何度したことだろうか?この宣言。
でも、片付いているのはせいぜい3日だよね。
というか、「思いついたように」片付けるヤツは、
つまり片付けのできないヤツなんだ。
この10日間ほどの間に、4組9人の方々にお泊りいただいたのだが、
そのお泊りいただく部屋は、私の勉強スペースを通らないと行けない。
JOYJOYキャンプが終わってから(・・・もう1ヶ月!)、
なかなかかたづけることができない。
だから、お客さまに「バレバレ」なんですよね。
「片付けられない男・かきごおり」の評判は全地にあまねく響きわたっている、です。
そんなところに、こんな記事が・・・。
片付けられない人は・・・。
・他人の話をあまり聞かない
・自分の損得を考えて行動する
・時間にルーズ
・決断ができない
・持ち物の管理ができない
なんていろいろ出てくるけど、
いやあ、当たっているからねえ。
「思い切りがよい」と、きれいになるでしょうかね。
何事も「あとで・・・」と思うからいけない・・・のかな。
でも、「今日できることは明日にしない」という生き方よりも、
「明日でいいことは、無理に今日しない」という、力を抜いた生き方の方が、
個人的には好きなんですが・・・。
今日はこの記事を読んで、「よし、片付けるぞ」と思ったのですが、
「ま、明日からかな・・・」と、落ち着くべきところに落ち着いています。
今朝、起きたら、あたりは霧で包まれていました。
教会に行くのに、ちょっとスピードを出したら、コワイくらい。
でも、なんと教会についたら、スカッと晴れています。
途中、ホンの数百メートルでがらっと視界が変わるところもありました。
オモシロイですねえ。天気は本当に不思議。
昨日の「日々のみことば」から。
第1列王記5:1−18。
「ヒラムはダビデといつも友情を保っていたからである」1節。
ソロモンが神殿を建てるために、大きな助けとなったヒラムは、
ダビデの存在ゆえに、ソロモンに助けを申し出た。
ダビデが準備して、ソロモンは神殿を建てることができたのだ。
次の世代への投資。
それによって、今の私たちは生かされている。
先輩たちが投資をしたら、今の自分が生かされていて、
自分は恩恵にあずかっている。
自分も次の世代のために、どんな投資ができるだろうか。
ダビデが自分が生きている間に、その投資の実である神殿を見ることができなかったように、
私たちは自分の投資の結果を見ることができないかもしれない。
でも、たとえ、自分でその結果を見ることができなかったとしても、
勇気と信仰を持って、投資をしていこうと思う。
意味のある投資をしていきたいと思う。
主よ、
私も意味のある投資をしたい。
人生自体をあなたのために、次の世代のために、投資をしたい。
自分がその実を見ることができなくても、
誰もそのために自分が投資したことに気がつかなくても、
あなたが導かれるような投資をしたい。
人生全体をあなたのために投資させてください。
2010-09-14
2010-09-13
友と同労者と先輩と。
もうすっかり秋ですね。
「もう夏は終わってしまったんですか?」なんて
寂しそうに言う方もおられますが、
今年の夏は十分暑かったです。
日本ほどじゃないですが、
かなり暑かったです。
で、もう秋です。
30度を超える日は来年の5月くらいまではもうないのでは・・・と思います。
明日は、晴れ。
明日の夜はぐっと冷えますから、
お風邪などお召しになりませんように。
先週末は、シカゴから、
はちこさんとぼぼるさんと2人のお子さんたちがおいでになりました。
前回、2年前はあちらは4人の子供たち、こっちも3人の子供たち+KO-NY高校に行っていた男の子で8人の子供たちで、8人の子供たちと4人の大人でそれぞれ盛り上がったのですが、今回は、互いに2人ずつ。時の流れを感じないではいられませんでした。
でも、大人は、面と向かってゆっくりお話をするのは2回目、とは思えないほど、語り合いい、祈り合い、幸いな時を過ごすことができました。本当に良き友が与えられたと感謝。
そんな一時を過ごしていると、同労者親友のK先生から電話。
「鹿にぶつかってしまった!」
え〜!?
ですよね。
ご存じの方も多いかと思いますが、(かな?)
ぼぼるさんはこの2年余りで2回も鹿との衝突を経験されていて、
今回も祈りながらの運転です。
1回目。
2回目。
うーん、こうやって改めて写真を拝見してみると、2回目は、ほんと、すごかったんですね。
話は戻って、K先生の鹿との衝突。
立派な角をした大きな鹿で、
角がヘッドライトに突き刺さって、
体が助手席側のドアにぶつかってきたそうです。
そして、助手席のドアは開かなくなって・・・と、
本当に動揺されているようでした。
一言祈って電話を切ったのですが、
その経験で、先生は目がさめるような気持ちになったそうです。
暗い中、気がつかないで走っていて、
突然どかっとぶつかって気がつく、
私たちの心の状態もそういう時があるのではないかと。
この経験はwake up callだったそうです。
そして、神の前に引き出されて守った礼拝は、
先生ご自身にとっても、
礼拝に出られた方々にとっても、
本当に素晴らしい礼拝になったそうです。
そんな話を、今日の牧師会のあと、分かち合ってくださって、
共に祈る時を持たせていただきました。
私自身も神様の前に引き出されるような気持ちでした。
こんな素晴らしい同労者を与えられていることに本当に感謝。
ちなみに、今日、牧師会にその車に乗ってこられたので、ご紹介。
うーん、はちこさんとぼぼるさんの車の写真を見たあとだと、
「え、これだけ?」って感じもしますが、
ものすごい衝撃だったそうです。
今頃、ちょうど、はちこ&ぼぼるご一家はシカゴまでの道をひた走っている最中でしょう。
無事に戻られることを祈りつつ。
そして、夜はNYでのVIP-NYの集会。
こちらでメッセージをされたのは元気なL先生。
この先生のパワーにはいつも励まされ、圧倒されています。
牧師としては私の方が長いのかもしれませんが、
人生の先輩で、またいろいろな経験をしてこられた先輩です。
「解放されることの大切さ」をお話してくださいました。
一つまた祈りの課題を示されています。
主が多くの方々を私の周りに置き、
私を恵もうとされていることに、喜びが与えられます。
長くなりました。
最近の「日々のみことば」から。
先週の金曜日は第1列王記3:16−28を読みました。
ソロモン王の知恵を紹介するエピソードです。
一人の子供を、「自分の子だ」と主張してやまない二人の女性に対して、
ソロモンは言います。「その子を切って二つに分けなさい」と。
その時のそのうちの一人の女性の様子を表す言葉です。
「すると、生きている子の母親は、自分の子を哀れに思って胸が熱くなり、王に申し立てて言った。『わが君。どうか、その生きている子をあの女にあげてください。決してその子を殺さないでください』」26節。
この聖書のポイントはソロモンの知恵ですから、
そのポイントとは外れるのですが、
この愛の母親の姿に、
私は本当にこのような愛で人々を愛しているだろうかと、
そのことを探られたのです。
教会を愛し、教会の人々を愛し、
その他、出会う一人ひとりをこの母親の胸が焦げるような愛で、
愛しているだろうか?
何か本人の祝福にならないことがあっても、「まあ、しょうがない」と思ったりしていないだろうか?
本当にその人が永遠の命をいただくために胸を焦がしているだろうか?
がっかりしたり、傷ついたりするのが怖くて、嫌で、
最初から諦めたり、対面するところから逃げていることはないだろうか?
愛することを教えていただきたい。
愛することを経験させてもらいたい。
主よ、
愛することを教えてください。
あなたが与えてくださった、周りの方々を、
愛することを教えてください。
逃げないで、愛することができますように。
「もう夏は終わってしまったんですか?」なんて
寂しそうに言う方もおられますが、
今年の夏は十分暑かったです。
日本ほどじゃないですが、
かなり暑かったです。
で、もう秋です。
30度を超える日は来年の5月くらいまではもうないのでは・・・と思います。
明日は、晴れ。
明日の夜はぐっと冷えますから、
お風邪などお召しになりませんように。
先週末は、シカゴから、
はちこさんとぼぼるさんと2人のお子さんたちがおいでになりました。
前回、2年前はあちらは4人の子供たち、こっちも3人の子供たち+KO-NY高校に行っていた男の子で8人の子供たちで、8人の子供たちと4人の大人でそれぞれ盛り上がったのですが、今回は、互いに2人ずつ。時の流れを感じないではいられませんでした。
でも、大人は、面と向かってゆっくりお話をするのは2回目、とは思えないほど、語り合いい、祈り合い、幸いな時を過ごすことができました。本当に良き友が与えられたと感謝。
そんな一時を過ごしていると、同労者親友のK先生から電話。
「鹿にぶつかってしまった!」
え〜!?
ですよね。
ご存じの方も多いかと思いますが、(かな?)
ぼぼるさんはこの2年余りで2回も鹿との衝突を経験されていて、
今回も祈りながらの運転です。
1回目。
2回目。
うーん、こうやって改めて写真を拝見してみると、2回目は、ほんと、すごかったんですね。
話は戻って、K先生の鹿との衝突。
立派な角をした大きな鹿で、
角がヘッドライトに突き刺さって、
体が助手席側のドアにぶつかってきたそうです。
そして、助手席のドアは開かなくなって・・・と、
本当に動揺されているようでした。
一言祈って電話を切ったのですが、
その経験で、先生は目がさめるような気持ちになったそうです。
暗い中、気がつかないで走っていて、
突然どかっとぶつかって気がつく、
私たちの心の状態もそういう時があるのではないかと。
この経験はwake up callだったそうです。
そして、神の前に引き出されて守った礼拝は、
先生ご自身にとっても、
礼拝に出られた方々にとっても、
本当に素晴らしい礼拝になったそうです。
そんな話を、今日の牧師会のあと、分かち合ってくださって、
共に祈る時を持たせていただきました。
私自身も神様の前に引き出されるような気持ちでした。
こんな素晴らしい同労者を与えられていることに本当に感謝。
ちなみに、今日、牧師会にその車に乗ってこられたので、ご紹介。
うーん、はちこさんとぼぼるさんの車の写真を見たあとだと、
「え、これだけ?」って感じもしますが、
ものすごい衝撃だったそうです。
今頃、ちょうど、はちこ&ぼぼるご一家はシカゴまでの道をひた走っている最中でしょう。
無事に戻られることを祈りつつ。
そして、夜はNYでのVIP-NYの集会。
こちらでメッセージをされたのは元気なL先生。
この先生のパワーにはいつも励まされ、圧倒されています。
牧師としては私の方が長いのかもしれませんが、
人生の先輩で、またいろいろな経験をしてこられた先輩です。
「解放されることの大切さ」をお話してくださいました。
一つまた祈りの課題を示されています。
主が多くの方々を私の周りに置き、
私を恵もうとされていることに、喜びが与えられます。
長くなりました。
最近の「日々のみことば」から。
先週の金曜日は第1列王記3:16−28を読みました。
ソロモン王の知恵を紹介するエピソードです。
一人の子供を、「自分の子だ」と主張してやまない二人の女性に対して、
ソロモンは言います。「その子を切って二つに分けなさい」と。
その時のそのうちの一人の女性の様子を表す言葉です。
「すると、生きている子の母親は、自分の子を哀れに思って胸が熱くなり、王に申し立てて言った。『わが君。どうか、その生きている子をあの女にあげてください。決してその子を殺さないでください』」26節。
この聖書のポイントはソロモンの知恵ですから、
そのポイントとは外れるのですが、
この愛の母親の姿に、
私は本当にこのような愛で人々を愛しているだろうかと、
そのことを探られたのです。
教会を愛し、教会の人々を愛し、
その他、出会う一人ひとりをこの母親の胸が焦げるような愛で、
愛しているだろうか?
何か本人の祝福にならないことがあっても、「まあ、しょうがない」と思ったりしていないだろうか?
本当にその人が永遠の命をいただくために胸を焦がしているだろうか?
がっかりしたり、傷ついたりするのが怖くて、嫌で、
最初から諦めたり、対面するところから逃げていることはないだろうか?
