2010-08-02

今朝のQuality Time。

月曜日の夕方ですが、
今日は雨が降る、と言っていましたが、
全然大丈夫でしたね。
(この表現、NHKの「みんなでニホンGO!」で、昔の文豪とかも使っていたと、「全然OK」となっていましたが、私的には[わっ、これも昔はなかった・・・]うれしかったですね。言葉は時代でどんどん変わりますからねえ。「これが正しい日本語です」みたいなことを平気でキッパリ言う人の方がちょっとコワイ。でも、私も言葉を使う仕事をしていますから、人を不快にさせないで意味が伝わる言葉を使うことは大切だな、と思います。これについては、NHKのサイトの「ご意見一覧」にいろんな方の意見が出ていて、おもしろい。個人的には「大丈夫?」「ううん、全然だいじょばない」に市民権が与えられる日を待ち望んでおります・・・。お? いやいやまだまだ・・・


で、長いカッコでしたが、本題に戻ると、明日からはちょっと蒸し暑くなるみたいです。


さて、今朝の神様とのQuality Timeですが、
教会の外で持ちました。


なんでって、この時期、6時頃の空がとっても綺麗ですから。
昨日の朝なんて最高でした。


今朝も綺麗だったので、ずっとやりたいと思っていた
iPhoneアプリのiTimelapseで45分間を35秒のビデオに。
このアプリ、最近updateされていなくて、iOS4ではうまく働かない部分もあるのですが、でも、全然ダメではありません。


その45分間、神様に祈りながら、雲の動きをずっと見ながら、
空の色が変わっていくのを見ながら、過ごしていました。





電線とか入ってしまって構図としてはもう一回チャレンジしたい感じなんですが、
あとで見てみて、その時には気がつかなかったことが2つありました。


一つは低い雲と高い雲が全く違う方向に流されていること。
地表の風と、低層の風、そして、高層の風の向きが違うことがあることは知っていましたが、
ここまで見事に違うとはあまり分かっていませんでした。
それぞれの高さにできる雲が違う種類の雲で、
そして、綺麗に違う方向に流れていくんですね。


もうひとつは、考えて見れば当たり前なんですが、
「飛行機雲も他の雲と一緒に流れていく」ということ。


ああ、雲を見ていると飽きないですよ〜。


今度、バードウォッチングならぬ、クラウドウォッチングのサークルを作ろうかなあ。
と思ったら・・・。


あった。


The Cloud Appreciation Society


2万人以上が参加しているそうで・・・。


さて、昨日〜今日の聖書。
ローマ15章でした。


「私は神の福音をもって、祭司の務めを果たしています。それは異邦人を、聖霊によって聖なるものとされた、神に受け入れられる供え物とするためです。」10節。

このパウロの強烈な使命感。
これから、自分はどのように歩んでいくのだろうかと
祈っている最中ですから、
このパウロのような思いを与えていただきたいと思いました。

そして、このパウロの使命は、
大きな教会を作ろうとか、
たくさんの人に福音を伝えよう、
というレベルではなくて、

「聖なるものとされた神に受け入れられる供え物」として、
一人ひとりを育てていくことでした。
導いていくことでした。

私もそのような働きをさせていただきたいです。

ただ人が集まるのではなくて、
「聖なるものとされた、神に受け入れられる供え物」として、
一人ひとりが整えられていくような働きをさせていただきたいと思います。

主よ、
私を用いてください。
パウロのような強烈な使命感の中で、
一人ひとりをあなたへのささげものとして、
ささげていく働きをさせてください。

Quality Time

Gary Chapmanという人が、Five Love Languageという本の中で、人には愛の表し方、愛を感じるポイントがそれぞれあって、それは大きく5つに分けられると言っていますね。3年くらい前に日本語にも翻訳されました(NJの友人が訳されました。8月22日には、訳した方のご主人がJCCNJでメッセージをしてくださいます)。


その5つはこんなです。


肯定的なことば(words of affirmation)
一緒に時間を過ごすこと(quality time)
贈り物(receiving gifts)
助けてくれること(acts of service)
スキンシップ(physical touch)


自分のlove languageが、愛を表したい相手のlove languageとずれていたら、どんなに一生懸命やっても、まるで知らない外国語でコミュニケーションを取っているように、伝わらなくて、「こんなにやっているのに・・・」「こんなに愛しているのに・・・」というよく聞くセリフが出てくる事になるというんですね。


なるほど・・・と思います。


で、自分のlove languageは絶対quality time・・・。


何でもいいんですよね、一緒に時間を過ごすこと。
で、今朝気がついたんですよ。
昨日のJOYJOYキャンプのためのミーティングも気がついたら8時半になっていて、でも、自分的には、全然苦じゃないんですよね。それどころか、ミーティングが終わった後も、なんだか名残り惜しくて、いろいろ雑談していたい・・・。みなさん、月曜日からのお仕事もあるし、ご家族も待っておられるし・・・なんで、慌てて帰られたのですが、なんだか、自分的にはちょっと物足りない感もあったりしていました。


ハハハ、これは自分のlove languageにハマってしまっているんだなあと。
そして、自分の身の回りで起きる「どうしてもミーティングが長くなってしまう現象」は自分の議事の整理の仕方や、決断力の問題だけじゃなくて、このlove languageの問題もあるんだなあと分かってしまったんですね。


なーんだ、そうだったんだ!と。


でも、Chapmanの言いたいことは、自分のlove languageを知ること、それを伝えることも大切だけれども、それよりも大切なのは、相手のlove languageを知ること、だったはず。周りの皆さんの中では、違うところで愛を感じる方もおられるわけで、長ーいミーティングやその後の雑談なんかはストレス以外の何ものでもない、という方もおられるかもしれないわけで、その違いを知ろうとする姿勢がほんとうに大切なんですよね。


ま、そんなことで、今朝も、神様とのQuality Timeを楽しんできました。


でも、それはまた取っておいて、先週後半の聖書から・・・。
先週後半、更新できないでいた頃、ローマ13−14章を読んでいました。


「すべてのひざは、わたしの前にひざまずき・・・」14章11節。

昨日は礼拝で子供と大人と両方いっぺんのメッセージ。
エルサレム会議、と呼ばれる、最初の教会内での大切な教義についての話し合いのところ。
その時も感じたのですが、教会って、一緒に神様の前に跪く、という感覚ってとても大切だと思う。意見が違って、考え方が違う、生活習慣が違い、大切だと思うポイントも違う。そんな者たちが一緒に集まっているんだけれども、そこに一致をもたらすのは、「話し合い」ではなくて、その中で、主の前にひざまずく姿勢。誰かが偉くなってしまったり、自分の意見が通らなくなるといじける人のために周りが動かされたり、声の大きな人の言うことに振り回されたりするのではなく、主の前にひざまずく姿勢。それも一緒に頭を垂れる姿勢。

