2009-05-01

祈るということ。

今日は昨日よりもちょっと蒸し暑くなって、
雨がしとしと。
花粉がどんどん流れて欲しいです。


明日も曇りでにわか雨。
明日の夜から、あさってにかけてはまとまった雨になりそうです。


昨日、ある牧師さんと電話で話していて、
本当に励まされました。
自分の働きの中で、一番大切なのは、
「祈り」であることを教えられました。


最初の教会のリーダーたちも、
自分たちの働きの中で絶対に大切なのは、
「御言葉と祈り」であると言っています。


そして、多くの人々が寄せてくる祈りの課題を、
しっかり祈っていたら、あっという間に時間は過ぎていってしまいます。


でも、それが、他のことを置いても第一とすべき、
自分の使命であることを再確認させて頂きました。


祈る者とならせて頂きたいです。


では、昨日の聖書。
昨日は第3ヨハネ9-15節。


「悪を見ならわないで、善を見ならいなさい。」11節。

ここでは、デオペレスの態度、行動が非難されています。
教会を混乱させ、傷つけることです。

でも、そのような行動に捕らえられている人々のようにならないで、
善を行っている人々を見習いなさいと、言われている。

善をもって悪に報いる、
本当に誠実に主に仕えていく者とならせてください。
悪に振り回されない、そんな者とならせてください。

主よ、
あなたを見つめて、あなたに対して誠実に歩ませてください。
人の行動や、言葉に振り回されることがありませんように守ってください。
明日の祈り会を祝福して、共に祈る喜びを与えてください。
祈りが聞かれた!という経験を与えてください。

2009-04-30

Skype会議。

今日も過ごしやすい一日でした。
朝は寒いくらいでしたが・・・。


雨が降る予報が出ていますが、
かなり北の方にそれそうですね。
また花粉を洗い流してくれるほどでもないようです。


明日は気温が少し上がり、蒸し暑い雨になるでしょう。


今年の夏は、JOYJOYキャンプに加えて、
教会に来ている子たちのための泊まりがけのキャンプを、
周辺の教会と合同でします。


今日はそのスタッフがNew HavenからPrincetonまで広い範囲に散らばっているので、Skypeでのカンファレンスをしました。


すごいですよねえ、みんなすぐそこにいるかのように話ができるんですから。


今までも、日本との会話に使ったこともありますが、
今日は4台のコンピューターで6人での会話。
途中、何回か、一人がいつの間にか切れていたり、ということもありましたが
これは、ホント助かります。


今回、もしかしたら当日まで一回も全員で集ることができないかもしれません。
でも、このように共に語り合い、共に祈ることができるのはホントにすごいと思います。


さて、昨日の聖書。
昨日は第3ヨハネ1-8節。


「彼らは御名のために出て行きました。異邦人からは何も受けていません。ですから、私たちはこのような人々をもてなすべきです。そうすれば、私たちは真理のために彼らの同労者となれるのです。」7-8節。

巡回伝道者たちが、他からのサポートをあてにしないで、
ただ、同じ信仰を持つ者たちのサポートだけで、その働きを支えていたことがここに書かれています。

だから、クリスチャンのあなたがたが一生懸命支えなさいと。

私もその支える働きを担わせて頂きたいと思いました。
もちろん、私自身も支えられている身です。
でも、また必要が与えられている中で、
その中で、本当に他からのサポートを当てにしないで、
信仰者からのささげものだけで歩んでおられる方々に対して、
私自身も支える責任を感じさせられました。
いや、支えたいと思いました。

主よ、
あなたの示されたことに感謝します。
あなたが示されたように行動する者でありますように。
あなたがいつもいつも一切の必要を満たしてくださることを感謝します。信頼します。

2009-04-29

テレビの魔力。

今日は急に涼しくなりました。
でも、本当に気持ちよかったです。
これが普通なんですよねえ。


寒かったり、暑かったり、
ちょっときつかったですね。


これからしばらくこのくらいの気温が続きそうなので、
ちょっと疲れが癒せそうですね。


昨夜の雨もパラパラ、程度だったみたいで、
花粉が流れる・・・というところまでは行きませんでしたが、
まあ、涼しくなって、花粉も落ち着いていたと思います。
楽でした。


さて、この前の日曜日は
7時頃にはもう家に帰っていました。
そんなとってもゆとりのある日曜日の夜だったので、
テレビの録画がたまっているのを、見ていました。
先週の「ためしてガッテン」。
これはやられました。
ハンバーグの作り方だったんですが、
これがうまそう!
肉汁があふれ出るようなハンバーグの映像に、
もう我慢ができません。
HPでも見ることができる のですが、
やっぱりテレビでやっているのを見ると、
「これは作らなければ・・・」という気持ちになってしまいます。


あいにくさいわい、月曜日は、のんちが仕事に出て、私が休みの日。
早速、牛挽肉と豚挽肉と、麩とを買って、
レシピの5倍量の肉で、11個のハンバーグを作りました。
1個だけ余ったので、5人で10個食べたってことかな。
ちょっと手間がかかって、疲れましたが、
確かに、今までのと違う。
おいしかったです。
まだ改良の余地はあると思いました。
もっと「生か焼けたか」のぎりぎりのタイミングを見極めるとか、
塩加減をどうするか、ナツメグの量をどうするかとか、
そこら辺はやはり経験というか料理の勘というかなんでしょうね。
でも、たぶん次にやるのは1年後くらい・・・。
勘は磨かれそうにありません。ハイ、マニュアル人間ですから。


