2008-02-20
熱い思いで・・・。
-6度くらい。
そして、-3度くらいに上がった10時頃、出発して、
I-95を南下。
NJは晴れて、南の方に下がった時には2度くらいに上がった気温が、
ワシントンあたりに来たら、-2度くらいで雪が降っていました。
一時は激しく降って、見通しが悪くなるくらい。
でも、ヴァージニア州の途中から、急に温度が上がって、
NCでは17度くらいあります。
金曜日の雪の可能性ですが、
ワシントン以北はやはり雪の可能性、かなり高そうです。
NJも・・・。
金曜日の夜、走るところはだいたい雨で、
Freezing Rainの心配はないようですが、
土曜日の朝通過するRichmondあたりから
ワシントン・ボルチモア・・・あたりがどうなるか、ちょっと心配しながら見ています。
ということで、今日の昼間はほとんど車の中でした。
今日のメインイベントは、「カーナビ・初体験」でしたね。
コチラではGPSと呼ばれています。
今回、行き先は、ホテルx2、大学x2、ふつうのお宅x2で、
たくさん迷いそうなところがあったので、
Google Mapをプリントして持っていくだけでは、
迷った時にはお手上げ・・・という話になり、
昨日になって、「やっぱりカーナビがいいか」と
レンタカーと一緒に借りることになりました。
今、安いのはあるのですが、
日進月歩の技術の進歩+値崩れを考えると、
普段そんなに必要ないものを、買うのもなあ・・・。
借りるならば、いつでも最新式を借りられる、
ということで、今回は借りることに。
でも、ほんとうに助かりますね。
時々、「え~?」って案内をしますが・・・。
知らないところを走るのにはほんとうにいいです。
それに、思わず「何でそんな道を教えるんだ!」とか
「言うのが遅い!」と文句を言ってしまっても、
相手が傷つかない・・・というのもいいですね。
「take an U-turn」を連呼されて、うるさい時には
ボリュームを最低にしてしまうという技も使えます。
人間の場合は、こうは行きません。(^^;)
一番助かったのはのんちだったかも・・・。
1日ですっかり「トモダチ」になってしまいました。
人生のGPS。
自分がどこにいて、どこに行こうとしているのか、
どの道を歩めばいいのか、
教えてくれるGPS。
それは「聖書」だったり、
「聖霊様」だったりする。
ほんとうに忍耐強く教えてくれる。
U-Turn!という警告を、
無視しないで、ボリュームをオフにしないで、
そこに従う者となれますように。
さて、昨日2月19日の聖書。
昨日はルカ14:15-24でした。
「街道や垣根のところに出かけて行って、この家がいっぱいになるように、無理にでも人々を連れて来なさい。」23節。
私たちは、いろんな方を教会にお誘いする時に、
その後のことをも考えて、「無理に」というのはどうかなあ、と思っています。
そして、「引かれちゃうと困るから」と結構遠慮することもあります。
でも、そういう心配りが時々いいのかなあと思うこともあります。
主は無理にでも人々を連れてきてほしい、
と言われるのです。
いずれにせよ、
ほんとうに情熱を持って、
人々にこの神様の準備してくださっている
祝宴に人々をお連れしたいと思います。
おととい書いた、地下鉄の案内図を作った人のように、
ほんとうに情熱を持って、
神様の祝宴の素晴らしさを語り、
人々をそこにお連れする、そのような働きをさせて頂こうと思いました。
主よ、
情熱を与えてくださってありがとうございます。
あなたのことを、あなたの準備してくださっている祝宴の素晴らしさを、
熱く熱く語る者としてください。
そして、人々をそこにお連れすることができますように。
あなたの準備してくださっているものは、
すばらしいものですから、それを胸を張って紹介させてください。
2008-02-19
13年半ぶりの・・・
寒い日でした。
特に夕方から・・・。
どんどん、冷えてきて、今は夜の12時だけど、
-3.6度。今夜はまた-6度とかになりそうです。
で、水曜日の夕方、チョイ雪です。
ところが南の方・・・ワシントンとかが中心のようで、
明日のルートに引っかかりそう。
そして、金曜日ももしかしたらです。
金曜日の夜は、アトランタから土曜日の4時を目標に、
一気に帰る予定ですので、ワシントンDC以北あたりの天気が気になるところです。
さて、どうなることやら。
そう、明日から、お休みをいただいて、
息子の大学見学に南部に行って来ます。
私が行きたくて行けなかった(ま、私は大学院でしたが・・・)NCの大学と、
アメリカで唯一学位を取った学校(こっちは神学校でした)のあるアトランタの大学と、
2つを駆け足で回ってきます。
私は2年半ぶりのアトランタですが、
のんちとハジにとっては13年半ぶり。
ユキも生後2ヶ月で2泊くらいしているのですが、
まあ、ユキとサキとにとっては初めてです。
そのころお世話になっていた、
ボブ先生のお宅に伺ったり、
去年NJにいた一家のお宅に伺ったり、
ほんと、また短い時間の中にいろいろ詰め込んでいます。
そのボブ先生と奥さんのベティー先生は、
アトランタのお父さんとお母さんです。
長いこと仙台で宣教師をしておられた先生で、
引退してアメリカに帰られて、
こちらでまた請われて、ノークロスの教会の牧師をされているご夫妻です。
あれから13年ということは、もう先生方も80代ですよね。
日曜日、教会に行くと、
「ヨクイラッシャイマシタ」と笑顔で迎えてくださいました。
1週間、英語の中で戦って来ると、
日曜日に、先生の日本語と、笑顔に癒されるんですよね。
毎週教会に行くのは当たり前だし、
みんなの教会だから、「牧師がみんなを迎える」わけではないし、
その「歓迎」を期待するのではなくて、神様を礼拝しに教会に行くんですが、
なんだか、あの先生の「ヨクイラッシャイマシタ」には特別な力がありました。
日本の「ふろおけ」というか「湯船」というか、あの「おふろ」を船便で
アトランタまで送って、ご自宅のバスタブにはめ込んで使っておられる、
大の親日家です。
13年半ぶりの再会、楽しみです。
さて、昨日2月18日の聖書。
昨日はルカによる福音書14:1-14
「その人たちはお返しができないので、あなたは幸いです。」14節。
優越感ではなく、
偽善的でもなく、
心の中で何も期待するものもなく、
与えることができるような者になりたいと思いました。
心から謙虚な姿勢で生きる者でありたいと思います。
「お返し」にはいろんな可能性があると思います。
文字通りの日本的な「お返し」。
「お互い様」的な関係。
また、「ほめられること」「感謝されること」「評価されること」。
たとえば、コチラで日本から来て、苦学しておられる学生さんとか、
見ていると、何とかしたいと思います。
自分もそうでしたから・・・。
「甘えてばかりで申し訳ない」と言ってきたら、
「そのうちにあなたが稼げるようになったら、次にここに来る若い子に、
同じようにしてあげてくれよ。」と言いたいと思います。
別にお返しなんか、少しも期待していません。
でも、その子にこれっぽっちも感謝の気持ちがなかったら、
「やってもらって当然」という態度だったら、
「なんだかなあ」と思っちゃうと思うんですよね。
それもいけないんでしょうか。
与えるって、報いを求めないで与える、ってどういうことなんだろう、
と考えさせられました。
主よ、
あなたが私たちを愛された時に、
やっぱり「私たちがあなたを愛する」ことを期待されましたよね。
どこまでもどこまでも、私たちを赦してくださるあなたも、
やはり、私たちがあなたの元に帰ることを
期待しておられますよね。
だから、期待していいんですよね。
でも、あなたほど、私は期待し続けることが
できないみたいですね。
忍耐力が足りないみたいです。
見返りも報いもいりません。
天国であなたから頂ければ十分です。
でもでも、不十分な愛ですが、
注いだ愛によって、注いだ労力によって、
人々の目があなたに向けられますように。
あなたを愛する人が起されますように。
わがままを許してください。
どうか、この世でも、
「神様のもとに導かれる人をたくさん見る」
という報い、それはどうしてもほしいです。
その報いを与えてください。
2008-02-18
ひらめきと努力
ちょっと気持ち悪いくらい・・・
でもそんなこと言っちゃあいけません。
ほんとうに暖かい日は助かります。
でも時々雨も降って、
夕方からどんどん気温は下がってきました。
今、夜の10時すぎで5度まで下がってきています。
明日の朝は0度くらいまで下がる予想が出ています。
昼間も5度以下でしょう。
気温の変化が激しいときは、ホント、注意が必要です。
お体には気をつけて・・・。
日本で、夜滞在先に帰って、寝る前に何の気無しにテレビをつけると、
一つの思いつきから、ビジネスを初めて、今では年商5億円を上げる会社の経営者となった、主婦の方の話をしていました。
そのビジネスは、1年半前の日本訪問の時、「至れり尽くせりだなあ・・・」と思って写真付で紹介した地下鉄の「降りる駅でどの出口から出るためには何両目に乗ればいいか」をまとめた表でした。
1年半前の記事はコチラ。
で、この表を作るきっかけは、その方がベビーカーを押しながら地下鉄のホームで歩き回っていた時に、「こういうのがあればいいなあ」と思ったことだったそうです。
ここまでは誰でも思いつくこと。
でも、ここからは誰でもやることではない。
まあ、自分がいつも使っている駅では、
何時の電車の何両目に乗って茅場町駅でダッシュで乗り換えると、
日比谷線の何時何分の東横線直通電車に乗り換えられて、
高校の駅には何時に着く、とか当たり前にやっていましたからね。
だから、余り必要だとは思わなかったわけですが、
久しぶりに海外から東京に来て、
え~っと・・・と迷うんですよね。
だから、そういう人には確かに必要。
必要だなあ、とか、あったらいいなあ、で終わるのが普通の人。
でも、このお母さんは違った。
週末、夫に子供を任せて、地下鉄の駅を全部回って、
階段の位置、トイレの場所、エスカレーターの場所、一つ一つ調べて、
ノートに書き込んでいったそうです。
ちょうど、地下鉄サリン事件のあとで、
そんなことをしていたら、「怪しいヤツ」ということで、