14章では生活習慣の違いや、意見の違いが教会の中の問題になっている中で、この言葉が語られているのです。

主の前にへりくだって歩む者となることができますように。

主よ、
あなたの前にひざまずき、あなたの前に頭を垂れて、
あなたに従って行く者でありますように。

2010-08-01

もうひとつのひととき。

空は青いとはかぎらない。
雲は白いとはかぎらない。
葉っぱは緑だとはかぎらない。

勘違いしていたみたい。

そう感じた朝だった。


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2010-07-31

ひととき。

空は青いよ。
雲は白いよ。
葉っぱは緑だよ。

このさわやかな天気は、今日までだよ。


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連敗更新中。

うーん、更新したいのですが、
どうしても夜パワーが足りなくて、
翌朝きついかと思うと早く休みたく、
連敗中です。

朝更新したほうがいいかもしれませんね。

でも、明日もちょっと自信がありません・・・。

元気にしてますし、「日々のみことば」も毎日読んでいます。

今夜というか、もう12時も過ぎましたが、
もう休んで、明日、というか朝に備えようと思います。
ではでは・・・。

2010-07-27

太いパイプ。

今日もやはり昼間はだらーっと汗が流れてくる暑さでしたが、
夜になったら、ぐーんと涼しくなってきています。
今、夜の11時過ぎですが、22.6度。
気持ちの良い夜です。
でも、明日はだんだん湿度が上がってきて、
夜は雷雨もあるジトーッという夜が帰ってきそうです。


でも、それも木曜日の昼間までで、その後週末にかけて、
爽やかな日々が続きそうです。


東京の週間予報なんか見ていると日本の皆さんに申し訳ないような気もしますが、
こっちもまたいつ暑くなるかわかりませんし、
はい、今のうちに気持ちの良い日々をenjoyさせていただきます!


日曜日、礼拝のメッセージをしながら、
祈りについて語りながら、
「ああ、私たちはこの天地を造られ、この天地を今も支配しておられるお方と、太いパイプでつながっているのだ。ありえない特権を戴いているのだ。でも、果たして、自分はそのパイプを十分に活用しているだろうか?」という思いが心に湧いてきました。


信頼しているのはいい。主に対して絶対的な信頼を持っている。


でも、自分はその神様とコミュニケーションをする特権が与えられ、その神様との太いパイプがありながら、それを使おうとしないで、自分の思いは主は知っておられるはずだから・・・と、祈るべきことを祈らないでいることがどれだけ多くあるだろうか?
そんなことを思わされています。


もっともっと祈ることを教えていただきたいと思います。


さて、今日の聖書。
今日はローマ12:9−21。


「悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。」21節。

本当に大切な事だと思います。
あの9−11の時に、本当にこのことを思わされました。
私たちは悪魔の思う壺にハマってはいけない。
悪に対して悪を持って報いてはならない。

日常でもそのことの大切さを思います。

思いながら、もうひとつのことを思わされます。
それは「善をもって悪に勝つ」と思っているとき、
私たちはよっぽど注意しなければならない。

つまり、自分が善で相手が悪だって思っている。
相手の悪に対して自分の善で応えるんだって思っている。

自分の善で応えるんだって気負っている。

そんな時こそ、よっぽど気をつけなければいけない。
「自分の善ってなんだ?」と。

相手を悪だって決め付ける自分は何者だ、って。

主の前にひれ伏し、主に従う者でありますように。
自分の善を振り回すのではなく、
ただただ、忠実に主に示されたことを行ない続ける者でありますように。

主よ、
自分が正しいと思うその時に、
あなたの前に出ることができますように。


あなたの前にひれ伏す者でありますように。
あなたに従って、善を行う者でありますように。

2010-07-26

休日は休日として。

昨日の夜から、本当に涼しくなって、
今朝は20度を切りました。最低気温は17度。
4週間ぶりくらいでしょうか?


朝は真っ青な空。
澄み切った秋の朝の雰囲気でした。


でも、今日の昼間はそこそこ暑くなって、
日向ではやはり汗がドッと流れてくる天気。
今夜も涼しいです。10時過ぎで、23度。


このまま、「暑くても朝晩は涼しい」8月の天気になってくれればいいのですが。


今日は、5月のメモリアルデーウィークエンド以来の夫婦そろっての休日。
私は(原則)月曜日にお休みで(だいたい2回に1回くらい返上になるんですが・・・)、
のんちは大体月曜は仕事が入ります。
だから、すれ違うんですよねえ。休日。
でも、今日からドクターの夏休みでのんちもお休み、ということで、
貴重な一日となりました。
5月の時も「どなたでもどうぞ」のパーティーだったので、楽しかったのですが、
夫婦で過ごす休日は、いつ以来だろう???と思い出せないほど久しぶり。


高校生と大学生は家に放っておいていいのですが、2時には末の子の通いのキャンプの迎えがあるので、それまでには戻らなければなりません。夜勤明けで熟睡しているのハジに迎えを頼むのも気が引けて、昼前に出発して車で20分くらいのところにあるreservation(自然公園?)に行ってきました。


でも、ちょっとした小川が流れていて、魚が泳いで、ザリガニやカエル、アメンボやトンボがいて、ぼーっとしているだけで、癒されました。




携帯のカメラなんで、しょうがないところもあるのですが、今度、もっといい写真を撮ってきたい・・・。


これは水面に映る木々の緑が写っているのですが、
実はここにザリガニが隠れています。わかりますか?ザリガニのはさみ。




わかったらすごいけど・・・。
今日も、JOYJOYキャンプの準備や訪問やで、完全休日にはなかなかならないのですが、
でも、こういうちょっとしたQuality Timeが自分には必要みたいです。


さて、今日の聖書。
今日はローマ人への手紙12章1−8節。


「私たちは、与えられた恵みに従って、異なった賜物を持っているので・・・」6節。

すべてをやろうとしなくていい。
すべてをやろうとしてはならない。

神様が与えられた賜物があるから。

それぞれ違っていいのだから。

みんなが同じでなくていい。
みんなが同じであってはならない。

神様がそのように造ったのだから。

主よ、
私をこのような者に造ってくださってありがとうございます。


うーん、主よ、正直申し上げると、
なんだか、このように祈ることに心のなかで引っかかるものがあります。
まだまだですね。
あなたが与えられた自分の存在を、
自分に与えてくださった賜物を、
もっと素直に、もっと心の底から喜んで、
受け入れる者となれますように。

2010-07-25

すげえ、自タイ。

いやあ、びっくりしました。
ホンモノを見たときにもびっくりしましたが、
その後、最近の飛ばしようはすごいです。


各地で怪しまれるどころか、
シカゴ、セントルイス、デトロイト(タイガースだもんねえ)、シンシナティ、ビッツバーグ、と歓迎されているようですね。


この勢いで、8月9日から13日のJOYJOYキャンプが襲撃されるのでは?と、ちょっと楽しみになんかしています(ラブコール)・・・。


こちら、尾尾尾さんの記事。
怪しいお方、かと思ったら、こんなにすごい写真を撮られ、
こんなにすごい記事を書かれるんですね。
お見それしました・・・。


はい、今日も暑かったですが、
昨日よりはましだったみたいです。
(あ、昨日は更新しないで早く寝てしまいました・・・今日はハジが12時からバイトなので12時までは寝ない・・・)
でも、何よりも今日のトピックは礼拝のメッセージ中の雷雨。
礼拝堂の中でも外が暗くなったのがわかって、
電気もボワーッと暗くなって、
どーっと音がして、
すごい雨でした。


おかげで・・・なのか、
ジェット気流の南下なのか、
夜になってぐっと涼しくなってきました。
夜の11時半ですが、21度くらい!
昨日の夜は熱帯夜でしたから、もう天国です。