でも、作ったあと、やっぱりテレビに踊らされてたなあ、と思いました。


まあ、ハンバーグ作るのは踊ってもいいのですが、
テレビって、ホントに、人を動かす力があると思います。
演出や映像で、ぐんと、「おいしそう」感を盛り上げ、
「作らなきゃ損」と思わせるんですよねえ。
これが悪い風に使われたら大変ですよね。
メディアが守られるように祈らされます。


今頃、日本では麩が飛ぶように売れているんじゃないでしょうか(笑)。


さて、昨日、火曜日の聖書。
火曜日は第2ヨハネ7-13節。


「よく気をつけて、私たちの労苦の実をだいなしにすることなく、豊かな報いを受けるようになりなさい。」8節。

また、自分に欠けているところを示されたように思います。
私はどこまで「よく気をつけて」来ただろうか。
一人一人のSpiritualな状態に気をつけてきただろうか。
労苦の実を台無しにするような場面がどれだけあっただろうか。
それは「大丈夫」と勝手に楽天的に決めつけて、
一人一人のspiritualな状態に気をつけないで来たからではなかったか。

もっともっと注意深く歩むようにしよう。
一人一人の霊的な状態を知り、
そこに祈って行こう。

労苦の実を台無しにしないように。
豊かな報いを受けるために。

主よ、
あなたが教えてくださったことに感謝します。
これからの歩みを導いてくださり、
一人一人の霊的な状態に気をつけ、
心を配ることができますように。
そのために必要なすべてをあなたが与えてくださいますように。



2009-04-28

低金利時代のForever Stamp。

今日はまた暑かった。
最高気温は34.3度。
もう、何だか季節がわからない。


そして、今夜寒冷前線が通るらしい。
是非とも、大雨が降って欲しいところ。
花粉を全部流して欲しい。


家の中が外より暑いから、
窓を開けたら、花粉が入る入る。


そして、明日からは普通に戻る。

助かります。


昨日、教会のためにForever Stampを買ってきました。
これは今の42セントの郵便料金が将来値上がりしたとしても、
そのまま追加料金を払わなくても使える、すごい切手です。
今日、42セントで買った切手が、5月11日には44セントの価値になるのです。
去年の今頃、ちょうど、普通の封書の切手が41セントから42セントになったときに、
これはどれくらい得かと考えましたが、
その時は9ヶ月以内に使う分は買っておいた方が、
そのお金を預金するよりも得、という結論でした。


しかし、前回の値上げからちょうど1周年の5月11日に今回は2セント値上げされます。


42セントから44セントの値上げですから、4パーセント台後半の上げ率です。
それも、去年はオンラインバンクの預金が3パーセントくらいでした。
しかし、今年は私が使っている一番高い利子が付く預金で1.65パーセント。

つまり、このまま低金利が続くとすると、
この切手は2年先まで残っていてもお得、ということです。
「銀行に預けるお金があるなら、Forever Stampを買え!」という状態です。


もちろん、景気が回復して、金利が上がると、あっという間にお得感はなくなります。そういう意味ではノーリスクではありません。
あと、一生かかっても出し切れないほど買っても意味はないです。
ご購入はあくまでも自己責任で・・・。


さて、昨日の月曜日の聖書。
昨日は第2ヨハネ1-6節。


「愛とは、御父の命令に従って歩むことであり、命令とは、あなたがたが初めから聞いているとおり、愛のうちを歩むことです。」6節。

神様の命令は、私たちが神の愛の中を歩むこと。
神の愛の中に生きること。

何かをがんばってすることではなくて、
神の愛の中に安らぐこと。

信頼。
主の前におなかを見せてしまうこと。

主が受け止めてくださるから、
主が受け入れてくださるから、
心にあるありのままの思いを、
神様の前に持ち出すこと。

その愛の中に歩もう。

主よ、
あなたの愛の中に生きることの意味を教えてください。
あなたの愛の中に、平安に歩むことができますように。

2009-04-27

アシュリーのこと。

夜の10時です。
今日は結局家の庭では31.5度まで上がり、
結構暑かったです。
でも、昨日に比べると4度も下がりました。


明日はまた35度くらいいくんでしょう。


でも、この暑さも、明日までです。
そのあとは20度くらいの日が続くでしょう。
過ごしやすい季節です。


昨日、教会のある方から、
アシュリーちゃんが亡くなったんだそうですよ、
とお伺いしました。


以前、何回かフジテレビでとりあげられた難病を抱える女の子。
10代にして体はもう老人になっています。


お母さんが神様に出会って、クリスチャンになられた様子がウェブページに載っていて、
その日本語版がなかったので、「訳していいですか?」と伺って、
教会の月報でもご紹介しました 。


日本に行っている時に、たまたま、
彼女の町、カナダのレスブリッジで日本語教会をされている
牧師さんにお会いしたのですが、
「最近はペットショップのアルバイトもしておられないみたいだし、あまり状態は良くないのかもしれませんね。」とお伺いしていて、彼女ももう17歳。もう厳しい状況なんだろうと思っていました。


今日、検索をかけると、その町の地方紙の死亡広告欄 に21日に召天されたことが、
書かれていました。


また、彼女自身の証 が英語で、書かれています。
2005年に個人的に主を救い主として受け入れた、とあります。


母親のロリーさんと何度かメールのやりとりをしたことがありますが、
日本の普通のテレビ番組で、彼女の信仰の姿勢がちょっと違って報道されていることをお知らせして、彼女も一生懸命番組のスタッフとコミュニケーションを取られたのだと思います。そのあとに出された本にははっきりと、自分たちを支えているのは神様なんだと、明らかにされています。


