今日はやはり朝は涼しかったですが、
昼間はまた暖かくなりました。
本当にぽかぽか陽気。
でも、長く続いたこのいい天気も明日まで。
朝は10度くらいまで下がりますが、
昼間は20度を超えて暖かくなります。
でも、木曜日からは数日ぐずつくようです。
特に、木曜日と金曜日は肌寒い雨になりそうです。
このあと、ノースカロライナ沖に低気圧が発生して、
北に上がってきます。
また今プエルトリコ付近にある雨雲が
この後北に進んで、熱帯低気圧になります。
それらが今週末にかけて、こちらの方に向かってきます。
その中の一つの可能性として、
熱帯低気圧がハリケーンに発達して北東部を直撃すると言うシナリオです。
そうでなかったとしても、かなりの大雨になるようです。
要注意です。
先日、ある方から、
「教会の祝福のために、牧師が養われて、満たされる場を持って欲しい」という話があり、
自分自身もその必要を感じているので、いろんなことを考えているのですが、
(アメリカには牧師夫妻を無料で泊めてくれるリトリートプログラムがいろいろあるんですね・・・)
今日の朝、「今日は火曜日だから、Brooklyn Tabernacleの祈り会に行こうか」と思いました。
思ったら、それに主が賛成してくださるかどうか、祈るべきだと思わされ、「主よ、この計画はどうでしょうか?」と祈りました。
そのときに、思わされたのは、「主はあそこに行かなくても、ここにもおられる」ということでした。
祈ることはそこに行かなくても、ここでも祈ることができる。
もちろん、自分の所属する教会の祈り会だったら、何も迷わずに行ったでしょう。
そこで、「ここで祈ったって同じさ」というのは言い訳でしょう。
でも、今問題になっているのは、「祈り会」で有名な教会の祈り会。
自分が責任を持ち、自分が教会員として支えている教会ではありません。
もちろん、何度もそこに行って、私は力が与えられる経験をしました。
ずれていたチューニングが戻される経験をしました。
でも、今日は、ここで祈り、家族と過ごしたらどうだ?と聞かれているような気がしました。
そこで、今日はBTの祈り会に行かずに、家で過ごしました。
どっちが良かったのか、わかりません。
主は決してBTの祈り会に行かなければお会いできないような方ではありません。
でも、そこに身を置くということを選ぶのも一つ大切なことだと思います。
どこに身を置くか、選ぶことも大切な責任だと思いました。
でも、私は今日の決断は正しかったんだろうと思います。
次の火曜日も、主に祈ってみようと思います。
さて、今日の聖書。
今日はサムエル第二13章15-22節。
「Get this woman out of here and bolt the door after her.」17節。
今日も英語の方なんですが、
この女を追い出して、扉に掛けがねをしろ!ということですよね。
その「bolt the door」というところまでする必要があったのでしょうか?
「もう誰も入れるな!」という感じですよね。
自分のしたことさえも閉じこめて、誰もそれにものを言わせない、というような勢いを感じます。
そして、本当にダビデもただ「怒る」だけで、
アムノンに対して、正しい処罰を下すことはしません。
おそらく、自分の過ちの深刻さを知っていたから、
アムノンのしたことも責めることができなかったのでしょう。
その中で、タマルが受けた屈辱。
彼女は兄のアブシャロムにも「黙っていなさい」と言われて、
寂しく暮らしたとあります。
どんなに悔しい思いがしただろうかと思います。
その悔しい思いを、恋していた頃のアムノンも、彼女を憎むようになったアムノンも、それを想像することなんかできなかったでしょう。
タマルの屈辱を、その恥辱を、アムノンは最後までわからなかっただろうなと思います。
私たちの人生でもあります。
最後まで恥辱を感じるようなこと。
どこまでも屈辱を感じるようなこと。
ただ、主が正義をしてくださる。
最後にはすべては明らかにされて、
主は公平をしてくださる。
隠されていることで明らかにされないことはない、
と言われた主の言葉を信頼して、忍耐するのですね。
主よ、
あなたを信頼します。
タマルの屈辱を覚えるときに、
主よ、どうして、と思います。
主はどうして最後の瞬間にタマルを助けてくださらなかったのだろうかと思います。
主はどうして、もっとすぐにアムノンに正しい裁きを下すことをなさらなかったのか、と思います。
でも、私はそれでもあなたを信頼します。
あなたの正義を信頼します。
だから、私は自分の人生の中に、
納得いかないことがあっても、
主がいつも正義でいてくださることを信じます。
いつまでも隠されていることが明らかにされないことはない。
それを信じていきます。
忍耐を与えてください。
2008-09-23
2008-09-22
What about me?
今日2回目の更新でやっと追いつきました。
ずっと遅れていたので、ものすごい気持ちがいいです。
今日の聖書はサムエル記第二13章1-14節。
今日は英語のNIVで、「What about me?」という13節のタマルの言葉が心に留まりました。
「わたしはどうなるの?」「わたしのことはどう思っているの?」ですよね。
アムノンはタマルのことなんか愛していませんでした。
自分のことしか考えていませんでした。
自分の満足のために、自分の欲望の実現のために、
策略を巡らして、自分より弱いタマルを手込めにしました。
そう、「おまえはどうなんだ?」と聞かれました。
こんな乱暴なことはしていない。こんな恐ろしい罪を犯してはいない。
それははっきり言えます。
でも、人を大切にしているか、本当に愛しているか、
と言われると、同じ穴の狢なんじゃないかと思います。
わたしは本当に人を愛したり、人を大切にしたり、してきただろうか?と。
数日前に水谷先生が、この聖書箇所を引用しながら、
男と女の違いを書いておられました。
http://blog.chiisana.org/?eid=905226
最後の方に「ファイト一発男のターゲットは美女やモテ女たち。」とあります。
なるほど、と思いました。
子供の頃から、美男美女がうらやましくてなりませんでした。
モテ男、モテ女との友だちの輪の中に入ったこともありましたが、
ここ一番での彼らとの落差は厳しかったです。
指くわえて見ていた方ですね。
こんなことを言っても、
「そんなことないですよ、いい線行っていますよ」なんて言われることはまずありません。
「中身で勝負ですよね!」と言ってくださる方もあまりいないかな?
せいぜい、「そんなこと言わないでくださいよ、蓼食う虫も好き好きですから・・・」と全くフォローになっていない慰められ方をするくらいです。
でも、この聖書の箇所を読んだり、水谷先生のコメントを読むと、
美男美女も、自分の内側をなかなか見てもらえなくて、
中身を見てくれようともしない、しょうもない人が周りに集まってくる、という悩みがあるのかと思います。
ある若い女優さんが以前言っていました。
ものすごい美人だし、決してスタイルも悪くないのですが、
いわゆる「出ているところ」が出ていない、ということを言いながら、
「それについてはコンプレックスがあるんですが、でも、かえって、わたしの演技自体に注目してもらえることになるから・・・」と。
まだ若かった私は「そんなもんかな・・・」と思って読んだのですが、
いろいろな悩みがあるんですよね。
私はいったい、人を本当の意味で大切にしているだろうか?
利用したり、食い物にしたりしていないだろうか?
何年か前に、クリスチャンのスポーツ選手が、
いろいろなところに呼ばれて、クリスチャンとしての証を頼まれるんだけれども、
なんだか、自分の人生のストーリーがうまい具合に利用されているような気がする・・・と言っておられるのも読んだことがありますが、そのときに使われていた言葉が「exploit」つまり「搾取する」でした。
人を愛し仕えることを教えて頂きたいと思いました。
主よ、
愛することを教えてください。
あなたが私を愛してくださったように、
私も愛することができますように。
人の内側に目を留める者でありますように。
ずっと遅れていたので、ものすごい気持ちがいいです。
今日の聖書はサムエル記第二13章1-14節。
今日は英語のNIVで、「What about me?」という13節のタマルの言葉が心に留まりました。
「わたしはどうなるの?」「わたしのことはどう思っているの?」ですよね。
アムノンはタマルのことなんか愛していませんでした。
自分のことしか考えていませんでした。
自分の満足のために、自分の欲望の実現のために、
策略を巡らして、自分より弱いタマルを手込めにしました。
そう、「おまえはどうなんだ?」と聞かれました。
こんな乱暴なことはしていない。こんな恐ろしい罪を犯してはいない。
それははっきり言えます。
でも、人を大切にしているか、本当に愛しているか、
と言われると、同じ穴の狢なんじゃないかと思います。
わたしは本当に人を愛したり、人を大切にしたり、してきただろうか?と。
数日前に水谷先生が、この聖書箇所を引用しながら、
男と女の違いを書いておられました。
http://blog.chiisana.org/?eid=905226
最後の方に「ファイト一発男のターゲットは美女やモテ女たち。」とあります。
なるほど、と思いました。
子供の頃から、美男美女がうらやましくてなりませんでした。
モテ男、モテ女との友だちの輪の中に入ったこともありましたが、
ここ一番での彼らとの落差は厳しかったです。
指くわえて見ていた方ですね。
こんなことを言っても、
「そんなことないですよ、いい線行っていますよ」なんて言われることはまずありません。
「中身で勝負ですよね!」と言ってくださる方もあまりいないかな?
せいぜい、「そんなこと言わないでくださいよ、蓼食う虫も好き好きですから・・・」と全くフォローになっていない慰められ方をするくらいです。
でも、この聖書の箇所を読んだり、水谷先生のコメントを読むと、
美男美女も、自分の内側をなかなか見てもらえなくて、
中身を見てくれようともしない、しょうもない人が周りに集まってくる、という悩みがあるのかと思います。
ある若い女優さんが以前言っていました。
ものすごい美人だし、決してスタイルも悪くないのですが、
いわゆる「出ているところ」が出ていない、ということを言いながら、
「それについてはコンプレックスがあるんですが、でも、かえって、わたしの演技自体に注目してもらえることになるから・・・」と。
まだ若かった私は「そんなもんかな・・・」と思って読んだのですが、
いろいろな悩みがあるんですよね。
私はいったい、人を本当の意味で大切にしているだろうか?
利用したり、食い物にしたりしていないだろうか?
何年か前に、クリスチャンのスポーツ選手が、
いろいろなところに呼ばれて、クリスチャンとしての証を頼まれるんだけれども、
なんだか、自分の人生のストーリーがうまい具合に利用されているような気がする・・・と言っておられるのも読んだことがありますが、そのときに使われていた言葉が「exploit」つまり「搾取する」でした。
人を愛し仕えることを教えて頂きたいと思いました。
主よ、
愛することを教えてください。
あなたが私を愛してくださったように、
私も愛することができますように。
人の内側に目を留める者でありますように。
はじめの愛。
今日も穏やかな一日。
昨日ほど暖かくなかったですが、
それでも十分。
今日は秋分の日ですから、
アメリカではFirst Day of Fall。
秋の始まりの日です。
8月頃から涼しくなって、
ずっと朝は15度、昼間は25度という感じできましたから、
急に「秋」と言われても、前から秋なのか、
夏の終わりだったのか、わかりません。
本格的に秋が深まっていくのは10月になってからのようです。
それから、週末にかけて東海岸をStormが北上してくるシナリオがあります。
これは今日の夕方のGFS。
土曜日の朝の予想図ですが、
「これはまずいでしょ」という予想図ですね。この朝、ミシガンに飛ぶ予定なのに・・・。
でも、お天気牧師のテーマソングのとおり、「晴れの日にも、雨の日にも」神さまを賛美したいと思います。
今朝、起きるのがちょっときつかったのですが、
起きてからは気持ちが前に向いていくのを感じました。
そして、賛美し祈っている中で、
3月だったでしょうか、朝教会で祈り始めた時の思いが帰ってくるのを感じました。
「あなたとのパイプを太く持ちたい」「あなたの思いを分かち合って欲しい」
ちょうど半年前だったんですね。
引き戻されました。
昨日までの毎朝も、主がそこにおいでくださって、
共に時間を過ごしてくださったことを感じます。
わたしがもう眠くて「主よ、うとうとしながらでもいいですか?」
と、祈るためにそこに来たのだか、居眠りをするために来たのだかわからない朝も、
主はわたしを喜んでくださったことを信じます。
でも、主はやはりみことばを語ろうとして
わたしを招いてくださっている、
心を備えて出るときに、触れて頂ける部分がある。
そのことを感じさせられた朝でした。
昨日、9月21日、日曜日の聖書。
日曜日はサムエル第二12章15-31節。
「私はあの子のところに行くだろうが、あの子は私のところに戻っては来ない。」23節。
昨日は教会のメモリアル礼拝だったので、
特にこのところが心に留まりました。
私たちがやがて彼らのところに行く。
故人は私たちの思い出の中に生きていく、とよく言われます。
それは一つの慰めです。でも、そこまでです。
神を計算に入れないと、そこまでが精一杯です。
でも、聖書はそれだけではないと言います。
主の御許に行くと。そこで死を超えたいのちを生きると。
だから、今度は私たちが与えられている使命を果たして、
故人の待っている主の御許に迎えて頂けるようにと思います。
(聖書にはイエスが再び来られる最後の日まで眠っているという表現と、召されたその日に主の御許にいるという表現と2種類があります。どちらでも大きな違いはないでしょうし、おそらく、その時点で時間を超える存在にされるのではと思います。)
そこで共に主を賛美することを楽しみにしています。
昨日も若くして主の御許に召された方のことを考えていました。
その方が召された後、ご両親が主を信じる者とされたのですが、
考えてみたら、彼女はご両親がクリスチャンになることを生きている間に知ることはありませんでした。
考えること、想像することも難しかったかもしれません。
この地上では、3人で一緒に神さまを賛美することもありませんでした。
でも、やがて天にてお嬢さんとご両親が共に主を賛美する、
そのとき、きっとわたしもその傍らに立たせて頂ける。
それだけでも、天国に行く価値がある、そのように思いました。
(もちろん、それだけではないですが・・・)
主よ、
あなたがいつもいつもわたしのことを
待っていてくださること、
心から感謝します。
どうか、この地上の生涯を守ってくださって、
あなたの御国に行くまで、支えてください。
楽しみにしています。
でも、この地上でも、もっともっとあなたと共に生きる喜びを教えてください。
昨日ほど暖かくなかったですが、
それでも十分。
今日は秋分の日ですから、
アメリカではFirst Day of Fall。
秋の始まりの日です。
8月頃から涼しくなって、
ずっと朝は15度、昼間は25度という感じできましたから、
急に「秋」と言われても、前から秋なのか、
夏の終わりだったのか、わかりません。
本格的に秋が深まっていくのは10月になってからのようです。
それから、週末にかけて東海岸をStormが北上してくるシナリオがあります。
これは今日の夕方のGFS。
土曜日の朝の予想図ですが、
「これはまずいでしょ」という予想図ですね。この朝、ミシガンに飛ぶ予定なのに・・・。
でも、お天気牧師のテーマソングのとおり、「晴れの日にも、雨の日にも」神さまを賛美したいと思います。
今朝、起きるのがちょっときつかったのですが、
起きてからは気持ちが前に向いていくのを感じました。
そして、賛美し祈っている中で、
3月だったでしょうか、朝教会で祈り始めた時の思いが帰ってくるのを感じました。
「あなたとのパイプを太く持ちたい」「あなたの思いを分かち合って欲しい」
ちょうど半年前だったんですね。
引き戻されました。
昨日までの毎朝も、主がそこにおいでくださって、
共に時間を過ごしてくださったことを感じます。
わたしがもう眠くて「主よ、うとうとしながらでもいいですか?」
と、祈るためにそこに来たのだか、居眠りをするために来たのだかわからない朝も、
主はわたしを喜んでくださったことを信じます。
でも、主はやはりみことばを語ろうとして
わたしを招いてくださっている、
心を備えて出るときに、触れて頂ける部分がある。
そのことを感じさせられた朝でした。
昨日、9月21日、日曜日の聖書。
日曜日はサムエル第二12章15-31節。
「私はあの子のところに行くだろうが、あの子は私のところに戻っては来ない。」23節。
昨日は教会のメモリアル礼拝だったので、
特にこのところが心に留まりました。
私たちがやがて彼らのところに行く。
故人は私たちの思い出の中に生きていく、とよく言われます。
それは一つの慰めです。でも、そこまでです。
神を計算に入れないと、そこまでが精一杯です。
でも、聖書はそれだけではないと言います。
主の御許に行くと。そこで死を超えたいのちを生きると。
だから、今度は私たちが与えられている使命を果たして、
故人の待っている主の御許に迎えて頂けるようにと思います。
(聖書にはイエスが再び来られる最後の日まで眠っているという表現と、召されたその日に主の御許にいるという表現と2種類があります。どちらでも大きな違いはないでしょうし、おそらく、その時点で時間を超える存在にされるのではと思います。)
そこで共に主を賛美することを楽しみにしています。
昨日も若くして主の御許に召された方のことを考えていました。
その方が召された後、ご両親が主を信じる者とされたのですが、
考えてみたら、彼女はご両親がクリスチャンになることを生きている間に知ることはありませんでした。
考えること、想像することも難しかったかもしれません。
この地上では、3人で一緒に神さまを賛美することもありませんでした。
でも、やがて天にてお嬢さんとご両親が共に主を賛美する、
そのとき、きっとわたしもその傍らに立たせて頂ける。
それだけでも、天国に行く価値がある、そのように思いました。
(もちろん、それだけではないですが・・・)
主よ、
あなたがいつもいつもわたしのことを
待っていてくださること、
心から感謝します。
どうか、この地上の生涯を守ってくださって、
あなたの御国に行くまで、支えてください。
楽しみにしています。
でも、この地上でも、もっともっとあなたと共に生きる喜びを教えてください。
2008-09-21
神をさげすむ。
ああ、なんだか、思ったよりも早く眠くなってきました。
と書いてから、何度かうとうとしながら、試合を最後まで見届けて、
1時間以上経ってしまいました。無事7-3で勝ち。
まあ、よかったですね。
シーズン自体はちょっと残念な結果に終わってしまいましたが・・・。
大物選手による補強ではなくて、若手の選手の成長で来年はがんばって欲しいものです。
さて、今日最後の更新は
9月20日土曜日の聖書。
土曜日はサムエル第二12章1-14節。
「あなたがわたしをさげすみ・・・」10節。
誘惑に負けたダビデ。
自分を守ろうとして、罪に罪を重ねた彼が、
「神をさげすんでいる」と自覚していただろうか?
