2013-02-20

悪も良きに変えられる。

今日は寒かったです。
夕方から夜NYCに出たのですが、毛糸の帽子をかぶっても、寒かったです。
バスがなんでかわからないですが20分も来なくて、待たされたのもあったのですが・・・。でも、バスに乗ったら、快適。

雲があった方が夕日はきれい。




夜の12時で外の気温は-4.5度C。
明日の朝はやっぱり-10度C近くに下がるんでしょうね。

さて、昨日の「日々のみことば」から。
昨日は創世記の最後、50章でした。

「あなたがたはわたしに対して悪をたくらんだが、神はそれを良きに変らせて、今日のように多くの民の命を救おうと計らわれました。」20節。

悪は悪。
罪は罪。

でも、それも神様は良きに変わらせることができる。
いろいろ考えさせられます。

でも、とにかくヨセフはそう感じた。
それはもしかしたら、兄たちの悔い改めた姿を見ていたから、なのかもしれない、そうも思わされます。もしも兄たちが「自分たちは何も悪いことはしていない」と思っているとしたら、ヨセフはこんなことを言えたか?

やはり、ヨセフが癒されるためには、兄たちの自分たちの罪を自覚して、弟ベニヤミンのために自分たちの身を差し出す姿が必要だったのかと思います。

その一方で、もしも相手がどうであれ、神様がすべてを良きにかえてくださる(実際、ヨセフの場合も、この兄たちの態度に関係なく、ヨセフは大臣になっていたのですから)と信じていれば、それは本当に力だと思います。

自分のエネルギーを使うところが変わってくる、恨みに捕われないで、神様が良くしてくださったことに目を向けて歩んで行くことができる。それは本当に感謝だなあと思います。神様の最善を信頼して行きたいと思います。人がどうであれ、神様を信頼して行けますように。

神さま、
あなたがいてくださるから感謝します。
どうか、あなたの最善を信頼して、歩んで行くことができますように。
人の悪に目を留めて、心乱れてしまうことがありませんように。





2013-02-19

主の救いを待ち望む。

昨日はまた9時半頃にものすごい睡魔で、
もうそのまま寝てしまいました。
夜中の2時頃に目は覚めたのですが、
更新する元気はなく、朝までぐっすり。

おかげで今日はすっきり元気な目覚めでした。

今日は午前中は暖かだったのですが、
雨が降ってきて、肌寒い一日でした。

夜10時頃にはおぼろ月が出ていたので、
写真を撮ろうと思ったら、なんだかんだしているうちに11時半にはもう快晴。
星が瞬いていました。

今夜はこのまま冷えて、明日の朝は氷点下。
明日も一日晴れて寒い日になりそうです。

そして、今度注目は週末です。
ちょっと雨が降るか、ちょっと雪が降るか、
すごい雨が降るか、すごい雪が降るか、
また、「わからない」状態です。
今年はこのパターン、かなり多いかも。

また、土曜日の夜とか、ボストン方面大雪かもです。

さて、昨日の「日々のみことば」。
昨日は創世記の49章でした。

「主よ、わたしはあなたの救を待ち望む。」18節。

この言葉、ヤコブが子供たちのために祝福を祈る言葉の中に出てきますが、昨日は、ここを読みながら、この言葉が心の中に飛び込んできました。ちょっと前後の文脈とどんな関係になるのかわからないのですが、でも、本当に飛び出すように心に飛び込んできました。

この祈りの言葉は私の祈りの言葉でもあるなあと。

神様の救いなしには、
神様の守りと支えなしには、
本当に歩んで行くことができないと。

自分の力ではなく、神の恵みによって歩んでいます。

神様、
私もあなたを待ち望んでいます。
日々のあゆみの中で、支えてください。
いろいろなすべきことに溺れてしまうことがないように。

2013-02-17

寒いですねえ。

一度、寒さがゆるんだ後に冷え込むとまた寒いですねえ。
今日は一日氷点下で、今はまだ夜の10時半ですが、-9.1度C。
連休なのに、家族みんな寝てしまったので、余計に冷える感じがします。
明日は-10度Cより下がりますね、確実に。

で、昼間はいい天気で0度ちょっと越える予報が出ています。

今日の日曜日、祈り会の日で、教会のためにもっともっと心を合わせて共に祈ることを示されて、礼拝もみなさんと一緒に守ることができてすばらしい日曜日。風邪がはやっている割には、多くのみなさんがおいでになりました。

今週もお一人一人が守られますように。

さて、今日の「日々のみことば」。
今日は創世記の48章。

「生れてからきょうまでわたしを養われた神、すべての災からわたしをあがなわれたみ使よ、この子供たちを祝福してください。」15-16節。

ヤコブが生涯を振り返ってこのことを言っていることに驚きを感じる。
いろんな災いがヤコブには襲ってきたのではなかったのか。
それなのに、彼は「すべての災いからわたしをあがなわれた」と言った。

わたしたちにとって災いの中で守られること、って何なんだろうと思う。

あまりに、表面的なレベルで「神様の守り」ということを受け取っていなかっただろうか?