その今や文庫本にもなっている本、「みじかい命を抱きしめて」 の最後のロリーさんの言葉、それは信仰の告白です。


プロジェリアという病気を解明することは、人の老化を解明することだとよく言われます。人類の永遠の課題である老化を解き明かすために、プロジェリアは神様が遣わされた病気だと言う人もいます。ただ、私にはこう思えてしかたがないのです。短い人生を一生懸命生きることの大切さを教えたい。そして、自らの死や生きる目的を考えてほしい。そうお望みになった神様が送り込んでくれた天使ーーそれがアシュリーなのだ。と。


主の慰めがご一家にありますように。


さて、昨日、日曜日の聖書。
昨日のところは本当に心に語られました。
今日も、何度もその言葉が心に響いてきました。
昨日はゼパニヤ書3章9-20節。


「わたしは、あなたのうちに、へりくだった、寄るべのない民を残す。彼らはただ主の御名に身を避ける。」12節。


寄るべのない民・・・他に頼るもののない民、ということでしょう。
その時に、ただ神様を頼るしかない。
それこそが、神様の祝福の道なのだということですね。

私には他に神様以外に頼るものがあるだろうか、と思います。
お金も、能力も、・・・でも、やっぱり自分がすぐ頼ってしまうのは、
「人」なんじゃないか、と思います。

人に頼って、「あの人がいるから大丈夫」と思うこともたくさんあります。
でも、頼ると神様に取り去られてしまうんですよね。
ああ、それは困る。じゃあ、頼りにしないようにします。
ん、でも「それじゃ困る」と思うこと自体、頼りにしている証拠ですね。

頼りにして、寄りかかってしまうのではなくて、
互いに神様を頼りにする同労者として、
神様の前に恵みを受ける者として、
「主にあって」信頼して行こうと思います。

主よ、
あなた以外のもので、私が頼りにしているものはないでしょうか?
あなたを頼りにして、あなたに信頼して歩む者とならせてください。

アスパラ毎日収穫中。

今朝は爽快な朝です。
どんなに昼間が暑くても、朝は15度くらいで気持ちがいいのが、この季節です。
今は朝の9時で、20度。
今日は30度までいかないだろうと言っていましたが、
どうなんでしょうかね。
この「プチ熱波」、明日までのようです。
そのあとは過ごしやすい春の日が続くようです。

昨日は夜10時頃に更新して、
11時頃には寝てしまったので、
朝起きるのが本当に楽でした。
起きたらメールがたくさんたまっていましたが(笑)。


庭のアスパラですが、
鉛筆サイズから親指サイズまで、
ここ3日ほどで30本近く穫れています。
このアスパラ、勿論ちゃんとやろうと思えば、手もかかるのでしょうが、
うちで食べる分には、一度植えてしまうとホントに手間いらずです。
5年目の春だと思いますが、だんだん太いのが増えてきています。
そして、アスパラはコーンと並んで穫りたてがホントに甘い作物です。
路地植えできるちょっとしたスペースがある方、
それから、「手間掛けられないんだよねえ」(性格的または時間的に)
という方には一押しです。

さて、おととい土曜日の聖書。
おととい、4月25日はゼパニヤ書3:1-8。

「それゆえ、わたしを待て。──主の御告げ── わたしが証人として立つ日を待て。」8節。
主が証人になってくださる。
私たちが一生懸命自己弁護したり、
一生懸命主義主張を振り回したりしなくても、
主が証人になってくださる。

それを「待て」と主は言われる。
この国に生きていると、
そのことを忘れていることがどれだけあるだろうか。
いや、待っていたり、自己主張しないでいることが、
愚かであるかのような気持ちにもなる。
でも、ある時には待つこと、
ある時には、主が証人になってくださることを信じること、
その大切さを思わされた。
主よ、
あなたが私の証人となってくださること、感謝します。
待つことの大切さも教えてくださってありがとうございます。
あなたに信頼して、
自分のエネルギーを正しい方向に用いていくことできるように導いてください。

2009-04-26

あちい。

昨日は32度くらいだったと、
今朝の未明の更新では書きましたが、
実は、我が家の庭は34度までいっていました。
そして、今日はもっと暑かったです。
なんと35.6度でした。


いや、ホントに勘弁して欲しい、暑さでした。


明日はちょっと一息みたいです。
30度まではいかなくて、28度くらい。


でも、火曜日はまた暑いらしい。


今日の礼拝は暑い+昨日荷物を新しいオフィスに運んで、
片づけの続きをしたのですが、
そこの換気が余り良くないために、また1ランク暑い。
プラス今日は地下のジムが使えない。