わたしも同じような過ちを犯すときに、
それは「誘惑に負けた」という以上に、
「神をさげすむ」ことだとわかっているだろうか?
神さまを甘く見ていないだろうか?
「悔い改めれば赦して頂ける」と甘く見ていないだろうか?
このダビデの過ちのくだりは深く深く心を探られた。
主よ、
わたしの心を守り、きよめてください。
あらゆる誘惑や、あらゆる過ちから、守ってください。
思いっきり罪を犯し、思いっきり赦されなさい、と言う人もます。
でも、この取り返しの着かない罪、
人を傷つけ、深く深く痛めつけるような罪から、
わたしを守ってくださいますように。
あなたとの関係を壊し、
あなたをさげすみ、
あなたの御心を損なうような罪から守ってくださいますように。
あなたが赦してくださったことを感謝します。
でも、その赦しをないがしろにするような罪から守ってください。
きよめてください。
雪よりも白い心を作る、と約束された
あなたの力を見せてください。
と書いてから、何度かうとうとしながら、試合を最後まで見届けて、
1時間以上経ってしまいました。無事7-3で勝ち。
まあ、よかったですね。
シーズン自体はちょっと残念な結果に終わってしまいましたが・・・。
大物選手による補強ではなくて、若手の選手の成長で来年はがんばって欲しいものです。
さて、今日最後の更新は
9月20日土曜日の聖書。
土曜日はサムエル第二12章1-14節。
「あなたがわたしをさげすみ・・・」10節。
誘惑に負けたダビデ。
自分を守ろうとして、罪に罪を重ねた彼が、
「神をさげすんでいる」と自覚していただろうか?
わたしも同じような過ちを犯すときに、
それは「誘惑に負けた」という以上に、
「神をさげすむ」ことだとわかっているだろうか?
神さまを甘く見ていないだろうか?
「悔い改めれば赦して頂ける」と甘く見ていないだろうか?
このダビデの過ちのくだりは深く深く心を探られた。
主よ、
わたしの心を守り、きよめてください。
あらゆる誘惑や、あらゆる過ちから、守ってください。
思いっきり罪を犯し、思いっきり赦されなさい、と言う人もます。
でも、この取り返しの着かない罪、
人を傷つけ、深く深く痛めつけるような罪から、
わたしを守ってくださいますように。
あなたとの関係を壊し、
あなたをさげすみ、
あなたの御心を損なうような罪から守ってくださいますように。
あなたが赦してくださったことを感謝します。
でも、その赦しをないがしろにするような罪から守ってください。
きよめてください。
雪よりも白い心を作る、と約束された
あなたの力を見せてください。
Take Me Out to the Ball Game...
前のポストを書いている間に逆転しましたね。Yankees。
85年前に建てられて、ベーブ・ルースが最初にホームランを打ったこの球場。
さて、最後は誰でしょうか?
この間数えてみたら、NJに来て14年ですが、
たぶん、行ったのは7回かな?
松井のバットが飛んできたのはその2回目。
自分でお金出していったのは、半分くらい?
献血してチケットもらったこともあります。
今年はお誘いは2回ほどありましたが、
両方とも予定がどうにもならなくて、行けませんでした。
ああ、同点に追いつかれる・・・。
生まれて初めて野球を見に行ったときのことも思い出していました。
小学校3年生くらいだったか、後楽園球場。
ヤクルトー巨人戦。
新聞の勧誘でもらったか何かのチケットがあって、
住み込みで奉仕をしていた神学生と、兄と3人で行ったかな。
もちろん外野席。
神学生の方が大の長嶋ファンで「今回は長嶋の顔が見えないなあ。前に行ったときは内野席で見えたんだけど・・・」としきりに言っていたのを思い出します。
それ以来内野席はあこがれでした。
若松の初球ホームランをとても印象的に覚えています。
満員の観衆が「おー」とどよめいたのも・・・。
その後、もう一回くらい行ったかもしれませんが、
あまりおぼえていません。
東京ドームは一度も・・・。
大人になってから、アメリカに来るまではもっぱら西武球場。
近鉄が来る日をえらんで見に行きました。
それも野茂が投げる日をねらって・・・。
アトランタでのブレーブス観戦も楽しかったです。
あそこはヤンキースタジアムよりもずっと一体感があります。
確か、96年のワールドシリーズでは、NJに住んでいてもブレーブスを応援していたような・・・。
おー、5対3。
さて、9月19日金曜日の聖書。
金曜日はサムエル第二の11章14-27節。
「しかし、ダビデの行ったことは主のみこころをそこなった。」27節。
最初の過ちのあと、
その結果がわかる形で残ることがわかったときに、
何とかそれをごまかそうとして失敗したダビデ。
最後の手段に出ます。
自分の手を汚さないで、彼を戦死させる。
24節の前半まではダビデの思い通りに事が運んでいます。
確かにダビデは自分の手を汚すことはありませんでした。
ダビデが夫を失ったあわれな未亡人を迎え入れるときに、
外面的にはすべてがうまくいったかのように感じさせられます。
でも、最後の言葉で、これは良かった良かったですまないことがはっきりします。
神さまのみこころをそこなった・・・。
その深刻さを忘れないでいたいと思います。
神さまの御心を損なうこと、
その怖さを忘れないでいたいと思います。
間違っても、神さまが「いいよ、いいよ」で赦される方ではなくて、
「とんでもないこと」として受け取られること、
そしてその赦しのためには、神の子のいのちが必要だったことを、
忘れないでいたいと思います。
主よ、
わたしも罪をごまかすために、
もう一つの罪を犯すことはないだろうかと思わされます。
どうか、最初の罪に気がついたときに、
素直に、聖霊様に感謝して、
悔い改めることができますように。
聖霊様の声に聞き従う者でありますように。
85年前に建てられて、ベーブ・ルースが最初にホームランを打ったこの球場。
さて、最後は誰でしょうか?
この間数えてみたら、NJに来て14年ですが、
たぶん、行ったのは7回かな?
松井のバットが飛んできたのはその2回目。
自分でお金出していったのは、半分くらい?
献血してチケットもらったこともあります。
今年はお誘いは2回ほどありましたが、
両方とも予定がどうにもならなくて、行けませんでした。
ああ、同点に追いつかれる・・・。
生まれて初めて野球を見に行ったときのことも思い出していました。
小学校3年生くらいだったか、後楽園球場。
ヤクルトー巨人戦。
新聞の勧誘でもらったか何かのチケットがあって、
住み込みで奉仕をしていた神学生と、兄と3人で行ったかな。
もちろん外野席。
神学生の方が大の長嶋ファンで「今回は長嶋の顔が見えないなあ。前に行ったときは内野席で見えたんだけど・・・」としきりに言っていたのを思い出します。
それ以来内野席はあこがれでした。
若松の初球ホームランをとても印象的に覚えています。
満員の観衆が「おー」とどよめいたのも・・・。
その後、もう一回くらい行ったかもしれませんが、
あまりおぼえていません。
東京ドームは一度も・・・。
大人になってから、アメリカに来るまではもっぱら西武球場。
近鉄が来る日をえらんで見に行きました。
それも野茂が投げる日をねらって・・・。
アトランタでのブレーブス観戦も楽しかったです。
あそこはヤンキースタジアムよりもずっと一体感があります。
確か、96年のワールドシリーズでは、NJに住んでいてもブレーブスを応援していたような・・・。
おー、5対3。
さて、9月19日金曜日の聖書。
金曜日はサムエル第二の11章14-27節。
「しかし、ダビデの行ったことは主のみこころをそこなった。」27節。
最初の過ちのあと、
その結果がわかる形で残ることがわかったときに、
何とかそれをごまかそうとして失敗したダビデ。
最後の手段に出ます。
自分の手を汚さないで、彼を戦死させる。
24節の前半まではダビデの思い通りに事が運んでいます。
確かにダビデは自分の手を汚すことはありませんでした。
ダビデが夫を失ったあわれな未亡人を迎え入れるときに、
外面的にはすべてがうまくいったかのように感じさせられます。
でも、最後の言葉で、これは良かった良かったですまないことがはっきりします。
神さまのみこころをそこなった・・・。
その深刻さを忘れないでいたいと思います。
神さまの御心を損なうこと、
その怖さを忘れないでいたいと思います。
間違っても、神さまが「いいよ、いいよ」で赦される方ではなくて、
「とんでもないこと」として受け取られること、
そしてその赦しのためには、神の子のいのちが必要だったことを、
忘れないでいたいと思います。
主よ、
わたしも罪をごまかすために、
もう一つの罪を犯すことはないだろうかと思わされます。
どうか、最初の罪に気がついたときに、
素直に、聖霊様に感謝して、
悔い改めることができますように。
聖霊様の声に聞き従う者でありますように。
ゆっくり。
昨日は1日いろいろあって、
夜の11時半には仕事がたくさん残っていたのですが、
ものすごい睡魔に襲われて、
そのまま沈没宣言をアップする間もなく、沈没。
おかげで朝は早く目が覚めて、準備をすませることができました。
そして、夕方6時にはすべてのプログラムが終わって、
家に帰ってきて、ほっとした時間を過ごしています。
ヤンキースタジアムのお別れ試合を横目で見ながら更新中。
4日分たまっていますが、一気に更新できるかもしれません。
今日はJCCNJ始まって以来の、
召天者のメモリアル礼拝。
いろいろ足りなさも感じましたし、
次はちゃんとこのようにしよう、
ということもたくさんありますが、
皆さんの祈りとサポートに守られて、
幸いな一時を持ちました。
教会の歴史の中で天国に召されていった方々は
教会員だけで10名。
そのほかの方々を含めると2倍くらいになるでしょうか。
大切な家族や仲間が、亡くなるというのは、
天国に召されると言っても、痛みや、
「どうして今?」と思わされます。
でも、主のなさることは今はわからなくても、
やがてその先に召された方々と共に、
すべてをクリアに見せていただける時を
待ち望みつつ、この地上で与えられた使命を果たさせて頂きたいと思いました。
今日は暖かい一日でした。
昼間はちょっと汗ばむくらい。
夜の9時でも、19度あります。
明日も晴れですが、今日よりは涼しくて22-3度だと思います。
back door cold frontというのが通るようです。
普通は寒冷前線は西から東に通っていきますが、
このback doorは北東の方から下がってきます。
たとえばボストンはこの時間15度くらいしかありませんが、
その空気がこっちの方に流れてくるようです。
さて、これは木曜日、9月18日の聖書。
木曜日はサムエル第二11:1-13。
「ウリヤはダビデに言った。『神の箱も、イスラエルも、ユダも仮庵に住み、私の主人ヨアブも、私の主人の家来たちも戦場で野営しています。それなのに、私だけが家に帰り、飲み食いして、妻と寝ることができましょうか。あなたの前に、あなたのたましいの前に誓います。私は決してそのようなことをいたしません。』」11節。
これからしばらく、ダビデの大きな罪のところです。
あれほど神を愛し、神と共に歩んでいたダビデが大きな罪を犯します。
いろいろなことを考えさせられています。
木曜日は、この王宮でゆっくり過ごしていたダビデと、
最前線で戦っていたウリヤとの落差に目が留まりました。
「どうしてわたしが帰って妻と寝ることができましょうか?」
最前線で戦う者の緊張感。
仲間たちが今どうしているかを考えているウリヤに対して、
彼の妻の水浴びを見て、欲情を燃やし、自分のものにしたダビデ。
何という緊張感のなさ。
でも、先日もある方と話をしていてそんな話になったのですが、
最前線で戦っているビジネスマン、ビジネスウーマン、学生、子供たちに対して、
牧師の働きは最前線もないわけではないですが、
後方支援の働きだよなあ、と思いました。
その中で、緊張感を失っていることはないだろうか、
ダビデと同じ、または同じような過ちを犯す危険はないだろうかと、
思わされたのです。
最前線と同じ緊張感、最前線のひとりひとりをおぼえた緊張感を
持って歩ませて頂きたいと思います。
主よ、
このダビデの過ちを読むたびに、
それがダビデだけの問題ではなくて、
わたしもそこに陥るかもしれない弱さを感じます。
どうか、わたしを守ってください。
最前線に経つ日にも、
後方支援に回る日にも、
最前線の兄姉を覚えて、
祈り、共に歩む者であらせてください。
夜の11時半には仕事がたくさん残っていたのですが、
ものすごい睡魔に襲われて、
そのまま沈没宣言をアップする間もなく、沈没。
おかげで朝は早く目が覚めて、準備をすませることができました。
そして、夕方6時にはすべてのプログラムが終わって、
家に帰ってきて、ほっとした時間を過ごしています。
ヤンキースタジアムのお別れ試合を横目で見ながら更新中。
4日分たまっていますが、一気に更新できるかもしれません。
今日はJCCNJ始まって以来の、
召天者のメモリアル礼拝。
いろいろ足りなさも感じましたし、
次はちゃんとこのようにしよう、
ということもたくさんありますが、
皆さんの祈りとサポートに守られて、
幸いな一時を持ちました。
教会の歴史の中で天国に召されていった方々は
教会員だけで10名。
そのほかの方々を含めると2倍くらいになるでしょうか。
大切な家族や仲間が、亡くなるというのは、
天国に召されると言っても、痛みや、
「どうして今?」と思わされます。
でも、主のなさることは今はわからなくても、
やがてその先に召された方々と共に、
すべてをクリアに見せていただける時を
待ち望みつつ、この地上で与えられた使命を果たさせて頂きたいと思いました。
今日は暖かい一日でした。
昼間はちょっと汗ばむくらい。
夜の9時でも、19度あります。
明日も晴れですが、今日よりは涼しくて22-3度だと思います。
back door cold frontというのが通るようです。
普通は寒冷前線は西から東に通っていきますが、
このback doorは北東の方から下がってきます。
たとえばボストンはこの時間15度くらいしかありませんが、
その空気がこっちの方に流れてくるようです。
さて、これは木曜日、9月18日の聖書。
木曜日はサムエル第二11:1-13。
「ウリヤはダビデに言った。『神の箱も、イスラエルも、ユダも仮庵に住み、私の主人ヨアブも、私の主人の家来たちも戦場で野営しています。それなのに、私だけが家に帰り、飲み食いして、妻と寝ることができましょうか。あなたの前に、あなたのたましいの前に誓います。私は決してそのようなことをいたしません。』」11節。
これからしばらく、ダビデの大きな罪のところです。
あれほど神を愛し、神と共に歩んでいたダビデが大きな罪を犯します。
いろいろなことを考えさせられています。
木曜日は、この王宮でゆっくり過ごしていたダビデと、
最前線で戦っていたウリヤとの落差に目が留まりました。
「どうしてわたしが帰って妻と寝ることができましょうか?」
最前線で戦う者の緊張感。
仲間たちが今どうしているかを考えているウリヤに対して、
彼の妻の水浴びを見て、欲情を燃やし、自分のものにしたダビデ。
何という緊張感のなさ。
でも、先日もある方と話をしていてそんな話になったのですが、
最前線で戦っているビジネスマン、ビジネスウーマン、学生、子供たちに対して、
牧師の働きは最前線もないわけではないですが、
後方支援の働きだよなあ、と思いました。
その中で、緊張感を失っていることはないだろうか、
ダビデと同じ、または同じような過ちを犯す危険はないだろうかと、
思わされたのです。
最前線と同じ緊張感、最前線のひとりひとりをおぼえた緊張感を
持って歩ませて頂きたいと思います。
主よ、
このダビデの過ちを読むたびに、
それがダビデだけの問題ではなくて、
わたしもそこに陥るかもしれない弱さを感じます。
どうか、わたしを守ってください。
最前線に経つ日にも、
後方支援に回る日にも、
最前線の兄姉を覚えて、
祈り、共に歩む者であらせてください。
2008-09-19
戸別訪問に弱いかもしれない。
今朝は8.8度まで下がりました。
昼間はそこそこ暖かかくて、
昨日の「晴れている割には肌寒い・・・」というのは外れました。
でも、夜にはまた冷えてきました。
夜になって、今12時をすぎましたが、
10度くらいまで下がってきています。
明日の朝も8-9度ですね。
うちのテレビは室内アンテナではうまく写らず、
まあ、ヤンキースやネッツの試合も見たいし、
ケーブルに入っているのですが、
最初はUS Cableでした。
そしてインターネットもそのケーブル経由でしたが、
電話をVOIPにして、安上がりにと思ってから、
問題が起こりました。
よくインターネット接続が切れる。
そうすると電話もつながらない・・・。
ということで、4年くらい前にCablevisionに乗り換え。
切り替えてからは全く問題なく、快調でした。
しかし・・・
ある日、Verizonの人が戸別訪問に来ました。
正確に言うと下請けの会社の人でしょうが・・・。
そして、ここにはFiber Cableが通るようになった、
そして、今より安い!
