2006-11-25

夫によって妻によって

今朝は-0.7度C。
我ながら、正確な予想!と思いましたねえ。
で、昼間はそこそこ暖かかったです。
でも、夕方から冷えてきて、
今11時ですが、3.4度C。
明日の朝の最低気温は0度くらいでしょう。

昼間はもっと暖かくなるようです。

で、ここまで書いたところで、Firefoxがクラッシュしてしまって、
強制終了。

でも、このFirefoxのありがたいところ、
自動的に、強制終了したところから再開してくれます。

さすがに保存していなかった文章は消えてしまいましたが、
題名だけは残っていました。

少しずつでも保存しておくべきでしたね。
Internet Explorerよりも軽くて優秀。
細かいところは分かりませんが・・・。

今日はあっさりと一日一章に進んでいきましょう。
今日読んだのはコリント人への第1の手紙の7章。

難解なところです。
時代背景からか、パウロの世の終わりが近いという切迫感からか、
「結婚していない人は結婚しないままの方がいい」などという言葉まで出てきます。

そんな中で、心に留った言葉は、
「信者でない夫は妻によって聖められており、また、信者でない妻も信者の夫によって聖められている」という14節の言葉です。

時々、「夫を置いてクリスチャンにはなれない」「妻と一緒じゃないと・・・」と洗礼を受けられるのをためらわれる方々もあります。でも、ここを読むと、たとえどちらかでも信仰をもつことはその家庭にとって祝福となるのだということがわかります。

そして、それはクリスチャン同士の夫婦でも言えるのではないでしょうか?
妻の存在が、夫の存在が、自分を支え、自分の信仰をサポートしていると。

だから、結婚している者たちにとって、
自分の信仰は自分のものだけではなくて、
相手のためのものでもあると。

そういえば、それは家族全体にも広げられるし、
もっと大きな社会全体にも広げられる。

自分の存在が、自分の信仰が、この社会にとって、神の祝福の流れ入るポイントになるんだと。

そのような存在とされていることを感謝すると共に、
身が引き締まるような思いがします。

神様、
どうか、あなたの豊かな祝福を、
私という存在を通して、私たちの夫婦に、
家庭に、そしてこの社会に流し込んで下さい。
そのような者とされていることを感謝します。
もっともっと豊かに流し込んで下さい。

2006-11-24

だまされてもいい

今日はほんとうに気持ちよく晴れて、
暖かい日になりました。
でも、穏やかに晴れた夜のですので、
けっこう冷え込むでしょう。
明日の朝の最低気温の予想はズバリ-1度C(かきごおり家の庭)。

でも昼間はまた暖かくなり、そのままずっとしばらく穏やかな日が続くみたいです。
たぶん、1週間くらい。ありがたいですね。

今日は夕方、成分献血に行ってきました。
5年前、9/11の時に、ラジオで「○○では献血を求めています」と近所の
血液センターの案内を流していたので、すぐに出かけてみると、
もう長蛇の列。
そこで車から降ろされることもなく、
名前と血液型だけ聞かれて、帰されました。

それから何ヶ月かに1回、
「また献血できますか?」
と電話がかかってきます。

春、花粉の季節は薬を飲むのでパス。
夏、JOYJOYの頃は、体力に自信がないのでパス。

ですから、今頃はいいんですね。

それでいつからか、「血がいいから、成分献血はどう?」と、
血小板の献血をしています。
日本にいる時から、血が濃くて、比重を測る液体に入れると、
すぐに「どぼーん」と沈むので、濃いのは分かっているのですが、
それがどうして成分献血に向いているのかは分かりません。
英語を誤解しているのかもしれません。

いずれにせよ、血小板を差し上げています。

でも、ちょっと「どうしようかな」と思うのが、
あの血が帰ってくる時の感触。
片腕献血なので、しばらく血が採られて、
血小板だけ集められて、また戻ってくるわけですが、
その血を戻す時に、何とも言えず「重ーい」感じがします。
そして、時々針がじょうずに入っていないと、
痛いです。
一回は完璧に静脈を外れていたようで、
パンパンに腫れて即刻中止。

今日もちょっとあれ?って場面もありましたが、
慣れている人が直して下さって、無事1時間半で終了。

プロモーションで、レストランのお食事券10ドル分頂きました。
時々プロモーションでいろんなものをくれます。
今までもらったのはぬいぐるみとホットドッグ。

今日はお仕事が休みの方が多かったのか、いろんな世代の人々が来ていましたが、
いつもは私のお休みの月曜日の朝に行っているので、
おじいちゃんやおばあちゃんがたくさんです。
すごい!と思います。
今日は車いすのおばあちゃんも献血に来られていました。
こんないい方、やっぱり自分が上に立って見ているのかもしれませんが、
あのおばあちゃんがやっているのなら、もっとがんばろう、と思いました。

いつか自分や家族、友人が人からもらうこともあるだろうし、
こんなモンが役に立つなら・・・ありがたいことです。

今日の聖書。
今日はコリント人への第1の手紙6章を読みました。

「そもそも、互いに訴え合うことが、すでにあなたがたの敗北です。なぜ、むしろ不正をも甘んじて受けないのですか。なぜ、むしろだまされていないのですか。」7節の言葉です。

教会の中で訴え合う人々に対してパウロが語った言葉です。

ほんとうにそうですよね。
負けるのは悔しいし、
誤解されっぱなしもイヤだと思います。

でも、訴え合うこと自体が敗北。
だまされていてもいいじゃないかと・・・。

出来るかな、と思います。
ほんとうに誤解されて、だまされて、ひどい目にあって、
それでもいい、と言えるだろうかと思います。

それでもいいと言えるほど、
神様から、「わたしは知っているからね」と言われるほど、
神様と共に、神様に近く歩んでいきたいと思いました。

神様、
私はまだ人に認められるとうれしい人間です。
人から誤解されたり、おとしめられたりすると、悔しく感じます。
どうか、あなたが私のことをどれほど大切に思って下さっているか、
どんなに誤解されているように感じる時にも、
あなたはわたしを知っていて下さることを確信できるように、
いつもいつもあなたと近く歩ませて下さい。