ホントにきつい一日でした。
でも、ホントにいつもいつも当たり前のように、
自分たちのもののように使わせてもらっていることのすごさを
改めて感じました。


そして、昨日も、今日も、汗を流してくださった皆さんに感謝。


今日は疲れをためないように早く休もうと思います。


さて、おととい、金曜日の聖書。
金曜日はゼパニヤ書2章4-15節。


「これが、安らかに過ごし、心の中で、『私だけは特別だ』と言ったあのおごった町なのか。」15節。

私はこのような言葉を読むたびに、
今のアメリカのことを思います。

スペインもイギリスも一時期、世界を支配しているかのように見えました。
でも、それは一時期に過ぎませんでした。
遡れば、ローマ帝国も、ペルシャやアッシリア、バビロンなどの国々も、
モンゴルから、中国やヨーロッパに広がった元の国も、その繁栄は一時期でした。
でも、今、アメリカの没落を想像できる人がいるでしょうか?
「このくには特別だ」と人々は思っていないでしょうか?
自分はどうだろうかとも思います。
いつの間にか、特別な者であるかのような勘違いをしていて、
やがて、自分たちの繁栄も終わりの時が来る、
すべては一時的なのだ、とわかっているでしょうか?
主の前にへりくだることの大切さを思います。
ただ、主の前に小さき者であることを認めて、
主の導きの中で歩んでいく者でありますように。
主よ、
どうか、あなたの御手の中で生かしてください。
あなたの支えなしに、守りなしには一瞬たりとも、
歩むことができない者であることを、
日々忘れることがありませんように。

夏が来ました。

12時を過ぎました。
だから、昨日のことになるのですが、
ほんとに来ましたね。夏。

昨日は30度どころではなくて、32度くらいまでいきました。

ちょっとまだ礼拝の準備がちゃんと終わっていないので、
更新はまた今日の夜あたりになると思います。

では、礼拝が豊かに祝福されますように。

2009-04-25

夏が来ますよ~。

今朝は寒かったです。
「霜注意報」でしたが、
ホントに霜が降りていました。


でも、昼間はぐんぐん気温が上がって25度。
そして、明日は85度Fの予想をあちらこちらの天気予報が出してきていますが、
これはぎりぎり20度台。
86度Fが30度Cです。
まあ、ほぼ30度まで上がる、ということです。


でも、今日も感じたのですが、
このように急に暑くなると、
外は暑いんだけど、建物の中は妙にひんやりしていたりしますね。
着るものの調節が難しいです。
お風邪などおめしになりませんように。


日曜日、月曜日も同じくらいかそれ以上の暑さの予報です。


さて、今日は早速聖書。
昨日のところですね。


昨日はゼパニヤの1章14節~2章3節。


「主を尋ね求めよ。義を求めよ。柔和を求めよ。」3節。

ちょっと前に、「あなたは義を行っていない」と迫ってくる人がいました。
お話を聞きながら、あまりに一方的な、「義」の理解に閉口しました。
神様を利用して、自分の考えを押しつけるのが一番いけない、
と私たちはよく思うものですが、
自分がそこに陥っている時には、なかなかそれに気が付かないものです。

私たちが「義」を振り回す時に、
それが自分の考えた「正しいこと」になりやすいのが、私たちの常。

だから、本当に注意しなければ、と思います。
神の義を求める、それが大切だと思います。
自分がそう思うから・・・ということを超えて、
神様が願われるところに生きていく、
自分勝手な思いが忍び込んでくる危険をいつもいつも意識しながら、
だからといって、「わからないよ」とあきらめないで、
主が何を願っておられるのかを、ぎりぎりまで求めていく。

そのように主を求めていく者でありたいです。
神の義を求めていく者でありたいです。

そして、「柔和」を求める。
「何でもいい」じゃない、
ホントに人を愛して、人を受け入れていくのは、
無責任に「何でもいい」「何も言わない」のではないのです。
これも、主の柔和さを教えて頂きたいです。

主よ、
あなたの義を求めます。
自分の義ではなくて、
自分の考えではなくて、
あなたが願われること、
あなたの目に正しいことを、
行う者でありますように。

2009-04-23

NYの祈り会。

今日は夕方からきれいに晴れました。
明日の朝はちょっと寒くなるようで、
霜注意報が出ていますが、
昼間は暖かくなり、
月曜日にかけて30度を超える温度になるようです。


毎年のように、5月頃に「春がなくていきなり夏」みたいな日はあるのですが、
今年は4月のうちからそうなりそうですね。


さて、昨日から、毎月第4週の水曜日の夜7時から、
NYで祈り会が始まりました。
毎月どこかの祈祷会に出席して頂きたい、
と訴えながら、何年が経ったでしょうか。
NYでは朝7時半から2週間に一回祈り会を持っていますが、
朝は大変な方も多く、
今までの予定に加えて、
月に1回はNYで夜の祈り会をすることになりました。
NYに用事がない方も、
是非、この日についでを作って、
NYで共に祈りましょう。
場所はミッドタウンのデリの2階。
公共の場なので、余り派手にはできませんが、
それほど混んでいるわけでもなく、
共に近況を分かち合い、
聖書を読んで祈り合う分には問題はないと思います。


やがて、このような場所で、日曜日に礼拝ができたらなあ、
と思わされました。


さて、昨日の聖書。
昨日はゼパニヤ書1:1-13。


「その時、わたしは、ともしびをかざして、エルサレムを捜し、そのぶどう酒のかすの上によどんでいて、『主は良いことも、悪いこともしない』と心の中で言っている者どもを罰する。」12節。


結局神様はなにもしない・・・と思っている者たち、
それも、傲慢にそう思っている人たち、
なめてかかっている人たちのことを裁くと主は言われる。

これは、主は決してなにもなさらないのではない、
という決意の表れ、
主は断固として、正義をなさる、
はっきりと正しいことをなさる、という、宣言。

だから、私たちはそれに信頼して、
ただ、主から与えられた使命を果たしていく。
主が「あなたは私に従ってきなさい」といわれた言葉を、
他の誰でもなく、自分に対する言葉として、
受け取って、従っていく。
その大切さを思わされました。