何度も職務質問をされたそうですが(まあ、そうでしょうねえ)、
全部の駅のノートができたところで、
「これは何かの形にしないといけない」と思ったそうです。
それで、いくつもの出版社を回ったそうですが、
その中で最初に採用してくれたのが、
an(元の名は「アルバイトニュース」・・・私もよくお世話になりました)。
アルバイトの面接の時間に遅れないように、
準備をする助けになる、と掲載されたそうです。
それが、あちらコチラで採用され、
ついに営団地下鉄(・・・あ、今は東京メトロ・・・ですね)に採用されたそうです。
いやあ、すごい、と思いました。
ひらめきだけじゃなくて、努力。
ほんとうに大切だと思います。
私たちは神様から素晴らしい「福音」という宝物をもらっているわけだから、
それをどうやって、多くの方々に伝えていくのか、
「ひらめきと努力」で、やっていこうと思いました。
ものすごいやりがいのある、
情熱をかけるべき働きだと思います。
さて、昨日、日曜日の聖書。
昨日は、ルカによる福音書13章18-35節。
「努力して狭い門から入りなさい。」24節。
狭い門からはいる・・・。
よく聞く言葉です。
なんだか、のほほーんと生きている自分がいるように思います。
狭い門から入ろうとしているだろうか。
ある時は、これは「見つけるのが難しい」という意味で取られることがあります。
でも、「努力して」ということとはちょっと違う感じがします。
もちろん、入試じゃないんですから「競争率が高い」という意味ではありません。
ひたむきに・・・という感じでしょうか。
脇目もふらずに・・・でしょうか。
捨てるべきものを捨てて・・・ということでしょうか。
いずれにせよ、
自然体だけではない、ということでしょうね。
パウロの
「競技場で走る人たちは、みな走っても、賞を受けるのはただひとりだ、ということを知っているでしょう。ですから、あなたがたも、賞を受けられるように走りなさい。 また闘技をする者は、あらゆることについて自制します。彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、私たちは朽ちない冠を受けるためにそうするのです。ですから、私は決勝点がどこかわからないような走り方はしていません。空を打つような拳闘もしてはいません。私は自分のからだを打ちたたいて従わせます。それは、私がほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者になるようなことのないためです。」
というコリント第1の手紙9章24-27節の言葉を思い出します。
主よ、
狭い門からはいる、ということの意味を、
もっともっと私の実生活の中で教えてください。
そして、情熱を持って、
あなたの福音を伝えていく、
その熱心さを守ってください。
自分の力による熱心さではなく、
ただ、あなたの愛に押し出される熱い思いによって、
歩む者とならせてください。
2008-02-17
悔い改め
でも、まだ大雨にはなっていません。
これからも雨が降ったり止んだりの夜だと思いますが、
時々強く降ると思います。
でも、今は夜の10時半で7度。
気温はこれからも上がり続け、
明日の最高は15度くらいの予報が出ています。
明日は8月30日からのファミリーキャンプの会場の下見。
雨が上がって15度まで上がるなら、それは下見日和ですね。
久しぶりのNJでの礼拝。
やはり帰ってきたなあと感じました。
連休と、また体調を崩された方もおられて、
いつもよりも少なめですが、
一人一人に触れてくださったことを感じます。
子供向けのお話もあって、
子供たちが一生懸命聞いてくれるのがまたうれしいです。
明日に備えて、今日も早く休みます。
何とか時差ボケ脱出となりますように。
で、なかなか追いつけませんが、昨日土曜日の聖書。
昨日はルカによる福音書13:1-17
「わたしはあなたがたに言います。あなたがたも悔い改めないなら、みな同じように滅びます。」5節。
自分も悔い改めるべきこと、
悔い改めなければならないことを、
もう一度思わされました。
人のことをどうこう言ったり思ったり・・・。
そんなことよりも、自分自身のことを考えて、
主の前に出ることの大切さを思います。
いつも主から目を離さないでいたいと思います。
嵐の中で嵐に目を奪われないで、
主を見つめて歩みたいと思います。
主よ、
悔い改めるべきこと、示してください。
そして、聖霊様の導きに対して、
従順な者でありますように。
あなたの導きに従う者でありますように。
イエスさまを見つめながら歩む者でありますように。
決意。
今日は朝やっぱり冷えました。
-5度くらい。
でも、なんだか、寒く感じません。
風の強さもあるんでしょうか。
家の中の時間が長くて、外出の時も、車ですからねえ~。
実際、一日1-2度までしか上がらない寒い日でした。
今、夜中の1時前ですが、-4.8度。
寒い夜です。
ま、今夜はこれ以上余り下がらず、-6度止まりだと思います・・・。
そして明日の午後からあさっての午前中にかけて大雨です。
私が戻る前の日も大雨だったようですので、お気をつけて。
さあ、明日は日曜日ですので、
これ以上遅くならないように、
金曜日15日の聖書。昨日はルカ12:49-59でした。
「 あなたがたは、地に平和を与えるためにわたしが来たと思っているのですか。そうではありません。あなたがたに言いますが、むしろ、分裂です。」51節。
この言葉の厳しさを感じました。
イエスがこの世に来られた時に、
まさに、イエスは剣を投げ込まれるような
はっきりした態度を取られました。
もうちょっとうまくはなせないのか、とか、
もうちょっと人々の心を柔らかくすることを考えないのか、とか、
高校生や大学生の頃、ヨハネによる福音書などを読むと、感じていました。
そして、大人になって、
イエスのようにできなくて、逃げてしまう自分を時々見ます。
(だからといって「人の心を柔らかくする」すべも持っていないと思うのですが・・・)
イエスははっきりと語りました。
そして、それが時々、人々の心、特に、「自分は正しい」と思っている人々の心に迫りました。そして、イエスは憎まれました。
アンパンマンの主題歌ではないですが、
「愛と勇気」がほしいと思いました。
ほんとうに人々に対して愛と勇気を持って語っていく者でありたいと思いました。
それが「平和」・・・表面的な平和・・・を壊すことになってしまっても、
それによってホンモノの平和を築き上げるために、
愛と勇気を持って語っていきたいと思います。
主よ、
イエスさまが持っておられた愛と勇気を与えてください。
事なかれ主義に陥ってしまうことがありませんように。
明日の礼拝を祝福してください。
ほんとうにあなたを神様としてあがめることを経験できますように。
2008-02-15
二つのトイレ
こっちは暖かい!
今日の日中はほんとうに暖かかったのですが、
やっぱり家の中が暖かいのが違いますね。
これになれてしまうと、日本は寒いなあと思うわけだと思いました。
今日は暖かで10度くらいまで上がりましたが、
今は夜の11時半で-1.3度。今夜はこのままどんどん冷えて-5度くらい。
明日は日中でも2-3度の寒い日になりそうです。
さて、日本で出会ったトイレ二つ。
最初は13日に行ったK王井の頭線A福町駅の男子トイレ(そりゃそうだ)。
小用のためのヤツの前に立ったら、
こんなことが書かれている。
はあ?何これ?
でも素直に従いました。
従ったら表示が変わって「そこでOKです」となるならいいのですが、
もちろんそういうこともなく、「もう一歩前にお進み下さい」のままなんですよね。
最初からちょうどいいところに立っている人も、「じゃあ、もう一歩前へ・・・」って思っちゃいますよね。
たぶん、周りが汚れないようにということなんでしょうが、なんだかねえ。
もう一つは、ちょっとうなったヤツ。
同じ日の夜。
日本橋の東Q百貨店があったところ
(ぶおーのさんによるとその前は白木屋だったらしい・・・火事になったところ?)
今は日本橋コレドになった。(これがまた覚えにくい・・・コレガ?コレダ?とかいろいろ勘違いする)
そこで、22年ぶりの再会をした後、
22年ぶりの連れション。
小用のトイレに立つと、そこには大きな虫が・・・。
それはねらってやろうと考えるのが男性心理。
でも、敵もさるもの、なかなか流れない。
途中で、「ハハ~ン、これは絵なんだなあ」とわかったのですが、
「これで、みんながねらったら、周りが汚れない、ってことなんだなあ」
と意図がわかっても、それでも最後までねらっちゃうんですよね。
ご婦人方にはわかって頂けないかもしれませんが・・・。
ここは混んでいて、写真なんか撮っていられませんでしたので、
お見せできないが残念なのです。
A福町と目的は同じだろうと思いますし、
かかる費用もそんなに変わらないでしょうが、なかなか見事です。
さて、昨日14日の聖書。
昨日はルカによる福音書12章35-48節を読みました。
「主人から、その家のしもべたちを任されて、食事時には彼らに食べ物を与える忠実な賢い管理人とは、いったいだれでしょう。」42節の言葉です。
牧師として読んで、この言葉が心に留りました。
というか、ドキッとしました。
主が任せてくださっている、その方々に、どのように接しているかを、
問われていると感じました。
主に対する忠実さ、
そして、賢さ、
自分は持っているだろうかと、
そして何よりも天からの食べ物である神の言葉、聖書を、
十分に与えているだろうかと、問われているように感じました。
主よ、
忠実な僕にしてください。
あなたが与えてくださった使命に対して、
忠実な僕にしてください。
いつもいつも御言葉を与えてください。
そして、それを分かち合う者とならせてください。
日曜日のために、礼拝のために、
御言葉を与えてください。
2008-02-14
NJに戻りました!
最近、飛行機に乗るためのチェックも、
アメリカの入国の時の審査も厳しくて、
いろいろありましたが・・・。
で、今日はおとなしく早く寝ます。
またゆっくり書ける時に更新します。
昨日の22年ぶりの再会のこと、
当の友人がブログに書いてくれました。
一つ一つの不思議な出会いに、感謝!