高慢にならないように

昨日は一日冷たい雨でした。
4度Cくらいで、「大雨」ではありませんでしたが、
結構降りました。
そして、今日はばっちり晴れています。
そして、ぽかぽかしています。
この先1週間くらい暖かいようです。
そのあと、冬になるみたいです。

アメリカで初めて迎えたThanksgivingのことを思い出します。
San Diegoの日系人協会のご婦人がお嬢さんとお二人で迎えるThanksgivingに、
私たち家族を招いてくださいました。まだ息子が1歳半くらいの時でした。
にぎやかなことは何もありませんでしたが、暖かな一時でした。

それから14年。
友人と2,3家族でお祝いしたり、
ひとりで暮らしておられる方々と過ごしたり、
誰かに招かれて、遊びに行ったり、
突然、当日に「何か物足りないなあ・・・」と集合をかけたり、
あと、教会の行事が入ったり。

なんでかわかりませんが、
かきごおり的には「家族水入らず」ってのが
ちょっと物足りないような気がして、
ここ何年か、「どなたでもどうぞ」スタンスでやっています。

付き合ってくださった皆さんに感謝しつつ。

昨日の聖書。
昨日はコリント人への第1の手紙の5章を読みました。

心に響いたと言うよりは、
ちょっと、引っかかった言葉。
「あなたがたの高慢は、よくないことです。
あなたがたは、ほんのわずかのパン種が、
粉のかたまり全体をふくらませることを知らないのですか。」
6節の言葉です。

ちょっとしたこと、に見えることも、それを放っておくと、
全体にもものすごい影響があるということですよね。

重かったです。
自分の心の中のこともそうです。
本当に小さな思いでも、
自分の生活全体に影響を与えてしまうことがあります。

また教会のことでもそうです。
ちょっとしたことを見逃していると、
全体にも影響してしまうと・・・。

自分はあまりカリカリしたくない人間です。(みんなそうか?)
でも、本当に「これはまずい」と思うことは、
本当にはっきりとした態度をとらなければいけないことを、
そういうことを放っておくと、大変になるんだということを、
思わされました。

主よ、
私に勇気を与えてください。
大切な時にははっきりとした態度で、
対決をすることができるように。
自分に対しても、
また周りの人々に対しても・・・。
そして、一つ一つの問題が、
「放っておけない問題」なのかどうか、
見極める鋭さを与えてください。


2006-11-23

奇跡は起らず・・・

そう、今日の午後雨が上がるという奇跡は起りませんでした。
いや、反対に、さあ、作業を始めるぞ、という1時頃から本降りになって、
ずっと雨が降り続いていました。

最初は傘でやってたんですが、
「やっぱ、これはまずいよなあ」ということになって、
テントを引っ張り出してきて、
テントを張って、その下で揚げました。

ずっと雨でした。

たくさんの方々がおいで下さいました。
50人+かな。
JOYJOY関係の方々も何人か・・・。
初めてお会いするお父さん達も数名。

楽しい一時を過ごしました。
もっと遊びたかったなあ。

ということで、眠いので、
今日の更新はここまで。

また明日、一日一章と共にいろいろと・・・。

ではでは。

Happy Thanksgiving!

今日もここに来てくださった方々に、
神様の祝福がありますように!

また夜に更新します。

ののしられた時は・・・

今、一仕事終わって、ホッと一息。
でも、なぜかまだまだ元気なので、ここで更新。

今日は朝6時半頃出て、一日NY Cityでした。
NYの真ん中の図書館で勉強しながら、
時々、人にお会いしに出動。
電話がかかってきたり、かけたり。

まあ、図書館を簡易オフィスとして使わせて頂いております。
もちろん、無料。
コンピューターを持ち込めば、インターネット使い放題。

でも、重いのを持ち運ぶのが億劫になって、
最近は携帯一つです。

今日はとても不思議な気持ちがしました。
自分がNYのど真ん中で、
日本語を使う牧師のひとりとして、
そこにいること自体が。

もっともっと大きなフィールドがそこにあるような気がしています。

こんなことを書くと、教会の人たちは・・・「また仕事を増やす気か?」と思われるかもしれないので、
ほどほどにしておきますが、何かまたわくわく病になってしまったみたいです。

午後3時頃から雨がパラパラ降り出しました。
最初はNYでもちょっとsleet(あられ?みぞれ?)が混ざっていました。

で、今3度Cくらいで雨が降っています。
明日は、雨には止んで頂かないといけないのですが、
天気予報は絶望的な予報を出しています。

どうする?揚げTurkey。

「ガレージでやるんですか?」というメールを頂いたが、
ググってみると、「ガレージでやるのも危ない」「家を燃やしてしまった人もいる」
と出てくるんですよね。
ちゃんと見張っていれば、大丈夫だとは思うのですが・・・

でも、万が一、教会の財産、灰にしちゃったら、ヤバイですよね。
「何があったんですか?」って聞かれて、
「いやあ、ガレージでTurkey揚げてたら・・・」なんて言えないですよね。

まあ、おそらく傘をさして、外でやるのでしょう。

その前に、奇跡的に、昼頃雨が上がる、という奇跡を祈っていきましょう。

今日の聖書。
今日はコリント第1の手紙の4章を読みました。

心に留った言葉は、
「ののしられるときには、慰めのことばをかけます。」
13節の言葉です。

すげえ、の一言です。
マジすげえです。

ののしられた時に、自分だったらどうするでしょうか?
「泣く」「愚痴る」「避ける」「逃げる」「ののしり返す」・・・
でも、「慰めの言葉」は思いつかなかったです。
降参です。

その様な心境になるのはいつのことなのでしょうか?
「人を変えようと思わないで、分かろうとしなさい」
いつもいつも自分に言い聞かせている言葉です。

そういうことなのかな、と思いました。
「彼が私をののしらなければいけない精神状態にあるのはどうしてなんだろうか」
と相手のことを思う気持ちがあれば、「慰めの言葉」が出てくるのでしょうか?

