2008-10-17

忘れた!

夜になって冷えてきました。
でも、なんだか、10時半頃に7度台まで下がった気温が、
12時頃には9度台まで上がってきました。
どこから暖かい空気が入ってきたのかわかりませんが、
今夜の最低気温、5度以下、という予報、
どうなるかわからなくなってきました。
初霜はお預けかな。


今日、夜の7時頃になって、
サキが泣きそうな顔で、
「最後のバレーに行くのを忘れた!」って言いに来ました。


3週間前から、小学生の女の子を対象に、
Paramus高校の女子バレー部の子たちが教えてくれるプログラムがあって、
「やってみたい!」というサキを、
「東洋の魔女2世を目指せ!」と、
毎週金曜日に連れて行ってあげていたのですが、
今日、最終日、うっかり忘れてしまいました。


朝はちゃんと覚えていたし、サキも覚えていたのですが、
午後、学校から帰ってきたら、私もサキもすっかり忘れていたのです。


Tシャツがもらえるという話で楽しみにしていたのに、
昨日の夜も、「明日はバレーだね!」って言っていたのに、
とっても残念そう。
「今からでも行こうよ」というのですが、4時半までのプログラムに、
7時に行ってもしょうがないので、「ごめんね、もう遅いよ」とあきらめてもらいました。


上の二人だったら、
「ああ、忘れちゃったね。しょうがないね。ちゃんと自分で覚えてなきゃダメだよ」で終わりだったのですが、末っ子には、「何とかしてやりたい」ってホント思っちゃうんですよねえ。まずいまずい。自分で自分のことはちゃんとするように教えておかなければ・・・。


でも、忘れてしまったのは、ホントこっちも残念。
学校と名前は向こうで控えているので、
きっと、Tシャツは届けてくれるでしょうが・・・。


さて、今日の聖書。
今日はサムエル第二22章42-51節。


「それゆえ、主よ。私は、国々の中であなたをほめたたえ、あなたの御名を、ほめ歌います。」50節。

「それゆえ」とありますが、
ダビデが神さまをほめたたえる理由は、
神さまが彼を敵の手から守り、引き上げてくださったから。

わたしたちもそう。
神さまが私を究極的な敵であるサタンの手から、
救い出してくださった、
引き上げてくださったから。

日々の歩みの中で、共に歩んでくださり、
必要な助けを与えてくださり、
一つ一つのことについて目を開いてくださり、
目先のことにとらわれない考え方、生き方を与えてくださったから。

だから、主をほめたたえよう。
主を賛美しよう。

主よ、
あなたが今日の集会の一つ一つにも、
目を留めてくださったことに感謝します。
そのための祈りをも導いてくださって、
その祈りに答えてくださったことに感謝します。


わたしたちは目先の人数に心が奪われて、
もっと大切なことを見失いがちです。
ですから、今日はほんとうにそこに目を留めさせてくださって、
ありがとうございます。


どうか、これからも私が敵であるサタンの策略にはまることがないように、
守り、支えてください。助けてください。


あなたを賛美する思いをもっともっとあふれさせてください。

The Party IS Over...

昨夜も睡魔につぶれました。
最近、ほとんど子泣きじじいのように
重くのしかかってきます。


まあ、そういう時は、子泣きじじいじゃなくて、
ちゃんと寝ろ、という神さまの愛のメッセージだろうと、
おとなしく寝ています。


でも、昨日はほとんど雨は降りませんでしたが、
お約束通り、今日から、ぐんと涼しくなりました。


夜、ちょっとハジと買い物に行ったのですが、
もう夕方広がった雲もすっかり晴れて、月が出ていました。


「やっぱり女の人には見えない」
「?・・・何?」
「いや、あの月の模様。」
「やっぱり、ウサギが餅ついているだよね」
「だよね~」


すっかり日本の子供です。


まあ、晴れていてくれるおかげで、
今日のところはそれほど実感はないのですが、
気温は7-8度下がっています。


今朝は7度くらい。
そして今夜から、最低が5度以下が続きます。
おそらく、この週末から、来週にかけてのどこかで
初霜がおりると思います。


そして、今、天気予報のオヤジたちは、
来週の週末のstormの可能性に注目しています。
10日後なので、わからないことだらけなのですが、
大きなのが来るかもしれません。


まあ、リンゴ印のノートのように、
あまり期待しすぎると、
「な~んだ」ということになりますが・・・。
(まだ引きずっている・・・)


さすがにここら辺では雪はまだ早いと思いますが、
要注目です。


さて、昨日の聖書。
昨日はサムエル記第二の22:29-41でした。


「戦いのために私の手を鍛え、私の腕を青銅の弓でも引けるようにされる。」35節。

神さまが私のことを鍛えてくださる。
それはきついこともあるだろう。
つらいこともあるだろう。

でも、それによって私は強くされる。
鍛えられる。
もっともっと主を信頼するようになる。
もっともっと平安でいられるようになる。
もっともっと人を恐れなくてすむようになる。

だから、時々、後でそんなこと願わなかった方が良かったと思うのだけれども、
やはり、主に鍛えて頂くことを喜びとしたいと思う。
必要ならば、もっと神さまに近づくためであるならば、
鍛えて頂きたいと思う。

主よ、
あなたが私のために与えてくださる試練を感謝します。
鍛えられる幸いを感謝します。
どうか、必要な訓練を与えてください。
そして、もっともっとあなたを喜びとし、
あなたに近く歩むことができますように。

2008-10-15

最後の盛り上がり。

・・・と言っても、大統領候補の討論会ではありません。
自分はかなりノンポリ(死語)だなあ、と思う今日この頃。


いやあ、天気の話です。今日はPartyの最後の日。
いよいよ明日から晩秋です。(ちょっと大げさ?)
でも、ほんとうに今日は暖かかったですね。
晴れたのでほんとうに暖かく感じました。


今朝、月がものすごくきれいに見えました。
残念ながら、満月は14日の朝だったみたいですが、
月で餅つきをしているウサギがしっかり見えました。


この月の模様、「かに」という説も聞いたことがあって、
ここまではわかります。
でも、今、調べてみたら、 「女の人」ってのもあるんですね。
今度月がきれいに見えたら、
女の人が見えるかちょっと挑戦してみようっと。