闘いはある、悩みはある、困難はある、迫害がある、とイエスは言われた。
でも、そこで「勇気を出しなさい」と言われたのだ。
そのレベルの主の守りを本当に経験できますように。


2013-02-16

音楽を楽しむ。

今日は朝起きたら、うっすらと雪化粧。
ちょっとだけ、降ったみたいですね。

そのあと、一日はほぼどんより。
気温も3度くらいまでしか上がらなかったのでは。

そして、今は夜の12時前で-1度C。
小雪が舞うかも・・・とは言っていますが、
低気圧は大きくサウスカロライナ、ノースカロライナに雪を降らせた後、東海上を迂回して北上中。

今回ももっと東の方では積もるところあるらしいですが、
こちらはほぼ何もないでしょう。

でも、明日は寒くて昼間も氷点下みたいです。

さて、今日は、シンガーズの練習を他の方にお任せして、
下の娘のオケのコンサート。
この周辺の30の学校から推薦で100人以上が集まって、
弦楽のみですが、大きなオケで、コンサートがありました。
いつも学校の中でキコキコやっているので、
(個人レッスンも受けてない、4年生から始めて2年あまりの子が第1バイオリンのトップに座っているんですから・・・)
うまい子達の中に入ってやらせていただけるのは本人にも刺激になったはず。

と思っていたのですが、なんだか、まだまだ「親の方が一生懸命」のみなさんが多いみたいで、写真撮影、なんか、誰のためにやってるの?って感じでしたけど。
娘は全然見えないし、写真も何もないんですが、ま、それでいいかなと。

で、聞きながら、自分が高校とかでオケをやっていた時のことを思い出していました。
親とかどうでも良かった。高校生だったからだろうけど。
で、自分がどうだとか、そんなこともどうでも良かった。
一つの音楽に溶け合って、その中に自分がいることがただ気持ちよかった。
トロンボーンだったから、もちろん、バイオリンと違って自分と同じ音を出す人は誰もいない。
確実に決めないといけない。(あ、もちろんバイオリンもそうでしょうが)
たくさん外しましたが、でも、本当に自分がそこにいることが気持ちよかった。
そして、本当に有能な方々によってすばらしい演奏になっていた。自分はそこに貢献できたよりは、足を引っ張る方だったと思うけど、でもそこにいることがたのしかった。

そんなことを楽しんでほしいなあと思いました。
写真とか、ビデオとか、そんなのよりも自分が仲間たちと一緒に音楽を作っていることを楽しんでほしいなあと。(と言いながら、自分の昔の写真を探しているのでした、見つからないけど)

さて、今日の「日々のみことば」。
今日は創世記の47章。

「ヤコブはパロを祝福し、パロの前を去った。」10節。

これなんだかすごいですよね。
一介の老人に過ぎないヤコブがあの強大なエジプトの王パロを祝福するだなんて。
普通は反対ですよね。社会的な地位を考えたら反対ですよね。

でも、ヤコブがパロを祝福した。

神様は「あなたがたは祝福の基だ」と言われました。
上から目線になってはいけないと思うのですが、
でも、神様が「あなたは周りの人に祝福を与える存在なんだ」と言われたことを軽く見てはいけないですよね。

いつも神様から満たしていただいて、その祝福が周りに流れて行くような歩みをさせていただきたいです。

主よ、
わたしもこの世で、「祝福の基」であることを忘れることがありませんように。
そして、そのような生き方ができますように。肩の力が入って、がんばる、のではなく、自然と、祝福が流れて行くような、そんな生き方ができますように。


2013-02-15

レント集会スタート。

今日は一日天気がよくて、昼間は12度くらいまで上がったのですが、
これから雨、そして、明日の朝には雪になりそうです。
今は12時前ですが、4.4度C。

このあと、気温もぐっと下がって、日曜日は朝は-10度Cくらい。一日氷点下。

寒い週末になりそうです。

ただ、雪はまた大したことないみたいです。

明日の昼間にはもう上がっているのでは、と思います。

今夜から「レント集会」がスタートしました。
これから7週間、イエスの十字架への道を辿っていきます。

去年はバッハのマタイ受難曲を手がかりに十字架の箇所を読んだのですが、
今回は、十字架を巡る人々。イエスを取り巻く人々の思惑と、十字架に向かって行ったイエスの思いとを対照的に学んでいきます。