明日も気温は上がりますが、
からっとしていて、朝夕は涼しいでしょう。


さて、ここ数日の聖書から。
ローマ11章をここ3日をかけて読みました。
「あなたが根を支えているのではなく、根があなたを支えているのです。」18節。

いつの間にか、傲慢になっていることがある。
自分が何者かであるかのように思っていることがある。

でも、私たちは、いつもいつも誰かに支えられ、
誰かの通ってきたものを土台にして生きている。

ここでパウロが言っているのは、ユダヤ文化。
彼らがうけてきた神からのメッセージ、
それがあるから、イエスの恵みの意味がある。

最近、ダニエル書を読んだ。
読んだというか、もう一度学びなおした。
その中で、彼らが生きた厳しい社会の中での
神との関係が、新約聖書のイエスの教えを読む上でどれほど大切な背景になっているか、そのことを思わされた。

本当に謙虚に学び続ける者でありたいと思います。

主よ、
誰かが私を支えている、
自分が受け継いできたものが、
私を支えている、
そのことを見失うことがありませんように。
感謝を忘れることがありませんように。

2010-07-23

無条件の尊敬。

今日は朝からちょっとどんより。
雨がパラパラ降っていたのですが、
昼ごろにはザーッと降って、
その後、晴れてめちゃくちゃ蒸し暑くなって、
そして、夜8時頃、猛烈な雷雨。


夜10時過ぎで、雨のおかげで少し下がって24.5度、
何とか熱帯夜は免れましたが、今夜は蒸し暑い夜になりそうです。


明日は熱波+雷雨。
ちょうど、今日のシカゴあたりの天気がそのまま東に移ってきそうです。


何週間か、前にカルフォルニアの日系教会から送られてきた一冊の本。
そこの教会で翻訳をして、
アメリカの日系教会に一冊ずつ送ってくださっているようです。
題は失念してしまいましたが、夫婦関係についての本です。


エペソの5章に書かれている夫と妻とに対する勧めの中で、
夫に対して、妻への「無条件の愛」を求めているのは、
キリストが教会を愛したように・・・とよく語られるが、
反対の、妻に対して、夫への「無条件の尊敬」を求めてられていることは余り語られない・・・という趣旨の文章がありました。


確かに、「無条件の愛」というのはよく聞くことばですし、
大切な事だと思います。
でも、「無条件の尊敬」というのは余り聞かない言葉です。
「尊敬は勝ち取るもの」みたいな気持ちが男性には強いかもしれませんね。


例えば、「無条件に尊敬している」・・・と言われたとしても、
喜んでいいのか・・・みたいな戸惑いもあるでしょう。
「愛」は「無条件」としっくりつながるのですが、
「尊敬」はなかなか「無条件」としっくり来ない。


でも、少なくともわかるのは、「男性は尊敬されて力が湧いてくる」みたいなところがある、ということです。だから、「敢えて尊敬しよう」という決意、決断が大切なのかもしれませんね。もちろん、その背後には「神様に愛されている喜び」が支えとしてなければいけないのでしょうが・・・。


まだ読み始めなので、ぼちぼち読ませていただきたいと思います。


送ってくださった教会の皆さんに感謝。


さて、昨日の聖書。
昨日、7月22日はローマ10:14−21でした。


「聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。」14節。

誰が伝えなければ、聞くことができない。
聞いたことがなければ、信じることなどできない。

だから、私たちには伝えていく使命と責任がある。
どのように受け取られるかはわからない。
その時には受け入れられないかもしれない。

でも、その時々、その一瞬一瞬、神様から力をもらって、
伝えていく者でありたい。

たとえ、受け入れられなくても、
その心の何処かに残ればいい。

どこかに残って、いつか、信じることができる日が来るように祈りつつ。

主よ、
語らせてください。
もっともっと、あなたのことを語らせてください。
御言葉の種を蒔かせてください。
そしてやがての日に、実を結ぶのを見ることができますように。



2010-07-21

低いところと高いところ。

今日も暑かったです。35度を超えました。
で、あちらこちらで雷雨で、特にコネチカット州はかなりひどかったみたいですが、ここらへんは殆ど降っていないみたいです。
で、夜になって、ちょっと過ごしやすくなってきました。
今日は11時でもう24.5度に下がっています。


明日は天気が良くて、雨もなく、また暑いみたいですが、
ちょっとカラッとしているかな。


また週末にかけて蒸し暑くなりそうです。


今日は早速「日々のみことば」。
またまたちょっと飛びますが、今日のところ。
ローマ10:5−13。


『しかし、信仰による義はこう言います。「あなたは心の中で、だれが天に上るだろうか、と言ってはいけない。」それはキリストを引き降ろすことです。また、「だれが地の奥底に下るだろうか、と言ってはいけない。」それはキリストを死者の中から引き上げることです。では、どう言っていますか。「みことばはあなたの近くにある。あなたの口にあり、あなたの心にある。」これは私たちの宣べ伝えている信仰のことばのことです。』6−8節。

イエスは高い方であり、低い方である。
その両方であって、そして私たちと共にある、というのが、
この聖書のメッセージなんだと思います。

イエスはとても高いところにおられて、私たちと関係もない、
というのも、
反対に、イエスは低いところを歩まれて、超越した部分が何も無い、
というのも、
共に違っていて、本当に徹底的に低いところを歩まれた方でありながら、
遥かに人間を超越している、神なるお方なのだ、ということです。

力ある方が、また私のことを分かってくださって、
共に歩んでくださることに心から感謝します。

主よ、
世界を造り、今も支配しておられるあなたが、今日も、私と共に歩んでくださること、
私のことを守り、導いてくださることを感謝します。
勇気と力を与えてください。

2010-07-20

怒ってる?

「怒ってる?」


この質問は、本当に怒っている時にも、
全く怒っていない時にも、
余り言われて気持ちいいものではない。


怒っているときに言われたら「当たり前だ!」だし、
怒っていないときには「何を心配しているんだ?ビクビクするな」ですよね。


でも、敢えて、この質問を投げかけてみたくなったのは、


今年の春から、購読を始めた「Ministry」誌の創刊号(2009年春号)の、
アリスター・マクグラス教授と森本あんり教授の対談を読んで。


途中からの購読だったので、創刊号からいっぺんに3冊くらいまとめて取り寄せて、最初の方は斜め読みだったんですね。ですから、この対談もちゃんと読んでいなかった。


今回、教会のメンバーとして転会される方がICU教会で森本先生から洗礼を受けられた方なので、「ほらここに出ているよ!」と見せたのがきっかけで、読んでみたのでした。
でも、実に面白いです。


ドーキンスやアトキンスなどの無神論者との対談を精力的にこなしているマクグラスは自分自身も元無神論者。


その中で、マクグラスはドーキンスに「あなたの無神論の背後には怒りがあるのではないか」と問いかけ、彼もそれを認めたと出てきます。


無神論の怒り、それは神は人々が災害に襲われているのに無力で無慈悲だとか、宗教は子供たちを洗脳してテロリストにしているとか、そういう事への怒り。


でも、読みながら思ったのは、もしかしたら、無神論だけではなくて、いろんな方々の歩みの中にはどこかに怒りがある。自分だってそう、もう忘れている、もう乗り越えていると思っていることの中に、まだまだ隠された怒りがある、それを感じることがあります。そして、そこに触れるようなことが出てくると、まるで八つ当たりのように厳しい態度に出る。怒りなんだか、甘えなんだか。


もしかしたら、私が出会う多くの人々の反応の中にも、
怒りゆえの反応がかなりあるのではないかと思わされました。
周りの人が戸惑うような反応。
どうして、自分はそんな反応をしてしまうのか、
自分の怒りの原因を知ることが癒しの第一歩でしょうか。


あなたも怒っていませんか?