明日は午後にわか雨。
夜には風が強くなり、冷えてきそうです。


さて、今日の聖書。
今日はサムエル記第二22章21-28節。


「あなたは、恵み深い者には、恵み深く、全き者には、全くあられ、きよい者には、きよく、曲がった者には、ねじ曲げる方。」26-27節。
わたしたちが主の前にどのように歩むか、
主をどのような方として見るかということの大切さを思わされます。

あの、タラントのたとえの中に出てくる怠惰な僕が、
「あなたは意地悪で、ひどい方なので・・・」と言っていますが、
主の最善を信じること、
そこに信頼していくことの大切さを思わされます。

今日も主の恵みによってだけ、
生かされていることに感謝。

主よ、
あなたの恵みを感謝します。
私の何かによってではなく、
あなたの恵みによって、
あなたの愛によって、今の私があることを思います。
今日も傲慢の罪から守ってください。
一つ一つの出会いを祝福してください。

2008-10-14

The party will be over soon!

今日は昨日よりも晴れたので、
ほんとうに暖かくなりました。


でも、これもあと1日。
まあ、木曜日も同じくらいという予報も出てきていますが、
天気はアウト。
もう、明日一日です。


週末にかけてぐんと冷えます。


最高気温でも12-3度でしょうから、ちょっと覚悟が必要です。


さて、昨日書いたリンゴ印のノートですが、
いやあ、高い!
そりゃあないでしょう、という価格設定できました。
思いっきり期待を裏切ってくださいました。


そりゃ品質はいいかもしれませんが、
この値段では・・・。


この意見に 心から同感です。
まあ、言い過ぎのところもあるし、
グラフィックチップの違いも触れていないので、
ちょっと公平かどうかわかりませんが、
気持ち的にはほんとうにそう思います。


まあ、確かにそれなりの品質のものには
それなりのお金を払わなければいけないんですけどね。


はい、とりあえず、この話題はもう終わり。
今のが壊れてから考えます。


さて、今朝の聖書。
今日はサムエル記第二22:1-20


「主が私を喜びとされたから。」20節。

ほんとうに大きな苦しみの中から救われたダビデ。
その喜びを歌い上げますが、
その中で、この言葉がほんとうに心に留まりました。

主を喜ぶことは私たちの力です、とネヘミヤ記にありますが、
ローマ人への手紙にも「私たちは主を喜ぶ」とありますが、
その前に、主が私たちを喜びとしてくださる。

主が私のことを喜んでくださる。
そのことに心から感謝を覚えました。

そのことが体に染みつくほどに、
もう、自分をつまんない存在なんだと考えられないほどに、
経験したいと思いました。

主は私のことを、
またあなたのことをも、
喜んでくださる。

主よ、
あなたが私を喜んでくださるからありがとうございます。
どうかそのことをもっともっと味わうことができますように。
そのことを経験することができますように。
心から感謝して歩む者でありますように。

2008-10-13

どんなリンゴが出てくるか?

今日は、結局うちの中の仕事をするわけでもなく、
ゆっくり過ごさせて頂きました。


でも、午後は子供達の送り迎えで何往復したでしょうか?
それもちょっと横になってうとうと・・・とすると電話がかかってきて、
「迎えに来て・・・」とか・・・。


今日は晴れて暖かくなって、行楽日和、と書いたのですが、
うーん、それを読んで、リンゴ狩りとか、
半袖で出かけた方には申し訳ない、どんよりの一日でしたね。
気温はそこそこ上がりましたが、
思ったほどではありませんでした。


リンゴ狩りと言えば、
明日のお昼頃、リンゴ印のノートの新製品が発表されます。
今、私のノートが3歳半、子供達が使っている据え置きが5歳を迎え、
何にも不満はないのですが、いつダウンしてもおかしくないので、
「いざというときのために」といろいろ注目しています。


安いのが出てくるという話もあり、それもいいし、
そうなれば、他の印が付いているノートも負けじと安くなるので、
ちょっと期待。


今から16年あまり前、
日本から来る時にワープロをもってようと思ったのですが、
ちょっと大きいヤツだったので、送るだけで何万円かかかると言われ、
じゃあ、アメリカで・・・と思って来て、
ちょうどそのころ、
カルフォルニアでノートと言えば、
リンゴ印の「力本」。
1500ドルくらいしたと思いますが、
思い切って、「力本145」を買って、
印刷機も買って、スッカラカンになったのを覚えています。


まだ持っていますが(起動しないかもしれない)、
白黒でそれも「白・黒」の2段階。System 7 でしたよ。
もちろん、日本語版と英語版が別で、Switcherというソフトを使って、
英語を使う時と、日本語を使う時と切り替えてやっていました。
メモリーは4MB。
ハードディスクが40MBだったかな。


いま考えると、よくそんなのでやっていたなあと思いますが、
着いてから2ヶ月ほど使っていた「タイプライター」は一度書いたら、
もう、消せないのですが、何度でも文章を書き直せる、
それがほんとうに助かりました。


日本語版の「幕印徒主聖書」を買って、隅から隅まで読むほど、愛着を感じていました。


それをアトランタでも使って、
当たり前のようにNJにも持ってきたのですが、
NJの大学では「リンゴ印なんて!」と笑い飛ばされていました。


おそるべし、北東部住民の偏見。
ある先生からは
「リンゴ印なんて、小学生向けでしょう。PH. D.論文なんて書けるわけないじゃない。」と、言われました。うーん、アトランタではそれで書いている人もいたんですが・・・。「だから、田舎の学校は困るのよ。だいたい、脚注とか入れられるの?」と。うーん、それはいくら何でも知らなさすぎるんじゃないんですか、先生・・・。


大学のコンピューターは授業料に込み込み。
自分で選べないんですよねえ。
でも、おかげで、その次からのノートは、
リンゴ社の不振もあり、他のノートを使っていました。
ま、音楽もやらないし、デザインもやらないし、割高だと思っていたし、縁がなかったんですがね。(・・・すっかり北東部住民の偏見を身につけている・・・)


