2012-05-02

無知と無関心。

今日は一日雨でしたね。
そして、なんだか肌寒かったです。


そして、明日も曇りがちでちょっと雨の予報。


今日、2カ所で話した話。


NJ州にはいくつ原発があるか知っていますか?
どれだけの電力をそこで作っているか知っていますか?
NJ州にはアメリカで稼働中の一番古い原子炉があることを知っていますか?


そして、今回調べて、初めて気づいたこと。
Indian PointというNYCとウェストチェスターの電力の30%をまかなっていると言われる原発、NYCからわずか60キロのところにあると言われていますが、それが、わたしたちの町、Paramus, NJからはわずか35キロしか離れていないこと、私も知りませんでした。




ホントにわたしたちは無知だし、無関心だなと思います。
スリーマイルがあって、チェルノブイリがあって、
スリーマイルは昔だし、チェルノブイリはソ連だし・・・と思っていて、
そして、福島の原発事故があって、
それから1年が経って、でも、わたしたちはまだどこか別の世界の出来事であるかのように、地震がないこの地域だったら大丈夫、だと思っていて。


でも、みんな大丈夫だと思っていた。
3回の事故とも、起こる前はみんな、ずっと大丈夫だと思っていた。
おおざっぱな言い方で申し訳ないですが、緻密な話をする人には見えて来ない話。
事故が起こるのは人間の世界、やはりなかなか避けられない。
でも、一生懸命事故が起こらないようにみんな努力をする。
でも、いくら万全の態勢が整っていると言っても、いったん事故が起こったら何年も人が近づけないようなものを造ってはいけないんだと思う。


最初の事故は間一髪大惨事は免れて、
その次の事故は大きな被害をもたらしながら、たくさんの人がだまされて働かされて、何とか封じ込めて、そして、今度はまだまだ何が起こっているのかわかっていない。


そんなものを造ってはいけないんだと思う。


そして、最近いわれるのはコストの問題。
発電にかかるコストはより小さいと言われる原発。
でも、それには次の世代というか子々孫々末代まで「使用済み核燃料」の処理というか永代管理というか、なんだかまだ解決していないことのためのコストを押し付けて実現しているだけのこと。すごいセルフィッシュですよね。


もしも、黙っているならば、何もしないならば、自分の生活を変えようとしないならば、「賛成でも反対でもない」と中立を決め込むならば、教会はそういう政治的な問題に関わらない方がいいと黙っているならば、無関心を続けるならば、この自分もその自己中心的な生き方に加担しているだけのこと。


答えは出ていると思います。


教会には産業界の方もおられて、その方々によっても支えられているから、あまりそういう発言は・・・という意見の方もおられるかもしれません。教会分裂の火種になるから、とだんまりを決めている牧師もいます。教会の使命はそういうことじゃないだろう、という意見の方もおられるでしょう。でも、それは中立でも何でもない、自己中心的な生き方を肯定しているだけのこと。産業界のクリスチャンが本当にその業界において、黙っていない地の塩、世の光として、用いられていきますように、お祈りしています。


あなたがもし、このような時に黙っているならば、ほかの所から、助けと救がユダヤ人のために起るでしょう。しかし、あなたとあなたの父の家とは滅びるでしょう。あなたがこの国に迎えられたのは、このような時のためでなかったとだれが知りましょう」
エステル4章14節


神様、わたしたちがこの時代のこの地に置かれていることの意味を見失うことがありませんように。

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2012-05-01

ホンモノ勝負。

今朝はが鳴っていましたね。
目が覚めただけでまた寝てしまいましたが。
でも雨は朝のうちだけで終わって、その後は晴れて暖かくなりました。


明日からもあまりはっきりしない、
大崩れしないけど、すかっと晴れない、「楽しい」天気になりそうです。


今日から、教会で、「聖書の教え基礎コース」スタート。
我ながらネーミングのセンスがなさすぎなんですが、
ま、それは置いておいて、週1回、登録制7週間で、教理的な学びを始めました。
土台をしっかり作るために、足腰の強い教会を作るために、祈りつついろいろ考えています。


今日は朝1クラスと夜1クラス。
ちょっと緊張したんですが、夜のクラスの後に、初めて聖書を読む、という方が、「今まで、聖書は教えてもらえばいいや、と思っていましたが、自分でも読んでみようと思いました」と言われて、それで心から感謝。主に感謝。


実は、今日のクラスのために準備している時に、自分の聖書学院時代のことを思い出していました。いろんな授業がありましたが、ある教授の授業は終わった後にしばしば「ああ、お祈りしたいなあ」と思わされたものです。そういう学びができればなあ、と思っていました。


だから、主の励ましに感謝。


昨日の夜だったか、「ほぼ日」で、野球の田口壮選手との対談の記事をずっと読んでいました。奥さんも登場して、とっても楽しい対談なんですが、4月19日の記事の中のこの部分が心に留まりました。


プロ野球選手だったら、
やっぱり、バットを振ってみせたときに
「ブンッ!」っていう音が鳴らないと。
走ったら、子どもたちを軽く追い抜いていき、
投げたら、腕がしなって、
腕を振る音がしたときに、はじめて、
子どもたちの目が輝くんですよ。 

自分はどこで勝負しているか?どこに子供たちの目の輝きを求めているか?


いつだったかな、ある方に「牧師って、『いい人だ』とか『牧師っぽくない』とか言われることを売りにしちゃダメでしょ」みたいなことを言われて(言い方は違ったけど)、そうだよなあ、と思ったことを思い出します。


ホンモノで勝負したい。いや、すぐ「勝負」とか言っちゃうのが、自分の弱さだったりするのですが、ホンモノを身につけたい、ホンモノを提供したい、大人もそうだけど、子供たちにもゲームとか、工作とか、そういうものじゃなくて(もちろんそっちも本気じゃないと子供は楽しくないですが)、聖書の言葉の力や神様のすばらしさで、その心をわしづかみ、するような働きをさせていただきたいな、と思います!そのためにもっともっと聖書のすごさを、神様の力を教えていただきたいです!神様、そこんとこ、どうぞよろしく!