2008-02-13
主は喜んで与えてくださる。
夜は風もあって、本当に寒かったです。
NJは今日は雨です。
でも、明日はばっちり晴れるようです。
無事飛行機着きそうですね。
今日も朝からいろいろな方にあったり、
お電話でお話をしたり、
幸いな一日でした。
でも、本当は、もっと訪問したかったり、
お会いしたかった方々たくさんおられます。
次回は是非もうちょっと時間をいただきたいです。
明日は午前中は母教会での祈り会。
そして1時に出て、5時台の飛行機です。
24時間後はアラスカ上空くらいでしょうか。
今日の夜は1年以上前から楽しみにしていた
大学時代の友人と22年ぶりの再会。
彼は臼くもなく、城くもなく、房々でした。
本当にエキサイティングで、あっという間に2時間半が過ぎていました。
日本にいる経済の専門家と、アメリカにいる牧師。
いい勉強にもなりましたヨ。
是非、次の再会はNYで・・・。
さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書12章22-34節。
「小さな群れよ。恐れることはない。あなたがたの父は、喜んであなたがたに御国をお与えになるからです。」32節。
この「喜んで」という言葉が心に留りました。
とてもうれしく感じました。
主は私たちに与えようとしておられる。
私たちが一生懸命主を説得するのではなくて、
主は私たちに喜んで与えようとしておられるのです。
だから、安心して主に求めていこうと思います。
主が与えてくださることに期待して、
それを信頼して信じて、
もっともっと主の祝福を求めていこうと思います。
「聞いてくれないかもしれないけど・・・」ではなくて、
主は与えたいと、与えようとうずうずしておられるのです。
主よ、
あなたが私に喜んで与えてくださることを、
喜んで与えようとしておられることを、
感謝します。
求めます。あなたを求めます。
どうかあなたがわたしに与えようと
準備しておられるモノ、教えてください。
次の更新はたぶんNJ時間の木曜日の夜・・・。
ではでは。
2008-02-12
日本寒いみたい。
それほど寒く感じませんでした。
でも・・・
10時半頃帰ってきたのですが、11時頃から外は猛烈な北風。
何とかセーフでした。
明日は東京で晴れにもかかわらず5度までしか上がらないそうです。
風も強いようですので、とっても寒い日になりそうです。
日本海側では雪のようです。
でも、この予想外の寒さのおかげで、
1月に予想されていた杉花粉の飛散は始まらないようです。
ちょっと怖かったので、本当に助かります。
NJも久しぶりの雪みたいですね。
そして夜にはIce。明日は雨。
NJに帰る木曜日は幸い晴れのようです。
健康も守られていることに感謝します。
日本でもNJでも皆さんが祈ってくださっているので、
支えられているのだと思います。
今日はまた横浜で2回目の集会。
昨日とはまた別の方々が集まられました。
一人一人の導かれた道を思い出して、
一人一人、それぞれ特別な導きで教会に来られたことを
思い出して、感無量でした。
その後、急に訪問の予定が入って、
あるご夫妻を横浜に訪問。
ご主人、70を前にカラダをめちゃくちゃ鍛えておられて、
今でも自転車でどこへでも行っちゃうそうです。
ふつう、どこへでも・・・と言ったら、
「買い物でも」「駅で2,3駅なら・・・」という意味だと思いますよね。
でも、この方、横浜駅のあたりから町田までとか、横浜から東京とか、
なんだそうです。
今ひそかに、自転車で北海道まで行くとか、
行きたいなあ~と思っておられるようです。
すごすぎ。
そのあと、埼玉にあるご一家を訪問。
一緒に祈る時を持ちました。
ここにも主がなしてくださっていることに、
感謝しながら、時を過ごしました。
明日は帰国前の最終日。
一件のご訪問。
午後は教会図書の買い出しと、
いろいろ整理する時間。
夜は22年ぶりの大学時代の友人との再会です。
さて、今日の聖書。
今日はルカ12章13-21節。
「おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。」20節。
この言葉を自分が言われたらどう思うだろうかと、
いろいろ考えさせられました。
お金を頼って歩んでいるわけではありません。
自分の命も主の御手の中にあることもわかっています。
でも、このことを言われる覚悟はあるだろうかと。
明日があると思って生きています。
明日もあさってもその次もあると思っています。
でも、それはわからないんだと。
日々に生かされていることを感謝しつつ。
今日の使命を確認して祈りました。
主よ、
今日の一日も守られて感謝します。
どうか、日々の使命に生きる者でありますように。
あなたの与えてくださる使命に生きる者でありますように。
2008-02-11
何を恐れるか
夜になって外に出たのですが・・・暖かく感じました。
滞在先のそばにあった、ファミレスがBOOK OFFに変わったので、
いろいろ本を仕入れに・・・。
でも、明日の予報はやはり雪。
夜の11時で7度もあるそうなんですが・・・。
そして、NJに電話したら、-13度だそうな。
ちょっと帰るのがコワイかも・・・。
今日も、朝、個人的にお会いする方がいて、いろいろ話しました。
午後は病院訪問、そして、横浜で集会。
一人一人の課題は本当にそれぞれに大きな課題。
それについて、共に祈ったり、
語り合ったり・・・。
一人一人が神様からの答えをもらえるように、
励まし、支える働きをさせて頂く働きの大切さを思います。
日本に帰って、最初が大切で、続けて教会に行けることを願うわけですが、
ある方は10年以上かけて、行く教会が与えられて
ある方は2-3年かけて・・・
一人一人、神様が与えてくださる導きがあるんだなあと思いました。
たとえ、教会に続けて行かれていても、
本当に心の底から、その教会の一員になるのには、
また数年かかる、ということもあるんですね。
お一人一人を守り導いてくださいますように。
今日の聖書。
今日はルカによる福音書12章1-12節。
「恐れなければならない方を、あなたがたに教えてあげましょう。」5節。
私たちが恐れるべき方は誰なんでしょうか。
何を恐れなければいけないのでしょうか。
私たちはどれほど人を恐れることでしょうか。
その人を恐れることが、どれほど、判断を狂わせることでしょうか。
私たちが恐れるべきなのは主のみ。
神様だけであることをもう一度思わされました。
人を恐れない強さを与えて頂きたいと思いました。
主よ、
どうか、あなたをおそれる者とならせてください。
あなたをおそれる者の強さを教えてください。
人を恐れるところから解放し、
あなたに従う者としてください。
あなたの御業を見せてください。
2008-02-10
ついつい遅くなる・・・。
昨日は夜遅く帰ってきたので、
そのまま休んで、朝書いています。
昨日の日曜日も一日守られました。
朝は栃木の教会。
先週の浜松もそうですが、
全国各地で信仰を守って、
私たちと同じ思いを持って歩んでおられる方々の存在には
励まされ、またそこでいろんなことを教えられます。
初めての教会でしたが、
初めてのような気がしない、そのような香りがしました。
そして東京に帰ってきて、
2つの面会。
それぞれにいろいろな戦いがありますが、
主が導いてくださいますように。
楽しい一時でした。
夜にお邪魔したお宅では時間の経つのを忘れて、
次にお会いするのがまたいつかと思うと、
去りがたい気持ちになりました。
お忙しい方々のところなのに、遅くまでお邪魔してしまいました。
神様ご自身が守ってくださいますように。
昨日の朝の雪は関東では余り大きな影響はありませんでしたし、
昨日は最近の中では一番暖かくなったのでは・・・と思います。
でも、今日からはまた寒く、
明日はまた一時雪?
NJも今夜は冷えて、11日は一日氷点下みたいです。
日曜日の聖書。
日曜日はルカによる福音書11章45-54節。
「わざわいだ。律法の専門家たち。おまえたちは知識のかぎを持ち去り、自分も入らず、入ろうとする人々をも妨げたのです。」52節。
この「知識のかぎ」ってなんだろう、と思います。
それがわからないとちょっと不安になりますよね。
自分はどうだろうかって。
そして思いめぐらしていたら、
「福音」なのかな・・・と。
聖書全体を読み解く鍵は「福音」なのではないかと。
またどこかでゆっくり学ぶときを持ちたいと思いますが・・・。
福音に生きなさいよ、と言われているのだと思います。
主よ、
どうか、私を福音に生かしてください。
福音に生き、そこにかける者としてください。
日本もあと3日です。
2008-02-09
内側から。
名古屋は雪の降り始めでした。
浜松では雨。
浜松で4時間。
そのあとは東京。
東京ではまだ何も降っていませんでした。
で、東京に着いて初めて知ったのは、
「名古屋は積雪13センチ。」のニュース。
いやあ、ニアミスでした。
東京は西部ではかなり積もっているみたいですが、
私の滞在している江東区木場では、夜10時半現在、雨。
雪が好きな皆さんには申し訳ありませんが、
短期滞在で飛び回っている身には、
雨で助かりました。
明日は栃木の教会なのですが、
あっちは一面の銀世界なんでしょうね。
今週は
日・・・東京、雪。
月・・・弘前、ちょっと雪。
火・・・函館、ちょっと雪。
土・・・名古屋、雪。
とよく雪に遭いましたが、
JRパスでJR乗り放題を使った1週間
何とか予定通り守られました。
感謝。
今日の浜松の予定も守られました。
日本に帰られた方の集っておられる教会に伺って、
牧師さんをはじめ皆さんとお交わりをさせて頂いて、
とてもうれしかったです。
ちょうど、子供のためのプログラム「ジョイキッズ」(うーん、どこかで似たような名前の集まりが・・・)、
が始まったのですが、自分の知らない歌を歌っていたので、早速譜面ゲット。
JOYJOYキッズクラブも「井の中の蛙」にならないようにと思いました。
さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書11章37-44節。
ちょうど、NJに帰ったら礼拝で読むところです。
「とにかく、うちのものを施しに用いなさい。そうすれば、いっさいが、あなたがたにとってきよいものとなります。」41節。
口語訳では「内側をきよめなさい」と訳されていて、私はそれにずっと慣れ親しんできたのですが、
新改訳ではこうなっているんですね。
NIVでも、似たような訳になっています。
礼拝説教のために、NJに帰ったら、ちゃんと調べてみようと思うのですが・・・(いつ?)
