2009-12-19

すごいところもあるみたい。

今日の雪。
1時頃に降り出す、という話だったのですが、
2時頃にちらほら。
本格的に降り出したのは夜の7時頃でした。
今は本降りですが、8ー10センチくらい。
念のために、中高生のクリスマス会と、夜の祈り会は中止。
無理じゃなかったかも知れませんが、
万が一、のことがあると、大変ですので・・・。


でも、NJの南の方は、朝からかなり激しく降っていたようで、
50センチを超えているところもあるようです。


この後、明日の朝には雪も上がり、
JOYJOYクリスマスは予定どおりできると思います。
でも、人によっては「車を掘り出す」という感じになる人もいると思います。
14年前のBlizzardはまさにそんな感じでした。
あれも週末でしたよね。
日曜日の朝から降り出して、月曜日の昼まで、降って、60センチ以上積もりました。
明日の朝、そんなことになっていませんように・・・。


さて、今日の聖書。
今日は詩篇の78:12-29でした。


「これは、彼らが神を信ぜず、御救いに信頼しなかったからである。」22節。

彼らの問題は、欲張ったことなのか、
それとも神様を信頼しなかったことなのか。

今までどちらかというと「欲張ったこと」が悪かったのだと、
そんな印象が強かったのですが、
それよりも、神様を信頼しなかったことが問題だった。

本当に主に信頼して歩むことの大切さを思わされます。
だから、欲張らないで、
「どうせ神様はそこまではしてくださらない」と最初からあきらめてしまうのも、
主は悲しまれるんですよね。

だから、大胆に主に願い求めて、
主から答えを頂いて、
主の大きさを信頼して、
歩んでいきたいと思います。

主よ、
あなたを信頼します。
あなたが豊かな方で、
あなたが私を愛しておられ、
私に最善をしてくださる方であると信じています。


どうか、私があなたの力を小さく見てしまうことがありませんように。
あなたの大いなる力を拝させてください。
どうか、一切の必要を満たしてください。




雪降った。

夜の10時半ですが、
かなり激しく雪が降っています。
今、3inchくらい積もっています。


- Posted using BlogPress from my iPhone

Winter Storm Warning発令中。

日本で言うと「大雪警報」でしょうか。
明日・・・いや、日付が変わってしまったので、今日の昼から、日曜日の朝まで、30センチくらいの雪が降る予報が出ています。


今日の午後は中高生のクリスマス会があるので、なんとか、天気がもって欲しいところですが、確率的にはかなり厳しいです。


日曜日の朝には峠を超えているので、JOYJOYクリスマスは大丈夫だと思いますが、雪かきが大変だったり、車を出すのに時間がかかって、出足がにぶるかもしれません。祈らされます。


NYを挟んで反対側にある、ロングアイランドには、Blizzard Warningが出ています。


今、夜中の1時ですが、デラウエア州まで雪が上がってきています。
12時間後にはこちらも降りだすと思います。


さて、昨日、18日の聖書。
今日から、詩篇の78篇を読みます。
今日は78:1-11です。


「エフライムの人々は、矢をつがえて弓を射る者であったが、戦いの日には退却した。」10節。

ああ、自分が使命とするところで、まさにここ一番というときに、彼らは退却してしまった。逃げてしまった。でも、これは私にもあるのではないかと思わされる。本当に踏ん張るべき時、そして、それも自分しかその使命を担えないとわかっているような場面で、ふんばりが聞かない。それはなんだろうと思う。主を信頼することだろうか、自分の使命感の明確化だろうか。

主が用いようとされるポイント。
それを見極める目。それも必要だと思わされた。

勇気と愛を与えていただきたいと思う。

主よ、
私に勇気を与えてください。あなたの使命をしっかりと受けとめ、ここ一番の踏ん張りどころを見極め、そして、踏ん張る力も与えてください。
そして、愛を与えてください。愛をもって出て行く者とならせてください。

2009-12-17

週末の雪。

今日は寒かったです。
昼間の最高気温が氷点下0.8度。
今、夜中の12時で、-7.5度まで下がってきています。
明日の朝は-9度くらいでしょうか。



週末の雪ですが、
だんだん予報は悪い方に向かっています。
DCの方がもっと降るようですが、
その後、こちらの方にどれくらい広がってくるか、がコンピューターモデルで分かれています。
NAMは30センチ以上で、暴風。
GFSは5-10センチくらい。


まあ、すべては明日の夕方にはわかってくると思いますが、
さて、どうなるか。さすがにJOYJOYクリスマスができなくなるほどの大雪だけは勘弁して欲しいです。


今日のJOYJOYキッズクラブはLeonia。
久しぶりにLeoniaのキッズクラブにたくさんの皆さんが集まってくださいました。
元々コチラの方にはもっともっとたくさんの日本人の方々が住んでおられるはず。
戦略的には大切な働きだと思うのですが、
祈りつつ、進めていきたいと思います。


さて、今日の聖書。
今日はネヘミヤ記の最後。13:15-31でした。


「私の神。どうか、このことにおいてもまた、私を覚えていてください。そして、あなたの大いなるいつくしみによって私をあわれんでください。」22節。

今までは、ここは、自分は一生懸命神様に仕えていますから、
どうか、私を認めてください、みたいな気持ちで読んでいて、
それもどうかなあ、と思っていたのですが、
今日、もう一度ここを読んだときに、
自分が厳しい判断をしたときに、
厳しいことを言ったときに、必ず不安を感じたり、
きつく言い過ぎたかな、と思う、その中で、
神様に、私の心守ってください、と、
切実に主に求めている言葉に読めてきた。

本当に、真実に主に従っていく、
主の御心を求めて、それに従っていくのは、
決して楽なことばかりではない。
決して楽なことではない。

でも、そこで堅く立っていくことができるようにと祈らされる。

主よ、
どうか、私の心を守ってください。
私があなたに従うことができますように。
あなたの願うことを行っていくことができますように。
どうか、あなたの恵みを注いでください。

2009-12-16

毎日がクリスマス。

寒くなってきました。
日本も冷えているようですが、
こちらも寒いです。
今朝は氷点下2度まで下がり、
昼間は2.5度どまり。
そして、今は夜の11時を過ぎていますが、
-3.5度です。


明日も寒い一日となります。
そして、週末。JOYJOYクリスマスがあります。



ちょっとだけ、雪の恐れがあります。
大丈夫でありますように。


ここのところ、毎日、クリスマスのメッセージを語っています。
その中で、イエスが来てくださったことに感謝する、という意味では、
毎日がクリスマスなんだと思わされます。


そして、イエスが私達と共に歩んでくださったことの中に、ここ数年のテーマでありながら、まだ回答を模索中の「servant leadership」についての、ヒントを与えられているように思います。すべてが試行錯誤、失敗だらけですが、主の導きを待ち望みつつ。


今日の聖書。
今日はネヘミヤ13:1-14。


「これより以前、私たちの神の宮の部屋を任されていた祭司エルヤシブは、トビヤと親しい関係にあったので、トビヤのために大きな部屋を一つあてがった。その部屋にはかつて、穀物のささげ物、乳香、器物、および、レビ人や歌うたいや門衛たちのために定められていた穀物と新しいぶどう酒と油の十分の一、および祭司のための奉納物が保管されていた。」4-5節。

ひどい話だ。
でも、どこかにありそうな話でもある。
神様のために捧げられた場所に、
有力者が部屋を自分の為に確保していたのだ。
そして、そこに関わっていたのが、
その神殿の管理を任され、
責任を与えられていた祭司だった。

小さなところから、破れが始まる。
そして、その小さな拠点から、堕落が進んで行く、
サタンはそこに要塞をつくる。

そのような事にならないように、筋を通して行くこと、
本当に大切な使命だと思う。
責任を思わされました。

主よ、
あなたに任されたものを、正しく守っていくこと、
あなたのものをあなたのものとして守っていくことを、
ただただ、忠実にさせてください。

2009-12-15

帰ってきた。

今日の夜、ハジが4ヶ月ぶりに帰ってきました。
それぞれ、することがあったし、
ハジも疲れていたようで、今日のところはすぐに寝たみたいです。
というか、部屋に入ったあと何をしているかは知りませんが・・・。


ま、ゆっくり過ごしてもらいたいです。


それはそうと、松井くんは帰ってこないみたいですね。
まあ、予想はされていましたが、こんなにあっさりと決まるとは。


早速、サキに、「どこを応援するの?」と聞かれてしまいましたが、
なんといっても、松井くんのおかげというか、
松井くんのバットのおかげというか、
それでブレーブスからヤンキースに乗り換えたわけですからねえ。


ここで、またブレーブスに戻るか、エンジェルズに着いて行くか、それとも、ヤンキースに踏みとどまるか。まあ、次にバットを飛ばしてくれたチームにしてあげよう、ということで。(笑)


今日はハジも驚くくらいの暖かさでしたが、
今は真夜中の12時で4.3度。
このあと、グッと冷え込んできて、明日は寒い一日になりそうです。


さて、今日の聖書。
今日はネヘミヤ記の12:27-47。


「こうして、彼らはその日、数多くのいけにえをささげて喜び歌った。神が彼らを大いに喜ばせてくださったからである。女も子どもも喜び歌ったので、エルサレムの喜びの声ははるか遠くまで聞こえた。」43節。

主が与えてくださる喜び、
私達を喜ばせてくださる喜び、
それは単になにかいいことがあるとか、
楽しいことがあるとか、
そういうこととはレベルが違う。

いや、もちろん、他愛のない話題も好きだ。
ただただ、単純に楽しいのも好きだ。
バーレーンのサッカーも、
寝言の話も好きだ。

でも、その楽しさ、とはまた一線を画す、
「喜び」というのがある。

主が私をすくってくださった、
私のために命を捨ててくださったことについての喜び、
今も、私を愛してくださっていることを知った喜び。

ああ、喜びを与えてくださる主に感謝。
私がもっと大きく、もっと素直に、喜びを表すことができますように。

主よ、
あなたの与えてくださる喜びに感謝します。
明日も、あさっても、その次の日も、
その喜びを伝えることができる幸いを感謝します。
どうか、これからも、この喜びに生かしてください。