で、今日の聖書。
5月に入った今日から第一歴代誌。


今日は1−3章・・・イスラエルの系図なんですが、うーん、わたしたちにとっては名前の羅列。

でも、それを読みながら、あまり丁寧ではありません、正直斜め読みのように読みながら、でも、自分もこの地上の生涯を終えた時に、私のことも、このように他の人たちにとって名前の羅列のように見えるんだろうな、と思いました。だったら、反対に、この名前の一つ一つにもその背後にたくさんの神様の導きや、訓練、葛藤や痛み、目が開かれる経験、人生があったんだろうと思わされました。

そんな中で、この系図が最終的には神の目的のために動いている歴史を作っている。

私も、その大きなピクチャーの一部に招かれていることの「すごさ」を思わされます。

神様、
私は近視眼的な人間です。
目先のことに振り回され易い人間です。
だから、あなたの大きなピクチャーはなかなか見えません。
でも、あなたを信頼して、そこに組み込んでくださるあなたの御手を信頼して、歩みます。
どうか、あなたの御用に用いてください。

2012-04-30

共有。

暖かいんだか、寒いんだか、わからない日々が続いています。
日曜日、そこそこ暖かかったのですが、
夕方からまた冷えてきて、今朝は0度近くまで下がっていました。
朝起きたときの気温は2度C。


でも、今日の日中はまあまあ上がって20度を超えました。
今夜から明日にかけては雨も降りそうですが、
気温はやや高め。


一週間ずっと晴れたり曇ったり雨が降ったり・・・の日が続きそうです。


先週は子供たちが学校が休みだったのですが、
どこにも連れて行ってやることはできず、
まあ、物足りないとか、友達はフロリダに行ったとか、いろいろ言っていましたが、夏にお預けということで、すましました。


で、それとは関係ないのですが、先週の月曜日は、3月の下旬に献血をした時にもらったチケットでプロバスケットボールの試合を見てきました。




NJを本拠地とするNets。
息子が子供の頃は、スタープレーヤーもいて、盛り上がって、時々見に行っていたのですが、最近は「買っていくほどもでもないしなあ」というところもあり、また一緒に行って、盛り上がる相手もなしで、ご無沙汰しておりました。


でも、今回1人の献血で2枚チケットがもらえる、ということで、のんちとゆきにも「献血しよう!」とさそって、献血してきました。ゆきは「行かない」とか言い出して、結局のんちと二人分。でも家族4人だから、まいいか、ということだったのですが、考えてみれば当たり前なんですが、それぞれ都合のいい時間にバラバラに献血に行ったもんですから、もらうチケットも2人ずつ2箇所に別れてしました。


で、私とさき、のんちとゆきの2グループに別れての観戦。
わたしたちの席も十分高い(物理的に)のですが、のんち組は遥か遠くのもっと高いところ。


ま、サキはそこそこつきあってくれたんですが、最初から「え、私も行くの?」と言っていたユキは「早く終わんないかなあ」だったそうです。のんちはわが道を行く人ですので、それなりに盛り上がっていたようですが・・・。


試合の内容はそのチームが来シーズンからブルックリンに移るので、NJでの最後の試合となったのですが、最初からほぼずっと10点差ののままという、とっても盛り上がらない展開でした。でも、その中に1回だけ、アリーナが一つになるような時がありました。一気に点差を詰めて1点差まで詰め寄ったときでした。もうこのままひっくり返すんじゃないか、そんな勢いでした。本当にそのときの会場全体の一体感としたらありません。スポーツはね、やっぱり仲間と一緒だったり、仲間じゃなくてもいいから、一緒に同じチームを応援する人たちと一緒に見た方がいいですよね。


いろんなところでいろんなものを共有できる仲間が与えられていることに感謝。


特に神様のこと、共に見上げて、信頼して、時間と信仰を共有して歩んでいける仲間が与えられていることに感謝。


先週もシニアのプログラムに来られていた元ビジネスマンの方に「自分なんかは、仕事のモーチベーションは、業績が上がることとか、ものが売れることとか、だったけど、牧師さんのモーチベーションは何なのでしょうか?」と聞かれたのですが、一つはやはりこの同じ共有なんだろうなあと思います。それだけじゃないんですが・・・。(それだけじゃないことは、うーん、)


神様も、ご自分の思いをわたしたちとシェアしたいと、願っておられるといいます。わたしたちと思いを共有したいと。楽しいんだろうな、ワクワクするんだろうな、もっとわからせてください、と思います。


さて、最近の「日々のみことば」の中から。


ヤコブの手紙を今日で全部読み終えました。
明日からは「歴代誌」。また旧約聖書に戻ります。


そのヤコブの手紙の方から一つ。


「悪魔に立ち向かいなさい」4章7節。

わたしはあまり「悪魔」「悪魔」と騒がない方です。
どちらかと言うと、相手にしていないと言うか、眼中ないと言うか。
自分の弱さの問題を「悪魔が・・・」と言うのはちょっと嫌だな、と思う方です。
人によってはね、責任転嫁のように「悪魔が・・・」と言う方もおられて、そりゃ悪魔は働いているんだろうけれども、その手に乗っちゃったあなたの心はどうなの?と創世記3章のエバさんの「蛇が私をだましたんです」という言い訳と同じじゃないの?と突っ込みたくなる方です。

だから、こういう言葉はインパクトがあります。
お、無視してはいけないんだ、ちゃんと戦わなければ!と。

そうだなあ、と。悪魔がいないかのように振る舞ってはいけないんだと。
それなりの戦い方があることも聖書に書かれているし(祈りと御言葉だ)、真剣に勝負しないとな、と思いました。

主よ、
あなたのみ言葉と祈りによって武装して、
悪魔と戦うことができますように。
どうか、あなたの力で勝利を得ることができますように!

2012-04-26

自分の気持ちに目を向ける。

ちょっと久しぶりになりました。
今週は子供たちが休みなのですが、
私も妻も休めないので(あ、いやこの言い方あまりよくないですね、「休まない」です)、子供たちはウチでゆっくりの春休みです。火曜日なんかは、自分たちで献立を考えさせて、料理させました。学校お休みバンザイですね。

で、今週はずっと涼しいです。
昨日の朝は3.5度Cでした。
今日も涼しくて、15度くらい。
明日はもっと涼しいようです。
そして、明日の夜は霜が降りるくらいの寒さになりそうです。

