2006-12-12

与えられる

今朝は0度どころか、温度が上がって、5度もありました。
昼間もまあまあ、といったところでしょうか?
暖かくて助かります。
今夜は冷え込みませんが、雨が降り出すみたいです。

大した雨ではないようですが、
明日はNYに行く日なので、ちょっとイヤですねえ。

そう、今月から第2週と第4週の水曜日はNYです。
今月の第4週は休暇なので、今月は1回だけですが・・・。

今晩は久しぶりにBrooklyn Tabernacleの祈り会に行ってきました。
30分遅れて着いたので、ちょっと気持ち的に入り切れませんでしたが、
それでも、ほんとうに「祈ろう」と思わされます。

「私の家は祈りの家と唱えられるべきである」

ほんとうに教会が教会となるために、必要なのはそれだと思いました。

最近読んでいる本に、
「自分が整えられるために、自分の時間の50パーセントを用いなさい」ということが書かれていました。
自分はそれが出来ていないと思います。
もっと人の話を聞かなければ、もっと人のところに出ていかなければ、という気持ちに振り回されて、自分が整えられるために十分な時間を取っていないなあ、と思います。

でも整えられないで出ていっても、
出会った人に何をお渡しできるかと言ったら、何もないですよね。
逆に悪い影響を与えてしまうことだってあるでしょう。
だから、ほんとうに自分が整えられて、備えられていくこと、
大切なことだと思います。
それが一番時間を有効に使うことなんだろうと思えてきました。
ですから、今日、時を作って祈り会に行けたことはほんとうによかったなあと思います。

明日はその教会のJim Symbara牧師が、NJ初代教会という韓国教会でメッセージをされます。
英語から韓国語への通訳の方は講壇に上がって、先生の横で通訳されるようですが、
私が英語から日本語への通訳をすることになりました。
2階のブースに入って、ラジオでヘッドフォンをしている人に飛ばすヤツです。

お祈り下さり、応援して下さい。
横にいて、困った時に助けてくれる人も欲しいのですが・・・。
息子に聞いたら、「明日はバスケの試合を見に行く日だ」と振られてしまいました。
お祈り下さい。

今日の聖書。
今日はコリント人への第2の手紙9章を読みました。

「蒔く人に種と食べるパンを備えてくださる方は、あなたがたにも蒔く種を備え、それをふやし、あなたがたの義の実を増し加えてくださいます。あなたがたは、あらゆる点で豊かになって、惜しみなく与えるようになり、それが私たちを通して、神への感謝を生み出すのです。」10-11節。

今日のところも献金のところ。
献金のことで恐れを覚えるとすると、
やはり「大丈夫なんだろうか」「食べていけるのだろうか」という心配でしょう。

きつきつでやっているのに、
ささげたら、やっていけない・・・
そう思うことがどれほどあるでしょうか?

でも、与えて下さる方、備えて下さる方、
その方がおられる、それを信頼したら、こわくなくなるのです。

大丈夫。
神様はひとりひとりに与えられたものの90パーセントで生活できるように、
与えて下さっているのです。
いや、実際のところ、もっと豊かに与えて下さっているのでしょう。

神様が必要なものは必ず与えて下さる、
と信じたら、楽になるものです。

今日の集会のテキストにありました。
「信頼と冒険は支え合って前に進んでいく」と。

「一歩信頼したら、一歩冒険できるようになる。
一歩冒険したら、もう一歩信頼できるようになる」

やっぱり冒険しないと分からないことありますよね。
主を信頼して、もう一歩冒険してみたいと思いました。

明日の通訳も「冒険」です。(^^;)

主よ、
あなたがすべての必要を満たして下さる方であることを信頼しています。
どうか、わたしがあなたをまた一歩信頼して、また一歩冒険できますように。
あなたと共に歩ませて下さい。
「必要を満たして下さらないじゃないか・・・」という思いに囚われておられる方がおられたら、
どうか、あなたが語ってくださいますように。触れてくださいますように。
感謝します。
明日、あなたが助けてください。

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