今日第1回目の学びをした中で、思わされた言葉。

「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。」ルカ9:23

7週間にわたって、イエスの後を着いていけるような学びとなりますように。

さて、今日の「日々のみことば」。
今日は創世記の46章でした。

「イスラエルはその持ち物をことごとく携えて旅立ち、ベエルシバに行って、父イサクの神に犠牲をささげた。 」1節。

息子ヨセフが生きていた、そのニュースを聞いて、
飛んでいきたかったヤコブでしょうが、
まずは神様の前に礼拝を守るのです。

どんなに気持ちが急いていても、
どんなに思いが走り出しても、
立ち止まって、まず神に聞く。
そこに私たちは招かれていると思います。

私もそのように主に聞く者でありたいです。

主よ、
私も時々、気持ちが走り出す時があります。
思いが先に進みたくなる時があります。
そんなとき、静まって、あなたの声を聞くことができますように。

2月のキッズクラブ。

日付が変わって15日になりましたが、もう一気に追いついてしまいましょう。

昨日14日は今月のキッズクラブ in Maywood。

今月は何を作ったかというと、手作り入浴剤。ぶくぶくと泡が出るヤツ。

こういうのね。

http://orangesky.jp/2010/03/handmade_basubomu0304.html

でも、本当にたのしいのは、
これでお風呂に入った時だねえ。

ぶくぶく泡が出て、気持ちいいだよ。

アメリカでは重曹は簡単に手に入るけど、
クエン酸がなかなか見つからない。
今回はAmazonで探して、見つけました。
もう、こんにゃく粉だろうが、クエン酸だろうが、
英語でなんて言うかわかれば、何でも見つかります。

あ、話がそれましたが、
来週の木曜日、21日はLeoniaでのキッズクラブです。
みんな来れるといいなあ。

で、昨日(2/14)の「日々のみことば」。
昨日は創世記の45章。

「それゆえわたしをここにつかわしたのはあなたがたではなく、神です。」8節。

これはすごい言葉ですね。

神が私をここに遣わした。だから自分を責めないでほしい、と。

でも、これがヨセフの生涯のすべてを解く鍵だったんですね。
一つ一つの仕打ち、困難、理不尽な扱い、濡れ衣・・・。
本当に辛いことが続く中で、
神が私をここに導いたと。

この日のために。

ああ、そういうことがわかる日が来るといいなあと思う。

でも、本当に心から思うのは、

わかる日が来なくてもいい。

わからなくても、私は神を信頼しているから。

主よ、
あなたを信頼して歩める幸いを感謝します。
わからなくても、私の痛みの意味とか、苦しみの意味とか、理不尽な扱いを受けることの意味とか、わからなくても、あなたの御手の中にあると信じているから、感謝です。

明日も、あなたの御手の中で歩めますから、大丈夫です。感謝。

2013-02-14

花よりコンニャク辛し酢みそ添え。

今夜も冷えてきています。
今は夜の11時半ですが-0.9度C。

晴れた夜なので、放射冷却で、明日の朝は-5度くらいまで下がるでしょうか。

明日はまあまあ暖かい穏やかな一日となります。
雪が降るとしても夜になってからです。

で、今日はバレンタインデー。

Facebook上でもいろいろ盛り上がっていましたねえ。

でも、もうねえ、「女の子が男の子にチョコを」とか「男は女にお花を」とか、商業主義に踊らされませんよ。大体お財布一つだし、お花なんか、この日はべらぼうに高いんですから。っていうか、花粉でのんちがぜんそく出ても困るし。

でも、何かをしないとねえ。

ということで、できたてコンニャクでハートを作って、からし酢みそを添えて、プレゼント。喜んでいただきました。「これが私には必要だったんだよ」と。

のんちの方はやっぱりケーキ作ってくれましたけどね。ハイ。感謝。(あ、普通はその写真を載せるのか・・・でも食べちゃったよ・・・トホホ)


話はそれますが、このコンニャク作り、これ3回目ですが、しっかり空気が入って、恥ずかしくらい、穴だらけですよね。
で、あちらこちらの作り方を見ると、この空気が入らないようにするのが大切で、空気が入るとスポンジみたいで美味しくない、というのですね。でも、私は、さすがにスポンジはどうかと思いますが、適度に空気が入った方が、切った時にデコボコができて、味がからんでいいんじゃないかと思います。

もちろん、保存のためには空気が入らない方が、ということもあるかもしれませんが、みんなが「空気を入れないように」「空気が入らない方が美味しい」というから、それがいいんだと思わないで、自分の感性、自分の感覚で美味しい物は美味しい、と言い切る強さも欲しいです。