いずれにせよ、「自分を守る」という必要がない人の言葉ですよね。
「自分を守る」ことをしなくても、大丈夫な、ゆとりのある人の言葉ですよね。

主から、いっぱい愛をもらって、主と共に歩んでいることを確信した時に、
出てくる言葉ですよね。

主に満たして頂きたいです。

主よ、
私にも、パウロのように言わせてください。
ののしられた時には、慰めの言葉をかけられるくらいに、
私の心を大きく大きく育ててください。
あなたの愛でいっぱいに満たし、
愛されている喜びで満たしてください。
人から認められること、愛されることばかり求めるのではなく、
あなたに愛されている喜びあふれて、
人をあいすることが出来ますように。
人を理解することが出来ますように。

2006-11-22

NY Day

でした。

肌寒い一日でした。
これからやることがあるので、
たぶん更新は夜中か、明日の朝。

ではでは。

2006-11-21

試された時に残るもの

今朝の気温は-1.5度C。
予想よりもちょっと冷え込みましたね。
また車のフロントガラスの霜もばっちり降りてました。

明日の朝はもうちょっと寒いかも・・・。
今、夜の10時で1度C。
たぶん、-3度くらいまで下がるのでは・・・。
明日の朝は早く起きてバスでNYに行くので、寒いのはゴメンしたいのですが・・・。

あと、今日の午後から、
天気予報が一斉にThanksgiving Dayの「風と雨」の予想を出し始めました。
えーって感じです。
思いっきり外れて欲しいです。

実はとてもうれしいことがありました。
今もこのページを見てくれているかもしれませんが、
24年前、大学入学した時の友人からメールが来ました。

大学入学の時、一緒にオリエンテーションを受けた仲間のひとり。
でも、その後、サークルも違えば、専門のゼミも違う、
いつの間にか疎遠になっていた友人でした。


その彼からの突然のメール。
「覚えていますか?」と。
もちろん、覚えていました。

教会に行ってみようかなあ、と思って、
私のことを思い出してくれて、
名前で検索したそうです。

そして、ニュージャージーに同じ名前の牧師がいることを突き止めて、
教会のサイトに行ったら、あの顔が出てきた、と、
メール下さったわけです。

うれしいですねえ。
インターネットのおかげ。
こうやってネット上の再会が出来るわけですから・・・。
彼の方も、ネット上に顔写真が露出されているので、
「あ、変わってないじゃん!」という感じでした。

あと、20年以上経って、
「あいつクリスチャンだったよなあ」と思い出してもらえたこと。
その時に、特に何もなくても、
後になってからでも、
その時の自分の存在が用いられた、ということ。
とてもうれしかったです。

その友人のご一家のためにお祈りしていきたいと思いました。

今日の聖書。
コリント第1の手紙3章を読みました。

「この火がその力で各人の働きの真価をためす」
との言葉が心に留りました。
これは13節です。

教会の土台はイエス・キリスト、それは何の問題もない。
他には土台となるものはない。

でも、その上に何をもって建物を建てるかが問題。
それが火の中を通る時に、その真価が問われるという。
調子のいい時、すべてが順調の時、環境が恵まれている時、
順調に成長する教会でも、
嵐が来る時に、耐えられる教会を形成しているだろうか?

嵐の中で、しっかりと立っていける教会を育てているだろうか?
闘いの中で、落ち込むようなこと起ってくる中で、苦しみながらも、
「助けてください!」と主に求める教会を、クリスチャンを育てているだろうか?

問われているように思った。

主よ、
恵まれている、私たちの状況を感謝します。
でも、ほんとうに嵐の中でも、火の中でも、
耐えうる教会を育てているでしょうか?
主よ、嵐の中に堅く立つ教会を育てさせてください。
逆風の中で、あなたを見上げ続ける者たちの教会としてください。
ホンモノの教会を建て上げて下さい。

2006-11-20

神の力によって

今朝の最低気温は1.3度C。
うーん、やっぱり予想よりも高かったですねえ。
もう少しでしたね。

でも、今日は昼間もずっと曇っていて、
気温は6度くらいまで上がったのですが、
体感的にはもっと寒く感じました。

今、夜の9時半で4度C。
最低気温の予想はズバリ-1度。
明日の朝、ガレージに入っていない車は霜に注意ですよ。
私も7時に教会ですから、ちょっと早めにでて霜がついてたら、
ガリガリしなければいけません。
湿度が結構低いので、余りたくさんつくことはないと思いますが・・・。

明日、あさって、と過ぎたら、もうThanksgiving Dayですね。
そして心はもうその翌日へ・・・。

一年で一番お店が本気で安売りをする日です。
日本でいうと、初売りの日かな。
今は1月2日になっているのでしょうか?
日本にいる時にはアイワールドとかで、
新年に、すごい特売の品がありましたよね。
そのノリです。

Black Fridayと呼ばれています。
初めに聞いた時には、「なんだそれ?」と思いました。
だって、株が暴落した日とかを
Black Monday(1987)、Black Thursday(1929)と呼ぶのに、
なんで、こんな買い物でごった返す日を、
Black Fridayと呼ぶのかなあと。

諸説あるようですが、まあ、「黒字」の金曜日という意味なんでしょう。
この日からクリスマスまでの間の売り上げが一年を決めるそうですから。

朝6時頃からお店が開いていたりします。
ほんとうに欲しいものがある時は、本気になる価値がある日ですよね。


今、欲しいものは・・・

うーんと・・・


教会堂。


朝早く並んだら安く買える、というモンでもないので、
朝早く目が覚めたら・・・

お祈りします。

サンクスギビングの日の新聞に広告が入ってきますが、
今ではこんなサイトもあります。

さて、今日の聖書。
今日はコリント人への第1の手紙2章です。

「そして、私のことばと私の宣教とは、説得力のある知恵のことばによって行われたものではなく、御霊と御力の現れでした。それは、あなたがたの持つ信仰が、人間の知恵にささえられず、神の力にささえられるためでした。」4-5節

この言葉が心に留りました。
ひとりひとりの信仰が人間の知恵によって支えられているのではなく、
神の力によって支えられるために、聖霊様の働きを頂いていく、
その様な働きをしているだろうかと、思わされました。

