来られたイエス。
それは決して、私たちの苦しみや悩みとは無縁の超越した光として来られたのではなく、私たちと共に歩むことによって、私たちの重荷を担うことによって、私たちの罪を身代わりに背負うことによって、私たちの光となられたのです。

だからこそ、光なのです。

主よ、
あなたの光を私に照らしてください。
私のうちにあなたの光を与え、私も光として輝かせてください。

アドベント聖書日課12/15:自分の使命への徹底

今日は月曜日。雨が一日降ったりやんだり。
明日にはこの雨も上がるようです。
なかなか雪にならないですね。
金曜日も雨のようです。

さて、おととい、12月15日のアドベント聖書日課
ヨハネ1:19-28。

「彼は告白して否まず・・・」20節。

バプテスマのヨハネが、「あなたはキリストか」と聞かれた時のこの姿勢は、本当にはっきりしていた。つまり「私はキリストではなく、キリストを紹介する、指し示す者だ」と。

私達の使命も同じだ。

自分ではなく、イエスを証しすること。
自分の名前がどうこうではなく、
イエスが崇められること、それが私たちの願い、私たちの使命。
そこにはっきり立っていくことができればと思う。

ヨハネと同じ明確な使命感をもって、歩みたいと思う。

2012-12-16

今日はちょっとお休み。

昨日も、遅くまで準備をしていて、
今日も一日だったので、ちょっと、2日連続のお休み。

今日のJOY JOY クリスマスにおいで下さったみなさんと、
表で裏で、奉仕してくださったみなさんと、
お祈り下さったみなさんと、
神様の祝福に感謝しつつ。