5月になると暖かくなりそうです。

さて、先週のヒラタケですが、
土曜日に収穫しました。



4つの傘が開いていた株だったのですが、
一番大きいもので一番大きなところが10.5センチ。
かろうじて10センチを超えました。

まず、自分で小さな2本で毒味試食。

美味しかったし、笑いが止まらないこともなかったし、
お腹も壊さなかったので、
翌日、The BRAVE(子供のプログラム)の先生たちにお出ししました。


ドキドキだった先生たちもいたかもしれませんが、
なかなか美味しかったですヨ。

また生えて来ないかな。

来週、NYでもたれる
に行ってきます。

そのために
という本を読んでいるのですが、
今日読んでいる中で、勧められていた「自分の感情を無視しないで、そこに目を留めること」をしてみました。そしたら、やっぱり自分は自分の感情に対して、あまり注意を払って来なかったし、大切に思って来なかったし、否定してきた部分も多いなあと思いました。「大したことない」と軽く見ていたのだと思います。「自分の感情なんて、しょうもないものなんだから、振り回されたくない」と思っているのだと思います。がっかりしたり、怒ったり、うれしかったり、そういう自分の気持ちは放っておいて、理屈で自分のなすべきことをコントロールしてきたのだと思います。でも、そういう感情は無視されているなかで、溜まっていきますから、甘えた思いやいじけた思いが心の中に渦巻いてしまうこともあったと思います。そして、自分がそのようにしてきたことを周りの人にも期待してきたんじゃんじゃないかなと。ですから、人の気持ちを汲み取ることは、本当にできないでいました。そこらへんのこと、 全部がつながっているように感じました。

まだ、自分の感情を無視しないでそこに目を留める・・・ということは、自分にとってコワいことですし、まだ自分の思い=「わがままな欲望」みたいな感覚がありますし、戸惑うことばかりです。でも、少しずつ、この面にも神様が触れてくださるようにと祈ります。

今週の「日々のみことば」から。
今はヤコブの手紙を読んでいますが、日曜日に読んだ言葉から。

「人の怒りは、神の義を全うするものではないからである」1:20。

人のことはよくわかります。
ああ、あの怒りは義憤の形をしているけど、自分のための怒りだな。人を傷つけ、自分を傷つけ、関係を壊し、自分だけには見えていないだろうけど、バレバレだよ・・・と。

でも、自分が義憤だと思っていることはどうでしょうか?
私が怒りを感じていることはどうだろうかと。

私の怒りは義憤のように見えても、そのように思っていても、神の義とは違う。

自分の心が探られるような思いがしました。

神様、
私が怒りを感じる時、
その怒りを否定しないで、受け止めることができますように。
そして、それを人に向かってぶつけるのではなくて、
自分がどうしてそのように感じてしまうのか、
それを知ることができますように。
そして、それをあなたに取り扱っていただけますように。

2012-04-21

大雨来るよ。

今日は穏やかな暖かい日でしたが、
天気は下り坂。
明日の夜から雨みたいですね。


そして、日曜日の夜は大雨になりそうです。
これは夜のNAM(アメリカのコンピューター予報モデルの一つ)の予想ですが、
NJは"bullseye"ですね。今後降り始めから、終わりまで(月曜日の夜)で100ミリ以上の雨が予想されています。




ご注意を。


昨日発見したヒラタケ、順調に成長中。
昨日はFB上では7−10センチと書いたのですが、
実際測ってみると6センチくらいで、釣った魚(逃がした魚?)が大きくなるのと同じだな、と思ったのですが、今日はもう8センチを超えていました。傘のふちがめくれる直前がmatureだそうなので、まだ、もうちょっと先かな、と思います。この調子だと10センチを超えるのでは・・・と楽しみにしています。


さて、今日からは「日々のみことば」はヤコブの手紙です。


今日は1:1-11。
「貧しい境遇にある兄弟は、自分の高い身分を誇りとしなさい。富んでいる人は、自分が低くされることに誇りを持ちなさい。」9-10節。

決して左うちわではない自分はいつも、こういうところを読む時に、まずは自分を「貧しい」方に身を置いて読んでしまう。でも、それから待てよ、と思う。いい加減に学べよ、と思うのですが、そりゃあ上を見たらきりがないのですが、世界中の平均から見たら、自分は完璧「富んでいる人」なんだと思う。世界が人口100人の村だったら、という本にあった通りだ。でも、その実感はない。それがまた困ったことなんだと思う。だって、富んでいる人はこれから低くされる、それこそ喜ぶべきことなのに、自分がこれから低くされることがわかっていないんだから・・・。そして、もしもこれから低くされたら、勝手に「なんでこんなに自分ばかり大変な思いをするんだろう」と妙な被害者意識の中に閉じ込められることになるんだから。

勘違いするな、自分は決して貧しい者の方ではないのだ!

本当に多くを与えられていることが見えない自分は、低くされる中で本当の心の目が開かれるようになるんだろう。

低くしていただきたい、そのように思った。

主よ、
あなたの基準の中で、私を低いところに導いてください。
あなたの願われる一番低いところに、私を導いてください。
そして、そこに導かれたことを感謝できる者にしてください。
私の口から愚痴を取り除き、あなたへの感謝で満たしてください。

2012-04-19

見えないところで起こっていること。

月曜日が一番暑かったのでしょうか?
34度Cまで上がった月曜日のあと、
26度C、18度Cと、毎日8度ずつ温度が下がって、
昨日は肌寒いくらいでした。


でも、今日はまたリバウンドで20度を超えて、
明日までは暖かいと思います。
週末から週明けは雨でグンと気温が下がって、
10度C以下の日もあるのでは・・・と思います。


そんな中で、月曜、火曜、と駆除したcarpenter beeですが、まだ少しは残っているようです。でも、もうあまり殺虫剤を使いたくないので、他の方法を検討中。


今、やろうと思っているのが、これ
単純な作りですが、結構いいみたいなので、
これからはこれで行ってみます。


そんなこんなで、今日の昼過ぎにcarpenter beeはもういなくなったかな、と庭に出てみて、びっくり。2ヶ月ほど前にカビが発生して「もうダメだ」と外に出して、ふたをとって、最近の天気ですっかり乾燥していたと思っていたバケツdeヒラタケ。こんな風に発生していました。





多少カビが生えても大丈夫・・・とか読んでいたのですが、
「全然ダメじゃん・・・」とあきらめていたのでした。
というか、完璧にカビにキノコの菌糸が駆逐されていたのかと思っていました。

でも、どっこい生きていたんですね。
見えないところで着々と陣地を広げていたわけです。
そして、「こいつはダメだ」と思われても、
というか、その存在さえ忘れられていても、
地道に自分のすべきことをしてきたわけです。

そして、環境がそろって出てきたと・・・。

キミは偉い!!!