で、ホントに美味しかったです。

さて、昨日2/13の聖書。
昨日は創世記の44章でした。

「どうか、しもべをこの子供の代りに、わが主の奴隷としてとどまらせ、この子供を兄弟たちと一緒に上り行かせてください。」33節。

ヨセフの兄たちは、ベニヤミンに疑いがかかったとき、自分の身を差し出して、ベニヤミンを守ろうとしました。その姿の中に、ヨセフは自分自身の過去の痛みが溶かされていったのでしょう。

イエスもいわれました。「人がその友のために自分の命を捨てること、それ以上に大きな愛はない」。ヨハネも言いました。「主は私たちのために、命を捨ててくださった。それによって私たちは愛ということを知った。それゆえに、私たちもまた、兄弟のために命を捨てるべきである。」

自分の身を投げ出すこと、自分にはそこまでのものがあるだろうか。

そのような情熱を、熱心さを、熱さを持たせていただきたいと思った。

主よ、
あなたの愛を、私にも少し分けてください。
私も、誰かのために、自分を差し出すことができるような、愛と勇気を持つことができますように。

チョイ雪シリーズ。

昨日は夜NYから帰ってくるバスの中で
気持ちが悪くなってしまったんで、
これはヤバいなあ、と、既に1日ビハインドなのに、
更新もせずに寝てしまいました。

でも、おかげで、今日はすっかり元気です。

昨日の夜は帰りの車の中でみぞれが降り出して、
朝起きたら、うっすら雪化粧。

気温もそこそこ下がったので、車の窓をガリガリでした。

で、次のチョイ雪が、もしかしたら土曜日かなあ、というところです。
本格的な雪になる可能性も秘めているのですが、
多分、チョイ雪だと思います。
また、例によって、全然降らないかもです。

さて、火曜日の「日々のみことば」。
火曜日は創世記の43章でした。

「どうか全能の神がその人の前であなたがたをあわれみ、もうひとりの兄弟とベニヤミンとを、返させてくださるように。もしわたしが子を失わなければならないのなら、失ってもよい」14節。

ヤコブはとうとう決心をして、ベニヤミンを兄たちと一緒に送り出すのです。
その時に、彼は神を信頼して祈ります。
そして、それと共に何があっても、それを受け入れる覚悟をするのです。

神を信頼しながら、というか、神を信頼しているから、
「たとえそうでなくても・・・」ということができたのだと思います。

神様が守ってくださる。それは神様にはおできになる。
でも、その中で、神様が子供(ここではベニヤミン)を失うことを許されるならば、それを受け入れよう、ということです。

私たちは日々、神の守りを祈ります。
しかし、それでも、災難が襲ってくるならば、
それは神様のお考えがあるのだから、と、受け入れることができるのです。

本気で、主を信頼しよう。

主よ、
あなたのことを信頼しています。
でも、本当に嵐が襲ってきたら、私は大声で騒いでしまうのでは、と思います。
どんな状況の中でも、あなたを信頼して歩めますように。

2013-02-12

気がつかないうちの導き。

今日は朝から3度くらいで、昼間も10度近くまで上がりました。
暖かな、穏やかな一日。
今は夜の11時で-0.5度C。
明日の朝は-4度くらいまで下がりそうですが、
昼間はまあまあ暖かくなって、夕方から、雨か雪。
夜は雪になりそうです。

でもゆるゆるの雪で、積もっても5センチくらい。

木曜日の朝には上がっています。
学校は休みになりません。
多分、始まりも遅くもなりません。

そして、週末の雪は、なさそうな感じです。まだわかりませんけど。

さて、昨日の「日々のみことば」。
昨日は創世記42章。

「ヤコブはエジプトに穀物があると知って、むすこたちに言った」1節。

誰も知らなかった。

ヤコブも、ヨセフも、ヨセフの兄たちも。
この後何が起こるのか。

でも、神様は静かに、確かに、彼らを再会に導いておられた。
彼らが知らないうちに。

今も、私たちが知らないうちに、
気がつかないうちに、
神が静かに、働いて導いておられることがある。
何かわからないだけで、
私たちが気がつかないだけで、
神様が進めておられることがある。

いつかそれを見せていただける、教えていただける、
それはなんとすばらしいことかと思う。

何を明日は見せていただくことができるんだろうか?
楽しみに歩んでいきたい。

主よ、
あなたが今進めておられること、
私は未だ気がつかないこと、
楽しみに待ち望みます。
あなたを信頼して歩めますように。

2013-02-11

力はどこから?