自分の働きはどうだろうかと。

聖霊様に働いて頂いているだろうかと。

聖霊様に頼った、働きをしたいと思わされました。
プログラムを一生懸命考えることや、
人々の気をひくことを考えるよりも、
聖霊様を本気で求めた、神様の力を本気で求めた働きをしたいと思います。

そのためにもっともっと祈る時、
もっともっとみことばに聞く時、
自分には必要だと思いました。

神様、
どうか、私に触れてください。
私の心を、聖霊様によって満たし、
新しい力に満たして、用いてください。
人の知恵ではなく、あなたの力を土台とした
教会を建て上げさせて下さい。

2006-11-19

十字架につけられたキリスト

今日は、
ほんとうにたくさんの方々が教会の礼拝に来られました。
Thanksgivingの礼拝でした。
中高生以上だけで100人近く。
子ども達を入れると140人くらいかな。

それだけで元気をもらえます。

礼拝も元気に、そして、真剣に。

私たちが感謝すべきことの一番は、
やはり、「イエス・キリストを与えられたこと」。
そして、これは誰にでも与えられていることです。

あとのパーティーも盛りだくさん。
まあ、教会の皆さんも、芸達者な方々も多く、
自分を捨て切る方々も多く、
いつも脱帽させられます。

子ども達がまたたくさんというのもうれしいです。
JOYJOY Kids Clubの仲間も、
JOYJOY Campの仲間も、
今までにないくらいたくさん来てくれました。

神様、今日の一日のたくさんの方々との出会いをありがとうございます!

もっともっと真剣に、楽しく、また熱くメッセージを語る者でありたいと思います。

今朝の温度は5度。
「ブログの発表ほど寒くない!」と苦情を頂いておりますが、
まあ、暖かいのはいいじゃないですか?
暖房費も安く済むし・・・。
寒いかなあ、と思って厚着をした方には申し訳ありませんが・・・。
自分自身も必要以上にパッチを履いて、「暑いですねえ」と挨拶していますし。

今、夜の11時過ぎで、5.2度Cです。
ズバリ、明日の朝のParamusのかきごおり家の庭の温度は
(って、それが誰かの役に立つか?)
0度と読みました。
これは夜何時頃から晴れてくるか、で決まるのですが、
一日どんよりしてた空が、今ちょうど晴れつつあるからです。
晴れると、温度は下がります。
昼間は晴れると太陽の熱で温度が上がることが多いのですが、
夜は逆に晴れると温度が下がり、
曇っていると、ちょうど毛布を掛けて寝た時のように、熱がこもるのです。

ですから、これから晴れるので、どんどん温度が下がって、0度。
もしかしたら、氷点下に下がるかもしれません。

そして、今、かきごおり的に注目しているのが、
Thanksgiving Dayの天気。

火曜日くらいにカロライナ沖に低気圧が発生して、
北に上がってくるようです。
それがどれくらい陸地に近く上がってくるか、
どれくらいの速度で上がってくるかによって、
木曜日の天気がどうなるか、微妙なところです。

何で注目しているかというと、
Turkeyを揚げたいからです。
丸揚げ。
ここ4年くらいやっています。
いいのは1パウンドあたり3-4分なので、
手頃な大きさのを選ぶと40分くらいでできあがるからです。
あと、香ばしいかな。

問題は、そんな危ないこと、
外でしかできない。
寒い日はいや。
風の強い日も困る。
でも一番大変なのは、雨。
小雨で、傘をさしながらやったこともありますが、
油に水が入ったら、大騒ぎですからねえ。

今年は「室内用電気ターキーフライヤー」も出てきていますから、
そんなの買ったら、いいのかもしれませんが、
まあ、あれも、そんなこといいながら、外でやるのがいいわけで・・・。
雨にならないことだけを祈りつつ。

さて、長くなりましたが、
今日の聖書。

今日はコリント人への第1の手紙に入りました。1章です。
その中で、やはり心に留ったのはこの言葉でした。

「ユダヤ人はしるしを要求し、ギリシヤ人は知恵を追求します。しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。」(22-23節)

十字架につけられたキリスト。
人々に語っているキリストではなく、
奇跡を行うキリストではなく、
復活のキリストでもなく、

「十字架のキリスト」を宣べ伝える。
あの十字架の敗北に見えるような、
惨めな、十字架のキリストを宣べ伝える。

そこには神の愛があふれているから。
それによって私たちが赦されたから。
そこまで私たちのことを愛してくださったから・・・。

「そこが分からないのです」という方もおられたりする。
だからといって避けないで、
大胆に語っていくことの大切さを思わされます。

いつもいつもバカの一つ覚えのように、
十字架にかけられたキリストを語り続ける、
そのような者であり続けたいと思います。

私たちのために、
神様はそこまでしてくださったのですから・・・。

主よ、
どうか、あなたの愛を語らせてください。
キリストの十字架をただただ、単純に語る者とならせてください。
他の気の利く話は出来なくてもいいです、
特別な人の気をひく話は下手でもいいです。
ただ、十字架の話をした時に、
それが人の心に伝わるような、説教者になりたいです。
どうか、その様な者にしてください。

福音によって立たせられる

朝の更新は無理でした。
時間に追われまくりました。

日曜日の夜です。
帰ったのは8時を過ぎておりまして、
10時を過ぎて落ち着いて、
さあ、かこうかなあーという感じです。

日曜日のことは後で書くとして、
とりあえず18日のこと。

やっぱり夜の流星群は見れませんでしたね。
12時頃に夜空を見上げてみましたが、
ばっちり曇っておりました。
そして、ちょっと検索してみても、
何か「見えた!」というのは余り見かけませんね。

次は12月半ばのふたご座流星群ですね。
寒そうですが、木の葉っぱが落ちて、
夜空が広く見えていますし、空気が澄んでいますし、
こちらは余り短い時間に集中するタイプではないようですので、
ちょっと屋根にでも登ってみようかなあ、なんて思っております。