人間として見習わなければいけないと思わされました。

そういう生き方しないとね。
はやりとかに振り回されたり、
周りの人の声に左右されたりしないで、
自分のなすべきことを着々としていく。

こんなにキノコに学ばされるとは思っていませんでした。

ヒラタケすげえ。

ちなみに椎茸は先月末に終了しました。
全部で31本、重さは600グラムほどで、
ここら辺での相場を1パウンド(約450グラム)で、9ドルと計算して、回収率45パーセント。はい、オヤジの道楽でした。

さて、聖書からも学びましょう。
今日は雅歌の最後を読みました。

8章5−17節。

「もし人が愛を得ようとして・・・」7節。

このあと、「お金を積んだとしても、それは蔑まれる」ということが書かれています。
でも、どんな方法でも、「愛を得るために・・・」というのは多分むなしいだろうなあと思います。何かプレゼントをしたり、喜ぶことをしたり・・・といっても、結局それが愛を「得るため」だったらなんだか、むなしく終わってしまうのではないでしょうか。反対の立場になって考えて、私が何かを誰かにしてもらったところで、それが私の「愛」を引き出すためだったら、あまりうれしくないのでは・・・と思います。そんなことはどうでもいい、ただの「愛」がありがたいんだと思います。

結局、私たちはもちろん愛されることが必要ですが、それは神様がもう既に与えてくださっているので、それをもっともっと教えていただいて、今度は私たちは「愛する」ことに集中したらいいんだろうと思います。

「愛を得ようとすると・・・失敗する」というか、「愛を得ようなんて思わなくていい、それはもう神様が与えてくださっているから。ただ、愛することだけを考えたらいいよ」なんでしょうね。

だから、もっともっと神様の愛を知りたい。感じたい。味わいたい。と思います。

神様、
あなたの愛をもっともっと教えてください。
あなたの愛を頂いて、今度は、私が「愛する」者となれますように。

2012-04-16

春なんだか夏なんだか。

いやあ、今日は暑かったです。
湿度が低かったので、それほどに感じなかったのですが、
それでも、最高気温はウチの温度計で34度Cまで行きました。


もう夏ですね。
でも、季節は春なんで、ウチの前の通りの街路樹のOak Treeは満開!
車が真っ黄色です。
で、おとなしく中で過ごしていたのですが、
やはり何かしなければいけないような気がしてきて、
ウチの中にだっていくらでもやることがあるのに、
外のことが気になって、carpentar beeの駆除のために
薬を買ってきて、夜、奴らが寝静まった頃に、はしごに乗って
怪しいおじさんになって、駆除していました。


でも、外に出るたびにくしゃみ連発。


今週一週間おとなしくしていたら、
もう峠を越してくれると思います。


そんな中で、今朝、のんちが庭のアスパラとニラを収穫してくれました。






たくさんとったのですが、
夜までに全部食べちゃいました。
でも、まだまだ生えてきます。
木の芽も出てきました。
フキも大きくなってきました。
楽しい季節ですね。


明日は今日よりはずっと暑さは和らいで25度Cくらいの予想。
気温は上がったり下がったりですが、
金曜日までずっと晴れて乾いた日が続きそうです。


さて、最近の「日々のみことば」から。
ずっと雅歌を読んでいますが、今日は6:1-12。


「暁の光のように見下ろしている、月のように美しい、太陽のように明るい、旗を掲げた軍勢のように恐ろしいもの。それはだれか。」(10節)

愛を受けた人は輝いている。
愛をいっぱいに受けた人は。

「日々のみことば」誌では、妻は夫に愛されて輝く、と書いてあって、ドキッとしたけど、雅歌をずっと読んでいる中で、それは神様と私たちとの関係だと読んできたはずだ。(笑)だから、ここも、まずはそう読もう。「神様の愛をいっぱいに受けて私たちは輝くことができる」

もっともっと輝けるように、もっともっと神様の愛のメッセージを聞き、神様の愛の中に生き、神様の愛の中に身を委ねて、歩んでいきたいと思う。

主よ、
あなたの愛を感謝します。
もっともっと、あなたの愛を感じて、
あなたの愛によって輝かせてください。

2012-04-13

財布が厚いのはこいつらのせいだ!

今日は暖かくなりました。
で、お約束通り、Oak Treeの花が満開〜。




これ、すべてがおしべですから、
おしべだけの花ですから。
花粉がどんどん飛びますから。
ですから、籠っています。


あしたも暖かくて、がんがん花粉が飛ぶでしょう。


この地方で、例年4月後半から5月にかけて花粉症になる人は、
この週末から来週にかけてはおとなしくしているに限ります。
できる限り外に出ないで、籠っていることをお勧めします。


さて、先日、免許証をなくしてしまって月曜日の朝は再発行に行っていたのですが、
時々、財布からぽろっと落ちることがあったので、この際、財布を変えることにしました。
今まで「日本用」に使っていたもの。ちょっと大きめですが、まあ、いいかと。


そして、財布の中からカード類を引っ張りだしてみると、まあ、出てくる出てくる・・・こんなにたくさん入っていました。





クレジットカード12枚(デビットカード1枚含む)
電車に乗るカード(4枚)
プリペイドカード(4枚)
メンバーシップカード(8枚)
献血カード(2枚)

計30枚。

なぜか、日本の電車のカードも入っていた。

財布の中にはほとんど現金は入れて歩かないのですが、
これじゃあ、厚くなります。ハイ。

そして、何よりポイント魔なので、「ボーナスポイント上げますよ」とのクレジットカードのお誘いにはホイホイ乗って、何枚ものカードをジャグルしています。でも、財布の中だけで12枚はちょっとショック。どれかを家に置いていけるか・・・と考えたのですが、どれ一つとして置いていきたくない。でも、この際、デビットカードと、教会のクレジットカードと、自分のを3枚くらいにまとめて、合計5枚くらいにしてしまおうかと、考え中。