2009-12-14

Google音声検索再び。

はい、今日も夕食時に、挑戦しました。Google音声検索。
「発音の難しい単語」で検索して、出てきた言葉に挑戦。


今日は、「literally」です。意味は「文字通りに」「誇張なしに」「正確に」ですね。


ちなみに、検索エンジンの問題なのか、私の発音の問題のなのかをチェックするために、
子どもたちにもやってもらいました。ユキは1回目はeconomy、でも2回目でliterallyと正解。
サキは、食べるのが遅いので、食べることに集中させるために途中で諦めましたが、3回くらいでギブアップ。


さて、私です。


1回目・・・ユキを超えるか・・・attorney・・・うーん、まあ最後のyが当たっているからね。good start!
2回目・・・economy・・・お、またまた最後が同じだし、何よりも、ユキの1回目と同じじゃないですか、と言うことは、次か?
3回目・・・negroni・・・???カクテルの名前、また、イタリアの靴メーカーみたいです。
4回目・・・gmmb・・・????母音も発音したのですが・・・いや、「ジーエムエムビー」と認識した?
5回目・・・mick and eddie・・・3語ですか。うーん、母音は合ってる?
6回目・・・david levy・・・チェスの名人で、まだ、それほどコンピューターが力をつける前に、コンピューターと戦った人。
7回目・・・economy・・・2回目。
8回目・・・matairie・・・ルイジアナ州にある町の名前。ニューオリンズ郊外。人口14万人。
9回目・・・e 30・・・ここまで来たか。「イーサーティー」・・・でもちょっと似ているかも。
10回目・・・liberty・・・お、君も、とうとう最初の「l」を認識してくれたんだね!今までで一番近い感じがする・・・。
11回目・・・economy・・・またお前か。
12回目・・・the dirty・・・あまりいい言葉じゃない、っぽい。
13回目・・・italy・・・「t」と最後の「ly」が当たっていますね!近いかも・・・。
14回目・・・little Italy・・・なんか、予感がしていました。これ来るなって。最初の「l」も当たっていますからね。ほんと近くなってきました。
15回目・・・bakery・・・あ、また遠くなった。
16回目・・・b 30・・・今度はbですか。
17回目・・・ちょっと疲れ気味・・・niggardly・・・語源的にはぜんぜん違うのですが、音が似ているので、人種差別の関係で、問題になることがある言葉だそうです。
18回目・・・bakery・・・2回目。
19回目・・・330・・・サーティシリーズの新しいパターン。
20回目・・・Kennedy・・・皆さんご存じの人名。ああ、そろそろやめようかなと言う気持ちになり始めている。
21回目・・・830・・・またまたサーティシリーズ。
22回目・・・pekingese・・・犬の写真が出てきて、サキが興奮する。無類の犬好き。でも、ぜんぜん違うじゃん。今までの中で最悪。
23回目・・・literally、おー!突然、出ました!本人もびっくり!literally!すごーい。なんで?なんで?ペキニーズの次に何で正解が出ちゃうわけ?でも、人生、大体、そんなもんなんでしょうね。「惜しい、もう少し」ってあとは方に力が入ってダメで、全然だめじゃん、みたいなことの次は、開き直りって言うか、肩の力が抜けて、「おー、やったじゃん!」みたいなことが起こる。


いやあ、疲れました。
ほんと、でも、20回目くらいでもうだめかな、と思ったのですが、
諦めないでトライし続けた甲斐がありました。


さて、
とうとう追いつきました。今日の聖書。
今日はネヘミヤの11:1-12:26。
いつになく長い聖書箇所でした。
「日々のみことば」では、ものすごい細かい字で、読めない~。


「民のつかさたちはエルサレムに住んでいたが、ほかの民は、くじを引いて、十人のうちからひとりずつ、聖なる都エルサレムに来て住むようにし、あとの九人をほかの町々に住まわせた。」1節。

この時代、よく神の思っておられることが何かを知る手段として、「くじ」が用いられました。
そして、「日々のみことば」の中にありましたが、
エルサレムに住むことは名誉なこと、というよりも、色々な困難があり、行きたがる人はあまりいない中で、くじをひいて、その責任を負う、ということだったようです。

だとすると、いわゆる「しいられた十字架」ですよね。

でも、本当に私達が歩んでいるなかでそういうことがある。
願っていることではなくて、しいられて負うこともある。

でも、それも主のみ手の中にあることであって、
その中に隠されている祝福がある、というのです。

喜んで負えないこともある。
でも、それを負わせられるのは主ご自身。
そこに主のみ手を見て、主のなさることを待ち望んでしたがって行く者でありたい。

主よ、
あなたが負わせられること。
試練、困難、痛み・・・その中にあるあなたの宝を信じる者でありますように。
そして、その宝を見逃すことがありませんように。

夫・・・って何?

ちょっと前に、Googleで「夫」と入力してその後にスペースを入れると、一緒に検索される言葉の候補として何が出て来るか、ということが話題になっていましたが、今でも、一番多いものとして「嫌い」というのが出てきています。そして、同じことを「妻」でやると、「プレゼント」が出てくる・・・。


夫が嫌いで悩んで、そんな悩みを匿名で吐露する妻たちと、妻へのプレゼントを思いつけないで、でも、本人に聞くのはプライドが許さず、ネットなどにアイディアを求めてしまう夫たち。


もっともっとコミュニケーションが必要ですね。はい。他人事ではありません。


でも、今日は、その話は掘り下げないで、
ちょっと違う話。


そんなことをしながら、「夫」だけ入れたときに必ず上位で紹介されるのが
「夫の寝言」というブログ
すごいです。本にもなったみたいですが、
確かに、このご主人の寝言もすごいです。
でも、それだけだったら、「やばいんじゃない?」で終わってしまうかもしれませんが、
奥さんのおおらかさと、寝言に対するコメントがいい。


楽しませていただきました。


・・・ちょっと「自分はどうだろうか」と心配になっちゃいましたが。(笑)


さて、12月13日(日)の聖書。
13日はネヘミヤ10:1-39


「たとい、この地の民たちが安息日に、品物、すなわち、いろいろな穀物を売りに持って来ても、私たちは安息日や聖日には彼らから買わない。」31節。

ここらへんは、日曜日は食料品以外は買うことができません。
アメリカの中でも特に厳しい地域ですね。
別に今は、クリスチャンが多いわけではないと思いますが・・・。

自分が売らないだけではなくて、売りに来る人がいても買わない、ってすごいことだなあと思いました。

ユダヤ人の方々は今も、土曜日の安息を守っている方が多いですが、
でも、そのために他の人が働くことを否定はしていないと思うし、
そのサービスに助けられている人も多いと思います。
交通関係の仕事や、エレベーターのボタンを代わりに押してくれる人や、
そういう人達のサービスを受けて、彼らは安息日を守っています。

でも、この聖書の例では、
そういう人々のサービスも受けない、ということなのだと思います。

徹底している。

自分なんか、こういう徹底している姿を見ると、
自分の甘さを思わされます。
自分がいかに人との関係において、神様との関係を犠牲にして、
疑問を持ちながら、人とうまくやっていくことを考えてしまいやすい者かと、
思わされます。

真実に主に従うものでありたいと思います。

主よ、
あなたに単純に従うものでありますように。
妥協を求める誘惑から守ってください。

ああ、そこでブレーキ踏んじゃダメ。

今朝は1度くらいだったのですが、
車のフロントガラスもガチガチ。
そして、ドライブウェイもつるつるでした。
一般道は塩をまいてあったみたいで、大丈夫でしたが。


昼間は曇りがちでしたが、気温は10度近くまで上がりました。


今は夜の10時前。
気温は5度くらいあります。


明日は昼ごろから、冷たい空気が入ってくるみたいです。
今週後半は冬の寒さが戻ってきそうです。


でも、昨日のようなFreezing Rainは一番怖いですよね。


Youtubeでicy roadで検索をすると、
black iceで車がスケートリンクの上を走るような映像が出てきます。
それに「fun」とかいう題をつける人の感覚がわからないので、
ここには紹介しませんが、紹介するのはblack iceではなくて、雪道の映像。








ほんと、傍で見ていると「ああ、そこでブレーキ踏んじゃダメ」と思うんですよね。(もちろん、降りたり、自分の片足を地面につけて、止めようなんて思ったって無理です・・・)でも、自分も絶対、踏むと思います。14年前だったでしょうか、雪の多かった冬、大学のそばの道で、凍った道路で滑り始めたときに、やっぱりブレーキを必死に踏んで、ハンドルをぎゅーっと切っていた自分がいました。しっかり、雪の山に突っ込みましたが、他に車のなく、雪に埋まってしまうこともなく、難を逃れましたが、あそこで、他に車がいたら、「あ~あ」でした。


でも、最近の車で、anti-lock-breakのある車は逆に踏んでた方がいいんですよね。
「急ブレーキを踏んだらガタガタいうので、慌ててブレーキから足を離してしまう」ということもあるみたいですが、確か、教会の車はALBつき、でもうちの車はついてない。つまり自分の乗っている車がALBがついているか、ついていないか、とっさに判断して、教会の車では踏みっぱなし、うちの車ではポンピングブレーキ、なんてことをしなければいけないんですね。はい、気をつけます。


さて、12月12日(土)の聖書。
ネヘミヤ9:23-38


「それで、彼らは食べて、満腹し、肥え太って、あなたの大いなる恵みを楽しみました。しかし、彼らは反抗的で、あなたに反逆し・・・」25-26節

神様の恵みをいっぱいにもらった人々。
しかし・・・
という言葉が続きます。

このしかし・・・ですよね。問題は。
決して人の事を責めることなんかできない、
自分自身の姿を個々に見るように思います。

よく「神様の愛を知ったら、応えないでいられない」なんて言ったりしますが、でも、私達、いつの間にか、それを忘れてしまう、それを当たり前のようにしてしまう、ということの方が本当みたいです。ですから、やはり、いつもいつも意識して、神様がどんなに豊かな愛を注いでこられたか、どんなに多くのものを与えてくださっているか、思い出す時が必要なのだと思います。