今朝は起きたら、freezing rain。
大したことはないかな、と甘く見ていたら、
娘を学校に連れて行こうと思って外に出て、ズリッとすべるし、車はガリガリだし、結構焦りました。昼前にはすっかり融けましたが。

今週は水曜日の夜がちょっと降るかな、という感じで、

あと、注目は週末です。2週続けてデカいのが来るか、何もないか、という感じです。

さて、昨日の「日々のみことば」。
昨日は創世記の41章でした。

「いいえ、わたしではありません。神がパロに平安をお告げになりましょう」16節。

パロの夢を説くようにと召し出されたヨセフの言葉。
自分ではなくて、神様が語られるという信仰だった。

自分の力ではなくて、神の力を信頼して歩んでいた。

もちろん、自分の言葉を「神の言葉です」という危険は気をつけなければいけない。でも、その危険をわかりながら、でも、神様がなさることを「自分ではなく、神様です」と言い切れるくらいに、神様との深い関係の中に生かされたいと思った。

そして、すべてが神様からくるんだ、という謙虚さも持ちたいと思った。

主よ、
あなたが与えてくださる力を信頼して、
「私を強くしてくださる方によってどんなことでもできる」ということを証しさせてください。

2013-02-10

雪の後の青空。

昨日は、朝起きたら既に雪はやんでいました。
多分30センチをちょっと越えるくらいの積雪。

そして、間もなく広がってきた青空。




もっといっぱい青空を撮ったら良かったですね。

とっても気持ちのいい一日でしたが、
前の夜、家族で22歳になった息子の子供時代のビデオで爆笑していて、
やることがたまってしまっていたので、
朝飯前の雪かきを8時から10時半までやったあとは、
夜中の11時までデスクワーク+礼拝の準備。

でも、その礼拝の準備の中で、
神様がいつもいつも必要(物質的にも、霊的にも)を与え続けてくださったことを思わされて、本当に感謝。

これからも、主を信頼して歩もう、と思わされました。

さて、昨日の「日々のみことば」。
昨日は創世記の40章。

「ところが、給仕役の長はヨセフを思い出さず、忘れてしまった。」23節。

どんなにがっかりしただろうか。
暗闇の中で。
今日か、明日か、と良い知らせを待っていたのが、
結局何の知らせもなく、1週間が過ぎ、2週間が過ぎ、
忘れるはずはないと、給仕役の長のことを信頼して、
過ごしてきたのに、どうして?と。

想像に過ぎないけれども、
きっと、「もしも出たら・・・」と話した時に、
「わかった、きっとそうするよ」「絶対するから」「忘れないから」と、喜びにあふれて、約束しただろう、その給仕役の長の言葉を信頼して、楽しみにしていただろう。

でも、給仕役の長は、自分の喜びでいっぱいになって、
ヨセフのことは忘れてしまっていた。

そうとも知らず、ヨセフは待っていただろう。

がっかりしただろうなあ。
暗闇の中で途方に暮れただろう。

期待していた自分が馬鹿のように思えたかもしれない。

でも、その時にも神様は働いておられた。
御業を進めておられた。

ヨセフはそれを知らなかっただけ。

人が忘れることがあるだろう。
でも、神は忘れられることはない。
心に留めておられる。

感謝。

主よ、
あなたのことを信頼して、お待ちしています。
人が忘れても、あなたは忘れられない方であることを感謝します。
あなたの時を待って歩んでいけますように。





2013-02-09

NEMOの夜。

夕方には「もしかしたらたいしたことはないのでは?」と思ったNEMOですが、
夜になってから雪が激しく降り出して、夜の12時過ぎには25センチくらいの積雪になっています。この辺りではあと2ー3時間、30センチくらいのところで峠は越えるでしょうが、場所によっては、1メートル級の大雪になる恐れもあるようです。

これは夜の11時から12時にかけて撮った3枚の写真ですが、雪の降り方が変わったのではなくて、写真の設定を変えただけです。
一番上がフラッシュをつけないで、夜景モード。
2枚目がフラッシュを焚いて、オート。
そして、3枚目がフラッシュを焚いた上に、スローシャッターで撮った写真。





それぞれ表情が変わりますね。
いやあ、いい勉強になりました。

さて、既に日付が変わっていますので、
2/8金曜日の「日々のみことば」。
昨日は創世記の39章でした。

「彼女は毎日ヨセフに言い寄ったけれども、ヨセフは聞きいれず、彼女と寝なかった。また共にいなかった。」13節。

こんな高潔なヨセフが、こんな人の嘘によって、濡れ衣を着せられて、牢屋で過ごさなければいけなかったなんて、そんなひどいことがあるだろうかと思う。

どんなに悔しかったことかと思う。
劇でこの場面を見た時に、ぶち込まれた牢屋は、真っ暗だった。
そこはネズミが走り回っていた。

そうだっただろうなあと思う。
本当に暗くて汚いところだっただろうなと。
惨めだっただろうと思う。

でも、ヨセフはそこでも腐らなかった。
そこでも、投げ出さなかった。
ただただ、忠実に仕えた。

それが人々の信頼を勝ち取る道であり、
そこで、主の祝福があふれた。

そのような者でありたい。

主よ、
どんな状況の中でも、あなたを信頼させてください。
どんな状況の中でも、あなたの与えてくださる使命に生きることができますように。

2013-02-07

大雪来るよ。

私はいつも最悪のことを考えておいた方がいいと思う方なんですが、
さすがにこれはないと思っているのですが、
一つのコンピューターモデルはここら辺で1メートルの雪が積もる予想を出してきています。