大切なのはシンプルライフ。

ポイントをためるために無駄な買い物をしたりしないように、ホントにまとめなければ・・・。

さて、3日前から、「雅歌」を読んでいます。
その中から。

「ああ、あの方の左の腕が私の頭の下にあり、右の手が私を抱いてくださるとよいのに」2章6節。

これは、男女の愛の関係を歌った歌ですが、
それを通して、私たちと神様との愛の関係を表している、とよく言われます。

私も、読みながらこの言葉を神様に対して当てはめて祈っていました。
本当にそうだと思いました。

神様の御手の中に陥りたい。
神様の胸の中に飛び込みたいと。

そのように受け止めてくださる神様に感謝します。

主よ、
あなたとの愛の関係の中に生かしてください。
あなたの愛の中で安らぐことができますように。

2012-04-12

内側からあふれるもの。

イースターを挟んで、またさぼってしまったが、
ちょっと忙しかったです・・・。
月曜日から3日間、連続で夜はNYで10時頃までは帰っていませんでしたし。

で、今日、やっとゆとりができて、再開。

なんだか最近、ちょっと寒いですね。
夜は毎晩5度以下に下がっています。
今も11時頃ですが、外は8.5度。
明日も朝は5度以下ですね。


でも、日中は暖かくなるみたいです。
そして来週前半まで暖かそうです。


実は、ここ2−3日、Oakの花粉が飛び始めたようで、
ちょっと花粉症の症状が出始めています。


ですから、この数日で一気に開花が進み、
花粉も、この週末が最初のピークでしょうね。


一気に終わってくれるといいのですが・・・。


さて、火曜日には、友人の知り合いの日本のクリスチャンの方が主宰しておられる合唱団が来られてコンサートをする、ということで、夜のマンハッタンに繰り出してきました。





すばらしかったです。
音楽もすばらしいと思いましたが、
それとともに、皆さん、とても楽しそう。
生き生きと歌っておられました。


HPを見ると20代から団員になれるみたいですが、
実際は50代から80代まで、平均が60歳代というんですが、
聞いているうちにそんなことを忘れてしまうくらい、とてもきれいな、楽しそうな表情がすてきでした。
日本から来て数日で、2時間近く舞台に立ちっぱなしというだけで大変だと思いますが、踊りながら歌ってですから、ものすごい体力を使うと思うのですが、それでも、皆さん最後まで明るさを絶やしませんでした。


歌の力ってすごいなと思います。


JOY JOY シンガーズもまた新しい目標ができました!


さて「日々のみことば」から。
ルカによる福音書の「復活」のところから、一つ。


「女たちはイエスのみことばを思い出した」8節。

これは、日曜日、イースターの当日に読んだ言葉です。

空っぽの墓で、天使たちに「あなたがたは生きおられる方を、どうして死人の中に捜しているのですか、よみがえられたのです」と告げられた後に、「イエスはガリラヤにおられる時に、十字架につけられて、三日目によみがえる、と言っておられたでしょう」と言われた時に、女たちはイエスの言葉を思い出したのです。

私たちもたくさんたくさん、神様に言われた言葉を忘れていないだろうか、神様が語ってくださってきたのに、忘れてしまっていることがどれだけあるだろうか、それを思い出させていただく事がどれほどありがたいことか。

みことばを思い出させてくださる主に感謝。

主よ、
御言葉を思い出させてください。
あなたがどんなことを言っておられるのか、
私にどんなことを語ってくださってきたのか。
あなたのみ言葉を思い出させてください。



2012-04-07

ビジネスマンのために。

最近の祈りへの答えを頂いたように感じたから、
ちょっとだけ。

自分は牧師の家庭に生まれ、
大学を出て、すぐに聖書の学院に進んだから、
知らないことがたくさんある。

それがコンプレックスになったこともある。
今でも、自分の弱さだとは思っている。
でも、聖書の言葉を頂いたから、それを信頼している。

「あなたの弱いところに、わたしの力は表れるから。」というイエスの言葉を信頼している。

そして、ここまで私が出会った人々の中で、何人もビジネスマンがイエスを信じて歩み始めた。

しかし、最近、決して多くない。

なので、祈っていた。
男性を送ってください。ビジネスマンにももっとあなたのことを語らせてください、と。

今日の朝、一つのスモールグループに声をかけられて、出かけていった。

男性の朝食会。

そこでの会話がとても新鮮に感じた。

もっともっと、この方々の声に耳を傾けないと。
そう思わされた。

一つの神様の答え。
一歩だけ進んだように思った。

さらに主が目を開いてくださいますように。

2012-04-05

2年分。

去年は、誕生日も、結婚記念日も、母の日も、
日本に行っていて、お祝いできなかったので、2年分。

いつもありがと。



今年は、ユキに手伝ってもらって、昨日の夜に焼きました。
そして、今日、ユキとサキでデコレーションしてもらって完成。

今日はだし巻き卵にも挑戦。

ケーキもそうだけど、いつも料理本と首っ引きで、「今度はもうちょっとうまくいくように・・・」と思うんだけど、たまにしかやらないことはなかなか上達しないです。ハイ。

もうちょっと家事を手伝わないと、ですね。

今日はキッズクラブで子供たちに紹介した聖書の言葉が心に留まっています。


主はみずからあなたに先立って行き、またあなたと共におり、あなたを見放さず、見捨てられないであろう。恐れてはならない、おののいてはならない」申命記31:8


私たちを見放さない、見捨てない神様に感謝。


明日はGood Friday。
イエスが私たちのために十字架にかかった日。
今夜はちょうど最後の晩餐でした。


バッハのマタイ受難曲を学んでいるのですが、
最後の晩餐は、決して重苦しいものではなくて、
私たちに喜びを与えるものとして、描かれています。


明日の集会も、そんな希望と喜びにあふれたものとなりますように。

2012-04-03

いつものようにいつものところで。

JOYJOYイースターの日もそうでしたが、ちょっとこのところ、肌寒い日が続いていましたが、今日は20度近くまで上がって暖かくなりました。そして、いつものところに今年も黄色いチューリップが咲きました。



3年前に咲いた時の写真があったのですが、3世代さかのぼるので、ひいおばあちゃんですね。自分は勝手に同じチューリップを見ているつもりなんですが、それは違って、3世代も過ぎている。でも、毎年同じところに芽を出して、同じところに同じ花を咲かせる。なんだか、同じ自分でありながら、なんだかいつも今までと違うことばかり考えてしまう自分が恥ずかしくなります。単純に同じことを繰り返す、その大切さを思わされます。イースターにも今までと違った、何か違ったことを語りたい、そんな気持ちがあります。でも、本当に単純なことを繰り返す、そのことの大切さを教えられたように思います。でも、3年前のチューリップは4月22日ですね。今年は本当に早い。

さて、最近の「日々のみことば」から。
昨日のところですが、ルカ22:39-53を読みました。

「それからイエスは出て、いつものようにオリーブ山に行かれ、弟子たちも従った。いつもの場所に着いたとき・・・」39-40節。

イエスはいつものようにいつものところで祈ったんですね。
ゲッセマネの祈りは特別な祈り。
でも、その特別な祈りも、いつもの祈りの延長にあった。

いつもがあるから、特別な勝負が戦える。

いつもを大切にするものでありたいと思いました。
単純に繰り返す「いつも」を大切にするものでありたいと思いました。

神様、
私の「いつも」はどうでしょうか?
もっともっと「いつも」を大切にする者でありますように。

いつものようにいつものところであなたに祈る日々に力を頂くことができますように。

2012-03-30

JOYJOYイースターだよ。

明日、3/31はJOYJOYイースターです。
午後3時から教会です。
たのしみ、たのしみ!!!

