2009-12-12

御言葉を求めて。

またまた、日付が変わってしまいました。
12日の午前12時9分。
今朝というか、昨日の朝というか、11日の朝は寒かったです。
-6.9度で、風が強くて、体感気温は-15度位だったとか。
最高気温は-0.1度。この冬初めての真冬日でした。
そして、今、-4.5度。
風が収まったのであまり寒くは感じないのですが、
12日の朝は、風がない分だけ11日よりももっと冷え込みそうです。


昼間でもこちらの最低気温並という中西部の寒さには比べものになりませんが、
ほんとに寒いです。


さて、早く追いつきたかったのですが、この時間は1回分だけ更新。

11月9日(水)の聖書。
ネヘミヤ記8:1-8。


「民はみな、いっせいに、水の門の前の広場に集まって来た。そして彼らは、主がイスラエルに命じたモーセの律法の書を持って来るように、学者エズラに願った。」1節。

人々は聖書の言葉を求めている。
人間の経験ではなくて、
人の言葉ではなくて、
牧師の所感ではなくて、
神の言葉を求めている。

勘違いをしないように・・・と思わされました。
素直に忠実に、
聖書の言葉を解き明かす、
ストレートなメッセンジャーとならせていただきたいと思います。

時々、「話術」にたけた方がいらっしゃると、
その影響をうけることもあります。
でも、そういうことよりも、
自分が神様から御言葉をいただいて、
主から語られて、そのことを大胆に語る。
そのような働き人にならせていただきたいです。

主よ、
どうか、私にいつもいつも御言葉を語ってください。
そして、主からいただいたことを、ストレートにお伝えるすることができますように。
主の恵みを語ることができますように。

2009-12-10

激冷え込み中。

今日はスカッと晴れましたが、
風も強く寒かったです。
今は夜の10時ですが、-2.3度です。


明日の朝は、-6度くらいまで、いや多分もっと下がるでしょう。
そして、明日は一日氷点下です。


さあ、今日3回目の「日々のみことば」の更新。
12月8日(火)の聖書。
ネヘミヤ7:5-72。


「これらの人々は、自分たちの系図書きを捜してみたが、見つからなかったので、彼らは祭司職を果たす資格がない者とされた。」64節。

自分たちの出自はこうだ、と思っていても、
それを証明するものが見つからないときに、
彼らは祭司の働きをすることができなかった。

そこには厳しさを感じます。
決していい加減ではすまされない、真剣なものです。

私達も神のものとされています。
それを確かに証明するものが必要です。
それは御言葉であり、聖霊様です。

イエスを信じている人は救われる。
罪を告白する人は赦される。
それらは神の約束です。
それがあるから、私たちは大丈夫です。
御言葉を信頼すること、
御言葉を信頼して歩む人たちを育てること、

大切な使命だと思わされています。

主よ、
あなたの御言葉を信頼します。
御言葉には命があります。力があります。
だから、御言葉を信頼して、あなたのモノである幸いを感謝します。

iPhoneのGoogle検索で英語の発音チェック。

iPhoneのGoogleアプリで、音声検索ができる、と知ってやってみた。


しゃべった言葉で検索してくれる。


まずは英語に設定して、
Japanese Christian Church of New Jersey.
これは一発で成功。



在米17年。
英語はペラペラで、
日本語は危なくなっている、なんてことはない。


でも、何故か、
日本語に設定を変えて、
「ニュージャージー日本語キリスト教会」と言うが、
ご覧のように、
ニュージャージー 顔文字 ビスタ 教会
というわけわからぬ言葉の羅列に・・・。



で、子どもたちも巻き込んで、英語の発音の練習。
私の苦手としている発音を集中的に。
まずはリス。squirrel。
子どもたちは難なく、一発クリア。




でも、私はダメでしたねえ。
ll, go, spell, scroll, girl, gong, skull, ga, skull art, guam・・・など、13回誤認識、というか、
正しい発音ができなくて、ちゃんと認識してくれない。
14回目でやっとsquirrelと認識してくれたときには「ランランラー、めっちゃ風邪ひいて~ん」状態でした。


続いて、子どもたちのリクエストで「チョコレート」。
そう、chocolate・・・。
いつか、子どもたちに、アイスクリームを頼むときに、笑われたやつ。


これはdecorate, subway, tublate, catholic・・・と続き、5回目でやっと認識。


続いて、バニラ、vanillaをトライしたのですが、
これはmanilaとか、bananaとか、いろいろあったのですが、
ユキやサキもみんなうまくできない・・・。
大体最初の音をvに認識してくれない。
3人で30回以上トライしたと思いますが、
最後はユキが決めました!