土曜日はユース(中高生)の集まり。
20数人が集まって、楽しく過ごしました。
前半、メッセージをしましたが、
みんな一生懸命聞いてくれました。

彼らの成長は楽しみです。
大学で大体あっちこっちに別れていってしまうんだけれども、
それでも、彼らが教会にいてくれるのは大きな力ですし、
励ましです。

そして、必ずしも教会にその恩恵が返ってこなくてもいい、
実際多くの方々が日本に帰って行かれるわけですから、
中高生になっても教会に続けてくる子ばかりでもないのですが、
子ども達に、何度も何度も繰り返して、
教会って楽しいところだし、大切なメッセージが聞けるんだ、
ということを子ども達にも、お父さん、お母さんにも、
伝えていくことが使命だと思わされています。

で、昨日の聖書。
昨日はローマ人への手紙の16章を読みました。

その中で心に留ったのが、
昨日、ちょっと書いた、最後の言葉です。

「世々にわたって長い間隠されていたが、今や現されて、永遠の神の命令に従い、預言者たちの書によって、信仰の従順に導くためにあらゆる国の人々に知らされた奥義の啓示によって、あなたがたを堅く立たせることができる方・・・」(25-26節)

私たちが堅く立っていくことができるのは、
「神様の力」だし、
「今や現されて、あらゆる人々に知らされた奥義の啓示」だというのです。
それは、「福音」つまり、「あなたの罪のためにキリストが十字架で死なれた。信じる者は救われる」というメッセージです。

毎週毎週講壇に立っている身には、
「何か目新しいことを言わなければいけないのでは・・・」
という気持ちになることがあります。
でも、聖書は単純ですよね。
「この福音によって、私たちは堅く立たせられているのだ」というのです。

特別なことではない。
ただ、いつもいつもキリストの十字架を語ること、
十字架の救いを語ることを大切にしていきたいと思います。
ひとりひとりがそこに堅く立つことができるようにと祈りながら・・・。

神様、
福音を感謝します。
私自身、福音のすばらしさを経験することが出来たこと、
頭だけではなくて、心の奥底まで、それを経験することが出来たことに感謝します。
どうか、この福音をこれからも大胆に語り続けることのできる者でありますように。

2006-11-18

うーん、お休み

今日はちょっと眠いし、
やることもまだあるので、お休み。
あしたの朝にアップできるかも・・・。
出来なければ夜。

ではおやすみなさい。

あ、御言葉だけは書いておこうかな。

「世々にわたって長い間隠されていたが、今や現されて、永遠の神の命令に従い、預言者たちの書によって、信仰の従順に導くためにあらゆる国の人々に知らされた奥義の啓示によって、あなたがたを堅く立たせることができる方・・・」
ローマ16章25-26節

ではでは。

2006-11-17

忍耐と励ましの神

今日もまだ暖かでした。
でも、今晩から冷えてくるのでしょう。
今、夜の11時ですが、
8.4度Cまで下がってきました。
明日の朝は3-4度くらいまで下がると思います。

そして昼間は10度くらいの予報がでています。

明日の夜は「しし座流星群」の日です。
何かと言えば、「1時間に何十個も流れ星が見える夜」です。
ピークの時間帯、東海岸は夜中です。夜中の11時半から12時半。
自転の関係で、ほんとうは明け方が最高にいいみたいなんですが、
そのベストポジションはアフリカの西海岸とかだそうです。

それから、天気は雲が多いみたいなんで、
もしかしたらアウトかもしれません。

今日の朝は祈り会。
10人の方々が集まりました。
常連の方でお休みの方々もおられたので、
もっともっと多くなる可能性もありますね。

4グループで祈ったのですが、
うちのグループは熱かったですよお。
もっともっと熱い祈りが捧げられて、
月曜日に書いたように「リバイバル」が起りますように。

明日の夜も祈り会。
PPHと言って、Praise & Prayer Hourです。
熱い祈りを捧げるためにみんなで集まりましょう。

今日の聖書は
ローマ人への手紙の15章です。
この手紙も、もうあと1章を残すのみとなりました。
今日私が語られたのは、
「どうか、忍耐と励ましの神が、あなたがたを、キリスト・イエスにふさわしく、互いに同じ思いを持つようにしてくださいますように。」という5節の言葉です。

この章には、「忍耐と励ましの神」「望みの神」「平和の神」と、神様が私たちに与えてくださるモノが、神様のご性質として記されています。

その中の最初のところが心に留ったのです。
この方は私に忍耐と励ましとを与えて下さる方。
そして、それによって、「みんなが一つになる」ことができる、というのです。

逆に言うと、私たちが一つになるためには、
忍耐と励ましが必要で、
それを神様が与えて下さるのだ、ということだと思います。

私に必要なものはそれだと思います。
忍耐と励まし。
それは神様にとっては「まさにわたしがあなたに与えようとしているモノじゃないか」
というものなのです。

求めていこうと思いました。
この方と共にいたいと思いました。
今日もこの方がおられることに心から感謝します。

神様、
どうか、私と共にいて、
私に忍耐を与えて下さい。
私に忍耐力が与えられますように。
また、私を励まして下さい。
すぐにめげたりしないように、励ましを下さい。
そして、いつもいつも語り続けてください。
あなたと共に歩ませてください。

2006-11-16

神が立たせる

今日はまた暖かな日でした。
家でデスクワークをしている時はいいのですが、
今日はキッズクラブがありました。
さすがにその時に、厚手の長袖のシャツに、

下にはパッチを履いたまま行ったのは大失敗でした。

今日は、今までの新記録で50人くらいの元気な子達が集まりました。
3箇所でやっているKids Clubの中で、一番小さい場所。
こんな暖かな日に、
そこに大人を入れたら70人くらいの人が集まったんですから、
それは暑いの暑くないのって、
だらだら汗をかいてしまいました。

Tシャツ一枚の人が今日はたくさんいましたが、
それが正解。

でも、みんな楽しそうで、ほんとうにうれしいです。
もっともっといいプログラムを、もっともっと大切なメッセージを、

と思わされます。

この暖かさも今日でお別れ。

明日からは昼間は8-13度、朝は0度前後の日が続きそうです。

これを見て下さい。


色が付いているところは雨が降るところです。
そして、赤と青の線が温度です。
ちょうどNY Cityのあたりを青い線が通っているのが分かるでしょうか?
これが気温0度の線です。
NJ側は0度以下です。
つまり「雪」です。
これがあたったら、これはモンスタースノーになります。
60センチくらい積ります。