愛することを教えていただきたい。
愛することを経験させてもらいたい。
主よ、
愛することを教えてください。
あなたが与えてくださった、周りの方々を、
愛することを教えてください。
逃げないで、愛することができますように。
2010-09-12
仲間が与えられていること。
今朝は、雲が広がって、朝焼けの綺麗な朝でした。
でも、朝焼けの綺麗な朝は雨の日につながっていることが多いです。
今日も雨が降ってきました。
それほどひどい雨ではなかったのですが、
運動会が中止になって子供たちもいたみたいです。
今日の礼拝で読んだのは使徒行伝の18章。
コリントでのパウロの伝道の様子です。
彼に与えられたアクラとプリスキラ。
彼らの姿を見ながら、
自分にも多くの同労者が与えられてきたことを、
心から感謝しました。
人を頼りにしてはいけない、
主だけを頼りにしていこう、
そのように思いますが、
主が与えてくださっている仲間のゆえに、
心から、主に感謝します。
私たち夫婦にも与えられているアクラとプリスキラのみなさんのゆえに感謝します。
さて、先週の後半の「日々のみことば」から。
第1列王記3章。
神様がソロモンに知恵を与えられた箇所です。
それはソロモンがそれを求めたからです。
それがこのことがです。
「善悪を判断してあなたの民をさばくために聞き分ける心をしもべに与えてください。」9節。
「聞き分ける心」という言葉が心に留まりました。
ただの知恵ではなくて、「聞き分ける心」。
まず聞くことから始まるんですよね。
そして、それを正しく判断する。
それは私も主に頂きたいと思います。
主に与えていただきたいと思います。
主よ、
ソロモンに知恵を与えられたあなたが、
今日も、私にも必要な知恵を与えてくださることに感謝します。
どうか、私にも人の話を聞いて、
それを正しく判断する力を与えてください。
でも、朝焼けの綺麗な朝は雨の日につながっていることが多いです。
今日も雨が降ってきました。
それほどひどい雨ではなかったのですが、
運動会が中止になって子供たちもいたみたいです。
今日の礼拝で読んだのは使徒行伝の18章。
コリントでのパウロの伝道の様子です。
彼に与えられたアクラとプリスキラ。
彼らの姿を見ながら、
自分にも多くの同労者が与えられてきたことを、
心から感謝しました。
人を頼りにしてはいけない、
主だけを頼りにしていこう、
そのように思いますが、
主が与えてくださっている仲間のゆえに、
心から、主に感謝します。
私たち夫婦にも与えられているアクラとプリスキラのみなさんのゆえに感謝します。
さて、先週の後半の「日々のみことば」から。
第1列王記3章。
神様がソロモンに知恵を与えられた箇所です。
それはソロモンがそれを求めたからです。
それがこのことがです。
「善悪を判断してあなたの民をさばくために聞き分ける心をしもべに与えてください。」9節。
「聞き分ける心」という言葉が心に留まりました。
ただの知恵ではなくて、「聞き分ける心」。
まず聞くことから始まるんですよね。
そして、それを正しく判断する。
それは私も主に頂きたいと思います。
主に与えていただきたいと思います。
主よ、
ソロモンに知恵を与えられたあなたが、
今日も、私にも必要な知恵を与えてくださることに感謝します。
どうか、私にも人の話を聞いて、
それを正しく判断する力を与えてください。
2010-09-11
共に。
青空がとても悲しい日です。
仕事に行ったまま帰ってこなかった方々がたくさんおられました。
それが自分であってもちっともおかしくないことを実感していました。
そして、その中のお一人の家族に寄り添いながら、
教会が「何かが起こってから手を差し伸べる」のではなくて、
日常の中で、共に歩むことの大切さを思わされた日々を思い出します。
痛みの中を通って行ったたくさんの家族の中で、
日本語教会とつながりのあった家族がほんの一握りであったことに、
申し訳ない思いになっていました。
それから9年。
自分は今、その思いをどのように行動に移してきただろうか。
私たちとどこまでも共に行ってくださる主の恵みを知った者として、
人々と共に歩ませてください、そのように祈らされました。
今も、痛みの中を通っている方々に、主の慰めを祈ります。
2010-09-10
少しずつ。
今、庭には、ニラの花が満開です。蜂がせっせと飛び回っています。涼しくなり始めると、あっという間ですから、彼らも必死ですね。
今日は涼しい一日でした。
今、夕方の6時ですが、20度です。
半袖半ズボンではちょっと肌寒い・・・。

ちょっと、更新をお休みしておりましたが、
少しずつ、少しずつ、リカバリーモードです。
幸いなファミリーキャンプだったのですが、
子供集会をずっとやるのは、さすがに体力的にはきつく、
メインの集会にでられなかったことも、
微妙に心に不安定さを与えていたようです。
(子供集会が「裏番組」的な位置というのも、ちょっと難しいです。2年前の合同ファミリーキャンプで、そう感じて、去年から子供の集会のことだけを考えればいい「子どもキャンプ」を始めることになったことを思い出しました。)
今日の午後、1回の集会のメッセージを聞くことができました。
本当に心に届くメッセージでした。
神様に従って、歩んでいきたいと思いました。
「ああ、みなさんは、こういう一時を持っていたんだ・・・」と知って、元気が出てきました。よかったな、と。
だから、子供集会の奉仕者のためには、並行して持たれていた集会のメッセージをあとでCDやビデオで見せていただくこともそうですが、みなさんがどんなことを感じられたか、教えられたか、それを分かち合っていただくことが、深いところでの励ましなんじゃないかな、と思いました。
でも、前後のゲストの皆さんとの時間は楽しかったです。
今回は、キャンプ前はメインスピーカーご夫妻、キャンプ後は音楽ゲストの方々、そして、昨日は通訳をして下さった方がお泊り下さって、エキサイティングな日々を送ってきました。
明日はまた友人が来られるので楽しみにしています。
さて、ここ数日の「日々のみことば」から味わっていること。
「こうして、王国はソロモンによって確立した。」第1列王記2:46。
2章はずっと、ソロモン王の権力の確立について、そのために一つ一つの問題が整理されていく様子が書かれています。意地悪な見方をすると、反対勢力の一掃のようなところもあるわけですが、私たちの心の中に、神の支配が確立されていくことのたとえとしてみることができると思いました。
私たちの心の王座にイエス・キリストに入っていただいたあとも、私たちの心のなかにはいろいろな問題がある。それが一つ一つ整理され、取り除かれていく中で、主の支配が確立されていくのだと思います。
それをいい加減にしないで、一つ一つ主のもとに持っていく、そのことは大切だと思います。先日、聞いていたメッセージでは、「小さなマムシを心の中に放っておくな」と言われていました。
心のなか、すべてを主の前に差し出すことができますように。
主よ、
私の心のなかをご覧ください。
あなたの支配が、その隅々まで及びますように。
小さなマムシをほうっておくことがありませんように。
今日は涼しい一日でした。
今、夕方の6時ですが、20度です。
半袖半ズボンではちょっと肌寒い・・・。

ちょっと、更新をお休みしておりましたが、
少しずつ、少しずつ、リカバリーモードです。
幸いなファミリーキャンプだったのですが、
子供集会をずっとやるのは、さすがに体力的にはきつく、
メインの集会にでられなかったことも、
微妙に心に不安定さを与えていたようです。
(子供集会が「裏番組」的な位置というのも、ちょっと難しいです。2年前の合同ファミリーキャンプで、そう感じて、去年から子供の集会のことだけを考えればいい「子どもキャンプ」を始めることになったことを思い出しました。)
今日の午後、1回の集会のメッセージを聞くことができました。
本当に心に届くメッセージでした。
神様に従って、歩んでいきたいと思いました。
「ああ、みなさんは、こういう一時を持っていたんだ・・・」と知って、元気が出てきました。よかったな、と。
だから、子供集会の奉仕者のためには、並行して持たれていた集会のメッセージをあとでCDやビデオで見せていただくこともそうですが、みなさんがどんなことを感じられたか、教えられたか、それを分かち合っていただくことが、深いところでの励ましなんじゃないかな、と思いました。
でも、前後のゲストの皆さんとの時間は楽しかったです。
今回は、キャンプ前はメインスピーカーご夫妻、キャンプ後は音楽ゲストの方々、そして、昨日は通訳をして下さった方がお泊り下さって、エキサイティングな日々を送ってきました。
明日はまた友人が来られるので楽しみにしています。
さて、ここ数日の「日々のみことば」から味わっていること。
「こうして、王国はソロモンによって確立した。」第1列王記2:46。
2章はずっと、ソロモン王の権力の確立について、そのために一つ一つの問題が整理されていく様子が書かれています。意地悪な見方をすると、反対勢力の一掃のようなところもあるわけですが、私たちの心の中に、神の支配が確立されていくことのたとえとしてみることができると思いました。
私たちの心の王座にイエス・キリストに入っていただいたあとも、私たちの心のなかにはいろいろな問題がある。それが一つ一つ整理され、取り除かれていく中で、主の支配が確立されていくのだと思います。
それをいい加減にしないで、一つ一つ主のもとに持っていく、そのことは大切だと思います。先日、聞いていたメッセージでは、「小さなマムシを心の中に放っておくな」と言われていました。
心のなか、すべてを主の前に差し出すことができますように。
主よ、
私の心のなかをご覧ください。
あなたの支配が、その隅々まで及びますように。
小さなマムシをほうっておくことがありませんように。
2010-09-06
感謝、感謝の、3日間。
土曜日から2泊3日で、ファミリーキャンプに行って来ました。キャンプという名前がもう使えないなあ、と思う様な、立派な施設で、幸いな3日間でした。私は子供集会担当で、メインの集会には参加できなかったのですが、参加することのできた、岩渕まことさんと由美子さんのコンサートは、本当にすばらしかったです。
お二人は、今夜うちにお泊りいただいています。爆笑の渦の一時を持たせていただきました。腹の底から笑ったって感じ。そして、お二人は明日の10時に、教会でコンサートをしてくださいます。夜の7時からはNYで。お近くのみなさん、ぜひおいでください。
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お二人は、今夜うちにお泊りいただいています。爆笑の渦の一時を持たせていただきました。腹の底から笑ったって感じ。そして、お二人は明日の10時に、教会でコンサートをしてくださいます。夜の7時からはNYで。お近くのみなさん、ぜひおいでください。
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2010-09-03
存在を喜ばれる主。
今日も暑かったです。
気温以上に湿度の高さがしんどかったですね。
ハリケーンの影響は全くなく、晴れていた空が曇ってきたなあ、という程度。
夜11時になってもまだまだ湿度が高く、
蒸し暑く感じます。外の気温は23.9度。
でも、この後、寒冷前線が通過して、
明日からはカラッと晴れそうです。
そして、明日からは北東部、ワシントンからボストンまでの日本語教会が集まって、2年に一度持たれる合同ファミリーキャンプ。私は今年も子供集会を担当することになりました。半分くらい・・・と思っていたのですが、あまりの子供たちの数の多さに、フル回転の予定。おはなしは2回なのですが、それについて準備をしています。
明日の夜は「神様にとってあなたの存在がたいせつ」というテーマ。
その準備をしながら、ほんとうに自分は本気でそれを信じているだろうか、そのように生きているだろうかと思わされています。言葉だけじゃなくて、本当にそこに生きているだろうかと思わされます。
やっぱり成果が問われるこの世界。
才能や能力、決断力や実行力、そんなもので計られる世界。
そこで、本当に一人ひとりをその人の能力や才能とかではなく、
なにかをやったという実績とかではなく、
その人の存在自体を受け入れているだろうかと。
随分前に、「誕生日は、その人の存在を神様の前に感謝して、人々の中で喜ぶ日。」ということを学んで、本当にそうだなあと思わされて、それを実行しているつもりなのですが、それが形だけになっていないだろうか、本当に心からその人の存在を喜んでいるだろうか?と問われているように思います。でも、本当は、それができるのは神様だけなのかもしれない。神様だけが、本当の意味で、その人の存在自体を喜びとされているのかもしれない。
どうやってそれを伝えよう?
まず、自分自身がそこに生かされることだな。
自分が主にそのまま、存在自体愛されていることに目を留めることだな。
主の愛の中にどっぷり浸かることだな。
どっぷ〜。
さあ早く休もう。
さて、また何日かぶりの「日々のみことば」。
9月になってから、「列王記第1」を読んでいます。
1−4日、4日間かけて、1章を読みます。
今日までで1−39節。
「 一方、ハギテの子アドニヤは、『私が王になろう』と言って、野心をいだき・・・」5節。
アドニヤの傲慢さ。
アドニヤは野心を抱き自分の力で立とうと思った。
ソロモンはただ、王ダビデの命を待った。
13年前、まだ30代前半だった自分が、
この教会の牧師になったときに、
それまで50代、60代の牧師が続いている中で、
「彼は野心があるのでは?」と思われた方々がおられた。
その時には、やたら腹が立ったのだが、
今思い出してみて、
本当のところ、どうだったんだろうかと思わされる。
自分では本当に純粋な思いで主に仕えているつもりなんだけれども、
そこに「野心」が入り込む危険はないのだろうかと。
また、「自分がやらなければ・・・」みたいな、メシヤコンプレックスの入り込む余地はないのだろうかと。
いや、そういうことの全くない者なんかいないのかもしれない。
本当に主のもとにへりくだり、主の導きを求めていく、
ぎりぎりのところまで、主を信頼して、求めていく。
自分が傲慢になりやすい者であることを認めながら、
野心が忍びこんできやすいのだ、ということを認めながら、主の導きを求めていく、そのような歩みをさせていただきたいです。
主よ、
どうか、あなたの前に歩ませてください。
あなたの前に真実に歩ませてください。
他のものが入って来やすいです。
ただ、ただ、あなたのみ思いに心を向けることができますように。
気温以上に湿度の高さがしんどかったですね。
ハリケーンの影響は全くなく、晴れていた空が曇ってきたなあ、という程度。
夜11時になってもまだまだ湿度が高く、
蒸し暑く感じます。外の気温は23.9度。
でも、この後、寒冷前線が通過して、
明日からはカラッと晴れそうです。
そして、明日からは北東部、ワシントンからボストンまでの日本語教会が集まって、2年に一度持たれる合同ファミリーキャンプ。私は今年も子供集会を担当することになりました。半分くらい・・・と思っていたのですが、あまりの子供たちの数の多さに、フル回転の予定。おはなしは2回なのですが、それについて準備をしています。
明日の夜は「神様にとってあなたの存在がたいせつ」というテーマ。
その準備をしながら、ほんとうに自分は本気でそれを信じているだろうか、そのように生きているだろうかと思わされています。言葉だけじゃなくて、本当にそこに生きているだろうかと思わされます。
やっぱり成果が問われるこの世界。
才能や能力、決断力や実行力、そんなもので計られる世界。
そこで、本当に一人ひとりをその人の能力や才能とかではなく、
なにかをやったという実績とかではなく、
その人の存在自体を受け入れているだろうかと。
随分前に、「誕生日は、その人の存在を神様の前に感謝して、人々の中で喜ぶ日。」ということを学んで、本当にそうだなあと思わされて、それを実行しているつもりなのですが、それが形だけになっていないだろうか、本当に心からその人の存在を喜んでいるだろうか?と問われているように思います。でも、本当は、それができるのは神様だけなのかもしれない。神様だけが、本当の意味で、その人の存在自体を喜びとされているのかもしれない。
どうやってそれを伝えよう?
まず、自分自身がそこに生かされることだな。
自分が主にそのまま、存在自体愛されていることに目を留めることだな。
主の愛の中にどっぷり浸かることだな。
どっぷ〜。
さあ早く休もう。
さて、また何日かぶりの「日々のみことば」。
9月になってから、「列王記第1」を読んでいます。
1−4日、4日間かけて、1章を読みます。
今日までで1−39節。
「 一方、ハギテの子アドニヤは、『私が王になろう』と言って、野心をいだき・・・」5節。
アドニヤの傲慢さ。
アドニヤは野心を抱き自分の力で立とうと思った。
ソロモンはただ、王ダビデの命を待った。
13年前、まだ30代前半だった自分が、
この教会の牧師になったときに、
それまで50代、60代の牧師が続いている中で、
「彼は野心があるのでは?」と思われた方々がおられた。
その時には、やたら腹が立ったのだが、
今思い出してみて、
本当のところ、どうだったんだろうかと思わされる。
自分では本当に純粋な思いで主に仕えているつもりなんだけれども、
そこに「野心」が入り込む危険はないのだろうかと。
また、「自分がやらなければ・・・」みたいな、メシヤコンプレックスの入り込む余地はないのだろうかと。
いや、そういうことの全くない者なんかいないのかもしれない。
本当に主のもとにへりくだり、主の導きを求めていく、
ぎりぎりのところまで、主を信頼して、求めていく。
自分が傲慢になりやすい者であることを認めながら、
野心が忍びこんできやすいのだ、ということを認めながら、主の導きを求めていく、そのような歩みをさせていただきたいです。
主よ、
どうか、あなたの前に歩ませてください。
あなたの前に真実に歩ませてください。
他のものが入って来やすいです。
ただ、ただ、あなたのみ思いに心を向けることができますように。
ひんやり。
2010-09-02
今日は黄色。
ゲストの先生が来られたので。ちょっと、夜景など。

と思ったら、音楽ゲストの方も、ちょっと前に、同じポイントに、来られたみたいです。
http://makotobox.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-2478.html
さあ、いよいよ。
- Posted using BlogPress from my iPhone

と思ったら、音楽ゲストの方も、ちょっと前に、同じポイントに、来られたみたいです。
http://makotobox.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-2478.html
さあ、いよいよ。
- Posted using BlogPress from my iPhone
主の守り。
また日付が変わってしまった。
でも、今夜はなんだか元気なので、
1つ更新。
昨日も暑かったです。
9月になったのに、ありえない暑さです。
35度くらいまで上がりました。
夜になって、ちょっと涼しくなって、23度台まで下がってきました。
今日ももう一日暑いようです。
そして、今、天気予報の世界は、ハリケーン・アールくんの進路予想の話で持ちきりです。
最大風速60m/s以上の強いハリケーンがフロリダの東を北上中です。
今日の夜にはノースカロライナに接近です。
金曜日の夜にはこちらにも影響があるかもしれません。
一昨日の朝、教会に祈りに行ったら、
Costcoのニュースレターが着ていました。
その表紙を見て、「この人、どこかで見たなあ・・・誰だったっけ?」と思って、
んー、とおもっていたら、TOMS Shoesの創業者じゃん。
自分、8月の初めのセミナーにいって、この人の事知って、
ここで紹介してたじゃん。
とうとう天下のCostcoも、このブログからネタを拾うようになったか・・・、と感心・・・。
バキッ!!☆/(x_x)
でも、ここでも、New Business Modelと紹介されているよね。
そうなんだ。社会的にも注目されているんですよね。
でもさ、ということは、CostcoでもTomsの靴が買えるわけ?