この言葉に負けて、1年9ヶ月前にVerizonで
ケーブルテレビとインターネット接続をするようになりました。
しかし、1年が過ぎ、ちょっと値段が上がって、
割安感がなくなり、その上、インターネット接続は問題なくても、
VOIPが切れる。
なんか相性が良くないみたいです。
VerizonとVonage。
ググルといくつかそのような問題が指摘されています。
で、どんなもんかなあ、と思っていたところに、
またCablevisionの方が戸別訪問。
今度はなんと、今のVerizonのサービスよりちょっと安い値段で、
電話のサービスも含まれていて、TV録画のサービスもつくし、
そして、何と1年間はTV Japanも無料で着いてくる。
このTV Japanは普通25ドルするもの。
ずっと「いいなあ」と思いながら、
そんなに見れないし・・・と取っていませんでした。
それに普通はその安いサービスは特別なプロモーションで、
HPを見たり、時々来る手紙を見たりすると、
1年経つとどかんと50ドルくらい値上がりするようなのですが、
今回、2年間はその値段でサービスするという確約付き。
で、思わず飛びついてしまいました。
本来、「Cablevisionはこんなサービスをするそうだよ。
それで、自分はそっちに換えようと思うんだけど、
おたく、どうする?」とVerizonに交渉して、
Verizonのサービスを安くしてもらうべきなんでしょうが、
今回、VOIP電話であるVonageとVerizonの相性があまり良くない、
ということで、Cablevisionにあっさり再乗り換えです。
家族のメールアドレスとか、Verizonなので、
こちらの変更は面倒なんですが、背に腹は代えられないし、
家族の同意も取り付けました。
これからはGmailとかHotmailとか、
接続のプロバイダーを換えても大丈夫なサービスを利用すべきですね。
図書館とかからでも、問題なくメール発信できるし・・・。
で、手紙読んでるだけ、HP見ているだけでは決断できないこと、
最終的には2回続けて、戸別訪問で決断しました。
自分は戸別訪問に弱いんだな、と思います。
というか、「いつかやりたい」ということがあるときに、
戸別訪問で声かけてもらうと、踏ん切りがつきます。
興味がなかったら、戸別訪問されても、「迷惑」です。
エホバの証人の人たちの訪問、多くの人たちには「迷惑」でしょうが、
聖書に興味はあるんだけど・・・という人たちはぐっと引き寄せられてしまうんでしょうね。
たぶん、教会は戸別訪問はあまりしないと思いますが、
チラシを配っているだけではダメ、
ポスターを貼っているだけではダメです。
戸別訪問はしないとしても、他の方法でも、
人々とのつながり、出会いの場を作っていくことの大切さを思います。
さて、なかなか追いつけないですが、
9月17日、水曜日の聖書。
水曜日はサムエル第二10章。
「そこでハヌンはダビデの家来たちを捕らえ、彼らのひげを半分そり落とし、その衣を半分に切って尻のあたりまでにし、彼らを送り返した。」4節。
この侮辱。この屈辱。
どんなに悔しかったか、
どんなに怒りがわいてきたかと思います。
その侮辱を受ける中でも、
ダビデは感情的に反応することはありませんでした。
彼らが敵として、戦闘態勢に入ったときに、
それを受けて立ちました。
自分は侮辱、屈辱に対して、
どのように反応しているだろうか、
どのように対処しているだろうか、
そのことを思わされました。
自分が馬鹿にされることは許し難いことです。
本当に怒りがわいてきます。
でも、そのことに、心が支配されないように、
そのことに振り回されないようにと思います。
神さま、
侮辱されたときに、
屈辱を感じたときに、
そのことに感情的に反応することがないように、
わたしの心を守ってください。
怒りや復讐心に支配されないように、
わたしの心を守ってください。
昼間はそこそこ暖かかくて、
昨日の「晴れている割には肌寒い・・・」というのは外れました。
でも、夜にはまた冷えてきました。
夜になって、今12時をすぎましたが、
10度くらいまで下がってきています。
明日の朝も8-9度ですね。
うちのテレビは室内アンテナではうまく写らず、
まあ、ヤンキースやネッツの試合も見たいし、
ケーブルに入っているのですが、
最初はUS Cableでした。
そしてインターネットもそのケーブル経由でしたが、
電話をVOIPにして、安上がりにと思ってから、
問題が起こりました。
よくインターネット接続が切れる。
そうすると電話もつながらない・・・。
ということで、4年くらい前にCablevisionに乗り換え。
切り替えてからは全く問題なく、快調でした。
しかし・・・
ある日、Verizonの人が戸別訪問に来ました。
正確に言うと下請けの会社の人でしょうが・・・。
そして、ここにはFiber Cableが通るようになった、
そして、今より安い!
この言葉に負けて、1年9ヶ月前にVerizonで
ケーブルテレビとインターネット接続をするようになりました。
しかし、1年が過ぎ、ちょっと値段が上がって、
割安感がなくなり、その上、インターネット接続は問題なくても、
VOIPが切れる。
なんか相性が良くないみたいです。
VerizonとVonage。
ググルといくつかそのような問題が指摘されています。
で、どんなもんかなあ、と思っていたところに、
またCablevisionの方が戸別訪問。
今度はなんと、今のVerizonのサービスよりちょっと安い値段で、
電話のサービスも含まれていて、TV録画のサービスもつくし、
そして、何と1年間はTV Japanも無料で着いてくる。
このTV Japanは普通25ドルするもの。
ずっと「いいなあ」と思いながら、
そんなに見れないし・・・と取っていませんでした。
それに普通はその安いサービスは特別なプロモーションで、
HPを見たり、時々来る手紙を見たりすると、
1年経つとどかんと50ドルくらい値上がりするようなのですが、
今回、2年間はその値段でサービスするという確約付き。
で、思わず飛びついてしまいました。
本来、「Cablevisionはこんなサービスをするそうだよ。
それで、自分はそっちに換えようと思うんだけど、
おたく、どうする?」とVerizonに交渉して、
Verizonのサービスを安くしてもらうべきなんでしょうが、
今回、VOIP電話であるVonageとVerizonの相性があまり良くない、
ということで、Cablevisionにあっさり再乗り換えです。
家族のメールアドレスとか、Verizonなので、
こちらの変更は面倒なんですが、背に腹は代えられないし、
家族の同意も取り付けました。
これからはGmailとかHotmailとか、
接続のプロバイダーを換えても大丈夫なサービスを利用すべきですね。
図書館とかからでも、問題なくメール発信できるし・・・。
で、手紙読んでるだけ、HP見ているだけでは決断できないこと、
最終的には2回続けて、戸別訪問で決断しました。
自分は戸別訪問に弱いんだな、と思います。
というか、「いつかやりたい」ということがあるときに、
戸別訪問で声かけてもらうと、踏ん切りがつきます。
興味がなかったら、戸別訪問されても、「迷惑」です。
エホバの証人の人たちの訪問、多くの人たちには「迷惑」でしょうが、
聖書に興味はあるんだけど・・・という人たちはぐっと引き寄せられてしまうんでしょうね。
たぶん、教会は戸別訪問はあまりしないと思いますが、
チラシを配っているだけではダメ、
ポスターを貼っているだけではダメです。
戸別訪問はしないとしても、他の方法でも、
人々とのつながり、出会いの場を作っていくことの大切さを思います。
さて、なかなか追いつけないですが、
9月17日、水曜日の聖書。
水曜日はサムエル第二10章。
「そこでハヌンはダビデの家来たちを捕らえ、彼らのひげを半分そり落とし、その衣を半分に切って尻のあたりまでにし、彼らを送り返した。」4節。
この侮辱。この屈辱。
どんなに悔しかったか、
どんなに怒りがわいてきたかと思います。
その侮辱を受ける中でも、
ダビデは感情的に反応することはありませんでした。
彼らが敵として、戦闘態勢に入ったときに、
それを受けて立ちました。
自分は侮辱、屈辱に対して、
どのように反応しているだろうか、
どのように対処しているだろうか、
そのことを思わされました。
自分が馬鹿にされることは許し難いことです。
本当に怒りがわいてきます。
でも、そのことに、心が支配されないように、
そのことに振り回されないようにと思います。
神さま、
侮辱されたときに、
屈辱を感じたときに、
そのことに感情的に反応することがないように、
わたしの心を守ってください。
怒りや復讐心に支配されないように、
わたしの心を守ってください。
2008-09-18
キティちゃんの逆襲。
今日はかなり暖かくなりました。
でも、今夜はそれにだまされてはいけません!
冷えます。
今、夜の12時頃ですが、12度まで下がってきています。
確実に10度は切ります。
8度くらいまでは下がります。
ですから、ほんと、暖かくしてお休みになることをお勧めします。
明日もせいぜい20度止まり。
晴れている割には肌寒い一日でしょう。
晴れ続きの1週間ですが、
この先1週間くらい天気がよいようです。
で、1週間後、来週の週末あたり、
東海岸を南から低気圧が上がってくる可能性が出てきています。
要注目です。
潤君たちが帰って1週間。
帰る前に、いろいろ家のインテリアのために、
「こんなのはどう?」と置いていってくださったり、
買ってきてくださったりしました。
たとえば、このランプ。(カメラの電池が切れて、これは携帯カメラ)
hand blown glassなんだそうです。
潤君は本当にそのようなことが大好きみたいです。
いろいろ気の利いたものを置いていってくださいました。
その一つがファミリールームの暖炉の上のスペース。
そこにはキティちゃんの時計が飾ってありました。
女の子のいる家ですからね・・・。
でも確かに暖炉の上のスペースには、ちょっと浮いているかも・・・
ということで、キティちゃんは子供部屋に行ってもらって、
そこにぴったりの額を買ってきてプレゼントしてくださったのです。
その写真がこの潤君のページの一番下にあります。
ですが、つい2、3日前に見ると、
その下に、新しいキティちゃんの忍び寄る姿が・・・。
拡大してみますね。
ほらね。
ウルトラマンのように、星飛雄馬のように、時効警察のように、
帰ってきます。
恐るべし、キティちゃん。
いつまで経ってもスマートなインテリア・・・とはならないでしょう・・・ハイ。
さて、火曜日、9月16日の聖書。
16日はサムエル第二9章。
「サウルの家の者で、まだ、だれかいないのか。私はその者に神の恵みを施したい。」3節。
この章はダビデがサウル王の一族、
特にヨナタンの家族によくしてやりたくて、
メフィボシェテを王宮に召し入れたときのことです。
ここを読みながら、いくらヨナタンのことを考えているとはいえ、
サウル王家のもの、を受け入れて、サポートしたということが、
どうしても受け入れられないと思いました。
彼はサウルによって与えられた痛みを忘れてしまったのでしょうか?
どのように乗り越えたのでしょうか?
彼の強さを思いました。
あれほどまでひどい目に遭わされて、
いのちをねらわれて、
自分は特別に敵対しているわけではないのに、
そのような扱いを受けて、
どうしてその家族を受け入れられるのだろうか?