誰かと比べる必要もない、
ただ、主に真実に従っていけばいい。
主は祈りに応えて正義をしてくださる。
それを信頼していきます。

主よ、
あなたの真実に感謝します。
どうか、あなたのめぐみを語り続ける者としてください。
あなたに忠実に従っていくことができますように。


また明日。

せっかく追いついたのですが、
また夜更かしになってしまわないように、
更新はまた明日にします。

では、おやすみなさい。

2009-04-22

アスパラとチューリップとりんご。

かきごおり家の庭の春の風物詩。
アスパラが芽を出してきました。
あと2-3日で初収穫です。


そして、ほったからかしのチューリップ。
新しい球根を植えても、リスにほじくられて、頭に来るばかりなので、
数年前に植えたあと、毎年そのままにしているのですが、
何とか、今年も花をつけてくれました。


庭掃除をしなければ・・・と思いつつ、
昨日の休日にできなかったので、ちょこちょこ時間を見つけて、
やらないと・・・です。


そして、りんごですが、
昨日の10億ダウンロード、
カウントダウンのサイトのカウンターではあと825万ダウンロードまで迫っていて、
今夜のうちかなあ、と思っているのですが、
これはどれだけリアルタイムなんでしょうか?


もちろん、一度読み込んだら、その読み込んだペースでカウンターは自動的にカウントしていくんでしょうから、正確な数は5秒おきとか10秒おきに再読込のボタンを押さなければいけないのだと思いますが、
だとしても、どこまで正確なんでしょうかねえ、これ。正確だとして、タイムラグはどれくらいあるのでしょうか?


「全然でたらめじゃない?」とかいうことも言われていたり、
「いやあ、ちゃんと正しい数を言っているでしょう、勿論、10億回目にヒットするかどうかは運次第だけどね」とか、言う人もあり・・・。


でも、世界で100万人の人(いや、もっと多いかも・・・)がこのカウンターを信じて今夜あと数時間起きていたとして(いや明日の夜かもしれません・・・今のペースのままだと28時間後。)、今だ!という瞬間にみんなが一斉にダウンロードしたら、どうなるんでしょうね。サーバーダウンしないのかな?そしてダウンしなかったら、一瞬に100万くらいカウンターが進む!と言うことが起るのでしょうか?ちょっと興味あり。


さて、今日の聖書。あ、やっと追いついた!
今日はハバクク書3章。


「 しかし、私は主にあって喜び勇み、私の救いの神にあって喜ぼう。」18節。

そう、私たちの喜びはどこまで行っても主にある。
主のもとにこそ、私たちの喜びがある。
他の楽しみ、他の喜びはその主の元にある喜びの前では全くかすんでしまう。

もっともっと主にある喜び、
もっともっと主のもとにある感謝、
感じていたいし、
表していきたい。

主が私と共にいてくださるから、
主が私を救ってくださったから。

主よ、
あなたが与えてくださる喜び、
あなたと共に歩む喜びの故に感謝します。
それをもっともっと表していくことができますように、
わたしの内にあなたの喜びを満たしてください。

2009-04-21

15年ぶりの・・・

今日は思ったよりも暖かくなって、
天気もほぼ守られて、今、夜の11時前ですが、
雷が鳴って、雨が降り出しました。


明日も今日みたいな天気でしょう。
大体一日大丈夫なんですが、
午後から夜にかけて雷雨。


なんて書いていたら、外は雹が降ってきました。


今日、ハジがアトランタから帰ってきました。
そして、夜家族会議をして、
もう、迷いはない、という、本人の気持ちを聞いて、
アトランタの大学に行かせることにしました。


早速デポジットを払ったのですが、
私自身が15年前に修士をもらった大学。
15年ぶりにその宛先を家計簿につけた時に、
さすがに感無量でした。


・・・まあ、この感無量・・・はたぶんこの一回だけで、
次回からは「え?また!?」と思うでしょうけど。(笑)


感想は、
「虫がでかい」「虫が多い」だそうです。
忘れていましたが、そうでしたね。
夏の間は fire antに大騒ぎをしていたことを覚えています。


いい経験をしてくれることを祈ります。


さて、昨日の聖書。
昨日はハバクク2:12-20。


「 まことに、水が海をおおうように、地は、主の栄光を知ることで満たされる。」14節。

この地に主の栄光があふれる。
人々が主の栄光を見る。
それは本当に私たちの希望、私たちの夢。私たちの祈り。

本当にその日が来て欲しいと思う。
神様がご自身のすばらしさを表してくださって、
私たちが一生懸命「神様はね・・・」って言わなくても、
人々が「主はすばらしい」と言うような時が。

ここまで書いて、
でも、主はやはり、私たちの姿を通して、
私たちの言葉を通して、
私たちの生活を通して、
その栄光を表そうとされている、
そのことを思わされました。

ですから、私の祈りは、
あなたの栄光を表す時に、
私の存在も、是非、是非、用いてください。
神様、あなたにとってはその必要はないかもしれませんが、
是非、私をも用いてください。

主よ、
どうか、あなたの栄光を表してください。
できれば、その時に、
私の存在も、そのために用いてください。


2009-04-20

いびき感知ソフト。

でた~!
こういうの待っていたのです。
いびき感知・抑止ソフト・・・iPhone用。 
いびきを感知したら、バイブレーションで刺激を与えてくれるだけではなくて、
回数、時間、音の大きさを記録してくれる。


録音まではしてくれないようですが、
99セントなんで、早速今夜から使ってみようと思います。
え、記録を公開?それはちょっと・・・。考えてみます。


ん?でも公開が4月1日?怪しい?