でも、たぶんあたりません。
なぜなら、これはGFS(
Global Forecast System)の12月1日の予想。つまり2週間後の予想だからです。
あり得ません。2週間後の低気圧の位置や気温があたるわけがありません。
大体、今までの経験で、雪が降るかどうか分かるのは大体24-48時間前です。

でも、楽しみに見ていくことにしましょう。

では、今日の聖書。
今日はローマ人への手紙14章を読みました。

心に留ったのは、
「このしもべは立つのです。なぜなら、主には、彼を立たせることができるからです。」という
4節の言葉です。

人のことを裁くなよ、という文脈の中でパウロが言っている言葉です。
人のことをとやかく言うな、
その人もあなたと同じように、神の僕なんだ。
そして、神はその人を立たせることもできるんだ、と言っているのです。

その人を立たせるのは神なんだ。

そのことをもう一度思わされました。
神様の御業に信頼して、その人が他の誰からでもなく、
神様から語られて、教えられて、立ち上がっていく、
そのことを信頼して歩んでいくことが大切なんだと、
語られました。

人のあたたかい言葉も、人の助けもありがたいでしょう。
また、人の批判も受ける勇気も必要でしょう。

でも、その人自身が神様に立たせて頂いているんだ、という土台が
どれくらい大切かと思います。

何年も前にある信徒さんが言われた言葉。
いつも牧師としての働きについて、土台となっている言葉です。

「牧師の働きは、私たちが牧師に頼って、牧師に慰められて行くということではなくて、
私たちが神様の方を向くことできるように助けることではないでしょうか?」

神様の代わりになってはいけない。
神様をいつもいつも指し示す働きをさせて頂きたいと思います。
立たせて下さるのは神様ご自身ですから。

主よ、
今日のみことばに感謝します。
もう一度、私の働きが何かを教えて下さいました。
人を立たせ、支えるのはあなたです。
あなたを信頼して、
あなたを指し示す働きをさせて下さい。
主にあるお一人ひとりが、あなたを見上げて歩むことできますように。

2006-11-15

夜明けは近い

まだ昼間ですが、夜はNYですので、
帰ってきてから、元気があるかどうか分からないので、
今のうちにアップしておきます。

昨日の夜1時頃、
カミさんに起こされる。
って、目がさえていて寝付けなかったので、
別に起こされた感じではなかったのですが・・・。

「バスタブの蛇口からお湯が止らなくて、だんだんひどくなる」
確かに水が流れる音がしています。
・・・ちょっと前に自分で修理した(つもりになっていた)ヤツだ!
そう、10月7日
やはり「分解して戻した」だけじゃダメだったんですね。

そして、今回はもっと奥まで分解。
今度は・・・元に戻らない・・・。

元に戻らない=家中の水が使えない。

バスタブの水を止めるバルブが見あたらないので、
結局家全体の水を止めるバルブを閉めていたのです。
トイレも使えなければ(各1回はタンクの水で流せるけど・・・)、
手も洗えない。


ダメだ、これは、きっと部品交換が必要だろうと、
HomeDepot.comで24時間営業の店を探す。
ところがここで店を探すと、
「営業時間は店に直接電話して聞いて」と書かれている。
間違い電話をしないように注意しながら、
夜の1時半頃近くのHomeDepotにしらみつぶしに電話をする。

やっぱり24時間営業のHomeDepotなんて、そんな店、ない。
Lowesも調べるが、やっぱり10時頃には閉まっている。

朝は一番早く開く店が5時。
でも、ちょっと遠いので、近くのHomeDepotの6時開店に行こう、
と決心してベッドに入ったのが2時過ぎ。

5時半には起き出して、HomeDepot行きましたよ。
もちろん最初にさがしたのはトイレ。
スカッとして、部品を買って、帰ってきて、
無事修理終了。

部品代4個買って、4ドル。
使ったのは1個だけ。3個は次回のために保管。
(いざというときに保管場所を覚えているかどうかも問題なんですが・・・)
1ドルで直っちゃいました。
出張頼んだら100ドルはくだらないでしょうね。真夜中に。
感謝、感謝。

今度は1ヶ月じゃなくて5年くらいもってもらいたいモノです。

朝は近くの教会の日本人向けの文化クラスでバイブルレッスン15分。

Thanksgivingが近いということで、
「感謝」についてお話ししました。

イエスの生涯の中で、ある時10人の病気の人がイエスに癒やしを求めました。
イエスは「祭司のところに行って病気かどうか確かめてもらいなさい」と言いました。
当時、その病気の診断をするのは特別に祭司の仕事だったのです。

彼らはそれを聞いて、イエスの言うとおり歩き始めたところ、
途中で病気が治ってしまったそうです。
その時10人の中の1人だけが、イエスのところに帰ってきて、
「感謝」の気持ちを言葉と態度にしました。

そんな話です。

私たちは1つの感謝していることがあるとすると、
その10倍の10個の感謝すべきことがある。

その様に聖書は語っているのでしょう。

2個の人はホントは20個。
3個思いつく人は、その10倍の30個。

そして、その感謝は気持ちを言葉にして伝えなければ意味がない、
そう思います。

今日の聖書。
今日はローマ人への手紙の13章を読みました。

心に留ったのは、
「あなたがたが眠りからさめるべき時刻がもう来ています。というのは、私たちが信じたころよりも、今は救いが私たちにもっと近づいているからです。」という11節の言葉です。