それはやはりサウルが油注がれた者だという信仰。
それが否定されてしまったら、サウルの一族をないがしろにするならば、
自分も同じような扱いを受ける、
彼はそのことがわかっていた、
そして、本当に神さまを信頼していた。
わたしもそのような強さを与えられたいと思いました。
主よ、
あなたの選びを感謝します。
自分の選びを尊重してもらう以上に、
人の選びを尊重します。
自分の選びは振り回さない。
人の選びも信頼していくものでありますように。
でも、今夜はそれにだまされてはいけません!
冷えます。
今、夜の12時頃ですが、12度まで下がってきています。
確実に10度は切ります。
8度くらいまでは下がります。
ですから、ほんと、暖かくしてお休みになることをお勧めします。
明日もせいぜい20度止まり。
晴れている割には肌寒い一日でしょう。
晴れ続きの1週間ですが、
この先1週間くらい天気がよいようです。
で、1週間後、来週の週末あたり、
東海岸を南から低気圧が上がってくる可能性が出てきています。
要注目です。
潤君たちが帰って1週間。
帰る前に、いろいろ家のインテリアのために、
「こんなのはどう?」と置いていってくださったり、
買ってきてくださったりしました。
たとえば、このランプ。(カメラの電池が切れて、これは携帯カメラ)
hand blown glassなんだそうです。
潤君は本当にそのようなことが大好きみたいです。
いろいろ気の利いたものを置いていってくださいました。
その一つがファミリールームの暖炉の上のスペース。
そこにはキティちゃんの時計が飾ってありました。
女の子のいる家ですからね・・・。
でも確かに暖炉の上のスペースには、ちょっと浮いているかも・・・
ということで、キティちゃんは子供部屋に行ってもらって、
そこにぴったりの額を買ってきてプレゼントしてくださったのです。
その写真がこの潤君のページの一番下にあります。
ですが、つい2、3日前に見ると、
その下に、新しいキティちゃんの忍び寄る姿が・・・。
拡大してみますね。
ほらね。
ウルトラマンのように、星飛雄馬のように、時効警察のように、
帰ってきます。
恐るべし、キティちゃん。
いつまで経ってもスマートなインテリア・・・とはならないでしょう・・・ハイ。
さて、火曜日、9月16日の聖書。
16日はサムエル第二9章。
「サウルの家の者で、まだ、だれかいないのか。私はその者に神の恵みを施したい。」3節。
この章はダビデがサウル王の一族、
特にヨナタンの家族によくしてやりたくて、
メフィボシェテを王宮に召し入れたときのことです。
ここを読みながら、いくらヨナタンのことを考えているとはいえ、
サウル王家のもの、を受け入れて、サポートしたということが、
どうしても受け入れられないと思いました。
彼はサウルによって与えられた痛みを忘れてしまったのでしょうか?
どのように乗り越えたのでしょうか?
彼の強さを思いました。
あれほどまでひどい目に遭わされて、
いのちをねらわれて、
自分は特別に敵対しているわけではないのに、
そのような扱いを受けて、
どうしてその家族を受け入れられるのだろうか?
それはやはりサウルが油注がれた者だという信仰。
それが否定されてしまったら、サウルの一族をないがしろにするならば、
自分も同じような扱いを受ける、
彼はそのことがわかっていた、
そして、本当に神さまを信頼していた。
わたしもそのような強さを与えられたいと思いました。
主よ、
あなたの選びを感謝します。
自分の選びを尊重してもらう以上に、
人の選びを尊重します。
自分の選びは振り回さない。
人の選びも信頼していくものでありますように。
2008-09-17
冷え込みますよ!
今日は昼間は少し暖かくなって、
ちょっと庭の片付け・・・野菜畑の片づけ・・・をしていたら、
汗ばむくらいでしたが、
夜はやはり涼しいです。
そして、明日は昼間はまた暖かくなりますが、
明日の夜は、かなり冷え込みそうです。
ニュージャージーも北西の方では、初霜になりそうです。
ここら辺でも7度くらいまで冷えそうですよ。
お風邪などお召しになりませんように。
あと、日本は台風13号ですね。
台風としては決して強い方ではありませんが、
大雨には注意です。
今日は久しぶりのクロッキー教室で心のマッサージの日。
絵を描くのがこんなに心地よいとは思っていませんでした。
本当に嫌いだったんです。
どのように評価されるか、
ダメダメの評価が怖くて、
絵は本当にいやだったんです。
でも、教会のクロッキー教室では、
いいんですよ、個性ですから、と言われて自由でいられます。
それで、子供の頃の劣等感で凝り固まっていた心が、
少しずつ、少しずつ、解きほぐされてきています。
そして、最後に聖書の話ってのがいいですね。
わたしの心が解きほぐされていますから、
思い切って、自由な気持ちでお話ができます。
今日は初めてこの教室に参加される方々も多くて、
また新鮮ないい日でした。
さて、月曜日9月15日の聖書。
月曜日はサムエル第二8章でした。
「このように主は、ダビデの行く先々で、彼に勝利を与えられた。」14節。
ダビデは主によって勝利を与えられた。
ここでは、「日々のみことば」誌の左のページにあるように、
自分の「霊的な戦い」のことを思わされました。
「連戦連勝」ですよね。
でも、私たちの実感として、
そんなことはあるんだろうかと思います。
イエスを信じる者は、霊的な戦いに勝利する、
と信じています。
でも、実際の生活の中で、それを実感することがどれだけできるでしょうか?
もちろん、実感がすべてを決めるわけではありません。
でも、「実際にどう感じるか」ということも大切です。
そのことを本当に経験させて頂いて、
心から、「主はわたしに勝利を与えてくださった。」
そのようにはっきりと言うことができる者になりたいと思います。
主よ、
私たちの「霊的な戦いにおいて、わたしは、私たちは勝利している」
そのように感じることができますように。
それが単に言葉だけではなく、
信じて、受け取るものであり、
また実際の生活の中でもそれを感じることができますように。
ちょっと庭の片付け・・・野菜畑の片づけ・・・をしていたら、
汗ばむくらいでしたが、
夜はやはり涼しいです。
そして、明日は昼間はまた暖かくなりますが、
明日の夜は、かなり冷え込みそうです。
ニュージャージーも北西の方では、初霜になりそうです。
ここら辺でも7度くらいまで冷えそうですよ。
お風邪などお召しになりませんように。
あと、日本は台風13号ですね。
台風としては決して強い方ではありませんが、
大雨には注意です。
今日は久しぶりのクロッキー教室で心のマッサージの日。
絵を描くのがこんなに心地よいとは思っていませんでした。
本当に嫌いだったんです。
どのように評価されるか、
ダメダメの評価が怖くて、
絵は本当にいやだったんです。
でも、教会のクロッキー教室では、
いいんですよ、個性ですから、と言われて自由でいられます。
それで、子供の頃の劣等感で凝り固まっていた心が、
少しずつ、少しずつ、解きほぐされてきています。
そして、最後に聖書の話ってのがいいですね。
わたしの心が解きほぐされていますから、
思い切って、自由な気持ちでお話ができます。
今日は初めてこの教室に参加される方々も多くて、
また新鮮ないい日でした。
さて、月曜日9月15日の聖書。
月曜日はサムエル第二8章でした。
「このように主は、ダビデの行く先々で、彼に勝利を与えられた。」14節。
ダビデは主によって勝利を与えられた。
ここでは、「日々のみことば」誌の左のページにあるように、
自分の「霊的な戦い」のことを思わされました。
「連戦連勝」ですよね。
でも、私たちの実感として、
そんなことはあるんだろうかと思います。
イエスを信じる者は、霊的な戦いに勝利する、
と信じています。
でも、実際の生活の中で、それを実感することがどれだけできるでしょうか?
もちろん、実感がすべてを決めるわけではありません。
でも、「実際にどう感じるか」ということも大切です。
そのことを本当に経験させて頂いて、
心から、「主はわたしに勝利を与えてくださった。」
そのようにはっきりと言うことができる者になりたいと思います。
主よ、
私たちの「霊的な戦いにおいて、わたしは、私たちは勝利している」
そのように感じることができますように。
それが単に言葉だけではなく、
信じて、受け取るものであり、
また実際の生活の中でもそれを感じることができますように。
あと3ヶ月。
今日の夜は、高校で、大学への受験準備の説明会。
受験といっても、こちらは大学へ願書を送って、
向こうが書類審査をして、2-3ヶ月経ってから
合否を通知してくる。
そのための親の心構えや、
子供がすべきことを聞いてきた。
なかなか面白かった。
わくわくしてきた。
自分の受験のような気持ち。
帰ってから、「どうだった?」と息子の方が聞いてきて、
「たのしかったよ、やる気になった。」(って誰が?)と答えた。
ちなみに、親が全部願書を書いて、
本人はどこに送ったか、全然知らない、というケースもあるようです。
日本も、アメリカもだんだん親が熱心になって、
本人は「親任せ」というのが出てきているみたいですね。
ちょっと怖い。
いろいろ将来のことも祈りながら考えているみたい。
自分がいつもいつもやっていて喜びを感じるのは
どこかって、わかってきているみたい。
結局そこなんだよねえ。
使命感も大切。適性も考えるべきと思う。
でも、一番喜びを感じる分野で生きていってほしい、
そのように思います。
願書の締め切りはだいたい1月1日だそうです。
あと3ヶ月ですね。早い。
今日は晴れませんでしたね。
一日曇っていました。
ちょっと肌寒いくらい。
昼間も20度あったでしょうか?
明日は晴れて昼間は25度くらいまでいくみたいです。
さて、日曜日9月14日の聖書。
日曜日はサムエル記第二7:18-29でした。
「神、主よ。あなたが、約束されました。」29節。
神さまが約束してくださっている。
私たちも約束をすることがある。
そして、約束をしたら、必死でそれを守ろうとする。
力を尽くして、なんとしてでも、その約束を守ろうとする。
でも、ある時には、残念なことに約束を守れないときもある。
でも、神さまが約束される。
全知全能の神が、
世界を造り、今もそれを治めておられる神が、
約束をしてくださっている。
だから、神は約束を守れないことはない。
そして、神は、ご自分の約束を守らないことはできない。
そう、神は神でおられるがゆえに、
約束を守らない、ということはない。
私たちは人間の弱さと限界の故に、
約束を守れないときがある。
でも、神にはそれは不可能だ。
そう、神は全能だけれども、
不可能なこともあるのだ。
それは、約束を守らない、ということ。
その神の真実を信頼して、
歩んでいこうと思いました。
私たちに対して、最善以下のことはなさらない方に信頼して、
歩んでいこうと思いました。
主よ、
あなたの約束を感謝します。
あなたの約束を信頼します。
信頼して、歩みます。
受験といっても、こちらは大学へ願書を送って、
向こうが書類審査をして、2-3ヶ月経ってから
合否を通知してくる。
そのための親の心構えや、
子供がすべきことを聞いてきた。
なかなか面白かった。
わくわくしてきた。
自分の受験のような気持ち。
帰ってから、「どうだった?」と息子の方が聞いてきて、
「たのしかったよ、やる気になった。」(って誰が?)と答えた。
ちなみに、親が全部願書を書いて、
本人はどこに送ったか、全然知らない、というケースもあるようです。
日本も、アメリカもだんだん親が熱心になって、
本人は「親任せ」というのが出てきているみたいですね。
ちょっと怖い。
いろいろ将来のことも祈りながら考えているみたい。
自分がいつもいつもやっていて喜びを感じるのは
どこかって、わかってきているみたい。
結局そこなんだよねえ。
使命感も大切。適性も考えるべきと思う。
でも、一番喜びを感じる分野で生きていってほしい、
そのように思います。
願書の締め切りはだいたい1月1日だそうです。
あと3ヶ月ですね。早い。
今日は晴れませんでしたね。
一日曇っていました。
ちょっと肌寒いくらい。
昼間も20度あったでしょうか?