あと、このApp Storeですが、
10億ダウンロードを記念して、
10億回目のダウンロードをゲットした人が10万ドル分の・・・うそ、1万ドル分の商品券とコンピューターなどをもらえるプロモーションをしています。
ただいま(午後10時28分)986,175,×××ダウンロードまで行っています。 
あと1380万回のダウンロードが進むのはいつなんでしょうか?
明日あたりと考えているのですが・・・さてどうなるでしょうか?
直前になるとねらいを絞ってスピードが落ちるのか、それとも、世界中からのアクセスでスピードが上がるのか・・・。


私も今夜これから1回分、貢献することにします。AntiSnore。


さて、今夜3回目の「日々のみことば」の更新。
昨日、4月19日の聖書。
昨日はハバクク2:2-11。


「もしおそくなっても、それを待て。それは必ず来る。遅れることはない。」3節。

私たちの時間の物差しはとても短くて、なかなか待てない。
「どうしてですか?」「いつまで待てばいいのですか?」「あなたは聞いてくださらないのですか?」と何度主に叫んだことでしょうか?

でも、主は主の決められた時に、必ず主の御業をなしてくださる。
このハバククにとっては、カルデヤ人に対する正しい裁きだけれども、
私たちにも主はその御業をなしてくださる。

だから、安心して、信頼して、祈り続けよう。
主の時がやってくるのを、
主が御業をなしてくださって、
私たちがそれを見ることができるのを・・・。

主よ、
私の時間の物差しと、
あなたの時間の物差しの違いをいつも覚えていることができますように。
あなたが応えてくださることを、あなたの御業をなさることを、
待ち望んで祈っていきます。

安全地帯。

今日、2回目の更新。


さっき、2週間前の「プロフェッショナル」を見ていました。
「人を育てる」という特集。


その中で出てきたのは「安全基地」になる、ということ。


子供なり、仕事上の部下なりが挑戦できるように、
安全基地になることが大切。
「うまくいかなかったら、あそこに帰ればいい」と思うと、
新しいところに挑戦ができるようになる。


そうですよねえ・・・。


神様が安全基地、
教会が安全基地、
かきごおり家が安全基地、


そんな風になればいいなあと思います。


自分はやっぱり神様が安全基地かな、
だからrisk-takingができる。

主に育てて頂いています。ハイ。


10時前から雷雨になっています。


さて、土曜日、4月18日の聖書。
ハバクク1:12-2:1。


「 彼は、このすべての者を釣り針で釣り上げ、これを網で引きずり上げ、引き網で集める。こうして、彼は喜び楽しむ。それゆえ、彼はその網にいけにえをささげ、その引き網に香をたく。」15-16節。

これ笑っちゃいますよね。
網に生け贄をささげるだなんて・・・。

でも、私たちは結構これをやっているかもしれませんね。
神様以外のものを神様にする・・・。

神様の道具を神様よりも大切にする。
それは誰か人間だったり、組織だったり、
モノだったりする。

ただ神様だけを頼りにして、
神様だけに目を向けていくことができますように。

主よ、
どうか、私があなたの道具をあなたよりも大切にすることがありませんように。
あなたを信じ、あなたに仕えていくことができますように。

元気がない時に行きたいところ。

今日はホントに寒いですねえ。
一日10度未満。
今、夜の8時半ですが、6.8度。
一日雨でした。


でも、明日は雨も降りますが、ずっと降っているのではなくて、
温度もぐっと上がりそうです。


でも、雷雨もあるかも。


今日は地区の日本語牧師会があったのですが、
まだまだ、なんだか、いつまでもですが、
日本の時からの疲れを癒し中、リハビリ中で、
月曜日が唯一の休みの自分は、
できれば休みたかったです。


そりゃ結局は行ったのですが、
そんな時に行きたいところはどこだろうか、
そんな時に、「そうだ、こんな気分の時は、あそこに行きたい・・・」と思うような場所に
教会がなっているだろうか・・・そう考えさせられました。


そして、たとえ、その時は「あんまり気が進まないけど・・・」と足を引きずりながら行ったとしても、
帰る時に「ああ、行ってよかったなあ」と思えるような空気や言葉ってなんだろうと思いました。


それは「自分が弱さを告白しても受け入れられるところ」なのかな、と思います。
弱さを認めても、安全なところ。攻撃されないところ。
あからさまな攻撃がないだけじゃなくて、「今日の自分みたいなネガティブモードに入っている人間には居場所がないよねえ」と思わされないところ。


「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」とのイエスの言葉を思い出させられます。


そう、こんなこと書くと、「だいじょうぶ?」って心配されちゃうかもしれませんが、「心配」さえもされないで、「そういうこともあるよねえ」とさらっと流してもらえるようなところかな。だって心配されるってことは「期待」に沿っていないことだし、「本来のあるべき姿」から落ちているということだもんね。そして、心配される側が心配する側よりちょっとレベル的には「下にいる」って感じもするし・・・。でも、それがやだというならば、それはとってもプライド高いから?