家族ではまりました。
iPhoneだけではなくて、Androidでもできるみたいですね。
こうやって遊んでいるうちにGoogleに声紋まで取られるのかと思いますが、
ここまで来たら、もうどこまでも差し上げてしまいましょう。


さて、12月7日(月)の聖書。
ネヘミヤ6:15-7:4。

「太陽が高く上って暑くなる前に、エルサレムの門をあけてはならない。そして住民が警備に立っている間に、門を閉じ、かんぬきを差しなさい。エルサレムの住民のうちから、それぞれの見張り所と自分の家の前に見張りを立てなさい。」3節。

ネヘミヤの注意深さに脱帽。
ユダヤ人の中にも、反対者トビヤとつながっている人達がいる中で、
そのことをしっかりつかんで、対策を講じている。

そして、町を守るための策を信頼できる人々に、
具体的に授けている。

自分が今までしてきたことは、
「教会を守る」ための事だったんだろうか。
自分の甘さは、
自分を守ろうとして、人を守ることができないでいたことではなかったか。

町を守るために必死だったネヘミヤ、
知恵を持ってそれをしていたネヘミヤから学ぶことが多いと思った。

主よ、
私が大切なものを大切に守っていくことができますように。
決して自分を守るために、大切なものを守ることが疎かになってしまうことがありませんように。
愛と勇気を与えてください。

見極める目。

木曜日の朝。
きれいに晴れました。
冷え込みもそれほど強くなく、
2度くらい。


でも、今日はこれからあまり気温は上がらないみたいです。


「日々のみことば」の分がたまってしまっているのですが、
数日前の聖書箇所を思い出しながら・・・というのは、
これがまたストレスになりつつありますので、
追いつけるようにと、隙間の時間を使って、更新。

12/6(日)はネヘミヤ6:1-14。


「私にはわかっている。今、彼を遣わしたのは、神ではない。彼がこの預言を私に伝えたのは、トビヤとサヌバラテが彼を買収したからである。」12節

あなたの味方だよ、と言ってきたこのシェマヤの意図を
ネヘミヤは見ぬいて、その罠にはまらなかった。
こういう所を読むとうーん、と唸ってしまう。

誰をも信じて、騙されても信じていきたい、
という気持ちが自分の中にはある。

でも、サタンの計略を見極める目が必要なんだ、ということなんでしょう。

それに、もしかしたら、自分が人を信じたい、ということの中には、
人の心を知ろうともしないで、盲目的に信じたい、というレベルなのかもしれません。

もっともっと人を愛し、人を知ることに熱心な者であることができますように。

主よ、
私に注意力を与えてください。
大切なものを守る、情熱を与えてください。
そのために、人を知る愛を与えてください。

2009-12-09

怒り、考え、非難する。

今朝起きたら、雪が積もっていました。
かなり激しく降ったのでしょう。
もう朝起きたときにはミゾレに変わっていて、
朝、教会から帰ったときには雨に変わっていましたが、
結構シャーベット状になって足元がとられました。


昼ごろには雨もやんで暖かな夜です。
11時を過ぎた今も、外は4度あります。


明日からは寒くなるようです。


さて、今日は早速聖書。
12月5日(土)の分です。


「私は彼らの不平と、これらのことばを聞いて、非常に怒った。私は十分考えたうえで、おもだった者たちや代表者たちを非難して言った。」6-7節。

ネヘミヤは人々の姿に怒りを覚えた。
でも、ただ怒りに任せて言葉を発したのではなく、
「十分考えた上で」主だった人たちを非難した、という。

怒ってはいけないわけではない。
正当な怒りもあるだろう。
でも、怒りに任せるのではなくて、
一時考えることがどれだけ大切だろうか。

それも、自分の中で煮詰まってしまったり、
怒りが燃え上がってしまうような形で考えるのではなくて、
やはり、神のみ心を求め、
神に聞く、その姿勢が大切だと思う。

非難することもある時には勇気がいる。
神様から勇気をいただいてモノの言えるものになりたい。

主よ、
どうか、私の心を守って、
怒りに支配されないようにしてください。
そして、あなたが願われること、
あなたが与えてくださる使命に生きる者でありますように。
ある時には恐れないで非難ができる者とならせてください。

2009-12-08

Google日本語変換・・・なんだか楽。

今は夜の9時前で、気温は2.7度。
降りだすのは雨なんでしょうかね。
12時前には降り出しそうです。


先週の木曜日に公開された、
Google日本語入力。
使っておられますか?


新しいもの好きで、かな~りGoogleに洗脳されている私(これを書いているのもGoogleのChromeというブラウザ。IEなんかはずっと前から使っていない・・・)は、金曜日に導入して、「まあ、試しに・・・」と思っていたのですが、もうやめられません。


MSの標準のIMEは本当に使いづらくて、2002年にATOKを買って使い始めて、その快適さに慣れていて、もう7年もたつから、新しいバージョンにしようかなあ、と思っていた矢先のこのGoogle日本語入力。


なんといってもタダですからね。


そして、何よりも「楽」。
何も考えないで打って、大体問題なく、変換してくれます。
人名などは本当に大体出てきます。
ただ、人名で候補が200個くらいある場合には、
1文字目の漢字ごとに候補をまとめてくれると助かります。(ATOKにはある機能)
たとえば、「ひろかず」とかいうお名前だとすると、「広一」「裕和」「博寿」とランダムに並びます。(多分多い順)ATOKだと、最初の文字を揃えて表示してくれる機能があるのです。(広一、広和、広数・・・」という感じ)
要望は、それくらいでしょうか。