もっともっと、主の恵みを知って、感謝して歩めますように。
それに応える者とならせてください。
自分自身を捧げる者とならせてください。

主よ、
どうか、あなたの恵みを、あなたの愛を、もっともっと味わわせてください。
そして、自然にそんな気持ちになるのを待っているのではなくて、
勇気を出して、あなたに応える者とならせてください。

アドベント3週目。

連日の夜半過ぎの更新です。


昨日の朝は-6.6度まで下がりました。
その後気温は上がって、午後には+になったのですが、
さすがに、雨が降り出したときはFreezing Rainだったようです。
アチラコチラで、事故があったみたいでした。


夜には雨も上がり、12時過ぎですが2.9度。
朝はまた凍結が心配です。


昼間は晴れて暖かくなるでしょう。


さて、昨日はアドベントの第3主日。
聖書日課、今週の分はこちら。


今週はイザヤ書9章の救い主の4つの称号に注目しながら、黙想します。


さて、12月11日(金)の聖書。
ネヘミヤ9:1-22でした。


「四十年の間、あなたは彼らを荒野で養われたので、彼らは何も不足することなく、彼らの着物もすり切れず、足もはれませんでした。」21節。

ここは、神がいかに、イスラエルの民を支え導かれたか、
どれほど愛のうちに養われたか、
それが告白されています。

その中で、旅を守り、旅の間中、必要を与え続けてくださったことが
具体的に告白されています。

私の人生もここまでずっとそうだったなあと思います。
主がいつもいつも必要を満たし続けてこられた、
いつもいつも、必要なものを与え続けてこられたことを、思います。

でも、やはり荒野は荒野。
痛みも悲しみも、つらいこともありました。
でも、そこでも主がおられるから大丈夫。
主がおられるから、それで十分。

そこに目を留めて、
そこに目を注いで歩みたいと思いました。

主よ、
あなたがいつもいつも必要なものを与え続けてくださることに感謝します。
どうか、これからの生涯においても、あなたが与えてくださいますように。
あなたが満たし続けてくださいますように。
何よりもあなたご自身を求めます。
どうか、あなたご自身の豊かさを味わわせてください。

2009-12-13

寒いんですが、雨。

日付が変わって、13日になりました。
昨日は寒い朝で、-7.4度。
でも、昼間は、2.4度まで上がって、風も収まったので、
ずいぶんましになりました。
今は-4.1度です。


で、今日、日曜日ですが、
こんなに寒いのに、雨の予報が出ています。
まあ、助かるんですがね。


暖かくなってから降りだすので雨だそうです。


さて、なかなか追いつかないですが、
12月10日(木)の聖書。
木曜日は8:9-18でした。


「捕囚から帰って来た全集団は、仮庵を作り、その仮庵に住んだ。」17節。

聖書の言葉を聞いた人々は、
その御言葉に従いました。

そのひとつが、この仮庵の祭り。
先祖が荒野の旅をしたことを記念して、
その中で神様が守ってくださったこと、
そして、私達がこの地上では旅人であることを思い、
この祭りを祝いました。

今でも、NY周辺では、ユダヤ人の間で仮庵の祭は祝われていますが、
何故か、仮庵の中で住むことはないようです。

ちょっと食事をするくらい。

でも、彼らは住んだ、
そして、荒野を旅をすることの意味を、
そして、この地上で旅人の生き方をするのはどういう事なのか、
神様の守りを信頼することの意味を、
経験させられただろうとお思う。

私達も御言葉に従っていくこと、どれほど大切な事だろうかと思った。

主よ、
あなたの御言葉にしたがって歩ませてください。
単純に。タダ単純に、御言葉に従う者とならせてください。
その中にあなたの恵みを知ることができますように。

2009-12-12

御言葉を求めて。

またまた、日付が変わってしまいました。
12日の午前12時9分。
今朝というか、昨日の朝というか、11日の朝は寒かったです。
-6.9度で、風が強くて、体感気温は-15度位だったとか。
最高気温は-0.1度。この冬初めての真冬日でした。
そして、今、-4.5度。
風が収まったのであまり寒くは感じないのですが、
12日の朝は、風がない分だけ11日よりももっと冷え込みそうです。


昼間でもこちらの最低気温並という中西部の寒さには比べものになりませんが、
ほんとに寒いです。


さて、早く追いつきたかったのですが、この時間は1回分だけ更新。

11月9日(水)の聖書。
ネヘミヤ記8:1-8。


「民はみな、いっせいに、水の門の前の広場に集まって来た。そして彼らは、主がイスラエルに命じたモーセの律法の書を持って来るように、学者エズラに願った。」1節。

人々は聖書の言葉を求めている。
人間の経験ではなくて、
人の言葉ではなくて、
牧師の所感ではなくて、
神の言葉を求めている。

勘違いをしないように・・・と思わされました。
素直に忠実に、
聖書の言葉を解き明かす、
ストレートなメッセンジャーとならせていただきたいと思います。

時々、「話術」にたけた方がいらっしゃると、
その影響をうけることもあります。
でも、そういうことよりも、
自分が神様から御言葉をいただいて、
主から語られて、そのことを大胆に語る。
そのような働き人にならせていただきたいです。

主よ、
どうか、私にいつもいつも御言葉を語ってください。
そして、主からいただいたことを、ストレートにお伝えるすることができますように。
主の恵みを語ることができますように。

2009-12-10

激冷え込み中。

今日はスカッと晴れましたが、
風も強く寒かったです。
今は夜の10時ですが、-2.3度です。


明日の朝は、-6度くらいまで、いや多分もっと下がるでしょう。
そして、明日は一日氷点下です。


さあ、今日3回目の「日々のみことば」の更新。
12月8日(火)の聖書。
ネヘミヤ7:5-72。


「これらの人々は、自分たちの系図書きを捜してみたが、見つからなかったので、彼らは祭司職を果たす資格がない者とされた。」64節。

自分たちの出自はこうだ、と思っていても、
それを証明するものが見つからないときに、
彼らは祭司の働きをすることができなかった。

そこには厳しさを感じます。
決していい加減ではすまされない、真剣なものです。

私達も神のものとされています。
それを確かに証明するものが必要です。
それは御言葉であり、聖霊様です。

イエスを信じている人は救われる。
罪を告白する人は赦される。
それらは神の約束です。
それがあるから、私たちは大丈夫です。
御言葉を信頼すること、
御言葉を信頼して歩む人たちを育てること、

大切な使命だと思わされています。

主よ、
あなたの御言葉を信頼します。
御言葉には命があります。力があります。
だから、御言葉を信頼して、あなたのモノである幸いを感謝します。

iPhoneのGoogle検索で英語の発音チェック。

iPhoneのGoogleアプリで、音声検索ができる、と知ってやってみた。


しゃべった言葉で検索してくれる。


まずは英語に設定して、
Japanese Christian Church of New Jersey.
これは一発で成功。



在米17年。
英語はペラペラで、
日本語は危なくなっている、なんてことはない。


でも、何故か、
日本語に設定を変えて、
「ニュージャージー日本語キリスト教会」と言うが、
ご覧のように、
ニュージャージー 顔文字 ビスタ 教会
というわけわからぬ言葉の羅列に・・・。



で、子どもたちも巻き込んで、英語の発音の練習。
私の苦手としている発音を集中的に。
まずはリス。squirrel。
子どもたちは難なく、一発クリア。




でも、私はダメでしたねえ。
ll, go, spell, scroll, girl, gong, skull, ga, skull art, guam・・・など、13回誤認識、というか、
正しい発音ができなくて、ちゃんと認識してくれない。
14回目でやっとsquirrelと認識してくれたときには「ランランラー、めっちゃ風邪ひいて~ん」状態でした。


続いて、子どもたちのリクエストで「チョコレート」。
そう、chocolate・・・。
いつか、子どもたちに、アイスクリームを頼むときに、笑われたやつ。


これはdecorate, subway, tublate, catholic・・・と続き、5回目でやっと認識。


続いて、バニラ、vanillaをトライしたのですが、
これはmanilaとか、bananaとか、いろいろあったのですが、
ユキやサキもみんなうまくできない・・・。
大体最初の音をvに認識してくれない。
3人で30回以上トライしたと思いますが、
最後はユキが決めました!


家族ではまりました。
iPhoneだけではなくて、Androidでもできるみたいですね。
こうやって遊んでいるうちにGoogleに声紋まで取られるのかと思いますが、
ここまで来たら、もうどこまでも差し上げてしまいましょう。


さて、12月7日(月)の聖書。
ネヘミヤ6:15-7:4。

「太陽が高く上って暑くなる前に、エルサレムの門をあけてはならない。そして住民が警備に立っている間に、門を閉じ、かんぬきを差しなさい。エルサレムの住民のうちから、それぞれの見張り所と自分の家の前に見張りを立てなさい。」3節。

ネヘミヤの注意深さに脱帽。
ユダヤ人の中にも、反対者トビヤとつながっている人達がいる中で、
そのことをしっかりつかんで、対策を講じている。

そして、町を守るための策を信頼できる人々に、
具体的に授けている。

自分が今までしてきたことは、
「教会を守る」ための事だったんだろうか。
自分の甘さは、
自分を守ろうとして、人を守ることができないでいたことではなかったか。

町を守るために必死だったネヘミヤ、
知恵を持ってそれをしていたネヘミヤから学ぶことが多いと思った。

主よ、
私が大切なものを大切に守っていくことができますように。
決して自分を守るために、大切なものを守ることが疎かになってしまうことがありませんように。
愛と勇気を与えてください。

見極める目。

木曜日の朝。
きれいに晴れました。
冷え込みもそれほど強くなく、
2度くらい。


でも、今日はこれからあまり気温は上がらないみたいです。


「日々のみことば」の分がたまってしまっているのですが、
数日前の聖書箇所を思い出しながら・・・というのは、
これがまたストレスになりつつありますので、
追いつけるようにと、隙間の時間を使って、更新。