あ、でも、この質問、逆効果ですね。
余計あなたを怒らせてしまうかも・・・。


今日は予告通り、雷雨はありませんでしたが、
暑い一日になりました。
でも、昨日までよりはちょっとましになって、最高は31.7度。
今は夜の10時前で、25度くらいまで下がってきています。


明日は曇り時々晴れで時々雷雨。


17日(土)の聖書。
ローマ人への手紙8章の最後の方です。
31−39節。


「そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。」39節。

これも実感。
イエスの愛の大きさには、
自分はもう囚われた、という感じ。

主よ、
あなたの愛に感謝します。
私をあなたの愛の中に守ってください。

永遠の課題。

今朝の最低気温は21.3度。
これくらいまで下がると朝は過ごしやすいですね。


でも、昼間はまた暑くなるみたいです。
今日はまず雷雨の心配はないみたいです。


あと1週間の夏を前向きにEnjoyするようにしましょう。


さて、金曜日の夜は、
1ヶ月に1回の我が家での夜の集会。
波はあるのですがいろいろな方が来られる楽しい集まりです。


金曜日、ご都合が悪い方がなん人かおられたので、
どなたが来られるかなあ、と思っていましたが、
初めての方も含めて、子供を入れて30人近い方々が来られました。


毎回一つテーマを決めて、思っておられることを分かち合っていただいているのですが、
今回のテーマは「大切にされていると思うとき」。


親子のこととか、職場でのこととかもあるんでしょうが、
どうしても、多くの方々の気持ちは夫婦のことに向くんですね。


そして、これはほんとに永遠の課題で、
(希望を込めて)活発な話が続きました。
なんと、集会が終わっても、しばらく、その話がアチラコチラで・・・。


主によって、一つ一つの夫婦の関係が祝福されますように!


あと、初めて来られた方は1ヶ月前に引っ越してこられた方。
来られる前に住んでいたのが、私の育った町。
超ローカルな話で盛り上がってしまいました。


NJでそんな平和な時間が流れているとき、
シカゴでは、大変なことが起こっていたそうで・・・。


まだまだ続きそうです。タイガー旋風(被害?)。


さて、先週金曜日、16日の聖書から。
ローマ8:18−30でした。


「今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに提示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます。」18節。

このことを主が語ってくださったら、
もうそれで十分ですよね。

今どんな痛みの中にあっても、
神様が準備してくださっているものに比べれば取るに足りない。

でも、もしかしたら、私はまだ「いろいろの苦しみ」の意味が分かっていないのかもしれません。一昨日の礼拝の中で、何十年前のイラクでお父さんを連行された方の不安な日々の話のことを思い出して、本当に自分は迫害のこわさや、不安や痛みを分かっていないのかも知れない、そんな中で、「神は迫害の中でも守ってくださる」「神は迫害のようなことの中で素晴らしいことをされる」なんて、簡単に言ってはならないな、と思います。

でも、この言葉は私の言葉ではなくて、主の言葉。
主が準備してくださっているもの、それは、どんな苦しみもちっぽけに見える。

どんな素晴らしい物を準備してくださっているのか、
楽しみに待っていこうと思います。

主よ、
私の今の闘い、痛み、苦しみ、
ほんと、幼稚園のようなものかもしれません。
でも、それなりの痛みがあります。
どうか、そんな中でも、あなたの準備してくださっているもの、
その素晴らしさを見せてくださいますように。
そして、苦難の中でも、主が共にいる喜びに活かしてくださいますように。

2010-07-19

主を愛すること。

今日は朝8時過ぎにめったに無いほどの激しい雷雨。
雲の動きが不気味なくらいでした。
ちょうど、ハジを迎えに行った時だったので、
ずぶ濡れに・・・。






夜、9時頃にもう一度雷雨。
おかげで、今夜はもう23度まで下がってきています。


明日はまた暑い一日になりそうです。
この暑さは来週初めくらいまで続きそうです。


金曜日の午後でしたが、
1ヶ月ぶりくらいに、エホバの証人の日本人の方が、
2人で来られました。
お一人はボストンから研修のために来られたとのこと。
熱心ですよねえ。


もちろん、聖書の知識とか、
もう、かわいそうになってしまうほど「ない」ので、
それなのに、一生懸命、聖書のことを知らない自分に教えてあげる、
という態度がいじらしく、
いろいろ言うことが意地悪にならないように、
気を遣いながら、でも、ハッキリと思っていることを伝えました。


どこかで、福音に目が開かれますように、と祈りつつ。


でも、お二人が帰られた後に、
ひとつの聖書の言葉が心に響いてきました。


「あなたはこの人達が愛する以上に私を愛するか。」


ペテロに問いかけられたイエスの言葉です。


文脈を超えて、わたしのこころに響いてきました。


「あの人達がイエス(彼らにとってはエホバ神?)を愛する以上に、私はイエスを愛しているだろうか?」


そのことを心のなかで反芻している中で、
イエスの言葉がたたみかけてきます。


「私の小羊を養いなさい。」


主からの使命を再確認させていただく一時でした。
私はイエスの羊を養う使命を戴いている。
そう、養われないといけない羊がいる。


野放図にされるのではない、
本当に養われていかないといけない。


そのために、私は立たされている。


さて、先週の聖書から。
前のアップが11日(日)ですね。


ちょっと飛んで、15日(木)に読んだ、ローマ8:5


「肉に従う者は肉的なことをもっぱら考えますが、御霊に従う者は御霊に属することをひたすら考えます」5節。

ああ、自分は何を考えているんだろうなあ。

最近、いろんな集会にメッセンジャーとして招かれたときに、
「この牧師のことで印象に残っているのが『天気予報』が大好きだってこと」
と紹介されることもあるんですが、

うーん、まあ、反論できないのですが(苦笑)、
いや、本当にそうですから・・・。

「この人は聖霊様に満たされた器で」とか
「伝道のことばかり考えている」とか、
「イエス様大好き人間です」とか、
そういう言われ方をするときがくるだろうか、と思ったりします。

アンテオケ教会の皆さんが、
「クリスチャン」と呼ばれ始めたのが使徒行伝の11章に出てきますが、
そのように呼ばれるほど、「キリスト命」だったんですよね。

結局自分の心に何があるのか、ということなんだろうと思います。

聖霊様に満たされて、聖霊様に導かれて歩む者でありたいと思います。


聖霊様に満たされて歩むことができますように。
あなたが私の心を満たしてくださいますように。

日曜日の夜。

ハジの仕事は日曜日の夜は、12時すぎから。
日曜日は働いてはいけないという町の法律らしい。

免許取って1年未満のハジは、12時に送らないといけない・・・。



スポーツ用品店。
工事中です。

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2010-07-18

いろいろあるんですが・・・。

今日はプリンストン日本語教会とニュージャージー日本語教会とダブルヘッダーで礼拝説教。
そして、礼拝後は役員会、と、いろいろあるので、書きたいことも沢山あるし、「日々のみことば」で思わされていることもたくさんあるんだけど、何よりも休むことが大切なので、12時半を廻っているので、休みます。