さて、明日はどんなのが出てくるか。


さてさて、今日の聖書。
今日はサムエル記第二21:15-22でした。


「あなたがイスラエルのともしびを消さないために。」17節。


ダビデに対して、「もうこれからは戦いに出ていかないでください」と言った家来達の言葉。
もちろん、たとえ、それがほんとうでも、「あなたがいなくなっても、私たちがいますから心配しないでください」なんて事は言わないでしょうが、ダビデは「イスラエルの灯火」だったんですね。

いま、「弟子訓練」を学ぶ中で、
ひとりの指導者が大きな力を持つことよりも、
信頼できる人々を育てていくことの大切さが
見えてきています。

自分がいなくなったら終わり、という働きではなくて、
自分がいなくなっても続く働きとしていくこと、
それが本当に大切なんだと思います。

主によって、世の光とならせて頂いたなら、
その光をリレーしていくことの大切さ、
思わされています。

そのことを祈らされました。

神さま、
どうか、弟子訓練の働きを祝福してください。
どうか、自分がいなくてできない働きではなく、
いなくなったときに、引き継がれていく働きをすることができますように。
いえ、働き自体は引き継がれなくても、
あなたのすばらしさを感謝する人々が起こされていきますように。

2008-10-12

あと3日。

今日も暖かかったですね。
昼間はほんとうに快適でした。


今は夜の12時ですが、まだ11.5度あります。
明日の朝も8度くらいで、
昼間は25度を超えそうです。
お休みの方々は行楽日和ですね。


私は元々月曜日はお休みをいただいているので、
何も変わらないですし、子供達も午前中は学校。
午前中はちょっと留守番をする必要もあり、
午後のそれぞれの予定の送り迎えもあり、
ま、家の中の整理にでも励もうと思っています。
(こうやって自分にプレッシャーをかける・・・)


で、何があと3日かというと、
この暖かさもあと3日。
木曜日からは秋らしくなり、
10日後くらいからは霜が降りたりするようです。


「月末寒波」の予想はどうなるでしょうか。
ちょっと楽しみにしています。


1年以上前に、娘の学校のコンサートに行って
インスピレーションをもらった 
JOYJOYシンガーズ、
いよいよ11月からスタートすることに「決めました」。
あんまり考えていたり、話し合っていても始まらないので、
とにかく始めてみようと。
ほんとにできるのかな、という不安もありつつ、
うちの子だけだったらどうしようと思いつつ、
あ、でもそれもいいかな、フィンガーファイブも、狩人も兄弟だったし・・・と思いつつ、
そうと決めたらなんだか、またわくわくしてきました。
準備期間もあと3週間。


PRの方、どんどんはじめていかないと・・・。


土曜日の午後3-4時です。
皆さんも是非PRしてください。
子供達のためのシンガーズ。


音楽をやっている皆さんの助けももらいながら、
手作りでやっていこうと思います。


さて、今日の聖書。
今日はサムエル記第二21:1-14


「神はこの国の祈りに心を動かされた。」14節。


神が心を動かされる祈り。
どんなんだろうと思いながら、
あまり深く考えることもしないで、
とにかく祈ろうと思いました。

この聖書の出来事には、「うーん」と思いながら、
でも、神が心を動かされる祈りがあるのなら、
ほんとうにとにかく祈ろうと思いました。

日曜日の祝福を祈り、
神さまの守りを祈りました。

主よ、
今日の一日を心から感謝します。
今日出会ったお一人ひとりに感謝します。
また、お会いできなかった方々のために祈ります。
どうか、その心に触れてください。
あなたのすばらしさを直接語ってください。

知恵。

朝になりました。
そこそこ涼しい朝です。
8度くらい。


今朝は、昨日の夜、睡魔に襲われて、
抵抗しないで、すぐに寝たのがよかったみたいで、
目 覚ましが鳴る前に、スッキリ目覚めました。


今日もまた暖かい日になりそうです。


25度くらい。


さて昨日土曜日の聖書。
昨日はサムエル第ニ20章14-26節でした。


「この女はその知恵を用いてすべての民のところに行った。」22 節。


シェバについて行った人々は
それなりに強い人々で
ダビデに反発を感じていたでしょうから、
そんなに説得は簡単ではなかったでしょう。

でも、この女性はそんな彼らに対して、一生懸命説得をしました。
どんな知恵があったのかはわかりませんが、
正しい考えがあっただけではなく、
知恵を用いて行動しました。

この人を動かす知恵。
それが正しく使われる事が大切なことは
ヒットラーの事などを見るまでもありません。

知恵と謙遜な思いを与えて欲しいと思いました。

主よ、
どうか、私にあなたの知恵を与えてください。
どのように語ればいいか、どのように伝えればいいか、
そして、その知恵が与えられた時に、
それを正しく使うことができるように、
謙虚な気持ちを与えてください。
愛を与えてください。

2008-10-11

脱皮。

雪です。
と言っても、NJではなく、モンタナ州ですが。
デンバーでもみぞれの予報が出ています。

そう、ロッキー山脈のふもとは、
今年初めての雪に見舞われています。


10月の前半の雪ってすごいですよね。
さて、10月末のこちらの寒波はどうなることでしょうか?
この月曜日から火曜日は27度くらいまで上がるようですが、
25日くらいには昼間でも10度くらいの冷え込みになる予想が出ています。


今年はほんとうに寒い冬になりそうです。


今日の夜、
のんちやこどもたちが、
ヤドカリを見て、「ダメだ、死んじゃったのかな」と言っています。
見てみると、こんなのがあります。






どれどれと手に持ってみると、
なんだか軽い。
ひっくりかえしてみると、




そう、脱皮したあとの殻だったのです。
なんか、この殻、脱いだヤドカリのカルシウム源だそうですが、
なんだか、脱いだ方じゃない、もう一方のおおきなヤドカリの方が、
それを食べようとしていました。


弱肉強食ですね。
ヤドカリの世界も。


ヤバイです。ここでまた水泳選手です。
今日もおとなしく負けて沈没します。


今日の聖書はまた明日の朝。

Retreatは何のため?