それは、極端なんですが、でも30センチは行きそうですね。

問題は、昼過ぎまでは「大したことないじゃん」という感じでも、
午後3−4時頃から一気に天気はひどくなること。
あっという間に気温が下がり、ものすごい勢いで雪が降ります。
風も強くなってきます。

油断しないでください。命取りになります。

お仕事のある人は定時まで仕事しようなんて思わないでください。

さて、今日は、こんにゃく粉が届いたので、昨日届いていた水酸化カルシウムとで、こんにゃく作りに挑戦。



見た目は悪いですが、柔らかくて美味しかったです。
小さめのが10個できましたが、5個ぺろっと食べてしまいました。
子供たちにも、のんちにも好評。

値段はこちらで買うのの1/4かな。

ちょっとクセになるかも。

さて、今日の「日々のみことば」。
今日は創世記の38章。

「彼女はユダによってみごもった。」18節

これもとんでもない話。
未亡人となった嫁が、義弟の妻にしてもらえないので(当時の習慣で兄弟が子供がなくて亡くなった場合は、その弟が未亡人となった兄嫁を妻にすることがあった)、売春婦の格好をして義父と関係を持って、子供を産んだと。

そして、聖書は、イエスの系図を書く時に、
タマルによってユダはペレヅの父になったことをはっきりと語っている。

隠そうともしないで。

人の醜さのただ中にイエスが来られたことを語っているのだろうか。

神様、
今日の話は本当になんだか、わからないのですが、
ただ、そのとんでもない現実の中にイエスが来られたことを思わされます。
感謝します。

2013-02-06

NIMOじゃなくてNEMOが来る!/Chain Reaction...

もう10年前になりますが、Finding NIMOじゃなくてNEMO(ああ、恥ずかしい、間違えました)というディズニーの映画がありましたが、その主人公と同じ名前のNIMOじゃなくてNEMO(間違えました)という名前のストームが来ます。

ハリケーンには名前がついているのはハリケーン・サンディでもわかるように、以前からなんですが、実は今年から、冬のストームにも名前がつくようになったのです。

で、今回のストームは「ニモ」だそうで。

で、今回のニモ君、ものすごいモンスターになりそうです。
NY周辺はとても予報が難しくて、5センチくらいのちょっとしたストームの可能性から50センチ級の大雪になる可能性もあります。

で、ボストン方面はまず間違いなく、50センチ級になりそうで、人命に関わるような大雪になる可能性もあります。あちら方面は既にBlizzard Watchが出ています。

ここら辺は、明日の夜には雪が降り始めて、金曜日の朝にはみぞれになったり、雨になったり、その後、夕方以降はまた雪になって激しく降る、というシナリオのようです。

でも、まだあと24時間以上先の話なので、どうなるのかわからない部分が多すぎます。東京の大雪の予報で、10センチが、ほとんど積もらなくて苦情が出たそうですが、そんなんで文句を言わないでほしいと思います。今回も本当にいろんな可能性があります。

今日は夜にサキの学校に行ってきました。
ウチの町の教育委員会がRachel's Challengeというプログラムを展開していて、その親向けのミーティングがあったからです。

これは自殺防止の働きとして始まったようですが、今はいじめ防止のためのとてもパワフルな働きとして全米と世界に広がっている働きです。


Rachelはコロンバイン高校での乱射事件で亡くなった女の子ですが、彼女の生き方から学び、それを実行しようというプログラム。

Rachelのことについては、11年前に知って、このように紹介したことがあります。


今日の集まりも、とてもすばらしい集まりでした。単なる「子供たちのためにこんなことをしています」という説明会かと思ったら、大人の私たちにも生き方の変革を求める伝道集会のような集まりでした。もっとたくさんの人々に聞いてほしかったです・・・。子供のコンサートのためにはたくさんの親が集まっていっぱいになる講堂がガラガラ。でも、一人一人の決断と講堂が大切。私ももう一度Chain Reactionの一つの役割を果たさせていただきたいと思いました。