12/6(日)はネヘミヤ6:1-14。


「私にはわかっている。今、彼を遣わしたのは、神ではない。彼がこの預言を私に伝えたのは、トビヤとサヌバラテが彼を買収したからである。」12節

あなたの味方だよ、と言ってきたこのシェマヤの意図を
ネヘミヤは見ぬいて、その罠にはまらなかった。
こういう所を読むとうーん、と唸ってしまう。

誰をも信じて、騙されても信じていきたい、
という気持ちが自分の中にはある。

でも、サタンの計略を見極める目が必要なんだ、ということなんでしょう。

それに、もしかしたら、自分が人を信じたい、ということの中には、
人の心を知ろうともしないで、盲目的に信じたい、というレベルなのかもしれません。

もっともっと人を愛し、人を知ることに熱心な者であることができますように。

主よ、
私に注意力を与えてください。
大切なものを守る、情熱を与えてください。
そのために、人を知る愛を与えてください。

2009-12-09

怒り、考え、非難する。

今朝起きたら、雪が積もっていました。
かなり激しく降ったのでしょう。
もう朝起きたときにはミゾレに変わっていて、
朝、教会から帰ったときには雨に変わっていましたが、
結構シャーベット状になって足元がとられました。


昼ごろには雨もやんで暖かな夜です。
11時を過ぎた今も、外は4度あります。


明日からは寒くなるようです。


さて、今日は早速聖書。
12月5日(土)の分です。


「私は彼らの不平と、これらのことばを聞いて、非常に怒った。私は十分考えたうえで、おもだった者たちや代表者たちを非難して言った。」6-7節。

ネヘミヤは人々の姿に怒りを覚えた。
でも、ただ怒りに任せて言葉を発したのではなく、
「十分考えた上で」主だった人たちを非難した、という。

怒ってはいけないわけではない。
正当な怒りもあるだろう。
でも、怒りに任せるのではなくて、
一時考えることがどれだけ大切だろうか。

それも、自分の中で煮詰まってしまったり、
怒りが燃え上がってしまうような形で考えるのではなくて、
やはり、神のみ心を求め、
神に聞く、その姿勢が大切だと思う。

非難することもある時には勇気がいる。
神様から勇気をいただいてモノの言えるものになりたい。

主よ、
どうか、私の心を守って、
怒りに支配されないようにしてください。
そして、あなたが願われること、
あなたが与えてくださる使命に生きる者でありますように。
ある時には恐れないで非難ができる者とならせてください。

2009-12-08

Google日本語変換・・・なんだか楽。

今は夜の9時前で、気温は2.7度。
降りだすのは雨なんでしょうかね。
12時前には降り出しそうです。


先週の木曜日に公開された、
Google日本語入力。
使っておられますか?


新しいもの好きで、かな~りGoogleに洗脳されている私(これを書いているのもGoogleのChromeというブラウザ。IEなんかはずっと前から使っていない・・・)は、金曜日に導入して、「まあ、試しに・・・」と思っていたのですが、もうやめられません。


MSの標準のIMEは本当に使いづらくて、2002年にATOKを買って使い始めて、その快適さに慣れていて、もう7年もたつから、新しいバージョンにしようかなあ、と思っていた矢先のこのGoogle日本語入力。


なんといってもタダですからね。


そして、何よりも「楽」。
何も考えないで打って、大体問題なく、変換してくれます。
人名などは本当に大体出てきます。
ただ、人名で候補が200個くらいある場合には、
1文字目の漢字ごとに候補をまとめてくれると助かります。(ATOKにはある機能)
たとえば、「ひろかず」とかいうお名前だとすると、「広一」「裕和」「博寿」とランダムに並びます。(多分多い順)ATOKだと、最初の文字を揃えて表示してくれる機能があるのです。(広一、広和、広数・・・」という感じ)
要望は、それくらいでしょうか。


ですから、この例外をのぞけば、ストレスなしに文章を打つことができるので、いつの間にか、もうはまってしまっています。
WindowsのIMEをそのまま使っている方は、ぜひ、試してみるべきです。
ま、人生のかなりの部分をGoogleに握られているような気がしてきて、不愉快だったり、将来のセキュリティに不安を覚える方は、ATOKを使われたらいいかもしれません。(ちょっと前までは、すべてがMicrosoftに握られているような気がして、不愉快でしたけどね・・・)


さて、12月4日(金)の聖書。
ネヘミヤ4:15-5:5


「ときに、民とその妻たちは、その同胞のユダヤ人たちに対して強い抗議の声をあげた。」(5章1節)

外敵との戦いに明け暮れているネヘミヤにとって、
内側の問題が出てきたことはどんなに大きなチャレンジだっただろうかと思う。
だいたい共通の敵があると、結束が固まるもの。
でも、ここで、人々から不満が沸き上がってきた。
いや、考えてみれば、今まで我慢してきたことを、
ネヘミヤさんだったら聞いてくれるかもしれない、
という空気ができたのかもしれない。

風通しをよくした方がいいとはよく言われる。
でも、それによって表面に出てくる問題もあるだろう。
内側で、ふつふつとしているよりいいのかもしれないが、
表面にでてくることによって、乱される心もあるだろう。

そういうこともある、ということを忘れないでいたい。

主が導いてくださることは、
何でもうまく行くと思いたい。
でも実際はいろいろな問題に翻弄される。

そんな時に、「こんな問題が起こるなら、こんなことを始めなければよかった」などと思わないことが大切だろう。

そんな中でも変わらず主は導いてくださっている。
それを信頼して、平安をいただこう。

主よ、
どんな中でも、あなたに従っていくことができますように。
あなたに従うときに、問題も出てくることを、覚悟して歩めますように。

あと一週間。

今日の朝は0度くらい。
昼間も6度くらい。
いい天気でした。
嵐の前の静けさ。


今日、アイオワとか吹雪みたいです。
その低気圧が、コッチの方に進んできますが、
こっちは、主に雨。
今夜の降り始め、最初だけちょっと雪も混じるかも。
でも、風が強そうです。


その後、木曜日からはガチ寒くなります。


今日はサキの学校に保護者面談に行ってきました。
午後6時から。
こんな時間にやってくれるなんていいですよね。
自分が子供の頃の日本は、昼間しかなかったのでは・・・。
今はどうなんでしょう。


で、お決まりの言葉、「おとなしい」って。
ハジの時も、もちろんユキの時も言われました。
何なんでしょうねえ。ハジもサキもうちでは決しておとなしくないんですが・・・。


で、このサキ、作文なんかもを見ても、
なんか、自分の気持を表現するのが苦手っぽい。
そういえば、自分もそうだったなあと、思い出しました。
「昭和××年××月××日、××小学校4年1組一行は、社会科見学に行った。最初に見たのは汚水処理場で、一人の生徒が(実は自分)、気分が悪くなったけれども、無事見学を終えた。次に行ったのは・・・」みたいな、新聞記事を見本に作文書いてたもんなあ。


それで、サキの先生、「もっと自分の気持を書いてごらん」と言ったそうだ。


その中で出てきたのが、
「ハジがいなくなって、静かになったけど、ちょっとさびしい。クリスマスまで帰ってこないのか。一緒にいたときにはおもっていなかったけど、いなくなって、どんなに一緒に遊んでくれたかがわかった・・・」という英語の作文。


グッときました。


そのクリスマス休暇まであと1週間。


さあ、みんな、正直に自分の気持を表すんだよ!


さて、12月3日(木)の聖書。
ネヘミヤ4:1-14。


「そこで私は、民をその家族ごとに、城壁のうしろの低い所の、空地に、剣や槍や弓を持たせて配置した。私は彼らが恐れているのを見て立ち上がり、おもだった人々や、代表者たち、およびその他の人々に言った。『彼らを恐れてはならない。大いなる恐るべき主を覚え、自分たちの兄弟、息子、娘、妻、また家のために戦いなさい。』」(13-14節)

恐れている人々。
その人々を励まし、立たせる言葉を彼は持っていた。
それは「主を信頼しなさい」。

私自身、人を励ます言葉の少ない者だと反省する。
それはもしかしたら、自分がなにか励ますべき何かを持っていなければいけないような錯覚に陥っているからかもしれない。

ほんとうは、「主を信頼しなさい」、それだけで十分なはず。
主を見上げて、主を信頼して歩んでいくこと。
それを励ましていく器とならせていただきたい。

主よ、
あなたを信頼する者とならせてください。
あなたを信頼するようにと人を励ますことのできる者とならせてください。
あなたを信頼したくなるように人の心を自然と動かせる者とならせてください。

2009-12-07

刷り込みの力。

今朝は寒かったです。
朝は氷点下3度。昼間も4度止まり。


明日もそんな感じでしょう。
そして、明日の夜から雨。
最初は雪も混じるかもしれませんが、
基本的には雨です。


厳格な人、というイメージの強いジャン・カルバンは、
日曜日を祈りと遊びで満たしたといいます。
遊びの大切さ、いつも思わされます。


で、今日は、ちょっとここに埋め込むのは、心理的な抵抗があるくらい、
しょうもない、笑いのネタを。そういうのが嫌いな人はクリックしないでくださいね。
でも、私はかなりはまりました。


http://www.youtube.com/watch?v=-0jCWkM15ag
(結構大きな音が出ますから、仕事中の方や、やっと子どもが寝たばかりの方は要注意、あ、でも、音を消すと意味が無いから、音を出していいタイミングでクリックしてくださいね。)


サッカーの試合の劇的な場面を興奮して中継しているアナウンサーの言葉なんですが、
これ、字幕見ながらだと、ほんとにそう聞こえちゃいますね。
でも、音だけ聞いていると、何度聞いても、日本語には聞こえない。(笑)
だから、この字幕入れた人の才能に関心すると共に、
刷り込みの力って、すごいなあ、と思いました。
音だけだと、全然そう聞こえないのに、字幕が出てくると、
本当にそれっぽく聞こえちゃうんですから・・・。
こういうの、心理学的になんか、専門用語があるんでしょうかね。


時々、「思い込み」でどうにもこうにもコミュニケーションができなくなる場合があります。
どんなに説明しても、丁寧に話しても、先入観を持って聞かれると、全然理解してもらえなかったり、全然話していないことを、「こんなこと言われた」なんて伝わっていたりします。