ですから、この例外をのぞけば、ストレスなしに文章を打つことができるので、いつの間にか、もうはまってしまっています。
WindowsのIMEをそのまま使っている方は、ぜひ、試してみるべきです。
ま、人生のかなりの部分をGoogleに握られているような気がしてきて、不愉快だったり、将来のセキュリティに不安を覚える方は、ATOKを使われたらいいかもしれません。(ちょっと前までは、すべてがMicrosoftに握られているような気がして、不愉快でしたけどね・・・)


さて、12月4日(金)の聖書。
ネヘミヤ4:15-5:5


「ときに、民とその妻たちは、その同胞のユダヤ人たちに対して強い抗議の声をあげた。」(5章1節)

外敵との戦いに明け暮れているネヘミヤにとって、
内側の問題が出てきたことはどんなに大きなチャレンジだっただろうかと思う。
だいたい共通の敵があると、結束が固まるもの。
でも、ここで、人々から不満が沸き上がってきた。
いや、考えてみれば、今まで我慢してきたことを、
ネヘミヤさんだったら聞いてくれるかもしれない、
という空気ができたのかもしれない。

風通しをよくした方がいいとはよく言われる。
でも、それによって表面に出てくる問題もあるだろう。
内側で、ふつふつとしているよりいいのかもしれないが、
表面にでてくることによって、乱される心もあるだろう。

そういうこともある、ということを忘れないでいたい。

主が導いてくださることは、
何でもうまく行くと思いたい。
でも実際はいろいろな問題に翻弄される。

そんな時に、「こんな問題が起こるなら、こんなことを始めなければよかった」などと思わないことが大切だろう。

そんな中でも変わらず主は導いてくださっている。
それを信頼して、平安をいただこう。

主よ、
どんな中でも、あなたに従っていくことができますように。
あなたに従うときに、問題も出てくることを、覚悟して歩めますように。

あと一週間。

今日の朝は0度くらい。
昼間も6度くらい。
いい天気でした。
嵐の前の静けさ。


今日、アイオワとか吹雪みたいです。
その低気圧が、コッチの方に進んできますが、
こっちは、主に雨。
今夜の降り始め、最初だけちょっと雪も混じるかも。
でも、風が強そうです。


その後、木曜日からはガチ寒くなります。


今日はサキの学校に保護者面談に行ってきました。
午後6時から。
こんな時間にやってくれるなんていいですよね。
自分が子供の頃の日本は、昼間しかなかったのでは・・・。
今はどうなんでしょう。


で、お決まりの言葉、「おとなしい」って。
ハジの時も、もちろんユキの時も言われました。
何なんでしょうねえ。ハジもサキもうちでは決しておとなしくないんですが・・・。


で、このサキ、作文なんかもを見ても、
なんか、自分の気持を表現するのが苦手っぽい。
そういえば、自分もそうだったなあと、思い出しました。
「昭和××年××月××日、××小学校4年1組一行は、社会科見学に行った。最初に見たのは汚水処理場で、一人の生徒が(実は自分)、気分が悪くなったけれども、無事見学を終えた。次に行ったのは・・・」みたいな、新聞記事を見本に作文書いてたもんなあ。


それで、サキの先生、「もっと自分の気持を書いてごらん」と言ったそうだ。


その中で出てきたのが、
「ハジがいなくなって、静かになったけど、ちょっとさびしい。クリスマスまで帰ってこないのか。一緒にいたときにはおもっていなかったけど、いなくなって、どんなに一緒に遊んでくれたかがわかった・・・」という英語の作文。


グッときました。


そのクリスマス休暇まであと1週間。


さあ、みんな、正直に自分の気持を表すんだよ!


さて、12月3日(木)の聖書。
ネヘミヤ4:1-14。


「そこで私は、民をその家族ごとに、城壁のうしろの低い所の、空地に、剣や槍や弓を持たせて配置した。私は彼らが恐れているのを見て立ち上がり、おもだった人々や、代表者たち、およびその他の人々に言った。『彼らを恐れてはならない。大いなる恐るべき主を覚え、自分たちの兄弟、息子、娘、妻、また家のために戦いなさい。』」(13-14節)

恐れている人々。
その人々を励まし、立たせる言葉を彼は持っていた。
それは「主を信頼しなさい」。

私自身、人を励ます言葉の少ない者だと反省する。
それはもしかしたら、自分がなにか励ますべき何かを持っていなければいけないような錯覚に陥っているからかもしれない。

ほんとうは、「主を信頼しなさい」、それだけで十分なはず。
主を見上げて、主を信頼して歩んでいくこと。
それを励ましていく器とならせていただきたい。

主よ、
あなたを信頼する者とならせてください。
あなたを信頼するようにと人を励ますことのできる者とならせてください。
あなたを信頼したくなるように人の心を自然と動かせる者とならせてください。