いずれにしても、「内側にあるもので勝負」ということでしょうね。
自分の内側を省みる一時となりました。
いや、本当に表面的なことで勝負はできません。
自分の中にあるモノが、やっぱり出てくる、
また人にも伝わる。
だから、ただただ、主の恵みがあふれて、
伝わっていくようにと思います。
自分の持てる何かではなくて、
ただただ、主の力が伝わっていくようにと、
主の素晴らしさが伝わっていくようにと思います。
主よ、
どうか、私をきよめてください。
どうか、私の心の内側にあふれて、
私の心をきよめてください。
あなたの喜ばれない思いを追い出し、
あなたの思いを私のうちに分かち合ってください。
内側から、あふれ出るモノが、
周りの人々を満たしますように。
明日の礼拝を祝福してください。
2008-02-08
主の導き
今は名古屋ですが、明日は浜松→東京。
明日はどこも雪のようです。
新幹線、遅れないといいのですが・・・。
NJもずっと暖かい日が続いていたようですが、
この週末から寒くなるようですね。
来週の木曜日、NJに戻りますが、
寒くなるようです。
今日は関西での集まり。
でも、本当に小さな集まりになりました。
場所を提供して下さった先生方と、
お一人の姉妹。
でも、本当に幸いな一時となりました。
その最中にいただいた一本の電話。
病と闘っている一人の姉妹からでした。
しばらく入院していて、治療を受けていたこと、
今日、外泊が認められたとのこと、
そして、何よりも今回の入院の理由となった、
診断がおりたその翌日、不思議なことに12月号のJCCNJの月報が
テーブルの上に置いてあって、
それも、うっかり開封していなくて、
開いたら、今の自分の為に主が準備しておられた
メッセージが書かれていたそうです。
そして、2,3日前、2月号の月報を見て、
私の今日の予定を知って、
連絡をして下さったのでした。
たまたま、私は夕方の新幹線まで時間があって、
たまたま、姉妹は外泊をもらって、実家に帰っていて、
体力的にも支えられている、ということで、
早速ご訪問できました。
本当に不思議な主の導きを感じました。
主が与えて下さっている出会いに感謝。
さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書11章27-36節です。
「もし、あなたの全身が明るくて何の暗い部分もないなら、その全身はちょうどあかりが輝いて、あなたを照らすときのように明るく輝きます。」36節。
主が私を照らす光であって下さるように、
私も光とならせて頂きたい。
光として輝きたい。
輝いて、世を照らしたい。
人々を照らすような者でありたい。
そのように思いました。
そして、そのために、邪魔になるものを、
主が一つ一つ取り除いていて下さる、
それが今の私の状態だと思います。
「取り除き途上」だと思います。
一つ一つ、時間をかけて取り除いていて下さることを感じます。
主がこれからも御業を進めて下さいますように。
主よ、
あなたの御業を待ち望みます。
私を輝く者にして下さい。
今、日本にいますから、日本の方々を、
また帰ったらNJの方々を
照らす光としてください。
2008-02-07
心を満たすのは何か
なんだか寒い日が続きます。
風が強かったからでしょうか。
そして、この週末の雪の可能性がだんだん高くなってきたようです。
そのあとの天気を見ても、ずっと寒いまま、日本滞在は終わってしまうようです。
花粉が飛び始めるのが遅くなるのは助かるのですが、
また、帰ってからNJも寒いんだろうなあ・・・と思いながら・・・。
春が待ち遠しいです。
今日も合計で6人の方々にお会いすることができましたし、
また何人かの方々とお電話でおはなししました。
お一人一人を取り巻く状況はいろんなことがあって、
大変だなあと思いますが、
一人一人に今日も語りかけてくださっていることを、
心から感謝します。
今日はそして、待ち合わせの合間に、
本屋で捜し物をしました。
今回の日本訪問の中で、
日本語の本をいろいろ見てくる、というのも、
一つの大切な目的でもあります。
でも、本当にたくさんの本が出版されています。
今年は特にスピリチュアル系が本当にすごい。
たくさんの本が出されて、
またたくさんの人がその棚の前で立ち読みをしている・・・。
教会がこの人々の求めにどのように答えるか、
大切なことだと思いました。
ちょっと取り組んでみたいと思いました。
それから、今回、興味を持って見ているのが、
「境界性人格障害」「自己愛性人格障害」の本。
ちらっと読んだ中にはこんな例が書かれていました。
ある人が、「自分に合った」お医者さん(カウンセラー)を探す中で、
あるお医者さんは「あまりに素っ気なく感じる」
あるお医者さんとは「けんかになってしまう」
あるお医者さんは「暖かく迎えてくれて、夜にも電話を受けてくれて、夜中でも、会ってくれる。手を握って、『いっしょにやろうね』といってくれる」
もちろん、その人は、3番目のお医者さんに「ああやっと素晴らしい先生に出会えた」と思う。
でも、そのお医者さんの対応は最悪なのだと。
最初のお医者さんの対応が正しいのだと。
(詳しい説明は正しくする自信がないので、控えさせて頂きますが・・・)
正直なことをいうと、私は説明を読むまでは、
この最後のお医者さんのようにできない牧師である自分はダメだなあと思っていました。
そして、この最後のお医者さんのようにできるように(「手を握る・・・」ってのはどうかと思いますが・・・)なりたいと一瞬思った自分がいました。
ああ、自分はまだまだ、メシヤコンプレックス持っているなあと思いました。
人、それも、弱さを持っている人にどう思われるか、
それに振り回されない、強さを持たなければと思わされた、一時でした。
今日の聖書。
今日はルカ11:14-26です。
「わたしが、神の指によって悪霊どもを追い出しているのなら、神の国はあなたがたに来ているのです。」20節。
特に、心が主によって満たされることの、
大切さを思わされました。
ただ、悪霊が出ていくだけではダメだ、
主に満たされなければ、もっと悪いことになる、
悪霊に隙をつかれないように、
聖霊様に満たされていることが大切なのです。
聖霊様に満たされたいと思います。
いつもいつも他の物が入る隙がないように、
主に満たされていたいと思いました。
主よ、
どうか、私の心を満たしてください。
あなたご自身が満ちてください。
あなたの恵みに満たされて、
喜びにあふれて、歩む者でありますように。
2008-02-06
祈り続ける
相変わらず日本は寒い日が続いています。
週末はまた関東雪かも・・・という予報が出てきました。
NJはちょっと荒れ模様のようですね。
そして、週末にかけて厳しい冷え込みがあるようです。
さて、今日は昼頃着いて、
ある方とその方が日本で行っておられる教会を訪問しました。
月曜日もそうですが、
帰られた方々の地域の教会や牧師を知ることも、
大切な働きだと思っています。
とても楽しい一時でした。
そして、夜は大阪一麦教会の祈り会。
20名の方々が集まり、熱い祈りの時となりました。
ここの教会に来ると、本当に励まされます。
元気がもらえます。
そして、この祈り会に、この教会に初めてこられた方もおられました。
何とHPで私の説教を聞いて、
またHPで近所の教会に来ると知って、
駆けつけて下さったのです。
一つ一つの出会いに心から感謝しました。
明日は集会はありませんが、
個人的に会う方々が何人か。
そのうちのお一人は何年ぶりでしょうか。
楽しみにしています。
さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書11章1-13節。
「彼は友だちだからということで起きて何かを与えることはしないにしても、あくまで頼み続けるなら・・・」8節。
やはり、ここで、イエスは求め続けることの大切さを教えておられるのだと感じました。
求め続けようと思いました。
特に、昨日、おとといお会いした方々のために、
今日お会いする方々のために、
明日以降お会いする方々のために、
その信仰のリバイバルのために、
お祈りしたいと思いました。
祈り続けようと思いました。
主よ、
祈り続けます。
どうか、あなたの御業をなして下さい。
どうか、あなたが応えてください。
祈り続けます。
2008-02-05
つながり。
函館で一人の方にお会いして、夕方に東京へ。
今、夜の8時半。
盛岡駅に停車中の新幹線の中です。
函館を夕方5時前の特急に乗ると、
1回の乗り換えで東京にその日のうちに着ける。
ちょっと意外でした。
ちょっと駆け足でした。来年からはもう少し時間をかけてゆっくり回りたいです。
今日の朝、特急電車の窓から見えた津軽富士。
見事でした。感動しました。そう、人に会うのが目的なのですが、
その人々が住んでいるところについて、もっと知りたい。
そして、今まで私の働きは日本に帰られた方々を日本の教会に紹介すること、
と思っていましたし、今もそれが第一だと思っているのですが、
今回の巡回の中で、もっとこの日本に帰られた方々の歩みを知りたい、
その痛みや喜び、日々の歩みについて、
もっといろんなことを共有して、もっと、JCCNJと日本に帰られた方々の
距離を短くしたい、そんなことも思わされています。
ホンの数時間の語り合いの中でも、
何かのきっかけとなって、神様が語ってくださるようにと、
神様が答えを与えてくださるようにと、祈らされます。
自分のできることはほんの少しだと思います。
また正反対に、つまずかせてしまうこともどれだけあるだろうかと思います。
でも、昨日の聖書箇所のように、
神様から権威をいただいていることを真剣に受け取って、
いつもいつも大胆に語り続ける者でありたいと思います。
明日から金曜日までは関西です。
さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書の10章25-42節です。
「よきサマリヤ人」のたとえ、と、「マルタとマリヤ」のエピソードのところです。
「あなたも行って同じようにしなさい。」37節。
6時頃に目が覚めて、朝食の8時までの間、雪の降る弘前の町を見ながら、
いろんなことを思いめぐらされました。
まず、主が「あなたも行って同じようにしなさい」と、