明日は晴れて昼間は25度くらいまでいくみたいです。
さて、日曜日9月14日の聖書。
日曜日はサムエル記第二7:18-29でした。
「神、主よ。あなたが、約束されました。」29節。
神さまが約束してくださっている。
私たちも約束をすることがある。
そして、約束をしたら、必死でそれを守ろうとする。
力を尽くして、なんとしてでも、その約束を守ろうとする。
でも、ある時には、残念なことに約束を守れないときもある。
でも、神さまが約束される。
全知全能の神が、
世界を造り、今もそれを治めておられる神が、
約束をしてくださっている。
だから、神は約束を守れないことはない。
そして、神は、ご自分の約束を守らないことはできない。
そう、神は神でおられるがゆえに、
約束を守らない、ということはない。
私たちは人間の弱さと限界の故に、
約束を守れないときがある。
でも、神にはそれは不可能だ。
そう、神は全能だけれども、
不可能なこともあるのだ。
それは、約束を守らない、ということ。
その神の真実を信頼して、
歩んでいこうと思いました。
私たちに対して、最善以下のことはなさらない方に信頼して、
歩んでいこうと思いました。
主よ、
あなたの約束を感謝します。
あなたの約束を信頼します。
信頼して、歩みます。
2008-09-15
恐るべしTylenol PM。
昨日は早く沈没してしまいましたが、
それは久しぶりのプチ頭痛。
ほんと、健康守られているんだな、と思いますが、
頭痛も本当に久しぶりでした。それもホントにプチ頭痛。
で、タイレノール信者である私は、
タイレノール飲んで寝よう・・・と、
キッチンの棚を探してみると、
「タイレノールPM」が・・・。
飲んだことなかったと思うのですが、
ちょうど寝る時間だから、ぴったりだ、と、
2錠飲んで寝ました。
おかげでぐっすり眠れました。
頭痛もすっかり治りました。
でも、起きるのがつらい。
"PM"の部分がばっちり効いていたようです。
何とかはい出して教会に行くも、
鍵を忘れた・・・。
昨日のんちに預けたままだったんですよねえ。
がっくりしながら、駐車場で
とろとろしながら、祈りの一時。
今、朝6時は結構暗いんですねえ。
聖書が暗くてよく読めない。
めがね外して、目を聖書から5センチくらいのところにくっつけて、
やっとこさっとこ読みました。
で、家に帰って、一休みしたいところでしたが、
今日は9時から子供たちの健康診断でお医者さんに連れて行かなければいけない日。
もう、待っている時間も、椅子に座ってうとうと・・・でした。
10時半に帰って、ばたりと倒れて、
何度か「もう起きなければ・・・」と思いながら、
何とか普通に戻ってきたのは午後2時半頃。
薬を飲んでから16時間が経っていました。
日本人は欧米人と肝機能が違うから、
薬もまともに飲んじゃダメ、と聞いたことがありますが、
これからはあれ1錠にしないといけませんね。
いやあ、参りました。
今はすっかり元気です。
ゆっくり休んだおかげで、ホント元気になりました。
さて、今日は朝は蒸し暑かったですが、
昼間から、湿度が下がって、夜は涼しくなってきました。
明日から、朝は13度くらい。昼間は23度くらいで、
毎日晴れ。
気持ちよい日が続きそうです。
さて、9月13日、土曜日の聖書。
土曜日はサムエル第二7:1-17でした。
『主はあなたのために一つの家を造る。』11節。
これは本当に考えさせられました。
土曜日の男の弟子訓練のところでも書きましたが、
私たちは「主のために」「主のために」と思う。
でも、主の方が私たちのために必要を与え、
助けを与えてくださる。
その恵みがやはり私たちの信仰の土台であり、中心でなければならない。
恵みがあるから、献身がある。
礼拝の中でも語る時間がなくなってしまったけれども、
福音があるから、「そういうわけで」
私たちは神さま第一の生活を送る。
神さまが私の人生にどんなことをしてくださるか、
あとどれくらい与えられているかわからないけれども、
楽しみにしながら歩んでいこうと思いました。
神さま、
私があなたのために一生懸命になるよりも、
あなたが私たちのために必要を与え、
助けと力を与えてくださる方ですから、
感謝します。
あなたの私に対してもっている計画に、
喜んで参加し、従っていくことができますように。
それは久しぶりのプチ頭痛。
ほんと、健康守られているんだな、と思いますが、
頭痛も本当に久しぶりでした。それもホントにプチ頭痛。
で、タイレノール信者である私は、
タイレノール飲んで寝よう・・・と、
キッチンの棚を探してみると、
「タイレノールPM」が・・・。
飲んだことなかったと思うのですが、
ちょうど寝る時間だから、ぴったりだ、と、
2錠飲んで寝ました。
おかげでぐっすり眠れました。
頭痛もすっかり治りました。
でも、起きるのがつらい。
"PM"の部分がばっちり効いていたようです。
何とかはい出して教会に行くも、
鍵を忘れた・・・。
昨日のんちに預けたままだったんですよねえ。
がっくりしながら、駐車場で
とろとろしながら、祈りの一時。
今、朝6時は結構暗いんですねえ。
聖書が暗くてよく読めない。
めがね外して、目を聖書から5センチくらいのところにくっつけて、
やっとこさっとこ読みました。
で、家に帰って、一休みしたいところでしたが、
今日は9時から子供たちの健康診断でお医者さんに連れて行かなければいけない日。
もう、待っている時間も、椅子に座ってうとうと・・・でした。
10時半に帰って、ばたりと倒れて、
何度か「もう起きなければ・・・」と思いながら、
何とか普通に戻ってきたのは午後2時半頃。
薬を飲んでから16時間が経っていました。
日本人は欧米人と肝機能が違うから、
薬もまともに飲んじゃダメ、と聞いたことがありますが、
これからはあれ1錠にしないといけませんね。
いやあ、参りました。
今はすっかり元気です。
ゆっくり休んだおかげで、ホント元気になりました。
さて、今日は朝は蒸し暑かったですが、
昼間から、湿度が下がって、夜は涼しくなってきました。
明日から、朝は13度くらい。昼間は23度くらいで、
毎日晴れ。
気持ちよい日が続きそうです。
さて、9月13日、土曜日の聖書。
土曜日はサムエル第二7:1-17でした。
『主はあなたのために一つの家を造る。』11節。
これは本当に考えさせられました。
土曜日の男の弟子訓練のところでも書きましたが、
私たちは「主のために」「主のために」と思う。
でも、主の方が私たちのために必要を与え、
助けを与えてくださる。
その恵みがやはり私たちの信仰の土台であり、中心でなければならない。
恵みがあるから、献身がある。
礼拝の中でも語る時間がなくなってしまったけれども、
福音があるから、「そういうわけで」
私たちは神さま第一の生活を送る。
神さまが私の人生にどんなことをしてくださるか、
あとどれくらい与えられているかわからないけれども、
楽しみにしながら歩んでいこうと思いました。
神さま、
私があなたのために一生懸命になるよりも、
あなたが私たちのために必要を与え、
助けと力を与えてくださる方ですから、
感謝します。
あなたの私に対してもっている計画に、
喜んで参加し、従っていくことができますように。
2008-09-14
あっさり沈没。
もうすぐで追いつきそうなんですが、
今日はちょっとだけ頭痛がするので、
早めに沈没。
蒸し暑い一日でしたね。
シカゴの方は大雨で大変なようですが、
こちらは雨は北の方を通っていくようで、
ただただ、蒸し暑い天気、もう一日続きそうです。
今日はちょっとだけ頭痛がするので、
早めに沈没。
蒸し暑い一日でしたね。
シカゴの方は大雨で大変なようですが、
こちらは雨は北の方を通っていくようで、
ただただ、蒸し暑い天気、もう一日続きそうです。
「インドでの迫害」メール。
ここに来られる方々の中でもたくさんの方々が受け取っておられるでしょうが、
9月11-12日にかけて、「インドでの大迫害」についてのメールが3通届きました。
あまりに短い間にいくつものルートから回ってきましたから、
チェーンメール化しているな、と思いましたし、
本当のことだろうかとも思いました。
どうやら、本当のことらしいですし、
祈りの必要性を感じますし、
自分たちはこのような状況に対していかに無知であっただろうかと思います。
情報発信源の陣内さんのページ。
http://ameblo.jp/shunjinnai-kingdomcome/
でも、気をつけなければいけませんね。
デマも同じスピードで広がるってことですし、
チェーンメールはあっという間に何万通に増えるわけですし・・・。
この件について、水谷牧師が示唆に富んだコメントを。
http://blog.chiisana.org/?eid=901931
この方は周りで起こっていることに対応される迅速さがすごい、といつも思わされています。
・・・わたしは「まずいよな~」と思いながら、3日間もほったらかしにしておりました。
祈ってもらいたいことを仲間に回す、
それはすばらしいこと。
でも、それがチェーンメール化しないようにする配慮。
数年前、私たちの教会の祈祷課題に「インターネットやメールが正しく使われますように」という項目がリクエストされて、追加されました。
今も、わたしの切実な祈りの一つです。
9月11-12日にかけて、「インドでの大迫害」についてのメールが3通届きました。
あまりに短い間にいくつものルートから回ってきましたから、
チェーンメール化しているな、と思いましたし、
本当のことだろうかとも思いました。
どうやら、本当のことらしいですし、
祈りの必要性を感じますし、
自分たちはこのような状況に対していかに無知であっただろうかと思います。
情報発信源の陣内さんのページ。
http://ameblo.jp/shunjinnai-kingdomcome/
でも、気をつけなければいけませんね。
デマも同じスピードで広がるってことですし、
チェーンメールはあっという間に何万通に増えるわけですし・・・。
この件について、水谷牧師が示唆に富んだコメントを。
http://blog.chiisana.org/?eid=901931
この方は周りで起こっていることに対応される迅速さがすごい、といつも思わされています。
・・・わたしは「まずいよな~」と思いながら、3日間もほったらかしにしておりました。
祈ってもらいたいことを仲間に回す、
それはすばらしいこと。
でも、それがチェーンメール化しないようにする配慮。
数年前、私たちの教会の祈祷課題に「インターネットやメールが正しく使われますように」という項目がリクエストされて、追加されました。
今も、わたしの切実な祈りの一つです。
主に仕える。
今日は一日天気は守られて、
蒸し暑いながらも、暑すぎず、いい天気になりました。
夜になっても22度くらい。
ちょっと蒸し暑い夜です。
明日は夏の最後の一がんばりでしょうか、
30度を超える暑い日になると思います。
雨は大して降らなさそうです。
今朝未明にテキサスに上陸したハリケーン・アイクですが、
駆け足で北上して、残骸になりつつあります。
昨日書いた高潮、英語ではstorm surgeといいますが、
予想されたほどひどくはなかったようです。
それでも何人かの方々は亡くなっているようですが・・・。
でも、それで避難しなくても、助かった人たちが
We are survivors!なんて騒いでいるのを見ると、
怒りを覚えます。
そして、次にまたハリケーンが襲ってきたときに、
「前も大騒ぎしたのに大丈夫だったから・・・」
なんて人が出ないようにと祈ります。
警告を出す方も、「言われていたほどじゃなかったじゃないか」
「避難しなければよかった」と言われるのは心外だと思いますし、
頭にくるでしょうが、これからも是非、恐れないで警告を出して頂きたいと思います。
今日の夜は男性の弟子訓練会。
今、2-3人のグループが4つがあって、またこれから増えそうですが、
男性のグループは今のところ1つ。
内容についてはプライベートなことについては絶対口外禁止なんですが、
本当に今日はいろいろなことを考えさせられました。
イエスの弟子として生きる中で、
「仕える」ということはどういうことを求められているのか?
そんなことが話題になりました。
人に見られなくても、認められなくても、
集会の最後に「こんな方がこんな奉仕をしてくださった」と
みんなの前で言われなくても、
個人的に、言われなくても、
誰も気がつかなくても、
誰ひとり気がつく人がいなかったとしても、
主が与えてくださった奉仕を感謝してできるだろうか?
また「主のために」ってがんばっているときって、
本当は主のためじゃなくて、「自分のため」何じゃないかって。
本当に主を愛していたら、
「主のために」なんて力が入ることはないんじゃないかって、
そんなことを話しました。
仕えること一つとっても奥が深いですね。
「同様にあなたがたも、命じられたことを皆してしまったとき、『わたしたちはふつつかな僕です。すべき事をしたに過ぎません』と言いなさい」。ルカ17:10。
さて、金曜日、9月12日の聖書。
金曜日はサムエル第二6:12-23
「ダビデは、主の前で、力の限り踊った。」14節。
ダビデには人の目にどう見えているかはどうでもよかった。
神さまの前に踊りたかった。力一杯踊りをもって神さまを賛美したかった。
人の目が気になるときがある。
人のことを考えて、手を挙げて歌ってくださいと言われたこともある。
人のことを考えて、手を挙げないでください、と言われたこともある。
結局人のことを考えていたら、どっちも難しい。
神さまとの関係の中で、
神さまへの礼拝を心からささげて、
神さまとの関係に集中して、
生きていきたいと思います。
人への配慮も大切だと思います。
でも、それはわたしを振り回したり、
わたしがそれに支配されてはいけないですね。
このダビデのように、
「わたしは神さまに賛美をささげたんだ!」と言いきることができるような、
本当の賛美をさせて頂きたいと思います。
主よ、
心からのあなたへの賛美をささげさせてください。
明日の礼拝で、まずあなたの前に出て、
ささげる賛美が真実なものとなりますように。
人の目ではなく、あなたの目を気にするものでありますように。
蒸し暑いながらも、暑すぎず、いい天気になりました。
夜になっても22度くらい。
ちょっと蒸し暑い夜です。
明日は夏の最後の一がんばりでしょうか、
30度を超える暑い日になると思います。
雨は大して降らなさそうです。
今朝未明にテキサスに上陸したハリケーン・アイクですが、
駆け足で北上して、残骸になりつつあります。
昨日書いた高潮、英語ではstorm surgeといいますが、
予想されたほどひどくはなかったようです。
それでも何人かの方々は亡くなっているようですが・・・。
でも、それで避難しなくても、助かった人たちが
We are survivors!なんて騒いでいるのを見ると、
怒りを覚えます。
そして、次にまたハリケーンが襲ってきたときに、
「前も大騒ぎしたのに大丈夫だったから・・・」
なんて人が出ないようにと祈ります。
警告を出す方も、「言われていたほどじゃなかったじゃないか」
「避難しなければよかった」と言われるのは心外だと思いますし、
頭にくるでしょうが、これからも是非、恐れないで警告を出して頂きたいと思います。
今日の夜は男性の弟子訓練会。
今、2-3人のグループが4つがあって、またこれから増えそうですが、
男性のグループは今のところ1つ。
内容についてはプライベートなことについては絶対口外禁止なんですが、
本当に今日はいろいろなことを考えさせられました。
イエスの弟子として生きる中で、
「仕える」ということはどういうことを求められているのか?
そんなことが話題になりました。
人に見られなくても、認められなくても、
集会の最後に「こんな方がこんな奉仕をしてくださった」と
みんなの前で言われなくても、
個人的に、言われなくても、
誰も気がつかなくても、
誰ひとり気がつく人がいなかったとしても、
主が与えてくださった奉仕を感謝してできるだろうか?
また「主のために」ってがんばっているときって、
本当は主のためじゃなくて、「自分のため」何じゃないかって。
本当に主を愛していたら、
「主のために」なんて力が入ることはないんじゃないかって、
そんなことを話しました。
仕えること一つとっても奥が深いですね。
「同様にあなたがたも、命じられたことを皆してしまったとき、『わたしたちはふつつかな僕です。すべき事をしたに過ぎません』と言いなさい」。ルカ17:10。
さて、金曜日、9月12日の聖書。
金曜日はサムエル第二6:12-23
「ダビデは、主の前で、力の限り踊った。」14節。
ダビデには人の目にどう見えているかはどうでもよかった。
神さまの前に踊りたかった。力一杯踊りをもって神さまを賛美したかった。
人の目が気になるときがある。
人のことを考えて、手を挙げて歌ってくださいと言われたこともある。
人のことを考えて、手を挙げないでください、と言われたこともある。
結局人のことを考えていたら、どっちも難しい。
神さまとの関係の中で、
神さまへの礼拝を心からささげて、
神さまとの関係に集中して、
生きていきたいと思います。
人への配慮も大切だと思います。
でも、それはわたしを振り回したり、
わたしがそれに支配されてはいけないですね。
このダビデのように、
「わたしは神さまに賛美をささげたんだ!」と言いきることができるような、
本当の賛美をさせて頂きたいと思います。
主よ、
心からのあなたへの賛美をささげさせてください。
明日の礼拝で、まずあなたの前に出て、
ささげる賛美が真実なものとなりますように。
人の目ではなく、あなたの目を気にするものでありますように。
2008-09-13
夏の終わり。
今日は昼から雨。
結構よく降りましたね。
今、まさに今、
ハリケーン・アイクがテキサスのガルベストンに上陸するところです。
ラジオでは、この低地の町には避難命令が出たけれども、
それを無視して残った人たちで、
2階までの普通の家に住んでいる人はまず助からないだろうと言っています。
なぜかというと、高潮。
高潮は2つの理由で起こります。
一つは気圧が低くなっているので、
海面が引き上げられること。
もう一つはハリケーンの進行方向右側では、
南風が吹いて、海の水が陸地側に寄せられること。
今回は7メートルの高潮が予想されています。
天気は決して甘く見てはいけません。
こちらは明日、日曜日と蒸し暑く、30度を超えそうです。
そして、月曜日にアイクの残骸が来て、雨が降りそうです。
さて、今日の朝、潤君たちが日本に帰って行かれました。
そろそろ成田に着く頃でしょうか。
本当に夏が終わったなあ、と思います。
思い返せば、8月8日から1ヶ月間、
いつも誰かが一緒にいました。
こういう日々、子供の頃からの夢でした。
楽しかったです。
ホント、心にぽっかり穴が空いてしまったかのようです。
潤君たちは初めてお会いしましたが、
もうずっと知り合いだったかのように感じています。
日本で、さらに豊かに用いられますように。
今回録音されたCDができるのも楽しみです。
Paramusのスタジオもすばらしかったようです。
特にピアノとの相性が最高だったみたいです。
ジャズのミュージシャンが結構録音しているみたいです。
そんなところが同じ町にあったとは・・・。
おかげで、家からスタジオに通うのも楽で、
神さまがすべてを導いてくださったことを感じました。
夜はNYで人にお会いして、(道が混んでて行きは2時間!)
帰りは直接教会に行って深夜祈祷会。
滑り込みセーフでした。
幸いな一日に感謝。
ぽっかり空いた穴を楽しんでいる場合じゃありません!
さて、11日(木)の聖書。
11日はサムエル第二6:1-11でした。
「ウザによる割りこみに主が怒りを発せられたからである。」8節。
運び方を間違えたダビデ。
でも、ダビデよりも、祭司の家系にいる者たちの責任なんだろうか?