もちろん、自分もやっているんだろうなあと思います。


コミュニケーションは奥が深い・・・。


さて、11月2日(水)の聖書。
ネヘミヤ3:1-32でした。


「こうして、大祭司エルヤシブは、その兄弟の祭司たちと、羊の門の再建に取りかかった。」1節。

多くの人々が城壁の再建のために協力しました。
ある人は魚の門。
ある人は泉の門。
・・・
そして、
ある人たちは「糞の門」という名前の門の担当だったりします。

それぞれがそれぞれの役割をにない、
役割を果たしました。
それぞれの担当が詳しく書かれています。

先日もどなたかが言われていましたが、
私達は、この名前を読み飛ばしてしまうけれども、
ここに自分の家族や自分の先祖の名前がある人は、
一生懸命探すだろうなあと思います。

そこには汗を流し、犠牲を払った人々の歩みが、
ぎゅっと詰まっているのです。

私達も、名前が残らなくてもいい、
本当に主に忠実に、自分の与えられた使命を果たさせていただきたい、
そのように思わされました。

主よ、
一人ひとりが、神様からの使命をいただいて、
それを十分に果たしていくことができますように。
与えられた持ち場立場、引き受けることができますように。

2009-12-06

冬がやってくる。

ほんと冬がやってくるみたいです。
昨日の雪はたいしたことはありませんでした。
5-10センチなんて全然積もりませんでしたよ、ここらへんは。


でも、今日も明日も、あさっても最高気温は5-8度くらい。
夜は冷え込みます。今、夜の11時ですが、氷点下1度。
でも、木曜日くらいまでは、
そんなに本格的な寒さではありません。
そのあと、今週末から来週にかけては昼間が0度くらい。
最低は氷点下10度くらいみたいです。


アドベントの第2主日になりましたが、
例年より1週間遅れで、アドベント聖書日課をスタートしました。
リンクはコチラ
ちょっとわかりづらいかもしれませんが、
両面印刷でプリントアウトすると、
折ったときにブックのようになります。
まあ、アメリカの紙のサイズなので日本では上手くいかないかもしれませんが、
パズルをしているつもりになって、チャレンジしてみてください。


さて、11月1日(火)の聖書。
ネヘミヤ記2:11-20。


「天の神ご自身が、私たちを成功させてくださる。」20節。

ネヘミヤの働きに反対する人々の言葉は、
キツイ言葉だ。
でも、ネヘミヤはびくともしなかった。
それは神様が成功させてくださる、
という確信があったから。

私は人の言葉にいろいろチャレンジを感じる。
自分が弱いから。
だから、ある時は頑固になり、ある時は優柔不断になる。
本当に神様への信頼に支えられていたら、
そんなことにはならないだろうなあと思うほどに、
意固地になったり、反対に流されたりする。
人の言いなりになることさえある。

自分と神様との関係が問われている。
神様との関係の中で、平安をいただいて、
確信に立って歩んでいかせていただきたい。

主よ、
このネヘミヤの確信を、その平安を、
私にも与えてください。
弱い私をあなたの力で立たせてください。
恐れではなくて、愛で満たしてくださいますように。

2009-12-04

自分で言わなければ・・・。でも・・・。

1週間くらい前に、小学校の経験から、
「自分のことは自分でいうことが大切」ということを、
書いたばかりなのですが、
「気持ちを読んで欲しい」というのは日本人の甘えだ!みたいに断言したのですが、
ある本(英語)に、「女性は気持ちを読んでくれると愛されていると感じる」とか、
upspoken languageに耳を傾けて欲しい、とか、
書かれているを読んで、そうかあ、と反省中。


自分に対しては「気持ちを読んで欲しい」と思わない方がいい。
でも、周りの人に対しては、愛をもって、
言葉にならないものに心を向けることの大切さを思わされます。


出来るか?というと、ちょっと難しいんですがね。
でも、それもまた甘えないで、
言葉にならないものにこそ、心を向けていきたいと思います。


さて、明日の雪ですが、
はい、本当に降りそうです。
今日はテキサス州のヒューストンで降ったみたいです。
明日の昼過ぎにはこちらでも降り始めるでしょう。
降り始めは雨かもしれませんが、
夕方には雪に変わって、
5-10センチくらい積もるかもしれません。


さて、11月30日(月)の聖書。
月曜日はネヘミヤ2章1-10節でした。


「すると、王は私に言った。『では、あなたは何を願うのか。』そこで私は、天の神に祈ってから、王に答えた。」4-5節。

王に「何を願うのか?」と聞かれたネヘミヤは、
その場でとっさに神様に祈ったという。
祈ってから、王様に答えたという。
とっさの祈りだったんだろうと思う。

私たち、時間があったら祈ろうと思っているかもしれない。
でも、現実の生活の中で、答えを出すまでに、
そんなに時間がもらえる場面は多くない。
短い時間で答えなければならないことが多い。

だから、うっかりしていると、
神さまに求めることも、聞くこともしないで、
自分の考えだけで、自分の目先の利益のことだけ考えて、
答えている場合がどれだけあるだろうかと思う。

どんな時でも、とっさに祈り、
短くでも、目を開けたままでも、
他のことをしながらでも、
一時、主を見上げて、答えを出す、
いつもそのような姿勢を持ち続けたいと思う。
いつもそのように主に従っていきたいと思う。

主よ、
どうか、いつもいつもあなたに聞いていく者とならせてください。
あなたの導きに従って歩むことができますように。
あなたがともにいてくださることをいつも覚え、
いつもあなたに聞きながら、決断をしていくことができますように。
あなたの導きに支配されて歩むものであることができますように。
日曜日の礼拝の準備のために、
あなたの特別な導きがありますように。

2009-12-03

元気の素は?

昨日の夜の雨も、今朝にはすっかり上がり、
朝から15度を超える暖かい日でした。


夜になってどこまで冷えるでしょうか?
10時過ぎでまだ10度近くあります。


土曜日の雪ですが、
たぶん降るでしょう。
午後から夜にかけて。


でも、あと42時間後くらいなんですが、
今だにコンピューターモデルによって、
東にそれるか(晴れる)、北に上がってくるか(雨から雪)、
予報が違っています。


明日の朝にはだいたいわかっているんでしょうか・・・。


火曜日のトークショーなんですが、
最後の方にこんな話をされていました。


「自分が元気になる言葉を5つ見つけてください」と。


・・・うーん・・・


何だろう、と考えました。
すぐに出てきたのは、恥ずかしながら、
「かっこいい」(笑)


いやあ、子供の頃からのあこがれというか、
あまり言われないから・・・というか、


そんな話をしたら、
「ホントに、心から『かっこいい』と思っている相手にはそんな言わないもんです」という意見もありましたが、そうなんでしょうか?だとしたら、どうして自分は言われないんだろう?という子供の頃からの疑問が解決するんですが・・・(笑)。


でも、その後2日間くらいずっと考えていますが、


「信じてるから・・・」(プレッシャーじゃなくて、心からの言葉として)とか
「最近、どう?」(特に遠くにいる人とか、余りそういう話をしない人から言われると覚えていてくれたんだなあと思う・・・)とか、


でも、この言葉、って訳ではないのですが、
自分が受け入れられているんだなあと思う時には、
元気が出ますよね。


お話をされた方のポイントは、
それを誰かに言ってもらうことを期待するのではなくて、
自分で自分を元気にする。
自分で自分にそのように語りかけて、元気を出す、
そのことの大切さでした。


そこで、私は、神を信じる者たちが、
聖書から、元気をもらっていることの意味を覚えました。


自分で自分を元気にする必要がない、
まして、人にそれを期待して、がっかりする必要もない。
主が、神様がわたしたちにこの言葉を語ってくださって、
元気を与えてくださる。
受け入れてくださり、
「大切な存在だ」と言ってくださり、
その証拠に、イエスを与えてくださり、
十字架でわたしたちの罪をあがなってくださった。


それによって元気を与えられて生きていくことができる。
これは特権だなあと思います。


元気の素が与えられていることに感謝。


さて、11月29日(日)の聖書。
ネヘミヤに進んで1:1-11。


「ああ、主よ。どうぞ、このしもべの祈りと、あなたの名を喜んで敬うあなたのしもべたちの祈りとに、耳を傾けてください。」11節。

しばしば、主は、一握りの祈る人々を与えてくださる。
一握りの祈りだからということで、
共同体が一致して祈っていないからということで、
御業を留められることはなさらないで、
祈りに応えて、素晴らしい働きをしてくださる。

あのギデオンの300人のように、
一部の人々であっても、
真剣に主に従う者たちを通して、
勝利を与えてくださる。

ある人は、「みんなが一致しないと・・・」と言う。
でも、聖書は必ずしもそのような例ばかりを挙げない。

聖書は人々の一致の麗しさも記している。
でも、一握りの、霊的な世界のわかる人々を通して、
主の御業が進んでいく、
主が祈りに応えて、勝利を与えてくださる、
そのような例を記している。

一人また一人、主の前に進み出る人々が起こされますように。

主よ、
どうか、あなたの勝利を与えてください。
祈ります。私をその祈りの勇士の一人にしてください。
みんなで横一列になって、スタート出来なくても、
不安を覚えることがないように、私の心を守ってください。

感謝。

今朝、いや、日付が変わったので昨日の朝は、久しぶりに共に祈ってくださる方が与えられました。
励まされます。

外は雨です。
明日は雨も上がり、暖かくなるみたいです。
夜からは冷え込みます。

土曜日の雪はまだビミョウです。

では、更新はまた夜にでも。

2009-12-02

「起」から「企」へ。


日付が変わってしまいましたが、
いよいよ12月が始まりました!
「大変だ~」と思いますが、
「大変は『大きく変わる』チャンス」ということで、
大きく変わらせて頂きたいです。楽しみです。


で、これも1日夜のトークショーの受け売りなんですが、
ムーティ、銀杏に続いて、1日はトークショーへの参加をプレゼントしてくださる方がいて、
「人材育成」の話(もちろん日本語)ということで、かな~り興味があり、
夕方からNYに行って参りました。
帰ってきたのが、夜の12時3分前。
でも、楽しい一時だったので、夜の1時になっても何だか元気です。