さて、今日の「日々のみことば」。
今日は創世記の37章でした。

「兄弟たちは父がどの兄弟よりも彼を愛するのを見て、彼を憎み、穏やかに彼に語ることができなかった。」4節。

ねたみの恐ろしさを感じます。
私たちがねたみを感じる時に、ねたみの原因に責任を負わせようとします。
もちろん、それは問題です。

ここでは、ヤコブが一番の問題であり、
ヨセフもあまりにも無邪気すぎます。

でも、それによって、この兄たちの行動は正当化できません。
他人のことならよくわかります。

でも、このことが自分の身に起こると、自分の行動や態度は棚に上げて、
問題の大元の原因を責めるのです。

ちょうど、日曜日のメッセージの中での「つまずいた時にデコボコの地面を責める」ように。

ねたみから守られますように。

ねたみが起こってきた時に、それに支配されることがありませんように。

神様、
どうか私の心を守って、あなたとの関係に生かしてください。
あなたの与えてくださっているものに感謝して歩む者でありますように。



2013-02-05

今日は何の日?

土曜日はGroundhog Day
日曜日は節分。
昨日は立春。

いろいろ続きましたが、
今日は、なんと、

National Weatherpersons' Day

だそうです。

全米お天気おやじデー!

いや、オヤジなんてどこにも出てきていないですね。
ホントは本職の天気予報を仕事にする人に感謝する日なんでしょうね・・・。

こんな日があるんですね〜。

で、実は昨日あたりから天気予報の世界、たくさんのプロの予報士の方々と、その何倍もいる素人予報士のみなさんの中で話題になりまくっているのが、

今度の金曜日のstorm。

いくつかのコンピューターモデルがここにきて、
特にボストン周辺での大雪を予報しているのです。
50センチー70センチの話さえ飛び出すほど。

そして、NY周辺も久しぶりのまとまった雪、の可能性も。

雨になるかもしれないし、ほとんど降らないかもしれないのですが、
もしかしたら、大雪、だそうです。

要注意です。

今日は朝起きたら雪が降っていて、一日小雪が降ったりやんだり。
今も降っています。小雪ですが。

さて、今日の「日々のみことば」。
今日は創世記の36章。

「このアナは父ヂベオンのろばを飼っていた時、荒野で温泉を発見した者である。」24節。

この章は、もうこの「温泉」に注目ですよね。
というか、目が張り付くって感じです。

でも、このアナにとって、それが温かくても冷たくてもどちらでも良かったはず。
飲み水が必要だったんでしょうね。
荒野ですから。

本当に必要なものは荒野の中でわかる。

今の私たちのように水道の蛇口から水が出てくるような環境にいると見えないものがあるんだと思う。

本当に必要なものは他のものがすべて取り去られるような時に、わかる。

私も荒野に導かれる必要があるのかもしれない。

主よ、
あなたが必要と思われるならば、荒野に導いてください。
荒野で養ってください。
荒野で本当に必要なものが何であるのかを教えてください。

2013-02-04

原点に戻る。

今朝も-6度くらいまで冷えましたね。
そして、日中も0度くらい。

寒い一日でした。
今日は晴れたのですが、
明日の明け方は小雪が舞うかも。

そして、明日の夜〜あさっての朝がまた雪の可能性も。

そして、金曜日はちょっと注目かも。

胸のポケットから落下。
実は、ずっとケースに入れて使っていたのですが、ホームボタン交換から、「もう何があっても大丈夫」と、ケースから外して、こともあろうに、胸のポケットに入れておくんですから、まあ、不注意ですよね。

で、教会のジムのフロアなんですが、水平に落ちたんでしょうね、見事にバリバリにひびが入りました。そして、そのヒビが入ったところから、ガラスのかけらがパラパラ落ちるので、昨日の日曜日はサンドイッチバッグで一日過ごして、さすがにこれだったら、サランラップがいいだろうなあ、と家に帰ってからサランラップ。

土曜日の夜に「ま、これでいいだろう」と30ドルくらいの安いのを注文しておいた交換用スクリーンが今朝届いて、びっくり。

早速交換しました。
交換前の記念撮影。
こんなかんじ。



なかなか見事ですよね。
ここまで全面割れているのを見たことはありません。

で、こっちが無事交換して、スイッチを入れて、やった!と喜んでいるところ。


ホームボタンは安いのでも全然大丈夫ですが、
さすがにスクリーンは、「替えたよねえ」と思うかな。
最初は別物になってしまったかと思いました。
あと、ガラスの破片が中の接着剤にこびりついているのをきれいに掃除をして、組み立てるべきところを、「まあ、こんなもんか」と適当にやったのが、まずかったようで、よく見ると、ちょっと分厚くなりした。(笑)