ただ、一言。

今日も暑かった。
今夜も蒸し暑い・・・。

2010-07-15

いつもいつも・・・。

「私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。」第2コリント15章58節


今日は久しぶりの我が家での集会。
いつも来られている方々でご都合の悪い方もおられて、
始まるまでは、「余り来られないかなあ」と思っていましたが、
開けてみたら、先月ゲストが来られたときに続く沢山の方々が来られました。


その中に初めてお会いする方もおられたのですが、
その方が言っておられたこと。


10年くらい前、他の州で学生をしていたとき、
日本語で聖書の話を聞く集まりに行っておられたそうです。


その町には常駐の日本語牧師はおられなくて、
他の町から月に1回、回ってこられていたそうです。
その先生の名前を伺ったら、私も知っている方。
今は日本におられると思いますが、私も15年以上前ですが、お会いしたこともあると思います。


その方が言っておられたのですが、
「先生は私のことは覚えておられないと思いますが、私はその集会で語られる言葉で、何度も救われる思いをしました」と。


「水の上にパンを投げなさい。多くの日の後に、あなたがたはそれを集めるから」という言葉も聖書の中にはあります。


その先生ももしかしたら、その方の言葉のとおりに、忘れてしまわれているかもしれません。でも、それは無駄にならなかった。


だから、いつもいつも、忠実に、誠実に、愚直に、聖書からのメッセージを語り続けたい、今日はそんなことを思わされました。


感謝。


今日はすっかり雨も上がって、
いい天気になりました。
昼間は「過ごしやすい」と思ったのですが、
夜になったら、湿度が高くなってきて、
ベタッとする感じがします。
10時半で気温は24.9度。


明日も蒸し暑い一日なりそうです。
気温も今日よりも上がって、35度くらいまで行きそうです。
夜にはちょっと雷雨があるかも。


今日は7月11日(日)の聖書。
ローマ6:1−14。


「このように、あなたがたも、自分は罪に対して死んだ者であり、神に対してはキリスト・イエスにあって生きた者だと、思いなさい。」11節。

この「思いなさい」っていうのがキモ。
実感に任せていてはいけないのだと思う。

「自分は罪に死んだなんて思えない」とか、
「自分の生活はイエスに対して生きているなんて言えない」とか、
「実感がない」とか、
私たちは考える。そして、口にする。

でも、聖書は、
「いや、あなたがどのように思おうとも、どんな実感があろうとも、あなたはイエスを救い主として受け入れて、バプテスマを受けたときに、罪に対して死んで、キリストにあって生きているのだ」と私たちに語っているのだ。

だから、もう罪に支配されるような生き方はやめなさい、というのだ。

実際のところ、自分の実感と、聖書の言葉とどっちが正しいのだろうかというと、聖書の言葉なんじゃないかと思う。ちょうど天動説に人々が支配されていた時代に、地動説が提示されたように、私たちが自分の実感に支配されているところに、聖書のメッセージが投げかけられている。

「思いなさい」と言われているのだから、そうすることにしよう。

主よ、
私は罪に対して死んで、キリストによってあなたに対して生きている者です。
そのことを、信じます。そのように自分の人生を見ます。そのように自分の存在を見ます。
そのことを、また実感を持って知ることができますように。

2010-07-14

大雨でしたね〜。

今日は「朝のうち」なんて言っていましたが、
大外れで、一日大雨でしたね。
NYは大したことはなかったですが、
NJの一部は大雨でした。

サキは町のプログラムで野球観戦(独立リーグ)の日だったのですが、
雨の中で待たされて、結局中止だったそうで、
びしょぬれで帰ってきたそうで。

帰りが遅くなったので、もう休みます。
ではでは・・・。

2010-07-13

どんぐりの話その3。

今日はまとまった雨がざあっと降りました。
土曜日もそうでしたが、何度も「降るぞ」という日に、
大して降らなかったので、久しぶりです。


昨日、餃子のためにニラを取ろうと裏庭に出たら、
雨不足でかなり枯れていました。


この雨でまた新しい芽が出てくるのを期待しています。


明日は朝のうちは雨が残り、
また蒸し暑い一日でしょう。


天気予報を見るとこの蒸し暑さは、来週一杯くらいまでは続きそうです。


どんぐりを抜いていると、いろいろなことを考えさせられます。
以前使った写真ですが、
途中まではこんな感じでどんぐりの栄養で、
ぐんぐん育っていきます。




でも、どこかの段階で、この小さなドングリの木の苗も、
このどんぐりからの栄養には頼らないで、
自分の根っこから養分を取って、
自分の葉っぱで光合成をして、
成長していくのです。


そして、やがては、自分でどんぐりを実らせるような木になっていくのです。


私たちもそうですね。
最初は育ててくれる人がいて、
その人に頼っている中で、ぐんぐん成長していく。
でも、どこかのタイミングで、神様から直接力をいただいて、
成長していくようになる。


そして、やがては、今度は自分が誰かを育てていくような存在になる。


どんぐりの大切さも、自分で根を張っていくことの大切さも、思わされます。


さて、7月10日(土)の聖書。
ローマ5:12−21でした。


「罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました。」20節。

先日もある話の中で、
「クリスチャンになってからの方が罪が罪としてわかるようになった」ということ言っている方がおられました。それまではなんとも思っていなかったことが、心に示されるようになったんですね。

だから、「罪の増し加わるところ」というのは、
「ますます罪を犯すところ」というよりも、
「ますます罪を自覚させられるところ」なんでしょう。

でも、そこには、主の恵みがあふれる。

人間だからしょうがない、じゃなくて、
そこにも注がれる主の恵みが溢れて、私たちを喜びで満たす。

そして、次の章に続いていくように、
罪の奴隷から解放されて、主の恵みに応えて歩んでいく。

罪を感じなくなってしまうようなことがありませんように。
本当に見えないところの生活がきよめられ、整えられますように。
そして、自分の愚かさ、弱さにもあふれるあなたの愛に、感謝しつつ歩めますように。

神様、
あなたの恵みを感謝します。
あなたが今日も、共にいてくださいますから感謝します。
いつもあなたから力をいただいて歩んでいくことができますように。


2010-07-12

根っこは深く深く。

今日も暑かったですね。
うちの庭の最高気温は36.5度。
でも、今日はまだ湿度がそれほど高くなかったのか、
それほどきつく感じませんでした。


今は10時半で、25度。
これから雨が降ってくるようです。
明日も一日雨。


しばらく雨らしい雨が降っていないので、
ここらへんでちゃんと降っておいて欲しいところrです。


今日は庭のどんぐりぬきの続き。



こんな感じのが芝生の中ににょきにょき生えてきています。
全体を見るとこんな感じ。


とても目立ちます。
みっともない感じがします。
そこで、面倒がってこのまま芝刈りをしてしまうと、
その場は何とか見栄えはするのですが、
すぐにまたにょきにょき生えてきています。
そして、その分、根っこは下に張っていきます。