今度探してみよう!
さて、火曜日の聖書。
火曜日は詩篇の91篇。
「まことに主は、
あなたのために、御使いたちに命じて、
すべての道で、あなたを守るようにされる。
彼らは、その手で、あなたをささえ、
あなたの足が
石に打ち当たることのないようにする。」
11-12節。
これを読みながら、
いつも感じることはないのですが、
本当に自分は今まで、あまり意識することはなかったけれども、
本当に主に守られてきたんだなあと思う。
神を信じているから、
クリスチャンだから、
牧師だから、
試練がないわけではなく、
問題がないわけではない。
でも、本当に、今まで主が特別に守ってくださったんだなあ、ということを、
しみじみ思わされた。
感謝することを忘れてしまう、
というか、本当に意識することがなさすぎる。
主のまもりに、目を注いで、
どんなに主がとくべつに自分を支えてきてくださったか、
忘れることがないように。
主よ、
あなたのまもりに感謝します。
あなたが特別に私を守ってこられたことに感謝します。
あなたを信頼します。
あなたを信頼しながら前進していくことができますように。
でも、今夜はなんだか元気なので、
1つ更新。
昨日も暑かったです。
9月になったのに、ありえない暑さです。
35度くらいまで上がりました。
夜になって、ちょっと涼しくなって、23度台まで下がってきました。
今日ももう一日暑いようです。
そして、今、天気予報の世界は、ハリケーン・アールくんの進路予想の話で持ちきりです。
最大風速60m/s以上の強いハリケーンがフロリダの東を北上中です。
今日の夜にはノースカロライナに接近です。
金曜日の夜にはこちらにも影響があるかもしれません。
一昨日の朝、教会に祈りに行ったら、
Costcoのニュースレターが着ていました。
その表紙を見て、「この人、どこかで見たなあ・・・誰だったっけ?」と思って、
んー、とおもっていたら、TOMS Shoesの創業者じゃん。
自分、8月の初めのセミナーにいって、この人の事知って、
ここで紹介してたじゃん。
とうとう天下のCostcoも、このブログからネタを拾うようになったか・・・、と感心・・・。
バキッ!!☆/(x_x)
でも、ここでも、New Business Modelと紹介されているよね。
そうなんだ。社会的にも注目されているんですよね。
でもさ、ということは、CostcoでもTomsの靴が買えるわけ?
今度探してみよう!
さて、火曜日の聖書。
火曜日は詩篇の91篇。
「まことに主は、
あなたのために、御使いたちに命じて、
すべての道で、あなたを守るようにされる。
彼らは、その手で、あなたをささえ、
あなたの足が
石に打ち当たることのないようにする。」
11-12節。
これを読みながら、
いつも感じることはないのですが、
本当に自分は今まで、あまり意識することはなかったけれども、
本当に主に守られてきたんだなあと思う。
神を信じているから、
クリスチャンだから、
牧師だから、
試練がないわけではなく、
問題がないわけではない。
でも、本当に、今まで主が特別に守ってくださったんだなあ、ということを、
しみじみ思わされた。
感謝することを忘れてしまう、
というか、本当に意識することがなさすぎる。
主のまもりに、目を注いで、
どんなに主がとくべつに自分を支えてきてくださったか、
忘れることがないように。
主よ、
あなたのまもりに感謝します。
あなたが特別に私を守ってこられたことに感謝します。
あなたを信頼します。
あなたを信頼しながら前進していくことができますように。
2010-09-01
あと4日。
あと4日で東海岸合同ファミリーキャンプ。
ここへきて、いろんなことが起こってきているので、
今夜もこのまま沈没します。
「リア充」ということで。
今日から2年ぶりのVerizon Fios復帰です。
TVJapanは今日の午前中まででおさらば。
8時から12時までに来る、と言っていたのですが、
来たのは1時半。まあ、慣れましたから、文句も出ませんが、
問題は、前のケーブルをキャンセルするプロセス。
「今、キャンセルできない」とか言い出して、
こっちも「明日からもチャージするなんて言うなよ」と、
ほとんど喧嘩腰。
でも、無事終了しました。
Voicemailのセットだけまでうまくできないので、
留守の場合メッセージが残せないのですが、
許していただく、ということで。
ではでは。
ここへきて、いろんなことが起こってきているので、
今夜もこのまま沈没します。
「リア充」ということで。
今日から2年ぶりのVerizon Fios復帰です。
TVJapanは今日の午前中まででおさらば。
8時から12時までに来る、と言っていたのですが、
来たのは1時半。まあ、慣れましたから、文句も出ませんが、
問題は、前のケーブルをキャンセルするプロセス。
「今、キャンセルできない」とか言い出して、
こっちも「明日からもチャージするなんて言うなよ」と、
ほとんど喧嘩腰。
でも、無事終了しました。
Voicemailのセットだけまでうまくできないので、
留守の場合メッセージが残せないのですが、
許していただく、ということで。
ではでは。
2010-08-29
また熱波。
また熱波が来るらしい。
今日もそこそこ暑かったけど、
明日から数日、35度くらいまで上がるらしい。
湿度はそれほどでもないようで、
朝晩は涼しいみたいですが・・・。
でも、週末の合同ファミリーキャンプの頃にはまた冷えて、
会場あたりでは一桁ですね。9度とか。もちろん、摂氏だけど。
さて、さっき、プリンストンの牧師と話していたら、
今日は自タイ、とうとうプリンストンの礼拝に現れたらしい。
ワシントンの教会の子供のプログラムにも現れたらしいし。
まあ、こちらは、私のアドバイスを素直に受け止めて、
ちゃんと事前にほのめかしメールを送っていたそうだけど・・・。
まさか東海岸合同ファミリーキャンプに飛び入りはないと思うけど・・・。
(誘ってないからね・・・別に・・・)
あ、明日からのUSオープンテニス、圭くんが予選突破だってね。
明日早速1回戦。期待しよう。
昨日の聖書。
レビ記14:21−32。
「祭司はその手のひらにある油をきよめられる者の右の耳たぶと、右手の親指と、右足の親指に、すなわち罪過のためのいけにえの血と同じところにつける。」28節。
前日の箇所では「犠牲の動物の血」がそこにつけられたけれども、
この日の箇所では、「油」がつけられている。
油は聖書では「聖霊」。
私たちの赦されなければいけなかった部分、
きよめられなければいけない部分に、
油が注がれた。
聖霊が、私たちの弱いところ、迷ってしまうところ、
そこに注がれる。
聖霊様にもっと自由に、
もっと圧倒的に働いていただきたいと思った。
聖霊様、
私の弱いところに触れてください。
そして、あなたの御業をなしてください。
ご自由にお働きください。
あなたに身を委ねます。
今日もそこそこ暑かったけど、
明日から数日、35度くらいまで上がるらしい。
湿度はそれほどでもないようで、
朝晩は涼しいみたいですが・・・。
でも、週末の合同ファミリーキャンプの頃にはまた冷えて、
会場あたりでは一桁ですね。9度とか。もちろん、摂氏だけど。
さて、さっき、プリンストンの牧師と話していたら、
今日は自タイ、とうとうプリンストンの礼拝に現れたらしい。
ワシントンの教会の子供のプログラムにも現れたらしいし。
まあ、こちらは、私のアドバイスを素直に受け止めて、
ちゃんと事前にほのめかしメールを送っていたそうだけど・・・。
まさか東海岸合同ファミリーキャンプに飛び入りはないと思うけど・・・。
(誘ってないからね・・・別に・・・)
あ、明日からのUSオープンテニス、圭くんが予選突破だってね。
明日早速1回戦。期待しよう。
昨日の聖書。
レビ記14:21−32。
「祭司はその手のひらにある油をきよめられる者の右の耳たぶと、右手の親指と、右足の親指に、すなわち罪過のためのいけにえの血と同じところにつける。」28節。
前日の箇所では「犠牲の動物の血」がそこにつけられたけれども、
この日の箇所では、「油」がつけられている。
油は聖書では「聖霊」。
私たちの赦されなければいけなかった部分、
きよめられなければいけない部分に、
油が注がれた。
聖霊が、私たちの弱いところ、迷ってしまうところ、
そこに注がれる。
聖霊様にもっと自由に、
もっと圧倒的に働いていただきたいと思った。
聖霊様、
私の弱いところに触れてください。
そして、あなたの御業をなしてください。
ご自由にお働きください。
あなたに身を委ねます。
2010-08-27
直視。
今日も朝から快晴でしたね。
朝、とっても眠かったですが、
とっても、爽やかな朝でした。
昼間はちょっと暑くなりましたが、
それでも25度くらい。
でも、日曜日には暑くなりそうです。
予想最高気温は34度くらい。
湿度は上がらないようですが、
涼しさになれたカラダには、きついかもです。
今朝のニュースは日本で死刑執行室がマスコミに公開されたことが取り上げられていましたね。このようなことをすること自体にも賛否両論があるようですが、今回のように秩序正しく、何が起こっているかを知らせることは大切な事だと思います。というのは、いつも私たちはそういう現実から目をそらそうとするからです。裁判員制度が始まるときにも感じたのですが、私たちは、あまりに多くのことから目を逸らしている。逃げている。動物の命をいただくこともそうですが、その瞬間は他の人に任せて、自分は手を下そうとしないで、出来上がった肉製品だけ美味しくいただく。そこで命が犠牲になっていることはできるだけ考えないようにする。裁判も判決には関わろうとしないで「刑が軽い」とか平気で評論家のように言う。そういう声を封じるためにも、裁判員制度はいいことだと思う(なんて日本でもアメリカでも裁判員になる可能性のない立場にいるので、まさに傍観者的発言ですが・・・)死刑についても、刑の執行にはかかわらないで、「死刑にすべき」とか言う。自分がボタンを押す立場になったら、自分が判決を下す立場になったら、本当に苦しむだろうけれども、私たちは普通の時は、そういうことからは逃げて、傍観者として、好き勝手な評論をするのだ。
現実から、厳しい現実から、目をそらさないで、直視する、全てについて大切な事だと思う。そして、自ら、自分の判断に責任をもつ。「あの人がああ言ったから」とか、「状況が赦さなかった」なんて言い訳をしないで、自分の判断に責任をもつ。今日のニュースは本当に考えさせられるテーマでした。
さて、今日の聖書。
今日はレビ記14章1−20節。
「祭司は罪過のためのいけにえの血を取り、それをきよめられる者の右の耳たぶと、右手の親指と、右足の親指に塗りつける。」14節。
ここは、「ひびみこ」の解説に「そうかも知れない」と思わされた。
つまり、耳と手と足とに血をつけられなければいけなかった。
耳と手と足とは罪を犯させるポイントなのでは?というのだ。
でも、自分的にはじゃあどうして「目」はないの?
「耳」より目の方がずっとずっと誘惑の入り込むポイントになりやすいと思うのだけれども
どうだろうか?「口」だって負けていないだろう。誘惑よりも攻撃になるかな。
でも、さすがに「目」に血をつけるのは衛生上よろしくないでしょう。
「口」もそうですね。
だから、目や口の代表として耳が選ばれたのかもしれない。
そして手や足は罪を犯させる道具。
その一つ一つがきよめられること、
主はそれによって私たちを守ってくださる。
私の耳や口や目や手や足、一つ一つの部分が守られて、
主のために用いられ、罪から離れていることができますように。
主よ、
あなたのきよめの御業を感謝します。
どうか、わたしのカラダの一つ一つの部分を守ってください。
あなたの喜ばれる器として用いてください。
朝、とっても眠かったですが、
とっても、爽やかな朝でした。
昼間はちょっと暑くなりましたが、
それでも25度くらい。
でも、日曜日には暑くなりそうです。
予想最高気温は34度くらい。
湿度は上がらないようですが、
涼しさになれたカラダには、きついかもです。
今朝のニュースは日本で死刑執行室がマスコミに公開されたことが取り上げられていましたね。このようなことをすること自体にも賛否両論があるようですが、今回のように秩序正しく、何が起こっているかを知らせることは大切な事だと思います。というのは、いつも私たちはそういう現実から目をそらそうとするからです。裁判員制度が始まるときにも感じたのですが、私たちは、あまりに多くのことから目を逸らしている。逃げている。動物の命をいただくこともそうですが、その瞬間は他の人に任せて、自分は手を下そうとしないで、出来上がった肉製品だけ美味しくいただく。そこで命が犠牲になっていることはできるだけ考えないようにする。裁判も判決には関わろうとしないで「刑が軽い」とか平気で評論家のように言う。そういう声を封じるためにも、裁判員制度はいいことだと思う(なんて日本でもアメリカでも裁判員になる可能性のない立場にいるので、まさに傍観者的発言ですが・・・)死刑についても、刑の執行にはかかわらないで、「死刑にすべき」とか言う。自分がボタンを押す立場になったら、自分が判決を下す立場になったら、本当に苦しむだろうけれども、私たちは普通の時は、そういうことからは逃げて、傍観者として、好き勝手な評論をするのだ。
現実から、厳しい現実から、目をそらさないで、直視する、全てについて大切な事だと思う。そして、自ら、自分の判断に責任をもつ。「あの人がああ言ったから」とか、「状況が赦さなかった」なんて言い訳をしないで、自分の判断に責任をもつ。今日のニュースは本当に考えさせられるテーマでした。
さて、今日の聖書。
今日はレビ記14章1−20節。
「祭司は罪過のためのいけにえの血を取り、それをきよめられる者の右の耳たぶと、右手の親指と、右足の親指に塗りつける。」14節。
ここは、「ひびみこ」の解説に「そうかも知れない」と思わされた。
つまり、耳と手と足とに血をつけられなければいけなかった。
耳と手と足とは罪を犯させるポイントなのでは?というのだ。
でも、自分的にはじゃあどうして「目」はないの?
「耳」より目の方がずっとずっと誘惑の入り込むポイントになりやすいと思うのだけれども
どうだろうか?「口」だって負けていないだろう。誘惑よりも攻撃になるかな。
でも、さすがに「目」に血をつけるのは衛生上よろしくないでしょう。
「口」もそうですね。
だから、目や口の代表として耳が選ばれたのかもしれない。
そして手や足は罪を犯させる道具。
その一つ一つがきよめられること、
主はそれによって私たちを守ってくださる。
私の耳や口や目や手や足、一つ一つの部分が守られて、
主のために用いられ、罪から離れていることができますように。
主よ、
あなたのきよめの御業を感謝します。
どうか、わたしのカラダの一つ一つの部分を守ってください。
あなたの喜ばれる器として用いてください。
2010-08-26
宣言の重み。
晴れました!