昨日の夕方から、今日の夜まで、
ちょっと更新のチャンスを逸してました。


なんか、大切なことも忘れていないかな、とちょっと不安なんですが、
一息ついたので、やっと更新。


なんだか、いろいろ書きたいこともあったのですが、
どんどん忘れていきます。
忘れないように書くのが「ブ『ログ』」の
元々の意味なんでしょうがね。


昨日、ある集まりで、
Retreatの意味を考える時がありました。
その中で、ある方が、
イエスが弟子達を連れて寂しいところに退かれたのは、
「弟子達が傲慢にならないため」じゃないか、と言われました。


確かに、弟子達はその前にイエスによって派遣されて、
神の国の福音を語って回っていました。
そして、めざましい成果をえて、大喜びで帰ってきたのです。
そんな中で傲慢になる危険性があったのかもしれません。


そのときに、イエスが弟子達をリトリートに連れて行かれた。


私はずっと、「疲れているから休みなさい」
「燃え尽きないように、自分が満たされることを求めなさい」
というのがリトリートの目的だと思ってきました。


でも、「傲慢にならないように。」
それって大切かも。


「いくら奉仕をしても疲れませんよ」という人、
「奉仕の中で力をもらえますから」と言う人、
そういう人には、「疲れているから」というリトリートは必要ないかもしれません。
でも、それは傲慢になってしまっているのかもしれませんね。


私も、主の前に静まる時、
主にただ、聞くために座り込む時、
必要だと思いました。
傲慢にならないために。

さて、昨日、金曜日の聖書。
金曜日はサムエル第二の20章1-13節。


「そのため、すべてのイスラエル人は、ダビデから離れて、ビクリの子シェバに従って行った。」2節。

シェバの言葉でダビデから去っていったイスラエルの人々。
結局彼らにとって、ダビデを王とするという19章の最後の言葉は何だったのだろうかと思います。
自分の思い通りになれば王とする。
自分達の立場が尊重されれば従う。

それってほんとうに誰かを王としたり、
誰かに従っている者の姿だろうかと思います。

従うっていうことが、
いつの間にか、自分の願いを実現することと交換条件のようになっていたのだと思います。

では、私はどうだろうかと思いました。
私は神さまにほんとうに従っているだろうか、
神さまに従って歩んでいるだろうかと、
ほんとうに神さまを王様として受け入れているだろうかと、
思いました。

自分の事が重んじられなくても、
自分の立場が認められなくても、
主を王として、主に従って歩むものでありたいと思いました。

主よ、
あなたを私の王とします。
私はあなたに従います。
自分の考えをあなたに押しつけません。
あなたの御思いを教えてください。
それに従うことを教えてください。

2008-10-09

寒い冬の前兆。

今日は朝から15度あって、
昼間は25度までいきました。
半袖で十分。


ちょっとからだが冷えることが多くなってきたので、
こういう日がちょっとあるとずいぶん助かります。


「小春日和」というのにはちょっと早いかな。
「小春日和」という言葉を使いたいのは11月。
秋が深まっていく中で、本当にぽかぽかした日が来ると、
そういう風に呼びます。
「晩秋」の言葉です。


英語でも「Indian Summer」という言葉がありますが、
これも初霜の後にやってくる70度F=21度Cを超える日のようです。
だから、こっちももうちょっと後の感じかな。


来週前半までは、暖かい日が多いと思います。
明日も今日ほどではないですが、
23-4度までいくのではないでしょうか。


でも、これに慣れない方がいいと思います。
今月末には今年の「寒気」の第1号が来る予報が早くも出ています。
1993年、アトランタで過ごした唯一のハローウィーンは小雪が舞いましたが、
10月の末にはそういうこともあり得るんですよね。
気候の変動にはくれぐれもご注意を。


今日はJOYJOYキッズクラブの日。
先月は30人以上のにぎやかな集まりだったので、
今週もそうかな?と思ったのですが、
今回は学校が休みの日だったせいか、
小さな集まりになりました。


でも、小さな集まりゆえに子供達ひとりひとりに触れることができて、
また一生懸命お話も聞いてくれました。


一歩一歩ですね。
そして息の長い働きの大切さを思わされます。


さて、今日の聖書。
今日はサムエル記第二19章24-43節。


「彼は、王が出て行った日から無事に帰って来た日まで、自分の足の手入れもせず、ひげもそらず、着物も洗っていなかった。」24節。

ああ、なんて痛いんだろう。
ダビデはメフィボセテについて「彼は自分が王になれると思って喜んでいる」という、しもべツィバの言葉を信用していた。
でも、本当は違った。
彼は心痛めて、ダビデの帰りを待っていたのだった。

でも、ダビデもにわかには彼の言葉を信じられない。

もう思いこんでしまった人に、
「それは本当は違うよ」と言っても、
なかなか伝わらない。

でも、その中で真実に、誠実に、
自分の思いをはっきりと伝えたメフィボセテはすごいと思った。
投げ出さなかった彼はすごいと思った。
財産も何もいらない、ただ、ダビデに信じて欲しかった。

彼と同じ誠実さを与えて欲しいと思いました。

主よ、
いつも真実に誠実に生きる者とならせてください。
あなたを信頼することができますように。
あなたの御言葉を信頼することができますように。

寒い冬になるかも。

日付変わってしまいましたが、
8日のつもりで書きます。


今日の朝も予想通り。
4.3度まで下がりました。
でも昼間は暖かかったです。


今日は朝からNYだったのですが、
朝はコートが欲しい寒さでしたが、
昼間はちょうど良かったです。
夜もあまり冷えずに、12時をすぎても15度以上あります。


明日から週末にかけて、暖かいみたいですね。
特に明日とあさっては25度くらいまで上がるみたいです。
助かります。


そして、今日、Accuweather.comの冬の予報が出ました。
こちら。 
久々に寒い冬になるようです。
雪も多いようです。
今年は覚悟していた方がいいみたいですね。
ちょっとたのしみ。
ちょっとしんどいかも。


ちまたは金融危機で大騒ぎですが、
今日の夕方NYのミッドタウンでは、
オペラの歌声が・・・。
Bryant Parkで、野外コンサートなんですね。
メトロポリタンオペラの歌手の皆さんがやっていたようです。
残念ながら立ち止まっている暇がなかったので・・・歌声を聞きながら素通り。
でも、こういうのがNYのよさですよね。
ビジネス街のど真ん中に公園があって、
そこで世界一流の芸術家達が演奏する。
なんだか平和な感じです。