この「救い」とは「世の終わり」のことです。
この手紙を書いたパウロはこの「世の終わり」のことを、
「救い」として受け取っていました。

イエスさまがもう一度来てくださる。
この世が完成されて、永遠の神の支配が確立する。
それを聖書は「救いの完成」と読んでいます。

それがもっともっと近づいてきている、と。
この手紙が書かれてから1900年以上が経ちました。
この手紙が書かれた時よりも、
もっと近くなっているんですよね。

だから、いつ、それが来たとしても、
喜んでお迎えできるように、心の備えをしていたいと思います。

そのために、やっておきたいこと、
やっぱりそれは伝道です。
この神様のことをひとりでも多くの人に知ってもらいたい。
ひとりでも多くの方々に経験して欲しい。
その様に思います。

主よ、
どうか私をあなたの僕として用いてください。
もっともっとすべての時間をあなたの福音を伝えるために用いさせてください。
ひとりでも多くの方々に、この福音を伝えさせてください。
子ども達も、大人の人々にも・・・
今夜の集会もあなたが用いてください。

2006-11-14

絶えず祈る

今日も曇り。
雨はほとんど降らずに、午後は少し晴れ間もでました。
明日はまたもう少しいいみたいです。
でも、木曜日は雨。
そしてその後寒くなるみたいです。

今日は家の前の道路の落ち葉を集める作業に来ていました。
それで、朝のうちに落ち葉集め。
ほとんどカミさんがやりましたが、
とにかくだいぶ片づきました。
一軒家は毎年、これが大変です。

午後は集会。
たくさんの方々が集まりました。
「聞く」というテーマで学びを続けていますが、
うーん、本当に私たちは「聞く」のに徹するのは難しいですよね。
すぐアドバイスしたくなる。
特に殿方はそうですよ。
要注意。

「話の聞けない男と地図の読めない女」って本がベストセラーになったでしょ。

ホント話聞けないんだよね。ボクら。

賛成反対の判断を控えて、
とにかく受け止める。

そこから広がる世界があることを、
もっともっと自分でも経験して、
もっともっとたくさんの方々に知って欲しいと思いました。

で、今日の聖書。
ローマ人への手紙の12章を読みました。

心に留ったのは
「絶えず祈りに励みなさい」という12節の言葉です。

いつもいつも、
「この教会は祈りによって築き上げられていく教会です」
と語っていると、
時々、「祈ってばかりでは・・・」という声が聞こえてきます。

でも、聖書からまたサポートをもらいました。
「絶えず祈りに励む」ということが聖書の命令であることを
もう一度語られました。

「そんなんで・・・」と言いたい人には言ってもらいましょう。
でも、私はこの聖書の言葉をまともに受け取って、
とにかく主に祈って、主がなさることに信頼して、
歩んでいきたいと思います。

もちろん、その前にある「勤勉で怠らず」「主に仕えなさい」
という言葉も無視しないように心がけながら・・・。

あの榎本先生の息子は「オヤジはよく祈る牧師だった」と言っていたらしいが、

うちの子達は、自分のことをなんだと思うんだろうか?
「天気予報ばかり」なんて思われているかもしれない。

祈ろう。

主よ、
もう一度祈りに招いて下さってありがとうございます。
祈ります。
主よ、お応えください。
あのエリヤの祈りに応えられたように、
私の祈りに応えてください。



2006-11-13

主の御心を知る?

今日も一日雨が降ったり止んだり。
結局大雨にはならないで、
しとしとと土曜日から続いています。

木曜日まで雨マークがとれません。

明日は今日より少し良くなるみたいですが、
雨が降りやすい天気のようです。

おかげで冷え込みは弱く、助かります。

今日の夜はNYでサックスを吹く説教者の方が来られて、
集会があったので、いってきました。
そこでいろんな方々に会えたのも幸いでした。

特にヨーロッパのギリシャとかの聖書に出てくる場所を回るクリスチャンのツアーに行って来られて、
今日帰ってこられたご夫妻と2週間ぶりにお会いして、
興奮冷めやらない様子で、すばらしい旅をされてきた様子を(ちょっとだけですが・・・)
伺えたのはよかったです。

聖書に出てくるところではありませんが、
ツアーの中で、ルーマニアに行って、
そこで熱く燃えているクリスチャンの方々の集会に出られたのは
とてもよかったそうです。

ちょっとお話を聞いただけで、その熱さが感染するようなそんな感じがしました。

「リバイバル」
信仰復興運動と訳しますが、
クリスチャンが悔い改めに導かれて、燃やされて、
それが周りの人々にもどんどん広がっていく、
その状態をそう呼びます。

私たちの教会の中にも、
私自身の信仰の中にも、
家庭の中にも、
リバイバルが起こされますように祈ります。

先ず私から・・・。

今日の聖書はローマ人への手紙11章でした。
心に留ったのは、
「だれが主のみこころを知ったのですか。」
という34節の言葉です。

直接的には「神の御心は測りがたい」ということだと思います。
でも、聖書の中に「神の御心を教えてもらう特権」をもらった人たちがいる。
アブラハムがそう。
モーセがそう。
そして、このパウロもそうなんだろう。

そして、イザヤ55章には、「御言葉が雨が地に降るように与えられる」とある。

私もその神様との親しさをもっともっと味わっていきたいと思う。

神様の御思いを分ち合って頂きたいと思う。
自分の考えを神様に押しつけるのではなくて、
私が神様の思いを受け取って生きていけるようになりたいと思う。

主よ、
あなたの招きに感謝します。
もっともっとあなたのことを知りたい、
あなたの御思いを知りたいという思いを与えられたこと、
感謝します。
どうか、もっともっとあなたと親しく歩んでいくことができますように。

2006-11-12

宣べ伝える者

日曜日の夜です。
今8時前です。
日曜日のこの時間にこんなに余裕があるなんて、
なかなかないことです。
ちょっと寂しいかも。
でも、感謝。

今日はそれほど「大雨」にはなりませんでしたが、
なんだか、「これから」みたいです。
今のところ雨の中心はもっと南の方です。
この雨がこちらの方に上がってくるのだと思います。
そして、明日、明日の夜と雨が続きそうです。

今日の礼拝後の「信徒勉強会」は、
「献金」のことについて学びました。
センセーショナルに語る必要はないけれども、
地道に聖書の語ることを伝えていくことの必要を感じました。