本当に気持ちよく晴れました。
朝もそこそこ涼しかったですが、
さすがに湿気が多くて、ジトッとしていましたが、
昼間晴れて、すっきりして、
空気も乾いた空気に入れ替わって、
夜の11時で19度。本当に気持ちのいい感じです。
明日の朝は13度くらいまで下がるそうです。
そしてこの後しばらく晴れ。
気温は日々高くなっていくみたいです。
さて、今日はさっそく「日々のみことば」。
この3日間は、レビ記の13章でした。
「祭司は彼をきよいと宣言する。」28節。
28節だけではなく、何回も何回も「宣言する」という言葉が出てきます。
宣言と実質では実質の方が先だと思います。
ここでも病気が治ったという事実が先にあって、
そこに「治ったよ」という宣言があります。
でも、その治った後の歩みの中で、
この宣言はとても重く、大切なことになります。
アメリカの歴史の中では独立宣言や奴隷解放宣言など大切な「宣言」があります。
「独立した」「解放した」と宣言したときに、
それに抵抗したり、「そんなの認めない」という勢力があっても、
そのように宣言されたことは大きな効力を持つのです。
人がどう感じようとも、その「宣言」こそが、今度は事実になるのです。
洗礼式の時に、私は必ず「子よ、しっかりしなさい、あなたの罪は赦されたのだ」と宣言をします。
それは悔い改めたら赦されると神が約束しているからです。
それを宣言する責任が洗礼を授ける者にはあります。
そして、その宣言は重く、本人がその後どう感じようとも、
「赦された」という事実は変わらないのです。
ですから、宣言をするときに、本当に重みを感じます。
それくらい大切な事だと思います。
その大切な働きを私たち任せてくださった主の信頼を、
裏切ることがないように、真実な歩みをさせていただきたいと思いました。
主よ、
あなたに代わって、罪の赦しの宣言をさせていただく幸いに感謝します。
あなたの信頼に感謝します。
どうか、真実な歩みの中に、
謙遜な歩みの中に、使命を果たしていくことができますように。
本当に気持ちよく晴れました。
朝もそこそこ涼しかったですが、
さすがに湿気が多くて、ジトッとしていましたが、
昼間晴れて、すっきりして、
空気も乾いた空気に入れ替わって、
夜の11時で19度。本当に気持ちのいい感じです。
明日の朝は13度くらいまで下がるそうです。
そしてこの後しばらく晴れ。
気温は日々高くなっていくみたいです。
さて、今日はさっそく「日々のみことば」。
この3日間は、レビ記の13章でした。
「祭司は彼をきよいと宣言する。」28節。
28節だけではなく、何回も何回も「宣言する」という言葉が出てきます。
宣言と実質では実質の方が先だと思います。
ここでも病気が治ったという事実が先にあって、
そこに「治ったよ」という宣言があります。
でも、その治った後の歩みの中で、
この宣言はとても重く、大切なことになります。
アメリカの歴史の中では独立宣言や奴隷解放宣言など大切な「宣言」があります。
「独立した」「解放した」と宣言したときに、
それに抵抗したり、「そんなの認めない」という勢力があっても、
そのように宣言されたことは大きな効力を持つのです。
人がどう感じようとも、その「宣言」こそが、今度は事実になるのです。
洗礼式の時に、私は必ず「子よ、しっかりしなさい、あなたの罪は赦されたのだ」と宣言をします。
それは悔い改めたら赦されると神が約束しているからです。
それを宣言する責任が洗礼を授ける者にはあります。
そして、その宣言は重く、本人がその後どう感じようとも、
「赦された」という事実は変わらないのです。
ですから、宣言をするときに、本当に重みを感じます。
それくらい大切な事だと思います。
その大切な働きを私たち任せてくださった主の信頼を、
裏切ることがないように、真実な歩みをさせていただきたいと思いました。
主よ、
あなたに代わって、罪の赦しの宣言をさせていただく幸いに感謝します。
あなたの信頼に感謝します。
どうか、真実な歩みの中に、
謙遜な歩みの中に、使命を果たしていくことができますように。
2010-08-25
筋。
今日も雨だった。
でも、明日は晴れるみたいだ。
そして週末に向かって、ちょっと暑くなってくるらしい。
とにかく青空が待ち遠しい。
民主党の代表選に小沢さんが出るんだって!?
それを鳩山さんが応援するんだって!?
よくわかりません。
この間、幹事長やめたばかりでしょう。
お金の問題で。
鳩山さんだって、ついこの間まで「菅さんを応援しますよ」と言っていたのに、今日は「小沢さんを応援するのが大義」だそうだ。
総理やめて、ますます言うことがコロコロ変わるようになってきた。
自分が遠く離れて生活しているからわからないのでしょうか、それとも日本にいてもわからないのでしょうか?
単に「強いリーダーシップ」を求めているのかなあ。
代議士さんたちにとっては「小沢さんは親分だから」なのかなあ。
筋通ってない。
わけわからない。
あんまり政治のこと書こうとは思わないんだけど、
文句みたいなことは書きたくないんだけど、
さすがに、今日はちょっとね。
さて、先週の「ひびみこ」(「日々のみことば」の略、念のため)から。
金曜日はレビ記の10章でした。
ここは、神様の命令に背いて火を焚いた祭司が、神様の火によって焼き尽くされてしまったところです。
「次に、モーセは、アロンとその子エルアザルとイタマルに言った。『あなたがたは髪の毛を乱してはならない。また着物を引き裂いてはならない。あなたがたが死なないため、また怒りが全会衆に下らないためである。』」6節。
実は一昨日牧師会をしたフィラデルフィアのブリンマーの教会でも
「ひびみこ」が使われています。
その牧師会で、ブリンマーの教会の牧師さんが言いました。
「人は傷つくときに、それによって免罪符を得たような気持ちになる」と。
つまり、誰かが傷ついたときに、
「傷ついた!」ということで、周りを動かし、
周りも、その人が「傷ついた」という理由だけで、
その人の言うことを聞き、それに振り回される。
でも、それは神の方法ではないと。
ここは厳しすぎるように見えます。
でも、筋がずれてはいけないのです。
誰かの痛みゆえに、筋が通らないことが、通ってしまってはいけないのです。
自分が傷ついたものであったとしても、
そこに立てこもってはいけない。
誰か他の人が傷ついたものであっても、
それに振り回されてはいけない。
とても、深いお話でした。
自分のよく自己憐憫に陥ることがあります。
自分が傷を負ったことに立てこもってしまうことがあります。
自分を見つめるのではなくて、
自分に必要な訓練を与え、導いてくださる主を見上げて歩みたいです。
主よ、
あなたの意図をしっかりと見極めることが出来ますように。
私たちの出会う出来事一つ一つの中で、
自分が決して「被害者意識」にとらわれてしまうことがありませんように。
そして、いつも、あなたが何を願っておられるのか、
見ていくことができますように。
でも、明日は晴れるみたいだ。
そして週末に向かって、ちょっと暑くなってくるらしい。
とにかく青空が待ち遠しい。
民主党の代表選に小沢さんが出るんだって!?
それを鳩山さんが応援するんだって!?
よくわかりません。
この間、幹事長やめたばかりでしょう。
お金の問題で。
鳩山さんだって、ついこの間まで「菅さんを応援しますよ」と言っていたのに、今日は「小沢さんを応援するのが大義」だそうだ。
総理やめて、ますます言うことがコロコロ変わるようになってきた。
自分が遠く離れて生活しているからわからないのでしょうか、それとも日本にいてもわからないのでしょうか?
単に「強いリーダーシップ」を求めているのかなあ。
代議士さんたちにとっては「小沢さんは親分だから」なのかなあ。
筋通ってない。
わけわからない。
あんまり政治のこと書こうとは思わないんだけど、
文句みたいなことは書きたくないんだけど、
さすがに、今日はちょっとね。
さて、先週の「ひびみこ」(「日々のみことば」の略、念のため)から。
金曜日はレビ記の10章でした。
ここは、神様の命令に背いて火を焚いた祭司が、神様の火によって焼き尽くされてしまったところです。
「次に、モーセは、アロンとその子エルアザルとイタマルに言った。『あなたがたは髪の毛を乱してはならない。また着物を引き裂いてはならない。あなたがたが死なないため、また怒りが全会衆に下らないためである。』」6節。
実は一昨日牧師会をしたフィラデルフィアのブリンマーの教会でも
「ひびみこ」が使われています。
その牧師会で、ブリンマーの教会の牧師さんが言いました。
「人は傷つくときに、それによって免罪符を得たような気持ちになる」と。
つまり、誰かが傷ついたときに、
「傷ついた!」ということで、周りを動かし、
周りも、その人が「傷ついた」という理由だけで、
その人の言うことを聞き、それに振り回される。
でも、それは神の方法ではないと。
ここは厳しすぎるように見えます。
でも、筋がずれてはいけないのです。
誰かの痛みゆえに、筋が通らないことが、通ってしまってはいけないのです。
自分が傷ついたものであったとしても、
そこに立てこもってはいけない。
誰か他の人が傷ついたものであっても、
それに振り回されてはいけない。
とても、深いお話でした。
自分のよく自己憐憫に陥ることがあります。
自分が傷を負ったことに立てこもってしまうことがあります。
自分を見つめるのではなくて、
自分に必要な訓練を与え、導いてくださる主を見上げて歩みたいです。
主よ、
あなたの意図をしっかりと見極めることが出来ますように。
私たちの出会う出来事一つ一つの中で、
自分が決して「被害者意識」にとらわれてしまうことがありませんように。
そして、いつも、あなたが何を願っておられるのか、
見ていくことができますように。
2010-08-24
Warning!はありがたい。
昨日はNJを出る時には雨がザーザーだったのに、
途中、Newarkを過ぎる頃に晴れてきて、
フィラデルフィアでは完璧に晴れていました。
帰る頃にはあちらも雨が降り出しましたが、
この不安定な天気はNYから北東の方に広がっているみたいですね。
でも、これも明日まで。
あさってからはまた晴れます。
日本は残暑が厳しいようですが、
こちらは「暑い」と言っても、朝には20度に下がるわけで、
ありがたいことです。
先週の土曜日、NC州で、ある事件があって、
慌てていたとき、そこは州立公園内で25マイル道路だったのですが、
自然と気がせいていて、いつの間にかスピードが上がってしまっていました。
そこに、うしろから、サイレンが・・・。
はい、慣れ親しんだあの出来事です。
こういう出来事に出会ったならば、「ひたすら礼儀正しく」です。
(「親しげに明るく!」が通用した若い女性もおられることも知っておりますが、男性がやって通用するかどうかはわかりません)
「Yes, Sir.」の連発です。
でも、この時はそれに加えて、「この出来事で、とにかく、慌ててしまって、申し訳ない」と気持ちを表しました。
免許証を持っていったofficerが帰ってきたときに、
その手には、なんと!「おみやげ」がなかったのです!!!
「あなたの言葉を信じましょう。verbal warningということにします。あなたの状況では、それは心配だろうけれども、子供たちがいたり、たくさんの人達が歩いたりしているところだ。落ち着いて運転して、しっかり制限速度を守りなさい」とお言葉をいただきました。
もちろん、答えは、「Yes, Sir!」です。
その後、めちゃくちゃ制限速度を順守しながら目的地について、
問題も無事に解決して、めでたしめでたし。
でも、本当に思いました。
あの時、警告をしてもらわなかったら、本当に慌てて、60マイルでも70マイルでも出していたかもしれません。そんなところに、誰かが道にふらふらっと出てきたら、取り返しの付かないことになっていたでしょう。だから、あそこで警告されてよかった、と。
人生の出来事もそう。
「警告」が鬱陶しく思える時もある。
やかましく感じることもある。
でも、それによって救われることがどれだけあるだろうか。
自分も勇気を出して、言うべきことを言わなければいけない、
そして、勇気を出して、警告を与えてくれた人々を大切にしなければいけない。
どっちも苦手だ。
でも、苦手であると言い訳をするのはやめよう。
自分が生き、また人をも生かすために。
そんなことを思わされました。
(でも、そこで「警告」ではなくて「おみやげ」を貰っていたら、そう素直に思えたかどうか・・・)
さて、ここ2週間の「日々のみ言葉」の中から。
レビ記8章、先週の火~水曜日のところでしたね。
「また、彼の頭にかぶり物をかぶらせ、さらにそのかぶり物の前面に、金の札すなわち聖別の記章をつけさせた。」8章9節
「また、あなたがたの任職の期間が終了する日までの七日間は、会見の天幕の入口から出てはならない。あなたがたを祭司職に任命するには七日を要するからである。」8章33節。
祭司として奉仕をすること、
そのために聖別されることは、本当に真剣なことだった。
それは時間もかかり、自分がどんな働きのために立てられているかを
真剣に学ばなければいけないことだった。
私たちの一つ一つの奉仕における真剣さ、
問われているように感じます。
自分自身の牧師としての使命、
その任命の重さをも思わされます。
そして、一つ一つの働きの奉仕者が、
自分の弱さを認めながらも、
そこに立てこもらないで、
主に使命が与えられたことを重んじで、
それに従って歩むような、
そのような教会となりますように。
主よ、
あなたの与えられた働きに忠実な者とならせてください。
真剣に受け取る者とならせてください。
あなたの警告、人の警告を素直に受け取る謙虚さを与えてください。
途中、Newarkを過ぎる頃に晴れてきて、
フィラデルフィアでは完璧に晴れていました。
帰る頃にはあちらも雨が降り出しましたが、
この不安定な天気はNYから北東の方に広がっているみたいですね。
でも、これも明日まで。
あさってからはまた晴れます。
日本は残暑が厳しいようですが、
こちらは「暑い」と言っても、朝には20度に下がるわけで、
ありがたいことです。
先週の土曜日、NC州で、ある事件があって、
慌てていたとき、そこは州立公園内で25マイル道路だったのですが、
自然と気がせいていて、いつの間にかスピードが上がってしまっていました。
そこに、うしろから、サイレンが・・・。
はい、慣れ親しんだあの出来事です。
こういう出来事に出会ったならば、「ひたすら礼儀正しく」です。
(「親しげに明るく!」が通用した若い女性もおられることも知っておりますが、男性がやって通用するかどうかはわかりません)
「Yes, Sir.」の連発です。
でも、この時はそれに加えて、「この出来事で、とにかく、慌ててしまって、申し訳ない」と気持ちを表しました。
免許証を持っていったofficerが帰ってきたときに、
その手には、なんと!「おみやげ」がなかったのです!!!