2009-12-07

刷り込みの力。

今朝は寒かったです。
朝は氷点下3度。昼間も4度止まり。


明日もそんな感じでしょう。
そして、明日の夜から雨。
最初は雪も混じるかもしれませんが、
基本的には雨です。


厳格な人、というイメージの強いジャン・カルバンは、
日曜日を祈りと遊びで満たしたといいます。
遊びの大切さ、いつも思わされます。


で、今日は、ちょっとここに埋め込むのは、心理的な抵抗があるくらい、
しょうもない、笑いのネタを。そういうのが嫌いな人はクリックしないでくださいね。
でも、私はかなりはまりました。


http://www.youtube.com/watch?v=-0jCWkM15ag
(結構大きな音が出ますから、仕事中の方や、やっと子どもが寝たばかりの方は要注意、あ、でも、音を消すと意味が無いから、音を出していいタイミングでクリックしてくださいね。)


サッカーの試合の劇的な場面を興奮して中継しているアナウンサーの言葉なんですが、
これ、字幕見ながらだと、ほんとにそう聞こえちゃいますね。
でも、音だけ聞いていると、何度聞いても、日本語には聞こえない。(笑)
だから、この字幕入れた人の才能に関心すると共に、
刷り込みの力って、すごいなあ、と思いました。
音だけだと、全然そう聞こえないのに、字幕が出てくると、
本当にそれっぽく聞こえちゃうんですから・・・。
こういうの、心理学的になんか、専門用語があるんでしょうかね。


時々、「思い込み」でどうにもこうにもコミュニケーションができなくなる場合があります。
どんなに説明しても、丁寧に話しても、先入観を持って聞かれると、全然理解してもらえなかったり、全然話していないことを、「こんなこと言われた」なんて伝わっていたりします。


もちろん、自分もやっているんだろうなあと思います。


コミュニケーションは奥が深い・・・。


さて、11月2日(水)の聖書。
ネヘミヤ3:1-32でした。


「こうして、大祭司エルヤシブは、その兄弟の祭司たちと、羊の門の再建に取りかかった。」1節。

多くの人々が城壁の再建のために協力しました。
ある人は魚の門。
ある人は泉の門。
・・・
そして、
ある人たちは「糞の門」という名前の門の担当だったりします。

それぞれがそれぞれの役割をにない、
役割を果たしました。
それぞれの担当が詳しく書かれています。

先日もどなたかが言われていましたが、
私達は、この名前を読み飛ばしてしまうけれども、
ここに自分の家族や自分の先祖の名前がある人は、
一生懸命探すだろうなあと思います。

そこには汗を流し、犠牲を払った人々の歩みが、
ぎゅっと詰まっているのです。

私達も、名前が残らなくてもいい、
本当に主に忠実に、自分の与えられた使命を果たさせていただきたい、
そのように思わされました。

主よ、
一人ひとりが、神様からの使命をいただいて、
それを十分に果たしていくことができますように。
与えられた持ち場立場、引き受けることができますように。

2009-12-06

冬がやってくる。

ほんと冬がやってくるみたいです。
昨日の雪はたいしたことはありませんでした。
5-10センチなんて全然積もりませんでしたよ、ここらへんは。


でも、今日も明日も、あさっても最高気温は5-8度くらい。
夜は冷え込みます。今、夜の11時ですが、氷点下1度。
でも、木曜日くらいまでは、
そんなに本格的な寒さではありません。
そのあと、今週末から来週にかけては昼間が0度くらい。
最低は氷点下10度くらいみたいです。


アドベントの第2主日になりましたが、
例年より1週間遅れで、アドベント聖書日課をスタートしました。
リンクはコチラ
ちょっとわかりづらいかもしれませんが、
両面印刷でプリントアウトすると、
折ったときにブックのようになります。
まあ、アメリカの紙のサイズなので日本では上手くいかないかもしれませんが、
パズルをしているつもりになって、チャレンジしてみてください。


さて、11月1日(火)の聖書。
ネヘミヤ記2:11-20。


「天の神ご自身が、私たちを成功させてくださる。」20節。

ネヘミヤの働きに反対する人々の言葉は、
キツイ言葉だ。
でも、ネヘミヤはびくともしなかった。
それは神様が成功させてくださる、
という確信があったから。

私は人の言葉にいろいろチャレンジを感じる。
自分が弱いから。
だから、ある時は頑固になり、ある時は優柔不断になる。
本当に神様への信頼に支えられていたら、
そんなことにはならないだろうなあと思うほどに、
意固地になったり、反対に流されたりする。
人の言いなりになることさえある。