だから、一本一本座り込んで抜かないといけません。
春だったらまだマシなのでしょうが、
7月まで残ったものは、やはりそれなりに根を張っています。

特に今年のように雨がそれほど多くない年は、なおさらです。

雨がふらないと、水を探して、植物は根をどんどん下に伸ばしていきます。
そして、横に張っていきます。

その分、深く根をおろすことになるのです。

だから、植物もちょっと水が足りないくらいがいい。
飢えているくらいの方がいい。

人間も同じですね。
試練によって、私たちは深く深く主からの栄養をいただこうとするのです。

作業が終わって、こんな感じに、目立たなくなりました。
今度は芝刈りです。


その後は、夕食の準備。
餃子に挑戦したのですが、
皮を作る段階で水の量を間違えてしまって、
大変なことになってしまいました。


近いうちにリベンジを狙います。


さて、7月9日(金)の聖書から。
ローマ5:1−11でした。


「忍耐が練られた品性を生み出し・・・」4節。

この新改訳の「練られた品性」って、
使わない言葉ですが、とてもうまくはまっていますよね。
品性が練られて、整えられて、
でも、それは困難の中での忍耐によって
初めて起こること。

困難のないところでは起こらないのでしょう。

だから、いろんな試練は、必要なのでしょうね。
もちろん、そのような試練がない、というのは、
それはそれで、感謝すべきなのでしょうが。

練られた品性、持たされるように、
主は私にも試練を与えてくださるんだなあと思いました。

逃げないで、その中で、主に祈って答えを頂きたいです。

主よ、
試練が襲ってきたときに、
理解に苦しむことが起こったときに、
私は今、「練られた品性」を与えられようとしているのだと、
感謝をすることができますように。

2010-07-11

根っこがたいせつ。

今日も暑いです。
今、夜の9時半ですが、27度です。
昨日も、今日もあちらこちらで雨が降ったようですが、
家の周りのは降っていないようです。
明日も33度くらい。
先週に比べるとずっとましですが、
暑い日が続きそうです。


去年の秋にたくさん落ちたどんぐり。
春にはぼちぼち芽を出していました。
それがこの暑さでぐんぐん伸びています。


それで、引っこ抜くのですが、
ちゃんと根っこまで抜かないとまた伸びてきます。
あたりまえか・・・。


こんな感じで、どんぐりのてっぺんから芽を出すんですよね。





でも驚くのはめちゃくちゃ根が深いこと。
これで30センチくらいでしょうか?
こんなに深い根だから、
芝生に元気がなくなるような暑い日が続いても、
元気で伸び続けています。


人間もそうですよね。
根っこが大切。
聖書のみ言葉にしっかり根をおろして、
そこから養分をいっぱいいただいて、
成長させていただきたいです。


人の目に見えるところではなくて、
見えないところを大切にして、
歩ませていただきたいです。


さて、ちょっと前ですが、7月8日木曜日の聖書から。
ローマ4:13−25でした。


「彼は望み得ないときに望みを抱いて信じました。」18節。


望みを持つことができないような状況で、
そのような場面で、
そのようなところで、
アブラハムは望みを抱いて信じたのです。

望み得ないというのは、望むことができない、ということです。
望むことができないのに、望んだ、ということはどういう事なのかと思います。

望むことができないから、望むことができないのに、
望むことができないときに、望んだなんて・・・。

でも、そこにあるのは、やはり神、という要素なんだと思います。

神様を計算に入れなければ、望むことなんかできないことを、
神様の真実ゆえに、神様の約束ゆえに
望んで歩んでいくことができるのです。

自分もあまりにも常識的な人間になっているかもしれません。
常識的なところで生きているのかもしれません。

望み得ないことを、望む勇気を、
神ゆえにもつことができますように。

信頼することをもっと経験することができますように。

主よ、
あなたを信頼します。
あなた故に、望み得ないことを望むことのできる者となれますように。


明日は久しぶりの完全休日。
ゆっくり、JOYJOYキャンプのアイディアを練らせていただきます。

2010-07-08

神様によって造られたもの。

暑いです。
ほんとに。
40度を超える日もありました。
朝も24−5度です。
「ほとんど熱帯夜。」


今日から、気温は32度くらいに下がりました。
でも、湿度が高くて、しんどいです。
「日本よりはまし」だそうですが・・・。


日曜日の礼拝でお話したこと。
パウロに神様が声をかけてくださって、
使命を与えてくださったこと。


でも、その使命は、神様がパウロがお母さんのお腹の中にいた時から、準備しておられた使命。


だいたい、牧師は、日曜日に語ったことについて、
一週間ずっと問われ続けます。


私のためにはどんな使命を与えてくださっているのか。
神様が私が母の胎の中で造られたときに、
一緒に造られて、準備された使命。
それをハッキリ見せていただきたい、
そして、そこにまっすぐに前進していきたい、
そのように思わされています。


さて、ここ数日の聖書。
ローマ3章-4章12節までの中から。


「しかし、不信心な者を義とされる方を信じる人は、働きがなくても、その信仰が義と認められます。」5節。

でたあ!
「信心」と「信仰」。
信心じゃなくて信仰!
どこが違うの?
って思いますよね。
信心はないけど、信仰がある?

不信心なのに、信仰を持てる!

信心は自分に目が向きます。
「私は何時間祈った」「これだけやった」
でも、信仰はイエスに目が向きます。
「主はわたしのためにこんなことをして下さった」

不信心でもいい。

主を信頼して歩んでいく。

本当にわたしの目が信心に向くのではなくて、
信頼すべきお方、イエスに目が向きますように。

主よ、
信心ではなくて、信仰に生かしてください。
あなたのことを信頼して歩みます。
よろしくお願いします。私の人生。
あなたの使命に歩ませてください。


明日はまた6時間のドライブ・・・。
主が守ってくださいますように。
早めに休みます。

祝福の日々。

しばらくお休みではありますが、
熱波の中、元気にやっております。

今夜辺り、久しぶりの更新ができると思います。
主の祝福を感謝しつつ。

2010-07-04

NO FIREWORKS!?

暑いです。はい。
今朝は17度くらいまで下がりましたが、
37度くらいまで上がりました。


今は夜の9時半ですが、28度。


明日の朝は22度くらいでしょう。
東京みたいに熱帯夜が当たり前、みたいにはならないですが、
この熱波は昼間の暑さがかなりきつそうです。


今日は7月4日。アメリカの独立記念日。
独立記念日といえばやっぱり花火でしょう。


TVでは、今NYのMacy'sの花火大会を中継していますが、
なんと、我が町の花火大会は中止だそうです。


経済的な問題だそうです。


いつも日曜日にやっていたので、
「今年はちょうど7月4日が日曜日だなあ」と楽しみにしていて、
金曜日に「今年は何時からかなあ」とチェックしてみたら、
「We regret that...」なんてまるで、自分があちこちの大学からもらった手紙の書き出しみたいな文章が出てきて・・・。


いやあ、残念。


周りの町では花火が上がっているところも幾つかありますが、
そこまで行くほどでもなくて・・・。


日本にいたときには、毎週末の西武園遊園地の花火を見に、
「荒幡富士」や「お墓の縁の崖の上」とか、いろいろ行って、
ほぼ真上に上がる花火を見たものですが、
こちらは夏に1度のイベント。