本当は棒を穴に差し込んで担いで運ばなければいけなかった契約の箱を、
牛に引かせた。
だから、荷車が揺れて箱が落ちそうになったときに、
ウザは思わず手をさしのべた。
それが神の怒りを買った。
神は私たちが支えるべき方なのではなく、
私たちを支えてくださる方なのだ。
いつの間にか、私たちの生活の中でも、
また教会の役員会の話の中でも、
私たちが神さまを支えているかのような勘違いをすることがある。
でも、そうじゃない。
神さまは私たちに支えられなければいけないような方ではない。
私たちが神さまに支えられて歩んでいる。
そのことを謙虚に認めることの大切さを思わされました。
神さま、
わたしもウザと同じように、
あなたを支えているように勘違いをすることがあります。
とんでもないことですね。
あなたがわたしを支えていることを
決して忘れないように、
いつもいつも思い出させてください。
この夏に感謝します。
秋にすべきこと、一つ一つ確実に進めていくことができますように。
結構よく降りましたね。
今、まさに今、
ハリケーン・アイクがテキサスのガルベストンに上陸するところです。
ラジオでは、この低地の町には避難命令が出たけれども、
それを無視して残った人たちで、
2階までの普通の家に住んでいる人はまず助からないだろうと言っています。
なぜかというと、高潮。
高潮は2つの理由で起こります。
一つは気圧が低くなっているので、
海面が引き上げられること。
もう一つはハリケーンの進行方向右側では、
南風が吹いて、海の水が陸地側に寄せられること。
今回は7メートルの高潮が予想されています。
天気は決して甘く見てはいけません。
こちらは明日、日曜日と蒸し暑く、30度を超えそうです。
そして、月曜日にアイクの残骸が来て、雨が降りそうです。
さて、今日の朝、潤君たちが日本に帰って行かれました。
そろそろ成田に着く頃でしょうか。
本当に夏が終わったなあ、と思います。
思い返せば、8月8日から1ヶ月間、
いつも誰かが一緒にいました。
こういう日々、子供の頃からの夢でした。
楽しかったです。
ホント、心にぽっかり穴が空いてしまったかのようです。
潤君たちは初めてお会いしましたが、
もうずっと知り合いだったかのように感じています。
日本で、さらに豊かに用いられますように。
今回録音されたCDができるのも楽しみです。
Paramusのスタジオもすばらしかったようです。
特にピアノとの相性が最高だったみたいです。
ジャズのミュージシャンが結構録音しているみたいです。
そんなところが同じ町にあったとは・・・。
おかげで、家からスタジオに通うのも楽で、
神さまがすべてを導いてくださったことを感じました。
夜はNYで人にお会いして、(道が混んでて行きは2時間!)
帰りは直接教会に行って深夜祈祷会。
滑り込みセーフでした。
幸いな一日に感謝。
ぽっかり空いた穴を楽しんでいる場合じゃありません!
さて、11日(木)の聖書。
11日はサムエル第二6:1-11でした。
「ウザによる割りこみに主が怒りを発せられたからである。」8節。
運び方を間違えたダビデ。
でも、ダビデよりも、祭司の家系にいる者たちの責任なんだろうか?
本当は棒を穴に差し込んで担いで運ばなければいけなかった契約の箱を、
牛に引かせた。
だから、荷車が揺れて箱が落ちそうになったときに、
ウザは思わず手をさしのべた。
それが神の怒りを買った。
神は私たちが支えるべき方なのではなく、
私たちを支えてくださる方なのだ。
いつの間にか、私たちの生活の中でも、
また教会の役員会の話の中でも、
私たちが神さまを支えているかのような勘違いをすることがある。
でも、そうじゃない。
神さまは私たちに支えられなければいけないような方ではない。
私たちが神さまに支えられて歩んでいる。
そのことを謙虚に認めることの大切さを思わされました。
神さま、
わたしもウザと同じように、
あなたを支えているように勘違いをすることがあります。
とんでもないことですね。
あなたがわたしを支えていることを
決して忘れないように、
いつもいつも思い出させてください。
この夏に感謝します。
秋にすべきこと、一つ一つ確実に進めていくことができますように。
2008-09-12
祝福。
日付はとっくに変わっていますが、
自分にとってはまだ9/11です。
ですから、「今日」と書きますね。
今日は予報ではすかっと晴れるはずだったのですが、
どんよりで時々日が差す、という程度の天気でした。
今夜は大丈夫ですが、
明日は夕方にはにわか雨。
その後週末にかけて、不安定な天気となりそうです。
今日は3ヶ月ぶりのJOYJOYキッズクラブ。
久しぶりの30人の集まりとなりました。
とても久しぶりに来てくれたみんなもいました。
ゲームに工作に、絵本に、聖書のお話に、
みんな一生懸命でした。
少人数もいいですが、
今日くらい集まるとまた楽しいです。
またこれからもよろしくお願いします。
そして、夜は潤君たちのフェアウェル・ホーム・コンサート。
楽しい中にも深く慰めをいただく一時でした。
特に9/11だったので、そのことを語り、共に祈ったとき、
またそれについての歌を聞いているとき、
本当に心に触れる一時でした。
今までの7回の9/11の中で、わたしにとって、一番幸いな夜だったと思います。
さて、9月10日の聖書。なかなか追いつきませんが・・・
9月10日水曜日はサムエル第二5:11-25。
「ダビデは、主が彼をイスラエルの王として堅く立て、ご自分の民イスラエルのために、彼の王国を盛んにされたのを知った。」11節。
ダビデは前から神さまに王として選ばれていることを知っていた。
神さまが祝福してくださることも約束として与えられていた。
でも、ダビデがここで確信を持って、主の祝福を知ったのは、
やはり、ダビデが実際に王になってからのこと。
やはり一歩を踏み出したときに、見えてくるものがあるんだと思いました。
踏み出さないときに、私たちはそこまでは気がつかない。
気がついても、それが自分のものになっていない。
だから、大胆に求めて、
大胆に歩んで、
時には主に怒られて、
そんな風に自分が整えられることをうれしく思います。
主よ、
この一日の深い祝福を感謝します。
痛みを覚えるときも、あなたがいてくださるから感謝します。
どうか、痛みの中にいる人々に癒し主として訪れてください。
そして、わたしがあなたに従って歩めるようにしてください。
自分にとってはまだ9/11です。
ですから、「今日」と書きますね。
今日は予報ではすかっと晴れるはずだったのですが、
どんよりで時々日が差す、という程度の天気でした。
今夜は大丈夫ですが、
明日は夕方にはにわか雨。
その後週末にかけて、不安定な天気となりそうです。
今日は3ヶ月ぶりのJOYJOYキッズクラブ。
久しぶりの30人の集まりとなりました。
とても久しぶりに来てくれたみんなもいました。
ゲームに工作に、絵本に、聖書のお話に、
みんな一生懸命でした。
少人数もいいですが、
今日くらい集まるとまた楽しいです。
またこれからもよろしくお願いします。
そして、夜は潤君たちのフェアウェル・ホーム・コンサート。
楽しい中にも深く慰めをいただく一時でした。
特に9/11だったので、そのことを語り、共に祈ったとき、
またそれについての歌を聞いているとき、
本当に心に触れる一時でした。
今までの7回の9/11の中で、わたしにとって、一番幸いな夜だったと思います。
さて、9月10日の聖書。なかなか追いつきませんが・・・
9月10日水曜日はサムエル第二5:11-25。
「ダビデは、主が彼をイスラエルの王として堅く立て、ご自分の民イスラエルのために、彼の王国を盛んにされたのを知った。」11節。
ダビデは前から神さまに王として選ばれていることを知っていた。
神さまが祝福してくださることも約束として与えられていた。
でも、ダビデがここで確信を持って、主の祝福を知ったのは、
やはり、ダビデが実際に王になってからのこと。
やはり一歩を踏み出したときに、見えてくるものがあるんだと思いました。
踏み出さないときに、私たちはそこまでは気がつかない。
気がついても、それが自分のものになっていない。
だから、大胆に求めて、
大胆に歩んで、
時には主に怒られて、
そんな風に自分が整えられることをうれしく思います。
主よ、
この一日の深い祝福を感謝します。
痛みを覚えるときも、あなたがいてくださるから感謝します。
どうか、痛みの中にいる人々に癒し主として訪れてください。
そして、わたしがあなたに従って歩めるようにしてください。
2008-09-11
7年。
今年もこの日がやってきました。
今朝、祈りの中で導かれて、
日本に帰られたご遺族のお一人にお電話しました。
神さまの守りがありますように。
時はいつもいつも前に進んでいて、
後戻りはしないはずなのに、
暦というシステムがあるから、
毎年毎年、ここに引き戻されます。
そして、あのとき、たくさんの日本人犠牲者のほとんどが、
私たちの教会とつながりがなかったことに痛みを感じたこと、
いつもいつもコミュニティーの中に生きることの大切さを教えられたこと、
もういちど思い出しました。
http://www.jccofnj.org/main/pastorsroom/pastor_1101.html
主よ、
どうか今日の一日をお守りください。
特に大切な方を亡くされた方々のために、
守りを与えてくださいますように。
今朝、祈りの中で導かれて、
日本に帰られたご遺族のお一人にお電話しました。
神さまの守りがありますように。
時はいつもいつも前に進んでいて、
後戻りはしないはずなのに、
暦というシステムがあるから、
毎年毎年、ここに引き戻されます。
そして、あのとき、たくさんの日本人犠牲者のほとんどが、
私たちの教会とつながりがなかったことに痛みを感じたこと、
いつもいつもコミュニティーの中に生きることの大切さを教えられたこと、
もういちど思い出しました。
http://www.jccofnj.org/main/pastorsroom/pastor_1101.html
主よ、
どうか今日の一日をお守りください。
特に大切な方を亡くされた方々のために、
守りを与えてくださいますように。
2008-09-10
歩いた歩いた。
歩いたと言っても、
マンハッタンを歩き回ったのではないです。
今日の夜は高校のBack to School Nightで、
2人の子供たちがいるので、夫婦で手分けをして、
ひとりずつの子供のクラスを回ったのですが、
高校は時間ごとにクラスが違うので、
2時間くらいかけて、8つのクラスを回ります。
わたしがユキの方を担当したのですが、
歩く歩く。
迷路のような学校の中で、
あっちのクラス、こっちのクラスと歩き回ります。
いつもこんな感じなのか・・・と思います。
でも楽しかったです。
今年、High Schoolに入ったユキにとって、
本当に楽しい一年になってほしいなあと思います。
こちらはとても涼しい夜ですが、
南の方、メキシコ湾のハリケーンアイクは発達しながら、
西北西に進んでいます。
土曜日にはテキサスに上陸するでしょう。
ヒューストンのような大都市を直撃しないように祈るのみです。
また、日本でも沖縄の南に
非常に強い台風が北上しています。
こちらも要注意です。
さて、後1日で追いつきます。
昨日、9月9日火曜日の聖書。
火曜日はサムエル第二5:1-10でした。
「万軍の神、主が彼とともにおられた。」10節。
結局のところ、
ダビデの王権の確立は、
神さまがいてくださる、ということにかかっていたわけです。
私たちの祝福もそうなんですよね。
主が共にいてくださる、
主がそこにいてくださる、
それが私たちの祝福の土台です。
私たちが堅く立っていくための必要条件です。
神さまが共にいてくださることに心から感謝します。
神さまはいつも共にいてくださるのに、
聖書は時々、「神が共におられたので」という表現をしている。
そのレベルが違うときがあるんだろうかと思います。
私たちの罪故に、神が悲しんで去られるときもあるのかなあと思います。
悔いた砕けた心に住んでくださるとも書かれています。
ですから、神さまがいつも共にいてくださるように、
と祈ることは本当に必要なんだなあと思います。
主よ、
わたしと共にいてください。
あなたが共におられる、思いを与えてください。
そして、あなたの臨在を覚えて歩む者でありますように。
マンハッタンを歩き回ったのではないです。
今日の夜は高校のBack to School Nightで、
2人の子供たちがいるので、夫婦で手分けをして、
ひとりずつの子供のクラスを回ったのですが、
高校は時間ごとにクラスが違うので、
2時間くらいかけて、8つのクラスを回ります。
わたしがユキの方を担当したのですが、
歩く歩く。
迷路のような学校の中で、
あっちのクラス、こっちのクラスと歩き回ります。
いつもこんな感じなのか・・・と思います。
でも楽しかったです。
今年、High Schoolに入ったユキにとって、
本当に楽しい一年になってほしいなあと思います。
こちらはとても涼しい夜ですが、
南の方、メキシコ湾のハリケーンアイクは発達しながら、
西北西に進んでいます。
土曜日にはテキサスに上陸するでしょう。
ヒューストンのような大都市を直撃しないように祈るのみです。
また、日本でも沖縄の南に
非常に強い台風が北上しています。
こちらも要注意です。
さて、後1日で追いつきます。
昨日、9月9日火曜日の聖書。
火曜日はサムエル第二5:1-10でした。
「万軍の神、主が彼とともにおられた。」10節。
結局のところ、
ダビデの王権の確立は、
神さまがいてくださる、ということにかかっていたわけです。
私たちの祝福もそうなんですよね。
主が共にいてくださる、
主がそこにいてくださる、
それが私たちの祝福の土台です。
私たちが堅く立っていくための必要条件です。
神さまが共にいてくださることに心から感謝します。
神さまはいつも共にいてくださるのに、
聖書は時々、「神が共におられたので」という表現をしている。
そのレベルが違うときがあるんだろうかと思います。
私たちの罪故に、神が悲しんで去られるときもあるのかなあと思います。
悔いた砕けた心に住んでくださるとも書かれています。
ですから、神さまがいつも共にいてくださるように、
と祈ることは本当に必要なんだなあと思います。
主よ、
わたしと共にいてください。
あなたが共におられる、思いを与えてください。
そして、あなたの臨在を覚えて歩む者でありますように。
みことばに聞く。音楽に聞く。
今日はNYの日。
朝は寒いくらいでしたが、
とてもいい天気です。
最高気温は23度くらいの予想。
昨日の雷雨は湿った空気が乾いた涼しい空気に押しのけられて起こった雷雨。
一年の中で一番いい季節を迎えました。
昨日は朝から火曜礼拝、午後は家庭集会、
そのあと、JOYJOYキッズクラブの準備の買い物、
と走り回っていましたが、
朝の火曜礼拝には、
小さな子供を連れてこられたお母さん。
今までなかなか子供にてがかかって、
ゆっくりと座り込んでメッセージが聞けなかったけれども、
今、何とか、そのようなチャンスを作って、
メッセージを聞こうという思いが与えられているようです。
わたし自身も日曜日の朝、月曜日の夜、と、
ゆっくり座って聞くときが与えられました。
何を置いてでもみことばに聞く、その姿勢の大切さを思います。
きのうは、潤君たちは同じ町の中にあるスタジオで録音。
そこに先週の水曜日のNY日系人会でのコンサートでサックスを吹いてくださった
北守さんがこられるということで、
普段NYでひとり暮らしの北守さんにも夕食に来ていただきました。
そして、その場で日系人会でのコンサートで演奏してくださった曲を
2曲再演してくださいました。
すばらしかったです。
こちらはビデオからのクリップ。
そう、ビデオも撮らせて頂きました。
この北守さん、ちょうど4年前に日本からこちらに来られ、
今は教会での働きやレストラン等でのライブなど、
こちらでプロとして活動しておられます。
「北守一生」でググルとたくさんヒットするんですよね。
たくさんの熱狂的なファンを持つサックス奏者です。
で、サキとかにも気さくに声をかけてじゃれてくださる楽しい方です。
ホント、specialな一時を与えて頂きました。
さて、9月8日月曜日の聖書。
月曜日にはサムエル第二4:1-12を読みました。
「私のいのちをあらゆる苦難から救い出してくださった主は生きておられる。」9節。
サウルの息子で王であったイシュ・ボシェテを殺害し、
その首をもって、手柄を報告したつもりだったこの2人。
しかし、ダビデは自分の味方であることをアピールしたこの二人を処刑しています。
それは徹底的にダビデは「自分は神によって選ばれて油注がれた者だ」と受け取っていたからです。
同じように油を注がれたサウルの地位を尊重して、
サウル王家に属するすべての者の地位を尊重したのです。
神さまの導き、神さまの選びを尊重する生き方、
わたしに与えられた人生、
他の人とは全く違って、
うらやましがったり、軽蔑したりしてはいけない、
する必要がない、ひとりひとりの特別な人生。
どうして?と思うことがないわけではありません。
でも、与えられたモノを、「これがわたしに与えられているんだ」と
心から受け取る思いをもっていたいと思います。
主よ、
あなたのわたしに与えられた人生を感謝をもって受け取ります。
あなたが支配しておられ、あなたが導いておられるから感謝します。
どうか、自分の人生だけではなく、
周りに与えられているひとりひとりの人生を尊ぶ者とならせてください。
朝は寒いくらいでしたが、
とてもいい天気です。
最高気温は23度くらいの予想。
昨日の雷雨は湿った空気が乾いた涼しい空気に押しのけられて起こった雷雨。
一年の中で一番いい季節を迎えました。
昨日は朝から火曜礼拝、午後は家庭集会、
そのあと、JOYJOYキッズクラブの準備の買い物、
と走り回っていましたが、
朝の火曜礼拝には、
小さな子供を連れてこられたお母さん。
今までなかなか子供にてがかかって、
ゆっくりと座り込んでメッセージが聞けなかったけれども、