自分と神様との関係が問われている。
神様との関係の中で、平安をいただいて、
確信に立って歩んでいかせていただきたい。

主よ、
このネヘミヤの確信を、その平安を、
私にも与えてください。
弱い私をあなたの力で立たせてください。
恐れではなくて、愛で満たしてくださいますように。

2009-12-04

自分で言わなければ・・・。でも・・・。

1週間くらい前に、小学校の経験から、
「自分のことは自分でいうことが大切」ということを、
書いたばかりなのですが、
「気持ちを読んで欲しい」というのは日本人の甘えだ!みたいに断言したのですが、
ある本(英語)に、「女性は気持ちを読んでくれると愛されていると感じる」とか、
upspoken languageに耳を傾けて欲しい、とか、
書かれているを読んで、そうかあ、と反省中。


自分に対しては「気持ちを読んで欲しい」と思わない方がいい。
でも、周りの人に対しては、愛をもって、
言葉にならないものに心を向けることの大切さを思わされます。


出来るか?というと、ちょっと難しいんですがね。
でも、それもまた甘えないで、
言葉にならないものにこそ、心を向けていきたいと思います。


さて、明日の雪ですが、
はい、本当に降りそうです。
今日はテキサス州のヒューストンで降ったみたいです。
明日の昼過ぎにはこちらでも降り始めるでしょう。
降り始めは雨かもしれませんが、
夕方には雪に変わって、
5-10センチくらい積もるかもしれません。


さて、11月30日(月)の聖書。
月曜日はネヘミヤ2章1-10節でした。


「すると、王は私に言った。『では、あなたは何を願うのか。』そこで私は、天の神に祈ってから、王に答えた。」4-5節。

王に「何を願うのか?」と聞かれたネヘミヤは、
その場でとっさに神様に祈ったという。
祈ってから、王様に答えたという。
とっさの祈りだったんだろうと思う。

私たち、時間があったら祈ろうと思っているかもしれない。
でも、現実の生活の中で、答えを出すまでに、
そんなに時間がもらえる場面は多くない。
短い時間で答えなければならないことが多い。

だから、うっかりしていると、
神さまに求めることも、聞くこともしないで、
自分の考えだけで、自分の目先の利益のことだけ考えて、
答えている場合がどれだけあるだろうかと思う。

どんな時でも、とっさに祈り、
短くでも、目を開けたままでも、
他のことをしながらでも、
一時、主を見上げて、答えを出す、
いつもそのような姿勢を持ち続けたいと思う。
いつもそのように主に従っていきたいと思う。

主よ、
どうか、いつもいつもあなたに聞いていく者とならせてください。
あなたの導きに従って歩むことができますように。
あなたがともにいてくださることをいつも覚え、
いつもあなたに聞きながら、決断をしていくことができますように。
あなたの導きに支配されて歩むものであることができますように。
日曜日の礼拝の準備のために、
あなたの特別な導きがありますように。

2009-12-03

元気の素は?

昨日の夜の雨も、今朝にはすっかり上がり、
朝から15度を超える暖かい日でした。


夜になってどこまで冷えるでしょうか?
10時過ぎでまだ10度近くあります。


土曜日の雪ですが、
たぶん降るでしょう。
午後から夜にかけて。


でも、あと42時間後くらいなんですが、
今だにコンピューターモデルによって、
東にそれるか(晴れる)、北に上がってくるか(雨から雪)、
予報が違っています。


明日の朝にはだいたいわかっているんでしょうか・・・。


火曜日のトークショーなんですが、
最後の方にこんな話をされていました。


「自分が元気になる言葉を5つ見つけてください」と。


・・・うーん・・・


何だろう、と考えました。
すぐに出てきたのは、恥ずかしながら、
「かっこいい」(笑)


いやあ、子供の頃からのあこがれというか、
あまり言われないから・・・というか、


そんな話をしたら、
「ホントに、心から『かっこいい』と思っている相手にはそんな言わないもんです」という意見もありましたが、そうなんでしょうか?だとしたら、どうして自分は言われないんだろう?という子供の頃からの疑問が解決するんですが・・・(笑)。


でも、その後2日間くらいずっと考えていますが、


「信じてるから・・・」(プレッシャーじゃなくて、心からの言葉として)とか
「最近、どう?」(特に遠くにいる人とか、余りそういう話をしない人から言われると覚えていてくれたんだなあと思う・・・)とか、


でも、この言葉、って訳ではないのですが、
自分が受け入れられているんだなあと思う時には、
元気が出ますよね。


お話をされた方のポイントは、
それを誰かに言ってもらうことを期待するのではなくて、
自分で自分を元気にする。
自分で自分にそのように語りかけて、元気を出す、
そのことの大切さでした。


そこで、私は、神を信じる者たちが、
聖書から、元気をもらっていることの意味を覚えました。


自分で自分を元気にする必要がない、
まして、人にそれを期待して、がっかりする必要もない。
主が、神様がわたしたちにこの言葉を語ってくださって、
元気を与えてくださる。
受け入れてくださり、
「大切な存在だ」と言ってくださり、
その証拠に、イエスを与えてくださり、
十字架でわたしたちの罪をあがなってくださった。