毎年50-70人の子供たちが集まります。
マジ激楽しいです。


でも、今、夜の12時前ですが、雷が鳴っています。
明日の天気を見ても・・・雨。

でも、詳しく見てみると・・・。


3時までは雨でも4時からは晴れ!
はい、信じます。天下のWeather Channelですからね。

ほとんどのプログラムは中ですが、
最後のエッグハントは外でやりたいですからね。

予報通り、明日の午後3時には雨が上がって、その後、晴れますように!

でも寒そう。ちゃんと暖かい格好でお集まり下さい!

2012-03-29

祈る。

今日はNYCに行く日だったので、午前中ちょっと教会のオフィスワークや、英語の教会のかたとの相談などなど。
昼頃にNYに行って、人にお会いして、NYのスモールグループを訪問。

夜11時頃のバスに乗って、教会で残っていた一仕事をして、帰ってきたら、12時を回っていた。

こんな日には、夜遅くまで働いている方々や、あと2時間くらいで起きだして仕事に行かれる教会のメンバーのために祈らないでいられない。

一人一人の日々の歩みの中で、神様に目を向けるひと時が与えられますように。

2012-03-26

ぐっと冷えこんで。

ずっと暖かいと言うか、それを通り過ぎて暑い日も続いていたので、本当に久しぶりの冷え込みです。今は夜の10時ですが、早くも1.7度まで下がってきています。今夜の予想最低気温は、-3度Cくらい。明日の昼間も10度どまり。暖かさに慣れきった体には、ちょっときついかも。でも、晴れるので、日差しはもう春ですからね、というか、昼間の時間の方が夜よりも長いくらいなので、寒くても、気持ちが重くなるようなことはないと思います。


今日は日本では、金星と月と木星がほぼ等間隔できれいに並んだようですが、こちらでは、金星と月が大接近。愛用のアプリSky Walkで見ると、こんなに近くなる。





でも、考えてみれば、月も、惑星も大きく書かれているわけで、実際はかなり離れて見えました。

金星ってホントに明るいですね。まだ日が沈む前、7時5分頃、月のすぐ隣で輝いているのが見えました。一番明るい時で1等星の170倍も明るいそうです。でも、それは地球との距離が本当に近いから。これからどんどん近くなるので、どんどん明るくなっていくようです。

でも、近いと言っても、一番近い時で5000万キロ。時速4キロで歩いていくと5700年くらいかかります。新幹線、ちょっとがんばって時速400キロだしてもらえると57年くらいで着きますから、ちょっと身近な感じがしますが、それが一番近い惑星ですからね、そこを何分とかで着いてしまう光が何億年かかって到達するようなところにある星もあるというのですから、もう理解を超えています。

その宇宙を造った神様が私たちに目を留めていてくださる、とはどういうことなのか、それはもうどうにも理解できません・・・。

さて、今日の聖書。
今日はルカ20:41-21:4。

「彼らは長い衣をまとって歩き回ったり、広場であいさつされることが好きで・・・見えを飾るために長い祈りをします。」20章46−47節。

人目につくことを求めていた人々。
こんな連中のような生き方はしたくない!と、私たちは思います。

・・・でも・・・。
「何もやっていない!」と思われたり、言われたりすると、
また、そう思われているんじゃないかなあ、という恐れを感じると、
「こんなにやっている!」と言いたくなるし、それを見せつけたくなるものです。

ああ、イエスさまは、あの十字架の道の中で、どんなにひどいことを言われても、それを身に受けられたんだなあ、と思います。

本当に本当にどこまでもどこまでも、人前ではなくて、神様の前に真実に歩みたいと思います。

神様、
どうか、あなたの前に歩む者でありますように。
自分がどう思われているか、そこに目を留めさせようとする力から私を守ってください。
自分ではなく、あなたに目を向け、自分ではなく、今、あなたが私に任せてくださっている人々の必要に目を留める者とならせてください。

2012-03-25

礼拝の決意。

今日は先日までよりもぐっと涼しくなって、今は夜の11時過ぎですが、外の気温は9.5度C。今夜は6度くらいまで下がると思います。そして、明日は一日10度以下。久しぶりに寒さを感じるかもしれません。そして、夜はグンと下がって氷点下の冷え込みみたいです。お風邪などお召しになりませんように。

昨日の夜もちょっと書いたのですが、自分の気持ちに正直でありたい、と自分の気持ちの高まりを待って何もしない、というのは、違うんだなあと思います。今日の礼拝の準備をしている中で、イエスもゲッセマネの祈りを通られた、ということに心が動かされました。イエスも、私たちのためにいのちを投げ出す時に、「できればこの杯を取りのけてください」との祈りをささげられた。血の汗を流して祈られた。


私たちが神に従う時に、そういうところを通ることもある。もちろん、喜んで従えることもあるだろう。そっちの方がいいに決まっている。喜んで礼拝できること、喜んで献金できること、喜んで奉仕ができること、そっちの方がいいのは当たり前すぎることだ。


でも、神に従うことに、痛みを伴うこともある。それでも、祈って決意をもって従っていくことも必要なのだ。


礼拝後にはワーシップバンドのミーティング。


礼拝の中でのワーシップリーダーが第一にすべきこと。




「神がここにおられることの宣言」




どう感じるか・・・ではない。
実感があるか・・・ではない。


神の約束だ。


もちろん、神は実感を与えてくださる時もある。
でも、私たちがそれを感じない時にも、神は私たちとともにおられる。


それを宣言することだ。


厳しい状況の中にあって、「神の存在なんかわからない、信じられない」という方がいるならば、なおさら、その中にあって、神の臨在を宣言することだ。


これからも、自分の気分には振り回されないで、決意をもって礼拝を守っていこうと思う。


昨日の「日々のみことば」から。
昨日はルカ20:19-26でした。


「神のものは神に返しなさい」ルカ20:25。

私が神に返すべきものは何か、握りしめているものは何か、しばらく思いめぐらしていました。

教会?
人?
自分の人生?
時?
お金?
からだ?

すべてが神様のものであって、神様の思いのままに、私を用いていただきたいと思わされました。いろんなこだわり、いろんな執着心、そのようなものから自由にしていただきたいと思います。

主よ、
私自身があなたのものです。
あなたの思いのままに用いてください。
私自身の中にある、こだわりとか、自分でここだけは譲れない、と思っているもの、そんなものから、解放してくださいますように。

2012-03-24

愛って?