ああ、でも書きながら、「牧師らしくないじゃん」と言い始めるもう一人の自分がいたりする。


まあ、とどのつまりは、そんなことまで全部含めて、「そういうときってあるよねえ」ですませてくれるようなところ。


地区の日本語牧師会もそのような場になりますように。


さて、先週金曜日、4月17日の聖書。
金曜日からは「ハバクク書」に入りました。
まずは1:1-11。


「驚き、驚け。わたしは一つの事をあなたがたの時代にする。それが告げられても、あなたがたは信じまい。」5節。

神様は私たちの考えを遙かに超えてことをなしてくださる方。
私たちは神様に自分の考えを押しつけることがどれだけあるだろうかと思う。
でも、主はその私たちに対して、
どこまでも、驚くようなこと、
私たちの考えを超えるようなことをしてくださる。

今までもどれほどそんなことがあっただろうか?

だから、これからもその神様の御業に驚いていく人生を送らせて頂きたい。

主よ、
あなたが驚かせてくださることに感謝します。
どうか、私の人生、もっともっと驚きが与えられますように。

家族。

今日は思ったほど寒くはならなかったけれども、
昨日までの暖かさが一段落。


明日はやはり雨で、冷えそうです。


今日はイースターの次の日曜日。
私はいつもこの日曜日はトマスの日曜日だと思って過ごします。
イエスがよみがえった日の夕方に弟子たちに現われたところに、
たまたまトマスがいませんでした。


トマスはイエスのよみがえりを喜ぶ他の弟子たちの言葉が信じられなくて、
「私には信じられない。そのイエスの手の釘あとに、脇腹の傷に手を入れてみないと、信じない。」そういいきりました。


でも、主はそのトマスにも現われてくださった、
それがイースターから1週間後の日曜日。

私の大好きな日曜日です。


今日のメインイベントは一人の姉妹の教会への転入会でした。
私は教会員かどうかが大きな壁になってはいけないと思っています。
できる限り壁は取り除きたい。そのように思っています。
ですから、イースター礼拝に教会員の数の倍の人数が出席されたことは、
私たちにとって、大きな希望であり、誇りです。


でも、教会員になられた方々は、
やはり教会を特別に愛し、仕えることを表明された方々。


今日、その姉妹がメンバーになられたことを、
心から喜びました。


今日はハジを大学見学に送って、いよいよアイツを他の地に送り出すことが現実のものになってきたことを、心から感じた日。その日に、新しい姉妹をお迎えしたことはこれからの私たちの歩みのための神様の約束を感じさせられる出来事になりました。


さて、先週水曜日の聖書箇所は当日に分かち合っているので、
先週木曜日、4月16日の聖書。ヨハネ21:15-25。


「わたしの来るまで彼が生きながらえるのをわたしが望むとしても、それがあなたに何のかかわりがありますか。あなたは、わたしに従いなさい。」22節。

私も、すぐに「あの人はどうなんですか?」と思いやすい方だ。
すぐ人のことが気になる方だ。
でも、イエスは言われている。
「あなたは私に従いなさい」と。

他の人にはその人への主の導きがある。
主の用い方がある。
私はただ、主に従えばいい。
自分の与えられた使命に生きていけばいい。

自分と神様との関係に生きることの大切さを思わされる。

主よ、
あなたが共にいてくださること、
あなたとの関係に生かされていることに感謝します。
人の人生を尊重すると共に、
自分の人生をあなたの導きに従って歩んでいくことができますように。



2009-04-19

まるで夏。

今日は予想通り25度を突破。
我が家の庭の最高気温は27.2度でした。


これは6月並の気温です。


いやあ、ここまで暖かくなると解放感に満たされます。


なんだか、もう野外礼拝をしたい!
バーベキューをしたい!
JOYJOYキャンプをしたい!
って感じですが、


この天気も今日まで。
明日からはまた10度台前半の天気が続きそうです。
そして、月曜日に至っては、7度だそうで。それも一日雨。
雪にならないのが救いって感じでしょうか?


ハジは今日の午後、一人でアトランタに出発しました。
明日は3歳まで通っていた教会の礼拝に出る予定です。
去年、その教会の牧師をされていたご夫妻にはお会いしたのですが、
礼拝に出るのは15年ぶり。
「ボクのこと知っている人いるかなあ。『覚えている?』って聞かれたらどうしよう?」と心配していましたが、まあ、アメリカの日本語教会は入れ替わりが激しいので、ほとんどおられないと思いますし、3歳のことを覚えていなかったからといって問題になることは何もありませんが・・・。でも、覚えていてくださる方々がおられたら、私たちはホントに心強いです。
いい経験をしてきてくれることを祈ります。


さて、4月14日(火)の聖書。
4/14はヨハネ20:24-31


「私の主。私の神。」28節。


これはトマスの「神の前の畏れ」を表す言葉だと思う。
あの「俺は絶対信じない、イエスの手の釘あとに手を入れてみない限り・・・」と啖呵を切っていたあのとき、あの場所にも、目に見えなくても、確かにイエスはおられて、私の話を聞いておられた、私の話をただ、黙って聞いておられた。それを感じたのではなかっただろうか?
本当だったら、あそこで私は神に撃たれて死んでいても文句は言えないのに、主は私を赦してくださった、そんな思いもあったかもしれない。

復活のイエスにお会いする、
それはうれしいことだけれども、
わくわくすることだけれども、
ただ、それだけですむことはない。
やはり、そこには聖なるものに触れる恐れがある。

明日の礼拝も、そのような聖なる方に触れる時となりますように、
復活の主にお会いする喜びと共に、
「我が主よ、我が神よ」とひれ伏す者たちが起こされますように。
明日、網をおろす勇気を与えてください。
そして、網が一杯になるように、あなたが御業をなしてください。