で、その後久しぶりにTimes Squareを横切ると、
最近ネオンがまた増えました。
m&mのサインとか、 めっちゃ派手です。
そしてすごい人です。
金融危機で騒がれているのが、何かの間違いじゃないかと思うくらい、
たくさんの旅行者であふれています。


まあ、ここが閑散となるくらいの不景気になったら、それはまた大変なことでしょうが・・・。ちょっと考えちゃいましたよね。ここが閑散として荒れて、いるのはホームレスの人たちだけ。そんな日がもしかしたら来るかもしれないって。でも、そんな中でも希望を持って歩んでいくことができるだろうかと。いつもいつも、私たちの必要なものの供給元である主を見上げて歩んでいこうと思います。


さて、今日の聖書。
今日はサムエル記第二19:11-23でした。


「私が、きょう、イスラエルの王であることを、私が知らないとでもいうのか。」22節。

ヨアブにはなかなか言えないダビデですが、
アビシャイにははっきりと言えるんですね。

とっても気分が良かったです。

王様の責任でもありますよね。
部下が何と言っても、大切なことを大切にする。

神さまから与えられた使命、立場、
それをちゃんと見極めた発言にはとても心がすっとする感じでした。

神さまの与えてくださった使命にちゃんと立っていく者でありたいと思いました。

神さま、
今日の箇所のダビデの言葉には、
本当に気持ちが良かったです。


ダビデが王としての使命をここでわきまえていたように、
わたしもわたしの使命をわきまえて、
あなたの導きに従って、行動する者でありますように。



2008-10-07

主にお会いする。

今日の朝はやはり冷え込んで、3.7度。
まあ、天気予報が当たったみたいですね。
私の予想ははずれ。意外と下がりませんでした。


昼間はまたそこそこ暖かくなりましたが、
夜になって、冷えてきました。
今12時で7.4度。
明日の朝はまた4度くらいでしょう。


昼間はまたそこそこ暖かい一日になりそうです。


さて、今朝、また祈りました。
今夜Brooklyn Tabernacleの祈り会に行きましょうか?
そこであなたに会えますか?と。


最近、「直感的に神様の答えだと思ったことをとりあえずそのように受け止めてみる」ということをやってみているのですが、今朝は「いや、今夜はお前のところで私はあなたに会うよ」と言われたように思いました。


ですから、今日はそれを楽しみにして一日を過ごしましたが、
夜、あるご一家と交わりをさせていただいている中で、
ああ、このことだったのかなあ、と思いました。
主がそこにいてくださったことを感じました。


おまけがあるんですが、
そのためにちょっと料理をしていたのですが、
その前に最近包丁が切れない・・・と思って研いだんですね。
そしたら、よく切れること、切れること、まあ我ながら感心したのですが、
調子に乗って「よく切れる、よく切れる」と自慢げにやっていたら、


はい、ご期待のとおり、爪ごと指をそいでしまいました。


左の人差し指の爪の先っぽ、右側2-3mm位なんですが、
さすがに生々しい写真をアップすると顰蹙を買いそうなので、
クロッキー教室の生徒である私は絵を書いてみました。
これがまた痛いんですね。
深爪の痛さと指先を切った痛さがダブルで来ている感じ。


ちょっとコンピューターのキーボードも痛い。
トイレの手洗いも痛い。シャワーも痛い。
あと、ギターなんか、多分すごい痛いと思う。


調子に乗るもんじゃありません。ハイ。


今日の聖書。
今日はサムエル記第二19:1-10でした。


「それで、王は立って、門のところにすわった。」8節。

どうしても私はヨアブの言葉に味方できません。
どんな手柄を上げたとしても、
どうしても、王の命令をないがしろにしたこの人を、
認めるのはおかしいと思います。
ダビデもそのような思いだったのではないかと思います。
でも、ヨアブがダビデに何も言わなかったように、
ダビデも何も言わなかった。
そして、ヨアブの進言に従いました。

それでよかったのだろうか?

そんな思いが頭の中を巡りました。

ダビデは何を恐れていたのだろうか?
ヨアブを敵に回すと自分の身が危ういと思ったのでしょうか?
自分の過去の弱みを知っているので恐れたのでしょうか?

ヨアブに対してはっきりとした態度の取れないダビデの弱さの中に、
自分の弱さを見るような思いがしました。

主よ、
弱い私を哀れんでください。
あなたの御心に、導きにまっすぐに従う者でありますように。
人を恐れないで、あなたを恐れる者でありますように。

2008-10-06

求めることの大切さ。

夜になって冷えてきましたね。
夜の11時で7.6度。
明日の朝はだいたいどこの天気予報も4度を予想していますが、
もうちょっと下がるのでは?と思っています。


明日も晴れて、昼間はそこそこ暖かくなるようです。


今朝、いつものように教会に行ってお祈りしたのですが、
鍵を開けて入ろうと思った時に、
一つの思いが与えられました。
「共に祈る人々を与えてください」ということです。


教会のオフィスで祈り始めたのは3月半ばだったでしょうか?
ちょうど半年が過ぎました。
ひとりでいいと思ってきました。
この半年で4人の方々が1回ずつ祈るために来られましたが、
ほとんどはひとりで祈る時でした。


でも、今朝、その思いが与えられた時に、
一つの聖書の言葉が続いて響いてきました。
「あなたがたは、求めないから得られないのだ。」(ヤコブ4章2節)


それで、今朝から祈り始めることにしました。
共に祈る方々が与えられますように。


それと共に、「求めないから得られない」ことがどれだけあるか、も同時に思わされました。
大胆に求めて、他のところではなく、主に大胆に求めていきたいと思います。


さて、今日の聖書。
今日はサムエル記第二18:19-33でした。



「わが子アブシャロム。わが子よ。わが子アブシャロム。ああ、私がおまえに代わって死ねばよかったのに。アブシャロム。わが子よ。わが子よ。」33節。

このダビデの悲痛な叫びに、
なんだかわかりませんが、涙があふれてきました。
理屈ではダビデの反応は問題があったかもしれません。
でも、理屈を超えたダビデの愛を感じました。