ああ、自分ももっともっと勉強しなきゃなあ、と思った夜でしたが、
心に残ったことを一つだけ、ご紹介。


起業から企業へというところに壁がある、という話。
(ちょっと自分の解釈も入っていると思いますが・・・)
「起」業はその漢字の通り、己が走る、自分が走っていればいい、
志を同じくする人がそれに加わって一緒に走ってくれる。
みんなで一つの目標のために燃えて前進していく。


でも、それを「企」業にするときが来る。
ある程度軌道に乗ってくると、「企」業、また、漢字の通り
「人を止める」ことが必要になってくる。
「それはちょっとまずい」「それはやめておいて」ってことが出てくる。
そういうことを言うのは楽しくない。言われる方も楽しくない。
それが壁なんだ。それを超えるのが大切。
そこに必要なのはコミュニケーション。


本当にそうだなあと思いました。


教会でも一番燃えているのは開拓期でしょう。
牧師も時々「開拓伝道をしたい」という思いに駆られる時があります。
でも、それが「逃げ」でそう思っている時はホンモノではない。
私はいつも自分に対してはそう思いますし、
「開拓伝道がしたい」という仲間の牧師にはそれをいつも問いかけます。


本当に大切なのは、開拓期を過ぎた、先ほどの例では、
「企業」になろうとしている時の歩み方でしょう。
私自身、神様からの責任を果たさせて頂きたいです。
壁を越えて、進んでいきたいと思います。


で、1日は急に寒くなりました。
風も冷たかったです。
まあ、12月ですから、当然といえば当然なのですが・・・。


週末、土曜日の夜、雪が降るかも、という話が出てきています。
でも、いつものように、何もないかもしれません。
NC沖に低気圧が進んでくるのですが、
それが北に上がってくるか、東にそのまま進んでいくか、
それによって、全然違う予報になります。
まだ4日も先のことです。要注目です。


さて、11月28日(土)の聖書。
エズラ10:9-44。


「こうして、すべての民は神の宮の前の広場にすわり、このことと、大雨のために震えていた。」9節。

自分のしたことについて震える、という感覚。
その感覚を自分は今も持っているだろうか。
自分の弱さを当たり前のこととして、
主に甘えて、何でも赦されるという感覚で、
何とも思わなくなっていないだろうか?

主の前に震えているだろうか?

主よ、
あなたの臨在を感じさせてください。
あなたの前に震える者とならせてください。
甘えから解放し、あなたの前に真実に出ることができますように。

2009-11-30

すご〜い!

昨日、愛読者の方から頂きました。








近所で拾ってご自分で果肉を除かれたそうです。
まだほのかにぎんなん特有のにおいがしますが、
この果肉を除く作業はどれほどのにおいだっただろうかと思います。
とても嬉しかったです。


感謝。

今日は一日雨でした。
朝は暖かかったのですが、
夕方にはぐっと肌寒くなってきました。


今は夜の9時半ですが、5.1度。


明日は一日寒い日になりそうです。
でも、今年は厳しい冬になると思っていたのですが、
寒さは何日の続かないで、
寒い→暖かい→寒い→暖かい
という感じの日が続きそうです。


今のところ、雪の予報も出ていません。


さて、11月27日(金)の聖書。
エズラ10:1-8でした。


「立ち上がってください。このことはあなたの肩にかかっています。私たちはあなたに協力します。勇気を出して、実行してください。」4節。

まさに勇気ですよね。
責任ある立場に立つことの意味を考えさせられます。

はい、今日は長い文章は書けないのですが、
自分もやはり決断をしたり、行動をしたりする
責任のあるものとして、
いろいろ考えさせられます。

主にある勇気を持って歩ませて頂きたいです。
そして、はっきりとした芯のある者とならせて頂きたいです。

主よ、
あなたの私に与えてくださった使命に立たせてください。
どうか、あなたの私に託されたことを、
果たすことができますように。

2009-11-29

成長。

日曜日です。
一日が終わって、夜、いろんなことを考えながら、
祈らされながら、過ごしています。
今日は総会で役員選挙もありましたので、
その結果を受けて、
祈りの夜を過ごされている方々も多いと思います。


主がすべてを御手の中に導いてくださることを、
信頼しています。


想像していなかったような、素晴らしいことが、
教会全体に、また一人一人のメンバーに、ありますように。


そんな総会を終えての帰路。
家族4人が2台に分乗。
私は高校生のユキと二人でした。


この子は、神様から与えられたスペシャルな子。
読んだり、書いたりはなんとか・・・ですが、
自分の気持ちを言葉にして伝えることに、小さなハンデがあるようです。
小さい時は「自分もそうだったから」とわたしたち夫婦二人で言っていましたが、
ちょっとそういうレベルとも違うみたいです。
普通の高校生の女の子がするような会話はなかなかできません。


学校でもスピーチセラピーとかやってもらっています。


たぶん、日本の学校だったら、
「おとなしい」とか「恥ずかしがり屋」
「あまり難しいことは理解出来ないみたい」
で片づけられていたと思います。


でも、学校の先生達の努力と愛と、
一人一人を大切にする行き届いた教育で、
少しずつ、話をするようになってきました。
教会のユースグループの先生も、そのように言ってくださっています。


そのユキが、最近は自分から、楽しかったこと、嬉しかったことを話すようになってきました。
今までは、こちらから聞いても「別に」「ふつう」とめんどくさそうにしていたのですが、
今日も、車の中で、教会で起こった「小さな子のかわいかった話」を話してくれました。


ユキとサキが、ちょっとした言い合いをしていたのを見ていた
小さなの女の子。
大きな声で「NO ケンカ!」と英語と日本語チャンポンで言ったとか。
大人はそこで、「いつも誰と誰のケンカを仲裁しているんだろ~?」と突っ込みたくなるのですが、
「かわいかったよ~」ととても嬉しそうでした。


そんな他愛のない話でも、この子とできるようになるとは、
本当に涙が出るくらい嬉しかったです。


神様がわたしたち一人一人の成長をそのように見てくださっているんだろうなあと思います。
わたしたち一人一人は違うんだよ、違っていいんだよ、とは言うのですが、
テストの点を聞くと、やっぱり「みんなはどうだった?」「平均点はいくつなわけ?」と聞きたくなるんですよね。でも、そんなのはどうでもいい。一人一人違った才能を与えられて、違ったものとして造られているんだ、そして、それぞれの成長を喜んでいてくださっている。


それを大切にしていきたいと思います。


さて、11月26日(木)の聖書。
エズラ記9:9-15


「その隅々まで、彼らの汚れで満たされている。」11節。

わたしたちは周囲の影響を受けやすい者です。
ある時には君子危うきに近寄らずで、
近寄ってはならない場面があるのだと思います。

でも、またイエスが弟子達をこの世に遣わします、と祈られたように、
わたしたちもこの世に遣わされるのです。

その中で、どのような関わりをすることが適当なのだろうかと思います。
本当に自分の弱さを覚えながら、人々のために、
仕える働きができるようにと祈らされます。

主よ、
あなたがわたしたちをこの世に遣わしてくださっています。
どうか、あなたの光を輝かす使命を果たさせてください。
その中で、この世の影響を受けてしまうことがないように、
いつの間にか支配されてしまうことがないように守ってください。

2009-11-28

大きな神様。

今日の夕方は中高生の集り。
どこから話をしようかと思っていたところに、
思い出した一つのビデオ。


日本の方に「中高生のために」と頂いておきながら、
紹介することがなかなかできずにいました。


探したら、YouTubeでも見つけることができるのですが、
今日のDVDは日本語の字幕も入っています。





上のビデオは最初の10分で、
全体は45分くらいですので、5つくらいのパートに分けられているんでしょうか。


本当に感動しました。
神様がどれほど大きな方で、
どれほど、わたしたちのことを愛しておられるか、
本当にパワフルなメッセージだと思いました。


銀河系の中にある星の数を数えるだけで2500年もかかる、
それほど大きな銀河系は、またたくさんある銀河の中のほんの小さな銀河に過ぎない、
神様の大きさはわたしたちが今まで考えてきたこととはレベルの違う大きさなのだということを思わされます。


その大きな大きな神様がわたしたちに目を留めておられる。
明日のNJでの日本語礼拝にも目を留めておられる。


ワクワクしてきます。


さて、11月25日(水)の聖書。
エズラ9:1-8でした。


「しかも、つかさたち、代表者たちがこの不信の罪の張本人なのです。」2節。

どきっとしますね。
自分が神様に従えないこと、
従えきれないでいること、
それが教会全体に与えているダメージはどれほど大きいか。

もしも、私が個人的なことで、
誰も知り得ないことでも、
また、自分の心の中だけのことで、
誰かに分かち合うほどのことでもない、と思うほどのことでも、
神様に背いていることがあるならば、
それがどれほど教会全体にダメージを与えるか、

そのことを思うと、
本当に神のあわれみなしには立つことができませんし、
主の守りなしには、その罪から守られることもありません。

ただ、真実に主に従う者でありたいと思いました。
祈りのサポートもどれほど必要かと思いました。

主よ、
どうか、私の歩みを守ってください。
私の心を守ってください。
心の奥底まで、きよめられて、
主に従っていくことができますように。

久々の・・・。

27日の夜は
NYフィルでした。






何年ぶりでしょうか・・・。


ムーティ指揮のNYフィルにお招き下さった方がいて、
のんちと3人で、NYフィルというか、ムーティというか、
楽しんできました。
もう、彼はかっこいい。「千秋先輩」よりずっといい。(笑)


ずっと思い出そうとしていていて、
やっとだんだん思い出してきたのですが、
ムーティを聞きに行くのも久しぶり。
そう、日本に彼が来た時、たぶんフィラ管を連れてきた時に、
奮発して聞きに行ったと思うんですよね。


そう、あれは、確か高校生の時。
アルバイトしてお金を貯めて、
行ったような気がする。
チャイコの6番「悲愴」。
華やかでした。そう、華があるって感じ。
重厚さとか、重々しさと言うよりは、華。
今日もそう思いました。


たぶん、日本人の感覚からすると、
ベートーベンはムーティじゃないんでしょうね。
でも、今日は3番。「英雄」。
元々ナポレオンを頭に描きながら作曲したのでしょうから、
華のある彼の指揮はまたそれでいいのだと思います。


そして、音楽もそうなんですが、
前をまっすぐ見据えて、
少し上を向いて歩く、姿勢の良さが、
とてもいい印象です。


今度シカゴの首席になるんですね。


でも、ナマプロオケも本当に久しぶり。
本当に楽しませて頂きました。
感謝。


ちょっとクラッシックがマイブーム(死語?まだ大丈夫?)になりそうです。

さて、11月24日(火)の聖書。
エズラ8:21-36。


「そこで、私はその所、アハワ川のほとりで断食を布告した。それは、私たちの神の前でへりくだり、私たちのために、私たちの子どもたちと、私たちのすべての持ち物のために、道中の無事を神に願い求めるためであった。私は道中の敵から私たちを助ける部隊と騎兵たちを王に求めるのを恥じたからである。」21-22節。

すごいですよね。
王に助けを求めることを恥じて、
神に助けをもとめて、へりくだって出た人々。

王の助けをもらうことが何で恥なのか。
どうして、そこまで神に頼れるのか。

本当に彼らの真実と、強さを感じます。

でも、彼らは王の助けを断ったが故に、
真剣に断食して祈りました。

それくらい、神に真剣に求めることの大切さを思わされます。

わたしたちは人に甘えて、
神に求めないことがどれだけあるでしょうか?