「あなたの言葉を信じましょう。verbal warningということにします。あなたの状況では、それは心配だろうけれども、子供たちがいたり、たくさんの人達が歩いたりしているところだ。落ち着いて運転して、しっかり制限速度を守りなさい」とお言葉をいただきました。
もちろん、答えは、「Yes, Sir!」です。
その後、めちゃくちゃ制限速度を順守しながら目的地について、
問題も無事に解決して、めでたしめでたし。
でも、本当に思いました。
あの時、警告をしてもらわなかったら、本当に慌てて、60マイルでも70マイルでも出していたかもしれません。そんなところに、誰かが道にふらふらっと出てきたら、取り返しの付かないことになっていたでしょう。だから、あそこで警告されてよかった、と。
人生の出来事もそう。
「警告」が鬱陶しく思える時もある。
やかましく感じることもある。
でも、それによって救われることがどれだけあるだろうか。
自分も勇気を出して、言うべきことを言わなければいけない、
そして、勇気を出して、警告を与えてくれた人々を大切にしなければいけない。
どっちも苦手だ。
でも、苦手であると言い訳をするのはやめよう。
自分が生き、また人をも生かすために。
そんなことを思わされました。
(でも、そこで「警告」ではなくて「おみやげ」を貰っていたら、そう素直に思えたかどうか・・・)
さて、ここ2週間の「日々のみ言葉」の中から。
レビ記8章、先週の火~水曜日のところでしたね。
「また、彼の頭にかぶり物をかぶらせ、さらにそのかぶり物の前面に、金の札すなわち聖別の記章をつけさせた。」8章9節
「また、あなたがたの任職の期間が終了する日までの七日間は、会見の天幕の入口から出てはならない。あなたがたを祭司職に任命するには七日を要するからである。」8章33節。
祭司として奉仕をすること、
そのために聖別されることは、本当に真剣なことだった。
それは時間もかかり、自分がどんな働きのために立てられているかを
真剣に学ばなければいけないことだった。
私たちの一つ一つの奉仕における真剣さ、
問われているように感じます。
自分自身の牧師としての使命、
その任命の重さをも思わされます。
そして、一つ一つの働きの奉仕者が、
自分の弱さを認めながらも、
そこに立てこもらないで、
主に使命が与えられたことを重んじで、
それに従って歩むような、
そのような教会となりますように。
主よ、
あなたの与えられた働きに忠実な者とならせてください。
真剣に受け取る者とならせてください。
あなたの警告、人の警告を素直に受け取る謙虚さを与えてください。
たまった。
JOY JOYキャンプ前から3週間くらい日常の働きから離れていたので、たくさんたまっていることがある。
今日も牧師会で、朝から、晩まででかけていて、いろいろ宿題をもらって、あっという間に、夜。明日からは、リズムを取り戻したい。
3週間前のリーダーシップセミナーで、学んだことのひとつ。
「成長して、順調に見える時も、問題が生まれ始めていることがある。」
そして、次の段階は、
「問題が表面化して来ても、それを否定する。」
本当に気をつけなければ・・・と思う。
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今日も牧師会で、朝から、晩まででかけていて、いろいろ宿題をもらって、あっという間に、夜。明日からは、リズムを取り戻したい。
3週間前のリーダーシップセミナーで、学んだことのひとつ。
「成長して、順調に見える時も、問題が生まれ始めていることがある。」
そして、次の段階は、
「問題が表面化して来ても、それを否定する。」
本当に気をつけなければ・・・と思う。
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2010-08-22
2つの誕生日。
昨日はサキの9回の目の誕生日。
9年前、JOYJOYキャンプ「わくわくタウン」の終わったあと、
日曜日の奉仕を終えて、月曜日に買い物に出ていたのんちが出先で破水して、
火曜日の明け方に生まれたのを、思い出します。
その時も破水したときに「何か食べるものを・・・」と外に出ていた私のところに電話があって言われたのを(携帯電話あったんですね、その頃から)、
「大丈夫、僕さっき食べたから」
と、自分のことしか思いつかなかった自分。
ホントはのんちは出産に入るとなかなか食べられないから、
今のうちに体力をつけておきたかったみたいです。
それから9年、子供は成長しますが、自分はなーんにも変わっていないな、と思う今日この頃です。
そして、今日の礼拝では2週続けての洗礼式。
長く教会においでになっておられた方が、
先週の洗礼式をご覧になって、
どこまでも共にいて導いてくださる主に信頼して歩んでいく決心をされて、
洗礼を申し出られました。
多くの方々に祈られ、
たくさんの出会いが与えられて、
必要な言葉がかけられて、
聖書の言葉が与えられて、
今日の日が与えられました。
またこれからの歩みでも主が導いてくださることを信頼して。
9年前、JOYJOYキャンプ「わくわくタウン」の終わったあと、
日曜日の奉仕を終えて、月曜日に買い物に出ていたのんちが出先で破水して、
火曜日の明け方に生まれたのを、思い出します。
その時も破水したときに「何か食べるものを・・・」と外に出ていた私のところに電話があって言われたのを(携帯電話あったんですね、その頃から)、
「大丈夫、僕さっき食べたから」
と、自分のことしか思いつかなかった自分。
ホントはのんちは出産に入るとなかなか食べられないから、
今のうちに体力をつけておきたかったみたいです。
それから9年、子供は成長しますが、自分はなーんにも変わっていないな、と思う今日この頃です。
そして、今日の礼拝では2週続けての洗礼式。
長く教会においでになっておられた方が、
先週の洗礼式をご覧になって、
どこまでも共にいて導いてくださる主に信頼して歩んでいく決心をされて、
洗礼を申し出られました。
多くの方々に祈られ、
たくさんの出会いが与えられて、
必要な言葉がかけられて、
聖書の言葉が与えられて、
今日の日が与えられました。
またこれからの歩みでも主が導いてくださることを信頼して。
2010-08-21
ハミングバード。
日付が変わってしまいましたが、
昨日はNJに戻る途中にノース・カロライナの方のお宅にお寄りしました。
そのお宅のベランダにはハミングバードが来る、ということで、
何度かビデオ撮影を試みるのですが、
やっと撮れたのがこちら。
人間の反応の方がおもしろい・・・。
何でもそうかもしれませんが。
2010-08-19
ジンベエザメに癒される。
2010-08-18
石山。
2010-08-17
無事到着して、ベトナムのエスプレッソを試す。
今日の午後2時過ぎに無事、アトランタに到着。
「着いたら何を食べようか?」という話の時に、
16年前の記憶をだどって、「ベトナムのフォーだ!」ということになった。
ここかな?と思いだしたり、ネットで調べたりして、
いくつかある中の一つのお店に入って、メニューを見ていたときに、
つい最近、パスター・マックマクドのブログに紹介されていた、
ベトナムのエスプレッソの記事(その話はザリガニの話になっていくのだが・・・)
を読んで、どうしても飲みたくなった。
もう、フォーでお腹いっぱいだったのだけれども、
どうしても我慢できずに、アイス・エスプレッソ・練乳つきを頼んだ。


これでもか!ってくらい、練乳が入っていて、
「甘いんだろうなあ」と思ったのですが、
これが、その甘さがどうしても必要なくらい、エスプレッソが強くて、
これは絶妙のバランス。
うーん、この味はぜひ、我が家でも再現したい。
このベトナムのエスプレッソのためのマシーンを何とかさがそうと心に決めたのでした。
間違っても、勢いで、生きたザリガニを買うようなことは決してしないぞ!と自分に言い聞かせながら・・・。
・・・もうそろそろ、「日々の祈り」も復活しますね。
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「着いたら何を食べようか?」という話の時に、
16年前の記憶をだどって、「ベトナムのフォーだ!」ということになった。
ここかな?と思いだしたり、ネットで調べたりして、
いくつかある中の一つのお店に入って、メニューを見ていたときに、
つい最近、パスター・
ベトナムのエスプレッソの記事(その話はザリガニの話になっていくのだが・・・)
を読んで、どうしても飲みたくなった。
もう、フォーでお腹いっぱいだったのだけれども、
どうしても我慢できずに、アイス・エスプレッソ・練乳つきを頼んだ。


これでもか!ってくらい、練乳が入っていて、
「甘いんだろうなあ」と思ったのですが、
これが、その甘さがどうしても必要なくらい、エスプレッソが強くて、
これは絶妙のバランス。
うーん、この味はぜひ、我が家でも再現したい。
このベトナムのエスプレッソのためのマシーンを何とかさがそうと心に決めたのでした。
間違っても、勢いで、生きたザリガニを買うようなことは決してしないぞ!と自分に言い聞かせながら・・・。
・・・もうそろそろ、「日々の祈り」も復活しますね。
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Virginiaに入った。
南下中。
2010-08-15
JOY JOY Sunday & Baptism
無事、JOYJOYキャンプが終わった。
すべて守られて、感謝。
今日はJOY JOY Sunday。
何人かの子供たちがご両親と来てくれた。
そこで子供たちの賛美、聖書のメッセージを伝えることができて感謝。
そして、今日はユキとサキが洗礼を受けた。
ふたりとも自分で願っての洗礼。
というか、いつも私は普通は誘わない。
「牧師に言われたから洗礼を受けた」みたいな気持ちは持ってほしくない。
もちろん、自分の子達については「親が受けろといったから、受けた」なんて、絶対に思ってほしくない。
だから、余り言わないできた。
本人たちは言われなくてもそれなりに考えているんだろうし・・・。
ということで、ユキはいつそういうことを言い出すか、と思っていた。
なかなか親に言わない中でも、他の人には言っていたようで、
最後は、私も待ちきれなくなって、「洗礼受けるか?」と聞いた。
もう気持ちが固まってたようで、すんなり「うん」という。
しばらく前から、洗礼を受けたい、を連呼していたサキと一緒に、
兄貴もいる最後の日曜日に洗礼式となった。
ユキは生後2ヶ月から、サキは生まれる前から、
この教会で育ち、この教会の人々に愛され、
共に歩んできた。
洗礼式のあと、家族で。
みんなJOY JOYシャツを来ている。
このシャツ、暗い中に行くと、マタイ7章7節が浮かび上がってくる。
今日は自分は教会の皆さんの前で、
牧師である以上にこの二人の父親だったと思う。
この子たちをどこまでも守りたい。
どこまでも共にいたい。
でも、それは自分の仕事ではない。
自分も責任はあるけれども、
自分のどうしようもできないこともある。
だから、自分の責任は、どこまでも、どこまでも共に行ってくださる主に信頼することを、その方と深い関係を持っていくことを、経験してもらうことだ。そのことの素晴らしさと平安を語っていくことだ。
自分の使命をもう一度再確認させていただいた。
今週はハジが大学に戻る。
またもう一度主のもとに彼を委ねる。
さらに主との豊かな経験を味わって欲しい。
すべて守られて、感謝。
今日はJOY JOY Sunday。
何人かの子供たちがご両親と来てくれた。
そこで子供たちの賛美、聖書のメッセージを伝えることができて感謝。
そして、今日はユキとサキが洗礼を受けた。
ふたりとも自分で願っての洗礼。
というか、いつも私は普通は誘わない。
「牧師に言われたから洗礼を受けた」みたいな気持ちは持ってほしくない。
もちろん、自分の子達については「親が受けろといったから、受けた」なんて、絶対に思ってほしくない。
だから、余り言わないできた。
本人たちは言われなくてもそれなりに考えているんだろうし・・・。
ということで、ユキはいつそういうことを言い出すか、と思っていた。
なかなか親に言わない中でも、他の人には言っていたようで、
最後は、私も待ちきれなくなって、「洗礼受けるか?」と聞いた。
もう気持ちが固まってたようで、すんなり「うん」という。
しばらく前から、洗礼を受けたい、を連呼していたサキと一緒に、
兄貴もいる最後の日曜日に洗礼式となった。
ユキは生後2ヶ月から、サキは生まれる前から、
この教会で育ち、この教会の人々に愛され、
共に歩んできた。
洗礼式のあと、家族で。
みんなJOY JOYシャツを来ている。
このシャツ、暗い中に行くと、マタイ7章7節が浮かび上がってくる。
今日は自分は教会の皆さんの前で、
牧師である以上にこの二人の父親だったと思う。
この子たちをどこまでも守りたい。
どこまでも共にいたい。
でも、それは自分の仕事ではない。
自分も責任はあるけれども、
自分のどうしようもできないこともある。
だから、自分の責任は、どこまでも、どこまでも共に行ってくださる主に信頼することを、その方と深い関係を持っていくことを、経験してもらうことだ。そのことの素晴らしさと平安を語っていくことだ。
自分の使命をもう一度再確認させていただいた。
今週はハジが大学に戻る。
またもう一度主のもとに彼を委ねる。
さらに主との豊かな経験を味わって欲しい。
2010-08-11
ユキ、16歳になる。
さっき、ユキは16歳になった。
サキを除く家族とJOYJOY助っ人の4人で
Happy Birthdayを歌う。
よくここまで大きくなった。
「どうせ私はチビですよ」なんて
発言が出てくるぐらい、成長した。
感無量。
主に感謝。
もちろん、JOYJOYキャンプ中なので、特に何かをするわけはない・・・。
でも、感謝。
サキを除く家族とJOYJOY助っ人の4人で
Happy Birthdayを歌う。
よくここまで大きくなった。
「どうせ私はチビですよ」なんて
発言が出てくるぐらい、成長した。
感無量。
主に感謝。
もちろん、JOYJOYキャンプ中なので、特に何かをするわけはない・・・。
でも、感謝。
2010-08-09
自タイ JOY JOY キャンプ登場!
とっても怪しい登場の仕方で世界を賑わせている(自称)タイガーマスク、そんな彼の存在も2回目になると、「大歓迎」できます!
そう、リクエストに答えてなのか、マネージャーの指令なのか、今日JOYJOYキャンプの初日に、突然教会に登場。子供たちとじゃれ合ってくれました。
暑い中サッカーをやってくれました。
子供たちはそのマスクの中身が見たい。
だいたい、毎年、誰かが変装するんで、
今年はその変装しているのが誰なのか?
誰か知っている人なんじゃないか、と思っていたりするんですね。
だから、いじられまくり。
これはほとんどの子供たちが帰ったあと、
スタッフの子供たちがじゃれついているところ。
まだまだ始まったばかりです・・・。
T-Shirtsの真ん中のでかい顔は、サンディエゴのパスター・マックマクドです。
そう、リクエストに答えてなのか、マネージャーの指令なのか、今日JOYJOYキャンプの初日に、突然教会に登場。子供たちとじゃれ合ってくれました。
暑い中サッカーをやってくれました。
子供たちはそのマスクの中身が見たい。
だいたい、毎年、誰かが変装するんで、
今年はその変装しているのが誰なのか?
誰か知っている人なんじゃないか、と思っていたりするんですね。
だから、いじられまくり。
これはほとんどの子供たちが帰ったあと、
スタッフの子供たちがじゃれついているところ。
まだまだ始まったばかりです・・・。
T-Shirtsの真ん中のでかい顔は、サンディエゴのパスター・
2010-08-08
準備万端。・・・?
昨日、今日とJOYJOYキャンプのための準備。
多くの皆さんの奉仕で、準備ができました。
あとは、聖書からどんな話をするかを詰めて、
それから、60人の子供たちを迎えるだけです。
楽しいキャンプとなりそうです。
みなさんのご奉仕の様子がもうHPにアップされています。
http://www.jccofnj.org/gallery/thumbnails.php?album=104
でも、暑そうですから、
体をしっかり休めなければ・・・。
昨日、夜にアイス・カフェ・ラテのかなーりストロングなのを
夜11時頃に飲んだら、眠れなくなって、朝になるんじゃないかと思いました。
コーヒーごときで、眠れなくなる、なんてめったに無いんですが、
でも、3時過ぎには無事眠りにつきました。
明日から1週間は朝の祈祷会をおやすみするので、
ちょっと寝坊して体調を整えます。
次のアップはいつになるかわかりませんが、
便りのないのは良い便り・・・というノリで見てやってください。
ではでは。
多くの皆さんの奉仕で、準備ができました。
あとは、聖書からどんな話をするかを詰めて、
それから、60人の子供たちを迎えるだけです。
楽しいキャンプとなりそうです。
みなさんのご奉仕の様子がもうHPにアップされています。
http://www.jccofnj.org/gallery/thumbnails.php?album=104
でも、暑そうですから、
体をしっかり休めなければ・・・。
昨日、夜にアイス・カフェ・ラテのかなーりストロングなのを
夜11時頃に飲んだら、眠れなくなって、朝になるんじゃないかと思いました。
コーヒーごときで、眠れなくなる、なんてめったに無いんですが、
でも、3時過ぎには無事眠りにつきました。
明日から1週間は朝の祈祷会をおやすみするので、
ちょっと寝坊して体調を整えます。
次のアップはいつになるかわかりませんが、
便りのないのは良い便り・・・というノリで見てやってください。
ではでは。
2010-08-07
Buy One and Give One Free!