主よ、
明日の礼拝を祝福してください。
あなたの臨在を経験する時となりますように。
「我が主よ、我が神よ」との信仰告白を与えてください。

2009-04-17

暑いくらい。・・・だけど。

いやあ、今日は汗ばむくらいでしたね。
最高気温は23度を超えました。
でも、でもですよ。
今朝、車のガラスには霜が降りていました。
最低気温は0.7度。
この温度差にはカラダがおかしくなりますよね。


今、夜中の1時前ですが、
外はまた冷えてきました。
でも11度。
明日の朝は7-8度はあるでしょう。


だとすると、スタートが今日よりもかなり高いから、
昼間は25度突破は確実です。
半袖ですね~。


でも、でもですよ。日曜日からまた冷えてきて、
月曜日は一日10度以下です。
カラダ、気をつけて下さい。


今日も朝と夜、集会がありました。
どちらもどちらかというといつも来られている方々が、
集われました。


それぞれに集会を愛して、
その時間を楽しみにして集ってくださる方々がおられるのは
とてもうれしいことです。
それ故に毎回が真剣勝負です。
でも、先日のみことばが、私を支えます。
自分のがんばりではなくて、
神様の導きに従って、網をおろしていく。


これからも、主に祈って答えをもらっていこうと思います。


明日の午後、ハジをアトランタに行かせます。
日曜日は向こうの日本語教会で礼拝を守り、
月曜日には大学のOpen Houseです。
もしも、そこで特に不安になるようなことがなければ、
その大学に進みたい、と思っているようです。


主がその心に語ってくださり、
どのような決断をしたとしても、
平安と確信を与えてくださいますように。


さて、4月13日(月)の聖書。
月曜日にはヨハネ20章11-23節を読みました。


「父がわたしを遣わしたように、わたしもあなたがたを遣わします。」21節。

神がイエスを遣わしたような遣わし方で、
わたしたちを遣わしてくださる。

私たちを主は用いようとされている。
この一週間そのことを強く感じさせられた。
主は私たちがこの世に対して、
出会う方々に対して、インパクトを与える者となるようにと、
願っておられる。

そして、父なる神がいつも子なるイエスと共におられたように、
主が、私たちと共にいてくださる。
いつもともに行ってくださる。

場が盛り上がるかどうかが大切なのではない。
どんな会話がそこでされて、心に触れる働きができるかどうかだ。

主が用いてくださることに感謝。

主よ、
どうか、私をあなたの僕として用いてください。
あなたのことを伝える者としてください。
本当に魂に触れる働き人とならせてください。
あなたの御業を見せてください。
遣わしてくださることに感謝します。

2009-04-16

春ですね~。

予報通り一気に春になりました。
今日は朝から晴れて、
朝は1度まで下がったのですが、
昼間はぐんぐん気温が上がって、
19度まで上がりました。


一気に春です。


いっぺんにいろんな花が咲き競っています。
写真が撮れればいいのですが、
今日はできませんでした。


でも、ホント、気持ちがいいです。
私が花粉症で苦しんでいる木の花はまだ咲いていないので、
この数日はなんとか、春を楽しめそうです。


今夜は冷えて、今、夜の11時ですが、6度。
明日の朝はまた2-3度まで下がりそうです。


でも、明日の昼間は確実に20度を超えます。
いいですね~。


今日は我が家での家庭集会の2回目。
今日はまた、たくさんの方々が来られました。
特に小学生の子供を持つお母さんたちがたくさん。
皆さんのお話を聞いているだけで、
いろんなことを考えさせられます。


皆さん、こちらに来られて、
子供たちが学校に行き始めて、
苦労しながら、がんばっておられる。


教会の存在が、わたしたちの存在が、
少しでも助けになれば、
そして、神様のことをお伝えすることができれば、
と思います。


昨日の、「網をおろしてみなさい」との言葉、
深く心にとどまっています。


さて、戻って、イースターサンデー、4月12日の聖書。
4/12はヨハネ20章1-10節。


「だれかが墓から主を取って行きました。主をどこに置いたのか、私たちにはわかりません。」2節。
マグダラのマリヤにとっても、
イエスの復活は簡単には信じられなかった。
まず、石がどかされているのを見て、
「誰かがイエスのからだを持っていった」と決めつけた。

イエスが復活するなんて、考えられなかったのだった。

そう、イエスの復活は人間の常識を越えている。
「普通そうは考えないだろう」というレベルのこと。
マリヤの思いこみの方がずっと常識的だった。

でも、それが常識的だろうが何だろうが、
本当に起ったことではなかった。

本当に起ったことは、復活だった。

そのわたしたちの考えを超えたことをしてくださる主の力を感じました。
主の大きさを感じました。

わたしたちの頭で思いつくことではない、
わたしたちが一生懸命考えて、出る結論を超えることを、
主はしてくださる。

その復活の力が、わたしの内に与えられている。
その復活の力が、教会にも注がれている。

明日も2つの集会があります。
主が本当にわたしたちの考えを超えたことを、してくださいますように。

主よ、
あなたのなさることは、わたしたちの考えを超えています。
復活はその頂点です。
その力が、今も、わたしたちのうちに注がれていることに感謝します。
明日の集会一つ一つにも、そこに集う一人一人にも、
私の考えを超えた、不思議なことをしてくださいますように。