本当に主に求め、主から与えられて歩んでいく者でありますように。

主よ、
わたしたちはどれだけ人に甘えて、
あなたに真剣に求めていないことが、あるでしょうか?
あなたに求め、あなたが与えてくださることを、
見ていくものでありますように。

2009-11-27

敗北宣言。

はい、金曜日の昼前です。
今日の「雨のち雪」の予報ははずれです。
気象庁のスーパーコンピューターも、
AccuWeatherのHenryさんも、
お天気オヤジ・かきごおりも、
常識派に敗北しました。


今日は「曇りのち曇り」みたいです。


あとで、「日々のみことば」も更新しますが、
今は、「月報の原稿」と「礼拝説教」の準備中です。

2009-11-26

感謝、感謝。

トンネルの中で15分ほど待たされましたが、小さな事故があつたようで、その後は順調。

4時からのディナーは、
サンクスギビングとしては、
最高の40人。
たのしくすごしました。

感謝。


- Posted using BlogPress from my iPhone

Lincoln tunnel

中で完璧に止まってしまった。
3:10pm
すでに10分くらいこのまま。


- Posted using BlogPress from my iPhone

Thanksgivivgといえば。

Tのつくものですよね。




そう、「たこ」。
たこやき準備中。
1.5kgのをゆでました。

- Posted using BlogPress from my iPhone

2009-11-25

「自分でちゃんと言え!」

今日は一日どんよりとしていて、
午後からは霧雨が降り始めました。


この霧雨、英語ではdrizzle。
うまく発音出来ませんが、
なんだか、それっぽい音ですよね。
霧雨って、drizzle, drezzleって音で降ってきますから・・・(笑)


明日は雨も上がり、ソコソコ暖かくなりそうです。
そして、あさっては、「雨のち雪」・・・きっとね。
まだ、どの天気予報も私の説を採用していません。ハイ。
みんな後悔すると思う・・・。


今日の午後からは、明日のThanksgivingのために、
郷里に戻る人も多かったのでは・・・。
夜にNYから帰るバスはガラガラでした。


今回、たった3日なので、ハジは帰ってこないで、
アトランタの教会の牧師さんのお宅でお世話になることになりました。
同世代のお子さん達もいて、本当によくして頂いているようです。
クリスマスから新年の休暇は帰ってきます。
12月15日です。あと3週間。
ま、素直に「楽しみにしている」と認めておきましょう。


さて、感謝の第2回目。


今日は「自分でちゃんと言え!」事件。


小学校1年生と2年生の時の先生には、
本当にお世話になりました。
おじいちゃんの先生で、
鞭を持っていて、
忘れ物をしても、
宿題をしてこなくても、
漢字テストで間違えても、
音のするおならをしても、
おしりを鞭で打たれます。


ですから、いつも緊張感がありました。
そして、とても、楽しいクラスでした。


とても面倒見のいい先生でした。


ある日、学校に行こうと思って、教科書をそろえていたのですが、
どうしても音楽の教科書が見つかりません。
時間が来て、結局見つけられじまい、
母が「音楽の教科書が見つかりません。よろしくお願いします。」と連絡帳に書いてくれました。


それを持って、学校に行きました。
連絡帳を見た先生、音楽の時間に「この『よろしくお願いします』ってどういうことだ?おまえはどうして欲しいんだ?何をよろしくなんだ?」と聞いてこられました。


私は立たされて、なんて答えたらいいのかわからなくて、
べそかきながら、一時間、立っていました。


授業が終わったときに、
先生は「バカだなあ、『隣の人に見せてもらえるようにしてください』だろう?」とおっしゃいました。
「な~んだ」と思ったのですが、それまで、自分は「何でも親が言ってくれる、連絡帳に書いてくれる」と思っていたんでしょうね。自分のことは、自分で言わなければいけない、ということを先生は教えてくださったのです。


大人になっても大切なことだと思います。
誰かが気を回してくれる・・・気を配ってくれる・・・のを待っていることがどれほどあるでしょうか?
そして、誰も気を回してくれないと、「なんだ!」と怒ってしまったり、「愛がない」とか裁いてしまったり・・・。
その最たるものは例の「KY」ってヤツですよね。
空気を読め、なんて甘えです。
「以心伝心」「あうんの呼吸」も、私の嫌いな言葉です。
そんなことあり得ない。言わなくてもわかってくれ、なんて、甘えです。
まだ、日本の社会はそんなのが甘えが通用するのかと、びっくりします。
まあ、「言ってくれないとわからない」というも「甘え」なんじゃないか、っていう考えもあるんでしょうが、やっぱり「自分のことは自分で言え」というのは、この先生に教わった大切なことだと思っています。


自分のことは自分でちゃんと言う。
気を回してもらうことを待っていない。
大切なことを教えてくださった先生に本当に感謝しています。


さて、11月23日(月)の聖書。
エズラ記8:1-20。


「私たちの神の恵みの御手が私たちの上にあったので、彼らはイスラエルの子、レビの子、マフリの子孫のうちから思慮深い人、シェレベヤと、その子たち、およびその兄弟たち十八名を私たちのところに連れて来た。」18節。

この日も、「神の御手がわたしたちの上にある」シリーズですね。
この時は、神の御手があったので、
出会いが与えられている、ということでしょうか?

神様の与えてくださる出会い、
それを受け止めることの大切さを思わされます。
明日のThanksgiving Dayのディナーにも、
いろいろな方々が来られます。
私も初めての方もおられると思います。

その出会いの中に、
神様の御手があるのだと思うと、それだけでワクワクします。

主が与えてくださる出会いを、
思いっきり受け止めることができるようにと願います。

主よ、
一つ一つの出会いの中に、あなたの御手を信じます。
どうか、明日のそれぞれのThanksgivingの一時の中で、
その出会いが祝福されますように。
また、教会の一人一人が、その場その場で「祝福の基」となりますように。

Thanksgiving・・・。

今日(火曜日)は朝ちょっと雨がぱらついていましたが、
子供が学校に行く頃にはもう晴れてきていました。
晴れると、やっぱり暖かいですね。
でも、そういえるのも後2日。
その後はぐっと冬らしくなって来るみたいです。


金曜日の予報はかきごおり的には変わっていません。
「雨のち雪」。たぶんね。でも気温は高めなので、
やっぱり積もるような雪じゃないと読んでいます。はい。


さて、あさってというか、もう日付が変わっているので、
明日なんですが、木曜日はThanksgiving Dayです。
我が家も4時から「どなたでもどうぞ」のディナーです。
だんだん人数も増えてきました。
ホントにどなたでもどうぞですから、
このブログの読者の方でも、是非どうぞ。
お問い合わせは、左のコラムのcomplete profileから、その中のEmailをクリックして、メールください。


そんなことで、先週あたりから、
「感謝したいこと」をいろいろ考えています。
今年は今年一年ではなくて、
子供の頃のことから一つ一つ思い出しています。


照れくさいのですが、
今日から、いくつか、感謝を込めて紹介していこうと思います。


今日は「トロンボーン買ってくれ3階立てこもり事件」。
と思ったら、もうこれも2年半くらい前に一度書いているんですね。


コピペして、ちょっとペンを入れます。


中学でブラスバンドに入ってトロンボーンを始めました。
最初はどうでもよかったのですが、
やはり2年生、3年生と進んでいくうちに、
「マイ楽器」を買ってもらう仲間が増えてきました。
ドラムのヤツ、トランペットのヤツ、ホルンのヤツ、
そして、フルートの子、クラリネットの子。
伝統・・・っていうか、歴史が長いというだけなんですが・・・
がある学校だったので、
学校の楽器は古い。
でも、実績はないので、部には新しい楽器を買うお金はない。
学校の楽器は凹んでいたり、さびて、使っていると緑青が手につくような、
そんな楽器でした。


今考えると、そんな楽器でも使い込むといいのかもしれませんが、
そのころは「マイ楽器」を買ってもらったみんなのピカピカの楽器がうらやましくてしかたありませんでした。

カタログを見ては「欲しいなあ」とため息をつく毎日でした。
そして、ある時、親に言いました。
トロンボーンが欲しい、と。
「無理だ」と言われました。
泣きました。

そして、教会の3階に立てこもりました。
確か、日曜日の午後。

あんまりいじけて出てこないので、
部屋に親父がやってきて
「いくらくらいなんだ?」と聞いてくれました。

それで嬉しくなって、かな~り期待してこう言いました。

「一番安いので5万円・・・でも、ボクが欲しいのは10万円」
それを聞いて親父は「バカ!」の一言を残して部屋を出て行ってしまいました。

泣きました。
思いっきり泣きました。

そして、あきらめました。
無理だと思っていました。

うちは、よその家とは違うんだ、
小学校の時にオレに向かって、
「貧乏人には用がない」といったヤツがいたよなあ、
ホントにその通りだ。
オレは買ってもらえないんだ。
しょうがないんだと・・・。