今日も夕方まで結構暑かったですね。
夜になってぐっと涼しくなってきました。
明日の朝は12-3度まで下がる予報です。
明日は晴れて「ゴージャス」な天気になりそうです。
JOYJOYキャンプ準備日和ってか?
今日はWillow Creek Global Leadership Summitの2日目。
いろいろな方々の講演があって消化整理ができない感じなんですが、
(正直なところ、講師の数を絞って、もうちょっとシステマティックな学びをさせて欲しい・・・)
その中で本当に楽しく、また印象に残っているのが、
Toms Shoesの創立者の話。
この会社は靴を売っているんだけど、
一つ買うと、一つ靴が買えない子供たちにドネーションする。
彼自身、以前、その会社の靴を買ってドネーションをするnon-profitの団体を持っていたそうだけど、すぐお金がなくなって、寄付を集めなければいけなくなった。それに疑問を感じて、始めたのがこのシステム。あっという間にnon-profitの時の何倍もドネーションできるようになった。
ある日、空港で、TOMSの靴を履いている女の子を見つけた。
彼は自分の作った靴を履いている人を見つけたのはその時が初めてだったそうだ。
彼はその子に声をかけた。「いい靴履いているね」
その子は答えた「TOMSのだよ!」
その子は彼の肩をつかんでこう言ったそうだ。
「すごいの、この会社。私が一つ靴を買うと、一つ、靴が買えない子にプレゼントされるのよ」
彼女は本当にエキサイトしていた。
そこで、彼はホントのことを言う。
「その会社を作ったのは僕だよ」と。
彼女は目をまん丸にして、彼を見つめてこう言ったそうだ。
「いつ髪の毛を切ったの?」
彼女はこのようなビデオをYoutubeとかで見ていたんだろうという。
彼は思ったそうだ。
「こんなにエキサイトしてうちの会社のことを宣伝してくれるって、なんてすごいことだろうか!」と。
満足した顧客が一番の宣伝になるということがよく言われる。その満足が「与える」ことによって得られるとすればそれは素敵なことだと思う。
この会社は、「一日靴を履かない日」というのを作っているそうだ。4月8日。来年はチャレンジしてみようかな。
大学で南北問題とか、途上国問題とか、ゼミで学んでいたので、単純にこういう事に「そうだ!」といえない自分がいるけれども、でも、話を聞いていて、なんだか難しいことを抜きにして、ちょっとやってみたい気持ちになっている。
さて、今日の聖書。
今日からレビ記ですよ。レビ記・・・。
難しいところですが、だからこそ、主の恵みの深みを知らせていただけるのでは・・・と楽しみにしてもいます。
今日は1章。
「さらに、その翼を引き裂きなさい。それを切り離してはならない。」17節。
ちょっと残酷なような、血生臭いような感じがします。
ここを読んでいて、ちょっと前に、以前NJの教会におられて、
今は日本で自然の中にログハウスを自分で建てて、
いろいろなことに挑戦しておられるご夫妻の書いておられることを思いました。
NYのお嬢さんがちょうど行っているんですよね。
そのご主人がニワトリを絞めて召し上がられた時の話。
「いのちを頂く」ことを実感したというご主人の言葉。
ほんとにそうですよね。
私たちの食卓に上る肉はみんないのちをいただいている。
でも、私たちはそれを屠殺する場面を私たちの目から見えないところに離して、
本当のことを視野に入れないようにしている。
「いのちをいただく」事の意味が軽くなってしまっている。
でも、同じことがこの捧げ物にも言えるのではないだろうかと。
今は私たちはイエスが十字架にかかってくださったがゆえに、
いのちを捧げる必要はない。
でも、本当はその生命が身代わりになっている、ということを忘れてはいけないんだと思う。
イエスが私たちのために命を与えてくださったことを、
視野に入れないように、
その残酷さを視野に入れないように、
そんなことをしてはいけないんだと思う。
その重みを忘れないでいたいと思う。
この「焼き尽くすいけにえ」は献身を象徴している。
私たちの献身も痛みが見えなくなっている。
痛みがなくてもいいかのようになってきている。
献身の象徴である献金も、まるで税金を収めるかのように自動的にささげ、
無理はしない程度に、痛みを感じない程度に捧げてしまっていないだろうか。
主よ、
私たちが、イエス様の痛みから目を話すことがありませんように。
視野の外において、気がつかなくなってしまうようなことがありませんように。
忘れてしまうことがありませんように。
無感動になってしまうことがありませんように。
夜になってぐっと涼しくなってきました。
明日の朝は12-3度まで下がる予報です。
明日は晴れて「ゴージャス」な天気になりそうです。
JOYJOYキャンプ準備日和ってか?
今日はWillow Creek Global Leadership Summitの2日目。
いろいろな方々の講演があって消化整理ができない感じなんですが、
(正直なところ、講師の数を絞って、もうちょっとシステマティックな学びをさせて欲しい・・・)
その中で本当に楽しく、また印象に残っているのが、
Toms Shoesの創立者の話。
この会社は靴を売っているんだけど、
一つ買うと、一つ靴が買えない子供たちにドネーションする。
彼自身、以前、その会社の靴を買ってドネーションをするnon-profitの団体を持っていたそうだけど、すぐお金がなくなって、寄付を集めなければいけなくなった。それに疑問を感じて、始めたのがこのシステム。あっという間にnon-profitの時の何倍もドネーションできるようになった。
ある日、空港で、TOMSの靴を履いている女の子を見つけた。
彼は自分の作った靴を履いている人を見つけたのはその時が初めてだったそうだ。
彼はその子に声をかけた。「いい靴履いているね」
その子は答えた「TOMSのだよ!」
その子は彼の肩をつかんでこう言ったそうだ。
「すごいの、この会社。私が一つ靴を買うと、一つ、靴が買えない子にプレゼントされるのよ」
彼女は本当にエキサイトしていた。
そこで、彼はホントのことを言う。
「その会社を作ったのは僕だよ」と。
彼女は目をまん丸にして、彼を見つめてこう言ったそうだ。
「いつ髪の毛を切ったの?」
彼女はこのようなビデオをYoutubeとかで見ていたんだろうという。
彼は思ったそうだ。
「こんなにエキサイトしてうちの会社のことを宣伝してくれるって、なんてすごいことだろうか!」と。
満足した顧客が一番の宣伝になるということがよく言われる。その満足が「与える」ことによって得られるとすればそれは素敵なことだと思う。
この会社は、「一日靴を履かない日」というのを作っているそうだ。4月8日。来年はチャレンジしてみようかな。
大学で南北問題とか、途上国問題とか、ゼミで学んでいたので、単純にこういう事に「そうだ!」といえない自分がいるけれども、でも、話を聞いていて、なんだか難しいことを抜きにして、ちょっとやってみたい気持ちになっている。
さて、今日の聖書。
今日からレビ記ですよ。レビ記・・・。
難しいところですが、だからこそ、主の恵みの深みを知らせていただけるのでは・・・と楽しみにしてもいます。
今日は1章。
「さらに、その翼を引き裂きなさい。それを切り離してはならない。」17節。
ちょっと残酷なような、血生臭いような感じがします。
ここを読んでいて、ちょっと前に、以前NJの教会におられて、
今は日本で自然の中にログハウスを自分で建てて、
いろいろなことに挑戦しておられるご夫妻の書いておられることを思いました。
NYのお嬢さんがちょうど行っているんですよね。
そのご主人がニワトリを絞めて召し上がられた時の話。
「いのちを頂く」ことを実感したというご主人の言葉。
ほんとにそうですよね。
私たちの食卓に上る肉はみんないのちをいただいている。
でも、私たちはそれを屠殺する場面を私たちの目から見えないところに離して、
本当のことを視野に入れないようにしている。
「いのちをいただく」事の意味が軽くなってしまっている。
でも、同じことがこの捧げ物にも言えるのではないだろうかと。
今は私たちはイエスが十字架にかかってくださったがゆえに、
いのちを捧げる必要はない。
でも、本当はその生命が身代わりになっている、ということを忘れてはいけないんだと思う。
イエスが私たちのために命を与えてくださったことを、
視野に入れないように、
その残酷さを視野に入れないように、
そんなことをしてはいけないんだと思う。
その重みを忘れないでいたいと思う。
この「焼き尽くすいけにえ」は献身を象徴している。
私たちの献身も痛みが見えなくなっている。
痛みがなくてもいいかのようになってきている。
献身の象徴である献金も、まるで税金を収めるかのように自動的にささげ、
無理はしない程度に、痛みを感じない程度に捧げてしまっていないだろうか。
主よ、
私たちが、イエス様の痛みから目を話すことがありませんように。
視野の外において、気がつかなくなってしまうようなことがありませんように。
忘れてしまうことがありませんように。
無感動になってしまうことがありませんように。
2010-08-06
何にも代えがたいもの。
昨日は暑かったです。
今日の朝、まだ蒸し暑いです。
今、朝の8時前ですが、25度あります。
今日、温度は30度以上にあがりますが、だんだん湿度が下がって、
明日の朝にはゴージャスな天気になっているそうです。
昨日、Willow Creek Global Leadership Summitのサテライト会場が近くにあるので、
行ってきました。
たくさんたくさん、触れたいことがあるのですが、
一番印象に残ったのがフットボールの名コーチTony Dungy。
Tony Dungyと言えば、「自タイ」と一緒に写真に写ったことで日本のクリスチャンの間でも一躍有名になったお方ですよね。
本当に紳士ですよねえ。
彼がコーチをしていくところ、
チームの雰囲気や文化が変わっていく、という話、わかります。
2007年のスーパーボウルの前の晩、
チームのメンバーを集めて、こう言ったそうです。
「明日、僕たちが勝ったら、みんなはチヤホヤするだろう。そして、負けたら、それまでだ。でも、『全世界を手に入れても、自分の命を損したらなんの得になろうか』と聖書には書かれている・・・」と。何事にも代えがたいものを選手たちにも知って欲しかったそうです。
彼は、これからはコーチの仕事に戻るよりも、もっと若い世代(中高生や子供たち)のための働きのために興味があるそうです。
今日もこれから行ってきます。
どんなチャレンジを神様からいただけるか、楽しみ!
さて、昨日の聖書。
昨日はローマ人への手紙の最後のところ。16章17−27節でした。
「そういう人たちは、私たちの主キリストに仕えないで、自分の欲に仕えているのです。彼らは、なめらかなことば、へつらいのことばをもって純朴な人たちの心をだましているのです。」18節。
自分は何に仕えているだろうか?
自分の欲に仕えてはいないだろうか?
また、そのような人を見極めることができるだろうか?
この人は主に仕えているのではなくて、自分の欲に仕えている・・・と。
純朴な人々がだまされないように、
自分がどう思われようとも、砦となって働く者でありたいし、
自分もまたそのような事になってしまわないように、
自分の欲に仕えてしまうことがないように、
主に真実に仕えることをもっと経験させていただきたい。
主よ、
私は自分の欲に仕えていないでしょうか?
自分はあなたに仕えているでしょうか?
真実な歩みをする者とならせてください。
本当にあなたに使える者とならせてください。
今日の朝、まだ蒸し暑いです。
今、朝の8時前ですが、25度あります。
今日、温度は30度以上にあがりますが、だんだん湿度が下がって、
明日の朝にはゴージャスな天気になっているそうです。
昨日、Willow Creek Global Leadership Summitのサテライト会場が近くにあるので、
行ってきました。
たくさんたくさん、触れたいことがあるのですが、
一番印象に残ったのがフットボールの名コーチTony Dungy。
Tony Dungyと言えば、「自タイ」と一緒に写真に写ったことで日本のクリスチャンの間でも一躍有名になったお方ですよね。
本当に紳士ですよねえ。
彼がコーチをしていくところ、
チームの雰囲気や文化が変わっていく、という話、わかります。
2007年のスーパーボウルの前の晩、
チームのメンバーを集めて、こう言ったそうです。
「明日、僕たちが勝ったら、みんなはチヤホヤするだろう。そして、負けたら、それまでだ。でも、『全世界を手に入れても、自分の命を損したらなんの得になろうか』と聖書には書かれている・・・」と。何事にも代えがたいものを選手たちにも知って欲しかったそうです。
彼は、これからはコーチの仕事に戻るよりも、もっと若い世代(中高生や子供たち)のための働きのために興味があるそうです。
今日もこれから行ってきます。
どんなチャレンジを神様からいただけるか、楽しみ!
さて、昨日の聖書。
昨日はローマ人への手紙の最後のところ。16章17−27節でした。
「そういう人たちは、私たちの主キリストに仕えないで、自分の欲に仕えているのです。彼らは、なめらかなことば、へつらいのことばをもって純朴な人たちの心をだましているのです。」18節。
自分は何に仕えているだろうか?
自分の欲に仕えてはいないだろうか?
また、そのような人を見極めることができるだろうか?
この人は主に仕えているのではなくて、自分の欲に仕えている・・・と。
純朴な人々がだまされないように、
自分がどう思われようとも、砦となって働く者でありたいし、
自分もまたそのような事になってしまわないように、
自分の欲に仕えてしまうことがないように、
主に真実に仕えることをもっと経験させていただきたい。
主よ、
私は自分の欲に仕えていないでしょうか?
自分はあなたに仕えているでしょうか?
真実な歩みをする者とならせてください。
本当にあなたに使える者とならせてください。
2010-08-05
ホントの自分?