今、何とか、そのようなチャンスを作って、
メッセージを聞こうという思いが与えられているようです。
わたし自身も日曜日の朝、月曜日の夜、と、
ゆっくり座って聞くときが与えられました。
何を置いてでもみことばに聞く、その姿勢の大切さを思います。
きのうは、潤君たちは同じ町の中にあるスタジオで録音。
そこに先週の水曜日のNY日系人会でのコンサートでサックスを吹いてくださった
北守さんがこられるということで、
普段NYでひとり暮らしの北守さんにも夕食に来ていただきました。
そして、その場で日系人会でのコンサートで演奏してくださった曲を
2曲再演してくださいました。
すばらしかったです。
こちらはビデオからのクリップ。
そう、ビデオも撮らせて頂きました。
この北守さん、ちょうど4年前に日本からこちらに来られ、
今は教会での働きやレストラン等でのライブなど、
こちらでプロとして活動しておられます。
「北守一生」でググルとたくさんヒットするんですよね。
たくさんの熱狂的なファンを持つサックス奏者です。
で、サキとかにも気さくに声をかけてじゃれてくださる楽しい方です。
ホント、specialな一時を与えて頂きました。
さて、9月8日月曜日の聖書。
月曜日にはサムエル第二4:1-12を読みました。
「私のいのちをあらゆる苦難から救い出してくださった主は生きておられる。」9節。
サウルの息子で王であったイシュ・ボシェテを殺害し、
その首をもって、手柄を報告したつもりだったこの2人。
しかし、ダビデは自分の味方であることをアピールしたこの二人を処刑しています。
それは徹底的にダビデは「自分は神によって選ばれて油注がれた者だ」と受け取っていたからです。
同じように油を注がれたサウルの地位を尊重して、
サウル王家に属するすべての者の地位を尊重したのです。
神さまの導き、神さまの選びを尊重する生き方、
わたしに与えられた人生、
他の人とは全く違って、
うらやましがったり、軽蔑したりしてはいけない、
する必要がない、ひとりひとりの特別な人生。
どうして?と思うことがないわけではありません。
でも、与えられたモノを、「これがわたしに与えられているんだ」と
心から受け取る思いをもっていたいと思います。
主よ、
あなたのわたしに与えられた人生を感謝をもって受け取ります。
あなたが支配しておられ、あなたが導いておられるから感謝します。
どうか、自分の人生だけではなく、
周りに与えられているひとりひとりの人生を尊ぶ者とならせてください。
Specialですが沈没。
最近、毎日がspecialなんですが、
今日もすごい、specialなことがありました。
でも、もう遅いので、今日は沈没。
明日NYに行く日なので、
NYからアップします。
今日もすごい、specialなことがありました。
でも、もう遅いので、今日は沈没。
明日NYに行く日なので、
NYからアップします。
2008-09-09
きょうだい。
何とかして追いつきたいので、
朝のうちに一回更新しておきます。
もう3年ほど前になりますが、
夫婦関係を取り扱う本の中で、
兄弟の中で何番目かが性格や行動に
大きく影響するという説を読みました。
簡単に分けると、こんな感じです。
一番上の子・・・完全主義、行動力あり、正しいことをする。リーダー。
中間子・・・調整役。要領がいい。ピアプレッシャーに弱い。
末っ子・・・エンターテイナー。周りが助けたくなる。
そして、一人っ子は、この一番上の子と末っ子の両方の特質を兼ね備える。
その中の末っ子についての部分。
我が家の末っ子もまさにその通りで、
愉快な子です。天真爛漫です。
で、おねだり上手です。
最近はブランドにも敏感。
親も兄弟も全然そんなの関係ないのですが
(あ、私の電気製品と、ハジのスポーツ用品は少しありますが・・・)
サキは、靴は今はやりのSkechersがいい、と聞かなかったそうです。
学校のカバンもこっちはバックパックが当たり前なのですが、
今年はなんだか、ショルダーバッグがいい、と言って、
みんながバックパック背負って行く中、
ひとりでショルダーバッグです。
面白いですね。
で、わたしとのんちは、
4人兄弟の2番目と、5人兄弟の4番目、
そして共にすぐ下は年子、という中間子夫婦。
おかげで、うちは5人中3人が中間子。
最初の子と末っ子がひとりずつ、という家族なんですが、
今、我が家には長女と末っ子というゲストがおられるので、
とっても面白いです。
つまり今我が家は7人中一番上2人、中間子3人、そして末っ子2人。
なかなかいいバランスです。
特に、ゲストのお二人は
堅実なお姉さんと、エンターテイナーの末っ子。
中間子夫婦に必要なものをたくさん教えてもらっているように思います。
これも神さまの特別な配慮。
感謝です。
今日は朝からどんよりしています。
予報より早く、昼前から雷雨になりそうです。
さて、日曜日、9月7日の聖書。
日曜日はサムエル記第二3:27-39
「この私は油そそがれた王であるが、今はまだ力が足りない。ツェルヤの子らであるこれらの人々は、私にとっては手ごわすぎる。」39節。
ヨアブが王の意志に反してアブネルを殺してしまったことに、
王は不快感を表しながらも、彼を敵に回すと王国を確立できないという思いから、
彼に対してはっきりとした処罰を与えられなかった王。
この後、ヨアブは王の側近でありながら、
王を形の上ではサポートしながら、
たくさんの問題を起こしていきます。
ダビデの中にあった恐れ、弱さ、
とてもよくわかります。
でも、だからこそ、「神が油を注がれた」ことに
堅く立って、与えられた使命を果たすことの大切さを思います。
人を見るのではなく、神を見上げる。
どれほど大切なことだろうかと思いました。
主よ、
あなたが与えてくださった立場、
あなたが与えてくださった使命、
そこに忠実に歩む者でありますように。
恐れから解放してくださって、
大胆にあなたの導きに従っていく者でありますように。
朝のうちに一回更新しておきます。
もう3年ほど前になりますが、
夫婦関係を取り扱う本の中で、
兄弟の中で何番目かが性格や行動に
大きく影響するという説を読みました。
簡単に分けると、こんな感じです。
一番上の子・・・完全主義、行動力あり、正しいことをする。リーダー。
中間子・・・調整役。要領がいい。ピアプレッシャーに弱い。
末っ子・・・エンターテイナー。周りが助けたくなる。
そして、一人っ子は、この一番上の子と末っ子の両方の特質を兼ね備える。
その中の末っ子についての部分。
末っ子は好き放題をやっても無事にすむ傾向があります。人生のどんな場面でも、たとえば貧しい環境でも、また離婚法廷でも笑って進んでいけるタイプの人間です。ビリー・クリスタル、エディー・マーフィー、ジム・キャリーズなどはその典型です。とても愉快な人たちなのです。
言い換えれば、とても責任感が強いとか、とても信頼出来る、というタイプではありません。助けが必要で、人を上手に操り、チャーミングで、周りの人が手を焼いてくれるようにし向けるのが上手です。言ってみるならば、その生まれた時から、「おおとりを務める」特別な存在なのです。それが彼らが得てして両親から大切に扱われてきた理由の一つです。彼らはいつも一番小さくて、一番幼くて、お父さんもお母さんもいつも彼らを助けてくれました。たとえそれがビル・ゲイツに10ドルをめぐんであげるようなレベルのことであったとしても・・・。親が末っ子に甘い理由をもう一つ挙げると、それは、ただ、他の子達を育てることに疲れ果ててしまっているということでしょう。
"Sex Begins in the Kitchen." by Kevin Lemanより(私訳)
我が家の末っ子もまさにその通りで、
愉快な子です。天真爛漫です。
で、おねだり上手です。
最近はブランドにも敏感。
親も兄弟も全然そんなの関係ないのですが
(あ、私の電気製品と、ハジのスポーツ用品は少しありますが・・・)
サキは、靴は今はやりのSkechersがいい、と聞かなかったそうです。
学校のカバンもこっちはバックパックが当たり前なのですが、
今年はなんだか、ショルダーバッグがいい、と言って、
みんながバックパック背負って行く中、
ひとりでショルダーバッグです。
面白いですね。
で、わたしとのんちは、
4人兄弟の2番目と、5人兄弟の4番目、
そして共にすぐ下は年子、という中間子夫婦。
おかげで、うちは5人中3人が中間子。
最初の子と末っ子がひとりずつ、という家族なんですが、
今、我が家には長女と末っ子というゲストがおられるので、
とっても面白いです。
つまり今我が家は7人中一番上2人、中間子3人、そして末っ子2人。
なかなかいいバランスです。
特に、ゲストのお二人は
堅実なお姉さんと、エンターテイナーの末っ子。
中間子夫婦に必要なものをたくさん教えてもらっているように思います。
これも神さまの特別な配慮。
感謝です。
今日は朝からどんよりしています。
予報より早く、昼前から雷雨になりそうです。
さて、日曜日、9月7日の聖書。
日曜日はサムエル記第二3:27-39
「この私は油そそがれた王であるが、今はまだ力が足りない。ツェルヤの子らであるこれらの人々は、私にとっては手ごわすぎる。」39節。
ヨアブが王の意志に反してアブネルを殺してしまったことに、
王は不快感を表しながらも、彼を敵に回すと王国を確立できないという思いから、
彼に対してはっきりとした処罰を与えられなかった王。
この後、ヨアブは王の側近でありながら、
王を形の上ではサポートしながら、
たくさんの問題を起こしていきます。
ダビデの中にあった恐れ、弱さ、
とてもよくわかります。
でも、だからこそ、「神が油を注がれた」ことに
堅く立って、与えられた使命を果たすことの大切さを思います。
人を見るのではなく、神を見上げる。
どれほど大切なことだろうかと思いました。
主よ、
あなたが与えてくださった立場、
あなたが与えてくださった使命、
そこに忠実に歩む者でありますように。
恐れから解放してくださって、
大胆にあなたの導きに従っていく者でありますように。
終わらせたくないなあ。
レインボーミュージックのコンサート、
今日って言うか、昨日って言うか、
月曜日の夜のNYが最後でした。
この集会JCCNJの主催ではなくて、
VIPーNYという団体の主催。
自分は一参加者ということで、
ゆっくり聞かせて頂きました。
楽しい曲、心に語りかけられる曲、
いろんな曲がありましたが、
最後から2曲目、十字架の歌を歌ってくださったときに、
目をつぶりながら聞いていたら、
十字架の情景が浮かんできました。
そして、その十字架にかかってくださったイエスの愛を
心からほめたたえたい、と思いました。
十字架って苦しい、痛い、そういう印象が強いのですが、
その十字架が輝いて見えました。
ここに希望があるんですよね。
感謝。
ああ、これでコンサート終わりだなあ、と思うと、
本当に寂しくなります。
あと4泊で日本に帰国されると思うと、
心にぽっかり穴が空くんじゃないかと思います。
木曜日の夜は我が家で賛美大会かな~なんて考えています。
1枚目のCDの曲から新曲まで、みんなで歌いたいと。
今日は気持ちよく晴れました。
でも、9月にしてはちょっと暑かったかな。
でも夜はやはり涼しいです。
明日はもうちょっと蒸し暑くなって、
夕方には雷雨です。
かなり激しい雷雨になるところもあるようです。
お気をつけて。
さて、土曜日、9月6日の聖書。
土曜日はサムエル記第二3:17-26
『アブネルはイスラエルの長老たちと話してこう言った。「あなたがたは、かねてから、ダビデを自分たちの王とすることを願っていたが、今、それをしなさい。主がダビデについて、『わたしのしもべダビデの手によって、わたしはわたしの民イスラエルをペリシテ人の手、およびすべての敵の手から救う』と仰せられているからだ。」』17-18節。
ここでアブネルをどう評価するか、考えさせられました。
アブネルがダビデに着こうとしたことは正しいことだったと思います。
神さまの導きだったと思います。
でも、そのきっかけは、アブネル自身が傲慢になって、
サウルの側室を自分のものにしたのを、
サウルの息子であり、王であったイシュ・ボシェテにとがめられたからだと思うと、
結果はOKだけど、動機がねえ、と思います。
ここで神さまの名前を出していますが、
本当はイシュ・ボシェテに見切りをつけただけだったのです。
でも、このアブネルの決断は王国統一のために大きな一歩になりました。
人間の世界の権力闘争がごたごたしている、
でも、それを遙かに超えたところで、神さまが御心のままに
すべてを導いてくださる。
そこには愚かな決断や愚かな行動もあるだろう。
でも、神さまはそれらをも用いることのできる方。
そう思ったら人間の世界のごたごたばかりに気を取られないで、
神さまの導き、神さまのなそうとしておられること、
そして、神さまの御心に目をとめることが大切だと思わされました。
神さま、
なんだかよくわかりません。
ダビデが正しかったのか、ヨアブが正しかったのか、
アブネルは悪意はなかったのか、
アブネルは傲慢じゃないだろうか、
いろんなことを思わされます。
でも、あなたは彼の決断を通して、
すべての国民が一つになるように、導きました。
私たちのごたごたを超えて、
あなたは御業をなしてくださることを知っています。
あなたのなさることは人間の現実や、
人間の努力とかを遙かに超えています。
どうか、今の私の生活の中にも、
そのように臨んでくださって、
人の心を超えた神さまの方法で導いてください。
今日って言うか、昨日って言うか、
月曜日の夜のNYが最後でした。
この集会JCCNJの主催ではなくて、
VIPーNYという団体の主催。
自分は一参加者ということで、
ゆっくり聞かせて頂きました。
楽しい曲、心に語りかけられる曲、
いろんな曲がありましたが、
最後から2曲目、十字架の歌を歌ってくださったときに、
目をつぶりながら聞いていたら、
十字架の情景が浮かんできました。
そして、その十字架にかかってくださったイエスの愛を
心からほめたたえたい、と思いました。
十字架って苦しい、痛い、そういう印象が強いのですが、
その十字架が輝いて見えました。
ここに希望があるんですよね。
感謝。
ああ、これでコンサート終わりだなあ、と思うと、
本当に寂しくなります。
あと4泊で日本に帰国されると思うと、
心にぽっかり穴が空くんじゃないかと思います。
木曜日の夜は我が家で賛美大会かな~なんて考えています。
1枚目のCDの曲から新曲まで、みんなで歌いたいと。
今日は気持ちよく晴れました。
でも、9月にしてはちょっと暑かったかな。
でも夜はやはり涼しいです。
明日はもうちょっと蒸し暑くなって、
夕方には雷雨です。
かなり激しい雷雨になるところもあるようです。
お気をつけて。
さて、土曜日、9月6日の聖書。
土曜日はサムエル記第二3:17-26
『アブネルはイスラエルの長老たちと話してこう言った。「あなたがたは、かねてから、ダビデを自分たちの王とすることを願っていたが、今、それをしなさい。主がダビデについて、『わたしのしもべダビデの手によって、わたしはわたしの民イスラエルをペリシテ人の手、およびすべての敵の手から救う』と仰せられているからだ。」』17-18節。
ここでアブネルをどう評価するか、考えさせられました。
アブネルがダビデに着こうとしたことは正しいことだったと思います。
神さまの導きだったと思います。
でも、そのきっかけは、アブネル自身が傲慢になって、
サウルの側室を自分のものにしたのを、
サウルの息子であり、王であったイシュ・ボシェテにとがめられたからだと思うと、
結果はOKだけど、動機がねえ、と思います。
ここで神さまの名前を出していますが、
本当はイシュ・ボシェテに見切りをつけただけだったのです。
でも、このアブネルの決断は王国統一のために大きな一歩になりました。
人間の世界の権力闘争がごたごたしている、
でも、それを遙かに超えたところで、神さまが御心のままに
すべてを導いてくださる。
そこには愚かな決断や愚かな行動もあるだろう。
でも、神さまはそれらをも用いることのできる方。
そう思ったら人間の世界のごたごたばかりに気を取られないで、
神さまの導き、神さまのなそうとしておられること、
そして、神さまの御心に目をとめることが大切だと思わされました。
神さま、
なんだかよくわかりません。
ダビデが正しかったのか、ヨアブが正しかったのか、
アブネルは悪意はなかったのか、
アブネルは傲慢じゃないだろうか、
いろんなことを思わされます。
でも、あなたは彼の決断を通して、
すべての国民が一つになるように、導きました。
私たちのごたごたを超えて、
あなたは御業をなしてくださることを知っています。
あなたのなさることは人間の現実や、
人間の努力とかを遙かに超えています。
どうか、今の私の生活の中にも、
そのように臨んでくださって、
人の心を超えた神さまの方法で導いてください。
2008-09-07
副大統領候補。
牧師として、政治的な発言をすべきなのか、
控えるべきなのか、いろんな意見がありますが、
あんまり政治的な話じゃなくて、
政策とかを比較して何かを言うのではなくて、
ただ、ひとりのオヤジの正直な印象の話。
民主党のオバマがベテランのバイデンを選び、
共和党のマケインが無名のペイリンを選ぶ、
対照がとても際だつ副大統領候補選びでした。
私は2週間ほど前、マケインがペイリンを選んだとき、
すげー、と思いました。
44歳の女性。5児の母。
一番下の子は今年の4月に生まれている。
夫は漁師。自分も漁師だったこともある。
正直言って、私はマケインには全く興味はありませんでした。
選挙権がないので、まあ、どうでもいい部分もあるのですが、
マケインには全く興味がなかったのです。
車の中で高校生の息子とニュースを聞きながら、
すげーと思ったと共に、
この共和党の選択は得点高い、と二人で合意しました。
マケインの魅力ってよくわからないんだけど・・・
なんだかわからないけど、共和党ってお金持ちの見方なんでしょ、
戦争ばかりやっているし・・・軍需産業を盛り上げたいわけ?