ああ、何を青いことを・・・って感じですが、
日曜日の準備があるので、今日は一言だけ。

夫婦の話をする時には
「愛は気持ち、感情だけではなくて、決断、意志が大切」と言います。
結婚式で「誓い」をするのは、感情があてにならないからです。
感情としての「愛」は永遠などでは決してないからです。



これは保証します。

(胸張って言うことでもないですが・・・)



だから、「誓い」が必要だし、「決意」が必要だし、「愛する」という具体的な行動が必要なんだと思います。(自分に言い聞かせている・・・)

そして、その決意はやがて、「互いの気持ち」となって返ってきます。

でも、その愛を神様との関係に当てはめると(もうちょっとじっくりと男女の話を読みたい、方々もおられるかもしれませんが、今日は明日の礼拝の準備もあるので短く)、なぜか、急に「決断」よりも、「感情」「実感」が重んじられているのではないかと思います。


「もっと心から信じられるように」「喜んで奉仕したい」「喜んでしない献金なんて」みたいな言われ方をします。私も喜んで主に従っていきたいです。


でも、やはり、そこにも「決断」「意志」の要素が必要なんじゃないかと思ったのです。
「神様のためにこうしたいなあ」という気持ちの高まりを待っていないで、決断をもって神様に従っていく、愛していく。それも大切なんじゃないかと。

ですから、明日、日曜日、一つの決断をもって、意志を持って、「神様を第一としたい」と思います。

ってなことで、おやすみなさい。


2012-03-23

任されたもの。

今日も暖かかったです。26度くらいまで行きました。
でも、この暖かさも今日まで。
明日からはぐっと涼しくなります。
バックドア・コールド・フロントと言いますが、
無理矢理訳すと「裏口寒冷前線」がボストン方面から降りてきます。


明日は多分15度どまり。
火曜日くらいまでずっと涼しめだそうです。
もしかしたら、そのまましばらく。


さて、今朝の聖書。
今朝はルカによる福音書20:9-18。


「ある人がぶどう園を造り、それを農夫たちに貸して、長い旅に出た。」9節。

これはイエスのたとえ話の最初の一節。
この「ある人」は、神様をさしていて、
農夫たちは私たち。(ここでは直接は当時の宗教指導者のことを指していたわけだけど)

このたとえ話の中での問題の始まりは、この農夫たちが、任せられた農園で自分勝手を始めたこと。収穫を受け取りにいった僕も、問題の解決のために派遣された人たちもひどい目にあってきた。そして、最後には息子さえ。

私たちは神様からいろんなものを任されている。
財産、お金、時間、才能・・・。

でも、それはあくまでも任されているもの。

それを忘れないこと。
わたしのものはすべて神様のもの。
だから、必要なものはすべて与えられるし、
それは主のために用いるのだ。

そのためには、もっともっと神様の思いを知ること。
神様の思いが、自然とわたしの思いになっていくこと。
そんな歩みをさせていただきたい。

かみさま、
あなたに任されたものを、あなたの喜ばれるような使い方をすることができますように。
どうかあなたの思いをもっともっとわたしに教えてください。

2012-03-22

私の家は祈りの家。

今日は本当に暑いくらいでした。
30度までは行きませんでしたが、27度くらい。


この暖かさで、アスパラは例年よりも1ヶ月近く早く芽を出しています。





このままだと3月中の初収穫となりそうですが、
さてどうなることか。
すべてはあさってからの冷え込みがどれくらいなのか、
そして、その後は暖かくなるのか、にかかっています。

今朝気がついたこと。
自分は妻を本当に信頼している。いや、いろいろ得手不得手の分野があることは知っている。だから、任せられないこともある。それゆえに「信頼している人にそんな言い方する?」と思われるようなきついことも言ったりする。でも、人間として、女性として、本当に信頼している。でも、そのとき、ちょっと、自分がこの人を信頼しようとする「勇気」が偉いかのように思っていないだろうか?ってことに気がついた。

でも、それはそんなんじゃなくて、神様が信頼できる人を与えてくださったことに感謝すべきなんじゃないかと。

そんなことを思っていたら、夫婦関係だけじゃなくて、自分は多くの信頼できる人たちに囲まれて生きてきたんだなあと思わされた。そして、自分を信頼してくれる愛と勇気のある人たちに支えられてきたんだと。

自分の未熟さを恥じるとともに、神様の恵みに感謝した。

さて、今朝の聖書。
今日はマタイによる福音書19:45-20:8

「わたしの家は祈りの家でなければならない」19章46節。

イエスは神殿で商売をしている人たちを追い出して、
私の父は「私の家は祈りの家だ」と言っておられる、と言われた。

今、主は教会を見て、そのように言われるだろうか?
私の生活を見てそのように言われるだろうか?

でも、そうやって自分の姿に落ち込むことよりも、神様が今も、祈りを待っておられること、私たちの祈りを楽しみに待っておられることに目を向けよう。

神様、
あなたが、私のことを、私があなたに祈ることを、楽しみに待っておられることを感謝します。あなたと共に歩む喜びの中に歩ませてください。

2012-03-21

主がお入り用なのです。

さっき、ちょっとNYCに行って来たのですが、
かなーり霧が出ていましたね。
ウチの近辺は、全然大丈夫ですから、
やはり海からの霧なんでしょうか。
ラジオではあちらこちらで霧が深くなってきていることを言っていました。


そんなことで、明日はまた暖かく暑くなりそうです。


予想最高気温26度。
ウチの温度計、30度まで行くかも。


そんな陽気に誘われて、ウチのほったらかし畑も、
ちょこちょこいろんなものが生えてきています。





今年の初収穫はニラ。
本当に柔らかい新芽。
早速、今日のメニューはギョウザに。

ゲストを含めて女子4人で、楽しく包んでいました。

これだけ春が早いと、今年は何を作ろうか、とちょっとやる気になってきます。

まあ、すぐに花粉でダウンすると思うけど・・・。

さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書19:28-44。

「なぜ、このろばの子をほどくのか」「主がお入用なのです」33-34節。

周りの人々から見たら、まだ誰も載せることはできないようなロバの子。
そのロバの子を連れてきなさい、とイエスは言われた。

周りの人が「なぜ」と聞いたら、「主がお入り用なのです」と答えなさい、と弟子達に命じたという。

そして、そのロバの子が用いられた。

これは、私たちにも当てはまることだと思った。
私たちは勝手に自分の判断で、「まだ早い」「あの人には無理」と思うことがある。
でも、神様が用いようとするならば、用いられるのだ。
神様が必要とされるならば、そこで用いられるのが一番すばらしい。