昨日、実に久しぶりにあることをした。
ずっと気にしていなかったのだけれど、最近、サキの先生やキャンプのスタッフに、「グランパが来たよ」と言われることが続いたので。
初めてやった時は、ホントの自分に戻ったような気がしたものだ。今回もそんな気がするだろうな、と思って楽しみにして、鏡を見たら、なんか自分じゃないみたい。いつの間にかごま塩あたまの自分を受け入れていたのかもしれないですね。
でも、まだ、グランパはごめんだから、もう少しあらがってみようかな。
さて、今日の聖書。
ローマ16章1-16節。
「あなたがたのために非常に労苦したマリヤによろしく。」6節。
12節にもあります。「労苦」という言葉。
とにかく、伝道も教会も楽しくなければいけないと思ってきているのですが、労苦もあるんですよね。というか、労苦も大切なホンモノの要素なんでしょうね。
労苦も厭わない、労苦の中でも大切なものを見逃さない、それがホンモノのなんでしょうね。
主よ、
私が労苦から逃げないように導いてください。
労苦の中でしか会えないあなたの恵みを教えてください。
ずっと気にしていなかったのだけれど、最近、サキの先生やキャンプのスタッフに、「グランパが来たよ」と言われることが続いたので。
初めてやった時は、ホントの自分に戻ったような気がしたものだ。今回もそんな気がするだろうな、と思って楽しみにして、鏡を見たら、なんか自分じゃないみたい。いつの間にかごま塩あたまの自分を受け入れていたのかもしれないですね。
でも、まだ、グランパはごめんだから、もう少しあらがってみようかな。
さて、今日の聖書。
ローマ16章1-16節。
「あなたがたのために非常に労苦したマリヤによろしく。」6節。
12節にもあります。「労苦」という言葉。
とにかく、伝道も教会も楽しくなければいけないと思ってきているのですが、労苦もあるんですよね。というか、労苦も大切なホンモノの要素なんでしょうね。
労苦も厭わない、労苦の中でも大切なものを見逃さない、それがホンモノのなんでしょうね。
主よ、
私が労苦から逃げないように導いてください。
労苦の中でしか会えないあなたの恵みを教えてください。
2010-08-02
今朝のQuality Time。
月曜日の夕方ですが、
今日は雨が降る、と言っていましたが、
全然大丈夫でしたね。
(この表現、NHKの「みんなでニホンGO!」で、昔の文豪とかも使っていたと、「全然OK」となっていましたが、私的には[わっ、これも昔はなかった・・・]うれしかったですね。言葉は時代でどんどん変わりますからねえ。「これが正しい日本語です」みたいなことを平気でキッパリ言う人の方がちょっとコワイ。でも、私も言葉を使う仕事をしていますから、人を不快にさせないで意味が伝わる言葉を使うことは大切だな、と思います。これについては、NHKのサイトの「ご意見一覧」にいろんな方の意見が出ていて、おもしろい。個人的には「大丈夫?」「ううん、全然だいじょばない」に市民権が与えられる日を待ち望んでおります・・・。お? いやいやまだまだ・・・)
で、長いカッコでしたが、本題に戻ると、明日からはちょっと蒸し暑くなるみたいです。
さて、今朝の神様とのQuality Timeですが、
教会の外で持ちました。
なんでって、この時期、6時頃の空がとっても綺麗ですから。
昨日の朝なんて最高でした。
今朝も綺麗だったので、ずっとやりたいと思っていた
iPhoneアプリのiTimelapseで45分間を35秒のビデオに。
このアプリ、最近updateされていなくて、iOS4ではうまく働かない部分もあるのですが、でも、全然ダメではありません。
その45分間、神様に祈りながら、雲の動きをずっと見ながら、
空の色が変わっていくのを見ながら、過ごしていました。
電線とか入ってしまって構図としてはもう一回チャレンジしたい感じなんですが、
あとで見てみて、その時には気がつかなかったことが2つありました。
一つは低い雲と高い雲が全く違う方向に流されていること。
地表の風と、低層の風、そして、高層の風の向きが違うことがあることは知っていましたが、
ここまで見事に違うとはあまり分かっていませんでした。
それぞれの高さにできる雲が違う種類の雲で、
そして、綺麗に違う方向に流れていくんですね。
もうひとつは、考えて見れば当たり前なんですが、
「飛行機雲も他の雲と一緒に流れていく」ということ。
ああ、雲を見ていると飽きないですよ〜。
今度、バードウォッチングならぬ、クラウドウォッチングのサークルを作ろうかなあ。
と思ったら・・・。
あった。
The Cloud Appreciation Society
2万人以上が参加しているそうで・・・。
さて、昨日〜今日の聖書。
ローマ15章でした。
「私は神の福音をもって、祭司の務めを果たしています。それは異邦人を、聖霊によって聖なるものとされた、神に受け入れられる供え物とするためです。」10節。
このパウロの強烈な使命感。
これから、自分はどのように歩んでいくのだろうかと
祈っている最中ですから、
このパウロのような思いを与えていただきたいと思いました。
そして、このパウロの使命は、
大きな教会を作ろうとか、
たくさんの人に福音を伝えよう、
というレベルではなくて、
「聖なるものとされた神に受け入れられる供え物」として、
一人ひとりを育てていくことでした。
導いていくことでした。
私もそのような働きをさせていただきたいです。
ただ人が集まるのではなくて、
「聖なるものとされた、神に受け入れられる供え物」として、
一人ひとりが整えられていくような働きをさせていただきたいと思います。
主よ、
私を用いてください。
パウロのような強烈な使命感の中で、
一人ひとりをあなたへのささげものとして、
ささげていく働きをさせてください。
今日は雨が降る、と言っていましたが、
全然大丈夫でしたね。
(この表現、NHKの「みんなでニホンGO!」で、昔の文豪とかも使っていたと、「全然OK」となっていましたが、私的には[わっ、これも昔はなかった・・・]うれしかったですね。言葉は時代でどんどん変わりますからねえ。「これが正しい日本語です」みたいなことを平気でキッパリ言う人の方がちょっとコワイ。でも、私も言葉を使う仕事をしていますから、人を不快にさせないで意味が伝わる言葉を使うことは大切だな、と思います。これについては、NHKのサイトの「ご意見一覧」にいろんな方の意見が出ていて、おもしろい。個人的には「大丈夫?」「ううん、全然だいじょばない」に市民権が与えられる日を待ち望んでおります・・・。お? いやいやまだまだ・・・)
で、長いカッコでしたが、本題に戻ると、明日からはちょっと蒸し暑くなるみたいです。
さて、今朝の神様とのQuality Timeですが、
教会の外で持ちました。
なんでって、この時期、6時頃の空がとっても綺麗ですから。
昨日の朝なんて最高でした。
今朝も綺麗だったので、ずっとやりたいと思っていた
iPhoneアプリのiTimelapseで45分間を35秒のビデオに。
このアプリ、最近updateされていなくて、iOS4ではうまく働かない部分もあるのですが、でも、全然ダメではありません。
その45分間、神様に祈りながら、雲の動きをずっと見ながら、
空の色が変わっていくのを見ながら、過ごしていました。
電線とか入ってしまって構図としてはもう一回チャレンジしたい感じなんですが、
あとで見てみて、その時には気がつかなかったことが2つありました。
一つは低い雲と高い雲が全く違う方向に流されていること。
地表の風と、低層の風、そして、高層の風の向きが違うことがあることは知っていましたが、
ここまで見事に違うとはあまり分かっていませんでした。
それぞれの高さにできる雲が違う種類の雲で、
そして、綺麗に違う方向に流れていくんですね。
もうひとつは、考えて見れば当たり前なんですが、
「飛行機雲も他の雲と一緒に流れていく」ということ。
ああ、雲を見ていると飽きないですよ〜。
今度、バードウォッチングならぬ、クラウドウォッチングのサークルを作ろうかなあ。
と思ったら・・・。
あった。
The Cloud Appreciation Society
2万人以上が参加しているそうで・・・。
さて、昨日〜今日の聖書。
ローマ15章でした。
「私は神の福音をもって、祭司の務めを果たしています。それは異邦人を、聖霊によって聖なるものとされた、神に受け入れられる供え物とするためです。」10節。
このパウロの強烈な使命感。
これから、自分はどのように歩んでいくのだろうかと
祈っている最中ですから、
このパウロのような思いを与えていただきたいと思いました。
そして、このパウロの使命は、
大きな教会を作ろうとか、
たくさんの人に福音を伝えよう、
というレベルではなくて、
「聖なるものとされた神に受け入れられる供え物」として、
一人ひとりを育てていくことでした。
導いていくことでした。
私もそのような働きをさせていただきたいです。
ただ人が集まるのではなくて、
「聖なるものとされた、神に受け入れられる供え物」として、
一人ひとりが整えられていくような働きをさせていただきたいと思います。
主よ、
私を用いてください。
パウロのような強烈な使命感の中で、
一人ひとりをあなたへのささげものとして、
ささげていく働きをさせてください。
Quality Time
Gary Chapmanという人が、Five Love Languageという本の中で、人には愛の表し方、愛を感じるポイントがそれぞれあって、それは大きく5つに分けられると言っていますね。3年くらい前に日本語にも翻訳されました(NJの友人が訳されました。8月22日には、訳した方のご主人がJCCNJでメッセージをしてくださいます)。
その5つはこんなです。
肯定的なことば(words of affirmation)
一緒に時間を過ごすこと(quality time)
贈り物(receiving gifts)
助けてくれること(acts of service)
スキンシップ(physical touch)
自分のlove languageが、愛を表したい相手のlove languageとずれていたら、どんなに一生懸命やっても、まるで知らない外国語でコミュニケーションを取っているように、伝わらなくて、「こんなにやっているのに・・・」「こんなに愛しているのに・・・」というよく聞くセリフが出てくる事になるというんですね。
なるほど・・・と思います。
で、自分のlove languageは絶対quality time・・・。
何でもいいんですよね、一緒に時間を過ごすこと。
で、今朝気がついたんですよ。
昨日のJOYJOYキャンプのためのミーティングも気がついたら8時半になっていて、でも、自分的には、全然苦じゃないんですよね。それどころか、ミーティングが終わった後も、なんだか名残り惜しくて、いろいろ雑談していたい・・・。みなさん、月曜日からのお仕事もあるし、ご家族も待っておられるし・・・なんで、慌てて帰られたのですが、なんだか、自分的にはちょっと物足りない感もあったりしていました。
ハハハ、これは自分のlove languageにハマってしまっているんだなあと。
そして、自分の身の回りで起きる「どうしてもミーティングが長くなってしまう現象」は自分の議事の整理の仕方や、決断力の問題だけじゃなくて、このlove languageの問題もあるんだなあと分かってしまったんですね。
なーんだ、そうだったんだ!と。
でも、Chapmanの言いたいことは、自分のlove languageを知ること、それを伝えることも大切だけれども、それよりも大切なのは、相手のlove languageを知ること、だったはず。周りの皆さんの中では、違うところで愛を感じる方もおられるわけで、長ーいミーティングやその後の雑談なんかはストレス以外の何ものでもない、という方もおられるかもしれないわけで、その違いを知ろうとする姿勢がほんとうに大切なんですよね。
ま、そんなことで、今朝も、神様とのQuality Timeを楽しんできました。
でも、それはまた取っておいて、先週後半の聖書から・・・。
先週後半、更新できないでいた頃、ローマ13−14章を読んでいました。
「すべてのひざは、わたしの前にひざまずき・・・」14章11節。
昨日は礼拝で子供と大人と両方いっぺんのメッセージ。
エルサレム会議、と呼ばれる、最初の教会内での大切な教義についての話し合いのところ。
その時も感じたのですが、教会って、一緒に神様の前に跪く、という感覚ってとても大切だと思う。意見が違って、考え方が違う、生活習慣が違い、大切だと思うポイントも違う。そんな者たちが一緒に集まっているんだけれども、そこに一致をもたらすのは、「話し合い」ではなくて、その中で、主の前にひざまずく姿勢。誰かが偉くなってしまったり、自分の意見が通らなくなるといじける人のために周りが動かされたり、声の大きな人の言うことに振り回されたりするのではなく、主の前にひざまずく姿勢。それも一緒に頭を垂れる姿勢。
14章では生活習慣の違いや、意見の違いが教会の中の問題になっている中で、この言葉が語られているのです。
主の前にへりくだって歩む者となることができますように。
主よ、
あなたの前にひざまずき、あなたの前に頭を垂れて、
あなたに従って行く者でありますように。
その5つはこんなです。
肯定的なことば(words of affirmation)
一緒に時間を過ごすこと(quality time)
贈り物(receiving gifts)
助けてくれること(acts of service)
スキンシップ(physical touch)
自分のlove languageが、愛を表したい相手のlove languageとずれていたら、どんなに一生懸命やっても、まるで知らない外国語でコミュニケーションを取っているように、伝わらなくて、「こんなにやっているのに・・・」「こんなに愛しているのに・・・」というよく聞くセリフが出てくる事になるというんですね。
なるほど・・・と思います。
で、自分のlove languageは絶対quality time・・・。
何でもいいんですよね、一緒に時間を過ごすこと。
で、今朝気がついたんですよ。
昨日のJOYJOYキャンプのためのミーティングも気がついたら8時半になっていて、でも、自分的には、全然苦じゃないんですよね。それどころか、ミーティングが終わった後も、なんだか名残り惜しくて、いろいろ雑談していたい・・・。みなさん、月曜日からのお仕事もあるし、ご家族も待っておられるし・・・なんで、慌てて帰られたのですが、なんだか、自分的にはちょっと物足りない感もあったりしていました。
ハハハ、これは自分のlove languageにハマってしまっているんだなあと。
そして、自分の身の回りで起きる「どうしてもミーティングが長くなってしまう現象」は自分の議事の整理の仕方や、決断力の問題だけじゃなくて、このlove languageの問題もあるんだなあと分かってしまったんですね。
なーんだ、そうだったんだ!と。
でも、Chapmanの言いたいことは、自分のlove languageを知ること、それを伝えることも大切だけれども、それよりも大切なのは、相手のlove languageを知ること、だったはず。周りの皆さんの中では、違うところで愛を感じる方もおられるわけで、長ーいミーティングやその後の雑談なんかはストレス以外の何ものでもない、という方もおられるかもしれないわけで、その違いを知ろうとする姿勢がほんとうに大切なんですよね。
ま、そんなことで、今朝も、神様とのQuality Timeを楽しんできました。
でも、それはまた取っておいて、先週後半の聖書から・・・。
先週後半、更新できないでいた頃、ローマ13−14章を読んでいました。
「すべてのひざは、わたしの前にひざまずき・・・」14章11節。
昨日は礼拝で子供と大人と両方いっぺんのメッセージ。
エルサレム会議、と呼ばれる、最初の教会内での大切な教義についての話し合いのところ。
その時も感じたのですが、教会って、一緒に神様の前に跪く、という感覚ってとても大切だと思う。意見が違って、考え方が違う、生活習慣が違い、大切だと思うポイントも違う。そんな者たちが一緒に集まっているんだけれども、そこに一致をもたらすのは、「話し合い」ではなくて、その中で、主の前にひざまずく姿勢。誰かが偉くなってしまったり、自分の意見が通らなくなるといじける人のために周りが動かされたり、声の大きな人の言うことに振り回されたりするのではなく、主の前にひざまずく姿勢。それも一緒に頭を垂れる姿勢。
14章では生活習慣の違いや、意見の違いが教会の中の問題になっている中で、この言葉が語られているのです。
主の前にへりくだって歩む者となることができますように。
主よ、
あなたの前にひざまずき、あなたの前に頭を垂れて、
あなたに従って行く者でありますように。
2010-08-01
2010-07-31
連敗更新中。
うーん、更新したいのですが、
どうしても夜パワーが足りなくて、
翌朝きついかと思うと早く休みたく、
連敗中です。
朝更新したほうがいいかもしれませんね。
でも、明日もちょっと自信がありません・・・。
元気にしてますし、「日々のみことば」も毎日読んでいます。
今夜というか、もう12時も過ぎましたが、
もう休んで、明日、というか朝に備えようと思います。
ではでは・・・。
どうしても夜パワーが足りなくて、
翌朝きついかと思うと早く休みたく、
連敗中です。
朝更新したほうがいいかもしれませんね。
でも、明日もちょっと自信がありません・・・。
元気にしてますし、「日々のみことば」も毎日読んでいます。
今夜というか、もう12時も過ぎましたが、
もう休んで、明日、というか朝に備えようと思います。
ではでは・・・。
2010-07-27
太いパイプ。
今日もやはり昼間はだらーっと汗が流れてくる暑さでしたが、
夜になったら、ぐーんと涼しくなってきています。
今、夜の11時過ぎですが、22.6度。
気持ちの良い夜です。
でも、明日はだんだん湿度が上がってきて、
夜は雷雨もあるジトーッという夜が帰ってきそうです。
でも、それも木曜日の昼間までで、その後週末にかけて、
爽やかな日々が続きそうです。
東京の週間予報なんか見ていると日本の皆さんに申し訳ないような気もしますが、
こっちもまたいつ暑くなるかわかりませんし、
はい、今のうちに気持ちの良い日々をenjoyさせていただきます!