中止は残念です・・・。


早く経済状況が好転してくれることを祈ります。


さて、今日の聖書。
今日はローマ人への手紙2章17−29節です。


「御霊による、心の割礼こそ割礼です」29節。

心の問題ですよね。本当に。
表面的なことではなくて
心の奥底にある問題。

そこに触れてもらっているか。
そこが砕かれているか。
それが私たちの歩みを決めていく。
それが私たちの品性をも決めていく。

聖霊様に触れていただきたい。
心の奥底まで。
表面的なところだけではなくて、
無意識の世界まで。

聖霊様が私の心の奥まで触れてくださいますように。

主よ、
あなたが私の心の奥底まで触れてくださいますように。
私の自分では気がつかないところ、
いつも意識のもっと下の方に眠っているところまで、
触れてきよめてくださいますように。


明日は朝うちを出て、「ひがきゃん」のために、
プリンストン→ランカスターと行き、
その後、フィラデルフィア郊外の教会のメンバーを訪問して、
夕方、帰宅。連休の最終日だから、ちょっと込むかも。

2010-07-03

熱波だよ〜。

はい、今日も昼からは暑かったですが、
明日からはほんとに暑くなります。
毎日体温くらいの気温にあがります。
湿度も高いようです。


熱波です。


金曜日は朝から9月のアメリカ東海岸、ワシントンからボストンまでの日本語教会が協力して持つ「合同ファミリーキャンプ」の会場下見でした。


3回目ですが、過去2回の会場よりも格段に良いです。
周りの感じは、前回の方がキャンプらしいのですが、
今回は施設がだんちにいいです。




こちらは裏のデッキからゴルフコースと山を見たところ。
山にはトレイルがあります。
ナイトハイクとかしたいですが・・・どうなんでしょう?
クマとかが出たら困るんですけどね。


でも、ホント楽しみです。
まだ受付中です。
詳しくは、こちらから「東海岸合同ファミリーキャンプ」をご覧になってください。


下見が終わって夕方5時頃に帰ってきたら、
夜勤明けのハジがワールドカップサッカーを見ている。
ガーナ=ウルグアイ戦。


延長まで行って、同点のまま、「ああ、これはPK戦だな』と思ったその時、
ガーナの大チャンス。「おお、入った〜」と思ったのですが、
なんと、ウルグアイのディフェンダーがゴール直前で手で打ち返したじゃないですか。


「そりゃないよ」と思いつつ、ガーナのPKに期待したのですが、
それがバーに蹴られて入らず。


結局そのままPK戦になり、ウルグアイの勝ち。


うーん。


まあ、ああいう場合は、「PKになっても、手で打ち返したほうが正解」なんでしょうねえ。


入っちゃったら負けは決まりだけど、
反則を取られてPKだったら、入らない可能性もある。
だから、イチかバチか手を使ってでもゴールを守る、って感じなんでしょうかね。


まあ、「とっさに出てしまった」のかもしれませんが、
もしかしたら、練習の段階でそのような訓練を受けているのかも・・・って思ってしまいます。


自分だったらどうするかなあ。
結構負けず嫌いなので、手が出る方かもなあ。


でも、客観的に見ると、「そこまでして勝っても、すっきりしないでしょ」って思います。これが負けた方のチームが日本だったら、もうどう考えても、受け入れられませんねえ。


いろいろ考えさせられてしまいました。


まだニュース等でご覧になっていない方は、
こちらに正規のハイライト映像がありますので、ご覧になってください。(音が出ます。注意!)




さて、昨日、金曜日の聖書。
ローマ人への手紙1:18−32。


「神の、目に見えない本性、すなわち神の永遠の力と神性は、世界の創造された時からこのかた、被造物によって知られ、はっきりと認められる・・・」20節。

自然界を見ると、神様がわかる。
神様の大きさ、神様の永遠性、わかる。

もっともっと神様が造られたこの世界を見て、
この世界の豊かさから学んで、
神様の事がわかるようになりたい。

今週のCamp JESUSでも、もっともっと、
自然から学ぶ時があったらよかったと思った。

神様の大きさ、豊かさ、もっともっと学ばせていただきたい。

主よ、
どうか、あなたの大きさをもっともっと見せてください。
もっともっと学ばせてください。
自然の中に歩むことができますように。
そのようなチャンスが与えられますように。



2010-07-02

ひとりじゃないことの意味。

今日も爽やかな一日でした。
でも、この後熱波が来ます。
日曜日から木曜日くらいまで、
毎日35度以上の日が続きそうです。


中高生のための「ひがきゃん」暑そうです。


昨日までの小学生キャンプCamp JESUS。
去年の2泊3日はあっという間に終わってしまうという感じで、
何とかしたいと思っていました。
そこで、今年は一泊増やして、「3泊4日」。
特に2日目が違いました。
去年は「もう今夜はキャンプファイヤーだ」という中で、
「子供たちにちゃんと聖書のメッセージを伝えなければ」
「楽しい経験をたくさんしたかなあ」
「ああ、まだあの子とはゆっくり話していない・・・」という
焦りがありましたが、
今年の2日目は、じっくりと遊び、おもいっきり聖書の話をして、
たくさん自由時間も作ることができました。


これはほんとにポイント。
しっかりと子供たちと遊ばないと、
一緒になって遊ばないと、
子供たちは話をしてくれない。


まあ、自分は「かたづけろー」「あぶないことするなあ」
「もうねろー」(夜)「まだ起きるなあ」(朝)ばかり言っていたような気がしますが・・・。


でも、面白かったのが、夜寝ない子たちが「いつまでも騒いでいると迎えに来てもらうぞ!」と言うとピタっと静かになること。


ご両親にとっては寂しいかもしれませんが、それがキャンプというもの。


子供たちからたくさん力をいただきました。


さて、昨日(7/1)の聖書。
昨日からローマ人への手紙。
ローマ1:1−17でした。


「私があなたがたに会いたいと切に望むのは、御霊の賜物をいくらかでもあなたがたに分けて、あなたがたを強くしたいからです。というよりも、あなたがたの間にいて、あなたがたと私との互いの信仰によって、ともに励ましを受けたいのです。」11−12節。

パウロがローマの教会の人に会うのは、
「御霊の賜物を分け与えるため」
「強くするため」
「互いに励ましを受けるため」

私たちはいつもいつも神様との関係が大切です。
でも、それだけではない。
それと共に、仲間によって、信仰の先輩によって、
励まされ、目が開かされ、神様に目を向けさせられ、
共に主と共に歩む者とされていくため。

だから、私たちはいつも、時間を共有し、
話題を共有し、祈りを共有する。

明日は朝の祈り会。
喜びも課題も共有し、
御言葉による励ましも共有し、
祈りも共有するような幸いなひとときとなりますように。

主よ、
あなたが与えてくださった同労者に、
あなたが与えてくださった主にある兄弟姉妹に感謝します。
励ましあい、互いにあなたに目を向けさせてくれる存在を感謝します。
これからもたくさんのものを共有させてください。
特にあなたに目を向ける喜びを、
あなたから御言葉をいただく喜びを、
共有するものとならせてください。

2010-07-01

感謝と休息。

いやあ、月曜日は暑かったですが、
その後、涼しい3日間。
とても気持ちがよかったです。


子供たちに元気をもらい、
子供たちがどんどん輝いていく姿、
同じビジョンを持った者たちが、
共に主に仕えていく喜びに、
力をもらった4日間でしたが、
さすがに体は疲れているみたいです。
明日はまた出かけなければいけないので、
早く休んで体力の回復ということで・・・。

最高!