自分自身、葛藤がある時があります。
でも、将来もすべて神様が何とかして下さる、
御言葉をバカみたいに信じて、
「神様を第一としていく時に神様は必要なものをすべて与えて下さる」
そのことを単純に信じて歩んでいきたいと思います。

そして、痛みを負って私たちのためにすべてを与えて下さった主のために、
痛みを負うことを惜しまない歩みをしたいと思います。
そこに与えられる喜びを証していきたいと思います。

------------------ここからは11時頃----------------------------------

今日の聖書。
今日はローマ人への手紙の10章を読みました。

今日心に留ったのは、
「宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。」
という14節の言葉です。

そう、聞くことのできない人々がいる。
このメッセージを聞くことのできない方々がたくさんいる。
その方々に伝えていきたいと思う。

語り伝える働きをもっともっとしていきたいと思う。
どんな働きがあるのか、
どんなことができるのか、
いつもいつも考えていたい。

いつもいつも
このメッセージを運ぶ働きをしたいと思う。
神様の愛を伝えていく、生き方をしたいと思う。

「言っていることとやっていることが違うじゃないか」
と言われないように・・・。
その様な生き方をしていきたいと思う。

主よ、
私を用いて下さい。
言葉も、行動も、態度も、
みんなあなたを指し示すような者へとして下さい。
私の内側を造りかえ、
内側からあふれ出るようなあなたのメッセージの運び手として下さい。

2006-11-11

主の栄光のために


久しぶりの野菜ネタです。
ブロッコリー、春まきと夏蒔きがあるのですが、
春まきで夏に花が咲いたのは余りかっこよくできませんでした。
そして、最後はグランドホッグに食い荒らされて、無惨なことになりました。

その時に、今ひとつ成長がよろしくなかったモノを、
あまり大きくない植木鉢に入れてデッキのテーブルの上に置いておきました。
これだとさすがのグランドホッグも何もできません。
そのままほおって置いて、余り気にもしていなかったのですが、
夏蒔きのように秋に収穫、となりました。
これ結構立派に見えるかもしれませんが、
ピンポン球よりも大きいのですが、野球のボールより小さいです。

さっき茹でて食べました。
緑色が鮮やかに出て、おいしかったです。

いいかも、夏蒔きのブロッコリー。
他の植物が霜にあたって枯れてしまう中で、コイツは大丈夫です。

あと6日に書いたタッチパッドへの挑戦。
何とか慣れようと思ったのですが、
1週間ももたずに降参。
また、マウスに戻ってしまいました。

何でみんなタッチパッドになってしまったんでしょう。
スペースの問題なんでしょうかね、トラックボールがダメなのは。
あのスティックポイントもよかったのになぁ。

さて、今日の聖書。
今日はローマ人への手紙の9章です。

「それも、神が栄光のためにあらかじめ用意しておられたあわれみの器に対して、その豊かな栄光を知らせてくださるためになのです。」(23節)

私たちは神様の栄光のための器。
私たちを通して、主は栄光を表そうとされている。
私たちの努力や願いではなく、
主の憐れみによって・・・(16節)

神様、
あなたはどのような方法で私を通して、
私たちを通して、
教会のひとりひとりを通して、
あなたの栄光を表そうとしておられるのですか?
私の思いを超えているのだと思います。
私の考えを超えているのだと思います。
でも、どうか、教えてください。
あのモーセに教えられたように、
またイザヤに教えられたように、
あなたがどのようにあなたのご栄光を表そうとしておられるのか、
私にも教えてください。
あなたの栄光を表す器としてくださっていること自体に、
まず感謝します。

どんな苦しみや痛みの中にも、
あなたのご栄光が表されることを信じる信仰を与えて下さい。

御霊によって

朝になりました。
かなり遅い朝ですが・・・。

今日までは暖かい様です。
明日は雨。それもかなりまとまった雨になりそうです。
たくさん落ち葉がたまっていますから、
スリップや水たまりには要注意です。

Thanksgivingのころには、
お約束通り寒くなるようですね。
Accuweather.comのThanksgiving明けの金曜日の
夜の予報にはs-wordが入っていました。
いよいよ、その季節です。
わくわく、です。

木曜日の夜のニュースでは
Rutgers(ニュージャージーの州立大)のフットボールチームが、
大健闘しているのが話題になっていましたね。
弱小チームが今全米ランクで15位。
そして木曜日の夜の対戦相手が全米3位のLouisville。
前半が終わって25対7で負けていたのに、
後半の猛追い上げ。
なかなかフットボールをゆっくり見ることはできないのですが
この日は、夜出かけた帰りに車の中で、ラジオのニュースで
「同点に追いついた」という速報を聞いて、ちょっと興奮。
そして、夜のニュースで逆転勝ちを見て、
ちょっとこの後(3試合かな)注目してしまうかもしれません。

さて、昨日の聖書。
昨日はローマ人への手紙8章を読みました。
よく読むところで、好きな言葉がたくさんあるのですが、
昨日は新しく目に留った言葉がありました。

「しかし、もし御霊によって、からだの行ないを殺すなら、あなたがたは生きるのです。」
13節の言葉です。

昨日のことなので、もっとフレッシュな時にメモしておけばよかったと後悔しているのですが、
いつも「殺す?」と何だかストンと来ない言葉なのですが、
昨日は「そうだよなあ」と思わされたのです。
「からだのおこない」というのは、その前に出てくる「肉の思い」ということだと思います。
「肉の思い」それは自己中心であり、神様を必要としない思いです。
その思いは「聖霊によって」つぶされなければいけない、
そして、その聖霊様を受け入れて、自己中心を処理して頂くのは私たち自身の責任なんだ、
と思わされたのです。

5節には「御霊に従う者は御霊に属することをひたすら考えます。」とあります。

自分の心が今何によって占められているか?
聖霊様に満たされて歩んでいきたい。
聖霊様私を満たしてくださいと思わされました。

主よ、
昨日も支えて下さってありがとうございます。
出会ったお一人ひとりに今も語ってくださいますように。
私が個人的にお会いしてお話しすること以上に、
あなたご自身がお一人ひとりの心に語り、
ひとりひとりの心に触れてくださいますように。