日曜日、礼拝のメッセージをしながら、
祈りについて語りながら、
「ああ、私たちはこの天地を造られ、この天地を今も支配しておられるお方と、太いパイプでつながっているのだ。ありえない特権を戴いているのだ。でも、果たして、自分はそのパイプを十分に活用しているだろうか?」という思いが心に湧いてきました。
信頼しているのはいい。主に対して絶対的な信頼を持っている。
でも、自分はその神様とコミュニケーションをする特権が与えられ、その神様との太いパイプがありながら、それを使おうとしないで、自分の思いは主は知っておられるはずだから・・・と、祈るべきことを祈らないでいることがどれだけ多くあるだろうか?
そんなことを思わされています。
もっともっと祈ることを教えていただきたいと思います。
さて、今日の聖書。
今日はローマ12:9−21。
「悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。」21節。
本当に大切な事だと思います。
あの9−11の時に、本当にこのことを思わされました。
私たちは悪魔の思う壺にハマってはいけない。
悪に対して悪を持って報いてはならない。
日常でもそのことの大切さを思います。
思いながら、もうひとつのことを思わされます。
それは「善をもって悪に勝つ」と思っているとき、
私たちはよっぽど注意しなければならない。
つまり、自分が善で相手が悪だって思っている。
相手の悪に対して自分の善で応えるんだって思っている。
自分の善で応えるんだって気負っている。
そんな時こそ、よっぽど気をつけなければいけない。
「自分の善ってなんだ?」と。
相手を悪だって決め付ける自分は何者だ、って。
主の前にひれ伏し、主に従う者でありますように。
自分の善を振り回すのではなく、
ただただ、忠実に主に示されたことを行ない続ける者でありますように。
主よ、
自分が正しいと思うその時に、
あなたの前に出ることができますように。
あなたの前にひれ伏す者でありますように。
あなたに従って、善を行う者でありますように。
夜になったら、ぐーんと涼しくなってきています。
今、夜の11時過ぎですが、22.6度。
気持ちの良い夜です。
でも、明日はだんだん湿度が上がってきて、
夜は雷雨もあるジトーッという夜が帰ってきそうです。
でも、それも木曜日の昼間までで、その後週末にかけて、
爽やかな日々が続きそうです。
東京の週間予報なんか見ていると日本の皆さんに申し訳ないような気もしますが、
こっちもまたいつ暑くなるかわかりませんし、
はい、今のうちに気持ちの良い日々をenjoyさせていただきます!
日曜日、礼拝のメッセージをしながら、
祈りについて語りながら、
「ああ、私たちはこの天地を造られ、この天地を今も支配しておられるお方と、太いパイプでつながっているのだ。ありえない特権を戴いているのだ。でも、果たして、自分はそのパイプを十分に活用しているだろうか?」という思いが心に湧いてきました。
信頼しているのはいい。主に対して絶対的な信頼を持っている。
でも、自分はその神様とコミュニケーションをする特権が与えられ、その神様との太いパイプがありながら、それを使おうとしないで、自分の思いは主は知っておられるはずだから・・・と、祈るべきことを祈らないでいることがどれだけ多くあるだろうか?
そんなことを思わされています。
もっともっと祈ることを教えていただきたいと思います。
さて、今日の聖書。
今日はローマ12:9−21。
「悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。」21節。
本当に大切な事だと思います。
あの9−11の時に、本当にこのことを思わされました。
私たちは悪魔の思う壺にハマってはいけない。
悪に対して悪を持って報いてはならない。
日常でもそのことの大切さを思います。
思いながら、もうひとつのことを思わされます。
それは「善をもって悪に勝つ」と思っているとき、
私たちはよっぽど注意しなければならない。
つまり、自分が善で相手が悪だって思っている。
相手の悪に対して自分の善で応えるんだって思っている。
自分の善で応えるんだって気負っている。
そんな時こそ、よっぽど気をつけなければいけない。
「自分の善ってなんだ?」と。
相手を悪だって決め付ける自分は何者だ、って。
主の前にひれ伏し、主に従う者でありますように。
自分の善を振り回すのではなく、
ただただ、忠実に主に示されたことを行ない続ける者でありますように。
主よ、
自分が正しいと思うその時に、
あなたの前に出ることができますように。
あなたの前にひれ伏す者でありますように。
あなたに従って、善を行う者でありますように。
2010-07-26
休日は休日として。
昨日の夜から、本当に涼しくなって、
今朝は20度を切りました。最低気温は17度。
4週間ぶりくらいでしょうか?
朝は真っ青な空。
澄み切った秋の朝の雰囲気でした。
でも、今日の昼間はそこそこ暑くなって、
日向ではやはり汗がドッと流れてくる天気。
今夜も涼しいです。10時過ぎで、23度。
このまま、「暑くても朝晩は涼しい」8月の天気になってくれればいいのですが。
今日は、5月のメモリアルデーウィークエンド以来の夫婦そろっての休日。
私は(原則)月曜日にお休みで(だいたい2回に1回くらい返上になるんですが・・・)、
のんちは大体月曜は仕事が入ります。
だから、すれ違うんですよねえ。休日。
でも、今日からドクターの夏休みでのんちもお休み、ということで、
貴重な一日となりました。
5月の時も「どなたでもどうぞ」のパーティーだったので、楽しかったのですが、
夫婦で過ごす休日は、いつ以来だろう???と思い出せないほど久しぶり。
高校生と大学生は家に放っておいていいのですが、2時には末の子の通いのキャンプの迎えがあるので、それまでには戻らなければなりません。夜勤明けで熟睡しているのハジに迎えを頼むのも気が引けて、昼前に出発して車で20分くらいのところにあるreservation(自然公園?)に行ってきました。
でも、ちょっとした小川が流れていて、魚が泳いで、ザリガニやカエル、アメンボやトンボがいて、ぼーっとしているだけで、癒されました。
携帯のカメラなんで、しょうがないところもあるのですが、今度、もっといい写真を撮ってきたい・・・。
これは水面に映る木々の緑が写っているのですが、
実はここにザリガニが隠れています。わかりますか?ザリガニのはさみ。
わかったらすごいけど・・・。
今日も、JOYJOYキャンプの準備や訪問やで、完全休日にはなかなかならないのですが、
でも、こういうちょっとしたQuality Timeが自分には必要みたいです。
さて、今日の聖書。
今日はローマ人への手紙12章1−8節。
「私たちは、与えられた恵みに従って、異なった賜物を持っているので・・・」6節。
すべてをやろうとしなくていい。
すべてをやろうとしてはならない。
神様が与えられた賜物があるから。
それぞれ違っていいのだから。
みんなが同じでなくていい。
みんなが同じであってはならない。
神様がそのように造ったのだから。
主よ、
私をこのような者に造ってくださってありがとうございます。
うーん、主よ、正直申し上げると、
なんだか、このように祈ることに心のなかで引っかかるものがあります。
まだまだですね。
あなたが与えられた自分の存在を、
自分に与えてくださった賜物を、
もっと素直に、もっと心の底から喜んで、
受け入れる者となれますように。
今朝は20度を切りました。最低気温は17度。
4週間ぶりくらいでしょうか?
朝は真っ青な空。
澄み切った秋の朝の雰囲気でした。
でも、今日の昼間はそこそこ暑くなって、
日向ではやはり汗がドッと流れてくる天気。
今夜も涼しいです。10時過ぎで、23度。
このまま、「暑くても朝晩は涼しい」8月の天気になってくれればいいのですが。
今日は、5月のメモリアルデーウィークエンド以来の夫婦そろっての休日。
私は(原則)月曜日にお休みで(だいたい2回に1回くらい返上になるんですが・・・)、
のんちは大体月曜は仕事が入ります。
だから、すれ違うんですよねえ。休日。
でも、今日からドクターの夏休みでのんちもお休み、ということで、
貴重な一日となりました。
5月の時も「どなたでもどうぞ」のパーティーだったので、楽しかったのですが、
夫婦で過ごす休日は、いつ以来だろう???と思い出せないほど久しぶり。
高校生と大学生は家に放っておいていいのですが、2時には末の子の通いのキャンプの迎えがあるので、それまでには戻らなければなりません。夜勤明けで熟睡しているのハジに迎えを頼むのも気が引けて、昼前に出発して車で20分くらいのところにあるreservation(自然公園?)に行ってきました。
でも、ちょっとした小川が流れていて、魚が泳いで、ザリガニやカエル、アメンボやトンボがいて、ぼーっとしているだけで、癒されました。
携帯のカメラなんで、しょうがないところもあるのですが、今度、もっといい写真を撮ってきたい・・・。
これは水面に映る木々の緑が写っているのですが、
実はここにザリガニが隠れています。わかりますか?ザリガニのはさみ。
わかったらすごいけど・・・。
今日も、JOYJOYキャンプの準備や訪問やで、完全休日にはなかなかならないのですが、
でも、こういうちょっとしたQuality Timeが自分には必要みたいです。
さて、今日の聖書。
今日はローマ人への手紙12章1−8節。
「私たちは、与えられた恵みに従って、異なった賜物を持っているので・・・」6節。
すべてをやろうとしなくていい。
すべてをやろうとしてはならない。
神様が与えられた賜物があるから。
それぞれ違っていいのだから。
みんなが同じでなくていい。
みんなが同じであってはならない。
神様がそのように造ったのだから。
主よ、
私をこのような者に造ってくださってありがとうございます。
うーん、主よ、正直申し上げると、
なんだか、このように祈ることに心のなかで引っかかるものがあります。
まだまだですね。
あなたが与えられた自分の存在を、
自分に与えてくださった賜物を、
もっと素直に、もっと心の底から喜んで、
受け入れる者となれますように。
2010-07-25
すげえ、自タイ。
いやあ、びっくりしました。
ホンモノを見たときにもびっくりしましたが、
その後、最近の飛ばしようはすごいです。
各地で怪しまれるどころか、
シカゴ、セントルイス、デトロイト(タイガースだもんねえ)、シンシナティ、ビッツバーグ、と歓迎されているようですね。
この勢いで、8月9日から13日のJOYJOYキャンプが襲撃されるのでは?と、ちょっと楽しみになんかしています(ラブコール)・・・。
こちら、尾尾尾さんの記事。
怪しいお方、かと思ったら、こんなにすごい写真を撮られ、
こんなにすごい記事を書かれるんですね。
お見それしました・・・。
はい、今日も暑かったですが、
昨日よりはましだったみたいです。
(あ、昨日は更新しないで早く寝てしまいました・・・今日はハジが12時からバイトなので12時までは寝ない・・・)
でも、何よりも今日のトピックは礼拝のメッセージ中の雷雨。
礼拝堂の中でも外が暗くなったのがわかって、
電気もボワーッと暗くなって、
どーっと音がして、
すごい雨でした。
おかげで・・・なのか、
ジェット気流の南下なのか、
夜になってぐっと涼しくなってきました。
夜の11時半ですが、21度くらい!
昨日の夜は熱帯夜でしたから、もう天国です。
明日も気温は上がりますが、
からっとしていて、朝夕は涼しいでしょう。
さて、ここ数日の聖書から。
ローマ11章をここ3日をかけて読みました。
「あなたが根を支えているのではなく、根があなたを支えているのです。」18節。
いつの間にか、傲慢になっていることがある。
自分が何者かであるかのように思っていることがある。
でも、私たちは、いつもいつも誰かに支えられ、
誰かの通ってきたものを土台にして生きている。
ここでパウロが言っているのは、ユダヤ文化。
彼らがうけてきた神からのメッセージ、
それがあるから、イエスの恵みの意味がある。
最近、ダニエル書を読んだ。
読んだというか、もう一度学びなおした。
その中で、彼らが生きた厳しい社会の中での
神との関係が、新約聖書のイエスの教えを読む上でどれほど大切な背景になっているか、そのことを思わされた。
本当に謙虚に学び続ける者でありたいと思います。
主よ、
誰かが私を支えている、
自分が受け継いできたものが、
私を支えている、
そのことを見失うことがありませんように。
感謝を忘れることがありませんように。
ホンモノを見たときにもびっくりしましたが、
その後、最近の飛ばしようはすごいです。
各地で怪しまれるどころか、
シカゴ、セントルイス、デトロイト(タイガースだもんねえ)、シンシナティ、ビッツバーグ、と歓迎されているようですね。
この勢いで、8月9日から13日のJOYJOYキャンプが襲撃されるのでは?と、ちょっと楽しみになんかしています(ラブコール)・・・。
こちら、尾尾尾さんの記事。
怪しいお方、かと思ったら、こんなにすごい写真を撮られ、
こんなにすごい記事を書かれるんですね。
お見それしました・・・。
はい、今日も暑かったですが、
昨日よりはましだったみたいです。
(あ、昨日は更新しないで早く寝てしまいました・・・今日はハジが12時からバイトなので12時までは寝ない・・・)
でも、何よりも今日のトピックは礼拝のメッセージ中の雷雨。
礼拝堂の中でも外が暗くなったのがわかって、
電気もボワーッと暗くなって、
どーっと音がして、
すごい雨でした。
おかげで・・・なのか、
ジェット気流の南下なのか、
夜になってぐっと涼しくなってきました。
夜の11時半ですが、21度くらい!
昨日の夜は熱帯夜でしたから、もう天国です。
明日も気温は上がりますが、
からっとしていて、朝夕は涼しいでしょう。
さて、ここ数日の聖書から。
ローマ11章をここ3日をかけて読みました。
「あなたが根を支えているのではなく、根があなたを支えているのです。」18節。
いつの間にか、傲慢になっていることがある。
自分が何者かであるかのように思っていることがある。
でも、私たちは、いつもいつも誰かに支えられ、
誰かの通ってきたものを土台にして生きている。
ここでパウロが言っているのは、ユダヤ文化。
彼らがうけてきた神からのメッセージ、
それがあるから、イエスの恵みの意味がある。
最近、ダニエル書を読んだ。
読んだというか、もう一度学びなおした。
その中で、彼らが生きた厳しい社会の中での
神との関係が、新約聖書のイエスの教えを読む上でどれほど大切な背景になっているか、そのことを思わされた。
本当に謙虚に学び続ける者でありたいと思います。
主よ、
誰かが私を支えている、
自分が受け継いできたものが、
私を支えている、
そのことを見失うことがありませんように。
感謝を忘れることがありませんように。
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