でも、すぐ慣れました。

もうしばらく、これを使いなさい、ということでしょう。(笑)
はい、これに懲りて、もう元のケースで、しっかりとプロテクト。

さて、今日の「日々のみことば」。
今日は創世記の35章。

「あなたは立ってベテルに上り、そこに住んで、あなたがさきに兄エサウの顔を逃れる時、あなたに現れた神に祭壇を造りなさい。」1節。

神様はあのベテルにいきなさい、と言われました。
どこにいても神様は共にいてくださるのだから、
どこに行くということにこだわらなくてもいいのでは、と思うことがあるかもしれませんが、聖書を読むと、神様が私たちの原点に立ち返り、その恵みを何度も何度も思うことの大切さが繰り返しかかれています。

ここもそうです。

私たちは毎週の礼拝で原点に立ち返ります。
そして、洗礼記念日や誕生日、結婚記念日で立ち返ります。

それが本当に大切なんだと思います。

神様の恵みを覚えて、神様の導きを覚えて感謝します。
いつもいつも神様のしてくださったことを忘れない者でありますように。

主よ、
あなたの導きに感謝します。
あなたが与えてくださった一つ一つのことを感謝します。
この地に導かれてきたこと、この教会に導かれたこと、
ここで見せていただいたあなたの御業。
感謝します。


2013-02-03

春が来る。

今日は2月3日、節分ですね。冬から春になる日。
明日は立春です。いよいよ、どんどん春に向かっていきます。
そして、昨日はこちらでも、Groundhog Day。
冬眠からさめたグランドホッグが、自分の影を見ると春がすぐそこ。冬もあと2週間。
でも、自分の影が見えないと、冬はあと6週間。3月の半ば過ぎまで冬が続くという、誰がそんなしょうもないことを考えたんだろうという、日です。

雪は・・・5センチなんて予報を変えなければ良かったですね。
はい、最初の予想どおり1センチでした。

で、今年は冬はもうすぐ終わります。ハイ。
もちろん、寒い日はあるかもしれませんが、長続きしません。
今週はちょっと寒くて、小雪の舞う日があると思いますが、
週末はまた暖かくなると思います。
そのあと、来週半ばから寒くなって、雪の降る日もありますが、
三寒四温。だんだん暖かくなるし、何よりも、日が長くなってきますから、ちょっと寒くなっても大丈夫。楽しみに春を待ちましょう。今年は何の種を蒔こうかな、どんなキノコを育てようかな、と。

今日の礼拝は、自分自身は本当にエキサイティングでした。
神様は私たちを豊かに祝福しようとしていて、
ただ、私たちが信じていない、期待していない、求めていない、それによって、神様の御業を止めている、それを感じて、もっともっと大胆に求めようと思いました。
また、私たちはつまずく時に、それは、自分がいつも同じくらいスムーズな地面を期待しているから、だから、急なデコボコがある時に、つまずいてしまう。
そして、つまずいた時に、私たちは必ず、デコボコを責める。「なんでこんなところに穴があいているんだ」「なんでこんなにデコボコなんだ」と。
でも、つまずいた時にもう1つ見るべきものがある。「自分が平らだと思っていたその期待の方には問題はなかったんだろうか」ということ。
つまずいた時には、自分の期待や思い込みを手放して、神様に自分の身を委ねるときなんじゃないかと、そんなことを思わされました。

今日のメッセージの音声ファイルはこちら。
ちょっと長いですけどね。30分以上も話していました。

さて、今日の「日々のみことば」。
今日は創世記34章でした。
今日のところはきつかったですね。シケムの悲劇。
ヤコブの娘がある町の有力者の息子に辱められて、妻にしたいと言われて、
でも、そのお兄さんたちは怒って、その町の人たちをだまし討ちにして、虐殺した、と言う話。

「わたしたちの妹を遊女のように彼が扱ってよいのですか」31節。

この言葉、ちょっときついと思っていた。
でも、考えてみたら、何度も読んでみたら、この兄たちの言葉の意味がわかるように思った。だって、辱めておいて、気に入ったから嫁にくれと言って、そして、「金はいくらでも払うから」というならば、やっぱり、金で買われたってこと。

この兄たちの言葉の通りだと思った。

だからといって、この行動が正当化されるとは全く思わないけれども。

本当に人を愛することの意味を思わされる。
ある牧師さんが本の中に書いていたこと。
「自分は本当は妻を愛していると言いながら、妻の自分にとって都合のいいこと、を愛しているのではないか、もっというと、妻の中の自分の『成功』のために役に立つところを愛していたのではないか、それは妻自身を愛しているのではないのではないか」そんな意味のことを書いておられた。相当赤裸々だなあ、と思いながら、でも、ドキッとした。

妻のこともそうだし、教会のお一人一人のこともそうだ。

自分にとって都合のいいところだけを愛するのではなく、本当に愛することを教えていただきたいと思わされた。

主よ、
愛することを教えてください。
人を利用するのではなく、愛することを、大切にすることを教えてください。
そのように生きることができますように。