そして、祈りたいと思いました。
子供達、家族、そして教会のひとりひとりのことを覚えました。

ダビデも本当に自分の方が死んで、アブサロムが生きることを望んでいたなら、
ここで戦いにはならなかったでしょう。
理屈ではやはり自分の使命を知っていて、
アブサロムに王位を譲ることは神さまが喜ばれないことだとわかっていたでしょう。
本気でそんなことは考えていなかったと思います。

でも、彼を思うが故に、このような言葉が出てきました。
その愛は理屈とはまた別にあふれてきたのでした。

愛することを教えて欲しいと思います。
愛とは何なんだろうかと。
このダビデの愛を持ちたいと思う思いと、
愛は単に嘆くことではなくて、ある時は対決し、ある時は諫め、
ある時には励まし、支え、生かしていくものだろうという思いが湧いてきました。

神さまの愛の豊かさを教えて頂きたいと思います。

神さま、
ダビデのアブシャロムに対する愛に今日は心が震えました。
このような愛を持ちながら歩んでいきたいと思います。


でも、本当の愛の模範はやはりイエスなんですね。
ある時は厳しく、はっきりとした態度で、
でも最後は十字架で私たちに命を与えてくださいました。


そのイエスの豊かな愛、
確かな愛をもっともっと教えてください。

SOS。

これ2年生のMathなんですが、
意味がわかりません。何をしたらいいんだろう?
前後は「どっちが大きい?」という問題が並んでいます。

わかる人います?

必要なものがちょうど安売りだといいけど。

今日はもっと「晴れても肌寒い」となるかと思いましたが、
外れましたね。結構暖かいです。17度くらいあります。
そして、気持ち的に、日差しが「あったかい」という感じです。
特に外に出た昼前後は車の中などは、半袖でもいいかな、という感じでした。


でも、その分、時々雲で日が陰るとぞくっとしますね。
夕方からぐんと冷えてくると思います。


月曜日は原則お休み頂いていますが、
ここのところ、その原則ちゃんと守れています。


その中で、今日は近所のStaples(大きな文房具屋)
でプロモーションがあったので、行ってきました。
だいたい、こういうのは土曜日だったりするので、
自分には無縁のものなのですが、


今回は、
「お、月曜日? なんだか、オレのためにやってくれるみたいだねえ」と、
教会に1枚、我が家に1枚郵送されてきた、
本日限り15ドル以上の買い物で15ドル引きのクーポンを手に、
颯爽と出かけました。
だいたい、「15ドル引き」とか大きく書いてあっても、
「75ドル以上の買い物の場合」と小さく書いてある場合が多いんですよね。
今回は、15ドル以上の買い物で15ドル引きですから、
15ドルぎりぎりの買い物をするのがポイントです。


それに加えて、今回は、
「いろいろなものがタダでもらえるよ」と書いていたので、
ちょっと期待していったのですが、


ま、こんなもんか~、でしたね。
メモとか、水とか・・・ねえ。
でも、タダでいただいたのですから文句を言ってはいけません。
Stapler(日本で言うホッチキス)はOne Touchのやつで、
指一本でできるって宣伝しています。
でも、別に普通のはうちの中にいくつも転がっているしねえ。
いえ、文句は言いません。タダでいただいたんですから・・・。

そしていよいよ本番の買い物。


1枚目の15ドルは、ちょうど教会の紙がなくなったので、
一箱5000枚で40ドルくらいのを25ドルで購入。
クーポンはひとり一枚と書かれているので、とりあえずそれで一回チェックアウト。


さて、もう1枚の15ドルを手にもう一回。今度はうちの買い物。
でも、「15ドルぎりぎりで買い物するぞ~」と思っても、
なんか、安売りのものじゃないともったいないような気がするし、
いらないもの買ってもしょうがないし・・・となんだか悩みましたが、
結局ボールペン24本セットとセロテープ6個セットで、合わせて18ドルくらい。
15ドル引きだったので、3ドルでそれだけ買えたことになります。
ま、前回のボールペン4本で50セントと比較しても、まあまあいい買い物だったかな、と満足。


あとは、あっちこっちでボールペンを置いていかないことですよね。
だいたい最後まで使い切る、と言うことがない・・・。


でも、思いました。
本当にどうしても必要なものがある時には、
なかなか安売りやプロモーションをしてなくて、
定価で買ってしまう。
そして、安売りやプロモーションをしている時には、
いつか使うと思うから・・・と
別に買わなくてもいいものまで買ってしまう。
むずかしいものです・・・。


さて、昨日の聖書。
昨日はサムエル第二18:9-18でした。

「たとい、私の手に銀千枚をいただいても、王のお子さまに手は下せません。」12節。


大将ヨアブに対しても恐れないで、自分の考えを言ったこの兵卒。
何に従うかということを考えさせられました。

「日々のみことば」はダビデの態度に対して批判的ですが、
それ以上に、ヨアブの態度はどうなんだろうかと思います。
王の命令に対して、その場で
「王様、現場としては、それは難しいです」とも何とも言わないで、
ただ、現場で「やってしまえ、それが当然だ、王の言うことなど聞いてられるか」
というのは違うのだろうと思うのです。

ダビデの命令は、「やるかやられるか」という戦場で現実的だったのかはわかりません。
昨日の夜も、日本のテレビでイラク戦争に行った女性兵士達の帰ってきてからのトラウマについての番組を見ました。
ひとりの兵士は、手を振っていた12歳くらいの子供が急に機関銃を出して自分を撃ってきた時に、それに応戦して、相手を殺害してしまった、子供を殺してしまった痛みを、自分が出産して母親となった時に、負いきれなくなってしまったといいます。
そんな戦争の限界状況の中で、「わたしの息子のいのちを守ってくれ」と、反逆の中心人物であるアブサロムの命を守れ、というのは後にアブサロムヨアブが進言するように無茶な話だったのかもしれません。

わたしは何に従うか?