そんな印象が共和党に対してあると思うんですよね。
なんだかわからないけど、庶民の気持ちわかってくれそうだ、
それに、中絶や同姓婚に反対の立場も好感が持てる、
そんな同世代の女性が共和党の中にいる、というだけで、
ものすごいインパクトがあるわけです。
それに対して、オバマの選択は何のおもしろみもない、
まあ、別におもしろみで政治やられても困るんですが、
当たり前の人が出てきて、何か変わるんだろうか、ってかんじです。
こちらもバランスを取っているだけなんでしょうが。
オバマの若さやマイノリティーの立場がわかる、
ということが新鮮味を失っていく中で、
共和党のこの選択は、本当にインパクトがあるでしょうね。
ま、一つの大きな懸念は、大統領に何かがあった時にその任務を受け継ぐこと。
さすがに、「大統領になることもあり得る」と思うと、ちょっと苦労するだろうな、と思います。
神さまがこの国のこれからの歩みも、御心の中に守ってくださいますように。
さて、金曜日の聖書。
9月5日金曜日は第2サムエル3:1-16
「イシュ・ボシェテはアブネルに、もはや一言も返すことができなかった。アブネルを恐れたからである。」3:11
王であったイシュ・ボシェテはこれは情けない。
アブネルが道に外れたことをしても、
「どこが悪い、俺はあんたを守ってやったのに、そんなこと言われる筋合いはない」とすごまれたときに、もう何も言えなくなってしまった。
情けない。
でも、人のことをそういうのは簡単ですが、
自分はどうなんだろうと思います。
先日もどこかに書きましたが、
悪いことは悪い。
ダメなものはダメ、
そのように言える者でありたいと思います。
どんなにすごまれても、
どんなに脅されても、
泣き落としにあっても、
失望したと言われても、
ダメなものはダメ。
そのように言える強さを持ちたいと思いました。
主よ、
人を恐れるのではなく、
あなたを恐れさせてください。
すごまれたときに、
そんなことを言われる筋合いはない、と言われるときにも、
ひるむことなく、大胆に主の言葉を語る者とならせてください。
控えるべきなのか、いろんな意見がありますが、
あんまり政治的な話じゃなくて、
政策とかを比較して何かを言うのではなくて、
ただ、ひとりのオヤジの正直な印象の話。
民主党のオバマがベテランのバイデンを選び、
共和党のマケインが無名のペイリンを選ぶ、
対照がとても際だつ副大統領候補選びでした。
私は2週間ほど前、マケインがペイリンを選んだとき、
すげー、と思いました。
44歳の女性。5児の母。
一番下の子は今年の4月に生まれている。
夫は漁師。自分も漁師だったこともある。
正直言って、私はマケインには全く興味はありませんでした。
選挙権がないので、まあ、どうでもいい部分もあるのですが、
マケインには全く興味がなかったのです。
車の中で高校生の息子とニュースを聞きながら、
すげーと思ったと共に、
この共和党の選択は得点高い、と二人で合意しました。
マケインの魅力ってよくわからないんだけど・・・
なんだかわからないけど、共和党ってお金持ちの見方なんでしょ、
戦争ばかりやっているし・・・軍需産業を盛り上げたいわけ?
そんな印象が共和党に対してあると思うんですよね。
なんだかわからないけど、庶民の気持ちわかってくれそうだ、
それに、中絶や同姓婚に反対の立場も好感が持てる、
そんな同世代の女性が共和党の中にいる、というだけで、
ものすごいインパクトがあるわけです。
それに対して、オバマの選択は何のおもしろみもない、
まあ、別におもしろみで政治やられても困るんですが、
当たり前の人が出てきて、何か変わるんだろうか、ってかんじです。
こちらもバランスを取っているだけなんでしょうが。
オバマの若さやマイノリティーの立場がわかる、
ということが新鮮味を失っていく中で、
共和党のこの選択は、本当にインパクトがあるでしょうね。
ま、一つの大きな懸念は、大統領に何かがあった時にその任務を受け継ぐこと。
さすがに、「大統領になることもあり得る」と思うと、ちょっと苦労するだろうな、と思います。
神さまがこの国のこれからの歩みも、御心の中に守ってくださいますように。
さて、金曜日の聖書。
9月5日金曜日は第2サムエル3:1-16
「イシュ・ボシェテはアブネルに、もはや一言も返すことができなかった。アブネルを恐れたからである。」3:11
王であったイシュ・ボシェテはこれは情けない。
アブネルが道に外れたことをしても、
「どこが悪い、俺はあんたを守ってやったのに、そんなこと言われる筋合いはない」とすごまれたときに、もう何も言えなくなってしまった。
情けない。
でも、人のことをそういうのは簡単ですが、
自分はどうなんだろうと思います。
先日もどこかに書きましたが、
悪いことは悪い。
ダメなものはダメ、
そのように言える者でありたいと思います。
どんなにすごまれても、
どんなに脅されても、
泣き落としにあっても、
失望したと言われても、
ダメなものはダメ。
そのように言える強さを持ちたいと思いました。
主よ、
人を恐れるのではなく、
あなたを恐れさせてください。
すごまれたときに、
そんなことを言われる筋合いはない、と言われるときにも、
ひるむことなく、大胆に主の言葉を語る者とならせてください。
秋はどこ?
最近、読者が広がっていて、
それはありがたいことなのですが、
教会のメンバーのチェックが時々厳しい。
特に天気ネタになると、
「先生、ああ書いていたのに、ダメじゃん・・・」
とつっこまれたりする。
で、ハンナが去ったらもうそこは秋、みたいなことを書いたので、
今日は「秋じゃないじゃん!暑い!」と苦情が出ました。
まあ、ほんと、昨日の蒸し暑さに比べると天国なのですが、
確かに昼間はかなり夏っぽかったです。
例年、Labor Dayをすぎると礼拝でネクタイをするのですが、
今年はそれも「勘弁して」という感じでした。
で、今日から秋本番、はさすがにちょっと早すぎましたね。
でも火曜日に雷雨があり、
水曜日からはめっきり涼しくなります。
この後、1週間の予報。
そして、来週はもっと涼しくなるみたいです。
大丈夫、確かに秋は来ます。楽しみに待っていてください。
ハリケーン・アイクはキューバを直撃。
被害が心配です。
その後、メキシコ湾に入ります。
それは最悪のシナリオです。
メキシコ湾は水温が高く、またハリケーンは発達するでしょう。
そして、一度メキシコ湾に入ったハリケーンは、
どこかの陸地を直撃しない可能性はゼロに等しいからです。
今日は潤さんたちがBrooklyn Tabernacleの礼拝に行きたい、
ということで、初めて、私も礼拝に参加してきました。
ほとんどいつも説教をするか、他の奉仕をするかと言う立場ですから、
これは本当に貴重な体験です。
最初から熱く賛美をするのですが、
心がだんだん神さまの方に向けられていきます。
そしてPastor Cymbalaはいつものように
非常に単純でわかりやすくストレートに
心を探られるメッセージをされます。
最後の賛美はThank You for the Crossとか、
Worthy is the Lambとか言われている曲ですが、
泣きました。
主の恵みを覚えて、
十字架の愛を覚えて泣きました。
午後の礼拝のためのよき備えの時になったと思います。
礼拝では潤君たちが賛美をしてくださって、
それで私たちの心が神さまに向けられていくのを感じました。
音楽をなさる方はたくさんおられますが、
それを通して、私たちを神への礼拝に導いてくださる
そういう方は本当に貴重だと思います。
神さまが与えてくださった出会いに感謝します。
さて、9月4日、木曜日の聖書。
木曜日は第2サムエルの2章12-32節。
「彼らがアマの丘に来たとき太陽が沈んだ。」24節。
日が沈んだときに、
彼らは戦いをやめようと思った。
時が助けた、と思います。
時を見る目、
時を見極める目、
時を利用する気持ち、
時を利用する知恵、
持たせて頂きたいと思いました。
今の時はどんなときなんでしょう。
私の人生の中で、
今の時はどんなときなんでしょう。
時を見極める知恵を求めます。
主よ、
あなたが与えてくださっているときの一つ一つを感謝します。
それを見極める目を、
そして、それをちゃんと利用する知恵を与えてください。
利用する行動力も与えてください。
それはありがたいことなのですが、
教会のメンバーのチェックが時々厳しい。
特に天気ネタになると、
「先生、ああ書いていたのに、ダメじゃん・・・」
とつっこまれたりする。
で、ハンナが去ったらもうそこは秋、みたいなことを書いたので、
今日は「秋じゃないじゃん!暑い!」と苦情が出ました。
まあ、ほんと、昨日の蒸し暑さに比べると天国なのですが、
確かに昼間はかなり夏っぽかったです。
例年、Labor Dayをすぎると礼拝でネクタイをするのですが、
今年はそれも「勘弁して」という感じでした。
で、今日から秋本番、はさすがにちょっと早すぎましたね。
でも火曜日に雷雨があり、
水曜日からはめっきり涼しくなります。
この後、1週間の予報。
そして、来週はもっと涼しくなるみたいです。
大丈夫、確かに秋は来ます。楽しみに待っていてください。
ハリケーン・アイクはキューバを直撃。
被害が心配です。
その後、メキシコ湾に入ります。
それは最悪のシナリオです。
メキシコ湾は水温が高く、またハリケーンは発達するでしょう。
そして、一度メキシコ湾に入ったハリケーンは、
どこかの陸地を直撃しない可能性はゼロに等しいからです。
今日は潤さんたちがBrooklyn Tabernacleの礼拝に行きたい、
ということで、初めて、私も礼拝に参加してきました。
ほとんどいつも説教をするか、他の奉仕をするかと言う立場ですから、
これは本当に貴重な体験です。
最初から熱く賛美をするのですが、
心がだんだん神さまの方に向けられていきます。
そしてPastor Cymbalaはいつものように
非常に単純でわかりやすくストレートに
心を探られるメッセージをされます。
最後の賛美はThank You for the Crossとか、
Worthy is the Lambとか言われている曲ですが、
泣きました。
主の恵みを覚えて、
十字架の愛を覚えて泣きました。
午後の礼拝のためのよき備えの時になったと思います。
礼拝では潤君たちが賛美をしてくださって、
それで私たちの心が神さまに向けられていくのを感じました。
音楽をなさる方はたくさんおられますが、
それを通して、私たちを神への礼拝に導いてくださる
そういう方は本当に貴重だと思います。
神さまが与えてくださった出会いに感謝します。
さて、9月4日、木曜日の聖書。
木曜日は第2サムエルの2章12-32節。
「彼らがアマの丘に来たとき太陽が沈んだ。」24節。
日が沈んだときに、
彼らは戦いをやめようと思った。
時が助けた、と思います。
時を見る目、
時を見極める目、
時を利用する気持ち、
時を利用する知恵、
持たせて頂きたいと思いました。
今の時はどんなときなんでしょう。
私の人生の中で、
今の時はどんなときなんでしょう。
時を見極める知恵を求めます。
主よ、
あなたが与えてくださっているときの一つ一つを感謝します。
それを見極める目を、
そして、それをちゃんと利用する知恵を与えてください。
利用する行動力も与えてください。
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