今日は礼拝の日。
主を賛美すること、喜びとすること、力です。
多くの方々と共に礼拝が守れることは喜びです。
年末から1月にかけて、
毎週礼拝に来られる方々大人4人、子供3人が日本に帰られました。
週平均で大人4人減るのは大きいですよね。
「送り出す教会」ではありますが、
やはり痛みがないわけではありません。
まだまだ残っている教会の空間が早く埋まるようにと願います。
礼拝後は、
教会の今後について、
牧師としてのビジョンや思いを分ち合うときが与えられました。
とても、緊張して一週間を過ごしましたが、
終わってホッとしています。
また伝わった手応えも感じています。
・・・ここを読んでおられる教会の方々で「え?」と感じられる方がおられたら、
また教えて下さいね・・・もしも、私が勘違いしているとするとまずいから・・・。
『するとペテロが答えて言った、「主よ、あなたでしたか。では、わたしに命じて、水の上を渡ってみもとに行かせてください」。イエスは、「おいでなさい」と言われたので、ペテロは舟からおり、水の上を歩いてイエスのところへ行った。』(マタイ14:28-29)
そして、土曜日の聖書。
昨日はヘブル人への手紙の7章。
心に留ったのは
「したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。」25節の言葉です。
イエスさまは今もとりなして下さっている。
私のことをとりなして下さっている。
何度も失敗をして、
何度も自己嫌悪におちいる私をも主はとりなして下さっている。
今も。
ご自身の血潮をもって、
とりなして下さっている。
この方がおられなかったら、
自分は今生きていないかもしれないと思う。
そう「証し」の続きの中で書きたいと思うけれども、
イエスの十字架がなかったら、
今の自分はいなかった。
今もとりなして下さっていることに感謝。
今も見捨てないで覚えていて下さることに感謝。
主イエスよ、感謝します。
私のためにあなたが今もとりなして下さっていることに感謝しています。
どうかこれからもあなたの恵みの中に歩むことができますように。
教会を守り、祝福して下さい。
教会に集う一人ひとりを祝福して下さい。
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