今日、出会う方に対しても、そのようにしなさいと教えておられるように感じました。
そして、このサマリヤ人が、ユダヤ人に軽蔑されていたことを思わされ、
自分は自分を軽蔑する人に対して、そのようにできるだろうか、
そのような愛を持てるだろうかと思わされました。
愛がない自分を見せつけられた朝でした。
だから、読むたびに最後は思わされます。
いつの間にか、傲慢にも、自分は自分を「助ける側」に置いている。
でも、本当は私も、倒れて、息も絶え絶えになっている者。
そして、このサマリヤ人はイエスなんだと。
イエスの憐れみがなければ、
その犠牲がなければ、
今の私はあり得ない。
そのことをもう一度思わされました。
主よ、
このような聖書の言葉に出会うたびに、
自分の愛のなさに打ちのめされます。
心が立ちすくんでしまう、自分がいます。
どうか、あなたの愛を与えてください。
あなたがわたしのためにどれほどの愛を注がれたのか、
私の目を開いて見せてください。
祈りによる励まし。
やはりこの「祈る」という一時は特別な時だ、と思います。
お互いに初めてであっても、何年も会っていなくても、
祈ろう、と手を合わせる時に、何か通じるものがあるんだと思います。
そして主の前に出る。
また焦点を合わせるべきところにあわせさせて頂く一時でした。
力をいただいて、励ましをいただいて、
電車に揺られて、弘前へ。
途中、青森のあたりでは雪が降っていて、場所によってはかなり激しく降っていたのですが、
弘前は星が瞬いていました。
「天気が悪かったら大丈夫だろうか」と心配していましたから、
本当に主に感謝しました。
弘前は岩木山が西側にあるから、雪が少ないとか・・・。
それでも、一面の銀世界です。
3年ほど前に、洗礼を受けられてまもなく帰国された方と、
また当地で牧師をしておられる大学時代の友人夫妻。
ご紹介して、御言葉を開き、祈る一時を持ちました。
本当にこのような時が持てたことは主の導きだとしか考えられません。
主がこれからも語り続け、導き続けてくださいますように。
でも、弘前にいると、
東京の雪のニュースは全国版で流れるたびに
「どうしてこれくらいで・・・」と思うそうです。
「東京では珍しいと言っても、毎年一回はあることだし・・・」と。
ですよね。考えてみれば、それは「ローカルニュース」。
全国版では流さなくても・・・と思いますよね。
それにしても、月曜日の朝は首都高速とかほとんど通行止め。
東京の雪に対する弱さにはびっくりです。
さて、月曜日の聖書。
月曜日はルカによる福音書10章17-24節でした。
「わたしは、あなたがたに、蛇やさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けたのです。」
19節の言葉です。
この聖書箇所の中心は、あくまでも「でも、何よりもあなたの名前が天国に記されていること、の方が大切なことなんですよ」ということで、つまり、何かができた、ということに喜びの中心を置くな、それよりも素晴らしいのは、あなたに救われる理由なんか何もなかったのに、主があなたに目を留めて、恵みによって救ってくださったことの喜びに目を留めよ。ということです。
でも、昨日は、それがわかっていながらも、この御言葉が心に留りました。
私にもその権威が与えられている。
弘前、函館、そして関西と巡回する中に、
主がそんな権威を与えてくださっていることに、
励ましと平安を感じました。
主が先立ち行ってくださる、
主が導いてくださる。
主が語ってくださる。
そのことを信頼して出ていこうと思いました。
主よ、
あなたの導きに感謝します。
あなたが与えてくださる特別な導きに感謝します。
どうか、あなたが私と共に行ってくださって、
いや、私の先に歩んでくださって、
あなたの力を表してください。
私にもこの権威が与えられていることに感謝します。
この与えられた権威を正しく用いることができますように。
2008-02-03
雪の日曜日
うちのあたりはそれほど積もりませんでしたが、
場所によっては10センチくらい積もったようです。
そんな中で、深川の礼拝に来られる予定の方で、
来られなかった方々もおられましたが、
雪だから予定が変わって来られた、
という方々もおられました。
すべては主の御手の中に・・・ですね。
午後は、自分が子供の頃に愛と祈りとをもって育ててくださった
教会のご婦人方、90代になられたお二人の方をご訪問しました。
本当に自分は自分だけではなくて、
多くの人々の愛と祈りによって支えられてきたんだ、
そのことを深く思わされる午後となりました。
夕方には新婚のご夫妻が訪ねてきてくださって、
幸いな一時を持ちました。
同じ信仰を持ち、同じ方向を見て、
歩む者同士の楽しい一時でした。
そして、10時には撃沈。
風呂の中でも何回も意識を失い、
「まずい、これはおぼれてしまう・・・」
と、さっさと風呂から上がり、そのまま、朝の5時まで爆睡でした。
無事、時差ボケ解消!となる・・・でしょうか・・・。
今日(月曜日)は午前中東京の祈り会で、
夕方は青森県弘前です。
さて、日曜日の聖書。
日曜日の聖書箇所はルカによる福音書10章1-16節でした。
「あなたがたに耳を傾ける者は、わたしに耳を傾ける者であり、あなたがたを拒む者は、わたしを拒む者です。わたしを拒む者は、わたしを遣わされた方を拒む者です。」16節の言葉です。
この言葉の重さを感じました。
責任の大きさを感じました。
託されているものの大切さを思わされました。
いつもいつも主に聞きながら、
いつもいつも単純に忠実に
主の恵みと力を伝えていく者でありたいと思いました。
主が共に行ってくださることに心から感謝。
主よ、
今日も共に行ってください。
いろいろな戦いがあります。
あなたの御言葉を誠実に語っていくことができますように。
その中で、あなたの勝利を見ていくことができますように。
2008-02-02
日曜日は雪?
もうあと10時間ほどで礼拝の時間です。
早く休まなければ・・・。
今日も寒~い一日でした。
朝は2度くらい。昼間は7度くらい。
でも、何なんでしょう。
絶対にNJより暖かいはずなんですが、
ダメなんですよねえ、寒いんです。
ヤバイです。3日目で。
ああ、情けない。NJで甘やかされていたのでしょうか。
たぶん、慣れなんでしょうね。
帰る頃には「こんなの屁でもない」と豪語していたりするんでしょうか。
日曜日は雪の予報。
今、夜中の1時頃ですが、外を見たら、雨が降っています。
気温は3度くらいのようです。
朝には雪に変わっているでしょう。
でも、明日、深川までこられる方々の足が守られますように。
今日は午後は田町で、夜は中野でそれぞれ集会がありました。
子供たちも含めて、あわせて20人くらいの方々が集まられました。
一人一人の御様子をお伺いして、
本当に日本に帰られた方々のために
祈り続けることの大切さを思わされました。
「この方は教会につながっているから大丈夫」
「この方は信仰がしっかりしているから大丈夫」
そんなことは決して言えないのだと。
本当に祈りで支えることの大切さ、
また、聖書を中心とした交わりにつながることの大切さを思わされます。
今日の2つの集会を守り祝福してくださった、
神様に心から感謝。
たくさんの、「来られなかった方々」にも守りを祈ります。
さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書9章51-62節。
「イエスは、エルサレムに行こうとして御顔をまっすぐ向けられ・・・」51節。
昨日と同じようなことですが、
イエスの目が十字架に向かって
まっすぐ向いていたことに感動を覚えます。
人々の賞賛の声、
こちらに来てほしいという期待の声、
それがかなえられなかった時にそれが非難と変わった声、
それらすべてにイエスは振り回されることなく、
まっすぐに十字架を見ていたのでした。
私もそのような者でいたいと思いました。
どこまでも主の僕、
どこまでも、自分の十字架を負って従っていく、
そのような者でありたいと思います。
主よ、
どうか、私の見るものを導いてください。
私の目の焦点がいつもわたしに与えられた十字架に合っていますように。
どうか、そこに顔を向けて歩むことができますように。
どうか、見るべきものを見ていくことができますように。
一人一人の歩みを守ってください。
どうか、必要な励ましを与え、
必要な出会いを与えてください。
明日の日曜日の礼拝を豊かに祝福してください。
2008-02-01
イエスの見つめていたもの
朝は1度くらい、昼間も8度くらい。
絶対NJの方が寒いんでしょうが、
外を歩く時間は長いし、
建物の中でも、人がいるところは暖房が入っていても、
「廊下」は寒かったりします。
だから、印象としては、「助けて~」と思うくらい、寒い。
そんな中で、気がついたこといくつか・・・。
冬は「着ぶくれラッシュ」。
冬の日本はたぶん7年ぶり。
夏に帰った時よりも電車が混んでいます。
でも、たぶんこれは「着ぶくれラッシュ」。
本当に夏よりも2-3割体積が大きいですよね。
胸が押しつぶされるかと思いました。
忘れていた日本・・・ってかんじですが、
今日、木場の駅前で、ポケットティッシュをもらってしまいました。
日本ではポケットティッシュって買わなくていいんですよね。
これは助かります。
「ああ、忘れてた」って、一人でにやにやして、怪しいおじさんをしていました。
今日、東村山の教団本部に行って、
いろんな方にお会いしたのですが、
そのあと、
結構近くに住んでおられる
元JCCNJの方にお会いしました。
とてもいい一時を持ちました。
皆さんの祈りが聞かれていることを感じます。
さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書9章37-50節でした。
『人々はみな、神のご威光に驚嘆した。 イエスのなさったすべてのことに、人々がみな驚いていると、イエスは弟子たちにこう言われた。 「このことばを、しっかりと耳に入れておきなさい。人の子は、いまに人々の手に渡されます。」』43-44節
人々が驚いている時に、
イエスは弟子たちに向かって、
まるでタイミングを計ったかのように、
人々が驚嘆しているからこそ、という感じで、