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2010-06-30

これだから、やめられない。

祈られて、ささえられています。
今朝はぐっと冷え込みました。
子どもたちのこの輝きのために。



2010-06-29

小学生キャンプ始まる。

今日から、いや、正確には、もう12時を過ぎたので、昨日からですが、3泊4日の小学生キャンプに来ています。

暑かったです。
おそくなりました。
お祈りください。

- Posted using BlogPress from my iPhone

2010-06-27

天気予報は大切。

今日は暑かったですね。
ほんとに蒸し暑かったです。
明日ももう一日蒸し暑くて、雷雨もありそうです。
激しい雷雨に注意。


でも、その後、火曜日からは涼しくなります。
明日からの小学生キャンプ、
明日だけは暑さ対策。
そして、その後は夜の冷え込み対策が必要・・・。


ほんと、天気予報は大切ですよね。
私のみたいな単なる天気フリークはお気楽ですが、
仕事でやっておられる方は、
多くの方々の仕事や、または安全がかかっていますから、
ある場合には人の命がかかっていますから、
真剣勝負です。


金曜日にうちに来てくれた、映画監督の卵の話。


彼が一つの作品をつくっていたとき、
野原で紙をたくさん敷いて、
たくさんの学生に出演してもらって撮る場面があったそうです。


で、そこで大切なのが「天気予報」。
なんと言っても、たくさんの人達に協力してもらう日なので、
雨に降ってもらうわけにはいかない。


で、天気予報を見て、雨が降らない日を選んで、その日を決めたそうです。


ところが、みんなに「その日は雨じゃないか?」と言われる。
自分が何度チェックしてもその日はバッチリ晴れ。
「大丈夫、この日は晴れるから」と、周りのみんなを一生懸命説得して、
その日に決行。


でも、朝から、どんより。
そしてめちゃくちゃ風が強い。
一人で準備をしていたのですが、
紙を敷いても、風で飛ばされる。
出演者がどんどん集まってくる。
「ああ、石で押さえてください」って一生懸命お願いしていたら、
今度はポツポツ雨が降ってくる。


ひどい目にあいながら、撮影を終えたそうです。


でも、そのあとも、ずっと天気予報が外れまくり。
おかしいなあ、最近天気予報がひどく外れるな、
と思っていたそうですが・・・


・・・3週間後くらいに気がついた。


「あ、場所違っていた・・・」と。


なんと、彼はiPod Touchで天気予報をチェックしていたのですが、
その場所の登録がイギリスのロンドンのつもりだったのに、
アメリカの同じ名前の一つの町。
ぜんぜん違う町の天気予報を見ていたんだと。


試しにweather.comで場所に「London」を入力すると、
イギリスの他に、カナダと、アーカンソー、テキサス、オハイオ、ケンタッキー、ウェストバージニア、と全部で7箇所の候補が出てきます。この中から、違うのを選んじゃったんでしょうね。


ちなみに、試しに「Atlanta」を入れてみると、
ジョージアだけじゃなくて、アイダホ、イリノイ、インディアナ、カンザス、ルイジアナ、ミシガン、ミズーリ、ネブラスカ、ニューヨーク、テキサスと、合計11個の候補が出てきます。


でも、ほんとに大変ですよね。
天気に左右されるお仕事。
だから、天気予報が外れるとめちゃくちゃ批判されますしね。
でも、天気予報は、ほんとに人間の限界を見せつけられる分野。
だから、どうにもならない部分もある。
そんな中で、なんとか精度の高い予報を出そうという努力。
頭が下がります。


さて、金曜日の聖書。
ガラテヤ人への手紙6章11−18節。


「しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません」14節。

そう。ほんとうにそう。
これがなかったら今の自分はいない。

この十字架こそ、わたしが誇るべきすべて。

他のものを頼りにしたり、
他のものを誇りにしたり、
そんなことがありませんように。

主よ、
本当にそう思います。
わたしも同じ思いです。
ですから、他の誇りをすべて取り除いてください。
あなただけを、十字架のイエスこそを、誇りとする者でありますように。

2010-06-24

まあ、皆さん、考えてもみてください。

みなさんだったら、どうしますか?
自分が牧師をしている教会の祈り会に、
タイガーマスクをして、外そうとしない人が入ってきたら。


付き人も見ず知らずの人で、
ただ、「教会の集会に来たかったんです」
「彼は、メキシコから来ていて、日本語や英語はほんの少ししか話せない」
なんて言ってみたり、
タイガーマスクは牧師の隣りに座ったのに、
付き人は「いや、実は余り、ぼくら仲が良くないので・・・」と
離れて座る、なんて挙動不審だったりしたら・・・。


それも平日の午前中の集会、
自分以外はみんなご婦人。


どうします?


付き人が「尾尾尾です」と本名を名乗ったから、
「あああ、あのパスターマックの・・・」と、
安心しましたけどね。


でも、結局タイガーマスクは最後まで覆面外さず・・・。


のんちなんて、「ここでは、覆面外していただかないと・・・」みたいな強気+常識的派牧師夫人的態度に出たので、20年ほど前に教会で結婚式に来たデーモン小暮閣下(ホンモノ+フルメーク)を見たことがある私は「いや、こういうのはいろいろ事情があるんだよ。この場の責任は僕にあるから、僕に任せて・・・」なんて偉そうなことを言いましたが、もしかしたら、「覆面強盗」だったりするかもしれないわけで、パスターマックのブログがなければ、絶対ヤバかったですね。




でも、一緒に祈って、一緒にお昼をいただいて、
幸いなひとときを過ごしました。


そんな中で、実は、何日か前のこのページにこんな記事があったことを教えてもらって、
「ああ、ちゃんと毎日チェックしていたら、ツッコミどころがわかったのに!!!」と地団駄踏んだことでした。(ここのアトランタの教会というのは、ハジがいつも行っている教会らしい・・・献くん大丈夫だったかなあ・・・)


はい、全国各地、全米各地のみなさん、ご注意下さい。そちらの教会にもきっと出没しますよ!


そうそう、今日は暑かったですね。
そして、午後には土砂降りの雨が降りました。


夜になって、やっと涼しくなってきたでしょうか?
12時前ですが、25度くらい。
明日はカラッと晴れるみたいです。


さて、今日の聖書。
今日はガラテヤ6:1−10。


「善を行うのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。」9節。

単純に善を行なおう。
どんなことがあっても、
どんながっかりするようなことがあっても、
どんなに悔しい思いをしたとしても、
本当に善を行う者でありたい。

「善を行うことに飽いてはいけません」

きつい一言です。

でも、約束があります。
主が報いてくださる。

だから、単純に善を行っていこうと思います。

日々に自分の道が明らかにされていると思わされます。
主がさらに御手をもって、私のゆく道を引いてくださいますように。

主よ、
あなたを信頼します。
あなたを信頼して、善を行う者であり続けられますように。
善を行ない続けることができますように。
単純な者であることができますように。