それによって元気を与えられて生きていくことができる。
これは特権だなあと思います。


元気の素が与えられていることに感謝。


さて、11月29日(日)の聖書。
ネヘミヤに進んで1:1-11。


「ああ、主よ。どうぞ、このしもべの祈りと、あなたの名を喜んで敬うあなたのしもべたちの祈りとに、耳を傾けてください。」11節。

しばしば、主は、一握りの祈る人々を与えてくださる。
一握りの祈りだからということで、
共同体が一致して祈っていないからということで、
御業を留められることはなさらないで、
祈りに応えて、素晴らしい働きをしてくださる。

あのギデオンの300人のように、
一部の人々であっても、
真剣に主に従う者たちを通して、
勝利を与えてくださる。

ある人は、「みんなが一致しないと・・・」と言う。
でも、聖書は必ずしもそのような例ばかりを挙げない。

聖書は人々の一致の麗しさも記している。
でも、一握りの、霊的な世界のわかる人々を通して、
主の御業が進んでいく、
主が祈りに応えて、勝利を与えてくださる、
そのような例を記している。

一人また一人、主の前に進み出る人々が起こされますように。

主よ、
どうか、あなたの勝利を与えてください。
祈ります。私をその祈りの勇士の一人にしてください。
みんなで横一列になって、スタート出来なくても、
不安を覚えることがないように、私の心を守ってください。

感謝。

今朝、いや、日付が変わったので昨日の朝は、久しぶりに共に祈ってくださる方が与えられました。
励まされます。

外は雨です。
明日は雨も上がり、暖かくなるみたいです。
夜からは冷え込みます。

土曜日の雪はまだビミョウです。

では、更新はまた夜にでも。

2009-12-02

「起」から「企」へ。


日付が変わってしまいましたが、
いよいよ12月が始まりました!
「大変だ~」と思いますが、
「大変は『大きく変わる』チャンス」ということで、
大きく変わらせて頂きたいです。楽しみです。


で、これも1日夜のトークショーの受け売りなんですが、
ムーティ、銀杏に続いて、1日はトークショーへの参加をプレゼントしてくださる方がいて、
「人材育成」の話(もちろん日本語)ということで、かな~り興味があり、
夕方からNYに行って参りました。
帰ってきたのが、夜の12時3分前。
でも、楽しい一時だったので、夜の1時になっても何だか元気です。


ああ、自分ももっともっと勉強しなきゃなあ、と思った夜でしたが、
心に残ったことを一つだけ、ご紹介。


起業から企業へというところに壁がある、という話。
(ちょっと自分の解釈も入っていると思いますが・・・)
「起」業はその漢字の通り、己が走る、自分が走っていればいい、
志を同じくする人がそれに加わって一緒に走ってくれる。
みんなで一つの目標のために燃えて前進していく。


でも、それを「企」業にするときが来る。
ある程度軌道に乗ってくると、「企」業、また、漢字の通り
「人を止める」ことが必要になってくる。
「それはちょっとまずい」「それはやめておいて」ってことが出てくる。
そういうことを言うのは楽しくない。言われる方も楽しくない。
それが壁なんだ。それを超えるのが大切。
そこに必要なのはコミュニケーション。


本当にそうだなあと思いました。


教会でも一番燃えているのは開拓期でしょう。
牧師も時々「開拓伝道をしたい」という思いに駆られる時があります。
でも、それが「逃げ」でそう思っている時はホンモノではない。
私はいつも自分に対してはそう思いますし、
「開拓伝道がしたい」という仲間の牧師にはそれをいつも問いかけます。


本当に大切なのは、開拓期を過ぎた、先ほどの例では、
「企業」になろうとしている時の歩み方でしょう。
私自身、神様からの責任を果たさせて頂きたいです。
壁を越えて、進んでいきたいと思います。


で、1日は急に寒くなりました。
風も冷たかったです。
まあ、12月ですから、当然といえば当然なのですが・・・。


週末、土曜日の夜、雪が降るかも、という話が出てきています。
でも、いつものように、何もないかもしれません。
NC沖に低気圧が進んでくるのですが、
それが北に上がってくるか、東にそのまま進んでいくか、
それによって、全然違う予報になります。
まだ4日も先のことです。要注目です。


さて、11月28日(土)の聖書。
エズラ10:9-44。


「こうして、すべての民は神の宮の前の広場にすわり、このことと、大雨のために震えていた。」9節。

自分のしたことについて震える、という感覚。
その感覚を自分は今も持っているだろうか。
自分の弱さを当たり前のこととして、
主に甘えて、何でも赦されるという感覚で、
何とも思わなくなっていないだろうか?

主の前に震えているだろうか?

主よ、
あなたの臨在を感じさせてください。
あなたの前に震える者とならせてください。
甘えから解放し、あなたの前に真実に出ることができますように。

2009-11-30

すご〜い!