「私は人々の手に渡される」と語られたかのようです。
人々の「すごーい」という声の中で、
その声を喜ぶのではなく、
全く違った方向を向いておられたイエスの姿を
思わされます。
十字架を見つめておられたイエスの姿を思わされます。
自分は何を見ているだろうか、
どこに視線を向けているだろうか、
見るべきものを見ていきたいと思いました。
主よ、
あなたを見つめて歩ませてください。
私が違うところに目を向けるのではなく、
十字架を見つめて歩ませてください。
恐れるのではなく、愛する者としてください。
2008-01-31
いのり。
だいたい、日本到着の最初の夜はこんなもん・・・。
12時に寝て2時半には目が覚めてしまいました。
そして、布団の中に入っていられなくて、ごそごそ・・・。
昨日、滞在拠点の木場深川キリスト教会のに着いたのが、
5時過ぎ。
そのあと、メールをチェックして、
夕食をいただいて、
そのあと、木曜日の夜なので、祈り会。
日本の教会は特に新しい教会を別にすると、
余り元気がないとか、閉塞感があるとか、よく言われますが、
どうしてどうして、祈り会が元気な教会には励まされます。
昨日も、昼間も10人くらいご婦人が集まられたようですが、
夜も自分を入れて8名。
毎回帰るたびに、新しい方が増えています。
来週伺う大阪一麦教会も、祈り会の元気な励まされる教会です。
アメリカで、「新しい方々に開かれた教会」を意識している教会に人が集まり、
伝統的な教会には高齢化が進んでいるといわれますが、
そんな中で、「祈り中心」という一見伝統的なスタンスを貫きながら、
多くの人が集っているのが、よくここにも出てくるBrooklyn Tabernacle。
ここの牧師さんは祈り会のことを「Spiritual ER・・・霊的な救命救急」と呼びます。
そこで取り扱われるのは、命に関わる問題だからです。
「永遠の命」に関わることだからです。
そして、麻薬中毒やアルコール中毒の人たちも、
ふらふらと教会の祈り会に引き寄せられて、
何の「新しい方への配慮」みたいなものもない、そのような集まりの中で、
救われていくのです。
そのような主の御業を見せて頂きたいと思いました。
そう、祈りということで、この間の礼拝の中で、
祈って頂きましたが、(2部の方だけでした。1部の方は初めての話ですが)
聖書学院時代共に学んだ、水戸の高橋泉先生が、
この間の日曜日に倒れられたと
ニュースが入ってきました。
私と同年代の牧師夫人です。
その時は「倒れて、意識不明」としかわからなかったのですが、
シドニーの小林献宣教師のブログに詳細が載っています。
第1報
第2報
第3報
第4報
最初は心拍停止の危機的な状況で、
脳へのダメージも心配されましたが、
回復に向かっておられるようです。
お祈りに感謝します。続けてお祈り下さい。
さて、1月31日、昨日の聖書。
ルカによる福音書9章28-36節。
「彼の言うことを聞きなさい」35節。
栄光に輝くイエスの姿、そしてモーセとエリヤの姿を見て、
ペテロは「ああしましょう、こうしましょう」とはしゃいでいました。
でも、そんな彼に対する神のメッセージは、
「聞きなさい」でした。
自分にとってもそれがいかに大切かと思わされます。
今回もバタバタと走り回るようなことにならないようにと、
戒められたように思いました。
主の前に静まり、
主に聞きながら、導きを求めながら
進んでいきたいと思います。
落ち着いて、前進していこうと思います。
主よ、
御言葉に感謝します。
戒めの言葉に感謝します。
どうか、あなたに聞きながら歩む者でありますように。
あなたの前に静まって聞く者でありますように。
とうちゃく。
何年ぶりでしょうか、東京の冬。
今日は冬らしい、北風の吹く、寒い日でした。
10度くらいなんですが、風のせいか、
気分のせいか、寒く感じます。
明日はもうワンランク寒くなるようです。
このあとは30日、機上でのコメント・・・。
夕方の5時。
出発してから6時間が経ちました。
そろそろ中間地点です。
だいたい、飛行機では眠れないのですが、
今日もここまでであわせて30分くらいだと思います。
今回初めて近くから出ているNewark Airport行きの
Shuttleというのを使いました。
ラクチンですね。
ちょうど子供たちが学校に行く時間帯なので、
Airportまで送ってもらうのも難しいし、
リムジンの3分の1くらいの値段ですむし・・・。
そして、着いたのは出発の3時間前。
航空会社のHPにそう書いてあったから、なんですが、
そんなに必要ありませんでした。
もう1時間ゆっくりできたかなあ、という感じです。
でも、おかげで、チェックインの時に
「席替えますか?一番前の席が空いていますよ」と言われました。
もちろんエコノミーの一番前ってことですが、
ここは前に座席がないから、足の周りがとっても広々としています。
通路側に座ったのですが、奥の方が出たい時にも、
立ち上がる必要がありません。
前の人のが席を倒して、圧迫感を感じることもありません。
すぐ前がビジネスクラスで、うらやましく思うかと思いましたが、
そんなに気になりません。
ビジネスといえば、何年か前にこの時期に日本に行った時に、
帰りの便が日本の大学生の卒業旅行らしい若者たちでいっぱいで、
ビジネスに回されたことがありますが、
その快適さと言ったら、もう空の旅のイメージが100パーセント変わってしまうモノでした。
でも、今日のこの席もいいです。
ラッキーです。
それでも、余り眠れませんが・・・。
さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書の9章18-27節でした。
「自分のいのちを救おうと思う者は、それを失い、わたしのために自分のいのちを失う者は、それを救うのです。」24節の言葉です。
自分を捨てる、自分の命を失う・・・ということに心が留りました。
どういうことなんだろうかと。
コロンバイン高校銃乱射事件の犠牲者レイチェル・スコットのお父さんは、
娘は文字通り、信仰ゆえに命を奪われたけれども、
ふつう、私たちはこれを「installment plan」で払っていると、言っていました。
訳すと「分割払い」。
その分割された中で大きなモノは、「プライド」なのかな、と。
屈辱的なこと、侮辱されること、
本当につらいことです。
でも、そこに捕らわれていては、
そこにこだわっていては、
主に従っている者とは言えない。
そこにこだわっていては命を得ることはできない。
そのことを痛切に感じました。
そして、自分が進んでそうすることができないから、
主はその訓練を与えられるのだと思います。
必要な訓練を与えられるのだと感じました。
「ほめられても、そしられても、悪評を受けても、好評を博しても、神の僕として自分をあらわしている。」(第2コリント6:8)と言える者となりたいと思いました。
主よ、
あなたは私のために屈辱を受けて下さいました。
人々は考えられる最大の侮辱をあなたに与えました。
そのおかげで、私は今生かされているのに、
救われているのに、
何と、自分のプライドにしがみついている者でしょうか。
どうか、あなたの足跡に従っていく者でありますように。
自分を捨てる、ということがどういうことなのか、
もっともっと経験することができますように。
2008-01-29
主によって満腹。
昼間はぐっと冷え込みがゆるんで、
過ごしやすい一日でした。
午後からは雨がパラパラ。
でも、本降りになることがなく、夜になりました。
明日は朝は雨で、
そのあと晴れてきますが、
風が強いでしょう。
と、ちょっと投げやりな天気情報ですが、
明日の朝、日本に出発するので、
赦してください。
明日の東京は晴れで夜は1度まで冷えるそうです。
でも、日本って、思ったより寒く感じるんだろうなあ。
お祈りお願いします。
一つ一つの出会いの中に、
語り合い、祈り合いの中に、
主の祝福が豊かにありますように。
「ああ、聖霊様が働いてくださったなあ」ということが起こりますように。
今日の火曜礼拝は、7人の方々が集まりました。
そのうち、私以外の6人の方々は、いろいろな事情で、
日曜日に来られなかった方。
始まって4ヶ月なのですが、その場が用いられていることに感謝。
さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書9章1-17節。
「人々はみな、食べて満腹した。」17節の言葉です。
そんな、5つのパンと2匹の魚で5000人の人が満腹するなんて、
そんなことはあり得ない。
ちょうど、私たちの手の中にあるもので、
多くの人々が満たされることが「あり得ない」ように。
私のような存在が用いられることが「あり得ない」ように。
ただ、主の恵みであり、
主のご自由な働きであり、
主の御力なんですね。
そのような御業を見せて頂きたいと思います。
主が私たちがささげるものを用いて、
多くの人々を満たしてくださるのを、経験したいと思います。
そのために、私が主の元に持っていくべき、
5つのパンと2匹の魚は何だろうかと思いました。
思いめぐらしました。
自分自身なんだろうと思います。
砕かれ、整えられることを恐れないで、
自分の「夢」として「私を用いてください」ではなくて、
神様のご自由に私を用いてください、というのが大切なんだろうと思います。
主よ、
私自身をささげます。
自分の夢の実現を求める者ではなくて、
あなたのなされるところに従順に従っていく、
そのような思いで歩めますように。
本当の意味で自分をささげることができますように。
日本滞在中は更新は不定期です。
とりあえず、次回は日本時間で木曜日の夜が目標。
・・・つまりNJは昼前かな。
2008-01-28
泣かなくてもよい
そんなことは余り感じないですねえ。
朝は-4度くらい。
そして昼間は、5.7度まで上がりました。
でもなんだか「暖かい」って言うんじゃないんですよねえ。
さすがに1月下旬です。
今は夜の12時で-2.4度。
明日の朝はまた-5度くらいでしょう。
そして、明日の午後には雨。
そう、雪じゃなくて雨。
不思議ですねえ。
今年は本当に降る時は「雨がメイン」
明後日の朝まで続きますが、雨です。
助かります。
明後日の朝、日本に発ちますので、
雪じゃなくてよかったです。
そして着く日の東京は晴れ!