御言葉に従う・・・はっきり書いてあることについては従うことはできる(それが難しいかどうかは別として)。
神さまの御心に従う・・・ここら辺になると複雑なものが絡み合うと思います。判断が難しいです。自分の思い、神が心に与えてくださる印象、そして、霊的な感性、自分の心の痛み、いろんなものが絡み合って、「何が神の御心か」という判断に影響を与えると思います。

難しくても、とにかく神に聞きながら、祈りながら、求めながら、歩んでいきたいと思います。

主よ、
どうか、あなたに従うことを教えてください。
人の声ではなく、あなたの導きを求め、そこに従っていくことができますように。
難しいから、逃げるのではなくて、あなたの御心を求めて歩ませてください。

2008-10-05

人の考えを超えたこと。

今日はなんだか、午前中は雨でしたが、
昼頃には止んで、夕方にはもうすかっと晴れていましたね。
この後もあまり雨の心配はなくて、
明日の朝はちょっと降るかも、ですが、
なんだか、大きく変わったようです。


で、今は11度あって、今夜は冷え込みもあまり強くないようですが、
明日の昼間はあまり暖かくならず、
明日の夜にぐっと冷えそうです。
ちょっと早い初霜もあるかもしれません。


今日の礼拝はおいでになるはずだった方で来られなくて、
残念だったなあ、という方々もおられたのですが、
来られたお一人ひとりの存在に励まされました。


礼拝は神さまにささげるものなので、
ひとりで守っていようと、
50人だろうと70人だろうと、
どこかの教会のように5000人であろうと。
同じように真実でありたいと思うのですが、
同じ思いで集われる方々がおられたり、
悩みながらでも共に主に叫ぶ方が与えられるのは、
うれしいものです。
新しい方々、久しぶりの方々、与えられるのもうれしいものです。


本当に励まされました。


今日は夫婦のことについて聖書を読みました。
本当にこの一週間、わたし自身、
どのように歩むかが問われているように思いました。
サタンもいろいろ攻撃してくるでしょうから、
神さまの守りが必要だと思います。
お祈りで支えてください。


今夜も日曜日の夜にはよく来る水泳の選手が早くから来ていますので、
聖書はまた明日にでも。

雨じゃん。

昨日の朝は冷えましたね。
4度まで下がりました。
昼間も17度くらいまで。
でも、もっと気温が低く感じました。


今朝は11度ありました。
冷え込みはぐっとゆるみましたね。


今、気になって、
Ann Arborの気温を調べたら-1度。
先週のJ兄の結婚式は本当に天気に恵まれたんですね。


そして、今日、起きたら、雨。
びっくりしました。


天気予報では20パーセントとか、
月曜日に雨かも・・・と言う程度だったので、
全く考えていませんでした。
レーダーを見ると、NY周辺30マイルくらいだけが雨。
地理的には確かに20パーセントの地域で降っているということで、
当っていると言えば当っているんでしょうね。


でも、天気予報は「自分にとって」悪い方に外れると
めちゃくちゃ印象強いですよね。
だからっていつもいつも悪い方に出していると、
「オオカミ少年」みたいに、信用されなくなるし、
これをお仕事にされている方々のご苦労を思わされます。
外れるとめちゃくちゃ言われますよねえ。
わたしに言わせると、外れることがあって当たり前、
あたったら、「おお、すごいじゃん」というものなのですが、
だんだん、「あたってあたりまえ」になってきているんでしょうかね。


さて、日曜日の朝ですので、
あまり余計なことは書かないで、早速聖書。
昨日はサムエル第二17:24-18:8でした。


「イスラエルの民はそこでダビデの家来たちに打ち負かされ、その日、その場所で多くの打たれた者が出、二万人が倒れた。」18:7。

アブサロムのやり方に、かなり感心していたので、
その限界を見せつけられたような気がしました。

人々の心をつかむのに巧みだったアブサロム。
人々の話を聞いて、「おまえの言うとおりだ」と受け止めて、
そして「わたしだったら、あのダビデ王のようなことはしないんだけど・・・」と
王への不信の思いを植え付けて、いつの間にか人々の心は、
ダビデからアブサロムに動いていきました。

でも、それは戦いのために備えられた人を育てることではありませんでした。

人々は戦いの中で、命を落としていきました。

戦いのために備えられた人を育てる。
大切な働きだと思いました。

主よ、
今日の礼拝を祝福してください。
あなたのいのちがそこにあふれますように。
いや、そこにあふれているあなたのいのちに、
私たちの目が開かれますように。


戦いのための備えをすることができますように。
備えられた人を育てることを教えてください。

2008-10-03

ひとりひとりの使命。

今日は冷えましたね。
66度F・・・19度C・・・で暖房が入るように設定しておいたら、
普通に暖房が回り始めました。


今、夜中の12時を回っているのですが、
もう7度まで下がってきています。
明日の朝は5度を切りそうです。


さて、今日の聖書。
今日はサムエル記第二の17章15-23節。


「 ヨナタンとアヒマアツはエン・ロゲルにとどまっていたが、ひとりの女奴隷が行って彼らに告げ、彼らがダビデ王に告げに行くようになっていた。」17節。

「日々の御言葉」でもそのことが強調されていましたが、
この女奴隷も、また井戸に二人を隠した人もその妻も、名前が出てきません。
でも、名前が出てくる人々も、無名の人々も、
その役割を一つ一つ果たしました。

それを読みながら、自分の今日の使命は何だろうかと思わされました。
使命を果たせさせてください、と祈りました。
与えられた使命に感謝しました。

一日が終わってみると、
本当に自分はその使命をしっかり果たしただろうかと思います。
主が助けてくださって、わたしの足りないところにも、
届いてくださいますように。

主よ、
今日の一日の一つ一つの出会いを感謝します。
足りない自分ばかり気になります。
どうか助けてください。
届かないところにあなたご自身が届いてくださいますように。

2008-10-02

礼拝をすること。

今日はぐんと涼しくなりましたね。
昼間も15度くらい。夜になって、冷えてきました。
今、夜の11時過ぎですが、10.8度まで下がってきました。
朝は8度くらいだと思います。


この冷え込みのピークは土曜日の夜あたり。
でも、今回は5度くらいと、この時期としては、
こんなもんかな、という感じです。


来週にはまた暖かい日が多くなりそうです。


去年の初パッチは26日。
今年はもうすでに足下が冷えてしょうがないですが、
もうちょっとがんばろうと思います。


さて、今日は弟子訓練のテキストで、
「礼拝」を学びました。


神さまのきょさの前にひれ伏す礼拝、
そのような礼拝を私たちはもっているだろうかと思わされました。
礼拝の目的が「神がほめたたえられること」になっているだろうかと。