昨日、愛読者の方から頂きました。








近所で拾ってご自分で果肉を除かれたそうです。
まだほのかにぎんなん特有のにおいがしますが、
この果肉を除く作業はどれほどのにおいだっただろうかと思います。
とても嬉しかったです。


感謝。

今日は一日雨でした。
朝は暖かかったのですが、
夕方にはぐっと肌寒くなってきました。


今は夜の9時半ですが、5.1度。


明日は一日寒い日になりそうです。
でも、今年は厳しい冬になると思っていたのですが、
寒さは何日の続かないで、
寒い→暖かい→寒い→暖かい
という感じの日が続きそうです。


今のところ、雪の予報も出ていません。


さて、11月27日(金)の聖書。
エズラ10:1-8でした。


「立ち上がってください。このことはあなたの肩にかかっています。私たちはあなたに協力します。勇気を出して、実行してください。」4節。

まさに勇気ですよね。
責任ある立場に立つことの意味を考えさせられます。

はい、今日は長い文章は書けないのですが、
自分もやはり決断をしたり、行動をしたりする
責任のあるものとして、
いろいろ考えさせられます。

主にある勇気を持って歩ませて頂きたいです。
そして、はっきりとした芯のある者とならせて頂きたいです。

主よ、
あなたの私に与えてくださった使命に立たせてください。
どうか、あなたの私に託されたことを、
果たすことができますように。

2009-11-29

成長。

日曜日です。
一日が終わって、夜、いろんなことを考えながら、
祈らされながら、過ごしています。
今日は総会で役員選挙もありましたので、
その結果を受けて、
祈りの夜を過ごされている方々も多いと思います。


主がすべてを御手の中に導いてくださることを、
信頼しています。


想像していなかったような、素晴らしいことが、
教会全体に、また一人一人のメンバーに、ありますように。


そんな総会を終えての帰路。
家族4人が2台に分乗。
私は高校生のユキと二人でした。


この子は、神様から与えられたスペシャルな子。
読んだり、書いたりはなんとか・・・ですが、
自分の気持ちを言葉にして伝えることに、小さなハンデがあるようです。
小さい時は「自分もそうだったから」とわたしたち夫婦二人で言っていましたが、
ちょっとそういうレベルとも違うみたいです。
普通の高校生の女の子がするような会話はなかなかできません。


学校でもスピーチセラピーとかやってもらっています。


たぶん、日本の学校だったら、
「おとなしい」とか「恥ずかしがり屋」
「あまり難しいことは理解出来ないみたい」
で片づけられていたと思います。


でも、学校の先生達の努力と愛と、
一人一人を大切にする行き届いた教育で、
少しずつ、話をするようになってきました。
教会のユースグループの先生も、そのように言ってくださっています。


そのユキが、最近は自分から、楽しかったこと、嬉しかったことを話すようになってきました。
今までは、こちらから聞いても「別に」「ふつう」とめんどくさそうにしていたのですが、
今日も、車の中で、教会で起こった「小さな子のかわいかった話」を話してくれました。


ユキとサキが、ちょっとした言い合いをしていたのを見ていた
小さなの女の子。
大きな声で「NO ケンカ!」と英語と日本語チャンポンで言ったとか。
大人はそこで、「いつも誰と誰のケンカを仲裁しているんだろ~?」と突っ込みたくなるのですが、
「かわいかったよ~」ととても嬉しそうでした。


そんな他愛のない話でも、この子とできるようになるとは、
本当に涙が出るくらい嬉しかったです。


神様がわたしたち一人一人の成長をそのように見てくださっているんだろうなあと思います。
わたしたち一人一人は違うんだよ、違っていいんだよ、とは言うのですが、
テストの点を聞くと、やっぱり「みんなはどうだった?」「平均点はいくつなわけ?」と聞きたくなるんですよね。でも、そんなのはどうでもいい。一人一人違った才能を与えられて、違ったものとして造られているんだ、そして、それぞれの成長を喜んでいてくださっている。


それを大切にしていきたいと思います。


さて、11月26日(木)の聖書。
エズラ記9:9-15


「その隅々まで、彼らの汚れで満たされている。」11節。

わたしたちは周囲の影響を受けやすい者です。
ある時には君子危うきに近寄らずで、
近寄ってはならない場面があるのだと思います。

でも、またイエスが弟子達をこの世に遣わします、と祈られたように、
わたしたちもこの世に遣わされるのです。

その中で、どのような関わりをすることが適当なのだろうかと思います。
本当に自分の弱さを覚えながら、人々のために、
仕える働きができるようにと祈らされます。

主よ、
あなたがわたしたちをこの世に遣わしてくださっています。
どうか、あなたの光を輝かす使命を果たさせてください。
その中で、この世の影響を受けてしまうことがないように、
いつの間にか支配されてしまうことがないように守ってください。