先ほども、日本に帰国されて3年くらいの方と電話でおはなししましたが、
お会いできるのが楽しみです。
一つ一つの出会いが、神様の方にお互いの目が向けられるような
そんな一時となりますように。
さて、今日の聖書。
今日はルカ8章40-56節でした。
「泣かなくてもよい。死んだのではない。眠っているのです。」
52節の言葉です。
この言葉を読みながら、
先に主の元に召されていった方々のことを思わされていました。
主の元に召された、という感覚が強くて、
眠っている、ということは余り考えたことがありませんでしたが、
今日、ここを読んでいる中で、
また「日々のみことば」の解説を読んでいる中で、
先に主の元に召されて行かれた方々のことを、
「ああ、眠っておられるんだ、休んでおられるんだ」ということを思わされました。
主の復活の勝利によって、死は骨抜きにされて、
力を失っている。
私たちの目には死んでいるように見えても、
それは主にあっては眠っておられるだけなんだと。
そして、「泣かなくてもよい」という言葉が、
主からの励ましとして聞こえてきました。
「泣かなくていいんだ」と思わされました。
私が歩んできた中で、
「どうして・・・」と思わされるいくつもの、あまりにも早すぎる死。
でも、今日「泣かなくてもよい」と主から語られて、
そうだ、「あまりに早すぎる」というのを止めようと思いました。
それさえも、私の主観的な判断に過ぎないんだと気がつかされました。
主のなさることを信頼していこうと思います。
主よ、
「泣かなくてもよい」とのあなたの言葉に感謝します。
あなたの与えてくださる平安に感謝します。
もう、泣くのを止めようと思います。
主よ、眠られた信仰の先輩たちが、
この世の終わりに起きられる時に、私もそれを共に喜ぶことができるように、
私の信仰の歩みを守ってください。
主が帰られる・・・
27日のつもりで書きます。
今日も寒い一日でした。
なんだか、今年は雪は降らないのですが、
そこそこ寒い日が多いというか、
「底冷え」の日が多いと思います。
「底冷え」って何かといわれると困るような、
主観的なことなんですが、
とにかく足元が冷えるやつですよね・・・。
ま、いつもですが・・・。
今、夜の1時半で-2.1度。
朝はちょっと冷えて-5度くらいだと思います。
で、明日は気持ちよく晴れて5度くらいまで上がりそうです。
助かります。
今日も幸いな礼拝でした。
霊的な自由があります。
あ、これは、ちょっと独特の表現ですよね。
うーんと、「ああ、この自由な解放されている感じは神様から来ているんだよなあ・・・」という礼拝でした。
さて、今日の聖書。
今日はルカ8章26-39節です。
「そこで、イエスは舟に乗って帰られた。」37節。
ああ、なんてもったいない!と思いました。
イエスさまが来られたのに、
大きな御業をなさったのに、
人々はイエスを受け入れられなかった。
そして、イエスもそれに対して、
「そんなことを言わないで・・・」とは言われないで、
去って行かれた、帰って行かれた・・・。
とても悲しいことだと思いました。
私たちが神様に対して、拒否の姿勢を取っている時に、
主は退いて行かれる・・・。
そういうことにならないように、
本当に主に真実に歩みたい、
主と共に歩むことを喜びとしていきたいと思います。
今日、夕方の集会で読んだ、
「主はサムソンを去られたのに、彼はそれに気がつかなかった」
という言葉、本当に悲しく思いました。
そのようにならないように、
主に従っていく歩みをしたいと思います。
主よ、
どうか、私から去らないで下さい。
あなたと共に歩む喜びに生かしてください。
あなたと共に生きる者としてください。
どうか教会を去らないでください。
あなたがいつも共にいて下さいますように。
2008-01-26
聴き方に注意!
朝はあれ以上冷えずに、
最低気温は-5.6度。
そして昼間も、昨日よりは高くて、最高は2.6度。
今も夜の11時半ですが、-1.1度です。
今夜は冷え込みは余り厳しくないでしょう。
チョイ雪も結局「スカ」みたいですね。
今日は夕方に中高生の集まり。
Believe in GodでB.I.G.という名前の集まり。
今月は久しぶりのバレーボール大会。
僕らが中学生の時は、
球技大会といえばバレーでしたからねえ。
下手でも、ある程度はできます。
でも、なんだか、最近、とにかく足が動かない。
ちょっとやっていると、ひざが「ぴきっ」って感じ。
それに何よりも目測が狂う。
ヤバイですねえ。
まあ、もう40代も後半にさしかかろうとしているところですから、
30歳も若い中高生たちと一緒にやろうというのが、
ちょっと何か間違っているのかもしれませんが・・・。
でも、一緒に体を動かすと、ぐっと距離が(年も)近づく感じがします。
不思議ですね。
また「大人対中高生」でやりたい、と言っていました。
3年くらい前は楽勝だったのですが、
今はあっちがどんどん成長していくのに対して、
こっちはどんどん衰えていくので、
かなり危ないと思います。
ハジには「大人、人数集まるの?」なんて言われています。
くやしいけど、そうかも・・・です。
さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書8章16-25節でした。
「だから、聞き方に注意しなさい。」18節。
「日々のみことば」を使っている方は、
今日の左側の解説がミスプリントになっているのに気がつかれたでしょうか。
いやあ、急に不安になるのは、やはり、左のページの解説に以下に頼っているかってことでしょうね。
「聴き方に注意する」どういうことなのかなあと思います。
やはり、私たちは輝くためには聞く、ということが大切なんだということを表しているのかと思います。
どのように聞くか、問われているのだというのです。
自分はどのように聖書に聞いているだろうかと思います。
自分の都合のよいところだけを聞く、
自分の都合のよいように解釈する。
自分の主張をサポートしてくれるようなことだけを聞く、
そんなことをしていることはないだろうかと思います。
主の戒めを聞き、
主の慰めを聞き、
主の譴責を聞き、
主の赦しの宣言を聞く、
本当に御言葉の前にひれ伏す者でありますように。
主よ、
御言葉をありがとうございます。
あなたの戒めをありがとうございます。
あなたの矯正をありがとうございます。
御言葉に聞き、御言葉に従う者でありますように。
私のうちにあなたの光を輝かせて下さい。
2008-01-25
御言葉が実を結びますように
朝は-8度。
最高気温は1.2度と何とか氷点下は脱出しましたが、
また、今、夜の12時頃で、
-4.4度まで下がってきています。
明日の朝はまた、-8度くらいまで下がりそうです。
明日の夜から日曜日にかけて、また「チョイ雪」の予報が出ています。
東海上で低気圧が発達して、
ちょっと停滞するようですね。
ちょっと要注目です。
今回、日本で青森県の弘前と北海道の函館に伺うので、
天気が気になっています。
でも、今はインターネットのおかげで、ほとんどリアルタイムの
気温や天気がわかります。
弘前の26日の朝の最低気温は-5度くらい。
積雪は50センチくらい。
函館は積雪は25センチくらいですが、
最低気温は-11度くらいでした。
なんとか、私が行く頃には寒さもゆるんでいてもらいたいところですが、
津軽は今週1週間ずっと雪のようですね。
天気が守られますようにお祈り下さい。
さて、遅くなったので、
ここら辺で聖書。
今日はルカによる福音書8章1-15節。
「聞いたときには喜んでみことばを受け入れるが、根がないので、しばらくは信じていても、試練のときになると、身を引いてしまうのです。」13節
御言葉の種が芽を出して実を結ぶための邪魔になるものについて、
考えさせられました。
一つは「根を張らさないこと」
御言葉がしっかり自分の心の中に、
生活の中に根を下ろさないと、
そのまま枯れてしまうのです。
もう一つは、「他の邪魔なものがあること」
いろんなことがごちゃごちゃあって、
結局埋もれてしまうこと。
自分の心はどうだろうかと思いました。
御言葉が心の岩を砕いて根を下ろすことを拒んでいないだろうかと。
また、他のいろんなことが心の中で渦巻いて、
御言葉が埋もれてはいないだろうかと。
本当に心の大掃除が必要な感じがします。
主よ、
あなたの御言葉が実を結ぶ、
30倍、60倍、100倍もの実を結ぶために、
邪魔になっているものがあるならば、
それに気づかせてください。
頑固な心から守ってください。
御言葉に従順な者にしてください。
2008-01-24
何を持って伝えるか
朝は-7度。
そして、昼間は2度くらいまでだったでしょうか。
チョイ雪は、チラホラ、で終わりでした。
本当に今年は雪が降りません。
1月、一度も雪かきをしないで終わってしまうのではないかと思います。
で、今夜は冷え込んでいます。
今、11時23分ですが、-5.0度です。
明日の朝は今朝以上に冷えるでしょう。
-8度か-9度。
昼間も氷点下のまま終わってしまうかもしれません。
昨日、ある方と話していて、
「神」という言葉を使わないで神を伝え、
「愛」という言葉を直接使わないで、愛を伝えたい、
という言葉を聞きました。
う~ん、すばらしい!と思いました。
最近、そういう努力をしていないなあと思います。
聖書の中にもそのような書物が2つあります。
エステル記と雅歌。
このブログも最近、そういうことをすっかり忘れて、
やっているなあと思います。
言葉もインフレを起すといいます。
余り一つの言葉ばかり使っていると、
その言葉の価値が下がる、と。
「愛」なんかはその典型でしょうね。
「愛」という言葉ばかり使っている中で、
言葉が意味を失って、
その価値を見失っていないだろうか、
本当の意味を伝え損ねていないだろうか、
そんなことを感じました。
ちょっと考えてみたいと思いました。
そう、牧師であることも表さないで、
「神」という言葉も使わないで、
聖書のメッセージを伝えることにもトライしてみたいと思いました。
さて、今日の聖書。
今日はルカ7章36-50節。
「しかし少ししか赦されない者は、少ししか愛しません。」47節。
どんな行動が生まれるかは、
自分がどこまでゆるされたか、
そこにかかっているとイエスは言われます。
それはまた、
どこまで罪深い存在であると感じているのか、
そこにかかっているんだと思います。
イエスの足元にひれ伏さないではいられない、
イエスの足元で涙を流さないではいられない、
そして、香油を惜しげもなく注ぎたくなる、
そのような思いに駆られるような、
そのような行動に駆られるような、
イエスとの関係。
もう一度、自分の救いを思い出させられた。
もう一度、自分がイエスの救いに目が開かれた時の
喜びを思い出させられた。
引き戻して頂いた。
感謝。
主よ、
あなたがどれほど大きな愛を私に与えて下さったか、
もう一度教えて下さってありがとうございます。
感謝します。
もっともっとあなたの愛の大きさを教えて下さい。
もっともっとその深さに目を開いて下さい。
2008-01-23
Amazon Grocery
夕方から冷え込んできました。
今は夜の10時半頃で、-2.2度。
明日は寒い一日になると思います。
そして、夕方にはチョイ雪の可能性があります。