でも、数ヶ月後、
親父に「中古の楽器があるけど見てみるか?」と聞かれました。
「バカ!」とだけしか言わなかった父ですが、

宣教師の先生に聞いてくれたみたいです。

そして出会ったのがマイトロンボーン1号。
親父が2万5千円で買ってくれたのです。



今考えてみると、
自分も中学生の子供に1000ドルのモノが欲しい!といわれたら、
「バカ!」と言うだろうなあ、
と確信を持って言ってしまいます。


感謝。


さて、11月22日(日)の聖書。
エズラ7:11-28。


「私の神、主の御手が私の上にあったので、私は奮い立って、私といっしょに上るイスラエル人のかしらたちを集めることができた。」28節。


ここら辺は何日か続いて、
「神の御手が私の上にあったので」シリーズですね。
神の御手があると、
元気が出てくる。


神様はそういう方。
神様の御手があるから、「元気が出ない」とか、
神様の御手があるから、「もうだめだと思う」ということはないと思う。


神様の御手がある、という確信は、
勇気を与え、元気を与える。


今、主の御手が私の上に置かれている。
そのように確かに言うことができる。


だから、安心して、勇気を出して前進していくことができる。
ありがとう。神様。


主よ、
あなたの御手が私の上に置かれていることに感謝します。
そのことを覚えると、そのことを知ると、
元気が出てきます。
どうか、私の歩みを守り導き、
愛と勇気にあふれさせて下さい。
これからも、いつもいつもあなたの御手を見ていくことができますように。



2009-11-23

主の御手が・・・。

さて、夜になりました。
雨が少し降っているようです。
この後、一週間ずっと余りスッキリしない天気のようです。


夜のコンピューターモデルでも、
金曜日の午後から夜は雪の予想ですが、
まだ、どこの天気予報を見ても、
雪を打ち出していませんね。


NY周辺のお天気キチガイたちは、
気象庁モデルに「いいぞJMA!」「行け!行け!」と声援を送っています。(もちろん英語・・・)


AccuweatherのHenryさんのページ


はい、先週の水曜日ですが、NYに行った時に、
タイムズスクエアのあたりでこんな看板に出会いました。
(赤信号でとまっている時ですよ、念のため・・・)



iPhone(一世代前)のカメラなので、
たぶん、拡大しても解読できないかも知れませんが、
真ん中の街灯のところに付いている看板読めますか?


根性のある方は解読して頂きたいのですが、
意味的には、「アイドリング3分で2000ドルですよ~」という警告です。
(英語忘れました・・・)


すごいですねえ。
2000ドルですよ。
絶対文句言う人いるでしょうね。
というか、これって請求された人いるんでしょうかね。
かなり脅かしみたいな感じです。


でも、こうでもしなければ、みんな規則を守らない、
というのは、本当にわたしたちが「お金に支配されている」ってことなんでしょうね。
私自身「本当に私の生活は神様に支配されているのだろうか?お金に支配されてはいないだろうか?」と考えさせられます。


交通違反で捕まっても、
罰金を払わされなければ、
なかなか懲りない。
それって、なにが自分の心を支配しているんだろうか?
「車を運転する者の責任感」ではなくて、
「お金」なのかなあと・・・。


「神の国と神の義とをまず求めなさい、そうすればすべての必要なものは満たされます」とのイエスの言葉を本気で信じていきたいです。


でも、この警告、いいことだと思います。
無駄な渋滞、無駄な大気汚染が、
だんだん好きになってきたNYCから駆逐されることを願います。


さて、11月21日(土)の聖書。
エズラ7章1-10節。


「彼の神の恵みの御手が確かに彼の上にあった。」9節。

主の御手が彼の上にある。
結婚の決断に導かれた聖書の言葉を思い出します。

主の御手がある。
主の守りがある。
だったら、恐れることも、逃げることも必要ない。
主は豊かに祝福して下さるから。
そして、多くの人々が、自分の人生を通して、
この結婚を通して、主のもとに導かれるから。

そのことをもう一度確認させて頂きました。
その使命をもう一度受け取って真剣に求めていきたいと思いました。

土曜日に読んだので、日曜日の祝福も祈りました。
今日、これを読みながら、日曜日だけではなくて、
一日一日の祝福を祈ります。

主よ、
あなたの御手が、わたしたち夫婦の上にあることを感謝します。
そして、教会の上にもあることを感謝します。
どうか、約束通りに御言葉を成就して下さい。
信頼しています。

祝福の基。

今日は何だか肌寒い。
暗くて、今にも雨が降りそう。
でも、気温は10度近くあるんですね。


今週の金曜日のsnowstormですが、
うーん、まだわからないのですが、
私は「木曜日の夜から雨で、金曜日の昼頃雪に変わる」かなあ、
と思い始めています。
コンピューターモデルは「ずっと雨」というのもあり、
「大雪」(実は日本の気象庁の全地球モデル)というのもあります。


わかりません。


4日後の天気が簡単にわかってたまるものですか!


でも、その夜メータ指揮のNYフィルにお誘い頂いていて、
たのしみにしているので、「大雪」はやめて欲しい・・・。


さて、今日は落葉かき(何回戦か忘れた・・・)。
今日集めに来るか、と思っていたのですが、
結局来ませんでした。


落葉かきながら祈っていました。
今日は、私は休日を頂いていますが、
今日も、多くの方々はお仕事に行かれているわけで、
時々、職場の人間関係や、仕事自体の内容に、
困難を覚えておられるお話をいろんな方々からお伺いして、
ずっと「守られますように」と祈っていました。


でも、今日はもっと積極的に祈ろうと思わされました。
ただ、いろいろな闘いから「守られますように」だけではなくて、
教会の一人一人がそれぞれの職場で、また会社全体で、
「祝福の基」となるように。
創世記の12章のところで、
アブラムに神様が約束して下さったこと、
今もわたしたちへの約束です。


「あなたは祝福の基となる」
(ハジの名前はここからとった。英語でも日本語でも「ハジ」だけど、ホントは「はじめ」で、漢字は「基」。)


今週はアメリカ在住の皆さんは、たぶん皆さん半分くらいしか仕事に行かない方が多いと思いますが、その中で、お一人一人が神様の祝福が流れ出す拠点になりますように、そのように祈らされました。


あなたがいるから、職場に笑顔があふれ、あなたがいるから、みんな気持ちよく仕事ができる、そんな歩みが、あなたの力ではなくて、神様の奇跡によって、実現しますように!


さて、11月20日(金)の聖書。
エズラ記6:13-22。


「これは、主が彼らを喜ばせ、また、アッシリヤの王の心を彼らに向かわせて、イスラエルの神である神の宮の工事にあたって、彼らを力づけるようにされたからである。」22節。

この働きの背後におられる主を感じました。
あのエステル記の中で、
ハマンがモルデカイをおとしめようと一生懸命だったのに、
神は王様に眠れない夜を与え、
それで、モルデカイの手柄に報償を与えることを、思いつかせたのでした。

主が働かれるところに、
主が御業をなされるところに、
人間の思いを超えたことが起こる。
神を知らない人さえも主は用いて、
御業をなされる。

もっともっと神様の御業を
私の人生の中でも、
教会の歩みの中でも見せて頂きたいです。

主よ、
あなたがわたしたちの思いを超えて働かれることを、
もっともっと経験させて下さい。
あなたの勝利を見せて下さい。

2009-11-22

鬼のように。

今日もいい天気で、
朝晩はソコソコ冷えましたが、
昼はまあまあ暖かい、
11月にしてはいいかな、という天気でした。


というか、お天気オヤジ的には「つまらない」天気なんですが、
でも、助かります。


明日から水曜日までは大崩はしませんが、
時々霧雨や雨が降る、日が続きそうです。


木曜日の夜から金曜日は・・・???です。


また、明日あたり見えてくるかなと思います。


今日はたくさんの皆さんが教会においで下さいました。
礼拝も聖霊様が自由に働かれているのを感じていました。
いや、いつもそうなのかも知れません、わかりません。
祈って備えた礼拝でした。
求めて、期待して備えた礼拝でした。
でも、大切なのは、わたしたちの目がその働きに開かれつつあることだと思います。
わたしたちのチューニングが聖霊様の語りかけに合ってきているのだと思います。
私ももっともっと形から解放されて、
人の反応を恐れないで、聖霊様の導きに信頼して、
従っていこうと、思わされました。


礼拝後の愛餐会も楽しく、またにぎやかな一時でした。
JOYJOYシンガーズも、久しぶりの舞台+中高生がいない中での初めての舞台。
でも、本番はみんな集中して、心から一生懸命歌います。
楽しい一時でした。


でも、今日の礼拝で思わされたのですが、
やはりThanksgivingは表面的に楽しそうに見える人たちのためにあるのではなくて、
痛みや悲しみの中を通っておられる方々にとっても、慰めと解放を与えるモノとなるようにと祈ります。


そのような奇跡が毎週見られる教会となりますように。
これからクリスマスまでの間が慰めと癒しの満ちあふれる季節となりますように。


さて、11月19日(木)の聖書。
エズラ6:1-12でした。


「また、その必要とする物、すなわち、天の神にささげる全焼のいけにえのための子牛、雄羊、子羊、また、小麦、塩、ぶどう酒、油を、エルサレムにいる祭司たちの求めに応じて、毎日怠りなく彼らに与えよ。」9節。

タテナイがダリヨス王に訴えたことによって、
反対に必要なものが満たされていった。
これは本当に不思議なことだと思う。
神様のなさる不思議。

人間の計算の通用しない世界。
計算してやろうと思っても決してできないこと。

神様の自由な導きなんだろうと思います。
大きな祝福なのだと思います。

ただ、ただ、この主を信頼して、
この神様を信頼して、大胆に歩んで行かせて頂きたいです。

主よ、
すべての必要を満たしてくださるあなたに信頼します。
それも、あなたの不思議な方法で満たしてくださいますから感謝します。
あなたを信頼します。
どうか、あなたの御業を見せてください。
見てから信じるのではなく、見ないで信じる信仰をお与え下さい。