他のところでも時々いわれるのですが、
今日は「礼拝が自分中心になっていないか」
振り返る時を持ちました。


「今日は恵まれた、先週はよくわからなかったけど」
「今日は好きな歌を歌えて良かった」
ということで、「良い礼拝」と言われたりします。


そのほとんどの場合は「説教がわかりやすかった」「説教が良かった」と言い換えることができるんでしょうね。でも、それって「神の前にひれ伏す」礼拝とは違うところに焦点が当っていると思います。


自分がどう感じるかが礼拝の善し悪しを(その善し悪しってのがあるのがおかしいかも)決めるというのはやはり違うと思います。


どこまでも、主がほめたたえられる礼拝。
神さまの前にひれ伏す礼拝が守られていくこと、
そこに私たちが喜びを見出していくこと、
それが大切なんだと思います。


たくさん集まる方々の中には、
「説教を聞きに来る」方もおられるでしょう。
みんなと一緒に賛美することを楽しみにしてこられる方もおられるでしょう。
それはそれでいいと思います。
特に初めての方々が、
「わたしは神を礼拝に来ました」ということはあまりないと思います。

でも、礼拝の意味を知った人たちの中に、
本当に「礼拝」を守ることを楽しみに来られるかたがたくさんいなくて、
どうして、礼拝に始めてきた方に、
「ああ、ここにはかみさまがおられる」と伝わるでしょうか?


今度の日曜日の礼拝、そのような思いで集う方々が多く与えられますように。


初めての方々、
久しぶりの方々にも、
「ああ、ここには何かある」と
伝わるものがありますように。


さて、今日の聖書。
今日はサムエル第二17:1-14


「アルキ人フシャイを呼び出し、彼の言うことも聞いてみよう。」5節。

みんなが「それで行こう」と思っていたのに、
いつもアヒトペルの言葉を信じて大丈夫だったのに、
ここでフシャイの言葉を聞いてみようと思ったというのが、
不思議に思いました。

でも、そのような不思議なことの中に神さまが働いておられたんだなあ、
と思わされます。

普段思いつかないようなことを思いついたり、
気がついたりすることは、
やっぱり神さまの導きなんだろうと思います。

不思議な方ですよね。

そして、アブサロムがそれに反応する。

信じている者たちには、「自分で考えなさいよ」とか、
「もっと敏感になりなさいよ」という方法で語られることが多いような気がします。
頑固な人、信仰の経験の少ない人には、もっと直接的に、
よくわかる方法で示されることが多いんだろうと思います。

だから、はっきりと見えないときには、
「昔はもっと神さまが近く感じられたのに、今はそうでもない、自分の信仰はバックスライドしちゃったんじゃないか」と思うのですが、本当は反対なんでしょうね。「幻を見た!」なんて聞くと、ああ、あの人の信仰はすごいな、自分は信仰がないから、見ないんだ」なんて思ってしまうんですが、それも違うんでしょうね。神さまは信頼しているから、私たちの信仰を信頼しておられるから、幻を使ったり、お告げを使ったりなさらない。聖書と良心と信仰の友の助けと、それらによって道を知りなさい、と言っておられるんだろうと思います。反対に、頑固になって自分の考えを変えようとしない人に対して、幻に表れたりなさるんでしょうね。その代表は信仰を持つ前のサウロ、のちのパウロであり、異邦人に伝道しないぞ、と偏狭になっていた時のペテロですよね。

主よ、
あなたの導きを教えてください。
それを知ることができますように。
わたしにふさわしい方法で、あなたの道を教えてください。
そして、それに従っていくことができますように。
それに従って歩んで行かせてください。



2008-10-01

右脳の筋トレ。

今日は2週間ぶりのクロッキー教室。
いつものクロッキー教室は心のマッサージなのですが、
今回は、「右脳の筋トレ」。
いやその前の「右脳のストレッチ」かな。


何でかというと、空想で絵を描く、ということだったから。
いつも使っていない筋肉をばきばきいわせながら、ほぐしていく感じでした。
モノを見ながらそれを描くのも、難しいですが、
あまり評価されないということであれば、
好きに描くことができます。


でも、空想で描くのは、いつも使っていない部分を使うんですね。
結構エネルギーも使いました。


でも、楽しかったです。


昨日の夜の雨も、
今日の明け方にはもう上がっていました。
そして、朝のうちは霧も出ていましたが、
昼間はどんよりと曇って、でも、気温はそこそこ上がったかな。


で、いよいよ涼しくなります。
明日の朝は10度。
その後、朝は7-8度、昼間は18度くらいの日が続くようです。


さて、今日の聖書。
今日はサムエル記第二16:15-23でした。


「こうしてアブシャロムのために屋上に天幕が張られ、アブシャロムは全イスラエルの目の前で、父のそばめたちのところに入った。」22節。

ルカの17章1節の、
「罪の誘惑が来ることは避けられない。しかし、それをきたらせる者は、わざわいである。」というイエスの言葉を思い出しました。

神さまの預言だから、このことは起こる。
でも、それをもたらす者はわざわいだ。

神さまがもう預言されていたから、起こるべくして起こったこと。
でも、そこに直接かかわることになったアブサロムはなんておろかなんだろうか、
そして、それを進言した、アヒトペルはなんて愚かなんだろうか。

でも、わたしも同じことにならないようにと願います。
イエスは「世の終わりには人々の愛は冷える」と言われました。
だから、それは避けられない。
でも、自分がその愛が冷える者にならないようにと祈らされます。

主よ、
あなたの御言葉は必ず成就しますね。
喜ばしいことはもちろん、
痛ましいことも、悲しいことも、
あなたは私たちが悔い改めるときに、
また私たちが取りなすときに、
御心を変えられることもありますよね。


「世の終わりには人々の愛が冷える」
その預言が、成就するのは本当に怖いです。
でも、主よ、助けてください。
わたし自身、愛が冷えてしまうことがないように、
守ってください。
そして、そんな中におかれても、あなたを見上げて歩むことができますように。
今日も、「勇気」を与えてください。