温度が低いので、チョイ雪でも、
うっすら雪化粧するかもしれません。
Amazonは元々本屋だったような記憶があるのですが、
今は「何でも屋」なんですね。
時々、Amazon Groceryも利用しています。
最近の「負け」は歯磨き。
のんちが歯医者さんに「しみるんですけど・・・」と言ったら、
そこらのShopriteとかで、時々お安く売っているColgate Totalを止めて、
Pronamelというのを使いなさい、と言われたんです。
歯のエナメル質を強くするヤツですね。
サンプルをもらってきて、使っていたら、
なかなかいい。
で、Amazonで買いました。
4つで約20ドル。
でも、25ドルを超えないと、送料がかかりますよね。
で、8つで約40ドル。
そんなに買っていつまで使うんだろう・・・
でも歯はそんなに簡単になくならないから・・・
歯磨きもそんなに悪くなるもんじゃないし・・・
と思って、買ったら、
近所のShopriteで1つ5ドルじゃん。
新聞に入っている1ドル引きのクーポン使えば1つ4ドルじゃん。
それに気がついたのは「発送しました」というメールが来た翌日。
「Shopriteではもっと高いんだろうなあ・・・」と
値段を見て、勝ち誇ろうと思ったのですが・・・。がっくり。
で、「勝ち」なんだけど、こんなにたくさん・・・。
というのが、McCannのオートミール。
15日にAmazonからメールが来て、
「39ドル買えば20ドル引きですよ」というメールが来て、
見てみると、
1月31日までに39ドル以上買って、MCCANN91というクーポンコードを使えば、
20ドル引きというではありませんか。
オートミール食べる日本人は余り多くないでしょうが、
朝食は、夏はふつうのシリアルで、
冬は「暖かいシリアル」ということで、
時々オートミールをいただきます。
インスタントのヤツや、ふつうに売っているロールされたオートミールとちょっと違って、
玄米みたいな風味があります。
プチプチ感もあります。
食物繊維がカラダにいいらしい。
何年か前にいただいたのがあって、
結構気に入っているので、買いました。
でも、39ドル以上というのは、
1セット4缶で$22.63ですから、
2セット8缶買わなきゃいけないんですね。
で、2セット8缶で45.26ドル-20ドル=25.26ドル。
ちょうど25ドルを超えるので、送料タダ。
1缶3ドル15セントくらい。
こちらもやはりShopriteでは1缶5ドルでしたから、
これは勝ちでしたね。約4割引。
日本では1050円とかでています。
7割安い。
でも、もしクーポンコードを使わなかったら、
Shopriteの方が安い・・・。
土鍋で炊いて、牛乳と甘いシロップをかけて食べます。
もう日本人の味覚とは、ずれてしまっています・・・。
さて、今日の聖書。
今日はルカの7:18-35でした。
「取税人たちさえ、ヨハネのバプテスマを受けて、神の正しいことを認めたのです。」
29節の言葉です。
いままで、「取税人」と言えば、
イエスが招いた、というイメージでいましたが、
バプテスマのヨハネの言葉にもすでに反応して、
悔い改めていたんですね。
彼らは厳しい言葉には耳を貸さなかったと思いこんでいました。
でも、そうではなかったんですね。
確かに彼の厳しい言葉は人々を悔い改めに導きました。
「しかし、神の国で一番小さい者でも、彼よりすぐれています。」28節。
その大きな働きをしたバプテスマのヨハネよりも、
私たちは祝福されている、
イエスの十字架の救いを知っているが故に、
祝福されている。
その幸いを思わされました。
本来、厳しい言葉を受けなければいけない私たちが、
そこだけで留まらずに、
恵みの世界に招かれていることの幸いを感じました。
また、その厳しい言葉抜きの「恵み」をとても安っぽく感じました。
主よ、
感謝します。
本当に厳しく裁かれなければいけない、
私のために、あなたが自分を与えられたことに、
心から感謝します。
そのことを忘れないように、
強情にならないように、
私を守って下さい。
自分の罪深さを決して見失わないように、
守って下さい。
2008-01-22
inspection通る
ちょっとチラホラしたんですが、
それで終わり。
東京はちょっと降っているみたいですね。
昨年は初雪が3月だったんでしたっけ。
2年ぶりの積雪、とか言っています。
こちらは明日の夜からあさってにかけて、
チョイ雪の可能性がちょっとだけあります。
そしてまた冷え込むようです。
今日はでも、朝から風が強くて、
どんよりしていて、体感気温は低かったです。
でも、今、夜の11時で2.8度あります。
明日の朝はちょっとこれから冷え込んで-3度くらい。
朝からNYの日なので、
風は穏やかであってほしいですが・・・。
今日は火曜日なので、
近くの車のinspection centerが遅くまで開いている日。
うちの車のinspectionの期限が1月末なので、
先週の火曜日に、最初のトライ。
15年選手で、17万マイル以上走っている車なので、
おそるおそる出しました。
日本の車検みたいに10万円とかかかって、
いろいろ厳しいのではなくて、
10分くらいで終わるヤツ。
州によって違いますが、
私の経験した、カルフォルニア、ジョージア、ニュージャージーでは、
どこも大したことはありませんでした。
でも、その分、こちらでは、日本より中古車は高い。
これでダメだったら、換えなきゃなあ・・・と。
で、見事にrejected。
あれ、恥ずかしいですね。
他の人とかも待っているところで、
「rejected」のシールを貼られるのは・・・。
なんてことはない、右のブレーキランプがつかないから・・・。
エンジンとか、ブレーキとか、足回りとかは問題なくて、
ブレーキランプだけ。
で、帰って、ちょっと自分でいじっていたら、
つくんで、「ついているうちに・・・」と思って、
今日、また行ってきました。
今度は、直前にも「ブレーキランプついてるかチェック」をして、
「うん、大丈夫!」ということで、いざ出陣。
無事、一発合格、いや、一発じゃなかったですね、
ま、とにかく無事合格しました。ホッ。
2010年1月まで、のシールを貼ってもらって、
次の目標ができました。
さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書の7章1-17節。
「ただ、おことばをいただかせてください。」7節。
いつも教科書的な答えをしてはいけないと思う自分がいる。
でも、ここで、イエスははっきりと、
御言葉を信頼して、それで十分、という信仰を心から喜んでおられる。
本気で御言葉を信じて、そこにかけている人にはかなわないと思う。
そして、私もそのような生き方をしたいと思う。
イエスがそこに行こうとされたのに、
「イエスさま、大丈夫です。お言葉だけで大丈夫です」と言ったこの百人隊長。
その信仰を私も与えて頂きたいと思いました。
同じ信仰に立たせて頂きたいと思いました。
そのように生きようと思います。
主よ、
あなたのお言葉を下さい。
ただ、お言葉で十分です。
「実感」とか「ぐーん」とか「ぼわっと」とか、
不思議なこととか、
そういうもの以上に、
御言葉を下さい。
あなたのお言葉を私に下さい。
そこに信頼していきます。
2008-01-21
手引きをする使命
でも、朝の冷え込みは、それほど強くなくて、
-10.1度止まり。
1月3日の-11.3度には遠く及びませんでした。
昼間は-3度くらいと、これも昨日よりちょっとゆるみました。
でも、寒いです。
明日は午後から夜にかけて、ちょっと雪か雨。
でも暖かい空気が入るようで、
積もることはないようです。
今年は雪が少なくて、
助かりますが、またちょっと寂しい感じもします。
でも、やっぱり「ありがたい」です。
そこそこ寒い日もあるけれども、
降る時は雨かみぞれ、凍雨が中心。
積もるようなことは余りない。
このトレンドはずっと続くようです。
日本の準備、ちょっとずつ進んできました。
どうしても、地方を先に固めなければいけないので、
個別の話は、東京近郊はいつでも時間が取れるから・・・と、
地方を先に話を進めるのですが、
進んでみると、東京にいるのは何日?という感じになってきました。
2週間では短いですねえ。
さて、今日の聖書。
今日はルカによる福音書6:39-49でした。
「いったい、盲人に盲人の手引きができるでしょうか。」39節。
整えられることの大切さを思わされました。
導きをするために、
自分自身が主から答えをいただいて、
主から解決をいただいて、
見えるようにして頂いて、
初めて、手引きをすることができる、
その責任の大きさを感じて、
本当に整えられたいと思いました。
それができていない時に、
どんな結果になるのかを覚えて、恐れを感じました。
主よ、
どうか、私の目を開いて下さい。
私を整え、御言葉がわかるようにして下さい。
私の目を開いて、霊的な世界を見せて下さい。
(オカルトではありませんよ・・・神様が見ておられるように見ることです)
主よ、
私を整えられた奉仕者として下さい。
お一人一人を正しくお導きすることができますように。
2008-01-20
侮辱されても・・・
朝から-5度で、そのあともずっと上がらないで、
夕方、帰ってきたら-7度に下がっていました。
今、夜の10時ですが、-8.2度です。
これくらいになると本当に寒いですが、
今、Footballを延長戦までやっている、
Green Bayは-1F・・・つまり、-18度くらいです。
と思っていたら、Giants勝ちました。
2月3日のスーパーボウルは
またNY-Boston対決です。
ま、敵は無敗のPatriotsですし、
自分は日本滞在中なんで、
そんなにエキサイトしないと思いますが・・・。
ちょっと楽しみ・・・。
で、天気ですが、
明日の朝は-12度くらいです。
明日は晴れですが、
あさって火曜日にちょっと雪の可能性があるようです。
でも、期待するのはやめました~。
雪と言えば、東京もスカを食らったみたいですね。
気象庁や、その他の気象ビジネスの皆さんは、
かなりたたかれていると思いますが、
「天気予報は奥が深い」です。
そんな簡単にあたってたまるか!です。
さて、今日の聖書。
今日はルカ6:27-38でした。
「あなたを侮辱する者のために祈りなさい。」
28節。
敵のために祈りなさい、憎む者に善を行いなさい、
のろう者を祝福しなさい、までは、特に、何とも感じなかったとしても、
この「あなたを侮辱する者」ってのはちょっと反応してしまいますね。
誰かが、「自分は人一倍プライドが高いとおもう」と言っていたけれども、
そこを聞きながら「おれもだよなあ」と思いました。
だから、「侮辱」ってのはきついんですよね。
でも、イエスがどんな侮辱を通られたか、
そのことを忘れているからなんだと思います。
イエスがどんな侮辱を受けたか、
思いめぐらしました。
この言葉をそのまま、主からの命令として受け取りました。
これから、歩んでいく中で、本当にそのように歩みたいと思いました。
主よ、
どうか、御言葉に従う者でありますように。
御言葉を聞くだけではなくて、
それを行うことができますように。
御言葉に当てはまるような場面があった時に、
御言葉を思い出させて下さいますように。