そして、得てして、神様のしようとしていることを、
周りの人間がとどめてしまっているのだ。

だからもっともっと、神様を信頼して、
多くの人々に、神様のために奉仕をしていただきたいと思う。
もっともっと積極的に奉仕をしていただきたいと思わされた。
自分がそれを留めてはいけないのだと思わされた。

主よ、
あなたが用いようとしている方の働きを、
私が止めることがありませんように。
あなたを信頼して、多くの人々があなたに用いられるのを見ていくことができますように。

2012-03-20

神の喜び。

ここ数日、もやっています。
1月までは朝6時前に教会に行っていたので、
こういう朝は運転もコワかったのですが、
最近は自宅で祈るようにしているので、
気がついたら、もう晴れていることも多いです。


でも、今朝は結構長い間もやっていましたね。


今から25年くらい前ですが、7月の初めから8月の終わりまで、
2ヶ月間、北海道の士別で過ごしました。


聖書学院の1年生の夏の実習でした。


7月に行った時には、まだストーブがいるくらいの寒さ。
でも、8月の1週目、1週間だけ暑くなりました。
ホントに一週間だけ。


その時に皆さんが言っていたことがとても印象に残っています。
「こういう、朝にもやっている日は、暑くなるんだよね」と。
東京では、もやっていようがいまいが、夏は毎日暑くなりますから、そんな感覚なかったです。ですから「そんなもんかなあ」と思って聞いていました。でも、ホントに暑くなるんですよね。


NJはそれに近いものがあります。
朝もやっている・・・それは空気はある程度の湿度を持っているけど、天気がよいので、放射冷却で気温が下がった、でも、湿度が高いので、それほど下がらないでもやっとする。そして、昼間、天気がいいのでぐっと気温が上がって蒸し暑くなる・・・というメカニズムかな、と思います。


今日も、そんな一日でした。


明日、また25度くらいまで上がって、暖かい日となりそうです。


さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書19章11−27節。


「あなたは計算の細かい、きびしい方ですから・・・」21節。

イエスのたとえ話。

10人の僕に1ミナずつ預けて、旅に出た主人、帰って来て、僕達がどのようにそれを活用したか、清算をした。

ある人は10ミナのもうけをあげ、ある人は5ミナのもうけを上げる中で、一人の人がやって来た。「私はあなたがきびしい方だと知っていたので、コワくて、お預かりした一ミナ、地面に埋めておきました。これがあなたの一ミナです、ご確認下さい」と。

この人の決定的な問題は、主人のことをこのような人だと思っていたことだ。本当は僕達と一緒に喜びたい、わたしたちに対して気前のよい方なのに、「計算の細かい、きびしい方」だと思い込んでいたことだ。

でも、自分は人のことを笑えない者だと思わされた。
神様はきびしいんじゃないか、けちなんじゃないか、簡単に必要な者を与えないんじゃないか、そんな風にいつの間にか思っている。我慢しなければいけないこと、そんなに簡単には物事が進まないこと、そんなことを神様は与えられるのだと思っている。

いや、頭ではわかっているのだと思う。神様は豊かな方で、わたしたちの必要をいつも豊かに満たしてくださると。でも、現実、自分はちまちまと計算をして生活している。

だから、今日は「違うんだよ」とストレートに言われたように思った。

「もっと私を信頼しなよ」と。

いろんな奉仕もそうだと思う。守りの姿勢、失敗をしないように、よりも、神様はチャレンジを喜んでくださる。問題が起こらないようにと一生懸命ガードを固めるのは、ちょうど、宝物を土の中に埋めるようなものだ。失敗してもいいから、大胆に歩む、主を信頼して、そのように歩ませていただきたい。

主よ、
あなたの大きさを信頼させてください。
あなたの豊かさ、あなたの気前のよさを信頼します。
大胆に歩む者でありますように。


明日も失敗を恐れないで大胆に歩む一日でありますように。


あなたに頂く「時間」という一ミナを、「一日」という一ミナを土の中に埋めてしまうことがありませんように。



2012-03-19

日々の祈り。


ちょっと、お休みが続いていましたが、
考えるところがあって、また無理はしたくないのですが、
毎日アップしていこうと思います。
特に「日々のみことば」から。

一人でも、忙しい日々の中で、励まされたり、
聖書の言葉によって、はっとさせられたり、
ずれていた焦点が、神様にあわせることができたり、
そんなことがあることを祈って、
私自身が聖書から思わされたことを、
日々、更新していこうと思います。

あ、お天気とか、日々の様々なことも。

で、早速お天気ネタですが、NJは、ホントに今年は暖かい冬でした。
アメリカでは、春分の日が春がスタートする日。
今夜までは冬で、明日からは公式に春なんですが、今日も20度を超えて、レンギョウを始め、いろんな花が咲き始めています。写真のクロッカス、ほったらかしなので、今年はまた去年よりぐっと花が減りましたが、(ちなみにこれが4年前。)咲いたのは、もう2週間くらい前、3月の初め頃だと思います。今はすっかり花は終わってしまいました。

そして、明日からも毎日20度以上、そして、木曜日は30度近くまで行きそうです。あり得ませんねえ。まだ3月なのに。でも、来週は・・・現実に戻るかも、です。(笑)

さて、今日の聖書。
今日はルカ19:1-10でした。

「人の子は、失われた者を捜して救うために来たのです。」10節。

イエスさまが、みんなに嫌われていたザアカイのところに「泊まることにしているから」と客になって、彼を導いたところ。

本当にこのイエスの情熱はすごいなあと思わされた。
私に対してもこの情熱を持っておられるんだなあと。
ただ、救われるだけではなくて、私が整えられるために。
キリストのかたちが私のうちに形作られるために、イエスは今も情熱を持っていてくださる。教会が教会として建て上げられるために、イエスは今も情熱を持っておられる。

私も同じ情熱を与えていただきたいと思わされました。


・・・というか、最近ずっと思わされています。
自分の愛のなさを見せつけられ、
イエスの持っておられた情熱を、私にも与えてください、と祈らされます。

主よ、
私に対して持っておられるあなたの熱い思いに感謝します。
どうか、私にも、そのあなたの情熱を与えてください。
熱い思いを持って、出て行くことができますように。