2009-11-28

大きな神様。

今日の夕方は中高生の集り。
どこから話をしようかと思っていたところに、
思い出した一つのビデオ。


日本の方に「中高生のために」と頂いておきながら、
紹介することがなかなかできずにいました。


探したら、YouTubeでも見つけることができるのですが、
今日のDVDは日本語の字幕も入っています。





上のビデオは最初の10分で、
全体は45分くらいですので、5つくらいのパートに分けられているんでしょうか。


本当に感動しました。
神様がどれほど大きな方で、
どれほど、わたしたちのことを愛しておられるか、
本当にパワフルなメッセージだと思いました。


銀河系の中にある星の数を数えるだけで2500年もかかる、
それほど大きな銀河系は、またたくさんある銀河の中のほんの小さな銀河に過ぎない、
神様の大きさはわたしたちが今まで考えてきたこととはレベルの違う大きさなのだということを思わされます。


その大きな大きな神様がわたしたちに目を留めておられる。
明日のNJでの日本語礼拝にも目を留めておられる。


ワクワクしてきます。


さて、11月25日(水)の聖書。
エズラ9:1-8でした。


「しかも、つかさたち、代表者たちがこの不信の罪の張本人なのです。」2節。

どきっとしますね。
自分が神様に従えないこと、
従えきれないでいること、
それが教会全体に与えているダメージはどれほど大きいか。

もしも、私が個人的なことで、
誰も知り得ないことでも、
また、自分の心の中だけのことで、
誰かに分かち合うほどのことでもない、と思うほどのことでも、
神様に背いていることがあるならば、
それがどれほど教会全体にダメージを与えるか、

そのことを思うと、
本当に神のあわれみなしには立つことができませんし、
主の守りなしには、その罪から守られることもありません。

ただ、真実に主に従う者でありたいと思いました。
祈りのサポートもどれほど必要かと思いました。

主よ、
どうか、私の歩みを守ってください。
私の心を守ってください。
心の奥底まで、きよめられて、
主に従っていくことができますように。

久々の・・・。

27日の夜は
NYフィルでした。






何年ぶりでしょうか・・・。


ムーティ指揮のNYフィルにお招き下さった方がいて、
のんちと3人で、NYフィルというか、ムーティというか、
楽しんできました。
もう、彼はかっこいい。「千秋先輩」よりずっといい。(笑)


ずっと思い出そうとしていていて、
やっとだんだん思い出してきたのですが、
ムーティを聞きに行くのも久しぶり。
そう、日本に彼が来た時、たぶんフィラ管を連れてきた時に、
奮発して聞きに行ったと思うんですよね。


そう、あれは、確か高校生の時。
アルバイトしてお金を貯めて、
行ったような気がする。
チャイコの6番「悲愴」。
華やかでした。そう、華があるって感じ。
重厚さとか、重々しさと言うよりは、華。
今日もそう思いました。


たぶん、日本人の感覚からすると、
ベートーベンはムーティじゃないんでしょうね。
でも、今日は3番。「英雄」。
元々ナポレオンを頭に描きながら作曲したのでしょうから、
華のある彼の指揮はまたそれでいいのだと思います。


そして、音楽もそうなんですが、
前をまっすぐ見据えて、
少し上を向いて歩く、姿勢の良さが、
とてもいい印象です。


今度シカゴの首席になるんですね。


でも、ナマプロオケも本当に久しぶり。
本当に楽しませて頂きました。
感謝。


ちょっとクラッシックがマイブーム(死語?まだ大丈夫?)になりそうです。

さて、11月24日(火)の聖書。
エズラ8:21-36。


「そこで、私はその所、アハワ川のほとりで断食を布告した。それは、私たちの神の前でへりくだり、私たちのために、私たちの子どもたちと、私たちのすべての持ち物のために、道中の無事を神に願い求めるためであった。私は道中の敵から私たちを助ける部隊と騎兵たちを王に求めるのを恥じたからである。」21-22節。

すごいですよね。
王に助けを求めることを恥じて、
神に助けをもとめて、へりくだって出た人々。

王の助けをもらうことが何で恥なのか。
どうして、そこまで神に頼れるのか。

本当に彼らの真実と、強さを感じます。

でも、彼らは王の助けを断ったが故に、
真剣に断食して祈りました。

それくらい、神に真剣に求めることの大切さを思わされます。

わたしたちは人に甘えて、
神に求めないことがどれだけあるでしょうか?

本当に主に求め、主から与えられて歩んでいく者でありますように。

主よ、
わたしたちはどれだけ人に甘えて、
あなたに真剣に求めていないことが、あるでしょうか?
あなたに求め、あなたが与えてくださることを、
見ていくものでありますように。

2009-11-27

敗北宣言。

はい、金曜日の昼前です。
今日の「雨のち雪」の予報ははずれです。
気象庁のスーパーコンピューターも、
AccuWeatherのHenryさんも、
お天気オヤジ・かきごおりも、
常識派に敗北しました。


今日は「曇りのち曇り」みたいです。


あとで、「日々のみことば」も更新しますが、
今は、「月報の原稿」と「礼拝説教」の準備中です。

2009-11-26

感謝、感謝。

トンネルの中で15分ほど待たされましたが、小さな事故があつたようで、その後は順調。

4時からのディナーは、
サンクスギビングとしては、
最高の40人。
たのしくすごしました。

感謝。


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